初日から遅刻するわけにはいかないので、早めにうちを出た。6時なんて時間に朝食をとったから、一時間目の終わる10時15分ごろには空腹を抱えることになるのは目に見えている。それで、途中のガレリエ・モリツのビラでバゲタでも買おうかと思ったのだが、一階の手作りっぽいトーストではないパンを使ったサンドイッチのお店が開いていたので、そこで一つ小さめのものを買って学校に向かった。途中でコーヒーの豆を買っているコドーで持ち帰りのコーヒーを買おうと思ったら、夏休みの間は9時開店だった。30分の休み時間にここまで飲みに来て間に合うかな。
まず事務局の前の掲示板にクラス分けの名簿が貼ってあるので確認。クラスは全部で10あって、プログラムでは上級はひとつだったのだけど、実際には上級が二つに分けられていて、上級のBに名前があった。一応一番上のクラスということになるのかな。以前四回連続で通ったときは最後の二年は一番上にいたけど、あれは師匠がほかの先生に迷惑をかけないように、テストも何もなしに自分のクラスに入れたに過ぎないから、今回ちゃんとしたテストの結果として一番上に入れられたのとは違う。人数は9人だったかな。
教室のある階に行くと、ドイツからきた男の人に声をかけられた。チェコ語より英語の方がいいんだけどと言いながら、チェコ語であれこれはなしてくれた。十数年前はほとんど初心者でも、英語で話すのを嫌ってたどたどしいチェコ語でがんばっていた記憶があるのだけど、これも過度に英語が世界共通語のようになりつつある現実を反映しているのだろうか。かつてのフランス人が英語ができても、英語を使うのを嫌がっていた時代を知っている人間には隔世の感がある。
そのドイツの人は、仕事の関係で最初の二週間しかいられないのが残念だといっていた。二週目の土曜日にプラハに移動して日曜日にドイツに戻って月曜日からはコリーンで仕事だと愚痴っていたけど、そんなタイトなスケジュールを組めることを喜べよと思ってしまった。日本だと、しかも地方都市の場合には、こんなスケジュールは怖くて組めない。ちなみにこの人は上級Aで隣のクラスだった。
我々の教室は普段は音楽の授業に使われているのか、ピアノがでんと置いてあった。窓から意外と近いところにクラーシュテルニー・フラディスコが見えると思ったら、大司教宮殿だった。下から見上げるときには感じないのだけど、他の建物の屋根の上に見えた屋根から上の部分は、勘違いするぐらい似ていた。こういう景色はコンビクトの教室の中からしか見えないから、長年オロモウツに住んでいる人間にとっても新しいオロモウツである。
授業が始まると、学生の数が9人ではなく10人で、先生が確認したらドイツの人が一人、到着がクラス分けのテストに間に合わず、事務局で話をしてこのクラスに振り分けられたらしい。我がクラスの民族構成は、ポーランド人とドイツ人が30パーセント、残りはイタリア人、ウクライナ人、日本人、スロバキア人がそれぞれ10パーセントということになる。スロバキア人? スロバキアの人とサマースクールの参加者として会うのはこれがはじめてである。しかも西スロバキアのトレンチーンの出身だという。チェコ語勉強する必要があるのか。
西スラブに属するポーランド人はもちろん、東スラブのロシア人、ウクライナ人、南スラブのセルビア人でも、語彙や文法に共通の部分が多くて、完全にはわからなくても大体想像はつくという。チェコ語のテレビ番組が普通に放送されているスロバキア人ならわざわざ勉強しなくてもほぼ100パーセント理解できるだろうに。ただ、最近うちのがチェコで活動するスロバキア人に関して、チェコ語を使っているつもりで実際にはチェコ語でもスロバキア語でもない表現を使っていると批判することが多いから、スロバキア人も正しいチェコ語を使おうと思ったら外国語として勉強しなおしたほうがいいのかもしれない。そうするとこの人の姿勢は高く評価されるべきだということになるのか。それでもなんかずるくない? という気持ちは否定できない。日本人にはこういう勉強がほかの外国人より有利になる外国語がないのがちょっと悲しい。
スラブ系と非スラブ系が半々というのは、一番上のクラスでは珍しいかもしれない。ほとんどみんな大学のボヘミスティカ、つまりチェコ語専攻の三年生で、文法用語はラテン語起源のあのめんどくさいのを平然と使っていた。ウクライナの人は、学生ではなく大学でチェコ語を教えている先生だというから、ちょっと場違いな感じもなくはないのだけど、十数年オロモウツでチェコ語を使って生きてきた経験で専門性に対抗するしかない。ハナー地方の方言だったら勝てるはず。
教科書は、プラハのカレル大学の先生たちが中心となって編集したらしい『外国人向けのチェコ語B2レベル』という二分冊になっている分厚いもの。版型がA4ではなくA5なのも分厚くなっている理由であろう。先生の話ではB2と書かれているけれども、内容から言えばCレベルだという話である。正直個人的にはB2だろうが、C1だろうが、自分が学べることさえあれば、どっちでもいい。試験に合格するために勉強しているわけではないしさ。
その教科書の途中第6課からはじめるということで、文法事項としては、例のラテン語起源の「-um」「-a」で終わる中性名詞、「-us」で終わる男性名詞不活動体の格変化から始めた。活動体は出てこなかったなあ。この手の名詞は考えなが使えば間違うことは少ないけど、無意識に正しく格変化できるわけではないので、こういうところで重点的に繰り返せるのはありがたい。ただポーランドの学生たちの発音が、長母音が短母音と区別できなくてつらかった。アクセントがポーランド語と同じになっていなかったのはさすが3年生、いやほぼ卒業生である。
面白かったのは、初級の教科書では横に、例えば最初にいろいろなタイプの名詞の1格をまとめて勉強するのに対して、この教科書では縦に、名詞の種類ごとに1格から7格まで勉強するようになっていることである。例外的な格変化の名詞を集めて横に並べるというのは、確かに意味がなさそうである。
今日の午後のプログラムはすべて英語が使われるものだったので、街に買い物に出た。快適にサマースクールに通うにはたりないものがたくさんあるのだ。最近面倒くさがって服とか靴とか買っていないし、冷夏だったら特に飼う必要もなかったのだろうけど、今年の夏は、日本ほどではないし、三年前の日本よりも暑かった夏ほどでもないのだけど、本当の暑さを忘れた日本人にとっては嫌になるぐらい暑い。いずれ、サマースクールのために買った物なんて記事を書こうかね。
2018年7月24日7時15分。