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「探偵少女アリサの事件簿―溝ノ口より愛をこめて―」(東川篤哉、幻冬舎)を読む。溝ノ口と言えば、大学時代田園都市線ユーザだった私にとっては毎日通るけど降りたことのない駅。そして、アニメ「天体戦士サンレッド」の舞台でもある神奈川県川崎市の街である。そんな溝ノ口(を含む、こちらはJR南武線沿線)を舞台にした探偵物語4篇を収めたのが本書。普通ならあらすじを書くところだが、今回は敢えて登場人物紹介をしよう。良太…なんでも屋を個人経営する男。本作の主人公にして、一応ワトソン役。有紗…両親ともに有名な探偵であり、自身も探偵を自認する小学4年生。「不思議の国のアリス」ばりのロリータ服がトレードマーク。本作のホームズ役。長嶺…溝ノ口署の刑事にして良太の友人。幼女嗜好があり有紗を狙っている!?とまぁ、相変わらずのライトミステリである。良太って名前からどうしても元阪神の新井良太を連想してしまったが、なんでも屋良太は第4話で実際に草野球の選手代行という仕事を請け負っている。そういえば東川作品で野球をテーマにした「殺意は必ず三度ある」というのもあったなぁ。で、この作品、何かに似てるなと読んでいて思ったのだが…それはあの、見た目は子供(以下省略)の探偵である。あれのロリータ女子版といった感じ。だけど有紗のほうが凄いのは、彼女は筋力増強シューズを使用せずにあんなこと(←これは読んでのお楽しみ)ができることである。
2019.02.27

砂漠にて自称可愛い僧侶と再会。で、今日は彼女に謝らなければならないことがある。前回(第15夜)、全滅時の全復活&フルチャージ再開と引き換えにジェムを強奪するのが嫌だと書いたが、その件。考えてみれば本編DQでは、ザオラルを覚えるまでは死者を教会で復活させてもらっていて、レベルが高ければ高いほど高額の寄付金をとられたものである。それに引き換えこの自称可愛い僧侶は、レベルに関わらず一律100ジェムで全員を復活させてくれるだけでなく、フルチャージにまでしてくれるのである。こう考えれば、彼女の方が本編DQの教会の神父よりも優しくて良心的なのではないかと思ったのだ。そんなわけで、自称可愛い僧侶さん、大変失礼しました。まぁこの誤解は、ゴールドをジェムに換金できず、ジェムを最も手っ取り早く手に入れるには「課金」というふうになっているシステムのせいである。それが非課金派の私にはカチンときたのと、1回の戦闘で3回の全滅を経験し、非課金派には貴重なジェムを大量に持っていかれたというのもある。逆に言えば、無料で(スマホ充電の電気代と若干の通信料は要るが)ここまで面白いDQができるっていうのは、やっぱり凄いことなのかなと思う。だからもう、ジェムがないからって文句を言うのはやめよう。武器が弱くて困ってるわけではないし。そんなわけで、自称可愛い僧侶さん、これからも全滅時には全復活とフルチャージをよろしく。
2019.02.25

「必携 スティーヴン・キング讀本―恐怖の旅路―」(ジョージ・ビーム、風間賢二・白石朗・宮脇孝雄他・訳)を読む。近所の図書館で見つけたキングの評伝その2。こちらはアメリカ人が執筆したもので、多くの関係者へのインタビューや新聞記事などの引用、高騰するキングの稀覯本の収集術(日本語訳を日本で読む分には関係ないが)、そしてキング作品の編年体での文学的評論(こちらも姉妹作「レギュレイターズ」「デスペレーション」まで)、そして未発表作品や映像化作品リストまでついている。500ページ近くある大部であり資料的価値も高いと思うが、何よりもプロによるキング作品評論がまとまった形で読めるのが嬉しい。そして本書で知った「terror」と「horror」の違い。正確な引用ではないが、前者は「心理的恐怖」で、後者は「生理的嫌悪」なのだとか。だから「タワー・オブ・テラー」はテラーなのであり、「ゴキブリに内側から食い破られる」という表現はホラーなのである。以下は恒例の引用。「けっきょく、ぼくはお化けの存在を信じている。ほんとうにお化けを信じている。ぼくはお化けを信じているのだ」本物の小説というのは、虚構であるけれども真実を語っているものです。じっさいにはホラーとは、「夢の舞踏」だ。人間の中にいる子供、死ぬことはないが、死よりも深い眠りについている子供を揺り起こすための手段だ。『ペット・セマタリー』は、本が書店にならびもしないうちから、キング本人にとってさえ、あまりにも恐ろしい作品という評判が読者の間に流れていた。(↓の右側が本書)
