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昨夜の 美空ひばりさんの素晴らしい歌 を聞きながら、疑問が湧いていました。人類の価値、真、善、美、聖の価値に対して、明確な価値を有する音楽は、これらの範疇で捉えられるかという疑問です。果たして、美として捉えられるでしょうか。 少し違う価値ではないでしょうか。如何でしょうか。音楽の価値はどの様に表現すれば良いでしょうか。スポーツにおける価値も、問題ではないでしょうか。人生とは、感じ、知り、感動する事と最近簡潔に纏めましたが、究極に目標とするところは、感動すること となると思いますが、 人を感動させるものに 真、善、美、聖以外にも、音楽やスポーツなど多くがあり、価値の表現には未だ、明確に表現されていないものが多くあるのではないでしょうか。 新しい研究分野ではないでしょうか。それは哲学の分野に属すると思います。
2007.12.31
No. 0:お願い:2007年12月31日朝、美しい大晦日を迎えました。太陽の光が枯野に注ぎ、青空に映えています。昨夜 少し夜更かしをした事もあって寝坊しましたが、 新しい考えで目を覚ましました。ご提案です。次の提案を広める為に このメールを受け取られ趣旨に賛成されたら、受け取られた番号に1を加えて 知人たちに転送して頂きたいのです。 再生核研究所声明の趣旨の中に、美しい意見を世にこだまさせ、より良い社会を作りたいと述べています。この1つを実現させたいと思います。みなさまのご協力とご参加をお願い致します。再生核研究所 齋藤三郎美空ひばりさんの 素晴らしい歌を 妻と後半も聞きました。本当に素晴らしい歌です。何時の間にか 没後18年も経っていたということです。従って、相当の事は夢のような世界に移っている事になります。歌を聴きながら 具体的な考えが浮かんできました。1) 日本国は 美空ひばりさんに格別の尊称を授与し、両院で可決し、日本国天皇によって授与して頂く。2) 日本国は 美空ひばりさんの遺産の保護に努め、特別の施設を作る。またはその様な施 設を作ることを補助する。3) 日本国は 美空ひばりさんを 千円札などの肖像画に載せ、ひばりさんの精神を伝えていく。福田首相並びに現政権は 近年まれにみる英明な首相であり、立派な政権ではないかと高く評価していますが、是非上記の提案を実現させて頂きたいと考えます。また国民のその様な方向での働きかけ、努力を期待したいと考えます。この様な事は1) 100万人の軍隊を要する以上に 国防に対する効果が期待できること。2) 失われつつある日本人のよき精神を 再生させる効果が期待できること。3) いじめ、不景気、抱える国、地方の膨大な借金に対して、よき心を取り戻す大きな効果、1000億円を超える経済効果、借金を吹き飛ばす大きな力が期待できる。などです。美空ひばりさんは 実に大きな遺産を残こされていると考えます。それを再生させ、日本人の心を取り戻し、美しい日本国を再生させようではありませんか。
2007.12.31
美空ひばりさんの 素晴らしい歌を 妻と後半も聞きました。本当に素晴らしい歌です。何時の間にか 没後18年も経っていたということです。従って、相当の事は夢のような世界に移っている事になります。歌を聴きながら 具体的な考えが浮かんできました。1) 日本国は 美空ひばりさんに格別の尊称を授与し、両院で可決し、日本国天皇によって授与して頂く。2) 日本国は 美空ひばりさんの遺産の保護に努め、特別の施設を作る。またはその様な施 設を作ることを補助する。3) 日本国は 千円札などの肖像画に載せ、ひばりさんの精神を伝えていく。福田首相並びに政権は 近年まれにみる英明な首相であり、立派な政権ではないかと高く評価していますが、是非上記の提案を実現させて頂きたいと考えます。また国民のその様な方向での努力を期待したいと考えます。 この様な事は1) 100万の軍隊を要する以上に 国防に対する効果が期待できること。2) 失なられつつある日本人のよき精神を 再生させる効果が期待できること。3) いじめ、不景気、抱える国、地方の膨大な財政赤字に対して、よき心を取り戻す大きな 効果、1000億を超える経済効果、借金を吹き飛ばす大きな力が期待できる。等等です。美空ひばりさんは 大きな遺産を残されていると考えます。 それを再生させ、日本人の心を取り戻し、美しい日本国を再生させようではありませんか。
2007.12.30
今日は朝 良く晴れた美しい日でしたが、一時雨も降りましたが 午後も良い天気になりました。1年のあるまとめを午前中して 午後は温泉に行って身を清めてきました、早い夕食をとって帰りましたら、美空ひばりさんの歌をNHKでやっていて、実家から送られてきたもちを切りながら、今まで聞いていました。7:30よりまたあるというので、予定を変更して、お聞きしたいと思います。本当に素晴らしい歌が 次々と出てくるので、驚いてしまいます。 涙が溢れてきたり、ぞくぞくしたり、次々と心打つ歌で、本当にびっくりです。天才歌手、日本人の魂を揺さぶる本当に素晴らしい歌手だと思います。ご自身で 歌が命であったとおしやっていましたが、それは本当だと思います。激しい生きる意欲と情熱をかりたたてくれます。ー 返す がえす残念なのは、自分の過失でないのに 責任をとらされる形で、NHKをはじめマスコミ、社会がその才能を認めて、正当な評価をすることが出来なかったことです。NHKをはじめ社会の大きな誤りは重大で、いわば国宝の天才の才能を活かし、正当な評価をすべきではなかってしょうか。ーー そのころは、私はすっかり数学の世界に入っていて、社会の事は大抵見ていなかったのです。誠に残念です。
