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< ご近所の花たち > 時ならぬ猛暑ですっかり季節感が狂った。それは人間だけでなく、植物もまた同様だろう。ブログネタとして常に確保してある写真も、季節感の強いものは処理に困る。特に花などは、あっという間に場違いになり、さすがに桜は捨てそれ以外の写真を載せることにした。ご笑覧いただけたら嬉しい。 4月12日 A公園にて。キブシのように花穂が垂れ下がったこの花は何だろう? 4月25日 散歩中に撮った近所のカイドウ(海棠)。姫リンゴの花は形が良く似ていても色は白いのだが、こちらは鮮やかなピンク色です。 4月28日。一見クレマチスのように見えるが、これはサクランボの花のズーム。近所の方が植木鉢で果樹を育てている。 上と同じ日。花の好きな家の花壇の白いアネモネ。姉もね、この花好きみたい。 4月28日 M公園で見たグミ(茱萸)の花。今頃はもう実が熟れているかな。 同日の散歩中に見かけたシャクナゲ(石楠花)各種。紫色の種類は珍しいですね。 花びらの形がマンサク(金縷梅)に良く似たハナモモ(花桃)の花。実は食べられません。 どちらも同じお宅の花壇で見た八重咲のチューリップ。花の命は短いねえ。<続く>
2019.05.31
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<激動の予感> あの元気だった小出監督が亡くなった。享年80才。死因は心臓病らしい。Qちゃんや有森選手らを世界的なランナーに育てた名伯楽。いつも笑顔が絶えなかったあの監督が心臓病とはねえ。でもお酒もたくさん飲み、タバコもスパスパ吸ってたんだって。京マチ子さんが亡くなったのにも驚いた。享年95才の大往生。各種のグランプリをもらったあの名女優が、95歳まで健在だったとは。お二人の霊に合掌。 5月の俳句教室では、初めて2句出した。だが提出直後、ミスに気づいた。初句が「季重なり」だったのだ。私の句は、終わりから2番目に紹介された。一旦辞めた女性が1人、この日復活した。今期は人数が少ないと聞いて再び参加する気になった由。4月の教室の時にエノモトチドリをくれたKさんが、この日は欠席でガッカリ。ようやく花が咲いたのを、彼に報告したかったのだが。 アメリカの対中経済戦争は、どうやら最終段階へ突入したみたいだ。残った品目へも高い関税をかけると同時に、ファーウエイ他1社のIT企業の製品を輸入しないことに決定。中国経済への影響が大きいが、好景気なアメリカと世界への影響はどうか。こうなると経済戦略ではなく、中国の覇権主義への警告か。国賓として来日されたトランプさんと安倍総理は、戦略に関しても共通認識を持ってるようだ。 走らむとする我のゐて若葉風 山藤や駆けゆく径の前後 *みち *まえうしろ 鳥の声ランナー我に夏立てり ランナーの駆けゆく先に風光る この最初の句が今月の提出句。季重なりは以下の句。 ランナーの滴る汗や風光る 「風光る」が春の季語で、「滴る」と「汗」が夏の季語。自分で取り下げたのがせめてもの救いか。 大相撲夏場所は平幕の朝乃山が14日目に優勝を決めた。入門から3年での幕内優勝は大変な成長。しかも一度も三役の経験がないと言う見事なもの。堂々たる態度も好感が持てる。千秋楽の前取組終了後、トランプ氏から大統領杯を受け取って、感激を新たにしたようだ。場所前にけん責処分を受け休場した白鵬などは論外。関脇栃ノ心の大関復帰と旧貴乃花部屋力士の活躍に拍手を送りたい。<お断り> このブログは予約機能を使って書いているため、若干のタイムラグがあります。
2019.05.30
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<あるがままに> トランプさんが専用機でやって来て、翌日の午前中は安倍総理とゴルフ、そして午後は国技館で大相撲を観戦し、優勝力士には大統領から特製の優勝カップを手渡した。桟敷には椅子席を設け、大統領夫妻、総理夫妻が並んで観戦。米国大統領杯を優勝力士の朝乃山に手渡した。翌日は国賓として天皇陛下にも謁見。それらの厚遇は、日米の親睦ぶりを世界に見せつけたことになる。 ランニング中、急に左目が痛くなった。ゴミが入ったのか、それとも虫か。夜目薬を差したら、再び痛みが走った。それから2週間経っても、まだ微かな痛みが残っている。別な日、ランから戻ったら背中に変な感覚。小さな虫が引っ付いていた。マダニかと恐れたのだが、特有の臭いで姿の良く似たカメムシだと分かった。猛暑のお陰で早くも蚊が発生。大嫌いな「痒い季節」の到来だ。 韓国は最初曖昧な表現で「飛翔体」と呼んだが、その後短距離弾道ミサイルと判明。またもや北朝鮮の瀬戸際外交の復活か。国連決議に反する行為であることは確実。日米は北への経済制裁の続行、拉致被害者の返還についても合意。北の経済復興は国交回復及び日本の支援なしにはあり得ない。総理は「条件なしでの協議」を申し入れるようで、水面下では動き始めたようだが。 あまりの暑さに、夏蒲団に変えた。スーパーへの買い物時は、運動靴をやめてより涼しいスリッパで。家の中では「ステテコ」姿が楽で良いのだが、急に人が訪ねて来ると困る。昨日の夕方、町内会費の集金が来た。「ちょっと待ってください」と大声を上げながら、急いでトレパンを履いて玄関に出たのだ。う~む、油断大敵。さて、わが東北楽天はその後持ち直し、目下僅差で首位に立っている。ああ嬉し。 イギリスのメイ首相が近く辞任する由。例のEUからの離脱がうまく行かないのだ。2年前、イギリス国民は国民投票で離脱を決めた。だがEUからの離脱条件を整えることが容易ではなかった。元々離脱には消極的だった彼女が、離脱の手続きを進めると言う矛盾。それに耐えながら良く奮闘したのに、議会はあまりにも非情だった。この「ツケ」は大きそうだ。英国民がそれに気づくのは何時だろう。 急に財布の中身が乏しくなった。そこで思いついたのが集配専門の郵便局。だが郵便業務は常時取り扱っている。あそこならATMもあるはず。やはり土曜日も開いていて、しかも手数料なしだった。外出中に新聞の集金が来たみたい。町内会費の集金に来られたのもその夜。やはり急いでお金を下ろして正解だった。しかしお金が無くなるのが早いねえ。一体どこへ消えたんだろう。このブログは予約機能を使っており、補正はしていますが若干のタイムラグがあります。
2019.05.29
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~ あまりの猛暑にたまりかね ~ チュンチュクチュン。スズメが騒々しく鳴いている。現在5月27日月曜日の午前11時過ぎ。室温は31度を超えている。外はそれより4度は高いはず。きっとスズメは暑いのだ。それでたまらず梅の木陰に止まって、涼んでいるのだと思う。それに枝の小虫は腹の足しにもなる。 しかし何という暑さだろう。前日の26日。国内の高温記録の上位はすべて北海道でのものだった。最高は40度近く。むろんこれまでの5月の最高気温を更新したようだが、私が住む仙台でも32度を超えていた。慌てて扇風機を引っ張り出した。冬布団から急遽夏蒲団に切り替え、タオルケットも出した。それでも寝苦しかったせいか寝不足状態。朝は走りに行くのを止めた。 ご飯が切れたので圧力釜で炊いた。蒸し上がった頃蓋を取り、ポリ容器に移した。その時、突然お握りを作りたくなった。海苔も焼き鮭もある。本来なら茶碗に半分だけよそい、そこに具材を入れてさらにご飯を盛って強く握る。それを忘れ、1個は裂けた。きっと私の体は水分と共に、塩分を欲しがっていたのだと思う。翌朝の朝食として食べたが、適度の塩分が実に旨い。それにしてもお握りはかなりのご飯を使うものだ。 朝の水やり時に、シャラの花が咲き出したことに気づいた。こちらは塀際の早咲きの方。こんな日照り状態でも、植物は時が来れば自ずから花を咲かせてくれる。それは決して人間へのためではなく、自らの生理なのだろう。玄関脇の方はまだ蕾も小さい。ほかにも咲いている花がないかと調べたら、幾つかあった。ゼニアオイにムラサキツユクサ。そして黄色のミニバラは、少し蕾が膨らみ始めた。 ヨトウムシにやられて寸詰まりだったナスが持ち直した。それをスコップで掘って、タマネギ畑の隙間に移植した。その後如雨露で水やりし、支柱を立てた。キュウリの蔓を誘引するため、ビニールひもでネットに結ぶ。伸びて来た雲南百薬のために、支柱間に3段のビニールひもを縛る。絡みつくのを助けるためだ。ブロッコリーの結球が大きくなった。カリフラワーも一部結球を始めた。 モロッコインゲンが発芽して来た。朝夕の水やりとこのところの高温とで、成長がとても速い。トマトの脇芽が大きくなる前に摘む。シソの葉が畑のそちこちで発芽し始めた。玉ネギの茎が倒れ始めたので、収穫は近い。ジャガイモはまだ花が咲き始めたばかりだが、そのうちには土寄せする必要がある。さて、それらが私の重要ニュースなのだが、世の中には何の影響もないだろうなあ。
2019.05.28
