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2013年も今日でおしまい。さほどの重大事件や事故はなかったものの、国政では安倍政権がますます盤石となり、これが吉とでるか凶とでるか…。靖国参拝については、貿易立国とか観光客誘致とかといいながら周辺の国々、いや、世界中の主要国とわざわざ軋轢を起こす総理の行動がさっぱり理解できないのだが、世論調査では必ずしも批判だけではないようだ。考え方が分かれるのは民主主義の証だと思うが、小生の考え方は下記のブログに近い。http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/*来年は年明けから都知事選が大きな話題になることだろう。前回の参議院選挙では吉良よし子氏が当選したが、彼女は選挙期間中ずっとブラック企業の問題を取り上げていた。ブラック企業の問題は失業や就職難の問題とも連動する大きな問題だ。そしてまたそうした問題を身近に認識している人も多い。もし彼女がブラック企業の問題ではなく、憲法9条がどうとか、沖縄の基地がどうとかという問題ばかりを前面にだしていたら当選できただろうか。多くの人は四六時中政治のことを考えているわけではない。身近な問題や気分で投票を決める人がほとんどである。そうした意味で有権者の大半は、小生も含め、B層かD層と思った方がよい。吉良よし子氏が当選したのは、ほんのちょっとD層が動いたのかもしれない。D層は実は多い。B層のつもりでも、実はD層というのもいる。都知事選の決め手は実はD層の票のゆくえではないかと思う。いろいろ書いてみたが本年、小生のところを訪問していただいた方には心より感謝をしている。*大掃除には一年の汚れを払うという意味もあるのではないか。ときどき思うのだが、日本では入浴や掃除は、どっか神事につながっているように思う。汚れの中には物理的な汚れもあるのだが、恨みや未練といった心の汚れもある。いやなこと、不愉快なことはあっても、人間まだまだ捨てたものではないし、世の中もそうそう悲観ばかりしたものでもない。家の汚ればかりでなく、心のケガレもできるだけとりさり、爽やかな気分で2014年を迎えていきたい。**訪問をして下さった方、本当にありがとうございます。日記で述べた意見には批判をいただくことも多かったのですが、自由な議論ができることこそこの媒体のよさ、そして違う意見や感覚の方に接するのもなによりの魅力です。来年もどうかよろしくお願いいたします。新しい年が幸多いものでありますように…。
2013年12月31日
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バカといってしまっていいのかどうかは、ともかくとして、そのバカにはいくつかの種類があるように思う。自分をバカと認めているバカとそれがわからないバカ。世の中には頭の良い人もいると言うことをしっているバカとそうでないバカ。頭の良い人をうまく使えるバカとそれができないバカ。もちろん前者の方が後者よりもマシである。*安倍総理はもちろん頭の良い人ではない、つまり政治家としてはバカなのであるが、彼のしぶとさは後者ではなく、前者のバカであることではないか。政治家二世の強みで周囲には幼少の頃から様々の人材が出入りしていた。自分は優秀でなくとも、優秀な人と接した経験があること。これは二世政治家の強みではないかと思う。これと対照的なのが、普通のサラリーマン家庭に育ったというどうでもよいことで「生い立ち自慢」をしている野田前総理である。彼をみていると、今までの人生でそんなに頭の良い人と接した経験があまりないのではないかと思う。だから秀才の誉れ高い財務官僚などに接するとまるで頭があがらなくなってしまう。もし、民主党の最後の総理が野田でなかったら、自民党圧勝の次の選挙では逆バネがはたらいたはずだ。ただ、有権者の多くは官僚に頭の上がらなくなった野田総理をみて、民主党には与党としての価値だけではなく、野党としての存在価値もないと判断したのだろう。当然である。*頭の良い人をうまくつかえないバカの典型は最近では渡辺嘉美であろう。渡辺嘉美と江田との頭脳の出来の差は誰がみたって厳然としている。その江田を使えないあたりが彼の人間の小ささをよくあらわしているのではないか。まあ、江田もいわゆる鼻持ちならない秀才といったタイプのようであるし、両者の軋轢も、実は小生、同じ凡人として渡辺嘉美の方に同情的だ。まあ、身近な上司や同僚だったら、渡辺嘉美なんてけっこう面白い人なのかもしれないけど、一国の命運を左右するような立場にある有力政治家としてだったら、さっさと退場してほしいと思う。*それにしたって人間は悲しい。夢は努力すればかなうなんて、夢がかなった人の言葉で多くの人の夢はかなわない。様々な自然科学上の属性は数値で並べると必ず正規分布曲線をえがき、標準偏差2以上の割合、3以上の割合は決まっている。人間だって動物である以上、知能、才能、運動能力は必ず正規分布曲線を描く。だから普通の人は見果てぬ夢などあきらめて身の回りの幸福を探し、平穏で幸福な人生をと願う。それができないのがips研究で偽発表をした森口某や黒子のバスケの作者に嫉妬し脅迫を繰り返した某…。
2013年12月31日
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ドラマ「カインとアベル」第4話までみた。これもはまれそうで面白い。オープニングの雰囲気は「魔王」によく似ているし、いきなり主人公の絶体絶命の場面で始まり、次にそこにいたるまでの話にすすむのは「グリーンローズ」と同じだ。主要登場人物が男2人、女2人というのはかなり一般的なのかしら。主演俳優のソジソプは「流し眼王子」というらしく、流し目が魅力的なイケメンというのだが、この人も正直どこがよいのか、よくわからん。記憶喪失、難病といった韓国ドラマでよくでるモチーフがここにも使われているのだが、息をもつかせぬジェットコースター式のストーリー展開とわかりやすいキャラクター設定は娯楽の定石どおりである。よく考えるとありそうもない展開であっても、それに説得力を与えるのはなによりも俳優の演技力。そういう意味で韓国ドラマの俳優は顔だけでなく、演技力も相当な人が多い。*韓国ドラマを見るときは二つ以上のストーリーを借りて、はまれそうな方を継続して試聴しているのだが、「カインとアベル」と一緒に借りた「ベートーベンウィルス」もこれにまさるとも劣らぬ傑作である。下手な楽団が演奏会に向けて努力するという映画でもよくあるパターンで、こういうのはたいてい最後には見事な演奏をするところで終わる。「ベートーベンウィルス」もそうしたタイプの音楽ドラマだと思うが、楽団員各自の人間ドラマがよくえがけている。家族に相手にされない主婦とか認知症におびえる老人とか…なんか日本でも身近に感じられる点が面白い。日本でも放映されたようだが、もっと話題をよんでもよいように思う。
2013年12月31日
