全5件 (5件中 1-5件目)
1
11月も終わる。今日は、地元の看護学校に合格した子の報告があった。志望理由書を丸投げされて、一緒に書いたことが思い出される。私に丸投げした上司は、そんなことなど覚えていないわけで、10月24日日曜日の午後二時過ぎの着信履歴が唯一の手掛かりだ。しっかり残っているから、この時に、自分が帰るからあとはよろしくって、言われたのだ。「今どこですか?」って言うのは、仕事を頼む常套句だが、居るに決まってると踏んで、かけてきている。休日出勤の常連としては、お互い様だが、結果として、私が見られて、書けたので、良かった。あの時、本当に、聞き尽くして、出し尽くして、なんとか志望理由書を書き上げた。リアルは、本人の中にあって、それを聞き逃してはかけない。深掘りできる人間関係を構築する時間が、私には限られている。ま、当人は必死だから、身も蓋も無いような身の上話も出てくるし、そこに、真実があって、訴える力がある。それを聞き出すのが、私の流儀だ。実は、上司にも、担任にも、結構立腹している。面倒な状況下の子をどんどん送り込んでくるからだ。でも、確かに、そんな状況下にある子は、担任に心を開かないし、開いたとしても、それを一定の文字数に収める作業が、担任にはできない。結局、第一希望の、一度受験で合格したので、超ラッキーだった。もし、今日、不合格だったら、次に向けての準備を、開始するところだったから、せずに済んだと云うものだ。北海道の、道立農業大学校は、1つしかない。そこに、卒業生が教員となって勤務しているらしい。北海道の国立大学で大学院まで行っていた子だ。今日、関係者二人が来校され、その卒業生からのよろしくとの言葉を聞いた。33歳。もう、帰ってくる気は無さそうだ。このまま北海道だな。兵庫県から、北海道に行って、魂を北海道に吸われてしまう子は一定数居る。「そうですか、純子は、まだ〇〇〇のままですか」と、旧姓を問うたら、そのままだった。先だって、10月の終わりに、その子の長兄が、来校してあいさつに来てくれた。山形県で、農業の教員をしている。で、純子はどうしている?と聞いたら、「北海道の・・・」とのことで、詳細も聞いていた。先週末に、その子の、退職した恩師が来校されていて、電話があったので、会いに行ったところだ。日本の農業を真剣に支えようとしている若い世代を、国が応援せずしてどうするんだと、日々、思っている。長兄は国立大学の大学院を出て、農業の教員になっているのだが、次兄は別の国立大学の大学院まで出て、原木栽培の椎茸農家になった。研究者としての農業のプロだが、「儲からない椎茸農家をやっています」と、長兄に言われていた。農業が、儲かる、魅力ある産業にならなければ、農家自体が絶滅危惧種になっている現状を救えない。土曜日、一カ月ぶりに芦屋に行った。パルマ産の生ハムを食べられるイートインのできる店がある。今時、パルマ産の生ハムなんて、高い交通費を考えたらネットでいくらでも買える。でも、敢えてそこに行くのは、めったに見られない、確実に美味しいハムがあるからだ。私のひいきは、「コッパ・ディ・テスタ」という奴で、豚の面の煮凝り寄せだ。勿論、それだけでなく、珍しい食材もある。カンガルーとか、エゾシカとか、買えるのを楽しみにしている。どんな調理法が合うのかを、何年か前にもコンペした。そうやって、鳥獣害の食害を減らし、ジビエとして活用する方策を一緒に探っている。行く途中に、JRの窓越しに、珍しい景色を見た。タイトルの通りだ。六甲山に小雨が降っていて、その小雨に、日があたって、六甲山系が、虹色のベールに覆われていた。彩雲とかは何度も観たことがあるが、垂直に虹色のベールが山並みを覆うのは驚きの光景だった。電車は動くので、間もなく見えなくなった。ほとんどの乗客は、気づいていなかっただろう。同乗していた食いしん坊仲間が、今日になって、ネットに写真が上がっていたと教えてくれた。神戸新聞のサイトに、写真の投稿があったようだ。所謂天気雨の中での虹のベールだったのが、この年になって初めてで、嬉しかった。幾つになっても、初めて出会うものはある。気づかないで通り過ぎてしまっているのは、もったいない。JRの車窓から、いつも明石海峡や淡路島の倭島神社、海鳥を見ている私が、本当にたまたま、何も海が見えなくなってから、六甲山系を見たのだから、ラッキーだ。スマホなんかいじってる場合ではない。。。もうすぐ、また、外出できなくなる危険がある中、ちょっとした外食も、できる時にしておきたい。さて、じゃ、遅まきながらの、仕事だ。
2021年11月29日
コメント(2)
