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あーあ、ワタクシとしたことが・・・。今日は池田満寿夫と桐島洋子の対談集、『男と女』(講談社)について、延々とコメントを書いていたんですが、最後の最後になって操作を誤り、全部、消してしまったという・・・。 あんなに沢山、書いたのに・・・。もう立ち直れん・・・。 この本についてもう一度同じことを書く気力がない・・・。 あーあ。 動揺を隠せませんが、気を取り直しましょう・・・。 えーと。なにを話しましょうか。 そうそう、昨夜はF1・ドイツグランプリがありまして、ワタクシが応援しているフェラーリ・チームのミハエル・シューマッハーが優勝したんですよ。嬉しいなあ・・・。 あんまり気分が盛り上がらん・・・。 ゴメンナサイ、今日はもうダメですわ。また明日! 明日こそは、ちゃんと書きますからー。
July 31, 2006
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もとよりケータイなんてさほど興味がなく、今、使っているのも3年前に買った奴。カメラもなく、ただ電話がかけられて、メールができるだけ。それでも極端に薄型なデザインが気に入って、ここまで愛用していたんです。 が、3年も使っていると電池も弱るようで、一回の通話で電池の残量が底を突くという状態に。しかも加入しているTUKA自体の存続が危ういようで、さすがにそろそろ限界かと・・・。 というわけで、ついに、ついに、ケータイを替えることにしましたー! 今度はauでございます。TUKAからの機種変更が一番楽なので、ね。 でも、自分のモノに執着するワタクシとしては、3年も使った自分のケータイとお別れするのは辛く、別れの杯の儀式をしてしまいました。お酒をちょっとケータイに振りかけてみたりして。これで成仏してくれよ、ってなもんです。 かくして、新しいケータイを求めてauのショップに出かけたわけですが、最新型だとか多機能のものなんかにはぜーんぜん興味がないので、機種自体は0円のものからの選択です。そしてもちろん今回もデザイン重視。家内と同じ機種で、私のはシルバー、家内のはレッド。すっきりしていて、なかなかカッコいいですぞ! でまた、最近のケータイは0円のものでも機能満載ですね。私の選んだのだって、写真は撮れるわ、FMラジオは聴けるわ、もうなんでも来いです。ウォーク・ナビ機能までついているので、道に迷った時も道案内してくれるんですって。ひゃー、文明開化! ただ・・・使い方に慣れるのが一苦労・・・。 でも、なんか新しい機械っちゅーのは、なんだかワクワクするもんですなあ。これ押したら、どうなるの? ってな感じで、当分はおっかなびっくり、楽しめそうです。 というわけで、今日は新しいケータイをゲットして、ご機嫌なワタクシなのでした。今日も、いい日だ。
July 30, 2006
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公務から解放された腹いせに雑書を読みまくっています、というと日本語が変ですが、要するに今まで読みたいと思いながら公務のおかげで読めず、忸怩たる思いでいた、そういう本を、今片端から読んでおります。 で、そんな中、今日読み終わったのは松尾理也(まつお・みちや)著『ルート66をゆく アメリカの「保守」を訪ねて』(新潮新書)という本。軽い新書版の本だし、気楽に読める本なんですが、案外その内容が面白くて、感心しながら一気に読み切ってしまいました。うちのゼミの学生にはぜひ薦めたい本ですし、一般の方が読んでも面白くてタメになる本じゃないかと思います。 表題が『ルート66をゆく』ですから、かのルート66、つまりアメリカ中西部の町シカゴから太平洋岸のサンタモニカまで続く大陸横断道、テレビドラマにもなって日本でもお馴染みの、あの街道についての本かと思いきや、必ずしもそうでもないんですな。それより、ルート66が通っているアメリカ内陸部、つまりアメリカの「ハートランド」にあたる諸州の町々を筆者の松尾さんが訪ねながら、そこに住む人々の本音、すなわち「アメリカ保守派」と呼ばれる人々の考え方を捉えてみよう、という試みなんです。 で、これを読むと、私を含め、大概の日本人が、アメリカの「保守」の人々の考え方を誤解していることがよく分かりますよ。 普通、日本人がアメリカ人の政治的心情について多少とも知識を得られるのは、大統領戦の時ですよね。で、なーんとなく「民主党=リベラル=都会人が支持者=理性的」、「共和党=保守=ハートランドの住人が支持者=無知蒙昧」という単純な図式で捉えてしまいがちです。ま、正直、私もそんな感じに思っていたことを白状しなくてはなりますまい。つまりブッシュ大統領は、アメリカの田舎に住んでいて、世界情勢の何たるかもまるで分かってない、無知な、そしてガチガチの国粋主義者である人々に支持されているんだろう、と思っていたわけ。 しかし、それはぜーんぜん違うみたいですな。 理由は簡単で、保守派の人々に言わせれば、ブッシュはぜんぜん保守派じゃない、ということになるからです。保守と共和党というのは、まったく別なカテゴリーに属する考え方なんですね。 例えば保守というのは、「小さな政府」を理想とします。それに対して共和党ブッシュの政策は典型的な「大きな政府」主義だ、というわけ。進化論を教えるかどうか、といった問題に対する連邦政府の介入の支持、外交においてやたらに他国政府に介入するグローバリズムなど、ブッシュの政策は、保守派の考え方とは真っ向から対立するのだそうです。唯一、保守派がブッシュを支持するのは、社会保障政策において、自助努力を促す方向に変えようとしていることだけ、なんだとか。 もう少し具体的な例を挙げましょう。たとえば教育問題。登校拒否児童のために家庭で教育を受ける「ホームスクール」を制度化しよう、なんていう場合、日本ではこれは「リベラル」な考え方だと思われますよね。ところがアメリカでは、ホームスクール容認は保守派の考え方です。教育のような個人的な問題に(連邦)政府が口を挟むのはよろしくない、ということですから。ね、「あ、そうか!」と思うでしょ? 保守派の理想とする「小さな政府」というのは、そういうことなわけですよ。 ですから、たとえば大災害があったとして、その被害者に連邦政府から補助金を出す、なんてケースがあるとする。保守派は、これに大反対です。なぜなら、その連邦補助金は国民の税金だから。つまり、こういう場合にいちいち連邦政府が介入し、無理やり個人の金を奪って他人に分け与えるのは、「私有財産の保護」というアメリカ建国の理念に反する、というわけ。つまり、「小さな政府」というのは、アメリカという革命国家の理念そのものなのであって、それを侵すのはアメリカそのものの意義を根底から覆すことになる、という発想なんですな。著者の松尾さんも言っておられますが、日本で最近云々されている「小さな政府」志向というのが、単に厚遇されがちな公務員への民間人の嫉妬から出ているところがあるのとは大違いで、アメリカにおいて「小さな政府」か「大きな政府」かという問題は、国是に係わる大問題なんです。 それから、不法移民の問題について。今、アメリカではメキシコから不法に入国してくるスパニッシュ系移民への対応が社会問題となっていて、彼らを追い返す「自警団」みたいなのまで組織されるようになり、その是非が問われているみたいなのですが、「不法移民を追い返せ!」というのが保守派の考え方なんです。と、言いますと、「ほら、やっぱり、保守派は血も涙もない石頭じゃ!」と思うでしょ? でも、そうじゃないんです。保守派に言わせると、「かつてアメリカは黒人奴隷という過ちを犯し、彼らの労働力を不当に搾取してきた。アメリカは今また、不法移民をその弱みにつけこんで不当に搾取しようとしている。それは良くない」という言い分なんですな。もちろん、それは単なる「言い分」で、本音は別なところにあるんだろ、という指摘もできるでしょうが、しかし、保守派=人種差別主義者、というような認識では、保守派の考え方は理解できない、ということは言えるでしょう。彼らには彼らの理論武装があるんです。 また、アメリカが抱えている状況を日本に置き換えてみて、もしお隣の国々から言葉も文化も違う人々が何万人という規模で日本に不法に上陸してきて勝手に住み始めたら、やっぱり困りますよね。だから、アメリカ保守派の人々の言うことは、実際問題として妥当だ、という見方だってできなくもない。 ちなみに、ブッシュ大統領は、意外なことにスパニッシュ系移民に寛容で、その点でも保守派はブッシュに我慢がならない、というところがあるようです。ブッシュ大統領って、スペイン語が話せるって、ご存じでした? (「英語もまともに話せない」とよく言われるブッシュさんにしては)ちょっと意外・・・。 じゃ、保守派の人々にとって誰が理想の大統領かというと、やっぱりレーガン大統領なんですって。彼は徹頭徹尾、「小さな政府」を実現しようとし、その信念が揺らがなかったから。また、かつてのアラバマ州知事、故ジョージ・ウォレスなんてのも、保守派のアイドルの一人らしい。ジョージ・ウォレスというと、60年代の公民権運動の中で、黒人の公立白人大学進学を阻止しようとした人種差別主義者というイメージが強いですが、連邦政府に楯突いて州の権利を守ろうとした、というところに、保守派の心を捉える部分があるらしい。 ま、上に述べてきたようなことも含め、一番間違えてはいけないのは、アメリカにおいて「保守派」というのは、「反体制」だ、ということですね。「保守」という名前なんだから体制側だろうと考えるのは大間違い。保守派は、あくまで反体制の改革派なんです。だからこそ、政治に参画して社会を変えよう、アメリカの国是の建て直しを図ろう、なんて考える論客たちが、保守派の理論武装をしているわけですよ。保守派=田舎者のお馬鹿さん、というのは、まったくの誤解なんですな。 とにかく、この『ルート66をゆく』という本を読むと、アメリカ保守派というのが何を意味するのか、アメリカが今、どういう状態なのか、ということが非常によく分かるし、日本人がアメリカに対して抱いている各種の誤解を解くような話がぼろぼろ出てくる。それでいて、ぜんぜん難しい本ではなく、とても気楽な、楽しい読み物にもなっているんです。これは大したもんだと思います。 ということで、松尾理也著『ルート66をゆく』という本、教授のおすすめ!です。アメリカという国について、目からウロコを落したい方は是非!これこれ! ↓ルート66をゆく
July 29, 2006
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岩手母娘殺害事件、熊本死体遺棄事件、秋田2児殺害事件、東大阪大集団リンチ事件、奈良家族3人放火殺人事件、広島女児殺害事件と、最近の事件だけ取り上げてみても、どれがどれだったか覚えていられないほど殺人事件の多いこと・・・。日本は今や「殺人列島」ですわ。 そんな中、今日は「岐阜・中津川少女殺害事件」の被告である高1の少年が、中等少年院送致の保護処分に処せられることが決定したとの報道がありました。つまり、刑事処分を受けなくて済んでしまったということですね。 この事件の報道によれば、当該の少年は、交際のもつれ(!?)から、相手少女の首を絞めて殺した後、角材でめった打ちにしたというじゃないですか。そんな残忍なことしでかしても、軽い保護処分・・・。2001年の少年法改正で、14・15歳の少年も刑罰対象となり得ることが決まったはずなんですが。 ま、人によって考え方は様々でしょうが、私の個人的な感覚からすると、まあ随分軽い処分ですこと、という印象ですね。処罰というのは、基本的に「見せしめ」の要素があるはずですが、これでは逆の意味での見せしめですな。人一人くらい殺したって、ちょっと反省したような様子をすれば、刑事罰を受けなくていいんだ、ということを世間に知らせているようなもんだ。 先日、フランスのジダン選手が「頭突き事件」で世間を騒がせた時には、「理由はどうあれ、暴力はいかん」というのが世論だったはず。私は、ジダンの生い立ちや信教、あるいは家族を理不尽に侮辱した相手選手の方が悪いと思っているので、ジダンの行為には同情的でしたが、世間はそうじゃなかった。 その同じ世間が、中津川殺人事件に関しては「少年の生い立ちや、事後の反省の度合い」を斟酌して、究極の暴力を振るった少年に温状判決ですか・・・。 わけが分からん!! ま、この事件に限らず、日本の刑法ってのは、徹頭徹尾、加害者に甘いですからね。そのこと、皆さん、ご存じですか? 日本で殺人をやって、死刑になるのって本当に難しいんですよ。殺人罪で処刑される「可能性」があるのは、強奪・強姦目的などの身勝手な動機により数人の人を惨殺し、さらに証拠隠滅のために放火し、遁走したような場合だけなんですから。 逆に、例えば強奪・怨恨のために殺意たっぷりで計画的に殺人を犯したって、トドメをさした後、救急車を呼んだとしたら、その行為だけで「反省の色あり」ということで、もう死刑はないです。とにかく、なるべく死刑にしないような方向ですべてが仕組まれているんですな。そういえば、広島女児殺害事件も、結局被告に対し、原告側が望んだような死刑ではなく、無期懲役の判決が下されたんでしたっけ。 もちろん日本の刑法のこういう「生ぬるさ」は、大昔、いい加減な証拠での立件や自白の強要だけでじゃんじゃん処刑していた時代の反省の上に成り立っている制度であって、歴史的には意味のあることなんですけど、捜査方法などが発達した現代においては、いささか時代後れの刑法と言わざるを得ない。少なくとも私はそう思います。 処罰を厳しくしたら、酒気帯び運転が激減し、処罰を厳しくしたら、駐車違反が激減した。そうでしたよね。それなら、一番重い犯罪である「殺人」に対して、処罰を重くする意味は十分にあるはずじゃないですか。 このブログで私は何度となく主張しているように、重罪には厳罰がふさわしいです。これだけ日常的に殺人事件が起こるようになった現在の日本において、刑法のさらなる改正が必要であると声を大にして言いたいと思います。 それから、ついでに言いますと、最近、この種の事件が起こる度に、被害者の遺族などにやたらと「手記」を書かせる風習がありますが、あれはあれでどうかと思いますね。話題にあげた岐阜・中津川少女殺害事件に関しても、ご遺族のどなたかが手記を発表され、「娘を失って生きる力を失った」というようなことを述べられていました。無論、そういうご遺族の心情に同情はしますが、そんなに大切な娘さんだったのなら何故、その娘さんが夜中に家の外をほっつき歩き、廃墟となったパチンコ屋で男と会ったりするのを放っておいたの? と言いたくもなります。そういうことを言われないためにも、手記なんか発表しないのがいいのではないかと愚考しますが、如何。
July 28, 2006
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はあ~。終わった~。今日で前期分の講義と期末試験が全部終了ですーー。 長い奮闘の日々であった・・・。今年から完全セミスター制が導入され、7月末一杯授業をやることになっていたのですが、やはり慣れないせいか、7月後半はバテましたね。 でも、もうそれも終わり。明日から、夏休み。は~、嬉しいなあ! 夏休みのために働いているようなものだもの。明日から、好きな本が読める。自分の研究が出来る。本も書ける。遊べる。ひゃー! 天国! ま、そんなこともありまして、今日の夜はその前祝いとして、家内と近くの焼き鳥屋さんに飲みに行くんですーー! 焼き鳥屋なんて、イケてない、ですって? いやいや、そんなことはないですよ。このクソ暑い中、ようやく仕事から解放された! なんて日には、「フランス料理屋に行って洒落たカクテルで乾杯」なんてのより、煙もうもうの中で「生絞りチューハイ」なんか飲みながら焼き鳥を楽しむ、って方がよっぽど感じが出るじゃないですか! で、うまい具合に、家から歩いていけるほど近いところに割と安くてうまい焼き鳥やさんがありまして。そこで串焼き、ネギ間、つくね、レバー、ハツなんかを食べ、さらに名古屋っぽく「どてカツ」だとか、そんなものも注文し、「アスパラ・ベーコン」だとか「せせり」なんかも食べ、〆に釜飯かなんかもとっちゃったりしましょうか。われら夫婦は二人ともさほど酒が飲めないので、二人でチューハイを一杯ずつ呑めば、もうそれだけでヘロヘロのいい気分です。 で、店を出て千鳥足で家に帰る途中、夜遅くまでやっている本屋さんに寄って、ちょいと立ち読みして帰る、なんてのは最高だな! ってなわけで、夏休みに入るシアワセを噛みしめつつ、「今日も、いい日だ」!
