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人間は、お金の無い時は、ふさぎ込みがちじゃない? うちの元夫君も、60歳の定年定職から梃子でも働かない日々を過ごしてきて、 退職金は一部のまとまった部分は渡しておいたけど、 あとは、2か月に一度振り込まれる年金が頼りの生活をしている。 かれは、まともに定職に就いたのが30になってからで、 2浪・1流で、最初の就職時点から普通の大卒者より3年遅い。 その上最初の仕事は4・5・6・7月だけ勤めて放り出して辞めて、 東京へ出奔している。 東京では、うまく公立図書館の司書をして、周囲と軋轢を起こしながら勤めた。 この間の分も年金に反映される。 そして、作家としては芽が出ないと断念して尾羽打ち枯らして実家に戻り、 そこからは、31歳から60歳まで結構仕事の割に給料をもらってきた。 最初も、最後も、一般の人より優遇される職場にいたせいもあり、 基本給が高かったので、退職金も年金も、勤続年数の割に積み増しがあった。 最後あと2年と言う時になって、半年ほどメンタルを病んで休職したが、 給料がもらえない時期が来た時に、考え方を改め、復職を果たすことができた。 心を石にして・・・だって。 普段からだって、石ころみたいな、役に立たない働き方だったし、 そんな楽な職場を選んで転勤したくせに。。。 で、退職金は、2600ほどあった。ほんの数年前までなら3000は行っていたくらい、 急速に退職金環境は悪化しているのだが、それでも2600は大きかった。 600は、彼が持って、2000は私が管理している。 で、彼の年代の人は、退職直後から年金が出るが、先月までは、14万足らずの月額だった。 この中から、生命保険料や、国保や介護保険やと払って、医療費がかさんで、犬の必要経費を出して、 そして自分の食べたいものを買ってきて食べていしていた。 基本料金や税金は、預かっている2000の中から、毎年100を基準に私が払い、残額は保険金に。 それで、結構インターネットなどの通信費や、NHKやら、上下水道、光熱費、米・茶・・・と出て行き、 私が補てんしつつ、年額55万円くらいを保険に残して行っている。 14万足らずから、今月一気に20万足らずと言える金額にアップした。 するなと言っても無駄使いするだろう。 考えたらむかむかするが、競馬資金を増やさずに、私と離ればなれになった時の為に備えてほしい。 年額2359200の壮大な無駄・・・ 彼は、こういった。これから元が取れる。。。 彼の「元」ってなんなん??? 彼と職場で同僚だった人が聞いたら、微苦笑くらいでは済まないだろう。 失笑や、苦笑、爆笑、あるいは、大顰蹙。。。。 本当に、彼と一度も同じ職場でなかったことは、唯一幸運なことだ。 元夫婦だったことも、恥ずかしいから内緒にしておきたいんだけど、 もしも彼が入院したら、誰が保証人になるんだろう??? 夫婦ではないけど、「内縁の妻」と一見見える私か??? 心の底からお断りだ。 それを心配する段階に入ってきた。。。
2015年08月29日
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A4で4000字ってことは、原稿用紙10枚程度で、最優秀賞金30万円。しかも、6人も。 その中には、新規就農部門も含まれている。 高校生部門は、別建てで、こちらは10人。賞金は10万円ずつ。 ふむふむ、希望する優秀賞受賞者は、東京農業大学への特別推薦入試を・・・ 原稿用紙10枚は、経験があれば、すぐだな。 むしろ、10枚に縮めることに苦労するだろう。 100枚の間違いじゃありませんから。 10枚ですから。 ジジの入院費用の一部にいかがですか? 「農や食、農にかかわる環境への思い、体験、提言をつづってください。」だって。小僧さんいかが。 ちなみに、地元兵庫県の農業高校では、 二年連続優秀賞を獲得していて、しかも一昨年は、10本中2本。 県単位の優良賞も1本。。。 昨年の高校生部門の中央審査委員長賞の受賞者は、なんと、岡山県の高校1年生だったようですよ。 中身で勝負できるかもよ。。。お便りの濃さにそう感じました。
2015年08月20日
