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このようにすれば宗教の問題はクリアできるのだが・・・その陰に隠れている問題もクリアにしなければ戦争は止められない!その隠れている問題は、領土問題にも権力問題にも共通している!なのでこの陰に潜んでいる問題を白日の下にさらして、またそれの本来の目的を見直さねければならない。みなさんはその問題とは何だと思うだろうか?それに関してもこのブログで散々述べてきたが・・・やはり昨今の様々な問題を解決するためには、そこを深く見直さなければならない。
2026.08.30
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このようにちゃんと学ぶことで、宗教を原因とした戦争を起こさせないことが可能になる。ちゃんと学ぶとは『自分で』『多角的に』『限りなく広い視野で』学ぶことだ。誰かに教わると、その誰かの利害関係に加担させられる。自分の利益と立場を守るためにウソをついてきた人間があまりに多いことを歴史が証明している。多角的に学ばないと、『何が正義であるか』を見失う。『正義』の意味を見失うと、自分の正義を他人に押し付けるため平気で命を奪うことになる。『正義』とは・・・『何があっても誰の命も奪わないこと』だ!!これ以上の正義がどこにあるというのだ!!限りなく広い視野でないと・・・自分のいる場所だけ安全ならいい、今だけ良ければそれでいい、という考えになってしまい想像力が働かない!!命を奪われる人の気持ち、命を奪われる人の無事を祈っている人たちの気持ち、それを自分のことのように想像できなければ戦争なんて止められない!
2026.08.29
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この宗教の起源・原点・ルーツを学び直そうという動きは500年ほど前にも欧州を中心に起こった。学生諸君は、【ルネサンス/文芸復興】という言葉をご存じだろう。同じく【ルター】【宗教改革】もご存じだと思う。宗教が、権力にまみれ・金にまみれ・戦争を起こす道具に使われる・・・この[権力]と[金]にまみれた状態を正すために起きたのが【宗教改革】であり、そもそも宗教とは何なのかを学び直すのが【ルネサンス/文芸復興】だ。今こそ世界的に同時多発的にそれをもう一度実行するときなのだ!!
2026.08.28
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仏教伝来の約1000年後の1549年に、今度はキリスト教が日本に伝来してくる。最初は織田信長が保護しその後豊臣秀吉が禁止したが、それでもキリスト教は日本に根付いた。今日本では誰しもが神社や寺院を訪れることが可能で、何のためらいもなくクリスマスやハロウィーンなどのキリスト教関連の行事に参加する。やれ神道だ、やれ仏教だ、やれキリスト教だといって争いが起こらない・・・つまり宗教は共存可能なのだ!!なのに世界に目を向ければ、宗教を理由としてあまりにも大くの紛争・内戦・戦争が起きていてあまりにも多くの命が奪われている。そもそもどの宗教も人々の幸福を願って創設されているのに、どこかで誰かがその考えを捻じ曲げてきたのだ。だれがどこでどう捻じ曲げてきたのか・・・それを我々は冷静に学び直すべきなのだ。
2026.08.27
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それからずいぶん時間が経過した飛鳥時代に日本に新たな宗教がもたらされた。それが仏教だ!覚え方としては、『ゴミは(538)けと、おやじブツブツ経(仏教)を読む。』が有名で、538年と言われている。どうだろう?我々日本人は「神社仏閣」なんて言葉で一緒に述べることもあるが、「神社」とお寺などの「仏閣」の違いを知っている人はいるだろうか?また、初詣に行くのは本来神社かお寺かを知っている人がいるだろうか?さらに国内にある神社は約8万社・お寺は約7万5千寺で、コンビニの店舗数約5万6千店より多いことを知っているだろうか?それらがよく分からないくらい、神々を崇拝する[神道(しんとう)]と仏様を信じる[仏教]は我々の生活の中に溶け込んで密着しているのだ。
2026.08.26
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もうお気づきの人も多いことと思うが、、、そう!その国とは、日本のことだ。日本は縄文時代の頃から宗教のような思想があった。基本的には自然事態を神だと感じていたようだ。人間だって自然の一部だからその対象の範疇にあったらしい。やがてそれらをすべて認めて『八百万の(やおよろず)神』と表現した。旧暦で10月のことを『神無月(かんなづき)』という。それは日本各地の全ての神々が一か所に集ってこの国の行く末について話し合うから、神様が居ない月というのが由来だ。しかしながら、全国の神様が集まる地方だけは10月を『神在月(かみありづき)』と呼んだ。
2026.08.25
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その後、今から約480年前にその国にさらにまた外国の宗教が入ってきた。最初その宗教はときの権力者によって保護されたが、後の権力者からは弾圧を受けた。それでもその宗教は地道な布教活動を続け、80年ほど前にはひとつの文化としてその国に根付きはじめ、今では年中行事として年間何回かそのイベントをほとんどの人が楽しむようになってきている!これほど多くの宗教を寛容に受け入れてきた国は本当に稀である・・・皆さんはこれがどこの国のことか分かるだろうか?