2019.02.21
【ドラゴンクエストの文学性】「文学としてのドラゴンクエスト」という本があるが、あれとは全く関係ない話。因みにあの本は3秒立ち読みしただけで「私の方が100倍面白いDQが書ける」と思ったので、読む気はない。まぁ誰かがタダでくれれば読むかもしれないが。それよりも、前から気になっていたDQの文学の話をしよう。DQ7に初出の職業・海賊が覚える呪文に「メイルストロム」というのがある。水流の渦を巻き起こして敵にダメージを与える呪文で、その後の作品の立ち位置は正直マイナーだが、私は好きだ。で、この「メイルストロム」がエドガー・アラン・ポーの短篇小説のタイトルに由来するのである。訳によってタイトルは若干変わるが、創元推理文庫の版では「メエルシュトレムに呑まれて」である。簡単に言うと、巨大な渦潮に飲み込まれる漁船の船員を描いた話で、なかなか面白い。私はこの短篇だけ読みたくて近くの図書館の蔵書検索をした。正直他の作品は古典なので読みにくく、この作品だけしかまともには読まなかったが。と思っていたら、同じポーで今度は(というか、名前だけは知っていたが再発見という意味)「詩」が出てきた。その名も「大鴉(おおがらす)」。DQ3で初出のスライムの次に弱いモンスター、なのにいっちょまえにしゃれこうべなんぞに乗っていやがるヤツも、ポーの怪奇作品に由来するのだ(と思う)。【人面モンスターの怪】かつて「人面犬」や「人面魚」がマスコミを騒がせたことがあったが、DQで「人面」を冠するモンスターが初登場したのは、おそらくDQ2の「人面樹」であろう。その後、DQ3の「人面蝶」やDQ8の「人面蛙」にその系譜が継がれるわけであるが、ではどちらが先だったのだろうか?ここは簡単にWikipediaの情報によると、人面犬も人面魚も1990年頃のことだそうだ。それに対してDQ2は1987年の発売。どうやらDQのオリジナルであるようだ。勿論、逆の例もある。DQは意外と世間の流行りを取り入れたがるもので、芸人のパペットマペットを真似て「パペット小僧」(初出はDQ8)なんかを登場させたり、SFC版DQ3にはアイテムとして「ルーズソックス」が登場したりしている。【キングスライムナイト!?】スライムが合体してキングスライムになり、スライムにナイトが騎乗してスライムナイトになり…とくれば、キングスライムにナイトが騎乗してもいいのでは、というのは私の単なる思い付きで…実際、DQ9にはスライムジェネラルというそれっぽいモンスターが登場しているが、二刀流であることなどから正当な騎士ではない気がする。そこで、是非やってほしいのが、キングスライムの冠を外して、さまようよろい(彼は正当な騎士だろう、二刀流ではなく剣と盾を持っているから)に騎乗して欲しい。これでホントの「キングスライムナイト」の登場だ!次回作に出ないかなぁ…。
2019.02.20

「ダイの大冒険(以下、ダイ大)」とのコラボが始まった。実はダイ大をほとんど知らない私には、そのストーリーを追体験できること自体が楽しい。コスプレもポップとマァムとレオナにしてみたのだが、何かポップのキャラ自体が自分に似ていて我ながら笑ってしまう。そしてストーリーも面白く、単に善と悪の対決が描かれているだけでなく、魔物の中の人間の心、人間の中の魔物の心というなかなか深いテーマがあって、うぅん、これは面白いというのが納得いくわ、という感じ。でも私としてはコラボするなら「勇者アベル編」をやって欲しいなぁと思う。モコモコの大金槌でメタルスライムを倒すミニゲームとかあったら面白そう。さて、肝心のストーリーのほうは、ようやく砂漠に辿り着いた。雑魚モンスターには余裕勝ちできるレベルとスキルを持っているが、ことボス戦となると絶対と言っていいほど一度は全滅する。ボスのHPを7、8割削ったところで必ず強力な技を放ってくるのが頂けない。そしてジェムを問答無用(でもないけど)で没収していくこの「自称・可愛い」女僧侶が毎度腹立たしい。しかもそのあとゲージ満タンで続行ってのもある意味可笑しい。課金してくれと言わんばかりのこのゲームの構造、イライラするわ。私は絶対課金はしないぞ。DQ本編はともかく、モンスターズなどではこのパターンが最近のお定まりな気がする。古き良きDQはもはや本編にしか残されていないのか…などと嘆きつつも、今日も勇者ならぬ冒険王としての冒険に身を窶すことになるのはDQファンの性(さが)ですな。
