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この時期になると、いろいろな所で『今年の重大ニュース』というのが発表される(昔は確か『十大ニュース』とか言ってたのに、今はなぜかたいてい『重大ニュース』って言うんだよね)。で、私も自分なりに、『今年の重大ニュース』というのを考えてみた。個人的に何がトップに来るかというと、それは「首相交代」でも、「いじめ自殺」でも、「親王さま」でも、「イナバウワー」でもない。やっぱり今年8月に福岡で起こった「飲酒運転死亡事故」、これに敵うものは無い。この事故自体のインパクトもさることながら、その後の「飲食」・「酒販」の両方の業界に及ぼした影響は計り知れない。ひょっとしたら後に両方の業界の歴史を語る上で、ターニングポイントとして語り継がれる出来事となるかもしれない、それだけ重大な事故だった。周知の通り、この事故をキッカケにして、飲酒運転の取り締まり強化が一気に厳しくなり、結果的に繁華街に飲みに出て来る人の数は激減した。今までのように「捕まらなければ良い」という意識から、「飲酒運転はやっぱり罪悪なのだ」というように、人々の意識が変わって来つつあるようにも思えるし、それ以上に企業が社員の飲酒運転に対して、厳しい姿勢で臨むような方向に変わりつつあることも大きいだろう。飲酒運転が減ること自体は結構なことなのだが、その一方で飲食業界と酒販業界は大打撃を受けた。事実、ウチの得意先の中でも、年内いっぱいで店を畳むという飲み屋が何軒かある。どれも今回の取り締まり強化が直接の原因だと言ってよいような状況だ。それらの店の売り上げが来年はスコーンと抜けるわけだから、これはかなり大きい。もちろん生き残っている店だって、酒の消費量はおしなべて目減りしている。ただこういうことを書いていると、「何だ、オマエは飲酒運転取締りに異議を唱えるのか!?」と、お叱りを受けるかもしれない。もちろんそんなことは無い、飲酒運転は絶対にやってはいけない。ただ今年の最後を締めるブログでこういうことを書いていることが、情けなくもあり、切なくもあるだけなのだ。来年の大晦日のブログでは、もうちょっと明るい話題で締めたいものだ。というわけで皆様、どうぞよいお年を。
2006年12月31日
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今年も相変わらず政治家や公務員、あるいは大企業の不祥事というのが、連日新聞の紙面を賑わせた。どれをとってみても我々一般人の感覚からすれば、「全く理解できない」ことばかりだったりする。テレビを見れば、出演している人達は一斉に批判的なコメントを発しているし、我々レベルでも世間話の中で彼らをこき下ろしたりしている。しかし時々ふっと考えることがある。これらの不祥事を起こした人々と私との間に、人間性においてどれほどの違いがあるのだろう?言い換えれば、もし自分がその不祥事の当事者の立場だった場合、正しい行動が取れるのだろうか?正直言って、自信が無い。私も所詮、弱い人間だからだ。おそらくは不祥事を起こしている人達も、根本的に人間性としては、問題無い人がほとんどだと思う。問題なのは彼らが所属する「社会」だろう。政治の世界でよく言われることに、「永田町の常識は、世間の非常識」ということがある。そしてそれをもじって言えば、「(あらゆる)業界の常識は、世間の非常識」、こういうことも言える。事実、私もそれは実感しているのだ。そしてそれが著しく露見したときに、不祥事は明るみになる、そういうことではないだろうか。つまり不祥事を起こした人達は、ある意味業界内の常識の中にどっぷり浸かっていたがために、感覚が麻痺してしまっていた、それだけのことかもしれない。人間なんて、所詮そんなものなのかも知れない。偉そうなことを言っていたって、結局は「赤信号、みんなで渡れば怖くない」的な感覚があるのだろう。もちろんそのままで良い訳は無いし、私も彼らを擁護するつもりでもない。自分も含め、一人一人が襟を正していかなければならないことは当然ではあるが、一概に個人個人を責めるのは、ちょっと気の毒な気もした。
2006年12月30日
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昨日から予報では伝えられてはいたが、朝起きたら一面の銀世界。まさかこんなに積もるとは.......。久し振りにチェーンを引っ張り出して走ったが、道も混んでいて、配達も思うように進まない。何もこんなクソ忙しいときに降らなくてもいいのに.......。それでも雪は午前中で止み、昼からは時々陽も差すほどまでに回復。どうやらダメージは今日一日だけで済みそうだ。考えてみれば、今までが暖かすぎたんだよなー。
