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~音楽と街の表情~ ここは仙台市青葉区の定禅寺(じょうぜんじ)通り。9月7日(土)と9月8日(日)に、ジャズフェスティバルが開催される会場の一つです。私は50ほどのステージの中から、写真を撮りやすいポジションを選びながら歩いて移動中。ついでに街と人の様子も撮影しているのです。 ここ定禅寺通りは、「仙台七夕」の飾りつけはしてない通りですが、5月の「あおば祭り」、「仙台国際ハーフマラソン」、10月の「日本女子大学駅伝」、12月の「光のぺージェント」などのメイン会場になる場所なんですよ。道路の中央には広い緑地帯があって、そこにも何か所かジャズフェスティバルのステージが組まれています。 定禅寺通りと晩翠通り(ばんすいどおり=「荒城の月」の作詞者である土井晩翠・どいばんすい)=仙台市名誉市民)の交差点にある瀟洒な教会。 ガラスに反射するケヤキ並木。 ビルの大きなガラス壁にもケヤキ(仙台市木)が写り込んで。 出番を待つ大太鼓。 木陰に置かれたチェロにも木漏れ日が。 緑地帯上のステージのミュージシャンと、通りの向こう側の聴衆。 定禅寺通りから一番町に入ります。ここは毎日が歩行者天国。 お洒落な電話ボックスとベンチで寛ぐ市民たち。静かな通りも、七夕の時は大変な混雑です。 ウエスタンを歌ったお爺さんは、なかなかの美声でしたよ。そうそう一応「ジャズフェスティバル」と銘打ってはいますが、実はブルースあり、フォークあり、タンゴあり、ラテンミュージックあり、合唱ありと、今では色んなジャンルの音楽が披露され、遠来のミュージシャンも多いのです。 街中の「ステージ」の舞台裏から見ると、こんな具合。 アコースティックギターと琴の合奏とは珍しいですね。 椅子に座っての街中での演奏は大変かなあ。 どこかでお見掛けしたような社長のお顔ですが。<続く>
2019.09.30
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~夏の花から秋の花へ その1~ <通路が邪魔になるために切ったシュウメイギク> 「定禅寺通りジャズフェスティバル2019」が続くため、合間に朝の散歩の時に撮った写真を載せることにします。こちらも飛び飛びで、しかも花の名前も書きませんがよろしくね。 朝の光を浴びるバス停前の花壇の花。ここの草取りはわが班の役目です。 朝の散歩なんて久しぶりでしたが、やはり新鮮に感じましたよ。 花の写真など撮ってどうするの。そんなことは言わないでね。 桜の木の間から顔を覗かせる朝日。この木もやがて紅葉することでしょう。 花壇の花々は、全部お向かいのKさんがお世話してるんですよ。 この花も間もなく枯れ、やがて種を結ぶことでしょうね。 ここは後輩のTさんの家の前。暫く彼の顔を見てないなあ。 いつも季節の花を切らさないお宅の前で。 これはアジサイの仲間ですが、花が緑色になりましたね。 色が薄くしか写らないのが残念。もっと濃い紫なのですが。 塀の上の観葉植物の姿に魅せられて1枚。 秋のお彼岸の頃に咲くこの花を、昔は曼殊沙華(まんじゅしゃげ)と呼びました。 紫色のこの実には、平安時代の女流作家の名前が付いています。 秋の定番のこの草で、昔は箒を作りました。それで別名は「ほうき草」です。<不定期に続く> 昨夜の対アイルランド戦、見事な勝利でしたね。おめでとう日本。そして勇気をありがとう。
2019.09.29
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~定禅寺ジャズフェスティバル2019その2~ 9月初旬のジャズフェスティバルに行ったのは、2日目の日曜日だった。それがとっても暑い日でねえ。昼食前の私はまるで修行僧のように幾つかの会場を歩き回り、ミュージシャンと聴衆の姿を撮りまくったのだった。今日はスナップ写真の2回目。 木陰で寛ぐ親子。その背後では強烈なジャズの音が響いている。 木陰にしゃがんでかき氷を食べる女の子。 市民広場のステージには、おそろいのユニフォームの楽団員が。 レジェンドのオジサマが勢ぞろい。 定禅寺通りのグリーンベルトでの熱演。 彫刻は定禅寺通りのシンボル。 定禅寺通りのケヤキ並木には大勢の音楽ファンが繰り出して。 演奏直前の緊張感が伝わって来ますね。 ステージの前で演奏を待つ市民の皆さん。 この日の緑地帯はかなりの人ごみに。 演奏中の人とステージに向かう人たち。 市内の観光地を巡回する「るーぷる仙台」号。 本番前の調整が続きます。 <不定期に続く>
2019.09.28
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~定禅寺ジャズフェスティバル2019 その1~ 9月のある日、男は街へと出かけた。まだ残暑の厳しい仙台。特に今年はなおさらだ。 ではそんな厳しい暑さの中を、なぜ街へ出かけて行ったのだろう。 その答えがこれ。9月初旬の土日、今年もストリートジャズフェスティバルが始まったのさ。 ほら、もう始まってたよここでも。定禅寺通りの街角、勾当台公園の一角で。 大変な人出に、警備員のオジサンたちも気合を入れて。 こっちはねえ、県庁前の公園。写真の掲載順はほぼ歩いた通りなんだよね。 「滝」をバックにして音合わせに余念がないグループ。 おいおいマジかよ。コード狂ってんじゃねえの? オレはスタンバイOK。喉の調子もまあまあだし。 必死でなだめるお父さん。でも子供にとっちゃただの「騒音」。疲れるよねえ。 舞台の上では高校生が制服のままで演奏中。 こちらではビール売りのお嬢さんが「一杯いかがです」? 最初のステージも、さっきの親子も別角度から見るとこんな感じだよ。 ステージの裏側から見ると、ミュージシャンと観客がこんな感じに。 そろそろ昼時。お腹も空くよね。 喧噪の中で抱き合う二人。暑いねえ、いや熱いねえか。 再び市民広場に戻って、舞台裏から撮影を試みると。 ヴォーカルの若者たちの声がひと際高く。 街中の楽の音。少しは皆様にも届いたでしょうか。ではまた明日。<続く>
2019.09.27
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~マックス爺の日常~ 千葉県の台風による被害は予想外だった。これまで自然災害とはほとんど無縁だと思われた千葉県を襲った台風。予報では「コンパクトな規模」と言われながら、もたらした被害の甚大さはどうだろう。広範囲で家屋が破壊され、樹木は倒れ、送電線が壊滅状態に。全県に及ぶ広範囲な停電が影響し、水も情報も途絶えた。暗闇の中、酷暑の中で被害者が受けた苦しみはいかばかりだったか。 ここ数日、私は体調の異常に耐えていた。激しく変動する血圧。通常ではないよろめき方。時々頭痛もあり、とても運動など出来る状態ではない。左右の手が痺れ、頭部にも痺れを感じて血圧を測ると、上が180近く。迷わず非常用の薬を服用すると、30分後には急激に数値が落ちた。これは病気の前触れか。明日はドクターに相談しよう。場合によっては脳ドックへもと思いつつ、睡眠薬を服用して就寝。 朝一で病院へ行くと、相当に混んでいた。どうやら市の健康診断の締め切りが近い由。ようやく順番が来て診察室に入り、ドクターに症状を話す。私の処置は良かったようだ。根を詰めて何かをするのを止め、今は運動も止めて安静にするのが一番とのこと。そう言えばここ2,3か月は疲労感が半端じゃなかった。ブログに熱中してパソコンに向かう日々。それで姿勢が固まり、さらに疲労を増したのか。 脳が直接痺れることはないらしい。肩や首の緊張がそんな感覚を招く由。脳ドックも必要なし。ただ、この夏は塩分の摂り過ぎだった。それが血圧を上げた可能性が高い。気持ちを和らげる薬の処方を提案されたが断った。原因が分かれば注意が可能。緊張の原因の一つが地元球団楽天の応援。連日TVやラジオを聞き、放送がない時はPCで試合経過をチェックする日々だった。 その楽天が1試合を残してCS進出を決めた。4位ロッテとは0.5ゲームの僅差。だから逆転する可能性もあったのだ。今季はエースの則本が手術で不在。もう1人のエース岸が初戦で負傷。さらに正捕手嶋の長期欠場。その苦しみの中で若手を使いながら頑張って来た平石監督。その監督を解雇に動いた球団側。三木谷会長が選手起用に口を出すいつものパターン。苦労して戦っている最中に、何と言うざまだ。 畑の夏野菜はほぼ終わりに近づいた。