2007.12.30
小倉金之助が世界で最初、サンプリングの定理:午後大学に行き、重要な急ぎのメール2件に対応しました。 Butzer氏たちとの共著の論文全体を通読する事が出来ました。23ページの未完の論文で 密度は濃い論文と言えますので、精読は大変です。有名なサンプリング定理、普通はシャノンのサンプリング定理として電子通信理論の分野で有名ですが、その定理の歴史を語り、特に誰が最初に厳密な定理を確立したかを論じています。私を除いた5名のヨーロッパの その分野の代表者たちが 日本の小倉金之助が 東北大学の雑誌に1920年に発表した論文であると結論しているのは 何と名誉あることではないでしょうか。シャノンの有名な論文が発表されたのが1949年で、小倉金之助の論文が世界で知られたのは、何と1992年 Butzer氏たちの論文によってであると述べられています。有名な定理が 72年も知られていなかったという事になります。何という事でしょうか!!
2007.12.29
今朝は 昨夜からしとしととした小雨が続き、何か落ち着いた朝です。数学の研究会でいろいろな発表を聞けば、数学とは何かや、その後、人生とは何かなどと考えるものです。 昨夜の続きですが、数学の世界と他の世界を考えたとすると、多くの数学の研究成果が 数学の世界だけに影響して、数学以外に関係をもたないのが 非常に多いのではないかと考えてしまいます。するとその様な数学の研究成果の価値が 如何なるものになるかという心配です。実際には 数学ばかりではなく、ほんの1部の数学者だけしか理解できず、小さな世界にのみ関係している数学の研究成果が非常に多いのが現状ではないでしょうか。人生の事ですが、今朝は短く、人生とは、感じ、知り、感動すること と纏められるのではないかと思い付きました。今日は普通のように、家族が買い物に御前中でかけるので、午後から大学に行く予定です。私の性格、人生観での弱点は 人生は結局みな同じ事、消えていかざるを得ないという事を早い段階で 気づいた事です。何故なら、私の思考の考え方として、結局どうなるかと結果や終わりから考える考え方を本能的に持っているからです。
2007.12.29
今夜は結構な雨になりました。 ここ出掛けていましたので、出来事を纏めておきたいと思います。今日は仕事修め、静かな1日でした。一応 1年の展望を 研究日記に書きましたが、非常に日記は進んでいなく、研究がノート上で行われず、計算機上で行われるようになっている事がよく分かります。1昨日は共通の忘年会で、理科大での研究集会から大学に戻り、出席しました。丸2日間の関数空間セミナー16回目、16年続いた事になりますが、数学の世界は抽象的で あまりにも観念的、想像上の理論が多いと不安にさせられます。忘年会は大学や、社会の影響、いろいろ個人的な影響もあって あまり意気が上がらない状況でした。それぞれにいろいろな問題があって いわば調子が良いとは言えないのです。仕事の事、家庭、子供の教育の事、そして両親の世話とそれぞれに大変です。改めて人生の厳しさを感じる年頃となりました。人生の厳しさを感じる年頃とは 人生が見えてきたら 見えるようになってきたという事でしょうか。眼鏡屋さんで検査をしていただきましたら、近視は快復していて、弱いめがねに変えた方が良いといわれましたので、新しいめがねを作るようにしました。確かに、若いころはそんなに将来不安を抱かず、結構楽しく、夢を追っていた、必死に夢中で 生きてきたと思います。若いころ、想像も出来ない位のレベルに研究は達したにも関わらず、何か満足感、充実感がしないのは、相対的に広いいろいろな世界が見えているからでしょうか。満足感を味わうのも大事ではないかと思います。きりがありませんから。
2007.12.28
今日は午前中、曇りで、わびしい日でしたが、買い物の手伝いに出かけているうちに 晴れ間が出で来ました。そこで、昼食後は 山歩きではなく、温泉、サウナにして、夕食を途中でして、帰宅しました。 帰るとき、真ん丸い月が美しく出ていました。 午後は、山の谷間は ぽっかりした雲が浮かんでいて美しい情景でした。温泉から眺めていました。朝実家の兄に電話し、お歳暮の希望を伺い、母の様子や、年末の予定などについて お話ししました。ここ数日、自分の心の弱点で 心を痛めています。原因は 体調からきているかも知れません。 賀状に月日の経つのは早いものといった感じを述べましたが、この様な感覚は たとえ人生如何に永くても、結局はその様な気持ちを抱くのではないかと感じました。 それで、永くても短くても結局変らないのではないかと感じました。 ここ数日、抽象的な世界の研究に明け暮れている 数学者の人生 というものに考えさせられています。 多田健夫氏の人生に 数学者の人生の原型 を見ることができるのではないかとう気持ちです。