2006年12月29日
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例えば日本酒なら、高級料亭に行けば、大吟醸クラスの酒が普通の顔をして出てくるし、飲み放題をウリにしているような安い居酒屋などでは、何処の何て酒か分からないようなものが出てきたりする。例えばブランデーなら、銀座あたりのクラブなんかでは、高価なコニャックなんかのボトルが飛び交い、場末のスナックあたりでは、国産ブランデーのVSOPクラスが定番だったりする。例えばワインなら、レストランの格に応じて扱いワインのグレードは大きく開いており、場合によっては価格にして2ケタくらい違うこともある。こんなことを書いて何が言いたいのかというと、要は飲食店の格が大きく違うと、そこで扱う酒類の格も値段も、大きく変わるのが一般的だということだ。これは至極当たり前のことだろう。しかしこうした一般的な常識にも、例外がある。「ビール」がそうだ。例えばアサヒなら、高級料亭や高級クラブでも、あるいは安い居酒屋や場末のスナックでも、出てくるものは同じ「スーパードライ」だったりする。キリンなら、どこへ行ってもたいてい「ラガー」か「一番搾り」だ。まあ中には、『エビスビール』に代表される「プレミアムビール」という物もあるにはあるが、全体の中に占める比率は微々たるものだし、単価だってせいぜい50円か100円ぐらいしか違いが無い。それにだいたい高級な店がすべて、そういった「プレミアムビール」を使っているかというと、必ずしもそんなことは無い。つまり金持ちも貧乏人も、殊「ビール」に関しては飲むものがみな同じということになるから、考えてみれば面白いものだ。「ビール」の前ではみな平等とも言えるだろう(支払う単価はかなり違うだろうが)。しかしここへ来て、そういう図式にも少々変化が起きて来つつある。何年か前から居酒屋に進出してきている、『発泡酒の樽生』の存在がそれだ。これが今後どのような展開になっていくかは、今のところ何とも言えないが、少なくとも「貧乏人は発泡酒を飲め!」とばかりに、庶民的な呑み屋がこぞってこれに切り替わっていくようなことにはならないで欲しいと思っている。
2006年12月27日
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昨日のクリスマスイヴは、日曜日に当っていたせいもあってか、売り上げは今ひとつ(いや、“今ふたつ・みっつ”ぐらいか?)。どうもクリスマスの雰囲気には程遠い。もとより私は仕事柄、プライベートでもクリスマスを楽しむということが、なかなか出来ない。ウチでは子供の頃からそうだった。酒屋にとって12月というのはある意味、マラソンのようなものだと思う。1日から31日まで、ひたすら走る。そしてマラソンにおいては、35キロ地点のあたりが疲労感のピークになるという話を聞くが、12月ひとつきになぞらえると、このクリスマスあたりがその地点だろうか。何せ私もクリスマスが来ると、「ああ、来週の今日は正月かー」という感覚が先に立ってしまう、悲しい習性なのだ。
2006年12月25日
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今秋プライベート用のクルマを買い替えた際、タイヤのサイズが変わったので、以前購入していたタイヤチェーンが使えなくなった。それは購入してからただの1回も使用していない物なのだが、こればかりは致し方ない。もっとも私の場合、普段このクルマで積極的に雪道を走らせるようなことはまずないので、チェーンが無いなら無いで、雪が降ったらクルマに乗らなければ済むことだ。しかしたまたま遠出したときなどに、予期せず雪に見舞われることも無いとは言えず、保険のつもりで用意しておくに越したことは無い。そこで今日、大手カー用品店にチェーンを買いに行った。しかしながら結果的に、ここでは売ってもらえなかった。意地悪をされたわけではない、ちょっとした事情なのだ。というのもここではチェーンを売る前に、タイヤサイズと共に「クリアランス」といって、タイヤと車体の間の空間が十分かどうかのチェックをするのだが、そのチェックでわが愛車は見事引っかかってしまったのだ。この空間が狭いと、チェーンが緩んだときなどに車体に当ったりして危ないから、店側としては責任持って売ることが出来ない、ということなのだ。まあその無責任ではない販売態度には好感は持てた。しかしだからと言ってスタッドレスを使うような乗り方をするわけでもないから、そんな出費は出来ない。こんな所でつまづくとは、クルマ選びの時には全く思わなかった。一応ディーラーに問い合わせてみた所、メーカー純正のタイヤチェーンはあるのだが、販売店に在庫が無く、年内の取り寄せは不可能とのこと。しかもカー用品店の価格よりも相当高い。これでは正月休みに、妻の実家に行くのには間に合わない。仕方が無い。帰りは中央道を走る予定だったが、東名高速で帰るか。
