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今までずっと、おなかに子供がいるという実感が全然なかった。かなり長い間、本当に妊娠しているのかどうかどーも信用できないような気がしていた。だってねえ、ほんのこの間まで何にもなかったものが、ほんのちょっとのことで、命としてこの世に存在するようになるのだろうか。考えれば考えるほど、ほんとに不思議で信じがたい。そうしてひょこっとできた命の元が、あっという間に米粒大になり、くるみ大になり、気がついたら8cmにもなっていると聞くと、さらに不思議さが増す。そんなあるかないか分からないようなものが、ほんのちょっと時間が経っただけで、異常なまでのスピードで増殖していくなんて。普通だったらありえない。目で確認できないだけに、疑いが晴れない。しかし超音波を見ると確実に人間の形みたいになってきているし、数週間で子宮いっぱいに大きくなっている。それに最近、手でおなかを触ると、硬いものに触れる。おへその辺りから下に向かって触っていくと、途中からおなかが硬くなっているのだ。このあたりに子供がいるのかな、と想像できるようになった。ああ、この間まで影も形もなかったものが、生命体として自分の体のなかに存在する不思議。心臓も動いているっていうから、私とは別の生き物なんだ。私が立ったり座ったり、寝返りを打ったりするたびに、おなかの子が、羊水の中で上がったり下がったり、ひっくりかえったりしているのかと思うと、おかしな気分になる。びっくりさせないように、ちょっとゆっくり動いてやろうか、なんて気にもなったりする。今3ヶ月半。あと1ヶ月ぐらいして胎動を感じるようになると、もっと実感が沸くようになるのだろうな。
2008/04/30
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今日は夕方夫の妹がやってきて、両親と私たち夫婦をレストランに招待してくれた。四合院(中国の昔の建築様式)を改造した趣のあるレストランである。妹の給料が上がったので、そのお祝いとのこと。日本だとお祝いされる人がおごることは少ないと思うが、中国は主役がみんなにおごる。誕生日会だって、誕生日の人がみんなにご馳走するのだ。さてその食事のとき、物騒なことを聞いた。北京のあちこちでバクダンが発見されているという。妹いわく、「うちの会社の上司が政府のとある筋から聞いた話だけど、最近北京のあちこちでバクダンが発見されてるみたい。空港や大通りの四つ角、大型スーパーの中など、合計19個も発見されたらしいよ」との話。ええー、空港はまあ予想できるけど、十字路やスーパーなんて、毎日の生活で行きそうなところでそんな物騒なものが発見されているとは、怖い話。他にも、国内便の飛行機のトイレの中で、油をかぶって焼身自殺テロを図ろうとした人がつかまった話やら、バスが爆発した話やら、いろんな話を聞いた。普通に暮らしていると特に危険を感じることはなかったのだけど、オリンピックを控えた北京には、実は危険がいっぱい潜んでいたのね。平和ボケした日本人の私は、何も考えずに公共交通に乗ったり、あちこちうろうろしていたけど、今日の話を聞いて、あんまり出歩かないほうが身のためだという気になった。北京在住の皆さんは今の時期、あまり人の多いところには出かけないようにしたほうがいいかもしれませんね。↓レストラン「劉家私家菜」。 美術館後街からちょっと入ったところにあります。
2008/04/27
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つばめ、3月末に出血して以来、約1ヶ月もほとんど外に出ない生活をしていた。その頃、うちで着ていたものといえば、スポーツウェアである。うちの夫はスポーツ用品メーカーに勤めているので、スポーツウェアはうちにあふれている。その中から適当なものを選んでは着ていた。つばめのお気に入りはウエストがゴムになっているジャージズボンにパーカーというスタイル。外にも出ないし、それで事足りていた。ところがある日、久しぶりに外出しようということになり、去年着ていた春物のパンツを出してきて着てみたところ、ありゃ~、入らない。ウエストボタンが止まらないかなー、と心配していたのだが、なんの、チャックが全然上がらないのである。こりゃだめだ、ということで、今日、夫とともにマタニティー専門店へ。中国女性はスカートよりズボンを好むようで、いろんなズボンがずらーりと並んでいる。だけど、どれを見ても大きすぎるような気がする。つばめ、まだ目立つほどにおなかは出ていないんだけど。。。ところが、店員さんに勧められて試着してみると、あらー、案外いける。ウエスト部分がゴムになっており、今の体形に合わせて締め方を調節できるのと、おなか部分が伸びる素材でできていて、はいてみるととっても楽。もうスポーツウェアには戻れないわ。さらに、店員さんに勧められたブラジャー。大きすぎるって言って断ろうとしたのだけど、いざ試着してみると、あれ、結構大丈夫?しかも普通のブラジャーと比べて、アンダーや肩ひもが太く、つけていて楽。結局勧められたものを全部買ってしまいました。やっぱりマタニティーウェアって、うまくできているものですね。初マタニティーウェア、一度着始めたら、もうやめられませんね。↓マタニティーズボン。ウエストのゴムにボタン穴が たくさんあいていて、自分サイズに合わせた後、 ボタンで留められるようになってます。 おなか部分ものびのび素材になっていて、臨月まで着用可能。
2008/04/26