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実家には、今は母しかいないけど、父の使っていた冷蔵庫が廊下に鎮座していて、 今も生きて使われている。もらいものの冷凍食品とか・・・ ノンアルコールビールを期待して開けたが、中にあったのはフルーツジュースとか水とか そして、冷茶が作ってあった。 母は、どんな時も冷茶は飲まないから、これは帰省する私の為に、 わざわざ作って、入れてくれてくれているのだとわかる。 今夜の晩御飯のメイン料理は、母の作った肉じゃがだった。 母は、私を喜ばせるべく、そして自分も満足すべく、肉じゃがを作る。 もっとも、母の作る肉じゃがは、玉ねぎも入っていないし、しらたきも入っていない。 たくさん目の牛肉と、ごろごろしたジャガイモと、ちょっとのニンジンと、 おそらくは冷凍のグリーンピース。 玉ねぎが入らない分、甘味が調味料の甘味で、ちょっと物足りないし、 大量に投入されているだろう砂糖にも、不安がある(羅漢果糖を使ってくれているといいけど) 胃癌で胃の下部を切除した母は、消化の悪いものは食べられない。 一度にたくさん食べることも出来ない。 大量のジャガイモを、ほんの1切れだけ、母が食べ、 ちょっとしかないニンジンのほとんどを私が食べ、 食事に求めるものが正反対の2人の晩御飯が、短時間で終わる。 父が居たころ、父は、食事に時間がかかった。 まず、52歳で、胃がなくなり、70代で歯が1本も無くなり、 70代の後半からは、まともに椅子に座れないほど、腰が悪くなっていた。 7月・6月・4月・3月、私は何度か父の葬儀の後も実家に帰省したが、 母が入院先から退院したのは、4月だったか。 当初は妹の家に退院後暮らして、しばらく朝来て夕方妹の家に戻る暮らしだった。 前に、私が、帰省した日に、そのまま自宅で過ごし、それきり、妹の家に帰るのをやめた。 やはり、妹の家は、母の住むところではなく、妹の主人がどんなに良い人でも、 母には、気兼ねがあったと思う。 普通に猛烈サラリーマンで、母が眠ってから帰宅して、食事や入浴をする状態だったから。 今、母は、基本的には生協で取り寄せた食材を使い、 細い食欲を軽く満たす質素な食事を自分で作っている。 体重は、28キロより増えたかどうか・・・ 今日は、私が職場に行ったり家で灌水したりしてた間、母はデイケアを利用していた。 入浴のサービスが受けられて、昼食と間食があるようだ。 母には量が多すぎると、母は言う。 しかし、入浴のサービスは、浴室を洗うことが難しくなっている母にはありがたいことなのだろう。 実際、私の自宅でも、ちょっと油断すると、風呂場はカビの温床となる。 元夫君は、朝の犬の散歩と、夕方の犬の散歩の後、つまり一日2回欠かさずシャワーを使い、 入浴はしない。 浴槽は私しか使わないけど、シャワーの排水で浴槽を汚すのは、もっぱら、彼だ。 私は使う都度洗って、洗面器とかも磨いておくのだが、 元夫君は、シャワー椅子が黒カビに汚れても、浴室のタイルの目地に黒カビが生えても、 一向に気にしない。見えてないんじゃないか・・・ おそらく、結婚以来一度も、彼は、浴室を掃除したことはないと思う。 自宅の建築からもうすぐ30年になるが、この間、外壁の再塗装以外で、唯一交換したのが、風呂釜。 うちのガス風呂も、コントローラーが家電だから、停電すると使えない。 バカな世の中だ。コントローラーの故障で交換した。 65年間、いつも誰かが管理してくれたか、管理してくれる人が居ないときは放置したか。。。 長く実家に帰った後など、自宅の風呂場は壮絶なことになっている。。。 だから、高齢者にとって、浴室の管理は大変だろうと思うし、脳血管障害や貧血、転倒も、浴室多い。 昔、知り合いの母親が、風呂場で浴槽を洗っていて、脳血管障害で、倒れて発見されるのが遅れて、 意識戻らないまま、しばらくの入院の後で亡くなったこともあった。 母の為には、自宅で、ゆっくり入浴させてあげたい。 私が来てるときは、少なくともあとのことは考えなくてもいいのだし。 デイケアの帰りに、母は、美容院へ行って、髪を染め直してもらっていた。 前回は、目を丸くするような色になっていたが、今回は落ち着いた感じだった。 私が、自宅を出たのが2時。妹が新幹線の駅まで来てくれたのが、5時過ぎ、 母を迎えに行こうとしたら、美容院の人が出てきてくれて、もう先に帰ったと。 妹は、母が勝手に行動したことを怒っている。 家までたかが10分の距離でも、1人で雨のなか、帰るのはやめてほしかったようだ。 確かに。予定もあることだし。。。そこで、ちょうど母からのメールが私の携帯に入った。 「今どこ?」 妹の怒りは、なかなかおさまらない。 一番最近の入院の時も、母が思いがけず1人でタクシーに乗ろうとして風で飛ばされて骨折した。 だから、妹は、不慮の事故が嫌なんだ。 私は、母が、自分で歩いて帰ろうと思う気力を評価するけどな。 大変な思いをするのは、確かに近所に住んでる妹の方だから、お怒りはごもっともだけどね。 母は、元気だ。この調子だと100歳は軽く超えそうな気がする。 私は、まだまだ、母の手料理を食べられそうだ。 今日は、肉じゃがのほかに、するめいかの一夜干しを焼いてくれた。美味しかった。 でもって、一番おいしかったのは、きゅうりの塩もみだったかもしれない・・・ これからしばらくは、肉じゃがのジャガイモと格闘だ。 ジャガイモはGI値が高いから、私は、本当は避けたいんだけどね。 帰省の前の短い時間で、小僧さんの為に写真を送った。 中に、私がオリラジのあっちゃんと一緒に写ってる不鮮明なプリントも入れた。 小僧さんのジジが、見つかりますように!
