全52件 (52件中 1-50件目)
受験生で理社を加えたいという生徒がいる。 現在週4日理社の授業を担当しているが、 夜一本の現在枠では、ギリギリの状態になりつつある。 部活の引退が出始める6月下旬になると、 夕方を活用したクラス割が可能になるが、 それまでのシフトがかなりハードになりそうだ。 理科・社会の実力は、入試におけるキーになる。 何度も言ってきたが、 「英数」と「理社」は、入試配点も内申比重も同じ。 もし理社が「暗記科目であり自力で何とかなる」と思っているとしたら、 後に大きなリスクを背負うことになるだろう。 理社は暗記科目ではない。 暗記は知識を蓄えるためであり、 問題はそれらを如何に使い込めるかという部分にある。 何を、どの程度、どういう手順でというのは、 苦手を克服しようとしているレベルでは判断しづらいものだ。 執拗に攻め込まれ、それをマスターすることで付いていく実力がある。 独学でここまでとラインを引いていては踏み込めない領域。 そいつを知り効率よく演習していくために、指導者がいる。 今回の中間テストで理社が50点にも満たないのであれば、 学習方法を改善しなくてはいけない。 何を、どの程度、どういう手順でというのが、 出来ていないのである。 特に理科の場合は、単元ごとの理解の集合体で力が判定される。 あれは出来るけど、これは全然分からないというムラは、 やがて模試の判定を受ける段階で、致命傷になるだろう。 以下を見ておこう。 これと、 これ 期末に向けて何をすべきか、 頭を捻ってみるのも悪くない。 どうすべきか分からない時は、言いなさい。 君の成績に沿った手順を教える。
2010.05.31

さあ、週明けからこれをやるよ。 昨年秋からの久々の復活だ。 自分の結果をしっかり持ってこいよ。 実は今回から、励みを与えるために掲示の基準を少し緩める。 得意な教科だけでも勝負できるので、 ぜひ名前が載るよう、みなの奮起を期待している。 トライアルの追試も月曜から復活だ。 授業後の居残りなので、そのつもりでいて欲しい。 中間テストの前から言っているが、 学習のリズムをしっかり保っているか。 中間のあとサボり、勉強の習慣を失ってしまうと、 期末の前に苦しみ、後悔の残る結果が待っている。 そんな生徒を何人も見てきた。 期末、すぐ来るぞ。 ここに忠告しておく。 また、中間の範囲は絶対に見直し、復習しておくこと。 なぜなら、授業進度の関係で、 期末の範囲は学期全体となることが多いからだ。 中には中間と同じ問題で20点などというボーナスもある。 期末が4月からの全範囲となった時に慌てないよう、 この2か月の定着を先行してこなしておくことだ。 いいね。
2010.05.30
地元中学の今回の中間テストで、 昨年と同じ問題がまた使われていた。 配点で36点分。 ほぼ完全と言っていいほどのコピー問題である。 学年は中3。 受験に向けて、そして内申点に対しても真剣に頑張った生徒たちが、 また裏切られたようで残念である。 時間もなく、まだ詳しく全体を見ているわけではないが、 他の問題も何だか一度見たような気がする。 気のせいかも知れないが、ちょっと調べてみよう。 それにしても、なぜ同一問題を平気で使うのだろう。 事前に見た者とそうでない者が一緒に試験を受け、 正当な評価ができるのか? 平均点が異様に高いのも、その裏付けのような気がする。 本来なら、答案を一度回収し、 その問題部分を省いて採点し直すべきだろう。 学校さん、できますか? 生徒たちの頑張りを軽んじてはいけないよ。 正攻法で夜遅くまで頑張っているみんなの姿。 塾は見ているから、言うのだ。 復元問題を平気でやらせる師としての信念を疑う。 1学期の成績の何割かが、 今回のテストで決まるのですよね。 5月の連休明けからトライアルを進めてきたが、 そこで出した問題が何問か中間に出題されていた。 しっかり向き合い見直しをした者と、いい加減に向き合った者の差が、 こういうところで出て来る。 知らないことを知ったり、身につけたりすることは、 学習の基本だ。 トライアルも無駄にやっているわけではない。 重要であり、ぜひ君たちには押さえておいて欲しいものを、 持って帰ってもらうために仕向けている。 次の期末テストでは、 範囲が判明した段階で理社のトライアルをやろうかと考えている。 試験頻出用語や基礎知識を中心に、 マスターすれば確実に20点は稼げるミニ・トライアル。 学校ごとの範囲のずれがあり、大変だが、 「ここを押さえろ」と、塾主導で提供していく価値はあるだろうと思う。 時間と相談のうえ、可能なら取り組みたい。
2010.05.30

中3生が少しずつ教室の主流になっていく。 3ヶ月前に激闘を演じた先輩たちの余韻が残る教室に、 新しい受験生たちの流れが、いつの間にか奔流を作ろうとしている。 成績の悩みを抱え、まだ志望校もふらついている君たち。 でも、ここに来て踏ん張ることで、 何かを掴もうとしている。 それはここ3ヶ月の時間とともに大きく変わった。 君たちは来月から修学旅行を挟み、総体を経て夏を迎える。 北辰、定期試験、実力テスト、塾模試と、 回を追うごとに受験のカウントダウンを実感していくだろう。 夏には「理社特訓」「入試対策ゼミ」「24時間特訓」が、 冬には「理社錬成」「18時間+α特訓」が待っている。 「決起集会」があり、「直前ゼミ」があり、 「最終プログラム」が用意されている。 今年はさらにパワーアップさせるかも知れない。 去年の必勝の花。 そして、 一昨年の必勝の花。 先輩たちの夏の闘いは、ここに刻まれてきた。 その机に向かい、 次は君たちがエネルギーを昇華させていく。 その身づくろいが始まったような、 凛とした空気を君たちに感じる。 昨日の漢検には、多くの受験生の姿があった。 定期試験が終わったばかりの、部活が復活した日程の中、 疲れながらも全員が席を埋めていた。 検定の報告は週明けにしようと思う。 でも、何かギアが替わったような、 そんな息遣いが君たちに溢れていた。 そのことを先にここに記しておきたい。 あと8ヶ月だな。 これから先は速いぞ。 流れに押されないよう、自分の足場を注視せよ。 どう対応していくのか、 手荷物の点検と、その使い方を入念にシュミレーションしなさい。 自分に真剣になること。 素敵なことだ。 それが出来る8ヶ月に入った。 視野の奥にあるゴールには、何がある。 それは君の汗がこれから描いていく、価値ある世界だ。 今こそ、身づくろいをしっかりしなさい。 視線の先に置かれたもの。 そいつを掴みに行くのは、力を蓄えた君なのだ。 今日の頑張りの先に、 誇らしい15の春が待っている。 きっと。
2010.05.30
結果を出すために 「重さ」 を意識してみる。 表面的に技術を学んでも、本番では型にはまったものしか答えられない。 だからいつも60点の壁なのだ。 そうではなく、解くための「血肉」を得るのだ。 覚えるべき知識と基礎理論・基礎解法が、 解くためのすべてのもとになる。 何度も暗記せよと言うのは、 暗記量に比例して、解く時の道具が増えるからだ。 圧倒的な道具が手に入れば、解法へのシグナルが安定していく。 結果がいつも不十分で伸びない子は、 勉強している、頑張っていると言いながら、 深く掘り下げ定着させるという行為を省略しているケースが多い。 なぜ省略してしまうのか。 絶対的な学習時間が足りないからである。 時間がないから、省略するしかないのだ。 別にサボっているわけではないのだが、 それが 「一通りやった=完成」 だと思い込んでしまっている・・・・ 昨日の記事の一節である。 完成の感覚には個人差があるものだ。 ここまで到達せよという定義もない。 これだけやったのだという納得があれば、 それも完成だろう。 だが「重さ」というものを意識していると、 不思議とより高い到達点に体がついていくことがある。 集めるのである。 こいつも、そいつも、使えるものとして、 貪欲に自分のテリトリーに引きずり込んでみるのだ。 100より200の方が重い。 それは誰にも分かることだが、 そのカウントにおける一歩とは、 実は、 「100よりも101の方が重い」 なのである。 差というものは、 そこに価値を見い出せるか否かで決まっていく。 単純なことなのだ。 語句の暗記も、演習も、100より101の方が重いのである。 重いということは、可能性が増すということだ。 100も101も大差がないと思う者は、 やはり60点の壁を越えられないだろう。 差を感じるからこそ、掴み、 70点、80点と進んで行けるのだ。 知識を増やせば、解くための道具が豊富になる。 こういう問いが来たら、これを使う。 こういう場面では、これがなくてはならない。 こう切り込まれたら、これとこれで応戦しよう。 ちょうど大工道具のように、 予め幾つものアイテムを用意し、 用途によって使い分けられるようにしておかなければならない。 釘も10本ではダメなのだ。 1000本あるから、 必要なタイミングで 「要」 に打ち込めるのである。 打ち込むためには、打ち込む道具が必要なように、 知識もまた、その役割に沿った重さが必要なのだ。 一度使ってもまだ予備があるくらいに、 集めるのである。 高得点を取る者の懐は、常にそういう使うための道具で溢れている。 すべて使わなくてもいいのだ。 ただ、使える状態に揃えておくのである。 そのこだわりと努力が、実力を問う肝心な場面で生きてくる。 君がもし、表面を追い一通り押さえることが常ならば、 一歩踏み込んでみよう。 60点に壁がある者は、60点満点の準備をしている。 70点に壁がある者は、70点満点の準備をしている。 君はそうではないと言いながら、 そこで終わってしまっているのだ。 だからいつまでも突き抜ける点が取れない。 100点を取るために、どうしたらいいのか。 本気で取りたいと思うのなら、150点の重さを意識してみなさい。 考え込み、えり好みしている間に、 他者があきれるくらいに掴み取ってみればいい。 自分が圧倒的に重いと感じたとき、 限界のラインは、ずれていく。 点数というものは正直なものなのだ。 踏み込めるかどうか。 時間を片手に挑戦してみて欲しい。 越えられない壁の定位置なんてものは、 君次第でどうにでも動かせるのである。
2010.05.29
試験で良い結果が出る子は、やはりみな自分に真剣な子たちだ。 結果を得るために時間をかけている。 試験日という締切日に合わせ、仕上げようと努力している。 それは何をやったかという「数量」や「密度」ではなく、 最終的に、全体の「重さ」で決まっていく気がする。 今回の定期試験でも、試験前日の夜に、 まだ提出物が完成していないという生徒が複数いた。 その生徒たちが、自分のための準備学習が入念にでき、 納得のいく仕上がりができたとは到底思えない。 単なる時間管理の作戦ミスではない。 そういう手順が慢性化し、染みついているのなら、 それは点を取るという上での実力の一部だ。 部活が、クラブチームがと、 学習時間をそぎ取る要因をいくら挙げても、 時間は増えていかない。 塾に通い要領を学んでも、それを再構築し定着させていかなくては、 実力判定のときに結果は返ってこない。 その定着作業は、君が時間と闘いながら生みだしていくものなのだ。 「勉強くん」というロボットがいる。 彼は毎日コツコツと頑張り、「10」ずつの「重さ」を掴んでいる。 君も頑張り「10」を得たなら、差はつかない。 だが、君は初日こそ頑張ったものの、二日目以降、 「5」「0」「4」「1」「0」と中途半端に過ごしてしまったなら、 6日間ですでに「40」の差が生まれてしまうのだ。 そいつを埋めるためには、「12」ずつやって、20日掛かる。 試験勉強期間が仮に2週間で、残り8日で取り返すためには、 毎日「15」ずつやらなければならない。 必死で「10」を最終日までキープしたとしても、 勉強くんを上回り、追いつく努力をしない限り、 「40」の差は埋まらないのである。 結果を出すために「重さ」を意識してみる。 表面的に技術を学んでも、本番では型にはまったものしか答えられない。 だからいつも60点の壁なのだ。 そうではなく、解くための「血肉」を得るのだ。 覚えるべき知識と基礎理論・基礎解法が、 解くためのすべてのもとになる。 何度も暗記せよと言うのは、 暗記量に比例して、解く時の道具が増えるからだ。 圧倒的な道具が手に入れば、解法へのシグナルが安定していく。 結果がいつも不十分で伸びない子は、 勉強している、頑張っていると言いながら、 深く掘り下げ定着させるという行為を省略しているケースが多い。 なぜ省略してしまうのか。 絶対的な学習時間が足りないからである。 時間がないから、省略するしかないのだ。 別にサボっているわけではないのだが、 それが「一通りやった=完成」だと思い込んでしまっている。 提出物に追われ、表面的にワークを解き、 暗記ものは1、2回やっただけで反復定着まで行わない。 曖昧な知識のまま、ミスが起きる状態で試験を迎えれば、 結果には限界があって当然なのだ。 点を取りたいのなら、 仕上がりの状態を意識して欲しい。 覚えるべきものを、何度も書いて必死に覚える。 それもプリントの裏などではなく、ノートを用意するのだ。 定期試験ごとに1冊厚手のノートを用意し、 片っ端から書き殴り、頭に叩き込んでいくのだ。 試験前日までに全ページ埋める気合で、挑んでいくのである。 たかが年間で5冊ではないか。 覚えたならその知識を使い、解く練習を入念に行う。 量を経験し、スピードを身につけるまで繰り返すのだ。 これらの作業を納得いくまでこなすには、 当然時間が必要だ。 どうしたら時間が得られるか、考えて欲しい。 平素から遅れを取っているのなら、 仕上げまでにどれだけやらなくてはならないのか、 到達目標から逆算してみよう。 中間が終われば、すぐ期末がやって来る。 塾で同じ指導を受けながら、なぜ仲間の間に差が生じるのか、 考えてみよう。 自分に厳しく、どこまで時間を注ぎ仕上げにこだわったか、 考えてみよう。 遅れを取り戻すチャンスは、今日、君の周りにはないか。 逆算はすでに始まっているのである。
