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インド楽器紹介 「Surbahar(スルバハール)」ここではインドの伝統楽器を紹介していきます。「Surbahar(スルバハール)」(バス・シタール)シタールを2回り程大きくした楽器です。そのままシタールの形状ですが、非常に重量感があり低音域を発揮する高価なシタール似の楽器です。シタールプレイヤーが、旋律部分「Alap(アラープ)」を演奏する時に使用します。演奏には、まず力が要ります。シタールも慣れるまで力は要りますが、スルバハールはコツを掴むにも力が要ります。指の皮がボロボロになる覚悟がいります。インドでは、シタール演奏家はまずスルバハールで技術を磨く事を勧められます。この楽器に慣れれば、シタールは容易く弾く事ができるからです。インド楽器の外観は、彫刻など凝っていますが、スルバハールの彫刻は絶品です。ケースに入れると30Kg前後にもなり、巨大なケースでの移動移動を余儀なくされますので、演奏時の握力以外に腕力も必要になります。
2005年04月30日
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少し寄り道してます。「この街で」 作詞作曲/馬場俊英 空き地にはビルが 駅前にデパートが再開発でオシャレになったこの辺もずっと 便利になった雑誌に載るかもね あの店 そうさ去年より ぐっと キレイになっただから春が来て きっと 新入生も増えるだろういらっしゃい! こんにちは! さようなら! よろしくね!お世話になりました! この街 昔 明治が大正になって やがて昭和が平成になった60年代に流行っていた リバイバルの映画を観た後「つまらない時代になったもんだ」と 誰かが口にするけれど僕らは今しか知らない 今日の風が吹き抜けて行くよどこに この街に 人ごみがあって 渋滞があって排気ガス 今日もモクモクの空に夕焼けがあって 星空があってそして何よりも 君がいる☆ 昔 明治が大正になって やがて昭和が平成になった魚も肉も野菜も豆腐も みんなまとめてスーパーで買うのさ「味気ない時代になったもんだ」と 時々耳にするけれどタバコ屋のおばあちゃんも もういない今日の街に生まれたのさ 僕らどこで どこで どこで この街で 誰だって 今日にしか居られないし 明日にしか向かえないこの街も変わったけど おじさん アナタだってハゲ頭みんな 今日にしか居られないし 明日にしか向かえないウチの今度のアルバイト なんと平成生まれ誰だって 今日にしか居られないし 明日にしか向かえない今年80歳のおじいちゃん 好きなタイプは「年上のひと」みんな 今日にしか居られないし 明日にしか向かえない
2005年04月29日
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インド楽器紹介 「Sarangee(サーランギー)」ここではインドの伝統楽器を紹介していきます。「Sarangee(サーランギー)」「S」から始まる名前に混同しますね。形状はスマートとは言えないですね。完全に「ボーカルの代わり」とも言える音色です。バイオリンとスタイルは同じ、弓で奏でます。バイオリンはヘッド(糸巻き部)を下にしますが、サーランギーはヘッドが上に来ます。邦楽の胡弓と同じポジションで演奏します。こちらには共鳴弦もあり、バイオリンより2回り位大型の木製楽器です。「ああ、あの音色!」と、聞く頻度の高い楽器です。音色は人の声に近く、スムーズに聞こえます。「タブラ」のソロ演奏のバック演奏としてもよく使われています。ネパールにも独自のサーランギーがあり、ネパリサーランギーと言います。ネパリサーランギーは、小型のサーランギーと言う感じです。サーランギー奏者「Sultan Khan」
2005年04月29日
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インド楽器紹介 「Santoor(サントゥール)」ここではインドの伝統楽器を紹介していきます。「Santoor(サントゥール)」ピアノの内部の様に、弦が音階毎に張ってあります。70~100弦のチューニングは大変根気の要る作業です。元々、インド古典音楽には使われてませんでした。「Santoor(サントゥール)」は、カシミール地方の民謡楽器だった為です。「Pt.Shivkumar Sharma」によってインド古典音楽に融合され、今では立派にラインナップに名を連ねています。木製の箱状共鳴胴の上に絃が張ってあります。基本的に1音階に3本の弦が張ってあり、それが共鳴絃の役割を果たします。これが、繊細・優美な音色を奏でます。演奏は2本の彫刻された紫檀製のバチで絃を叩くようにします。中国古典楽器の楊琴(女子十二楽坊でお馴染み)弦をバチで擦る・片手でミュートさせながら演奏します。交互に絃を叩き演奏する訳では無く、左右使い分ける取り決めがあります。サントゥールの第1人者は「Shiv Kumar Sharma」「Tarn Battahcharya」 タントラ 【ヒーリングCD】 SILK ROAD MIDDLE EAST INSTRUMENT / GIGA 『シルクロード・ミドル・イースト・インスツルメント』
2005年04月28日
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インド楽器紹介 「Vocal(ボーカル)」ここではインドの伝統楽器を紹介していきます。「Vocal(ボーカル)」ボーカルは、全てのインド古典音楽の基本となります。この「ボーカルの代わり」に行う事が「楽器演奏」とも言えるほど重要です。だからインドの楽器演奏家は、ボーカルもしっかり勉強しておいた方が良いと言われています。古典音楽において、最も華やかで男性と女性とではまた違った趣があります。インドの音階「Sa・Re・Ga・Ma・Pa・Dha・Ni・Sa」は絶対音階ではありませんから、各自で発声しやすいキーをとります。男性と女性など、ボーカリスト毎に同じラーガ(旋律)でも違った印象があります。例えば、(コードAからのドレミファソラシド)と、(コードEからドレミファソラシド)のフレーズでは違う事と同じです。実際はただ声を出して歌うだけではなく、声を投げる・引き戻す・津波を出す・上昇気流に乗せる様な感覚です。丁度、「こぶし」を利かせたり、抑揚させながら曲の感情を醸し出します。有名なボーカリスト「Jasraj」「Rashid Khan」「Kishori Amonkar」「Prabha Atre」 Radel LEHERA セブン・キーズ七色の調律 【ヒーリングCD】 ◆ベスト・オブ・インディア~古典舞踊の音楽(南インド)
2005年04月27日
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インド楽器 「ハルモニウム」(インドの鍵盤楽器)ヨーロッパ宣教師が、入国時「足踏みオルガン」を持っていたのを見てインド人が真似をして作る。ただ、足踏みは大きくなるので、手で「ふいご」を動かして、リードという発音部に風を送り音が鳴る仕組みです。アコーディオンに形が似ていますが、箱状形態で「床置きアコーディオン」といった感じです。ハルモニウムは、リードと呼ばれる金属がふいごの風によって音を発生させ、その名の通りハーモニカの音源とよく似ています。ハルモニウムは、現地では手作業で作られており、職人の勘でチューニングされ、正確ではないのがほとんどです。しかし、機械で作った足踏みオルガンやハーモニカのリ-ドでは、ハルモニウム独特の荒い感触?の音は出しにくいでしょう。リードは、基本的に縦の長さによって出る音の高さ(ドレミファソラシド)が決まってきます。横の太さは音の性質(太い音、線の細い音など)が決まります。演奏家の好みで、「サワリ」「空鳴り」「音を細く」を好みに合わせて、きめの細かい紙ヤスリで状態に応じて軽く磨きます。ただ、磨き過ぎは元には戻りにくいので注意が必要です。チューニングを変えたい時は、縦を磨きます。ハルモニウムは、片手は鍵盤の操作を行い、片手はふいごの操作が必要になります。ふいごの動作は、「音の強弱」「ブレス」「ビブラート」など、ハルモニウムの表現にとって鍵盤の動き以上に重要です。ふいごは、主に紙製や皮製で補強してますが水に弱い。バネの返しの力で、ふいごがまた元に戻る仕組みになっています。ビブラートをかける場合は、ふいごをできるだけ細かく動かします。曲の一部に音の大小をつけたい場合は、ふいごを動かす動きとは別に、手首を微妙に軽く曲げる動作でコントロールします。つまり全体の音量を決めるのが「腕の動き」、部分的な音量を決めるには「手首の動き」が重要になります