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<我が家編> 季節の移ろいは早いですね。先だっては全国的な荒れ模様になったのに、その後は夏日、真夏日になるような猛暑で、早くも熱中症が出始めています。実は花の写真が撮り溜めてあるのですが、足早の季節に掲載する暇がありませんでした。先ずは我が家の花から順次紹介しますね。最初はユズ(柚子)の蕾。今年はたくさんの花が咲きそうで、収穫が楽しみです。 次はサンズンアヤメ(三寸菖蒲)。名前の通り背丈は低く、50cmくらいなものでしょうか。紫と白の2種類あるのですが、紫の方はデジカメの発色が悪く、青い色になってしまうのが残念です。 ツルニチニチソウ(蔓日日草)です。家の西側の通路、壁際に沿って生育しています。前妻は嫌って抜いていたのですが、私はその後生えて来たのをそのままにしています。日陰にも強そうですね。 白花のシラン(紫蘭)は花壇に咲いています。以前にも載せましたが、まだ咲き始めでした。今はどの株もすべて花を咲かせているため再掲しました。ただし他の葉もごちゃ混ぜになっていますが。(;^_^A 郵便受け下の寄せ植えです。ペチュニアなど4種類を植え、毎朝のように水やりをしています。新聞配達の方は朝早くて暗いため、邪魔にならないように置いています。 バラ(薔薇)が咲き始めました。ピンク、クリーム、深紅の3種類ありますが、一番大きな株はピンクのもの。この他に野バラもあるのですが、見過ごしているうちに散り始めてしまいました。 さて、花は美しいだけではありません。散ると大変な場合があります。これはモッコウバラ(木香薔薇)。散り際は特に風雨に弱いのです。大量の花びらがご近所に飛ばされたら迷惑をかけます。そうなる前に、竹ぼうきで落としたのがこれ。バケツで1杯半ありましたが、第2次、第3次の掃き掃除が必要でしょう。庭の草取りも含めて、健康保持のための運動と考えることにしましょう。<不定期に続く>
2019.05.27
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<つれづれなるままに> 大荒れのニュースには驚いた。屋久島の激流。あれは一体なんだろう。まるで滝のような川を、ロープを伝って必死に下山する人々。もしも自衛隊の出動がなかったら、全員無事に下山出来たかどうか。私も屋久島には憧れがあるが、あんな情景を見たら到底無理だと分かった。北海道の土埃による交通事故にも驚いた。吹雪にも匹敵するほどの視界不良。よくもあの程度の事故で治まったものだ。 その点、わが家は安泰だった。干していた布団がベランダから芝生に落ちたり、外へ出していたゴムの樹の植木鉢が強風で2度倒れ、土がこぼれた程度で済んだ。むしろ大量の雨で肥料が溶け、高温と相まって野菜の苗が急成長したほどだ。ブロッコリーに花が咲き始め、トマトの脇芽がかなり大きくなって、苗を縛り直すほど。三つ葉とレタスの葉は3度目の収穫。結構食べ応えがある。そして今は時ならぬ猛暑襲来。毎日、朝夕の水やりが欠かせない。 高齢者等による痛ましい交通事故が続発している。どうやらブレーキとアクセルを踏み間違うケースも多いようだ。高速道路の逆走や、交差点での安全確認が疎かなケース。中には公営バスの運転手の操作ミスなどもあって、目を疑う事故が増えた。体調不良が原因のこともあるが、老化に伴う認知機能や運動機能の低下が社会的な問題になって来た感がある。 わが仙台市では条例が改正され、この4月から自転車の運転時にはヘルメットの着用が義務付けられた。また対人の交通保険への加入も同様だ。普段からめまいや耳鳴りなどがある私などは、もっとも危険な「運転手」になる可能性もある。自損事故は覚悟の上。いよいよ危ないとなったら、歩いて「手押し車」を押してスーパーに行くしかないかも。 「ロシアと戦争をしてでも北方領土は取り返すべき」。酔ってそう言い張った国会議員がいたようだ。状況を理解出来ない馬鹿な奴だ。議員になる資格などない。日本政府の善処を求めて、韓国から韓日友好議員団が来日した由。だが安倍総理は面会しなかったそうだ。当然だ。国と国との約束事である条約を破り、無視するのは法治国家ではない。彼らの国際認識もまた疑われて然るべきだ。 野菜だけでなく、植木の成長も著しい。低気圧が通過した翌朝何げなく見たら、ユズの枝が大量に伸び始めたのに気付いた。枝もそうだが、棘が成長しきったら大変なことになる。そこで物置から剪定鋏を引っ張り出し、届く範囲で枝を伐った。若くて柔らかいうちは簡単に伐れる。見上げたら幾つかの枝に白い花。これまで花が咲いたことのない枝にもだ。植えてから22年目。今年はユズの大収穫か。<続く>
2019.05.26
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<育てる> 「諸君、こんな色のバラが咲き出したぞ」。男が言う。だがそれは特段男が世話をしたわけではない。まあ伸び過ぎた枝を剪定し、年に1度固形肥料をその周囲にポトンと落とすくらいなものなんじゃ。まあ言ってみれば、勝手に育っているようなものさ。 「諸君、こんな実もなったんじゃ」。男は得意そうにそう言った。去年は植えてから2年目の柿の木に花が咲き、たった1個だけ実ったのをなんと「干し柿」にしたんじゃと。青梅の方も収穫は少なかったが、瓶で梅干をつけた。柿の花は去年よりずっと多く、青梅の数も去年よりは多いはず。自分で食べる分くらいの梅干しは出来そうだと、男はほくそ笑んでいる。 「諸君、こんなかわいい花が咲いた」。そう言って男は鼻をうごめかした。4月の俳句教室でKさんが持って来てくれた「エノモトチドリ」。「本当に咲くんじゃろか」。一時はそう疑ってもいたようだ。なにせ芋虫みたいな球根で、根などは出てもいなかった。それを毎日水やりし、週に1度は液体肥料を施したんだと。そのおかげでついに咲いたのさ。この1鉢で1万円以上の価値があると聞いたんじゃが。 「さてお立合い」。男は言う。「ここからがいよいよ本職の話じゃ」。奥の柵に沿った苗はブロッコリーとカリフラワーが3株ずつ。その陰で見えないけど、ネット沿いにゴーヤが3株。一番左の畝にはミニトマトが2本とナスが5本。左から2番目にトマト10本。その右の一見何もない畝には、モロッコ隠元の種を蒔いてある。そして一番右の畝に雲南百薬が3株とジャガイモだ。 これは裏庭のジャガイモ畑でのう。来月の収穫が終われば、カボチャの種を蒔く。 こっちは三つ葉畑。もう3度は収穫したかのう。ふぉっふぉっふぉ。 キュウリは遅霜にやられて葉が黄ばんだが、今では持ち返したぞ。もちろん支柱もしてネットも張った。ナスは「ヨトウムシ」にやられてのう。「夜盗虫」と書くくらいなので、夜土の中から出て来て、葉や茎を食い切る悪いヤツだ。専用の薬を撒いた翌日に、ノコノコ1匹出て来よった。それ以来は無事育っておるよ。 トマトは順調じゃ。脇芽を摘み、ひもで支柱にしばっとる。ミニトマトもそうじゃが、既に黄色い花が咲き出した。ワハハ。雲南百薬は大実験をやったんじゃ。この冬は根っこを掘り上げず、そのまま外で冬越しさせた。もちろん土を被せてのう。芽が出たのは例年より1か月遅かったが、それでもちゃんと芽が出ることが証明されたんじゃよ。ふぉっふぉっふぉ。 ブロッコリー(左)もカリフラワー(右)も春用の苗なので、「とう」が立つのが早そうじゃ。これではブロッコリーなど、冬のようには大きくならんぞ。う~む。 ゴーヤ(左)は南国の野菜だけあって、まだ小さいのう。ブロッコリーやカリフラワーの茂った葉を、先日鎌で切り落とした。もちろん日が良く当たるためじゃよ。右のレタスは東の畑のタマネギの間に植えとるんじゃが、直ぐに葉が大きくなってのう。外側からどんどん葉を摘んで食べとるぞ。ほほほ。 パセリ(左)は今のところ、野菜サラダの付け合わせじゃが、スパゲッティに入れても美味しいだろうな。ニラ(右)は2度目の収穫済み。どちらもビタミン豊富で栄養満点。一人暮らしの爺にはとっても貴重な野菜じゃよ。 さて最後に残ったタマネギじゃが、今回は根切り虫にやられてのう。収穫は4割減かのう。それでも結果的に間引きされた形なので、大物が獲れるかもなあ。ふぉっふぉっふぉ。こうして男の野菜自慢は終わりがないのであった。<不定期に続く>
2019.05.25
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<夜の街> さて、わが故郷の仙台だが、ここまで朝の街、昼の街と来れば、最後は当然夜の街になる。そうは言っても、私は徘徊する方ではない。まして夜の繁華街ともなればなおさらのこと。そこで、どうしても似たような写真になってしまうのだが、用事で出かけた際の仙台駅近辺になるのをお許しあれ。 夜の街には、朝や昼には見せない表情があるように思う。心なしか照明が怪しく輝くと感じるのは私だけであろうか。 全面ガラス張りのビルは、まるで透明なオブジェのようだ。 いつもお世話になる駅前のペデストリアンデッキにも、夜の雰囲気が。 駅ビルも拡張に次ぐ拡張で、若者向きの店が増えたのだとか。 見上げるフロアには、こ洒落たカフェの輝きが招いて。 夜の仙台駅東西連絡通路 その1 夜の仙台駅東西連絡通路 その2 夜のショウウインドウはなぜか艶めかしくて。 駅中のパネルをあしらってみました。 赤と青の対比を強調するために、もう一度。 もしもこんなビルの間から・・ 突然こんな人が飛び出して来たら、だれでもビックリしますよねえ。 でも大丈夫。映画の宣伝でした。夜の街は不思議に満ちています。<完>
2019.05.24