2015年08月12日
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見通しの効かない仕事になってからもう6年目になる。 以前なら、契約もないけど、普通に1クールが3年だった。 前の職場でも、3年を4クール、して、今のところへ転勤してきた。 出る気はなかったが、12年は長すぎると言われたので、今のところになら出ると言って、 管理職を喜ばせて、出てきた。 前の職場は、人気の場所だったから、今の職場のような不人気の支店は、行きたい人が居ない。 急に決まった人事だったから、希望を知らない人からすごく気の毒がられて困った。 そう、今の職場、全国的に見ても、なかなか無い展開の職場だし、 出張も範囲が広いし、クライアントも、兵庫県全域をカバーしなきゃいけない。 客筋が悪いという評判も18年前はすごかった。 今は、そんなことはないけどね。 私は、居心地の良い職場環境を作る努力をずっと続けてきた。 だから、以前の同僚とかが、転勤で戻ってきたりすると、驚かれる。 前は、すごくしんどい職場だったのにって・・・ずっと昔のことを言われる。 陽水の歌に、「十年は一昔・・・」っていうフレーズがあるけど、 そう、10年も経てば、職場は居心地の良い場所に変えることができる。 まともな女子更衣室も無かったのに、今は広い休養室まである。 冷暖房を完備していないところが、もう一つだけどね。。。 トイレも満足になかったのが、ちゃんと女子トイレが増え、しかも掃除も行き届くようになってきた。 私は、今は、朝昼夕と、6個室のトイレ掃除をしている。 このトイレは、元々は無かったトイレだと思うと、大事に使わなくちゃと思える。 衛生的で快適なトイレ空間は、居心地の良い職場の基本だと思っている。 職場が広大過ぎて、18年間で一度も見たこともないトイレもある。 あんまり小さなトイレが何十か所もあるのも、どうかと思うが、都度都度作ってきたのだろう。 一般の現業職員も自分の部門以外のトイレを知らないだろうと思う。 ま、そんな風に、トイレまで、自分の居心地の良い空間にする努力を重ねているのだけど、 最短であと半年、最長でもあと3年半で、私は、この最愛の職場とお別れだ。 定年退職ってやつだ。 頑張ればあと8年半まで伸ばせるけど、そうなると、母親が91歳になってしまう。 父も首を長くして待っていたが、母だって、私が帰って一緒に暮らす日を待っているだろう。 母は、この7月に82歳となった。大腿骨骨折、胃ガン摘出、大腿骨骨折と、忙しい5年間だった。 75歳を過ぎてから、父もだったが、母も多難なことだ。 母のことを思うと、3年半後の60歳の誕生日で、仕事は退職しなきゃなぁと、 その前に、今の職場を転勤しろって言われたら、その時点で辞めようかなぁともずっと思っている。 それは、早ければ、半年後のことだろう。 3年が1クールだったころ、次のクール、次のクールと考えて仕事をしていた。 資料を残したり、処分したりも、次の3年間を考えてしていた。 4クール目が終わった時、それが変わった。管理職と合わないのだ。 そもそも長く居過ぎだが、12年間で、すごく大きく変える努力をしたし、 最初の1クール目から、全開で、結果を出して数字を上げてきていた。 