2019.02.18

「スティーヴン・キング―恐怖の愉しみ―」(風間賢二、筑摩書房)を読む。こういったキングの評伝が何冊も出ていることは勿論知っていたが、実際に読んだことはなかった。だが、近所の図書館で偶々この手の本を(しかも2冊)発見し、これは読まねばと思って早速借りて読んでみた。三部構成の本書は、第一部が幼少期から学生時代・赤貧時代を経て「キャリー」でのメジャーデビュー、そこから「レギュレイターズ」「デスペレーション」の姉妹作に至るまでのキング史を編年体で記述、第二部は筆者・風間賢二氏のメイン州探訪記、第三部はいわば「文学としてのスティーヴン・キング」評論といったところである。私も長年キング・ファンであるので、各作品の前書き・後書き・解説などでキングの歴史の大体のところは知っていたが、こういったまとまったもの(特に編年体で書かれたもの)を読むとよりスッキリ理解できるし、この本自体が面白い。キングにしてもホントに何もないところから創作しているわけではなくて、私が最も怖い作品(勿論好きな作品)だと思っている「ペット・セマタリー」にしても、実際にキングが愛猫を輪禍で亡くした体験からスタートした作品だということは初めて知った。他にもそういう例は多く紹介されていて、キングの日常(の向こう側)を見る目がいかに卓越しているかが改めて思い知らされる。あとは「キャリー」以前にキングが4つも長篇を書いていたこと、映画「スタンド・バイ・ミー」の大ヒットは原作がキングであることを隠すような宣伝によるものであること、70~80年代のキング原作映画の興行成績のトップ3は「シャイニング」「ペット・セメタリー」「スタンド・バイ・ミー」であること(「シャイニング」はあのダメなヤツなのだが)など、知らなかった事実がいろいろあって興味深い。第二部のメイン州探訪に関しては、私も一度は行ってみたいと思っていたのでその思いが半分叶った気がする。キングの生家や現在の家、その周辺の街、デリーの給水塔、キングの球場「フィールド・オブ・スクリームズ」が写真付きで紹介されている。勿論、キングと風間氏のツーショット写真も。まぁ決して観光地ではないメイン州ではあるが、キング・ファンにとっては正に聖地で、故にこの第二部は風間氏の「聖地探訪」なのである。第三部は既往のホラーや文学の中にキングがどのように位置づけられるかという、ややアカデミックな話で、引用もとのホラー作品の知識や文学の知識(まして海外文学)に乏しい私には、ここでうまく説明できないが、とにもかくにもキングは多くの評者の論評や考察の対象となるほど多方面に影響を及ぼしているのだということを再認識した。今では日本でもキングに影響を受けた作家(例えば辻村深月)とかロックバンド(私はロックは詳しくないので名前は挙げられないが)とかがたくさんいる。そのベースとなる部分を本書執筆時点のキングは既に築いていたのである。あと、風間氏と白石氏ってやっぱり仲良しなんだ~と思った。以下、印象的な箇所の引用。作家に生まれるのではなく、作家はそうなろうとする強固な意思によって作られるのだ。優秀な理科系人間(科学者)は、想像力を持ち合わせているがゆえに、破壊活動よりも創造活動に向かうものなのだ。真の科学者は詩人の精神を有する。「ホラー・コミックスは、善の力によって悪は罰せられるといったロマンチックな考え方の断末魔の吐息なんだ」(『映画館のスティーヴン・キング』)(下の左の写真が本書)
2019.02.15

今回は「剣」の話。RPG(というかそれのベースである中世騎士道物語の世界観)で最もベーシックな武器と言えば勿論「剣」である。しかし、現在プレイしている星ドラで私は剣をほとんど使っていない。これまで使った主要武器は、槍・杖・爪・ブーメランである。パーティ構成が現在、賢者・バトマス・天文で、賢者は初級職時代からずっと杖、バトマスは槍と爪の使い分け、天文も槍とブーメランの使い分けという感じである。そうはいっても、やっぱり剣は使いたいし、使いどころもあるし、勿論使える剣を持っている。1つは「はぐメタの剣」。これは勿論、対メタルに特化して使っている。たまにメタルを倒した後に装備を戻さないと「やばい」って感じになる。もう1つは「聖王のつるぎ」で、これは「1回だけ福引を引こう」と思って引いたらたまたま当たったというラッキーな代物。出番はまだないけど、これからスキルも強化して使っていきたい。