2006年12月24日
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自分が知らなかったというだけで、実は世間では大きく変わっていた、そういうことは結構あったりする(ちょっと大げさな言い方だが)。昨日の夜、電話番号を調べる用事があって、104番の番号案内にダイヤルした。たまたま数件分まとめて調べようとしていたのだが、その際、1回分の料金ですべてOKなのか、あるいは件数分だけ料金が掛かるのか、そのことをまず電話口に出た係員に尋ねた。結論から言えば、最初は1回60円なのだが、それから1ヶ月の間に複数回問い合わせると、2回目以降は90円に跳ね上がる。その上、夜の11時から翌朝8時までの間は、深夜料金ということで1回150円になるのだという(価格はすべて税別)。みなさん、ご存知だっただろうか?この説明を聞いて、私はとにかくおったまげた。さすがに104番はまだ無料だとは思っていたわけではないが、せいぜい1回30円だと頑なに信じていたからである。そして今までそのつもりで、何度か104番にダイヤルしていたが、実際にはこれが結構な出費になっていたわけだ。まあ確かに人件費もバカにならないだろうから、さすがに昔みたいに「無料」という訳にはいかないだろうが、しかしこの値上がり様は何なんだろう。電話代自体はさまざまなプランがあって、どんどん安くなっていってはいるようだが、そのシワ寄せがこんな所に来ているということか。だいたい104番が「無料」から「有料(30円)」になるというときに、あれだけ非難轟々だったのに、その割にはここまでとんでもなく値上がりするに当っては、全く何の話題にもなってなかったというのは、どういうことだろう?いやひょっとしたら、ただ単に私が知らなかったというだけのことかもしれないが......。
2006年12月23日
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12月に入ってから、全く休み無しの日が続いている。日曜日にはさすがに配達は休んでいるが、店は朝から開けている(夜中まで)。毎年のことといえばそれまでだが、自分でも「まあ、よく持つなあ」と感心している。それもこれも、その先に楽しみがあるからだと思う。そういえば昔、何かの歌に、「Everybody's working for the weekend」という一節があったな。つまり、週末の楽しみがあるから仕事も頑張れる、ってことだ。私とて、先の楽しみでもなければ、この12月は気力が続かないかもしれない。で、私の楽しみは何かというと、「正月に妻の実家に行くこと」なのだ。「なーんだ、そんなことなの?」と拍子抜けされそうだが、普段なかなか休みが取れずに遠出のできない私にとって、数少ない遠出の機会なのだ。私と同じくらいの結婚歴の人に聞くと、妻の実家などかえって鬱陶しくって、皆が行っても自分だけは行く気がしない、という人も少なからずいるが、私は喜んで行く。もともと私は出たがりの人間で、それも遠ければ遠いほどいい。仕事であれ、遊びであれ、冠婚葬祭であれ、遠くへ行けるならそれでいい。そういう性分だから、妻の実家の里帰りというだけでも、素直にうれしいのだ。それに子供たちにも、旅行に連れて行ってやる機会をあまり持てないでいるから、この里帰りは一大イベントなのだ(幸い子供たちも喜んでくれてるし)。それに今回は、クルマを買い替えて初めてのロングドライブということもあって、今からワクワクしているのだ。我ながら、単純にできていると思う。
2006年12月18日
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本やCDを購入するとき、アマゾンなどのネットショップを利用される方は、かなり増えてきているようだ。私も利用したことはあるが、それほど頻繁には利用しない。近所に品揃えの素晴らしく良い店があるからというわけでもないのだが、通販で購入するよりは、実店舗で取り寄せてもらう方が圧倒的に多い。取り寄せが利かない場合のみ、通販で購入するのだ。ただ取り寄せというのはたいてい、通販で購入するよりも日数が掛かる。それでもあえて実店舗での取り寄せにこだわるのにはワケがある。それは本やCDを買って帰る帰り道の、あのワクワク感がたまらなく好きだからだ。子供の頃はおそらく誰しも、そういった気持ちは持っていたとは思うが、私は単にそのまま大人になったというだけのことかもしれない。通販ではこのワクワク感はちょっと味わえない。
2006年12月17日
