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大晦日、我が家のお客さんは、東京から帰ってきた娘と我が夫婦の3人。定番の料理で、1年の反省をしながら、私の一声で乾杯。 紅白歌合戦を聞いていたが、途中で眠気に襲われ、先ずはお休み。 おきたのが11時44分、紅白は最終段階であった。 家族で年越しそばを頂き、又お休みとなる。12時過ぎに、書き込んだ。 志しあらたに、「住民の安全と福祉、健康を保持する」という、地方自治の精神を大切に、全力を尽くして頑張ります。 とりわけ、憲法は日本国民の宝であり命です。 これに反する勢力とは断固としてたたかい抜く決意である。 行く年から来る年にかけてのご挨拶である。 2004年、1月は日本共産党の第23回全国大会の月である。 日本の行く末を国民とともに協働で頑張らないと・・・。
2003年12月31日
のぶちゃんの10大ニュースは次の通り・・順不同○9月・・・長野市議選で5度議会へ、私は3100票、28番目で当選。共産党6人全員当選果たす。○4月・・県議選で石坂ちほさん4回目の当選。共産党は7人当選。この直後の17日、上田市議選応援途上で正面衝突の交通事故。○11月・・総選挙で比例候補の木島さん6000票差で苦杯。共産党、全国で11議席の大きな後退。○11月・・改選後の長野市議会で日本共産党は第2会派となる。○11月・・市議選の大争点、「当選回数での海外視察」問題は、H16年度は中止となる。○12月・・自衛隊のイラク派兵は「イラク特措法に基づき行くので、憲法違反ではない。」と鷲沢市長平然と答弁。○12月・・「『イラクへの自衛隊派兵中止』の意見書を国に上げて」の請願、新友会・公明党が反対。公明党は派遣に賛成で討論。○2月・・・70歳のホームレス、「凍え死んじゃう、助けて」と控え室に飛び込んでくる。現在、生活保護で安心の生活。今年6人も生活保護の相談に。○12月・・小生、議会運営委員会委員長に任命される。議運で『議会改革協議』はじまる。○12月・・日本共産党市議団、市長に対して、2004年度の予算要求を行う。いっぱいあるが思いつくままに。
2003年12月30日
今年は年の初めから雪も多く、厳しい寒さが続いた。 さらに、長引く不況の影響は末端で働く労働者にとっては、深刻そのものであった。 この2月、我が党市議団の控室に飛び込んできた70歳の初老は、「凍え死ぬ」「助けて」と命乞いしてきた。その日のうちに生活保護を取り家と布団を用意した。 このときの私の心境を歌にした。凍てつきしコンクリートに紙を敷き命乞う眼の吾を見つめる白髪のしわ深々と老いひとり寒風の地下にダンボール敷く凍え死に今日か明日かと震え来る命乞いして眠れ得ぬ日々は これまでか「死ぬしかないか」闇の地下すがり来る男(ひと)命を党に青畳布団枕に恵まれて七十歳の男(ひと)のほほ笑みホームレス人生に終止符を打ち、今は、地域のおとしよりと交流を持ち、ふつうの生活に戻った。市議選挙に向けて連日街頭宣伝をしていた。厳しい厳しい厳寒の朝、この日は北長野駅での宣伝日。ある男性がそばに寄って来て紙切れをくれた。障害の「子の職頼む」と書き込みの紙切れもらう底冷えの駅そして、農家の人の思いを聞いて、老い重ね重ねるたびに迷いつつ樹を切り倒す農の寂しさ八十路こえ農続けられぬと老いを知り林檎樹切るも身を切る思い老い来てもなお続けたし食作り耕す土の匂い生き生きすさんだ世の中変えたいと障害を推して頑張っている我が仲間がいる。方麻痺の手足かばいてビラ配る雪の小路に同志(とも)の歩みよ方麻痺の同志(とも)元旦にビラを折る党躍進の願いを込めてそして、ひどかった公明党、学会の反共攻撃に卑劣なる党攻撃に反撃のクリーンパンフは虚偽をつく私は今年、つまり、約1年前2003年の元旦に赤旗新聞を配った。元旦の明けない夜に「旗」配る「談合疑惑」の紙面抱えて1年を省みて、再度同じ歌を記すことに。悪しからず・・・。今年は、県議選、そして、市議選、次は総選挙と連続の闘いであった。それから数ヶ月の後、サラ金に手を出してしまった老夫婦から切ない電話があった。この夫婦も、今は県住で明るく暮らしている。「助けて」の電話の奥の小さき声いの縮むと老夫婦泣く布切れで明かり遮り昼夜もサラ金帰るを息殺し待ついろいろ、あったが、共産党の議員として、国政選挙で勝利しないといけない。国民の暮らしは国政がよくならないと本物ではない。 来るべき来年の7月は、参議選。この選挙に勝つことを本命に今から全力を尽くしたい。今年の総選挙の痛い思い教訓に・・・。
2003年12月29日
今日は朝から、夕方まで共産党の支部の皆さんと行動を共にした。 日本共産党への入党の呼びかけもした。 「かつては、自民党だったが、今は、共産党です。スジが通ているね。これからも頑張って欲しい」と期待の声強し。 「入党はもう少し考えさせて欲しい。」 専門学校の先生の奥さん「イラク戦争はひどいです。自衛隊は派遣すべきではないです。」と厳しい指摘。 「わざわざ、うちまで来てくれるなんて嬉しいです。世の中大変にひどいです。頑張って下さい。」 ・・共産党に入党をして欲しい。訴える・・・。「間違いなく応援しています。少し検討させてください。」 共産党への期待強く、どこのお宅でも歓迎してくれる。 この不景気でパーマ屋さんでも、酒屋さんでも村内の商店は売上ががた落ちで営業は深刻そのもの。 酒屋さんでは、「コンビにでも、薬屋さんでも、スーパーでも酒の安売りで、客を引き寄せる作戦に出ている。 おまけに、酒の量販店があちこちに進出。 小売のの専門店は大打撃だ。 アルコール販売の規制緩和で大手がのうのうとやっている。 政府の責任は大きい。 今度の総選挙では、酒屋さんは、自・公支える小泉内閣、特に自民党に対し、厳しい審判をした、という。 ご夫婦で手厳しい批判である。 しっかり受け止め、国政や県政、市政の場で大いに頑張らないといけない。
