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ふと最近まったくゲーム…というか、FF-XIIをやっていないことに気付く。前回FFに関して書いてから、直後に2回ぐらいしかプレイしていない。しかも、そのプレイは、未消化のモブのひとつヤズマット戦に消費されている。魔神竜以上にHPが高く、ちょっとやそっとじゃ倒せないのだ。延々戦っているにもかかわらず、ようやくHPを10パーセント減らすことに成功した程度である。ガンビット任せにして放置すれば全滅することも充分あり得るため、消耗状況に合わせて適宜戦線を強制離脱しなければならない。その際に、回復アイテムとHP・MPの補充とセーブを行なっている訳だ。ラストダンジョンに当たる空中要塞バハムートへ進むと、もうここまで戻れないだけに、これが片付かないと先に進めないのだ。とはいえ、肝心のプレイする時間自体が取れず、思うように進められない。まさしくジレンマである。そろそろお盆進行が始まるため、それがひと段落するまではプレイできないかもしれない。となれば、ますますクリアが遠退くのは言うまでもない。一体いつになったら、私はFF-XIIをクリアできるのだろうか?
2006/06/30
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梅雨の最中だというのに連日30℃を越える最高気温には閉口している。あまりに暑いので涼しい映画が観たくなる。とはいえ、画面の中に白く積もる雪は、少し違うような気がする。散々迷った末に選んだのは海を舞台にした冒険が少しだけ味わえる「シンドバッド 7回目の航海」だ。霧に包まれた海域を慎重に進む一隻の帆船。シンドバッド船長が指揮する船だ。バグダッドの太守の命で、近隣のチャンドラ国へ行った帰りであった。戦争を回避するためにバグダッド太守の片腕と目されるシンドバッドが出向いたのだ。もちろん交渉は上手くまとまった。更にシンドバッドは、チャンドラ国のスルタンの娘パリサ姫の心をも射止めていた。シンドバッドは、バグダッドに戻り次第パリサ姫との婚礼を挙げるつもりでいた。彼女もそのつもりで、陸路バグダッドへ向かう一行には同行せず、シンドバッドの船に乗っていた。しかし、幸運は続かない。風に恵まれないせいで航海が長引いているのだ。そして今また霧に包まれた海域に入り込んでしまっていた。慎重に水深を測りながら船を進めるシンドバッド。そんな中、ようやくひとつの島を発見する。水と食糧を確保するために上陸する一行。だが、その島は一つ目の巨人が住む島だった。シンドバッドたちは、巨人に追われる魔法使いソクラを助けて島を脱出するものの、ソクラが巨人の宝物庫から持ち出した魔法のランプは、巨人に取り戻されてしまう。再び島へ戻るように懇願するソクラだったが、パリサ姫が一緒なので、これ以上の危険を犯すことはできなかった。バグダッドの街に帰ると、太守自らがシンドバッドを出迎えた。太守は、チャンドラ国との戦争が回避できたことを、そして何よりも(自分の片腕として信頼を置く)シンドバッドが無事戻ったことを喜んだ。チャンドラ国との和睦がなり、その掛け橋としてシンドバッドとパリサ姫が婚礼を挙げることを知った太守は、陸路バグダッドへ向かっているチャンドラ国のスルタンを歓迎する準備に入った。予想外にシンドバッドたちの航海に時間がかかったため、日を置かずにスルタンが到着すると思われたのだ。太守の予想通り、数日後にはスルタンの一行が到着した。バグダッドの王宮では、盛大な宴が催された。その席に呼ばれた魔法使いのソクラは、さまざまな魔法を披露して、何とか例の島へ渡る船を用立ててもらおうとするが、取り合ってもらえない。ついには、太守の怒りを買って追い出されてしまう。これを逆恨みしたソクラは、その夜パリサ姫に魔法をかけ、小さくしてしまうのだった。翌日、王宮は騒然となった。このままでは、チャンドラ国との間で戦争になる。ソクラが魔法でパリサ姫を小さくしたとは知らないシンドバッドは、彼女を元の大きさに戻すため太守に掛け合い、ソクラの助力を仰ぐことにしたのだが…言わずと知れたアラビアンナイトの中の一節だ。シンドバッドが白人なのは御愛嬌。だが、観ているうちにそれは気にならなくなる。むしろ、様々な不思議な怪物の姿に魅了されるに違いない。この不思議な怪物の数々を生み出したのは、レイ・ハリーハウゼン。これらの怪物たちは、ダイナメーションと名付けられた人形アニメの手法で撮影したものだ。ひとコマひとコマ動かしながら撮影したミニチュアの怪物たちを別撮りの人物や背景と合成している。その動きの見事さは、CGアニメが主流となった現在でも通用するクオリティの高さを有している。物語自体も変に捻ってないので、わかりやすく楽しめるだろう。シンドバッド 7回目の航海
2006/06/29
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先日深夜、地上波で放映された「着信アリ2」を録画していたことを思い出した。録画したまま観てなかったので、とりあえず観た。保育士の奥寺杏子は、親しい友人でもある同僚の内山まどかに誘われて飲み会に出席する。が、向かった先は恋人の桜井尚人が働く台湾料理店「山平居」だった。仕事でなかなか恋人の尚人と会えない杏子を気遣った友人たちの粋な取り計らいであった。彼女たちが到着する少し前、店主の娘・王美鳳の携帯電話が鳴った。どうやら携帯電話を置いたまま、買い物に出かけたようだ。鳴っている電話をそのままにする訳にもいかず、店主の王建峰が携帯電話に出る。かけてきた相手は、王美鳳だった。仕事で大忙しの中での電話に怒る王建峰。だが、電話は突然の王美鳳の悲鳴で切れてしまう。心配していると、突然何事もなかったかの様子で王美鳳が帰ってくる。しかも彼女は電話していないという。不可解であったが、店が急がしい時間であったため、そのことはうやむやになってしまう。やがて店の営業時間は終わり、店内には尚人の知り合いと言うことで残っている杏子たちだけとなった。尚人は翌朝の仕込みの段取りを打ち合わせるため、厨房で店主の王建峰を探していたのだが…前作「着信アリ」の1年後を舞台になおも続く呪いの恐怖を描いた続編。最初からネタバレしている分、若干のパワーダウンは否めないが、舞台を日本のみならず台湾まで広げたことで世界観に奥行きを出すことに成功している。台湾に起こった呪いから派生したものが、実は前作の呪いだったとする内容には賛否両論分かれる。派生した呪いと大元の呪い、ふたつの呪いが複雑に交錯し合っているため、少々わかりにくくなっているのはやむを得ないというところか。イマイチ物語が理解しにくかったという人は、誰がどちらの呪いでいつ死んだかをメモしながら見るとわかりやすいかもしれない。もっとも流石に繰り返し観たくはないだろうが…着信アリ2
2006/06/28