2005年04月26日
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「インド音楽」 リズム編難しいのはここまでです。Taal「タール」「ターラ」について旋律にラーガがあるように、リズムにも「タール」があります。時間を一定の間隔で刻めばリズムになります。歩く足音・時計の秒針を刻む音・手拍子・ドラムのビート・心臓の鼓動も全てリズムです。では、ただ時を刻むだけではなく、周期がついて音楽で言う「拍子」になります。何拍子・4拍子・8拍子とかあります周期をつけると、元に戻り「ループ」します。決められた拍数まで来ると拍子の先頭まで戻ります。この拍子の先頭を「Sam」と言います。拍子のテンポと種類何拍子で周期を取るかという決まり事があります。 6拍子ならこのテンポ、10拍子ならこれ、といった具合です。テンポは一般音楽では「♪=120」等と表されますが(この場合は1分間に4分音符を120回演奏する速さです)インド古典音楽では以下の様に表されます。Vilambit 遅いMadhyalaya 中間Drut 速い速さは絶対的なテンポ値ではなくかなり感覚的なものです。比較するとVilambitの速さを倍にするとMadhyalaya・更に倍でDrutです。拍子について何拍子かというのと後述するテカのバリエーションにより名前が付いています。その拍子数によって使えるテンポは、以下の様に分類されます。「16拍子 Classic」(Teen-taal) (Addha-taal)「16拍子 Folk」(Chachar) (Tilwada) (Punjabi) 「14拍子 Classic」(Ada-taal)「14拍子 Folk」(Dhamar) (Deep Chandi) (Jhoomar)「13拍子 Cllassic」(Jai-taal)「12拍子 Cllassic」(Ek-taal)「12拍子 Folk」(Chautal) (Gabra)「11拍子 Classic」(Rudra-taal) (choutarkisawari)「10拍子 Classic」(Jhap-taal)「10拍子 Folk」(Surfakta) (Sool)「9拍子 Classic」(Matta-taal)「8拍子 Folk」(Keher) (Bhajan) (Dhumali)「7拍子 Classic」(Rupak-taal)「7拍子 Folk」(Tevra)「6拍子 Folk」(Dadra)クラシックを演奏するものは最後に「Taal」(タール)が付いています。Theka(テカ)についてテカを知るにはまずタブラの打音を知る必要があります。ご存知の様にタブラは両手で別々の太鼓を叩くのですが、その叩き方と両手の組み合わせによって色々な音色が出ます。その音色には名前が付けられていて、それを表記する事によってタブラプレーヤーはどうフレーズを叩くのか察知する事も出来ます。「Dha」 「Dhi」 「Na」 「Ti」 「Ge」 「Trkita」 「Ta」 「Tun」 「Kat」各タールはこの表記方を使って定義されますがそのパターンをテカと言います。各タールの基本リズムパターンという感じですね。実際はこれをベースに多少の装飾ぐらいはします。例を挙げると、ティーンタール(16beat)のテカだとこうなります。Dha Dhi Dhi Dha / Dha Dhi Dhi Dha / Dha Ti Ti Na / Na Dhi Dhi DhaKali(カーリー)カーリーとは各タールに必ず1つ存在するもので、サムと同様非常に重要な役割を果たします。カーリーの方はタール毎に指定された拍です。1拍の事を「マトラ」と言います。各タールのカーリーのマトラはそのまま覚えるしかないのですが、カーリーの時はバヤンが抜けるので低音が響きません。インドクラシックで実際よく耳にするタールTeen-taal 16 matra (4+4+4+4)Dha Dhi Dhi Dha/Dha Dhi Dhi Dha/Dha Ti Ti Na/Na Dhi Dhi DhaRupak-taal 7 matra (3+2+2)Ti Ti Na/Dhi Na/Dhi NaJhap-taal 10 matra (2+3+2+3)Dhi na/Dhi Dhi na/Ti Na/Dhi Dhi NaEk-taal 12 matra (2+2+2+2+2+2)Dhin Dhin/DhaGe Trkita/Tu Na/Ka Ta/DhaGe Trkita/Dhin NaAddha-taal 16 matra (4+4+4+4)Dha Dhi Dha/Dha Dhi Dha/Dha Ti Na/Na Dhi DhaMatta-taal 9 matra (4+5)Dhin Trkita Dhin Na/Tu Na DhiDhiNa DhiDhiNaJai-taal 13 matra (2+2+2+2+2+3)Dhin Trkita/Dhin Na/Ti Na/Kat Ta/DaGe Trkita/DhiDhiNaDhiDhiNaAda-taal 14 matra (2+2+2+2+2+2+2)Dhin Trkita/Dhi Na/Ti Na/Ka Ta/Trkita Dhi/Na Dhi/Dhi NaRudra-taal (Choutarkisawari) 11 matra (2+2+2+2+3)Dhin Trkita/Dhi Na/Ti Na/Ka Ta/DhiDhiNaDhiDhiNaKeher 8 matra (4+4)Dha Ge Na Tun/Na Kat Ta NaDadra 6 matra (3+3)Dha Dhi Na/Dha Ti NaBhajan 8 matra (4+4)Dhin Na DhiDhiNa/Dhin Na TiTiNaChachar 16 matra (4+4+4+4)Dha Dhi/Dha Dha Ti/Na Ti/Dha Dha DhiNaTrkitaDeepchandi 14 matra (3+4+3+4)Dha Dhi/Dha Dha Ti/Na Ti/Dha Dha DhiTilwada 16 matra (4+4+4+4)Dha Trkita Dhin Dhin/Dha Dha Tin Tin/Ta Trkita Dhin Dhin/Dha Dha Dhin Dhin単純にマトラを刻むだけではなく、色々と装飾するのが常です。あまりにもシンプル過ぎて、実際のノリが出ません。但し装飾とは言っても基本は守られています。
2005年04月25日