2度目のキュウリは葉が枯れ始め、歪んだ実しか結ばなくなった。今夏はずいぶん近所に野菜を配った。そのお返しに素麺、桃、梨、ミョウガ、枝豆などをいただいた。ゴーヤも全て使い果たし、落ちたミニトマトの種が発芽して、ちょっとした景観になっている。雲南百薬には、今一斉に花が咲き始めている。上の写真の一番右側で光って見えるのがその花だ。 きれいなキュウリは人に上げ、わが家の分は曲がったのや太すぎる物が大部分。それを樽に入れて塩を振り、初めて「古漬」を作ってみた。重石を4つほど上げて1週間ほど放置すると、ブクブク白い泡が立つ。発酵が進んだ証拠だ。その水を捨て、塩を追加してさらに漬け込んだのが上の写真。ちょっと酸っぱいのは発酵食品の何よりの証。大量に上手に出来たので、目下第2弾を製作中だ。 また野菜が高くなり出したので、冷凍庫に眠っていた「モロッコインゲン」を解凍して使っている。これはたくさん獲れた最終盤のもの。少々筋張ったり豆が成長して硬くなったりもしてるが、そのまま大量に茹でて冷凍していた。だから解かしただけで、直ぐに使える。だし醤油をかけたシンプルな一品も良いし、煮もの、味噌汁の実、野菜炒めにも重宝。物事には工夫が大切だ。 間もなく消費税が上がるが、私は一切駆け込み購買はしなかった。買うのはほとんどが食品。それなら上がらないじゃないかと、のほほんと構えている。買いたい衣料品もないことはないが我慢も出来るし、第一無駄なものを買うよりはよほどマシだと思うのだ。極めてマイペースな老後の暮らし。戦後の貧乏暮らしに比べたら、こんなのは貧乏でもなんでもないんだよなあ。 筑波勤務時代の悪友達との麻雀大会の日程が決まった。時期は11月下旬で、場所は富山県の宇奈月温泉(上の写真)。ここは富山地方鉄道のトロッコ列車が通っているところで、私は黒部峡谷の終点「ブナ平駅」まで行ったことがあった。そして来月は「伊達なマラニック」への参加と、出雲大社などへの旅を予定。12月には「大人の休日倶楽部」周遊パスを使った旅の予定だが、果たしてどうなるか。
2019.09.26
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~光と影を楽しむ~ 脱衣所 浴室 玄関 和室1 和室2 居間 洋室2 洋室1 洋室1のベッド 洋室3 居間 和室1 居間 居間から庭を見る レースのカーテンを通して秋の空が。 畑と庭で1人遊んでいます。誰か一緒に住んでくれる人はいないかなあ。
2019.09.25
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~提出までの過程は~ 名月も女気もなき苫屋かな *とまや=ぼろ家 女気も名月もなく経る齢 *ふる=年月が経つ *よわい=年齢 女気の絶へたる家や虫の聲 *こえ 赤まんまハモニカ半音狂ひけり *あかまんま=イヌタデの別称 赤まんま狂ひしままのハーモニカ 赤まんま母知らぬ児の戦後かな 秋天や狂ふハモニカわれもまた 秋天や狂ひしままのハーモニカ 秋桜や狂ひしままのハーモニカ *コスモス 老ひを知ることの増へたり凌霄花 *のうぜんか=ノウゼンカズラ 浜木綿や歳月人を待たねども *ハマユウ △探査機の使命遥けき無月かな *むげつ=曇天などで見えない状態の十五夜 <小惑星リュウグウで活躍中の「はやぶさ2」をテーマに> 苦瓜を食ひつくしたる欠伸かな *にがうり=ゴーヤ *あくび 苦瓜も食ひ尽くしけり大欠伸 大欠伸苦瓜つひに喰ひ尽くす 行く雲や秋明菊は揺るるまま *シュウメイギク 行く雲や敬老の日の祷かな *いのり 揺るるまま秋明菊の孤独かな 孤独なり揺るる秋明菊もまた 悔恨はあまたありけり彼岸花 彼岸花悔恨を捨て風に立つ 秋遍路地図になき橋渡りけり *あきへんろ 〇誰そ彼の野辺の小橋や秋遍路 *たそがれ 歳時記も読まずに秋の一句かな 秋の季語記せしままの余白かな 行く雲や硬さ増しゆく秋茄子 *あきなすび 珍しく時事俳句△を詠んだが、講師は時事俳句を好まない。結局〇の句を提出した。その講評だが、「誰そ彼」を「黄昏」に置き換えたら100点満点だったとか。来月は「十月や」が兼題(宿題)として出され、1人3句の提出となった。いずれも初めての試み。帰宅後から翌日にかけて、25句ほどを詠む。難しかったが案外面白い。来月の俳句教室が楽しみだ。
2019.09.24
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~テレビとの付き合い方~ こんな人が参議院選に立候補したことに驚き、当選したことにまた驚いた。公約は「NHKをぶっ壊す」と言うそのことだけ。そんな政党があって良いのか。それが私の正直な感想だった。だが世の中にはかなり支持者がおり、統一会派まで結成してしまったのだ。それで政党補助金の他に、別の経費が出るのだとか。今は何でもありの世の中。でも私はNHKに契約料を支払い、番組も良く観ているのだ。 今年の大河ドラマ「いだてん」はかつてない不人気で、史上最低の視聴率なのだとか。だが私は面白く観ている。かつてランナーだったせいもあるが、私が知らなかった現代史を知る機会にもなった。近代五輪がどのようにして生まれ、先進国の仲間入りをするために、日本がどんな苦労をして来たのか。最初のオリンピック参加から、幻となった戦前の「東京オリンピック」招致までの涙ぐましい努力に泣ける。 しかしマラソンの金栗四三(かなぐりしそう)があれほどまでランニングに打ち込んでいたとは驚異。彼が「箱根駅伝」の創始者だったことをこのドラマで初めて知った。上左の加納治五郎は柔術家として有名だが、教育者であり、日本の五輪参加の立役者だった。上右は水泳平泳ぎの鶴田義行選手。1928年のアムステルダム大会と1932年のロスアンゼルス大会で入賞。私の中学校時代の恩師の父親だ。 朝ドラ「なつぞら」が間もなく終わる。今年の4月から始まったこの番組は、日本で初めてのアニメーター誕生にまつわるドラマだ。ヒロインの奥原なつは架空の人物だが、モデルになった人物が存在する。その方を知るためウィキペディアで調べたが、並大抵の苦労ではなかったようだ。女性が一生かけて仕事を続けることの困難さ、初めてのものに挑戦する冒険心。作中の『白蛇伝』は、小学生当時に観た。 北海道150年記念ドラマ『永遠のニシパ「北海道」と名付けた男』は、こよなく蝦夷地を愛した探検家松浦武四郎の物語。幕府に命じられて蝦夷地を数度に亘って探検し、アイヌ語の地名を漢字で表記したのがこの人。だが明治新政府は彼が愛した蝦夷地をアイヌから奪い、三菱などの政商に安価で払い下げる。そのことに抗議し、彼は在野の人に戻る。出身地の松阪市には、彼に因む博物館がある。 国立科学博物館による丸木舟の実験は、日本人の先祖がどのようにして琉球列島へたどり着いたかの謎を解くためのもの。台湾から与那国島まで3度の実験をしている。最初の草船は海水を吸い込んで沈没。2年目の竹の筏は黒潮に流されて失敗。今年は自分たちで丸木舟を作り、見事黒潮をこ漕ぎ切った。位置は太陽と星を観て確認し、男女5人で2日間かかって柳田國男の「海上の道」説を再現したのだ。台湾旅行直後の快挙だけに、考古学や古代史愛好者として深く感じるものがあった。 「それは経費で落ちません」は、コメディータッチの夜ドラで全10回放映中。多部未華子主演の経理部職員が、生真面目に職務を追求する話。彼女は次々と疑問点を解明し、会社の経費で支出すべき費目かを判定する。実にリアルな筋書きなのだが、同僚との恋愛が絡んでの進行がハラハラさせる。超堅物女子社員の多部の変身ぶりが見もの。9月27日(金)が最終回。今回のタイトルはこれをもじった。 9月15日開催のMGC代表戦は見ごたえがあった。来年の東京オリンピックマラソン代表の選考会で、上位2名がそのまま代表に選ばれると言う公明さが受けた。男子は基準を満たした30名、女子は故障者を除く10名によって戦われた。真夏のオリンピックを体現する絶好のチャンスで、NHKと民放1社が全く同じ映像を使っての同時中継。女子のレース中心だったことに少々不満が残った。 マラソンのみならずスポーツ番組が大好きな私。ラグビーW杯初戦の日本はロシアを30対10で下し勝ち点5をゲット。きれいなゲームだった。女子ゴルフの渋野日向子はデサントレディースで今季3勝目を挙げ、獲得賞金が1億円を超えた。女子プロテニスの大坂なおみ選手は、大阪オープンで優勝。「応援おおきに」とリップサービス。コーチを解雇した直後の優勝だけに、感無量だったのではないか。 大相撲秋場所は両関脇の優勝決定戦。中日の本割では負けた御嶽海が、来場所は大関復帰を果たした貴景勝を堂々たる相撲で下した。そして来場所は大関取りを狙うと宣言。出場した大関2人は精彩がなく、栃ノ心は2度目の大関陥落となった。一時は序二段まで陥落した元大関照ノ富士が幕下で6勝1敗の好成績を上げたのが嬉しい。色々あっただけに、良く辛抱したと感心している。 私がNHKの番組を観るのは、コマーシャルが入らないため。ただ「大事な経費を使い過ぎじゃないの」と、文句を言いたくなる時がある。だから観たくない人は支払わないのも「あり」かもね。 ところで韓国のハンギョレ新聞社の若手記者が、上層部の退陣を求めて決起した。「ご用新聞」と揶揄されながら文政権を擁護して来た同紙だが、記事が削除されたことへの体を張った抗議とか。これに中堅記者も同調して大波乱の由。あの反日国にようやく変化が起きるのか。