2007.12.23
生命作用は神秘的: 言うまでもないことですが、本当に生命とは神秘的です。 研究室の窓にたくましい枝が伸びているのですが、本当に逞しく羨ましく感じます。 黒い大地から このように伸びて育つ木の 生命力は神秘的といわざるをえません。 山茶花などはこの冬に 赤い花を咲かせているのです。逞しい枝を、羨ましさと畏敬の念を抱いてなでて見ました。一段と逞しく感じました。
2007.12.22
今日は 曇りの師走、冬至を迎えました。曇りで、わびしい暮れです。午後は雨になるよそうです。 昨夜と今朝 カボチャを頂いたのですが、あまりに美味しいので、本当に感銘を受けました。妻はだれだれの作ったカボチャ、だれだれの作ったキャベツと作った人の名前を確認して 特に買い物をします。 本当に名人芸の野菜を作る人がいるのです。 高く評価できるような方法が考えられないでしょうか。これらは新しい産業にもきっとなると思います。 多くの人達がこの様な美味しいカボチャを きっと食べたいと思うに違いありません。本当に美味しいのです。 今朝のニュースから評価について: __________ これは、夢ある話で育てて頂きたいと思います。 (京大での万能細胞の研究について)そこで、問題提起しておきたいと思います。 本当に創造的な仕事についての評価が、日本ではできないという致命的な欠陥があるという点です。 新しい良い研究を行っているにも関わらず、評価できず、埋もれている研究が、多くあるという事です。 歴史的に見ても、実は、日本で最初に研究されたり、発見された事が 日本では、評価されず、長い時間が経って、外国で評価されて、初めて日本に良い研究があったと気づく事が多いのです。 これでは、先進国や世界をリードする国とは言えず、後進性を持ったままになってしまいます。 新しい価値、新しい考え方を取り入れる精神の欠如です。 実際、多くの評価は、国内でできず、外国に頼ったり、人の事ばかり気にしている情けない状態ではないでしょうか。
2007.12.22
今となれば、昨日ですが、年内の最後の講義を終えました。 さくじつ賀状を郵便局に出しました。 イチさくじつ午前中議論した数学の課題、山田さん 論文原稿正しかったという連絡を受けてスッキリしました。神戸大学関係の書類をだし、宿泊先をインターネットで予約を済ませました。便利な宿探し法です。理科大での講演の準備を整えました。しかし、今年の年末、年始は 大変な仕事を抱えて重苦しくなっています。AMS ReviewとButzer氏との共著の論文の件で、大変だからです。ともに難しい力作の作品に関しているからです。まずいことに 逃げ出したいくらいです。世界は クリスマス休暇の様子ですが、ロシアの再生核に興味をもつ数学者からメールがありました。
2007.12.21
苗床: 昨夜休むころ、一人でたわいもないことを珍しく思いだしました。苗床です。毎年、父は 庭に苗床を作って、苗を育てていました。 肥料を積み重ね、肥料の熱で暖め苗をそだてるものです。器用に藁で、囲いをつくり、50センチメートルくらい肥料を積み重ね発酵のエネルルギを取り出す装置です。食事の時間になってしまいました。農家では伝統に基づいたいろいろな習慣で生活が決まっていました。 習慣が生活を決めていたのです。改めて面白習慣について触れたいと思います。大事な人間の終末もちきんとあり方が決まっていたと思います。人生の最後を迎える方法もです。
2007.12.19
太田から、夜間の講義をして帰りました。今日は論文の校正、理科大での研究集会のアブストラクトを送り、 山田さんの推薦状を完成させました。少し仕事が減りましたが、まだまだ義務的な仕事が残っていて、新年を迎えるのは 未だ大変です。 考えると男の人生も大変と昨夜 風呂の中で思いました。先ず厳しい社会の中で、仕事が大変です。次に家庭を支え、子供の世話や妻の世話も大変です。 家庭のない人は、食事や、洗濯など生活をする準備も大変です。 さらに、両親の世話や、看病も多くの人が問題になっています。それらのどれをとっても、現在は本当に厳しい時代です。考えて見ますと、現在は厳しい時代と言えると思います。どうしてこの様な厳しい時代を迎えてしまったのでしょうか?昨日は 山を散歩した為、精神が溌剌としていました。足から精神を活性化させるという事が考えられると思います。運動は本当に大事です。 5階まで、エレベーターを使わないで体を鍛えたいと思います。1石2鳥です。
2007.12.18