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今日は難しいですよ。インド音楽を演奏する際に必要な事です。感性だけでは、インド音楽は演奏できません。即興演奏は自由演奏ですが、決まったルールの中で演奏します。インド音楽 「旋律」インド古典音楽というのは、主に北インドで演奏される「ヒンドゥスターニ音楽」南インドで演奏される「カルナータカ音楽」があります。ここでは、北インド古典音楽にて演奏される様式を解説します。Rag(ラーガ)についてRaagとかRagaと表記します。北インドでは数千、南インドでは1万以上のラーガがあると言われています。ラーガには当然ながら名前がついています。「Rag Madhuvanti」とか「Rag Kafi」とか呼びますが、ラーガとは曲名ではありません。日本での音階は「ドレミファソラシド」ですが、インドでは「Sa Re Ga Ma Pa Dha Ni Sa」と表現されます。半音階もあります。(南インドの音階は1/4音階まであります)Saはドですが、絶対音程ではありません。メロディーを奏でる場合、基本ルールがあり音程が上がる時「Sa Ga Ma Pa Ni Sa 」しか使ってはいけません。(Saから始まらなくてはいけないという意味ではありません)音階が下がる時には「Sa Ni Dha Pa Ma# Pa Ga Ma Ga Re Sa」を使う事になります。(音程が下降している時には、ここに含まれない音階は使えません)また、メロディーを奏でていて音程が上がる時に「Re等」を使用禁止です。このメロディーに主役になる音階を決めます。ここでは、主役(Vadi)を「Ga」とします。準主役(Samvadi)「Ni」にします。主役や準主役は残りの脇役より当然メロディーの中では強調され、旋律のパターンが1つできます。これを「Pakar」と言い「Pa Ma# Pa Ga Ma Ga Re Sa」となります。この規則が付けられた状態で、演奏者はメロディーを自由に作成する事が出来ます。主役と準主役の使い方も自由です。固定されたメロディーを奏でることもありますが、通常「即興」で奏でます。実は音階それぞれに、感情等の意味が決められています。本来、奏者は演奏中に無我の境地(瞑想状態)に達して宇宙と融合すると言われています。例えば、ラーガ「Behag」では、ラーガによって使える音、主役や準主役が異なります。組み合わせを考えると無限になります。ラーガとは曲名ではなく、規則を定義した「種類」です。「Rag Behag」を演奏する、と言えば、Bihagに定義された規則を守りつつ即興演奏します。(ルールに則った即興演奏です)ラーガにはそれぞれ演奏する時間帯(もしくは季節)が決められています。厳密には、1日を12に分割して指定されています。「Afternoon Rag」 (昼から夕方前に演奏)「Evening Rag」 (夕方から夜演奏)「Midnight Rag」 (深夜に演奏)「Morning Rag」 (早朝から朝にかけて演奏)「Raining Rag」 (雨季に演奏)「Spring Rag」 (春の訪れに演奏)Raining RagやSpring Ragは、基本的にその季節感と感情を表現しています。ラーガのフレーズには、明るい感・暗い感・哀しい感・妖しい感・セクシャル感、など感じるニュアンスが違います。普段、一日の始まりは朝ですが、「インド古典音楽においては朝は終わり」を意味します。それは、コンサートが夕方から始まりオールナイトで続き、朝に終わる事からきています。朝が終わりだから、コンサートも朝に終わります。1人の演奏家が延々演奏するのではなく、プログラム構成されています。観客も全部見る事はありません。お目当ての演奏家だけを見たり、最初の方を見て眠くなったら帰ります。大物は最後に出るので早起きして観ます。ラーガは時間帯によってだいたいの印象があります。「Afternoon Rag」 (悲・乾・休・脱) 「Evening Rag」 (明・楽・喜・幸)「Midnight Rag」 (深・妖・怪・瞑) 「Morning Rag」 (哀・妖・美・瞑)音楽にジャンルがあるように、ラーガにもジャンルの様になっています。基本ラーガが10個あり、ラーガは全てこの基本ラーガのどれかに所属します。この10個のグループそのものをThaat(タータ・メーラ)と言います。基本ラーガはBilawal, Khamaj, Kafi, Asawari, Bhairav, Bhairavi, Kalyan, Marwa, Purvi, Todiです。別に、現在のヒンドゥスターニ体系ではタータは72個に分類されます。Ragを表現するとして、音程を奏でる際、「Gamak(ガマク)」という装飾手法があります。音に対して「ゆらぎ」を付けます。音程を表すのには固定音階のみならず、うねりのある音階表現によって表現の幅が広がります。そのGamakより細かい表現を「Murkee(ムルキー)」と言い、Dhun等でよく利用します。タータは10個ですがエキストラタータと言われるラーガが3つあります。Kayada(Kaydra), Malhar, Sarangです。これらエキストラタータは、それらに定義された特徴を各ラーガに与えます。例えばRag Darbariに対してKayadaを付けると「Rag Darbari Kayada」になります。Kayadaに定義された特徴は「Sa Re Ga Ma Re Sa」ですが、Rag Darbari KayadaはRag Darbariの音階定義に、この定義を融合させています。「Rag Kounsi Kanada」とか「Rag Megh Malhar」等とラーガ名の後にエキストラタータ名が付きます。これら3つのタータは単独ではラーガとして機能しません。必ず何かのラーガに付属するオプション的役目を果たします。同じような装飾的存在にMishraとRagmalaがあります。これらは知識、技術的にかなり高度なレベルでないと演奏は難解ですが、やはりラーガを装飾します。Mishraは「Rag Mishra Khamaj」というようにラーガ名の前に付きます。この場合だと「Rag Khamaj」をベースにして、別ラーガ音階の一部と、その感覚を融合させています。「Ragmala」は、融合度合いがもっと軽く扱われ、アクセサリー的に使われます。ラーガにはそれぞれ使用する音階が決まっている事は前述した通りですが、上昇時/下降時の音階は、ラーガによって変化します。実際に演奏する時にはこうした細かい「スヴァラ(音階定義)」を無視する事が時々あります。但し、定義されていない音程を使う事はありません。Ragの事をRaginiと表す事がありますが、ラギニとラーガは同一です。名詞には性別の意味があり、ラーガが男性形ならラギニは女性形を表します。一般には語尾が「a」で終わると男性形、「i」で終わると女性形です。基本ラーガの「Todi」や「Bhairavi」などはラギニです。稀に「Ragini Yamani」等と表記されているケースがあります。
2005年04月24日
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インド楽器紹介ここではインドの伝統楽器を紹介していきます。「Sarod(サロード)」演奏体位を見ると一般的なギターやベースギターと同じです。中央アジアのラバーブという楽器によく似ています。サロードはペルシャ起源の弦楽器といわれています。日本の琵琶の兄弟分にあたります。インドでは主にイスラム教徒の家系により継承された楽器です。見かけの大きさより重厚なボディです。ボディーが丸いギターという感じでフレットはありません。主旋律絃と共鳴絃があり、ティカリンを弾きながら主旋律を奏でていきます。演奏方法では、シタールやギタールと同じです。西洋ギターや三線の様に絃を指先で押さえるのではなく、絃を「指の爪」で押さえてピックで弾きます。爪がボロボロになります。主旋律絃の数は6本、ドローン絃(ティカリン)が2本、共鳴絃があります。羊の皮を被った木のボディーと鉄板の張られた木のネックで出来ています。現在のような金属製の指板や弦になったのは、百数十年ほど前です。シタールとの違いは弾き方、スタイルですが、シタールより音が暖かく豊かな低音とその倍音が出ることも違いの一つです。サロードとギタールの中間がシタール、とも言えます。ピックで弾くという事もあり、一般的なギターやベースを演奏している方には最も取っ付き易い楽器と言えます。サロードプレーヤーは「Ali Akbar Khan」「Amjad Ali Khan」
