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マタニティ7か月の方へクラニオのセッションを。 マタニティの方の特徴、それはもうあっという間にからだが緩んでいく、ということ。 触れ始めると、さーーーーっと反応が始まる。 からだへの知覚の良い方だったこともあり、お互いに反応を伝え合った。 仙骨に触れれば、脚の組織がさーーーっと巡り始める。 それが、どんどん続く。 この抵抗のなさ。 で、タイトルなんだけど。 そう、まるで湖面を水鳥がさーーーっと動く、そんな感じ。 どこまでも自然な調和。 どんどん緩み、修正され、整っていく。 これが自然なんだ。 わたしは自然に触れているのだ、とセッション中、ふいにそう感じ、じんとしてしまった。 これがいのちを育てている自然なからだ。 赤ちゃんの日々の細胞の変化もうつくしいものだけど、育くむ女性のからだの自然さに、言葉を失うばかりだった。
2014.09.28
ヨガに来てくださるNさんは長年額関節症とお友達で、頸こりや頭痛、顔の痛み、腰痛も併発しやすいとのこと。 ひどい時には歯科に駆け込むようだけど、すぐに調子が整うかというとそうでもないらしい。 顎関節の調整って、数ミリのずれなのかと思っていたけど、もう紙一枚の世界なんですって。 ストレスが姿勢ですぐずれそうだけど、わたしは顎関節や頭痛の経験がないから、元々かなりおおざっぱな作りなのだろう。 (わたしという人間全体が基本おおざっぱ、荒いざるみたいだ) 時々クラニオを受けてもらうのだけど、いくつかの治療を経験して、一番早く楽に適切なかみ合わせに戻るそう。 約1時間だったので、はじめに頸椎と後頭三基を緩め、顎関節にしばらく触れ続ける。 サザーランドホールドで頭蓋全体を感知すると、頭蓋骨のつなぎめから大きく呼吸するような拡がりが現れた。 Nさんはクラニオをすると紫と黒の色が見えるひと。 最後の後頭骨に触れてストレッチをお互いに感じていると、Nさんがかくかくと顎を噛み合わせた。 「あ〜、全然違う、これこれこれ、あ〜スムーズ!」と楽しそうに何度も噛み合わせた。 顎関節症の方も何度かセッションをしているけれど、みなさんセッション終了後は良い噛み合わせになるようだ。 クラニオととても相性が良くってね。 ごはんは毎日食べるし、きっと顎関節がしんどいと、耳下リンパのそばだし、頸こりもつらいんだろうなと想像できる。 だって、何もしなくても顔が痛いって、それ、生活に差しさわるわ。 というわけで、顎関節とクラニオはLOVEな関係、というお話。
2014.09.27

9月25日は浅田真央選手の24歳の誕生日。 スケートブログでは真央の満開の笑顔のような、真央のこれからの良き人生を祈る言葉があふれていた。 真央、おめでとう、美味しいケーキをたんとお食べ! 真央、あなたの活躍を見守ってきたこの8年間、本当に楽しかったわ。 現役を引退しても、これからの人生が豊かであるように祈るわ。 真央おめでとう。 あたしの分の幸せも真央に持ってってほしいわ。 たくさん幸せになるのよ。 リアルタイムで真央を目撃できたことを幸せに思う。 奇跡のようなスケーター、浅田真央の未来に幸あれ!! 真央ちゃんを想うだけで、みんな幸せになってる。 やっぱり真央ちゃんは女神だね。 おめでとうございます。 どうか元気で。 幸せであるよう祈っています。 氷上の真央をまた観たいと思いながらも、やっぱり真央が幸せそうに笑っていてくれさえすれば、何をしてても、何処にいても、関係ないな。 それが一番いいよ!大好きだよ!!! 辛い時はあなたの逃げない姿勢を見習って、人生を過ごしました。 光り輝く未来になりますよう願っています。 真央愛してるわっ!お誕生日おめでとう。 笑われるかもしれないけれど、こうして真央のスケート人生を思い返すだけで、涙があふれてくる。 つらいときは真央の演技を何度も何度も観た。 真央の演技を観て流す涙はだけどまじりけのないもので、不思議と自分の中の何かが浄化される感覚。 浄化され、心を強く持ち直せた。 真央!生まれてきてくれてありがとう、心から。 どらえ真央