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日本テレビ系列で放映したの「ウイルスパニック2006夏“街は感染した!”」を見た。どこかで見たことのある地名、既視感のあるストーリー。私は、これを知っている!…といっても、断じてデ・ジャヴなんかではない。このドラマを小説で読んだ記憶があるのだ。そう思うや否や、すぐ書斎へと足を運び、書架から一冊の本を取り出す。篠田節子の「夏の災厄」だ。どうやら、この小説をドラマ化したようだ。急速に宅地化が進む埼玉県の昭川市。同市は、近年東京から関東医大の付属病院を誘致したことによって、急速なニュータウン開発が進んでいた。堂元房代は、この昭川市で看護師をしていた。小学生の一人息子・潤とこの町に引っ越してきて7年目となる。彼女は、昼は市の保健センター、夜は夜間休日診療所で働いているシングルマザーだ。ある日、彼女の働く夜間休日診療所に急患が運び込まれる。高熱や全身の麻痺に加えて、光に対する視覚過敏、嗅覚異状などの症状が見られた。その夜の担当医の鵜川医師は、いったんこの患者を熱中症と診断しかけたが、熱中症の症状としてはおかしな点があることから、関東医大付属病院への移送を指示するのだった。しかし、その患者は翌日に死亡してしまう。また、似たような症状で別の患者が死亡し、更にふたり同じような症状の患者が発生する。房代は、同僚の看護師・中村和子と感染症の可能性を疑っていた。保健センターの同僚・小西を通じて医大病院側に死因を確認するものの、同病院の回答は「呼吸不全」と死因にもならないような回答をしてきただけであった。そんな中、房代の診療所に同じ症状の患者が新たに運び込まれる。衰弱の激しい患者への応急処置として点滴を行なうも、診療中に突然暴れ出し、和子は患者に行った点滴の針を誤って自分の指に刺してしまう。一方、医大病院側は、一連の患者に対する抗原検査で日本脳炎ウィルスが検出されたと発表するのだが…人物設定は、かなりアレンジされ、今風になっている。もちろんストーリーも2時間に収める関係で、少しばかり端折ってしまい、やや駆け足な印象を与えるのはやむを得ないところか。とはいえ、物語の大筋は小説のままなので、緊迫感溢れる展開はかなり楽しめること請け合い。物語の結末が小説とは少し違うので、小説を読んだ人も充分楽しめるだろう。
2006/06/27
何気に見た今日の運勢で、今日の幸運を呼ぶ行動は「模様替え」だと書かれていた。その時は話し半分に聞いていたので気にも留めなかったのだが、気がつくと模様替えを始めていた。どこか心の奥深くに記憶として残っていたのだろう。そして無意識に行動してしまっていたに違いない。確かこういう行動を指す言葉があったと思ったのだが、思い出せない。思い出せないとなると、何やらすっきりしなくて調べ出してしまう。調べていると、興味深いことが他にも書いてあったりして読み耽ってしまう。気がつくと、更新する時間がなくなっていたりする。一歩間違うと、万事がこんな調子である。これでは、いくら時間があっても足りなくなる訳だ。しかも、そうやって次の作業に移るたびにその前までやっていた作業は中断してしまう。悪循環以外の何ものでもない。それゆえ、最近は可能な限り、こういう事態に陥らないように心がけている。言うまでもなく、今回も調べない。気にはなるが、あえて調べない。だからこそ、今こうして更新できる訳である。…とまぁ、そんなことを考える今日この頃であるが、今年も無事誕生日を迎えた。今日の日があるのは、親が自分に生を与えてくれたからだ。このことを深く感謝しつつ、今日のところは筆を置くとしよう。
2006/06/26
自分勝手なわがままで男は 女傷つける望むと望まざるとに関わらず夢をなくした哀しい時代同じ時代に生まれてきたのに心の傷を隠して生きてる瞳の中で夢を抱いても瞳の中で涙に変わる男はいつも 無邪気な子供男はいつも影を忘れたピーターパンOh My Prince, Peter Pan愛の妖精ティンカ-・ベルとOh My Prince, Peter Panネバーランドへ帰らなくちゃ夢をなくした哀しい時代自分勝手なわがままで女は 男振りまわす望むと望まざるとに関わらず夢をなくした哀しい時代同じ時代に生まれてきたのに心の傷を隠して生きてる瞳の中で恋と出会っても瞳の中で明日を夢見る女はいつも乙女チックな少女女はいつも12時まわったシンデレラOh My Princess, Cinderellaお城で待ってる王子様Oh My Princess, Cinderellaカボチャの馬車で行かなくっちゃ夢をなくした哀しい時代夢をなくした哀しい時代
2006/06/25
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今日は、先日の「飛びだす冒険映画 赤影」から立体映画繋がりで「ジョーズ3」を紹介しよう。もちろん公開当時、劇場まで足を運んで観た作品だ。舞台は、現代のアメリカ。フロリダの海水浴場アミティの浜辺を人食いザメが襲ってから十数年の年月が流れ、ブロディ警察署長の息子で、かつて人食いザメに襲われそうになったマイクは、新しくできるレジャー施設“海底王国”にチーフ・エンジニアとして働いていた。この“海底王国”は、特殊ガラス製のチューブを海底に張り巡らせ、観客が自由に海中を見て回れる海底トンネルが目玉だ。準備は着々と進み、開園前日を迎えた。海洋映画作家フィリップをはじめとする来賓や、マイクの弟ショーンらが、次々と訪問してくる。準備と訪問客の応対でスタッフがおおわらわになっている時、所長のカルヴィンに、王国と海底を区切るゲートが壊れているという連絡が入った。翌日に開園を控えていて、呼称したままの開園はまずいと、スタッフのひとりを修理に向かわせた。その翌日、海底王国がオープンした。予想通り、海底トンネルは大人気となった。トンネル内は大勢の観客で賑わっていたが、突然、彼らの眼前の海中に無残な人間の死体が現れる。それは、前日ゲートの修理に向かったスタッフだった。スタッフの遺体を検分したマイクは、サメによる仕業と推測する。このままでは、営業に差し障ると判断した所長の命令のもと、サメの捜索が始まった。幸いにも、数多くの海洋映画を撮ってきたことで経験豊富なフィリップの協力により、早々とサメを生け捕ることに成功する。王国専属の海洋生物学者キャスリンは、学者の立場からサメの人工飼育を申し出た。ホワイトシャークの飼育例が少ないことから、目玉になると所長を説得したのだ。順調に飼育は進んだかに見えたのだが、所長がそのサメを強引にショーへ出演させてしまう。このため、体力を回復していなかったサメは死んでしまう。一方、スタッフの遺体の傷から考えて死んだサメが小さすぎるのではないかと思っていたマイクの不安は的中してしまう。巨大なホワイトシャークが海底トンネルめがけて突進してきたのだ。それは、いまだかつて見たこともないほど巨大なサメであった…公開当時、最新の立体映画ということで、偏光フィルムの眼鏡で観た。アナグリフ式の赤青メガネと違って、カラーの映像が飛び出してくることに大変感心した記憶がある。当然、カット割も立体映像を意識したものとなっており、逆にいうと普通の映画として見ると何故こんなアングルで撮影したのか疑問に感じる部分も生じてしまう。必要以上に低く評価されがちなのは、このためである。この映画を観る時は、立体映画としてつくられていることを念頭に鑑賞してもらいたい。普通の映像で観るとしてもだ。一番いいのは立体映像で鑑賞することなのだが、現在日本国内で鑑賞可能なDVDでは立体映像として楽しめない。それもこれも発売メーカーの怠慢といえよう。中途半端な特典をつけて特別篇的な売り方をする前に、本来の姿で鑑賞できるバージョンを収録すべきだろう。ジョーズ3