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日本のプロ野球界では、プロ野球選手会の要望を受けて数年前から、契約更改時の代理人同席が認められるようになっている。代理人といってもまだ今のところは、弁護士とか計理士などの資格を持った人に限られているようだが、それでも永年の懸案だっただけに、球界としては画期的な出来事だった。それほどまでに契約更改という席はそれまで、選手にとって不利な状況であったということなのかもしれない。ただ選手の不利な立場を向上させるには有効なこの代理人制度も、必要以上にドライになってきてしまうと、それはそれで日本人の感性にそぐわない部分があるのではないか、という懸念もある。そもそもこの代理人制度は、アメリカのメジャーリーグのスタイルを真似たものだと理解しているが、あちらは日本とは比べ物にならないほどガチガチの契約社会で、なおかつ自分の考えを主張することには、皆何の遠慮も持たない社会だ。そういう土壌で培われた制度をそのままこの国に持ってきて、彼の国の選手と同じようにゴネたりするのが、選手自信にとって果たしてプラスになるのだろうか、と感じるときがある。まあ、彼らもプロの選手として、この仕事で食っていかなきゃいけないわけだから、カネの話には目の色が変わるのも、それはそれで当然のことかもしれない。また最近では、さまざまな分野でグローバリゼーションが進み、野球界においても選手の行き来が活発になってきているなかで、選手の契約ということに関しても、日本と外国であまり温度差があるのも問題かもしれない。しかしだからといって日本球界に、松坂投手の代理人であるスコット・ボラス氏のような代理人たちが闊歩するような状況を想像すると、ちょっとゾッとしてしまう。今回の松坂投手の契約も、交渉期限ギリギリで何とかまとまったようだが、報道によると、「契約解除止む無し」と主張するボラス氏に対し、松坂投手が説得を試みた結果、ボラス氏が折れたということのようだ。松坂本人はおそらく、元々金額には大してこだわってなかったと思う。ただ全権を委任されたであろうボラス氏にとっては、少しでも好い条件を球団から引き出すことが至上命題となっていたわけだ。それは、その内の何パーセントかに当る彼への報酬のためでもあり、また『タフ・ネゴシエイター』との異名を取る彼自身の面目のためだ。どちらにしてもそれは彼の「ビジネス」であり、それ以外の要素は入り込む余地は無いだろう。しかし考えてもみて欲しい。プロスポーツ選手がプレイするのは、それを生業としている自分自身の生活のためであるのと同時に、それを見るためにお金を支払うファンのためでもある。つまり「ファンの視点」というものは、どんな状況においても決して無視できないものなのだ。しかしながら、辣腕の代理人を立てて契約交渉に臨み、ゴネてゴネまくって少しでも年俸アップをもくろむ選手の姿に、ファンの共感は得られまい。アメリカならともかく、ここ日本ではなおさらのことだ。「カネの亡者」というのは、日本人の伝統的な意識の上では、かなりネガティブな言い回しだ。誤解の無い様に付け加えさせていただくと、私は代理人の存在を頭から否定するつもりではない。ただその存在感や手法に、日本人の感覚にそぐわない部分が有るのでは、と思うから、よほど慎重にやらないとファンにソッポを向かれかねないのではないか、ということを心配するのである。何といっても選手の年俸のかなりの部分を、ファンからの支出が占めているわけだからね。年俸が大幅にアップした選手に対して、「この選手ならこれくらい貰って当然」と思う反面、「オレ達がこの不景気の中で苦しい思いをしているのに、アイツらだけがいい思いしやがって」という意識も大いにあることを、忘れないでいただきたいと思う。
2006年12月16日
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私の自宅には、電子ピアノがある。まだ私が前の職場にいて関東に住んでいた頃に、秋葉原で買った某大手楽器メーカーのものだ。もうかれこれ15年になるが、その間何事もなく使っていた。ところが此処のところ、コイツの調子がおかしい。あるひとつの鍵盤の音が全く鳴らないのだ。今は私や妻はほとんど弾かなくなったが、末娘がピアノを習っている(真ん中のムスメも習っていたが、もう辞めている)ので、ちょっとこのままというわけにはいかない。調べてみると、幸いこの楽器メーカーの営業所が近くにあったので、そこへ電話してみると、修理には応じるが、修理部門は名古屋になるので、そこから再度連絡を入れさせるとの返事。そして今日、名古屋の修理部門から電話があった。症状を詳しく説明したところ、先方の係員曰く、これが始めてのケースなら、接触部分が汚れているだけのことだろう、きれいに掃除すればたぶんすぐ直ると思う、ということだった。