2003年12月28日
予報が的中。 大雪である。 昼間から、家の周りの雪片づけをするほど雪が積もったのだ。 今日は、今年最後の集金とあわせて、読者を訪問する。 今年1年間のご協力に御礼を述べて、来年こそは参議選で勝ちたい。 ご支援をという。 また、「イラクへ自衛隊を送るな」訴える。 戦争はいけない、人が死ぬだけである。 アメリカの不法な戦争に無条件で支持し、イラクへ兵隊を送るのは情けない。と怒っている。 しかし、ついに出かけていった。 小泉首相は自衛隊員に檄を飛ばした。 必ずしも安全でない所に行く。 頑張って欲しいと、人事のようだ。 公明党の神埼代表のイラク・サマワ視察3時間半、現地の住民の声も聞かずに飛んで帰り、「まあ、安全ではないか」とわけのわからないことを言いながら、自衛隊の派兵にゴーサインを出した。 小泉首相はこの神崎代表に励まされた感じである。 人の命の重さを思えば、強力な武器を持参でイラクへ行くのである。人道支援などとごまかしても通用はしない。 透けて見えている。 憲法9条を守ろう。 赤旗読者は賢明である。多くの人が共通の思いでいてくれる。 大雪の中の訪問であるが、元気の出る1日であった。
2003年12月27日
今日、26日は公務員の今年最後の仕事日だ。 昼の食事は、課ごと、お寿司に弁当に、みんなで締めくくりに相応しい、思い思いの昼食である。 わが党市議団6人も事務局長と共に、久しぶりに美味しい寿司で昼食を取った。 分野別個別の予算要求書の最後の仕上げと、12月議会だよりの準備に取りかかる。 職員への集金など今日は大変忙しい日であった。 来年7月は参議選、今から頑張らなければと、地域の赤旗しんぶん読者の集金をする。 「総選挙残念だってですね。ご苦労さんです。カンパしましょう」「敗北の教訓生かして、足腰強い共産党を作りたいので、共産党に入って一緒に世直しで力を貸してもらいませんか。」 と、日頃のご愛読に御礼をしながら、読者に丁寧に入党のお願いをしている。 私は過去3年間で26人ほどの新しい党員を迎えてきた。 市議選でも大きな力になってもらった。 今度は参議選挙で、確実な前進のため大きな共産党を作りたい。
2003年12月26日
久しぶりに、かつての職場の仲間と忘年会をする。 17年前に、市議選で力を尽くしてくれた我が最良の友である。 5回の市議選挙で、何時も応援してくれた仲間である。 今日は、ゆっくり、いっぱい飲もうと案内を受けた。 村内の小さな魚屋さんの2階での集まりである。 料理は刺身、・・冷凍でなくいい刺身である。 鍋物もうまい。 30年間、現場で体を張った肉体労働者として頑張ってきた仲間である。 イラクへの自衛隊派兵には頭に来る。総選挙で負けたことについては、みんなで反省。 来年の参議選に向けて全力を尽くそうと決意する。
2003年12月25日
恒例となっている、商工会議所会頭など役員と市長や議員が懇談会を開く。 市長や会頭、議長のあいさつではじまった。 都市内分権、合併問題などが話題となった。 懇親に入り、会議所幹部がひざ突き合わせ、談笑となる。 共産党に思いを寄せてくれる人もいた。 「原田さんは街頭宣伝を良くやっているよね。いいことですよ」とお褒めの言葉を頂戴する。 「同じ向きの政治ではいけません。困リます。」「共産党の言っていることは良くわかる。存在価値のある政党だ。」 と、共産党への評価はすこぶるいいが。「小さすぎる。」「後退はいけない。」と手厳しい指摘も頂く。 期待にしっかり応えるべく頑張らないといけない。 いい反省の懇談会となった。
2003年12月24日
日本共産党の上野後援会は、私が市会議員になって以降、17年になる。 この間、続いている恒例の「餅つき大会」は、「ほたるを見る会」と同様に地域では、市民権を得てる。 今日は、その17年続いた餅つき大会である。 仲間が手分けをして、準備をしている。 薪を用意し、餅米をとぎ釜で火をたき、蒸かした。 木の臼に蒸かした餅米を入れ、杵でペッタンこ、ペッタンことついた。 「日本共産党の原田のぶゆき後援会事務所です。自衛隊をイラクへ送るな」「餅つきが始まったよ」と、私の宣伝カーで地域をくまなく宣伝でまわる。 小学生や中学生など子供たちが次々によってくる。 「私もやりたい」と杵で餅を突き、ついた餅を手で丸めて、あんこや黄な粉をつける。おろしの餅も作った。 手作りは美味しい。 みんな楽しく、作って、食べてのひと時である。 私は、やはり恒例で、事務所の前でマイクで宣伝をする。 イラク問題と市政報告である。 夜は、後援会の忘年会。 ビールにお酒、手料理一品持ちよりで、テーブルいっぱいのおつまみは盛りだくさん。 春から、県議選、市議選、総選挙と3連続選挙は大変であった。 特に、一番大切な総選挙では大きく後退。 教訓生かし、来年の参議選挙では、比例で日本共産党の笠井亮さん、長野選挙区では山口典久さんの必勝のため、今から着実な活動をと決意を表明。 『自衛隊のイラク派兵反対』緊急集会に1000人。・・松本・・ 今日は、松本で「自衛隊のイラク派兵反対」12・23緊急県民集会ヶ開かれ、1000人が集う。 寄せられたメッセージは次の通り。 窪島誠一郎さん「信濃デッサン館」「無言館」館主 戦争を許してしまったあなたを あなたは許しますか あなたは 今日も 子供の死骸でできたパンを食べますか 母親の流した涙でできた石油で暖をとりますか 飢えた難民の声を子守歌にしてねむりますか 祈ってください 一日も早い戦争終結を 小宮山量平さん 君死に給うことなかれ・・と詠んだのは、与謝野晶子さんです。 その声は年々大きくなって明治、大正、昭和、の偉い人たちが死んでしまった今も、一番心に残るうたとして、私たちの心に残っています。女として母として心からの声を叫んだ声こそが、一番心に残ることを語り伝えております。 今こそ、みんなで『君死に給うことなかれ』とあの日露戦争の時代に叫んだ女の声を大きく日本中に響きかせましょう。 わが、若槻の共産党の支部と後援会は「餅ちつき」の行事があったため参加できなかった。 その替わりに、地元で、街頭宣伝をして大いに訴えた。