それが、4クール目の終わったあと、5クール目に入れなかった。 先を見通した仕事がしにくくなってきたのだ。 資料を捨てたものか、残しておくべきかも判断しにくくなったし、 ギリギリまで新年度の仕事がわからないから、前年度のペーパーを処分する暇がない。 そのころからの紙の資料を8月に入ってから、ずっと捨てている。 目を通して、それから捨てる。 スタッフ3年・チーフ3年・サブチーフ3年・サブチーフ3年 サブチーフ1年・部長1年・スタッフ(実質サブチーフ)2年・チーフ(緊急事態で)1年 この間の、サブチーフ1年だけやった時の分からのを今捨てている で、今、私は、チーフなんだけど、果たして1クール3年居れるのかどうか、わからない。 前と違うのは、管理職とはちゃんと話が通じるところだ。 来春居れたら、そのまま1クールは居れそうな気がする。 わからない。 でも、とにかく、本社からのエリートだった人も含めて、スタッフには恵まれているので、 できれば、1クール終えたいと願っている。 その間、今もだけど、他部署に手伝いにも入るわけだし、その手法も若い人に教えていきたいし。 しなきゃいけないことは、けっこうある。 まぁ、絶対に確実なことは、遠くない将来、退職することで、そのためには、捨てなきゃいけない。 捨てる・上げる・もらってもらう・欲しがる人を探す・・・ そのための分類をしなきゃいけないのだ。 捨てるにも3種類ある。 1、シュレッダー行きの個人情報付文書 2、再利用可能な裏の白い用紙の分別 A3 A4 B4 B5 その他の小さな用紙。 3、古紙回収に回す紙 まして、仕事でのまとめのレポートや、集めた資料、書籍となれば、膨大。 もし、来春転勤と言われたら、誰にも渡せずに、1か3の捨てるになってしまうだろう。 その量を少しでも減らすべく、エアコンも無い部屋で、休日返上で整理している。 本も、何とかしないといけない・・・ yumiさんみたいに、きれいさっぱりとなるには、まだまだ時間が必要だ。。。 自分の書いたメモやレポートを読みふけっていると、あっという間に日が暮れてしまう。夏の週末。 昔日の紙片棄てんと来しかども夏の日暮れて読み耽りをり 文字は、然、わが文字にこそあるらめど、記憶は遠く失せ果てにけり 毎年奮闘している他部署の手伝いが、特にメモもレポートも多くて、読み応えがある。 その上、昨春他界した同僚の文字も同じレポートにおどっていて、一層捨てがたい。 ああ、我々は本当に良いコンビで、互いに良いところを引き出しあって仕事をしていたのだと、 彼の笑顔を懐かしく思い出すのだ。 あの日もその前夜の通夜でも、私は柩の彼にさようならを言わなかった。 眠る彼の顔ではなく、議論する顔、笑う顔、同じ目標に取り組んでいる時の顔だけを、 私の脳裏に永遠に焼き付けるために。 そんなことや、こんなことを考えていると、もう、8月の初旬は終わろうとしている。。。 なんと、明日は、家のろくでなし、元夫君の65歳の誕生日じゃないか。 あんな奴がこれから毎月満額の年金を受け取るのかと思うと、 本当に、早く、自立して出て行ってほしい。 ペット可の老人ホームってあるだろう???