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<食べること そして走ること> 「面白いことに」。男は言うのだ。「俺は食べたくないなんと言うことはないんだよなあ」。つまり言葉を変えれば、適当な食欲が絶えずあるってこと。それもその時何が一番食べたいか、その材料が冷蔵庫などにあって、作ることが可能かと素早く考える。代用品になる材料があれば良し。代用が利く調味料があれば、それもまた良し。作る手順を考え、複数回に分けて食べられる量も考える。 例の10連休のころ、男は無性に酢飯が食べたくなった。そこで考えたのが稲荷ずし。「いなり」に味が付いていることに初めて気づいたのは、その少し前。ご飯を炊き、「すし〇郎」をまぶし、炒り卵と冷凍食品の「ミックスベジタブル」も入れた。紅ショウガがあればグーだが、そこまで贅沢は言わない。サラダや動物性たんぱく質も添えて、極力バランスの良い食事を心がける。 4月の末に7kmを走った後、男は少し自信をつけた。これなら9kmコースを走っても大丈夫だろうと。本当はめまいや耳鳴りはしょっちゅうあるのだ。自分では「メニエル氏病」を疑っている。古い「家庭医学」によれば、症状がピッタリ。几帳面で神経質な性格の人が罹り易いとも。かつては「手術」を施した時期があった由。病因の特定は出来ないが、薬の副作用も疑い切れない。 それでも走ることに決めた男。海宝道義と言う高名なウルトラランナーを思い出したのだ。確か40代の頃猛烈な企業戦士だった彼は、糖尿病とメニエル氏病に悩まされていた由。それを克服するために始めたのがランニング。それがやがてウルトラマラソンにはまり、距離4千km以上の「トランスアメリカフットレース」を日本人で初めて踏破した人。日本のウルトラ界の草分けだ。 男は後期高齢者。海宝氏とは比べようもないが、40年の走歴で試してみる価値はあると判断したようだ。そんな訳で、今月は9kmコースを7回走った。いや、歩いたと言うのが実態か。そしてそのことを、かかりつけのドクターにも話した。1か月近くつけた「血圧手帳」を見せ、6月末には台湾へ行くことも。ドクターは言った。「血圧が150程度では脳出血にならない」。それも嬉しく聞いた男だ。 ある日9kmコース途中の坂道を走っている時、突然男は呼び止められた。男のユニフォーム姿に何かを感じたのだろう。暫し立ち止まって健康談義やらの人生談義。男より3才年下の元教師。彼が聞き出すまま、現状を話した。前妻と別れての一人暮らしであること、めまいがありながら走っていることなど。 「もしも家族がいても、最後は1人で死と対峙することになる」との男の言葉が、彼の琴線に触れたようだ。足元の不確かな坂の途中で30分休めば調子は狂うが、尋ねる人には応えるのが男の主義。家に着いたら、強風で干していた布団が2階から落ちていた。午後はさらにゴムの鉢植えが2度倒れて、土がこぼれた。低気圧が通過中なのか、夜は猛烈な雨。翌日、男が走りに出た気配はない。<不定期に続く>
2019.05.23
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<新緑と昼の街> 逆光に向かって歩く人々(宮城野大通り) 薄暗い緑陰の中を (宮城野大通り) ケヤキの新緑が鮮やかに (青葉通り) 倒産したデパートを背景にして (青葉通り) ケヤキと街灯 (青葉通り) ケヤキは仙台市の市木かつ宮城県の県木です。 ビルのガラス窓に反射する街路樹 (青葉通り) レンタサイクル置き場 (仙台駅東口広場) 長距離バス停留所 (青葉通り) 観光バス発着所 (宮城野大通り) ガラス窓の反射その1 (青葉区一番町) ガラス窓の反射 その2 (青葉区中央) ビルの内部 その1 (青葉区中央) ビルの内部 その2 (青葉区中央) 裏通りにて (青葉区一番町) 裏通りのカバン店 その1(青葉区一番町) 裏通りのカバン店 その2(青葉区一番町) 裏通りのカバン店 その3(青葉区一番町) <作者謹白> 我が家は仙台市郊外の住宅地にあり、街の中心部には用事のある時にしか出かけません。そのため「都会的な風景」が珍しく感じて、ついカメラを向けてしまいます。前半の新緑を中心とした写真は5月中旬のバスツアーの際に、そして後半の写真は2月初めの記念式典出席の際に撮ったものです。多分説明がなければ区別はつかないはず。こんな平凡な写真に付き合っていただき恐縮です。<不定期に続く>
2019.05.22
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~わが家事と家政学~ ある日の夜。包丁の切れ味が悪いことに気づいた。確か1年ほど前に自分で研いだのだが、これでは駄目だと思い直して研ぐことに決めた。我が家には砥石はない。金属製の器具に包丁の刃を入れて押し付け、前後にゴシゴシ擦る方式のもの。それが済んでから、柄や刃の全体が汚れていることに気づいた。前妻が40年以上使って肉や魚の脂まみれになり、ギトギトしていたのだ。 IH調理器具の裏を調べたら、いずれも焦げ茶色に変色していた。恐らく炒め物や煮物の汁がそれらの底に引っ付いて焦げたのだと思う。こちらは「金だわし」にクレンザーを垂らしてゴシゴシ磨いた。汚れが落ち、熱効率が良くなるはず。圧力鍋がうまく作動しない理由も分かった。錘(おもり=ふた)の中が汚れて、蒸気がうまく排出出来てなかったのだ。これできっとご飯も焦げずに炊けるはず。 風呂の残り湯も貴重な資源だ。洗濯に使うのは当然だが、植木鉢や野菜の散水にも重宝。さらに食べた後の食器洗いにも使っている。ええっと驚くだろうが、洗剤が不要なほど汚れが良く落ちる。最後に水道水で濯ぐのは当然のこと。入浴後、浴室の床と壁はタオルで拭いている。換気扇は2時間回すが、これでかびる心配はない。なお洗濯用洗剤は、新聞の拡販景品で間に合っているのがありがたい。 これはキッチンペーパーを針金のハンガーで吊ったもの。油汚れが酷いものは、ちぎったペーパーで素早く拭くき、油分の少ないものは洟(はな)をかんだティッシュペーパーを再利用する。油汚れの酷い水はそのままシンクに流さず、裏庭の雑草や野菜くずを積んだ場所に捨てる。その方が早く発酵が進み、油分が分解されて良い堆肥になると私は思っているのだが。 敷布団カバーに続いて、今度は掛布団用のカバーを買った。生地が古くなって裂けるくらいだから、20年は使ったはず。ついでにバスタオルを襟元に付けた。長野マラソンの完走賞。これで気持ち良く眠れるだろう。下着、靴下、シャツ、パジャマ、セーター、ズボン、枕カバーや布団カバー、そして食品保存用のポリ容器類。一人暮らしになって以降、全部自分で選んで買った。今や自立する爺なのでR。 大がかりな掃除は月2回。レンタルの化学モップはとても重宝だ。フローリング部分と和室の茣蓙(ござ)はそれだけで十分汚れが取れる。月810円だが、手軽で時間がかからないのがありがたい。家を美しく保てば気持ち良く暮らせるのみならず、いずれ売却する際も高い評価が得られると考えている。そのため最低必要なリフォームも怠らない。大阪の古い言葉である「始末」は、今でも家政学の指針なのでR。
2019.05.21
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<ふるさと仙台の朝> <仙台駅前ペデストリアンデッキから> このシリーズは仙台市中央部ビル街の一部を、わがデジカメで撮影した写真を紹介するコーナーで、いわば「写真の在庫一掃セール」なんですよ。だからサラっと見ていただけたらそれで十分。さらに言えば私の日常を描く「爺連休シリーズ」と交互に載せようと言う魂胆なんです。これらをさっさと処理しないと次のステップに進めないと言う、作者の勝手な願いからスタートしたお気楽写真展です。 青葉通りのエスカレーター。ここを上ると、もう目の前が仙台駅です。 仙台駅の東西連絡通路 その1 前方が駅の東側で「宮城野大通り」です。 東西連絡路を進むと中央に明るい箇所が。ここに自然光が入ります。 天窓から自然光が入り、大きなケヤキの木が育っています。 さらに進むと仙台駅東口へ。下は長距離バスの乗り場です。 こちらが東口の入口。青空が覗いています。 一旦バックして戻ります。連絡通路の両脇にはテナントなどが。 日曜日の朝8時前。さすがにまだ人通りは少ない感じかな。 ふ~む。それでもメニューの品定めをやってますねえ。 婦人衣料も春物から夏物へ向かっているのかな 朝方に撮ったこのお店を、ツアーの帰途の夜にも撮りました。 再び仙台駅東口の角まで来ました。 駅ビルの3階部分を見上げて。 仙台駅東地区の整備が進んで、再開発が一層活発化しています。 私立大学のシティーキャンパスや、大手の予備校が周囲に乱立しています。明治以降仙台は学都として機能し、街にはたくさんの学生が溢れていました。その大学も今は郊外へ移転し、都心の再開発が進んでいます。 ここ宮城野大通りを直進すると、東北楽天の本拠地である「楽天生命パーク宮城」にぶつかります。ここは楽天ファンが往来する目抜き通り。今年のキャッチフレーズである「リスタート(再出発)」のフラッグが道行く人々を見下ろしています。左はベテランの嶋捕手、右は若手の4番バッター島内外野手です。ガンバレ、ガンバレ楽天。<不定期に続く>
2019.05.20