2010.05.28
昨日一人、今日一人と、 無断欠席の中3生がいる。 今日はさらに、留守録に一方的に欠席連絡を入れてきた者もいた。 親ではなく、本人から。 いずれも中間が終わった直後の生徒たちだ。 無断欠席の2名に関しては、明日呼び出しを掛ける。 留守録の生徒は怪我をしたというので、状況を確認する。 いずれも親を通じて、厳格に行う。 塾をバカにしちゃあいけない。 塾は真剣に指導しようと、席を用意して待っている。 担任はプリントを机に並べ、段取りを組みながら待っている。 何か事情があるのなら、欠席連絡は常識ではないのか。 また、欠席連絡は保護者からして下さいと、説明もしている。 どういう事情かは明日確認するが、 状況によっては最悪の結果もあり得ることを覚悟していて欲しい。 中間が終わったら、塾に来なくてもいいのかい。 ここは定期テストだけの請け負い塾なのかい。 君ら中3生にとって、ここに通う通塾の意味は何なのだ。 すぐ期末もやって来る。 終わったテストを反省、分析し、次に備えていく最も大事な日。 君らは何をしている。 穴をあけて平気なのかい。 試験が終わった他の仲間たちは、 次の目標を抱え、しっかり授業に参加していた。 「何で来ないんだろう」 友にそう言われて、平気なのかい。 留守録の君。 君は怪我したと言ったが、塾に行くための方策を考えたか。 録音に部位は語られてなかったが、そんなに重症なのか。 試験が終わったから休めるという理屈を前提に、 自分で都合のいい判断をしなかったか。 塾はスケジュール通りにあるのだ。 本人からの留守録で休めるほど、 軽いものではないのだよ。 休めば遅れるのだということを、 もっと重く受け止めていなさい。 無断の二人。 君らが自分の都合でルールを破るのなら、 もう私が君らを保護する理由もない。 入試まで精一杯牽引し、最高の結果を与えようと、 塾は君たちのために熱いエネルギーを蓄えている。 君だけの、君のための計画を持っている。 それをどう感じるかは君の自由だが、 君は生徒なのだよ。 生徒はここに何をしに来るのだ。 決められた日に来て、師と向き合い、学ぶのではないのか。 自分を磨くために、受験生ならばさらに合格するために、 一回ごとの授業を真剣に積み重ねていく。 それが君たちのルールではないのか。 連絡もなく、勝手に放棄した以上、 もう塾は不要なのだね。 ここは君らの考えているほど甘い場所ではない。 生徒が主役とか、笑顔の教室とか言っているが、 それは君らの前向きに闘う姿勢が前提にあるからであり、 自由とは違うのだ。 ここに在籍していることを軽く見ているのなら、 我々は君を最高のステージまで牽引できない。 そのことを解って欲しい。 受験生なら、来いよ。 足を引きずってでも、来いよ。 本当に来れないのなら、親から承諾の連絡をしてもらえよ。 本人は行きたいと言っているのですがと、 親に言わせてみろよ。 先生たちは、 自分のために真剣になれる、自分を大切にできる、 そんな君たちの姿をどこまでも応援する。 だが、君の席が空いていて、 何ができる。 入試まで8ヶ月。 これからの姿勢を決めていく、大事なとき。 先週末の対策の最後にも全員を集め、大切さの檄を飛ばした。 内申に係わる大事な時なのだ。 もう、期末の準備がトップギアで始まっているのだよ。 遅れを取っていいのかい。 明日、聞こうと思う。 謝罪や反省を聞くためではない。 君はどうするつもりでいるのか、考えを言ってみなさい。 塾長に説明してみなさい。
2010.05.27

中学の中間試験も明日ですべて終わる。 納得のいく頑張りができたかな。 結果が出たなら、しっかり受け止め、 成功も失敗も次にプラスになるように繋げていって欲しい。 気を緩めずに期末まで引っ張っていこう。 6月は「英検」があり、「総体」がある。 中3生には「修学旅行」も「北辰」も控えている。 体力勝負の月だけに、それぞれの意識と自己管理が大切だ。 中間の点数は後日各自に聞くが、 忘れたなどという情けないことのないよう、 把握しておくこと。 気合で乗り切れる(た)ことを願っている。
2010.05.27
『それぞれのゴールに花丸を』 2006.01.04 GOAL通信の“ゴール”という言葉に、 私は様々な意味を込めています。 普通、ゴールと言えば何を指すでしょう。 陸上の決勝線(ライン)でしょうか。 サッカーやホッケーの決勝標(得点標的)でしょうか。 恐らく殆どの人のイメージがこれに近いものでしょう。 これらは「決着」や「終わり」という意味で使われています。 ゴールは形として現れる一つの帰結点かも知れません。 でもそこにたどり着くには何かしらの足跡があるはずです。 その一つ一つの経緯にも目を向け、 ゴールに至るまでの全体の流れを捉えていく。 むしろその細かい経緯にこそ大切なものが隠されている。 そんな気がするのです。 受験生にとってのゴールは合格なのでしょうが、 私は、生徒たちもっと色々なゴールを見つけて欲しいと思っています。 もちろん合格も到達点であり、立派なゴールです。 ただ見方を変えれば、 その途中には幾つもの頑張りと細かい目標をクリアしてきた、 自分だけのゴールがあるはずです。 「目標を定めて達成していく」 どんな小さなことでもいいのです。 仲間にバカにされてもいいのです。 たった10個の単語を覚える。 それでもクリアできれば立派なゴールなのです。 大切なのは途中で退き帰さないこと。 汗をかき、前へ進み、とにかく自分の手で勲章をつかみ取る。 個人差などあって当たり前なのです。 正月の箱根駅伝にも、途中、数々のドラマがありました。 さて、このレースにとってのゴールは、 最後に張られていた1本のテープだけでしょうか。 私は選手たちの苦しみの表情の数だけゴールはあったのだろうと思っています。 その積み重ねが大きな形になっていくのでしょう。 大人になればゴールの意味合いはさらに発展し、 人生や通過点で捉えるようになります。 でも私が接する生徒たちには、漠然とした人生論よりも、 まず地に足を着けて自分だけの価値ある目標を掲げて欲しい。 格好を気にするな。 よし、一緒に達成のゴールを目指そう。 そんなメッセージを一人一人に贈りたいと思っています。 ゴールは一つではない。 君だけの100、いや200のゴール。 ゴールの数だけ君は大きくなる。 苦しんだ後の爽やかな笑顔。 それは教室の勲章でもあるのです。 ・・・・・・・・ 『ぬくもりの手』 2006.01.08 寒いですね。 本日も教室は暖房を掛けっぱなし。 部屋の上部は暖かいのですが、座っている生徒はけっこう寒そう。 床暖房が欲しい・・・・。 これから受験本番なのにみんな大丈夫か? 2月は大雪かも知れない。今のうちセッセと頑張るのだ。 昨日で冬期講習は終了したものの、 肝心の学習面での収穫はどうだったのだろう。 みんなよく頑張ってたけど、 遅刻、宿題忘れ、集中できないなどの減点もお約束通りあって、 総合評価は88点ぐらいでしょうか。 達成度を確認するテスト、抜き打ちでやるかもよ。 明日9日は公立入試前期対策の特別ゼミの日。 受験生は朝から夕方までまた一緒にやろう。 特訓第二弾、「総合問題攻略法」。 先生もみんなに合格してほしいから、喉からして頑張ります。 面接の練習もやるぞ。 指名された人はこのさい大いに恥をかこう。 私立高校の入試まであと2週間。 中学入学前のあんなちびっちゃかった子が、 目の前で懸命に二次関数や化学反応式を解いている。 話し掛けるとうつむいてモジモジしていた子が、もうじき高校生か。 背も伸びて、存在も大きくなった。 時の経つのは早いなぁと思う。 何百回も見せてくれた表情一つ一つに感謝したい。 机や壁のキズ。 破れたポスター。 破壊され止ったままの置き時計。 壊れて少し傾いたパーテーション。 消灯の前、一人で静まった教室を見回すと、 卒業していったみんなの姿がふと蘇る。 当時は腹が立ったが、今は何だか妙にうれしく感じる。 何故だろう。 今までに物語があるように、 これからもきっと素晴らしい何かが待っている気がする。 みんなの成長。 それは何よりのプレゼントであり、 明日への活力を与えてくれる。 学びつつ育っていく誇り。 真剣な学習とともに心の成長も大切にして欲しい。 ケジメのある授業の流れに乗ったなら、 あとで思いっきり笑おうじゃないか。 うちは塾らしくない塾なのかも知れない。 でもこのスタンスは変えたくない。 思い出作りのための温かい空間。 寒さの中ですする豚汁の、思わず笑顔と涙が出てくるあの感覚。 心をすり減らしている受験生にこそ分けてあげたい。 寒い日、 教室に来てくれたキミにそっと手を差しのべて。 ・・・・・・・・ 『能力に自信を』 2006.01.15 能力は凄まじい武器になる それは生まれ持った才能とは違い 自らの生の過程と必然のなかで獲得し 経験を演じることで磨いてきた 何ともちっぽけで泥臭い塊 生まれ持った才能には感情はないが 能力は時として限界の舞台で感情を顕にする それは人の生きる匂い 生命の本物の力でもある 能力を育てるものは何だろう それは環境という不平等なものではないか 幼少の頃からの体験の数が1000と100とでは 脳に与える刺激も感動も働く思考も違うように 日々の生活環境は人生を左右する 両親のイメージが常に何かを学んでいる姿であり 体験を含め意図的に啓発される情報を与えられ 知的な時間があふれる家庭環境であれば 子供は学ぶことが当たり前として育つ だがその逆の場合はどうだろう 学ぶ価値を知らずに育った子供は 周囲の流れに呑まれながら 自らの能力さえ冷め切った表情でじっと眺めている 能力を発揮できる場は山のようにあるが 今の社会が果たして個の能力に平等に機能しているだろうか 子供たちを観察する仕事をしていると 学業における優劣以外の もっと大切な力の優劣が見えてくる 遠雷のように迫り来る何か大きなもの 決してちっぽけではない凄まじい力だ 私は皆に自信を持てと言う 生きる以上数々の試練があるが それを料理するのは生き様を晒している自分自身 せめて目前の命題に挑める底力を身に付けろ 過去が社会がと言うのなら 今から苦しみ学び視野を広げればいい 人生の勝負の時に他者はいない 泥臭い自信にこそ可能性があるのだ やがて自分の能力が形を帯びながら武器になる日が来る その言葉の意味がが解る何年かのちには
2010.05.27
もうじき50万アクセスになります。 子どもたちとともに歩み、メッセージを記してきた4年と少し。 多くの方の訪問に、そして幾多の出会いや交流が得られたことに、 改めて感謝しています。 教室には子どもたちがいて、いつも素敵なストーリーを描いてくれます。 言葉を交わし、表情を探り、 いつしかそこは温かい、類いのない君たちの記録の場になっていきます。 随分メッセージを重ねてきました。 2150の記事には、費やした時間を超えた思いがあります。 どこまで続くかは分かりません。 でも、伝えたいことがある限り、 きっと深夜に文字を送っている自分がいるでしょう。 そんな気がします。 ここにどんなメッセージを残してきたのか、 50万という区切りを迎えた今、 初期の頃の文章を辿りながら、振り返ってみたいと思っています。 教室のこと、子どもたちのこと、学びのこと。 すべてが今でも進行形であり続ける、 この教室の原点です。 何か忘れかけていないか。 その確認を込めつつ、今の子どもたちのために活かせるものを、 もう一度空の箱に詰め直していきたい。 そう思っています。 ・・・・・・・・ 『サロンという名の教室』 2005.12.18 私は自分の塾をいつも「教室」と呼んでいます。 「塾」という言葉には、 何か管理され閉鎖された負のイメージを感じるからです。 子供たちが出入りするスペースは、 温か味の流れている自由な空間でありたい。 そのため、扉は常に半開き。外界との境をなるべくなくし、 夕方からは灯りを外に向けています。 夜帰宅した時に家の玄関ドアが開いていて、 家族の笑い声と灯りがもれている。 疲れている時にはなぜか優しい“ぬくもり”に感じます。 つまらないこだわりですが、 カベのないそんな空気を、頑張っている子供たちにも分けてあげたい。 そう思い、2年以上も続けています。 「教室」という呼び方には、 仲間が集い語り合うコミュニティーの場としての印象があります。 規模は小さくてもかまいません。 「こんにちは」と大きな温もりで迎えてあげる。 そこには違和感のある境界線もわずらわしい言葉もいりません。 ただオープンであればいいのです。 教室はやがて子供たちの笑顔で埋まるでしょう。 