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おかげさまでこのブログも、今日で900回を数える。そして今日は9月30日と、切りもいい日だ。本来ならば1000回に達したときにと思っていたのだが、100回分前倒しして、ここらでひと区切りつけようと思う。といってもここを撤退するとか閉鎖するとか、そういうことではない。ただこれからは、毎日更新することにはこだわらないようにしたいと思っているのだ。私が2年前の3月にコレを始めてから一貫して考えていたことは、とにかく「毎日続けよう」ということだった。最初はたぶん3日坊主で終わるだろうと思ったところが、書き続けるうちにあれよあれよとペースに乗っていって、100回を越えた頃には自分の中で、当面の目標を「1000回」と設定していたのだ。さすがに毎日欠かさず、ということは出来なかったが(ちなみに今日現在の日記記入率は96%)、それが2年半にわたって続けてこれたのは、いつもここを訪問してくださる方々、そしてコメントを加えていってくださる方々の存在が、励みになっていたからだと思う。私も文章を書くことは好きなので、毎日続けること自体はさして気にはならないのだが、最初は仕事に差し支えのない範囲内で、と思っていたのが、気が付いてみると書いている時間は大したことがなくても、次に書くネタのことで頭をめぐらせたり、他の方のブログを読んだりすることで、気が付くと頭の中のかなりの部分を、このブログが占めてしまっている状態に気付いたのだ。つまり趣味に没頭して学業をおろそかにしている受験生、そういうのに近い状況かもしれない。これでは仕事に差し障りが無いワケがない。そういうことでちょっと危機感を抱いたのと、今仕事の上でちょっと新しいことをやり始めていて、それが軌道に乗るまでは非常に重要な時期だということもあるから、毎日の更新はちょっとお休みしようと思う。ひょっとして私のような者の文章を、楽しみにして下さっている方が万一いらっしゃるとしたら、大変申し訳ないと思うのだが、これからはポツリポツリと思いついたときに、あくまで気まぐれに続けていこうと思っているので、ご容赦いただきたいと思う次第である。
2006年09月30日
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ウチのお得意先の、とある料理屋の大将との会話。「リカーマンさん、サントリーのウイスキーで取り寄せて欲しいのがあるんだけど」「あ、サントリーだったら、何でも取り寄せOKですよ!」「で、これなんだけどね、お客さんの持ち込みなんだけど、ちょっと飲ませてもらったらスッゴク旨くってさー」(といってボトルの空き瓶を見せる)「え、コレって、もしかして......(^0_0^)」私は約2年前に、サントリーの『オーナーズ・カスク』について、このブログで触れたことがある。要するにサントリーの蒸留所に在庫されている樽を、樽ごと買い取ってもらい、その分を瓶詰めして購入者の元に送るというものだ。それで、冒頭の会話に出てきたウイスキーというのが、正にそれだったのだ。確かに手書き風のラベルに、<138/267>というようにボトリングナンバーもちゃんと入っている(数字はデタラメ)。しかし一時ニュースにはなったものの、現物を見るのは初めてだ。少しでも中身が残っていたなら、ぜひ味見をさせてもらいたかったところだが、あいにく空っぽだ。で、件の料理屋さんにはこう答えるしかなかった。「かくかくしかじかで特殊な商品なので取り寄せはできません。頂いた方におねだりしてくださーい(^^ゞ」
2006年09月29日
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八重山商工の大嶺投手が、先日のドラフト会議でソフトバンクとくじで競合した結果、予想外の千葉ロッテが選択権を獲得したことで、ちょっとした騒動になっている。野球部の監督は千葉ロッテとの一切の面会を拒否する構えだし、このまま交渉が進むとは今の段階では思いにくい。まあ本人というよりは、周りにいる関係者たちの「オトナの事情」が相当絡んでることはおそらく疑いようも無いことだろうが、そこに立ち入るのはまたの機会にしよう。で、本人の本当の希望というのはどうなのかというと、記者会見のときのあの落胆した表情を見る限りでは、やはり彼自身もソフトバンクに行きたかったんだろう。ほとんどソフトバンクの1本釣りと思われていただけに、「かわいそう」という声も聞かれるようだが、ただ千葉ロッテにしたって、あくまでもルールに則って獲得するわけだから、誰からも責められる筋合いはない。そもそも「ドラフト」という制度自体、それが創設されたときには、「戦力の均衡化」と「契約金高騰の抑制」という大きな目的があったわけだが、残念ながら今では有名無実化してしまっていると言わざるを得ない。ただあくまでも本来のその理念を重視しようとするならば、個々の選手の希望などが入り込む余地は全く無いはずだし、いわんやそこに利権が絡んだりすることは到底許されないことだ。だから私は、大学生・社会人ドラフトにおける「逆指名」だの「自由獲得枠」だのというのにも大反対だ。いくら実績のある選手だからといっても、あくまでもアマチュアでの実績であって、プロの世界ではそんなもの全く参考にならない。実際今までに、鳴り物入りで入団した大物ルーキーが、いざフタを開けてみたら鳴かず飛ばずで、いつの間にか消えて行った、などという例は枚挙に暇がないではないか。だいたいプロの側が有望選手を採りたいばかりに、そういう「高評価」というのをまるで「エサ」のようにちらつかせるものだから、選手の方でも天狗になってしまうのだろう。よくドラフトで指名した選手を口説き落とすときに、「○○君には××のポジションを空けて待ってるよ」などというラブコールを送る球団があるが、プロで何の実績も無い選手にそんな待遇を用意するなど、選手を甘やかすだけのことで、言語道断だ。また本来なら指名してくれたことについて、選手の方としても感謝の気持ちがあって然るべきなのに、想定外の球団に決まったからといって嫌な顔をするなんてのは、その球団の他の選手やファンに対して失礼ではないだろうか?きっと「自分はプロ野球選手になれて当たり前」という気持ちが心のどこかにあるんじゃないか、プロとしての実績もまだ無いのに。基本的にプロ入りしようという選手に関しては、好きな球団、行きたい球団、憧れの球団などそういうものを考慮する必要は全く無い。指名されたらどこの球団でも文句言わずに行け、と言いたい。何なら指名された球団を拒否した選手は、その後10年間はどこの球団とも契約できない、という制度にしてもいいだろう。ちょっと意地悪いと思われるかもしれないが、そうでもしないと大学や社会人を経て、3~4年後に意中の球団に入るというお決まりのパターンになってしまうからだ。しかしその一方で、純粋に選手の希望を叶えてやるのがそんなに悪いことなのか、という批判もあるかも知れない。実際にかつてドラフト制度が、憲法で保障された「職業選択の自由」に抵触するのではないか、ということが国会で論じられたことがあった。しかしこれに関しては、どの球団かはともかく「プロ野球選手」という職業に就くことに何の支障も無いわけだから、全く問題は無い。普通の人が企業に就職することになぞらえて考えてみると、「プロ野球選手になる」ということ自体がいわゆる「入社」で、「どの球団に行く」ということは即ち、「どの部署に配属されるか」というのと同じことだ。学校を出て就職するときに、自分に合った会社を選ぼうといろんな会社を受けたりするのはその人の勝手だが、一旦就職したらどこの部署に配属されようと、一切のワガママは通らないではないか。意中の球団に行けるかどうかが、あたかもその選手の野球人生を左右するかのように思っている選手もいるみたいだが、意中の球団でないから力が出せないというなら、ソイツは所詮その程度の器でしかないということだ。大嶺君よ、キミが真に実力ある選手なら、四の五の言わずに千葉ロッテに入団するべきだ。そしてそれなりの実績を上げて、時期が来たら大手を振ってソフトバンクへ行けばいい。もちろん私はFAについても、現在の規定の「在籍9年」を「5年」程度にするべきだと思っている。その代わり、ドラフトは完全ウェーバー制にしなければいけない。そうしないと意味が無い。