2003年12月23日
自衛隊が派遣される、イラク・サマワ周辺は安全かどうか、公明党の代表が現地に飛んだ。 3時間半の超特急調査、地元の住民の声も聞かずにとんぼ返りである。 オランダ軍指揮官の話を聞いての報告が、「防弾チョッキもヘルメットもなしでも大丈夫。安全のようだ」とか。 現地をよく知るジャーナリストの綿井さんは「・・・司令官から説明を受けただけで、安全状況を知るのは無理・・・。現地の一般の人と話して情報を収集するのが視察の最低条件・・・。本人が丸腰で散髪に行ってみるべきだ・・・。」(赤旗しんぶん報道) これをいいことに、小泉内閣は年内派遣に勢いずく。 若い自衛隊員が、恋人にその胸のうちを語っている。 「『・・・予防注射を6種類受けた。』『覚悟はしている』とつぶやき、『もしかしてイラクに・・』と聞くと、何も応えずに、『不幸にするかもしれない。別れてくれ』と繰り返すだけ。私のような思いをしている人が何人もいることを、小泉さんは知っているのでしょうか。私と同じような人を増やさないで下さい。・・・」自衛隊員の夫や息子、恋人を戦場に送らないでという声があがっています。 「イラク派兵は止めよ」の声を、今大きく広げるときである。 歌人、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」は、日露戦争の激戦地にいる弟を歎き、生還を祈って書かれたという。この詩を思い起こす。 「君死にたまふことなかれ」5節のうちの最初のもの ああをとうおとよ君を泣く 君死にたまふことなかれ 末に生まれし君なれば 親のなさけはまさりしも 親は刃をにぎらせて 人を殺せとをしへしや 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや「ああをとうとよ戦ひに」「君死にたまふことなかれ」 戦争で死ぬことはない、生きて帰って欲しいとの強い願いである。 我が国は、過去の痛ましい、忌まわしい戦争の思いから、2度と戦争はしないと誓った憲法前文と9条がある。 日本の最高の宝、『日本国憲法』を守りたい。 この憲法に反する自衛隊のイラク派兵は許さず。 イラクへ視察に行った公明党代表の「サマワ周辺安全宣言」の責任は実に重い。
2003年12月22日
昨夜から降り続いた雪は、今朝になって約20センチという大雪。 早朝6時から隣近所総出で雪片付けとなる。 本通りから、路地の我が家までは約30m、幅4m。 長い道路を根気よく、片付ける。 汗びっしょりの重労働、1時間。 寒さの厳しい夕方から、来年7月の参議選勝利へ向けて、足腰強くしようと、署名と赤旗新聞の購読のお勧めで訪問。 共産党への期待は大きい。 今日もまた、第二学校給食センターの嘱託職員から電話が入った。 嘱託職員約70人と教育委員会が団交したという。 教育委員会の説明の後、嘱託職員みんなが、「直営でやって欲しい。」と真剣に訴えたそうだ。 直営の職場で働きたい。 直営で美味しい食事を作らせてとお願いしたようである。 団交終了後の電話である。 「12月議会で、債務負担行為として、1億7千万円の予算が通ったが、もうだめでしょうか」という心配の電話である。 本予算ではないし、まだまだ、頑張らないといけないのではないか。と話した。 3月の予算議会で必要な経費が一般会計で予算化されてくると思う。かならづしも、安穏とはしていられないが、最後まで自分達の要望を貫くことが重要だと思う。 と励ました。
2003年12月21日
今季最高の大雪には、いささか参りました。 長野市では北のはずれに位置する我が家の付近は、降り続く雪で後片付けが大変である。 今は午後の10時だが、やむこともなく降っている。 明日の朝は、どうなるのか心配である。 なぜか、今日は暗闇にぴかっと光り、雷までごろごろとなっている。 学校給食問題で今日も電話がきた。 嘱託職員からだ。 明日、教育委員会と嘱託職員で団体交渉をするという。 「なんとしても直営でやって欲しい。美味しい食事を作って児童・生徒に食べてもらいたい。」 「民間では心配です。私たちは一生懸命手作りで美味しく作ります。」と、真剣である。 「是非、正規職員と嘱託職員でコストや効率について検討する機会を作って欲しい。少しくらいの痛みは覚悟の上です。」 市長も教育委員会もこのことを真摯に受け止めるべきである。 何でも民間委託がよい訳ではないはず。 頑張って欲しい。
2003年12月20日
今日はかなり寒い日である。予報では、大雪だという。 約束の午後2時から、木島さん、中野さん、私で地域訪問。 どこのお宅へいっても、戦争はひどい。 自衛隊のイラク派兵はまかりならない。小泉さんは、近々か大きな矛盾にぶつかるのではないか。という人も・・・。 それにしても、共産党はどうしたのだい。大幅後退の原因は。などなど、厳しい指摘があいつぐ。 この行動で、「イラク問題があるのでこの時期だけでも読ませて欲しい」と、赤旗新聞を取ってくれた。 寒いなかでの活動であったが、嬉しいひと時。 夕方大雪ついて署名活動。 夕方5時半。今年最大の大雪となった長野駅前で「自衛隊をイラクへ派兵するな」と署名活動を行う。 木島さんは左手にハンドマイク、右手にこうもり笠で署名の協力を訴える。 重たい雪の中、こうもり傘をさして行き交う人が多く、なかなか、大変。 署名用紙も雪でうずもれてしまうし・・・。 画板を持ち歩き通行人の前まで・・・。 悪天候の中、思いを込めて署名をしてくれる人も。 全土が戦場化している、自衛隊の行くところ危険と化す、そんなところに政府は派兵を強行しようとしている。 やめさせよう。みんなの力で。