2019.09.23
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~秋野菜、冬野菜に向けて~ 暇な爺は庭の片隅を開墾して、小さな畑を作っているのです。今日は最近の畑を紹介しますね。 左は9月12日撮影の白菜で、8月末に7株植えたものです。右は東の畑で手前が大根、塀際がキュウリで、7月に種を蒔いて育てたもの。キュウリは最初に買った苗が梅雨寒で病気になったため、種からの挑戦でしたが、目下たくさんの収穫があって困るほどです。 左右共カリフラワーです。左は8月22日、右は3週間後の9月12日現在。苗は4本。 これはキャベツで上と同じ撮影日です。苗は3本。蝶々が卵を産み付けたので消毒中です。 こちらはブロッコリーの苗で4本植えました。成長ぶりが分かりますね。 左は大根。種を蒔いてから50日くらいで、ここまで育ちました。右は8月末に剪定した秋ナス。ナスは弱った茎の先端や、古い葉を切り落とすとやがて勢いを取り戻して花を咲かせ、実を結びます。これがナスの剪定で、野菜の習性を利用した栽培法。つまり夏と秋の2回、収穫が出来ると言う訳です。 8月22日に撮影した春菊の発芽。乾燥に弱い春菊は夏の暑さに耐えられないようです。 こちらは春菊と同じ日に種蒔きした小カブ。この後「間引き」をし、今は順調に育っています。 こちらは収穫したゴーヤと、それを原料にして作ったゴーヤジュースです。今夏は2本の苗から合計40本ほど収穫し、チャンプルー、佃煮、ピクルス、生のままのサラダと、とても重宝しました。 トマトとミニトマトも大豊作で、ご近所に配りました。食べ切れない時は、ジュースにしました。 左は雲南百薬であくが強いため、茹でてお浸しにします。秋になって花が咲き始めました。そろそろ葉が弱って来る頃です。右は種から育てたキュウリで、当分収穫が期待出来そうです。こちらは生で冷やし中華の具にしたり、酢の物、ピクルスにし、太めのものは佃煮や炒め物にも使えて重宝です。 これらは7月中旬に秋野菜、冬野菜の準備のため土を耕していた時に出て来たタマネギ(左)とジャガイモ(右)です。共に収穫期は6月末なのですが、今年は7月初旬になりました。その時、獲り損ねたものがひょっこり姿を現したのです。そんなことがあるのも楽しみの一つ。そして育てた野菜は決して無駄にしないで食べる。それが自らの命を分け与えてくれた野菜に対する礼儀だと思っています。 野菜たちのお陰で、私は案外元気に暮らしています。心から感謝ですね。 乾燥中の種。薄黄色はカボチャ、茶色はゴーヤの種です。来年は試しにこれを畑に蒔いてみようと思っています。そんな遊び心が楽しいのです。そろそろシソも種が出来る頃。それは直ぐに蒔くのです。もう10年ほど続けていますが、案外丈夫に育つものです。 植えてから3年目の若い柿の木に、今年は3個の実が生りました。このまま落ちずに育ったら、「干し柿」を作りますよ。ユズもたくさん実ると良いな。
2019.09.22
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~わが野次馬談義~ TVを観たらLiLiCoがスェーデンで結婚式を挙げていた。彼女はスェーデン王室の系譜につながる父親と日本人の母親との間に生まれたハーフで48歳。お相手はミュージシャンと俳優を兼ねた人のようだ。大らかな結婚式の様子に、思わず微笑みを浮かべたのだった。 彼女が突然私に「何か食べさせて」と言って来たのは、一昨年のフルマラソンのコース上。私はそこで個人エードステーションのお手伝い中。「何だ、この女は」。それが第一印象。彼女が何者かを知る由もなかった。さて彼女の両親はその後離婚し、彼女は母方の祖母がいる東京へ。その後母が死亡して苦難の道を歩み、女子プロレスラーにもなったのだとか。ああ、あの時の厚かましい女性ランナーがねえ。 小泉進次郎氏が環境相に就任した。38歳の大臣誕生は、戦後3番目の若さなのだとか。その前には「お・も・て・な・し」の滝川クリステルさんとの婚約発表を首相官邸前で行った。順風満帆と言った2人だが、私はなぜか前途は厳しいだろうとの思いが残った。彼らがここまであまりにも順調に来、「きれいごと」に終始していたように感じられたからだ。老人の不安が的中しなければ良いのだが。 ゾゾタウン社長の前澤社長がヤフージャパンに同社を譲渡し、社長を退いた。ひと頃はプロ野球の球団買収の話が出たほど好調だった事業が、ここに来て急に行き詰まった感があった由。ネット通販で他社に後れを取っていたヤフーの思惑もあっての株式売却。彼が手にした金額は2400億円とか。今後は月旅行に備えて鍛錬する由。女優剛力彩芽さんとの交際は順調みたいだが、波乱万丈だねえこの人は。 韓国が様々な嫌がらせに出ている。例の「ホワイト国外し」問題に関しては、WTO(世界貿易機関)へ正式提訴した。今後関係二国で協議し、協議が難航した場合のみWTOで調停を受けることになる。わが国の言い分は「相手国の危機管理不十分」が理由のため、何らWTOの条文に違反しないと言う見解。たとえ提訴が受理されても解決への道のりは遠そうだが、「門前払い」の可能性もあるように思う。 2つ目の嫌がらせは来年の東京オリンピックに関するもの。IOC(国際オリンピック委員会)には、先ず五輪会場への「旭日旗」持ち込み禁止の提訴をした。それがあっさりと否決されると、次は「パラリンピックのメダルのデザインが旭日旗に酷似している」と提訴。馬鹿じゃないの。旭日旗は世界に認められた自衛隊の隊旗。韓国はサッカー大会でもいちゃもんをつけ、大暴れしてひんしゅくを買っているのに。 3つめのいちゃもんはIAEA(国際原子力機関)への提訴。福島原発から出た汚染水を希釈して海に投棄しないよう求めたのだ。福島の場合害の多い放射能は処理し、害の少ないトリチウム(3重水素)を希釈し海に混捨てる方式で、既に世界で実施されている。現に韓国の原発が数年前に日本海へ捨てているのだ。さらに言えば東京よりもソウルの放射線量の方がずっと高い数値を示しているんだけどねえ。 疑惑の人タマネギ氏を法相に強行任命した文大統領。これで国会での認証を得ないで任命した閣僚などは17名だかになったとか。首相夫人は書類送検され、親族が逮捕されたと言うのにだ。最高裁判事も、閣僚も、左翼系を次々に任命し、現役中は逮捕されない特権を持つ韓国大統領。辞任後は悲惨な道が待つ韓国が、北の犯罪国家と統一してどこへ向かうのか。それに疑問を抱かない国民も不可解だ。 その韓国で目下ベストセラーになってるのが『反日種族主義』。元ソウル大学教授ら6人による共著で、人気沸騰中。韓国の歴史教育や日本統治時代の実態が、教科書の内容とはまるで異なることを、数値と実例で示した学術書。文大統領が日本の「解決金」で実現した「漢江の奇跡」すら隠ぺいしようと画策中の今、真実を知ろうとしている国民がいることに、一筋の灯りを見た思いがする。 異常とも思える行動を繰り返す韓国。日本艦船へのレーダー照射、GSOMIAの廃棄、米軍基地の早期返還要求、「非武装地帯」周辺の哨戒放棄、北からの工作員侵入防止機能放置、政府内、軍部内の保守派追放と左派の大量任命などなど、全ては北との統一を前提とした準備とすれば頷ける。 韓国産業の中核である半導体事業は、日本から奪った企業秘密によって隆盛をみたもの。金と女で厚遇を受けた大企業退職者がやがて「ポイ捨て」されたのは当然だ。中国も半島諸国も目的のためなら手段を選ばない。北がミサイルを発射し続ける資金は、サイバー攻撃で得た「ビットコイン」とも言われる。寝ぼけた平和論など、世界では全く通用しない。日本政府ものんびり構えてちゃ困るんだよなあ。