そして一人一人素晴らしい「何か」を探し始めます。 これは半分がイメージですが、 私はしばらく前からこういった教室の姿を模索しています。 開放的なサロンに近い教室。 学びの場である以上、知識を提供し、 子供たちの学力を育てていかなくてはなりません。 自ら取り組める活気のある教室とはいっても、個人差があります。 イメージは描けるのですが、 仕事を終え消灯の時には、現実との溝を毎日感じます。 生徒が主役ならば、生徒の視点に合わせてみる。 何かヒントがありそうです。 大人の常識をかざしている限り、 いつまでたっても平凡な塾の出来上がりでしょう。 童心に帰ってみる。 思考も視野も感覚も一度リセットしてみる。 子供たちが夢中に通い、楽しめる、学べる刺激的な空間。 色々と実験を重ねていますが、 近いうちに何とか実現させるつもりです。 その時、 「塾か教室か」という発想自体、 きっと意味がなくなるでしょう。 子供たちが動き出した時、 器は世界になり、言葉でなくなるからです。 ・・・・・・・・ 『サロンという名の教室 2』 2006.01.24 今日も子供たちがやって来る。 すり減った靴を引きずり、 ジャラジャラと飾りを付けた荷物をぶら提げ、 携帯を握りしめた様々な表情の子供たち。 次々と会話が弾み、ざわめきを歓迎しながら、 制服とも私服とも付かぬアンバランスな格好が教室を埋めていく。 いつも定時に起きる不思議な空間。 硬い椅子に腰掛け、さっそく交換ノートを広げては爆笑している。 今日の事件を大声で講師に語っては、 ボードに自慢のイラストを描き始める。 どこで覚えてきたのか、わけの分からないポーズを繰り返す者。 仲間とヘッドロックを始める者。 目の輝きとともに生き生きとした生き様があちこちに溢れ返る。 それは沈んだ者をも巻き込む不思議な力だ。 始業前後に演じられるこの感覚。 私は教室の方向を決めるヒントとして、 彼らの動きをいつもそっと見守っている。 彼らがここに来る目的は何なのだろう。 私の目には、学習のほかに、 何か大きな力の塊に吸い寄せられているように映る。 子供たちにとっての社交場。 くつろげる場所。 ここで花開く笑顔を明日への活力にしてほしい。 「サロンという名の教室」は、私がたどり着こうとする最後の姿。 子供たちを包みこみ、子供の時勢へと進化していく。 例えば下駄箱の上にそっと置いた一輪の花。 たった一人でも心の傷を癒し、和んでくれたらと思う。 流行りの歌もお笑いも漫画も、 彼らの波長にシンクロするならば悪ではない。 教室の中心にそびえる巨大な樹。 壁や天井に溢れるアート絵画。 ただ今演奏中の展示とBGM。 大工道具の陳列。 今日の新聞の掲示と解説。 アクアリウム。 落書きボード。 のぞき穴。 塾らしくない、冒険的で刺激的な塾。 私は色々な実験を試してみたい。 そんなものは塾ではないと言うならば、 一体どんなものが塾なのか。 塾は学ぶ空間であると同時に、 その内部に魅力のある空気が必要だと思う。 空気は私が創る。 そして常に進行形で変化していく。 沈黙の中で苦悶で取り組む塾よりも、 明日も明後日も行ってみたいと思う塾を私は選ぶ。 学びの根本は、自らの能動的な姿勢にあると信じる。 今、教室に集まる子供たちが見せる表情。 魅力ある仕草。 その一つ一つを生きた形のまま教室に描いていきたい。 みんなの心の中の色に合わせながら。 そんな馬鹿げたことを考えながら毎日が過ぎていく。 2年後、3年後もきっと、 夜中に独りで腕を組んでいる私がいるだろう。 でも、 子供たちが演じきれる受け皿を真剣に考える今の気持ちは忘れたくない。 そう思いながら、また壁や床を眺めている。 旧い少年時代の記憶。 ワクワクするという言葉が好きだった。 今の子供たちを見ていると。 何故かその感覚を伝えてあげたくなるのです。 世の中にひとつぐらい。 こんな塾があってもいいじゃないですか。
2010.05.27
漢字検定が今週末の土曜にあるが、 受検予定のみんなは、準備学習を進めているだろうか。 特に3級以上は、しっかりと弱点分野を補強してから臨んで欲しい。 どの級も過去の問題を調べ解くことはもちろん、 制限時間や筆記の正確さなど、厳しく判定し、 それでも余裕があるくらいの状態で受検してくることを期待している。 前日の金曜に中間テストが終わる中学は、 準備が進んでいないのではないか。 大丈夫か。 中途半端に受けて簡単に合格できるものではないぞ。 今日が中間終了組は、早速時間をかけて取り組むべし。 当日29日も午後2時から演習サポートを行う。 できるだけ早めに教室に来て、 自習と演習を手がけておこう。 検定試験の本番は、29日午後7時からだ。
2010.05.26

すでに中間を終えた生徒から、 素晴らしい結果報告が届いている。 中2のWさん。 そして中3のU君。 共に過去の記録を僅かに上回る、自己ベストを叩き出してきた。 国数英理社の順に、届いた得点。 Wさん 98点、100点、92点、90点、96点。 U君 88点、97点、92点、98点、100点。 5教科ではそれぞれ476点、475点。 まだ学校の全体結果が出ていないが、 二人とも学年トップの可能性がある。 Wさんは数学が満点、国語もワンミスだった。 3科で290点は素晴らしい。 塾ではやや眠そうだが、恐らく深夜まで相当頑張っているのだろう。 直前の磨きの掛け方が卓越している。 この二人の理科、社会の授業は、私が担当している。 指導していて思うのだが、彼らは吸収力が高い。 重点を示せば、それを機械のように取り入れていく。 指摘部分があれば、次からはしっかりと修正し食らいついてくる。 その手順が、とてもいい。 先日私は、U君の状態を見て、 試験一週間前にすでに完成していると書いた。 私の判断する彼の完成は満点を意味するのだが、 理科の文章記述問題で一か所減点された。 だが、知識分野は応用まで含め、完璧な答案を作成できたようだ。 社会は念願の満点が取れ、嬉しそうだった。 高い得点を取るためには、 高い得点を取るための「準備」をしなくてはならない。 100点を取るには、100点のための方法がある。 重量のある計画と、緻密な仕上げが絶対に必要だ。 そして予定通りに消化しても、いや、予定以上にこなしても、 なかなか100点は取れるものではない。 決まった試験日に照準を合わせ、 完成させるために時間を費やし、 納得のいくラインまで自分を引き上げていく。 彼らは家や教室で、他人以上に時間を掛け頑張っている。 U君は授業後にいつも1時間残り、課題と向き合っていた。 独りで、ノルマを決め、それを必ずやり遂げていた。 時間を大事に扱っているのだ。 その積み上げが答案に反映されている。 当然のことなのだ。 好きなテレビを観て、携帯やゲームで磨ける時間を捨ててしまう。 そんな状態で、いつ、より高い目標に手が届くのか。 考えるのは君自身だ。 そしてもう一人、 前回の学年末より3科で67点上げてきたNさん。 頑張ったな。 やっと開花しつつある、本当の力。 また次が楽しみだ。
2010.05.26
1学期中間の平均点(学校)は、毎年高い。 特に1、2年が高いのだが、 昨年の地元の中学の5教科平均点は、 1年=約370点、2年=約350点という結果だった。 1年の場合は特に英語の平均が高く、約83点となっている。 最初は満点も多発する。 学年平均を取れば学年順位もちょうど真ん中だろうと思ってはいけない。 平均が高いということは、 平均以上の各点に同点者が何人もいることを意味している。 例えばT西中の昨年の1年英語は、平均点が82.3点だったが、 80点だと177位となっている。 小学校の感覚で、70点取れたからまあまあだななどと安心できない。 70点なら、219位なのだ。 90点でも110位で、まだ100位以内にも入れない。 その時の5教科で見てみると、平均は374点。 1教科約75点でやっと平均だ。 学年順位のちょうど真ん中あたりで、395点。 420点で100位、446点で50位となっている。 340点、1教科68点程度だと200位以下になることを知っておこう。 上位を狙うのなら、大きくへこむ教科を作らないことだ。 2年も最初は平均が高めに出るので、注意しよう。 ちなみに2年の場合、理科の平均点が一番高かったことを伝えておく。
2010.05.25
君はここに自習に来たことがあるだろうか。 下校後に道具を抱え、 息を切らすように駆け付けたことがあるだろうか。 塾の終了後に遅くまで残り、独りで闘ったことがあるだろうか。 自習に来るか来ないか、その時間を作るか作らないかは、 君の判断だ。 だが、そういう生徒が、君の周りの仲間の中にいることを、 知っていて欲しい。 そして、やっただけの結果を出しているということを、 知っていて欲しい。 君がテレビ画面の前で笑い転げている時、 その仲間は教室でテキストを開き、必死にペンを握っている。 すべきことを感じ、自分の可能性に賭けている。 自分の点が遠く及ばないからって、 あいつは頭がいいなんて言うもんじゃない。 頭がいいのではなく、 すべきことを知り、そのための努力しているのだ。 あいつは頭がいいからという理由は、 自分を基準に考えている、逃げだ。 その仲間は、すべきタイミングを考え、自分のために懸命になっている。 可能性をたぐり寄せようとしている。 それが学ぶ世代として、自然であり、 最も尊いことなのだよ。 彼らを基準としたなら、君は何なのだ。 「あいつは・・・」ではなく、「俺は(私は)・・・」ではないのか。 君がズルズルと時を浪費している間に、 ペンを手にし、真剣に自分と向き合っている者がいる。 そういう仲間がいる。 そのことを知っていて欲しい。 結果は能力の差ではない。 結果を引き寄せるために何をしたのか。 そのエネルギーと執念の差が、ただ出ただけなのだ。 覚えるものが200ある。 解くべき問題が300ある。 ならば、やれよ。 やらずに、やり方が分からないなどと泣きごとを言うなよ。 「どうせ」とか「きっと」とか、逃げるなよ。 自分で評論家になってどうするんだ。 200なら、1から始めるんだよ。 1の次は2だろう。 自分を高めるためには、そうやって前進していくしかないのだ。 だからやるんだ。 真剣に頑張った仲間たちは、 今回の試験で素晴らしいステージを手にしている。 明日、その結果をここに書くが、 なぜ彼らがその結果を記録できたのかを、考えてみて欲しい。 知るという行為も、解くという行為も、 みな初めはゼロから始まり、少しずつ築いていくもの。 一気に跳び越えていく近道などないのだ。 それを知っている者は、今眼の前にある「1」を手掛けていく。 そして「2」を掴もうとしていく。 まとめて「30」などと思案し、楽をしようと画策している限り、 永遠に到達できないラインがあるものなのだ。 努力もせずに、頭が悪いからと言っている君。 格好いい姿とはどういうものか、 よく考えてみなさい。 時間と闘えるのは、一体いつまでなのか。 今だから意味がある。 今やるから価値がある。 その気付きを、君に求めたい。 昨日も自習に来た仲間がいた。 補習を受けに来た仲間がいた。 君との差は、そこで生まれたかどうか、 考えてみよう。 試験の日はとっくに決まっている。
2010.05.25
『がんばったんだよね』 お母さん・・・・ お子さんのテストの点数に折り目が付いていたら、 そっと声を掛けてあげてください。 「がんばったんだよね」 長い言葉はいりません。 その一言が、次のステップに繋がるのです。 お子さんは教室で答案を受け取り、 席に戻る前から、そっと折り目を付け隠したのです。 友達にも言えない、親にも見せられない。 こんな点を取っちゃったと、ずっと俯いていました。 うちの子は反省なんかせず、いつもけろっとしている。 そう語るお母さんもいます。 そうでしょうか。 私はそうは思いません。 教室でよく子どもたちが本音を語ってくれます。 そこには、強がりながらも深く反省し、 健気に頑張ろうとしている誇らしい輝きがあります。 お子さんは十分反省しています。 二重にも三重にも折り、点を隠し、 これではまずいのだということを、小さな心なりに感じ取っているのです。 だからもっとも身近なお母さんが、声を掛けてあげてください。 「がんばったんだよね」 続きの言葉はいりません。 どうすればいいかというストーリーは、 すでにお子さんの中にあります。 問い詰め、反省の弁を求めることで壊れてしまう、 そんな小さな勇気をお子さんに感じてあげてください。 まだはっきりしない小さな意欲を、 片手に握りしめていることを感じてあげてください。 テストの点はお母さんの目標ではありません。 大切なのは、お子さん本人がどう思い、 次の一歩をどう踏み出せるのかということ。 教室で手渡された時から、お子さんは気付いています。 次は頑張らなきゃ。 その一歩の方向を、温めてください。 テーブルにそっと置かれたテストに折り目があったら、 そっと一言、励ましてあげてください。 「がんばったんだよね」 次のステージにどう向き合うかは、 お子さんの瞳がどこに向くかで決まるのです。 「うん、がんばったけど・・・・こんな点取っちゃった」 明日の一歩はきっと、 主役が苦笑いして語る、 そんな素直な思いが出発点なのです。 テストの時期になると、前に書いたこの文章を思い出す。 子どもたちが教室にテストの問題を持って来てくれたとき、 よく答案が挟まっていることがある。 点数が三重に折られている。 誰にも見せられないという恥ずかしさが、反省の思いが、 その折り目の内側に隠されている。 悪い点を取っても、それを受け入れてあげられる。 そんな空気があれば、子どもは救われる。 指摘し、厳しく接することで、次の行動を喚起させる。 そういう考えは否定しないが、 ならば到達点はどこなのかという、 評価してもらえるラインを作ってあげなくてはならない。 漠然と「もっと頑張れ」と言っても、 エネルギーは生まれて来ないのだ。 40点の子どもが頑張って60点を取って来た。 「何だ、まだ60点じゃない」と接するか、 「すごいね、60点じゃない」と接してあげるか。 いや、「あげるか」ではなく、「あげられるか」が、 子どもの次の展開の原点になっていくような気がする。 いつも指摘を受け、認めてもらえない子は、 95点を取っても折り目を付ける。 それが何を意味するか、考えてあげたい。 「がんばったんだよね」 そうひと言語るだけで、次のセリフはすでに子どもの中にある。 肯定的であれ否定的であれ、 その思いを抜きにして、次の飛躍はないのである。 こんな点取っちゃった。 ではなぜこの点なのか、 子どもの次のセリフを尊重しながら、一緒に考えてあげよう。 試験を受けたのは子どもたち。 点数の折り目に言葉を感じてあげ、 そっとその言葉を聞いてあげよう。 消しゴムでは消せない思いが、過程が、答案にはある。 それを活かしながら背を押してあげたい。 そう思うのだ。
