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「はやぶさ2の真実-どうなる日本の宇宙探査-」(松浦晋也、講談社現代新書)を読む。小惑星イトカワへの奇跡のサンプルリターンを行った日本の小惑星探査機はやぶさの後継機であり、打ち上げが迫っている「はやぶさ2」を紹介した1冊。日本そして世界の宇宙(太陽系)探査の歴史から宇宙探査の科学・技術的な側面、そして予算獲りなどの政治的側面、国際競争としての位置づけ、はたまた国民全体の科学・技術リテラシの向上といった教育的側面などを辿り、はやぶさ2の魅力・重要性・不可欠性を説いている。基本的には今の日本が科学技術立国を目指しているにもかかわらず、理工学の多くの分野において短期的に産業応用のような経済的結果が出るものにしか投資をしていない(国家として)という点を、「はやぶさ」「はやぶさ2」を題材にして糾弾しているところは共鳴する。しかし、のっけから本書には誤変換やタイプミスが多く見られたのにはちょっと閉口した。「はやぶさ2」の打ち上げが迫る中で急遽執筆・出版ということになったのは想像できるが、最近の本はジャンルを問わず誤変換やタイプミスと思われる箇所が多い。正直これでは内容が良くても萎える。それにしても、初代「はやぶさ」のサンプルリターンミッションがいかに綱渡り的で奇跡的なものであったかというのを再認識させられた。川口淳一郎プロマネをはじめとするミッション担当者の能力・手腕・判断の素晴らしさにはやはり目を見張るものがあり、素晴らしいの一語に尽きる気がする。一方、「はやぶさ2」以降を既に見据えて日本は宇宙探査を行っていかなくてはならず、そこでは少数精鋭による属人的な探査と言うのは難しいのも事実。予算獲り等を含めてより計画的・継続的にミッションを行っていき、宇宙探査や惑星科学の分野で是非とも日本が世界をリードして行って欲しいものである。さて、今回も印象的だったところを引用させて頂こう。技術の継承と発展、次世代を担う人材の育成のためにも、次の探査は必要だ。白瀬矗の南極探検のように一時の熱狂の後に忘れ去られ、パイオニアは後半生を借金の返済のために苦労するというようなことを、太陽系探査で繰り返してはならない。その出自からわかるように、理学関係者は研究の自発性ということに強いこだわりと誇りを持っていた。研究とはあくまで、研究者の抱いた自然に対する疑問から始まるべきものであり、仲間内の厳しい議論を経て鍛え上げられ、精錬され、探査計画となるべきものであった。探査機が宇宙の彼方でコケたから、さあ次だというような理由で始まるべきではなかった。「自発性が足りない」と、彼らははやぶさ2を批判した。…この時、民主党が任命した仕分け人には、はやぶさ2に批判的な松井孝典・東京大学名誉教授が入っていた。とりあえず、松井孝典最低だなと思った。惑星科学者の末端にも据え置けない男だわ、ホント。今年58冊目読了。はやぶさ2の真実―どうなる日本の宇宙探査―/松浦晋也
2014.11.28
ドライブウェイのハリエンジュの木の下(針槐)セイタカアワダチソウ(背高泡立草)ストレスに打ちヒシがれる(拉)シロヒトリがおどろいて飛び立つ(白灯蛾)利子払いはビタ1セントもなし(鐚)ネグラに人を寄せつけたくはない(塒)セイウチ君と大工さん(海象)海に棲む動物はエラで呼吸をする(腮)
2014.11.21
「ブラック・ハウス(下)」(スティーヴン・キング&ピーター・ストラウブ、新潮文庫)を再読。人目を避けるようにひっそりと森の奥深くで息をひそめているブラック・ハウス。連れ去られた子供たちがこの家に捕らわれていると確信した主人公ジャック・ソーヤーとその一味が救出作戦に出向く。迎え撃つは幻影・魔犬・悪夢そしてジャックの再びの<テリトリー>への旅…その終焉は果たして…。結末は正直、好みが分かれるところだと思うが、キング・ファンなら納得の結末ではないだろうか。それにしても本作がこれほど「ダーク・タワー」色に染まっていたとは初読のときは思わなかった気がする。この下巻では、<カ>やモノレールのブレインが登場、そして「タリスマン」からのあの人物が実はガンスリンガーだった(!?)という話もあり、改めて読んでいて色めき立ってしまった。それにしても、息子のヒルの作品に続いて再読用に選んだキングの作品も連続幼児誘拐殺人犯モノだったとは…。まぁいろいろあったが、今年57冊目読了。