2019.09.21
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~夏と食欲~ 今年の夏はずいぶん酢を使ったねえ。キュウリもみは普通だけど、今年は何度もピクルスを作ったし、ゴーヤの佃煮は4回ほど作った。その中にも酢を入れるんだ。俺が使うのは500ccで100円も程度の安物の米酢だけどな。あれが結構夏バテを防いでくれたような気がするんだ。食欲が落ちることも、便秘になることも全くなかった。ただ7月の梅雨寒と8月の猛暑には参ったが。 そしていつになくゴーヤを良く食べたね。定番のゴーヤチャンプルーは4度ほど作ったし、ゴーヤの佃煮も4度は作った。それも大量にな。佃煮には縮緬雑魚(ちりめんじゃこ)や切り昆布を入れたし、それらがない時は鰹節や牛蒡巻きを切って入れたりもした。少々塩分の摂り過ぎになったが、その分汗もかいたからねえ。ちびゴーヤはそのまま刻んでピクルスに、熟れて黄色くなったのはジュースにしたさ。 ある晩のこと、口元からたらりとよだれがこぼれた。これは脳梗塞かと慌てたのさ。次の瞬間、胃液がこみ上げて来た。これは胃が原因だね。逆流性食道炎を疑ったんだが、夕食のメニューを思い出して納得。その夜は豚肉の味噌炒めを作ったのさ。疲労回復のため大きめのニンニクを2個スライスして一緒に炒めた。あれで胃がもたれたんだなあ、きっと。胃薬を飲んだら直ぐに治って良かったっけ。 夏は麺類も良く食べる。冷やし中華に冷や麦など。東京の次男が珍しく送ってくれた素麺も美味しかったなあ。冷たいのはもちろん、温めたおつゆに入れたり、ソーメンチャンプルーも1回だけ作ってみた。あれは沖縄の家庭料理の定番でね。昔は台風のため家でじっとしてる時に良く食べたとか聞いたよ。久しぶりの塩味と食感が懐かしかった。良くアレンジしたなあと自分自身に感心したものさ。 高校時代の「学年会」は喜寿を祝う今年が最後らしいけど、多忙を理由に断った。でも幹事のAには、「クラス会には万難を排して参加する」と返信した。こちらはずっと長く続いていて気が楽なのさ。筑波勤務時代の麻雀大会は、今年は富山で開催予定と連絡あり。こちらは無論参加と返信した。10月の「伊達なマラニック」は山寺らしいが、参加と返信。当日の体調と雨が心配だけどね。 耳鼻科の薬を飲んで以来、耳鳴りはかなり治まった。それは良いのだが、これまで聞こえなかった超高音が耳障りになったのさ。ヘリコプターと飛行機のエンジン音が問題でね。次第に耳の奥で「キーン」と言う音が暴れ出す。原因が分からなかった時はビックリしたよ。遠くから攻めて来る音の正体は何。まさか北朝鮮の「飛翔体」じゃないだろうなとね。庭の虫の音も良く聞こえるんだよなあ、最近は。 夏布団の具合がおかしかった。まるで布団カバーが遊んでいるような感じなのさ。それも熱帯夜の時はまだ良い。実際に掛けることがなかったからね。それが最近涼しくなって使うと、どうにも変なのさ。それで先日、ファスナーを引っ張って中の布団を取り出して見た。するとやっぱりなあ。何と「縦」の方向に布団を「横」に入れていたんだねえ。我ながら呆れて物が言えなかったと言う訳だ。わはは。 保険会社から書状が届いた。保険金の受取人や住所、連絡先にその後変更はないかと言ういつものヤツ。こんな簡単なことでさえ、最近はつい面倒に感じてねえ。そのくせ一番の趣味のブログのことなら年がら年中考えているんだから勝手なものさ。そうそう、歯医者の奥様から絵葉書が届いて、歯石の除去に行って来た。その絵はいずれ紹介しような。ちゃんとPCに取り込んでるのでね。 はっはっは。これがその一部。涼しくなったら暖かいうどんが食べたいねとあった。実は近所のお婆さんにカラオケに行こうと誘われたんだ。85歳だけどちゃんと口紅も塗っていたなあ。去年は84歳のお婆さんにゲートボールを誘われたことがあった。こちらもまんざらでもなさそうな気配だったが、丁重にお断りしたよ。お婆さん達もどうやらお友達が欲しいようだねえ。秋は淋しい季節だからなあ。
2019.09.20
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~コース風景と走友たち~ 練習会当日の車中。愛子駅の手前でもう走る姿になっている私です。 仙山線のこ線橋から作並方面を眺める。 仙山線と並行して走る国道48号線。真夏日の木陰は貴重な存在です。 奥羽山脈の向こう側は山形県です。 8月中旬の田んぼは、まだ青々としていましたよ。 木陰の影絵で遊ぶ筆者の手とカメラが下に見えます。 猛暑の中を走る仲間達。左は住吉台走友会の両S氏。右は二婆のお二人。 ここからは並行して流れる広瀬川の風景を何枚か。 鳳鳴四十八滝の一つ。水の音が涼しく感じます。 この辺りの流れは緩やかでした。 この上流にニッカウヰスキーの仙台工場があります。 同じ走友会のMさん(左)とOさん(右)の雄姿。 作並の鎌倉山が目の前に。別名はゴリラ山だけど、似てるかな。 急な断崖は昔からロッククライミングの訓練場所でした。 「いらっしゃいませ」。作並温泉のこけし塔がお出迎え。ゴールは間近です。 走り終えて寛ぐOさん(左)とM仙人(右)。 懇親会の会場には「仙台七夕」の吹き流しが飾られていました。 さて、来年も元気で参加出来るかなあ。
2019.09.19
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~作並街道の花々~ 8月18日(日)宮城UMC主催の「作並温泉遠足ラン」がありました。ゴールの作並温泉岩松旅館に正午までに到着するのが唯一のルールです。私はJR仙山線の愛子駅まで電車に乗り、愛子(あやし)から作並(さくなみ)温泉までの17kmを走り、歩きました。当日は36度にまで気温が上がる猛暑でしたが、デジカメで花や風景を撮りながらののんびりペースでした。今日はコース上の花々を載せますね。 走り出して最初に出会ったのがこのムクゲ(槿)でした。 秋の到来を予感させるキバナ(黄花)コスモスに元気をもらいます。 一般的にはツキミソウ(月見草)ですが、正式名はマツヨイグサ(待宵草)でしょうか。 薄いピンク色のヒルガオ(昼顔)は雑草の仲間です。 俗称は「赤まんま」。ままごとで使いませんでしたか。正式名はイヌタデです。 ヘクソカズラ。少し異臭がするのですが、何とまた残酷な名前。秋には可愛い茶色の実が生ります。 ノブドウ(野葡萄)はまだ真っ青のまま。秋には変色して素敵な宝石になりますよ。 畑のトウモロコシの花です。傍にたくさん仲間がいると受粉しやすいみたい。 ピンクの花はタチアオイ(立葵)ですが、赤い方の名前は何でしたっけ。 夏の定番、ノウゼンカズラ(凌霄花)は華やかですね。 雑草のツユクサ(露草)の優しい青い色。 シュウメイギク(秋明菊)はキンポウゲ科で、アネモネの仲間です。 ススキ(薄)は秋の七草の一つで、古称は尾花(おばな)です。 道端に落ちていたクルミ(胡桃)。「胡」が付くのはシルクロード経由で渡って来た証拠。 まだまだ暑いさ中なのに、もう「いがぐり」が。 咲き遅れたアジサイ(紫陽花)。品種は「墨田の花火」かな。 夏に強いサルスベリ(百日紅)が農家の庭先に。 ゴール間近のギボシ(擬宝珠)は野生種かな。<続く>
2019.09.18
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~2019年版の見納めです~ 仙台の繁華街である中央通りのアーケードと、七夕を見る観光客。 ラグビーW杯日本代表チームへの応援フラッグが天井に。 頭上すれすれまでに吹き流しの飾りつけが。 風船を見上げる幼い女の子。 仙台七夕における7種の飾り物についての解説1)吹き流し:織姫の仕事である「糸を紡ぎ布を織る」シンボル 2)折り鶴:家長の歳の数だけ折って、長寿を祈る。3)短冊:習字の上達を祈って願いを書く。4)打ち網:大漁を祈って飾る。5)屑籠(くずかご):整理整頓を心掛けるために飾る。6)着物:女の子らしくしとやかに育つよう祈って飾る。7)巾着(きんちゃく=財布):節約と貯蓄を祈って飾る。 良く見ると、着物、折り鶴、巾着、打ち網、短冊、屑籠などが見えますね。 金色の千羽鶴で二重にお目出度いですね。 ここにも着物、巾着、打ち網、屑籠、短冊などが見えます。 青系統で統一した渋いデザインの吹き流し。 こちらは濃いオレンジ色で統一したみたい。 こちらは白と赤系統を組み合わせて。 5色の吹き流しは東京オリンピックを意識したのでしょうか。 粋な吹き流しの間からちらりと見える、お隣の明るい吹き流し。 さて今年の「仙台七夕」もいよいよフィナーレです。 では来年までさようなら。皆様の健康とブログでの再会を祈っていますよ。<完>