2010.05.24
先日、卒生が来て、また見たいといっていた眼の訓練。 もう一度載せておこう。 あなたは左か右か? あなたのクセはどちら回りですか? 1回転ずつ方向チェンジできるまで、訓練してみよう。 つま先の動きを注視してみるといい。 何度もやっていると、やがて自由に制御できるようになれる。 無意識に偏ってしまっている脳の活性化に、 役立つらしい。
2010.05.23
2010年度彩の国進学フェア 日程が専用ページで発表されましたので、載せておきます。 先月の記事で日程について触れましたが、同じでしたので、 再度カレンダーにてスケジュール確認をしてください。 塾生受験生において進路相談などの希望がありましたら、 声を掛けていただければと思います。 面談サポートいたします。
2010.05.23
昨日の対策では、朝7時過ぎから夜の11時過ぎまで、 16時間教室にいた。 生徒たちも頑張ったが、 その生徒の頑張りのために交代で時間を割いてくれた、 講師たちの協力にも感謝したい。 生徒の欠席は中1・中2が各1名、中3が2名だった。 都合、約50名の仲間たちが入れ替わりで教室を埋め、 たくさんの課題と向き合っていった。 午後9時20分頃、中3生の対策が一通り終了してから、 全員を集め、檄を飛ばした。 今回は大事な試験だ。 まだ受験生じゃないからという前回までの理由は、もう通じない。 皆それぞれの意識で、自分のために汗をかき、 到達点を目指して欲しい。 過去の経験や教訓を手に、攻めていく。 そのタイミングがいよいよ来たのである。 参加メンバーの中に一日体験で加わった仲間がいたが、 終了後、友達と少し残り、勉強法について色々と話した。 今回の試験に不安があるようなので、週明けの補習を勧めたところ、 「ぜひやりたい」という希望が出たので、 来なさいと告げた。 頑張ろうではないか。 9時半過ぎからは、居残り補習を申し出てきた3人組に、 1時間ほど立ち会った。 その中の一人も一日体験の生徒だったが、 早速、友とともに夜遅くまで意欲的な姿勢を見せてくれた。 学習というものは本人が向き合い、仕上げていくものだが、 切っかけや環境も大事なのだろうと思う。 悩み、何かを探している。 一人で解決できない時に、同じ境遇の仲間と交流し、 ヒントや励みを手に入れていく。 過去の生徒たちもみんなそうやって乗り切って来た。 独りよがりがあるかも知れない。 すごく非効率な方法で時を過ごしているかも知れない。 そんな気付かないことも、 教室に来て語ることで、指導を受けることで、 大きな変化の第一歩に繋げていくことが出来る。 チャンスは周りにいっぱいある。 その意味は、体験を重ねることで分かっていくだろう。 テスト対策後に、それぞれが何を思い、 次の行動にどう活かしていこうとしているのか。 差はその、自分に対する厳しさで付いていく。 自分を高めたいという意欲の高低で決まっていく。 今日、日曜日の就寝前に、 君には、 「マジで頑張ったよな」と自分を誉めてあげられる一日を過ごして欲しい。 君が付けるその記録は、 君だけが価値を知る、試験への貯金通帳なのである。 対策に参加した生徒たちの意欲はみな均一ではない。 何がいいということではない。 君が感じることを実現させるために、 意欲は尊いということだ。 たった5分でも残って質問していく。 その意味を捉えて欲しい。 意欲は行動を起こす。 意欲は自分を大切にする。 意欲は目を輝かせる。 意欲は君を正の方向に導く。 意欲は結果を生む。 のである。
2010.05.23
日付が替わって、今日22日土曜は「テスト対策」の日。 T中、T西中、K中の全学年が集まり、 中間に向けて各自が仕上げ確認に取り組む日だ。 告知は何度もし、お知らせを配り、ボードにも書いてきた。 各自把握しているかと思うが、時間帯に注意して欲しい。 1、2年は朝9時から、3年は午後3時半からとしている。 一斉に行うと席がなくなるためで、 特に3年生は9時に来ると自習してもらうことになるので、 間違えないように。 なお、再三言って督促しても、未だに範囲表を提出していない所がある。 その中学のその学年は、範囲が分からないので対策のしようがない。 合流は許すが、他中学と一緒にやってもらうことになり、 細部までフォロー出来ない場合も当然有りうることを、 事前に通告しておく。 この対策は、自分に真剣になれる者が集まり、 指導者の力を受け、自分に磨きをかけていく場。 そのスタンスの前提にある「範囲表の提出」すら出来ない者は、 例え来ても、受け身で座っているだけになるだろう。 昨日も複数の生徒から、出した範囲表の範囲変更の報告を受けた。 指導を受けるということがどういうことか。 その生徒たちは心得ている。 限られた時間内に、密度の高い得点力を持って帰るためには、 どうしたらいい。 誰が教わるのだ。 ここが出る、ここから出る、ここが分からない。 その情報は君らが持っているのではないのか。 ならばそいつを伝え、効率よく仕上げを図るべきではないか。 どこが出るかも分からない。 そんな前提で何をしに来る。 教えようがないではないか。 今回は、対策が初めての生徒も多数いるが、 対策の基本は君たちの「攻め」の姿勢にある。 絶対に受け身のまま座り、不明なまま帰るな。 ここを何とかしたい。 そう思うのなら、その解決を図り、収穫を得て帰れ。 対策は強制ではない。 何度でも言うが、君が点を取りたいと思うのなら、 君が攻め、踏み込んでいくことを忘れるな。 先生たちは君らのために時間を割き、準備している。 すべての時間に可能性があるのだ。 だが、可能性は黙ってプレゼントされるものではない。 君が奪い取るのだよ。 特に初めての生徒たちには、その意味を伝えたい。 絶対に遅刻するなよ。 連絡もなく遅刻した者は、締め出す。 いいな、 真剣勝負をしに来い。 塾長は、意欲のある、自分のために頑張ろうとする者は、 最大限サポートする。 そういう君たちを、期待している。 毎年、先輩たちが闘ってきた椅子。 ペンを持ち、真剣な姿勢で、 先輩たちが何十万もの文字を書き込んで来た机。 そこに座り向き合う資格がある者は、 定時までに集まり、目的をしっかり抱えている仲間だけだ。 何をしに来るのか。 その意味を捉えて集合しなさい。 収穫はきっとある。
2010.05.22
今週は卒生がたくさんやって来た。 試験期間に入り、自習、質問、補習と、 毎日誰かしらが教室で頑張っている。 中学と違う圧倒的な量と進度に悩まされ、 それぞれが危機感を持ち始めた。 そんな仲間たちが、ここの空気を求めにやって来る。 ある生徒は、ここに来ると集中できると言う。 卒塾後も忘れずに足を向け、 悩みを見せ、文句を言いながら、快活に今の様子を語ってくれる。 そんな元気な姿がいつも教室にある。 特にこの春に高校へ進学したメンバーたちは、 最初の定期試験で赤点にならないかと心配なようだ。 ここ数日で7名が訪ねてきた。 3か月、4か月前、ここで一緒に頑張ったことを思い出し、 一つ一つを乗り切って行こう。 教室は決まった時間なら、いつも開いている。
2010.05.21

中2の女子3人組が補習を申し込んできた。 希望者は申し出なさい。 このブログやお知らせプリントなどで、最近随分と語ってきた。 それが、こういう一歩で表れてくれることは、 とても嬉しいことだ。 試験まで1週間。 補習の機会はまだ何度もあるだろうが、 私は敢えて明日を指定した。 週末の対策の前に、一定の型を学んでおいて欲しい。 大まかなポイントや重点の強弱を知っておくだけでも、 土日の前進に繋がっていける。 とっさにそんな判断をしていた。 この春から仲間になった3人。 彼女たちにとっては、「補習デビュー」だ。 2日前にトライアルの追試をし、 その時に去年の1学期中間の先輩たちの平均点を教えた。 板書した数字に奇声を上げ、懸命にメモを取る姿があった。 成績は2年生で大きな開きが生まれる。 しかも今回の範囲がよく分からない。 我流で勉強しても、なかなか成果が出ない。 入試制度もどうやら自分たちの時から変わるらしい。 「何とかしたい」 「やらねば」 様々な事柄が背景にあり、 試験までのカウントダウンの中、 そんな決意が自然と出たのだろうと思う。 補習はワンチャンスではない。 分からなければ何度も声を掛けてくれればいい。 そのためにも補習というものは、 直前ではなく出来るだけ早めに実行しておきたい。 週明け、試験前日と、 時間があればいくらでも付き合うぞ。 この教室は、自分に真剣になれる生徒を応援する。 自分を大切にできる、可能性を掴もうとしている生徒を、 最後まで後押しする。 このままじゃ40台かも知れない。 その現実をどう受け止め、どう行動に移したらいいのか。 何も感じなければ行動は起きないだろう。 行動があるということは、突き抜けたいという意欲があること。 自ら動く価値を、感じ始めたということ。 補習デビューは、きっとこれからの君たちを変えていく、 素敵な一歩になるだろう。 そのためにも、限られた時間内に目が回るくらいに、 シャレになんないというくらいに、 いい授業をしてあげたいと思う。 先輩たちもやってきたぞ。 何度も質問し、補習を申し出て、プリントを乞い、 そして何時間も自習しては自分と闘っていた。 その何人もの先輩たちがエネルギーを込めた机と椅子を、 明日は君たちのために用意し、待っている。
2010.05.20
中間が終わった生徒は気を抜いてはいけない。 試験当日に向けて築いてきた努力や、追い込みの姿勢を、 意識して保って欲しい。 気を抜き、リセットしてしまえば、 またゼロからやり直しだ。 1ヶ月後にはすぐ期末がやって来る。 そこでもう一度一から築くのと、学習のリズムを守り続けたのとでは、 スタートの土台が違ってくるのだ。 レベルをゼロにしてはいけない。 中間当日が10なら、 君はどれくらいの数値を保とうとしている。 6くらい、7くらい。 だから君はいつも同じ程度の点しか取れないのだ。 保つべき値は10なのである。 それを前提に、何をすべきなのかをじっくり考えてみる。 そのレベルをどこまで引っ張れるか、挑んでみる。 きっといいことがあるはずだ。
2010.05.20
公立入試の一本化について先月書いた記事。 4月30日の記事1 4月30日の記事2 制度が変わるという前提で、 今の中2生以下は受験に向けた意識を高めていって欲しい。 もう、漠然に頑張るという曖昧さは捨てていかなければならない。 計画と具体的な行動が生命線になっていくだろう。 内申点のために、 「定期テストの得点を上げる」 「学校の授業に集中する」 「提出物をしっかり仕上げる」 「英検・漢検などを早期から受けていく」 学力検査のために、 「5教科型の得点力を高める」 「理科・社会を苦手にしない」 「記述力を磨く練習を続けていく」 「北辰をしっかり受ける」 そして、 「志望校を早く決め具体的な対策を立てる」 「受験ガイドやネットで情報を把握する」 などが必要だろう。 その第一弾、中間試験がちょうど今行われている。 英語検定の締め切りは明日20日だ。 検定にしても北辰にしても、そして定期試験の準備学習にしても、 今から始める貯金である。 次でいいや、まだ大丈夫だろう。 そういった考えは、ただ後の自分を追い込むだけで、 やがて歪みが生まれるのだということを理解して欲しい。 早く動いた者が有利に展開できる。 1学期から意識し、何かに取り組み始めた者は、 秋や冬、そして中3になってからスタートする者より、 確実にリードできるのである。 今週、通信を配りながら、中2生たちに制度変更について知らせている。 リアクションは様々だが、 よし頑張るぞという気合いを見せてくれた子もかなりいた。 特に現中2生は、1年後を見据えて貯金を重ねて欲しい。 また、そのサポートもしていく。 入試が5教科ワンチャンスになるとは、どういうことか。 私が理社を見ているからではないが、 特にこの2教科の実力が全体力を決定的にするだろう。 今まで以上に、受験におけるキーになっていく。 両方苦手にするなよ。 理社がなぜ大事か、実力を保つために何をどう学習すべきかは、 また書きたいと思う。