2014.09.27
隔週木曜日の午後は、ママゴコロクラブのマタニティヨガクラス。 主催の管理栄養士の史さんといつも言っているのは、「このクラスにご参加される妊婦さんは真面目な方たちばかり!」ということ。 日々刻々と変化するからだに戸惑いながらも、新しいいのちを迎えるために国領までやってきてくださる。 ヨガは実質45分ほどなのだけど、首や肩周りが重かった方が、「たったこれだけ(ほんとよね)で解放された感じです」と。 思ったよりもからだを動かしていいんですね、という声も多い。 どんなに文明が発達しても、妊娠出産というものに近道などなくて、古来から変わらぬいのちがけのものだ。 妊娠すると、からだはより原始的であろうとする。 実は備わっている五感は、現代的な生活様式ではすっかりからだの片隅に追いやられるけれど、妊娠、出産、子育てを経験することは、その五感を取り戻し、研ぎ澄ませていくきっかけになるだろう。 史さんがお白湯の効能を伝えるときに、「いまみなさんにからだは、心臓も肝臓も2つ、腎臓は4つあるんですよ」と言うのだけど、改めてそれってすごいこと。 そんなバイタリティ全開なときだからこそ、パソコンやスマホ、テレビから少し離れて、自分の呼吸やいのちを内包しているからだ、心を愛おしんでみる。 ヨガの後は毎回、史さんお手製のやさしいおやつ。 今日は無添加パンに梅シロップを塗ったラスク。 毎朝史さんから今日のおやつは「〜〜です」とご連絡がくるんだけど、梅ラスクの味が想像できなくて、梅シロップかぁ〜と納得の優しい味。 ヨガの後の巡りよいからだにやさしい甘さ。 一段階、人間的なやさしさがアップするのよね〜〜〜 (余談だけど、 史さんは調布界隈で有名なめがねジャムなるものを手作りしていて、 この前紅玉ジャムをいただいて、ジャムが全く受付なかった娘は、 初めて食べたわよ!すごいジャムよ!) 今回の参加者の中にはこれまでバリバリ仕事一辺倒だったという方がいらして、こどもが産まれると今度はこどもが自分の中心になるのかなぁ〜と少し先の未来を想像されていた。 仕事バリバリな世界と真逆な原始的な妊娠期と産後。 変化しつづけるこの人生でも特別な時間。 みなさんはもうすぐ、まさに「いのち」を全身全霊で迎える。 どうか無事な出産でありますように。 新しいいのちを迎えられたら、またクラスに遊びに来てね。 ママゴコロくらぶのマタニティ特別クラスが10/16(木)にあります。 マタニティヨガとカロリーコントロールのクラスは受付中です。 マタニティヨガと、出産後産院のベッドで始める骨盤調整、やさしい筋トレ事始め、そして管理栄養士、大久保史さんのカロリーコントロールクラス。 一度ご参加されると、栄養のバランスはもちろん、自分の食べたカロリーが瞬時に分かるようになります。 自分だけでなく、これからお子さんのからだを育み、パートナーのからだの健やかさにも愛を配っていく母であり妻であるひとの知恵のひとつとして活用できると思います。 ご縁のあるみなさま、お待ちしていますね。
2014.09.25
10/4(土)10:00より、天赦日のヨーガを開催します。 天赦日って? 「てんしゃにち」もしくは「てんしゃび」と読みます。 天赦日は日本の暦の上で最上の吉日とされており、新しい何かをスタートさせたり躊躇していたことに挑戦するにはもってこいの日。 天赦日は、百神が天に昇り、天が万物の罪を赦(ゆる)す日とされ、最上の大吉日だそうです。 生きていればいろいろなことがあり、腑に落ちない感情がからだのどこかにあったりします。 年に数回の良き日に、ヨガで自分の呼吸を見つめからだの気血を巡らせ、まっさらな心持ちで、また自分のホームで生きて行く、そんなきっかけになったらと思います。 このヨガクラスは単身参加者限定とさせていただきます。 参加費は800円。 場所は調布文化会館たづくり11階です。 わたしたちがこの手に持てるものはほんのわずかだし、手になんか持たなくても、もう愛はいつもあるんだけど。 どうぞ身軽になりにいらしてくださいね。