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中学生の頃、高校受験の直前に読んだ小説である。汽車の場面に始まり、菊人形、図書館、教室、演芸会と様々に場面が変わり、その中で、主人公三四郎が池の畔であった女性に心ひかれ、劇的なやりとりもないまま、女性の結婚の話を聞くという話であるが、小説の底に流れる清新な雰囲気はすごく印象に残った。三四郎の年齢をはるかに超えて再読してみてもその印象は変わらない。日本の歴史の中で、物語の描かれた時代である明治期くらい変化の激しい時はない。それは時代の流れという垂直的部分で変化が大きいだけでなく、都市と農村、中産階級とそれ以外の階級との間のギャップにも相当なものがあった。だから三四郎は、郷里の古い世界から、新しい世界である学問の世界、都会の華やかな世界に次第に軸足を移していく。清新さの正体はそうした古い世界で育った青年が新しい世界にふれていく時に感じる気分で、それは三四郎の時代だけでなくとも、いつの時代にも多かれ少なかれ存在する。この小説が青春の文学として時代を超えて読み継がれる理由もきっとそのあたりにある。*それにしても、明治期の日本、いや戦前の日本はなんて格差の大きい社会だったのだろう。田舎の三四郎の家にも、「偉大なる暗闇」広田先生を始めとする東京在住の登場人物の家にも、当然のように下女がいる。そうした使用人の背景となる社会階層と三四郎達の階層との間には厳然とした区別があり、下女は下女として描かれ名前もでない。そのあたりはなにか植民地を舞台にした英国の小説での原住民の使用人の描かれ方と変わらない。欧米から流入した新知識や新思想もこうした一定階層以上の者だけに限られ、庶民以下に普及するのにはもっと時間がかかった。小説では、最高学府で最先端の知識にふれている青年と、これも、洋画や英語などの新しい文化を学ぶ闊達な女性達とのやりとりが描かれるが、こうした世界は当時としてはほんの一握りの青年だけが享受していたものであったことだろう。そのあたり、はるか時代が下って、エリート高校生と頭がよくちょっとエキセントリックな女の子とのやりとりを描いた「赤ずきんちゃん気をつけて」の世界とは全く違う。
2013年12月29日
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靖国神社参拝について再び書いてみる。どうも思うにこの問題は大日本帝国とその戦争をどう評価するかというところに帰着するように思う。ドイツの場合はこれが非常にわかりやすい。徹底的に否定すべきはナチスドイツであり今のドイツは全く無関係だという。日本の場合も、第二次世界大戦後はこの大日本帝国の否定から出発したはずだ。徹底的に贖罪し、賠償を行なうことで、悲願だった国連加盟も果たした。国連では今でも戦後間もない時期に日本政府が贈った「平和の鐘」があるという。世界各国の通貨を溶かして鋳造し、国境のない世界地図を描いたものだ。ただドイツがナチスを否定するのはわかりやすいが、日本が大日本帝国を否定するのはわかりにくい。ナチスの場合にはナチス政権時代を否定すればよいのだが、大日本帝国となると、明治期にまで遡るのだが、そうなると明治期以降の近代化の歴史をすべて否定するのだろうか。*このあたりの曖昧さが靖国神社の位置付けにも影響しているように思う。もし靖国神社が第二次世界大戦勃発後に創建されたものであれば、靖国参拝はそのまま軍国主義的価値観として否定されることだろう。ただ、靖国神社の創建は明治初期である。同じ第二次世界大戦の敗戦国である日本とドイツ。ニュルンベルグ裁判と東京裁判。戦後の復興と国際社会への復帰。いったいどこが似ていて、どこが違うのだろうか。ナチスのやったことと大日本帝国のやったこととはどこが似ていてどこが違う。ヒットラーに該当するような人物は日本にはいたのか。たとえ明治期に創建された靖国神社が第二次世界大戦後に断罪された大日本帝国の戦争犯罪とは無関係だとしても、それを国際世論に影響するような形で外国に発信していくことはできるのだろうか。国内向けの議論や国内の子供向けの教科書なんかではなく、重要なのは国際世論である。安倍総理の靖国参拝に反発しているのは中国や韓国だけではない。米国も非難しているし、EUも非難している。**小学校の時、「ユネスコ村」に遠足に行ったことがある。世界各国の家を並べたテーマパークで目玉はオランダ風車であった。風車だけで客を呼べるなんて今では信じられないが、そういう時代であった。ところでなんでユネスコなんだろうと調べてみたら、そもそもこれ自体が日本のユネスコ加盟を祝ってできたものだからということである。国連加盟は日本の悲願であったが、ユネスコは、1956年の国連加盟に先だち、1951年に日本の加盟を認めていた。
2013年12月28日
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ああ、あのバカ、とうとうやってしまった。これが総理の靖国参拝のニュースをきいての正直な感想である。なんで参拝するの?それで何かいいことがあるの?給料があがるとか失業者が減るとかするの?いったい参拝にどんな益があるというのか。*報道やネットでみるかぎり、靖国参拝を日本と中韓の問題とみているが、それは違うだろう。いってしまえば日本と国際秩序の問題である。今の国際秩序は第二次世界大戦後の戦勝国の価値観の上になりたっている。戦勝国イコール善で敗戦国イコール悪という…よい悪いではなく、そういうものなのだ。そしてそうした過去の歴史で日本がナチスドイツと手を組んだこと、そして敗戦国であったこと、これは歴史的事実である。だから戦後の復興に必死だったころの日本は過去の所業を反省した姿勢をみせていた。それも、今では自虐史観とかといって罵倒する人もいるのだが。*戦前の日本では国家神道が国民の精神的支柱とされた。靖国神社は神社といっても、神道ではなく国家神道の神社である。だから日本の総理が靖国神社に公人として参拝することは、ドイツ首脳がナチズムを公然と礼賛するのと同様の反発を引き起こすのは当然ではないか。その反発は近隣諸国だけではない。米国など今の国際秩序の存続を望む国は反発するだろう。それでは第二次世界大戦の敗戦国と組んでそうした戦勝国中心の秩序を変えることができるのだろうか。そんな可能性も皆無である。ドイツなどは靖国参拝をひきあいにだして、過去を反省していない日本を叩きながら、過去と決別した自国の姿勢をアピールするだけであろうから。*よく中国や韓国の反日は為政者が自国民の不満を外にそらせているためであるという論調がなされることがある。その伝でいけば最近の安倍総理も同じ手法を使っているのではないか。中国や韓国と軋轢を起こし、自国の不満層のほこさきを外に向けさせる。就職難、ブラック企業、失業、不安定雇用、低賃金などの不満を持つ人々は多い。アベノミクスとマスコミは持ち上げるが、実際に所得の上がっている人の比率は富裕層以外では少ないのではないか。ロスジェネの先頭は40代に達し、そろそろ後戻りのできない年齢になりつつある。ヘイトデモやヘイトスピーチをやる人々の中にはそうした不満層がけっこういるのではないかと想像する。
2013年12月26日