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うちでゴロゴロしてるうちに妊娠満3ヶ月も過ぎ、そろそろ病院に検査に行く時期になった。しかし、行く予定だった「北京五州女子医院」のコネのあるお医者さんが、内モンゴルに長期出張中とのこと、しょうがなく、夫の友人のつてを頼って家の近くの「北京医院」にとりあえず検査に行くことに。言われた場所に行ってみると、そこは診察コーナーではなく、医師たちの控え室。そこで、血液検査のための採血をしてくれた。番号札も取らなくてよかったし、並ばなくてよくて、らくちーん!その後、地下の裏道を通って診察コーナーへ。待っているたくさんの人を一気に順番抜かしし、その知り合いの医師とともに超音波室へ入る。そのお医者さんは、一番映りがいい超音波装置のあるところへ案内してくれ、現場の医師の隣で、一緒に超音波を見てくれた。中国の超音波画面は、いつも患者が見えない位置に置かれていて、医師もぶっきらぼうで、あまり詳しく教えてくれない。でも、私は知り合いの医師から、もらった超音波写真を見ながら、説明を受けることができた。おなかの子は心臓も動いていて元気で、今体長7.7cm。「この子はいい子だよ~」と言うので、どうしてかと聞くと、まだ13週なのに、もう14週の大きさがあるらしい。「大きいといいんですか」と聞くと、いいって答えてくれたので、何だかうれしくなった。「それに、超音波で見ている間に、 自分で動いて姿勢を変えていたよ」と、説明してくれた。もう自分で動けるようになってるなんて、おもしろいな。コネのあるおかげで、全然待たずにとてもスムーズに検査を受けることができたのだった。さすが中国ですね。↓13週。前はまだちっちゃくて空間にも余裕があったのに、 今回は、子宮いっぱいに大きくなってました。 これからは子宮と一緒にもっと大きくなっていくのかな。
2008/04/23
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今日は両親と妹夫婦とともに、郊外に桃見にお出かけ。久しぶりの遠出にワクワク。片道3時間かけて、平谷というところに行きました。桃はもう遅かったようで、かなり散っていたけど、お義母さんたちとともに苦菜摘みをして、楽しかったです。日本でいうと、つくし摘みみたいなものかな。春たけなわですね~。ずっとうちにこもっていたつばめは、新緑の緑や明るい光が目にまぶしかったです。↓桃園。右手前に写っているのが「苦菜」です。 苦い葉っぱで、味噌をつけて食べます。春の味。
2008/04/19
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4月のある日、うちの区のアパートの各戸に回覧板が回ってきた。電球の必要個数の書き込み表である。聞けば、省エネ型の電球が市価の80%OFFで購入できるとのこと。15元の電球が3元で買える。残りの12元は政府の補助でまかなわれるそう。たぶん、中国の電力不足が深刻なので、市民に家の電球を省エネタイプのものに換えてもらって、少しでも電力を節約しようということなのだろう。省エネタイプの電球は、普通のものよりかなり値段が高い。でも政府が補助してくれたら、一般庶民でも買える価格になるし、電球を換えることで、家計の電気代も安くなるなら、うれしい話だ。しばらくして、今度はお母さんが料理用スプーンと油を入れるプラスチックの容器、それに北京市人民政府発行の「健康的食事のためのガイド」という本を見せてくれた。政府が無料で配布しているものらしい。料理用スプーンで塩1杯分が、ひとり1日分の塩分量になっている。油の容器は1週間分の適量。へーーー、と思った。大きな中国政府が、こんなに細かく市民の健康と生活向上のために草の根政策を実施しているとはちょっと意外。中国政府、なかなかやるじゃん、と思ったことであった。
2008/04/18
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しばらくアパートの1階で義父母と同居していたので、お昼ごはんを食べた後などに、よくお義母さんとおしゃべりして過ごした。お義父さんもお義母さんも、河北省の田舎で生まれ育った。ふたりは小さい頃からの幼なじみだったそう。お義父さんは村で有名な秀才で、熾烈な試験を突破して北京の大学に進学し、卒業後は北京の国営会社に就職。戸籍も北京に移った。お義母さんは高校卒業後、現地の医科専門学校に進み、卒業後は現地の病院に採用され、産婦人科の医者になった。たくさんの実習生の中から、お義母さんだけが病院に残ることができたそう。きっと優秀だったのだろう。「もともとお医者さんになりたかったの?」と聞くと、両親を早くなくし、兄弟姉妹を食べさせていかなければならなかったので、現地では収入の多い医者を目指したという。そして、義父と義母は近所の人の仲立ちで結婚することに。幼なじみとはいっても、小学校以来口もきいたことがなく、お見合いだったそうだ。こうして義父母は結婚したが、結婚したからといって、義母が戸籍を田舎から北京に移せるわけでなく、新婚当初から、義父は北京、義母は河北省の別居婚で、一年に何回か会えたらいいという生活だったそう。それでもまもなく、子供に恵まれた。義父は相変わらず北京で独身のような生活をしていたが、義母の生活は一変。医師としての仕事に忙殺されながら、姑を手伝って畑も耕し、子供の世話に追われる日々。頼りにできる夫もいない。そんな生活が10年以上も続いたという。そんな忙しい生活の中、義母は医療の幹部国家試験にチャレンジすることに。この試験は、医療現場に10年以上携わった人のみ受験資格が与えられるもので、義母はこのチャンスを待っていた。医師は戸籍上「工人」であり、田舎の戸籍を他に移すことはできないが、幹部になれば、戸籍を北京に移すことができる。義母は子供の将来のため、この狭き関門に挑むことにした。一日の仕事を追え、疲れた体に鞭打って勉強し、見事この試験に合格。上の子供(うちの夫)が中学校に上がる年に、北京に引っ越してきた。義母は義父の勤める国営企業に幹部として入社。子供たちは北京になじんでいった。夫に、「もしお義母さんががんばって北京に戸籍を移さなかったら、あなたも田舎で畑を耕していたかもしれないね。」と言ったら、夫、「つばめが中国旅行に来て汽車で河北省を通るときには、畑のそばで、子供の手を引いて汽車を眺めていただろう。田舎の人は結婚も早いからね」だって。苦労している義母を見てきた夫は、義母にやさしく、義父には厳しい。義母びいきなその理由がちょっと分かったような気がした。
2008/04/18