2003年12月19日
私の生まれふるさと「田子」という部落は、長野市では北のはずれ、豊野と牟礼を境とする林檎や米作りで盛んなところ。 もちろん、今は農業の衰退で、優良耕作地は歯の抜けたように遊んでいる。農業の後継ぎも激減である。 かっては、専業農家、兼業農家が盛んでどこの家でも、大人も子供も田んぼや畑で大賑わいであった。 それでも、この部落は80戸そこそこで小さい集落ではあるが、若槻地区13集落中、運動会など各種スポーツ大会でも優秀な成績を上げている。 この集落に、我が実家がお世話になっている菩提寺、「地蔵院」という寺がある。 戸隠の奥社と縁のある寺で、観音山という小高い山の麓にあり、竹がうっそうと茂っている。 この寺は毎月、地元のおばあちゃんなどお年寄りや、地区の顔役を呼び故人を偲んで法要をしている。 私は、この集落出身の市会議員ということも会って、毎月案内をもらう。 地元なので、できるだけ時間を融通しお邪魔するようにしている。 今回も、行かせてもらった。 芋井の法学寺という寺の若いお坊さんがお説教とあわせて、米粒に「ナムアミダブツ」と極小の字を、細い毛筆で書き込む「見世物」(本人いわく)もあった。 わたしも、「興味本位」そばによって見ることに。 なんと、めがねもかけずに、すらすらと書いているではないか。 まさに、見世物(本人が言っている)。 「ナムアミダブツ」は、・・・平和でみんな仲良く・・・とか。 お斎の席で、あいさつせよと急に指名があった。 「・・・今、世の中殺伐といしている。平和で戦争のない世の中作るために頑張りたい。・・・」と、イラク戦争に思いを寄せてあいさつした。 この日も、相変わらず、アメリカのイラク攻撃とテロの戦いが続いていた。 そして、いよいよ、日本がアメリカの要請に応えて、イラクへ派兵である。 緊迫した日本の情勢。 気の抜けない日々である。
2003年12月18日
10年にわたる、浅川ダム建設中止で頑張ってきた仲間が一堂に集まり忘年会。 田中知事が誕生して以来、ダムを初めとして公共事業に対する対応が大きく変わった。 考えてみれば大きな変化である。 地すべり地帯にダムは要らない。ダムがあればなお危険。 学者など専門家とともに、科学的根拠にもとずいて、長い間、ダム建設反対で住民運動を続けてきた。 市議会でも数(かぞ)え切れないほどの質問を行い、現地調査にも出かけた。 苦労、苦労の積み重ねと多くの人々の協力、田中知事の登場で浅川ダムは建設中止。 このたたかいにかかわってきた仲間のささやかな忘年会。 私もご一緒させてもらった。 今度は、流域対策でどのようにして、水を治めるか。みなんで検討もしてきた。 具体的な提案も出てきた。 いよいよ、本格的なダムに変わる対案で具体化がはじめる。 これからが正念場である。 住民の知恵と工夫が要求される。一助になればと考えている。 今朝は、赤旗日刊紙配達の後、何時もの幹線道路で街頭宣伝を行う。 今朝も大変厳しい寒さであったが、元気に「小泉内閣はイラクへ自衛隊を送るな」と訴えた。 全国のいたるところで、次から次へと、心をこめて戦争反対。憲法9条守れ。と寒さにめげずに頑張っている。 大勢の、この声が国会に届き、政治を動かせればいい。動かさなければならない。
2003年12月17日
早朝長野駅で宣伝。 今朝は、今年初めての大雪に見舞われた。 大型宣伝カーが冬用のスタットレスをはいておらず、動けず、我が自家用宣伝カーを使う。 中野さんと二人で雪の中、勤務など行き交う駅頭の人々に訴える。昼休み緊急の昼休み集会。 寒い日であったが、ひまわり公園で『自衛隊をイラクへ送るな』と緊急の昼休み集会を開いた。 雪だるま式に参加者が増え、200人に及んだ。 県労連議長の開会あいさつ。 新婦人の決意表明。 日本共産党県委員会の山口典久書記長・・参議院選挙区予定候補者の決意表明。 わが党市議団の面々も参加。 『自衛隊をイラクへ派遣するな』『米英は占領支配を止めろ』と、長野中央通りを行進し、市民にアピールした。 久しぶりの大きな声でのシュプレヒコール。 冷たい空気をついて沿道の人たちに熱く訴える。
2003年12月16日
今日で15日間の議会が閉会である。 私は、第2給食センターの民間委託反対の請願で次のような討論する。29番、日本共産党市議団の原田のぶゆきです。 請願32号、「長野市第2学校給食センター調理業務の民間委託に関する請願」の経済文教委員会の委員長報告に反対の立場から討論を行います。 請願者である学校給食を考える会の皆さんは、「・・・輸入食品や冷凍食品が氾濫している今日、食の安全性が大変問題になっています。遺伝子組み替え食品、残留農薬、不必要な食品添加物使用などは多くの市民が関心を寄せています。・・・また、朝食を食べない子供や、一人で食事をする子供に象徴されるように、子供の食生活の乱れが大変に問題になっています。・・・その影響から生活習慣病の子供、集中力のない子供、いらいらする子供が増えています。 今日ほど、学校給食が「教育の一環」であることの重要性が強調される時期はありませんし、学校給食法に基ずく自治体の果たす責任の大きさが増しています。・・・と学校給食の役割を強調しています。 さらに、関係学校やPTA、市民への説明も不十分とし、学校給食について議論する肝心の学校給食審議会からは、疑問や不安の声が出ているのに、これらの問題解消のための議論さえ尽くされていません。 市民合意のないままの強行となれば、民意とかけ離れた市政となってしまうと、危惧の念を表明しています。 これらの理由から、「安心、安全でゆたかな学校給食」を願って、先ず、学校給食は責任を持って市が直営で行うこと。関係の学校の保護者、市民に説明し、理解を得るまで、つまり、納得や合意の得るまで調理業務の民間委託は実施は延期すること。