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韓国ドラマ「サイン」を見終わった。全20話のうち19話まできて、衝撃の結末の予感があったのだが…。まあ、こうしたドラマは結末を知らないで見た方が絶対によいのでネタばれはやめておこう。*法医学の世界を舞台にしたドラマだが、最新の科学を駆使して悪を追い詰めそう快感を得るというものとはちょっと違う。客観的であるべき犯罪捜査がいかに権力によって歪められていくのかというのが大きな軸となり、そこに様々な事件が横糸のようにからむ。貧しさゆえの犯罪、親に見捨てられた青年の犯罪…こんな犯罪の背景について語る主人公の言葉はそのままドラマが投げかける問題提起でもある。格差の問題とか家族の問題とか、韓国のドラマなのだが、日本にも通じるものがあるように思う。そしてまた犯罪捜査に対する権力の介入の問題。こうしたテーマがドラマになるほど韓国では犯罪捜査に対する権力の介入が酷いとみるのか、それともこうしたドラマを作ることができるほど放送内容の自由があるということなのか、さて、どちらなのだろう。*親が有力者だから子息の犯罪が不問に付される。権力者の縁者の犯罪がもみ消される。日本でもこうしたことは、きっとないわけではない。権力が十分に信頼できるものであればよい。でも、そうした信頼がないのならば、犯罪となるべきものは明確なものに限られるべきだろう。共謀という事実だけで罪に問うような共謀罪の創設には不安を感じる。権力に邪魔となる人間はすぐに狙い撃ちにされ、しかもその運用には大いなる不公平が生じるのではないか。共謀だけではなく、実際に人が殺傷された事件であるが、地下鉄サリン事件の車内謀議というものがある。車内にいたのは6人だが、そのうちサリン事件で起訴されたのは4人。聴取の結果、「聞こえなかった」というのが、責任を免れた理由という報道もあったと記憶するが、謀議参加の有無などかように不明確かつ不安定である。*ドラマ「サイン」は最後までひきこまれて見たし、ところどころ使われているホラーの手法も効果的だ。ただ、詳細は書かないが、最後のところはなんかもうひとひねりあったらよいのにとも思う。全20話で、様々な挿話が散りばめられているが、たぶん主人公達のもっとも楽しそうな場面は日本出張のときのように思う。全体に暗く深刻なドラマなのだが、こたつに障子といった日本旅館の風景は日本人がみても旅情を感じ、いいものだと思う。庄原市でロケを行なったという。法医学を舞台にしたドラマなので、とにかく人が次々と死に、その遺体を司法解剖する場面も多い。お正月までに見終えてよかった。
2013年12月25日
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前回の都知事選挙の記事は下記のサイトを参考とした。なぜ都知事選乃ニュースで宇都宮氏についてふれないのかという趣旨で同感である。宇都宮氏については前回の都知事選でも石原知事と他の候補との一騎打ちだという報道がなされていたにもかかわらず、二位となった。こんどの都知事選にでれば可能性がないわけではないだろう。http://www.asyura2.com/13/senkyo158/msg/265.html宇都宮氏の職業は弁護士。政治家となった弁護士は多いがこれについてのマスコミ報道にも疑問がある。弁護士といっても実態は様々だ・風俗やサラ金の顧問をやる人もいれば、社会派、人権派という弁護士もいる。政治家の前身が弁護士であるような場合、この弁護士時代の経歴というものはもっと報道されてもよい。それによってその政治家の姿勢とかそうしたものがわかるのだから。宇都宮氏は社会的弱者のために長いこと活動してきた人権派、社会派弁護士である。*まだ選挙戦は始まってはいないが、立候補が予想される人についてある人には過剰に報道し、ある人には無視をするのは、公平を欠いているのではないか。そしてまた都知事にかいらないが、政治家の前職が弁護士とか言論人とかという場合には、過去の仕事ぶりはもっと紹介すべきではないか。
2013年12月24日
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猪瀬知事が辞任を表明し、来年初めには東京都知事選が行なわれる。前回の知事選から1年…まさに諸行無常の世だ。そういえば前回の知事選の時、マスコミはさかんに猪瀬となんとかいう候補の一騎打ちだと書きたてていた。実際にはそのなんとかという候補ははるかに猪瀬の票にとどかず、沈んだけだが、今でもあのマスコミ報道は有権者の票を猪瀬かそのなんとかに誘導するわけの悪質な歪曲報道だと思っている。だから今回取りざたされている東国原とか増添とかも大きく取り上げることで有権者にいかにもこういう選択肢しかない、他の選択肢はout of mindにするための誘導なのではないのだろうか。そうでなければ、前回の都知事選で次点であり、今回も出馬するかもしれない宇都宮のウの字も報道されないのが不思議だ。*だいたいマスコミは知っているくせに知らないふりをすることが多すぎる。東国原氏の淫行事件など当時は報道されており、マスコミも知らないはずはないのに、なぜか封印されたように報道がない。また、小沢氏は何年か目に普通の国論を唱えており、これは政治家の公的な見解として出版もされていたと思う。1993年に出版された「日本改造計画」でこの中には軍隊をもって国連待機軍にするという主張もある。政治家が意見を変えるのが悪いとは思わないし、変えなければいけない場合もあるだろう。しかし、こうした過去の言動についてマスコミが全くふれないのはおかしい。ネットではなぜか小沢氏をリベラル(この言葉も曖昧)の旗手のように考えている人がいて、そういう人々は小沢氏の過去の主張をあまり知らないのではないかとも思う。http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2064820*思えば橋下人気なるものもマスコミ報道によるところが大きかったのではないか。タレントだけあって容貌もよいし、弁舌もさわやかだ。朝のワイドショーでは毎日のように橋下のさっそうと歩いているところかしゃべっているところを流し、活字メディアは「橋下は日本の救世主かもしれない」と持ち上げた。そうして、なにかやってくれる、なにかやってくれそうだという期待だけが膨らんでいった。橋下人気は泡のように消えつつあるが、マスコミはまた他の人気者を作って煽るかもしれない。今度の都知事選はためしに、テレビのワイドショーは無視、新聞報道も参考にとどめ、自分の目と耳だけで選んでみてはどうなのだろう。小生はそうするつもりである。
2013年12月23日
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韓国ドラマ「サイン」を見ているが、これが本当に面白い。人気歌手の殺害事件を大きな縦糸にしてその間に起こる様々な事件をおりまぜまがら展開していくというストーリー。ときどき使われているホラー映画の手法も緊迫感を高めるし、緊張を緩和する笑いの要素もある。ネタばれはさけるが、最初はへんくつなだけにみえる法医官とその部下の女性新人法医官がすごくよい。こうした物語に説得力をもたせるための演技力も相当なもので、主演俳優は法医学の勉強もかなり行ない、実際に解剖にもたちあったという(そういうこともできるんだ)。俳優の人気とか話題性だけに頼らない上質のドラマとして韓流ドラマがくだらないと思っている人にこそぜひみてほしいものである。どうでもよいけどこの主演俳優…キムジョンイルの役をやったら絶対ににあうと思う。もしこのドラマを日本でリメイクするとしたら佐野史郎がまず思い浮かぶけど、これだけの演技ができるのかな。*一方、「シークレットガーデン」の方はドラマというよりも韓流スターをみせるための愚にもつかない物語という印象がどうも強く6話くらいでリタイヤした。日本のドラマはさしてみていないので、あれこれいうつもりはないが、どうもアイドルの人気や話題性におんぶしたものが多いのではないかと思う。下手な演技や歌が「親しみやすい」とか「新鮮だ」とかといってもてはやされる傾向は日本で特に強いのではないか。そういう需要があればそういうものが供給されてもよいのだが、ASEAN首脳との夕食会の余興でAKBが紹介されたのはちょっと恥さらしのように思う。ああいうのはもともと「会いにいけるアイドル」ということでファンとの距離の近さ、いいかえれば歌や踊りの素人っぽさを売りにしているので、文化とか芸術とかというものとはほど遠い。http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-5123.html