2026.08.24
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その後その国は古よりのいわば古くなった宗教をどうしたか・・・というと・・・否定するとこも迫害することもなく、それまで通りにした。つまり1つの国に2つの宗教を共存させたのだ。そしてその2つの宗教は争いを起こすことなく約1500年間、今も共存し続けている。共存の歴史があまりに古いために、その国には2つの宗教の違いをよく知らない人たちも少なくない。2つの宗教をそのまま受容して共存させて、争いを生まない・・・そんなことを実際に行っている国があるのだ!!ちなみにその国の古よりの宗教は様々な[神]を信じ、新たな宗教は[仏]を信じるものだ。
2026.08.23
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その国は、それらすべての神を受け入れて認めた!どの神が正しい・・・とか言いだせば、必ず争いが起こり人の命が失われることになると知っていたのだ。全ての神を認めて【八百万(やおよろず)の神々】と呼んで、すべてを尊重した。しかし・・・やがて争いが起こってしまう。原因は権力の奪い合いだ。次はどのようにそれらをおさめようとしたのかというと・・・なんと外国からやってきた新たな宗教を国家レベルで取り入れて、争いのない平和な国を目指したのだ。
2026.08.22
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その国にはもともと[神]の存在を信じる考えが根付いていた。またその国は基本的に人間を[神]と考えておらず、主に自然物を[神]と仰いだ。山の神・海の神・川の神・自らが住む土地の神、また身近な動物や樹木を神と仰いだのだ。その数多存在する[神]をどのようにしたのか?ここが最も重要だ!!その国の中心者たちは、それらの[神]同士が敵対しているという考えが蔓延してしまえばそれが争いを生むことを知っていた。争いとは殺し合いだ!それをどう止めたか・・・だ。
2026.08.21
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国家は大まかに言って、住んでいる地域や民族によって区分されている。それらの区分を無くすことが国家を無くすことになる。また民族は、住んでいる地域はもちろんのことだが、肌・目・髪の色や宗教なんかで区分されていることが多い。ならばそれらも無くすことが必要だ!!身体的特徴での区分を無くすには人種の壁を乗り越えればいい。これは文化交流で可能になることがすでに立証されている。例えば同じ歌手のファンであれば人種なんか関係ない。そのファン同士で交流を深めて日々友好関係を築けばいいのだ。これは我々人類の得意分野ではないか!!!そう考えれば問題ないぞ!!!では宗教の壁を乗り越えられるか?・・・という問題に突き当たる。しかしだ!すでにそれを大昔に成し遂げた国があり民族が存在する。その国と民族を見習えば問題ない!!!
2026.08.19
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さらにもうひとつ!児童・生徒に聞いた【戦争を無くす方法】3つめは「国を無くす」だ。これに類似した意見を言ってくれた児童・生徒に「なんで国を無くしたら戦争も無くなると思ったん?」と聞くと・・・「戦争は国と国がするものやから、その国を無くせば戦争なんか起きない」といった返答が必ずと言っていいほど返ってきた。そもそも国家の定義とは何だ?という強烈な質問が返ってきた感じだ!この意見は一番核心を突いているように私には感じる。
2026.08.18
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では次だ!児童・生徒に聞いた【戦争を無くす方法】2番目は・・・「武器を無くす」だ。これもまた的を得ている。具体的に考えると、まずは武器を製造または販売をして儲かるシステムを無くすことになる。なぜ戦争を起こすのか?ぶっちゃけ誰かが儲かるから・・・ともいえる。また実際武器の横流しも横行している。この横流しを止めると多くの大規模なテロは防げるらしい。では横流しする武器はどこから調達されるのか?ここも突き止める必要がある。しかしここでネックになるのは、武器の定義だろう。生活で使っている包丁やナイフ、それに車やバイクであってもそれを手にする人間の行動によっては武器になりうる。そんな点も含めて・・・「そんなん無理やろ!」と言いながら思考を止めずに、あれこれと考えを巡らせていきたい。
2026.08.17
