全5件 (5件中 1-5件目)
1
夏目漱石『吾輩は猫である』~新潮文庫、1980年改版~ あまりにも有名な作品ですが、夏目漱石の最初の小説というのはこの度知りました。 教師の苦沙弥先生のもとに迷い込んでそのまま飼われることになった猫が、先生のもとに集まる人々のよもやま話や自身の冒険譚などを語っていきます。 伊藤整さんによる解説にもありますが、『坊ちゃん』のように筋がはっきりした長編ではなく、本当にいろんなよもやま話や冒険など、数々のエピソードの寄せ集めのようなかっこうですが、それがユーモアや皮肉たっぷりに描かれていて面白いです。 平気でうそをつきながらもなぜか憎めない迷亭さん、物理学の博士論文に挑戦中の寒月さん、詩を愛する東風さんなど、印象的な人々が苦沙弥先生の家を訪れて話をします。一方、苦沙弥先生たちに対立する存在として、近所で先生を悪く思っている財産家の金田氏の妻鼻子さんたちや、先生をからかうことに情熱を燃やす向かいの学校の生徒たちがいます。その対立のシーンも読みどころです。 いつまでも名前を付けてもらえない猫自身の冒険も面白いです。近所の上品な家に買われている三毛に思いを寄せてみたり、大柄な黒と上手に対応してみたりと、最初は近所の猫との交流も描かれます。ほかに特に印象的だったのは、猫が運動をはじめたと語る場面です。カマキリ狩り、セミ狩り、木登りなどなど、していることはなるほど猫がしそうなことですが、ユーモアあふれる語り口で楽しく読めました。 世の中への批判(『ホトトギス』への連載第1回は明治38年ですが、今にも通じるものがあるのがなんとも…)や言葉遣い(なるほどの「ナール」が書かれています!ツクツクボウシもおうしつくつく)も興味深いですし、なによりユーモアあふれる語り口を楽しく読めました。 子どもの頃に一度(おそらく子供向けの縮約版を)読んだことがありますが、この度あらためて読んでみて良かったです。(2022.07.27読了)・な行の作家一覧へ
2022.10.29
コメント(0)
![]()
森護『紋章学入門』~ちくま学芸文庫、2022年~ 著者の森護さん(1923-2000)は、紋章学に関する著作を多く刊行していますが、大学に所属していたのではなくNHK職員でいらしたということを、本書見返しで知りました。(手元にある同『紋章学辞典』大修館書店、1998年によれば、文教大学非常勤講師をなさっていたようですね。) 本書は、初出は1979年で、1996年の改訂版を文庫化したものとのことです。 本書の構成は次のとおりです。―――第1章 紋章とは第2章 紋章の起源第3章 紋章の構成第4章 楯第5章 フィールドの分割―分割図形―第6章 オーディナリーズ第7章 チャージ第8章 ディファレンシング第9章 マーシャリング第10章 現行のマーシャリング第11章 オーグメンテイション第12章 イギリス王家の紋章史参考文献索引――― 本書は大きく4部構成になっています。 第1章~第3章が、紋章に関する前提で、紋章とは何か、その起源は、そして紋章の楯を支えるサポーターや冠、兜飾りなどの紹介となっています。 第2部にあたるのが第4章~第7章。紋章の基礎編です。 第4章は、楯の形状、部位の名称、紋章に使われる色彩と規則について論じます。 第5章から第7章までは紋章に置かれる図形についてで、第5章は楯の分割(縦二分割、斜め分割、4分割など)について論じます。先に「置かれる図形」と書きましたが、厳密には第5章で紹介されるのは楯の分割方法であり、実際に置かれる図形は第6章と第7章です。 第6章のオーディナリーズは、抽象図形ということで、紋章に置かれる縦、横、斜めの太線(形状も直線でなく波線だったりギザギザだったり様々)などを扱います。 第7章のチャージは、紋章でよくみられるライオンやワシなどの具体的図形のことで、主に先に触れた2種の動物について詳述されますが、冒頭では、靴や墓、パンツなど、珍しい図柄も紹介されます。 第3部にあたる第8章~第11章が応用編で、第8章のディファレンシングは、「親子であっても同一の紋章は認めない」(239頁)との原則から、親子、兄弟、分家などの違いを示す技法です。たとえば、同じ図柄でも、楯の周囲に縁取りを入れるなどの技法がこれに当たります。 第9章マーシャリングは、複数の紋章を組み合わせる技法で、たとえば名家の女性を妻に迎えた男性が、自分の家系の紋章と妻の家系の紋章を組み合わせて新たな紋章を作る、ということです。第10章は、現代に見られるその具体例や技法の紹介です。 第11章オーグメンテイションは、「王などの主権者が臣下に功績その他の理由によって加増を許す紋章」(317頁)で、「家門の誇りとしての効果は絶大」(318頁)だということです。 第4部にあたる第12章は、紋章前期から現代までのイギリスの紋章史概観となっています。 中世ヨーロッパの紋章については、ミシェル・パストゥローの諸論考で勉強していますが、紋章用語や具体的技法については不勉強な点も多かったので、本書で基本的な事項がおさえられるのはありがたいです。(2022.10.01読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2022.10.22