2013年12月22日
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前回に比べ今回の安倍政権が安定している理由について以下のように分析している人がいるらしい。それは支持基盤をA層からB層に移したこと。このA層からD層というのは与党の選挙戦略が流出したときにつけられていた言葉で構造改革に批判的かどうか、知能が高いか低いかの二つの軸で有権者を四つに分類したものである。構造改革に肯定的な層で高知能をA層、低知能をB層という。構造改革というよりも現状に満足している層をA層、B層、そして知能というよりも、政治に四六時中関心をもっているか比較的気分で投票や支持政党をきめるかをA層、C層とB層、D層の境にした方がわかりやすく実態にあっているのではないか。前回の安倍政権が掲げたのは戦後レジームの見直しということで、これはあくまでもA層ねらいであろう。圧倒的数のB層には受け入れるところとならず、安倍政権の支持率は低迷した。それを今回はアベノミクス(おそらくどっかの代理店が考えた言葉であろう)を前面にだし、景気回復の期待をばらまいた。それが前回の選挙結果にあらわれたのではないか。さしあたっての不満はない。景気回復の実感はまだないが、これからは期待できるのではないか。そんな層が主に自民党に投票したのだろう。*選挙民の圧倒的多くはB層かD層だ。A層やC層というのは数も少ないし、すでに強固な支持政党があるのがほとんどなので、訴求やPRの効果というのはない。戦後レジームなんたらかんたらといったって、それで支持が上がるわけなんかなかったのである。そこで狙うはB層。このB層というのは実際に満足しているという人ばかりでなくB層気分をもっているという人もいる。あいつよりは下だがあいつよりも上という比較の中に生きているのが人間である以上、B層とD層の境界というのは意外と低い。今後の政治や日本の進路を考えた場合、案外鍵となるのはこのB層気分をもったD層ではないかと思うことがある。*20代~40代の非正規雇用も無業もワーキングプアもかなりの割合に上っている。そして彼らには彼らを気遣う親たち祖父母達もいるはずだ。B層気分をもったD層だってそのうち幻影からさめる。正真正面のD層も次第に増えてくる。そうしたD層に対して「あんたら給料少ないんやろう。ところが公務員はこ~んなに貰っているんやで」以上に訴求力を発する言葉を持つ政党がなぜ出てこないのだろう。
2013年12月21日
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政治家の二世というとよく苦労知らずとかおぼっちゃんとかそんなイメージを抱く。それも間違いではないだろう。ただ二世本人にとってはその立場というのもけっこう辛いのではないか…と思う。まず、そもそも二世は好きで政治家の家に生まれたわけではない。政治家がいて、それが大物政治家であれば、事務所には秘書を始め、多くの人が働いている。政治家が引退した場合、残された秘書等の生活のために、そしてまた先代が築いた地盤を承継するため、二世の出馬が期待されるということは多い。次に、二世が地盤を継いで政治家になったとしても、それが親の七光であり、自分の力によるものでないことは、なによりも二世自身がよく知っている。そしてまた、二世の多くは頭の出来も親ほどではない場合が多い。遺伝というものは傑出した形質が発言しても、子供の代には平均に近づくと言う傾向があるそうなのでやむをえないわけで、名選手の子は名選手ならずというのは様々な分野についていえる。なまじ親が偉く、周囲にも錚々たる人物ばかりをみて育っただけに、おのれの凡庸な頭脳に対するコンプレックスはかえって市井の人よりも強いのではないか。第三に想像なのだが、二世政治家という人々は、身近な仕事相手である官僚にものすごくコンプレックスを抱いているのではないか。官僚というのは、自力で難関試験を突破して、その地位に昇ってきた人々である。二世政治家が官僚叩きをやりたがる。その背後には彼らが自分の届かない試験に合格し、自分など足元にも及ばないような高い知能をもっていることに対する憎しみがある。もちろんそんなペーパー試験がなんぼのもんか、官僚がそんなに優秀なのかという議論もあるのだが、それはひとまずおくとして。*今あぜんだの党の分裂が政治ネタで話題になっている。政治の難しいことを書くのはなしにしても、あの渡辺の江田に対するコンプレックスや嫉妬は市井の小人の小生からみても痛いほどわかる。派遣社員の売れっ子漫画家に対する嫉妬と同じくらいによくわかる。渡辺嘉美は32歳まで司法試験の勉強をしていたみたいだけど合格できずに実父の秘書になった。これに対して江田の方は東大法学部から通産省、司法試験も若くして合格しているのだから、法文系秀才の典型のような人物である。こうした秀才の中にはときどき秀才臭が鼻につくタイプもいるという。もしかしたら江田には渡辺をバカにするような言動があったのではないか。これはまあ想像なのだけれど、コンプレックスの強い渡辺がバカにされたととるような言葉があったって不思議ではない。渡辺はすっかり感情的になって「使い捨てのカス」などという発言で大いに品位をさげている。江田の新党の方にもたいして選挙民の期待は集まっていない。両方ともあぶくのように政界からは消えていくのではないか。消えていくことを期待する。
2013年12月19日