午後、昼食をとるや山歩きに出かけましたが、2周3時間くらい歩きましたら 夕日になってしまいました。本当に短い1日です。すっかり落葉し、きいろの紅葉で鮮やかであったアブラムシという奇妙な木も すっかり落葉していました。 かえり 道に吹き寄せられた木の葉を できるだけ集めて、畑に蒔きました。寒さ防ぎと肥料を考えてのことです。 夕食と共に 川中島のNHKのドラマを見ました。空しい内容ですが ドラマは素晴らしい出来だと いつも感心しています。チリトテチンもそうですが ドラマ制作の技術は大変素晴らしく、未来への偉大な遺産、文化になるのではないでしょうか。近代科学の進歩、数学などの進歩、などと共に歴史的とも言えると思います。一番遅れていておかしいのは、軍事や政治ではないでしょうか。世界の膨大な軍事費を 平和な世界を確立して、民生を豊かにし、文化の向上に回せないのは如何にも残念です。 時間の問題ではあると思います。川中島の戦いで 宇佐美 上杉の軍師が 山本かんすけ に軍を引け、このまま戦いを続けると 共倒れになると言った事は 極めて、見識のある判断ではないでしょうか。 実際、豊臣秀吉と徳川家康は同じような場面で、にらみ合いをしましたが、戦いをせず、和平に持っていった歴史的な事実があります。 賢明な判断であったと思います。 それからカタクリという植物、10カ月は地下で根が活躍し、地上で草や花をつけるのは2カ月という説明がありました。 面白い変った植物と思いました。
2007.12.16
昨日は 宇都宮の兄から 母の件で電話を頂きました。兄弟6人のうち、私を除いた5人が集まり 手術に立会い、順調に上手くいったとの連絡を頂きました。手術については、末の妹と医者の兄の意見と 他の3人の意見が分かれたのですが、医者の兄の意見で進められました。母の順調さは 子としては嬉しい事です。今日は暖かく、良い日和です。これから 買い物の手伝いに出かけ、午後は枯野を散歩に出かけたいと思います。 スッカリ落葉になり、 美しい青空に枯野が映えています。少し仕事が溜まってしまい、気は重くなっています。 今朝のニュースから: これからの防衛構想:日本の安全は 自衛隊よりは、警察力ではないでしょうか。そして、両者について言える事は、探知能力や情報戦による戦いに打ち勝つ事ではないでしょうか。今一部で、慰安問題等で、日本を批判する動きがありますが、情報戦とは、その様な背後にある動きを正確に捉え、適切に対応する能力をつけることこそ、国防の基本であり、これからの 真の意味における戦争 そのものではないでしょうか。世界が、民主化されれば、国民の意思が政府や軍を動かす事になりますから、戦争とは、各国の国民の意思を正確に捉え、各国の国民の支持を取り付けることこそ、戦争そのものであり、軍の形態は、スッカリ変化し、それらに、対応できるような変化が、必要なのではないでしょうか。歴史的にもそうなっていますね。 少し前までは 国内で武器を持って戦って、権力を掴んでいましたが、現在は選挙によって、権力を掌握するようになっているのです。国も地方も民主的な手続きで、利害を確保していく戦略が必要ではないでしょうか。(2007・12・16)
2007.12.16
再生核とは何か: 検索で、再生核を見て頂ければ分かるのですが、再生核は、数学の専門用語です。しかし、その背後にある考え方は、生命が次々と新しい命を生み出していく元 という意味で私は使っています。文化でも社会でも、次々と変わって生まれ変わっていき、それらが、続いていくのですが、それらにいえる事が再生、生まれ変わるという意味です。人間は誰でも、死んでいきますが、新しい命を生む事によって、生まれ変わっていくといえると思います。その元になるものが、再生核です。数学でも、そういうものがあります。 そして、面白い事には、その背後に 2つ という考えがありますよ。丁度男女と同じなのです。従ってこれは、愛にも通じる考えで深いのです。男女が愛し合うと新しい命が生まれ、私達の生命は、生まれ変わっていくともいるのではないでしょうか。そこの考え方が、元が、再生核です。
2007.12.15
午後 大学に行きましたら、Butzer氏からメールがあり、 さらに宿題を出されてしまいました。近代数学の黎明期の日本の歴史について詳しく、私などより ずっと詳しいのです。日本にも数学史学会があると思いますが、どのくらい整理されているのか 私には分かりません。外国人の方がよく知っているという事になりかねないと思います。小倉金之助氏のサンプリング定理についての貢献は、大事な研究を行っているのに 日本では評価されるどころとか、ほどんと知られていないのです。まさか日本人の成果は 西欧の人に比べて劣っていると思っているのではないでしょうね と考えてしまいます。夕方 小雨がありましたが、もう月が出ています。審査依頼や、推薦状を送ったり 5時まで大学にいました。
2007.12.15
今朝は布団を全部干し、午前中 家族が買いものにいっていますので、研究室で校正原稿を精読していました。京大の藤原先生が感銘するような校正をされて、完璧かと思いましたが 少なくてもあと2箇所は 修正が必要である事が分かりました。そこで、気合を入れて精読を続けるようにしたいと思います。藤原先生の修正、私がいくら検討しても気付かないものです。いくら検討してもです。 仕事が溜まってしまいましたので、午後は大学に行きます。 暖かなよい日和です。美しい師走の日和です。 Butzer氏達の作り上げた 共著のサンプリングに関する歴史的を論じた論文 原稿が送られてきましたが、重厚な論文であり、小倉金之助が重要な役割を果している事がよく現れています。 その精読も重要な義務的な仕事です。 家族が買い物から戻りました。
2007.12.15