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~ブログに寄せて~ ヒメジョオン 平成から令和への改元時、日本は10連休に浮かれていた。だが私にとっては毎日が連休みたいなもの。10連休ならぬ「爺連休」だ。さて、しばらく記していなかったわが日常を、このシリーズで久しぶりに紹介したい。つまらぬ話だが、最後までお付き合いいただけたら嬉しい。 エンゴサク さて、令和元年のスタートとなった5月1日。友のブログは、どれもが平成から令和への世代わりを話題にしていた。誰が考えても当然。それだけ大きな関心事なのだから。たまたまある方のブログを覗いたら、とんでもないことが書かれていた。「ああ、この人は知らないんだなあ」。そう思って、コメント欄に間違っている箇所を記した。文章を読まれた方が誤解することを恐れてのことだ。 ナズナ ややあって、私のブログへその方からコメント。指摘を受けて書き直した由。謝意も記されていた。そこで再度そのブログを訪れてみた。過ちは訂正され、何事もなかったように治まっていた文章。念のため私のコメントへの返事を確かめた。すると魔訶不思議。私の記事は跡形もなく消滅していた。その方の訂正前の文章、訂正後の文章を見比べたのはきっと私一人だけのはず。思わず笑みが浮かんだ。 セリバオウレン アクセス数の多いそのブログは女子力と機知に富んだ人気ブログ。私も何度かコメントさせていただいたが、ある時を境に行かなくなった。違和感を感じたからだ。恐らく私が書いたコメントの幾つかは、今回同様消されていたのだろう。その人にとって重要なのは真実よりも周囲の評判や迷信。プレゼントでつながっているブロ友さんも多いのではないか。大変な「癇癪持ち」なのも、あることで知った。 フキの葉 福島のSさんがブログを休まれている。ご主人が入院されたため「パソコン絶ち」して回復を祈っている由。本人も半年ほど入院され、まだリハビリ中の身。その上にご主人までが入院とは、さぞかし辛い日々だろう。平凡な日常が描かれた彼女のブログを愛し、素朴な文章と嘘をつかない姿勢に共感している私。同じ東北人として、本当に良く気持ちが通じる。何とか頑張って看護してくださいね、Sさん。そして一日も早い復活を祈っています。ご主人様も、そしてあなたのブログも。 <山野草のミツガシワ 小岩井牧場にて> 4月中旬の夜、救急車で病院に行き、一晩緊急入院した話を退院後暫くしてからブログに書いた。数日間の予約分が残っていたためだ。その記録を宮崎の弟が読んで、兄嫁に連絡してくれたようだ。兄の介護で忙しい中、用事のついでに我が家を訪れてくれた義姉。体調と事情を話すと安心したようだが、3人の子供の誰も読まない私のブログを、遥か九州の弟が見てくれているだけで心強い。 <自然種のサクラソウ 小岩井牧場にて> 私はコメントに差をつける人のブログへは近づかない。人間として信用出来ないからだ。誰に対しても丁寧な対応こそがブロガー、いや人としての務め。ブロ友さんの高齢化などで、いただくコメントもさほど多くない私だが、全国の名も知らぬ読者の存在が心の拠り所であり、慰めでもある。この場を借りて、読者各位には心から感謝したい。<不定期に続く>
2019.05.19
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~いつもの公園にて~ 今日のテーマは人。それも公園で遊ぶ(憩う)人です。観方によってはプライバシーの侵害だし、肖像権の侵害と言う問題点も起こり得ます。撮られた方々はまさか自分が写真の対象だとは思っても見ないでしょうから。予めその点をお断りし、ご了承いただけたら幸いです。なお「ホモ・ルーデンス」は学術用語で直訳すると「遊ぶ人」と言う意味です。こんなネーミングもお許しいただけたら幸いです。 <ベンチの老人と少年> <バードウォッチングの人> <親子連れでお花見に> <孫ちゃんと鬼ごっこをするお爺さん> <野球は禁じられていますが、サッカーのパスはOK> <桜の木の下で食べる弁当は美味しいな> <あらまあ。赤ちゃんが1人でお留守番> <仲良し3人組を見守る桜> <後ろ姿を撮らせてもらいましたよ、皆さん> <お酒も話も弾みます > <近くの小学校もみんなでお花見に > <どのクラスも笑顔で記念撮影。1たす1は?> <さて、お花見の場所はどこが良いかなあ> <中にはベンチで寛ぐ方もおられて> <良い写真を撮ろうとセッティング中の娘さん> <やっぱり桜の下が最高のロケーションですね>
2019.05.18
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~時の移ろいは早く~ 5月3日の花壇ですが、チューリップはとっくに散りました。 5月8日 玄関前から東側を見たところ。モッコウバラはまだ咲き始めたばかりです。 5月10日 外階段からアプローチ付近。 同日。和室前から見た庭。モミジがすっかり青々と茂って。 5月4日 花壇のアイリスです。 同日 青モミジの下のアイリス。 5月1日 たった1輪だけ咲いたフリージア。他は消えてしまったようです。 同日のミヤコワスレ これは直ぐに広がるためほとんど抜いた残りです。 5月6日 ヒメツルソバに良く似たこの花の名前は何でしょう。 5月7日 ドウダンツツジがまだ咲き残っていました。 同日のオオテマリ ようやく花の色が緑から白へ。下も同様です。 葉っぱや花を食い荒らす小さな虫が毎年出て来て困ります。今年もかなり食われました。 5月1日 ツリガネズイセン(釣り鐘水仙)はまだ蕾状態でした。 5月7日 ツリガネズイセンが満開になり、庭のあちこちに群落が。 5月1日 花壇のピンクのツツジがようやく満開状態に。 5月4日 アプローチ脇の白ツツジ。亡き愛犬が何度も枝を折ったのですが。 5月10日 赤のツツジが咲き、これで3色が揃いました。 5月12日 花壇のシラン(紫蘭)が咲き始め、今ではかなりの数になりました。 5月13日 外階段のモッコウバラが満開状態に。 蕾の頃、咲き始めと何度も写真を撮ったのですが、やはり満開は見ごたえがありますね。今年は特に花が咲き始めるのが早くて、とても慌ただしい日々でした。この後は当分暇になりそうです。
2019.05.17
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~「限られた空」と小さな詩~ ねえ知ってる 空って広いんだよ 宇宙までつながっているんだよ ああ知ってるさ それに先だってはブラックホールの撮影に成功したんだ ねえ君 そのうち人類はロケットに乗って宇宙に飛び立つかもね ああ すでに国際宇宙ステーションでは宇宙飛行士たちが生活してるさ そうなんだ 人間って結構すごい技術を持ってるんだねえ ああ だがそれが宇宙戦争につながる危険性はある そういえば「はやぶさ2」が小惑星にクレーターを作ったんだって ああ少量の火薬を打ち込んでな そして未知の岩石を収集するんだ すごいねえ 空の彼方に宇宙が遥かに広がって でも ごく身近にも限られた丸い空がある 一体どこにそんな丸い空があるの ハハハいくらでもあるさ 道の曲がり角にね ああ疲れた ああボクもね それに丸いのばかりとは限らないねえ ああいびつな楕円形のもあるさ でも でもなに でも空って広いね やっぱり ああ広い そして日本の空ってとっても美しいね だから空を大事にしないとなあ
2019.05.16
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~身近な花壇から雄大な花壇まで~ またまたお手軽で済みません。今日のテーマは🌸ですが、少し趣向を変えて花壇をメインにしました。ただし花好きなお宅の花壇もあれば、町内会で管理する花壇、近所の公園内の花壇、そして観光施設の花壇と、その規模も内容も千差万別です。その様相は違っていても🌸を愛する気持ちは同じだと思います。どうぞささやかな私のブログで、少しでも憩いを味わっていただけたら幸いです。 わが町内会が管理する花壇で、ちょうどバス停の前にあります。元は石ころがゴロゴロ転がり、タバコの吸い殻が捨てられるような場所でした。そこを市にかけあって花壇にし、花好きのKさんがお世話しています。月に1度の草刈も、私たちの班はここを受け持っています。でもKさんは日ごろから水を撒いたり、肥料を施したりと大忙し。花壇が美しく保たれているのは、そんな努力のお陰なんですよ。 ここは私が時々散歩に行って写真を撮るA公園です。区の公園課が管轄し、実際の管理は造園業者に委託しています。良く手入れされた園内は、いつも美しい姿を見せています。もちろんボランティア活動で普段から公園の美化を図ったり、ホタルの養育などの事業も行っています。 いつもは何げなく素通りしてしまう花壇の前なのですが、この日はデジカメのレンズを向けてみました。確かに人の手が加えられた人工的なものですが、園芸種には園芸種の良さがありますね。四季を通じて私たちの目を楽しませてくれる花々に、感謝したい気持ちです。 近所の個人宅の庭です。先日家の前を通りかかったら、ご主人が洗車されておりました。そこでお断りして庭に入り、藤棚を撮らせてもらいました。元々は藤棚の前後とももっと長かったようですが、あまり大きくなったために短く伐ったのだとか。私もそのことには気づいていました。ご主人は私よりも年長ですが、今でも車を運転して日本海で投げ釣りをされている由。良い話が聞けました。 5月12日に行ったバスツアーの途中で休憩した東北道のとあるSAの花壇です。 その日7kmのハイキングをした岩手県の小岩井牧場の中にある花壇です。後ろに見えるのが岩手山(日本百名山。別名は岩手富士と南部片富士)です。写真の整理はまだ出来てないのですが、せめて少しでも景色の素晴らしさを味わっていただくために載せました。紹介する日まで、どうぞお楽しみに。
2019.05.15
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~素材あるいは風景としての家~1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 8) 9) 10) 11) 12) 13) 14) 独り暮らしのマックス爺は、暇に任せて色んな写真を撮っています。もちろんブログ用ですが、それをどんな風に使用するかは、その時の風の吹き加減によります。今回は思い付きで家の内外を撮り、それを無言劇風に並べてみました。ただし、マックス爺の実生活が荒れすさんでいる訳ではなく、あくまでも表現上の一手段として身近な素材を借用した次第。面白がっていただけたら幸いです。
2019.05.14