2014.11.21
さて、相変わらず抜け漏れ誤りなどあるかもしれないが、「丹下桜のRadio A La Mode」の第3回公開録音の模様をできるだけ書いておこう。一応、桜さんのブログの記事はコチラである。ちなみに私はこれが公録「3回連続3度目の出場(←甲子園出場回数紹介みたい)」である(第1回と第2回の公録レポはコチラとコチラ)。今回も会場は浜松町の文化放送。3度目なので行くのも慣れたものである。整理番号順にIDチェックして入場、アンケートを配布された。内容は「丹下桜さんの可愛いと思うところ」とかいったモノ。これについては後で書こう。会場入りした後は席へ。私は整理番号が130だったのだが、入った時はほぼ席は埋まっていて、一番右の後ろから2列目に陣取ることに。全体の人数は150人といったところだろうか、という印象。さて、公録と言えばお馴染みの作家さんによる「ウルトラクイズ」から開始。残念ながら今回も勝ちあがることは出来なかったが、面白い問題頻出だった。私が間違えたのは「最近桜さんがやったポカは?」みたいな問題。選択肢は「初めて乗る電車で逆方向に乗車し爆睡して終着駅まで」と「携帯の時計を誤っていじり、オーストラリア標準時に」だった。落ち着いて考えれば後者が正解と判るのだが、私は前者を選んでしまった。今までの傾向として、どこかで思い切った選択をしなければ生き残れないクイズがあったのだが、今回は素直に解いていけば解けるクイズだったので(私もその後の問題はすべて判った)、妻ドラマ共演権が得られずに残念だった(後に判るが、前々回も妻ドラマ共演されてる方がいたのには驚いた)。そして桜さん登場。クイズにもなっていたが衣装はボルドーのワンピース。まず最初にウルトラクイズのおまけとして「今朝起きて最初に何と思ったか?」と問われた。選択肢は「公録でみんなに会える」と「眠い」。私は前者に手を挙げたがこれがごく少数でしかも不正解という、いきなり笑わせてくれる桜さんだった。最初はふつおたのコーナー。会場の「メガネ男子率調査」なんてのがあって、70%が実用メガネ、29%が裸眼、残り1%が「桜さんがいい気持ちで公録を進められるためにメガネをかけている」という結果に。そういえばこの調査、選択肢に「コンタクト」がなかったなぁ…その代わり、「ダテメガネ(メガネかけてるほうがお洒落でしょ)」ってのがあった。ちなみにこれは0%だった。あとふつおたで印象的だったのは、公録招待状をご覧になったお母さまからメールが届いたというもの。何でも頻繁に東京に行っているのを心配されていたみたいで…桜さんは電話の時のように声のトーンをあげて「お母様、私と○○さんは、時にはラジオパーソナリティとリスナー、時には歌手とオーディエンス、時には声優(キャラクタ)とそのファンという健全な関係なのですよ」的なことを仰り、お母さまに心配をかけた罰として作家さんがまさかの「土下座」をする破目になった。これには会場爆笑!続いてラボ。ここで最初に配布されたアンケートが使われた。つまり、桜さん自身が集計されたアンケートの内容を推測し「自分の可愛いと思うところ」を当てるというもの。まぁ順当に「声」というのは最初に正解された。私も「声」と回答していたし、これはみんな納得だと思う。しかしその後、桜さんはひたすら正解が出せない。愛犬・性格・まったり感・天使…と回答するも全て×。あまりの恥ずかしさに「巻きが出てる」と嘘を言ってコーナーを終わらせようとなさる。で結局「声」以外の正解は出ず。ちなみに他の答え(ランキング上位)には、「笑顔」や「番組スタッフを弄る様子」などがあった(私も全部を正確に覚えていないので、桜さんのことを笑えないのだが)。