July 27, 2006
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昨夜遅く、NHKテレビで「ワーキング・プア」に関するドキュメンタリーをやっているのを見ました。 多分、再放送なので、もっと以前に見た、という方もいらっしゃるかも知れませんが、とにかく、その内容はかなり驚くべきものでした。 ま、バブル崩壊以降の景気の低迷、終身雇用制の崩壊とそれに伴うパートタイム労働の増加、過疎化による地方経済の破綻など、低所得層の増加を促すような社会状況があることはもちろん知ってはいましたが、日本経済がここまでやばい状況になっていたとは知らなかった・・・。ちなみに、NHKのドキュメンタリーで主に扱っていたのは、秋田県の農村地域の状況だったんですけど、えーっ!と思うほど悲惨でしたよ。 例えば米作農家なんかでも、米の値段が下がってしまったために収入が激減し、年収が200万円代なんて家庭がザラ。それじゃ暮らしていけないってんで、昼の農業労働に加え、夜は夜で遅くまでかかって自家製の漬け物なんか作って売っている夫婦を取材していたのですが、それでもそこから挙がる実質の収入は年間30万円ほどで、焼け石に水状態。 それでも農家はまだいい方で、例えばこの地方で長年テーラーを営んできた方なんか、平成に入ってから仕事が激減。かつては年間何百着とスーツを仕立てていたのに、景気の低迷で服を新調する人が減り、たまにある仕事といえば「裾上げ」とか「寸法つめ」といったような500円、1000円単位の仕事ばかり。冬場の数ヶ月にあげた収入はわずかに1万円という状態ですから、もうどうしようもない。しかも、取材を受けていたこの方はアルツハイマー病にかかってしまった奥さんの医療費も支払わなくてはならず、毎日のご自分の食費も100円に切り詰めているとのこと。 こういう状況を作り出している背景には、もちろん過疎の問題があります。事実、秋田の農村地帯なんか過疎化が進み、あちこちに倒壊した農家の残骸が捨て置かれている。で、人が居なくなるから地元の購買力も下がり、上に述べたテーラーの方の苦難なんかも生じるわけ。 で、収入がないから税金も払えないので、市役所に行って「収入が少なすぎて税金が払えません」という手続きをとったり、あるいは生活保護を受けるための手続きをとるわけですが、そういう行政上の生活保護を受ける場合は当該世帯に資産があってはならないんですって。 つまり、貯金も何も全部放出し、本当にすっからかんにならない限り、そうした保護が受けられないんですな。ですから先ほどのテーラーの方にしても、アルツハイマーで先の短い奥さんのための葬式費用として100万円の貯金があったのですが、それすら切り崩した後でないと、保護が受けられない。長年腕の立つテーラーとしてやってきた自尊心もなにもすべてカラにし、まったく無一文にならないと保護が受けられないという状況が、この方の苦悩をさらに深めているんですね。 は~。この貧しさは、見ているだけでつらい・・・。現在の日本の地方というのは、こういう状態でありましたか・・・。 ま、それだけでも私なんぞは結構唖然としちゃったんですけど、こういった悲惨な経済状況は何も地方だけのものではないらしいんです。例えば都会でも、若者が一旦社会からドロップアウトし、定住先を失ってホームレスになんかになってしまうと、その後で心機一転、職に就こうと思ってもなかなか難しいらしい。住所がない、ということが会社にバレてしまうと、一旦受け取った就職内定も取り消されてしまうんですって。ですから、一度は「社会に復帰してやり直そう!」と思っても、あちこちで就職を断られているうちに、再び無気力になってしまったりする。あるいは、どうにかこうにか職を見つけても、それは時間給の低い単純労働作業ばかりで、アパートを借りるだけの収入も得られなかったりするのだそうです。 また若者だけでなく、不景気のために会社が倒産し、職を失ってしまった中高年の方も大変で、かつては年収600万ばかりあったのに、今はガソリンスタンドの夜勤などのパートタイム労働を3つくらい掛け持ちで、ようやく年収200万でかつかつの生活をしている人なども取材されていました。その人は奥さんを亡くしていて、二人の子供をどうやって大学まで行かせるか悩んでいましたけど、子供の方も親の事情が分かるのか、「どうせ大学には行けないよ」と半ば自暴自棄になっていたりする。 上に述べてきたような人たち、つまり、働く意欲もあり、能力もあるのに、人間として普通の暮らしができないほどの貧しさに苦しめられている人たちのことを「ワーキング・プア」と言うらしいのですが、今の日本にはこの種のワーキング・プアが非常に多くなってきたのだそうです。昔のように「働かないから貧しい」とか、「能力がないから貧しい」というような状況じゃないんですね。それだったら、まあ、「貧しさは、本人の責任」と言えたかも知れませんが、ワーキング・プアの人たちの場合、その人たちの経済的苦境は必ずしも本人の責任ばかりではない。社会的システムの行き詰まりの被害者、という側面がありますからね。 私なんかもよく、「働けど働けど、我が暮らし楽にならざり、じっと給料明細を見る」なんてふざけて言ったりしてますけど、私なんか上に述べてきたような方々に比べればトンでもなく恵まれているのであって、これからは世間並みの生活ができるだけ、感謝しなくてはなりますまい。早く大学辞めて、田舎暮らしがしたい、なんて言ってる場合じゃないのかも・・・。 それにしても、今更ながら、現在の日本はこんなに貧しいんだ、ということを知らされて、ちょっとショックでしたね・・・。 今、日本にはこんなにワーキング・プアな方々がいらして、国も地方も膨大な借金を抱えていて、しかも、そんなふうでありながらなお、国中のあちこちで信じられないほど馬鹿馬鹿しい税金の無駄遣いがある。これはもう、有機的な存在としての国の機能がストップしているとしか思えませんな。 どこかの時点で、この日本の現状を白日のもとに晒し、その状況を改善する手だてを考える国家的キャンペーンでもやらないとまずいんじゃないかと、番組を見ながら、そんな危機感を抱かせられました。さてさて、ブログをお読みの皆さんのご意見や如何に。
July 26, 2006
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「兄貴」こと同僚のK先生がトヨタが誇るハイブリッド車、プリウスを買いました。 兄貴は、特に車にこだわりがあるというわけでもなく、単に知り合いが三菱自動車に勤めていたということだけでずっと三菱車に乗っていらして、FTO、ミラージュ、ランサー、ギャラン・・・と三菱車を乗り継がれていたんですが、ついにここへ来てトヨタ車への鞍替えとなったんです。 しかし凄いですよ、飛ぶ鳥を落とすがごとき「プリウス」の勢い。私の勤務先の大学では、同僚の先生方の間でプリウスが大ブームで、誰かが車を買い換えたというとなると、たいていはプリウスへの乗り換えです。事実、教職員用の駐車場を見ても、プリウスの増殖は著しい。もう6台目くらいかしら。でまた、それらのプリウスが大体どれも似たようなボディー色(シルバーか白かシャンパンゴールド)なので、どれが誰のか、見分けがつかないという・・・。 ちなみに、なんでこんなに教授連の間でプリウスが流行るかというと、やっぱり一番の理由は圧倒的な燃費の良さです。教授会前、先生方が三々五々集まって車の話をしているので、ちょっと聞き耳を立てていると、たいていプリウスの燃費自慢だったりしますからね。先んじてプリウスを買った先生が、「いいよー、プリウス。あんまり燃費がいいもんだから、この前いつガソリンスタンド寄ったのか、忘れちまうよ」なんておっしゃっているのを、皆、熱心に聞いています。 今、ガソリン高いですからね。 ま、そんなこんなで我が兄貴分のK先生もプリウスを買われたわけですが、4月に買って車が届いたのが7月下旬ですよ。この車、世間的にもよほど売れているんでしょうな。 そんなわけで、先頃ようやくK先生のもとに待ちに待ったプリウスが届いたもので、私もちょっと「助手席試乗」させてもらいましたよ。 で、近未来の車、ハイブリッド車に初めて乗ってみたわけですけど、やっぱりちょっと驚きますね。軽いカルチャーショック。 まず発進からして面白いですもん。プリウスの場合、発進する時はモーターだけで駆動するので、まさに電気自動車です。電車が動き出す時のようなモーター音と共にスーッと動くのですが、エンジンの音と振動がないまま車が動くのって、何だか不思議な感じ。で、ある程度スピードが上がった段階で、エンジンが始動するのですけど、いつエンジン始動したか分からないほど滑らかにエンジン駆動に切り替わります。その切り替わりの滑らかさは驚くほどで、ハイブリッド車の技術で世界をリードするトヨタの技術力には脱帽です。 ま、強いて弱点を指摘するならば、ブレーキかなあ。プリウスはブレーキング時にエネルギーを電気として回収する回生ブレーキを採用しているのですが、こいつの制御が難しいのか、どうしても制動が急に立ち上がってしまう、いわゆる「カックン・ブレーキ」になりがちでしたね。その点、若干ながら慣れるまで運転に気を使うとK先生もおっしゃっていました。あと、空気抵抗係数を減らすためか、後部座席の頭上空間が少し犠牲になっているともおっしゃっていましたが、後部座席の広さ自体は、さほど問題がないとのこと。乗り心地も良かったですよ。多分、搭載している電池の重さが利いているのでしょう。 で、一番気になる燃費ですが、普通に走ればリッター17キロくらいだけれど、エコランに気を使えばリッター20キロも現実的な数字とのことで、事実、私が乗せてもらった時も、既に満タンにしてから300キロ走っていたのに、燃料計の針は一目盛ばかり減っているだけでしたね。満タンで1000キロくらいは軽く走るみたいですが、1000キロといったら平均的なドライバーの一月の走行距離ですよね。 私の愛車プジョー306はリッター7キロ(一般道)、しかもハイオク指定ですから、プリウスの3倍くらいガソリン代がかかるんだなあ・・・。うーん、プリウス、羨ましい・・・。ちょっと欲しいかも・・・。 いやいや、そんなことありませんよー。プリウスなんて燃費だけの車じゃ! 日本車でプジョー306のドライビング・プレジャーにかなう車がそうあるわけない! 多分・・・。 まったく、運転して楽しい車が欲しい一方、ハイテク装備の高燃費車も欲しいし、多人数で移動できるミニヴァンも欲しいし、四駆車も欲しい。あ、あとローテクのクラシック車も欲しい。なーんて、まったく車好きの欲望はきりがないものでございます。 ま、いずれにせよプジョー306は気に入っているので、あと数年は買い換えるつもりはありませんけど、買う買わないは別として、「次はどんな車を買おうか?」と考えるだけでも楽しいもの。私の車道楽は、なかなか止みそうもありません。今日も、いい日だ。
July 25, 2006
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先日テレビで放映していた『ハウルの動く城』。ビデオに録画しておいたので、今見ていたのですが、その感想を一言で言いますと・・・ 意味不明。 これ、どういう映画で、何が言いたいのか、さっぱり分かりませんでした。 時代背景として戦争やっているようですが、それがどういう種類の戦争で、何のためにやっているのか、よく分からないし。ソフィーと母・妹の関係もよく分からないし。ハウルと三輪明宏の関係もよく分からないし。ハウルとサリマンの関係も、よく分からないし。ハウルとカルシファーの関係もよく分からないし。 ハウルとソフィーの関係もよく分からないし。 動く城の仕組みも分からないし。 ソフィーが婆さんになったり、娘になったりするタイミングも分からないし。 最後、サリマンが急に戦争を止めさせようと思う理由も、全然分からないし。 もう、何が何だか・・・。 面白かったのは、動く城の動き方と、マルクル少年の「待たれよ」というセリフだけだったな。 この映画見て、どう話を理解し、どう感動すればいいのか、分かりませんでしたねえ。分かる方、居ます? 映像の断片だけはいかにも宮崎アニメだけど、ただそれだけ。それにしたって、もう飽きたな。 宮崎さんは、もう偉くなり過ぎて、「これ、分かりませんよ」って言ってあげる人が周囲にいなくなっちゃったんじゃないの? なーんて言ってみたりして。 ということで、私のこの映画に対する評価は・・・ 点数なし! 合否の埒外でした! 残念! 多分、先日のテレビ放映、見た方も多いと思うし、あるいは以前に見た、という方も多いと思いますが、正直なところ、どうでした、この映画? 面白かったですか? 私だけかなあ、分からないと言っているの? もし、あれはこういう話なんだよ、というふうに私を諭せる方、いらっしゃいましたら、ご教示下さーい!