2019.02.11

いくみんの新作DVD「大スキ」のプロモ。相変わらず可愛くて困る。時々、ちょっと大人になったと思わせる瞬間もある。いや単に、YouTube埋め込みをしてみたかっただけなんだが(2回目)。
2019.02.09
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「任務の終わり(上・下)」(スティーヴン・キング、文藝春秋)を読む。「退職刑事ホッジズ」シリーズ三部作を締めくくる作品。第一作で<メルセデス・キラー>事件を起こして昏睡状態で入院していたブレイディが徐々に意識を取り戻す。それと同じころ、メルセデス・キラー事件の被害者とその母親が無理心中をしたと思われる自殺事件が発生。それを端に、まずはブレイディの病院関係者から自殺者が出始め、それが徐々に感染していくように街の若者たちの間に広がっていく。ホッジズはかつての同僚である警官ピートに乞われて捜査を開始する。被害者たちに共通していたのは、今ではもう時代遅れだがWi-Fiを備えたゲーム機<ザピット>を所持していたこと。そのゲーム機内のあるアプリのデモ画面にある種のサブリミナル的な催眠効果があり、これが自殺を誘発したのではと思われる。が、そんなことがほんとに可能なのだろうか?ましてや犯人と目されるブレイディは、意識はあるとはいえ入院中。自分では外出もできないし、被害者に何らかの手を下すなんてもっとできない。しかし、彼はそれを可能にしたのだ!この三部作は、第一作と第二作は純然たるミステリでホラーの要素はほとんどないが、完結編であるこの第三作はミステリとホラーが渾然一体となり、そこに<ザピット>やソーシャルメディア、各種ITなどの現代社会を象徴する技術的な要素が加わり、キングらしい怖さや恐ろしさが如何なく発揮されている。勿論、登場人物がそれぞれに魅力的なのもポイント。完結編まで読んでおいてこういうのも何だが、ホッジズのビジネスパートナーのホリーという女性は、40歳くらいの設定なのだが、どうしても私はティーンエイジャーのイメージで読んでしまう。精神的に不安定で問題を抱えているが、ことコンピュータの知識にかけては誰にも負けないという描像がそうさせるのだろう。だから黒人大学生ジェロームとお似合いに見えてしまうのだ。この話では昏睡から復活したブレイディの脳に何が起きたかが隠れたテーマのひとつであるが、最近読んだ伊藤計劃の「虐殺器官」にも通じるものがある気がした。勿論、ポアソン・クランピングではあるのだが…。この作品のクライマックスシーンでは雪が降っているのだが、ちょうど今日は東京も雪が降る。そんなタイミングで読み終わったのも何かの因果…じゃなくてこれもポアソン・クランピングだ。以下、気に入った箇所の引用。ネットを利用して自己診断をする連中は愚か者だというのがホッジズの信念だ。偶然と陰謀は等価ではない。「特等賞、それは眠り」「だから、この件はわたしたちふたりで解決するしかないの―たとえわたしたちが殺人罪で逮捕されるとしても」「無理にでもはめて」ホリーはささやく。「銃をあつかうほうの手を凍えさせちゃまずいから」「だって、あなたの口からきくその言葉が好きだから」任務の終わり 上/スティーヴン・キング 任務の終わり 下 /スティーヴン・キング
2019.02.09

ジャンガル大陸にて嘘つき族にいろいろと悩まされているモガマルが何だか愛しいここ2、3日。でも今日はその話題ではなくて…。今回「星ドラ」で画期的だなと思うのは「見た目変更」ができること。これでコスプレ感覚で過去のDQ作品の登場人物になりきったり、オリジナルのコスプレをしたり出来る。で、ふと思った。何故この機能があるのかと。それは多分、DQ9に深い後悔があるからだと思う。DQ9で初めて全装備品の見た目反映が行われたが、あれは実は画期的な反面問題もあった。例えば、「体・上:はがねのよろい、体・下:ブーメランパンツ」といった装備をすると、カッコいいどころか頭のおかしな変態に見えてしまう。少なくとも、下を装備し忘れたように見えてカッコ悪い。あと、女性キャラの場合スカートとタイツを同時に身に着けられないというかなりの問題点もあった。(私はDQ10がどうかは知らないが)今回星ドラで見た目変更を導入することでこの問題は解決したように思う。