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「民間感覚の導入」を公約に当選した市長は、次々にその公約を強引に推し進めている。 しかも、すべてが「効率」が前面に出してのこと。質の低下はせずに、つまり市民サービスの質は低下させないで、民営化していくというもの。 給食センターでは、給食の一番のいのち「調理部門」を民間委託する。営利が目的の民間に、子ども達の給食を任してしまう。 心配しない親はいない。全国では1万食を超える給食センターは極わずか。 美味しい給食を安全に提供できるのか。労働組合は抵抗を強め、市民にも呼びかけて頑張っている。 今度は保育園が対象で、来年の園児の募集からやるという。 ろくに説明のないもの。関係の保育園の保護者会や関係の地域住民も納得も合意のなく、財政が厳しいので「効率」を考えての強行である。6園の民営化で「効率」として、節約できるのは5千万円ほどと市は説明している。 公立保育園としての役割は今こそ重要になっている。 市民の中には、もっと時間をかけて、公立の良いところ、良くないところ、民間のメリット、デメリットなど、また、効率についてももっと踏み込んで検討する必要がある。 関係者や市民の合意もなく、短時間で一気に強行は許されない。 パブリックコメントはどうなってしまったのか。 市民や関係者に説明し理解してもらう。市民の声や意見を聞いて見直しは可能なのか。それはまったくないといえるもの。 福祉や教育の分野で「効率」を理由の民営化は許されない。市民の声に耳を傾け納得と合意でことを進めるべきである。 6月議会では最大の争点となりそうだ。
2003年04月30日
淡い白とピンクの忘れな草、白と黄色のチュウリップ、パンジー 白と更紗のどうざんつつじ、薄黄色の日陰つつじ、石楠花も見事に花をつけた。続いてアイリスや白と黄色のつつじが咲き始める。 濃い紫のあやめも例年きれいに咲いてくれる。 選挙が終わり、春もうららで日和りもよく、植木や花でいっぱいの狭苦しい庭を見て歩く。平和でのどかなひと時だがイラクでは相変わらずアメリカのしでかした戦争で死傷者が続出。戦後復興支援はアメリカがやると勝手なことをいっている。 自分で壊しておいて復興支援はない。国連を中心とした国際的な協力・共同で支援すべきだ。 イラク戦争の最大の口実は「独裁者フセインをつかめ、大量破壊兵器を見つける」ことであった。肝心の戦争の目的が今に至っても確認できない。大問題である。どちらが大量破壊兵器を持っているのか。どちらが独裁者なのか。ここまで来るとはっきりしてくる。アメリカだ。イギリスだ。イラクから手を引き、イラクの国づくりはイラクの国民に任せるべきだ。 自民、公明に支えられている小泉内閣は、この戦争のどさくさにまぎれて、有事法制を強行しようとしている。「戦争はしない」「武器は持たない」という憲法9条を投げ捨てて「戦争のできる国」へひた走ろうとしている。とんでもないこと。大いに世論を作り有事法制廃案にするために頑張らなければ・・・。固く決意する。
2003年04月29日
選挙応援途中での大失態などあり、帰宅後すぐに「反省の弁」を書き込んだ。 選挙戦は候補が必死の取り組みをし、共に闘っている仲間もその姿に揺り動かされ、じわじわと燃え始め、共産党の候補の中では一番苦戦をしいられていたが勝つことができた。 しかも、上田の共産党の候補は3人全員当選で、前半戦の県議選で高村県議再選と合わせて上昇気運に乗っている。 渡辺候補は石坂県議に学びスニーカーで走りまくる握手戦術を展開。 毎日、100人を目標に出陣した。本人は密かに7日間で1000人と決めていたようであるが、これも最終的には1002人と握手をし、自らの「勝たせて欲しい」の思いを相手にのりうつらせる気迫で頑張った。 演説も、聞いた有権者からは「しっかりしていますね」「任せていい人ですね」など事務所にも伝わってきた。 選挙前から数箇所の目抜き通りの辻における、早朝7時からの手振りもやる気を有権者に伝えていったようだ。他の候補までまねをしてはじめたが、二番煎じ。