忘年会が終わり、山田さんの論文纏めも 一応できたと思っていましたら、今日だけでも新たな論文が 4編も送られてきてしまい、 仕事の手順を決められませんでした。メールは減っているのですが、今年中にと考える人も多いようです。論文の審査員を探すのも大変です。メールで連絡できないと 時間がかかってしまいますので、結局は既にあるメール1欄表とアメリカ数学界、日本数学会のメールが頼りになります。AMS MathScinetなどで 個人の業績や研究内容などは かなり正確に分かります。 Gilbert教授から あまりに良くない論文の投稿が多いので、大量に却下したので、編集員が良い論文を送るようになどのメールもありました。
2007.12.13
書き忘れましたが、今日は 再生核研究所を立ち上げて、1周年記念日です。 研究は大いに進展しましたが、 社会的には再生核研究所声明が大きな働きかけになると思います。MIXIは 代表のよっちゃんの仕事ですが、22万件を今夜 越えました。これはまだ9かっ月くらいでしょうか。 再生核研究所声明1: 良い社会を作るには再生核研究所声明2: 中国古代の教育再生核研究所声明3: 最低生活の保障を求める再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に再生核研究所声明5: 靖国問題について再生核研究所声明6: 憲法問題について再生核研究所声明7: 参議院選挙に当たって再生核研究所声明8: 日本の国防のあり様について再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える再生核研究所声明10: 絶対的な世界の平和のために再生核研究所声明11: 国の構成について再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について
2007.12.12
今日は 財団の理事会が午前中にあり、3時から教授会、その後教室会議、5:30から教授会忘年会、がありましたが、教授会前に 山田さんの論文をまとめ終えてしまいました。山田さんに送るや否や山田さんの思いがけない、新しい表現を見て、震撼しました。相当学習が進み、感覚が鋭くなっている事がよく分かります。宇都宮の兄から電話があり、母が十分な栄養が取れるように 手術することにしたとの連絡を 妻が受けていました。1つの論文の校正が昨日来ました。今朝早く 1つの論文却下のメールを出しました。 一般に メールは少なくなっています。クリスマス休暇は世界的です。
2007.12.12
今日は Butzer教授の宿題が目鼻がついたので、山田さんの論文を 午前中に相談して午後纏め始めましたが、新しい論文審査依頼と、AMS MathReviewの依頼を受けてしまいました。両方とも簡単にはすまない仕事です。人生最後はみんな同じと意気消沈しているところに 仕事が押し寄せています。夜間の授業を1つ行ってきて、論文を眺めていました。再生核を中心とする雑誌が着きましたが、カリホニア大とスタンフォード大の先生の論文、大事なコロモゴロフの定理を簡単に証明しているのに驚かされました。私の重要な理論に関係するので、2人に私の論文別刷りを送りました。
2007.12.10
今朝 宇都宮に向かう折り、枯れ葉が盛んに車に拭きつけ、落ち葉の盛んな日でした。結構 宇都宮も西那須野も寒く、雪の吹っかけた那須野の大地を 兄の車で姉とともにドライブしました。 懐かしい故郷の大地であり、風景です。桐生よりかなり寒い所です。 6人兄弟のうち 4人兄弟が集まりました。93歳の母は ここ1っか月十分な食事が取れないため、1っか月前よりかなりやせてしまいましたが、表情が明るく、元気でしたので、よかったと思います。長男から 故郷のいろいろな情報を聞くことができましたが、私だけが 世界から取り残された変な感じになります。ある意味で狭い、特殊な世界に生きているからです。今日集まった兄弟は 長女、農家にとついで、いろいろ野菜なども作って自適の生活を跡取りと暮しています。 長男 農家、町会議員で実家の跡取りです、次男医者を退職して、検診等のアルバイトをしたりしています。 妹2人さらにいます。 孫がいないのは、末の妹と私だけです。 勿論 私も孫が欲しいのですが、その前提条件がまだできていません。最大の悩みです。 まだ長男が自立していないからです。
2007.12.09
昨日は いつものように午後 大学に行きましたが、クリスマス休暇の為にか メールは少なくなっていました。 夕刻 小雨がありましたが、今朝は良く晴れました。昨夕 兄から93歳の母の調子が良くないとの連絡を受けましたので、宇都宮や、西那須野に間もなく出かけます。数学等に夢中になっていると、社会のことや年齢などに関係ないので、何時の間にそんな状態になったかと 世の変化についていけないような気持ちになります。数学などの世界はきりがないのですが、人生にはきりが短いと言う事です。芸術は永く、人生は短いと言う事です。昨日の午前中研究室にいましたが、空にようやく暮れの気配が感じられました。朝食の時間です。 美味しいうどんで、特別に美味しいのです。
2007.12.09