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ある日の午後、おしゃべりの中で義母は自分の時代の妊娠生活を話しはじめた。義母の時代は、妊娠がすごく恥ずかしいことだったので、おなかが出てきてどうしても隠し通せなくなるまで、家の人にも妊娠を打ち明けなかったそう。だから、つわりがあっても物が食べられなくても、それを人に言うことができず、田舎の畑仕事なども人並みにこなさなければならない。どんなにつらくても黙って耐えて、人にしのんで裏でよく泣いていたという。義母のお姑さんというのが、悪気はないのだが、あまり気が利かない人であったらしい。当時はまだ食料が不足していた時代、本当だったら義母は栄養を取らなければならないのだが、食欲がなく、「いらない」と言ったら、姑は「あ、そう」と言って自分で食べてしまう。舅がもう亡くなっていたので、当時は姑が家長で、家計を握っていた。義母も医師として稼いだ給料をすべて姑に渡していたらしい。だから自分で何か好きな食べ物を買いたくてもお金がない。そんな中、義母の親戚が妊娠を知り、こっそり義母に差し入れてくれた貴重な卵を、正直な義母は、隠さずに姑に見せた。姑は、「食べたいの?」と義母に聞いた。義母が遠慮して「いいえ」と言うと、姑、「じゃあ、病気の○○さんとこに持って行くよ」と言って、義母の卵を自分の親戚のうちに持っていってしまったという。そんな姑を見かねて、近所の人が「あなたのうちのお嫁さんは妊娠してるんでしょう?ちょっとは大事にしてあげないと」と忠告してくれた。その晩、姑は初めて義母のために卵を買ってきて、「ゆで卵がいいの、それとも缶詰の卵がいいの?」と聞いてくれたという。なんだか聞いていて切なくなってくる話だ。当時は姑が特に意地悪だったわけではなく、妊婦をいたわるという発想自体が田舎にはなかったらしい。出産直前まで働いて、生んだらすぐ畑に戻るというのがふつうの時代。それに比べると、つばめの生活なんて天国だな。仕事もせずに家で何もかもお義母さんにやってもらって、ぬくぬくと暮らしている。こんなに苦労した義母なのに、嫁のつばめをいじめないどころか、誠心誠意お世話してくれるのだから、本当にできた人だなあ、と思う。義母にはほんとに感謝しなくちゃね。
2008/04/18
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義母の時代は、うちで出産するのが普通で、産婦人科医であった義母も、あちこち呼ばれて何千という出産に立ち会ったという。その時代の村の子供は、ほとんど義母がとりあげたというから、義母は村の産婆さんみたいなもの。自分が身重になっても、大きなおなかを抱えて往診道具を抱えて自転車に乗り、あちこちのうちに通っていたという。そんな義母だが、自分が出産するときは医師の介添えなしに、ひとりで生んだのだと言う。陣痛が始まってもしばらくは働いており、いよいよつらくなってきたら、家でうなり声を上げるのははばかられるので、畑に出て陣痛に耐え、いよいよとなると家に戻って自分で生んで、自分でへその緒を切って処理したのだそう。義母の妹などは、「いつも他の人の出産のお手伝いをしているのに、自分の時はひとりで生まないといけないなんて・・・」と泣いたそうだ。本当は、義母の病院にはもう一人産婦人科医がいて、その人がうちまで来てくれたそうなのだが、その人は男性医師で、しかも同僚だったため、きまりが悪くて、別の部屋で待機してもらい、全部処理が終わった後で、その医師を呼んだのだという。すごいなあ。つばめなんて、きれいな病院で、夫に立ち会ってもらって出産しよう、なんて甘いこと思っているのに。「今はいい時代になったね」と義母が言ったが、本当に今の時代に生まれてよかったと思った。
2008/04/18
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妊娠すると情緒不安定になるというが、確かに怒りっぽくなった気がする。そして怒りの対象はもっぱら夫。例えば、こっちがつわりで気持ち悪い時に夫が隣でテレビを見て笑っているだけで、もう切れそうになるのだ。ある日の夜中、トイレで目覚めてしまい、気分が悪いので、冷蔵庫からヨーグルトを出してきて食べようとしたところ、夫も起きてきた。「何してるの?」と夫が聞くので、「ヨーグルト食べてるの。おなかがすくと気持ち悪くなるから」と言った。すると夫、「ボクもそうだ」と言った。夫の返事は、「ボクも気持ち悪い」という意味なのか、「ボクもおなかがすいた」という意味なのか量りかねたが、いずれにしてもそれは、つばめの求める答えではなかった。ボクがどうなのかはさておいて、「つばめ、気分が悪いの?大丈夫?」と一言言ってほしかったのだ。いつも気分が悪くてもいちいち夫に言ったりしないが、こうやって口に出した時ぐらい、少し気遣ってほしいと思ってしまう。夫の返事に気分を損ねたつばめ、ヨーグルトを食べ終わると、夫に声もかけずに、寝室に戻った。つばめのご機嫌斜めを察したのか、夫、しばらくして寝室をのぞきに来た。寝室のドアから顔を出したりひっこめたりしている。いつものつばめなら、「な~にしてるの~?」とやさしく応対してあげるところであるが、その日は、夫のかわいいおふざけに余計にイラッとして、「寝室に戻るなら戻る、向こうでテレビ見るならドア閉めてよね」と、冷静に返してしまった。ドアを閉めてスゴスゴと引き上げた夫を見て、ちょっとかわいそうになったが、イライラしてどうも気持ちがコントロールできないのだから仕方がない。その日はリビングのソファーで寝た夫であった。
2008/04/17
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流産しかかって、長らくベットで安静にしていたつばめ、10日ぐらい経ったある日、もう大丈夫だろうとうちから5分ぐらいの王府井教会まで歩いてみた。ところが。行きはヨイヨイ、帰りはコワイ、ほんの少しのお散歩だったのに、うちに帰ると、すごく疲れてしまった。6階に上がって、ソファーの下に敷いてあるじゅうたんにうずくまり、動くのもおっくうなほど。夫に、「お湯飲みたいから、沸かしてくれる?」と頼むと、夫、「うん」と返事したきり、ずっとテレビのリモコンをいじっている。どうやら、自分の見たい番組を探しているようだが、それがなかなか見つからない。こっちは早くお湯飲んで、さっさとベッドで休みたいのに、とイライラが募ってくる。もう一度催促してみたが、夫、リモコンを離さない。つばめのイライラはどんどんエスカレート。だいたい、つばめの身体より、自分のテレビのほうが大切なわけ?こっちがどんなにつらいか、全然分からないくせに!結局お湯を待たずにベッドに移動。後でお湯を持ってきた夫に、ひとしきり文句を言う。言っているうちに、どんどん感情が高ぶって、涙まで出てきてしまった。夫はわけの分からない怒りをぶつけられたという感じで、お手上げ状態。何とかつばめをなだめた後、「君のおなかに子供がいる間は、ボクはどんな理不尽な目に遭っても我慢するよ。だけど生まれた後、必ず仕返ししてやるからな」だって。だけど、産後はもっと、情緒不安定になるものなのではないだろうか。夫の苦難はまだまだ続きそうだ。