2006/06/24
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最近イチオシのアニメーションがある。UHF系で放映中の「BLACK LAGOON」だ。原作は、小学館から刊行されているコミック誌サンデーGXに連載中のコミックス。日本の商社・旭日重工。その社員の岡島緑郎は、ある日ディスクを運ぶ任務を受ける。会社の機密ディスクだ。だが、その途中の南シナ海で、違法な運び屋として悪名高いラグーン商会にディスクを奪われてしまう。そればかりか、岡島自身も拉致されてしまった。ラグーン商会の狙いは、旭日重工から岡島の身代金を取ることだった。しかし、機密の漏洩を懸念した会社と彼の上司・景山は、彼をディスクもろとも抹殺せんと画策する。傭兵部隊を差し向けて、ラグーン商会を襲わせたのだ。自分が会社から見捨てられたことを知った岡島は、ラグーン商会のメンバーに知恵を授けて、この窮地を脱することに成功する。後日、岡島に再会した景山は、何事もなかったかのように旭日重工への帰還を促す。この景山の態度に激怒した岡島は、その場で今までの会社への不満をぶちまけて、帰還を拒否する。岡島はその名を捨て、ロックとしてラグーン商会の見習い水夫としての道を選ぶのだった…こんな感じで物語は始まる。時には荒唐無稽でありながらも、ひたすらハードボイルドなのだ。けだるい熱帯の街でちんたらしているかと思えば、次の場面ではもう銃撃戦が展開される。そのテンポのよさは、あたかもハリウッド製のジェットコースタームービーを見ているような錯覚に陥る。また、主人公のロックが決してスーパーヒーローでない点も素晴らしい。元商社マンゆえの発想や知識が仲間の窮地を救うのだ。この辺のバランスが絶妙であるため、より物語を面白くしている。無力でありながら、いざという時に明暗を分けるキーマンとなる設定は、この物語の肝だろう。更に、主人公の属するラグーン商会が決して正義の団体ではなく、営利団体である点もいい。金のためなら多少後ろ暗いことにも手を染めるのだ。ほんの少しだけピカレスクロマンな感じが、登場人物を魅力的に見せている。ぜひ騙されたと思って見て欲しい。余談だが、私はこの番組を見始めるまで原作コミックを知らなかった。いわば予備知識なしの状態で見始めたのだ。もちろん予備知識など全くなしで十二分に楽しめること請け合いだ。タイトルから「大アマゾンの半魚人」を連想してしまったのは、ここだけの秘密。 DVDは、早くも2巻が予約受け付け中となっている。BLACK LAGOON(1) BLACK LAGOON(2) 原作のコミックスは、6/23現在5巻まで販売中。
2006/06/23
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かつて立体映画は、アナグリフ式の赤青メガネ(正しくは赤と緑だが)で楽しむものだった。今日は、そんな古きよき時代の立体映画の1本「飛びだす冒険映画 赤影」を紹介しよう。舞台は、豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎と名乗っていた時代。琵琶湖の南で広まりつつある金目教という名の怪しい宗教があった。それを信じない者は恐ろしい祟りに見舞われるという、この新興宗教に不信の念を抱いた横山城主の藤吉郎は、3人の乱波を放つ。しかし、乱波たちは、金目教によって囚われてしまう。藤吉郎の軍師・竹中半兵衛は、飛騨に隠れ住むという影一族の助力を仰ぐ。この影一族から派遣された手錬こそが、赤影だった。弟分の少年忍者・青影を連れて現われた赤影に、半兵衛は金目教の探索と乱波の救出を依頼する。かくして赤影たちは、金目教の本拠地へと向かうのだが…日本が誇る特撮時代劇「仮面の忍者 赤影」のTV放映終了後から1年以上も経過してから、 第1部の金目教篇を再編集し、更には立体シーンを追加撮影して製作された劇場版だ。この事実が、当時この作品がいかに高い人気を誇ったのかを証明している。内容は、基本的にテレビシリーズ第一部の再編集ながら、テンポの良い編集で強引にラストまで見せてしまうのは流石といえる。実際、テレビシリーズを見ていた人は、つじつまの合わない編集に唖然とする部分もあるだろう。だが、それ以上に懐かしさが込み上げてくるに違いない。今でこそチープに感じられるかもしれないが、当時の子供たちを熱狂させた血沸き肉踊る冒険の世界がそこにある。仮面の忍者 赤影 THE MOVIE
2006/06/22

あなたは、箱根小涌園ユネッサンをご存知だろうか?いわゆる温泉のテーマパークだ。…と聞いて、うんと地下深く掘って無理矢理作ったような、なんちゃって温泉を短絡的にイメージしないで欲しい。その立地条件からも容易に想像がつくように本物の温泉なのだ。施設内は、水着で楽しむ区画と普通に裸で入浴する区画に分かれており、それぞれ入口が別になっている。更に水着の区画は、室内施設から屋外施設に渡って様々な温泉が揃っている。しかも、その温泉の種類が半端ではない。約30種類の様々なタイプの温泉が堪能できるようになっているのである。この様々なタイプの温泉が実に楽しい。いわゆる酒風呂も日本酒の風呂とワイン風呂があったりするし、お茶風呂にしても緑茶風呂や足柄茶のかけ湯なんてものもあったりする。死海と同じ濃度の塩分を含んだ死海風呂など、ちょっと他では味わえないものもある。片っ端から温泉の梯子をするのもよし、気に入った温泉にじっくり浸かるのもよし。自分好みの楽しみ方ができるのもこれだけ種類があればこそ。じっくり浸かって効能を満喫する種類の温泉は、湯当たりしにくいようにやや温度がぬるめに設定されているものもある。施設内での飲食は、出口前のクロークで帰りに精算するシステムなので、現金を持ち歩かないで済むのは大変ありがたいのではないだろうか。予約制だが、岩盤浴の施設も併設されている。都内の岩盤浴より遥かに安い料金設定なのが嬉しい。関東からなら日帰りでも充分楽しめるが、割引の付く宿泊とのセットで楽しむ程度の贅沢もたまにはよいのでは?箱根ホテル小涌園
2006/06/21