July 24, 2006
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先程大相撲・名古屋場所が終わりました。幕の内最高優勝は朝青龍、14勝1敗。 今場所はまたまた下品な強さを発揮しての朝青龍の独走、そして中日あたりには千代大海と露鵬の場外乱闘なんかもあったりして、見どころの少ない場所ではあったのですが、千秋楽最後の一番だけは力の入った見事な大相撲となりました。今場所は、結局、これだけ見れば後は何も見なくてもよかったような感じ。 それにしても、いい相撲でしたね、朝青龍対白鵬戦。立ち会いは互角、しかしすぐに朝青龍が左から投げを打って白鵬の体勢を崩しにかかります。ところが白鵬もさるもの、すぐに建て直して左上手をがっちり掴み、とりあえず自分の力を発揮できる体勢に持ち込みます。その後、再三に亙って朝青龍が左から右から投げを打って揺さぶりをかけるものの、体躯に勝る白鵬はこれに耐え、逆に両まわしを引きつけ、腰を割りながら寄って出る白熱の大攻防。一度、寄る白鵬を朝青龍が吊り上げた時は勝負あったかと思われましたが、ここも白鵬は強烈な引きつけで凌ぎます。 そしてもう一度胸が合った時、今度は白鵬が腰を振って朝青龍の左上手を切る妙技を見せ、俄然有利な体勢に。この時は朝青龍がもう一度上手を掴んで事なきを得ましたが、この「上手切り」が勝負の分かれ目でしたね。このままがっぷり右四つに組んでいては体力的に不利と見たのでしょう、朝青龍が双差しを狙って捲き替えに行きます。判断としては決して間違いではなく、これが決まれば朝青龍の勝ちになったはず。朝青龍は捲き替えがうまいし、速いですからね。しかし、相手が捲き替えにきたらまわしを引きつけて寄る、というのが相撲の鉄則。その鉄則通りに白鵬が決死の寄りを見せ、これで見事朝青龍を寄り切りました。最後、朝青龍は捨て身のうっちゃりを見せましたが、白鵬の引きつけが強く、また真っ正面に寄りましたので、朝青龍としても左右どちらかに振ることが出来ず、きれいな「重ね餅」で土俵下に落ちて行きました。いや、勝った白鵬も見事、負けた朝青龍も見事、まさに千秋楽むすびの一番に叶う今場所最高の大相撲でした。 しかし、この相撲を見せられた直後、白鵬の横綱昇進見送り、というニュースが流れた時はちょっと仰天。ここ3場所、連続して13勝以上して優勝の行方にかかわり、先場所は優勝、今場所は優勝力士の横綱を充実した内容の相撲で倒して準優勝でしょう? 当然、横綱に推挙されてしかるべきと思いますけどねえ。誰もが「これに勝てば横綱」、という思いで朝青龍対白鵬戦を見ていたのに、それはないんじゃないの・・・。 ま、今回は残念でしたけど、これだけ安定して勝ち星を上げられるのですから、白鵬はいずれ横綱ですね。しかも、強い横綱になるでしょう。今日の相撲を見ても分かる通り、現在、自らのキャリアの中で最高の力を発揮していると思しき朝青龍を、これからさらに強くなるであろう若手の白鵬が倒すのですから、朝青龍にとって強力なライバルが出てきた、ということになりそうです。何と言っても、白鵬は体格に恵まれていますからね。「体重別」という発想がない大相撲では、体格的な問題はとてつもなく重要なんです。 しかし、考えてみれば、強い横綱が二人現れたとして、その両方ともモンゴル出身ということになるんだよなあ・・・。がっくり。昔はモンゴル出身の旭鷲山の相撲を「技のデパート・モンゴル支店」なんて呑気なことを言っていましたが、今や日本の大相撲自体が「モンゴル相撲・日本支店」になりそうな勢いだ。 ま、これは理屈ではないので、人からどう批判されようと、私の個人的な心情としてそうなんだから仕方がないのですが、私は外国人出身の力士ばかりの大相撲って、あんまり見たくないんですよ。格闘技が好きで、たまに相撲も見る、という程度の相撲ファンは、よく「外国人力士の何が悪い」とおっしゃいますが、筋金入りの大相撲ファンの私としては、外国人力士をどう応援すればいいのか、よく分からないんです。ほんと、分からない。もちろん、今日のむすびの一番みたいに、いい相撲を見せられれば手に汗握りますが、ただそれだけ。今はただ力士を見ずに、相撲だけ見ているわけですが、それはとてもつまらんことなんです。耐え難い。 ま、そんなことを言っても仕方ないか。早く日本人の強い横綱が出てくることを望みましょう。 しかし、これがねぇ・・・。候補者がいないんだ、一人も。 大関陣は皆、今場所も不甲斐なかったしなあ・・・。栃東は8連勝の後、怪我をして7連敗。千代大海もここのところずっと膝の状態が悪く、ようやく9勝ですか。腰に爆弾を抱えた魁皇も二桁の勝ち星がやっと。彼らの横綱昇進は、ないな。琴欧州は、怪我が治ればもう少し活躍すると思いますが、今場所は千秋楽にようやく勝ち越す体たらく。怪我の多い力士は、結局、上には上がれんです。 前頭では玉春日と玉乃島が二桁の勝ち星で気を吐きましたが、来場所、番付が上がれば、また大負けして番付を下げることでしょう。エレベーター力士ですからね、二人とも。玉乃島は、もう少し強くなると思ってたんだけどなあ。 あと豊真将が9勝ですか。彼はなかなか筋がいいと私は思っているのですが、ちょっと歳がいっているんですよね。彼がもう3歳か4歳若くてこの地位ならば、もっと期待するのですが。一方、私は稀勢の里を全然評価していません。彼は、せいぜい関脇止まりですな。強くなる力士は、早い時期からそういう相撲をとるものですが、稀勢の里の相撲はまるで十両のレベルの相撲だ。相撲に重みというか、格がない。 その他といえば・・・、把瑠都か・・・。幕内二場所目、上位と当たる地位まで来て9勝は大したもの。しかも大銀杏も結えない新入りが、対大関戦を注文相撲で勝って、睨まれてもケロッとしてますからね。いい根性してますよ。彼は、怪我さえなければ相当なところまで行くと思いますが、やっぱり外国人力士ですからね。私としては・・・。 ということで、今場所も、朝青龍と白鵬の強さばかりが目立った場所だった、ということになるでしょうか。やれやれ・・・。来場所はもう一度、白鵬の綱取り、雅山の大関復帰がかかる場所、ということになります。次は9月の秋場所ですから、夏休みも残り少なくなる頃。そう考えると、早く秋場所になって欲しいような、欲しくないような、というところですね。
July 23, 2006
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今日は土用の丑の日。だからというわけでもないのですが、毎年、東京から名古屋に遊びに来る私の両親を名古屋駅に見送る際、昼食に鰻のひつまぶしをご馳走するのがならいになっているので、今日は鰻を食べに行きました。 で、例年ですと、私は石川橋にある「とみた」という鰻屋さんに行くことにしています。小さなお店ですが、ここは名店中の名店で、最高のひつまぶしを食べることができます。前に一度、あまりにも混んでいたので、この店を断念し、やはり鰻の名店である熱田・蓬莱軒で食べたことがありますが、比べるとやはりとみたの方が遥かに上、でしたね。 しかし、今日はまさに土用の丑の日。多分、とみたに行っても、大混雑で店に入れないでしょう。それにあそこは駐車場が数台分しかないので、車を止めることすらできないのではないでしょうか。 ということで、今日は最初からとみたを諦め、名東区にある「うな昇」というところに行きました。ここは東名・名古屋インターのすぐ近くにある店なんですが、名古屋・栄にある鰻の名店「いば昇」からのれん分けしてもらったというお店で、地元では評判のいい店なんです。と言っても、私がここを訪れるのは、今回が初めて。 さて、とみたよりは大きなお店とはいえ、ここだって土用の丑の日ともなれば、たちまち人で一杯になってしまうだろうと思い、今日はいつもより早めに家を出て、11時15分頃にはもう店に着いてしまいました。しかし、その時間でも駐車場はほぼ一杯。私の車が最後に残っていた一台分を確保したのですが、私のすぐ後ろを走っていた車も、この店がお目当てだったらしく、私が車を駐車スペースに止めたのを恨めしげに見ていました。ギリギリセーフというところ。 で、店に入りますと、ほぼそのまま二階の座敷に上げられ、待つことしばし。出てきましたよ、ひつまぶしが! これこれ! やっぱり名古屋で鰻を食べるなら、普通の鰻丼や鰻重ではなく、ひつまぶしと行きたいところです。 で、うな昇のひつまぶし、味の評価はと言いますと・・・ 合格! ですが、とみたのひつまぶしと比べると、とみたの勝ち! うな昇も鰻の焼き加減はいいんです。皮はカリッと、身はふっくらですから。それからタレの味も甘過ぎずにちょうどいいくらい。しかし、全体としてすこーし薄味なんですよね。掛かっているタレの量も若干少ないようですし。ですから、最後の〆で鰻に出汁をかけ、茶漬けにして食べる時、ちょっとだけ物足りない。そこがね・・・。また値段的にも、とみたの方が安く、うな昇の方が高いのもマイナス要因かな。でも、うな昇の鰻だって、もちろんうまいことはうまいですよ。今度はひつまぶしではなく、鰻丼を食べに来ようかな。この店は、むしろその方がいいかも知れません。鰻丼はリーズナブルな値段でしたしね。ひつまぶしの方は、やっぱり「とみた」で食べることにしましょう。 ということで、無事、今年の夏も両親に名古屋のうまい鰻を食べさせることができました。親孝行できてよかった、よかった。何かと準備をしてくれた家内にも、感謝、感謝でございます。 さて、このところ遊びの報告ばかりでしたが、明日からは大学の方も試験週間に入ります。ここを乗り切れば、ようやく夏休みですから、後一週間、仕事の方も頑張ります。それでは、また!
July 23, 2006
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今日は両親と家内を連れて、岐阜県の大垣というところまでドライブに行って来ました。ま、芭蕉の『奥の細道』の結びの地ですから、例の「蛤のふたみに別行秋そ」の句碑でも見て来ようかということで。 名古屋インターから名神に乗れば、大垣なんて30分で着いちまいます。で、大垣上の脇の駐車場に車を止め、まずは大垣城から見始めます。で、へえ~っと思ったんですけど、たまたま今は市町村合併記念で、大垣にあるたいていの文化施設の入場料がタダなんですよね。ですからお城の入場料もタダ。ラッキー! ま、もちろん、天守閣だけのお城ですから大したことはないんですが、それでも関が原の戦いが行われていた頃の軍事的な戦略(布陣など)のパネル解説があって、それなりに面白かったです。 で、この辺でお昼の時間になったので、近所で食事ができそうなところを探したのですが、まあ、これが何にもない。なーんも、ない。もちろん食べ物屋さんがまったくないわけではありませんが、入ってもいいかなと思えるようなところは皆無。うーん、まいったなあ。 で、とにかく食べ物屋さんを探しているうちに、守屋多々志さんという画家(文化勲章ももらっているそうな)の美術館の前に来てしまったので、とりあえずお昼ご飯の前にここを一応見ていこうということになりました。ま、実は私は前にこの美術館を一度訪れていて、守屋さんという方があまり私の好みの画家ではないことは知っていたのですが、一応両親に見せるということで再訪したわけですよ。 でも、やっぱり、あんまり好きじゃないな! 今日は入館料がタダだったからいいですけど、お金を払ってまで見るほどのところではないですね、私にとっては。 で、守屋美術館を出たらもう1時過ぎ。もはや選り好みしている余裕はないな、ということになり、とりあえず入ったのが大垣郵便局のすぐ近くにあった蕎麦の店・酒井亭。ここ、「にしん蕎麦」が売り物ということでしたので、それを注文して食べましたけど、まあまあ、というところかな。まずい店じゃないですよ。それなり、ですね。 さて、ようやくお腹が一杯になったところで、次に我らが向かったのは、いよいよ今日の本命、「奥の細道、結びの地」の句碑、および、その近くにある「住吉灯台」です。大垣というのは「水の町」でありまして、水路による水上交通が盛んなところだったので、大垣みたいな内陸にも灯台があったんですな。その昔、芭蕉もここから舟で桑名へ下ったのですって。 で、句碑の方は、やっぱり単なる句碑でして、良いも悪いもないんですけど、住吉灯台の方は、これはなかなか趣がありましたね。いわゆる「絵になる風景」ってんですか? 桜並木に囲まれた水路があって、渋い舟なんかが係留されていたりして、その脇に大昔の古い灯台なんかが立っているわけですから、絵葉書みたいな風景です。ということで、当然、ここでパチパチと写真を撮って大満足、というわけでございます。私もそういうところは俗っぽいもので。 しかし、大垣というのは蚊の多いところですなあ! 水路のせいか? とにかく、ちょっとそのあたりを散策しただけで、蚊に刺される、刺される・・・。近くに「奥の細道むすびの地記念館」という大したことのない記念館があったので、そこにもチラッと立ち寄りましたけど、この記念館の中ですら何度刺されたことか。夏場大垣に行かれる方は、ぜひ虫刺されの薬をご持参下さい。 ところで、大垣という町は「奥の細道」むすびの地ってんで、やけに俳句に熱を入れている町で、町のあちこちに芭蕉の句碑が立っているんです。しかし、芭蕉がこの地で詠んだ句ではないものまでやたらに句碑を立てているので、そういうのはまったく有り難みがない。せっかくの「蛤」の句の句碑の価値を下げるようなことを、なんでやるんでしょうかねえ。ま、他に町興しのネタがないんでしょうけど、日本のどの地方も血税使ってアホなことをするものでございます。 さて、この辺で時間も4時頃となり、そろそろコーヒーでも飲みたくなってくる頃です。ということで、我々が入ったのが、大垣の藩主だった戸田氏の業績を顕彰するために建てられた「郷土館」という施設のすぐお隣にある「珈琲倶楽部」という喫茶店。 ま、今日大垣で見た食べ物関係のお店の中で、最良のものだったのが、この「珈琲倶楽部」でしょう。ここはなかなかのもんでしたねえ。店構えもいいし、中の雰囲気もいい。そして使っているコーヒーカップもほとんどがウェッジウッド、しかも種類が豊富で、壁一面に並べられたカップを見ているだけでも楽しい。コーヒーもおいしかったですし、レアチーズケーキやハムチーズ・トーストもおいしかった。ここは文句なしに、教授のおすすめ!です。大垣に行くことがあったら、ぜひ一度、「郷土館」の隣の「珈琲倶楽部」へお立ち寄り下さい! で、コーヒーとおやつを堪能した我々は、ついでに(失敬!)郷土館も見ました。渋いビデオがあり、地元の郷土史家の方が大垣藩主・戸田氏の話をしていて、それはそれなりに面白かったのですが、時間が4時半を回ってしまい、ビデオの途中で追い出されてしまいましたー。でも、私の父は学生時代、戸田氏の末裔、戸田伯爵の血を引く方に数学と物理を習ったことがあるということで、懐かしかったようです。 ちなみに、今日私が見聞きしたところによると、戸田氏というのは代々徳川家に忠誠を立て、そうやって戦国の世をうまいこと乗り切った藩主だったみたいですが、割と代々頭の切れる人材を出した家柄なんですね。父が数学を習ったという戸田先生も、上品な顔つきをした東大出の切れ者だったようですが、末代までそういう人を出したのですから、なかなかのものですよね。今も末裔の方が東京にいらっしゃるようですけど、その方たちはどうなんでしょうか。 ・・・アレ? そういえば私の中学時代、常に成績トップの座を私と争っていた戸田美紀さんという女の子がいたなぁ。勉強ができるだけでなく、とても感じのいい子で、私は好きだったんですが、まさか、あの子も戸田藩主の末裔・・・。 そんなこたぁねえか。 さて、この郷土館を見たところで、今日の大垣ドライブは終了ー。ま、予想通り何にもないところでしたけど、知らない土地というのは、知らない土地であるというだけで、それなりに面白いものですからね。東京から名古屋に遊びに来ている私の両親も、楽しんでくれたみたいだし。 ま、これで二泊三日の両親の名古屋滞在も終わります。明日は名古屋駅に見送りがてら、鰻のひつまぶしを食べさせてあげようと思っているのですが、生憎明日は土用の丑の日ですよね・・・。鰻屋さんはどこも満杯かなあ。 運良く鰻を食べられたかどうか、また明日にでも報告しますわ。え? そんなこと興味ない、ですって? そんなこと言わないで・・・。
July 22, 2006