2008/04/17
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ある日、夕ご飯を食べた後、いつものようにゲップの発作に襲われるつばめ。ゲップが出そうで出ないときは本当に気持ち悪く、どうしても「ウーッ」という吐く時のような変な声を出してしまう。抑えようとしても抑えられないのだ。その日夫はその声を聞いて、「ウ~~ッ!」とつばめの真似をした。夫のその言動にムカついたつばめ、「どういう意味よ、それ」と問いただしたら、夫、「冗談だよ、冗談」と言った。義父母のいる1階ではそれ以上何も言わなかったが、6階に戻ってから、ジメジメと夫を責める。「冗談って何よ、こっちが本気で気持ち悪いときに、そんな冗談、通じるわけないじゃない。それとも、今までいつも、つばめがあんな変な声を出すこと自体が冗談だとでも思っていたわけ?」キレるつばめに、「ハイハイ、ボクが悪うございました」と平謝りの夫。夫にしてもそんなつもりはなかったのだろうと思うが、つばめはやっぱりちょっと傷ついた。わざとあんな変な声を出してるわけじゃないのに。「つばめの気が済むなら、ボクをたたいてもいいよ」と言ったので、思いっきりたたいてやった。「ほんとにたたくのか~」と言いながらも、反撃せずつばめの隣に神妙に座っている夫を見ているうちに、なんだかおかしくて笑えてきた。「反省してるの?」と言うと、「ハイ、反省してます」と夫。従順な夫の姿に、つばめの機嫌もなおり、ちょっと愉快な気分で眠りについたのであった。えっ、夫がかわいそうだって?いえいえ、いつもはこっちに命令ばかりしているのだから、こんなときぐらい、ちょっとは理不尽な目に遭ってつばめに怒られるのもよいのです。
2008/04/17
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たぶん、情緒不安定はつわりのせいだと思う。つわりは我慢できないほどつらいものなのかというと、それほどではないと思うのだが、長期戦なのがいけない。なにせ二日酔いで吐きそうみたいな気分の悪い状態が、2日3日ならず、何週間も何ヶ月も続いて、しかもいつ終わるのかも分からない。この持久戦に気持ちのほうがめげて、どんどんストレスがたまり、分かってくれない夫に怒りが向けられる。こっちはつらい目に遭ってるのに、夫は以前と全然変わらず暮らしていることに腹が立ったりしてくる。せめてつわりのない夫は、つばめのことを第一に考えてくれてもいいのではないかという気がしてきたりする。ほんとはちょっと甘えたいだけなのだ。気持ち悪かったり、疲れたりしたときに、「気持ち悪いの?大丈夫?」という一声があるだけで、妊婦としては自分のつらさを分かってもらえたような気がして、随分心なぐさめられるものなのだ。「ちょっとぐらいの気分の悪さが何だ、こっちのほうが、外でもっと大変で疲れてるんだ。」と思っても、夫はそれを口に出さないほうがよいでしょう。とにかく、妻は身体の調子が激変してストレスがたまっているのだから、そんな妻に、道理を説いても仕方がありません。対応策はとにかく、「気持ち悪いの?大丈夫?」である。この言葉は言い過ぎるということはありません。奥さんが気分が悪そうだったら、何度でも同じことを言ってあげてください。いかにも心のこもった調子で言ってくださいね。その後に、「かわいそうに。早くつわり終わったらいいのにねー」などと言って、オレンジジュースのひとつでも、ついで持ってきてあげると、妻の機嫌がよくなること、請け合いです。情緒不安定な身重の妻にお困りの男性諸君は、ぜひ試してみてくださいね。
2008/04/17
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つばめは今日で妊娠満3ヶ月。つわりがだいぶんマシになり、ほとんど普通に食事が取れるようになってきた。つわりの始まりは妊娠5週目中ごろだった3月初旬。ある日突然、「食欲」というものを失った。何も食べたくないし、食べなくてもおなかがすいたという感覚もない。それでもお義母さんが料理を作って出してくれると食べることができたが、1週間ほどの間に症状は進行し、食べる量がぐっと減ってしまった。「おいしい」と感じるセンサーが麻痺してしまったようで、何を食べても味気ない。「食欲」と「おいしいと感じるセンサー」がなくなると、まるでカラーの世界が突然モノクロに変わってしまったよう。改めて食事というのは、人間の大きな楽しみのうちのひとつなのだ、と実感した。1回の食事で、ご飯2口におかずをお茶碗に半分ぐらい。それも食べないといけないと思うから無理して口に入れるだけで、全然おいしいと思えないし食事を楽しめない。肉類とたまごを受け付けなくなった。料理は苦手な調味料が少しでも使われていると、全く食べられない。残り物もダメ。他にもにおいに敏感になったり、四六時中ムカムカしたり、ゲップが出たりして気持ち悪い。1週間で「もうイヤだ~」と思った。もう妊娠やめて、すっきりした体に戻りたい。しかしつわりは1週間では終わってくれず、その後2ヶ月間にわたって、ちょっとずつ症状を変えながら続いたのであった。つわりを経験してみて、こんな状況でも毎日旦那さんのために買い物に行き、食事を作る日本の奥さんは本当にえらいと思った。つばめなんて、台所に近づくのも嫌だったです。毎日お義母さんに料理を作ってもらい、上げ膳据え膳で暮らしていました。悪い嫁です(笑)。
2008/04/16