2006年09月28日
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今回新たに内閣総理大臣に就任した安倍晋三氏は、戦後生まれでは最年少ということで話題になっているが、私がそれ以上に目を見張ったのは、奥様である昭恵夫人のことだ。なんと44歳! 私とはたったのひとつ違いだ。松浦亜弥のお父上が私よりも若いと知ったときもビックリしたが、とうとう私と同世代の方がファーストレディーになる時代になったのか、と思うと驚きを隠せない。まあでもそのうちに、今度は私より年下の総理大臣なんてのが誕生するんだろうけど。
2006年09月27日
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昨年からウチとお取引させていただくようになったとある飲食店。ここに置いてあるビールの水冷ストッカー(中に張ってある水を冷やすことで、そこに浸けてあるビールを冷やすもの)は、いつ見てもピカピカだ。もちろんウチの前に取引していた酒販店が手配して持ち込まれたものだから、それがいつの物なのかは分からなかったが、その汚れ具合からせいぜい5~6年前ぐらいかなと思っていた。ところが今日そこの奥さんと話しをしていた時に何気なく訊いたら、その店がオープンしたときに入れてもらったものだという。え!? この店のオープンは確か昭和56年だと以前聞いたことがあった。ということはこのストッカー、実に25年選手なのである。いつもきれいに磨いておられるから全く気が付かなかったが、そう言われてよくよく見れば、確かにかなり旧式のものだ。しかし外側もさることながら、内側もきれいだ。ここは実にこまめに中の水を替えておられるから、そのせいでもあるに違いない。ストッカーの中の水というのは案外、他のお店ではこまめに変えているところは少ないのだが、これは長いこと放っておくと水アカもつくし、ラベルがはがれた紙くずで中の水が汚れ、見た目にも見苦しくなるものなのだ。しかしまあキレイに使っておられることももちろんだが、25年に渡ってほとんど故障知らずで動き続けているということだから、正に賞賛に値する。やっぱり昔の物はよく出来ているね、ということで意見が一致した。確かにこういったストッカーに限らず、最近の機器類は結構壊れやすい、と思うのは私だけではないだろう。例えば私の身の回りでいうと、私が使っているパソコンはこの日記にも書いたことがあるが、プライベート用のものも仕事用のものも必ず購入後すぐにぶっ壊れている。ウチの店にある大型リーチイン・クーラー(=冷蔵庫)も、設置後あまり間が経たないうちに一度コンプレッサーがイカれてしまい、往生した記憶がある。ところが昔はどんな機械類においても、そんなにすぐに悪くなったという記憶がない。そういえば以前パソコンの修理の折に、専門業者の方に話を聞いたことがあるが、今は家電品でも何でも価格競争に巻き込まれているため、そのあおりを喰らって部品の一つ一つが、安く上げるために相対的に粗悪になってきているのが現実なんだそうだ。メーカー側も何もそんなに丈夫に作らなくても、壊れたらまた買い換えればいいという程度の気でいるんだろうしね。現実的に修理料金はバカみたいに高額だし、またパソコンやデジタル機器のように年々スペックが飛躍的に向上するものだと、わざわざ直してまで古いものを使おうという気にならなくなる。そんなんでいいんだろうか?なんだかモノづくりに対するプライドが、何処かへ飛んでいってしまっているような気がするのだが.......。
2006年09月26日
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以前もここに書いたことがあるが、鼻炎アレルギー歴14年の私も、殊今年に関しては非常に苦しんでいる。7月27日の日記では、なかなか治まらない鼻炎に業を煮やして、薬に頼らない体質を目指すべく、「クスリ断ち」を宣言したものの、何のことは無い、実は3日目に挫折して以来、ずっと市販薬のお世話になっていたのだった。時々投薬を忘れることもあったが、それでも1日ぐらいは何とか持ったものだった。ところが昨日はちょっと違った。昨日は朝からムスメを連れて牧場に行ったのだが、朝バタバタしていたこともあって、薬を飲むのをすっかり忘れていた。で、出かけている間は何とも無かったのだが、帰宅してしばらくすると怒涛のクシャミの連続が襲ってきた。クシャミの出れば、もちろん鼻水だって黙ってはいやしない。容赦なく私の鼻から流れ落ち、ゴミ箱はティッシュで溢れ返った。夕飯後にあわてて薬を飲んだものの後の祭り。その後閉店時間まで、ほとんど仕事が手に付かない状態で店番せざるを得なかったのだ。今日は朝忘れずに薬を飲んだこともあってか、昨日のことがまるでウソのように1日中快適に過ごせた。しかし今考えれば、昨日の惨状は単に薬の飲み忘れというだけではなく、昨日行った場所に、何か新たなアレルゲンになるような植物が存在していたのではないか。今となっては何ともよく思い出せないが、それならそれでまた厄介なことになってきたな。
2006年09月25日
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中学の中間テストが近い長男と、副業の内職が忙しい妻を置いて、ふたりのムスメを伴ってドライブに出かけた。行った先はウチから2時間ほど走った、三重県大紀町にある「大内山牧場」。実は7年前にも来たことがあり、結構気に入っていたのだが、今日行ってみると当時に比べてちょっと寂れているというか.......(-_-;)まず前回来たときに営業していたレストランが、今は食事は提供しておらず、ただの売店と化している。採算が取れなかったんだな。それに牧場というわりには、決定的に牛が少ない。放し飼いになっている範囲内にたったの2頭しかいない。牛が2頭なら人間も2人、というわけではないだろうが、確かにスタッフも少なく、気が付いた範囲内では動物の管理担当の男性と、売店担当の女性のふたりしかいない。まあこんな調子だから訪れる客も少なく、われわれの他にはたったの3~4グループしか居なかった。混んでいるよりは空いているほうが有り難いには違いないが、あまり閑散としているというのもねえ.....。その後、近くにある日帰り入浴施設で、牛乳風呂に浸かって帰ってきた。
2006年09月24日