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その昔、野村トーイという会社からカセット8という玩具が発売されていたのを御存知だろうか?カートリッジ式のカセットの中には、ループ状に繋がれた8ミリフィルムが収納され、それぞれアニメや特撮映画の名場面が3分ほどにまとめられていた。そう、まだビデオが存在しない時代の産物だ。8ミリや16ミリでフィルムが一般に販売されることも稀で、発売されても簡単に手の届くような額ではなかった時代。そんな時代に、この玩具は登場した。本体は映写機の体裁を取ってはいるが、所詮玩具。大きく映すことはできず、しかも手回しだ。だが、当時の子供たちには、これほどの福音はなかった。何しろまだビデオのない時代だ。映像を反復して見るには、気長にテレビ放映されるのを待つか、名画座やリバイバル上映に足を運ぶしかなかった。タイトルは限られるものの、それでもこれは画期的だったのだ。今回紹介する「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」に登場するエビラを初めて見たのは、このカセット8のラインナップにあった「ゴジラ対エビラ」であった…良太は、南太平洋での遠洋漁業中に遭難した漁師の兄・弥太を探していた。ダンス会場で知り合った大学生の市野と仁田や金庫破りの吉村と共に、ヤーレン号というヨットで出航する。航海は順調に進んだかに見えたが、出航から一ヶ月後のある日、大嵐に遭遇する。嵐の中、ヨットは転覆し、4人は海に投げ出された。運よく4人とも無事近くの孤島へ流れ着く。その島は、レッチ島という地図にも載っていない南海の孤島だった。4人は、ダヨという名の娘と出会う。彼女の話では、この島は“赤い竹”という秘密結社の巣窟らしい。ダヨは、近くに位置するインファント島の島民で“赤い竹”によってさらわれてきた島民のひとりのだった。厳しい監視の目を逃れて、どうにか“赤い竹”の施設を脱出したものの、レッチ島からは出ることができずジャングルへ潜伏していたのだという。彼女がレッチ島から出ることができないのは、付近の海域に巨大なエビの怪物“エビラ”がいるためだった。島からの脱出手段を求めて4人とダヨは、危険を顧みず“赤い竹”の施設への潜入を試みるのだが…かつての東宝のお家芸だった南洋冒険ものだ。この作品の中でゴジラは添え物に過ぎない。あくまでも人間側のドラマが本筋なのだ。だからこそ、大人も楽しめる作品に仕上がっている。タイトルが子供向けだからといって、甘く見てはいけないよい例だ。劇中では詳しく語られないものの、その名と行動から推察して“赤い竹”は共産系テロリスト集団のようだ。それもかなり組織立ったグループのような描写が見られる。この作品のみの登場というのが残念に思われる。実はこの作品、当初は日米合作を予定していたらしい。ゴジラの役どころは、本来キングコングに用意されていたものだ。そう考えて見ると、妙に辻褄の合う部分が確認できると思う。この辺も意識して観ると、より深く物語を楽しめるだろう。ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘
2006/06/20
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時として荒唐無稽な小説は、映像化されると途端に輝き出すものがある。今日紹介する「海底軍艦」もそんな作品のひとつだ。夜の街を疾走する1台のタクシー。ふと目的地と行き先の違うことに気付いた乗客。誰何しようと運転手に手を触れると、思わず手を引っ込めてしまう熱。一方、埠頭でPR写真の撮影をしている男女がいた。広告写真家の旗中進と彼の助手・西部善人、それにモデルの3人だ。その撮影中、突然モデルが恐怖に引きつった顔をする。彼女の視線の先を追うと、海中から蒸気を上げながら今まさに上陸しようとする姿があった。見たこともない奇怪なデザインの潜水服と蒸気を上げながら突然現れたことで、怪物が現れたように見えたのだ。すかさず、カメラのシャッターを切る旗中。そのカメラのストロボに驚いた人影は、再び海の中へ。そこへ走り込んでくる1台のタクシー。先刻のタクシーだ。そんなことは知る由もない旗中たちを尻目に、タクシーはそのまま海中へ没した。旗中たちの通報を受けた警察によって、翌朝海中からタクシーは引き上げられたが、運転手も乗客も誰ひとりとして遺体は発見されなかった。警察の事情聴取が終了した帰り道、旗中たちはモデルに使いたいと思う女性を見つけるが、逃げられてしまう。諦めきれない旗中は、彼女が乗って走り去る車を写真に収めるのだった。事務所に帰って、早速その写真を現像する旗中。「そんなものを未練がましく撮影しても」という西部に対して、旗中は言う。「この写真に写っている車のナンバーを調べれば、彼女に辿りつく」と。西部の調査で、旗中がモデルに使いたいと思っている女性は、光国海運の楠見専務の下で秘書をしている神宮司真琴だとわかる。何としても彼女をモデルに使いたいと思う旗中は西部と一緒に、楠見専務と彼女の乗った車の後をつけることにした。機会を見て直談判しようというのだ。しかし、どうにも様子がおかしい。案の定、彼女の乗った車は、人里離れたとある海岸へ到着した。楠見たちをこの海岸へ連れてきた運転手こそムー帝国工作隊員23号だった。ふたりを誘拐しようとしていたのだ。間一髪、旗中と西部が駆けつけ、どうにか誘拐は阻止した。警察で事情を話すも、あまりに荒唐無稽であるため、話半分にしか聞いてもらえない。そんな中、警察にムー帝国からのフィルムが届くのだが…物語前半は、都会を舞台に侵略者の工作員と事件に巻き込まれた人々のドラマが展開する。一転して、物語後半では舞台を南の島へと移しての大冒険となる。この辺りの舞台の対比を含めた見事な構成は、映像となって活きてくるものだ。もちろん、映画の尺の中で物語を収める関係から説明不足な個所も散見される。だが、この手の映画でそういう点を列挙して言及するのは野暮というものだ。東宝特撮映画の歴史に残るスーパーメカ海底軍艦“轟天号”の勇姿を堪能して欲しい。原作は押川春浪氏の「海底軍艦」だが、“轟天号”は登場せず、潜水艦“電光艇”が登場するのみとなっている。海底軍艦
2006/06/19
大人になりきれない男たちおとぎ話夢見る女たち現実逃避恋の逃避行それのどこがいけないのさピーター・パン ピーター・パン時の流れを忘れてシンデレラ シンデレラガラスの靴は何処(いずこ)へ何かが狂ったこの世に贈るララバイ子供心そのものの男たち乙女心はなはだしい女たち現実逃避恋の逃避行それのどこがいけないのさピーター・パン ピーター・パン影が取れそう 気をつけてシンデレラ シンデレラさぁ 舞踏会へ出かけよう何かが狂ったこの世に贈るララバイ何かが狂ったこの世に贈るララバイ
2006/06/18
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お恥ずかしい話、まだ「ファイナルファンタジー XII」が終わっていない。いや、単にプレイする時間が全然なかっただけなのだが…ようやく時間を作ってプレイ再開。前回のFFの記事にも書いたが、戒律王ゾディアークの撃破が今回の目標だ。今回は、リフレク貫通のアクセサリを装備し、万全の体制で挑んだ。やはり何度か「戦闘不能」を食らうものの、パーティーメンバーを適宜入れ替えながら確実にHPを削っていく。激しさを増すダージャの連発に回復が間に合わず、もはや後がないというところまで追い込まれた。あぁ、また全滅か。そう思った矢先、遂に戒律王ゾディアークの撃破に成功した。つらい闘いだった。これで召喚獣が、すべて揃った。残るは、2件のモブだ。それが片付けば、ラストダンジョンからなる飛行要塞バハムートへの突入となるのだ。エンディングは目前のはずなのに、まだ遠く感じるのはなぜだろう?