次は妻ドラマ。何といきなりドラマはファイナルであることが告げられる。作家さんがまた充電期間に入るとか。ありゃ、ときめき成分足りてないんですねぇ。放送作家という仕事の大変さが垣間見えます(でも放送作家って一度やってみたいな、私)。それはともかく、最初のウルトラクイズで選抜された4名のリスナーと桜さんの掛け合い方式でのドラマの収録が行われた。共演された皆さんが羨ましかったのはいうまでもない。蛇足だが、ウルトラクイズの途中で勝ちぬけていたにもかかわらず「いやな予感がする」といって棄権した人がいたが、あれは勿体ないよ、ホントに。その次は公録限定企画。これについてはホントにレア度が高いものなので、ここでは一切書かないことにさせて頂きたい。ただひとつ、大部分の参加者にとって、とても素敵なことが起きた、とだけ記しておこう。続いてこれも公録恒例の番宣録音。これは会場と桜さんの掛け合いでジングルを録るというもので、今回の会場の台詞は「桜コール」だった。20秒に収まらなかった1回目をスタッフさんが「聞いていない」というハプニングもあったが、2回目はコールの回数を4回から3回に減らして行い、無事20秒に収まった。そして最後はミニライブ。ラジアラの現OP・EDである「Shooting Star」「My Little Love」が歌われた。この2曲は未だCD化されていないので聴ける機会も少なく、今回公録で聴くことが出来てとても良かった。最後の最後の挨拶で桜さんが「今日は楽しかったですか? 私は恥ずかしかったです!」と言っていたが、もちろんその後に「楽しかった」と言っていた。さすがにあのラボは見ていて可哀想と言うか大変そうと言うか消耗の度合いが途轍もなかったんじゃないかと思う。でもそこに「コメディエンヌ桜」を垣間見ることが出来て、今回もたくさん笑って涙目になり、面白く楽しいひとときを過ごすことが出来た。都合2時間弱だっただろうか、繰り返しになるがホントに楽しかった。桜さん、スタッフのみなさん、参加者のみなさん、ありがとうございました!
2014.11.15
「ブラック・ハウス(上)」(スティーヴン・キング&ピーター・ストラウブ、新潮文庫)を再読。同じスティーヴン・キング&ピーター・ストラウブの合作「タリスマン」の続篇にあたる作品。成長した主人公のジャック・ソーヤーはLA市警の刑事を引退してウィスコンシン州の田舎町フレンチ・ランディングに移住しようとしていた。折しも町では食人鬼「フィッシャーマン」による少年少女誘拐事件が勃発。警察を引退したジャックのもとにも捜査協力の依頼が舞い込むとともに、再び「テリトリー」からの呼び声を聴くことに。さて、ジャックは連続誘拐犯を捕えることができるのか、というホラー・ミステリ。何とこのストラウブとの合作にも「ダーク・タワー」との繋がりを示す記述がある。深紅の王(クリムゾン・キング)や破壊者(ブレイカー)、タワー、ビームなど。これには再読してみて驚いたが、こういう点は再読ならではの楽しみでもある。下巻の展開が楽しみな1冊。これで今年56冊目。
2014.11.14
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「NOS4A2-ノスフェラトゥ-(下)」(ジョー・ヒル、小学館文庫)を読む。かつて連続児童誘拐犯マンクスに殺されそうになった主人公ヴィクは、精神病院入院を経て息子ウェインと水入らずの日々を過ごしていた。しかし、ヴィクへの復讐に燃えるマンクスは死から蘇り、ロールスロイス・レイスを駆ってウェインを誘拐、自分の作り上げた<クリスマスランド>へ向かう。ヴィクは息子を取り戻すためバイク・トライアンフでマンクスを追う。巻末の霜月蒼氏の解説にもあるが、上巻で張られた伏線がひとつに収束して「ヴィクvsマンクス」の構図が明らかとなり、疾走感を持って結末へ駆け抜けていくストーリーである。あまりの圧倒的なストーリー展開に、読者は作品世界にどんどん引き込まれてしまう。