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昨日の日記で「子供の命名」について書かれたサイトに触れたついでに、ではウチの場合はどうなのか、そのことについてちょっと触れておこうと思う。私たち夫婦が3人の子供の名前をつけるときに考えたこと、それは(1)読みやすく(2)口頭で説明しやすく(3)書きやすく(4)あまり周りにない(5)かといって奇をてらったものでもなく(6)歳をとっても通用するこれらを「絶対条件」に挙げた。もちろん(1)~(6)は優先順位だ。この中でも特に重要なのは(1)と(2)だ。というのも、私自身がこれで苦労しているからだ。私の名前はちょっと特殊な読み方をするので、初対面の人に正しく名前を読んでもらえる確率は「0%」だ。ホントに今の今までひとりもいなかったのだ。そしてまた私の名前の中にある1字は、特殊な字というわけではないのだが、結構知らない人が多いような字なので、説明するのに非常に苦労する。私の名前も親から授かったありがたいものには違いないのだが、そのあたりが玉にキズだ(まあでもそれで親を恨んだりしたわけではないが)。しかし子供たちには少なくとも、名前で苦労させるようなことはしたくはなかったから、上の6つの絶対条件を厳格に遵守して名付けた。だからこそ昨日触れたような、ああいう無責任でふざけた命名を目にすると、腹が立ってしょうがないのだ。そしてこれも“ウチ流”なのだが、いつも2つの候補を作っておいて、私と妻、双方の両親に選んでもらうのだ。一応ジジババにも名付けに参加してもらおうという意図だが、不思議なもので3人いずれのときも「全会一致」で決まるのだ。ちなみにウチでは、姓名判断の類の本などは一切見なかった。私も妻もそういうのが嫌いで、全く信用していないからなのだ。その割には今までのところ、3人とも大過なく過ごしているのだから、まあそんなもんなんだろう。
2006年09月23日
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ムスメが偶然こんなサイト(→こちら)を見つけてきた。見ていて、無性に腹が立ってきた。一体みんな(まあごく一部の人だろうが)真面目に考えてるのか!?まったく自己満足も甚だしい!生まれたての子供には拒否権など無いんだから、親が子供の一生分の責任を負って、考えてやらなきゃいけないのに........。まあこれらが全部、ウケ狙いの作り話であることを祈りたい。
2006年09月22日
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今年も日本酒の「ひやおろし」のシーズンがやってきた。「ひやおろし」とは、冬場に搾った新酒を春から夏にかけて蔵の中でじっくりと寝かせ、秋になって外気温が下がってきた頃に火入れをせずに出荷されるもので、新酒の頃の荒々しく溌剌とした酒質とは打って変わって、熟成によりふくよかに、かつまろやかに変貌を遂げ、旨味もたっぷりと乗っているので、美味しい食材が豊富なこの時期には正にうってつけのお酒だ。そういえば昨年もこの時期に「ひやおろし」について書いたなー、ということをふと思い出して調べてみると、昨年は9月27日の日記でこのことに触れていた。今年よりも1週間遅かったな。思い返してみると、そういえば昨年は残暑が結構厳しかったような気がするが、それに比べれば今年はまだ涼しい方だ。まあそれはさておいても、昨年の今頃はあまりピンと来る人が多くはなかったこの「ひやおろし」だが、昨年よりはお客の認知度は多少は上がっているような気がする(といってもご存じない方がまだ圧倒的に多いことには変わりないが)。個人的には日本酒が今再び浮かび上がるための切り札に成り得る商材だと思っているので、ここでまた更に多くの人に、この旨さを知って欲しいと思っているのだ。
2006年09月21日
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ここ1~2年の間に、タバコを買い求めるお客に、ちょっとした変化を感じる。れっきとした商品名が有るのに、それとは別に「タールの量」で商品を呼んでいるのだ。こんな書き方では分かりにくいので具体的に言うと、「マイルドセブンライト」―――――――→「マイルドセブンの8ミリ」「マイルドセブン・スーパーライト」―――→「マイルドセブンの6ミリ」「マイルドセブン・エクストラライト」―――→「マイルドセブンの3ミリ」と、こんな具合だ。確かに「スーパーライト」だの「エクストラライト」といったような、似たような名前が乱立するのは、売る側にとってはややこしい事この上ない。実際数えてみたら、「マイルドセブン」という名前の付くタバコは全部でなんと12アイテムもあり、そしてモノによってはその派生バージョンとして、「ボックス」や「ロング」なども有るから、タイヘンだ。そんな中でこのように「タールの量」で商品を指定されるのは、私たちにとっても非常に分かりやすい。そしてそのこととはまた別に、お客の立場からしてみれば、以前に比べてみんなタールの量に敏感になってきている、という事情もありそうだ。確かにウチで永らくタバコをお求めの顧客を見ていると、一様に低タールのものにシフトして行ってるのが明らかなのだ。そういったスモーカー心理が、商品名をタールの量で呼ばせている一因になっているのは、間違いなさそうだ。まあどちらにしても、われわれにとっては有り難いことではあるが。ただ反対に、どちらかと言えばこれは止めて欲しい、というのが、商品名を縮めて言うことだ。もう慣れたといえば慣れたが、例えば、「マイルドセブン」――――――――→「まいせん」「セブンスター」―――――――――→「せった」「マルボロ・ライト・メンソール」―――→「まるめんらいと」とこういった調子で、さすがに最初は何のことだかさっぱり分からなかった。私たちの若い頃も、「ショートホープ」を「しょっぽ」、「ロングピース」を「ろんぴー」と呼んだりもしていたが、さすがに↑のような呼び方はしていなかったなー。
2006年09月20日
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店に来たあるお客が、「瓶ビールの王冠が欲しいんだけど余ってるの無い?」という。それも「○○ビールの」というご指名だ。一体どうしてそんなものが要るのか訊いたところ、「だってそれたくさん集めると、何か貰えるってキャンペーンやってるでしょ」。え(?_?) そんなこと全く聞いてない.......。確かに今大々的に宣伝をやっているものでは、商品についているシールを集めて送ると、抽選で何かしらの景品が当るというキャンペーンは実施されているが、それとは違うみたいだ。さらに詳しく訊いてみると、そのお客は自分の行きつけの居酒屋でその話を耳にしたという。そこまで聞いて、「あっ!」と気が付いた。確かそのメーカーが飲食店向けに独自に行っているキャンペーンが有ったなー。それはメーカーが飲食店に持参した箱の中に王冠をどんどん貯めていって、その箱が一杯になった段階で何某かのモノと交換しますよ、というものだ。私も随分前にそのキャンペーンの話を、ウチの得意先のある料亭で聞かされていたっけ。ただそのことを忘れていたのは、そのキャンペーン自体がわれわれのような納入酒販店を飛び越して、直接飲食店サイドに持ち込まれるからだ。われわれ酒販店が一枚噛んでいることなら、私もその進捗状況などを気にする機会もあるのだが、われわれがタッチしていない所で進んでいるキャンペーンだと、それをやっていることすら頭から離れてしまうのだ。でも最近の酒類メーカーの政策には、このキャンペーンのように端から酒販店を飛び越して持ち込まれるものが多くなってきている。そうしたいわゆる「頭越し外交」については、商道徳にもとる行為だということを以前の日記にも記したことがあるが、今回のケースも私には納得しかねることだ。こういったキャンペーンの話をメーカーがわれわれの頭越しに直接しに行くのには、おそらく理由が二つあると思う。ひとつは酒販店によってこういったことに積極的なところと、そうでないところがあるため、自分たちで廻った方が均質的に案内が出来るということで、これはまあ解からないでもない。そしてもうひとつは、納入酒販店が変わってもいいように、ということだろう。どういうことかと言うと、以前に比べて酒販店同士の得意先の取り合いが頻繁に行われるようになっており、中立的な立場のメーカーとしては、そこにヘタに干渉したくないということなのだろう。ましてやその「取り合い」の実態も、ひとえに「大手」が「中小」を食っていくという図式になっているのだが、メーカーとしても納入酒販店がある程度の大手に集約されていった方が、何かと都合が良いだろう。ちょっとうがった見方かもしれないが、私はそのような思惑が有ると思っている。そしてそれはいみじくも、「大手メーカーにとって中小酒販店は、フォローすべき対象とは見られていない」ということを物語るものなのかもしれない。話が最初に戻るが、状況を理解した私が件のお客に、そのキャンペーンは飲食店のみが対象となっていて、一般消費者がいくら王冠を貯めても何にも出ないよ、と言うと、なんだか複雑な表情で帰っていった(もう既にいくらか集めてたのかもしれないな)。しかしそのお客にキャンペーンのことを話した居酒屋も、ちょっと軽率だよなー。
