まずは、共和国広場の トリトンの噴水 から。トリトンというと、手塚治の漫画や、それを原作にした子供向けのアニメーションの影響で、海神ポセイドンの息子というイメージがある。もちろんトリトンは一人だと思っていた。しかし、トリトンというのは複数いるという神話もあるらしく、オロモウツのトリトンの噴水もその複数説に基づいている。
共和国広場からトラムの線路に沿って、道なりに街の中心に向かうと、左側に聖モジツ教会が現れる。ここの塔は、特に管理人がいるわけでもないので、昼間の時間であれば、適当な寄付金を箱に入れれば登れるようになっている。オロモウツでは一番高い登れる塔のはずである。結構高いし、唐の上に出るところにあるドアが結構あれで、怖い思いをすることもあるけど、高いところが好きな人にはお勧めの場所である。
その聖モジツ教会の先には、以前は社会主義時代の典型的なデパート(のようなもの)だったプリオールがあったのだが、今では完全に改装されて、ガレリエ・モジツという小さなショッピングセンターになってしまっている。昔のプリオールも旧市街の雰囲気にはあっていなかったけれども、小じゃれて近代的になった現在の姿も、旧市街に溶け込んでいるとは言いがたい。
ガレリエ・モジツの脇のトラムの停留所を超えたところにあるのが、 メルクリウスの噴水 である。ローマ神話のメルクリウスは、ギリシャ神話のヘルメスと同一視された神で、かんがみの伝令役を勤めたといわれる。水星の名前の起源になったとはいえ、あまり有名ではないこの神が噴水の像として選ばれたのは、道路、交通の神でもあったらしいので、このあたりの交易の中心だったオロモウツにとっては大切な神だとみなされたからかもしれない。
メルクリウスの噴水のある道を通ってホルニー広場に出たところには、 ヘラクレスの噴水 がある。このヘラクレスの像は、オロモウツの町のシンボルである市松模様の鷲を、七つの頭のあるヒュドラから守っているらしい。
ヘラクレスの噴水から、市庁舎天文時計の前を通って、喫茶店マーラーのほうへ向かうと、 カエサルの噴水 がある。馬に乗ったカエサルは、以前も書いたように伝説上のオロモウツの町の創設者である。背中を市庁舎に向けて、顔は聖ミハル教会のある丘のほうを見ているが、これはここに古代ローマ時代の軍隊の駐屯地が置かれていたからだという。馬の足元に横たわる二人の男は、モラバ川とドナウ川を象徴し、座っている犬はオロモウツの町の領主に対する忠誠を示しているのだという。そんなことを言われても、西洋美術の象徴だのアレゴリーだのというのはよくわからないものである。
カエサルによってオロモウツが建設されたという伝説はともかく、ローマ時代の軍の駐屯地の遺跡はオロモウツで発掘されているらしい。高校時代に世界史で勉強した古代ローマ帝国とゲルマン人の領域の境界線がこのあたりにあったようである。
カエサルの噴水からモラビア劇場のほうに市庁舎の裏側を通っていくと、オロモウツでは最も新しい アリオンの噴水 にぶつかる。噴水の数が六つというのは縁起がよくないので、七つにしようという計画は、十八世紀からあり、一度はマリアテレジアによって、許可も出されていたらしいのだが、ちょうど戦争が始まったために、中止せざるを得なくなったと言う。その計画が百年以上の時を経て実現したのが、二千年代の初めのことである。
モチーフになっているのは、ギリシア神話のアリオンの伝説で、詩人で音楽家でもあったアリオンは、海で遭難したときに歌を歌い、その歌を聴いたイルカによって命を救われたのだという。噴水の脇にはカメの像もあって、噴水ができたころには名前を募集視しているという話もあったのだが、名前が付けられたという話は聞いていないので、決められなかったのかもしれない。
ホルニー広場を出てドルニー広場に入ると、まずネプチューンの噴水がある。ギリシャ神話のポセイドンに当たるこの神の像は、三叉の矛を下に向けて持っているが、支配下にある水、つまり川を穏やかにさせるという意味を持つらしい。もっとも、1997年にモラビア全体を襲った大洪水のときには、機能しなかったようだけど。
そして最後の一つが、ドルニー広場の奥にある ユピテルの噴水 。ギリシャ神話の主神ゼウスに当たる神様が、一番目立たないところに置かれているのは、何か意味があるのだろうか。
アリオンの噴水ができたときに、七という数は縁起がいいと言っていたので、八つ目の噴水が追加されることはないのだろう。八が末広がりで縁起がいいというのは、漢字文化圏の我々にしか理解できないことだ。このほかにも噴水と呼べるものがないわけではないのだけれども、歴史的な記念物としてのオロモウツの噴水群というと、今回取り上げた七つ、いや歴史的なのはアリオンをのぞいた六つなのである。
4月21日0時30分。
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