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つわりが始まってから、日に日ににおいに敏感になっていった。お義父さんが台所の隅でにんにくの漬物のふたを開けた瞬間、部屋の反対側の端にいたつばめは敏感に反応。「はやくそのふたを閉めて!」と叫びたくなる。こんなに離れているのに、こんなにはっきりとにおうなんて。お義母さんが作った野菜餃子、一口食べた途端、つばめ、「お義母さん、この餃子、肉入ってる?」と叫ぶ。聞くと、味をよくするために、燻製肉をほんのちょっとだけ刻んで入れたという。それだけでつばめはもうダメ。お義父さんには肉の存在は全く感じられなかったらしいけど。生野菜と果物はだいたい好きだったけど、きゅうりのにおいがなんとなくだめになり、以前は好きだったマンゴーとパパイヤの癖のあるにおいがやっぱり苦手になった。温めた牛乳のにおいが苦手になり、一時期、毎朝フレークに冷たい牛乳をかけて食べるのにはまっていたが、ある日そのコーンフレークのコーンのにおいがダメになった。もうとにかく、外を歩いていてもタバコのにおい、人いきれ、店から漂ってくるにおい、1m進むごとに違うにおいを鼻がキャッチする。世の中ってこんなににおいにあふれていたんだ。もうまるで、犬にでもなったような気分。犬の世界ってこんな感じなのだろうか。においだけでなく、食べ物の新鮮さにも敏感になり、素材そのままの素朴な味が好きになった。うちでホワンホワンという犬を飼っているのだが、ホワンホワンが食べるものはつばめも大概好きだったりするのがおかしい。人間、妊娠すると動物がえりするものなのだろうか。
2008/04/16
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ちょっと汚い話で恐縮ですが、妊娠5週目から、やたらとゲップが出るようになった。食事後だけではなく、一日に何十回とゲップが出る。最初はそれがつわりの一種だとは気がつかなかったのだが、ある日、ゲップをした時に胃液のにおいが上がってきてああこれ、つわりの一種なんだと気がついた。そのゲップも、日を追うごとにだんだんひどくなる。最初は普通のゲップだったのが、だんだん「ウーッ」という吐く前の時のような声が出てしまい、そのあとにゲップが出るという症状に。吐きはしないけど、吐くときみたいに苦しくて気持ち悪い。たぶん、大概の人はここで吐くのだろうが、つばめは最後に空気が出る。まあ吐くよりは楽なのだろうけど。とにかく、常に喉元に空気の球が詰まっている感じで、すっきりしない。その空気の球のせいで、食事も喉を通らない気がするし、喉元に洋服の端が触れるだけで、吐き気を催す。タートルなんか、絶対着られない。そうそう、喉が気持ち悪いせいで、のどごしの悪い食べ物を受け付けなくなりました。例えば、ドライナッツやフルーツ、スルメ、つぶつぶの入ったジュースやアイスクリームも粒が喉にひっかかる感じがダメ。とにかく、水分が多く、喉越しのよいものがいいのです。ヨーグルト、プリン、ゼリーなどなど。しかし、あーやだやだ、何度ゲップをしても、また空気の球がすぐ上がってきて、喉元にひっかかる。そのせいで、四六時中不快感から逃れられない。でも、なんでゲップなんだろう。子供が、おなかの中でどんどん空気を製造でもしているのだろうか。
2008/04/16
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もともとつばめは、食べ物にはうるさくないほうなのだが、妊娠して、食べ物の好みがはっきりするようになった。スーパーでも、その食べ物を見た瞬間、「これは好き」「これはイヤ」と心が叫ぶ。おかげでスーパーで物を買うのに悩まなくなった。知らない食べ物や、食べたことのない料理には、そういう一瞬の判断は働かないのだけど、一口食べた瞬間、「これは大丈夫」「これはダメ」と心が叫ぶ。いや、心の声というより体の声なのだろう。つわりの初期、オレンジジュースがやたらと好きだったのだが、そのジュースのブランドにも敏感になった。つばめが好きだったのは「光明」の100生絞りオレンジジュース。酸味と甘みのバランスがつばめの好みに合っている。「HUIYUAN」や「美汁源(Minute Made)」のは、同じ100%をうたっていても、酸味が少なくて物足りない。つわりのムカツキを抑えるには、少し酸味があったほうがいいのだ。食べ物といえば、つばめはつわりの間中、ほとんど毎日中華を食べて暮らした。つわりが始まって1週間ぐらいの頃、無性に日本料理が食べたくなり、義母の目を盗んで日本料理店に走ったが、想像の中では食べられそうだった日本食も、実際目の前にしてみると、半分も食べられなかったのだった。それから日本料理は食べていない。何料理でも今の時期、おいしく食べられないのは同じだと悟ったのだ。中華の中で比較的受け入れ可能だったのが、麺類と野菜餃子。主食類にはそれほど拒否反応がなかった。それ以外に好きだったのは、トマトとジャガイモ。特にトマト。生だろうと、炒めてあろうと、スープになっていようととにかくトマトが入っていれば、食べられる。お義母さんもそれを知り、よくトマトの麺を作ってくれた。他に、毎朝牛乳とたまごを食べるようにお義母さんに言われていたけど、その言いつけは1ヶ月以上守れませんでした。食事の量は減ったが、お義母さんが野菜と果物を毎日たっぷり食べさせてくれたので、肉抜き生活でも結構元気に暮らしていました。
2008/04/16
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今日で妊娠3ヶ月(12週)、約2ヶ月続いたつわりも、少しずつ終わりに近づいてきたようだ。8週目(2ヶ月)ぐらいから、のどの不快感がさらに増し、金属が焼けるようなムカムカが喉の辺りを覆うようになったが、その頃から逆に、食事の量が増えてきた。夜中、3、4回はトイレに起きて、そのたびにムカムカを抑えるためにオレンジジュースを飲んでいたのだが、8週目頃からオレンジジュースを卒業し、毎日夜中にヨーグルトとカスタードパイをひとつ食べるようになった。なんだか、ムカムカしてきたとき、食べ物を胃に入れるとマシになるような気がしてきたのだ。そして10週(2ヵ月半)、ちょうど流産しかかった頃、肉とたまごが少しずつ食べられるようになった。それからは少しずつ食事量が増えていき、犬みたいに敏感だった鼻も、だんだん人間に戻っていき、夜起きる回数も、3、4回から1、2回に減り、ゲップの回数も、少しずつ減ってきた。それにしても、つわりで吐いて苦しんだり、ベッドに寝たきりになって、つらくてつらくて、「もうおなかの子なんかいらない」と泣きながら暮らす人もいるというから、つばめのつわりは、かなり軽いほうだったと思う。それでも、今からまたつわりの最初に戻ってやりなおし!と言われたら、もう二度とイヤだという気持ちだ。あと少しだ。食事の量は戻ってきたが、まだ「おいしい!」と感じる感覚は完全には戻っていない。食事に幸せを感じることのできるカラーの世界に早く戻りたい。あとちょっとなのだが、それがうっとうしい。早く終われ、早くすっきりしたい、と毎日そればかり考えている。