2006年09月19日
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今年のセ・リーグも、先日の阪神との天王山3連戦を中日が2勝1敗と勝ち越し、いよいよ2年ぶりのリーグ制覇が見えてきた。ところが私の視点から見て、少々盛り上がりに欠けているんじゃないか、と思える要素がある。(1)優勝する年に必ずと言っていいほど新バージョンに更新される、あの名曲『燃えよ!ドラゴンズ』の 「2006年バージョン」の話が全く聞かれない。(2)優勝する年に必ずと言っていいほど発売される、某ビール会社の『祝!ドラゴンズ優勝』デザインの 缶ビールの売込みが、今のところ全く無い。何故だろう......?わずか2年振りということで、ちょっと有難みが薄れてきたかな?それとも悲願の「日本一」を遂げたときに、大々的にやろうということかな?
2006年09月18日
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10年以上走り続けた私のプライベートカーがそろそろくたびれてきたので、ぼちぼち買い替えどきかな、ということで、このところ日曜日ごとにディーラー廻りをしている。それに先立ってある程度希望車種を絞るべく、カー雑誌を何冊か見比べたりしていた。私はいわゆる「カーマニア」ではないので、普段そういったカー雑誌の類を見ることは滅多に無いのだが、それぞれのクルマのスペックやら試乗の感想などが事細かに書かれている中に、各クルマの「値引き目標額」なるものが出されているのが目を引いた。そしてその目標額まで持っていくにはどうしたらよいか、というノウハウが事細かに書かれているのだ。そういえばネットのクルマの比較サイトのようなところでも、こういった「値引きマニュアル」のようなものがいろいろ掲載されており、中にはユーザー投稿で、とんでもない値引き額を引き出した方の「値引き自慢」などもあったりする。まあ各車種の値引き相場が分かるという点では、こういう記事は確かに有り難いかもしれないが、私自身どうも馴染めないところがある。というのも立場を置き替えてみたとき、例えばウチの顧客が「ビール値引きマニュアル」なるものに振り回されて、大挙して値下げを要請して来る、というオソロシイ情景をイメージしてしまうのだ。もちろん全く畑違いの業界で、元々のマージンなどもウチの業界とは比べ物にならないぐらいなのかもしれないが、そうなると同じように「モノを売る」という立場に居る者として、どうしてもセールスマンに同情してしまうのだ。それにいくら消費者に利益をもたらす「正論」であっても、マスコミの扇動にまんまと乗っかって喜んでいる姿を、「はしたない」と思う気持ちも心のどこかにあるのだ。「プライド」というほど大層な気持ちでも無いんだけどね。もちろんそうやってしゃかりきになって値引きを引き出そうとしている人たちを、悪いとは思わない。それどころか、私のようにどこかに変なわだかまりを持っている者よりは、彼らの方が消費者としてずっと賢いと思う。どうやら私はいわゆる「賢い消費者」というやつには、いつまで経ってもなれそうに無い。
2006年09月17日
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私が尊敬できる数少ない国会議員のひとりに、佐藤道夫さんという方がおられる。もともとは検察畑の方で、検察官として永く活躍された後に二院クラブ(当時)から参議院議員に立候補、当選を果たしてもう10年以上になる(現在は民主党所属)。私が佐藤さんのことを知ることになったきっかけに、こんな出来事がある。もう何年前のことになるか定かではないが、あれは元スケート選手の橋本聖子議員が妊娠したことが呼び水となって、国会議員の育児休暇(産休だったかな?)を認める法案が国会に提出されたときだったと思う。衆議院であっさりと可決され、参議院でもおそらく党派を超えて全会一致で可決されるものと見られていた。というのもこの時期を前後して、確か『男女雇用機会均等法』が施行されて、ただでさえ男女差別ということに対して、世の中全体がピリピリしていた時代だったからだ。結果的には参議院でもあっさり可決されたのだが、全会一致ではなく、ただひとり反対した議員がいた。それが佐藤さんだった。彼はひとり反対した理由をマスコミに尋ねられ、その時にこのような趣旨の回答をされたのだ。「もしも将来、女性が総理大臣になるようなことにでもなった場合、何か国家の一大事が起こったとき、総理は育児休暇中です、などという理屈が通るでしょうか?こういうことひとつとっても国会議員というのは、一般の職業と比べても極めて特殊な位置づけにあるべきで、世間一般の『男女平等』という理念を安易に持ち込むべきではないでしょう。」私の記憶もあいまいなので、文言が大きく違っている部分は有るかもしれないが、だいたいこういう内容だったと思う。法案の中身から見ても、これに反対するということは、フェミニストたちや女性問題に関する活動家、そして世の中の女性全員を敵に回すようなものじゃないかと思っていたが、彼の主張は実に単純明快で、尚且つ素直に納得できるものだった。しかもそれは、『男女平等』という“錦の御旗”の陰に隠れて誰もが見過ごしてしまうか、よしんば気が付いていても、世間の大きな流れの中であえて反論をするだけの正当性を見出すのが難しく思えるようなことだった。そこを彼はきちっと押さえていたのだ。この談話を聴いて、私は目からウロコが落ちるような気がした。何があっても決してぶれない軸と、確かな目を持った方だと感じた。佐藤さんが以前から週刊誌に連載していたエッセイをまとめたものが、単行本として刊行されている。これを読むと、彼の人となりがよく見えてくるような気がする。 検事調書の余白 検事調書の余白(2)文体は非常にドライで、さすがに法律を司る人らしい冷徹さがまず感じられるが、その行間の一つ一つには溢れんばかりの正義感と、彼のそこはかとない愛情を感じることができる。ただ愛情と言っても、いわゆる「包み込む」様な愛情では決して無く、ある程度突き放しながらも、遠くに居て見守っているような類の愛情である。そしてそこにはさすがに法律家らしく、真実を見極める目が曇らないように、彼なりの「けじめ」を設けているように思える。その「けじめ」のラインが実に絶妙、というか、誰にも納得できるようなものなのだ。それこそが、前段にも書いた「決してぶれない軸」というものなのだろう。そんな「決してぶれない軸」や「誰もが納得できるけじめ」というものを持った国会議員が、今の永田町に何人いることだろうか?