それを聞いて、たいした故障ではなさそうだということにまずひと安心。買い替えなきゃいけないなんてことになると大変だからね。ただその後がイケナイ。修理費を見積もってもらったところナント、出張費が5,000円、分解・掃除・組み立てに掛かる技術料が13,000円、消費税も含めて合計で18,900円!掃除するだけだって聞いたから、てっきりその半分以下くらいかな、なんて思っていたら、その金額ははっきり言って想定外だ。コレが右や左の端っこの方のあまり使わない鍵盤なら、「まあ、しょうがないかー」とそのまま放っておくこともあろうが、今回の場合、出なくなった鍵盤がちょうど真ん中あたりの「ファ」の音なので、さすがにちょっと差し障りが有る。確かに買い替えることを思えば、18,900円で修理してもらえるのは安上がりには違いないが、それとて必ずしも100%直るというものでもないらしいのだ。18,900円という、掃除するだけにしてはかなり割高に感じる微妙な金額を前にして、ひとしきり思案中なのである。
2006年12月13日
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以前、ある人と話をしている中で、「そういえば最近、2千円札にお目にかかってないなー」ということが話題に上がった。2千円札といえば確か、九州・沖縄サミットの開催を記念して作られたものだから、発行は2000年、つい最近のようでいても、もう6年前になるんだな。でも発行当時から、「使いづらい」といって厄介者扱いされてたような記憶がある。事実私が何かの支払いの際に2千円札を使ったとき、イヤそうな顔をされた経験もあった。しかし今ではお目にかかりたいと思っても、なかなか手にすることがなくなってきた。まあお札の耐用年数から考えても、よっぽど大切に保管していた人が今になって使うというのでない限りは、たいてい皆ボロボロになっているだろうからね。どうしてこんなことを書いているかというと、ムスメ(小5)の「お父さん、2千円札があるってホント?」という言葉に驚いたからだ。そうか、確かにコイツらぐらいの年齢だと、見たことがないかもしれないな。ちなみに中1のムスコに訊いてみても、辛うじて見たことが有るような無いような、頼りない返事。今度店で2千円札で支払ったお客がいたら、取っといてやるよ、と約束をしたが、果たしていつのことになるやら.......。私の記憶では、最後に店で2千円札を見たのがいつのことだったか、最早思い出せないくらいなのだ。
2006年12月10日
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今まで何度かこのブログでも取り上げたが、地元の酒蔵で、米作りから仕込みまで一緒に酒造りに参加する、という企画があり、私は2回ほどしか参加できなかったが、そうして造られたお酒が先日手元に届いた。 よくよくラベルを見ると、「杜氏見習心得」として、私の名前が印刷されている(写真で黒く塗ってある内の一番左端)。なんだかちょっと気恥ずかしい気もする。参加者全員にこうした手の込んだサービスをされているのだろうが、その真心に感謝。早速飲んでみた。留仕込みのときに、発酵中のタンクから漂っていたのと、同じ香りがした(正確には、私たちが仕込んだものの隣の、同じ造りのタンク)。フレッシュで雑味の無い、すがすがしい香りだ。スペックは「純米原酒」だが、「原酒」のわりにはアルコール度は16度と、ちょっと低めだ。しかしながら、スムースな飲み口に反して、口の中で米の旨味がじわぁ~っと広がる感触だ。ボディもしっかりしているし、「しぼりたて」ではあるけれど、このまま熟成させても面白いだろうな。何にせよ、ほんの少しでも造りに関われたお酒をこうして飲めるというのは、何にも変えがたい喜びだ。それこそ始めから終わりまで関わった方だったら、感激して飲みながら泣き出しちゃうんじゃないかな。
2006年12月07日
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いわゆる「ビール類」の「新ジャンル商品」と言われている、『発泡酒』と『第3のビール』、これらは今や市場を完全に制圧したような感が有るが、お客と話をしている中でいつも思うのは、よく飲まれているワリには、その内容がどのように異なるのかということについて、ご存知の方が意外と少ないということだ。おさらいさせていただくと、『発泡酒』は原料に「ビール」と同じく麦芽を用いてはいるが、その使用量が酒税法で定める「ビール」の基準に満たないというものだ。そして『第3のビール』、こちらは大きく二つに分けられる。