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なんだかこう書くと毎日遊んでいるようで気が引けるんですけど、今日は名古屋郊外、知多半島の先の美浜というところにある杉本健吉画伯の美術館に行って来ました。と、言いますのも、毎年この時期に東京から私の両親が名古屋に遊びに来るので、初日は名古屋駅に迎えに行きがてら、どこかの美術館に立ち寄る、というのが恒例になっているんです。 ちなみに「杉本美術館」というのは、知多半島のかなり突端の方にあって、名古屋からは少し距離があるんですけど、今、この美術館では「生誕百年 杉本健吉記念展 海外スケッチ」という展覧会をやっていて、これがなかなか面白そうだったもので、ね。 ところで杉本健吉さんというと、吉川英治氏の『新・平家物語』の挿絵や弘法大師ゆかりの曼陀羅で名高く、私もその印象が強いのですけど、その杉本画伯、割とお歳を召してから毎年のように海外へスケッチ旅行に出かけていらしたのだそうで、今回の展覧会では、その時期の海外スケッチが20点ほど展示してあるんです。ですからいつもの展示より、ちょっと洋モノっぽい絵が並んでいるわけ。 で、実際に見てみると、これがなかなかいいんです。やっぱり、基本的に絵のうまい人は何を描かせてもうまいですなあ。私の趣味から言えば、むしろ平家物語の挿絵的なものより、こういう洋モノの方が親しみが湧くというところもありますし。ま、もちろん、この特別展の他に、常設展みたいな形で「平家物語」のシリーズなども置いてありますし、また杉本さんの子供の頃の油絵(これがまたとても小学生の描いた絵とは思えないような出来!)などの展示もあったりして、全体としてかなり見応えがあります。 また、もう一つ私が特に感銘を受けたのは、杉本さんが昭和29年から98歳で没するまで書き続けたという「絵日記」です。全部で213冊ある絵日記のうち、展示されているのはごくわずかですが、それでも「こんな絵を毎日書き続けたのか!」と思うようなものばかり。いわば、杉本画伯の「絵のブログ」みたいなものですけど、いや、やっぱり杉本さんというのは、凄いレベルの人ですよ。 それから、これもぜひ言っておきたいのですが、杉本美術館の「美術館」としての魅力は、「新館からの眺め」にもあります。というのも、新館の一室の眺望が抜群に良いんです。部屋一面のガラス窓から鬱蒼とした森と、その森に囲まれた沼が見え、さらに遠景として三河湾の海が見えるんですから、もう最高。思わず、「ああ、絶景!」と思いますよ。 さて、そんなこんなで一通り展示を楽しんだ後、美術館の人が気を利かせて杉本画伯の生涯をまとめたビデオを見せて下さったのですが、これがまたなかなかよくまとまったビデオで、杉本さんの生涯がよく分かるようになっているので、必見です。で、これを見てよく分かりましたけど、杉本さんってのは、ほんとに絵を描いたり、オブジェを作ったりするのが好きな人だったんですなあ。あれだけ楽しんで一生懸命に作品を作って、それを死の直前まで続けられたのですから、いい生涯だったと言えるでしょう。それに、このビデオを見ると、杉本さんという人がとても真摯な画家である反面、とてもお茶目なところのある人だったんだろうな、ということがよく分かる。ご自身の畢生の大作である「曼陀羅」に、こっそり可愛い自画像を書き込んでいたりするところなど、茶目っ気がなければできませんよ。 ということで、今日は両親と共に杉本美術館を堪能してしまいましたけど、とても気持ちのいい展覧会ですので、教授のおすすめ!です。お近くの方はぜひお出かけ下さい。「海外スケッチ展」は、9月19日までやっていますよ。 あ、そうそう、それからもう一つ、今回の杉本さんの作品の展示を見て感心したことがありました。 杉本さんがまだお若い頃だと思いますが、挿絵画家として名前が売れ出した頃、作家の志賀直哉氏から論評を受けたことがあったんですね。で、その中で志賀氏は、「杉本さんは絵描きとしていい腕をしているから、売れるのは当然であるし、また喜ばしい。しかし、自分としては杉本さんにはもっと上を目指してほしいと思っている。杉本さんの絵は、現在のところとても分かり易い絵ではあるが、分かりやす過ぎるところがある。だから今のままで慢心してしまったら、そのまま通俗画家になってしまうだろう。それは杉本さんのために良くない」というような趣旨のことを書いている。つまり、かなり辛口の厳しい論評だったんですね。 で、杉本さんは、その厳しい論評を受けてどうしたかというと、なんとその志賀氏の論評の元原稿を額に入れ、それを部屋に飾って、自らの慢心を防いだというのです。 偉い人がいて、その人の言うことに耳を傾けたもう一人の偉い人がいた。そういうことなんじゃないでしょうか。なかなかいい話でしょ? 私も、人の批判を真摯に受け入れるだけの、度量のある人間になりたいものです。いい勉強になりました。
July 21, 2006
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さてさて、八ヶ岳ツアー報告の続きですが、あいにく2日目も朝から大雨。しかし、そんなことにはめげず、オテル・ドゥ・八ヶ岳テラスでおいしい朝食をとった後、我ら3組の夫婦が向かったのは「ウィークエンドギャラリー・夢宇谷(ムウ)」。甲斐小泉と甲斐大泉のちょうど中間あたりにある陶器や古民具(タンスなど)、あるいは布や服の展示即売ギャラリーです。 私は、ここを訪れるのは初めてなのですが、これがまたなかなか見応えのあるギャラリーでして。古民家を2、3軒くっつけて改装したと思しきギャラリーは広さも作品の量も十分。しかも緑溢れる庭を見下ろす回廊があったり、あちこちに階段の上がり下がりがあったりして、建物自体にも趣があります。で、展示してあるものも趣味がよく、私のような陶器の器が好きな人間からすると、ちょっと欲しいなと思わされる作品が沢山ありました。ま、いいなと思うものは3万円程度の値がついていることが多く、ほいほい買うわけには行きませんが、それでもちょっと財布に余裕のある時だったら買っちゃうかな、と思わされるような作品がそこかしこにあるような陶器の店なんて、そうはないですからね。結局、私たちは小さな一輪挿しを一つ買うに止めましたが、このお店、おすすめ!ですよー。 さて、ここで1時間ほど楽しんだ後、次に向かったのは、「ギャラリー折々」。以前このブログでもご紹介した日本で唯一人(?)の段ボール・アーティスト、本杉琉さんの作品を置いているギャラリーです。「段ボール・アート」なんていうと、「何だそりゃ?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、段ボールという身近な素材を巧みに使った絵画、あるいはオブジェ作品は、思いの外洒落たものでありまして、実際に目にすると「おお! そう来たか!」と感じられるはず。最近美術関係者の間でも評価が上がっているのだそうです。 でまた、この本杉さんという方が、実にいい人なんだ。ほんとに素朴で、ユーモアがあって、優しい人。私は既に何度かお目に掛かっていますが、その度に自然と親交が深まっていくような気がします。 ところでこのギャラリー折々にはカフェが併設されていて、そこで昼食もとることが出来ます。というか本杉さんのお人柄に惹かれてこのギャラリーに入り浸っているうちに、何となくスタッフになってしまった方が2、3おられて、そういう方たちが土曜日と日曜日の昼に「カフェ飯」を出しているんですね。それを言ったら、もともと本杉さんだってこのギャラリーの経営に携わっていらっしゃるわけではないのですが、やはり常設展のアーティストとして常駐しているうちに、自然とカフェの方もお手伝いするようになってしまったらしく、最近、本杉さん考案による「レモンカレー」というのを出し始めたんですな。でまたこれが地元でも評判になっているというので、今回私たちもそのレモンカレーなるものを食べにここに寄ったというわけ。 で、実際に食べて見ましたよ、そのレモンカレー。そしたら、これがたしかにうまいんだ! 基本は唐辛子の利いたトマト入りチキンカレーなんですが、そこにレモンの実がたっぷり入っているらしく、時々ふとレモンの風味が感じられ、それが何とも爽やかなんです。カレーにレモンの組み合わせが、これほど合うとは意外でしたね。味からするとライスも合いそうですが、今回はこれまた本杉さん考案の「ナンともいえないナン」が添えられていて、これもおいしかったです。これにカレーの辛さを和らげる甘いトマトのサラダとコーヒーつきで1000円は安い! 小淵沢に行ったら、ぜひ「折々」のレモンカレーを食べて下さい。そうそう、それから「折々」では現在、「森のビアテラス おりおり」というイベントを行っています。夏の間、金曜日と土曜日の午後6時から10時まで、牛すじの煮込みやニジマスの燻製、ポテトコロッケなどをビールやワインと一緒にいただくというものなんですが、なかなか楽しそうです。ぜひ遊びに行ってみて下さい。イベントの案内! ↓森のビアテラス おりおり「ギャラリー折々」のHPはこちら! ↓ギャラリー・カフェ ゆったり空間 折々 さて、本杉さんに別れを告げ、「ギャラリー折々」を後にした我々が次に向かったのは、「トラックス」という、これまた一種のギャラリー。ここは廃園になった幼稚園の校舎を利用したギャラリーで、絵画・オブジェ作品の他に家具(椅子など)も売っています。また日本でも珍しいハンモックの専門店でもあって、本格的なハンモックも売っているんです。 ハンモック。私は子供の頃に憧れただけで、今まで縁がありませんでしたが、今回初めて試しに寝てみてびっくり。案外安定していて、とてもリラックスできるものですよ。ちなみに普通我々が頭に描くハンモックの寝方、あれは間違いなんだそうで、本式のハンモックというのは、吊ってあるハンモックの両支点を結ぶ線に対して水平にではなく、垂直に寝るものなのだそうです。私も初めて知りましたけどね。でまた、本格的なハンモックといえども案外安いもので、2万円もしないんです。一種のベッドと考えれば安いですよね。 さて、トラックスの後もまだまだ我々の行脚は続きます。次はジャムの店「とりはた」へ。ジャムというと、私は軽井沢のジャムを思い出しますが、小淵沢にもいいジャムの店があるんです。ここ「とりはた」では、十数種もあるジャムをすべて試食させてくれますが、それらを試食した結果、私は「ルバーブ」のジャムと「ラム苺」のジャムを買いました。家に帰ってから実際に食べましたけど、ルバーブ・ジャムのおいしさもさることながら、「ラム苺」のジャム、こいつが絶品でしたねえ。「とりはた」のラム苺ジャム、教授のおすすめ!です。 そしてジャムの次は、アーティストのお宅訪問。小淵沢にお住まいの画家で高木恵美子さんとおっしゃる方がいらっしゃるのですが、高木さんはアトリエを「オープン・アトリエ」として開放されているんですね。ま、高木さんがお宅にいらっしゃる時だけ、なんですけど。で、たまたま我々が遊びに行った時は高木さんがご在宅でしたので、うまいことアトリエにお邪魔することが出来たという次第。 ま、ご自宅のアトリエを開放していらっしゃるくらいですから、高木さんというのはとても気さくな方で、急に訪れた我々一行を暖かく歓迎して下さり、コーヒーまでご馳走になってしまいました。たまたま現在、大分県日田市にある「ギャラリー淡窓」というところで展覧会をしたばかりで、作品の多くがそちらに行ってしまっていたようですが、アトリエにあった油絵やペン画(+水彩)は皆、とてもいい感じの絵ばかりでした。印象派風の絵ですから、見れば多くの方が「あ、いいな」と思われるのではないでしょうか。 で、お話を伺うと、高木さん、もともと東京にお住まいの方で、ご主人は今もそちらにいらっしゃるのですが、高木さんは1年のうち半分くらいを小淵沢のアトリエの方にお住まいとのこと。もちろん、ご主人も定年を迎えられたら東京のご自宅を引き払って小淵沢に永住されるおつもりなのだとか。高木さん、ニコニコしながら「東京と小淵沢の二重生活ですから、暮らしは大変ですけど、楽しいですよ」とおっしゃっていました。アトリエには広い庭がありますので、そこでガーデニングをなさったり、野菜を作られたりもしているようで、そうした作業も絵を描くのと同じく、楽しいとおっしゃっていました。うーん、羨ましいなあ。 とまあ、そんな感じで高木さんと楽しくおしゃべりをさせていただいたところで、今回の八ヶ岳ツアーの旅程はほぼ終了ー。帰りにカントリー・キッチンというお店で夕食をとり、7時頃小淵沢インターへ。名古屋に着いたのは10時過ぎでした。 さてさて、ツラツラと綴ってきた今回の八ヶ岳ツアー。一泊二日の小旅行でしたけど、その割に充実した週末となりました。今回のツアーでは、東京や名古屋といった都市部からこの地に移り住んでいらした何人もの方たちとお話しすることができましたが、その都度感じるのは、皆さん、とても上品で、知的で、穏やかな感じの方ばかりだなぁ、ということです。しかも、初めてお会いするのに、全然そういう感じがしない方ばかり。そういう方たちがここに沢山いらっしゃるんだ、と思うと、何だかますます小淵沢という土地に惹かれてしまいましたネ。 果たして、私がここに移り住むことができるような日が来るのでしょうか。無論、それは私と家内の決断一つなわけですが・・・。 ま、それはこの先のお楽しみということにいたしましょう。それでは、長々と綴ってきた八ヶ岳ツアー報告はこの辺でおしまいです。皆さん、お退屈さまでした。お休みなさーい!
July 20, 2006
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さて、昨日の続きでございます。 ログハウスでの昼食をご馳走になったK先生ご夫妻に別れを告げた私たち3組の夫婦は、次に「カナディアン・ファーム」の見学にと向かいました。ここは先日このブログでもご紹介した『廃材王国』というご本を書かれた「ハセヤン」こと長谷川豊さんが経営している一種のロハスなコミューンです。 ま、私は事前に『廃材王国』を読んでいたので、カナディアン・ファームが大体どんなところか、おおよその見当はついていたのですが、実際、ハセヤンが廃材で作った数々の建物の現物を目の当たりにすると、「おお! これか!」という感慨があります。 その感慨とは、「確かにいい加減に作ってあるな、どの建物も!」という感じです。 丸太にしてない巨木をそのまま柱に使っていたり、ひん曲がった木の枝をそのまま屋根の梁に使っていたり。板で葺いた屋根もひん曲がった梁に合わせて、見事に波打っています。そして鳥が落としていった種から芽吹いたのか、建物の屋根には茫々と雑草が生い茂っているという・・・。 ま、「家」というより、人間が作った「巣」という感じですね。ですから、こういうところに住むのが耐えられないという人もいるでしょうが、人によっては「こんなんで人が暮らしていけるのなら、それはそれでいいじゃん」と感じる人もいるでしょう。え? 私ですか? ンー、その中間、やや「いいじゃん」寄りってところでしょうか。 でもこういうところだけに、カナディアン・ファームの人は親切でしたよ。「よくいらっしゃいました! 好きなように見ていって下さい!」ってな感じでね。で、そのお言葉に甘えてあちこち見学させていただきましたけど、やっぱり見れば見るほど「巣」ですな。生きている立木をそのまま柱に使った「樹上の小屋」なんてのもありましたけど、まるで子供時代に憧れた秘密基地のようです。またファームの中には土産物店やカフェもあって、ファームのど真ん中にどっしりと据えられた巨大な石釜で焼いたパンとか、サーモンの燻製なんてのも食べさせてくれるようです。それから、ファームに宿泊することもできるようで、宿泊しながら家造り体験をはじめ、様々な体験をさせてくれるようですので、子供をこういうところに連れてきて何か手作業をさせる、なんてのも、子供にとってはいい勉強になるかも知れません。 で、一通りファームを見学したあたりで、ここの主である「ハセヤン」め~っけ! そりゃ、すぐ見つかりますよ。だって「はせやん」と文字の入った青いTシャツ着てるんだもの。で、そのハセヤンですが、『廃材王国』に掲載されていた著者近影より、実物はもっといい男でした。その髭面はちょっと日本人離れしていて、カナダ辺りの山男という感じ。 で、ハセヤン自身もすごくフレンドリーな人で、建物の脇の方で何か作業をなさっていたようですが、我々が近づくと笑顔で「ようこそ! 廃材で建てた家とか、興味ありますか?」なんて言ってくれました。私が、「『廃材王国』読みましたよ」なんて言ったら、ニコニコしながら「いや~!」と照れてましたけど。で、さらにお話を伺うと、近々テレビに出演なさるのだとか。テレビ東京系の『TVチャンピオン』という番組で、「廃材王決定戦」に出るんですって。放送日は8月3日だそうですから、こいつはぜひ見ないといけませんね。 しかし、残念ながらここでタイムアップ。もう少し時間があればハセヤンにもっとお話を伺いたかったのですが、それはいずれまた別な機会にということにして、我々一行はハセヤンに見送られながらカナディアン・ファームを後にし、今日の宿となる「オテル・ドゥ・八ヶ岳テラス」に向かいました。原村のペンション・ヴィレッジの一角にある、比較的新しいペンション、というか、プチ・ホテルです。 で、こういうところは食事が楽しみなわけですが、夕食、おいしかったですよ。鴨肉の燻製・バルサミコソースの前菜、岩塩をうまく使った高原野菜のサラダ、カボチャの冷製スープ、白身魚のフライ・ほうれん草ソース、鶏肉のハーブソテー、そしてデザートはアイスクリームにセロリのソルベというところ。お腹も一杯です。 で、それぞれ職業の違う3組の夫婦が一緒に食事をしているわけですから、食事中、様々な話題が出て、楽しい会話が続きましたが、中でも中心をなしたのは、中国の話題。というのも、ギャラリーを経営されているMさんのご主人が現在、中国の「シンセン」にある会社に単身赴任でお勤めだからです。 しかし、シンセンというのは、なかなか恐ろしいところなのだそうで・・・。 とにかく治安が悪いんだそうですね。Mさんがお住まいの社宅も、常にガードマンが警戒に当たっていて、例えば夜など、社宅の住民が50メートル先のコンビニに行くのにも、警護のためにガードマンがつくのだとか。その他、夜であれ昼であれ、会社がオーダーしたタクシー以外はタクシーに乗ってはいけない、バスに乗ってもいけない、男でも一人で街を歩いてはいけない・・・、と「いけない」ことだらけなんだそうで。実際、一人で街を歩こうものなら、たちまち数人の中国人に取り囲まれ、バンに乗せられて拉致され、人気のないところで身ぐるみはがされ、現金とキャッシュカードを奪われ、正確な暗証番号を言うまで殴られるらしいですよ。殺されはしないようですが。 また強盗にあっても、下手にこちらが反撃しようものなら、裁判で必ず日本人側が負け、暴力行為があったものとして犯罪者にさせられてしまうので、無抵抗を貫くしかないのだそうです。それほど中国の反日感情は強いらしい・・・。 ですから、シンセンで安心できるのは、実質、日系高級ストアの「ジャスコ」の中だけなんですって。ここは一般の中国人がモノを買えるような場所ではないので、ね。しかし、その周辺では金持ちの日本人を狙うギャングが隙を狙っているので、ジャスコを一歩出たら、もうそこは危険地帯そのものなのだとか。 結局、貧富の差が極端に大きいというのが、現在の中国の一番の問題点なんですな。現金でベンツを買ってしまう上流階級の中国人がいる一方、田舎の方では貧しさも厳しく、その結果、中国というのは、田舎へ行くほど犯罪率が高くなる世界でも希有な国なんですって。ロシアと同様、中国においても共産主義は幻想に過ぎなかったようで・・・。 それでいて全体主義的管理体制は依然として続いているので、Mさんのお勤めの会社でも常にインターネットが中国政府によって監視されていて、少しでも中国の悪口を書き込んだりすると、途端にその周辺の地域全般のインターネットがダウンしてしまうのですって。インターネットがそんなふうですから、もちろん電話は常に盗聴されているらしい。コミュニケーションのツールはすべて、非常に危険なモノになっているわけです。 ま、その他色々聞きましたが、中国というところは、とても私には住めない所ですな・・・。Mさんは、そんなことをあれこれ体験しつつも、割と平然と中国での勤務をこなしていらっしゃるのだから、大したものなんですが。 とまあ、そんな感じで仰天の中国レポートなどを伺いつつ、八ヶ岳の夜は更けたのでございます。 さて、大分長くなりましたので、今日はこの辺でおしまいということにしましょう。明日は八ヶ岳ツアー・第2日目の報告をすることにいたします。それではまた明日もお楽しみに!