タイツ問題に関しては、「アリーナタイツ」などの装備品が初めからスカートとタイツの一体型であるというややごり押し的な解決法ではあるが。「僧侶のタイツ」などタイツ単体のものも存在していて、これは上衣がワンピースタイプの場合などに使えるようにとのことだと思う。で、この見た目変更を使ってちょっと面白いことをやってみた。その1は「もしDQ5の双子が両方とも女の子だったら?」というもの。やはりそっくり。しかし実はひとつミスを犯していて…「タバサの服・下」はたしかに2つ手に入れたのに、何を間違ったか装備強化で1つにしてしまったのだ。だからイクミのボトムは天空人の服・下なのだ。でも違和感はない。もしふたりともちゃんと同じ服装ならば、髪飾りなどでちゃんと区別しないとどっちがどっちか判らなくなりそう。あと、その場合でも女の子のどちらかが天空の剣を装備できる伝説の勇者なのだろうか?姉妹で剣の奪い合いにならなければいいが…。でもでもその場合、女勇者も選択できるDQ3・DQ4以外では唯一の女性勇者ということになる。これはこれでやってみたい気がする。その2は「冠問題」。冠は兜としてホントに通用するのか、見た目だけで判断してみた。すると…。やはり違和感が。これでは頭が重すぎて戦えないだろう。やはり冠は玉座に静かに座っているときのためのものだ。この冠問題、古くはDQ3のカンダタがロマリア王家から盗んだ金の冠が、その時点での魔法使いの最強の兜として装備可能であることに端を発するが、その後DQ5のレヌールの王冠が装備品でなく名産品(要は単なる宝飾品)にすぎなかったことからも、やはり冠を装備して戦うのはいくら王族でも(いや、だからこそ)無理がある気がするのである。
2019.02.08

やっとマホラッド脱出して長い航海を経てジャンガル大陸の港へ到達。ついでに見た目も変更。私自身はDQ5の主人公に。彼はシリーズで唯一、最強の専用武器が杖という呪文使いタイプの主人公なので賢者に向いているかと。バトマスのイクミはDQ6のミレーユに。DQ6ではミレーユよりバーバラ派が圧倒的多数と言われているが、私はミレーユ派だ。そして天文のサツキは魔導士の装備。天文学は元々占星術だったことを考えれば、これはこれで合ってるし似合ってる気がする。しかし私はすぐにマホラッドにとんぼ返りをすることになった。サブクエストをひとつ忘れていたのだ。そしてここのボスのジャミラスの強いことと言ったら!大苦戦しましたよ、ホントに。でも「ジェム復活」を使ってどうにか倒し、いよいよ本格的に密林大陸の探検に乗り出します!
2019.02.04
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「退官刑事ホッジズ」シリーズの2作目。1作目「ミスター・メルセデス」で発生した事件のあとホッジズは私立探偵社「ファインダーズ・キーパーズ」を立ち上げて仕事をしていた。そこに舞い込んだのは…。昔、アメリカ文学界に多大な影響を与えた作家ロススティーンはキャリア半ばにして謎の隠遁生活に。その生活中も書き溜めた原稿と溜め込んだ現金がある日3人組の強盗によって盗まれ、ロススティーンの命も奪われる。その後、3人組は仲間割れして主犯格の一人が残り2人を始末。原稿と現金をとある場所に埋めて隠す。しかし彼は酒を飲んで女性を襲ったとして投獄される。その数十年後、偶然からこの原稿と現金入りのトランクを発見した少年ピート。不況で家計が火の車だったことから、見つけた現金を小分けにし、差出人が特定できないようにして父親宛に送り続ける。しかしそれも底をつくと、原稿のことを憑りつかれたように考え始める。何といっても大作家の未発表原稿。コレクター垂涎の品だ。ところが、その後仮釈放になった当の犯人モリスも原稿を取り戻そうと画策。かくしてピートとモリスの戦いが始まる。ピートもモリスもロススティーン作品、特に「ランナー」シリーズを愛しているという点で共通しているので、対決するに当たってもピートは犯罪者モリスの文学に対する偏愛が理解でき、感じられてしまう。それは多分、文学を愛するが故なのだろう。なかなかこの辺りの心理描写は巧みでさすがキングという気がする。私もロススティーン作品、特に幻の原稿を読んでみたいとさえ思った。以下、気に入った箇所の引用。今回は多いかも。