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2019年07月04日

「お前」考(七月二日)




 この話を聞いて、一瞬、現在の日本語はここまで変わってしまったのかと思った。日本を離れて廿年近く、自分の日本語が多少時代遅れのものになりつつあることは自覚しているし、それをあえて放置してあるのもその通りなのだが、さすがに人称代名詞(的なもの)の使い方が、たかだか廿年で根底から変わってしまうことはあるまい。ということで、「お前」の使用がなぜ問題ないのか、考えてみようと思う。

 日本語に於ける人称代名詞の使用は、特に二人称の使用は厄介極まりないものである。一般に現在の日本語で二人称の人称代名詞的なものとして認識されているのは、方言を除けば「あなた」「きみ」「おまえ」ぐらいだろうか。漫画なんかで目にするものとしては「きさま」もあるけど、実際に使用している人はいるのだろうか。
 それはともかく、敬意云々の話をする限り、ここにあげた言葉は、相手に敬意を表したい場合にはどれも使えない。「おまえ」よりも「あなた」のほうが丁寧で、敬意がこもっているのではないかと考える人もいるかもしれないが、敬語を使って話しているときに「あなた」なんて言葉を使うのは、こちらが怒っていることをわからせるとき、相手を怒らせたいときなど、あえて慇懃無礼にふるまうときに限られている。

 ならば「おまえ」という言葉を使うのは、常に不適切かというとそれは違う。ここで思い出すべきは日本語の敬語のもう一つの役割である。敬語が上下関係のある場で目上の人に対して敬意を表すためのものであるのは確かだが、もう一つ、親しくない人に対しては、上下関係がなくても敬語を使って丁寧な話し方をするという用法がある。これを親疎の関係なんて言い方をすることもある。
 つまり、敬語を使うということは、相手と親しくないことを示し、敬語を使わないということは親しい関係にあることを示すのである。日本人であれば、目上の人と話すときであっても、敬語を微妙に崩すことで親しさを表現する、もしくは親近感を表明するぐらいのことは意図的にやっているはずである。
 だから、この応援歌の場合にも、あえて「おまえ」という丁寧さを感じさせない言葉を使うことで、選手に対する親近感を表明している、いや、選手と応援団という関係を考えれば、選手たちとの一体感を高めようとしていると考えることができる。それをチームの側から批判するのは、応援団との一体感など不要だといっているに等しい。この件で最悪なのは球団のオーナー企業である新聞社の中から批判をたしなめる人が出てこなかったことである。これもまた、新聞を代表とするマスコミの質の低下、この場合には母語である日本語への鈍磨が進んでいることの証明なのだろう。

 チェコ語の場合には、二人称の代名詞は、日本語ほど豊富にあるわけでなく、使わないのが丁寧というわけでもないので、選手たちとファンの一体感を表す表現としては使えない。代わりに使われるのが、動詞の一人称複数の形である。応援するチームが勝っているときには「vyhráváme」、いいプレーをしているときには、「hrajeme dob?e」と、チームの一員であるかのように「我々は」と表現するのである。
 うちのの話では、これは勝っているときだけで、負けたときなんかは、「prohráli jsme」ではなく、「oni prohráli」と三人称複数にして自分とは関係ないことにしてしまうこともあるらしい。ただ、チェコテレビのアナウンサーや解説者は、チェコ代表の試合の中継では、勝っていても負けていても一人称複数形を使っているような気がする。

 もちろん、最初から最後まで一人称複数で話し続けると単調になるので、三人称を使うこともある。その場合に主語となるのは「oni(あいつら)」ではなく、「?eši(チェコ人たち)」である。しかし、この「?eši」という言い方が気に入らないという人もいる。先日もカレル・シープがトーク番組でゲストのアイスホッケーの解説者に噛み付いていた。どうして「naši(うちの連中)」という言い方をしないのか、「?eši」では他人事みたいに響くじゃないかというのである。
 そこにファン心理としての、選手たちとの一体感を求める気持ちを読み取ってもあながち間違いとはいえまい。ただ、「naši」は出てこなくても、「naši hrá?i(うちの選手たち)」というのはしばしば耳にするからシープの批判も、話としては面白いけど、どうかなというところはあるのだけど。
 もうちょっと言いたいこともあったはずなのだけど、今日はこの辺でおしまい。
2019年7月3日22時。










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