2008/04/16
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今日は結婚4周年記念日。流産の危機を脱して、初めてのお出かけ。車窓から見る外界は、日差しが明るく、緑が輝くようにまぶしく映る。夫が予約してくれた市内のホテルに一泊。つばめはよくなったとはいえ、あまり動き回るのはまだよくないので、ホテル内で夕食を取り、翌日は部屋で昼までゆっくり過ごしたのでした。昼は外で「過橋米線」を食べ、近くの教会を見学に。久しぶりのお泊りは、旅行気分でとても楽しかったです。
2008/04/11
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ワイルド・スワンを読み終わったばかりの頃、夫と車で天安門広場を通りかかった。天安門では今も毛沢東の肖像が下界を見下ろしている。つばめ、それを見ながらふと疑問が浮かぶ。今の中国人は毛沢東のことをどう思っているのだろうか。「ねぇ~~、毛沢東って、大躍進運動で失敗して、 その後数年にわたる大飢饉で 3000万人の餓死者を出したんでしょ。 その後、文化大革命を起こして、中国を 恐ろしい混乱に陥れた人でしょう? つばめ、本で読んだよ。 なんでそんな人が今も 天安門広場を見下ろしているわけ?」と言うと、夫、すかさず、「その本、外国人が書いたんだろう」と言ってきた。海外に出た中国人が英語で書いたんだと言うと、それには反論せず、「当時餓死者が出たのは、自然災害のせいと、 ソ連との関係が悪化して、ソ連から 借金を返すように迫られたため、 国内の食料を輸出して返済資金を捻出したからだ。」と言った。そういう事情があったのは知らなかったけど、それにしても毛沢東の責任はまぬがれないのでは、とつばめは思う。「だけど文化大革命なんて、何の意味があったの? 多くの国民が恐ろしい迫害を受けて、 貴重な文化財も壊されて。。。 あれは毛沢東が自分の意のままに動かなくなった 共産党組織を破壊し、自分の気に入らない奴を 失脚させるためだったらしいじゃない。 毛沢東は自分が始めた大躍進運動の失敗の後、 うまく経済を立て直した劉少奇やトウ小平を 自分に恥をかかせたと恨んでいたというし・・・。」と言うと、夫、「確かに文化大革命は間違っていた。 でもそれは毛沢東一人の間違いじゃない。 それに毛沢東の功労は、失敗よりずっと大きいよ。 毛沢東は建国の父だからね。 最初は理想に燃えて国を作った人なんだよ。 だから、毛沢東の間違いとは切り離して、 功労は功労として認めなければならない」と言った。夫によると、毛沢東の国家運営で、間違いは3割、でも功労は7割あるのだそう。夫だけではなく、国民の多くがそう思っているからこそ、天安門の毛沢東の肖像は打ち壊されたりせず、今も国の真ん中に掲げられているのだろう。なるほどねぇ。外国人から見た毛沢東像と中国人が抱く毛沢東像は違う。今日は新しい勉強をした気分です。
2008/04/11
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流産しかかって自宅安静になっている間、毎日ベッドで本を読んで過ごした。本を読む以外にすることがないので、1日文庫本1冊のペースで読んでいける。ダンボールに詰まった本の中から、最初は江国香織の「きらきらひかる」や吉本ばななの「キッチン」や、藤堂志津子のエッセイなど読みやすい本を読んでいったが、4日目からユン・チアンの「ワイルド・スワン」を読み始めた。ユン・チアンは、四川省生まれの中国人で、共産党支配化での大躍進運動とその後の大飢饉、文化大革命の元での両親迫害や農村下放を経験した後、選ばれてイギリス留学し、そのままイギリスに残ったという経歴の持ち主。「ワイルド・スワン」はイギリスで英語で執筆・出版された後、大きな話題を呼び、世界三十カ国以上の国で翻訳・出版され、多くの人に読まれた。物語は著者の祖母の満州での日本支配時代から始まり、国境内戦、そして文化大革命と著者の母、そして著者と三代にわたる20世紀の中国の歴史の現実を生々しく描いている。この本を読んで改めて、中国ってすごい国だ、と思った。私たち日本人が想像もできないような過酷な歴史の数々をくぐりぬけて、今日の中国がここにあるのだ。もう10年以上前に出版され、多くの人が読んだことがある本だと思うが、中国の歴史を知りたい人でもしまだ読んでいない人がいたら、ぜひ手にとってみてください。講談社文庫から上・中・下巻が出ているはず。歴史はひとつでも、歴史観(どのように歴史を見るか)というのは国によって、人によって千差万別であるが、一人の女性の目を通して見た中国の歴史というのも非常に参考になると思う。
2008/04/10
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すみません、母子手帳のサイズ、B4と書いてしまいましたが、B6の間違いです。B4サイズなんて、手帳とは言えないですよね。日本の母子手帳の2倍ぐらいの大きさです。ちなみに、母子手帳の表紙はお母さんと女の子の幸せそうな写真ですね。こういう場合、なぜか男の子ではなく、女の子の写真が使われていることが多いです。中国人は男の子を望む人が多く、おなかの子が女の子と分かったら、中絶してしまおうと考える人もいるようです。なにせ一人しか子供を持てないものね。それで中国では、出生前の性別診断は法律で禁止されいているようです。聞いても教えてくれません。超音波の画面も直接妊婦さんからは見えない位置に置かれています。写真で女の子が多く使われているのは、「ほーら、女の子もこんなにかわいいんだよ」という政府のアピールなのかなあ、と想像しています。最近の都市部の人は、女の子を望む人も増えてきているようですけどね。
2008/04/10
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ごまが体にいいから、とお義母さんがゴマせんべいを作ってくれた。でも、つわりがあるつばめは、ゴマの油の香りがダメで、ほとんど食べられませんでした。(ほんとはとっても香ばしくておいしいのに!)お義母さん、ごめんなさい。
2008/04/10
