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荘子です。
❝
子祀、子輿、子犁、子來四人相與語曰「孰能以無為首,以生為脊,以死為尻,孰知生死存亡之一體者,吾與之友矣。」四人相視而笑,莫逆於心,遂相與為友。俄而子輿有病,子祀往問之。曰
「
偉哉
。
夫造物者,將以予為此拘拘也
。
曲僂發背,上有五管,頤隱於齊,肩高於頂,句贅指天。」陰陽之氣有沴,其心閒而無事,跰足而鑑於井,曰「嗟乎
。
夫造物者,又將以予為此拘拘也
。
」
(『荘子』(大宗師第六))❞
→
子祀
(しき)
、子輿
(しよ)
、子犁
(しり)
、子來
(しらい)の
四人
が共に語り合っていた
「無
を頭と為し、
生
を背中と為し、
死
を
尻
と為すようなことを誰ができるだろうか?生死存亡を一体のものとを知る者がいるのだろうか?我々はそういった人物と友諠を結びたいものだ。
」
四人はお互いに見合ってから
笑い、すっかりうちとけて友人同士であることを認めた。その後、
子輿
(しよ)が病を患った。
子祀
(しき)が見舞いに行って様子を尋ねたところ、
子輿
(しよ)は言った。「偉大なるかな。
造物者
よ、私の身体をこんなにまでひん曲げてしまった。背中はせむしとなるわ、
五管
は頭の上につくわ、あごはへそを隠すほどに垂れるわ、肩は頭より突き出すわ、挙句に髻は天を向いてしまっている
。」
陰陽の氣が乱れてそのようになったが、
子輿
の心は落ち着いたままであった。彼は足を引きずって井戸を覗き込み、自分の姿を眺めながら言った。
「
ああ。かの
造物者
は私の身体をこんなにまでひん曲げてしまった。
」

今日は、「造化(ぞうか)」について、もう少し。『荘子』『列子』には、「造化」という存在につて幾つか記述があります。単純に「化」と言う場合もありますが、『荘子』では「造物者」という言い方もしています。造化は人間の身体な変化だけでなく、精神的な変化にもその影響を及ぼします。
❝
子祀曰「汝惡之乎
。
」曰「亡,予何惡
。
浸假而化予之左臂以為雞,予因以求時夜
。
浸假而化予之右臂以為彈,予因以求鴞炙
。
浸假而化予之尻以為輪,以神為馬,予因以乘之,豈更駕哉
。
且夫得者時也,失者順也,安時而處順,哀樂不能入也。此古之所謂縣解也,而不能自解者,物有結之。且夫物不勝天久矣,吾又何惡焉
。
」俄而子來有病,喘喘然將死,其妻子環而泣之。子犁往問之曰「叱
、
避
、、
無怛化
。
」倚其戶與之語曰「偉哉造物
。
又將奚以汝為
、
將奚以汝適
、
以汝為鼠肝乎
、
以汝為蟲臂乎
。
」
(『荘子』(大宗師第六))❞
→
「
お前は造化を憎むのかね?
」
と
子祀
(しき)が尋ねたので、彼は答えた
「
そんなことはないな、なんで私が憎む道理があろうか。造化の力が私の左ひじを鶏に変えるのならば、私は鶏として時を告げよ。造化の力が私の右ひじを弾弓に変えるのならば、私はそれでフクロウを落として焼き鳥にしてしまおう。 造化の力が私の尻を車輪に変えて、私の心を馬にしてしまうのならば、君を乗せてどこかへ繰り出そう。馬車をあてにする必要はないさ。それに、時が来たら生まれ、時が来たら死ぬ。この命に順えば、哀楽の感情なんてつけ入る隙はない。古人の言った県解の境地だ。自分を解放できないのは、外物の形に囚われているからだ。物が天の理に勝てないのは、今に始まった話ではない。どうして私が造化を憎むなんてことがあるだろう。
」
急に
子來
が
病
に倒れた。息も絶え絶えになり死を迎えそうな
子來
を取り囲んで妻子が泣き出したことろ、
子犁
が彼らに向かって言った。
「
シッ!下がりなさい造化を脅かすんじゃない。
」
戸のそばから
子來
に向かって話しかけた。
「
偉大なるかな、造物者は。お前をどこに連れて行こうとしているのだろう?お前を鼠の肝にするのだろうか?お前を虫の肘にするのだろうか。
」
この『荘子』の内篇「
大宗師篇
」には、宗教的な表現が非常に多いんですが、一神教と相通じるような箇所も見受けられます。