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もちろんある程度のツッコミどころはある。たとえばもし国家間の問題を権力者の勝負で決めるとして・・・その方法がボクシングだったとするならば、強いボクサーを大統領や総理大臣にすればいい・・・ということになる。そこを!!考えるのだ!!「そんなん無理」と言ってきたからこの世から戦争が無くならない。考えないから我々人類は戦争や争いを放棄したことがないのだ。
2026.08.14
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まずいちばん多かった意見が「戦争をする国の大統領や首相同士が戦う」というものだ。個人的にこれが一番的を得ているような気がする。このような意見が出た場合、私は児童・生徒に必ず質問してきた。「具体的にどう戦うの?」それに対して今まで出てきた意見はまずボクシングやプロレスといったスポーツ系の競技で戦うことだ。あとは将棋やチェスなどのゲーム系、その次は暗算などの学習系だった。これらの共通点は、勝敗は決しても死者が出ないことである。児童・生徒たちは「だれかの命を奪う」という行為を選択肢に入れない。これは本当に素晴らしいことだと思う。そしてもう一点!こられの意見の素晴らしいポイントがある。それは責任者を明確にする・・・ということだ。
2026.08.13
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こういう場合、実は「そんなアホなこと実現すんの無理やわ~~」と思える方策の方が功を奏することが多い。なぜなら「無理」と思っているのではなく思わされている可能性が高いからだ!案外我々のようなある程度年齢を重ねた人間よりも、人生経験の少ない子供の考えの方が的を得ている。実は私は先生という立場を利用して今までに何人もの児童・生徒にその考えを聞いてきた。そのいくつかを紹介したいと思う!
2026.08.12
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そう!民主主義の国であれば、権力者は民衆・国民が選挙で選ぶ。そこをまずは利用する方策を考えるのが理にかなっていると思う!では・・・・具体的にどうすればいいか・・・だ!皆さんはどう思うだろうか?
2026.08.11
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さてここでもう一度整理させてもらう!権力者が恐れることとして・・・1:自らの権力を失うこと!2:民衆・国民の反乱!を挙げさせてもらったのがだ・・・みなさん!このふたつって、ものすごく関連していると思わないだろうか?民主主義の世の中においては、民衆・国民がその政治のトップを決めているのだから、これらは当然リンクしているのだ。いや、リンクしていなければおかしいのだ。
2026.08.10
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このように、国家が自分に都合の悪い国家内の思想や言論に、あるいはある国家が他国家内の思想や言論に、介入することももう今となっては「あるある」なのだ。また逆の情報操作もある。国家が自国に、いや政権がその政治や政党または議員に不都合な情報を流さないことだってある。たとえば『財務省解体デモ』があった。ほとんどの新聞やニュース番組は取り上げない。なぜか?答えは簡単!財務省の機嫌を損ねるのが怖いからだ。だれが?政権がだ!そういったことに我々国民はもっと敏感になるべきなのだ。つまり!!国民が政治に無関心だっかり、世の中で起きている多くの事象を知ろうとしなかったり・・・これが戦争につながるのだ。話が飛躍している・・・と思う人は認識を改めた方がいい!その甘い認識が戦争という殺戮行為の引き金になるぞ。
2026.08.09
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ああいった妨害行為をしている連中はほとんどが雇われている。あるいはアルバイトだ。基地建設反対とか自衛隊出ていけとかの連中も同様!ほとんどが雇われかアルバイトだ。中には本気でやっている連中もいるらしいが、その資金の出どころは雇われやアルバイトと同じなのだ。つまりは・・・我々国民が本気で政治に目を向けて参加してしまうと困る連中がいるということだ。ちなみに・・・それらの資金を出しているのはどんな連中かというと、日本を潰したい人間・組織・国家だ。国家とえば想像がつくと思う。日本の存在が邪魔で邪魔で仕方ない国だ。その国がまずは内部から日本を破壊しておいて、攻めさすい状況になれば武力で攻めてくる。たとえば第二次世界大戦で無条件降伏した後の日本に軍事侵攻をしたあの国の政府だったり・・・第二次世界大戦の戦勝国でもないのに、戦後戦勝国のふりをして存在し続けているあの国の政府だったり・・・だ!!