2005年04月23日
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インド楽器紹介ここではインドの伝統楽器を紹介していきます。「Sitar(シタール)」材料は紫檀やチーク材と干瓢(かんぴょう)〔ウリ科ユウガオ〕の中身をくり抜いたもので作られています。(ひょうたん加工と同じ工程)今から約700年前に、スルタンアッラーウディン(AD1296~1316) 王朝の宮廷音楽家だった「アミール・ホスロー」という人が、インド古典音楽の楽器ヴィーナ(女神サラスヴァティが奏でている楽器)に改良を加えたと伝えられています。当時ペルシャから伝来したセターラという楽器の長所を取り入れたようです。シタールのフレットは22個。その上に6本から7本の絃を張り、フレットの下には11本から13本の共鳴絃を備えています。フレットの上に張った絃を、右手人指し指にはめた「ミズラブ」という金属製の爪で弾きます。(簡単な針金製の爪)するとフレットの下の共鳴絃が共鳴し、シタール独特の音色が出ます。インド音楽に使用される楽器には、シタールの他にも共鳴絃を備えたものがいくつかありますが、他の国では西欧に「バイオリン」状の楽器があります。シタールには主旋律を奏でる絃と共鳴絃、それに和音を奏でるティカリン(ドローンという絶対音程をとる為の音)という絃があります。絃の張り方は、流派(ガラナ)によって違います。共鳴絃は各主旋律が奏でる音階通りにチューニングされています。つまり、ラーガによってチューニングも異なります。(ティカリンも同様)、これにより共鳴絃は何もせずとも主旋律と共に共鳴し、美しい音色が得られます。主旋律絃は、いわゆるギターでいうチョーキング(ミーンド・ミル)によって、音程が4音もしくは5音まで上昇出来るようになっています。この自由度の高い音階表現が、より演奏表現力を豊かにします。絃はドイツ製・インド製等があります。(金属絃・ピアノ線)しかし、選べる環境なら迷わずドイツ製を購入するようにしましょう。Pylamid German Stringsというメーカーです。あと偶に見かけるチビシタールは装飾品です。シタール・プレーヤーと言えば「Ravi shankar」が有名ですが、「Nikhil Banerjee」「Vilayat Khan」その甥の「Shahid Parvez」カルカッタでは「Budhaditiya Mukerjee」日本人弟子も多く持つ「Manilal Nag」「Niladri Kumar」パキスタン在住の「Rais Khan」、「Debashish Sanyal」。表記上、「絃」は爪弾く絃、「弦」は弓で擦る弦と解釈してます。 「ザ・ヴィジット」 THE VISIT (1991) インド ◆スピリット・オブ・インディア~インド・シタール
2005年04月22日
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島唄の改詞 「島唄~南の四季~」唄 我如古より子 初春(ハチハル)ぬ 節(フシ)来(ク)りば 花(ハナ)ん 咲(サ)ち 誇(フーク)てぃよ恋(クイ)し 思里(ウミサートー)が 面影(ウムカジ)ぬ たちまさてぃ面影(ウムカジ)たてぃば 白浜(シラハマ) 出(イ)じてさざ波(ナミ)ぬ 音(ウトゥ)に 我(ワ)ん 唄(ウタ)乗(ノ)じてぃ夏(ナツィ)なりば 梯梧(ディグ)ぬ花(ハナ)ユウナぬ 花(ハナ)ん 我(ワ)ん 島(スィマ)ぬ 花(ハナ)夏(ナツィ)なりば 梯梧(ディグ)ぬ 花(ハナ)ユウナぬ 花(ハナ)ん 我(ワ)ん 恋心(クイグクル)野(ヌ)ん 山(ヤマ)んに 紅葉花(モミジバナ) 咲(サ)ちゅる 秋(アチ)なりばよ思里(ウミサート)とぅ 手(テ)ゆ 取(ト)やい 眺(ナガ)みやい 遊(ア)しびぶし眺(ナガ)みてぃ たけに 我(ワン)みぬ 思(ウム)い打(ウ)ち 明(アキ)らなや 思里(ウミサートー)によ冬(フユ)なりば 梅(ウミ)ぬ 花(ハナ)百合(ユリ)ぬ 花(ハナ)ん 我(ワ)ん 島(スィマ)ぬ 花(ハナ)冬(フユ)なりば 梅(ウミ)ぬ 花(ハナ)百合(ユリ)ぬ 花(ハナ)ん 我(ワ)ん 恋心(クイグクル)夏(ナツィ)なりば 梯梧(ディグ)ぬ 花(ハナ)ユウナぬ 花(ハナ)ん 我(ワ)ん 恋心(クイグクル)冬(フユ)なりば 梅(ウミ)ぬ 花(ハナ) 百合(ユリ)ぬ 花(ハナ)ん 我(ワ)ん 恋心(クイグクル)アルバム『恋の花』に収録された「島唄」のカヴァー。詞は我如古盛栄さんによるオリジナルです。
2005年04月21日
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「十九の春」の原曲「与論ラッパ節」考「与論ラッパ節」は、日露戦争の頃、日本全国で流行ったヴァイオリン演歌「ラッパ節」(反戦歌)が原曲。「ラッパ節」(添田唖蝉坊)名誉々々と おだて上げだいじな倅を むざむざと砲(つつ)の餌食に 誰がした元の倅に して返せ大臣大将の 胸先にピカピカ光るは 何ですえ金鵄(きんし)勲章か 違います可愛い兵士の しゃれこうべ倒れし戦友 抱き起こし胸に手を当て 名を呼べばにっこり笑って 目に涙バンザイ唱うも 胸の内明治32年与論島の移住者は、九州の炭坑で明治の末流行していた「ラッパ節」と劇的な出会いをすることになります。与論の人たちは「ラッパ節」を三線にのせ、やがてこの歌は「与論ラッパ節」となり、のちに「与論小唄」へと発展します。「与論ラッパ節」 (作詞者及び作曲者不詳)(十九の春のフレーズで歌ってみてください)歌の美らさや ラッパ節 一つ歌いましょう ねえ あなたさては世界の果てまでも ラッパラッパで歌いましょう月はまんまるさゆれども あなたのこころは其のやみせめて今宵のおとずれを たより聞かせよほととぎす貴方貴方と焦がれても あなたにゃ立派な方があるなんば私が焦がれても 磯の浜辺の片思い私が貴方を思うのは 山の木の数 星の数三千世界の人の数 千豊浜辺の砂の数思うがままになるなれば 金の実る木を庭に植え好きなあなたのひざもとで 千年 万年も暮したい親が許さぬ恋じゃとて 諦められりょかねえあなたいっそ二人は知らぬ国 難れ小島で暮そうよ一銭五厘の葉書さえ 千里万里を便りする同じ与論に住みながら 会えぬ心のせつなさよ手枕出したが返事ない 生きているやら死んだやら郵便ポストが倒れたか 港々がこわれたか泣いて暮すも五十年 笑うて暮すも五十年泣いて暮すも笑うのも 心一つのおきどころしかしその「ラッパ節」も「抜刀隊の唄」が原曲になっています。「抜刀隊の唄」は、明治政府がフランスからよんだシャルル・ルルーが作曲したもの。ルルーは、当事ヨーロッパで上演されていたオペラ「カルメン」のなかの「騎兵隊の唄」のメロディーを真似て作曲している事になります。つまり「十九の春」の遠い祖先はオペラ「カルメン」だったことになります。「十九の春」再ヒットの原因となった映画「ナビーの恋」でもカルメンの一節が歌われていましたね。「与論小唄」 (作詞者及び作曲者不詳)(十九の春のフレーズで歌ってみてください)木の葉みたいな 我が与論 何の楽しみない所好きなお方がおればこそ 嫌な与論も好きとなる私があなたに来た時は ちょうど十九の春でした今さら離縁というなれば もとの十九にしておくれ十九にするのは やすけれど 庭の枯木を見てごらん枯木に花が咲くならば 十九にするのは やすけれど奥山住まいの うぐいすが 梅の小枝で昼寝して花の散るような夢をみて ホーケキョ ホケキョと鳴いている咲いた桜に 惣れるなよ 花はきれいが 散り易い恋をするならあの松よ 枯れて落ちるも二人づれ花を咲かすも 雨と風 花を散らすも 雨と風雨と風とが ないなれば 花も咲かねば 散りもせぬ離れ小島に 住めばとて 波の音 聞きゃ淋しいよ沖のかもめよ ふるさとの うわさぐらいは知らせてねわたしばかりに 思わせて あなたは 柳に春の風どこへ行くやら 知らねども 捨てらりゃ せぬかと気にかかる沖縄の本土復帰後さらに脚色され、「十九の春」となります。 「もう一つの十九の春」ここをクリックしてください