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↑これが中国の母子手帳です。お義母さんがつばめの代わりに東城区衛生局に行ってもらってきてくれました。大きさはB6サイズで、毎回の定期健診や分娩記録のページのほか、妊娠初期~後期、出産後の注意事項が書いてあったり、妊婦体操、分娩の進み方や陣痛時におすすめの姿勢、おっぱいのあげ方、赤ちゃんマッサージの仕方など、まるで一冊の妊娠・出産・育児の教科書のよう。中国では本を買えない妊婦さんもいるだろうし、母子手帳が最新事情を教育する教科書代わりという面もあるのかもしれない。子供が生まれてから6歳までの記録ができ、その時期時期の注意事項や予防接種などの案内もある。ところでこの母子手帳、無料ではない。1冊50元(約750円)である。安くないと思うが、出産後、この母子手帳を持ってちゃんと届けをしに行ったら、その50元は返してもらえるらしい。保証金を取って、ちゃんと届出をさせようという戸籍管理を徹底させる手段のひとつなのかな。ほんとはつばめが衛生局に行かないといけないのだろうが、お母さんに代わりに行ってもらったため、つばめの身長や体重、血圧などは、適当な数字が書かれている。身長170cmなんて、実際より10cmも高くなっているけどいいのだろうか。とにもかくにも、満3ヶ月以降から毎回この手帳を持って病院で検査を受けることになる。流産の危機が去ったばかりなので、母子手帳をもらって、ちょっと気分ウキウキです。
2008/04/10
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寝たきり生活も終わりを告げたある日、ふと鏡に自分の姿を映してみると、あれ?ちょっとおなかが出てる?へそ下10cmぐらいのところから、へそ上にかけて、なんだかぷっくりと小さく丸く突き出している。義母に言うと、義母はつばめをベッドに寝かせ、おなかを触った。(義母は昔、田舎で産婦人科医をしていた)「でもまだ子供は骨盤の中にいるみたいで、さわれないよ」と言った。そりゃそうか、まだ満10週(2ヶ月半)なのだから、そんなにおなかが出てくる時期でもないしねえ。子供がまだ骨盤の中にいるなら、このぷっくりしたおなかはもしかしてゼ、ゼイニク?1週間寝て暮らすうちにいつのまにかぜい肉がついてしまったのかも・・・。でもちょっとおかしいのは、普通のぜい肉だったら、おなかに力を入れて引っ込めることができるのだけど、このプックリは、引っ込ませようとしてもあんまり引っ込まない。夫におなかを触らせてみたが、「うーん、よく分からん」とのこと。まあ、服を着たら全く分からないぐらいのふくらみだ。いつ頃本格的におなかが出てくるのだろうか。ちょっと怖いような、楽しみなような変な気分です。
2008/04/09
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妊娠は病気じゃないけど、大きい病気をほとんどしたことのないつばめは、妊婦になってみて、つい自分の症状をいろんな病気の人に当てはめて考えてしまったりする。例えば。つわりが出てきた頃には、ガン患者の人は抗ガン治療で食欲不振や吐き気に襲われるそうだけど、それは本当につらいだろうな~、などと思った。つわりでもこれだけ不快なのに、病気の人の苦しみはどんなものだろう。しかもつわりには終わりがあるが、いつ治るか分からない病気の人は、精神的にもかなりつらいに違いない。心の持久力がもたないのだ。つわりで食欲不振になって10日ほど経つと、食べていないせいか、体が冷え、立ちくらみまでしてきた。そのときはふと、「飢餓に苦しんでいる人というのも、こんな風に体が冷えたり、立ちくらみになったりするのかな」と思った。私は目の前にある食べ物を食べたくないのだが、飢餓というのは食べたいのに食べるものがないのだから、考えてみれば根本的に違うのだが、ついそういう風に想像を働かせてしまう。そして出血してベッドに横になっている時は寝たきり老人の生活に思いをはせた。最初のうちは寝返りを打つのも怖かったので、できるだけあお向けで姿勢を変えないようにして寝ていた。しかし全く姿勢を変えないというのは難しい。時々は右に左に姿勢を変えないと寝ていられるものではない。つばめはこうして自由に姿勢を変えられるけど、自分で動けない病人やご老人などは、さぞつらいだろうな、と思った。床ずれができるほど、同じ姿勢でじっとがまんして寝ていなければならないなんて。妊娠してはじめて、そういうことを少しは実感を伴って考えるようになった。それにしても、妊婦というのはもっと幸せと喜びにあふれているものだと想像していた。つわりのつらさなんて全く想像できなかったし、あれこれ病気の人のことを考えながら暮らすことになるとは思いもしなかった。他の妊婦の皆さんはどんな感じなのだろうか。それともこんなことばかり考えて暮らしているつばめは少し変わっているのだろうか。
2008/04/07
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1階で寝泊りすることになった時、義母がベッドを準備してくれた。ベッド周りにはティッシュペーパー、飲み物、食べ物、ゴミ箱、体を起こさずにも電気がつけられるようにと電気スタンドまで用意してくれた。至れり尽くせりだ。そして6階のつばめの部屋に、身の回り品を取りに上がってくれたのだが、頼んでいた洗面用具以外にも、言うのを忘れていた化粧ポーチや読みかけの本まで持って下りてくれて、とても助かった。「6階の熱帯魚はどうしてた?」と聞くと、魚の水を換え、植木に水もやってくれたそう。気が利く人だとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。つわりのつばめが何を食べるか食べないか、本当によく見てるし、つばめが何気なく窓を開けに行っただけで、「ああ、この料理のにおいがだめなのね」と気づいてくれる。おかげでとても快適な寝たきり生活を送ることができた。お義母さん、ありがとう。
2008/04/06