2006/06/17
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劇場へ足を運んで観た映画は、大きく分けて2種類に分けられる。劇場まで足を運んでよかったと感じる映画と、なんでお金を払ってまでして観たのだろうと思う作品だ。しかし、観たことを激しく後悔した作品も(その後、何度かテレビ放映されているうちに)味わい深く感じるようになるから不思議だ。本日紹介する「テンタクルズ」もそんな1本(ぉぃ7月の日差しが照りつけるある晴れた日。カリフォルニアのサロナビーチのすぐそばに乳母車を停めている母親。彼女がほんの一瞬目を離している間に、乳母車の赤子は乳母車ごと忽然と姿を消してしまう。10ヶ月にもならない赤子の失踪に半狂乱となる母親。また、近くの港に停泊中の船で作業中の男が行方不明となる。付近のヨットハーバーで戯れていたアベックは、浮かび上がった腐乱死体を発見する。それは、先刻の行方不明となった船員の死体だった。次々と起こる事件の処理に警察は手一杯で、陣頭指揮を取るロバーズ警部の調査は遅々として進まない。一方、事件の謎を追うベテラン記者ターナーは、現場近くの海底でトンネル工事を行なっているトロージャン・トンネル会社が使っている超強力な掘削ポンプに吸い込まれたのではないかと疑う。あらぬ疑いをかけられたトロージャン・トンネル会社の社長は、調査のために高名な海洋学者ウィルを呼んだ。ウィルは、ふたりの部下を現場に派遣した。ふたりともウィルの有能なスタッフだ。彼らは、潜水タンクで潜り、そこから水中へ探査に出た。そこには、無残に破壊された海底設備の数々。直後、ふたりは大きな岩陰から飛び出してきた何物かに襲われてしまう。かろうじて潜水タンクへと逃げ戻ったひとりより緊急通報を受けて、急いでタンクを引き上げようとするのだが…いつどこから現れるかわからない巨大ダコの恐怖に固唾を飲みながら観た。このタコを水中から逆光で捉えた映像が恐ろしく美しい。これはミニチュアの船に本物のタコを絡めて撮影しているそうだ。タコを誘導するのに苦労したらしい。こういった部分も堪能して欲しい。内容的にはジョーズのサメをタコに置き換えたアニマルパニック映画なのだが、そのタコが巨大タコであることからモンスター映画と捉える人も多い。いわゆるイタリアB級映画なので、重箱の隅をつつくようなことはせずに物語を楽しむのがベストだろう。どういう経緯か、意外と有名な役者が出ている。ヘンリー・フォンダやシェリー・ウィンタースが出てるのだ。そういう部分もしっかりチェックしながら楽しみたい作品である。
2006/06/16
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何気に地上波で「ポセイドン・アドベンチャー」をやっていたので観た。もちろん、何度となく観ている作品だ。アメリカはニューヨークからギリシャのアテネに向けて一隻の豪華客船が航行していた。この航海の後、解体することが決まっているポセイドン号である。大西洋上はかなり荒れた。危険を予想して船長はスピードを落とすように指示を出すが、その場に居合わせた船主の代理が最大船速で進むように言い張る。立場上やむなく従う船長だったが、乗組員の卓越した経験でどうにか乗り越え、地中海へ入ることができた。ポセイドン号の船内では、年越しのパーティーが予定され、ほとんどの乗客が大食堂へと集っていた。そんな中、地震観測所から、クレタ島南西130マイル沖合いで海底地震があったという電報が入る。地殻変動により大規模な津波が発生したという。解体を控えて底荷をしていなかったポセイドン号は、重心が高くなっている。船長は、すぐに救難信号の打電を通信士に命じた。その直後、32メートルに達した大津波に襲われ、ポセイドン号は転覆してしまう。重心が高かったポセイドン号は、船底を海面にした状態となった。大食堂に集まった乗客のほとんどが、この転覆で天上へ叩きつけられて生命を失っていた。が、運よく生き残った者たちもいた。この生き残った人々の間で意見が分かれてしまう。一方は、かすかながら船内にともる電気があるうちに、船の竜骨部分へたどり着こうというもの。もう一方は、この場に待機して救助を待とうというもの。船の竜骨部分は、最も海面に近い位置になる。少しでも海面に近い位置で救助を待ちたいと人々は、竜骨部分を目指すことになった…おもしろい。嵐でハラハラとさせておいて、その後に穏やかな地中海で起こった地震による津波で転覆させるという、いい意味での肩透かし。なかなかできるものではない。何より34年前にこれだけの作品が誕生したことこそ驚異だ。また癖のある役者を揃えている点も注目したい。強い指導力でみんなを救うスコット神父にジーン・ハックマン。そのスコット神父が志し半ばで倒れると、その後を引き継いでみんなを導くロゴ警部補にアーネスト・ボーグ・ナイン。列挙していったらキリがないくらいだ。そうそう、船長の役でレスリー・ニールセンが出ている。まだコメディに染まる前のレスリー・ニールセンの演技が見られるのだ。こういうところも大きな魅力に違いない。本作は「ポセイドン」として再映画化されているが、残念ながら本作を超える作品になり得なかったようだ。嘘だと思うなら、見比べてみるといい。人物の描き込みや心理描写において、本作ほど印象に残らないはずだ。
2006/06/15
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誰でも思いつきそうなことなのに誰も思いつかなかった(或いは思いついても実行に移さない)ことがある。それが形になった時、誰もが感嘆すると共に悔しがるものだ。今宵紹介するこの作品もそんな1本。舞台は、1921年のドイツ。映画監督のF.W.ムルナウは、次回作の製作に取りかかっていた。彼が次回作として手掛けるのは、吸血鬼映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」だ。1897年にブラム・ストーカーが書いた「吸血鬼ドラキュラ」に着想を得た作品である。だが、イメージ通りの吸血鬼を演じられる役者がなかなか見つからない。執念の末に、ムルナウ監督は遂に世にも奇怪な容姿の男マックス・シュレックを捜し出した。実は、シュレックは400年の間、人間の血を吸いながら生き長らえている、本物の吸血鬼だった。シュレックがギャラの代わりに要求したのは、主演女優の血。この条件も、リアリズムを追求するために常軌を逸したムルナウは、クランクアップ後に提供する約束をしてしまう。