関係者:(再修正):Butzer氏達 サンプリングの定理に興味のあるグループが 小倉金之助がサンプリングの定理で興味ある結果を得ている事から、小倉氏に興味を持ち、彼らの論文に少し、小倉氏の個人的な伝記のようなものを 論文の脚注に 入れたいと考えられています。それを依頼されましたが、私は苦手ですので、したくないのですが、断るわけにも行かず、困っています。そこで、添付のような素案を書いてみました。何でも修正や、助言、参考になるような事を教えていただければ誠に幸いです。宜しくお願い致します。敬具齋藤三郎_________________ Kinnosuke Ogura7.12.8: Kinnosuke Ogura (1885-1962): Ogura was born at Sakata Funaba-cho, in Yamagata Prefecture, Japan as the eldest son of Ogura Kinzou. He studied at the former of Tokyo University of Science (Tokyo Buturi Gakko). After graduating from Tokyo Buturi Gakkoo, he studied chemistry at the Imperial University of Tokyo as a non-regular student. After then he worked with his father for a while at his home town. However, he also had been studying mathematics at the same time under the guidance of Tsuruichi Hayashi (1873-1935) and he got an academic position at Tohoku University as Assistance in 1911. In the mean while he got Dr. Degree from Tohoku University on 1916 with the thesis " Paths of a mass point in conservative fields". On the next year, he got the researcher position at Shiomi Science Research Laboratory in Osaka. On 1919, he went abroad Europe for study and he stayed mainly in France (1920-1921). After returning to Japan, he became the president of the Shiomi Research Laboratory and then became Professor of Osaka Medical University. His majors were differential geometry and applied analysis. Later his interests turned to mathematic education, statistics and history of mathematics. His interests in mathematics education and history of mathematics are deep and wide, and his great works and interests were extended over the social problems against fascism. He published many and many books widely relating to social, educational, and scientific problems in connection with human beings. He was the President of Tokyo Buturi Gakko during the period 1940-1943. He worked as the President of the History of Science Society of Japan, too and took active parts in the fields of history and education. Further he always had been making suggestive remarks from the viewpoint of a scientist and a humanist. He passed away at 77. We find his great contributions to human beings with great admiration in google and other internet systems.
