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ミシェル・パストゥロー/エリザベト・タビュレ=ドゥラエ(蔵持不三也訳)『ビジュアル版 一角獣の文化史百科』~原書房、2022年~(Michel Pastoureau et Élisabeth Taburet-Delahye, Les secrets de la licorne, Paris, 2013) ミシェル・パストゥローと、国立中世美術館(通称、クリュニー美術館)の前館長による共著です。 本書の構成は次のとおりです。―――序文第1章 古代の一角獣を求めて(ミシェル・パストゥロー)第2章 動物寓意譚の時代(ミシェル・パストゥロー)第3章 聖遺物とエンブレム(ミシェル・パストゥロー)第4章 貴婦人と一角獣(エリザベト・タビュレ=ドゥラエ)第5章 ある神話の衰退(ミシェル・パストゥロー)原注参考文献訳者あとがき――― 第1章は、ギリシア・ローマの著述家が描く一角獣や、聖書の中の一角獣など、中世に影響を与えた著述を概観します。 第2章は、動物寓意譚(ベスティエール。「動物誌」の訳語の方がなじみがありますので以下では動物誌とします)という史料の概要を見たのち、動物誌や百科事典に描かれた一角獣の性格について論じます。 第3章は、一角獣はあまり紋章に描かれなかったようですが、一部一角獣が描かれた紋章などを見ていきます。また、一角獣の角(とされるもの)が(あるいはその一部が)聖遺物として貴重な存在だったことなどが指摘されます。また、この章には「五感の動物寓意譚」という節がありますが、この内容については、Michel Pastoureau, "Le bestiaire des cinq sens (XIIe-XVIe siecle)", dans Michel Pastoureau, Symboles du moyen age. Animaux, vegetaux, couleurs, objets, Le Leopard d'or, 2012, pp. 97-111を紹介した拙記事を参照いただければ幸いです。 第4章はクリュニー美術館前館長による、同美術館所蔵のタピスリー「貴婦人と一角獣」についての詳細な論考。このタピスリーを発注した人物の同定の試み、同時代のその他の絵画との影響関係など、興味深く読みました。 第5章は中世末以降の一角獣の歩みをたどります。一角獣の存在への疑いの声が現れ始めるのですが、面白いのは「一角獣にかんして言われてきたことはすべて捏造」だと結論するアンブロワズ・パレ(1510-1590)という人物の言葉です。彼はこのように一角獣の存在を否定しながらも、聖書が実在すると記しているため、「一角獣がいることを信じなければならない」と記しているとか(162-164頁)。 本書について、しいて残念だった点を挙げれば、2点あります。1つは、目次の誤り。第4章は、本論では「貴婦人と一角獣」のタイトルですが、目次では「一角獣の貴婦人」となっています。もう1つは(仕方ないのでしょうが)本書の邦題です。原著のタイトル「一角獣の秘密」や、せめて「一角獣の文化史」として「百科」を付けないほうが、個人的には好みです。 といって、それは軽微な指摘で、本書は魅力的な一冊だと思います。ヴィジュアル版とうたわれているように、カラー図版が豊富で眺めるだけでも楽しいですし、訳注も充実しているだけでなく、訳者あとがきもやや詳細に本書の内容を補足しており、わかりやすい工夫がされています。 原著を買おうかどうしようかずっと迷っていながら買えていなかったので、この度邦訳書が刊行されたことを嬉しく思います。(2022.07.17読了)・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2022.07.30
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髙田京比子ほか編『中近世ヨーロッパ史のフロンティア』~昭和堂、2021年~ 京都大学名誉教授の服部良久先生の古希記念に編まれた論文集です(本書の成立過程ははしがきを参照)。 本書の構成は次のとおりです。