2019.09.17
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~吹き流しの「部分」を見る~ 「仙台七夕2019」は、8月6日~8日の3日間開催され、これまで4回に亘って紹介して来ました。なお本日掲載するのは主要な飾りである「吹き流し」の一部分を拡大したものです。楽しんでいただけたら幸いです。 かつての素材は和紙でした。それが現在では布や雨に強い素材なども使われるようになっています。 こんな風に、吹き流しの素材に「折り紙」が張られたものもありますよ。 こちらの吹き流しには、色んな楽器が描かれていますねえ。 こちらには純和風の折り紙が優雅に。 白地の素材に緑の折り鶴が下がって、対照的な美しさです。 吹き流し全体に手の込んだ折り紙がずらりと並んだ力作です。 吹き流しの「頭」の部分をズームして見ました。これは少女、それとも織姫さま。 こちらも吹き流しと千羽鶴のダブル装飾です。 こちらは折り紙の「おひな様」。お子さんが折ったのかな。 こちらには幾何学的な切り紙細工が。 こちらは色とりどりの花々を折り紙で。 こちらにはより立体化した切り紙細工が。 色と形、そしてデザインが極めて現代的な装飾ですね。 これに似たものが前にもありましたね。同じ業者の制作なのかな。 こちらの吹き流しには各国国旗と応援メッセージが。 最後は紅椿(左)と同系色で揃えた千羽鶴の2本立てを。 こんな風に「仙台七夕」の飾りはかなり手が込んだものなのです。<続く>
2019.09.16
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~散歩中に出会った花たち~ 7月10日撮影。近所の朝顔。 我が家にもある白いムクゲ(槿)。 ランニング中に見かけたノカンゾウ(野甘草)。野生種です。 ランニング中に出会ったヤマユリ(山百合)。最高の癒しでしたね。 時には暑苦しささえ感じるノウゼンカズラ(凌霄花)は、やはり夏の花の代表格。私も良くあの猛暑に耐えられたものです。 これはルドベキアのはず。わが家の黄色の花とは少し違いますねえ。 わがランニングコース沿いの紫陽花にも、良く慰められたものでした。 7月末と言うのに、もうオミナエシ(女郎花)が咲いていました。台湾や沖縄から飛来するアサギマダラはこの花が目当てなのです。 オニユリ(鬼百合)の特徴は、黒い斑点です。 青空に映えるサルスベリ(百日紅)も夏の定番ですね。 垣根のツルバラ(蔓薔薇)が暑さに耐えて。 ダリヤも最近は色んな種類が増えましたね。 「夏の女王は私よ」とヒマワリ(向日葵)さんが。 9月の声を聞くと、いよいよ黄花コスモスの出番ですね。<完>
2019.09.15
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~わが家の花々 その2~ 何と言うこともないわが家の夏の花たち。それでも独り暮らしの寡にとっては、心を慰めるに十分な存在だ。これはノボタン。正確にはシコンノボタン(紫紺野牡丹)。暑さが厳しかった今年は、あまり元気がなかったようだ。せっせと水やりした割に、ハイビスカスは全く咲かなかったのはなぜだろう。 夏の暑い盛りにもバラが咲いた。いつもよりかなり小さく、まるでミニバラ状態だった。 それでもズームすれば、こんな優しい色になる。他の花と同様8月22日撮影。 西の通路沿いのシュウカイドウ(秋海棠)。9月1日撮影。 この花を見ると引っこ抜いていた前妻。でもこうしてまだ咲き残っているのが嬉しい。 台所裏のテッポウユリ(鉄砲百合)を8月22日に撮影。以下すべて敷地内のテッポウユリ。 色んな場所でテッポウユリが咲くのは、私が種をばらまいたから。とても軽い種が風にも飛ばすに、雨が当たり難い場所でも発芽して毎年花を咲かせてくれる。それが今では6輪ほどの花をつける株も出だした。我が家で最初に咲くのはカサブランカ、次がオニユリで、最後がテッポウユリ。中にはタカサゴ(高砂)ユリも混じっているはずだが、名前にはさほど拘っていない。 つい最近のシュウメイギクは、こんな群落になりました。 その代わり、元気だった紫陽花は今こんな姿に。 <続く>
2019.09.14
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~わが家の花々 その1~ 台湾ツアーの連載を40回分書いているうち、ブロブに載せそびれた写真がある。どうと言うことのないものばかりだが、撮ったからには一度は陽の目を見せて上げたい。そんな思いで、今回は少し古い写真を引っ張り出したのだ。最初のシリーズは夏の花。そのトップを飾るのはわが家の庭に咲いてくれた花々。かなり遅れたが、こうして振り返るのも嬉しいものだ。これは7月10日撮影のヘメロカリス。 元々の原種は、花弁が一重のノカンゾウ(野甘草)ではないか。それを園芸種にしたのがこの花だと、勝手に理解しているのだが。なお野生種のヤブカンゾウ(藪甘草)の花弁は八重咲きで異なる。このヘメロカリスにはダニのような虫が付きやすく、虫が付くとあっという間に弱ってしまうのだが、今年は良く持ちこたえてくれた。 そのヘメロカリスの隣にこんな黄色の花が咲く。それもほんの数株で、ひと夏に咲く花はさほど多くはない。ルドベキアに少し似ているが蕊の部分が黒ずんでないため、他の品種なのだろう。もっとも正しい名前を知っても、私が覚えていられるかはまた別の問題なのだが。 ヒマワリのように、黄色い夏の花はなんだか元気を与えてくれそうな気がする。これは上と同じ花を、少し角度を変えて撮っただけ。それでもどこか風情が違って見えると思うのは私だけか。 西の壁際にヒョローンと伸びた一本の花。背丈は結構ある方だが、花としてはおさまりが付かない姿だ。これは多分ブルーサルビアの仲間だと思うのだが、自信はない。背景の緑の葉はシュウメイギク。こここまでは全て7月10日の撮影で、まだ梅雨寒の頃。今はシュウメイギクが真っ盛りだ。 7月15日撮影。庭のアジサイ(紫陽花)を花瓶に差して飾った。 1度ならず2度ほど紫陽花を切って飾った。これは玄関の下駄箱の上。 居間のテーブルに3種類の紫陽花を飾って楽しんだ。やがて花粉が落ちて卓を汚す。 裏庭の地味な花はムラサキシキブ(紫式部)。7月17日撮影。 7月17日撮影のクチナシ(梔子)。梅雨寒が終わると再び咲き出したのには驚いた。 わが家のムクゲは真っ白。これは7月26日撮影だが、8月末から二度目の開花中。 ヨレヨレだがこれも二度咲きのキンシバイ(金枝梅)。8月22日撮影。 8月22日 今年もシュウメイギク(秋明菊)が咲き始めた。 ピンクのシュウメイギク。今はどちらも真っ盛りで、かなりの見ごたえだ。<続く>
2019.09.13
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~台湾のさだめ~ 4泊5日の台湾ツアーが私にもたらしたものはなんだったのだろう。台湾が「親日国」であることは知っていた。だが「国」とは言っても、中国はそれを認めていないどころか、数々の嫌がらせをしている。台湾と国交を結んでいる国に莫大な支援金を支給する見返りに、台湾から中国への国交を強要しているのだ。今台湾の拠り所は、トランプ氏の「中国けん制」政策。最後に点る微かなろうそくの灯りだ。 ガイドの陳さんに「沖縄独立論」のことを話した時、彼の心が動揺したと感じた。だがそれは彼に期待を持たせるためではなかった。同じ日本に属する沖縄が、なぜ日本から独立する必然性があるのかと言う積りでのこと。中国からの渡来人が国民の大多数である台湾と、同じ地平に立たせる意義があるのかは不明。何せ台湾の中国化は、中国共産党の「核心的利益」そのものであるだろうから。 かなり昔の話だが、台湾の国会では反中国派と親中国派とが取っ組み合いの喧嘩をしてる映像を観て驚いたことがある。まさか議員が聖なる議場で取っ組み合いの喧嘩とは。それもかなり本格的な殴り合いで、眼鏡は吹っ飛び、マイクが壊れるほど迫力のあるものだった。かつて台湾海峡に浮かぶ台湾領の金門島、馬祖島と中国軍が砲火を交えたことを知っている。今回は台湾の軍事基地を初めて目にした。 