2007.12.08
関係者:(修正):Butzer氏達 サンプリングの定理に興味のあるグループが 小倉金之助がサンプリングの定理で興味ある結果を得ている事から、小倉氏に興味を持ち、彼らの論文に少し、小倉氏の個人的な伝記のようなものを 論文の脚注に 入れたいと考えられています。それを依頼されましたが、私は苦手ですので、したくないのですが、断るわけにも行かず、困っています。そこで、添付のような素案を書いてみました。何でも修正や、助言、参考になるような事を教えていただければ誠に幸いです。宜しくお願い致します。敬具齋藤三郎_________________ Kinnosuke Ogura7.12.7: Kinnosuke Ogura (1885-1962): Ogura had born at Sakata Funaba-cho, in Yamagata Prefecture, Japan as the eldest son of Ogura Kinzou. He studied at the formers of Tokyo Science University and University of Tokyo ( some special course of Chemistry ) and after then he worked with his father for a while at his home town. However, he also had been studying mathematics at the same time under the super advisor of Tsuruichi Hayashi (1873-1935) and he got an academic position at Tohoku University as Assistance in 1911. In the mean while he got Dr. Degree from Tohoku University on 1916 with the thesis " Paths of a mass point in conservative fields". On the next year, he got the researcher position at Shiomi Science Research Laboratory in Osaka. On 1919, he went abroad Europe for study and he stayed mainly in France (1920-1921). After returning to Japan, he became the president of the Shiomi Research Laboratory and then became Professor of Osaka Medical University. His majors were differential geometry and applied analysis. Later his interests turned to mathematic education, statistics and history of mathematics. His interests in mathematics education and history of mathematics are deep and wide, and his great works and interests were extended over the social problems against fascism. He published many and many books widely relating to social, educational, and scientific problems in connection with human beings. He was the President of the former of Tokyo Science University during the period 1940-1943. He worked as the President of the History of Science Society of Japan, too and took active parts in the fields of history and education. Further he always had been making suggestive remarks from the viewpoint of a scientist and a humanist. He passed away at 77. We find his great contributions to human beings with great admiration in google and other internet systems.
2007.12.07
今日は妻の誕生日ですが、朝病院に連れて行きました。高血圧で通院しています。どうも調子が悪く、終日いろいろな本を眺めていました。昨日のチュモンの韓国テレビの影響かと思います。王様の重傷、チュモンの行方不明、素敵なおそのさんの嘆き、結果がまづいので、自分の事のようにガッカリ、心配だからです。山々は紅葉で赤く、美しい眺めです。午前と夜、コンピュターの接続が遅くなっているので、ヤフーとデル会社に連絡し、不都合を直しました。適切なサービスで、この様な大事な面でのサービスが 日本のコンピュター会社は苦手なのではないでしょうか。 計算機などの機具を売るには その様なきめ細かいサービスが大事ではないでしょうか。機具を売ったらお終いという感じはないでしょうか。それはいろいろな事について言えると思います。
2007.12.06
関係者:Butzer氏達 サンプリングの定理に興味のあるグループが 小倉金之助がサンプリングの定理で興味ある結果を得ている事から、小倉氏に興味を持ち、彼らの論文に少し、小倉氏の個人的な伝記のようなものを 論文の脚注に 入れたいと考えられています。それを依頼されましたが、私は苦手ですので、したくないのですが、断るわけにも行かず、困っています。そこで、添付のような素案を書いてみました。何でも修正や、助言、参考になるような事を教えていただければ誠に幸いです。宜しくお願い致します。敬具齋藤三郎_____________________ Kinnosuke Ogura7.12.2: Kinnosuke Ogura (1885-1962): Ogura had born at Sakata Funaba-cho, in Yamakaga Prefecture, Japan as the eldest son of Ogura Kinzou, He studied at the formers of Tokyo Science University and University of Tokyo ( some special course of Chemistry ) and after then he worked with his father for a while at his home town. However, he studied mathematics at the same time under the super advisor of Tsuruichi Hayashi (1873-1935) and he got an academic position at Tohoku University as Assistance in 1911. He got Dr. Degree from Tohoku University on 1916 with the thesis " Paths of a mass point in conservative fields". On the next year, he got the researcher position at Shiomi Science Research Laboratory in Osaka. On 1991, he went abroad Europe in particular he studied in France (1920-1921). After returning to Japan, he became the president of the Shiomi Research Laboratory and then became Professor of Osaka Medical University. His majors were Differential Geometry, Applied Analysis and then his interest turned to Mathematical Education, Statistics and Study of History of Mathematics. His sprit in mathematical education and study of history of mathematics are deep and wide, and his great works and sprit were extended over the social problems against fascisticization. He published many and many related books in the wide Social, Educational, Sciences problems in connection with human beings. He was the President of the former of Tokyo Science University while 1940-1943 and he worked as the President of the Japanese Society of History of Science and others as a great leader in the history and education and also for the social problems from the viewpoint of scientists and humanism. He passed away at 77 years old. We can look his great contributions to human beings with great admiration in google and other internet systems.