やがて、人里離れたチェコの古城で撮影が始まったのだが…“もしも映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」の主演男優が本物の吸血鬼だったら”という着想で作られたホラー映画だ。マックス・シュレックの遺族から訴えられかねないような気もするが、その辺の事情は不明。一歩間違うとコメディになりそうな題材をシリアスに描き出した作品となっている。1920年代の映画製作の舞台裏が垣間見られるという意味では、なかなか興味深いかもしれない。ムルナウを演じたのがジョン・マルコヴィッチ、シュレックを演じたのはウィレム・デフォーとなっている。このふたりの鬼気迫る演技をじっくり堪能して欲しい。ちなみに映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」は、実在する作品だ。クラウス・キンスキー主演で「ノスフェラトゥ」のタイトルでリメイクされているので、機会があれば併せて鑑賞すると、より味わい深く楽しめるだろう。シャドウ・オブ・ヴァンパイア吸血鬼ノスフェラトゥノスフェラトゥ
2006/06/14
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CSで「ISOLA 多重人格少女」放映してたので観た。劇場公開時には、イマイチ踏ん切りがつかなくてスルーしてしまった作品だ。夜明け前の神戸。突然の轟音。阪神大震災だ。その被災地・西宮に向かう夜行バスの車内に、赤い服を着たひとりの女性・由香里がいた。やがてバスは、まだ薄暗い夜明け前の西宮に到着する。いつしか雨が降り始め、被災地をより一層陰鬱に感じさせた。現地の惨状は、彼女の予想以上にひどいものだった。そんな中、犬に吼えられている少女を見かける。少女のいた辺りへ駆けつけるも、少女の姿はない。そして吼えていたはずの犬もいなくなっていた。気になって付近を歩き回ると、犬の死骸を発見する。近くには、血に染まった傘が落ちていた。少女のさしていた傘だ。だが、そこにはもう少女の姿はなかった。彼女は、避難場所になっている西宮スポーツセンターを訪ねた。ボランティアに参加するためだ。多くのボランティアが忙しく動き回る避難所。飲み物を配っていたボランティアが老人に突き飛ばされてお茶を被ってしまう。ある理由から睡眠薬を欲しがった老人に、杓子定規な対応をしたボランティアが怒りを買ったのだ。この老人の狼藉に、たちまち他のボランティアたちが集まるが、他の被災民たちも集まってきて口論となる。その混乱の中、ボランティア参加していた由香里は、老人の行動の原因を第2次大戦中の記憶と震災の記憶が入り混じって混乱を起こしていることを看破する。老人の孤独を慰める彼女の姿にボランティアと被災民の衝突は回避された。そう由香里には、人の心を読む力があったのだ。しかし、この能力は、彼女には重荷だった。周囲の人々の思念が無制限に自分の心になだれ込んでしまうのだ。彼女は、向精神薬の常用で能力をセーブしていた。このために、彼女はずっと孤独の中で生きてきたのだった。避難所でも人々の思念を避けて、ひとり廊下の片隅でうずくまる由香里。夜間巡回をしていたボランティアの野村浩子は、そんな由香里の姿を見かねて自分の下宿へ連れて行く。彼女の部屋には、足の踏み場もないぐらいに心理学の本が平積みになっていた。もちろん、片付けないと布団を敷く場所もない。本の山を片付けながら、浩子は「臨床心理学士として私立高校でカウンセリングをしている」と語った。彼女は、バウムテストという深層心理テストで、学生が描いた木の絵を由香里に見せた。浩子の話では、すべてひとりの少女が描いたという。その少女こそ、由香里が雨の中で見かけた少女だったのだが…原作は、貴志祐介の「十三番目の人格―ISOLA」という小説だ。思わせぶりな冒頭の展開に反して、思ったほど怖くないというのが正直な感想だ。これは、多重人格の演じ分けが充分でないことが大きい。また物語後半で、心霊現象を絡めたために、やや話の焦点がぼけてしまったように感じた。やはり心理サスペンスやサイコホラーな部分に絞り込んだ展開にするべきであったと思う。原作がどうあれ、限られた時間の映画で描くには少し無理があったのではないだろうか?DVD「ISOLA 多重人格少女」 原作小説「十三番目の人格(ペルソナ)~ISOLA~」
2006/06/13

小説版のガンダムを知っているだろうか?ファースト・ガンダムの本放送当時、富野喜幸(現・富野由悠季)監督本人の手によって上梓されたノヴェライズだ。アニメのノヴェライズなんてタカが知れてると斬って捨てるなかれ。これがなかなかおもしろいのだ。何しろアニメ版とは展開が違う。アニメでは物語中盤に戦死してしまうランバ・ラルが、小説ではギレンの秘密警察の長として物語後半に登場するなど、誰が想像できよう。更には主人公であるはずのアムロも物語終盤では、あっけなく戦死してしまう。またシャア専用のリックドムやG-3ガンダムの初出は、本作だったりする。たまたま最近再読する機会があって読んだのだが、今読んでも十二分に楽しめる小説となっている。アニメとは違う点から敬遠する向きもあるだろう。だが、監督本人の手による小説なのだ。だからこそ、監督自身がアニメの中で語ろうと考えていながら、語り尽くせなかった部分がしっかりと読み取れるのである。もちろん小説の形を取っていることから、それぞれの登場人物がその場面その場面で考えていることが描き出され、アニメでは目立たないキャラクターがどんな考えを持ってどういう行動をしたかまで書かれている部分もあったりする。あっというまに物語に引き込まれること請け合いだ。 小説は当初、朝日ソノラマのソノラマ文庫から発売されていたが、絶版を経て角川文庫から再発売されている。こちらの角川文庫版もそろそろ入手が難しくなりつつあるようだ。読みたい人は、早めにゲットしておくことをお勧めする。機動戦士ガンダム(1)機動戦士ガンダム(2)機動戦士ガンダム(3)
2006/06/12
何気なく電車に乗った少し混んでいる明るい子供たちの喋り声網棚の新聞紙今日出たばかりの雑誌学生はマンガを読んでいるとなりのマドモアゼル仕草はティンカ-・ベル眠るなら私の肩を貸しましょうか?電車はガタゴト揺れるかなり混んできた暗い表情(かお)のサラリーマン流れる車内放送近付く目的地「時間よ、止まれ」と言って止まる訳もないとなりのマドモアゼルつんとすました横顔(プロフィール)眠るなら私の肩を貸しましょうか?となりのマドモアゼル仕草はティンカ-・ベル眠るなら私の肩を貸しましょうか?