2010.05.19
追試の開始は、授業終了のチャイムだ。 ウェストミンスター宮殿のビッグベンの音色。 学校でもおなじみのその音が教室に響くとき、 君たちの姿勢が一変する。 道具を仕舞い、手にしたペンの先が追試答案に向けられる。 終了のチャイムから2分後。 教室にあるのは、真剣な表情で問題を追う仲間たちだ。 私が巡回し様子を観察する。 学年を超えた熱のようなものがあちこちにある。 やらねばという観念のような空気の中に、 君たちの「頑張ったんだよ」というメッセージがある。 隣と話す者はいない。 言葉の代わりにペンで文字を刻みながら、 自分だけで向き合っている君たちがいる。 前回空欄だらけだった答案が、一気に埋まっていく。 凄いスピードだ。 分からないと投げていた問いに、 計算のメモが書き込まれていく。 20点しか取れなかった。 最初に知った自分の非力を、 君は次の答案に受け継ぎ、ほぼ完璧に埋めようとしている。 追試の目的は空白を埋めること。 未完成を知り、完成を目指すこと。 その過程に君だけの発見があり、成長がある。 一回やり、復習を指示するだけでは到達できない、 潜在する能力がもたらす到達ラインを、 それぞれが自力で掴もうとしていく。 みんなやる。 みんなが自分と闘っている。 うそだろ、あいつが家で練習してきたなんて。 その刺激が、次の行動の輪を広げていく。 答案を回収して思う。 君たちは無限の可能性を持っているのだなと思う。 ペンを持ち型にはまる君たちは、とても格好いい。 どうすれば点がとれるのか、 その回答は、答案を埋めていく速度の変化によって、 すでに君が感じていることだろう。 反復することによって頭に残っていく。 達成を目指し、そいつを前提にすることで、 無理だと思えたポイントまで辿りつける。 その手応えをしっかり覚えておいて欲しい。 あらゆる学習におけるヒントが、 その手順と手応えの中にある。
2010.05.19
やる気のある生徒は、積極的に補習を申し込んで来る。 授業の前や後に時間を作り、質問して来る。 また、授業後は居残り、授業のない日は一人で来て、 自習している。 部活の休み期間は、下校後すぐ飛んできて自習している。 こういった姿が目に付く生徒は、 確実に自分に力をつけてきていると思う。 努力はすぐに結果に出ない場合が多いが、 前向きに頑張ったという行為は、間違いなく次に繋がっていく。 仮に未完成でも、自分のために頑張ってみる。 今日やったことも、 昨日の2時間も無駄ではない。 進行形なのである。 どこまで進んでいけるのか。 それは君が信じ、続けていくことで決まっていく。 今日もこれから補習をするが、 自分を大事に感じている生徒たちは、 ぜひ相談に来て欲しい。 課題があるということは、 そしてそれを何とかしたいと思ったことは、 成長なのである。
2010.05.18
最近、中学生の妙な事件が目につくね。 常識なんて何のその。 彼らは短絡的に行動にしてしまう。 いつぞや「キレる」という言葉がメディアに取り上げられたけど、 最近はそういったものと異質な、 ストーリー性のないその場だけが浮き出たような事件が多いね。 前後の映像のない、切り抜いた写真のような出来ごと。 彼らもその時は快楽を感じ、夢中なのだろうけど、 捕まって反省し、 きっと自分の未熟さに気付くんだろうが・・・ でも、迷惑かけちゃいけない。 先日のこれ。 何だかなあって感じ。 じかに置いて火をつけちゃさあ。 しかもそこって、そういうことする場所? 挙句に先生にまで後始末させて。 そしてこれ。 どうなるかくらい分かれよ。 むしゃくしゃなんて、大人だってみんなしてるし。 そこまで運ぶエネルギーがあるんだろ? 自分に活かせよな。 こんなのもあったな。 トンデモないやつだな~ 大人をなめちゃあいかんよ。 腹減ったら、美味いものくいたかったら、どうすればいいのさ。 小学生に聞いてみ。 最後に昨日のこれ。 あのさ~ 屋根にまで乗っちゃってさ~ 壊してさ~ 気持ちよかったんだろうけどさ~国宝級の遺跡だよ。 親、なげくよな。 こんなんばかり。 どうなってるんだか。 中学生ならもう判断つくだろというのは、 今や禁句なのだろうか。 社会のせいだ、ゆとりのせいだ、などと言っても、 連日妙な、そして危険な事件が絶えず起きる。 こうすればまずい、こうすれば危険という信号が、 退化し始めた少年、少女たち。 数万人に一人の狼藉とはいえ、 多くなっているような気がする。
2010.05.18
英検の申し込み締切が迫っています。 今週木曜20日までですので、注意してください。 検定は6月12日(土)に実施です。 なお、漢検は締め切りましたが、 4級のみ1名だけ追加申し込みが可能です。 希望者は至急申し出てください。 こちらの検定日は5月29日(土)です。 いずれも部活に支障のない時間帯で行います。
2010.05.17
面談でよく「締切日」の話をする。 締切といっても、申し込みなどのことではなく、試験のことだ。 試験日が決まっているのなら、それが学習の締切日。 そこに合わせてどう完成させていくかを考えなくてはならない。 部活の大会や発表会に向けて練習するように、 学習においてもやはり計画を手に練習を重ねなければ、 好結果は得られないだろう。 そんなことはみんな分かっている。 分かっていても、いつも直前になって慌て、 表面だけ拾うような浅い仕上げを繰り返しては、締切日を迎えている。 そういう習慣がついてしまった者は、 自分で一度締切日を操作してみるといい。 例えば試験の5日前を仮想の締切日とし、 そこに向けて完成させる段取りを組む。 カレンダーにも試験日をずらして書いておくのだ。 当然、提出物などもその日までに完成させる。 残りの4日間は、自分のすべき弱点や課題に、 さらには、より定着を図るための演習や暗記確認の強化に充てる。 この時間的余裕が、差を生む。 ギリギリで締め切りに追われ、不完全なまま本番を迎えるのと、 どちらが好結果に繋がるかは、もう分かるかと思う。 部活だってそうではないか? 準備不足を知りながらギリギリまでサボり、 直前になって過密スケジュールで慌てたりしているかい? 勉強にもやはり計画があり、メニューがあり、 締め切りに合わせた調整があるのである。 でも5日前に完成出来たら苦労しないって? それは君の意思しだいだね。 さあ、「試験勉強完成日」でも「私の試験日」でもいい、 朱書きした紙を、 カレンダーの自分の決めた日に貼ってみたまえ。 そして親に「絶対完成させる」と宣言してみよう。 時間をうまく使える者は、 自分に対する負荷のかけ方も、やはりうまいのである。
2010.05.16
試験の範囲表を大切にしろよ。 試験の前そいつは重宝され、みんな必死に眺める。 何でここが出るの? マジで~? まだ授業やってないじゃん。 なに、この提出物、終わんないよ~。 品評会が始まる。 だが、試験に何が出るのか、 あるいはその当日に何を提出しなくてはならないのか、 その情報が記された一枚は、君にとっての道しるべ。 教科書の太字が出ると書いてあれば、 太字の語句を書けるようにしたい。 プリントのナンバー5~9から出すとなっていれば、 そこを懸命に練習したい。 直前の君たちはまるで右へならえのように、 範囲表と睨めっこし、ラインを引き、 ここを押さえねばと、必死に表面的な技術をこねくり回している。 試験前夜には再度眺め、提出物の最終チェックをしている。 さあ、試験が終わった。 君は範囲表をどうしているだろう。 あれだけ何度も眺め線を引いた範囲表。 ここが出ると深夜に確認した、小さな用紙。 君の周りに大切に保管されているだろうか。 試験が終わればもういらない。 そういって、ゴミ箱の中に変形して眠っていないだろうか。 試験の結果が返って来て、検証する時、 範囲表は、 ジャッジだ。 君がそれをどう使い込み、どこまでこだわれたか。 その深さと正確さを、 範囲表は無言でジャッジしている。 ワークの9Pと書かれていて、そこが出た。 配布プリントの5から出すと書かれていて、 その問いが解けなかった。 用語は漢字で書けるようにと記されているのに、 自分の答案はかなで書き、3問もバツになっている。 クリアできたものも、見落としたものも、 その事実を検証するのは君だ。 範囲表を座右に置き、 対策が正しかったのか、それとも不十分だったのか、 しっかりと判定を下していく。 すでに試験が終わっているならば、 君はもうどうでもいいことと思っているだろうが、 この作業を最後まで記録できるかどうかは、 次の展開を180度変えるほどの流れを生む。 試験終了の解放感とともに範囲表を捨てていては、絶対に知り得ない、 作業過程の緻密さがある。 数値に対するこだわりがある。 君はどうだろう。 しなければならない項目が印刷されている範囲表を、 試験後にもう一度見て、 返された得点の理由を考えたことがあるだろうか。 事前に、10書かれたうちの8しか出来なかった。 だから今手元にその得点がある。 ならば残りの2をどうすればよかったのか、 その仮説を立て、真剣に次回のエネルギーに転換していくこと。 それはとても大事なことだ。 範囲表は試験の後で、 君の行動を振り返る基準になる。 何割到達出来たのかという、手順書になる。 範囲表は、 頑張ったよと「漠然」と語る君にとって、 次の一歩を定めていくための、 大切なジャッジなのである。 試験後こそ、線を引くものなのである。 安易に捨ててはいけない。
2010.05.15
今日は来週試験がある中学の対策があり、 午後からは補習が幾つか入っている。 補習は本人の希望を受けたものだ。 みな再来週が試験だが、積極的に申し出てきたメンバー。 時間がクロスしながらでも対応したい。 範囲も発表になったが、理解できず困っている部分はないか。 理科・社会に関しては申し出があればサポートする。 まずは11日の記事を見て、行動を起こして欲しい。 今日は得点力を上げるチャンスだ。 希望者は連絡を。
2010.05.15
昨日の授業は体験生も加わり、4名体制だった。 中間テストも近く、範囲に沿った指導になったが、 4名の内訳はK中、T西中、T中と、都合3中学。 理科の場合は範囲が異なり、指導する側にとっては一番辛い時だ。 昨日も「運動」「細胞」「天気」と、まったく別単元。 それを同時進行で指導していく。 経験を積んでいないと混乱したりロスが出たりと、 リスクを背負うことになる。 解かせる量に変化を付け、ボード解説を段取りよく進め、 個別に対応し、質問にも処理していく。 生徒たちのペン先を睨み、間違いや停滞がないかを観察し、 課題が見つかれば、その都度指摘していく。 この生徒はそろそろ終わる。 処理速度がそれぞれ違う。 次に何をするかを用意し、分刻みにシュミレーションしていく。 そうしている間に、脇から質問が飛ぶ。 解答と照らし合わせる時間などない。 生徒の解く速度に合わせ、正誤を瞬時に判断し対応していく。 ボードに書き解説する時間も、分刻みに予測を立て、 写し終えるタイミングを見計らい、新たな課題をぶつけていく。 私は特別な時以外は予習をしない。 与えるプリントやテキストに目を通し、答えを準備したりもしない。 すべて自然体でスタートし、必要な情報や知恵を、 その必要なタイミングで示しながら進めている。 皆が解いている問題を逆さに見ながら、 実は私も初めてその問題を読み、 同時進行で解いている。 昨日は、二人が「湿度計算」をし、一人が「遺伝」の問題を解き、 一人が「記録タイマーの計算」をしているという状態。 ペンが止まる瞬間は不規則にやってくる。 その時のために先行して解き、態勢を作っておかなくてはならない。 脳の左で飽和水蒸気量を捉え、右で「みはじ」を反芻し、 視線は遺伝の法則に注いでいる。 途中からある生徒には社会も指導した。 そんな、個別指導の極致のようなやり取りが2時間続いた。 みんなよく頑張り、一定の理解が得られたと思う。 指導というものは、型に嵌ったマニュアル通りにはいかない。 それがあるから、いいのである。 マニュアルを押しつければ歪みが生まれる。 すでにある歪みを埋めるために指導がある。 進行形の授業の節々で、目の前の生徒にどう対応出来るのか。 結局そこに指導の肝があるのだろう。 変化があり、予測が覆される。 対応に追われ、生徒と一緒に精神を研ぎ澄ましていく。 大変いいことだと思う。 そういった瞬間にこそ、指導の深い妙味が宿っている。 私はそう思っている。
2010.05.15