給食の検討委員会をつくり、学校給食のあり方を検討すること。を請願事項としています。 関連の請願として、31号、33号も提出されています。 さらに、平成15年度の補正予算中の第3表で来年4月からの業務委託開始に伴う、第2学校給食センター調理業務等民間委託事業費1億7千万円の債務負担行為が設定され、請願とあわせて、傍聴者多数参加の中、賛否両論で長時間の議論となりました。 先ずは、民間委託への移行の民主的手続きの問題であります。たとえ市長の公約「民間感覚を導入」が使命であれ、財政が厳しいからであれ、関係の学校、PTAや関係地域の皆さん、そして、市民に説明をし、納得や合意と通して委託事業を進めるべきであります。すでに説明をしたところからは、一遍の説明と若干の質疑で説明会は終了では、山ほどある疑問や不安は解消されない。説明終了後、後から後から、不安や疑問が沸いてくるが意見交換の場がない。説明会が終われば、それで納得したかのような設定は問題であるとの声も寄せられています。 市民の声を聞き、市民とともにの、鷲沢市長のパートナーシップ精神はここにはまったく見えていません。 保育園3園の民営化問題では、父母の皆さんの強い反対の声を聞き入れ、民営化を延期しています。基本的には同じ問題であります。 理事者に説明不十分と指摘すれば、説明はしていると言い張ることはやめて関係者の不安解消のため、充分な時間をかけて納得づくで事業を進めることであります。よって、「民間委託先にありき」で、来年度4月から施行という、見切り発車的やり方は、改めるべきであります。 次に、学校給食の理念についてであります。ご存知のとおりでありますが、学校給食法の目的は、○食生活の正しい理解と望ましい習慣を備えること。また、○学校生活を豊かにし、明るい社交性を身につけること。さらに、○食生活の合理化、栄養の改善、健康の増進を図ること。そして、食糧の生産、配分、消費について正しい理解をすること。となっており、まさに、学校給食を通して、健康な体を造り、食と農を学ぶことのできる、最良の機会で文字通り、「学校給食は教育の一環」ということになります。1日3食のうち、1食、3分の1は学校でバランスの取れた、栄養たっぷりの食事を、クラスみんなの共同で食し、学ぶいい機会であります。高崎市の市長の言葉を借りれば、「・・・効率至上主義、偏差値中心の教育の結果、学級崩壊、少年犯罪の激増となったではないか。自校方式は、金はかかるかもしれないが、豊かな食事によって、豊かな心、人格が形成されるのではないか。21世紀を担う子供たちの人格形成のためならば、教育費の増加は未来に対する効率的な投資と言えると思う。・・・」と学校給食を「人間形成の一貫」として位置付け、高らかと理念をうたっております。全国の少なくない自治体では、このような理念の基に、上越市や上尾市のように、センター化から自校給食に、また、八王子市など民間委託から直営に切り替えるところもあります。全国でも1万食を越える、大規模学校給食センターは、1%程度といわれておりますが、長野市はこれをさらに、営利目的で市場競争の激しい、民間企業に委託は、全国に起きている流れとは、さかさまであります。市長や教育長はじめ理事者は、効率、コスト優先ではなく、「学校給食」の理念を受け止め、請願者の請願事項の立場で見直しを求めるものであります。次に、効率とコストについてであります。財政が厳しいことを理由に、今回の債務負担行為、1億7千万円で民間に委託するとしています。年間約5400万円の節約ができると試算をしています。第2給食センターで働く嘱託職員の職場をなくし、現職の正職員を第1と第3給食センターに振り分けての試算では、採算ラインは7年後からとなっており、民間委託での効率の効果は当面はゼロに等しいものです。この間に、委託先の業者との関係で、八王子市のように、委託費の引き上げで採算ベースが大きく狂い、直営に戻したところもあります。また、競争原理が働き、企業間競争で安くさえあればというわけにもいきません。細切れの作業時間帯で、パートで劣悪な労働条件のもとで、子供たちの給食が作られると思うと、いささか、心配となります。マニュアルどおりの作業工程で作るので心配はないといいますが、日々の食材の変化で機能的に対応できるのかも気になります。今でも、嘱託職員の人件費は正職員の3分の1程度で、頑張って給食作りをしています。これよりもさらに労働条件の劣悪な中ではたらくことになるのではないか。安ければいい、マニュアルがあるからいい、で美味しい給食は作れるとは思いません。全国的には、労働条件などでパートさんが年間で20人も入れ替わったというところもあります。経済の厳しい環境の中、利益追求の民間に「安心、安全で栄養たっぷりの美味しい給食」を委託はなじむものではありません。本来、効率やコストというなら、事務事業の見直しの中で、全給食センター職員に提起し、どのようにコストを下げることができるか、効率よく作業ができるか、改善を呼びかけていいはずであります。民間では、1円でも安く作ろうと真剣に努力をしています。委員会質問した際、教育長は長い間かけて努力はしてきたといいました。しかし、現場で働く当事者は、本格的な議論のした記憶はないようであります。企業努力、つまり、給食センターで働く職員の知恵と工夫も生かすべきであります。コスト優先で、美味しい給食を子供たちに作ってやりたい。と思いを込めて10数年も職場で仕事をしてきた、嘱託職員は、少しくらいの身を切っても、この職場で働きたいと願っております。人権を尊び、市民に差別をするなと呼びかけている長野市や教育委員会が、嘱託職員の職場を奪うような、人権に反することのないよう賢明なる対応を求めるものです。さて、先日、給食センターの職員から、直営ならではの嬉しい話を聞きました。