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~いつもの公園にて~ 昨夜遅くバスツアーから戻りました。旅の写真はまだ1枚も整理していません。このため予めブログを書いています。(実は3日前の金曜日に)今日のテーマは新緑です。先だって紹介した桜(ソメイヨシノ及び八重桜)が咲いていた場所です。何と言うこともない風景ですが、冬が長かった分、この緑が目にはとても新鮮に映ります。では平凡な風景にお付き合いくださいませ。 カツラ(桂)の樹間からA沼が見えます。この木は黄葉がとてもきれいです。 冬の間はすべての葉を落としていたケヤキが、うっすらと芽吹いています。 東屋のスペース越しに、池の中の島を写してみました。右端はヤナギの樹です。 沼を一周して、再びカツラの木の下から。 バックの新緑と、手前の花壇の鮮やかなチューリップの対比です。 枯れていた芝生が青々と芽吹いて来ましたね。これらの樹も、今では鬱蒼と茂っています。ここからはM公園の芝生です。 こちらはM公園の芝生と新緑です。元気なころはここも練習で走っていました。 ここからは約9kmのランニングコースの風景で4日後。沼辺の桜がうっすらと。 農業用水の沼に周囲の新緑が写り込んでいます。 ここはかつて近郊の温泉まで電車が走っていた軌道の跡です。 静かな沼の水面には、青空と白い雲が写り込んでいますね。 気温が低いせいか、芽吹きが遅れています。遠くに見えるのが太白山。先日はあの麓で花の写真を撮りました。 咲いているのは山桜でしょう。もう葉が出ていますから。 道路の両側はケヤキの並木。秋は紅葉がとてもきれいですよ。 萌え出した山の雑木の間に、山桜がちらほらと見えます。今ではこの山も、濃い緑色に包まれています。時の移ろいの早さは、同じコースを走っていると良く分かるのです。
2019.05.13
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~「拾い物」のゲーム その3~ いやはや参りました。1回の表にいきなり5失点です。辛島の調子が特段悪かったようでもありませんが、ちょっとツキがなかったんでしょうねえ。喜ぶ福岡ソフトバンクホークスのファン。それに対して明らかにガックリ来たわが東北楽天側。さすがはパリーグトップを驀進中のチームには勢いがありますねえ。応援団の人数は100人もいないのに、まあ団旗の勢いの良さはどうでしょう。 7回表ホークスの攻撃前。ラッキー7の応援で、既に黄色いジェット風船が用意されています。応援団員が着ている半纏などを見たら、リーダーは大阪と東京から来たみたい。それに仙台のファンも加わっています。この時点で楽天は2-7と大きくリードされています。ここで追加点でも取られたら、もうギブアップ間違いないでしょうね。 こちらは3塁側とレフト側の楽天側大応援団。数では絶対有利なのですが、何せ点を取らないことには勝てませんからねえ。それにしても東北のファンは大人しいなあ。 チャンスになると「タオルをまわせ」の文字がバックスクリーンに大写しになります。大勢のファンは様々な色のタオルを手にもってグルグルと回して応援するのです。右側は大太鼓。いつの間にかこんなものを設けていたんですねえ。応援団員が好機到来とばかりに太鼓をバチで打ち、「ドンドン」と腹の底に響くような音が場内に響きます。 こちらは楽天のチアリーダーチーム。1塁側、3塁側などに分かれ、必死になってポンポンを振りかざします。チアリーダーはかなり人気が高く、毎年難関を通り抜けた女性が訓練を重ねてフィールドに立つのです。ジュニアのチームもあって、時々一緒に踊っていますよ。 7回裏、楽天のラッキー7。手にはすでに膨らませたジェット風船が。ライト側からレフト側を見て。 同様にライト側、1塁側の楽天ファンが99%以上。もちろん楽天の勝利を信じての応援です。 勢い良く空に放たれたジェット風船。7回裏にはえんじ色の風船が、そして勝利した場合は試合終了後に白いジェット風船を飛ばすのが約束事です。でもこの日の7回裏に点数は入らず、3-7のビハインドとなったところで、球場を去る人が増え始めました。試合を諦めたのか、それとも遠方から来たファンなのか。まあどちらもいますが、私はもちろん最後まで応援しますよ。 ところが8回裏に2点取り、9回裏は1アウトから5者連続のヒットでついにサヨナラ勝ちしたのですからビックリ仰天。この日、ブラッシュは2本のホームランを含む3安打5打点の固め打ち。キャプテンの銀次は打点こそなかったものの、5打数5安打の驚異的な活躍でした。7失点の辛島を助け、0-7からの大逆転劇とはねえ。早めに帰った人はお気の毒様。こんなことがたまに起きるのが野球です。 電光掲示板には「WIN」の大文字が。そして勝利の打ち上げ花火が数発空に。 勝利に酔いしれるレフト側応援席。空席も目立っていますけどね。 この日の激闘を物語るスコアボード。前半はなかなか打てなかったヒットも、終わってみればなんと15安打の猛攻でしたね。勝ち投手は2勝目を物にした高梨でした。 この日のヒーローインタビューは、ルーキーの辰巳。新人がサヨナラヒットを放ったのは、パリーグでは確か30数年ぶりの快挙だったようです。お立ち台の上でインタビューに答える辰巳選手(左)と、万歳三唱をする辰巳と球団マスコットたち。 東北楽天の公式行事は勝利後の選手を交えた万歳三唱。その声が高らかに球場に響きます。 さて今回の「締め」はやはり大スクリーン上の「WIN」ですね。4時間以上我慢していたに寄り、意気揚々と自転車で帰途に就いた爺でした。何と気分の良い大逆転劇。こんなことは滅多にない慶事で、嬉しさのあまりつい3回もの掲載になりました、どうもスミマセン。そして、その翌日も連日の逆転サヨナラ勝ちでした。まあ嬉しいこと。<完> なお本日はハイキングツアーのため早朝より家を出ます。コメントへの返事は翌日に、またご訪問は無理と思われますのでご了承願います。ではでは。
2019.05.12
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~「拾い物」のゲーム その2~ 5月8日水曜日。時刻は12時半を過ぎたでしょうか。ここ「楽天生命パーク」へ、続々とファンが集まって来ました。この日は対ソフトバンク戦。2位の楽天に対してホークスは4.5ゲーム差をつけて堂々の首位です。先だって福岡では、逆転サヨナラ負けを喫した相手。ここで突き放されたら、なかなか巻き返しをするのは困難。何せわが東北楽天は目下、則本と岸の2枚看板を欠いていますのでねえ。 一見「異様な」風景は増設された内野席。これでもきれいになった方。最初の頃の「仮設スタンド」は、かなり危なっかしく感じたものです。その後より堅固なスタンドが整備され、最大入場者数も3万人を超える大球場(?)へと大変身したのです。かつての「県営宮城球場」を知る人間には、昔日の感がありますねえ。ここからさらに外野入場ゲートへと向かいます。 増設したスタンドを支える鋼鉄製の構造物。かつては頼りない「パイプ足場」のような支柱で、事故が起きないか素人ながらヒヤヒヤしていたものでしたが。 途中のラーメン店にあった平石監督の看板です。名前は「ネギ塩」ではありません。昨年のシーズン途中に梨田前監督が成績不振により辞任した後を受けて監督代行となり、今季は監督に就任。まだ30代後半の若き闘将です。選手時代の目ぼしい活躍はありませんが、初めての楽天生え抜き監督には大いに期待を寄せています。新たな覚悟で臨んだ今季は、なかなかの快進撃と言えるでしょう。今日も頼んだよ、平石監督。 前方に大観覧車が。ここは外野の入場ゲート。先ず係員の持ち物チェックがあります。各自バッグやリュックなどを開けて、係員のチェックを受けます。創設当初はかなり厳しかったチェック体制。中の荷物を開いたり、リュックの底を触ったりしていましたね。食べ物や飲み物の満ち込みを禁止し、許可した業者の店舗からしか買うことが出来ないシステム。でも私はまんまと通り抜けましたがね。 レフト後方にある大観覧車。入場券とは別個に料金がかかります。もちろんこれに乗ったままゲーム観戦も可能です。私には無用の設備。そしてさらに外野席に近づきます。 ここがレフトの入場口。入り口にチケットをチェックする係員がいます。私が持っていたチケットは、なんとレフトではなく、ライト側の自由席でした。やれやれまだまだ先です。バックネット裏を通ってライトスタンドへ向かいます。背景に映っているのは遊園地。ここは元々芝生を張った「楽天山」だったのですが、こんな風にどんどん集客力を高める「施設」を増設しています。つまりは金儲けです。 バスの販売車です。急いでいたため、何を売ってたのかは確かめていませんが、恐らくは食べ物のはずです。クリスマスの時期になると、この周囲は輝くばかりのイルミネーションで飾られます。試合のない冬でも、何とかしてお客様にサービスするのでしょう。その際は珍しく「無料」です。 ふう~っ。ようやくライトスタンド自由席へ到着です。空いている席ならどこにでも座れます。でもこんな風にバックスクリーンが見えにくいのが難点。大観覧車の左側がレフトの自由席。かつてまだ若かりし頃はあそこに陣取って応援したものでした。楽天の攻撃時はずっと立っているので疲れますが。 そしてこれがわが「楽天生命パーク」のフィールドです。創設以来ずっと「人工芝」が張られていたのですが、数年前に天然芝に植え替えました。その方が選手が怪我をし難いのです。ただし、芝の手入れと維持にはかなりの労力を要するようですが。広くて美しくて、それに楽しいのが東北楽天の本拠地です。今日は「タダ券」で無料ですが、最後まで大いに楽しみましょうね。 開会式の前には毎回必ず国旗が掲揚され、国歌斉唱があります。もちろん入場者全員が起立した上で、国歌を歌います。この日は仙台市内の女性コーラスグループがバックネット前でアカペラで歌いました。 開会式のチームマスコットたち。「イヌワシ」のクラッチとクラッチーニの他に、見慣れぬキャラクターが。んんん?やっぱり6年間も来場しなかった間に、ずいぶんと勝手が違っていましたね。昔は憎めない悪役の「カラスコ」なんてのもいたのですがねえ。さて、「いつになったら試合が始まるのか」ですって?これは失礼。何せサービス精神旺盛な私のブログですからねえ。間もなくプレーボールですよ。皆さん。<続く>