2006/06/11
珈琲の香り 何故か 悲しくて想い流れて ただひとりBGM とても寂しくて想い果てて ただひとり馴染みの喫茶店(みせ)で あなたの姿捜す癖も 今はもう馴染みの喫茶店(みせ)さえ 他人の世界私の居場所は なくなった夢見 夢見てひとり 風に吹かれて一条(ひとすじ) 頬に泪雨珈琲の香り 何か 言いたくて想い巡らせ ただひとりBGM とても虚しくて想い疲れて ただひとり馴染みの喫茶店(みせ)では もう二度とあなたの姿 見られない馴染みの喫茶店(みせ)に 別れを告げて想い出がまたひとつ はじけた夢見 夢見てひとり 風に吹かれて一条(ひとすじ) 頬に泪雨
2006/06/10
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昨日は、CSで「スパイダーズ」を放映していた。初見ではないが、つい見てしまう。政府は、異星人の死体からDNAを採取、ある種の蜘蛛に移植して、生物兵器を作り出そうとしていた。DNAの移植はうまくいき、残すは無重力下での実験を残すのみとなった。蜘蛛は密かにスペースシャトルに積み込まれ、宇宙へと運ばれる。が、シャトル内部で蜘蛛が逃げ出し、実験は失敗してしまう。やむなく、自動誘導でシャトルは郊外の軍施設に不時着させられた。たまたま特ダネを求めて、その軍施設に侵入していた近くの大学新聞の記者たちは「大気圏突入時の事故で燃え尽きた」という公式発表との違いに何やら陰謀の匂いを嗅ぎつける。調べようとシャトル内部へ足を踏み入れると、何かに食い散らかされたようなシャトル乗組員の遺体が散乱していた。と、そこへ駆けつける軍の車両。記者たちは、あわててシャトルの外へ逃げ出して、停まっていたトラックへ隠れる。駆けつけた軍は、政府高官の指示の下、遺体の回収と生存者の回収を手早く行なった。幸か不幸か例の蜘蛛は、作業中に踏み潰されてしまったのだが…回収した遺体は、トラックに放り込まれた。先刻、記者たちが隠れたトラックだ。このため、トラックから逃げることも叶わないまま、記者たちは遺体共々軍の秘密施設へと運ばれてしまう。ようやくトラックから脱したものの、施設内は迷路のように入り組んでいた。出口を探してさ迷う記者たちは、現場で回収された生存者を発見する。彼は消え入りそうな声で「今すぐ、ここから逃げろ」と語る。その次の瞬間、口から黄色い液体を吐いて、痙攣を起こした。そして、彼の口から黒く太い節足が飛び出し、大きな蜘蛛が姿を現わす。駆けつけた医師らを蜘蛛が襲っている間に、生命からがら逃げ出す記者たち。だが、彼らが本当の恐怖を知るのは、これからだった…言うまでもなく、典型的なB級映画だ。過去の色々な作品を彷彿とさせる場面が散りばめられており、そういう部分を言い当てながら観るのも楽しい。ストーリーは、無駄なぐらいに様々な要素を詰め込んでおり、もう少し整理してもよいのではないかと思う。冷静に考えると、かなり無理のある設定だったりするが、それは言うだけ野暮だろう。やや人物の描き方に難点があるのも御愛嬌。低予算ながら、いろいろと工夫している点は、好感が持てる。この手の映画にありがちな、事件は一応解決したかに見えて実は…という部分を逆手に取ったクライマックスがなかなかおもしろい。欲を言えば、もう一回ぐらいどんでん返し的な展開が用意されていると、さらによくなったのではないだろうか。
2006/06/09
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本日は、昭和ガメラのターニングポイントとなった「大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス」を紹介しよう。明神礁、三宅島が相次いで噴火した。徐々に北上してくる富士火山帯の噴火。そして、ついに富士山が火を吹いた。その激しい噴火は、ガメラを招き寄せた。吹き上がる炎に導かれるようにガメラは、火口へと消えた…翌朝、調査隊のヘリが富士山へと向かった。もちろん、火口の様子と火口に消えたガメラの行方を調査するためだ。だが、富士山を目前にした調査ヘリは、富士山中腹に位置する双子山が青白く光っているのを発見する。その直後、双子山から発せられた謎の光線がヘリを切り刻み、調査ヘリは爆発四散してしまう。一方、双子山付近では、高速道路の建設を巡って、現地の反対派と工事業者の間で対立が長引いていた。少しでも高く土地を売りたい地権者が反対運動を繰り広げているのだ。反対派が道路封鎖しているために工事業者は、飯場へ近付くのも容易ではなかった。そんな中、ヘリ墜落の特ダネを追うひとりのトップ屋が山へ入り込んだ。トップ屋は、ひょんなことから村長の孫・英一少年と出会い、道案内を頼む。青白い輝きを放つ中腹の洞窟を調べていると、突然地面が揺れ洞窟が崩れそうになる。助けを求める英一少年を見捨てて洞窟の外に飛び出したトップ屋は、怪物の餌食になってしまう。なんとか自力で洞窟を脱出した英一少年にも迫る、その怪物。と、その時、地を割ってガメラが出現した。ガメラは、傷つきながらも英一少年を救出し、その怪物をかろうじて撃退する。英一少年を富士急ハイランドの観覧車へ降ろすと、傷を癒すためにいずこともなく飛び去っていった…本作より子供をメインターゲットにした作風になっていく。だが、本作は子供向けでありながら、大人の鑑賞にも耐えうる骨太のストーリーが用意されている。高速道路建設にまつわる反対派と工事業者の対立の構図だ。まったくの子供向けなら、難しいからと一番に省かれる設定をあえて取り入れた作劇となっている。これは、前作の「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」と同じ脚本家がシナリオを担当していることが大きい。後の昭和のガメラには見られない部分といっても過言ではないだろう。
2006/06/08
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8センチCDサイズのCD-Rが存在するのは、御存知だろうか?かつてのシングルCDサイズだ。もちろん、シングルCDがあるぐらいだから、あっても不思議ではない。ところが探してみると、これがなかなかないのである。少なくとも常備在庫している小売店は少ない。そんなに需要がないのか?短絡的にそう考えがちだが、実はそうではない。普通のCD-Rの価格が下がったことで、本来適正価格の商品が割高に見えてしまうという現象が起きているのだ。その結果、まず最初に影響を受けたのが、この8センチCDサイズのCD-Rだ。小さいだけあって、1枚に記録できる容量は、最高でもわずか200MBでしかない。(メーカーによっては185MBや156MB程度の場合も…)普通のCD-Rの1/3にも満たない。しかし、価格は1/3ではない。普通のCD-Rと同じか少し安い程度だ。これは前述の通り、普通のCD-Rの価格が下がったためである。同じぐらいの値段なら、容量の多い方を選んでしまうのが人情だ。結局、需要があるにもかかわらず、売れるのは普通のCD-Rということになってしまう。とはいえ、この200MBという微妙なサイズが結構役に立つのだ。普通のCD-Rに保存すると2/3ぐらい余ってしまい、もったいないという時がある。だからといって、別のデータを入れようとすると、入りきらない。あーでもないこーでもないと、パズル合わせのような作業を強いられることはないだろうか?或いは、人に渡す資料などのちょっとしたデータは、普通のCD-R1枚に焼くほどの容量は必要としない場合が多い。そうは言ってもフロッピーでは容量が少なすぎる。こんな時に大変重宝するのだ。また、常備在庫している小売店が少ないことから、逆に使っていると感嘆の目で見られることもある。少しだけ他人に差をつけたい人にもお勧めだ。
2006/06/07