―――はしがき(田中俊之・轟木広太郎)第1章 服部良久「中世後期ドイツの政治的コミュニケーションと秩序―権力表象と同盟・ネットワーク―」第2章 中村敦子「スティーヴン王期のチェスター伯とウェールズ―境界をまたぐネットワーク形成」第3章 西岡健司「中世盛期スコットランドにおける教皇特任裁判官による紛争解決―人的交流の観点から」第4章 髙田京比子「13世紀半ば北イタリアにおける河川交通と紛争―ヴェネツィアとクレモナの協約を中心に」第5章 田中俊之「現下の悪だくみ、それはハプスブルクか―1291年のスイス中央山岳地域」第6章 中田恵理子「ネットワーク上の学識者たち―ヴォルムス帝国議会とその周辺」第7章 渋谷聡「近世ドイツ帝国最高法院における法曹のネットワーク形成―18世紀末の事例から」第8章 図師宣忠「異端者の情報にアクセスする―中世南フランスにおける異端審問記録の作成・保管・利用」第9章 轟木広太郎「救霊から共通善へ―カペー朝後期の地方監察」第10章 藤井真生「聖人に囲まれた王―ルクレンブルク朝カレル4世と聖十字架礼拝堂の聖人画群」第11章 佐藤公美「「暴君」リナルド・ダ・モンテヴェルデとフェルモの反乱―八聖人戦争期の移動する傭兵隊長」第12章 青谷秀紀「都市反乱と暴力の諸形態―15世紀後半リエージュの内紛を手がかりに」第13章 坂上政美「16世紀トスカーナにおけるビガッロ委員会の設立―コジモ1世の救貧政策とその背景」第14章 小林功「「見えなくなっている」人々を求めて―7~8世紀ビザンツ帝国の有力者」第15章 松本涼「最果ての島の貴族―13世紀アイスランドにおける階層分化」第16章 櫻井康人「「ギリシア人たちの嘆願」から見る「モレア人」の形成―13世紀ラテン・ギリシアの社会構造」第17章 高田良太「ガレー船が戻ってくるまでに―14世紀中葉、コンスタンティノープルのヴェネツィア人共同体」第18章 上柿智生「15世紀ビザンツ知識人の「西方」との出会いと別れ―ゲオルギウス・スホラリオスの教会合同問題への関与を例に」第19章 櫻井美幸「ギャロッピングガールズ―17世紀前期における英国女子修道会とイエズス会の関係をめぐって」――― 特に興味深かった点についてメモ。 第1章では、カール4世が王権の儀礼的演出、自身の肖像・彫像、ボヘミアの守護聖人像の設置などの「ヴィジュアル・ポリシー」の実践とその意義を論じる点が特に興味深く読みました。 第2章は、「内乱期」であり「辺境」のウェールズに積極的関与をしなかったとされるスティーヴン王(位1135-1154)の時代、ウェールズに隣接する地域では様々な思惑から貴族間ネットワークが形成されていたことを示します。 第3章はスコットランドというローマから遠く離れた地で、教皇から紛争解決のために任命された特任裁判官たちがどのように紛争解決に当たったのか、また彼らはどのように選ばれたのかを具体的な事例を交えて論じます。 第4章はポー川をめぐる河川交通に関するヴェネツィアとクレモナの協定の中で、両者のあいだに位置するフェッラーラとの関係性も重要であったことを、時代背景を踏まえて詳しく論じます。 第5章は1291年スイスでの同盟文書に記載された「現下の悪だくみ」への対抗という言葉をめぐり、ハプスブルクへの対抗を示していたとされてきた従来の説を説得的に批判する興味深い論考です。不勉強な分野ですが面白く読みました。 少し飛ばして、第8章は異端審問官の文書利用について論じます。文書の7つの類型を提示し、それらがどのように用いられたかを、類型間の影響関係も含めて示す、こちらも興味深い論考。ただ1点、結論部での「托鉢修道士は説教の手引書であるエクセンプラ(説教判例集)をもとに説教を実践していた」(187頁)との記述には引っ掛かりました。中世説教について勉強してきていますが、ここでいう「説教判例集」は「範例説教(集)model sermon (collection)」と思われ、エクセンプラ=教訓説話集(例話集)exemplaは、説教などの中に挿入された、教えを具体的に例示するための短い物語です。この文脈では、「例話」に限定しない「範例説教集」が妥当と思われました。 第9章は、フランス王国での地方監察の役割が、ルイ9世(聖王ルイ)の時代には、不正を働いた地方役人の懲罰よりも国王自身の霊的責任を問われたのに対して、後のフィリップ4世以降の時代には、地方役人の違法行為への罰金を科すなど、様々な金銭を徴収することで「国王の権利を拡充させる努力に振り向けるようになっていく」という過程を論じる、こちらも興味深い論文です。 また少し飛んで、第12章は都市反乱と暴力が秩序維持に果たした役割を論じるにあたり、暴力の形態を「合法的なもの」「非合法的なもの」「脱法的なもの」の3つに区分し、それぞれの具体例を見ながら、それらの性格の違いを浮き彫りにします。 また飛びますが、最終章は、イエズス会に近い会則をかかげる英国女子修道会を設立したメアリー・ウォード(後に異端宣告を受けますが、約400年後に名誉回復)をめぐる、イエズス会の中の彼女の擁護者たちや批判者たちの態度を見ます。イエズス会会憲で女性分派を認めないことになっているため、彼女や擁護者には厳しい目が向けられましたが、それでも彼女を擁護しようとしたイエズス会士たちの振る舞いが印象的です。 私の理解力の限界もあり、ごく一部の、それも不十分な紹介になってしまいましたが、刺激を受ける論考の多い、充実した論文集です。(2022.07.10読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2022.07.23