北辰結果が返ってきた。 今回は部活の関係があって、中3の参加者は15名。 新入塾生の外部申し込みは含んでいない。 塾生の平均点は、 全教科とも埼玉県平均を上回っていた。 今回が北辰デビューだった者が6名。 経験不足からか、もうひと押しという生徒が何人かいたが、 恐らく次は伸ばしてくるだろう。 それにしても、社会の県平均が37点とは一体どうしたのだ。 英語・理科も約44点。 問題が難解だったのか、それとも生徒の力が低迷しているのか、 ちょっと深刻な得点だ。 この3科で125点。 あとの2科で同じく125点平均でないと、 全体の5割である250点には届かない。 当然そこまで高いわけでもなく、 全教科の平均点は、一教科45.3という結果だった。 春先は結構意欲のある者が中心に受けるので、平均は高めに出る。 それでこれでは、渋々参加する生徒が増える秋口にはどうなるのだろう。 入試平均点の大幅ダウンといい、 ここ1、2年で、生徒たちの理解レベルに小さな異変が感じられる。 従来は記述問題が平均を下げているという見方が一般的だったが、 どうやらそれだけではなさそうだ。 今回の社会の問題を見てみても、 基本問題はきっちり出ている。 それがどこまで答えられているのか、 答案を検証していく必要性を感じた。 いわゆるベタの基本知識を指折り数えたら、13問。 それだけで軽く平均点は超えるのだ。 学校の進度が遅く、範囲についていっていないということもあるだろうが、 それも出題範囲に合わせ、かじり程度の予習で対応できるレベルだ。 次回、6月の実施に向け、その基本と先取りを強化したいと思う。 今回が初めてではない9名の生徒も、 うち6名が、5教科で自己ベストを記録した。 まだ不十分な受験準備の過程での記録に、 今後の躍進への一歩を感じる。 新入塾の受験生が加わった次回。 総合的にパワーを強化したい。
2010.05.14
地元中学の中間試験日程はもう決まっている。 14日。 18日。 26日。 27・28日。 28日。 それぞれあと、残された日は、 1日。 5日。 13日。 14日。 15日。 今週実施の中学を除き、塾で対策は行うが、 その限られた時間で実際にどこまでカバーできるかを、 真剣に考えて欲しい。 どうすれば納得のいく点が取れるのか。 考えるまでもない。 君が努力することだ。 毎日の学習消化を真剣に見詰め、実戦することだ。 中途半端に時を捨てている君に、 素敵な得点は返って来ない。 泣けるくらいに体を張って頑張った君には、 その見返りが必ず返って来る。 解らない、できないと言ってる間に覚えろよ。 こんな知識で、こんな正確さで、 70点、80点なんて取れるわけがない。 解りきっていることだろう。 気合いが足りないのではないか。 20点が、30点がヤバいと感じるのなら、 動けよ。 ただ好きなことをして、集中もできず、 いつも眠いとダラダラして、 自分のために貴重なエネルギーすら注げない。 そんな君は、 いつまで経っても劣等感から抜け出せない。 あいつは頭がいいからだって? バカ言っちゃいけない。 そのレベルを掴み続けるために、 君の数百倍も努力しているのだ。 君がダラダラと過ごしている時に、 懸命に頑張っているのだ。 君が1時間で打ち切り、ズルズルと布団にもぐり込んでいるその時間に、 時計と睨めっこしながら、 問いを解き、汗をかきながら暗記しているのだ。 自分を大切にすること。 それは自分にエネルギーを仕向け、 明日に投資すること。 試験を返される時に、答案を伏せ、得点に折り目を付け、 隠すように持ち帰り、親に対する口実を考えている。 いつまでそんな演技を続けるのかい。 試験日に向けて最大の力を注ぎ、 堂々と得点結果を受けてみなさい。 試験の度に反省し、 テスト結果ファイルには、いつも決まったセリフが並んでいる。 今回は準備期間が短かった。 理科はよかったけど数学が悪かった。 英語が悪かったので次は頑張りたい。 順位が落ちたので上げたいと思う。 言うのは簡単だ。 大事なのは、それを次の場面で実演することだろう。 君は反省コメントを克服するために、 どこまで命がけになっている。 その時は殊勝に書きながら、また同じことを反芻していないか。 その証拠に以前のコメントを読み返してみなさい。 いつも同じことを書いてはいないか。 変えるためには動かなければならない。 君が覚悟を決めて、君のために動かなくてはダメなのだ。 天才などいない。 頭のいいヤツなどいない。 そういう相対評価を得られるまで、彼らは頑張っているのである。 君の何倍も時間と闘い、 目をこすりながら汗をかいているのである。 試験まであと何日か。 カレンダーを見つめ、すべき行動を起こしなさい。 何をしたらいいかではない。 目の前のものを覚え、解きまくるのだ。 暗記すべきものが100あったなら、 今日中に全部マスターしてやろうと、本気で立ち向かうのである。 今日は20、明日は25ではないのだ。 100制覇したならその先がまだあるのだ。 20で納得してしまう習慣を受け入れてしまうから、 結局それすらできずに、甘え、みんな不完全で終わってしまう。 そして試験の締め切り日がやって来る。 分かるのなら、時間に投資してみなさい。 覚えるまで寝ないぐらいの覚悟を決めてみなさい。 10暗記した者と100暗記した者。 10解いた者と、100解いた者。 試験の問題が配られた時、どちらの方が安定した答案が残せるか。 今日の30分が、1時間が、 積み上げた大きな時間となり、 その貯金を決めていくのである。
2010.05.13

高校受験ガイドが書店に並び始めている。 進路を決める上で、やはりこれは欠かせない。 写真は去年の「受験ガイド」と「公立入試過去問」だが、 特に受験ガイドは、受験生以外も手に取り、できるだけ購入しておきたい。 中2、中1の段階で家に常備し、何度も開いてみるのである。 高校の情報、入試の仕組み、様々な資料・データなどは、 受験9か月前に初めて与えられるものではない。 すでに決まっていることを集め、確認するのは、 何年も前から計画的にできることだ。 例えば中2の今から食卓の近くにガイドを置くだけで、 入試に対する意識がかなり変わっていく。 週末に一回開くだけでも、年間で50回。 受験の仕組みを知り、進学のために何をすべきかという確認が、 漠然であっても先行できるのだ。 小さな刺激も通年で見れば大きくなる。 中3の初夏に、 「あんた高校どうすんの?」 「別にどこでもいいけど」 「入試がどうなってるか知ってんの?」 「さあ・・・」 などと言い、慌ててガイドを買いに行くケースは避けたい。 私の場合は、息子たちの受験の時、 上の子が中1の時から毎年買っていた。 下の子は4年間ガイドの変遷を経験したことになる。 書店には今月下旬までに大半が揃うだろう。 買う時には、親が事前に当たりをつけておいて、 おススメを告げ、下校時に子どもに買ってこさせる。 他にいいのがあったら、それでもいいよと告げ。 もちろん本人に自由に店頭で選ばせてもいい。 だが買う時は本人に一人で行かせる。 ここがポイントだ。 親が買って与えたものと、自分で買い持ち帰ったものの違い。 親が買い、いつの間にか押しつけがましく置かれたもの。 自分で買い、袋から出し、軽く開いたのちに置いたもの。 のちの手にする回数に、大きな違いが出るものだ。 どうでもいいことのように思うだろうが、 きっと意識付けが違っていく。 自分で買って来るという行為は、自分のために動くこと。 すでに、それが、 自分一人で受験を越えていくというストーリーの一部だからである。
2010.05.12
日付が替わる頃、一通のメールが届いた。 昨日書いた補習についての送信だった。 (私も嬉しかったので紹介させていただきたいと思います。どうかご了承ください。) 塾長、夜遅い時間にすみません。 今ブログ見たんですが、明日部活終わった後であまり時間はないんですが、 補習受けさせていただけますか? 行けるのは6時15分頃になってしまうと思いますが。 私が開いたのは日付が替わった1時15分。 もう君はまどろんでいる頃だろうか。 早速了解の返信を打ったが、多分開けるのは明日の朝だろう。 この生徒は非常にいい感じでやる気を出してくれている。 昨日も届いた北辰結果を元気に見せてくれた。 「塾長! 上がったんですよ~」 嬉しそうな表情に、頑張ったという自信と、 この教室にいつも溌剌と自分をぶつけている、 そんな自然な姿が重なって見えた。 偏差値で6ぐらいだろうか。 やる気の尖端にやっと手が掛かったよ。 いつになく力強い君の言葉が成績表にあった。 入塾以来、いつも補習を申し出て来ている彼女。 対策も欠かすことなく参加している彼女。 誰に指図されるわけでもなく、 君の判断でストーリーを描き、 いつも私の前に座っている。 叱られても、悩んでも、どんなに解らなくても、 何かを知るために、それを自分への褒美にするかのように、 必ず私の前に座っている。 いいことだと思う。 北辰も、中間も、伸ばそうな。 やってみようというその気持ち。 必ず前進のためのシナリオになるだろう。 塾長は、そう思っている。 いいよ。 椅子空けて待ってる。 1点2点にこだわるその姿勢、 GOOD!!だね。 私の返信を開くのは、きっと5時間後の目覚めの時。 それまで素敵な夢を見ていなさい。 補習はいつになく厳しく接したい。 君もまたそれを望んでいる。 そんな諒解を、何故か自然に感じる。
2010.05.12
中間テストの理科の範囲には、一部計算問題が含まれている。 中2の「地震」 「地層のずれ」、 中3の「湿度」 「発生する水の量」である。 学校によって範囲は異なるが、これらが含まれる時は注意して臨みたい。 「地震」は、計算パターンをよく練習しておこう。 基本的に、 ≪初期微動継続時間は震源からの距離に比例する≫という法則を用いて、 比例関係を把握し、「比例式」や「み・は・じ」を使うだけだ。 「地層のずれ」は、凝灰岩などのかぎ層に注意し、 それが標高何メートルにあるかを比較していく。 その数値がそのまま地層の傾きになっている。 「湿度」は、非常に厄介な計算問題だ。 数値が割り切れないようになっており、 四捨五入など、条件に合わせた小数の割り算の正確さが求められる。 素直に公式に代入し、慎重に解く練習をしておこう。 「発生する水の量」は、露点が基準になるところがポイントだ。 露点と指定された温度との、飽和水蒸気量の差が答えになる。 露点以上の温度では水は出てこない点に注意。 金属製のコップを使った問題では、次の点を必ず理解しておこう。 コップに水滴ができ始めた時の水温を見る → → 表よりその温度の時の飽和水蒸気量を求める → → その値が、実際に空気中にある水蒸気量を示している(A) → → 部屋の気温を見る → → 表よりその温度の時の飽和水蒸気量を求める → → その値が、実際に空気中に含むことのできる水蒸気量を示している(B) 部屋の湿度は A/Bに100を掛ければ求められる。 非常によく出るベタ問題だ。 細かい部分は直接聞きに来なさい。 試験までに希望者には補習を入れよう。 私の手が空いているのは、以下の時間。 平日夜7時半まで 予定が入らなければ連日空いている。 平日夜7時半以降 火曜日のみ可。 土曜日 時間を打ちあわせて対応可。 本日11日と週末の土曜はチャンスだよ。 18日も空いている。 理解不十分な時は、ほんの1、2時間では仕上がらないことを知ろう。 一回ではなく、何度もアクションをかけて攻め込むのである。 自分のために点を上げたいという生徒たち。 どんどん申し出を待っている。 もちろん、学年を問わず、上記以外の範囲も可だ。
2010.05.11
夜7時30分過ぎ。 教室には31人の中学生がいた。 連休明けの最初の授業。 2週間ぶりにクラスの仲間と顔を合わせ、笑顔がこぼれる。 連休中に頑張ったという自信と、 何気なく置いてきてしまった時の重みを感じているような、 そんな表情や仕草が、教室にあった。 全員で一斉にトライアルを行い、 それぞれの答案が埋まっていった。 しっかり埋められたか。 空欄だらけなら、なぜそうなのかを判断するのは君だ。 隣の友が答えている基本問題。 君が答えられない理由は何なのか、 この2週間の足跡を振り返ってみればいい。 足元を固めない限り、安定などない。 どんなに格好つけたって、ふらついた姿勢では戦えない。 そんな当たり前なことも、 実際に埋められないという恥をかくことで、少しずつ解っていく。 追試は来週だ。 そこでどこまで這い上がって来れるか、 きみの格好よさは、結局そのエネルギーの大きさで決まる。 30点しか取れなかったのなら、100点にしてみればいい。 基本や常識が埋められなかったのなら、 埋められる知恵を蓄えて再度席に着けばいい。 自信に満ちた表情で、ペンを操っていく。 それが格好いいというのだ。 文句ばかり言い、逃げている者よ。 目の前にあるハードルは君が助走をつけ越えない限り、 ハードルから近付いてくることはない。 ハードルの方から、越えてくださいと低くなることなどないのだ。 越えるために何をすべきなのか、 頭を使ってみなさい。 そこに、君が明日から学んでいく肝のようなものがある。 頑張ってみな。 頑張るべきタイミングで頑張ることには意味がある。 採点した答案は、君が次に来たときに渡す。 今日もまた第2班が、連休の成果を背負い挑んでくる。 追試は来週。 すべて居残りで行う。 中間が迫っていようが、残って闘ってもらう。 中間の範囲を含むこの土台すら描けずに、 何が試験勉強だ。 真剣に試験対策を考えて消化しようとしている者は、 こんなハードルなど一気に越えて行けるもの。 時間を大切に感じるのなら、自分のために仕上げてきなさい。 親に迎えに来てもらう君。 何度も迷惑掛けるなよ。 自信に満ちた表情で、ペンを操っていく。 それが格好いいというのだ。 与えられた試練を真剣に受け止め、きっちりとクリアしていく。 それが、格好いいというのだ。