物語がホラーなので現実には起こらないことが次々に起きるが、作品世界に嵌っている読者にとってはそれが当たり前のことで、主人公ヴィクに感情移入してどんどん読み進めてしまう。これだけ長大・重厚・無辺で圧倒的なストーリーを書ける作家は洋の東西を問わずあまりいないのではないだろうかと思う(もちろん私が読んだことがないだけかもしれない)。いるとしたらまさにヒルの父親であるスティーヴン・キングがそうだろう。本作も良くも悪くも(決して「悪い本」であるというつもりはないが)父キングの作品・作風に似ている。実際、あそこはキングのあの作品に、ここはこの作品に、と言い始めたらきりがないので止めておく。しかし巻末の謝辞に「思えばわたしは生まれてからずっと、父を追って父の裏道をバイクで走っていたのかもしれない」とあることだけは引用させてもらおう。本作は表面上は「かつての児童誘拐犯にして今は死から蘇った吸血鬼に息子をさらわれた母親が息子を取り戻す冒険譚」であるが、その裏には家族愛や真実と想像(虚構)などといった深遠なテーマが通奏低音のように貫かれている。それを盛り上げているのがヴィクを取り巻く登場人物たちである。さらわれたウェインの父親にしてヴィクの恋人であるルー(ヴィクとルーは結婚はしていない)、ヴィクの両親クリスとリン(こちらは離婚して父クリスは家出)、不思議な力でヴィクにマンクスの恐怖を告げる図書館司書マギー、吸血鬼マンクスの手下である「ガスマスク・マン」ことビング、ウェイン誘拐事件を担当するFBI心理評価官ハッターなど、いずれの登場人物も個性的で魅力に溢れていて、だからこそ物語をより面白いものにしている。最後に気に入ったフレーズを幾つか引用させてもらおう。子供と大人のちがいは、想像力を働かせることと達観することのちがいでもある―ヴィクはそう思うよになった。想像力を捨てて達観してしまえば、道を見うしなうのだ。幻想とはつねに、命を吹きこまれるのを待っている現実のことだ。今年55冊目読了。(PS.最近かなりの量の読書をしているが、これだけ重厚壮大なストーリーを楽しんだのは久しぶりだ。何せ5日間で上下合わせて約1200ページを読んだのだから。こうなると次は父キングの長篇を読んでみたくなるなぁ。)NOS4A2(ノスフェラトゥ)上/ジョー・ヒルNOS4A2(ノスフェラトゥ)下/ジョー・ヒル
2014.11.11
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「NOS4A2-ノスフェラトゥ-(上)」(ジョー・ヒル、小学館文庫)を読む。5月に発売されて速攻購入したものの、100数十ページを読んだだけでその後読めていなかった本作を、ようやくまた頭から読んでみることに。主人公のヴィクは8歳の時から、父に貰った自転車で家の裏の森にある屋根付きの橋「近道橋」を渡ってタイムスリップをし、失せ物を見つけることが出来るようになっていた。17歳のある日母と喧嘩して家を飛び出したヴィクが近道橋を通って向かった先は<橇の家>。そこにいたのは<NOS4A2-ノスフェラトゥ->のナンバープレートをつけたロールスロイス・レイスに乗る吸血鬼ならぬ連続児童誘拐犯のマンクスだった。さすがに巨匠キングの息子だけはある(訳者もキング作品でお馴染みの白石朗氏)。上下各々600ページ近くもあるのに、文体が読者をして「読ませる」のである。読んでいて作品世界にどんどん引き込まれていく。ストーリーでは長じた主人公ヴィクが刑務所の病院で死んだはずのマンクスと再び相まみえるのだが…とっても先が気になる。下巻が楽しみである。さて、今回は1箇所だけ引用させてもらおう。人間の願いは多々あるが、なんらかの第二のチャンスの到来を恋い焦がれること以上に哀れな-そして痛切な-願いがはたして存在するだろうか?今年54冊目。NOS4A2(ノスフェラトゥ)上/ジョー・ヒルNOS4A2(ノスフェラトゥ)下/ジョー・ヒル
2014.11.08
麓までヒヨドリコエもかくやの急坂(鵯越)