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それにしても今回なぜ出血したのかはよく分からない。しかし出血する前の1週間は、けっこうあちこちに出かけていた。日曜日には、何時間も歩いて明城壁遺跡公園にお花見に行ったし、火曜日は妊婦友達とお茶、水曜日も友人と食事に出かけた。そして木曜日、義母が、「今日は何も予定がないなら、一緒に保健所に母子手帳をもらいに行こうか」と行った。「さすがに今日はちょっと休みたいなぁ」と心で思ったが、義母は月曜日からずっと母子手帳のことを言っていたので、断るのも悪いと思い、義母と出かけることになった。保健所に行く前に、夫から銀行と郵便局の用事を頼まれていたので、まず東単に行って用事を済ます。そこで、今日は保健所が開いていないことを思い出した。「それならこのまま帰りたい」とつばめは思ったが、義母は少しブラブラしたそうだったので、そのまま王府井を北に向かって歩くことに。教会前まで来た時、つばめは再び、「もう帰ろうよ~」と思った。右へ折れればうちへ戻る方向。しかし義母は、「こっちに市場があるから、買い物して帰ろう」と家から遠ざかる方向に向かおうとする。疲れは感じていたが、我慢できないほどではなかったので、義母について遺跡公園方向に向かい、市場で買い物して帰った。その日はなんともなかったのだが、翌日出血した。義母は、「こんなことになるなら、散歩なんでいくんじゃなかったのに」としきりに言った。まあ、疲れで出血するということもないと思うのだが、疲れていたのは確か。いつもの好奇心旺盛、散歩好きのつばめならあちこち行ってみたいと思うのが普通なのに、その日は朝から何度も、「行きたくない」「もう帰りたい」という心の声が聞こえた。心の声は小さいので、意志の力で聞こえないふりをして気づかぬうちに無理をしてしまっていたのかもしれない。心の声は体の声。体の声はおなかの中の小さな命の声。これからはできるだけその小さな声に耳を傾けるよう注意していようと思う。
2008/04/06
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1週間が経ち、つばめの出血も止まった頃、夫が出張から帰ってきた。出張中の夫はつばめが1階に泊まっていることを知っても何の疑問も抱かなかったらしく、「1階の生活になじめる?ボクはやっぱり6階のほうが好きだな」などとお気楽なことを言っていた。1階で夕食を食べた後、夫とともに1週間ぶりに6階へ上がる。階段を上りながら、この1週間の不安や心細さを思い出して、6階にたどり着く頃にはもう感情が抑えられなくなっており、部屋に入るなり声を上げて泣き出してしまった。びっくりしたのは夫、「どうしたの?」と聞きながらうろたえ、大丈夫大丈夫、と言ってつばめを慰める。つばめは泣きながら超音波写真を取り出して言った。「これが頭でこれが手足だよ。かわいい?」夫は「うん、それで?」と先を促す。「これ、協和病院の救急診察で撮ったんだよ。 あなたが出張した日に出血して・・・」そう言うと、夫、「子供はどうだったの?」と焦って聞く。今はもう大丈夫だと言うと、夫、「びっくりするじゃないか!」と大きな声で言った。見ていると夫の目にわずかに涙が浮かんでいる。きっとほっとしたのだろう。意地悪なつばめはそれを見て、してやったり、と思った。私はひとりでこれだけ不安だったんだから、ちょっとぐらいびっくりさせてやらなきゃこっちの気がすまない。それにしても夫の涙なんてほとんど見たことないから、やっぱり夫なりに子供のことを思ってたんだな、とやっと納得した。だって、妊娠が分かったとき、「疲れているときにできた子だから質が悪い子かも」と言い放った夫、その後もうれしそうな様子や言葉をかけてくれたこともなかった。子供をほしがっていたはずなのに、この人は果たして子供ができたことを本当に喜んでいるのだろうか、とつばめはひそかに疑問に思っていた。きっと夫は感情をあまり外に出さないタイプなのだろう。「子供ができてうれしい?」と聞くと、なんと聞こえないふり。もう一度聞くと、なんともあいまいな答え。うれしいかうれしくないかなんて、とっても単純な話なのに、きっと気分はいろいろと複雑なのだろう。それとも、そういうことにまともに答えたくないのだろうか。男性の思考回路って難しい。
2008/04/05
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救急病院からタクシーで帰ってきたつばめ、アパートの6階の自分の家には戻らず、しばらく1階の義父母の家に寝泊まりすることになった。階段を上り下りするのもできれば避けたほうがよい、とにかくベッドに寝て暮らせとの指示だったので、義父母の家で、そのままベッドに寝たきり生活に入った。そろそろと、まるでガラスの割れ物でも抱えているようにゆっくり歩いて部屋に入る。お義母さんが6階まで行って、洗面用具や着替えや本などを持ってきてくれた。ベッドに寝転んで、枕脇に置いた超音波写真を見る。はじめて見たおなかの子の写真。かわいいな、とほほ笑んだ一瞬後に、この子を今失おうとしている現実に思い至り、じめじめと泣く。これを何度も繰り返した。本で「先兆流産」を調べてみると、こう書いてあった。「流産の前兆があるということ。しかし流産を避けることは依然可能で、約50%の確率で無事に出産に至ることができる」50%、という確率を見て、私は恐怖した。半分の確率で、この子はどこかへ行ってしまうということ?それ以上考えるのが怖かったので、本を閉じて、そのことはもう考えないことにした。出血したその日の晩、義母が若鶏をまるごと一羽買ってきて、煮込み料理を作り、つばめはそれを食べた。つわりが始まってから1ヶ月以上も、ほとんど肉を食べられなかったのに、なぜかその日、食欲があった。次の日には、これまたずっと食べてなかったゆで卵を食べる気になった。つわりが軽くなるのはうれしいが、つばめは逆に不安になった。おなかの子がもういなくなっちゃったから、つわりもなくなってしまったのでは?そういう不安が押し寄せてきて、つばめは何度も自分の胸を触った。胸は妊娠を確認する10日も前から張り始めて、今日までずっと、生理前の時のように張ったままだ。妊娠反応があるってことは子供はまだ大丈夫なのかな。とにかく寝返りを打つのも怖く、トイレに行くのも怖かった。もしトイレに座った瞬間、また出血したらどうしよう。。。そんな不安でいっぱいの毎日だったが、出血は日に日に少なくなり、1週間後には完全に出血が止まった。数日間は泣き暮らしたつばめであったが、ベッドに寝転びながら藤堂志津子のエッセイを読んで笑い転げ、「おーっといけない、子供子供」と慌てておなかを押さえるぐらいの余裕も出てきた。そんな頃、夫が出張から帰ってきた。
2008/04/04
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