亡君の恨みをはらしたぃ
城受取は、内匠頭と仲のよかった脇坂淡路守と決まった。そのため、命を捨てるという気持がくじかれますか・・それではどのように、と聞かれた内蔵助は、「それは方々の考えによること」と。
忠左衛門がわれわれの考えなど無用、 内蔵助の覚悟をきかせてほしいといいます
。家臣全員が、内蔵助の考えに耳をかたむけます。
(
内匠頭舎弟 )
大学のお取立を願い、城明渡し明晩一同いさぎよく切腹する、というものでした。城から出てくる家臣たちの様子を濠端遠くからうかがっている間者の姿がありました。金右衛門の帰りを待っていたおたかが、金右衛門の姿を見て駆け寄ります。
おたか 「 ごろう城とうけたまわりましたが
」
金右衛門「いや、都合によってろう城取止め、 明夜を決して殉死と決まりました
」
病の床に臥せっている橋本平左衛門はおたかからろう城は取止め殉死することを聞いて、「これで、わしも仲間入りができる」と言います。
内蔵助の考えが二転三転としていき、今日の登城人数は五十一人になりました。江戸有志の名代として堀部安兵衛と赤埴源蔵が、堀部弥兵衛他十三名は内蔵助の言う通りにするという書面を持って赤穂城にやって来ます。平左衛門からも老い先短い故ご決断は早くと言っていたと聞いて、「わかった、ここで待て」と言うと、家臣が揃って待っているところへ行き、 まずお詫びをしなければと切りだす内蔵助
です。内蔵助は「ろう城、殉死と日毎に説を変えたのはそれがしの作、おのおの方の心底見極める事であった」と言い、心底のほどを打ち明けます。
「・・いかにしても納得いかぬお裁き、方々と力を合わせて、お家再興御公儀にあくまでも願い、その首尾を待って吉良上野介を討ち一命を申し受けて、亡君の恨みをはらしたぃ」と言いますと、 家臣たちの顔が・・・
。
内蔵助は、自分の名と血判を押した 連判状を広げます
。城からの帰り道、吉田忠左衛門と岡島八十右衛門は、小間物屋に化けた千坂の放った間者と遭遇します。八十右衛門の剣を交わしたので詮議をしようとするのを、忠左衛門は「城明渡しと決まったからには、さような詮議はどうでも良いこと」と言って八十右衛門の刀を納めるように言い立ち去ります。二人の患者は後からやって来た金右衛門がおたかと話しているのを見ています。 (
ここで間者は金右衛門に会ったことを覚えていることになります )
その金右衛門の帰りを待っていたのはおたかです。
おたか 「 御評議は何と ?
」
金右衛門「城明渡しの上、 立ち退きと決しました
」
おたかが父平左衛門に殉死は取止め、城明渡しの上立ち退き、と伝えますと、内蔵助ほどの方がこのままに済ませるとは思えないと言います。そして、内蔵助の本心を確かめておきたいのでと、書状を持たせ返事をいただいて来いとおたかを出します。
妻のりくが点てたお茶を飲んでいる内蔵助に、おたかが持ってきた書状を主税が持ってきます。
書状を開け目を通し慌てて玄関先に行き、おたかに「すぐ帰れ、平左衛門が殿の後をしたいて追腹じゃ」と、おたかは急いで家に急ぎます。外へ出て来た金右衛門は、おたかの急いで走って来るのを見て、
金右衛門「 何となされた
」
おたか 「御城代様のところへお手紙を持参しました間に、 父が、父が
」
おたかが部屋に入りますと、仏壇の前で平左衛門が・・・。 金右衛門とおとわもかけつけます
。
そこへ内蔵助もかけつけました。「遅れたか・・」と言い、 平左衛門を抱きあげ語りかけます
。
内蔵助 「平左衛門、見ているんだぞ。殿のお側で、 殿とご一緒に、よおーく見て
いるんだぞ
」
脇坂淡路守が城明渡しの検分にやって来て、内蔵助はじめ家臣たちが赤穂城から去ることになりました。
続きます
。
水戸黄門・・・(6) 2023年11月28日
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