2010.05.11
予告どおり今日から 「トライアル・テスト」 を実施する。 中学生全員だ。 合格点に届かない者は、追試を合格するまで行う。 10回でも、20回でも、君が気付いてくれるまで。 なぜ、やらなくてはいけないのか。 なぜ、合格まで繰り返さなくてはいけないのか。 なぜ、あいつは一回で合格したのか。 なぜ、いつもいい加減なあいつが三回目で合格できたのか。 なぜ、自分は前回より点が下がってしまったのか・・・ 教室に居残り、次第にその人数も減っていく中、 ペンを持ちながら君に気付いて欲しいのだ。 感じたものがあったなら、 それは必ず次の結果に表情を刻んでいく。 私は君のその表情を待っている。 そいつは後日の君のために必要な、 君が使うべき目に見えない財産。 だから私は何度でも君に問題を手渡しする。 そして赤ペンを手に、答案の表情を追っていく。 前回ダメだったものが埋められた。 何度も消しゴムで消し、悩んだ跡がある。 前と違い、諦めずに埋めようとしている。 そんな表情を追いながら、向き合っていく。 何度でも、何度でも、 君が気付き、次に繋がるものを掴むまで。 乗り越え達成した時の小さな笑顔を見るまで。 繰り返しやることは無駄ではない。 答案の表情は回数とともに変わっていく。 同じ生徒を何十回も採点していて、そこに「正」の動きを感じる。 叩きのめされ、這い上がる時に引き出されるエネルギーが、 出来るという発見を生んでいく。 簡単に超えられない壁が、 数えきれないほどの子どもたちの可能性の香りを生んでいく。 「先生、今日やらせてください」 追試予定日を待たずに申し出て来る子たちの表情は、 いつも輝いている。 家で頑張ったんだから。 その原動力は君の中にあるが、きっかけはここにある。 ただ答案を返し、よく見直しておけよでは掴めない、 やがて一人で試験会場で闘っていくための、 君にとっての白線がある。 平等に与えられた問題用紙をどう利用できるか。 それは君の本気にかかっている。 今夜7時半から、第一班統一スタートだ。
2010.05.10
目の前の生徒の成績を上げたければ、 解かせなければならない。 徹底して問題を浴びせていかなくてはならない。 塾は説明会場ではない。 レジュメや資料をを渡し、細部まで事細かく伝える場ではない。 伝えたものを使えるように仕向けながら、 知恵や技術を生徒たちに 「再生」 させていく場だ。 再生させるとは、 指導者が抱えている知識や解法手順を、 生徒のペン先に 「復元」 させてあげること。 その目的に沿ったABCと、配分を、 正確に遂行していくことに他ならない。 そこに、あなたの熱弁はいらない。 こうなんだ、覚えなさいと叫ぶことが、 目の前の生徒の成績にどう帰結しているか。 一歩も二歩も引いて、 自分が語り、書き綴ってきた指導の経緯を振り返ってみて欲しい。 過去の連鎖を、検証してみて欲しい。 目の前の生徒の成績を上げたければ、 解かせなければならない。 成績を上げてあげたいと思うのなら、 解かせることで、掴ませてあげることだ。 何度も伝えてきた、指導の骨格だ。 ボードいっぱいに書きまくり、いくら説明しても、 それは理論の伝達。 さあ、試験で解く時に、 再度あなたの説明が用意されているのだろうか。 試験を生徒が自力で解いていくためには、 「解ける」 という仕組みを、いかに使えるかたちで与えていけるか、 結局はその差が得点という具体的なものに表われてくるのである。 解かせることで、生徒のスキルは上がっていく。 運動と同じく、練習させることで、 慣れと細かい技術が備わっていく。 解けない、分からないという感覚を、徹底して植え付けてあげればいい。 何問も、何分も、自力でやらせてみるのだ。 それを前提に、 次のステージで不明な点を説明してあげればいい。 嫌と言うほど説明してあげればいい。 経験し悩んだ後の説明と、悩む前の受け身の説明。 この違いが分かるかどうかが、指導者の力量の分かれ目のように感じる。 何か精巧なロボットを製作する。 一所懸命魂を込め、時間をかけ、こだわり、最後にスイッチを入れた時、 さあ、想定通りに動くのか。 もし動かないのなら、あなたのした作業はゼロなのである。 別に厳しくも何でもない。 ゼロなのである。 教室で生徒を導く時に、 生徒の中にあなたの説明が生きていなければ、 それが生きて使えるようになっていなければ、 そして使う機会を得て結果が得られなければ、 あなたが懸命に語り、書き綴ったものは、 ただの飾りに過ぎない。 そのくらいに、目的を前提に置いた指導に、 生徒と向き合う熱い時間というものに、 こだわって欲しいのである。 もう一度言う。 目の前の生徒の成績を上げたければ、 解かせなければならない。 徹底して問題を浴びせていかなくてはならない。 塾は説明会場ではない。 伝えたものを使えるように仕向けながら、 知恵や技術を生徒たちに 「再生」 させていく場なのだ。 生徒が理解し、再生できる状態を保てること。 その視点を常に持っている指導者は強いと思う。 強いと同時に、自然と生徒が寄って来るだろう。 あの先生がいい。 生徒の言葉の根本には、 空気や波長を超え、「再生できる」 という手応えが宿っている。 生徒に背を向け自分の知識を書き綴ることが、 いかに非効率なことか。 その5分があるのなら、 解かせてみろよ。 解かせながら、腕組みで仁王立ちし、 生徒のペン先と生産されていく文字を睨み続けてみろよ。 我々も生徒たちも、その時だけに 「分かる」 ということを求めてはいない。 そこで得たものを使い込み、 最終的に 「できる」 という感覚を得ることを求めている。 運動理論に 「練習」 が絶対的に必要なように、 学習においても 「練習」 は100%必要だ。 コーチが手とり足とりいくら熱心に教えても、 実戦練習をしていなければ、使い物にならない。 こういう時はどうすればいい、 これはこいつを使いこう対応すればいい。 こういったシュミレーションは、幾度も練習を重ね、 課題を知り、悩むことで解明されていくもの。 解らない、解けないというストレスを与えることで、 解った時の価値は高まっていく。 知りたいという意識のないところに、いくら情報を撒いても、 最高の吸収など期待できやしないのだ。 練習のないところに、本番の免疫は育たない。 ただ説明を聴くという行為は、「知る」 であり、「学ぶ」 ではない。 「学ぶ」 という作業には、 自ら入り込んでいく姿勢と、汗が必要なのだ。 そしてその学ぶという作業がない所に、 安定した定着は期待できないのである。 指導者はこれらを踏まえ、指導の組み立てがどうあるべきかを、 生徒の立場から再構築して欲しい。 解かせることで、生徒は悩む。 悩んだ時に段階を追って手を差し伸べてあげる。 頷き、笑みがこぼれる瞬間を、 しっかり観察して欲しい。
2010.05.09
中間試験の対策授業が今日から始まった。 来週から仲間になる新しい塾生も呼び出し、 範囲に合わせての対策を実施した。 少しでも力になれればと思う。 やはりみんな仕上げが不十分だね。 理科は、やって良かったのではないかな。 どんな問題が出やすいか、少し見えてきたのではないかと思う。 期限に合わせ自分のレベルを整えていく、 その感覚を早く身につけて欲しいと思う。 さて、試験範囲を見て驚いたのだが、 地元のある中学では、今回、1、2年に英語の試験がない。 1年はたまに聞く話だが、2年もというのは最近では記憶にない。 何でも先生が休んで進んでないからだと言うが、 そんな理由で滞らせ、空白の期間を作っていていいのだろうか。 3年の範囲を見てみても、前学年の復習が範囲のかなりの量を占めており、 全体的に授業の進度が厳しいという状況が伺える。 5~6月は学校行事も多い。 さらに先送りにならぬよう、 先生方にはぜひ頑張っていただきたいと思う。
2010.05.08
今から数時間まで面談していた、受験生さん。 あなたは大きく伸びると思う。 姿勢と、視線と、言葉に、そんな強い空気を感じた。 ここの仲間になり、ぜひ才能を開花して欲しい。 あなたと向き合い、素直にそう思った。 受験という厳しい舞台を、まだ知らないあなた。 夏、秋と自分と闘いながら、 あなたはきっと、知らない未知の展開と知識に打ちのめされるだろう。 どうすればいいのだろう。 悩み、小さな涙を流すかも知れない。 でも、そこから這い上がってきたあなたの広場に、 きっと大きな達成感が待っている。 志望校の終着点が待っている。 ほんの1時間半の面談に、 あなたには、それを捕まえられるエネルギーを感じた。 初対面の子どもに対し、ただ語っただけで、 季節ごとにどう育っていくかというイメージを自然に描いていたのは、 久しぶりのことだ。 だから体験前にこのようなことを書くのも、 初めてのこと。 この大きなハードルに向けた9か月間。 自分に真剣になれる熱い期間だ。 あなたには、そいつをぜひ大事にして欲しい。 もしここの仲間になれたなら、 知らないことを、甘く見ていたことを、 これでもかというくらい、ぶつけてあげよう。 拾ってごらん。 そして使えた時の笑顔を見せてごらん。 あなたの夏のシーンは、もう私の頭の中にある。 受験の流れの中でどこまで踏み込めるか、 それは環境と与えられるものを掴むことで開花していく。 そんな強い可能性を出し切れていないあなた。 こうしようよ。 まず、ここから押さえてみな。 そんなシグナルの用意はもうここにある。 来週の体験後。 笑顔で立っているあなたは、きっと、 9か月の序章を熱く語ってくれる。 そんな予感がする。
2010.05.08
「家で伝えて欲しい知識たち」。 2年以上前に書いたものだが、 今の子どもたちはこういった常識をあまり知らない。 知らなくても何とかなるので、 もちろん知らないことへの危機感もない。 この記事の中で私は、 こういう常識知識は、家庭の会話の中で親が与えていくものだと述べている。 テレビ・新聞・本・外出など、きっかけを大切にし、語りかけ、 大人になる過程での知っておくべきラインを示してあげる。 芸能・スポーツ・娯楽は親より詳しくても、広島を知らない。 アメリカや中国の位置が分からない。 太陽や月の動く方位も、その動く理由も分からない。 こういったことは関心云々ではなく、 大人になり次世代へ語っていく上でも、 最低限身につけておくべき知識ではないだろうか。 学校ではストレートに重点として学ばないだけに、 家庭での教えが大切なのだ。 そして常識力を磨くことは、のちに社会で役立つだけでなく、 自分を守る上での「力」にもなるのだということを、 ぜひ認識していただきたい。 知る情報量が増えるということは、 行動も思考も判断も、あるいは身の安全についてまでも、 迅速に対応処理できる技量を身につけることでもあり、 自分自身を安定させることに繋がっていくのである。 今回週明けのトライアルでは「常識問題」を幾つか出題する。 先のものと重複するものもあるかも知れないが、 今の生徒たちが果たしてどの程度答えられるのか、大変興味がある。 時事問題、ニュースなどもよくチェックしておこう。 先日の面談で「模試」の意味が分からなかった中2生。 幅広く色々とチェックしておけよ。
2010.05.07
私は自分の教室を「子ども」のように思っている。 わが子はまだ7歳。 そんなわが子に毎年多くの仲間たちが集まり、 今日までにたくさんの素敵なシーンを作ってくれた。 色んな仲間がいる。 それが教室の顔であり、強さでもある。 私は、いやわが子は、仲間を区別しない。 明るい子がいて、控え目な子がいて、 その隔たりのない空気が好きだ。 温かいものを用意していたい。 温かい言葉を、いつも広げ、待っていたい。 そして、ここに来る仲間たちに分けてあげたい。 大きなものでなくていい。 ひと握りの何かに繋がっていく希望を、 しっかりと示し、仲間たちの強さに与え続けていたい。 一週間前に書いた。 『前を見て・・・・』 できる限りのことをしてあげたい 君のために力になれたらと思う もう少し時間が必要なら いくらでもあげよう でも 動き始める第一歩は 君が前を見て刻んでいかなくてはならない しっかり 前を見て 自分のために 強くならなくてはならない 最後に君に委ねた質問の意味を分かって欲しい それは私が決めることではなく 君が即断し 言葉で返すものなのだ 色々と考えてみるといい この教室も仲間も逃げたりしない 感じるものが生まれたなら 言葉と笑顔を抱え ここにおいで そのときは 両手いっぱいに抱えきれないくらいに 素敵なことを 与えてあげたい 昨日、その仲間から、 手紙をもらった。 ごめんなさいという言葉と、ありがとうという言葉の中に、 頑張ってみますという勇気があった。 感じるものが生まれたのだろうか。 小さな、本当に小さな決心が、紙面にあふれ、 思わず目頭が熱くなった。 約束どおり、 両手いっぱいに抱えきれないくらいに、 素敵なことを与えてあげなくてはいけないね。 この教室の子どもたちには心がある。 学力を上げるための直球が掴めない時、 どう工夫しサポートしてあげられるのか。 そんな温かみのある空気を、忘れないでいたい。 言葉と笑顔を抱え、ここにおいで。 君に語った言葉のように、 いつも優しい声掛けが自然に生まれてくる。 そんな日常を大切に、 8年目の流れを辿りながら、 そっと、 ここに集まる子どもたちに熱いものを託していきたい。 そう思った。 手紙、ありがとうな。 この教室で頑張ってみたいという君の気持ち。 ただ、一所懸命に書いてくれた君の気持ちが、 何だか嬉しかったよ。 そうだね、前を見ながら頑張ってみよう。 笑顔はその先にたくさん待っている。 君のために、 君を支えてくれる友のために。