2014.11.06
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「ふたりの距離の概算」(米澤穂信、角川文庫)を読む。「古典部」シリーズ第五弾。古典部の面々も2年生になって「新歓」を行って新入部員を勧誘する。そんな中ひとりの女子生徒が古典部に仮入部する。しかし彼女はある日謎の言葉を残して退部してしまう。主人公のホータローはマラソン大会の最中に関係者と話をし、最近のことを思い出すことによってその謎に迫る、という話。相変わらずホータローの推理は切れてるし、タイトルの「ふたりの距離」が最終的に何を意味するのかが明らかになるプロセスはとても面白い。思春期・青春期に普遍的に見られる何か真理めいたものが垣間見えるのは、いかにも学園モノだなぁという感じがして、読んでいて心地いい。いくつか面白かったところを引用させて頂こう。経験的に言って、人間の視線が水の温度上昇を妨げるということは間違いない。こうしてヤカンを見ている限り決して湯は沸かない。ほんの僅かでも目を逸らした瞬間に沸騰するものと決まっている。…手はどこまでも伸びるはず。問題はそうしようと思う意志があるかどうか。構想段階でスティーヴン・キングの「死のロングウォーク」も意識したという1冊。これで今年53冊目。ふたりの距離の概算/米澤穂信
2014.11.06

パーティランクが再度「Professional」になった。メンバーは、ギガントドラゴン・最強バッファロン・グラコスである。このメンバーで、GJ戦の1回戦を戦った。はくりゅうおうが欲しかったが、貰えたのはグレイトドラゴンだった…。
2014.11.05
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「水底フェスタ」(辻村深月、文春文庫)を読む。東京に出て芸能界で成功した由貴美が山間の湖畔の村に帰ってきた。その村で開催されたロックフェスで彼女と出会った高校生の広海は、彼女の魅力に惹かれ、恋に落ちた。そんな彼女はある日、自分はこの村に復讐するために、「村を売る」ために帰ってきたのだと言う。さて、隠された村の秘密とは? そして彼女は一体何を目的としているのか? はたまた彼女はそもそも何者なのか? 徐々に明らかになる真実は…。舞台となった村は日本のどこにでもあるような村で、古くからの因習にとらわれているといった感じ。それを外から打ち壊そうとするような由貴美の行動。それに惹かれていく広海。二人のあまりに脆く切ない恋。そんなものを描きつつ、村の真実に迫る様はある意味空恐ろしい。巻末解説の言葉を借りれば、「太陽の坐る場所」「ゼロ・ハチ・ゼロ・ナナ」と本作は、著者の作品の中でも地方社会の孕む息苦しさを扱った系列に属しているが、暗欝な読後感という点では本書が飛び抜けているという。確かにその通りの印象を受けた。私はこういう読後感がすっきりしないというか、ドロドロした何かを孕んだまま終わっていく話が実はかなり好きだ。これまでの辻村作品の多くは「若者のための作品」という感じだったが、本作ではまた違った辻村ワールドが展開されている。今後どのような作品を書いていくのか、楽しみである。今年52冊目。水底フェスタ/辻村深月
2014.11.05
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「遠まわりする雛」(米澤穂信、角川文庫)を読む。古典部シリーズ第4冊。7篇の短篇からなる短篇集。それぞれの短篇は1年の中の異なる時期を舞台にしていて、独立性が高いので連作短篇という感じはあまりしなかったが、それでも各作品の中で相変わらずホータローの推理はキレを見せている。巻末のあとがきにあるように、この短篇集では登場人物間の距離間の変化が上手く描かれていて、ああ、学園モノらしくてイイな、という思いにさせられた。今年51冊目。遠まわりする雛/米澤穂信
2014.11.04