2014.09.24
地元で産後クラスを。 今日は産後間もない方対象のクラス。 お一人目の産後にも来てくださった方、マタニティクラス以来お会いする方と幸福な再会。 マタニティヨガの途中でお母さんのお腹を蹴ったり、ゆったりしたりしていたひととお目にかかれるなんて、なんともいえないくすぐったくなるような幸福感だ。 赤ちゃんたちは夜はまずまず眠ってくれるようで、お母さんの睡眠はなかなか良好な様子。 だけど、呼吸を通してじっくりからだを伸ばしていくと、あちこちがきしんでいたり、痛みを感じたり。 骨盤調整の過程で丁寧に左右差、違和感を拾い、ほんの20分もすると巡るからだに解放してくる。 授乳のひとときを終え、上半身をシンプルにほぐし、姿勢をお話、赤ちゃん、お母さんのスキンケアのお話をし、整体の先生に「インナーマッスルが全くない」と言いきられました〜という方もいらしたので、骨盤底筋、腹横筋、腹直筋、腹斜筋、背筋の筋トレ、そして最後に始めに行った骨盤調整をリピート。 実質からだを動かすのは1時間ほどだけど、来たときのからだと、1時間後のからだはこんなにも巡り、バイタリティも回復している、自力で。 育児はからだに負担がある姿勢になりがちだし、赤ちゃんの個性によって、心も揺れたりする。 お母さんはどんなにしんどくても倒れられない。 毎日なんとか頑張っているからだにもう少しだけ意識を向けて、ねぎらってあげること。 運動を取り入れると、過剰な食欲も抑えられる。 産後間もない方はまずからだを伸ばし、筋トレをして育児をしていく体幹部を作ります。 ヨーガ、バランスボール、筋トレ。 10月の調布の産後クラスはアロマクラフトもあります。 オーストラリアのパワー溢れる月桃の精油でうつくしいエアフレッシュナーも作成できます。 精油もからだのバイタリティを底上げしてくれるうつくしい神さまからのめぐみ。 10月10日(金)13:15〜15:00(エアフレッシュナー) 10月20日(月)13:15〜15:00(ボディオイル) 会場は文化会館たづくり。 費用は各回2000円(エアフレッシュナーをご希望の方は別途500円) 産後8か月〜1年までのクラスは、 デトックスヨーガクラス 10月16日(木)13:00〜14:30 こちらのクラスは運動強度が少し上がります。 クラス終了後、エアフレッシュナーの作成ができます。 ご希望の方は事前にご連絡をお願いします。 ほか、10月は久々の新月会、星読みの会があります。 豊かな時間となることでしょう。 さて、タイトルですが、できてもできても待機児童がなくならない保育園問題、ご参加された方が、「うちの庭の土地を提供してもいいから保育園をもっと増やしてほしいです」という声から。 切々なのです。 さてさて、産後クラスの定期クラスは、仙川カルチャーセンターにて、第2、4月曜日、10時より開催しています。 また、東松原の子育て支援グループamigo主催産後クラスは、毎週火曜日10時より開催しています。 特別な産後の時間を仲間とともに味わい、そして赤ちゃんも、お母さんのインナーマッスルも!ともに成長していく、そんなクラスです。 産後のみなさん、愛といっしょにお待ちしています。
2014.09.24
マスター・スダガーのシニアヨガワークショップへ。 7月のワークショップから得たものがとても大きく、今回のワークショップも心待ちしていた。 導入部のペアワーク。 見知らぬひとと自己紹介。 手をつなぎあって。 アイコンタクトしながら。 次に、質問をするひと、受けるひとと役割を決め、1分間やりとりをする。 相手の質問の内容に沿った答えをしないこと。 例えば、「今日の体調はいかがですか?」「東京駅です」とか。 何を感じてみるかというと、質問を受ける際、からだがどんな反応をするか。 どこに緊張が表れ、違和感を感じているか、普段の自分のマインドの癖を感じることができる。 わたしは、背中の辺りが緊張してきて、それは「相手を正しく理解したい、間違わないように」って緊張していた。 