2006年09月16日
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とあるスナックから新規取引のオファーを受けた。今まで別の酒販店から配達してもらっていたのだが、そこの店主の高齢化と後継者がいないことで、配達をやめるという知らせが来たからそうだ。その納入酒販店がたまたま私の知っている店だったので、そのスナックの事を訊いてみたが、支払いはキチンとしているし、人物的にも全く問題が無いと太鼓判を押されたので、それなら、と取引を始めさせてもらうことにした。ただひとつ腑に落ちなかったことがある。そのスナックから歩いてスグの所に大きな酒ディスカウントストアがあり、しかもそのスナックの取り扱い商品を見ても、およそそのディスカウントストアで間に合うようなものばかりなのだ。今のご時世ならその今までの納入店に義理があっても、そこが辞めるとなればディスカウントストアへ買いに行こうとする人が多いだろう。事実最近のスナックというのは、はじめからそういうパターンが多いしね。だからウチに話を持ってきていただいたことは有難かったものの、なぜディスカウントで購入しようとしないのか、ちょっと引っ掛かっていた。しかし私がそのスナックを訪問し、そこのオーナーと商談している中で疑問は解決した。その店の店主は、空瓶をディスカウントに持ち込むのが面倒だというのだ。そしてビール瓶や一升瓶以外の、いわゆるワンウエイ瓶に至っては、そこでは引き取ってもらえないというのも理由のひとつなのだ。つまりウチがディスカウント店に比べて価格的に高いのは承知しながらも、空瓶を自分で処理しなければならない面倒臭さをカネに換算すると、逆にウチで納入してもらった方が安く付くだろう、という判断だったのだ。確かにウチは価格的にはディスカウント店には遠く及ばないし、これは今後も如何ともし難いことだ。しかし手前味噌ながら、ディスカウント店には無いようなサービス、形に表れないお客にとってのメリット、こういうものを提供できるように日々心掛けているつもりだ。つまり言い方を換えれば、それらの対価として、ディスカウント店との差額に相当する分をお客から頂いているともいえる。その中でも大きいのが「配達」と「空瓶回収」だろう。このスナックの店主の方は、その「配達」と「空瓶回収」の対価をきっちりと頭の中で計算していただいていたのだ。これはわれわれにとって、非常に嬉しいことだ。なぜなら今の世の中、そうした対価の計算など全くせずに、単純に価格の比較だけで「オマエの所は高い」と言う方がほとんどだからだ。もちろんそういう方々の考え方が悪い、ということは毛頭思っていない。人の価値観というのは千差万別だし、立場さえ違えば私とて同じように考えてしまうかもしれないからだ。しかし売る側としてそういう思いを経験している以上、自分が何かを「買う側」に回ったときにも、このスナックの店主と同じように、「売る側」が提供しようとしている「見えない価値・サービス」、これをきっちり対価に換算できる消費者でありたい、と思うのだ。
2006年09月15日
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最近のコンビニのファストフードメニューの中では、チキンの充実ぶりが目に付く。どこのコンビニチェーンもチキンに力を入れているみたいで、から揚げあり、グリルあり、ナゲットありと、種類もいろいろだ。私はよく夕方頃に小腹が空いてくると、コンビニでパンを買って食べることが多いが、こういう類のものには今まであまり手が伸びなかった。で、物は試しということで、最近ちょくちょくこういったものを食すようになった。しかし今日食べた某チェーンのから揚げには参った。たまたま出来上がってからかなり時間が経っていたのか、衣が完全にべっとりとしているし、油もどんなものを使っているのか分からないが、やたらくどくてしばらくの間胃もたれがしていた。そしてなにより一番困ったのは、一口かじった瞬間に漂うガーリックの香り.........(ーー゛)そう、これにはガーリックがふんだんに使われていたのだ。私は接客業を生業としている関係で、ニンニクはご法度だ。家庭での夕食のおかずがギョーザのときも、必ずニンニク抜きのものを食卓に出すよう指示している(夕食の後もたいてい店に立たねばならないからだ)。それなのにこんな所でガーリックが使われているとは......。使ってるなら使ってるで、何らかの表示をしてくれないと困る。私と同じような立場の方もたくさん居られるだろうし。そういうわけでコンビニのから揚げは、しばらくの間は食べたくないな。どうせ食べるなら「グリルチキン」だ。これはなかなかイケる。
2006年09月14日
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この時期になると、酒類業界では各メーカーがさまざまな消費者キャンペーンを打ってくる。その中でも一般的なのは、商品に貼ってあるシールを集めて、台紙に貼って送ると抽選で景品が当る、というものだ。今回も某ビールメーカーでそのような形態のキャンペーンが始まるということで、私はシールの「在庫保証」を所望した。するとそこの営業マンから返ってきた回答は「今回から、在庫保障分は用意していません」とのこと。「在庫保障」とは何か?例えば10月1日からキャンペーンが始まるとする。そうするとメーカーはそのしばらく前から、キャンペーンのシールを添付した商品の出荷を始め、10月1日時点で店頭にシールつき商品が並んでいるようにする。ただ対象商品の中には、回転の良いものもあれば、きわめて回転の悪い商品もある。そうすると10月1日段階でも、回転の悪い商品にはキャンペーンシールが貼られていない公算が高くなる。それではその商品を購入したお客からクレームが来かねないから、そういった商品に貼るシールをメーカーが用意する、それが「在庫保障」だ。話を元に戻すが、なぜ今回から在庫保証が無いのか、その訳が知りたかった私にその営業マンが言うには、「在庫保証用のシールをネットで売っている者が居る」からなのだそうだ。ひぇー、そんなことまでされるようになったのか!景品が魅力的だと、そこまでしてシールを手に入れたいということなのか(といっても、シールがあれば100%手に入るというものでもないんだけど)。インターネットは商売の可能性を無限に広げたが、その反面、どんな物でも商材にしてしまうという危険性もはらんでいるのだ。そういえば以前、メーカーから酒販店向けに提供される景品(仕入れ量に応じて貰えたりする)の、商品ロゴ入りのノベルティグッズをネットオークションに掛けて、儲けていた酒屋が周りにもいた。特に法に触れることではないから、当の本人としても責められる筋合いは無いかもしれないが、私に言わせればリカーマンの風上にも置けない不届きな行為だ。
