文春新書『英語学習の極意』著者サイト

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Jul 17, 2010
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カテゴリ: ことばと文字
(なかみ) 著 『日本語の歴史』 (岩波新書、平成18年)
大学でこんな授業を受けてみたい! そういう名著だ。

第5章の 「言文一致をもとめる ―― 明治時代以後」 で、これまでの認識を改めた。

いわゆる 「言文一致」、わたし流に正確に言えば 「明治期の口語文法にもとづく文章語の確立・普及」 は、抵抗勢力を前に遅々として、しかし一直線に、進んだものとばかり思っていた。

漢文読み下し調あるいは擬古文が覆う世の中に、明治20年 二葉亭四迷が 『浮雲』 とともに登場し、以後、ゆっくり着実に言文一致体の文章語が普及したものと思っていた。

ところが実際はそうでなくて、明治の初めから浜に寄せては返す波のように、手を変え品を替えさまざまな流儀の口語文が現れては打ち捨てられ、ようやく明治29年の尾崎紅葉の 『多情多恨』 による 「である調」 の完成でもって文体の確立を見た、というのが山口仲美さんの説明。

「である」 体がなぜウケたのか。山口仲美さんの論には説得力がある。

≪「である」 は、前の章でのべましたが、江戸時代の学者が講釈などで使った公的な感じのする文末表現です。明治時代になると、ヨーロッパの書物の翻訳にも用いられました。また、演説や講演などの公の話の場で用いられた文末表現です。日常の会話にはあまり用いません。

こうした性質をもつ 「である」 が、なぜ、言文一致体の停滞を打破できたのか? それまでに存在する文末表現では、うまく表現できなかったことが 「である」 の出現によって可能になったからです。

それまで地の文で説明に用いられる文末は、「でございます」「であります」「です」「だ」です。ところが、これらは、いずれも読み手に直接働きかけてしまう文末なのです。地の文で客観的に説明したい時には、向かない表現形式なのです。

それに対して、「である」は、客観的に説明するのに向いています。ちょっと例をあげてみます。

地の文で「彼はあの人が好き」という状況を説明しなければならないとします。地の文ですよ、会話文ではありません。

「彼はあの人が好きでございます」
「彼はあの人が好きであります」
「彼はあの人が好きです」
「彼はあの人が好きだ」

と地の文に書いたとします。
読者は、直接書き手の判断を聞かされた感じになって、客観的な描写にはなりにくい。丁寧な表現かぞんざいな表現かという違いはありますが、これらは、すべて直接読者に語りかける表現形式なので、客観性が出にくいのです。

ところが、
「彼はあの人が好きである」
とすると、客観性のある説明文になる。

「である」 は、もともと公の話の場で用いられる表現なので、客観的な語感を持っているからです。

地の文の機能は、物事の説明や描写にあります。それが、「である」 の出現によって、客観的に行えるようになったのです。≫

≪言文一致体の一番の悩みは、地の文の記述に客観性が確保できない点だったのです。日本語のように、つねに相手を意識して話す話し言葉を書き言葉に援用する時のネックでした。

それが、「である」 体の出現によって、打破できたのです。≫
(203~205ページ)

なるほど! 第三者的な素っ気なさが必要な演説や翻訳ものが無色透明の道具を求めて 「である」 をこれに充てたことに、尾崎紅葉が目ざとく着目してこれを文学にも使える道具として磨き上げたわけだ。

この本は、いたるところにこの 「なるほど感」 があって、メリハリのきいた日本語史論になっている。
係り結びがなぜ消えていったのか、その過程と理由を追ってゆく第3章 「うつりゆく古代語 ―― 鎌倉・室町時代」 も、わくわくさせられた。



207ページの「個性の出せる言文一致体」というくだりも、納得感が高かった。

日ごろぼくががブログや配信誌用に文章を書いているとき、「です・ます」 と 「である」 「だ」 を意識的に混在させることがある。
学校流には 「です・ます」 なら 「です・ます調」 を貫き、「である」 なら 「である調」 で一貫すべしというのが教科書的教えだから、じつは若干の後ろめたさを感じていたのですな。

ところが山口仲美さんは、「です・ます」 と 「である」 の適度な混用を理論づけする説明をくれた。

≪現在、私たちは、言文一致運動の成果を満喫しています。書くための特別な言葉や文法があるわけではありませんから、誰でも書ける。おまけに、その時の気分に従って、自在に書ける。

主観的に断言したい時は 「だ」 を連発し、語りかけたい時は 「です」 や 「ます」 を使い、客観的に述べたい時は 「である」 を使うというぐあいに。≫

≪さらに、私たちは、「です」 「ます」 調で文を進めていても、途中で 「である」調や 「だ」 を織り込むことがあります。それでも、少しもおかしくはない。

なぜなら、話し言葉では、始終そういうふうに調子が変わるからです。言文一致体の基本は話し言葉なのですから、それでいいわけです。そして、その変調には書き手の呼吸のリズムがあらわれます。それが、個性です。

言文一致運動のお蔭で、文章に個性が出てきたのです。一人一人呼吸のリズムが違うように、文章もひとりひとり異なった呼吸をしているのです。≫
(207~208ページ)

山口仲美さん、いろいろとすっきりさせてもらえて、ありがとうございます。





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最終更新日  Jul 17, 2010 12:20:18 PM
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