2019.05.11
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~「拾い物」のゲーム その1~ 楽天対ソフトバンク戦のタダ券をもらった。くれたのは近所の方。会員であるラーメン店で5枚もらったうちの1枚を、わざわざ届けてくれたのだ。まあ嬉しいが天気はどうか。5月8日(水)のデーゲーム。大型連休が終わった後のデーゲームなので、客の入りが心配だった球場が大盤振る舞いをしたのだろうか。もちろん興味はあるが、何せ6年ぶりの観戦。その日の体調はどうなのか。 引換券 間に合うよう自転車で家を出たが途中で道を間違えた。6年前最初で最後の「仙台国際ハーフマラソン」に出て完走。その時も東北楽天のタダ券が付いていた。あれ以来の球場。その間に私はかなり衰え、一人暮らしにもなった。球場に着いて正規の券と引き換え。千円を払えば内野席にも移れるとの触れ込みだったが生憎満杯。やはり入口から遠い外野席へ向かうことになった。 これが東北楽天の専用球場。現在の名称は「楽天生命パーク球場」。創設以来「命名権」の執行で、様々に名称が変わった。それは「楽天」の名が冠せられてからも続いた。企業にとっては最大のPRだからだが、ファンにとって1年ごとに名称が変わるなんて迷惑そのもの。でも商売熱心な楽天の努力で、創設以来年々設備が増強、整備されたことは確か。そしてファンの数も飛躍的に増えた。 10連休終了直後の平日。それも午後1時開催のデーゲーム開催でありながら、この盛況ぶりはどうだろう。ともかく楽天は商売上手。人を集めるのが得意な企業だ。金を支払うのは人、それも熱心な東北楽天ファン以外にはいないのだ。 例えばこんなグッズ類。ユニフォームなどは毎年新しいのが出て来て、ファンの購買意欲を掻き立てる。好きな選手と同じユニフォーム、選手名が入ったタオルやリストバンド、帽子も色んなデザインがあり、女子用やキッズ用など、実に豊富な品揃え。私がかつて応援時に着用していたユニフォームやその他様々な応援グッズなどは、今や古臭くなって出すのも恥ずかしいほど。 球場前のイベント会場では、今日も可愛い子ちゃんが音楽に合わせて歌ったり踊ったりしていますよ。ほら、オジサンも鼻の下を長くして見てるでしょ?こんなのはゲームがある日は毎日のこと。若い芸人には売り込むチャンスでもありますしね。 色んなお店が出ています。これは球場の外側。お昼時ですから、お腹も空いてますよね。それにこの球場へは食べ物や飲み物の持ち込みが禁止されているのです。もちろん場内外のショップで買った食品は、ちゃんと区別がつくので大丈夫なのですがね。 ここで再確認です。左側のショップに黄色い「お知らせ」が張られていますね。それをズームアップしたのが右の写真。英語で「キャッシュレス」とあり、その下には日本語で大きく「現金×」と記されています。今季から楽天生命パークでは一切現金を取り扱わない方針に変更したのです。原則として「楽天エディーカード」や「楽天ペイ」での支払いしか出来ません。これは場内のビール販売も同様です。 でもね。その代わりにサービスも手厚いんですよ。左の「楽天ドーム」では各種のイベントが行われていて、この日は「匂い」に関するテーマパーク化していました。そして右側は「困りごと相談所」。いや~っ、さすがは楽天。なかなかやるなあ。でも私はお金を使いませんがね。さて、そろそろ外野の入場ゲートに向かいましょうか。<続く>
2019.05.10
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~山野草だけでない美~ 4月初旬に訪れた野草園ですが、管理棟の一角にはさまざまな造形が展示されていました。恐らく入園者を歓迎するために、職員の方々が工夫して創作されたのでしょうね。そして中には、造形の講座で利用者の方々が作った作品も混じっているのかも知れません。今日はそれらの作品を紹介しましょう。最初は藁性のイノシシ。今年の干支ですものね。 木の実や木の枝、竹などで作ったたくさんの動物たちが、眩しい窓辺に並んでいました。 可愛らしいクマさんや兎さんが、丸太や竹の上に乗っかっています。 西洋風の木のお家。あれまあ窓から覗いているのは雪だるまさんかな? モミジのシルエットが素敵ですねえ。まるでメルヘンの世界。 素朴ですが、とっても芸術的。センスがありますね。 縄(なわ)や蔓(つる)などで作ったこれは何かな? ふ~む。大きなお目目のこれは、フクロウさんかな? 麦わらででも作ったのかな。とっても小さなポシェットみたい。 アケビの蔓で作った花瓶には、枯れたヘクソカズラが1本。 蔓のブランコは楽しいな。風があるとよけい揺れるもんね。 何だか分からない美しいものがクリップで止められて。 これは前にも一度出て来たけど、キツネのお面もあるよね。 ここからは園内にあった彫像をいくつか紹介しますね。 左:「爺と子」 孫を抱っこしたお爺さん 右:「仏焔童女」 ミズバショウを光背にした童女の仏さま 左:「旅人二人」 「奥の細道」で東北を訪れた芭蕉と弟子の曾良(そら)の像 右:「はななす姫」 古代東北に生きた蝦夷(えみし)の娘のイメージ像 園内にはこのような彫像が20体くらい置かれています。広いのと彫像が小さいのとで見つけにくいのですが。これで野草園関係の写真はすべて公開済みです。どうもありがとうございました。
2019.05.09
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~時は巡り~ 7kmのゆっくりランに成功した私は自信を深め、2日後の散歩中も普段着のままで走って見た。これも大丈夫。「それなら」と9kmのコースに挑戦。これが最近(と言っても8か月前になるが)の私の練習コースだった。先日のランはそのコースの一部を往復したものだ。太陽の暖かさが嬉しい。風のそよぎは生きていることを実感させてくれる。そして流れる汗こそランナーの証なのだ。 最初のゆっくりランで撮った写真の残りを最初に載せよう。林道の傍ではまだカタクリが咲いていた。 今年初めてカタクリを見たのがM公園。次に見たのが野草園。ここは今年見た3番目。 1年に3度もカタクリを見たのは初めてのこと。野草園よりも標高は低いのだが、7kmほど西に入るこの地は、きっと気温が少し低いのだろう。 美しい春の妖精に3度も会えた私は幸せ者。スピードのあるランナーなら、きっと花など見向きもしないで通り過ぎるだろう。 ここからは2回のゆっくりランで見た桜。この時期のこの色はすべて山桜だと思う。 淡い若葉の色とマッチした、淡い山桜の花の色。 葉はあまり出ていないが、山桜の仲間だろうか。自然観察センター敷地内で。(以下同様) 上の桜をズームアップしたもの。背景には林の緑が映える。 これも同様。花を撮るのに必死で、地面と平行ではない。 あれまあ。花を撮つために枝を引き寄せた私の左手が写ってる。葉も出てますねえ。 これは初回の帰途で、自宅付近の上り坂の山桜。 上の山桜の一番低い枝。葉が出てるのでやはり山桜だと思う。 ここからは5月2日の9kmコースで。街路樹の白い桜とバックの青空。 ここには農業用水の池が5つほどあり、金網越しに見た山桜の枝ぶり。 ピンクがかった花の色は八重桜の一種。気温が低いこの辺りでは花期がずれているようだ。 太白山付近の山中に咲く桜をズームアップして。 この日、私は今年初めて山藤と出会った。崖の斜面の一番下にわずか一房だけだった。ところがその4日後に同じ場所を通ったら、何と斜面全体を山藤の紫の花房が覆っていたのには驚いた。わずか4日しか違わないのにこの変わりよう。残念ながらその日はカメラを持たずに走っていた。季節の変化は実に早い。ゆっくりランだからこそ可能な自然観察だ。<完><参考> ざる川近辺で見た桜の変わり種紹介。 左はチョウジザクラ(丁子桜)。咢頭が長いのが特徴の原始的な桜。花を上にして横から見ると「丁」の字に見えることが命名の由来。私はK治山の森で見たことがあります。 右はウワミズザクラ(上溝桜)。これでもれっきとした桜の仲間。古代この木の板に卜占のための溝を彫ったのが命名の由来。ざる川中流域M仙人宅の近辺で見ました。小川沿いの湿潤な環境を好むようですが、まさにピッタリの場所でした。「ミゾ」ではなく「ミズ」と発音するのが不思議ですね。
2019.05.08