相手の言葉の本質を取り逃がさないように。 間違わないようにって感覚がクラニオの研修でも出てきたけど、まだまだその癖は根強く背中に蔓延っていた。 シニアの方もご参加されていて、マスターの、シニアの方に対する尊敬の思いが参加者の胸に届いているようで、どのシニアの方にも「このクラスに参加できてよかった」というわき上がるみずみずしい思いを感じてとれた。 シニアの方だけじゃなく、マスターのお弟子さんたちも、わたしのような参加者も、不思議な清々しさを感じて日常に戻っていくのだろう。 マットの上の1時間はそれ以外の23時間の生活を楽にする。 それがヨガのクラス。 日本で導かれるように精力的に古典のヨガを伝えてくださるマスター。 今だけを全身全霊で生きているひと。
2014.09.16
娘の中学の学校公開へ。 顔見知りのママが小声で、「息子の時(現在大学1年生)は二学期になると 各クラス1人は不登校の子がいたみたいだけど、 この学年はまだ聞かないね」 と。 行ったり行かなかったりという子はいるようだけど、おそらくこの学年の幼稚さからかな、とも思ったりする。 中1は成長の幅が大きく、ちっさいな〜、まだ母親の言うこと素直に聞きそうだなぁ〜、という子から、あぁただいま嵐のまっただ中ね、という自我と格闘中な様子の子もいる感じ。 中学の先生が一番しんどいだろうなと想像して授業を見つめる。 姿勢だらんと始めから寝ますモードな子もいるけど、みんなすっかり受け身授業だ。 もちろん、自分の頃も変わらず受け身だったけどね。 二コマ見学したのだけど、まず、聞いていると、眠くてからだがもじもじとしてしまった。 授業は丁寧に進められているけど、リズムがないからこどもたちを惹き付けられない。 言葉使いはやわらかいんだけど、必要以上の丁寧さで単調なのだ。 あぁリズムがないんだ、と感じた。 リズムって先生によって違うから、生徒自身のリズムと合わないこともある。 だけどはなからリズムがなければ、自分の中のリズムを意識したり鼓舞されたりすることもない。 人生も同じだと思うのだ。 リズムがあると、面白い。 楽だ。 生きた年月と関わるひとたちによって、様々なリズムを受け入れることもできるし、より自分の歌を歌えるようになるのかな、とぼんやり思っている。 だからこそ。 自分の歌を歌うのだ。 自分の人生で起こる歓びやかなしみの歌を歌う、ユニークな大人に触れて、こどものいのちにもスイッチが入るんじゃないかな。 さてさて、わたしもずいぶんとおかしなリズムだけどなかなか気に入ってる。 いいな、と思う人にはリズムがある。 自分にできない人生のリズムを生きて表現するひとたちに、わたしはいつも鼓舞されている。
2014.09.14

まだ9月ですが、今日来年のほぼ日手帳が届いて、またなんて愛らしいのかしらと、もう一人のわが娘のように手帳を溺愛。 わたしはいろんな言葉を手帳に書きなぐるので、真っ白なペイジはあまりないのだけど、物語の中のうつくしい言葉たちや、ともだちからのメッセージ、もちろんクラニオやバッチのセッションも、師たちからわけてもらったメッセージも、みんな詰まっていて、自分の血となり肉となってるんだなぁ、としみじみ。 今年のは黄色の花模様がチャーミングな手帳、昨年は真っ赤、前年はオレンジと緑の花柄。 みんなその年その年にぴんときたものなんだけど、昨年の赤なんかは半年も過ぎずに「もう赤じゃないな」と来年の手帳にうずうずしたものだ。 オレンジと緑の花柄はとても気に入っていて、二度くらい丁寧に洗って使った。 今年はなんだか黄色だったのだけど、もうちょっと違ってきている。 これをチョイスしたときって、もしかして疲れていたのかもなんて。 手帳のチョイスって服よりもそのときの精神が反映されてるかもしれない。 さて、来年は四葉のクローバーもひそかに刺繍してあるグレイの布地のもの。 こちらも一目惚れ。 早く使いたい〜〜〜 もちろん黄色さんをさらにたっぷり味わってから。 ほぼ日手帳はペイジの下にある言葉が面白かったり、素敵なものだったりして、まずその言葉をば〜っとめくって読む。 これは真実だなぁ〜っていうのは、数年にかけて載っている。 来年の2月8日の糸井重里さんの言葉。 三度三度のめしを、よく噛んで、おいしく食べて。 決まった時間に気分よく排泄して、 たのしみのひとつとしてお風呂にゆっくりつかって、 よく寝て、すっきり起きて、いつもおだやかに笑顔でいるような人に、 誰も勝てるとは思わないほうがいい そうね、そうだわ。