2005年04月20日
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沖縄民謡 「なんた浜」作詞 宮良高夫 作曲 宮良長包波の花咲き 船足軽く片帆ちらちら 月影乗せて黄金白金 砕くる波に揺らるる夢は あのなんた浜イヤホー あのなんた浜夜明けほのぼの 空晴れ渡り 八重の潮路を 乗り切り行かばなんた白浜 アダンの蔭に笑いこぼれて 船待つ人よイヤホー 船待つ人よ赤い鉢巻 花染め模様誰が染めたか 千鳥が鳴くよ今宵夜すがら そよ吹く風に浜の早乙女 髪振り乱しイヤホー 髪ふり乱し船路侘しき 出船の宵はほろりほろほろ 片帆を濡らしなんた白浜 沖吹く風に流れて響く 悲しき歌よイヤホー 悲しき歌よ
2005年04月19日
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沖縄民謡「沖縄育ち」作詞 黒島英章 作曲 黒島英章梯梧(でいご)の花の 咲く頃は真っ赤な日陰で 子守唄花かんざしの ヤレ 沖縄育ち朝はそよ風 日の出頃汗にまみれて 鍬をふる甘藷の畑で ヤレ 沖縄育ち黒髪人形が 歌う頃クバの葉陰で ひと時を花も年頃 ヤレ 沖縄育ち沖の黒潮 高鳴る時もエッサエッサで 腕まくり刳り舟躍る ヤレ 沖縄育ち若葉シトシト 雨降る頃に紺地浅地の 機(はた)の音小唄まじりの ヤレ 沖縄育ち森に日陰の 沈む時馬も嘶(いなな)く 野良帰り疲れを知らぬ ヤレ 沖縄育ち
2005年04月18日
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「涙 そうそう」(ウチナーグチ・バージョン)作詞:森山良子 作曲:BEGIN ウチナーグチ訳詞:新城俊昭懐(なち)かし アルバムみくてぃ かふうしどーんでぃ 言葉(クトゥバ)かきいちんちまでぃん 肝(チム)ぬ 内 心(ククル)かきゅる あぬ人(ヒトゥ)ゆ晴りわたる日ん 雨(あみ)ぬ日ん 浮かぶ あぬ ちゅらさ懐(ナチ)かさや 遠(トォー)く うむよーなてぃん面影(ウムカジ)とぃみてぃ 影(カジ)立ちゅる日や 涙そうそう一番星(イチバンブシ)に 願(ニガ)ゆん くりが 我(ワ)ぬ 慣(ナレー)なてぃゆまんぎぬ 空(スラ)見上ぎてぃ 肝(チム)ふくらまち うんじゅ とうめゆんなちかさてぃん ふくらしゃてぃん 思(ウムイ)や あぬ ちゅらさうんじゅぬ場所(バス)から 我姿(ワ シガタ)見らりりば かなじいちか 会ゆるんでぃ 信じ 生きてぃんか晴りわたる日ん 雨(あみ)ぬ日ん 浮かぶあぬちゅらさ懐(ナチ)かさや 遠(トォー)く うむよーなてぃんさびしさぬ 恋(くい)いしさぬ 思(うむ)いや増さてぃ 涙そうそう会いぶさぬ 会いぶさぬ 思(ウム)いや 増さてぃ 涙そうそう 夏川りみ/南風
2005年04月17日
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沖縄民謡「黄金の花」作詞 岡本おさみ 作曲 知名定男黄金(こがね)の 花が咲くという噂(うわさ)で 夢を描いたの家族を 故郷(ふるさと)、故郷(ふるさと)に置いて 泣き泣き 出てきたの素朴で 純情な人たちよきれいな目をした 人たちよ黄金で その目を 汚さないで黄金の花は いつか散る楽しく仕事 してますか 寿司や納豆 食べてますか病気のお金は ありますか悪い人には 気をつけて素朴で 純情な人たちよ言葉の違う 人たちよ黄金で 心を 汚さないで黄金の花は いつか散るあなたの生まれた その国にどんな花が 咲きますか神が与えた 宝物それは お金じゃないはずよ素朴で 純情な人たちよ本当の花を 咲かせてね黄金で 心を 捨てないで黄金の花は いつか散る黄金で 心を 捨てないで本当の花を 咲かせてねいろいろな見解がでる歌詞ですね。ウチナー教訓歌の様であり、フィードバックさせてナイチャーへの感情とも取れますね。出稼ぎで、故郷(国)を離れた人達へ送る歌のようにも感じます。 オキナワ~メモリアル・ネ-ネ-ズ~
2005年04月16日
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「童神」歌詞 古謝美佐子 作曲 佐原一哉天(ティン)からぬ 恵(ミグ)み 受(ウ)きてぃ 此(ク)ぬ世間(シケ)に生(ウ)まりたる 産子(ナシグヮ) 我(ワ)身(ミ)ぬむい 育(スダ)てぃイラヨー ヘイ イラヨーホイイラヨー 愛(カナ)し 思産子(ウミナシグヮ)泣くなよーやー ヘイヨー ヘイヨー太陽(ティダ)ぬ 光(フィカリ)受きてぃ ゆういりヨーやヘイヨー へイヨー 勝(マサ)さあてぃ 給(タボ)り〔天の恵みを受けて、この地球に生まれた我が子よ、我こそがお守して育てる愛しい私の子、泣くんじゃないよ、お天道さんの光を受けて、どうか良い子に、どうか何事もなく育ってね〕夏(ナチ)ぬ 節(シチ)来(ク)りば 涼風(スズカジ)ゆ 送(ウク)てぃ冬ぬ 節(シチ)来(ク)りば 懐(フチュクル)に 抱(ダ)ちょてぃイラヨー ヘイ イラヨーホイイラヨー 愛(カナ)し 思産子(ウミナシグヮ)泣くなよーやー ヘイヨー ヘイヨー月(ツィチ)ぬ 光(フィカリ)受(ウ)きてぃ ゆういりヨーやー ヘイヨー ヘイヨー 大人(ウフンチュ)なてぃ 給(タボ)り〔夏が来れば涼風を送り、冬が来れば懐に抱く、愛しい我が子泣くんじゃないよ、お月さんの光を受けて、どうか良い子に、大人になってね〕雨風(アミカジ)ぬ 吹(フ)ちん 渡(ワタ)る 此(ク)ぬ 浮世(ウクユ)風(カジ)かたかなとてぃ 産子(ナシグヮ)花(ハナ)咲(サ)かさイラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー愛(カナ)し 思産子(ウミナシグヮ)泣くなヨよーやー ヘイヨー へイヨー天(ティン)ぬ 光受きてぃ ゆういりよーやー ヘイヨー ヘイヨー 高人(タカンチュ)なてぃ 給(タボ)り〔雨風の吹き渡るこの世間に、身を楯にしても守るから花を咲かせてね、愛しいわが子、泣くんじゃないよ、天の光を受けて、どうか良い子にどうか立派な人になってね〕 『音の漢方薬 胡弓・情歌』
2005年04月15日
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ディジュリドゥ・テクニック基本音が、安定して長く吹けることを前提としてのテクニックです。[トーキング]〈1〉 クカバラ(ワライカワセミ)「クカカカカカ」〈2〉 ディンゴ(野生の犬)「ヲァン」〈3〉 ローボイス・トーキング〈4〉 ハイボイス・トーキング〈5〉 ミディアムボイス・トーキング(この時聞こえた〔ディジュリジュ〕がこの楽器の通称となった)〈6〉 シクボイス・トーキング[ハーモニクス(トーン)(オーバーブロー)][基本音の応用]〈1〉 カンガルー「ビユ~ンビユ~ン」〈2〉 ブーメラン「ブファファファン」〈3〉 車「ビュ~~~ン」などがあります。現地では、この楽器を「イダキ」と言います。ディジュリドゥとは、本来その楽器の名前が解らず、聞こえた音を表現した通称です。試聴できます。
2005年04月14日