古くは明、清の時代に台湾へ移民した漢民族は、16の原住民と混血し新天地を開拓した。それが日本の統治下に置かれ、インフラの整備をはじめ、教育、文化、医療、産業が飛躍的に向上した。だが中国本土での共産軍と国民軍との間で起きた激しい内乱。敗北した国民軍は、止む無く台湾へ逃げ込んだ。北京の故宮に収蔵されていた数々の財宝を手にして。それが台北の故宮博物館の収蔵品の骨格だ。 台湾へ逃げ込んだ蒋介石は、台湾人を蔑視し過酷な政策を執ったと聞く。いずれの日にか、中国本土の共産軍に勝利したいと願っていたのかも知れない。王朝時代の琉球は中国皇帝から「大琉球」と呼ばれ、一方蛮族が多く住んだ台湾は、「小琉球」と蔑まれた。また一時オランダの統治下に置かれたり、倭寇の基地ともなった台湾。数々の試練と数奇な運命を辿った台湾は、やがて近代国家へと発展した。 悲惨な朝鮮動乱を経験した半島の分断国家とは異なり、日本統治時代のインフラを最大限に活用し、誠実な国民性から着実に民主的な近代国家へと変身した台湾は、サンヨーなどの日本企業を買収するほどまでに成長した。片やいつまでも日本を憎み続け、自らの矛盾には目を瞑る半島国家と、世界の経済大国に変身した本家中国に一目置かせる立場の台湾。まさに好対照の国家観だ。 次のような言葉があるらしい。「昨日の中国。今日の香港。明日の台湾」。私の理解はこうだ。文化大革命で自由を訴える自国民を1万人も虐殺した中国。99年間の貸与期間を終えた香港へ適用された「一国二制度」の現実。次に待っているのは中国の武力による台湾統一か。香港市民、特に若者たちの中国への猜疑心は相当なもの。それはこれまで享受して来た自由が奪われると言う危機感に相違ない。 現地ガイドの陳さんは、目下台北市内で独り暮らし。奥様と長男はシンガポールで生活し、長女と次男はオーストラリアとアメリカへ留学中。それは台湾の将来を憂慮して出した結論なのだろう。私が台湾を訪れたのは7月だが、翌月から中国からの観光客が激減した由。激動する世界情勢。そんな中で今後日本が採るべき道は何なのか。ツアーは単なる観光ではなく、私にとっては生きた勉強そのものだ。 大暴走中の半島国家だが、今後東アジアはどう展開するのか。南シナ海の2つの浅瀬は埋め立てられ中国の要塞と化した。中国共産党によれば、南シナ海も香港も台湾も、そしてわが沖縄の奪回も、彼らの「核心的利益」なのだとか。さて最初のシリーズと合わせて合計40回に及んだ台湾紀行だが、実はまだ終わりではない。残った「台北故宮博物館の秘宝」を、いずれ紹介する予定。どうぞお楽しみに。ではまた。<完>
2019.09.12
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~旅の美 最終編~ 雑誌の表紙(左)とポスター(右=台湾名産のお茶か) 台北空港の構内で見た書を連続で掲載しました。 珍しい台湾の紅葉。 こちらは秋の丘。ススキのような植物が見える。 ちょっと不思議な水辺の風景。その1 川の中の小島。 美しい水田。台湾では1年に3回の米作が可能です。 大木を見上げる。台湾の山中にはまだこんな大木が残っているようだ。 水面に映る伝統的な建物。 こちらは都市の高層ビルが水面に。 古い壊れた橋(手前)と新しい鉄橋を渡る蒸気機関車。 幻想的な絵。どれにも照明が当たって反射しています。<続く> このシリーズも次回で30回目。いよいよラストスパートです。
2019.09.11
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~台北の一日~<台北の夜 > どうでも良い写真だが、私はどうしても台北の夜を撮りたくなった。なぜなら故宮博物館でバッテリー切れを起こして、1台目のカメラが使えなくなっていたからだ。九份の夜景を撮り損ねた私は、ようやくキャリーバッグの中から2台目のカメラを取り出し、ホテルの外へ飛び出して見た。 だから私にとってはどんな風景でも良かったのだ。急いで4回ほどシャッターを押し、再びホテルへと帰ったのだ。 読者にとって意味があるとは思えない写真だが、私にとっては意義深い一枚。なぜなら台北の夜は最初で最後なのだ。用心して2台のカメラを持って行って良かった。<台北の朝> 翌朝も散歩に出かけた。と言ってもホテルの周辺をちょっとだけ。若かったらきっとランニングシューズを持参し、朝の街を走っていたことだろう。最初に見たのは小学校。幼稚園も附設されているみたいだ。 公立小学校の校舎(左)と公立中学校の正門(右) 早朝のグランドを走ったり歩いたりする市民たち。 歩道の一角を占める自転車の駐輪場(左)と車道の一角を占める白バイの駐車場(右)<台北の昼 > バスの車窓から見た台北市内。(以下同様) 旧台湾総督府(現国会)の建物 これも旧台湾総督府の建物の延長。 車窓から見えた中国風の壁画 これも台湾政府関係の建物だろうか。 料金追加で宿泊した人もいた有名ホテル「丸山大飯店」の雄姿。 台北空港へ向かう途中に見えた川と橋。川の名は不明のままだ。<続く>
2019.09.10
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~九份の夜景~ 最初にお断りしておきたい。台湾ツアー第4日目の最後は九份(きゅうふん)の夜景見物だったのだが、直前の台北故宮博物館でカメラのバッテリーが切れた。現地ガイドの陳さんにお願いし、バスのトランクからもう1台のカメラを取り出そうとしたのだが、それは無理と断られた。「万事休す」。だが世の中は便利。見学の順番を変えたこと及びネットから写真を借りて掲載したことをお許しいただきたい。 九份は九份市の山の上にあり、元は鉱山があったとか。それが閉山となって以降寂れていたのを、夜景を売り物にして観光地にしたと聞いた。私たちが麓の駐車場に着いた時はまだ明るかった。そこから石段を110段ほど登った中腹の飯店で早めの夕食を撮った。ツアー仲間のうち足に自信がない3人の女性はタクシーで別の道を登った。よせば良いのに、私は夕食時に台湾ビールを飲んだ。 石段は幅が狭く、両側にはずらりとお店が並んでいた。まるで香川の金毘羅山の参道みたいだと感じた。目の悪い私は必死。上るのはまあまあ良いのだが、下り道だと段差が良く見えないからだ。 それにしても賑やかだ。ひっきりなしに押し寄せる観光客たち。きっと中国からのお客さんもおおいはず。汗をかきかき坂道を登った私だった。 ネットからの借り物とは言え、似たような写真ばかりでスミマセンね。 提灯が明るい。看板が明るい。暖色の灯りが心を癒してくれるようだ。 上に登るにつれて楼閣のような建物が目立つようになります。そして不思議なことに、広場の石畳には放し飼いの犬が何匹か寝転んでいたのです。台湾では放し飼いが普通なのだとか。大人しい犬で助かりました。私は頭を撫でましたが、犬嫌いの人は怖いかもねえ。 九份には裏通りも幾つかある。でも知らないところに入って行って迷子になったら大変。陳さんの話によれば、3年ほど前にここで迷子になった人がいたみたい。その時は見つからずに他の人は予定通り出発したが、迷子になったお爺さんが見つかったのは3日後。それもかなり離れた海岸だった由。どうやらお爺さんは認知症だった由。予めそんな話を聞いていたのでねえ。 酔っぱらった私は、石段の最上部まで登って行った。淋しく照明も暗いそこにあったのは小学校。しかし山の上に小学校があったら子供たちは足が丈夫になるだろうね、きっと。 しかし何だか不思議な雰囲気。昔の遊郭ってこんな感じだったのだろうか。(;^_^A これはまだ薄暮の時間帯。遠くに見える山はかつての鉱山だろうか。不思議で懐かしい気がするのはなぜだろう。 そうなんです。ここはあの有名な『千と千尋の神隠し』のモデルになった場所。それで見たことがあったのかもね。あのお爺さんとお婆さんが懐かしいな。<続く>
2019.09.09