2006年09月13日
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今日から18日まで「飲酒運転緊急取締り週間」と銘打って、あちこちで検問などが行われる。通常の「秋の交通安全週間」に先駆けて行われるこの緊急取締りは、もちろんこのところ立て続けに起きている、飲酒運転が原因で起こった多くの事故を踏まえてのことだ。おそらくこの1週間は飲み屋街は閑散とするだろうし、飲食店主たちは、一部のバカどものおかげでこっちまでとばっちりだ、と怒りをあらわにしている。ただ誤解の無いように付け加えておくと、私はこれらの怒りを正当化しているわけではない。見つかろうが見つかるまいが、とにかく飲酒運転はダメなのだ。ただひとつ思ったのは、おそらくこの1週間である程度減ると予想されるウチの売り上げ、その分全部がそうとは言い切れ無いものの、ある意味今までそれが「飲酒運転」という“違法行為”の上に成り立っていたんだな、ということだ。そしてそれを痛感せざるを得なくなるこの1週間が辛いのだ。間接的とはいえ、自らの商売が犯罪に関係してるかもしれないという事実からは、どうしても目を背けたくなるからね。
2006年09月12日
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映画『嫌われ松子の一生』を観て来た。ひとことで言うと、内容のあまりの重さと、映像と音楽のあまりのポップさが渾然一体となっていて、「面白かった」「面白くなかった」という感想以前の問題として、見ていて「疲れた」。あまりにもあからさまなCGの連続、ということもその原因かもしれない。どうも私としては、この手の映画は生理的にあまり得意ではないようだ。まあそれはさておき、今やシネコン全盛の時代にあって、この映画のように全国一斉ロードショーの時期をとっくに過ぎた作品を再び観るチャンスに恵まれるのも、いわゆる「単館」の映画館の存在のおかげだ。私の地元でもかつては山のようにあった映画館が次々と廃業して、大きなシネコンがある以外には単館がたった一つという状態である。昨日観賞に行ったのもその映画館で、以前このブログでも取り上げた『かもめ食堂』という作品もまた、そこで上映されていたものだ。その映画館に貼り出されていた「今後のスケジュール」を見ても、およそ「大作」だとか「話題作」というには程遠いような作品ばかりで、よしんばそういう類が有っても、ずいぶんと前に封切られたものだったりもする。しかしそこにはいわゆる「商業主義」(それが良いのか悪いのかは別にして)というのは見られず、あくまでもそこのオーナーのこだわりというか、目指すべき方向性が示されているようで好感が持てる。またもうひとつこの映画館のいいところは、(すべての映画が対象ではないかもしれないが)1本たったの1,000円で観賞できることだ。確かに狭いし、画面は小さいし、音響も少々くたびれているが、いつまでも残って欲しい映画館だ。
2006年09月11日
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以前田植えをした稲がたわわに実をつけている。某酒蔵のイベントとして参加していた稲作りは、今週の土曜日に稲刈りが行われるのだが、あいにくその日は小学校の運動会と重なってしまって参加できない。しかし自分たちが植えた稲がどうなっているか子供たちも見てみたいし、来週以降では刈り取られた後だから、今日田んぼまで出かけてその様子を見てきた。もう周りの田んぼは刈り取りも終わっている所も多く、我らの田んぼの稲も重そうに首をもたげている。農業に全く縁のないウチのムスメたちは、今手にしている稲穂が食卓に上るごはんになるということが、理屈では分かってはいるものの、実感として触れるのは初めてだ。苦労して育ててきた、その一端に関わってきたのだから、これからはお米を粗末にするなよ。
2006年09月10日
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仕事中に妻から電話があった。なんでも出掛ける時に玄関の鍵を持っていくのを忘れたので、家に入れなくて困っているとのこと。何でそんなおかしなことになっているのかと思ったが、妻が出かけるときはまだ私が家の中にいたので、鍵を掛けていく必要が無かったのだ。で、私もたまたま近くにいたので鍵を開けに行ってやった。そういえば妻はよく鍵を持っていくのを忘れたり、あるいは仕舞い場所を忘れたりする。ところが私はそういうことがまったく無い。このふたりのどこに違いがあるのだろうと考えてみると、外出時に私がいつも鍵を必ず同じポジションに入れておくのに対し、妻はその時々で違うところに入れているのだ。特に妻はバッグの中に入れていることが多いらしいのだが、確かにそれではいつもと違うバッグを持って出たときなどは忘れやすいだろう。私はもう20年近く、ズボン(最近じゃ『ズボン』とは言わないかな)のポケットの同じ位置に同じものを入れている。つまり定位置が完全に決まっているのだ。ちなみに前の右は「家と店の鍵」、前の左は「小銭入れ」と「クルマの鍵」、後ろの右は「ハンカチ」、後ろの左は「財布」となっている。こんな生活を20年近く続けていると、もし何かが抜けているとかえって違和感を感じるから、すぐに分かるという仕組みだ。ただこの場合、前後左右に4つのポケットがあるズボンしか穿けないという難点があるが、意外とズボンを買うときにどんなものを選んでも、たいてい4つのポケットは付いている。また、あまりポケットをパンパンにしていると、シルエット的に不恰好かな、と思わないでもないが、やはり私の場合、どうしてもファッション性よりも機能性を優先してしまう。女性の場合は同じようにはいかない(ジーンズばかり穿いてるというなら別だが)。特に夏場はより軽装になるから、不便といえば不便かもしれない。しかしそういった機能面のデメリットを補うことよりも、女性にはファッションセンスを優先して欲しいと思う。(ただこんな風に書くと、私の妻がよほどファッションセンス溢れる女性のように思われてしまいそうだが、何のことは無い、ただのオバサンだ。)ただやっぱりファッション云々はさておいても、最低限カギの在り処ぐらいは覚えておいてくれよ。