けだるい昼下がり、何気なく見たテレビで放映していた映画。こんな時間帯に放映するのは、ズタボロにカットされている(かもしれない)とわかっているのに見入ってしまう。今日は、そんな状態で見た「ニードフル・シングス」を紹介しよう。秋も深まり、冬が目前に迫った頃、メイン州の片隅の小さな町キャッスル・ロックに、一軒の店ができた。古道具屋の“ニードフル・シングス”だ。その店は開店を明日に控えていたが、準備をしている様子はない。と、その店にひとりの少年が自転車で乗りつけた。ブライアンだ。好奇心に駆られた彼は、新規開店のその店を見に来たのだ。窓にはガラス用のワックスが塗られ、中の様子がわかりにくい。すると、店の入口の方で物音がした。ブライアンが入口へ行くと、いつのまにか「準備中」のプレートが「営業中」になっていた。おそるおそる中へ入るブライアン。声をかけても返事はない。仕方なく品物を眺めていると、突然後ろから声をかけられた。声の主は、店主のリーランド・ガーントであった。彼は、ブライアンに尋ねる。「何が御所望かな?」と。ブライアンの欲しいのは、あるベースボール・カードだった。父親と一緒に集めているのだが、プレミアが付いていてどうしても手が出せないカードがあった。よもやこの店にはないだろうと思い、それを語ってしまう。ところが、リーランドは席をはずすと、ブライアンが欲しがっていたベースボール・カードを持ってくる。しかも、あろうことかブライアン宛の直筆サイン入りである。不思議に思うブライアンの疑問には答えないまま、リーランドはそのカードを手渡した。受け取った瞬間、電気が流れたようになって選手の活躍する姿が脳裏に浮かぶ。リーラントは、ブライアンの所持金を代金の半額とし、残りの半額分は彼の指示するささやかな“悪戯”を実行することで手を打つという。もちろんブライアンも、この破格の条件に不満はなかった…少しずつ心の隙に付け込んで、誰かを疑うように仕向けて行く。ささいな悪戯が特定の誰かを憎むように巧みに誘導していく訳で、考えようによっては大変怖いことだと思う。ひとりまたひとりと、導き出される結果を知らないままに、道を踏み外していく町の人々の姿を淡々と描いている。そこに派手さはないが、積み重ねられる憎悪が恐怖を感じさせる。原作は、スティーブン・キング。舞台となる町がキャッスル・ロックなので気がついたという人は、なかなかの通かもしれない。原作では、ところどころブラックユーモアがにじみ出ていたが、この映画の方は割とシリアスに描かれている。比べてみるのもおもしろいかもしれない。
2006/06/06
昨日は、しっかり寝ることができたので、思いのほか身体の調子がいい。やはり元気の秘訣は、充分な睡眠だと痛感する。そんな私だが、学生時代はずいぶんと無茶をした。ほとんど寝なかったのだ。平均睡眠時間は、3時間に満たなかった。周囲の友人からは「一体いつ寝ているのだ」と不思議がられた。だが、まったく眠くはならなかった。時々眠くなる時があっても、その状態を越えると、眠気が収まってしまうのだ。もちろん、身体によい訳がない。ひとえに若さだけで無茶をしていたようなものだ。その代わり、一日の活動時間が1.5倍になったようなものなので、他人の数倍いろいろなことを経験できた。広いジャンルに渡って博識なのは、この時培った下地が活かされていると言っても過言ではない。そんなことをしていたから、次第に生活は夜型となった。寝るのは、明け方の数時間。だが、長く続けていいものではない。何かの拍子に体調を崩した時、身体の抵抗力が低下していることに気付く。そう、やはりこんな無茶をしていたら、どこかに無理が来るのだ。気付くや否や、昼型の生活に切り換えた。睡眠時間も充分摂るように心がけた。一日の活動時間は減ったが、健康を手に入れることができた。仕事柄生活が不規則になりがちだが、睡眠だけはしっかり摂るようにしている。
2006/06/05
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眠
2006/06/04
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CSでやっていた「スカイキャプテン ~ワールド・オブ・トゥモロー~」を観た。劇場公開された時から気になっていたのだが、残念ながら観に行くことができず、DVDが出た時も買うかどうかで散々迷った作品だ。舞台は1939年。ニューヨークでの万国博覧会を間近に控えたアメリカ。雲を割って巨大な飛行船が姿を現わす。船体には、ヒンデンブルグ三世の文字が浮かび上がる。飛行船はエンパイア・ステート・ビルの頂上に係留されると、タラップから乗客の下船が始まる。その混乱の中、乗客のひとりが、乗務員の青年にチップとメモを渡した。ある男にカバンを届けて欲しいというのだ。乗務員の青年がチップと一緒に渡されたメモを見て、顔を上げると、その乗客はもういなかった。ゴッサムシティのクロニクル紙の敏腕新聞記者ポリー・パーキンスは、著名な科学者が次々と失踪している事件を記事にしていた。その彼女の元へ小包が届く。中には、映画のチケットとメモが入っていた。メモには「次に狙われる科学者を知っている…」という文が。編集長が止めるのも振り切って、彼女はそのメモを送ってきた人物と接触すべく映画館へ向かった。「オズの魔法使い」が上映中の映画館で、彼女はひとりの老人と接触する。老人は、彼女に話しかけるが、危険を察知して詳しく語らないうちに去ってしまう。直後、巨大な何かが群れを成して飛来する。その何かは、巨大な人型のメカ、いわゆるロボットだった。街を破壊する巨大ロボットの群れ。危険を顧みず、そのロボットの群れを撮影しまくるポリー。だが、彼女は夢中になって撮影しているうちに逃げ場を失ってしまう。その時、一機の戦闘機が颯爽と現れて…物語の冒頭、いきなり色のコントラストを下げたような色調で始まる。冒頭だけかと思っていると、物語本編もそのままだった。とはいえ、モノクロではない。モノクロっぽく見えるカラーだ。見ているうちに目が慣れて、ちゃんと色が識別できるようになる(ぇー時代背景は、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間に設定されているものの、登場するメカは60年代のパルプコミックスに登場するような荒唐無稽なものばかり。主人公の駆るP-40が潜航能力を持っている辺り、思わず吹き出した。現実には絶対ありえないが、物語としては実に正しい。こういう遊び心がわからない、頭の硬い人にはお勧めしない。むしろ童心にかえって、理屈抜きに絵空事を楽しめる人は必見だ。
2006/06/03
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「愛の戦士レインボーマン」とは、1972年10月から翌1973年9月にかけて放映された特撮テレビ番組である。間違っても後年に作られた巨大ロボットの出てくるアニメ版ではない(汗(機会があれば、いずれ詳しく語ろうと思う…)あのくたらさんみゃくさんぼだい… あのくたらさんみゃくさんぼだい…
2006/06/02

魔神竜を倒して調子に乗った私は、ヘネ魔石鉱の奥に潜む戒律王ゾディアークに挑んだ。これは、10体以上の召喚獣を入手すると挑戦可能となる召喚獣だ。魔神竜の時のように粘れば勝てるだろうと安易に思い込んでいたのだ。が、結果は惨敗。ものの見事に全滅してしまった。もちろん、途中までは善戦したと思う。戒律王ゾディアークの最大の脅威は、闇属性のダージャという攻撃を仕掛けてくる点だ。これが曲者で、闇属性攻撃吸収の防具を装備していても、追加効果で「くらやみ」と「戦闘不能」を食らうのだ。「くらやみ」だけならまだしも「戦闘不能」はつらい。パーティーメンバー3人とも一撃死してしまう時もあるのだ。せめて一度にふたり以上一撃死しないように調整すべきだったのではないか。(…と、ダメ出ししても改善されることは望めないので続けよう)幸いにもダージャは連発してこない。これなら何とかいける。そう思った矢先のことだ。突然ダージャを連発するようになる。しかも「魔法障壁」と「完全マバリア」を張りやがる。どうやってダメージを与えろというのだろう。何と戒律王ゾディアークの体力が1/5となると、この状態になるらしい。正直言ってダージャの連発はつらい。回復が追いつかないのだ。加えてダメージを与えられない状態が続く。「魔法障壁」や「完全マバリア」の切れ目を狙おうにも、切れてから指示を出したのでは間に合わない。すぐに張り直してしまうのだ。そんな状態での長期戦で破れたのは、パーティーの方だった…装備や戦法を変更して再度挑むも結果は同じ。ゲートクリスタルからの場所が離れているため、戒律王ゾディアークのいる場所へ辿りつくまでのプレイがすべて水泡に帰すのは、言うまでもない(泣流石に倒すまで延々繰り返すのも癪に障るので、気分転換にストーリーを進めようと思う。
2006/06/01
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