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~旅は終わりへと~ ツアー4日目。太魯閣渓谷と石屋さんを見学した後、私たちは花蓮駅に向かいました。ここから列車で台北へ移動するのです。台湾の西海岸には「新幹線」が走っていますが、平野部が少なく海岸部に山が迫っている東海岸は特急までしかありません。私たちが乗ったのはその「特急」でした。 花蓮駅には太魯閣渓谷のタイル画がありました。どうやら春の景色みたいですが、ぼんやりして良く見えませんねえ。 花蓮駅構内のエスカレーター。難しい漢字ですが、何となく意味が通じそう。 これが車内の様子です。座席指定になっていて、私はガイドの陳さんの隣の席でした。案外清潔で感じは悪くないですね。 配られた弁当の包装紙のデザインは、何と蒸気機関車でした。きっと今は走ってないはずですが、ノスタルジーを感じますね。私も子供の頃には乗りましたので。仙台から東京へは「夜汽車」で行ったものです。なお台湾では「汽車」は「自動車」を意味します。なので街の中にはたくさん「汽車の店」を見ましたよ。 列車の中から見た途中の駅の風景です。 同じく途中駅で見かけた列車。何か絵が描かれていますねえ。 下車した台北駅の構内風景です。ただし台北が終着駅ではありませんでした。 私たちが泊った台北のホテルのクロークです。 ホテルの中庭(明り取り)に吊るされた提灯は、夜になると明かりが灯ります。 台湾での最後の朝食も、やはり野菜が中心でした。 写真の枚数の都合上、ここから台北空港の写真を載せますね。 やはり「仙台」の名前を見つけると安心出来ますねえ。 台北空港のターミナルビルにて。 入国には手間取りましたが、出国は割とスムーズでした。 5日間の台湾ツアーともいよいよお別れですね。 私たちが乗る予定の飛行機はまだ着いておらず、この後1時間近く待ったのでした。<続く> 写真枚数の都合上、掲載順番を変更しています。
2019.09.08
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<夏の詩> 生きる すり減って薄っぺらになった石鹸 洗面台の扉を開けて探したが一個もない ああ 使い切ったんだなあ全部 あわてて生協へ買いに行った 三個一包みのを二セット 色が違うのを なぜって 今度はまだ それくらいは生きられるような気がしたのさ 寒かった七月は冬用の布団を被っていた とても体が冷えて仕方なかったからなあ それが一転して猛暑になった八月は 生きていることだけでも大変だった 気圧の変化 血圧の変動 それに幾つかの持病 買い物に行くのも必死だったあのころ 新しい鋸を買った 梅の枝があまりにも伸び過ぎていたからね これまでのは板を挽くための鋸 ギーコギーコと音がする錆びたやつだった 命の保証もない俺が鋸を買ったのは 庭をきれいにしたいと言う願いから 俺にもまだそんな気持ちが残っていたんだなあ トマトの苗を始末し ミニトマトの苗を始末し 今日はゴーヤの苗を引っこ抜き ネットを畳んだ 今年買ったゴーヤの苗は三本 うち一本はまだ若いうちに勢いを失って枯れた 残った二本の苗になったゴーヤは約四十本 そのほとんどが俺の胃に納まった チャンプルー 佃煮 ピクルス ジュース そしてサラダになり ラーメンにも入れて食った IH調理器のグリルを掃除した あまりにも汚れて臭いがしていたからねえ アルミホイルを取り換え 受け皿の脂をふき取り 新しいホイルで受け皿を覆った ついでにシンクの掃除 ぬめりのヌラヌラが消えて嬉しい俺は 主夫 トイレットペーパーの在庫を確認 続いてティッシュペーパーの在庫も確認 おお まだ大丈夫 前妻が家を出てからまだ一度も買っていないそれら 調味料も米も 無くなる直前に買えば良いさ それも一番安い店の一番安い銘柄で十分だ テッポウユリが咲き ギボシが咲き ヤブランが咲き 今年落ちずに残った柿の実は二個 それでも去年の二倍 昨年は初めての実を結んだ若い柿の木 そんなことでも無性に嬉しい俺は 倒れかけたテッポウユリに支柱をした ああ ぼんやりと霞む俺の目よ ああ 耳鳴りが混じる俺の耳よ 時おり眩暈に苦しみ 必死に記憶を呼び起こす俺だよ 生きている価値があるのか こんな俺が 生きている意義があるのか こんな俺にも 何とでも言うが良いさ あまり良く見えない目の あまり良く聞こえない耳の俺を 笑うなら笑えば良いさ だが俺は俺なりに世の中を見 俺の詩を書き 俺のブログを綴る 命ある限り 生きて在る限り ああ 九月の庭は少しだけ涼しくなったよ
2019.09.07
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~再びの仙台七夕(1)~ 前回は3回に亘って紹介した今年の「仙台七夕」ですが、まだ紹介してなかった写真が残っていますのでこの機会に掲載させていただきますね。 前回は仙台の代表的な繁華街「一番町」の七夕を紹介しましたが、今回は「中央通り」の七夕飾りを紹介します。真っ赤な吹き流しで統一したFデパートの七夕飾りです。 ごく一般的な七夕飾りですが、色合いのバランスが良かったので一枚。 青、赤、紫などの色を混ぜ合わせた吹き流しは、ちょっと珍しいかも。 縦型に撮った写真を2枚並べました。ちょっと変わったアングルも楽しいですね。 下を通る人と比較すると、吹き流しの大きさが分かるでしょう。 真横から2組の吹き流しを狙ってみたのですが。 こちらは「こけし型」の吹き流しを縦にして一枚。 横丁からの風に、吹き流しがひらひらとなびいています。こんなのも良いよね。 これが「豪華商」受賞と言うんだけど、どうなのかなあ。 私としてはこっちの方がお好みなんですけどね。 う~ん。これはこれで渋いよね。 あ これも2本の七夕飾りの間を狙ってみたのですが。 淡い紫系の色でまとめた吹き流し。エレガントですね。 早速「新年号令和」が登場した今年の「仙台七夕」でした。<続く>
2019.09.06
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~夏のわたし~ 「1年ぶりだっけ」。買い物先で出会ったS先輩。「この夏は大変だった」と彼。それは私も全く同感。7月は寒くて血の巡りが悪くなったし、梅雨明け後は一転しての猛暑続き。あれで体がすっかり参った。すっかり老人の顔になったS先輩。しかも前回会ったのは1か月ほど前のことなのだ。それを言うと「そうかなあ」と独り言。毎日自転車で買い物に出かけるのは元気な証拠。私は週に1度だけなのだ。 「作並遠足ラン」で再会した先輩にも変化を見た。ある方は補聴器をつけていたし、ある方は夜中に何度もトイレに起きて睡眠不足と話していた。それでもまだまだ闘志が衰えてないのが凄い。50日ぶりに行った内科で、前回以降耳鼻科に通院していることと、脳外科でMRIを撮ったことをドクターに告げた。「黒くなったね」と言うので、「17km歩いた」と言うと驚く彼も、最近耳鳴りに悩まされている由。 ウインドウズ10のプログラム更新後、PCに写真が取り込めなくなった。慌てて近所の電気屋に電話すると、忙しいのでパソコン教室に来いとの返事。最近結婚した若旦那。いちいちユーザーの家を訪ねていたら商売にならないので、有料の教室を受講せよと言う意味なのだろう。コンチクショーと憤っても、メカ音痴の老人には彼しか頼れる人がいない。結局10分ほどの説明に2千円取られた。 網戸の外からKさんの声。3本のゴーヤを手に持っている。彼が所有する駐車場の方へはみ出していたようだ。ここ数日畑の世話をしてなかったせいだ。「要らない」と聞くと、「ちょっと我が家は」と辞退。暑くなってからはゴーヤの大豊作。ゴーヤチャンプルー、ゴーヤの佃煮、ゴーヤのピクルス、ゴーヤジュースにゴーヤの炒飯。そのゴーヤの勢いが衰えたため、支柱やネットもすべて始末した。 ある日のこと、タマネギを使おうとして和室へ行った。今年収穫したタマネギを置いていたのだが、3個ほどが一部腐っていた。室温が高い上に、風通しも悪かったのだろう。新聞紙を汚し上敷きまで沁み込んでいた汁が、雑巾で拭いたら案外きれいになった。乾燥を好む玉ネギだが、外に適当な干し場がないと困るのだ。庭のテッポウユリが次々に咲き始めた。清楚なその姿に癒される。 呆れて物が言えない。韓国の対応だ。GSOMIA廃棄のことはアメリカも了解済みと言っていたのにアメリカはそれを否定し、激しく叱責した。文大統領は信用出来ないとトランプ氏。ホワイト国へ戻したら廃棄を再考すると言い出したのにはビックリ。おいおいそんな外交があるのかよ。その国内で今非常事態が起きているみたいだ。あの国は何と言う国なのだろう。「国も国なら民も民」だ。 最側近で法相候補者の疑惑。これを大統領に無断で捜査開始した検事総長。朴槿恵前大統領への最高裁の判決は、第二審への差し戻し。これにはさらに罪を重くする狙いがあるとも言われる。今や反日デモより大統領罷免を訴えるデモの方が参加者が多く、支持率も偽造なのだとか。経済はガタガタで大失速。サムソンの副会長は贈賄で執行猶予付きの判決だったが、これも差し戻しで実刑を食う可能性大。 徴用工裁判から始まった韓国の狂気がホワイト国除外で一気に高まり、ついには最側近のスキャンダル隠しのためGSOMIA廃棄の結論に至った韓国。アメリカに嘘つきと言われて激怒し、かねて協議中だった在韓米軍基地26か所の返還を、この際一気に進めることを表明した。ふ~む。この微妙な時期にねえ。先刻書いた「タマネギ男」の法務長官任命も、あの文さんならやりかねないぞ。多分。 論評にも値しない隣国。そんな中で「韓国の体面を傷つけた」として、ラジオで河野外相罷免を訴えた枝野立民党代表。さすがに批判が集中し、発言を一部修正した枝野さん。これまで韓国の反日政策にほとんど反論しなかった日本だが、今後はもっと国際社会に訴えないとダメ。平気で嘘をつき、ゴールポストを動かすからね。香港政府は連日のデモに、「容疑者引き渡し条例」の撤廃を口にしたその約束が、果たして守られるかどうか。