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~山麓のニリンソウなど~ ざる川が何万年かかかって作った「小さな渓谷」に沿って上流へ向かうと、やがて少し開けたところに出ます。そこはかつて農家の畑があった場所。今は細かく区画して、団地の住民への貸し菜園になっています。見事な菜の花畑は農家の方が種を蒔いたのでしょうか。小高い山の下に沿って川が流れているのですが、ここからは直接見えませんね。 これだけまとまった菜の花は、この辺では滅多に見られません。近くにはキジが棲んでるはずです。 こんな風景を見、のんびり出来ただけでも走りに来た甲斐があったと言うものです。ここからさらに西へと向かいます。 川沿いに咲いていた山吹の花です。どちらも花弁は一重で、自然種なのでしょうね。 こちらはキイチゴ(木苺)でしょうか。山吹よりは日陰を好む性質のようです。それに花は下向きに咲くため、どうしても暗く写ってしまうのですよねえ。 シャガの花を見つけました。アヤメ科アヤメ属の多年草で、少し湿った場所が好きみたいです。かなり古い時代に中国からもたらされた帰化植物のようで、人家の跡地などを好みます。漢字の射干(シャガ)は本来は他の植物を指したようで、胡蝶花とも書く由。確かに蝶々が舞ってるようにも見えますね。 実は林道に入って直ぐに出迎えてくれたのがスミレでした。スミレの仲間は種類が多く、国内には約400種ほどあるとか聞きました。そのうちの半数は名前すら決まっていないとか。きっと識別が難しいのでしょうね。 山路来てなにやらゆかしすみれ草 芭蕉 「野鳥の森」の中で、白いスミレを見つけました。恐らくは我が家の庭のと同じ種類でしょう。 ここからはすべてニリンソウ(二輪草)です。楽しみにしていたイチリンソウとはついに出会えませんでした。きっと2週間ほど前には咲き終えていたのでしょう。全くその気配すら感じられなかったのが残念です。 キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。東アジアと日本に広範囲に分布しています。イチリンソウが咲き終えるのを待って、今度はニリンソウの群落が一斉に開花するのです。 通常花びらの枚数は5枚なのですが、中には4枚から8枚まで持つ変わり種も。 また花弁は純白なのですが、ごくまれに薄いピンク色が混じることもあります。私もここでそんな花を見つけたことがありました。 群落とはこのようなものです。中にはもっと大きな群落もありますよ。 花びらの形も丸みを帯びたものや、先が尖ったものまであるでしょ。 ともあれ人家に近いこの群落が、盗掘されないのは嬉しいことです。 ニリンソウを詠んだ句を探しましたが、私が持っている歳時記には掲載されておりませんでした。「二輪草」は季語ではないのです。ここは川中美幸さんに任せておきましょう。<続く>
2019.05.07
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~山に向かって川沿いに~ 太白山遠望 4月下旬のある日。私は急に走ろうと思った。昨年の夏以来まったく走っていない。体調は不調。足にも痛みがあった。この冬は走るのはおろか、歩くのさえ怠っていた。それがなぜかこの日は走れると感じていた。40年間走って来た元ランナーの直感だ。走ると言ってもゆっくりだし、カメラを持って花でも撮ろう。走り出す前には、お向かいのKさんにそのことを告げた。これから山へ走りに行くと。 ざる川上流 その山の麓には彼が借りている畑がある。1本道だし、交通量が少ないので安心。「何時ころ帰る?」とKさん。「多分12時半ごろ」と私。「そうか。写真を撮りながらだと時間がかかるものね」。まあ何も起きないとは思うが、念のためのこと。何せ一人暮らしの爺さんだ。連絡しておいて悪いことはない。小川に沿って裏道を山の方向へ向かう。久しぶりのランに、気分は最高だ。 ミツマタ 植木屋さんの圃場のミツマタは、ほとんどが咲き終えていた。秘密の場所のイチリンソウは、全くその姿が見えない。野草園で観て「もしや」と期待していたのだが、この時期の植物にとって時間は絶対的な存在。花期が過ぎれば跡形もなく姿を消すと言う自然の掟。その代わり山吹とニリンソウが咲いていた。 菜の花畑 景色は春そのもの。畑には菜の花が真っ盛り。山は若葉が燃え出して、薄いグリーンに変わっていた。その中に山桜の薄いピンクが混じる。私が大好きな風景。そして走れる喜び。スピードは全くなくて、歩いている人に抜かれるほどではあるが。東北道の高架で約3km。そこにKさんの畑がある。私はそこからさらに林道を行く。 ざる川の支流の上に、山桜の枝が伸びている。川の中に生えているのは、きっと野生のセリかクレソンだろう。まるで田んぼのような密集ぶりだ。 「仙台市営太白山(たいはくさん)自然観察センター」の標識。ちょうど今「森のちいさなアトリエ」と銘打った企画展を開いているようだ。 「自然観察センター」の広大な敷地内では、動植物を保護するためにいろんな約束事が決められている。どれもごく常識的なことだ。 これはセンターの管理棟に向かう道。しばらくは鬱蒼とした杉林が続く。 こちらはセンター管理棟の裏側を通る林道で、私は山へは向かわすにこの道を行く。ここは数多くあった練習コースの一つで、20kmから30kmの練習が出来た。初めてニリンソウやイチリンソウと出会った場所でもある。 江戸時代、仙台城があった時代はこの森へ無断で入ることは禁じられており、森を通じて城に近づく賊を警戒し、この場所に番人が置かれていた。無断で山に入った者はその番人に斬られても、一切文句は言えなかった由。その番人の子孫の家が、今も現存している。 同時に藩祖政宗公が樹木の伐採を禁じたため、今でも広大な地域に天然林が残る。そのため大都会の近辺でありながら、貴重な山野草が多いのだ。私はカモシカと山中で出会ったこともあるし、リスとも出会った。イノシシも生息してるみたいだし、数年に1度はクマが山伝いにやって来る由。 こんな標識がある。かつてはバードウオッチング用の小屋があったようだが、今は姿が見えない。私はそちらに向かった。ある花を探すためだが、もう姿は消えていた。今年はかなり早く開花したようだ。それだけ気温が高かったのだろう。 これらがこの森の住人らしい。シジュウカラ、メジロ、キツツキ、キジなどが生息しているようだ。今回走ったコースでは、時々ウグイスやキジの鳴き声を聞く。きっと鳥にとっても住みやすい環境なのだろう。明日からはコースの花などを紹介する予定。<続く>
2019.05.06
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~八重桜を中心に~ このシリーズでは我が家の近所の2つの公園の桜を紹介しています。この時期に咲いているのは主に八重桜ですが、それ以外の品種もあります。最初はM公園の八重桜を何枚か。ただし名札がないために、品種は分かりません。以下同じ品種が続きます。 まだ若木の八重桜です。公園の芝生には小さなテントが張ってありました。どうやら家族連れで遊びに来たみたいです。この日は日曜日でしたからね。そうそう「10連休」の2日目です。 近くの桜に遠くの桜。花のズームアップや逆光の八重桜など、様々な表情を撮りました。 こちらの樹には「フクロクジュ」(福禄寿)と言う名札が付いていました。(以下同様) 青空を背にしたフクロクジュの枝。薄いピンクの優しい色の花びらです。 薄いクリーム色の桜、ウコン(鬱金)がまだ咲いていました。 ウコンはいわゆる「黄桜」ですね。開花して時が経つと、中心部からピンク色になります。改良される前の姿に「先祖返り」するのでしょうか。 緑色の花を咲かせる品種、ギョイコウ(御衣黄)です。花だか葉っぱだか区別がつきませんね。 青空を背にしたギョイコウの花です。こうして見るとはっきり緑の花だと分かりますね。 ギョイコウの花の中心部にもほんのりとピンクの色が。もうじき先祖返りが始まりますね。 これはヤマザクラ(山桜)の仲間でしょうか。既にたくさんの若葉が萌え出ています。 これは帰路のA公園で撮ったヤマザクラです。 A公園に山桜があることを今回初めて知りました。花の下でカルガモが泳いでいます。 今年のお花見も近所の公園で済ませてしまいました。お付き合い下さってありがとうございます。まとまった桜の紹介はこれで終わりますが、明日以降も花の写真は続きます。どうぞお楽しみに。 さて今日は5月5日こどもの日。子供たちの成長と世界の平和を祈りましょうか。
2019.05.05
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~八重桜を中心に~ <近所の八重桜と白藤> 花のシリーズが終わったばかりなのに、再び花がテーマです。今回は名残の桜。メインは何種類かの八重桜や山桜など。なぜ急ぐかはきっとお判りでしょう。季節感があるテーマは、紹介する時期を逸すると間が抜けてしまうからです。書きたいテーマは他にもあるのですが、先ずは季節感を優先。中でも桜は最優先だと判断した次第。特に説明は付しませんので、眺めていただけたら十分です。 ここからは近所のA公園の八重桜です。品種は名札がないため分かりません。ピンクの濃い品種で、恐らくは区の公園課が同じ樹を植えたものと思われます。小川が沼に集まり、ここからまた小川となって流れ出ます。 撮影したのはすべて4月28日です。4月初旬にはまだ寒々とした風景が、まるで「青丹よし」と化しています。新緑と八重桜のコラボをお楽しみくださいませ。 沼の中に小さな島があります。その柳の木も、青々と芽吹いて来ました。 沼の中にいるのはカルガモです。年柄年中この沼に居付き、家族でここで暮らしています。たまに小川を伝って「遠征」することがあります。恐らく餌を探しているのでしょうね。 流れ込む小川の水量が少ないため、沼の水は電気で還流しています。半分人工的な沼ですが、子供たちはここでザリガニを釣り、ボランティア活動でホタルを育てています。私は夜は「徘徊」しないためホタルが飛ぶ姿を見たことはありませんが、近所の小川にもいて夏の夜は光を放つそうです。 近所には小学校と中学校があります。時々道草を食ってる中学生を見かけます。さすがに小学生でサボる子はいないようです。集団登校と集団下校をしているのかな。 これは中学校が付けた名札に「サトザクラ」と品種名が書かれていました。 コチラモサトザクラです。ふんわりとして優しそうな花びらです。 ここからはM公園の桜です。大木の下でお花見をしています。この日は日曜日でした。 まだ若い八重桜が満開です。残念ながら品種名は不明です。 上の一部をアップして見ました。白っぽい花びらです。 花びらの中心からゾウの鼻のようなものが出ています。これは確か「普賢」(ふげん)だったかも。普賢菩薩は白象に乗ってますからね。 これは名札が付いていました。カンザン(関山)です。青空にピンクが映えています。 最後はズームアップしたカンザンでお別れしますね。退屈でしょうが明日も続きます。 <続く>