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よく景気回復の指標として景況感とか街角景気とかいうことがいわれる。これはなんとなく「世の中の景気がよくなっている」気分を指しているだけで、実態とはあまり関係がないのではないか。一時的な世の中の気分などというものはマスコミ報道にけっこう左右される。アベノミクスで景気はよくなっていますよ、その実感はもうするあなたのところにも届きますよ…こんなマスコミ宣伝にのっかって自民党は圧勝した。その先にまっていたものが秘密保護法であり、消費税増税であり、生活保護の切り下げであり、そしておそらくは解雇自由であり、残業代タダであるのだろうけど。気分で景気を測るのではなく、なぜ具体的に給与が上がった人がどのくらいいたのか、恩恵を受けた人がどのくらいいたのかという調査を行なわないのだろうか。もっと端的に「あなたやあなたの家族は安倍政権になってなにかよいことがありましたか?」ときくのもよい。それでなければ世の中の景気がよくなっていますとマスコミがいったところで大半の人には関係ないのではないか。**このごろ報道をみていると反中国、反韓国のものがめだつ。中国の脅威をいくらあおろうが、米国、いや中国以外の国際社会の重要プレイヤーの国は中国と対立するつもりは全くない。安倍総理がアセアン会議で中国の脅威を訴えたところ不発だったそうだが、それも当然であろう。韓国が安重根を英雄としていることも今にはじまったことではなく、安重根記念館だって数年前にできている。なにか、国内の不満が反中国、反韓国にむかっているのではないかと思うのは考え過ぎなのだろうか。もちろんそうでなければよいのだが。**韓国ドラマの「シークレットガーデン」と「サイン」を並行してみているが、ドラマの完成度はまるで違う。後者の方が数倍質が高い。いってしまえば「シークレットガーデン」は三者三様のイケメンと対照的な美女二人をみせるだけのアイドルドラマで、「サイン」は法医学を舞台にした本格的なミステリードラマだ。韓流をバカにしている人、韓流をくだらないと思っている人はぜひ「サイン」をみてほしい。ぜったい韓流ドラマに対する認識が変わる。
2013年12月18日
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年賀状で子供の写真を送ることの是非についての議論があるという。むかしから家族写真の年賀状というものはあったのだが、こんなふうに議論になってきたのは、家族をもつことも、子供をもつことも一般的ではなくなってきたからではないか。そういえば知人で息子の就職が決まらない人が、「今年から子供の誰それが何々会社に就職します」という年賀状を受け取るのがとても憂鬱だといっていたことがある。結婚したくてもできない人、子供を持ちたくてももてない人、就職したくてもできない、こういう人々が増えれば年賀状も楽しいものではなくなっていく。*今年から年賀状を整理するつもりだ。ただ年賀状だけでつながっている人…年賀状は本当に続けたいと思う人だけにして、こちらから出すのはやめよう。学校、職場、そして子供の学校。今まで多くの人々と出会ってきた。でもやはり今の自分にとって一番大切なものは今の生活の中で実際に出会っている人々とのつながりだ。ずっと以前、大切なものは「近所づきあい」という老人の意識調査をみて意外に思ったものだが、職場や学校に通っているわけではない老人にとっては「近所づきあい」が人間関係のほぼすべてだと思えばその結果も納得がいく。
2013年12月16日
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幼稚園はカトリック系のところに通っていた。カトリック系だから通っていたというのではなく、たまたま家の近くの幼稚園がそこだったからという理由だ。週5日だったのだが、土曜日には「神様のはなし」をする土曜学校というのもあって、それにも通っていた。水がワインに変わったとか、死者がよみがえったとか不思議な話ばかりであったが、これをお伽話としてではなく、先生は本当の話として語っていた。やがて小学生になると、こうした話はみな嘘だと思うようになった。歴史上には不思議な言い伝えや伝承がいくらでもある。聖書の話も、だからその類に違いないと。*ところが、我ながら変なのだが、大人になってからは、こうした話はもしかしたら真実ではないかと思うようになる。歴史上の不思議な話というのは往々にして噂や美化で説明できるものなのだが、聖書の話は違う。イエスキリストの奇跡はまさに物語の根幹でこれが嘘だとなるとすべてが無意味になってしまう。それでも水をワインにかえたとかパンを増やしたとか病気を治したという話にはしかけがあるのかもしれない。実はどっかで買っておいたのだとか、当時の人には想像もつかない薬草の知識があったのだとか…。ただ最後の復活の奇跡だけはわからない。古来、不思議な力を示したという人物はいろいろいるが、イエスキリストは復活の奇跡があったから信仰の対象として残った。復活を目撃した弟子たちは命がけでその事実を伝え、多くは殉教したという。もし弟子たちが遺体を隠したのだとしたら、そんな嘘話を伝えるために命をかけるのだろうか。少なくとも弟子たちにとっては、そう信じざるを得ない出来事が実際にあったのではないか。*ただ立派な人がいて立派なことを言って…というだけにしては、キリスト教はあまりにも権力や富とはかけはなれたところで発生している。遠藤周作の「イエスの生涯」は奇跡とは無縁のイエス像を描いているが、それは近代人的な解釈で、やはり「それはないよ」と思う。キリスト教の根底には奇跡があり、それがある意味では人類史最大の謎なのかもしれない。*こんなわけで「ダビンチコード」のようなキリスト教の謎を扱った小説は好きでよくよむ。今回も「キリストの遺骸」(サピア)をあっという間に読了した。学識豊かな主人公と才色兼備の女性がともに謎を追うという、この手の小説にわりと共通のパターンを踏まえており、活劇あり、ロマンスありでなかなか面白い。イエスキリストの遺骸が発見されたということで始まる小説なのだが、こうしたことは実際にもありうる。もしそうしたことがあったとしても、おそらくはこの小説のようにその発見は秘匿されることだろう。この種の小説では、作者の信仰に対する姿勢は様々だ。みるところこの作者は完全否定でもなければ完全肯定でもない。実際に復活を否定する物証である遺骸が発見されたとしても、宗教は残るのではないか。必要なものは存在する。存在しつづけなければならないものなのだから。
2013年12月15日
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張成沢処刑のニュースが世界中をかけまわっている。北朝鮮の体制は強化されたのかその逆なのかが…関心の焦点なのだが、後者の可能性が高いのではないか。北朝鮮の体制自体が金日成の霊将伝説に始まる血の神話によってなりたっている。11歳かそこらで抗日パルチザンを指揮して30歳そこそこでソ連の戦車に乗って凱旋してきたという血の神話。張成沢は金日成とは血縁にはないものの、金日成の実の娘の夫であることには違いない。その夫が逆族となれば血の神話は大いに傷つくのではないか。王家や王族の不祥事が王制の崩壊につながったという例は実際にもある。ネパールでは王室内の銃撃事件が王制崩壊につながった。そしてまた今回の事件はかの国の核心階層とよばれるエリート階層にも動揺をもたらすことだろう。かの国の安定要因は国民の多数が困窮しようが国家権力を握っている階層は体制がつづいているかぎり、いい思いができるという点にある。その体制の存続が核心階層にとっても危険なものとなったら、その核心階層の中からも体制転覆の動きがあるかもしれない。かの国の国営放送ではキムジョンウンの軍視察映像を流し、平穏な情勢にあることをアピールしたという。平穏であることをアピールしなければならないというのは、逆に平穏でないからではないか。もしかの国が崩壊するという事態になったらどうなるのだろうか。韓国は西ドイツのように吸収統一のコストをはらうつもりはないだろう。中国にのみこまれるか、中国の傀儡政権が新たにできるか…そんな可能性が一番高いように思う。
2013年12月15日