2014.09.12
遡ってになるが、福島まゆみ先生のオディッシーダンスグループ、「むゆうじゅ」の公演に、友人マキさんとでかけた。 まゆみ先生はわたしの最初のヨガの師であり、娘の産後に東中野のクラスまで月曜日、ほくほくと出かけたものだ。 まゆみ先生のヨガは大好きだった。 まゆみ先生は一言でいえば恋愛体質なんだけど、存在が愛らしい。 いまじゃすっかり年齢不詳な域に入っていて、この先どうなるのか!?と想像するだけで驚愕なひと。 ずいぶんな言い草かもしれないけれど、チャーミングで、チャーミングで、どこまでもチャーミングなひとだ!!! オディッシーとは、東インドの古典舞踊。 神様に捧げる舞。 普段も愛らしいひとなのだが、いざ舞台で舞うまゆみ先生は、オディッシーの神から愛されているひとなんだなと、自分の中のバイタリティ全てで感嘆するしかない。 もう何年前になるだろう、まゆみ先生は先天性の股関節の病気で立って舞うことができなくなった。 まゆみ先生にとってのオディッシーは、永遠に愛してやまないものだったろうから、その失意を想像しても、先生のかなしみすべて決してわかりえなかったろう。 当時奄美大島で自分を見つめて、東京に戻って来た時、新大久保の韓国料理店でごはんを食べた。 そのときのブログ。 お互い泣きながら、それでもこのからだで生きていこうと、オディッシーとともにあろうとするまゆみ先生の震えるような覚悟にまた泣いた。 こんなときでも、なんてうつくしいひとなんだろうと。 まゆみ先生はいろんなお医者様や治療法を模索して、それから2年ほどしてからだろうか、座って踊るようになった。 お寺の花まつりの前のまだ寒い時に、お釈迦様をテーマにした踊りだったと思う。 まゆみ先生は一時、立ち上がって踊った。 やはりともにしたマキさんやアリカイさんと、それは心臓が飛び出そうなほどの感嘆だった。 あの神々しさをいつでも思い出せる。 もう杖無しでは歩けないと宣言されたからだで踊るオディッシーの、まゆみ先生の覚悟の凄みを感じた。 それ以来のまゆみ先生の公演。 舞台は新宿のプーク人形劇場。 なんと愛らしい年代を感じさせる建物だろう。 座って踊るのかと思っていたら、まゆみ先生は客席の通路を歩いて登場してきた。 このひとは。 「むゆうじゅ」は、インド古典音楽のアーティストと同じオディッシーダンサーの桐山日登美さんとまゆみ先生とのユニットで、全国でライブを行っている。 当日は昼公演に関わらず満席だった。 後半、般若心経のフレーズを、ダンサー二人は踊りながら唱えるのだけど、二人のダンサーの心身から発する言葉は、まるで光の珠のように、この世の存在全てを包むように響き続けた。 在るものは すべて「ない」のである。「生きる」も ない 「死ぬ」も ない「きたない」も ない 「きよい」も ない「ふえる」も ない 「へる」も ない つまり。「ない」という そのなかには「ある」もない。 人の 心の はたらきには いろいろ あるけれども そのどれも ない。 また そのはたらきが なくなることも ない。 人の 生きる 苦しみは いろいろ あるけれども そのどれも ない。 また その苦しみが なくなることも ない。 生きるための 苦しみも ない。 苦しみを つくりだす 迷いも ない。 苦しみや 迷いが いつかは なくせるという 希望も ない 苦しみや 迷いを なくそうという 努力も ない。 「知る」ということも ない。 「得る」ということも ない。 つまり なんにも 得られない。 だから。 道を もとめるものたちは このちえに したがうのだ。 心にこだわるものが なくなる。 こだわるものが なんにも なくなる。 