2015年08月09日
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8月1日は以前からの予定で、飲み会が入っていた。 仕事の日でもないのに、土曜日の夕方に飲み会なのは、 この日が、良いと決めた若い子たちの都合だろう。 3月末で解散した、急ごしらえの1年間の私のチームは、 50代が私だけ、40代が12歳年下の女性だけ、下は23歳27歳とかまで居て、 後の5人は、アラウンド30歳だった。 今にして思えば、9人中、8人の正規雇用で、そのうち6人までが女性、 そして、チームに入っての仕事が初めての初心者が、5人だったから、 決めた管理職もいい加減な仕事をしたものだ。 この4月からの私のチームは、50代が私だけなのは変わらないが、 40代そこそこのおじさんが二人いるし、どっちも結構経歴ある。 一人は本社から来てるし、もう一人は異業種や別会社も経験している。 前のチームから引き続いて入ってくれてる二人は、もう中堅。 30越えで、一人は院卒で、土曜日の飲み会でも私の左右は彼らだった。 まだ新人から2年目の尻尾のついてる20代前半の若い女性も二人居るが、どちらも正規雇用で、 このチームには、非正規雇用は入っていない。 非正規雇用の人が入ると、各自の就職試験に配慮が必要だが、それが要らないので、助かる。 支店内のすべてのチームの中で、全員が正規雇用なのは私のチームだけかも。 生え抜きの30代も男性で2人いる。 私を入れて女性は9人中4人で、まあまあな人数比だと思うべき。 女性が圧倒的に多い飲み会で、 安酒飲みながら、そうか、やたら経験が乏しくて、女性の多い職場だったなぁと、 駆け抜けた1年間を振り返った。 30越えて、結婚も子育ても、同僚の子育てさえ、ネガティブにとらえるような女性たちの、 子育てしながら必死で働いている同僚への苦情や悪口に辟易して、 私は、少子化の原因をちょっと考えたりした。 子育て中の同僚への配慮を、うんざりしているようではなぁ・・・ 誰が、年金を払ってくれるのかを、全く制度的に理解していない30代に、未来は無いなぁ。 まさか、自分が積み立ててるとでも思っているんだろうか? 顔を突き合わせての飲み会で、露骨にそんな話を聞くのも嫌だから、 両横と、適当に今のチームでの仕事の話をしていた。 会計の段になって、飲み放題付で3500円という金額に驚いた。 そりゃ、究極の安酒になるわなあって、思った。 スパークリングワインと名乗ってはいけないような、スパークリングワインだった。 料理はまあまあだったから、飲み放題の酒の質を落とすしかないだろうな。 7月の最後の日、25年来のなじみと、さしで飲んでいた。 誘ってくださいねってメールをもらったのはもう4月か5月だったろうが、 50メートルプールを息を止めて泳ぎ切るような4月から5・6・7月だったので、 全然連絡できないで居たら、30日にメールが来て、 またまた誘ってねって言うことだったので、 夜なら、明日、31日空いてるよってメールしたら、 不良主婦なのか??? はるばる1時間以上かけてやってくるという。 子供は、旦那さんが見ててくれるとかで ま、結婚式にも出てて、旦那さんとも顔合わせはしてたな・・・ で、店は、30日に急遽彼女の提案にワインでって答えたら、ヒットした店に決まった。 ここも一応イタリアンだった。 私は、普段なら、泡だけで済ますんだけど、泡のあと、白も飲んでみた。 それにしても、40代主婦の、飲むこと飲むこと・・・ 毎晩自宅で、飲んでいるらしいが、6杯くらい飲んでた。。。 彼女が小食で、注文する料理に困るほどだった。 大して食べないで、あおるように飲むのだから、もっとゆっくり楽しもうよって思った。 この店の料理は、作り置きを冷凍してあったりするようで、 注文してから、切って出すだけのものを頼んでも、解凍する時間分待たされた。 泡は、アルゼンチンのだった。 白は、・・・輸入元がピーロート・ジャパンだったので、割高だと思った。 ワインバルというのだが、ま、雰囲気だけの、地元に見合った程度のお店だった。 神戸に行き慣れていると、逆に、店員のワインを空けてくれる手つきがたどたどしいのが新鮮だったりする。 大学生らしいお兄ちゃんが可愛かった。 40代主婦は、非正規の仕事をパートタイムから、フルタイムに切り替えたいと思っているようだった。 子育てが一段落しつつあり、フルタイムで責任のある仕事をしたいが、夫は嫌がると言うあたり。 そうだろうね。フルタイムになったら、身体壊すほど働くもんね。 若かったころの彼女の働き方を知っているので、それは心配。 自己実現という点では、責任ある仕事もしたいだろうが・・・ ここは、子どもの学費を将来にわたって私立理系の大学で、大学院まで行かせても大丈夫な経済的余裕をとか、 塾や、おけいこ事を思う存分やらせてあげるための費用をとか・・・ 主婦に家に居てもらうという既得権益を、夫がそう簡単に手放すものではない。 私だって、家事を分担してやってくれるもう一人の自分がいたら、・・・ ってことは、まあ、あり得ないんだけども。 二晩にわたって、夜に飲んでいた私は、普段は、家でも飲まないし、自分ではあんな店に行かない。 だから、世代の違う子供のような世代の人たちとの交流はすごく大事なんだな。。。 見分が広がり、思索が深まった ・・・「それなり」っていう言葉を、さまざまに、まざまざと、感じてました。
2015年08月04日
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