July 19, 2006
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私の家のご近所でギャラリーを経営されている友人のMご夫妻にお誘いを受け、私たち夫婦の他にもう一組のご夫妻とともに、一昨日・昨日と八ヶ岳に遊びに行きました。 初日の日曜日は午前10時頃に名古屋を出発し、中央道を使って一路小淵沢を目指しました。名古屋から小淵沢までは250キロ程ですから、まあ2時間半もあれば到着するかなと思いきや、途中、事故渋滞にはまって予定より一時間遅れ、午後1時半に小淵沢インターに到着。そしてここから少し長野県の方に戻る形で「富士見」へ向かいました。というのも、以前このブログでもご紹介した知人のKさんが、ここにログハウスの別荘をお持ちで、今回もこちらにお邪魔し、お昼をご馳走になることになっていたんです。 さて、Kさんのログハウスに伺うと、もうすっかり昼食の準備が整っていました。今日のメインは手作りのベーコン! 実は今日の朝から別荘のお庭の燻製機で、大きな豚肉の固まりを燻製にして下さっていたんです。いやー、桜のチップで燻した自家製ベーコンのうまいこと!! まだほんのり暖かいベーコンをステーキのように大きく切って皿に盛り、これにマスタードをつけて食べさせていただいたのですが、こんなうまいベーコンは初めて食べました。塩加減もちょうど良くってね。作り方をお尋ねしましたが、2日ほど前から塩とハーブにつけ込む手間は必要ですが、後は燻製機に放り込んで数時間燻すだけで、程良く焼き上がるのだとか。これぞ別荘ライフの醍醐味ですね。そしてベーコンの付け合わせとしてズッキーニなどの焼き野菜、新鮮な高原野菜のサラダ2種、そして地元で採れる花豆の甘煮も出していただいたのですが、どれもおいしかった! ついついワインも進んでしまいます。 ところで、前回、ちらっとお訪ねした時も少しだけお目に掛かったKさんのご主人ですが、今回はご一緒に食事をしながら、沢山お話を伺うことができました。この方は60代後半くらいのお歳で、今は名古屋の大学で物理学の教授をしておられます。 で、そのご主人・K先生のお話というのがまた面白いんです。K先生のお父上様というのは満鉄のエンジニアだったのだそうで、そのためK先生ご自身もハルピンでお生まれになったのですが、やがて戦争が始まり、日本が敗け、ご一家は戦後7年間ほどソ連に抑留されてしまったというのですね。ですからK先生は小学校・中学校とロシアの学校で、それも帝政ロシア時代の貴族の末裔の通う白系ロシア人の学校で初等・中等教育を受けられたというのです。ですから今でも完璧にロシア語を話すことが出来、特に本を読む時はロシア語の方が楽なのだそうです。ちなみにK先生には妹さんがいらっしゃり、今でもロシア語通訳として活躍中とのこと。先日亡くなられた米原万里さんもお知り合いだったそうです。 で、K先生がその温顔をにこにこさせながら「ソ連抑留時代に使った教科書、ご覧になりますか?」とおっしゃって下さったので、お言葉に甘えて見せていただきましたけど、凄かったですよ。ソ連の中学校の地理の教科書。何が凄いって、印刷のレベルが凄い。私も専門の関係上、同時代の英米の印刷物を見慣れていますけど、それと比べても何の遜色もないどころか、図版や写真の印刷レベルはそれ以上と言っていい。しかも印刷用の紙の質がきわめて上等で、戦争直後の時代にこれだけの質の紙がソ連にあったなんて嘘みたい。さすが白系ロシアの貴族の末裔が通う学校だけのことはあります。 ま、それだけ当時のロシアは、特権階級と民衆の生活レベルの差が圧倒的だったのでしょうね。 しかし、じゃあ今のロシアはどうかというと、ソビエト時代が終わって民主主義が一応行き渡ったロシア連邦で、桁違いの資産を持って特権階級として君臨しているのは、ソビエト時代の共産党の幹部連なんですと。 実際、ロシア革命というのは100年の時間をかけた壮大な陰謀であって、共産主義なんて理想は嘘っぱちもいいところ、最初から100年間のプランで特権階級の交代が行われたんだ、という説もあるんだそうです。「共産主義」という人類の大実験は、実は民衆をたぶらかす口実に過ぎなかったのであって、それはソビエト連邦の崩壊によって失敗に終わったのではなくて、プラン通りに進んで今日に至っているのだ、というわけ。 ひゃー! 恐るべしレーニン! ま、それはともかく、そんな面白いお話を穏やかな笑顔で聞かせて下さるK先生の魅力が素晴らしかったですよ。またお父上様の勤めていらした満鉄についても少しお話を伺いましたが、満鉄というのも面白い企業組織だったのだそうですね。組織内に右翼の人材も左翼の人材も居て、しかもそれを組織として許容するような、懐の深いベンチャー企業だったらしい。私は満鉄のことなんか全然知識がありませんけど、ちょっと調べてみたくなりましたねえ。 で、そんな風で思春期の頃までロシアで育ったK先生は、昭和20年代末にようやく日本に帰ってきて、随分と苦労なさった挙げ句、今は大学で物理の教鞭を執られ、奥様は木の皮や蔓を使ってオリジナルの籠を作るアーティストとしてお仕事をなさっているというわけ。お二人は1年のうち夏冬の休みと週末、あわせて3分の1ほどの期間はこの別荘で過ごされるのだそうです。K先生に「こちらでもお仕事をされるのですか?」と尋ねたところ、「いやー、仕事はしません。仕事は名古屋で十分していますから」と、ニコニコしながらおっしゃっておられました。ま、八ヶ岳のご自宅にある自作の椅子や木工細工などを見ると、なるほど先生がこちらでどのように時間を過ごされているのか、何となく分かるような気がします。 そしてK先生ご夫妻のログハウスの素敵なこと! スウェーデンから輸入して作られたログハウスとのことでしたが、長年使われたこの別荘には生活感があるにもかかわらず、それが決して生活「臭」にはなっておらず、むしろ居心地の良さにつながっているんです。またリビングにつながった広いテラスの気持ちのいいこと! 当日は雨が降っていたので、テラスで食事をすることは出来ませんでしたが、ここで朝食とかお昼、あるいは午後のお茶なんかとったら、さぞいい気分だろうなとつくづく思いました。 あー、いいな! やっぱり、こういうところに住みたい! K先生ご夫妻みたいな暮らしがしたい! ・・・とすっかり憧れムードになった私たち夫婦、及び友人ご夫妻二組は、楽しいひとときの後、K先生ご夫妻に別れを告げ、次の目的地である「カナディアン・ファーム」に向かいました。先日、このブログでもご紹介した、廃材で25軒も家を建ててしまった「ハセヤン」こと長谷川豊さんの経営するファームです。 ・・・が、もう随分長くなってしまいましたので、この続きはまた明日、ということにしましょうか。それでは、私の八ヶ岳ツアー報告は明日に続きます!
July 18, 2006
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先程、八ヶ岳から名古屋に戻ってきました。いやー、結局、二日間とも雨に祟られてしまって・・・。特に帰路は雨の夜の中央道ですから、結構、疲れました。中央道は東名と比べてアップダウンが多く、カーブが多く、しかも夜は暗く、さらに道路の舗装のレベルが断然低いんですもん。 それはともかく、涼しかったですよ、八ヶ岳は! 夜なんか、とても半袖ではいられないほど。やはり、ああいうところでこそ「避暑」が実現するんですなあ。いやー、楽しかった! で、この二日間、どんな感じで過ごしたかにつきましては、なるべく早く詳細なレポートをしますので、乞うご期待! それでは、今日はお休みなさーい!
July 17, 2006
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このブログでも再三話題にするように、私、ひょっとして職業選択の道を誤ったかと思うほどの建築好きで、家についての本を何かしらいつも読んでいるような気がするのですが、つい最近も中村好文さんの『普段着の住宅術』(王国社・1800円)という本を読んでしまいました。 この本を読んでまず私が共感するのは、中村さんが「小屋」というものがとてもお好きだ、ということです。たとえば木の上に小屋を造って遊ぶ、なんてことが大好き、とおっしゃるんですね。そのせいか、「家」というものを考える際にも、なるべく「小屋」に近いような、ミニマルな設計のものに惹かれる、とのこと。 で、たとえば、と言って中村さんがまず最初に挙げる例が、『森の生活』でお馴染み、アメリカの詩人ヘンリー・デイヴィッド・ソローのウォールデン池のほとりの小屋というところが、私のようなアメリカ文学の愛好者には嬉しくなるところ。この小屋、4.2坪なんですって。それからル・コルビュジェが南仏カップ・マルタンに造った有名な「休暇小屋」。これが4.4坪。 なるほど、人間が快適に暮らす上で、必要最小限の単位が大体このくらいの坪数、ということなんでしょうな。 しかし、こうした「小屋」と「家」の境界線上にあるものの中で、私が一番感銘を受けたのは、日本の詩人、立原道造が設計した「風信子(ヒヤシンス)ハウス」です。これは彼自身の書斎兼寝室として設計されたとのことですが、その頃、彼の恋人だった女性との新婚の家になる可能性もあったらしい。大きさは、これまた4.4坪。 で、その設計図、および模型が掲載されているのですけど、これがまた実によく考え抜かれた設計の家で、一つの小屋をうまく仕切って、書斎、寝室、リビング、トイレといった彼の生活に必要なものを最小限に寄せ集めてある。実に機能的でモダンな家なんです。立原道造という詩人が、実は建築家として将来を嘱望された人であったなんて、全然知りませんでした・・・。 でまた、これらの「最小限の家」の例として、中村好文さんご自身が設計された家の例も挙がっているのですが、この「MITANI HUT」もかなりいい線行ってます。もっとも、こちらは8坪あるので、その分、贅沢な造りにはなっていますが。 いやー。こういう本を読むと、何だか自分でも、自分なりの「最小限の家」を設計したくなりますねえ。聞くところによると、家を設計するための素人向けソフトがあるというではないですか。そういうの、買ってみようかな・・・。 もちろん、この『普段着の住宅術』という本は、この他にも中村さんが設計に携わった様々な家のことや、その他建築家の使う道具などにまつわるエッセイなどが収録されていて、なかなか面白い読み物になっています。この種の話題がお好きな方には、実に楽しく読める本ですよ。教授のおすすめ! と言っておきましょう。 さて、実は私、明日からちょいと八ヶ岳の方に出かけて参ります。夢の別荘計画の下調べも兼ねた、一泊二日の避暑の旅でございます。また帰りましたら、彼の地で見聞きしたことを綴りますので、乞うご期待。それでは、その時また。お休みなさーい!これこれ! ↓普段着の住宅術
July 15, 2006
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普段、仕事に行く時に履いていた靴のうち、一足が大分くたびれてきたので、昨日、新しい靴を買ってしまいました。「タケオキクチ」のデザインで、甲にベルトのバックルのような飾りのついたもの。気軽に履けるよう、敢えて紐靴ではない、スリップオン・タイプの靴にしました。これならスーツだけでなく、もっと気軽な服装にも合うかな、と。 で、新しい靴を玄関に置いたら、その他の靴にも目が行ったもので、今日は日頃怠っている靴のケアをまとめてすることにしました。 しかし、靴磨きって、一旦始めると、これがまた結構楽しいんですよね! まずブラシを使ってシュッシュッと大まかに埃を落し、それから靴墨を塗ります。ま、靴墨といっても今回は手軽なリキッドタイプを使いましたけど、それでも、しばらくケアを怠っていた哀れな私の靴たちは、渇ききった大地が雨水を余すことなく吸い込むように、そのリキッドタイプの靴墨をぐんぐん吸い込んでいきます。 で、ぼろ布みたいなのでリキッドを革に馴染ませた後、再度ブラッシングに取りかかります。すると、あーら不思議、先程までクタクタだった靴が、生き生きと光り輝いてくるではありませんか。 もちろん、新品のように、ではありません。しかし永年履き慣れた靴は、私の足の形に沿うようにあちこちに固有の皺が寄り、それが「愛用の道具」としての味わいを一層引き立たせています。またあらためて自分の靴を見直してみて、つい笑ってしまうのは、靴底(踵)の減り方です。どの靴を見ても皆同じように外側が減っている。ということは、私は「がに股」で歩いているということでしょうか? ま、ちょいと見栄えが悪いけれど、しかしそれもまた私の個性の現れですから、私の靴たちには我慢してもらいましょう。 さて、一通りブラッシングが終わったら、今度は仕上げとして、古いストッキングを使ってささっと拭き上げます。すると、おお、完璧! 使い込まれた革製品の、柔らかないい色合いが出ました。またそうやってきれいに磨かれた靴が何足も並ぶと、これまたいい気分です。 そうそう、私は子供の頃から、靴磨きが好きなのでした。子供の頃、自分の楽しみのために、別に誰から頼まれたというわけでもないのに、家族の靴をよく磨いたものでした。使い込まれた革の輝きというものが、どういうわけか私は好きだったんですな。そんなことも、ふと思い出しましたよ。 何だか日々の仕事に追われて、そんな自分の嗜好についても忘れていました。今日は久々にのんびりと自分の靴を磨いたおかげで、色々なことを思い出すことが出来て、とても良かった。これからはもう少し頻繁に靴を磨いて、日頃世話になっている道具に対する感謝の気持ちを表すことにいたしましょう。今日も、いい日だ。
July 15, 2006
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中田英寿の流暢なイタリア語を聞く度に「く、くっそ~!」と叫んでいた家内。何故か中田に異様な闘志を燃やす彼女が、自分もイタリア語を勉強すると言い出すのも時間の問題だと思っていましたが、ついにその予想通りになりました。ま、いかなることであれ、勉強をするということには大賛成なので、今日、二人で本屋さんに立ち寄ってイタリア語の入門書を買ってきたという次第。 で、まあ、私もまんざら興味がないわけではないので、買ってきた入門書を横からちらっと覗いてみると、最初のページから仰天するようなことが書いてある。 この本によると、口語としてのイタリア語というのは非常に歴史の浅い言語なのだそうで、これが一般に使用されるようになったのは、わずかに50年前なのだそうです。 マジですか? たった50年前? じゃあ、第2次世界大戦後じゃないですか・・・。 結局、都市国家として諸地方がばらばらに発展してきたイタリアでは、方言しか存在せず、口語の標準語が定まったのは50年前なんだそうです。へぇ~~、ですね。 その他、アルファベットが21しかない(J、K、W、X、Yは外来語の表記にしか使われないんだそうです)とか、アクセントも通常、2番目のシラブルに置けばいいとか、単語の発音もローマ字読みしておけばたいていはOK、などなど、割と日本人には親しみ易い言語のようです。また発音以外はフランス語と共通点が多いので、フランス語の知識があると習得が楽、というところは、学生時代、割にフランス語が好きだった私には都合がいいかも。 実際、「ベーネ、グラッチェ(元気です、ありがとう)」「ブオナ、フォルトゥーナ(幸運を)」なんてふざけて大袈裟に発音すると、もう何となくイタリア~ンな感じがしてきます。 ふーむ。なんか面白そうだなあ。私もやってみようかなあ。 ま、せっかく買ったイタリア語の入門書ですから、とりあえずこいつを一冊、読んでみましょうかね。で、日常の挨拶くらいできるようになったら、イタリアに旅行に行ってみようかしらん。そういえば、私の同僚でイタリアに観光旅行に行った人がいるのですが、彼によると、それこそ「どうもありがとう」程度のイタリア語を話しただけで、地元の人たちが喜んじゃって、「おお! このジャポネーゼがイタリア語で『ありがとう』と言ったぞ!!」と大騒ぎになって握手攻めにあったとか。楽しそう~! というわけで、今日は我ら夫婦の「イタリア語記念日」となったのでした。今日も、いい日だ、グラッチェ、グラッチェ。 さて、イタリアの話題が出たついでに、今日は一つアフィリエイトを。先日、リトルワールドで買ってきたイタリアのお菓子、「ローカー」のクワドラティーニ・ティラミスというのが、これがまたびっくりするぐらいうまかったんです! ティラミス味のクリームがはさまったウエハースなんですが、よく日本で売っているウエハースと違い、変にパフパフしていないんですね。もっとずっとずっしりしていて、もうティラミスのうまさそのもの、という感じ。まだ味わったことのない方は、ぜひこの機会にお試し下さい。教授のおすすめ!です。これこれ! ↓ローカー クワドラティーニ ティラミスティラミスクリーム ウェハース220g(クリーム74%)