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リズム名 読み 部族 由来・説明 Abondan アボンダン バウレ族 王様に捧げる踊りの為のリズム Anene アネネ Denadon デナドン 若い女性の為のリズム Dja ジャー マリンケ族 成人式のリズム Djansa ジャンサ バンバラ族 Djabara ジャバラ マリンケ族 ギニア東北部ワソロンのリズム Djagbe ジャグベ マリンケ族 ギニア東、マリ、コートジブォワールに由来する Djagbewara ジャグベワラ ギニア東北部ワソロンのリズム Donba ドンバ バンバラ族 Doundounba ドゥンドゥンバ 男の力強さを表現するリズムで地域・部族ごとに50種類くらい有ります Fankani ファンカニ マリンケ族 ギニア東北部ワソロン固有のリズム Garanguedon ガランゲドン マリンケ族 マリのリズムでガランゲとは靴職人の事 Jole ジョレ ティミニ族 別名「Asico(アシコ)」元々アシコという四角い太鼓のリズムです Kasa カーサ マリンケ族 ギニア東北部のリズム Kakiranbe カキランベ スス族 農耕の神に捧げるリズム Komodenu コモデヌー コモデヌという人達のリズムで本来の名前は「KOTEDJUGA」 Konkoba コンコバ マリンケ族 農耕・耕作のリズム Koteba コテバ Kuku クク とても人気のあるリズムでお祝い事のリズム Lamba ランバ バンバラ族 年配の女性の為のリズム Makuru マクルー スス族 ヤンカディの後に演奏されるリズム Mandjani マンジャーニ 若い女性の踊りの為のリズム Mane マネ スス族 Mamaya ママヤ マリンケ族 結婚式などで演奏するリズム Marakadon マラカドン マラカ族 子供たちのリズム Ngoron ンゴロン セヌフォ族 成人式の後の少女達の踊りのリズム Sofa ソファ マリンケ族 王様や偉大な戦士に捧げるリズム Soko ソコ マリンケ族 成人前の子供の為のリズム Soly ソリー 成人の儀式のリズム、部族や地域ごとに違うリズムが有ります Sunu スヌー バンバラ族 Toro トロ マリンケ族 成人儀式のリズム、元はワサンバで演奏していた Triba ティリバ ランドーマ族 ギニア北部BOKE周辺のリズム Wolosodon ウォロソドン バンバラ族 Yenkady ヤンカディ スス族 誘惑のリズム、満月やラマダン明けに演奏主に、ジャンベなどで演奏されるリズムの一例です。 コートジボワールジャンベ ■【送料代引手数料無料】 REMO ジャンベ14″キンテクロス ■【送料代引手数料無料】 REMO ジャンベ12″アース アフリカンジャンベ TRIBAL BEATProfessionalDjemb/DJ10500 マリ製中型ジャンベ(062) ギニアジャンベ『フォラ』 ジャンベ <コート・ジ・ボワール> ジャンベ ビギナーモデル <セネガル> マリ製大型ジャンベ(051) ケンケニ ドゥンドゥン(ジュンジュン)大~ドゥヌンバ~
2005年04月13日
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蚕の神『蚕と馬の恋「捜神記」』 昔むかし、中国で大官の美しい娘に、牡の飼馬が恋をしました。怒った父が馬を殺して皮を剥ぎ干して置いた所、その皮が通りかかった娘を包んで飛び去り、クワの木に止まりました。やがて、娘は蚕となり美しい繭を作りました。この繭の糸は長く切れずに操れたので、人々はこの蚕の種を争って手に入れて育てるようになりました。現在の蚕はこの流れをくむものとされいます。この蚕と馬が『蚕神』と崇められています。
2005年04月12日
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沖縄の行事 旧暦3月3日「浜下り」この行事3月3日は、旧暦ですから、今の暦で今年は「4月11日」です。「浜下り」する言い伝え 昔、ある娘が夕方になると、いつも居眠りをする。不思議に思った家族は、娘を連れてユタに会いに行った。ユタは、「その娘が居眠りをしている間、男がイタズラしている。今度男が来たら、背中に糸の付いた針を縫い付けてごらん」と、言った。 しばらくして、又同じ様になったので、娘は夢うつつのまま、ユタに従い針を男の背中に縫いつけた。 男が帰った後、その糸を辿ってみると洞穴の中まで続いていた。娘は、洞穴の中に入ると、大きな蛇がたくさん居た。その中に、背中に糸が縫い付けられている大蛇が居た。「人間の女と関係を持った。もう腹に子を与えた。」と、大蛇は自慢げに話していた。娘は怖くなったが、何か策がないか、最後まで話を盗み聞きした。すると、「3月3日に海に行き、珊瑚礁の割れ目を越えれば、腹の子はいなくなる。」と、大蛇は話していた。 娘は、その言葉どおりにすると、体が軽くなった感覚がおきた。 それ以来、3月3日は「浜下り」をして浜で遊び、その日を女の節句となった。3月3日は、「浜下り」の行事と言うのは、沖縄に限られたものでは無く、日本全国にありました。 それは、農家・漁師などの家では、これから忙しくなる前に、働き手の女性達に先ねぎらいの褒美として、農家では山に行き、ご馳走弁当を食べ、漁師の家では、浜辺に行き、同じ様にご馳走弁当を食べ遊んで一日過ごす。沖縄の行事としては、「さんぐゎち遊び」や「さんぐゎちゃー」と言い、主に3月3日、家では「フーチバームーチー(よもぎ餅)」を作り、火の神や仏壇に供え、女性を中心に浜に出て、一日中遊ぶ。 家族総出で浜に出て、まず潮で体を清め、貝拾いをして、ご馳走を食べる。女の厄払いとして、今日に伝えられています。 この行事は、元々「陰陽道(道教)」の思想が影響しており、元来聖なる女性達が、聖なる浜で、新しい聖なる神の降臨を祈願して営む神祭りとの説があります。
2005年04月11日
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『アボリジニ・ドリーム タイム ストーリー』オーストラリア北部「ノーザンテリトリーの民話」昔、アナムの土地に食料を探し、行き着くところのない放浪の旅をし続けるアボリジニの種族がいた。彼らの生活は、大きな災難がふりかかるまで平和で幸せなものだった。ある日、二人の美しい姉妹が食料を探しに行くと、悪魔の巨人が彼女達をさらい、彼の住みかへ連れ去ってしまった。二人の姉妹は何度も逃げ出そうとしたが、その甲斐もなく、二人とも悪魔の妻とされてしまった。しばらくの月日が経ち、二人の姉妹は悪魔が狩に出ている間に、逃げ出し元の部族が猟をするテリトリーまで戻る事ができた。悪魔が住みかに戻ると、もぬけのカラで悪魔は自分の妻達を連れ戻すために、荒れ狂った様に探しに出かけた。部族に戻った彼女達の話を聞いた長老たちは、巨人の悪魔を退治する作戦を練った。彼らは穴を掘り、巨人悪魔をその中に落とし入れようとした。血相を変えた悪魔が現れると、二人の美しい姉妹をおとりに使い、悪魔を罠にはめてしまった。アミの中の悪魔を、たくさんのヤリで刺すと悪魔はまるで山嵐の様になり、苦しそうに体をよじらせ、自分のペニスを吹いて奇妙な音を出した。 長老たちは、この音に仰天した。その音を真似ようとしたが、自分たちには出来なかった。 ある日、彼らが林に行き、切り倒した長い木の真ん中にシロアリが食った穴があった。それを吹いてみると、悪魔が出したのと同じ音だった。 この時からディジュリドゥは彼らの踊りや歌に使われる様になった。「ノース クィーンズランド ある部族の民話」 昔、部族の女たちは森の中で焚き火用の木を拾い集め、積み重ねておいた。日中、風が吹き始めると奇妙な音が聞こえてきた。 その音の出所を調べてみると、積み上げた木々の中に一つだけ穴が開いていた。その木を持ち帰り、男達が吹いてみると同じ様な音が出た。 部族のみんなが、その音を気に入り色々な儀式に使う事にした。クリックしてみてください。視聴できます。