2019.09.05
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~台湾で見た花など~ 台東市の花壇に咲いていた花。色は違うが両方とも同じ花に見える。 三仙台で見た花。キョウチクトウ(夾竹桃)に似てるようだが。 同じく三仙台で見たハマユウ(浜木綿)。髭のような花びらが特徴で、香りが強い。 台湾東海岸にある三仙台で見た地味な花。これは沖縄でも見た覚えがあるのだが。 同じく三仙台で見た花。紫の可憐な花だった。 夏の花の定番であるサルスベリ(百日紅)。八仙洞近辺にて撮影。 花蓮市の海岸散歩時に撮影。ヒルガオに似ているが蔓性ではなかった。 上の花を拡大するとこんな風。花だけみたらヒルガオそのものなのだがねえ。 これはホテルに飾られていた絵。花がテーマなので掲載した。 ここからは台湾で見かけたポスターを掲載した。左はラクシンカ。右はシュガーアップルとあるが、別名「仏頭果」と言う果物。私は高雄市の夜市で売っているのを見かけたが、かなり甘いそうだ。 左はレッドキノア。右はワスレグサとあるが、日本のニッコウキスゲにそっくり。 南国の花プルメリア。私は沖縄県の小浜島で見たことがあるが、ハワイを代表する花だとか。 これは南国の代表的な蝶々であるアサギマダラ。台湾や沖縄から遥々日本列島へ渡って来る蝶々として有名。日本での食草はオミナエシ(女郎花)だと記憶している。毒があるために、他の蝶々はオミナエシの花の蜜は吸わないとも聞いたのだが。<不定期に続く>
2019.09.04
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~台湾で見た自然と環境 その1~ <八重咲のハイビスカス=台南市日月潭の高台にて> 旅先で私は色んなものを観察している。その旅が国内でも国外でも、その姿勢は変わらない。もちろんたくさんのブログネタ取材が眼目だが、自身の関心であるフィールド調査のためでもある。その土地の風景、植生、文化、歴史、宗教、民俗、人情など、可能な限りつぶさに観察する。それでこそ高いツアー代金を支払った甲斐があると言うものだ。で、今回のテーマは台湾の自然と環境をテーマにしてみた。 旅の2日目、台南市の山奥にある日月潭(にちげつたん)を訪ねた時、ダム湖を見下ろす高台にハイビスカスが咲いているのを見つけた。八重咲のもの(上)と普通のもの。台湾へ来てから目の前で見た最初の花がハイビスカスだった。色は普通の赤。黄色のハイビスカスがあることは知っていたが、ここにはなかった。この場所で記念撮影をし、それから文武廟に向かったのだった。 ハイビスカスの傍に、こんな花も咲いていた。植栽にするくらいだから、台湾ではごく自然の品種なのだろう。だがよくよく見ると、沖縄のサンダンカに良く似ている。赤い色のサンダンカは知っているが、黄色の品種を見るのは初めてのこと。それともまだ色が薄いだけなのだろうか。 直ぐ傍に、こんな名札があった。中国は元々の漢字を省略した「簡体字」だが、台湾の場合は省略しない「本字」。全く省略しないため漢字本来の姿が分かるのだが、日本人にはなかなか難解だろう。 台中市の街中、笠原眼科前で見たゴムの木。亜熱帯の台湾ではゴムは観葉植物ではなく、堂々たる植栽だ。私も沖縄勤務の時に大きく育ったゴムの木を見て驚いたものだ。そして沖縄に持参したゴムの植木から、気根が伸びて来たことにビックリ。きっと故郷に帰って先祖返りしたのだと思う。 台中市で見た植栽。植木鉢に植えられた観葉植物が、大きく育って日陰を作っている。 高雄市の蓮池潭(れんちたん))傍の植栽。沖縄のモクマオウに似てるとの印象を持ったのだが。 ガジュマルはイチジク科の高木。日本の内地では盆栽にするが、亜熱帯の台湾や沖縄では、樹高が20mを越える大木になる。枝から垂れた「ひげ」は気根(きこん)で、空中の炭酸ガスを吸う。これが地面に落ちて成長すると幹を支える支柱根(しちゅうこん)に変わる。台風から身を守るための自衛策なのだ。ガジュマルの巨木は沖縄では信仰の対象となり、名護市の「ヒンプンガジュマル」は特に有名。 台湾東海岸の田んぼでは、7月初旬と言うのに既に稲刈りが終わっていた。台湾では年に3度米が収穫出来る。沖縄の石垣島でも全く同様、年に3度田植えをし、稲刈りをする。 観光バスの車窓から見えたバナナ園。台湾では戦前から日本人の味覚に合ったバナナの品種を中心にして栽培して来た歴史がある。 花蓮市の海岸部に整備された散策路。一見して日本と変わらないようにみえるのだが。 だがやはり違ったようだ。これだけ鮮やかなオレンジ色のサルノコシカケを見たのは初めて。サルノコシカケは漢方薬の原料として有名。 散策路の樹影がまるで影絵のように美しかった。奥に見えているのはフィリピン海。 鬱蒼とした太魯閣(たろこ)渓谷の亜熱帯林。果たしてどのような種類の植物が生い茂っているのだろう。でも私は毒蛇が大嫌いだ。<続く>
2019.09.03
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~旅の美・宿の美その3~ これは絵でなく、人形だったのかも。 上の人形の右側。花蓮市のホテルにて。 デザイン的な絵画は表面的な印象だが。 西洋風な水彩画が好ましく感じる。 まあとてもユーモラスな龍ですこと。 これは鴨でしょうか。そうかも。 おぼろげですが美人画のようですぞ。 平凡な花鳥図ですが。 花鳥図と言うよりも、花蝶図かなあ。 おおスズメだスズメだ、花鳥図だ。 それにしてもぼんやりして、良く絵柄が分からないねえ。 牡丹に蝶々とは古典的なテーマですなあ。 うすぼんやりした山水図でスミマセン。 ハクモクレンの周囲を飛び交う蝶々ですね。 最後は書です。字が小さかったり、照明が反射して読み辛いですね。。こんな風に私は旅先でもブログネタを探そうと必死なんですよ。その気持ちに免じてどうぞお許しを。<続く>
2019.09.02
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~ツアー風景 その2~ バスの車中から見た高雄市内。 いかにもものものしい名前だが、これは高雄市内の夕食会場。 こちらは高雄市のホテル。食事会場と宿泊場所が異なるのは普通だ。 車中から見えた龍柱は、沖縄の首里城などにも存在する。 台東市の土産物店にて。ジュースなのかアルコール類なのか。 フクロウなど庶民的なお土産。 ずらりと並んだ瓶詰類。なるほどこれは壮観だ。 サンダルや水着など、ビーチ用品がずらり。海水浴場が近いようだ。 北回帰線のシンボル 花蓮市付近に「北回帰線」の場所を表す塔が建っていた。ガイドの陳さんは「熱帯と亜熱帯を分けるもの」と説明してくれたが、調べたら違っていた。太陽が直角に地表を照らす範囲のうち赤道から最も離れた地点。北半球では北緯23.5度に当たり、例年6月22日辺りが北回帰線周辺を直角に照らすため、1年で一番昼間が長くなる。すなわち夏至である。南半球には同様に「南回帰線」がある。 花蓮のホテル外観。 ホテル外観 その2.翌朝の散歩時に撮影。 ホテルの玄関。 ロビーから見えたホテルの中庭。 ホテルの部屋から見えた海。陳さんは太平洋と言っていたが、帰宅後に調べたら「フィリピン海」だった。記憶違いは誰にでもあるが、自分で調べるのも大切と感じた次第。<続く>
2019.09.01
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