午前中に起きて、昨日買って焼いた焼き芋の出来上がりを試してみたら、捨てるほどの小さな芋ばっかりだったけど、まあ、食べられる焼き上がりだった。朝から食べたので、今日は、もう無制限に食べるをする一日にしてみた。買い物に行って、おでんのタネを追加してから、職場に。うだうだと来週の準備をした。大谷君のMVP祝いで、昨日の晩も飲んでるし、今日も食べてるし、無制限、無反省に過ぎる。明日は、調整しないと。苦しいかも。とは言え、最近の傾向として、週末に体重計に乗っても、48Kg前後だから、油断していたかも。本当は、45kgを目指すべきなのだろうが、もう、いいかぁって感じで。お祝いすることが続いている。卒業生で在学中にずっと気にかけていた大学4回生の子が、わざわざ会いに来てくれて、就職が決まった報告だったりして・・・兵庫県警と東京都の消防局と、警視庁と、姫路市消防と合格して、消防が高校時代からの希望で、進学していたので、姫路市の消防に行くようだ。同期の子等も、国税に就職が決まったり、近所の医療センターに就職が決まって理学療法士の国家試験を受ける勉強中とかだったり、北海道で高校の教員採用試験に合格したとか、国家公務員に合格したとか、あちこちから情報が入ってくる。こうやって、心を躍らせて、大学進学後の報告をしてくれるのを聞くのも、多分今年が最後だが、まだまだ目の前には、進路を実現を目指す少年少女がウジャウジャいるので、当分、仕事は続くことになるだろう。教育の目的は、個々人の幸福実現だと思っている。国民の一人一人が自己実現できて、幸福だと感じるなら、その国は良い国だ。良い国を目指すには、一人一人の幸福は人生設計やその実現のための支援の充実が必要だ。毎日農業記録賞を受賞した子には、北海道での受験がある。合格して欲しい。頼まれて、引き受けたからには、合格を目指して共に努力をするが、本人の努力を支えるのであって、本人が何より大事だ。茫洋とした人生の設計図、未来予想図を、具現化明確化し、自己実現を支援する仕事。目の前の子が、オール5でも、クラスの最下位の子でも、私の支援は出し惜しむことは無い。この仕事に対する熱意は、年々冷え込んできてはいるが、時々加油して奮い立たせてくれるのは、過去に支援した子らの合格報告なのだ。私は、人生の進路目標に於いて、一度も悩んだり迷ったりしていない。一直線に今の職業を目指して、高校にも行き、大学にも行った。そして、現役で希望の進路を実現して、40年来の職業としている。したかったこと、好きだったことを仕事にしていることは、そうじゃなかったケースを考えると、きっと全然力の入りようが違うのだろうなぁ。さあ、月曜日に備えて、また寝る時が来た。ちゃんと寝て、ぐうたら自堕落な日曜日を過ごして、なんとなく月曜日の準備をして、来週を迎え撃とう!
2021年11月21日
コメント(0)
なんだか、来春から、税制がまた変わるらしくて。。。面倒くさいけど、勉強しておかないと、いけない。終活が言われる中、遺言状を書いたり、色々しないといけない。なんだかんだで、ごたごたするのはごめんだ。。しかし、それよりも何よりも、捨てるものを捨て、身軽にならなきゃいけない。自分なりに、収支を考えて来春からの2年間はちょっと立て直したい。年金の支給が開始になる年齢だからだ。2022年の4月以降は、給与所得と、特別支給の老齢厚生年金との併給額が大きくなって、これまでの先輩たちのような年金が削られるってことにはならないらしい。まあ、本格支給の65歳までの2年間、どんなことになるのかも想像つかないけど、少なくとも、今の給与所得に、178万円が年額で上乗せされる想定は甘いのか?現役時代の半分以下になっている現在の年俸は、結構厳しいが、年金が支給されると幾分かでも楽になるのかなと、期待してしまうところだ。。。
2021年11月13日
コメント(2)
行き暮れて 結構長い 老いの坂 引くに引かれず 行けど進まず坂道を転げ落ちるようにと言うと、坂道は下り坂である。しかし、働きながらの老いの坂は、上り坂だ。けっこう緩やかな傾斜なんだろうけど、上り坂なんだ。仕事の進捗という面ではずっと上り坂を喘ぎながら登っていく感じで、健康面やメンタル面では、急な下り坂である。ここに来て、仕事面での傾斜角が結構きつい角度になってきたのは、新教育課程のせいで、今まで以上にパソコン上での仕事が増えるからだ。一日中でもネットで遊べるけど、仕事で使えとなると嫌だなぁ。。。そんなざらつきがある。問題は、自分の中にあるのであって、外側ではない。どこまで耐えられるのかと、自問自答を繰り返している。起きている間、ほとんどパソコンを付けていて、軽く半日は画面を見ているのに、なんで、仕事で使うのが嫌なんだろう。子供の頃、リコーダーが扱えなかった。楽譜が読めなかったのと、左右の手が思うように同時に使えなかったからだ。ある時、楽譜なしに知っている曲を吹くだけなら、リコーダーは簡単だとわかった。