July 14, 2006
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いやー、今日の名古屋は暑かった・・・。このブログでもお馴染み、我が「兄貴」のK教授に言わせると、「恐れていたモノが来た・・・」ということになるわけですが、まさに暑い暑い名古屋の夏がついにやって来た、という感じです。そしてそのことをズバリ象徴するように、今日、私は、キャンパス内で今年初めての蝉の声を聴きました。 でまた、今日の名古屋の夕日の美しかったこと! ギラギラと輝く巨大な火の玉と化した夕日が、ところどころに薄い雲のかかった大きな空を見事に染め上げていましたっけ。私は帰宅途中だったのですが、思わず車を道路の脇に止め、家内に電話をして、ベランダに出て空を見るように言ってしまいましたよ。 私はしばしば思うのですが、名古屋の夕日ほどきれいな夕日はありません。 名古屋の人は「名古屋の常識が世界の常識」だと思っているところがあるので、東京生まれ、東京育ちの私がいくら「名古屋の夕日は美しい!」と言っても、「ほーかしゃん?(=そうかしら?)」と言うだけで、ちっとも相手にしてくれません。日本中どこへ行っても、同じ夕日が拝めるものと思っているんでしょうな。しかし、私は断言しますが、名古屋ほど夕日がきれいなところは、日本広しといえども、そうはないと思います。 というか、そもそも東京では沈む夕日を見られる場所なんてそんなにないです。 関東平野というのは、実は平野なんかじゃなく、穏やかな丘陵地帯なので、どこへ行ってもちょっとした丘(坂)がある。それに背の高い建物も混み合って建てられていますから、それら四方をとりまく丘や建物に遮られて、地平線近くまで沈む夕日を見られることなんかあまりない。 そこへいくと名古屋のある濃尾平野というのは、ほんとにまっ平らですからね。ですから、名古屋の空はでっかい、でっかい。だもので、少し郊外へ出れば確実に地平線に沈む夕日が見られます。しかも、それでいてこのあたりは人口も多く、そこそこ工業地帯でもあって、それなりに空気も汚れている。ですから夕日の赤さが際立つんですよね。夕日ってのは、あまり空気のきれいなところで見ると、見事なまでに赤くは染まらないもんですから。 ま、そんなこたぁ、どうでもいいや。とにかく、名古屋の夕日ってのは、時々、呆然としちまうほど美しいのであって、今日の夕日がまさにそうだった、と言えば十分です。ほんと、うっとりするような眺めでありました。 さて、今日のブログをもって、「教授のおすすめ! セレクトショップ」は切りのいい500回目を迎えました。よく続くものであります。次の目標は1000回。これからも日々の出来事、日々思うこと、読んだ本や見た映画のことなど、ツラツラとおしゃべりしていきますので、今後ともご贔屓のほど、よろしくお願いいたします。
July 13, 2006
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先日終了したサッカーW杯におけるフランスチーム・ジダン選手の頭突き事件について、FIFAが調査を行うことになったようですね。沈黙を守っていたジダン本人からも、近々、何らかの聞き取り調査が行われるとか。 いいことじゃないですか! もともと移民の多いフランスチームは、何かと人種差別的な言葉による侮辱を受けることが多く、そういうことを防ぐために、今大会の途中でも、わざわざ時間をとって、そういうことがないよう、選手宣誓みたいなことをやりましたよね。で、にも係わらずその種の侮辱的行為があった場合は、罰金または勝ち点の剥奪などの厳罰をもって対処することが決まっていたはず。 ジダン選手のケースだって、あれ、明らかに相手選手が侮辱的暴言を吐いたはずで、もしジダンを退場させるのであれば、暴言を吐いた方だって退場させてしかるべきでしょう。というか、むしろ最初に暴言を吐いた方こそ退場させるべきだったんだ。ジダンは被害者なんだから。 巷で言われているところによれば、その不届きな選手はジダンに対して、「売春婦のテロリストの息子」呼ばわりしたらしいじゃないですか。つまりジダンは、アルジェリア移民であり、かつイスラム教徒であること侮辱され、しかも自分の母親を売春婦呼ばわりされたことになる。民族的、宗教的、個人的侮辱です。 信じられないほど卑劣な行為だ。W杯の決勝に進んだチームの選手ともあろう者が、相手チームの選手をこんな言葉で侮辱し、挑発するなんて、卑劣きわまりない。私は頭突きくらいじゃ済まないことだと思いますよ。ポルトガルのロナウド選手が、イングランドのルーニー選手を退場に追い込んだ「演技」よりも、はるかに悪質なことだと思う。先のFIFAの決まりから言えば、この時点でイタリアチームは勝ち点剥奪で、Wカップ優勝はフランスチームのはずじゃないですか。 私はそういうことも含め、ジダン選手に対して非常に同情的なんですが、しかし、当初のマスコミの反応はそうでもなかったですよね。「ジダンは選手生活の末節を汚した」だとか、「世界中のサッカー好きの少年たちにジダンはどう説明するのか」とか、とにかくジダン選手に対して批判的なものばかり。私は、むしろそのことに驚き、かつ腹立たしく思いましたけどね。批判する相手が違うでしょ。 ですから、FIFAがこの問題の調査に動き出したと聞いて、少し腹の虫が治まってきました。願わくば、とことん調査して、誰が一番悪い奴なのか、はっきりさせてもらいたい。そしてジダン選手の名誉回復をしてもらいたいと思います。 ジダンを批判したマスコミめ、世論の流れが変わったその時になって、「私たちも最初からそう思ってました」みたいなことをほざくなよ! 重大な追伸: ・・・と書いたところで、ニュースを見たら、なんとFIFAの調査はジダン選手のMVP剥奪の方向性を持ったものだそうな・・・。何だ、話しが逆じゃないか・・。何やってんだよ! くーーーッ!! そんなアホな・・・。
July 12, 2006
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私は前期、「英語講読」の授業を担当しているのですが、この授業、最近ではしばしば映画のシナリオを読むようにしています。映画のシナリオを読み、その日読んだ分だけ映画を見る、というやり方です。 で、今年はアルフレッド・ヒッチコック監督の傑作、『サイコ』を読んで(見て)いたのですが、今日はその最終回で、シナリオもちょうど読み切り、映画もすべて見終わることができました。タイミングとしては最高でしたね。ここ2、3年、色々な映画のシナリオを読んできましたが、テキストの分量(映画の長さ)と授業の回数がここまでぴったりシンクロすることはあまりなく、その意味で、この映画を選んだのは実に正解でした。 でまた、映画がらみだと、学生も結構関心を持つんですよね。意外なくらい。ヒッチコックの映画なんて、とりあえず有名なところはみんな既に見ているのだろうと思うととんでもないので、最近の学生はマイケル・ジャクソンが誰かすらも知らないほど洋モノ文化の知識が乏しいですから、『サイコ』のような数十年前の白黒映画なんて見せると、逆に新鮮に感じるようなんです。 それに、この映画をこれまで何度も見ている私にとっても、今回のように一方でシナリオを読みながら、それこそ10分刻みでじっくりこの映画を見てみると、それはまたそれで以前とは違った見方が出来るのであって、私にとっても新鮮に感じられましたしね。実際、じっくり見れば見るほど、「よく出来た映画だなぁ!」という感を強くしました。 第一、オープニングからしてカッコいいですもん。画面の両側から横縞の線が出てきて、それが交差するところで映画のタイトルや監督名が現れるという趣向もカッコいいですし、現れたアルファベットが一瞬歪むというのも、いかにも精神分裂を扱う映画らしいところです。また冒頭、アリゾナ州フェニックスの都会風景が写し出された後、カメラがパンして一つのホテルに焦点が合い、さらにクローズアップでその中の一つの窓に焦点が当たると、今度はカメラがその窓を突き抜けて部屋の中に入り込み、登場人物二人の情事を写すという「覗き」の手法もヒッチコックらしい。 また4万ドルの大金を持ち逃げしたマリオンという女性が、恋人サムの住む町まで逃避行する過程で、サングラスをかけた警官に後をつけられるシーンがあるのですが、その無表情な警官がいつまでもしつこく追いかけてくる恐怖、というのも、なかなかよく計算されています。 そして、たまたまマリオンが泊まることになった「ベイツ・モーテル」を経営する好青年、ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスの演技の見せること、見せること。彼に精神を病んだ母親がいるということを聞かされたマリオンが、つい不用意に「だったら、彼女を精神病院に入院させれば?」と口にしてしまった瞬間、それまで内気な青年と思われたノーマンが、ぐっと身を乗り出し、一瞬で別人のようになった鋭い目つきでマリオンを非難する、その変容の恐ろしさと言ったら、もう・・・。 それから、ノーマンの「母親」がシャワーを浴びているマリオンをナイフで刺し殺すシーン、あるいは同じく「母親」が探偵のアーボガストを殺すシーンの、カメラワークの見事さ。前者は、マリオンの身体から流れ出た血が、シャワーのお湯と混ざりながら、白い浴槽をつたって排水口へ流れ出るという、まさに生理的な嫌悪感を刺激する映像で見せ、後者は、今度は真上に設定したカメラを使い、狂った「母親」が廊下の角を鋭く回りながら、何も気づいていないアーボガストにナイフの一撃を喰らわせるシーンを見せるのですが、どちらも別種のオソロシサを醸し出すんですよね。その辺の手法の多様さも、お見事と言わざるを得ない。殺人シーンで使われるBGMも、非常に効果的です。 しかし、何と言ってもこの映画のトドメは、映画の最後で逮捕されたノーマンを写すシーンでしょう。精神分裂の結果というのか、完全に「母親」になりきってしまったノーマンが、一人、何もない部屋にぽつんと座っているのを、クローズアップで寄っていく時の、ノーマンの表情のオソロシサたるや! そもそも「多重人格」とか、「サイコキラー」なんて概念がそんなに知られていなかった時代に、この映画を撮ってしまったヒッチコックって、やっぱり凄いですなあ。ま、例の私の映画の採点法からしても、90点台は堅いですね。九十何点になるかは、他の傑作映画群と比べることになるので、もう少し慎重に考えなくてはなりませんが。 で、さすがにこれほどの傑作を見せると、無知蒙昧な学生にもその良さが分かるらしく、毎回、授業の最後に10分ばかり映画を見せ、いいところで切って、「じゃ、この続きはまた来週ー」なんてじらすと、教室のあちこちから、「あー、この先、どうなるの!?」「もう、先に最後まで読んじゃおうかなぁ!」なんて声が聞こえてくる。 教科書を早く最後まで読みたい、なんて学生が言っているのを聞いたのは、久し振りですよ、まったく・・・。 というわけで、『サイコ』のおかげで、私自身にとっても退屈な「英語講読」の授業を、学生たちと共に楽しみながら終えることが出来たのでした。やっぱり『サイコ』はサイコーです! (って、やっぱり言っちゃったのね、ソレ・・・。)
July 11, 2006
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今朝はびっくりしたことが二つありました。 一つは言うまでもなく、サッカーW杯でのフランス敗退&ジダンの頭突き退場。いやー、フランス、ここまで来たら勝つだろうと思ってたんですが・・・。 しかし、それにも増してショックなのは、今回のW杯で私が応援した、あるいは勝つと予想したチームがすべて負けた、という事実です。 まず日本対オーストラリア戦で日本が負けた。そのオーストラリアはイタリアに負けた。イギリスはポルトガルに負けた。ガーナはブラジルに負けた。ブラジルはフランスに負けた。ドイツはイタリアに負けた。そして最後、フランスはイタリアに負けた。私の希望&予想、全滅。ガク、ガク・・・。 ま、それを言ったら、サッカーの神様であるペレの予想だってほとんどはずれてますけどね・・・。 それにしても頭突き退場となったジダンは、今回の大会を象徴してましたなあ。肝心な試合は大抵、反則でキーマンが退場になった後、PK戦で勝敗が決まるという感じでしたから。しかし、せめて準決勝以上はPK戦なし、延長戦でも勝敗がつかない場合はサドンデス方式でさらに時間延長する、といったようには出来ないもんでしょうか。PK戦は偶然が左右する部分が大きすぎるような気がして、ここまで懸命に戦ってきた選手たちには可哀想ですよ。 ま、とにかくこれが今朝のびっくりの第一。 今朝のびっくり第二号は、出勤途中に起こりました。 私の通勤路には、緩やかな下り坂が長く続く箇所があるんですが、今朝、そこを通過していると、前方にロードレーサー・タイプの自転車に乗った人が時速30キロくらいのスピードで気持ちよく坂を下っている。もちろんそうは言ってもこちらは車ですから、私はこの自転車野郎を軽く追い抜いたわけですが、信号で止められてまたこの自転車野郎と横並びになったんです。 で、何気なく横に並んだ彼を見てびっくり。何とそれは「彼」ではなく「彼女」、しかも恐らく70代であろうと思われる白髪のおばあさんだったんです。 それがまた上品な見目麗しいお方で、薄化粧までなさっていて、とても「おばあさん」なんて言えない感じなんです。あれはどう見ても「おばあさま」ですね。で、そんなおばあさまが、膝までのピッチピチのレーサーパンツを履き、やはりレーサー用のぴったりとしたシャツをキリリと着こなし、頭にはプロっぽいソフト・ヘルメットを被って、大型のロードレーサーにまたがっていらっしゃるんですから、私がびっくりするのも無理ないでしょう? でまた、その方のふくらはぎが実にお美しい! 確かに皺はありますが、相当鍛えていらっしゃるらしく、筋肉が形良く盛り上がっていて、まさにスポーツウーマンのお御足なんです。たるんだ贅肉なんてどこにもついてない。 そのおばあさま、信号が青に変わるのと同時に、「シャウウーー!」とタイヤを鳴らしながら軽やかに走り去って行かれましたけど、いやー、ちょっと見とれましたなあ。 もちろん私はただ単にそういうおばあさまをお見かけした、というだけで、その方が今までどういう生涯を送ってこられたか、それは分かりません。しかし、あのお年で、あの出で立ちで、あの走りで、軽々とロードレーサーを乗りこなしていらっしゃるところを見れば、「ただ者ではない」ということだけはヒシヒシと伝わってきます。しかも、それでいてその立ち居振る舞いがどことなく上品なんですよね。何か知らないけど、魅力あるなー・・・。 ああいう人をお見かけすると、ああ、こういうふうに格好良く歳を取りたいな、とつくづく思いますネ。 とまあ、そんなわけで、今朝は立て続けに二つの「びっくり」を体験したワタクシだったのでした。今日も、いい日だ!