ひとつは、端から原料に麦芽を用いていないもので、その代用品として、大豆やエンドウなどから抽出したタンパクを用いて、あとはビール風の味になるように、人工的に味を整えるというものだ。もうひとつは、『発泡酒』にスピリッツをブレンドさせるというものだが、現時点では、前者の方が主流ではある(ちなみに酒税法上の区分は、前者は『その他の醸造酒』、後者は『リキュール類』となる)。こうしてみると、『ビール』と『発泡酒』と『第3のビール』を横一線に並べた場合、真ん中の『発泡酒』は、原料に麦芽を使っている分、限りなく『ビール』に近い存在のはずなのに、現在の業界内外での捉え方を見ていると、『発泡酒』を『第3のビール』と同じカテゴリーにしてしまっている。これはいかにもおかしいと思う。その考え方はともすれば、『発泡酒』と『第3のビール』が根本的に似たようなものであるかのような誤解を生む。それ以前に、この両者の定義の説明が難しいことも、分かりにくい原因になっているだろう。実際に、この文章の前半部分で私が記した定義を読んで、皆さんにご納得いただけるかどうか、非常に心許ない。そこで私は、こういうときによくお客に説明する例えとして、こういう風に言うことがある。即ち、『発泡酒』は『ビール』に比べて原料をケチっているから、『ケチビール』。『第3のビール』は『ビール』と同じような顔をしながら全然別物であるから、『ニセビール』。こういうことを言うと、これらの商品を愛飲しておられる方の中には、気を悪くされる方もみえるかもしれない。しかしながらこういう言い方が一番的を得ているからか、最も納得していただきやすいというのも事実なので、何卒ご容赦いただきたいと思う。
2006年12月05日
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今日は長男がかつて所属していた小学校の野球チームと、現在所属している中学野球部との交流戦があった。毎年この時期に行われる恒例の行事である。まず第1試合で、中1チームと小学生チームが戦い、続く第2試合では、中2チームが小学校チームの父兄チームと戦った(こちらの方は半分余興みたいなものだ)。中1チームと小学生チームとでは、とても対等な試合にはならないだろう、と思われる方も多いかもしれない。ところがこれが結構いい勝負になるのである。そして今年は、というと、6-4で小学生チームが勝ったのだ。どうしてこういう結果になるかといえば、中1チームはこの小学校のチームからそのまま持ち上がったメンバーが主体だが、それだけでは人数的に足りないので、中学に入ってから野球を始めた初心者の子らもメンバーに入っている。彼らも部活で8ヶ月やっては来ているが、如何せん指導者もレギュラー組の方で手一杯なので、初心者に初歩的なことからじっくりと教えられる環境ではないのだ。反対に小学校のチームは、低学年からみっちりとやってきた子ばかりなので、みんなそれなりに基本も出来ているし、チームとしても1年間かけて作り上げられてきているだけに、まとまりもある。それにこれくらいのレベルの子供たちだと、フィジカル面での差というのはさほども無く、たいていはフォアボールとエラーが明暗を分ける。実際に今日の両チームの総得点のほとんどが、何らかのミスによるものなのだ。そのミスが中1チームの方に多く出た、ということなのだ。兄貴分である方のチームがこうも簡単に負けてしまうというのは、さすがに観ていてイライラさせられるのだが、これが現時点での実力なのだから仕方が無い。それどころか中学のチームは完全に実力主義だから、今の小6の子達が来年中学校に進んだら、今の中1の子のうちの何人かは、明らかにポジションを奪われかねないのだ。中学生は今日の敗戦で、危機感を持ってもらわないといけないのだ。
2006年12月03日
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今日からいよいよ12月だ。12月というのは、我々の業界ではことさら特別な意味を持つ。つまり、1年の内でもかなりの部分を占める「稼ぎ時」であるということだ。この1ヶ月の売り上げが、1年間の商売を左右するといっても過言ではない。が、しかし何なんだろう、この沈滞ムードは。飲食業界は、10~11月のどん底の状態のムードを、そのまま持続している。温暖な気候のせいもあるのかもしれないが、まだまだ12月本来の感覚ではない。12月に入って「さあ、気合入れてやらなきゃ!」というポジティブな気持ちと、周りの沈滞ムードの影響で今ひとつ乗り切れないでいるネガティブな気持ち。2つの気持ちが入り混じって、さしずめ二重人格的な今の私である。
2006年12月01日
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