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「巨大地震の科学と防災」(金森博雄、構成:瀬川茂子・林能成、朝日新聞出版)を読む。だいぶ前に買って「積ん読」になってしまっていた本。勿論著者の名前で即買いしたのだが。主に「巨大地震の震源で何が起きているのか」に着目して、様々な地震の波形解析の事例やそこから地震や震源の本質として何が導き出せるのかを、著者自身の半自伝的な要素も混ぜつつ書かれた1冊。超一流の研究者が書くとここまで判りやすいのか、と感動するほど理解しやすく書いてある。数式を一切使っていないところも凄い。そして内容が単なる理学にとどまっていないところも本書の特徴であると思う。タイトルの末尾に「防災」とついているのはダテではない。勿論著者は緊急地震速報の理論的基礎であるリアルタイム地震学を生み出した研究者であるのだから当然なのだが、そこらの地震・地震学解説本とはワケが違うと感じた。ただ惜しむらくは、係り結びが不自然・主語が不明・漢字が誤っている等の日本語としての問題が散見されたことである。特に「速い」とすべきところを「早い」と書いてある箇所が複数あり気になった(P.199「早い計算機」など)。最後に何箇所か引用させて頂こう。もう少し具体的にいうと、長周期で見ると地震波の立ち上がりのパルスは、遠方では三角形のように見えます。三角形の底辺の幅は震源での地震の継続時間に比例し、三角形の面積は断層面の大きさとずれの大きさに比例します。三角形のパルスを見るだけで、大きな断層か、その断層はゆっくりずれたか、速くずれたかという情報が読み取れるのです。このようにMwはエネルギーをもとにした尺度で、ほんとうはエネルギーマグニチュードとよぶべきものです。しかし、計算にはモーメントを使うので一般にはモーメントマグニチュードとよばれています。私の頭の中にあるのはMwだけで、一度もモーメントマグニチュードと定義したことはないのですが、いつのまにかモーメントマグニチュードとよぶ人が増えてしまいました。私はアメリカに住み着いてから英語を覚えるより先に、日本語(特に文字)を忘れてしまったので、今ではとても人にわかるような文章を日本語で書くことはできません。これで今年50冊目に到達。巨大地震の科学と防災/金森博雄
2014.11.03

弟夫妻に誘われて江ノ島の「Eggs'n Things」にパンケーキを食べに行った。「ディズニーランドなみに並ぶこともある」と言われていたので、朝早く家を出て小田急線片瀬江ノ島駅で待ち合わせ、お店の開店前に並ぶことに。幸い、待ち時間はそんなに長くなく、すんなりと店内へ。そして肝心のパンケーキはクリームは甘さ控えめ。生地はかすかにソルティな感じで、甘すぎるということは全くない。メープルシロップをたっぷりとかけて頂いた。美味。ただ、やっぱり量が凄いのと、早く食べないとクリームがダレてきてしまうので、けっこう一生懸命ペースをあげて黙々とフォークを口に運んだ。弟の奥さんがオムレツも頼んでいてくれていて、こちらのケチャップと塩の味がいい口直しになった。昨今のパンケーキブーム、私も気になってはいたが、なかなかひとりでは行けなかったので、今回食べることが出来てホントに良かった。是非また食べに行きたい!その後は江ノ島散策。とはいっても江ノ島はかなりの「山」。急な石段を上がったり降りたりを繰り返して最奥の岩屋まで行って帰ってきたが、汗はだくだく、膝はがくがく。日ごろの運動不足と中年太りを呪ったよマジで。さらにその後、辻堂に舞台を移して2人のショッピングに付き合ってから帰って来た。さすがに長時間歩き通しだったので、まずは太ももの付け根が悲鳴を上げ、その後ショッピングの最中には足全体がだるい感じに。なので夜は熱いお風呂に浸かった。おかげで疲れは癒され、パンケーキの美味だけが記憶にしっかり刻み込まれた。
2014.11.02
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