<<ピストルばかりで弾丸(たま)がない>>読書家にとって、人生で衝撃をもたらす最大の発見のひとつは、自分がまさしく読書家だとわかる瞬間だ―それも、文章を読めるとわかるばかりか(それならモリスもすでに知っていた)、読んだものに惚れこんでしまうとわかることだ。「両親なんて、とんでもなく愚かになることがあるものよ」人間というのは、それまでの人生の総計なのである。「きみはもっと笑顔を見せたほうがいい。笑顔のきみはきれいなんだから」あと、主要登場人物のひとりのホリーが好きな映画ベスト3を挙げるシーンで、ちゃっかりキングは自作が原作の「ショーシャンクの空に」を入れているし。あと、深読みすれば短篇「幸運の25セント硬貨」を思わせる記述もちらっとある。今回も1作目に続いて面白かった。一気に読めてしまった。これは是非とも3作目を早く読まなくては。ファインダーズ・キーパーズ 上/スティーヴン・キングファインダーズ・キーパーズ 下/スティーヴン・キング
2019.02.03

昨日、何の予告もなく弟から小包が届いた。いつもならLINEのひとつも事前に寄越すのにと、不思議に思いながら開封すると出てきたのは…。何とアリーナのフィギュアを見つけた!しかもふくびき所スペシャルのヤツ。もう私ったら取り乱すほど嬉しかったよ、正直。ここ最近ないくらいホントに嬉しかった!まぁ弟なりのサプライズってところかな。本人に訊いても詳しくは語らないので、たまに巡ってきた幸運ということでありがたく頂いた。「死んだら棺に入れて」とでも書いておくかな(笑)。それで、アリーナの思い出話でもしようかと思ったんだけど、以前<ココ>にたいぶ書いてしまったので、今日はその前に起きた話をご紹介。私はDQ4が初めてプレイするDQだったので、メタルスライムの何たるかを全く理解していなかったんだけど、その日は突然やって来た。アリーナ一行が旅の扉を抜けてエンドール領内に入ってすぐ「メタルスライムが現れた!」のである。そして私のアリーナはいきなり【会心の一撃】を放ち、あっさりとソイツを撃退。ドッサリと経験値を頂いた。これがメタスラ初遭遇だったので、その真の強さ(というか硬さと素早さ)を思い知ったのは2回目以降ということに。要は「初回はあんなに簡単に倒せたのに~」となったのである。勿論その後大量のメタル系モンスターを会心の一撃連発で倒してくれたアリーナには感謝しているし、今でも大好きなキャラだ。DQツアーで中川翔子さんがアリーナを演じるのを見て、当時ドット絵の向こう側に見ていたのはまさにこれだったんだ、とも思ったし。そういえば最近mixiのネタの回答として、私の好きなDQヒロイン・ベスト5というのを作った。以下の通りだ。1位:マーニャ2位:ビアンカ3位:アリーナ4位:マルティナ5位:ゼシカアリーナ、1位じゃないじゃん(笑)。まぁそれは、私が剣や格闘よりも派手な攻撃呪文を使って戦うのが好きってことと、花嫁には敵わないよねってこと。でもアリーナは「実戦で使える」という意味なのだ。上位3人はホントに僅差だよ。そういうわけで、アリーナに捧ぐ賛歌でした。
2019.02.02
昔、「理性の限界」という本を読んだときに神の存在が数学的に否定可能であることを知った。その時の神はいわば「全知の神」であった。では、「全能の神」は否定できるのかと考えてみた。まぁ意外と簡単だ。ひとつだけ仮定しよう。それは、「神が自らに似せて人間を作った」ということ。これはまぁ一般的にも妥当な考えだろう。そうすると、神の似姿である人間は今日もお互い通しで殺しあってばかりだ。人間の歴史が始まって以来ずっとこの調子である。こんな殺戮を愛する人間に似ている神なんて、いるとしても破壊神シドーか破壊と殺戮の神ダークドレアムが関の山である。愛と慈悲に満ち溢れて人間を救済する神なんてものではない。それに、この世界の不完全っぷりをみれば神がいかに適当な仕事しかしなかったかは一目瞭然。「全能」なんてものでは決してない。故に、全能の神は存在しない。q.e.d.また、こんなのもある。そう信じる者しか救わない せこい神様拝むよりは 僕とずっと一緒にいる方が気持ちよくなれるから(B'z「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」より)私はB'zのファンってわけじゃないけど、これが正しいのは判る。
2019.02.01
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