けんちん汁を作る日であり、サトイモが食材として搬入されたが、規格品よりも大きく、とても、裁断機では切れないので、手切れにしようと、2000食分のサトイモを手で切ったそうであります。こういうことは、民間ではとても時間がかかり、不可能に近いのではないか。しかも、切れる庖丁で切って、煮込んだので形も崩れず、子供たちから、美味しいと評判が良かったと、日誌に書いてあったようであります。機械を使わずにできる場合は、できるだけ、手をかけて作るように心がけている。美味しさがまったく違うようであります。請願に長野市の給食は県下最低とありました。理事者はそんなことはない。うまいほうだと答えていました。しかし、作ってから子供たちが、食べるまでには、約2時間かかります。調理員さんが、腕を振るって、手作りで作っても、2時間後に給食では、うまいものも、格段と味が落ちるのは当たり前です。また、1万食を時間と競争で作り、さらに、2時間後の食事では、味は押して知るべしではないでしょうか。やはり、学校給食は手作りのできる自校が一番。少なくても、調理員さん臨機応変に、庖丁を使い、手作りできるものは、手作りが可能な直営でやることが賢明ではないでしょうか。今月中に業者選定、1月中準備にかかり、4月から実施は、市民的合意が得られません。請願者の言っている含意をくみ取り、本請願を採択していただきますよう、議員各位にお願いいたしまして、討論を終わります。以上である。採決の結果、わが党市議団6名のみの賛成で否決となる。 毎日電話をくれた、嘱託職員の気持ちを思えば、これであきらめるわけにはいかない。 引き続き粘り強く頑張らなければ・・・。 同時に行われた、「イラクへ自衛隊を送るな」の請願の採択でも、小林義和議員が討論に参加したが、採決で否決。 「自衛隊を送っていい」という意見書は新友会と公明党の賛成で可決。 公明党はわざわざ賛成の討論をした。 あきれること仕切りだ。
2003年12月15日
中野早苗さんと地元支部が協力して、地域を訪問した。 イラクへ自衛隊を派兵するな。と署名運動をお願いし、さらに赤旗新聞のお勧めもした。 当然、総選挙のお礼と来年7月の参議選に今度こそ勝ち抜きたい。とお詫びと決意を述べ、ポスターの張り出しもお願いする。 残念でしたね、今度は頑張ってください。と励ましの声が寄せられた。 署名はみんな快くしてくれる。 戦争はひどいね。お父さんいないけど、気持ち一緒だから書いておくね。と・・・協力的。 中には、私はよくわからないけど、人道支援だからいいと思うがね。という人もいる。 不当・不法なアメリカの戦争に手を貸すような人道支援は本道ではない。 アメリカの協力者としてテロの攻撃対象となるのは目に見えている。 しかも、武器を持っていくのだから、事あればイラクの極ふつうの市民に銃を向けることになるし、その銃の引き金を引くこともある。 憲法が制定されて以来、58年間、ただの一人も、戦争で、銃で他国民を殺傷していないのに、今度こそはそうは行かない事態だ。 憲法9条を汚すな。平和を守れ。自衛隊をイラクへ送るな。の声さらに大きく広げよう。 一生懸命訪問し、対話をし、署名15筆、赤旗新聞読者一人、街頭宣伝1回、大いに頑張った。 日毎に寒くなるが、厳しさに抗して明日も頑張りたい。
2003年12月14日
10日の長野市議会経済文教委員会において、学校給食センター調理部門の民間委託反対の請願と、1億7千万円の債務負担行為の予算の審議が行われた。 この問題で、嘱託職員から我が家へ電話が入った。 審議の経過を聞いて電話したようである。 「予算や請願の審議で頑張ってくれてありがとうございます。心配でなりません。一生懸命嘱託職員の身分を守るために発言されたと聞き嬉しく思います。新友会H議員の『公務員は親方日の丸』や『トイレに行くのも給与のうち』などの発言には、驚きました。 原田議員さんが『職員同士が効率やコストを考え、美味しい給食を作るためにどうしたら良いのか、じっくり議論すべきだが、やってきたのかどうか。』との発言には密かに拍手を送りたかった。と言う人もいたそうです。との話もありましたよ。 いま、嘱託職員は他の職場に異動されそうです。その先の嘱託職員の解雇の心配が出ています。弱いものがところてんのように押し出されていくことは本当につらいです。 市が職員に対して、毎年人権教育を行っています。『差別をなくして思いやりある人間関係を作ることが大切と』。 なぜか、言っていることとやっていることが違うんじゃないかと疑問をもつこの頃です。 これからも、是非応援してください。 大量生産の給食作りですが、最大限手作り料理を作るために頑張ります。委託では、その日その日の食材を見て、瞬時に手切りかどうかは判断はできないでしょう。よろしく」という電話である。 電話の向こうで涙しているのではないか。そんな思いの伝わってくる受話器である。最終日の反対討論など、引き続き、委託するな、嘱託職員の身分を守り、子供たちに安全で美味しい給食が提供できるように頑張りたい。
2003年12月12日
昨日は、第二学校給食センターの調理部門の民間委託で委員会で大討論となった。 「給食センターの民間委託は中止を」など、市民からの4本の請願が経済文教委員会で審議された。 与党の親友会は委託賛成。同じ与党の市民ネットは合意形成を求め、もし民間委託となったら、嘱託職員の雇用への努力を求めた。 共産党は委託反対で論陣を張った。 このとき、多くの関係者が傍聴に来ていた。 その一人の方から話を聞いた。 「共産党の原田さんは、財政が厳しいのであれば、民間委託で具体的に押す進めるのではなく、関係職員にコストの削減や効率ある給食作りをどうするか。様々な角度から検討する機会を作っても良かったのではないか。やってきたのかどうか。聞いていた。そのとおりと思う。」 みんな、できるだけ手作りで美味しいものを作ろうと努力している。 切れ味のいい庖丁で、野菜を切れば裁断機など機械できるよりづーと美味しくできる。 献立も丁寧に手作り物を作ることができる。 職員は美味しいものを作ろうと努力している。 教育委員会はこのような実情を良く知ってほしい。 子供たちも、美味しいと喜んでいる。 話を聞いていて本当にそうだと痛感した。 このようなことは、職場では議論していない。 真剣に取り組んでほしかった。 まだ時間がある。最大限民間委託の中止を求めて頑張りたい。