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コナン・ドイル(阿部知二訳)『恐怖の谷』~創元推理文庫、1960年~(Arthur Conan Doyle, The Valley of Fear, 1915) シャーロック・ホームズシリーズの第4長編にして、長編としては最終作品。『緋色の研究』『四人の署名』同様、2部構成になっており、第1部はホームズがかかわる現代の事件、第2部はその事件の背景となった物語です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― ホームズのもとに届いた奇妙な暗号を解読していたところ、マクドナルド警部が訪れる。警部は、ホームズたちのメモをみて驚く。メモにあった名前の人物が、殺人事件の被害者となっていたからだった。 現場は、濠に囲まれた邸宅。跳ね橋が上げられる前に犯人は侵入し、濠を渡って逃げたと思われたが、被害者は銃で顔をめちゃくちゃにつぶされており、凄惨な状況だった。被害者の腕には、奇妙な焼き印があったほか、指には結婚指輪が付けられていなかった。 ホームズがたどり着く真相とは。 * * * ある渓谷では、「大自由人団」の性格が異なっていて、「天誅団」と呼ばれ、人々から恐れられていた。シカゴの「大自由人団」からこの地を訪れたマックマードは、しかし誰をも恐れない性格から、天誅団の団長マッギンティにも気に入られ、ついに組織の中で重要な位置を占めるに至る。しかし、ついに人々が結束して、天誅団の壊滅を目指し始め…。――― いわば陸の孤島のような状況で起こった第一部は、顔のない遺体、奇妙な焼き印、なくなったアレイと、興味深い道具立てがそろっていて、それ自体楽しいのですが、個人的には第二部をわくわくしながら読みました。マックマードが恋人と一時的に離れ、一方組織の中で一部の人たちとはいさかいを起こしながらも尽力していく過程は手に汗握ります。そして単なる冒険ものと思いきやミステリとしての仕掛けも秀逸で、楽しく読みました。 小学生くらいの頃にホームズものはいくつか短編を読んできていますが、長編を読んだことはありませんでした。長編4作は最近読んだばかりですが、どれも面白かったです。(2022.04.19読了)・海外の作家一覧へ
2022.07.16
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河原温/池上俊一『都市から見るヨーロッパ史』~放送大学教育振興会、2021年~ 中近世を中心に、「都市」の観点からたどるヨーロッパ史の概説です。 河原先生は中世都市史の専門家で、本ブログでも『中世ヨーロッパの都市世界』や『都市の創造力』などを紹介したことがあります。 池上先生は幅広い著作を刊行しています。ここでは、最近の大著『ヨーロッパ中世の想像界』を挙げておきます。 編者はこのお二人ですが、近世史に関する章は放送大学客員講師の林田伸一先生が執筆担当しています。 本書の構成は次のとおりです。―――まえがき(河原温、池上俊一)1 序論:前近代ヨーロッパの都市を見る視点(河原温・池上俊一・林田伸一)2 ヨーロッパにおける都市の起源(河原温)3 中世都市の成長と封建社会(河原温)4 中世都市の社会構造(河原温)5 中世都市のイメージと現実(河原温)6 中世都市の統合とアイデンティティ(河原温)7 中世都市と学問(池上俊一)8 中世都市の音風景(池上俊一)9 中世都市の祭りと民衆文化(池上俊一)10 聖なる都市から理想都市へ―ルネサンス期のイタリア都市(池上俊一)11 宗教改革と都市(池上俊一)12 近世都市の社会集団と文化(林田伸一)13 王権と近世都市(林田伸一)14 近世の都市空間と秩序維持(林田伸一)15 近世都市から近代都市へ(林田伸一)索引――― 河原先生は主に都市成立から中世盛期までを通史的に論じますが、中には4章のように経済活動や様々なギルドへの言及や、5章のようにエルサレムなどの理想の都市や、悪徳の場としての都市イメージなども論じており、いずれも興味深いです。 池上先生は中世盛期から宗教改革期まで目配りしつつ、学問、音風景、祭りなど個別のトピックスを掘り下げます。特に興味深かったのは、池上先生がかねてから進めていらっしゃる音風景論です。まだまとまった単著は出ていませんが、たとえば池上俊一「ヨーロッパ中世における鐘の音の聖性と法行為」『思想』1111、2016年、6-26頁という論文があります。 林田先生は、教科書では軽視されてきた近世都市について、近年独自の歴史的価値が認められてきたことから、近年の研究動向を踏まえてその諸相を論じます。 以下、興味深かったポイントをメモ。