一切の 迷いから 遠く 離れ 苦が なくなる 心がすみきる。 現在 過去 未来 めざめた人たちは いつも このちえに したがって 生きてきたし 生きていくのだ。 それで。 はっきりと 目ざめることが できるのである。 言葉は、精神を通してたましいを見出す。 まゆみ先生の自分のもたらされた精神とからだで踊り続ける覚悟が、ひとつひとつの言葉にいのちが生まれ、わたしたちの胸に届く。 公演後、ロビーにはひとたびでもまゆみ先生に会いたいという、特に妙齢のおばさまたちが口々に「まゆみ」「まゆみ」と声にしていた。 こんなにもたくさんのひとに愛され求められている。 なんというチャーミングなひとだろうと、「あぁよかった」としか言葉にできずに劇場を後にした。
2014.09.12
娘の出産後から約10数年続いていたセックスレスが、すかっと消えてどこかへいった。 うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! といっても、完全なレスではなくて。 だけどわたしたちカップルの基準に合わせると、あきらかなレスだったので、そうなってしまった自分の精神のふがいなさに罪悪感とか、がっかりばかりしていた。 娘が長く授乳していたこともあったのか。 おっぱいはオットとこどもとは両立できないと思っている。 まだ30代の頃に、40代の方からよくセックスレスのことを相談されたことがあったけど、その後「これか」と自分自身で痛感すること多々。 30代からいままで、学びたいことをひたすらやっていて、日々全力投球な感じで、とにかく早く眠りたかった。 もうくったくたで一人で勝手に充実してて。 熟睡したいときにやってくるオットに、オットのからだの声も頭では理解できるのだけど、からだも意識も拒否してしまう。 オットは縄文時代のようなバイタリティが健在しているので、完全にセックスレスにはならなかったけど、世の中にはきっと植物のような関係性、というか、もうそちらはすっかり無感覚というか、ないものとしているカップルは少なくないんだろうな、とうっすらと感じている。 セックスレスは、相手への「わかってほしい」の警鐘のように思う。 お互いに分かって欲しいのぶつかり合いだとつらいし、表面的につらいのはいやだから、無感覚になろうとする。 わたしバッチフラワーやクラニオやヨガや、あとはもしかしたら今年の夏たくさん掃除をしたからか、自分の中の「わかってほしい」に対して、もうそんなのいいやって離れていったのかな。 なんとなく、実家を大掃除したことが一番大きいような・・・ オットもびっくりなわたしの回復ぶりで(苦笑) サプリメントの広告みたいな晴れ晴れとした日々でござるな〜、てへ! (でもってね、やはりからだも満足してると、 家のムードも色々あってもなんだかやわらかいのよね〜) あぁ、また可能性のようなものを自分で経験してしまった。 いろんなことは再生可能だわ。 (朝◯新聞の真実に対する真摯さはちょっとお時間かかりそうだけど)
2014.09.11
クラニオが好き。 正式にはクラニオセイクラルバイオダイナミクス。 クラニオバイオと呼んでいる。 クラニオセイクラルにも流派のようなものがあり、わたしはバイオダイナミクス。 すごいネーミングだけど、日々、からだって小宇宙だわって、その広がりの無限さに畏敬の念を覚えるばかり。 セラピストはただただ、透明な存在、クライアントの心身のバイタリティの伴走者であるだけ。 ただただ触れて、原初呼吸や、骨や組織の動きを感知し見守る。 からだの内側はいつだって疑うことなく、「生きよう」としている。 宇宙のうねりのようなパワーや静寂が現れる。 よく、クライアントさんに、「わたしのからだが元気ですか?」と聞かれるんだけど。 いつも答えば同じで、「健やかさがちゃんと在ります」と伝える。 からだという宇宙の真ん中は、いつも健やかだ。 からだの表面にある手放せない感情、比較、自分を厳しく監視するもう一人の自分が、生きづらさを作り出している。 