July 10, 2006
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近々八ヶ岳・原村にある「カナディアン・ファーム」というところに遊びに行く予定があるので、その予習を兼ねてこのファームの主たる「ハセヤン」こと長谷川豊さんの本、『廃材王国』(淡交社・1238円)を読みました。 このハセヤンという人は、結局、廃材で家を作るのが趣味みたいな人なんですな。 で、この場合、「廃材で」というところが重要なわけ。彼に言わせると、巨木を新たに切り出して作るログキャビンなんてのはそれ相応に自然破壊をしているのであって、自然をなるべく壊さない方向で考えれば、廃材をただでもらってきて家を作っちまうのが一番いい。 実際、廃材というのは今の日本には沢山あるんだそうですね。というのも、ちょっと前まで田舎に行けばあちこちに「蔵」というものがあって、米を蓄える場所として使われていたわけですが、今は収穫した米はすべて農協が買い取ってしまうので、この種の蔵は必要がなくなってしまった。で、息子が結婚したから、とか、年寄りが隠居するから、なんて理由で、この蔵を壊して離れを作ったりすることが多い。ま、そんな理由で、昔のいい建築材が廃材としてじゃんじゃん出る。しかもそれらの廃材は、特に使い道もなく、たいていが燃やされたり、土に埋められて腐るままにされているんだそうです。 だったら、それらをただで引き取って、それで家を建てたらいいじゃん、というのがハセヤンの発想なんですね。というわけで、彼は廃材ばかり使って、既に25軒の家を建てちゃった。 でまたその建て方というのが面白くて、彼は設計図なんて一切引かないんです。どうせ廃材を使うので、同じ長さ、同じ幅の木材が揃っているわけでもなし。そんなんで計算通りの家なんて作れっこない。だから、万事行き当たりばったりでやる。 そんな行き当たりばっかりで家が建つのかと、素人である我々は思うわけですが、これが案外立つらしいんですな。 たとえば家の土台にしたって、家の基礎ですから、すごく重要なんだろうと素人は思うじゃないですか。ところが、ハセヤンに言わせると、そうでもないんですって。家というのは自重だけで十分安定するので、要するに湿気で土台が腐らなければいい。というわけで、ハセヤンは土台となる柱を打ち込む代わりにそこにある切り株を使ったり、あるいはコンクリートを打つ代わりに、そこに埋まっていた岩をそのまま土台として使っちゃったりする。 屋根の作り方だってすごいですよ。長さもばらばらな板で葺いておいて、最後の最後で、電鋸を使って一気にフリーハンドで切り揃えちゃう。要するに、ちゃんと機能しさえすれば、作り方なんて自己流でいいんだ、というわけ。は~、家作りなんて、その程度のいい加減な調子でいいんだ! と目からウロコです。 ただ、家を作る過程で、学ぶことは沢山ある。たとえば、廃材がもらえるというので古い蔵を壊す手伝いなんかに行ったりすると、昔の日本の大工の技量がいかに凄いか、というのをつくづく思い知らされたりするんですって。また、大きな廃材を切り分けてもらうのに製材所なんかに行くと、その道何十年という老人が、若い人でも持て余すような材木をひょいひょい持ち上げてしまったりする。要するに、てこの原理と重心の取り方さえ心得ていれば、少ない力で思いも寄らない巨大なものを動かすことができるのだそうですが、そういうことも実地で学ぶことができる。そういうことを一つ一つ学んでいけば、重機も使わず自分の両の手と、若干の仲間の手伝いだけで、立派に家は建つ、とハセヤンは断言するんですな。 で、ハセヤン曰く、今日び月に4日も働けば3万円は稼げる、と。で、その3万円があれば一月は食える。で、残りの14日くらいは家を建てる作業をする。そして後は畑を耕したり、友達を助けたり、ボランティアをしたりすればいい。やることは沢山ある。それに引き換え、サラリーマンは何のために働いておるのか。家のローンのためではないか。しかも、30年かかってローンを返済した時には、既に人生の最良の月日を使い尽くし、そうまでして建てた家も老朽化して価値がなくなっている。じゃあ、一体何のための人生だったのか。 だからこそ、家なんて自分でただで建てちゃえ、とハセヤンは言うわけですよ。 もちろん、「そんなうまく行くかよ」と思うところはあります。が、少なくともハセヤンはそのやり方で子供もちゃんと育て、何人もの居候(ハセヤン流に言えばイソーローですが)を養って、そして今では「カナディアン・ファーム」というのを作ってレストラン・ビジネスをしているわけですからね。一応、説得力はある。 ま、私がそういう方面に特に興味があるというわけではありませんが、「ローンを払うために働いて何が面白い?」というハセヤンの問いに対して、私には反撃する言葉がありません。そういう意味で、ちょっと羨ましくなるライフスタイルではありますね。 とにかく、近々実際にカナディアン・ファームに行って、できればハセヤン本人に会って、ちょいと話しでもしてくるつもりです。もしこのブログをお読みの方で、興味のある方は、カナディアン・ファームのホームページを覗いて見てください。なかなか気持ちの良さそうなところですよ。これこれ! ↓カナディアン・ファーム
July 9, 2006
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今日の夕方、そろそろ午後のお茶にしようかなと思っていたところ、時ならぬヘリコプターの爆音が聞こえてきました。ま、もちろんたまにはそういうこともあるので、特に気にもしなかったわけですが、しばらくするとまた爆音が近づいてくる。 さすがに3度目に近づいてきた時は、何事かと、思わずベランダに出てしまいました。すると、おお! 我がマンションのすぐ脇、まさに手の届きそうなところでヘリコプターがホバリングしているじゃないですか。おいおい、墜落するんじゃないだろうね! 我が家に突っ込まないでくれよ! で、そのヘリ、しばらくマンションの脇でホバリングした後、意を決したように低空飛行で飛んで行き、すぐ近くの小学校のグラウンドに着陸してしまいました。あれれ、そんなところに着陸しちゃまずいんじゃない、と思っていたらパトカーやら消防車が続々到着。どうやらホントの不時着だったようです。そんなこともあるんですなぁ。ま、怪我人などが出なくて良かったですけど・・・。 さて、そんな椿事があった後、我が家では今日のおやつとして「葛切り」を作ることにしました。今日はどこにも出かける用事がなかったので、おやつも自宅にあるもので適当に済まそうということで、ね。前に鍋物用に買った葛切りが残っていたので、これを茹で、黒密で食べようというわけですよ。 ちなみに関東人である私は「葛切り」なるものをあまり食べたことがないので、どういうのが正調なのかよく知らないんです。あれは、もともと関西の食べ物なんでしょ? で、まあ、よく知らないなりに、乾物の葛切りを春雨と同じような感じでお湯で戻せばいいんだろうと思っていたのですが、袋に書いてある「食べ方」を読むと「お湯で14分煮て、さらに10分間そのままにする」とのこと。ヒャー、案外時間が掛かるもんなんですなあ・・・。で、実際、その通り作ってみますと、たしかにそれらしいものが出来ました。腰の強い心太みたいです。 で、こいつに小豆のアンコを添え、黒密をかけて食べてみたんですが・・・ うーん、噛み切れない・・・。 あまりに腰が強過ぎて、噛んでも噛んでも、むぎゅむぎゅと歯をはね返すばかりで、噛み切れやしない。あれ? 葛切りって、こんな仙台冷麺みたいな食べ物だったっけ? 菓子用の葛切りと鍋物用の葛切りは種類が違うのか知らん? かくしてしばし奮闘の末、皿に盛っただけの葛切りを食べ終えましたが、なんだか変に満腹してしまって、いずれお腹を壊しそうな予感・・・。やっぱり、こういうものはそれ相当な専門店で食べるものなんでしょうな。・・・っていうか、関東人のワタクシにとって、関西のものは何であれ、もともと相性が悪いんですよ。それは昔からそうなんで・・・。せっかくの休日、お腹なんか壊したくないよー! さて、今日は週末アフィリエイトと行きますか。先日『Pen』というライフスタイル誌を買ったら、今週号の特集が「スタイルのある文房具を選べ」ということだったらしく、世界各国の魅力的な文房具が沢山掲載されていました。私、職業柄、文房具っちゅーものが大好きなもので、仕事の合間にこの雑誌を熟読してしまいましたが、今日はこの特集にインスパイアされて、「1000円代から買える万年筆」をアフィリエイトします。当然、この価格帯の万年筆となりますと、ペン先はステンレスになりますが、しかし私の経験からすると、この種の「鉄ペン」にはそれ相応の魅力がある。事実、値段の高い高級万年筆だから必ず愛用品になるとは限らず、かえって気軽に使える格安万年筆に愛着が湧いてくるということは多々あります。日頃ボールペンばかり使っている方、一度試しに、鉄ペンを使って見てはいかがでしょうか。案外、いいものですよ!これこれ! ↓文房具・パート2
July 8, 2006
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昨夜から、ある意味、遊んでばっかりです。 まず昨夜は近所にある渋い中華料理店「芙蓉飯店」(いかにも近所の中華料理店という感じの店で、一度行ってみたかったんですー。でも安くておいしかった!)で夕食をとった後、レイトショーで『ダヴィンチ・コード』を見に行きました。ついに。 で、その感想なんですけど、この映画、巷間言われているほど「難解な映画」というものでは全然ないと思います。それでも一応確認のため、帰宅してから映画の登場人物間の関係や、一連の事件の関係を紙に書き出し、映画の内容を厳密に復習してしまいましたけど・・・。で、その上で私のこの映画に対する評価点をつけるとしますと・・・ 74点でーす! ま、合格だけど、特筆すべき点はあまりない、という感じですな。 聞くところによると、映画版は原作の肝心なところを全部端折ってあるので、この作品の面白さを知るには原作を読むしかない、とのことですが、そんなこと言っても映画版は映画版として判断せざるを得ませんから、やっぱりやや厳しい評価になってしまいます。よーく思い出してみると、ミステリーなのにドキドキもハラハラもしなかったし、宗教的な深遠さも予想していたほどないですもんね。お好きならどうぞ、という程度の映画です。 さて、そんな感じで一夜明けて今日。 今日は大学がないので、昼食後、お茶を飲みに家内と「フレイバー」というカフェに行きました。この時期、この店の自慢は「ピーチパイ」で、こいつを食べてみようというわけ。 実は以前にもこの店の季節限定のパイ(たしか「アメリカンチェリーパイ」)を食べに行ったことがあるのですが、その時は時間が遅くて既に売り切れになってしまっていたんです。そこで今日は店に2時頃着くように家を出たのですが、それが功を奏して今日は無事にお目当てのパイを食べることが出来ました。 でまた、ちょうどパイが焼き上がってからまだ間がない時だったらしく、出てきたパイは、パイ皮がさっくさく、中身のピーチもまだかなりアツアツの状態でした。で、熱くトロトロのピーチにさくさくのパイ皮、それらを冷たいバニラ・アイスクリームと一緒に口に放り込む時のうまさと言ったら! 一緒に注文した「マンゴー・ミルクティー」との相性もばっちりで、しばし至福の時を過ごしましたよ。フレイバーのピーチパイ、教授のおすすめ!です。名古屋インターの北側、「地アミ」交差点の近くですので、お近くの方はぜひ! さて、フレイバーですっかり満足した我々は、帰り道、すぐ近くにある「サンデー・ママ」というお店に立ち寄りました。前からちょっと気になっていたお店だったので。 「サンデー・ママ」というのは、まあ服と雑貨と家具のセレクトショップみたいな感じです。輸入ものもそれなりにあって、なかなか面白い。今日見た中では、縁のところがレース状になった四角いお皿に、ちょっとばかり食指が動きましたね。生成りの白色の皿で、サンドイッチ・プレートとして使ったらいいかなと思ったんです。が、そこはさすがに中国製だけあって、縁のレースの部分の細工がやや雑なんですよ。結局、買いませんでしたけど、ま、一枚700円くらいですから、買っても良かったんですけどね。また同じシリーズのカップ&ソーサーも一客600円ほどで、デザインは好きでした。すごく軽いのもいい。 このお店、2階はユーズドの家具なんかも置いてあるし、また店の各所に洋モノのインテリア雑誌が置いてあったりして、結局3~40分ほどウロウロして楽しませていただきました。結局買ったのは、ストック用のガラス容器とアメリカの食器用洗剤「アイヴォリー」だけでしたけど、またいつかフレイバーに寄った帰りに見てもいいかな。 さて、次に我々が向かったのは、地下鉄東山線「本郷」駅近くのギャラリー、IDFです。小さなギャラリーですが、前に一度行って、割と趣味のいい展示をしていましたので。 で、今開催中の展覧会は、斉藤量子(かずこ)さんという若いアーチストの木版画展でした。会期は7月8日までなので、もうすぐ終わってしまうのですが。 しかし、この展覧会、なかなか良かったですよ。ギャラリー自体が小さいので、展示していた作品数は十数点ですが、どれも私の好みのタイプ。買い手がついたことを示す小さな赤い印も結構ついていましたから、それなりに売れていたみたいです。 で、我ら夫婦も、つい一枚買ってしまいましたー! 展覧会のDMにも使われた作品で、青緑色の背景色の中に植物を描いたもの。下のIDFのサイトを見ると、どんな感じか分かります。これこれ! ↓ギャラリーIDF・斉藤量子展 なかなかいいでしょ? とはいえ、何しろ木版画ですから、同じ版木で刷ってもかなり明確に個体差が生じてしまうので、斉藤さんが準備していらした数種の版の中から「これだ!」というのを選び出すので、苦労してしまいました。でも、そこがまた楽しいわけですが。で、たまたまギャラリーに額装業者の方もいらしたので、その場で相談して額も決めてきてしまいました。買ったからには、すぐに飾りたいですからね。 ということで、昨夜から今日にかけて、映画を見たり、おいしいお菓子を食べたり、ショップを冷やかしたり、絵を買ったりと、さんざん遊んでしまいました。その分、明日・明後日は頑張って仕事します。それでは、みなさんも良い週末を!