コメント(0)
![]()
大黒俊二/林佳世子(責任編集)『岩波講座 世界歴史08 西アジアとヨーロッパの形成 8~10世紀』~岩波書店、2022年~ 岩波講座世界歴史第3期の第8巻。時代的には、西洋史でいう、いわゆる古代末期から初期中世を対象としますが、地域は、古代ローマがそうだったように、西アジアをも含め、特にイスラームとヨーロッパの関係性にも目配りがされた構成となっています。 本書の構成は次のとおりです。―――<展望>大月康弘/清水和裕「ユーラシア西部世界の構成と展開」<問題群>佐藤彰一「中世ヨーロッパの展開と文化活動」コラム 菊地重仁「フランク王国の法文化とテクスト」森山央朗「ウラマーの出現とイスラーム諸学の成立」コラム 近藤真美「アズハル・モスク―シーア派教育機関からスンナ派教育機関へ」森本一夫「山々に守られた辺境の解放区―カスピ海南岸地域のアリー裔政権(864-930/931)」<焦点>三佐川亮宏「ヨーロッパにおける帝国観念と民族意識―中世ドイツ人のアイデンティティ問題」コラム 大貫俊夫「修道院改革とヨーロッパ初期中世社会の変容」中谷功治「聖像(イコン)と正教世界の形成」亀谷学「初期イスラーム時代の史料論と西アジア社会」佐藤健太郎「アンダルスの形成」コラム 杉田英明「アラブ・ペルシア古典詩におけるチェスの表象」三村太郎「イスラーム科学とギリシア文明」高野太輔「初期イスラーム時代のカリフをめぐる女性たち」――― ヨーロッパといえば西欧が中心とされがちですが、展望論文はヨーロッパ=地中海世界ととらえ、また冒頭でもふれたように、西アジアも含めたユーラシア大陸西部の動きを見ます。展望論文のヨーロッパ史部分をビザンツ史専門でいらっしゃる大月先生が担当されていることからも、この意図が伝わってくるようです。また、イスラームの概要部分で、被支配者のマワーリーが官僚などとして社会的上昇を遂げる点について触れる際に、ローマ帝国で解放奴隷が権力の中枢にのぼっていったこととの類似性を指摘するなど、従来個別に論じられてきた世界の類似性が示されるのも興味深いです。 問題群では、佐藤論文が西欧を中心とした通史的概説。カール、ピピンの名前の由来への言及が興味深いです。 あとの2本はイスラームが舞台です。森山論文はハディース(ムハンマドの発言や言動に関する伝承)などに通じた知識人(ウラマー)について論じ、森本論文は、カスピ海南岸の人々がアッバース朝支配に不満を募らせ、抵抗するため、南の山を越えて、アリーの直径子孫を招いて指導者にしたという興味深い事件を取り上げ、当時の人々の結びつきや移住などの諸相をも描きます。 続いて、焦点。「ドイツ人」の意識形成について論じる三佐川論文は、「ドイツ人」という民族名がイタリア人による「差異化」の視点から生まれたという興味深い指摘をしています。 ビザンツ帝国での聖像問題を論じる中谷論文は、ビザンツで起こった聖像破壊(イコノクラスム)が、従来言われていたほどひどく行われたものではなかったことを強調します。 亀谷論文は、ムスリムによる歴史史料の流れを概観した後、実物史料(碑文など)や非ムスリム史料から、初期イスラーム史を見ることで、多角的な見方を提示します。 佐藤論文はアンダルス(イスラーム期のイベリア半島)を舞台に、ムスリムとキリスト教徒の関係性などを描きます。 本書の中で最も興味深かったのが三村論文でした。私は主に中世ヨーロッパについて勉強してきているので、西欧における12世紀ルネサンスの背景として、アラビア語訳されたギリシア古典が流入し、ラテン語に訳されたことでアリストテレスなどに関する知識が増大した、とされていることは承知していました。ですが、大量のギリシア古典がなぜ12世紀までにアラビア語訳されていたのか、という点は恥ずかしながら気にしていませんでした。やや乱暴にまとめると、三村論文では、アッバース朝期の学者たちはパトロンの支援を受け、彼らに占星術や数学など様々な分野で助言していたため、他の学者との競争もあり、数多くのギリシア古典をアラビア語訳していった、ということを、具体例を挙げながら論じていて、私にとっては世界史の理解がつながった感動がありました。また、ではインド数学の先進性やギリシア科学を取り入れるだけでなく、それらへの疑問を挙げることで、過去の著作をうのみにするだけでなくさらなる知識へつなげていったという点や、論証が重視されたことなども論じられており、勉強になりました。 高野論文は、カリフには母系の血筋で即位したカリフが1人もいないという点に着目し、それではカリフの「母」はどこから来た何者だったのか、関連してカリフの「妻」はどういう基準で選ばれたのか。またカリフにもなれず息子を即位させることもできなかったカリフの「娘」は、誰と結婚し、どのような人生を歩んだのか。という問題関心のもと、具体的に彼女たちの状況を論じる、こちらも興味深い論文でした。 既に何度も触れましたが、岩波講座世界歴史第3期の特徴として、「ヨーロッパ」をひとくくりにするのではなく、西ユーラシア大陸として一体的に西アジアとの関係を踏まえながらとらえるという視点があります。そのおかげで、同時代のイスラームの状況を(西洋史関係の文献だけでは得られないくらいに)詳しく学ぶことができ、また本書での三村論文のように、自身の関心にも直結する知見が得られたことは、本当にありがたく思います。 とても勉強になった一冊です。(2022.09.25読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2022.10.15