それに気づき、認めねぎらい、意識して生きていく。 やがて健やかさに必要のないものは離れていく。 内側はいつも健やか。 うつくしいほど黄金に輝き、真摯な静寂に溢れている。 ひとも、ひとを含むこの世界もなんてうつくしいのかと思う。 クラニオバイオに触れてきて、もう、何度も何度も、圧倒されている。 クラニオセイクラルバイオダイナミクス週末セッションのご案内 ☆9/26(金)13:00〜14:30 14:40〜16:10 ☆9/27(土)10:20〜11:50 ☆9/28(日)10:20〜11:50 13:00〜14:30 14:50〜16:20 ロングセッションですので単身ご参加の方に限らせていただきます。 場所:調布市文化会館たづくり 費用:90分 7000円 以前、マタニティクラス、産後クラスにご参加された方は、 1000円割引になります。 クラニオセイクラルは医療行為ではありません。 健やかさを増進するボディワークです。 頭痛、首こり、肩こり、腰痛の緩和に。 自律神経の調整に。 表現しづらい「恐れ」に。 うつの症状に。 依存症のアプローチとして。 生きづらいと思っている方へ。 副交感神経のリズムで深部からリラックスした状態になると、そのひとの中にある健やかさへ向かい調整しようとする自然治癒が活性化します。 痛みやいやな感じが表面に上がってくることもあります。 その不快感は過去の事故による物理的なショックやトラウマ、自制しすぎて飲み込んだ未消化の感情などです。 その痛みは、いまのあなたに消化して、昇華してゆけるものだから、安心して表面化します。 たましいの外側にある生きづらさをリリースしていく、それがクラニオセイクラルバイオダイナミクス。 男性の方、マタニティの方にも安全なボディワークです。 問い合わせはこちらから。
2014.09.10
木皿泉の小説を読み終える。 木皿泉は、夫婦で共作する脚本家。 今一番観たいのは木皿泉の新作だ。 大人の人生の落とし穴にハマったような人々が集い、穴の中でもがき、隣りの落とし穴でもがく誰かと思いを交わし、メンターの言葉に触れ、自力で穴を出て日のひかりのやわらかさに身をゆだねて「今日もそれでよし」と生きていく「すいか」 いじられいじめられるクラスメートを人気者にプロデュースしていく背景に、ひとの心の闇の深さと、友情とを描いた「野ブタをプロデュース。」 七色の声を持つ女子中学生とロボットオタクのバディモノ「セクシーボイス&ロボ」 ロボットを愛してしまう高校生の痛みときらめきを描いた「Q10」 あがく若い主人公たちに手を差し伸べるメンターがいつも素敵だ。 「すいか」の浅丘ルリ子教授。 「野ブタ〜」のキャサリン夏木マリ教頭センセ。 「セクロボ」の地蔵堂女主人浅丘ルリ子。 「Q10」の柳教授薬師丸ひろ子。 メンターの言葉は多分木皿泉の真実なんだろうなって思う。 いつも胸のストライクゾーンに響いてくらくらする。 そのストレートさに。 その木皿泉の小説「昨夜のカレー、明日のパン」 本屋大賞二位だったらしいけど、この小説が二位って、世間はよほど疲れきっているのかな、とちょっと思ったのだ。 人生のモラトリアムは若者だけのものではないのか。 普通に淡々と生活している登場人物たちの、心にわきたつ波、波にのまれながら、ちいさな世界で巡り会うつながりの中にきらめきを見つけて、また生きていく物語。 最後から二番目の物語の最後、主人公と同居する義理の父の言葉がこの物語の着地点。 人は変わってゆくんだよ。 それは、とても過酷ななことだと思う。 でもね、でも同時に、 そのことだけが人を救ってくれるのよ。 わたしたちは変化していく、これからも。 悔やむ過去も、憂う未来も、どうしようもならない。 今ここで一生懸命、泣いたり笑ったりして生きる。 おはよう、とか、また明日とか、おやすみとか、声をかけられる相手がいることのちいさな奇跡を、木皿泉のように、わたしたちだって見つけられるはずだ。
2014.09.09
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