❝ 子來曰「父母於子,東西南北,唯命之從。陰陽於人,不翅於父母,彼近吾死而我不聽,我則悍矣,彼何罪焉 。 夫大塊載我以形,勞我以生,佚我以老,息我以死。 故善吾生者,乃所以善吾死也。 今之大冶鑄金,金踊躍曰『我且必為鏌鋣』,大冶必以為不祥之金。今一犯人之形,而曰『人耳人耳』,夫造化者必以為不祥之人。今一以天地為大鑪,以造化為大冶,惡乎往而不可哉 。 成然寐,蘧然覺。」 (『荘子』(大宗師第六))❞
→
子來
は言った
「子
が父母に言われたのならば、
東西南北
のどこにでも、命じられるままに行く。
陰陽
のはたらきと
人
との関係は子と父母の間柄と比べるべくもない。かの造化が私を死に誘おうとするのにそれを聞かないのならば、私が強情なだけだ。造化に何の罪があろうか。 天地は
我
を載せるために身体を与え、私を働かせるために生を与え、私が永遠には働けぬよう老いを与え、私を安息にするよう死を与える。
すなわち、生を善しとするということは、死を善しとするということである。
今、偉大な鋳物師が青銅を溶かして剣を作っているとき、ドロドロになっている青銅が「どうか私を伝説の名剣である
鏌鋣
の剣(ばくやのつるぎ)にしてください」と叫んだとしよう。鋳物師は「できの悪い青銅だな」と思うことだろうよ。人だって同じように死ぬ間際になって「人間だ、人間以外に生まれたくない。」といえば、造化は「できの悪い人間だ。」と思うだろうよ。天地は大きな炉、造化は鋳物師だとすれば、次なる生はどんな形であったとしても構わないさ。身も心も安らかに眠り、ゆっくりと目覚めるだけだ。」
ここまでで一連の造化のお話。
最後の鋳物師の例え話などは、生まれ変わりの思想とも読めます。
人間の身体が鶏となったり、弾弓になったり、虫になったり。特に最後の「成然寐,蘧然覺。(
安らかに眠り、ゆっくりと目覚めるだけだ。
)」という部分などは、胡蝶の夢とも対応するところですが、カフカがいかにして『荘子』の影響を受けたのかがよく分かる部分だと思います。
参照:カフカと荘子。
https://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5106/
で、今回は、

「 浸假而化予之尻以為輪,以神為馬,予因以乘之,豈更駕哉
。(
造化の力が私の尻を車輪に変えて、私の心を馬にしてしまうのならば、君を乗せてどこかへ繰り出そう。馬車をあてにする必要はないさ。)」のお尻を車輪にする方です。
Lady Gaga-Born this way
https://www.youtube.com/watch?v=xl0N7JM3wZk
2011年に大ヒットしたレディ・ガガの❝
Born this way❞って荘子っぽいんです。
特に、サビが荘子の言っている「懸解の境地」にやたら近いんです。ちなみに「懸解」というのは、「天帝の軛から解放された人」くらいの意味です。

『適來、夫子時也。適去、夫子順也。安時而處順、哀樂不能入也、古者謂是帝之縣解。』(『荘子』養生主 第三)
→彼がたまたま生まれたのはその時に巡りあったからであり、彼がたまたまこの世を去るのは、彼がその順に従ったまでのこと。天の道理にしたがって、時に安んじれば、哀楽の入り込む隙はない。古人はこれを天帝から解放された縣解の境地と言ったのだ。
参照:人間万事、ツァラトゥストラの偶然。
https://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5090/
「時に安んじて順に
處(お)
れば、哀楽も入る能(あた)わず」。
「人はどう生まれ、どう死ぬのか」なんていう事柄は、哲学的な命題としては必要ですが、これを完全に把握するということは不可能です。我々は選択権をもって生を得たわけでもないし、人の死の日時を予言する帳簿をもっているわけでもありません。そういう重要なことについて人間は一喜一憂しがちですが、いくら喜んだり憂いたりしても、いくら他人の論評を聞いたとしても、結果が変わるわけでもないんですよね。上記の荘子の言葉は「いかなる運命をも受け入れて、あとは今ある現実を生きる。」くらいの意味だと私は解釈しています。
❝
I’m beautiful in my way
Cause God makes no mistakes
I’m on the right track baby
I was born this way
Don’t hide yourself in regret
Just love yourself and you’re set
I’m on the right track baby
I was born this way
(上記「B
orn this way」より
)❞
(私はこのままで美しい
だって、神はミスを犯さないから
私は今正しい道にいる
baby,私はこうやって生まれたの
自分を隠したり、後悔なんてしないで
ただ、自分を信じてあげて
私は今正しい道にいる
私はこうやって生まれたの)
参照:Lady Gaga with Maria Aragon / Born This Way LIVE レディーガガ
https://www.youtube.com/watch?v=TH4NLl3REN4

❝
You’re black, white, beige chola descent
Cause baby you we’re born this way(同上)
❞
(あなたが黒人だろうと白人だろうと
ベージュだろうと、混血(チョーラ)だろうと
レバノン人だろうと 東洋人だろうと
障碍者であろうと 仲間はずれにされていじめられようと
今日一日自分を受け入れて愛してあげて
baby,だってあなたはこうやって生まれたの)
❝ No matter gay, straight, or bi
Lesbian, transgendered life I was born to survive
(同上)
❞
(ゲイでもストレートでもバイでも
レズでもトランスでも関係ないわ
私は今正しい道にいる
私は生き抜くために生まれたの)
この ❝
Born this way❞は、マイノリティの人びとの応援歌でもあるわけですが、レディーガガは『聖書』の記述を根拠に、キリスト教徒が歴史的に迫害してきた同性愛者に対してもエールを送っています。語彙そのものはキリスト教徒っぽいんですが、実は内容は挑戦的です。
参照:戦国日本とソドムの罪。
https://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201806110000/