2003年12月11日
12月議会の経済文教委員会は、第2学校給食センターの民間委託で激烈な討論となった。 「学校給食を考える会」からの請願など4本の給食にかかわる請願が提出された。 続きはあとで。・・・
2003年12月10日
自民党と公明党が支えている、小泉内閣は今朝、国民の9割が反対している『イラクへの自衛隊派遣』を強引に決めた。 12月15日から1年間だという。 不法な戦争を続けているアメリカ自身が、全土戦争状態と認めていること。 ここへの派遣だから、自衛隊員を犠牲にすることを覚悟の上か。 今日は全国で『自衛隊をイラクへ送るな』との大宣伝行動日である。 小泉首相の顔は、人の顔ではない。にんげんの暖かい血が流れていない。 大きな声で、世論をつくり中止目指して、さらに、頑張りたい。
2003年12月09日
容認できないアメリカのイラク戦争。 テロの土壌を作る、イラク国民へのアメリカの無差別攻撃。 これを無条件に支持し、自衛隊をイラクへ派兵しようとしている自・公支える小泉内閣は危険この上ない内閣だ。 二人のイラク大使館員が襲撃され殺害されてもなお、平気で派遣を強行しようとしている。 怖い内閣だ。 今朝は、大変厳しい寒さであったが、三才駅で街頭宣伝を行う。 多くの人々に、事の真相を訴えて世論を作り、派兵を中止させたい。 不当・不法なアメリカの身勝手な戦争と軍事占領。 イラク国民は、初めはアメリカを解放軍と思い支持表明をしていたが、今は全然違う。 出て行って欲しいが多数を占めている。 このアメリカの戦争に日本が無条件支持をして、自衛隊を派兵しようとしているのだ。 今日は、怒りを込めて宣伝行動を行った。
2003年12月08日
総選挙で後退したが、敗北感に浸って入られない。 次期参議院選挙は7ヵ月後。200日ある。 総選挙は市議選挙直後1ヶ月だった。マスメデイアの二大政党論や政権交代論の厳しい風を打ち破って、共産党が前進するには少し時間が足りなかった。 今から、と今日は中野さなえさんと地元上野・特に中野さんの家の45組を訪ねた。 私は当選したので「おめでとう」中野さんには「残念だったね。ご苦労さんでした」と慰労の気持ちをこめて励ましのあいさつ。 年配の奥さんは「イラク戦争は困りましたね。小泉さんはひどいね。二人も死んだのにまだ自衛隊をイラクへ送るなんて。テロの攻撃の的になりますよね」と厳しく言う。 今、「テレビやっているよ。田中知事はイラク戦争はいけない。日本はアメリカの最後の州になってはいけない、といっていた。そのとおりだよね」「石原都知事は軍隊をイラクへ派遣するのは当然、とぬけぬけいっていた。恐ろしい国になってしまう。」と懸念を隠さない。 筆坂問題(セクハラ)で共産党に厳しい批判を寄せてくれた人で、赤旗日曜版をこれがきっかけでやめた人。 「共産党は国会で議員数が少ない。政治を良くする力が無いではないか」と手厳しい。 「今度の選挙では、いろいろ考えて、家を出るときは自民党を変えなければと、民主党とその候補者に書こうと投票場所に立った。 名簿を見ているうちに、はっと思い、日本共産党と中野さなえと丁寧に書いてしまった。」 ビラを見たり、はなしを聞いていて、やっぱり年金問題やイラク戦争問題や消費税など考えれば、野党中の野党、共産党しかないと思った。 と家を出るときに決めていた、他党派名と候補者名に書かなかったわけだ。 今回の総選挙での共産党の得票、458万票の1票1票の重さはここにある。 貴重な清き1票、この積み重ねが458万人。 この人たちに寄り添い、7ヵ月後の、来るべき参議選で比例では日本共産党と笠井亮さん、選挙区は山口典久さんの勝利目指して全力を尽くしたい。
2003年12月07日
市内全小中学校のPTA役員大勢の参加で、市長を初め教育委員会の教育長、次長、課長などと懇談会が開かれた。 議会の経済文教委員会のメンバーとしてはじめて出席させてもらった。 PTA側からの市長への要望は盛り沢山。・30人学級はどうなるのか。・第2学校給食センターの民間委託はどうなるのか。・図書館司書の配置は重要だがどう考えているのか。・保育園の民営化はどうなるのか。・中心市街地の統廃合はどうか。などである。 時間も無いので、数多くの要望なので詰めた話しにはならなかった。一通りの要望で終わったが、いずれも市民の関心のあるものばかり。 議会でも大いに取り上げて質すべき要望も沢山あった。
2003年12月06日
改選された新人議員は8人。その一人、共産党の永井議員は新人議員のうちトップの初質問となった。 「・・・新人議員ですがよろしく・・・」から始まった。 日本のうたごえ祭典で鷲沢市長があいさつしたことを引用。 「うたごえは平和の力、これからも頑張って・・・」とのあいさつを聞き嬉しく思った。が昨日のわが党の宮崎議員のイラクへの自衛隊派兵は憲法違反である。これに対する見解を求めたことへの答弁で「・・・イラク特措法で派遣するもの憲法には違反していない・・・」といったが、がっかりした。と手厳しく指摘。 電車の沿線に住むお年寄りがを中心に、お出かけパスポートを電車にもとの要望が強い、署名運動も行われている、と実現を市長に迫った。 市の財政も厳しく、難しい問題がある検討をしたい、といった。 都市型水害対策で質問。 何点か質問したが、圧巻はこれだ。『・・・雨水貯留施設に長野市が助成しているが、長野県にも補助を求めたらどうか・・・』と建設部長に聞いた。 建設部長『長野県には助成制度は無いが、国が助成制度を作った。 県を通してお願いしたら、認定されたので12月○○日に国土交通省へ行くことになっている』と答弁。 大変な答弁を引き出した。 新人議員が最初から、このような的を得た質問をするとは、理事者も・・・うーん。 赤いじゅうたんをしっかりと登壇、終わって、しっかりとした足取りで降壇してきた。 ご苦労さん。 不規則発言・・・ヤジの飛ぶなかの堂々の初質問、40分の熱いドラマのような緊張の時間は彼女にとってはどうだったかなー。