2005年04月10日
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インド打楽器『タブラ』 イスラム勢力がインド支配を始めた13世紀以降、宮廷で栄えた北インド古典音楽の楽器として誕生したと言われています。 右手でたたく小さい方を「タブラ」、左手でたたく大きい方を「バヤ」、二つ対になったものも『タブラ』と呼びます。 どちらも打面にはヤギのなめし革が使われているが、胴体の素材は全く異なります。「タブラ」は紫檀(シタン)やマンゴーなどの木をくりぬいたもので、3~4キロと重く、人さし指、中指、薬指や手のひらを使って高音を奏でます。「バヤ」の胴体は鉄・銅・アルミなどの金属製や素焼き壺で、手のひらの付け根を押し付けたり擦ったりして、不思議な余韻のある低音を生み出す。 打面の黒丸部分も特徴であり、「タブラ」は中央に「バヤ」はやや偏っています。マンガンとタマリンドの澱粉を練り合わせたものが塗りつけられ、これが打面の振動に影響して、変化に富んだ音を生みます。 20種類近くあると言われる音には、それぞれ「ナァ」「ディン」「キィタ」「ダァハ」「テテ」「トゥー」などと名前がついています。奏者は師匠の演奏を少しずつ模倣しながら、その名前の連続を歌のように覚えていきます。打法や打つ場所の違いでさまざまな音が出る為、世界で最も演奏が難しい打楽器とも言われています。右手指を酷使する楽器として、過酷な練習を要します。カーンという甲高い音。トン、テンという軽い音。シュルシュルという摩擦音。ドゥーンと響く低音。ビートルズのアルバムにも登場した打楽器タブラは、多彩な音色でジャズ、ロック、ポップスなどさまざまな音楽に自在に溶け込む事のできる、人の奏でるリズムマシーンですね。バンドなどのドラムユニットでの「ズンズンチャカズンズンチャ」などを、タブラでは「ダァハ ダァハ テ テ ダァハ ダァハ トゥー ナ」(kayada)と演奏します。 タブラ・バヤ(Tabla Bahya)/PLAY WOOD 【インド直輸入】インド音楽(タブラ)CDRhythm
2005年04月09日
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「島の女」作詞 森田豊一 作曲 上地吉雄こぬか雨降る 那覇の町南の島の 沖縄に何故かうつろな 風が吹くあの娘はどこに 居るのやら忘れられない 島の女一夜明かした 波の上やさしくいつも 歌っていた安里屋ユンタの あの歌に紺(コン)の絣(カスリ)が 似合う人心に残る 島の女誰を恨むか このさだめ二人の恋は 遠い夢もしもあの日に 戻るならきっときっと 離すまい忘れられない 島の女三味を聞くたび 思い出す黒い瞳の 可愛い娘ふくむ泡盛 身に染みる今は空しく 過ぎた日の心に残る 島の女
2005年04月08日
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「八重山(やいま)」作詞 宮城衛 作曲 宮城衛海を見れば 故郷思い出し山を見れば また故郷思い出す月(ツィクィ)ぬ 浜辺で 泡盛 飲みながら夜(ユ)ぬ 明(ア)きるまでぃ歌った島唄(スィマウタ)よふるさと 離(ハナ)りてぃから 早十二年変わるなよその眺(ナガ)み八重山(ヤイマ)ぬ 島々(スィマズィマ)よ情(ナサケィ)深き父に 元気でいるかな と便り 書いては出せずに読み返し母のぬくもり 思(ウム)い 出しながら今も歌うよ 八重山(ヤイマ)ぬ 島唄(スィマウタ)よふるさと 離(ハナ)りてぃから 早十二年変わるなよ その情(ナサケィ)八重山(ヤイマ)ぬ 島唄(スィマウタ)よふるさと 離(ハナ)りてぃから 早十二年変わるなよ その情(ナサケィ)八重山(ヤイマ)ぬ 島唄(スィマウタ)よ
2005年04月07日
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沖縄民謡 「女工節」1、親元(ウヤムトゥ)ゆ 離(ハナ)り 大和(ヤマトゥ)旅(タビ) 行(イ)ちゅし 寂(サビ)しさや あてぃん 勤(チトミ)でむぬ〔親元を離れて大和へ出稼ぎに行くのです、心寂しく思っていても勤めですから〕2、同士(ドゥシ)とぅ 別(ワカ)りたし 島(シマ)ぬ 村(ムラ)端(ハジ)し 親(ウヤ)とぅ 別(ワカ)りたし 那覇(ナファ)ぬ 港(ンナトゥ)〔親友と別れたのは島の村のはずれ、親と別れたのは那覇の港です〕3、那覇(ナファ)までぃや 我島(ワシマ) 船(フニ) 乗(ヌ)りば 大和(ヤマトゥ) いちか 銭(ジン)儲(ムゥキ)てぃ 我島(ワシマ) 帰(ケイ)ら〔那覇までは私の島故郷です、船に乗れば大和、いつかお金を儲けて自分の故郷に帰ろう〕4、大和(ヤマトゥ)かい 来(ク)りば 同士(ドゥシ)ちゅいん うらん 桜木にかかてぃ 我身(ワミ)や 泣(ナ)ちゅさ〔大和に来れば友達はひとりもいない、桜木にもたれて私は泣きます〕 戦前、沖縄からも若い女性が「女工」として主に紡績業に従事しました。過酷な労働実態は、悲惨を極めたといわれています。
2005年04月06日
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沖縄の女神「阿摩弥 姑 (アマミ キヨ)」 (アマミ キヨ)とされる琉球神話の琉球の地を開いたとされる開祖の神。 夫・「志仁礼 久(シニリ キユ)」の祖先、一族が遠い昔、天帝より遣わされ「ギライカナイ」より琉球へ渡り住みついた、と伝えられ久高島に来て玉城村百名へ渡り住みついて稲作を始めたとされている。「1589年」島津統治下、進貢交易だけの琉球藩となる。その藩主「シニリ キユ」は、廃藩置県後、神話化される事になる。 沖縄のシャーマニズム(祈祷)と相まって、大陸伝来の儒教文化はこの頃「アマミ キヨ」から始まって先祖祭祀や自然祭礼(御嶽祭礼)として行われた。 また、儒教の価値観「仁・義・礼・孝」などを備えた秀才で、徳が有り頭の良い人や優秀な人を現在の沖縄方言で「シニリ キユン」という。阿摩弥 姑(古くは母系集団であったがために阿摩弥 姑(しゅうと)の名が知られるようになった) は御嶽祭礼の元祖たる存在で現在でも玉城村には祭地として残る。志仁礼 久の一族が儒教を沖縄に伝来した開祖や天帝より遣わされたというのは儒教の「敬天思想」そのものである。彼ら阿摩弥 姑一族は、琉球を島伝いに渡り歩き「祭祀祭礼思想と伝説」を残し、奄美・浜比嘉島を出て久高島から最終地の玉城村百名へ住みつく。儒教の統治技法である「徳ある者が天命を受けて、王に成る」徳有利論で先住民族集団に、祭礼として御嶽を造らせる。「天・地・海の神々を鎮めて聖地とする」農地開拓させて、暦を大陸より伝え、神の怒りを買わぬよう(奉)納することで地鎮させる。先祖祭祀の招魂儀礼などの法を説き、先住民集団を治めて長い年月とともに部落に根人・根神を置き、やがては世主を置き統治の基礎創り始めていった。 では彼らが、どのルートで琉球に来たのか、足がかりとしては沖縄の北方から来たとする説は有力だがその先は大和かも知れないし、朝鮮や中国かも知れない。仮に、中国から流れてきたとしても彼らは渡り歩くにつれ、辿りつく地の言語を吸収するくらいの才能はあったと思われる。無文字とされていた時代に、異言語の文化に対し言語や文字を広めるよりも、農耕を実践し儒学の法を説き治めるほうが遥かに容易である。また、日本から渡来説となれば大和地方としての地名が残るだろうし、言語自体は沖縄方言も日本語を源流とした分類となるので、文字文化もすでに開かれたであろうが文字はまだずっと後の「1187年」である。