・托鉢修道会の第三会が実働部隊として、牢屋への囚人訪問などの慈善活動を実施(p.19) ⇒具体的な活動が気になるところ。・絶対王制の「絶対」とは、国王が恣意的に権力を行使できるということではなく、慣習法や中世的な諸機関の拘束から解き放たれていることを意味するにすぎない(p.24)。これは勉強になります。・女性は一般にギルドの成員にならなかったが、女性だけのギルドも存在(p.75) 各章末には邦語文献を中心に参考文献も掲載されているほか、最新の研究動向を踏まえた要点を得た記述となっており、ヨーロッパ(中近世)都市史を概観するのに有益な一冊です。(2022.06.26読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2022.07.09
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コナン・ドイル(阿部知二訳)『シャーロック・ホームズの生還』~創元推理文庫、1971年(新版)~(Arthur Conan Doyle, The Return of Sherlock Holmes, 1905) シャーロック・ホームズシリーズの短編第3弾。13編の短編が収録されています。 前回の短編集『回想のシャーロック・ホームズ』の最終話「最後の事件」でモリアーティ教授と戦い失踪していたシャーロック・ホームズの「生還」から、物語はスタートします。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「空家事件」密室状況の中、敵のないのんびりした青年貴族が殺された。生還を果たしたホームズが見張るのは、しかしその現場ではなく…。「ノーウッドの建築業者」ノーウッドの建築業者宅で火災が起き、当の建築業者は失踪。彼の財産管理を任されることになっていた法律事務所の男に殺人の嫌疑がかけられるが…。「踊る人形」過去を話したがらない妻が、子どもの落書きのような人形の絵を見てから、様子がおかしくなっていったと紳士がホームズのもとを訪れる。メッセージが重ねられる中、事件は最悪の事態に向かってしまい…。「あやしい自転車乗り」住み込みで音楽の教師を務めるようになった娘が週に一度母の家に帰るため、駅まで自転車で走っていると、ずっと等間隔でついてくる自転車乗りがいるという。果たして男の目的は。「プライオリ・スクール」プライオリ・スクールに通う重臣の子供が行方不明になった。同時に、一人の教師も失踪していたという。「ブラック・ピーター」日常は厳格でありながら、酒を飲むと家族に暴力をふるっていた船長、ブラック・ピーターが、「船室」と名付けていた小屋の中で殺された。担当のホプキンズ警部はホームズのもとに相談に訪れる。「恐喝王ミルヴァートン」稀代の恐喝王から、依頼人の手紙を取り戻すためホームズたちが奮闘する。「六つのナポレオン胸像」押し入り強盗が狙ったのは、ナポレオンの石膏像だった。犯人は石膏像を破壊し、現場を去っていた。同様の事件が繰り返される中、ついに殺人事件にまで発展してしまい…。「三人の学生」寮に住む3人の学生のうち、テスト問題を事前に見ていたのは誰なのか。「金ぶちの鼻眼鏡」ひじょうな学者と評判の高い博士の家で、秘書をつとめていた青年が殺された。現場には、鼻眼鏡が残されていたほか、邸宅に通じる道には足跡も残されていた。現場からの逃走は困難と思われる状況の中、犯人はどのように逃げたのか。「スリー・クォーター失踪事件」ラグビー・チームの主力の男が失踪し、主将の青年が男を探してほしいとホームズのもとを訪れる。失踪した男の唯一の親類は事情を知っていてそうでいながら、厳しい態度ばかりを見せる。「僧房荘園」荘園の邸宅の主が殺された。現場に居合わせた妻の証言からも、強盗団の仕業と思われたが…。「第二の血痕」ヨーロッパでの戦争を引き起こしかねない重大機密の手紙が紛失した。大臣からの依頼を受け、心当たりの人物を当たろうとした矢先、そのうちの1人が殺されたことが発覚する。現場の敷物の異変からたどり着いた真相は。――― 「踊る人形」は子供の頃に読んでずっと印象に残っている作品。詳細までは覚えていませんでしたが、あらためて楽しめました。「空家事件」はホームズ生還の感動があり、「ノーウッドの建築業者」も謎解きと駆け引きの妙が秀逸で面白かったです。 今回面白く読んだのは、「金ぶちの鼻眼鏡」のこんなエピソード。警察から相談を受けるまで、羊皮紙の解読に没頭していたホームズが、警察から新聞記事を読んだかと問われ、「きょうは、15世紀以降のことはなにも見ていない」と答えます(322頁)。このセリフがたまりません。(2022.04.16読了)・海外の作家一覧へ
2022.07.02
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