2007.12.04
Yさん、Sさん:12時半から4時半まで山歩きをしてきました、紅葉した山と、落葉を楽しむ事ができました。4時40分くらいになるとすっかり暮れてしまいます。本当に短い、午後です。さて、山田さんの考えられた、正則化法 評価法も計算法も次のように考えればよいと思います。コンボルーシオン型ですから、 フーリエ積分を取り、 逆変換を取って特異積分は表現できます。その時、逆変換を取るところに、距離の指数がかかって、 原点で無限大になるので、逆変換が上手く行かないとなります。そこで、山田さんのように考えれば正則化法ができ、そのフーリエ逆変換から誤差評価も得られると考えられます。もうひとつの考えは、原点での無限大を避けるために 距離の指数をかけて、ゼロに成らないまで 距離の指数をかけるように 最初のフーリエ積分から出す事です。 微分のフーリエ積分との関係を用いれば、それは可能で、距離の指数を出す為に 微分はラプラシアンが良いと思います。 以上の2つの方法で、誤差評価と数値的に求める方法はできると思います。 実際は山田さんがやられたようにできれば、良いと思います。フーリエ積分を用いる方法も確かめたいと思います。
2007.12.02
午前中 買い物のお手伝いをしてきました。 どうだんの紅葉や山茶花の花が目立ちますが、ぐるりと山に囲まれた桐生は 紅葉した山の赤さに驚いて、よく眺めながらドライブしてきました。びっくりするほどの明るさで、紅葉の美しい季節です。それで、このような紅葉が12月2日の事かと変な感じにさせられました。暖かな良い日和です。午後は山歩きに出かけたいと思います。昼食の合図がありました。
2007.12.02
昨夜 寝る前に湧いた質問です:リースポテンシャルについての質問:関係者各位:私のところの学生 山田君が、添付論文の2次元、3次元版を考えています。添付の結果は世界で最も簡単な帰結にいたった論文ですが、その多次元版はどの様な方法を用いても難しいとなっていると思いますが、如何でしょうか。さて、その問題に関して、リースポテンシャルを具体的に、計算機で解く必要性が出てきましたが、形式上特異積分ですから、何か工夫が必要に思います。そこで、私達はチホノフの正則化法と再生核を用いて その様な問題に挑戦して、方法を示しました。ところが、山田君は リース核に小さな正の数を入れて計算機で計算してしまいました。論理上も正の数をゼロに近づければ 正確な値に近づくはずです。言われてみれば当然ですが、文献にないようですが 如何でしょうか。このときの誤差評価などに興味がありますが、誰かやっておられるでしょうか。このような特異積分を計算機で求める方法はどのようにすれば良いでしょうか。フーリエ積分を通して、計算する方法は如何でしょうか。関係情報をご存知でしたら宜しくお願い致します。敬具齋藤三郎
2007.12.02
午前中 家族が買いものに行きましたので、原稿の通読をしていました。休憩に庭を散歩してきましたら、山の紅葉は少し行き過ぎで、どうだんの紅葉の赤が美しい状態です。白の山茶花は乱れすぎで、だらしない感じになってしまいましたが、赤い山茶花は沢山咲いている上に、つぼみも元気よく、全体に活気と元気があります。社会もその他政治社会などでも、次の世代が元気良いのは その社会の活気が感じられて頼もしいものです。学問研究分野についても 若い人達が元気よく参加している分野は 活気があってい良いものです。つぎつぎと再生を続ける事が良いのではないでしょうか。昨年、作ったこの研究室とサニー ルームがよく機能している事を感じます。 良い環境ならば それだけ生活し易く、 それだけ充実した生活が送れることになります。 研究室のおかげで かなり多くの事ができるようになりました。午後は大学に行きます。メール対応と宿題に手がけたいと思います。 暖かなよい日和になりました。
2007.12.01
今朝は、師走に入り、土曜日ですので、疲れも感じたので わざと寝坊をしました。太陽が出ていましたが、極近くの山の紅葉が進み、その鮮やかさに感銘をうけ、紅葉のさまを驚いてみました。それ程 紅葉が美しく、鮮やかなのです。いつ最も美しいかを注目したいと思います。 研究室からよく山肌が見られるので、注目するようになったのです。この様に何かを書く習慣を持つと 書くためにいろいろ逆に考えるようになるのは良いことではないでしょうか。初めて Butzer氏の宿題 に取り掛かろうとする気持ちになってきました。 いろいろ仕事が片付いてきたからです。今日は始めたいと思います。
2007.12.01
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