苦手意識が減ったら、リコーダーは友達になった。子供の頃、自転車の補助輪が外せなかった。補助輪が無いと、怖くて乗れなかった。父親の特訓が有ったけど、特訓自体が、嫌だった。友達が、コツを教えてくれたら、平気になった。つまり、父親は、私の恐怖心を払拭することができなかったのだ。しかし、一度自転車に乗れるようになったら、父親が言っていたように、両手を離して乗れた。父は、自転車は腰で乗るものだと言っていた。そんなことを、恐怖心を払拭できない時に言われても無理だ。結局、私なら、自転車はもっとサドルの低い、いざとなったらそのまま両足をつけば大丈夫なもので、練習すれば良かったのだ。私のパソコンアレルギーは、入口の時にきちんとやっていなかったから、今に至るのだ。できていたことまでも、できなくなってきているのは、苦手意識に勝てないからで、日々、心が鬱々としているのも、その自覚を持った状態で、あと2年と5カ月だからだ。おそらく、私が、無自覚に得意としていること、瞬時の文章の添削とか、インタビューとか、それらを苦手としている人は、世の中に居るんだ。たくさん。3000字や4000字の文章なんか、すいすい書けるし、全然苦にならない。高校時代、字数制限の問題なんか、指名されて黒板に出るまでの間に答えを考えて、板書しながら字数を揃えられた。苦手な人にとっては、多分、信じられないんだろうけど。それが、得手不得手と言うものだ。不得手は自覚している。一つずつ潰して、成長してきた。今だって、例えば、去年より今年の方が、文字を書くコツなんかは掴んでいる。写字に障害を抱えて、ひらがなもかけない小学校低学年を過ごし、高校2年生まで漢字は「絵」だった私が、漢字をわかった瞬間を覚えている。古典文法が苦手だったのに、ある日突然勉強の必要の自覚して、1週間でわかるようになった。それは、突然やってくるのだ。渇仰すれば・・・神は降臨する。問題は、渇仰できない自分の中にある。漢字の小テストは、常に0点でも全然平気だった高校2年生までの日々。読みのテストだけは、誰にも負けなかったのに、書けなかった。文法の小テストは、名前書いて終わりだったあの日々。それは、突然、内発する渇仰によって、終わりを告げた。今私に、62歳の私に必要なのは、その内発する渇仰だ。しないんだよな・・・内発・・・渇仰が無いんだよ。。。渇仰無くして降臨無しだ。 ああ、どこかに渇仰、落ちてないかなぁ。。。最近、落とし物や忘れ物が増えて、あっちでもこっちでもウロウロ探し回る時間がまた増えた。勤務年齢は63歳。実年齢は62歳。無理も、無駄も、多い。 無茶もできない。いや、自分では無茶だと思ってないことが、実は無茶や無謀だったりし続けているんだろうが、ADHDは軽減されつつも治るわけじゃないからな。。。いつも、迷惑かけてる同僚に、済まないと思いつつ、もう少し、迷惑をかけよう。行き暮れて・・・暮れ泥む。拘泥。
2021年11月10日
コメント(2)
ある時、ふっと気が付いたんだけど、子供の頃、「年寄は、四六時中、ここが痛い、そこが痛い」って言ってるって、思ってた。深夜に、自宅を目指してカルタの蔵から車を走らせるとき、その日の自分の、右腕の肘から下の痛みとか、右耳の外耳道炎の完治しない不具合とか、それって、年寄そのものなんだなぁって。要するに、私は、子供の頃の感覚では、十分にお年寄なんだよ。62歳まで働いてるなんて想像してなかったもん。。。同じ職場に23年も勤務してて、39歳から同じ風景の中だけを行き来してるから、老化に気づかなかっただけで、相当な疲労の蓄積と、進行する老化とで、不具合があちこちに起きているのだ。持てていた重さが持てなくなる。歩けていた速度が保てない。気力が続かない。そして、右腕や、右耳が不調で、左膝は悪いまま。。。そうそう、夕方になると、老眼も結構きつくなる。枸杞ジュースと漢方薬のおかげでカスミ目は改善してるけど、それは、枸杞のおかげであって、完治しているわけではない。新年度から始まる新教育課程に基づく評価方法の大きな変更や、来年1月から導入される勤務状態のネット管理は、もう、私の心の柱を折り続けている。もう少し心の柱が折れたら、畳もうかと思うくらいの辛さが、身体のあちこちにある上に、マスク越しの顔に感情移入しきれない現実がある。人間は、顔認証がすごく大事なんだなって思う。目は、感情を移入しやすい要素だけど、やっぱり、口元を含めた笑顔が見えるのと見えないのとでは、私の真心を、心を込めて丁寧に注入していく難しさが違う。管理職からは、来年もよろしくと言われているけどなぁ・・・行き暮れて 結構長い 老いの坂 引くに引かれず 行けど進まず
2021年11月03日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1