July 7, 2006
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日銀総裁が村上ファンドで大儲けすれば「遺憾」だと言い、北朝鮮がミサイルを撃てば、それもまた「遺憾」だというわけで、このところ毎日のように「遺憾」という言葉を耳にします。 まあ、毎日こう「遺憾」なことばかりが起こるのでは困ってしまうわけですが、それにしてもこの「遺憾」という言葉、使い方が間違っていないでしょうか? 私は前から気になっていたのですが、本来この言葉は、たとえば「実力を遺憾なく発揮し・・・」というふうに使うわけで、「遺憾がない」というのは「自分の持てる力を精一杯使い切って、悔いが残らない」ということでしょう? 「遺憾」の「遺」は「残す」の意、「憾」は「悔い・恨み」ということですから。 ですから、「遺憾である」というのは、「(私は)やり残したことがあるので、悔しい」、あるいは、「(あなたは)やり残したことがあるので、お気の毒だ」という意味になるのではないでしょうか。 ワタクシ、間違っています? で、私の解釈によれば、「北朝鮮がミサイルを7発撃ったのは、遺憾である」というのは、「本当なら10発くらい撃ちたかっただろうに、さぞ無念なことであろう、お気の毒に・・・」という意味になるんですけど、いいんですか、そんなこと言っちゃって? しかし、先にも言いましたように、テレビのニュース番組を見れば、お偉い人たちが毎日のように「遺憾だ、遺憾だ」と言っているじゃないですか。それでまた天下のNHKも、何のこだわりもなく、「○○大臣が、遺憾の意を表しました」なんて報道している。で、言葉の乱れにうるさい人たちも、この言葉に対してはあまり文句を言わないですよね。 それが不思議なんですよ、私には。 思うに、この「遺憾」という言葉は、その発言者に対して、高みから下界を見下ろしながら論評しているような 優越感を与えるんじゃないでしょうか。試しに「それは遺憾なことだ」と言ってみて下さい。何となく自分がとてもエライ監督者になったような気になってくるでしょ? 大所・高所からモノを言っているような気になるじゃないですか。それでいて、あまり攻撃的な感じのする言葉ではないので、それを言ったからといって、人の恨みを買うこともない、と。 つまり、便利な言葉なんですよ、きっと。誰かがそれを使ったのを聞いて、みんな、「こいつぁ、便利だ」と思ったんじゃないですか。 しかし、それをいいことに、総理大臣も、官房長官も、○○大臣も、××大臣も、横にならえで「遺憾なことだ」と言い出すと、何だか私には滑稽に思えて仕方がない。みんながみんな、「遺憾」という言葉の持つ「虎の威」を借るキツネみたいで・・・。 ま、それはさておき、私はこういう言葉の誤った使い方を遺憾に思います・・・、じゃなくて、こういう言葉の誤った使い方はイカンと思います。 大体ね、北朝鮮がミサイル撃ってきたら、それは「遺憾なことですなぁ」どころの騒ぎじゃないんだ。もっとも明確な言葉で非難しなきゃいけないんですよ。 ワタクシはここに主張いたしますぞ。言葉は正しく使おう! そして正当な理由があって相手を批判したり非難する時は、勇気を持って、明確にその意図が伝わるような言葉を使おう!(・・・みなさん、ここで「おお~!」って言って・・・)
July 6, 2006
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先程、偶然、テレビで王監督の記者会見を見ました。胃潰瘍で緊急入院とのこと。 しかし、ソフトバンクの選手たちの様子や、その他、会見の様子から見て、非常に重篤な状態であることは明らかです。 私の子供時代は、王選手の黄金時代でもあって、彼がホームラン記録を塗り替えていった頃のことをよく覚えていますし、また王さんの真面目で誠実なお人柄には常に好感を持ってきました。私は派手な長島さんより、生真面目な王さんのスタイルの方が好きでしたから。 というか、私の父が、若い頃、どことなく王さんの風貌に似ていたんです。それで、子供心に王さんに親近感があったのかも知れません。 その王さんが病魔と闘うこととなったと聞いて、私はどうにも嫌な胸騒ぎがして仕方がないんです。 どうか王さんの病状が、私が想像しているよりも軽いものでありますように。そして、時期はいつでもいいですが、とにかく元気になって、何としても球界に復帰していただきたい。日本中の王さんのファンと共に、ご回復をお祈りしております。
July 5, 2006
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今日はお昼からちょっとした会議がありました。我が大学では、水曜の午後が会議日になっているもので。 で、ある議題について審議している中で、それなりに妥当な解決策が出され、司会の先生が「じゃ、この議題につきましては、そのように処理して構いませんね?」と決議を促し、出席者の大半がかすかに首を縦に振りつつ暗黙の了解をしたまさにその時です。どこからか「あのー・・・」という間の抜けた声が。おお! やばい! あなた、発言なさるの?! いやー、このおじいちゃん先生、毎度とんでもなく的はずれな発言で会議をヘロヘロにしてしまう困ったお人なんですー。だもので、彼が「あのー・・・」と言いだした途端、周辺の先生方の顔に、「またか・・・」「何を言い出すことやら・・・」「これで15分は時間が無駄に潰れるな・・・」といった絶望的な表情が浮かんだわけですが、そんなことをおじいちゃん先生ご本人が知るはずもなし。 で、その先生曰く、「この件について、先日、M先生とお話したんですが、M先生は今日の案にご反対なんです。で、私もM先生の反対論の御趣旨にすっかり説得されましてね。今日、M先生は会議にはいらしていないようですが、とにかく私は今日の案には反対いたします」と・・・。 会議の参加者一同、「はあ?」という顔になり、互いに目配せをして、必死に「無視しちゃえ!」という合図を司会の先生に送ったんです。が、あいにく司会の先生が我々一同よりももう少し人徳のある方だったので、もうちょっとだけおじいちゃんに付き合う気になっちゃったんですな。 で、当然のことながら、司会の先生は、「・・・ちなみに、M先生の反対のご趣旨というのは、どういうものだったのでしょう」と尋ねたわけですよ。そりゃ、そう聞かざるを得ませんよね。 さて、おじいちゃん、なんて答えたと思います? 「それは、忘れました。しかし、非常に説得力があった」 ・・・ですって! お、思い出せない論旨をもとに、は、反対をなさるんですか、あ、あなたは・・・。 ちなみに、もしそのおじいちゃん先生の反対案が通った場合、そのおじいちゃん先生自身も含め、彼の所属する科の先生方の身の上に非常に不利な状況が生じるんですが、どうも本人にはそういう意識はないらしい・・・。ま、いつものことなので、周囲の先生方が必死に慰撫して丸め込み、おじいちゃん先生にそれ以上の発言をさせなかったので事なきを得ましたけど、冷や冷やものです。 それでいて当のおじいちゃんは、「今日のところは残念ながら自説が通らなかったけれど、公の場で言うべきことは言った。わしが切れ者であることは、これで皆にも分かったであろう」という満足げな表情なんですから、もう何をかいわんや・・・。 いやー。我が国の最高学府、「大学」の会議なんて、大体いつもこんな感じです。こいつ、こんなんでよく「教授」になれたな、と思うような魑魅魍魎がばっこばっこですよ。 ま、そういう不条理きわまる先生方の生態を、逆に楽しもうと思えば、相当楽しめるんですが・・・。 が、それもこちらの心にゆとりがあればの話で、そうでなければ頭バクハツしますけどね。 考えてみれば、今朝の北朝鮮のミサイル発射にしても、同じ様なもんかな。片や拉致被害者のご対面ーなんてやっている一方で、どうして突然ミサイル発射になるのか、その文脈が分かりませんよね。その分からなさが、面白いっちゃ面白いですけど、ミサイルの向かう先が日本だとなると、笑ってもいられないし。 ホントは、こういう場合、単に「遺憾だ」なんて言ってる場合じゃないんでしょうけど、これでまた日本政府が経済制裁かなんか発動すると、それを根拠に、日本を非難してくるんだろうな。 不条理ばかりが大手を振っている世の中、おじいちゃん先生の戯言くらい、我慢してあげるとしますか。
July 5, 2006
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先日も書きましたが、友人のオーストラリア人ご夫妻がもうすぐ国に帰るというので、何か外国人が喜びそうなプレゼントをあげようと思い、現在、その品定め中です。 ま、奥さんのアミリアにあげるものは、大方決まっているんです。浴衣がいいかな、と。もちろん、着物ですから着方が難しいというところはありますが、アチラの人はこういうものの扱いが案外上手で、部屋着としてうまくアレンジしたりしますからね。私の友人にアメリカ人の老婦人がいたのですが、彼女も浴衣をエキゾチックなガウンとしてなかなか上手に着こなしていましたっけ。 で、奥さんの方はそれでいいとして、問題はロブ君の方。ま、今のところ考えているのは、冗談半分ですが、「甚平」なんですけどね。あんなもんカッコ悪いと私は思いますが、外国人には受けるのではないかと・・・。 それにしても私は前から疑問なんですが、よく「父の日」のプレゼントなんかで売り出される夏用の甚平、あれは昔からあるもんなんでしょうか? それとも昭和の発明品でしょうか? 私が初めて甚平なるものを見たのは、中学生くらいの頃、父が着ているのを見たのが最初です。父がどういう経緯であれを着始めたのかは不明ですが、多分、誰かから贈られたのだと思います。で、それ以来、夏になると父は甚平を着ていますから、それなりに快適なものなんでしょう。 実際、あれは浴衣以上に簡易な着物として、なかなかよく出来ていると私も思います。和服の風合いと洋服の簡便さをうまく採り入れている点で、狙いとしてはなかなか優れているのではないかと、一応、評価はしているんです。日本的な折衷物として、ね。 ただ、いささか「おっさん臭い」んですよね。ですから私自身としては、死んでもあれを着る気にはなりません。しかし、社会的背景がまったく異なる外国人があれを着るとなると、それはそれでまた若干意味合いが違ってくるので、ちょっと面白いかもと思っているのですが、どんなもんでしょうか? 特にロブ君は、団扇と冷たい緑茶を好む親日派ですから、案外甚平も面白がって着てくれるんじゃないかしらん。 ちなみに、ロブ君自身として何を日本土産にするつもりかと尋ねたところ、言下に「清涼スーツ」と言っていました。日本の夏は蒸し暑いので、繊維・紡績メーカーや服飾メーカー各社が工夫を凝らし、軽くて涼しい一枚仕立てのスーツを作っていますが、ああいうものは他国にはあまりないらしく、ぜひ一着買って帰りたいとのこと。はぁ~、なるほど・・・。 ま、人への贈り物を選ぶというのは、そもそも難しいですし、気の張るもんですよね。というわけで、これからまだしばらくは、日本を去る外国人の友人への餞別に何をあげるべきか、思い悩むことになりそうです。このブログをお読みの方で、「浴衣&甚平セット」以上に良いアイディアがありましたら、ご教示のほど、お願いいたします。
July 4, 2006
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先日、久し振りに新幹線に乗って東京に出張した話を書きましたが、その時一つ、あらためて痛感したことがありました。それは何かと言いますと・・・ 「電車の中では、本が読める」 ということでございます。 実は私、家で本を読む時は静かな環境でないとダメな方で、ラジオやテレビなどを通じて人の話し声が聞こえてくると、熱中して本が読めないんです。にもかかわらず、東京中を電車で動き回っている時には、これがまた驚くほどじゃんじゃん読めたんですよ、本が。もちろん車中は様々な騒音で満ちており、その中には他人の話し声や車内アナウンスも含まれるというのに。 でまた、こういうところでは、普段、家の中では読めない種類の本がどんどん読めるんですな。つまり「難解な本」なんかのことなんですけど。 ちなみに、一昔以上前のこととなりましたが、かつて大学生・大学院生の頃、私は実家から大学まで、片道1時間半ほどの時間をかけて通学しており、その間、たいていは本を読んでいたものでした。つまりは最低でも一日3時間程度の読書時間を持っていたことになり、当然、読書量は相当なものになるわけで、実際、年間を通し、平均して3冊以上の本を読まなかった週はなかったと思います。 しかも、当時私が好んで読んでいた本は、いかにも生意気な大学院生が読みそうな本ばかりで、要するに相当背伸びをしながら読んでいたんですね。ですから、読んでいた本の内容のうち、どの程度まで正しく理解していたかは、かなり怪しいもんです。しかし、理解できようが、できなかろうが、お構いなしにじゃんじゃん読んでいたことは確かで、その時に読んだものが現在の私にとって非常に大きな財産になっていることも確か、なんです。 ところが、最近、そういう「がむしゃら」な読書が全然できなくなってしまった。要するに、面白い本、自分のオツムでも理解できる本じゃないと、てんで読めないんですな。読書力が極端に落ちてしまったんです。で、私はそれを「トシのせい」だと思っていた。「もう無茶はできない歳なんだ」というわけ。 ところが。ところが、ですよ。先日、東京の電車の中で読んだら、これがまあ、読める、読める。すごい集中力で読める。たまたま持参していた本がつまらない本だったんですけど、そんなつまらない本でもじゃんじゃん読める。結局、ごく短い時間であったにもかかわらず、文庫本を一冊読み切ってしまいました。 ひゃー。何これ? 読書力の回春? で、ふと気づいたのですが、これは「車中」のせいではないか、と。つまり、このところ小難しい本が読めなくなってしまったのは、私の読書力が加齢のために落ちたのではなく、名古屋の大学に赴任して自動車通勤になったために、電車の中という最良の読書空間を失ってしまったからではないか、と・・・ いやー、きっとそうだ。そうに違いない。 電車の中というのは、否応なしに他人と袖を触れ合わなければならない場所であって、それが嫌であるために、人は自ずと目に見えない「殻」を作って、その中に引き籠もろうとする。で、新聞・雑誌の類も含め、「車中の読書」というのはまさにその「殻」なんじゃないでしょうか。それゆえ、その殻の中に自己を没入させ、外部世界から自己を切り離そうという強い本能が働いて、その結果として、本の世界に深く入り込めるんじゃないでしょうか。そう考えれば、とりわけ「殻」に閉じ籠もりたい性格の私が、電車の中であれだけ数多くの本を読めた理由も分かるというものです。 なーんだ。ワタクシの読書力は衰えたんじゃないんだ。電車に乗りさえすれば、いつでも復活するんだ。わーい! ・・・じゃ、自宅から車で30分の大学に勤務しているうちは、やっぱり読書力が落ちたままじゃん。ガーン! と言ってもなぁ・・・。バスに乗って最寄りの駅に行き、地下鉄に乗り、名鉄電車に乗り替え、もう一度バスに乗って大学まで行くとなると、片道2時間以上はかかるし。それでいかに本が読めるようになったとしても、それはそれで辛かろう・・・。 ・・・ってなわけで、やっぱり当分は面白い本、理解できる本だけを静かな場所で読む、という方針でいかざるを得ないワタクシなのでした。ま、この分だと出世はできそうもないな! 残念!!
July 3, 2006
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今日の名古屋地方は薄日が射す曇り空。それでも部屋の窓を開け放っておくと、割に涼しい風が家の中をさーっと駆け抜けて行っていい気分です。一昨日・昨日とあちこち出歩いていたので、今日はもう家から一歩も出ることなく、仕事をしたり、本を読んだりするつもりだったのですが、そんな予定の一日には恰好の天気となりました。 ちなみに今私が、もろもろの本と同時にのんびり読んでいる本はと言いますと、アーチストの大竹伸朗(おおたけ・しんろう)さんの『既にそこにあるもの』(ちくま文庫)という本。彼がイギリスに在住していた頃のスケッチ集がある雑誌に取り上げられているのを見て、それがとても良かったので、この人の名前を覚えていたのですが、その人のエッセイ集が手軽に文庫で読めると知ったものですから、早速買ってみたんです。 で、こいつをのんびり読んでいると、これがなかなかいいんだ。やはり絵を描き、オブジェを作るアーチストの感性というのは、私のような「文章系」の人間の感性とは明らかに異なっているので、そっち系の人はこうやって世界に切り込んで行くんだ、というのがとても新鮮。また大竹さんという人は、なんでもかんでも貼り付ける「貼り付けアート」をする人としても知られていますが、その発端となった出来事のことなんかも書いてあって、なかなか面白い。これ、なんであれアートに興味のある方には、おすすめですよ。これこれ! ↓既にそこにあるもの さて、そんなわけで、今日の私はこんな感じの本を読みながら、のんびりしているわけですが、そんなのんびりした夏の読書のBGMとしてふさわしいのが、ジョニ・ミッチェルの傑作、『Court and Spark』です。 ジョニ・ミッチェル。カナダの女性シンガー・ソングライター。私がビートルズ、プリンスと共に最も敬愛するアーチストです。ギターの名手ですが、ピアノも上手。 それで、ま、これは私だけがそう思っているだけかも知れませんが、彼女のアルバムには妙に季節感があるものがあって、たとえば『For the Roses』なんてのは9月の初秋の頃に聞くと、ドーンとはまります。で、同じように、梅雨も終わりに差し掛かって、これから暑い夏が来るんだろうな、という今頃の季節にぴったりなのが、先に挙げた『コート・アンド・スパーク』なんですな。 というわけで、ここ最近ずっとそうなんですが、このCDをヘビーローテーションでかけまくっているんです。今日も朝からずっとそう。何度聞いても、いいなあ・・・。 まだジョニ・ミッチェルの何たるかを知らないそこのあなた! 人生で一つ、確実に損をしていますよ。騙されたと思って、聞いてみて下さい。必ずやあなたの愛聴版(この「愛聴版」って言葉も、最近聞かなくなりましたね。LPレコード全盛の頃は、よく使われた言葉なんですが・・・)になるはず!これこれ! ↓ジョニ・ミッチェル/コート・アンド・スパーク とまあ、今日は私の日曜日をそのままアフィリエイトしてしまいましたが、「教授の日常、売ります」というのが、そもそもこのサイトのオリジナル・コンセプトなんですから、これぞ正調「教授のおすすめ! セレクトショップ」というものでしょう。 それでは、皆さんもいい日曜の午後をお過ごし下さい。今日も、いい日だ。
July 2, 2006
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ひゃー、何だか今、名古屋の自宅に居るのがウソみたい。 だって、今日はさっきまで東京にいたんですー。朝名古屋を出て、東京で野暮用を済ませ、それからとんぼ返りして名古屋に戻ってきたという次第。 もちろん、そんな芸当ができるのも新幹線のおかげでございます。さすがに日帰りの東京出張となりますと、さしもドライブ狂の私といえども、新幹線を使わざるを得ませんので、ね。 でも、久し振りに乗ると、いいもんですね、新幹線。まー速い、速い。名古屋・東京間がわずか1時間半ですから。まるで地上を飛ぶ飛行機だ。時速270キロというF1マシン並のスピードを気軽に、安全に、体感できるんですから大したもんです。それでいて乗り心地もいいし。空いた新幹線に乗って、寝不足解消にウトウトしながら、時々おもむろに外の景色を眺めるなんて、最高ですーー。 ちなみに、今日は神保町にある「学士会館」での仕事でしたので、ちょっとばかり早めに着いたのをいいことに、久し振りにかつての私のフィールドであった古書店街を散策してしまいましたよ。 しかしこの町も、私が足繁く通っていた頃と比べると、随分変わりました。ま、どちらかというと「良い方に変わった」と言っていいかな。昔はなかった洒落た小さな古書店があちこちに出来ていたりして、この町でも世代交代の進んでいることが感じられます。そのせいか、若い人好みの、趣味性の強い店が増えましたよね。その反面、懐かしい店が店じまいしていたりして、寂しいところもあるんですが。 ま、せっかく久し振りの古書店街散策でしたので、土産になるような掘り出し物があればもっと良かったのですが、1時間かそこらではそうそう収穫があるものでもなし。でも、楽しかったから、ま、いいか。 ちなみに肝心の仕事の方は、一体私は何をしに来たんだろうと思うほど、活躍の場がありませんでしたー。これじゃ、わざわざ新幹線に乗って、神保町をセンチメンタル・ジャーニーしに来たようなもんだ。今日の一番の収穫が「東京ばな奈」だってんじゃ、ねえ・・・。 しかし、はじめに書いたように、そんな無駄なことのために、名古屋から東京まで半日で往復が出来るのも、新幹線のおかげであります。江戸時代には、幾つもの宿場町を貫く東海道を、人は何日もかけて歩き通したわけですからね。そう思うと、実際には新幹線の中でうつらうつらしていただけなのに、古えの旅人の疲れの一部が私の身体に乗り移ってくるような気がします。 こういう不自然な「疲れ」こそ、「20世紀のバイオレンス」というものなのでございましょう。 というわけで、今日はいささか草臥れたので、もう早めに休むことにします。それでは、皆様、お休みなさーい。 おっと、その前に、今日は週末ですから、軽くアフィリエイトしておきましょう。先日、フリーページの「教授の文房具」を一新しておきました。今回は私の愛する世界最高の鉛筆メーカーの一つ、「ファーバーカステル」の筆記具を仕入れてみました。万年筆、ボールペン、そしてもちろん鉛筆と、「伯爵コレクション・シリーズ」を中心に最高レベルの筆記具を集めておきましたので、筆記具に目のない方、ぜひ一度ご覧になって下さい。これこれ! ↓教授の文房具
July 1, 2006
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