2003年12月05日
いよいよ、今日から議会の代表質問が始まった。 わが党の宮崎議員は本日2番目に壇上に立つ。 質問のみ45分、答弁を入れて約2時間、鷲沢市長初め理事者との論戦であった。 市長の政治姿勢にうち、イラク問題と憲法について質問。 市長は「・・・イラクへの自衛隊派兵は、イラク特措法にもとずいて行くので憲法違反ではない。・・・」と言ってのけた。 「・・・安保条約にもとずく国際貢献であり問題ない・・・」とも言った。 これだけ国際問題になっているのに、アジアでは多くの人々が再び日本が武器を持つのか。暗黒の道に逆戻りなのか。と心配しているのに。 どこの世論調査でも、「自衛隊のイラクへ派兵は反対」は7割を占めている。 当然、長野市民も同じ気持ちである。 多数がいけないといっている、アメリカの不法なイラク戦争。 抜き差しなら無いところまで、泥沼化しているこの戦争への協力に支持を表明する、わが大長野市の『偉大なる市長』見識を疑う。 市民に広く知ってもらいたいもの・・・。 この問題を取り上げたのは党市議団のみであった。 筋を通しまともな立場で質問をした。
2003年12月04日
数日前に、「生活と健康を守る会」の役員さんから相談があった。 K団地の人が 病気で仕事もできず、故人からの借金もあり、暮らせない、との連絡があった。 ようやく、今日相談となる。 66歳の男性で病院にかかっている。診断書も持っている。 収入はなし。就職はできず、何とかして欲しいとのことである。 やはり、景気が落ち込み自力で商売をやろうと思い、友達に金を借りてはじめたが、景気が落ち込み失敗した。 聞けばかなりな額となっている。 借金は増え、返す当ても無く、自らは歩くこともできない病人。 どうしようもなくて、わが党の議員控室に飛び込んできた。 話を聞いて、早速、厚生課の保護の担当者に相談する。 これまでの生き様のすべてを、正直に話さなければいけないことになっている。 離婚。借金。子供の関係。通帳。自分の生き様のすべて、洗いざらい公開となる。 この人はこの社会の犠牲者だ。 いろいろな事情はあっても生活保護を取らないと生きていけない。 今日の「しんぶん赤旗」では、生活保護の申請はもちろん、申請しても、なかなか、受け付けてくれない。予算を削減したのである。この国の弱者にたいする救済措置は無いのである。憲法23条は「健康で文化的な最低の生活を保障」している、どうなっちゃうのか。 かろうじてこの人は、病気で仕事ができず生活保護の受ける対象としては、かなり条件が整っている。 元気でしごともやり、人間らしい生き方のできるように頑張りたい。
2003年12月03日
テロ撲滅を理由に、米英軍の激しい攻撃は、罪ないイスラエル国民を無差別に殺傷している。 米英に協力している、イタリア、韓国など攻撃のまととなっている。 そして、日本も自衛隊を派兵するとして敵視され、外交官が襲撃され犠牲となった。 家族が現地に飛んだが、映像で見る奥さんをはじめ家族の痛ましい姿には言葉が無い。 それでもなお、政府は自衛隊を何時かチャンスをみて、派兵しようと虎視眈々とねらっているようだ。 「しんぶん赤旗」は、多くのスペースを使い、イラク戦争の早期解決には、米英軍が撤退しこの戦争から手を引き、国連の枠組みの中で、人道と経済復興のために支援をするべきと強調している。 次から次へと、テロを生み出す行為は即刻中止せよ。 テロは許されないが、極ふつうのイラク庶民の怒りを呼び起こすような行為もテロと変わらない。 今朝は、地元では車の通行量きっての大通りで街頭宣伝をする。 イラク問題で、マイクを握り大いに訴えた。
2003年12月02日
今日から12月議会が開会された。 鷲沢市長は、施政方針演説をとうとうと30分以上しゃべった。 予算議会ではないのに、かなり力がこもっていた。 30んに規模学級は4年生までは実施を正式に表明した。 同時に県の任意の協力金につについては気になるところ。 と、県政に対して一言いちゃもんをついた。 銀座Aー1地区再開発については、生涯学習センターのフロアーを取得するなど公的資金を約17億円を投入する債務負担行為を提案した。お金が無いのに・・・。だいじょうぶなの・・・。 第2学校給食センターの調理部門の民間委託も予算化した。 民間に委託すれば財政的効果は望めるとしていたが、そうでないことが明らかとなった。 10年間では3億円も赤字となる。 何よりも、保護者・PTAなど学校関係者への説明を不十分。 給食センターではたらく職員の処遇についても不明確であり十分な納得が無い。 説明責任も果たさず、関係者の納得も合意も無いままに、民間委託への計画だけは有無を言わさず、進んでいる。 この流れには、民主主義も何ももあったものではない。 よくも、市民とのパートナーシップとか、パブリックコメントなどといえたものと驚いている。 学校給食の意義について、あらためて教育的観点から問い直すいい機会である。 私も今回は、議会では経済文教委員会の委員として頑張りたい。 特に、議会に学校給食センターの民間委託に反対する請願があがってきた。 しっかり委員会や本会議で議論をして、学校給食に重要性について訴えていきたい。
2003年12月01日
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