2006年09月09日
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昨日の夜は、『日本吟醸酒協会』という所が主催する「吟醸酒を楽しむ会」という催しに参加するために、名古屋まで出かけた。東京や大阪では以前から開催されていたそうだが、名古屋での開催は今回で2回目、しかも私は初めての参加ということもあり、結局最後まで勝手が分からないままウロウロしていた。名古屋の某ホテルのバンケットルームに会員蔵のブースが44、そこに蔵元からやってきた社長や営業担当者が陣取って、お客にお酒をサービスするのだ。どこの蔵元もそこの一番の自信作といえる商品を中心に持ち込んできており、商品単価(小売ベース)で見るとおそらく平均で3~4千円ぐらい(720ml)じゃないだろうか。それだけの品とあって、確かにどの酒も旨いのだが、このクラスの、しかも大吟醸や吟醸ばかりを2時間近くも呑み続けるというのは、正直疲れる。普段昼間に行われる酒販店向けの「試飲会」にもチョコチョコ出かけることが有るが、この時は昼間だし、後に仕事も控えているから、いつも酒を口に含むだけで味見をし、決して胃の中には入れない。今回のこの「楽しむ会」も形式だけを見ればそうした普段の「試飲会」とほぼ同じような形態だ。ただ今回は帰ってからの仕事は無いし、なにより5千円の会費を払って参加しているのだから、どうしても「飲まなきゃ損」という意識がはたらいてしまう。もともと酒には弱い私ではあるが、出てる料理ははっきり言ってショボイし、とりあえず飲むしかない。とにかくこれだけ多くの蔵元の酒を味わう機会なんて、滅多に無いのだから。やっぱりどうしても仕事の顔が覗いてしまう。もう、最近記憶に無いくらい飲んだ。ちゃんと家まで帰れるかどうか心配になるくらいまで飲んだ。だから後半はもう味もへったくれもなくなってしまった。それが惜しい。いろんな蔵元の方とも貴重なお話をさせていただいたが、後の方はもう頭に残っていないかもしれない。やっぱり仕事の延長みたいな感覚で飲むべきではなかったと思うが、会場の感じが普段の試飲会と変わらないので致し方ない。会場が立食形式というのも、ちょっと落ち着かない。どうせなら着席形式で、料理ももうちょっといろいろなものを出してもらい、料理と酒の相性などを落ち着いて吟味できるような環境ならば、なお良かったのではないかと思うが、まあこの人数ではちょっと無理か......。まあでも十分堪能させてもらった。帰りもちゃんと帰って来れたし(^^)そして帰りにはひとり1本(720ml)ずつ、出展蔵のお酒をランダムにお土産に貰ったが、私の中身は東北有数の銘醸蔵、『南部美人』の大吟醸だ。ぜひ飲んでみたかった蔵元だし、これだけで会費の半分以上はモトが取れた。確かな根拠はないものの、いずれまたそのうちに日本酒の波がやって来る、そう予感させるようなひと時だった。
2006年09月08日
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皇室の慶事はおめでたいことだが、私なりにいろいろ考える所もあった。(1)あやかり出産を希望する妊婦なんて出なかっただろうか? 普通に自然分娩できる状態にもかかわらず、紀子さまにあやかって、「9月6日に帝王切開で出してください!」と 医師に希望する妊婦が、もしかするといたかも(希望されてもやらないだろうが)。(2)酒類業界でも「あやかり商品」が出るかな? これは大いにありうる。 『命名の儀』が終わった直後ぐらいから、『寿・○○さまご誕生記念ラベル』の大吟醸とか。 でもこういうのって、やっぱり宮内庁にお伺いを立てないといけないのかな?(3)恩赦は行われるのかな? 個人的には近代国家において「恩赦」などというものは全く必要無いものと思っている。 いや、「必要無い」というより「有ってはいけない」と言ってもいいと思う。(4)雅子さまの今のご心中はいかがなものだろう? ちょっとこれは推し量るのもはばかられるなー。 なんだか今はちょっと蚊帳の外に置かれている感じで......。(5)もしこのまま順当にいって、何十年後かにこの男児が即位するとき、果たして私は生きているだろうか? ・・・・・・・・・・・。
2006年09月06日
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とうとう来期から、セ・リーグでもパ・リーグと同じ要領でポストシーズンゲーム(以下、PSG)が行われることが正式に決まった。私もさんざん反対の意見をここに書き連ねてきたが、とうとう届かなかった。その内容を詳細に見ると、まずセ・パ両リーグとも、「年間勝率1位チームを優勝とする」ということが謳われている。これに関しては昨年・一昨年のホークスのように、勝率で1位になりながら優勝にならない、という不条理を解消したものでまだ評価できる。半歩前進だ。ただやっぱりセ・パ各3チームずつ=計6チームで争うPSGでの優勝チームが、その年の日本一になるというのは、いまだに納得が行かない。それこそ年間勝率が5割を割るチームが日本一になる可能性だってあるわけで、実際そういう事態になってから「やっぱりおかしい」と言い出したところで、もう遅いのである。それにこのシステムでは、規約により『日本シリーズ』の名称がつけられないと聞く。つまりニュアンス的には“頂上決戦”とは呼べないものなのだ。今はこの仕組みで皆納得していても、いずれそのうちに「やっぱり優勝チーム同士の、雌雄を分ける決戦を見たい!」という声が必ず上がってくるはずだ。それならはじめから日本シリーズは従来通りにしておいて、それとは別に今回決まったようなPSGのスタイルでのトーナメントを、カップ戦として開催したらいいじゃないか、と思うのだがどうだろう?