2010.05.07
授業が始まったのだが、時間割を間違えた者がどうやら4名。 授業がないのに来てしまった2人。 プリント配布の上、先日個別面談でスケジュールも再確認している。 それでも間違えたようだ。 振り替え授業があるのに来ない2人。 前回の授業で打ち合わせの上、日程確認をし合っているはず。 板書もしたのだが、それでも間違えたようだ。 あまり深く追及はしないが、いずれも中3受験生。 他のメンバーはちゃんと来ているのに、 「聞いてない」が通用するかな。 自分のための自己管理。 その場で専用メモに控えるなど、 より正確に把握する工夫をしてみよう。 これからは、日々決戦。 そういうロスも大きくなる。 頼むよ。
2010.05.06
連休中に課題を決め、意識して机に向かい、 学習リズムを保とうとした生徒。 連休中にダラけてしまい、ほとんど無計画に過ごし、 学習リズムを失ってしまった生徒。 その差が、来週からはっきり出てくるだろう。 中間試験は学校により、あと8~21日。 遅れを取ったなと感じたなら、 今日から日曜までの4日間で巻き返しなさい。 1学期の出遅れ。 そのリスクは、1年続くからね。 特に受験生は内申点が決する大事な5月、6月。 期末が終わった7月初めに後悔しないよう、 今にエネルギーを込めなさい。 1、2年生も必死に暗記やってるか。 時間を自分に投資しよう。 納得のいく結果は、努力によってつかめるのだ。 テレビに夢中になっている、 君のことだよ。 連休で差がついてしまったのなら、 動こう。 早く気づき、早く自分を動かした者が、 一歩前に進めるのである。 さあ・・・
2010.05.06
連休が終わり、また明日から学校が始まります。 塾の方は今週いっぱい普段の授業はありません。 注意してください。 ただし、中3生のみ、 木・金・土を使って振替設定しているクラスがあります。 自分がいつなのか、2回なのか、あるいは振替なしなのか、 しっかり確認し、時間も含め間違いのないようお願いします。 中2以下は今週いっぱいお休みですので、念のため。 なお、再三伝えている「トライアルテスト」を、 週明け月曜から始めます。 中学生のみですが、面談でも伝えた範囲をしっかり確認し、 準備して臨んでください。 中間テスト範囲とも重なっている、大事な部分です。 よろしくお願いします。
2010.05.05
昼にテレビに出演していた。 中川あゆみさん。 凄い可能性が感じられる子だ。 明日5日に発売されるこの曲、きっと話題になるだろう。 ここまで直線的な私的メッセージソングは稀だ。 事実を語った後の第二弾、自世界を歌った楽曲が本当のスタートかな。 でも、歌唱力というか、引きつける世界があるね。 今日が14歳の誕生日らしい。 まだ14歳。 同じ中2生の君に、彼女の頑張りを伝えたい。
2010.05.04
「宿題やったの?」 「うん」 「テスト出来たの?」 「ああ」 「これ学校に出さなくていいのね」 「う~ん」 「今日の塾、数学でしょ、どう、よく解った?」 「まあ」 「月曜の提出物、全部終わってるの?」 「いや」 「今度の北辰いいのね?」 「はーい」 「うん」「ああ」「う~ん」「まあ」「いや」「はーい」、 いわゆる「二者択一」の返事。 ご家庭でもよくあると思う。 「イエス」「ノー」で済んでしまい、 これでは深いコミュニケーションに発展していかない。 答える方はただ選択して答えているだけだ。 これは、そういう受け答えにしてしまっている、 質問のし方に問題がある。 なぜこうなのかと言うと、それは、 質問する方にストーリーがすべて押し込まれてしまっているからだ。 「宿題やったの?」 「うん」 「テスト出来たの?」 「ああ」 「これ学校に出さなくていいのね」 「う~ん」 「今日の塾、数学でしょ、どう、よく解った?」 「まあ」 「月曜の提出物、全部終わってるの?」 「いや」 「今度の北辰いいのね?」 「はーい」 無意識な質問の中で、子どもが行う行為を、 親が語り切ってしまっているのが分かるだろうか。 「やる」「出来た」「出す」「解った」「終わった」「いい」。 これらはすべて子どもの行為。 会話を繋げるためには、本来それは子どもに語らせるべきものだ。 これらの動詞を語らせるように、替えてみよう。 「宿題はどんな感じ?」 「うん」 「テストどうだった?」 「ああ」 「これ学校にどうするの?」 「う~ん」 「今日の塾、数学、何やったの?」 「まあ」 「月曜の提出物は?」 「いや」 「今度の北辰、どうするの?」 「はーい」 敢えて前の返事を付けているが、 当然これでは妙であり、返事が変わることはもう分かるかと思う。 こんな感じだろうか。 「宿題はどんな感じ?」 「えーっ、いっぱいあって終わんないよ」 「テストどうだった?」 「英語難しかったけど、国語けっこうできたし、まあまあじゃん」 「これ学校にどうするの?」 「あ、それ別に持っていかなくてもいいって」 「今日の塾、数学、何やったの?」 「何かよく分かんないグラフの問題」 「月曜の提出物は?」 「今必死こいてやってるってば」 「今度の北辰、どうするの?」 「部活で行けないって、こないだ言ったじゃん」 少し言葉が出てきた。 それでいいのである。 子どもの言葉に、 子どもがしている、考えている、思っている、感じている行為や事象を、 語らせてあげるのである。 本音もそういう部分から出て来るものだ。 「宿題やったの?」 「うん」 「宿題はどんな感じ?」 「えーっ、いっぱいあって終わんないよ」 この両者の違いに気付いて欲しい。 次に親が返すであろう言葉が、もうまったく違うものになっていく。 前者なら、 「本当?」 「また、あわてていい加減にやったんでしょ」 「どれ、やったの見せてごらん」のように、 悪い方向に発展しがちだ。 でも後者は、 「何が終わんないの」 「そんなにたくさんあるの?」 「どれ見せてごらん」のように、 会話をきっかけに、親が子どもの行為に踏み入っていける展開が期待できる。 同じ見せてごらんでも、意味はまったく違う。 最後にテストの会話で、 その展開をシュミレーションしてみよう。 まず、改善された会話の場合。 「テストどうだった?」 「英語難しかったけど、国語けっこうできたし、まあまあじゃん」 「そう・・・まあまあならよかったね」 「でも英語けっこう空欄だらけ・・・ヤバいんだけど」 「どんなの出たの?」 「もう、覚えてないし・・」 「得意の数学は、昨日やってた関数出た?」 「あ、出た出た、似たやつ出来たと思う」 「そう、じゃあもう一度問題よく調べて見直せば? 特に英語」 「そうだね、また月末にあるし」 そして最悪のイエス、ノーの会話の場合。 「テスト出来たの?」 「ああ」 「あのさ・・・ああじゃ分からないでしょ」 「え? 出来たって聞いたから、ああじゃん」 「何屁理屈言ってんの、どうせまた出来なかったんでしょ」 「ひどいなー、こっちは一所懸命やってるのにさー」 「英語は? まさかこないだより悪いなんてことないでしょうね」 「う~ん、微妙。でもさ、国語出来たって」 「へえー、漢字もろくに書けないお前がねえ」 「何だよそれ」 「成績上げたかったら、少しは見直しでもしなさいよ」 「分かってるよ」 「今までやったこともないくせに・・・分かってないから言ってんの」 「はいはい、じゃ、おれ約束あるから」 「ちょっと! まだ話終わってないんじゃない? あんたもう受験生なのよ?」 「またそれ? でもさ、何とかなるって。おれ追い込み得意だから」 「あのさー」 「時間あったら見直しするからさ、心配ご無用」 「お父さんに言いますよ!」 「言えば~?」 最悪である。 親の描くものが前提にあり、すべて否定的に語ってしまっている。 否定された子どもは、本音を言わない。 本当はマズイと思っているかも知れない。 そんな時、肯定の言葉を差し出し、問いかけ、 子どもに語らせてあげたい。 「どんな〇〇なの?」 「〇〇はどうだった?」 「〇〇してみれば?」 言えそうでいて、意識しないとなかなか言えないことばである。
2010.05.03
何を覚えればいいのだろう。 いくら覚えても疲れるだけで、 なかなか成績が上がらない。 どうすればいいのだろう・・・・ 君は頭に入れる時に、「括る」という行為をしているかい? 2年前に、こんな記事を書いている。 『差が付く部分』 互いに関連する、「ある知識」 を教えると、 どちらが重要かを限定しようとする生徒がいる。 例えば今回の時事問題の対策では、 「ミャンマー」 と 「サイクロン」 という情報を持ち出した。 「国名を訊かれたらミャンマー、熱帯低気圧を訊かれたらサイクロンと答えるんだぞ」 例によってある生徒が言ってきた。 「先生、どっちが出ますか?」 「どっちを覚えればいいですか?」 彼はよほど省エネが好きらしい。 答えは簡単だ。 「両方覚えろ!」 たかがこれだけの知識で、何でこうなるのかよく分からない。 何ページもの文書ではない。 たかが用語。 とちらか悩んでる間に覚えてしまえばいいだろう。 しかもこういうものは、セットで覚えて初めて使えるようになるもの。 片方だけではまったく意味をなさない。 松平定信=寛政の改革 吉野作造=民本主義 後鳥羽上皇=承久の乱 出島=長崎 坂本龍馬=薩長同盟 モンテスキュー=法の精神 国連本部=ニューヨーク こういうものと何ら代わりはない。 どちらが出るかなどという問題ではないのだ。 全体が一つの知識なのである。 関連付けるべき情報を前にしたとき、 生徒がどう捉えようとするか。 関連付け、括って覚えようとする者は、 グングン伸びていく。 差が付く部分であるような気がする。 (2008.05.25) 情報をグループ化し、関連付けて収めていく。 とても大事な、ことである。 なぜなら収めるという行為が最終ではないからだ。 収めたものを引き出し、再び使っていく。 それが最終目的だからだ。 どうすれば使い易いか。 部屋の整頓と関連付けて思考してみよう。 頭の中は、部屋と同じだ。
2010.05.02
先日、複数学年の合同授業を行った。 いずれも私が見ている生徒で、 スケジュールの関係で特例の授業となった。 メンバーは、中3男子と中2女子、各1名。 当然履修内容が違うので、個別で対応するかたちを取った。 中3の彼は、やや雑な面もあるが、素晴らしい切れ味を持っている。 学んだことの吸収率が高く、成績も安定している。 定期試験は5教科で学年2位。 前回の北辰理科は満点だった。 中2の彼女は、ややロースタートだが、 自分のラインを目指し、いつもきっちりとまとめて来る。 理科は苦手な教科だと言うが、それも単元による。 2学期の定期試験では、5教科で学年トップを取っている。 このクラスになると、細かい説明は何度もしない。 いや、不要なのだ。 基本を叩きこみ、知識と解法のコツをぶつければ、 あとは彼らが演習を通じてスキルアップしていく。 とにかく問題を解かせる。 そして、解かせた上で修正を加えていく。 彼らを指導していて思うのは、 教えたことの保存性の高さだ。 重点を示し、解く手順を道具として与えれば、 それを工夫しながら使っていこうとする。 一度指摘したミスが、次には修正されていく。 その修正率の高さは、私から見てもやはり高い。 定期試験が近づくと、みんな懸命に頑張る。 普段、自分をだましながら過ごしてきたツケに、みんな苦しむ。 危機感を感じ動き出すタイミングには個人差があるが、 後手になればなるほど厳しい状態で本番を迎えることになる。 締切日は決まっているのである。 試験はいつ行われるのか。 そんなことは、塾の私でさえ知っている。 君が知らないとは言わせない。 カレンダーが分かっているのなら、仕上げるのだ。 締め切りに合わせて、自分の到達点を定め、 ただひたすら登頂をノルマとし、登っていくのである。 先の二人は、この仕上げるという点で、 強い意識を持っているように思える。 数日後の状態をシュミレーションし、不安材料があれば、 カバーするために何をすべきかを考え、時間に投資していく。 そして、ここまででいいやと線引きをせず、 ハイレベルの領域まで自分を高めていこうとする。 納得できなければ今日1時間延長して押さえにいく。 その術を知っているのである。 この姿勢は当然結果になって出て来るものだ。 試験前に完成度というものがあるなら、 彼らのそれはもうすでに高い。 特に中3の彼は、試験2週間以上前の今、 すでに完成している。 彼の完成とは、すなわち100点だ。 それだけ時間を掛け、問いと向き合ってきたのだ。 試験勉強を「すごろく」に例えるなら、 仲間たちが5回サイコロを振る間に、 彼はコツコツと30回振ってきた。 もう、あがっているのである。 さあ、 君の完成度は今どの程度だろうか。 あと3週間だとしたら、 サイコロを何回振るつもりか。
2010.05.02
全52件 (52件中 1-50件目)

![]()
![]()