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誰にでもできる仕事はやればやるほど貧困になっていく。そんな表題の下記のブログが示唆に富む。http://www.bllackz.com/2013/12/blog-post_11.html日本がまだ一億総中流を謳歌していた時代、さる識者が「こんな技術の発達した時代ではこれからはIQ120以下の人間は不要になっていく」と言っているのをきいたことがあるが、いまにしてみれば今日の格差社会を予測していたのかもしれない。誰にでもできるわけではない仕事はそれが高度であればあるほど人材獲得競争の結果値がつり上がるが、その逆は途上国の労働者とのたたき売り合戦となってどんどん根が下がる。ならば「誰にでもできるわけではないスキルを身につければよい」という議論も当然にでてきて、一頃、貧困の処方箋として「スキル、スキル」を連呼していた二世政治家がいたこともそれに由来するのだろう。しかしながら、誰にでも身につくスキルは残念ながらそれもまた「誰にでもできる仕事」でそんなに価値は高くないのである。*考えてみれば今日のブラック企業の問題もこうした「誰にでもできる仕事」の世界で起こっている。そういう意味でブラック企業の過労死の問題は、かつての管理職の過労の問題とは質が違う。労働力のたたき売りと人権削減の結果として今日のブラック企業の問題があり、時給に換算すれば店長の時給は最低賃金のずっと下ということもありうるのだ。さて、問題はここからである。この現象を仕方ないとみるか、なんとかしなければならないとみるか…。資本主義の究極の姿として貧困や格差の激化を予測したマルクスは彗眼であったが、マルクスはその格差の原因を生産手段の所有でとらえていた。生産手段の所有が格差の原因であれば、それを国有化すればよいということになるが、「誰にでもできる仕事」しかできないかどうかは能力の問題で、ことは簡単ではない。もちろんこれも生来の能力ではなく、親の経済力などによるのだといえば、精神的平穏は得られるかもしれないが、それは実態ではない。だいたい生まれや家庭環境に関係のない「機会の平等」さえ確保されればよいのだろうか。*マルクスの科学的社会主義はすべて正しいとは思わないけど、格差貧困の極大化の予測とともに正しいことを言っていると思われる部分もある。それは人類の歴史を階級闘争ととらえていることである。ここでいう階級というのは経済的階層のことで、少数の冨者と多数の貧困層がある社会ではその差が一定の閾値を超えると、たいてい激動や混乱が起こってきた。その格差貧困の原因が身分だったというのは今日の感覚では不合理なのだが、当時の人々には神話や宗教などでそれが合理的なものとされていた。そしてそれでも反乱や混乱は起こる。「能力や努力」による差だってそれと似たようなものではないか。反乱はおきなくとも小さな反抗は絶えず起こる。介護施設では入所者への虐待がやまないし、どこかの原発では原因不明の出火が頻発しているなんていう話もある。
2013年12月13日
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知っている人は既に知っているのだろうが、「吾輩は猫である」が発表されるよりもずっと前にドイツのホフマンという作家が「雄猫ムルの人生観」という小説を書いている。やはり猫がひややかに人間の生態を観察するというユーモア小説なのだが、これをもって漱石の猫を盗作だなんていう人は誰もいない。人間以外のものを主人公にする小説というのも古来からあったし、猫が人間を観察するというアイディアも普遍性をもっているのだから…。http://nekotetu.com/cgi-bin/nekotetu.cgi?cont=1&cono=52*小説とかドラマでいったいどこまでを盗作といい、どこまでをオリジナルというのか。実はこれはけっこうやっかいなのではないか。漫画「イキガミ」に星新一の遺族が抗議しているという。たしかに星新一のショートショートに人類存続のために籤で選ばれた人が殺されるというものがあり、それは「イキガミ」と共通する。でもそれをいえばSFでは誰かのアイディアを別の作家が他の作品で発展させるというのはよくあるように思う。タイムマシンも宇宙人来襲もウェルズの小説に出てくるが、じゃあ、その後でてきたすべてのタイムマシンものや宇宙人来襲ものがウェルズの盗用かといえばそういうものでもないだろう。そうしたアイディア以外にもストーリーがなんとなく似ているというのもある。「罪と罰」と「破戒」は主題は全く違うがストーリーはよく似ている。主人公とその友人、そして主人公を慕う娘と零落した父。主人公は「何か」を告白し、遠くに旅立つ。でもそうだからといって、「破戒」を盗作だなんて誰も言わない。*なぜこんなことを書くかというと韓国ドラマにけっこうきいたことのあるような話があるからである。「グリーンローズ」が「モンテクリスト伯」をなぞっているのは本家が古典中の古典なので、こういうのもありだろう。それ以外では「天国の階段」が高橋玄洋の「分水嶺」によく似ている。殺害しようとした恋敵の女性が記憶喪失の別人となって再び恋人の前に現れるというパターンである。盗作というよりも、エンタテイメントの物語としてよくある話なのかもしれない。日本ドラマと韓国ドラマの間には最初からリメイクをうたっているのもある。日本では、韓国ドラマの「魔王」がリメイクされているし、韓国でも日本の「白い巨塔」がリメイクされている。ただリメイクが原作どおりとは限らない。日本の「仁」が韓国でリメイクされたと言うが、かなり違ったものだそうだ。坂本竜馬をそのまま出すわけにもいかないので、医師がタイムスリップするというアイディアをつかっただけといった方がよいのかもしれない。あと「家政婦のミタ」もリメイクされているというが、日本の方は題名自体がパロディになっているのに対し、韓国版では「怪しい家政婦」となんかそのものズバリである。評判はどうなのだろうか。
2013年12月12日
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韓国ドラマシークレットガーデンを見た。デパートの御曹司と貧しいけどまっすぐに生きている女性との恋物語。いわゆるシンデレラストーリーなのだが、女性の職業がスタントウーマンというところと入れ替わりネタを合わせたところが新鮮だ。美しい映像としゃれた会話のある大人のお伽話として楽しめる。主人公を演じるヒョンビンは大変な人気俳優なのだが、どうも、小生の感覚ではあまりイケメンにはみえない。韓国ドラマではときどきこういうことがあって、いったいこの人はなんで芸能人なんだろうと不思議に思う。他にはグリーンローズの準主役の俳優とか秋の童話の主役俳優とかもそう…。韓国と日本とでは感覚が違うのだろうか。それとも小生の感覚が変なのだろうか。*法医学の世界が舞台でちょっと暗いサスペンスタッチの「サイン」とほんわかして楽しく明るい「シークレットガーデン」。当分はこの二本のドラマで楽しめそうだ。ただ「シークレットガーデン」は他のドラマにまして聞き取りにくい。字幕なしで韓国ドラマを見る…というのが夢なのだけれども、そんな日はくるのだろうか。
2013年12月10日