2006年09月05日
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横浜ベイスターズの牛島監督が、今季限りでの退団を発表した。私としても結構好きな監督のひとりだったので残念ではあるが、プロフ欄に記してあるように、私が昔から彼によく似ていると言われてきたこともあって、ちょっと他人事には思えないのだ。プロフ欄の画像、どうしようかなー?まあそれはともかくとしても、私としては「そんなにあわてて退かなくてもいいのに」というのが率直な感想だ。今年最下位(現時点)に沈んでいるといっても、昨年は就任1年目にして、その前年のどん底状態から一気に3位に躍進したじゃないか。もしこれが反対に昨年6位で、今年3位だったらおそらく続投だったと思われるだけに、何とも割り切れない。まあ今回はいわゆる「クビ」ではないが、日本のプロ野球の監督は2年やそこらで結果が出せないと、すぐにクビを切られる。プロだから結果を出して当然、それでカネを貰ってるんだから、と言ってしまえばそれまでだが、チームなんて(特に弱小チーム)監督のクビをすげ替えたらそれで強くなれる、なんてもんじゃないだろう。楽天の野村監督もよく言っているが、チーム作りには最低3年はかかる。その間にいきなり「優勝」という結果を求めるのは、あまりにも酷だ。その上ゼネラルマネージャー(以下、GM)のいるメジャーリーグの球団と違って、日本の場合はチーム編成上のミスまでも、その責任は監督に押し付けられるきらいがある。メジャーではチーム編成はGM、現場での采配は監督、と責任分担が明白だから、現場の監督の采配がよくてもチーム編成に問題が有って勝てなかった場合は、GMが責任を取らなければならない。しかしGMのいない(いる球団も有るが)日本の球団では、采配の良し悪しであろうが、チーム編成の良し悪しであろうがお構いなく、とにかく成績が悪ければ監督が責任を取らされる。これでは監督もいい仕事が出来る環境にないだろう。じっくり腰を落ち着けてやれば結果が出せるのに、すぐに結果を求められるために不本意な采配を取らざるを得なくなって、結果的に自分の能力を出し切れずに去っていった監督はたくさんいるんじゃないか。そういうところを球団のトップはどう考えているんだろう。どう考えているんだろう、といえばもうひとつ。監督としての資質以前に、人気があるか否かで監督人事を判断する、監督を客寄せパンダ同然に考えている球団トップも、日本には依然として多い。全く以って言語道断だ。
2006年09月04日
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今日は朝から、昨年まで長男が在籍していた小学校の野球チームの試合を観に行った。長男自身ももう在籍していないし、特に何の義理があるわけでもないのだが、なんだか不思議と足が向いてしまうのだ。まだまだ見知った子達がたくさん出ているから、という理由のほかにも、ただ単純に小学生の方が面白いから、ということもある。小学生の野球(いわゆる「リトルリーグ」ではなく、軟式の方)には、いろいろな所で「小学生ならではの常識」というものが存在する。例えば(1)ライト前に転がったらほぼ「ライトゴロ」。もともと外野の定位置がかなり前にきてるので、ライトといえども大人の感覚だとセカンドくらいだから、ライトへ転がってもファーストに投げればたいてい殺せる。またセンターでも上手い子が守っていれば「センターゴロ」も十分可能だ。(2)ランナー1・3塁のとき、1塁ランナーの2盗はほぼフリーパス(キャッチャーが刺そうとしない)。これはもし2塁でランナーを刺そうとキャッチャーが2塁へ送球すれば、その間に3塁ランナーに本塁を陥れられてしまうからだ。高校やプロではもちろん3塁ランナーは逆に本塁で刺される危険があるのであまりそんなことはしないが、小学生レベルではそこまで本塁に正確に送球できるセカンド・ショートは少ないからだ。その他にも、「ランナー3塁の時の前進守備では、セカンド・ショートはピッチャーの真横まで来る」とか、「ランナー2・3塁の時のスクイズは、2塁ランナーまで本塁に還って来る」などのように、いつも日常的に目にするプロ野球や、中高生でもあまり見られないようなこういうプレイがまた新鮮で面白いのだ。また未熟な小学生ならではの「珍プレー」の数々もあり、特に弱いチーム同士では、想像をはるかに超えるような信じられないようなプレーが続出したりするからたまらない。しかし一番の魅力は「子供たちのひたむきな姿」かな、やっぱり。いいプレーには、たとえ敵の選手であっても素直に拍手を送ったりするのだ。
2006年09月03日
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ある知人と話をしていたとき、たまたま子供の通う学校の話になった。私が、ウチの校区では子供が減って、小学校も中学校も学級数が減りつつあるという話をしたら、その知人の住んでいる校区はウチの校区よりもはるかに深刻らしく、小学校も中学校も1学年で1クラスずつしかないと言う。私などの感覚では、今後増える見込みが無いならサッサと隣接する学校と合併してしまえばいいのに、と思ってしまうのだが、事態は少々ややこしいようだ。合併話は以前から何度も出てはいるらしいのだが、どうやら地元自治会が反対しているようなのだ。これが子供たちにとってデメリットが大きいから、という理由で反対しているのならまだ納得はいくのだが、どうもただ単に「自分たちの母校が消えてしまうのが寂しいから」という理由からじゃないか、というもっぱらの話だ。もしこの話が本当なら、まったく子供たちのことを考えていないのも同然だ。子供たちにとっても、おそらく合併したほうがメリットは大きいんじゃないか。とりあえず友達は多い方がいいと思うし、何より特に中学校においては、生徒が少ないとクラブ活動が満足にできない、というより、クラブ数自体が増えないので選択の幅がいつまでたっても広がらないのだ。地元住民のエゴのために、子供たちに犠牲を強いるようなことはあってはならないと思うのだが。
2006年09月02日
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子供を英語に親しませるために始めた「ヘヴィーローテーション作戦」で、カーペンターズのCDをクルマの中で流し始めて2ヶ月近くが過ぎた。私自身は普段子供と一緒にクルマに乗る機会というのはあまり無いのだが、先日久し振りにふたりのムスメと一緒にドライブに出掛けた際に、おもむろにこのCDを流したところ........、思わずビックリ!このCDの中のまだ4~5曲ではあるが、真ん中のムスメ(小5)がサビの部分を一緒になって口ずさんでいるではないか。もちろん全く英語にはなっていないが、かといって誰が教えたわけでもない。末娘(小2)はというと「私これなら歌えるよ」と言って、『シング』の間奏で子供たちが「ランララララ、ラ、ランララララ、ラ.......」と合唱している部分を得意気に歌っている。そして2人で、やれ何番の曲がいいとか、私は何番が好きとか、結構盛り上がっている(彼女らは当然英語のタイトルを知らないから、それぞれの曲をCDの収録番号で呼んでいるのだ)。これは予想以上の成果が上がっている。私の仮説もまんざら間違ってはいなかったようだ。もとよりこの作戦はまだ始まったばかりだし、あまり成果を急ぐあまりにここから一気に英語のおべんきょうにスライドさせて、かえって興味を削ぐ結果になるのものもどうかと思うので、もうちょっとこのまま様子を見て行こうとは思っている。まあそれはさておいて、今回のドライブでも結局このCDばかり2回り半も聴きっぱなしだったが、私自身もこれだけカーペンターズの曲を続けざまに聴いたなんてことは、今まで無かったような気がする。私自身もカーペンターズの魅力にハマってしまったかもしれない。考えてみればカ-ペンターズって、私の小さいときから身の回りでよく流れてはいたから、だいたいの曲は何となく知ってる、という程度の認識だが、きちんと腰を据えて聴いたことってあまり無かった。中学・高校時代にはひたすらロックばかりを、大学以降はブラック・ミュージックを中心に聴いていた私にとって、カーペンターズのような音楽にはどこか「軟弱」なイメージを抱いていて、おそらく無意識のうちに遠ざけていたのかもしれない。今になって正面から向き合ってキチンと聴いてみると、これがなかなか素晴らしいのだ。カレンの歌の巧さもさることながら、リチャードのコンポーザーとしての才能(カバーも多いが)、そして全体的にシンプルながら実に丁寧に作られたサウンドと、改めて聴いてみると実に良く出来ている。やっぱり世代を超えて親しまれているものというのは、それ相応のレベルの高さを誇っているものだということを改めて感じた。
2006年09月01日
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