コメント(0)
John W. Baldwin, Masters, Princes, and Merchants. The Social Views of Peter the Chanter and His Circle, 2 vols, Princeton, 1970 12-13世紀の説教活動や大学に関する研究ではしばしば参照される古典的研究。本文(第1巻、xiv+343p)と注・付録(第2巻、287p)の2巻本という大著です。神学者ペトルス・カントル(1197年没)と、彼の弟子たちが、同時代の教師、君主、商人をどのように見ていたか、その「社会へのまなざし」social viewsを分析することが、本書の目的とされます。 まず、本書の構成は次のとおりです。(拙訳)―――前書き第1部 ペトルス・カントルとそのサークル 第1章 ペトルス・カントル 第2章 パリにおけるペトルス・カントルのサークル 第3章 神学的教義第2部 教師 第4章 パリとその諸学校 第5章 神学者たち 第6章 学術的生活 第7章 エピローグ―名高い教師たち第3部 君主 第8章 俗権regnumと教権sacerdotium 第9章 宮廷での奉仕 第10章 屋外fieldでの奉仕 第11章 財政での奉仕 第12章 エピローグ―同時代の君主たち第4部 商人 第13章 商人とその活動 第14章 信用、投資、交換 第15章 高利への戦い第5部 改革 第16章 1215年の[第4回]ラテラノ公会議――― 第1部は本論の予備的作業として、ペトルス・カントルの経歴と著作を概観(第1章)した後、彼の弟子たちの略歴と著作を概観(第2章)し、さらに神学的教義(第3章)として、特に悔悛を中心とする秘跡や聴罪司祭の資質、個別の状況への配慮といった議論を分析します。 第2部は教師について。教授資格や自由学芸、医学・法学に関するペトルスらのまなざしを見た後、第5章はペトルスが神学教師の活動として重視する「読解」「討論」「説教」について論じます。特に興味深いのは第7章で、学生たちの経済状況や、肉の誘惑について論じています。 第3部は君主について論じます。第8章で俗権と教権に関する理論的な議論をみて、第9章は宮廷に仕える聖職者たちのしごととしての読み書き能力の重要性や、法律家へのまなざし、さらにジョングルールなどのエンターテイナーらの活動について論じます。第10章は戦争、関連してその財政面や傭兵の活用、そしてトーナメントと狩りについて。第11章は税制などについて論じます。第12章は、ペトルスらの著作は、一般的な道徳への関心から個別の君主に言及することがまれとしつつ、一部言及される同時代の王や領主についてみています。 第4部は商人について。特に商人の「うそ」や高利についてのまなざしを論じます。 最後の第5部は第4回ラテラノ公会議での議決から、結婚や聖職者独身制などへの、ペトルス・カントルとそのサークルのまなざしについて論じています。 購入から全体に目を通すまでに約7年もかかってしまいましたが、基本的な文献なので、この度(一部ざっとですが)通読できてよかったです。(2022.06.18読了)・西洋史関連(洋書)一覧へ
2022.10.08
コメント(0)
![]()
泡坂妻夫『湖底のまつり』~創元推理文庫、1994年~ 泡坂妻夫さんによるノンシリーズの長編です。 仕事に疲れ、鄙びた村を訪れた紀子さんは、散策中、急激に増量した川に流されたところ、一人の人物に助けられます。埴田晃二と名乗りますが、翌日、その時点ですでに晃二は死んでいた―おそらく毒殺されていた、ということを知ります。 事件のことを調べ、あらためて村を訪れた紀子さんですが、一度目に訪れていた時点で着々と進んでいたダム工事の影響で、すでに村は湖底に沈んでしまっていました。そんな中、何人かの関係者を見つけて…という大筋です。 紀子さん、晃二さんなど、主要人物のタイトルをつけられた4つの章からなり、それぞれの主観で一つの事件が描かれる、という構成です。 以前に紹介した『11枚のとらんぷ』『乱れからくり』に比べると、言い方は悪いかもしれませんが事件自体は地味な印象ですが、そもそも物語が幻想的に語られるなど、過去2作とは全く異質の作品(ミステリ)です。解説の綾辻行人さんも指摘されているように、本書は「見事な「騙し絵」」となっています。(2022.06.18読了)・あ行の作家一覧へ
2022.10.01
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()
![]()