2026.08.08
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最近の国政選挙は少し変化しつつある!たとえば支持母体を持たない政党がちらほらと現れている。支持母体があると、それらの団体に有利な政治をおこなうことになる。支持母体を明確にしている政党はまだましだが、中にはそれを明確にせずに選挙を切り抜けている政党もある・・・というかほとんどがぞうだ!だから選挙が終わっても公約なんてどこ吹く風・・・結局その支持母体に、あるいはその支持母体のトップの一部の人間に、お金がわんさか集まる政策をいつのまにか通してしまう。だからどうだ!この夏のボーナス!!大企業の平均額が100万円あったらしいではないか!!しかし中小企業や零細企業はどうだ?ボーナスなんか出ない会社だってあるではないか。しかし最近はそんな支持母体を持たない政党がいくつか登場してくれている。・・・そんな政党の議席が国会で増えたら困る人間がいれば・・・(実際いるのだが)妨害しようとする連中が出てくるわけだ。
2026.08.06
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最初の超監視社会を形成する手段は何も監視カメラの使用だけではない。国民や民衆の行動・思想・言論までもがその対象に入る。最近の日本はこの辺りが完全に狂ってきている。例えば選挙だ!立候補議員の街頭演説を妨害する行為が此処彼処(ここかしこ)で行われている。あの妨害・・・多くは個人が行っているとは思えないものが多い。持っているもの、使っているもの、人数、発する台詞・言葉・・・どう冷静に考えても個人レベルのものではないのだ。個人レベルではないなら、何レベルかという問題になる!個人レベルでないなら、組織レベルということになる。その組織が、いやその組織の大元が・・・国家だったらどうだろう?
2026.08.05
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そしてもうひとつ知っておきたいことがある。過去も現在も古今東西全ての権力者が恐れているものがあることだ!それは大きく分けて2つある。ひとつは自分がその権力を失うこと!もうひとつは民衆の反乱だ!ある国では、それを阻止するために超監視社会を形成している。それを企てる者やその恐れがある者をやれ「国家反逆罪」だとか「国体(国家体制))に対する反抗」だとかいって取りしまる。またある国では、それを阻止するために国民が幼少のころから教育として反乱を起こさないように間接的に教え込む!これらを我々民衆は敏感に見抜かなければ、戦争を無くすことはできない。逆に見抜くことができれば、戦争を根絶する1歩を踏み出すことが可能だ!!
2026.08.04
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「二度と戦争は起こしません!」よく聞く言葉だ。戦争に関する追悼式典なんかでよく聞く言葉であり、全く持ってその通りであると思う。本年も8月3日になり、またこの言葉を耳にする機会が多く訪れる時期に差し掛かる。しかしよくよく考えてみれば、この言葉は誰が言うべきなのだろうか・・・毎年疑問が生じて、ついには怒りさえ覚えてしまう。この言葉を言うのは民間人だ。いやいや!!政治家こそ口にするべき言葉だろう。この言葉をちゃんと民衆の前で述べない政治家はもうその時点で辞めさせるべきなのだ。広島の平和記念公園の石碑には『二度と過ちは繰り返しませんから』と刻まれているが・・・その過ちを犯したのはだれだ!!っていうことをしっかり考えるべきでもあるのだ。
2026.08.03
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『恨み』が戦争の引き金になることも多い。もちろん気持ちはわかないでもない。しかしこの『恨み』の連鎖をどこかで誰かが断ち切らないと、戦争は無くせない。「死んだ人のために戦うな!」このような台詞は様々な作品で使われている。恨みを晴らすために人を殺す。だれかの仇をとるために人を殺す。これも人の命を奪うことになる!!だからもう過去の恨みは忘れて、生きている人間だけで平和に生きていこう!!という世界をつくるべきなのだ。多くの人々がそれを望んでいるはずなのに、世界はそうならない。いや、なってこなかった。それを変えていこうと、どれほどの人が真剣に思い行動することができるのか!!ここにすべてがかかっている。
2026.08.02
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そしてその次に考えねばならないことは、人の命を奪った者にどう対処するのかである。もうそこは問答無用で命を奪うくらいしなければならないと私は常々思う。人の命を奪った者に人権なんて言っているようでは戦争なんかなくせない!同様に人を死に追いやる原因をつくった者にも人権なんて必要ない。たとえばいじめが原因で自死してしまう人がいれば、その原因をつくった者の命を奪う。あるいはそれが原因で自殺を考えるまで追い詰められた人がいれば、その原因をつくった者が一生引きずらなければならないようなペナルティを与える。それくらいしないと、今この世界に蔓延している「殺した者勝ち」的な風潮は一掃できない。人の命を奪うことは絶対悪!!この考えを幼少期の段階からしっかり教育していくくらいのことを全世界で同時にはじめないと、この戦争が蔓延る世の中を変えていくことは無理だ。そしてもうひとつ・・・『恨み』をどう処理するかも大きな問題だ。
2026.08.01
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