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みんなの党がやはり分裂した。渡辺氏と江田氏…どうみても水と油で最初からあわなかったのではないか。まず渡辺氏であるが、この方は1952年生まれで父の秘書になったのが1983年となっている。その間何をしていたのかという疑問が当然に浮かぶ。別に生活のためにバイトをしなければならなかったとも思えないのでニートかもしかしたら司法試験の勉強など。まあ、そういう人物である。その後、父親の秘書をしていたとあるが、有力な政治家である実父の秘書というのがまともな社会人体験といえるのだろうか。子供の時も大人になってからも甘やかされ持ち上げられてきただけの人間というイメージしかわかない。もう一人の江田氏。こちらは渡辺氏とは対照的だ。通産官僚で首相秘書官を務め、司法試験も入省までに合格している。テレビ等でみるかぎりは典型的な法文系秀才で、自信満々、その分、端々に渡辺氏をバカにする言動があったのかもしれない。まあ、一言でいえば秀才臭が鼻につくいやな奴である。*みんなの党といったって最初から理念や政策があったわけではない。江田氏もそうだが、首相秘書官を長期間勤めると、役所に戻るポストがなくなることがある。もちろんそれだけの人材なのだから退官後の大学教授のポストなどはあるのだろうけど、それでもあきたらないという人にとっては政治家などは願ったりかなったりだろう。自民党から公認という話があればもちろん尻尾をふってとびつく。それがかなわないからこそみんなの党という船にとびのったのではないか。公務員バッシングだけをウリにした自民の補完勢力。それがみんなの党の実態で、これは維新やたちあがれなんとかと同工異曲である。*今の時期の新党というのはもちろん政党助成金が目当てだ。新党を作って、マスコミが持ち上げて、コメンテーターが「何かやってくれそうだ」とか「既得権益を打破してくれそうだ」と騒ぐ。既得権益ってなあにと街頭インタビューでもしたら答えられる人はほとんどいないのに。どうでもよいけど、バカには二種類ある。自分がバカだと知っているバカとそれがわからずプライドだけが高いバカ。後者は往々にして自分よりも知力の高い人間に嫉妬し、そういう人物とうまく仕事をしていくことができない。前者はまだよいが、後者の真正バカは救いようがない。
2013年12月10日
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韓国ドラマをみるときは、二つ以上DVDを借りてはまった方の続きを試聴するようにしている。今回かりたのは「シークレットガーデン」と「サイン」。前者は王子様と女の子の恋物語で、ただ、女の子がゲームの主人公のようなアクションのできるスタントウーマンという設定が新鮮である。もうすこし見てみようと思うのだが、いまいちはまれない。もう一つの「サイン」。こちらは美男美女ばかりの韓国ドラマというイメージをみごとにくつがえす出演者ばかりだが、これは面白い。舞台は国立の法医学機関で主人公はそこの専門家。メーク次第ではキムジョンイルそっくりになれそうな、つまりイケメンからは距離のある俳優が演じている。生者は嘘をつくが死者は真実を語る、死者の最後の言葉を聴くのが自分の職務…その主人公が、こんな信念のもとに、偽装殺人、上層部の圧力による真実の隠蔽、そうしたものと戦っていくという、医師ものとサスペンスをあわせたようなドラマである。法医学の世界がテーマになっているだけに毎回死体がでてくる。実際にはもっと損傷の酷い遺体も多いし、本当はもっと凄惨なものなのだろうけど、とにかく、テレビドラマにしにくい世界をあえてドラマ化しているのが凄い。まあ、そうしたドラマというのは米国ものですでにあったようではあるが。韓国ドラマを見ているのは実は韓国語学習とい目的がもう一つあるのだが、こちらの方は道のりは遠い。字幕なしに挑戦してみても、早口の専門用語となると全くお手上げで、ミアネヨとかサランヘとかアンデーとかいうのだけ聞き取れた最初の頃からあまり進歩がないTT。ちなみにこの「サイン」のDVDには韓国語字幕もあり、その意味では、韓国語学習者にお勧めである。
2013年12月09日
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特定秘密保護法の成立について多くの方がいろいろなことを書いているのだが、こうしたことは安倍政権が成立し、選挙で自民党が勝利している以上、とうに予想されていた結果ではないか。よいとか悪いとかではなく、安倍政権は既に黄金の三年を手にしているのだから。消費税率は上昇するだろうし、出したりひっこめたりしている首切り特区や解雇自由化法案もそのうち成立することだろう。NHKへの介入も強化しているようなので、唯一スポンサー企業とは無縁の番組作りをしてきたかの局も「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民」といった問題提起型の番組は作らなくなるだろう。社会問題はじわじわとマスコミがとりあげないところで拡散しつづける。特定秘密保護法もこうした沈黙に力を貸すのかもしれない。「オイラ勝ち組、お前ら負け組。格差も貧困もいいんじゃない」といっている人も、そのうち、その勝ち組の立場とて社会が健全に機能してこそのものだったと気づくときがくるのだろうけど。*まあ、小生も含めてなのだが、人間なんてつくづくバカで手前勝手のものだ。自分が貧乏してたり雇用が不安定だったりすれば、そしてそうであればあるほど、新自由主義批判の言説なんかよりも、「給料少ないやろう。就職なくて困っているんやろう。ところが公務員の教員や警官はこんなに給料貰っておるんやでえ!」といった言葉の方がすとんと胸に届く。そんなんと反対の立場なのだろうけど、ときどき寒風の中を演説している某政党のおっちゃんがいる。特定秘密保護法の成立の直前などもう壮士きどりで「こんな法案が成立したら日本は戦争の出来る国になってしまうんですう」と悲憤慷慨演説をやっていた。ああ、不安定な職業、低い賃金、過酷な労働で苦しんでいる人やその親なんかにとっては、「日本が戦争できるかどうか」なんてどうでもよい。それよりも、雇用を、賃金を、過酷労働をなんとかしてほしい。そうした切実な部分にひびく話がなぜできないのだろうか、この人達は…。*その国の政治家のレベルはその国の有権者のレベルを反映するという説がある。思想信条はともかくとしてある時期までの大臣級以上の政治家はそこらの官僚なんかよりもよほど優秀だった。偏差値や試験ばかりが頭脳の出来を図るバロメーターではないにしても、高等文官試験を楽々クリアできるような人が大臣になっていたわけだし、そうした人物が親任官、つまり官僚のトップでなければ部下の官僚はついていかなかったであろう。そうした人々にひきかえ、昨今の有力政治家はどうであろうか。二世がすべてダメとは言わないが、経歴をみると一般人としても疑問符がつくような人がずいぶんいる。ある人は父の威光もあったのかもしれないが就職した大企業を2年程度で辞め、その後は父の秘書をしている。また、ある人は30歳近くまで無職(司法試験勉強?)でぶらぶらしていた後にやはり父の秘書をしている。大物政治家である実父の秘書なんてものが、はたして社会人経験といえるのだろうか。大人になるまでも、そして大人になってからも甘やかされた経験しかない凡庸な人間が国政の重要な部分を担っているなんて考えるといやになる。*今朝の朝刊に野党再編の記事が掲載されていた。政党助成金の関係があるので、12月に新党立ち上げというのは十分に予測される事態なのだが、野党と言ってもいろいろだ。あくまでも自分が国会議員となるのが目的でそのために適当な看板としての政党というものもある。こういう人々は自民党から出馬することができればそれでもよかったわけで、別の政党からでているのは便宜的なものにすぎない。こうしたものがはたして本当の意味で野党といえるのだろうか。自民党の補完勢力でしかないのでないか。民主党の凋落も実は自民党の劣化した補完勢力でしかなかったことが明らかになったからである。こうした連中がまたぞろ看板をかきかえ、マスコミがこれをもてはやして風を起こす。こうしたことが古くは新自由クラブ、日本新党以来続いている。有権者もいいかげん学習してもよい。