2019.05.04
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~水辺の花も今日は~ 4月の上旬に訪れた野草園のレポートも、そろそろ終わりに近づきました。まだ裸状態だった園内のケヤキの木も、恐らく今頃は美しい若葉をつけていることでしょう。遅くスタートし、かつ苦労しながら書き進めて来たこのシリーズは、ブログネタ不足を補うための取材から始まったのですが、何とかその務めを果たしてくれたみたいです。花の紹介は今回が最終回になります。 <シデコブシ> 幣辛夷 四手拳 モクレン科モクレン属の落葉小高木 日本の固有種で、本来は愛知、岐阜、三重の一部に分布。自生個体群つまり自然の状態のものは準絶滅危惧種に指定されている。普通のコブシの花との相違は、花弁が長く枚数が多いこと。花弁の形状が捩れていることだろうか。漢字表記の幣(しで)は神道のお祓いに使う御幣(ごへい)に似ていることから。また四手拳の拳(こぶし)は、実の形が拳骨に似ていることからの命名だろう。 <フッキソウ> 富貴草 ツゲ科フッキソウ属の常緑小低木 富貴は「ふうき」と発音するのが普通だが、フッキソウにこの漢字を当てているのには、何か理由があるのだろう。一見草に見えるのに、木だったとは驚きだ。あまり目立たない地味な花をつけるこの木の原産地は、日本を含む東アジア全体とのこと。 <リュウキンカ> 立金花 キンポウゲ科リュウキンカ属の多年草 生育地は本州、九州及び朝鮮半島。 水辺で背伸びするように咲いている黄色の花は良く目立つ。「立金花」の漢字を充てたのも頷ける。生育地は水辺や湿地。ミズバショウの群生地で良く見られる。私は月山や尾瀬で見ているはずだ。 <ミズバショウ> 水芭蕉 サトイモ科ミズバショウ属の多年草 ミズバショウの名前が示すように水辺や湿地で自生、群生する。中部地方以北の本州と北海道、シベリア東部、千島列島、カムチャッカ半島および樺太に自生。 本来は春の花だが、高地では初夏の水辺に咲く。「夏が来れば思い出す・・」の歌に出て来るのは尾瀬のミズバショウで、私も2日歩いて存分にこの花を見た。この野草園できれいな花を見たのは今回が初めてだ。群生地は別として花期がさほど長くないため、タイミングが合わないと見逃してしまう。 白い花のように見えるのは葉が変化したもので、仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる。有毒だが鹿は食べても平気。尾瀬沼、尾瀬ヶ原ではミズバショウをはじめとする高山植物保護のために鹿よけの柵をしているが、それでも泥の上には鹿の足跡がついていた。 今回も1種類ずつ手帳に名前を書いてから撮影した。名前を知ってる植物は半分ほど。幸い名札があるが、名札から外れた場所に芽生えるものや名札のないもある。そんな時はボランティアに尋ねるか、後刻職員に写真を見せて確かめる。帰宅後はネットで種類ごとの属性などを調べ、紹介の順番や花の配置を考える。足らない分の画像はネットで補う。舞台裏はそんな感じ。時間がかかる作業も今日で終了だ。<完>
2019.05.03
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~水芭蕉は夏の花?~ <ヒュウガミズキ> 日向水木 マンサク科トサミズキ属の落葉低木 ボケボケだが可憐なヒュウガミズキの花。「ミズキ」と名前は付いているがマンサク科と言うことで納得した。ミズキの種類とは木の高さも花の形も全然違っている。よく公園などで見かけるが、本来の生息地は石川県から兵庫県の日本海側と、高知県、宮崎県、そして台湾とのこと。花期は3月から4月で、2、3個の花が房状に咲く。トサミズキの花が房状にならないことが相違点のようだ。 <キブシ> 木五倍子 キブシ科キブシ属の落葉低木 雌雄異株 いきなり枝から花がぶら下がっているのは異様。漢字の「木五倍子」もどこか違和感を感じる。落葉低木とあるが、中には7mにもなる木があり、この木もかなりの樹高があった。日本の固有種で北海道、本州、四国、九州の他、小笠原諸島にも自生する。春先のまだ葉がない時期に房状の花をつけるため、趣があるとして庭木にすることもある由。 <ミヤマシキミ> 深山樒 ミカン科ミヤマシキミ属の常緑低木 雌雄異株 葉がシキミの葉に似ていることからの命名だが有毒。 木の傍に花の写真が添えられていたが、色が褪せているのが残念。葉は有毒なのに、花言葉が「寛大」、「清純」とはこれいかに。 <ゲンカイツヅジ> 玄海躑躅 ツツジ科ツツジ属の落葉性低木 玄海と名が付くように主な生息地は岡山県以西、九州、対馬、朝鮮半島の山地。カラムラサキツツジの変種だそうだ。葉がシャクナゲの葉に近いように感じる。 <アカヤシオ> 赤八汐 ツツジ科ツツジ属の落葉低木 東北南部から紀伊半島にかけて自生するそうだが、私は岩手県の姫神山山頂付近でも見かけたことがある。シロヤシオは四国でも見られ、ムラサキヤシオは北海道でも見られる。それらを総称してヤシオツツジと言っているようだ。<続く>
2019.05.02
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~わたしと時代~ 外は雨。朝からしとしとと降り続いている。今日は平成31年4月30日。そして明日は令和元年5月1日。新聞のテレビ欄を見たら今夜はどの局も、「平成最後の日の」特別番組のオンパレード。「降る雪や明治は遠くなりにけり」と言う名句があるが、冗談じゃない。明治はおろか、大正、昭和も遠い時代になった。そして「平成、お前もか」と去って行く一つの時代。 誰かがブログに書いていた。「私は昭和、平成、令和の3つの時代を生きる」と。その感慨は私も同じだ。だが考えて見ると32才を過ぎた日本人なら、みんな3つの時代を生きることになるのだ。しかし3つの時代を生きたと言う実感が強いのは、昭和生まれの人間なんじゃないのか。私は密かにそう思っている。それも戦前や戦中、そして戦後まもなく生まれた年代の人にとっては特に。 またある人が嘆いていた。年号がころころ変わる不便さと、なぜ西暦を使用しないのかと。だが、その人は天皇制については決して触れない。確かに不便さはある。昭和なら西暦から25を引けば、昭和の年代が割り出せた。だが平成となればもうお手上げ。だが西暦だけでその時代を思い出すことも無理。不便極まりないとしても、日本人は嫌でも応でも「年号」と共に生きるのが宿命とも言えよう。 「しかし」と、私は思う。昭和天皇が崩御されたのが昭和64年の1月7日。次の年号は当然国民の誰もが知らず、天皇の死を悼んでいた。戦前は「神」であった立場が、戦後は一転して「人間天皇」となった。東京裁判では戦争犯罪人となる恐れもあった天皇。それはそれとして、今回は天皇自身がその位を譲る決心をされた。202年ぶりのことだった由。 不敬を恐れずに言えば、天皇家は「万世一系」ではないし、少なくとも第10代までは架空の人物。浮気した女帝もいれば、天皇の位を巡って兄弟同士で争い、殺し合ったこともある。一時は南北朝に分かれて、それぞれ天皇を戴いた時代も。明治天皇身代わり説、大正天皇白痴説、昭和天皇戦犯説が流れたことも確か。そして昭和天皇の后である香淳皇后は晩年認知症だったのではないかと推定される。 だがそれらも当然で、人間であればこそ生じる事柄だ。日本の皇室は数少ないケースを除いて、公家や貴族、まれに武士階級の庇護を受けて来た。憲法体制下でなくとも常に権力の象徴的存在だったように思う。明治維新などでは、大きな時代の渦に飲み込まれそうになったことも確かだ。そして第二次世界大戦後は、新憲法によって「象徴」であることを明確に位置付けられた。 まわるまわるよ時代はまわる 喜び悲しみくり返し・・ 歌手中島みゆきの名曲「時代」の一節だ。私は昭和を45年足らず、そして平成を30年余り生きた。平成は平和の時代と人は言うが、私個人にとってはどちらも激動の時代で、長編小説が書けるほど。そして老齢の身で一人過ごす令和は、果たして私にとってどんな時代になるのだろう。 興味が湧いて急遽調べた年号の長い順番だが、1位は昭和の62年14日間。2位は明治の44年187日間。3位が応永(1394~1425)の35年間。そして平成が第4位で30年余り。第5位が延暦(782~806)の約25年間と判明した。短いと感じていた平成がなんと第4位に上るのは意外だった。平成元年4月1日。あれが私の管理職としての登竜門、実に厳しい旅路の始まりだった。 初めて民間人から妃を迎えた天皇と、皇室に入って苦労された皇后。時には皇室のしきたりに背いて自らの考え方を貫き通した2人に敬意を表したい。被災地で床に跪き、被災者と目を合わせて話し合われ、右翼から抗議されても決して態度を変えなかった両陛下。そして新しく天皇皇后になられる2人も、きっとご苦労が絶えないことだろうが、皇室と国民のあるべき姿について模索を続けて欲しいと願っている。平成よさようなら。そして令和、よろしくね。 このブログは予約機能を使って前日に書いています。どうぞ、ご了解を。
2019.05.01
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