その後の王府時代に中国や周辺諸国との中継交易によってもたらされた外来言語などは日本語にもない独特の沖縄方言として、現在も残っている。例えば猫のことをマヤーと言うがこれは広東語に近い。 彼らが島に渡りおこなった独自の統治技法は実を結び史実として名を残していく。系附やトートーメーなどの伝えによると後に国王となる天孫子王と英祖王、察度王は直系の子孫であり他の王の妃や按司も子孫であり沖縄での総元祖にあたるとされる。 沖縄の歴史を知るうえで儒教の本質を知らなければ琉球国の歴史の始まりも、王朝の歴史も神話的に感じられ根本理解しがたいが史実であることが見えてくる。 アマミ キヨの子は天孫子の時代まで全て名前の最後にシーまたは子がつくが子というのは先生(師)という中国の意味で、加那志(ガナシー)というのはあとから当て字で加那子が正しいであろう。儒教の孔子、孟子と同じである。 子・天美人加那志(女)、巣出美人加那志(女)、(夫)南海大神加那志(瀬長島) 男女12人とされる 「ギランカナイ」とは海の彼方の理想郷といい「ニライカナイ」というのが今では一般的だが古書などによると儀来可内(ぎらいかない)(儀の国から来る者としたのか定かではないが)となっている字もある。が、すべて当て字としてひらがなに漢字が付けられたもので漢字を当てはめるとすれば、儀礼彼方「ギライカナイ」のほうがピッタリ当てはまる。つまり中国儒教の儀礼(ぎらい)が始まった地方、彼方(かない)とするのが正論であろう。 「敬天思想」というのは、万物の根源を天と称し、天の神を天帝と呼んで畏敬した信仰に基づくもの。
2005年04月05日
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「沖縄の屋号」「船頭殿(しんどぅーるん)」船頭として活躍してきた先祖の名に因んでつけられたもので、座間味島、阿嘉(あか)島にある。それから、金持ちを代表した御座敷(うじゃしち)があった。石垣や門構えが堅牢に造られ、瓦葺きの大きな家には、中国から持ち帰った調度品が所狭しと並べられていたという。去る沖縄戦でほとんど焼失したそうだが、家人のみならず、村にとっての損失も大きかった。 また船乗りとは別に、王府時代の役職が屋号になった例もある。「こーさく」地方役人の「耕作当(こーさくあたい)」(田畑の耕作の一切の責任を負わされた役職)に因んで付けた屋号らしい。「耕作当」を統括する「総耕作当(すーごーすく)」という屋号もあったようだ。戦後、改姓に伴って屋号も変えたという。 それから村の行政責任者を意味する「南風掟」正式には、「はえうっち」と読むが、屋号は「へんち」と読ませる。この家にも、先祖が中国から仕入れてきた掛け軸などの貴重な調度品があったそうだ。 「のろ殿内」(ぬるどぅんち、ぬんるちともいう)も数軒ある。ノロ(神女)は世襲制であることや、今日なお、地域での「祈り」の役割が大きいため、屋号の持つ意味も重い。 それから、屋敷の周りの状況からつけられた屋号がある。井戸(かー)の側にある家は「かーぬはた」。表記は当て字で、「川ぬ端」と書く。同様に、田んぼの近くにある家は「田ーぬ端」、浜辺に近い家は「浜端(はんばた)」などである。 このように、本家に名前がつくと、分家した者は、「ぐゎー」を付けて屋号とする。漢字を当てると、おなじみ「小」である。「船頭殿小(しんどぅーるんぐゎー)」「御座敷小(うじゃしちぐゎ ー)」などまた「小」の他に「前(めー)」とか「後(くし)」、それに「東(あがい)」、「西(いりー)」がつけられることもある。 明治の廃藩置県まで、苗字をもたない平民にとって、屋号は重要な意味があった。しかしながら、最近では、民宿を営む家庭が増えたことで、かつての屋号が、民宿につけられたハイカラな名前に変わって歩きだしている。
2005年04月04日
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「芭蕉布」 芭蕉布は、古くから沖縄固有と言っても過言ではない程、織り出し技術も発達した織物である。 歴史上、関白秀次が太閤秀吉の命により、高野山で自害の折、白帷子(かたびら)の上に、沖縄芭蕉布を羽織っていた。「1595年7月15日」 八重山でも、古くから苧麻布と同様に織られ、広く利用されていた。 特に芭蕉から繊維を取るのは、苧麻より簡単で、冬は重ね着し、夏は一重で過ごす。 更に上質の芭蕉布は、王府百官や王女、神女(司)の白朝衣(シルチョウキン)黒朝衣(クルチョウキン)として使用。 白朝衣は、今尚神女が着用し、黒朝衣は庶民の礼服とし、昭和初期まで、花嫁衣裳として使われた。(黒の花嫁衣裳) 後に、染色の技術の発達により、紅型・藍型の生地として、正装や普段着になっていたが、木綿・絹を素材とする織物の発達により、芭蕉布は夏専用とし、次第に姿を消しつつある。 芭蕉には、「花芭蕉・実芭蕉(バナナ)・糸芭蕉」の三種。内、糸芭蕉の茎の繊維が織りに適している。 実芭蕉は、葉の付け根から先にかけて、しなりが有る。(横に広がる様) 糸芭蕉は、葉が天を向き、ほぼ垂直に伸びる。丁度、白菜の様に茎葉が重なって伸びている為、それを剥ぎ取り、灰汁で煮て外皮を、貝殻や竹へらで擦り、繊維を取る。(煮芭蕉) 煮芭蕉は、言わば2級品。(粗布) 葉を剥き終わると、芯の柔らかい部分の繊維を(生芭蕉) 生芭蕉は、艶があり、柔らかく上質の繊維(上布) 芭蕉布の管理(洗濯法)まず、洗液作りから・・・ 芋を煮て、皮ごと潰し、米のとぎ汁を加え、冬瓜の果肉をを入れ4~5日放置発酵させ作る方法と、シークヮーサーの絞り汁を水に入れる方法がある。 洗液に、水洗いした芭蕉布を入れ、2~3時間浸す。 水洗いして、陰干し。 ふのり(濃い糊)か、芋の澱粉を手で撫で付け、陰干し。 半乾きになったら、手のひらや指で丁寧に伸ばしてたたむ。 その上に居て、体温で乾かす。 この様に洗濯すると、艶があり柔らかい美(チュ)ら布になる。
2005年04月03日
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じゅーしーは、雑炊の事。 豚肉は、ばら肉を小さく切る。 米を洗い、だしのもと・みそ・しょうゆ・肉・水を、炊飯器に入れて炊く。 水加減は、炊飯器のおかゆモードで調整。 炊き上がったら、細かく切ったネギ・油(天ぷらで使った味の付いてる物)を入れ、かき混ぜる。普段でも度々食べるものだが、これに中身汁や刺身が付くと送り盆のご馳走になります。中身汁は、豚の腸のお吸い物。 豚じゅーしーは、子供から歯の悪いお年寄りまで食べやすく栄養もあり、簡単なごちそう。 このレシピは、小浜島のばーば直伝。炊飯器いっぱい作って、みんなに分配するのが沖縄流。 鍋の後の雑炊とは、一味違う。調味料はすべて適当がいいらしい。
2005年04月02日
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「島の人よ」作詞・作曲 池田卓生まれ島を離れて暮らす島の人よ覚えてますか?生まれ島の祭り唄を・・・大きな夢を都会に描く島の人よ強く育てたあなたの島こそが夢の島よ島の人よまたいつの日か祭り咲かせてみようじゃないか島の人よまたあの島でサバニ漕いでみようじゃないか島を離れ帰らぬ人よ島の人よ何処に居ますか?何してますか?お元気ですか?都会で暮らし手にしたものも大切だけど何々よりも大事にしてほしい生まれ島を島の人よまたいつの日か祭り咲かせてみようじゃないか島の人よまたあの海で夢を咲かせてみようじゃないか島の人よいついつの日か祭り咲かせてみようじゃないか島の人よいついつまでも生まれ島を忘れないで生まれ島を忘れないで
2005年04月01日
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