2013年12月08日
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最近、駅などで郵便局員が年賀状を売る光景をよく目にするが、その販売ノルマが酷いことになっているらしい。ノルマを達成できなければ自腹で買うしかなく、それは自分の給与をもってあてるしかない。いわば、実質的な給与減である。少し前まえは公務員であった郵便局員…ブラック化するのは本当にあっという間だ。こんなノルマで自殺者まででているというのだからなにをかいわんや。http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11718881966.html昔はもっと貧しい時代だったなんていうが、正月や盆は使用人を休ませるのが普通だった。それが今では盆も正月も関係なく働いている人のなんと多いことだろう。某大手スーパーは今年から元日営業を始めたという。年賀状もそうだけれども、お正月も楽しいとかめでたいとか言ってられない人びとがどんどん増えているのだろうな。きっと。*はっきりいって年賀状の枚数が減っていくとしたらそれは時代の流れではないか。かつてのように職場や学校で住所録を配るようなこともなくなったし、メールで年賀状をすませる人も多い。省資源という見地からしても、年賀状を無理に販売しようという発想自体がおかしいように思う。
2013年12月06日
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韓国ドラマにはいくつかの共通点があるのかもしれない。といっても、見た範囲内なので違っているのかもしれないけど。まず第一点。ストーリーと関係なく主役または準主役の細マッチョぶり(モムチャン)を強調するシーンが挿入される。電話がかかっていたとき、なぜかシャワーを浴びていたりとか、素肌の上からワイシャツを着る場面がでてきたりとか。もっともこれは男優についてだけで、女優についてはそういうはもちろん水着すらもまずでてこない。第二点。よくでてくる三角関係、四角関係では、ライバルとのキスや抱擁シーンを本命の恋人が目撃する、あるいは本命とのシーンをライバルが目撃するという場面が多い。第三点。親や血縁が物語にかかわっている場合が多い。そしてまた子供の恋愛に親がでることも…。*ついでに昨日の日記で紹介した三作についてちょっとおもいつくままに書いてみる。主人公のイケメン度が一番高いのは魔王で、次がグリーンローズ、復活の順かなあ。で、演技力になるとたぶんその逆の順になる。復活は日本でリメイクしてもよいような話なのだが、一人三役を演じ分けるような高度の演技力をもつ俳優というのはなかなかいないだろう。逆にグリーンローズは日本でのリメイクは無理だと思う。企業の成長のために様々な人生をふみにじってきたという親の物語が背景にあるのだが、韓国の高度成長期は日本よりも遅い。若い主人公達の親の物語とするには日本では時代があわない。そしてまたグリーンローズは復讐のために戻ってくる主人公が中国で成功し、中国人となってもどってくるという設定になっている。考えすぎかもしれないけど、やはり韓国にはどっか中国を上位にみる感覚があるのではないのだろうか。日本人も中国文明はリスペクトするが、一方では中国を巨大な途上国ともみており、中国人の起業家に下手にでるというのはうけそうもない。面白いドラマは主役だけではなく、脇役の造形もよくできている。好きな登場人物、魔王では盲目のお姉さん、復活では探偵と秘書、そしてグリーンローズでは企業の発展に人生をささげた専務がよかった。専務は最終回をみてますます好きになったw。
2013年12月05日
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最近韓国ドラマのグリーンローズをDVDでみている。このところ見て楽しんでいる韓国ドラマは魔王にはじまって復活、そしてグリーンローズといずれも復讐ものだ。そしてまた復讐以外にも、この三作には、いずれも別人になりすますという共通点がある。もっともこの別人へのなりすましもいくつかのパターンがあって、魔王は身寄りの少ない人物にいつのまにすりかわる「砂の器」型、復活はもともとそっくりな人物がすりかわる「王子と乞食」型、グリーンローズは異国で成功し別の名前を得て戻ってくる「モンテクリスト伯」型とでもいうのだろうか…。また復活ではそのなりすましがいつばれるかという興味が面白さの要素になっているのだが、他の二作ではそれは希薄だ。恋愛要素はグリーンローズや復活では中心テーマともなっているのに対し、魔王では比較的少ない。ストーリーは現実離れしているといえば現実離れだし、漫画的といえばそれまでだ。ただ娯楽の王道はしっかりと押さえているし、俳優の演技力となりふりかまわず盛り上げる演出でけっこう楽しむことができる。*冬ソナ以来、正直いって韓国ドラマをバカにしていたが、最近ではそんな認識をあらためている。記憶喪失、交通事故、難病といったものだけが韓国ドラマではない。魔王は日本でもリメイクされて好評だったようだが、復活のリメイク版もみてみたいような気がする。
2013年12月04日
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昔、幕末の志士というのは皆剣の達人だと思っていた。たしかに新撰組と切り結ぶのであればそれなりの技量は必要であろうが、実際に幕末を生き、歴史を動かしたような人々は剣技でそれをやったわけではない。坂本竜馬や桂小五郎のような人もいたが、それも他の能力があって剣もたまたまできたということなのだろう。西郷隆盛などは豪傑といったイメージがあるが、剣はできたという話はなく、相撲も腕の怪我をして以来特にやったことはないという。*それでは幕末、その剣技で生きた人はどうなったのであろうか。その見本の一つが中村半次郎である。時代を開き、時代に取り残されていった彼のような人物は維新後の時代を泳ぎきった人物よりも人気を得やすい。倒幕に功績のあった武士達は、かつての徳川の三河武士団のように優遇されるのではないか。そんな期待は裏切られた。明治以降の歴史をみれば薩長土肥の中で枢要ポストに就いた人は多いが、薩長土肥の地域そのものが特に優遇されたわけでもない。そうした時流にのれなかった元武士の不満が爆発したのが士族の反乱だったのであろう。
2013年12月02日
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