「真っ先からやっている人は偉い」との評判しきり。 候補者は頑張った。その候補者を見てみんなも頑張った。 私は、○候補と一緒に早朝7時から1時間、辻々で手を振りあいさつが8 日間。○電話がけ連日。○公明党上田総支部発行の北朝鮮拉致問題と医療ミス問題での嘘、 偽りの共産党攻撃、に反撃のハンドマイク宣伝。○後援会ニュース作りの手伝い。○後援会や党員の励ましの訪問と電話がけ。○候補者カーのアンプが焼けて煙が発生、音が出なくまり、私の知 人に来てもらい、レンタルで代用の手配。○元気に最後まで頑張るために地域ごとに会議を開く援助をする。 いろいろやらせてもらう。勉強になった。 それにしても当選してよかった。 候補者と仲間の団結のたまもの。 27日、午後8時投票箱のふたが閉まった。選挙事務所で自宅から数分の別所線下之郷駅8時12分発の電車で上田駅へ、新幹線に乗り継ぎ、迎えに来てくれた妻の車で帰宅9時30分。 11時ごろ渡辺候補をはじめ全員当選の知らせが電話であった。 ほっと胸をなでおろす。
2003年04月28日
午後3時10分頃、上田市内で自らの責任で事故を起こす。 気が動転。この書き込みはだいぶ経過してのこと。
2003年04月17日
一冬越した我が家の野菜は、今最盛期。 白菜、野沢菜の芯芽と搭はゆでておしたしにすれば、味も香りも最高。まさに地物そのもの。 細ネギものりがあり、納豆、酢の和え物と、何でもいい。 二人ではとても食べきれず、ご近所におすそ分け。 結構評判はよし。 今年もそろそろ、農作業に入る頃である。野菜作りに一汗かくのは健康にもいい。我が妻の仕事であるが。小生、見てみぬふりしながら、今年も「うまいうまい」で、付き合うことになる。 県議選続報 日本共産党長水地区が県議選「長野市区」での選挙結果について、見解などを発表。 4月13日投票で戦われた県議会議員選挙で、長水地区委員会は、長野市区で石坂ちほ県会議員、堀内あきら県会議員の必勝を帰してたたかいました。定数削減の中で、石坂ちほ県会議員は、当選することができましたが、残念ながら堀内あきら県議の議席を確保することができず、2議席を守り抜くことができませんでした。 2人の候補に貴重な1票を寄せられた支持者の皆さん、昼夜を分たぬ奮闘をされた、後援会員、党員の皆さんに心から感謝を申し上げます。その奮闘を2議席に実らせることができなかったことを、心からお詫び申し上げます。 皆さんの率直なご意見をお聞きしながら、痛苦の教訓を今後に生かしていきます。 選挙でかかげた、県民のための県政改革を前進させ、県民の暮らしを守る活動に全力をあげながら、捲土重来を期して頑張る決意です。 日本共産党への公明党・創価学会の反共攻撃、デマ宣伝、謀略的な策動もかってなく行われました。 とりわけ、終盤には、石坂ちほ県議への「うそつき」攻撃を街頭からも口コミでも行われました。この中で、参議院比例票の一・七倍、県議選としては最高の得票を獲得し、今後につなげる結果をつくりました。 上水内・大岡村区は、知事を不信任にした現職県議への批判が広がる中で、県民の期待に応え、佐藤久美子候補が一人区で議席に挑戦しました。議席に結びつけることはできませんでしたが、豊野町で現職候補を上回り、全体で参院選比例票の2・7倍の得票を獲得し、善戦健闘しました。 みなさんのご支援、ご協力に心から感謝申し上げます。 22日(火)告示、27日投票で行われるいっせい地方選挙後半戦、町村会議員選挙が迫ったいます。引き続くご支援、ご協力を心からお願いします。 今日より上田の市議選に応援で行きますので書き込みはしばらく休みとなるかも。・・・ 事情でかえれば別ですが・・・
2003年04月16日
毎週火曜日の長野駅頭での街頭宣伝は、選挙のため中止をしていた。 今朝は、選挙後最初の定例の街頭宣伝日である。市議会議員が当番で順繰りで車の準備と宣伝をすることになっている。今朝は、私が担当の日。 何時ものとおり、朝の7時40分から音を出す。 私が最初に「ご近所の皆さん、ご通行中の皆さんおはようございます。日本共産党でございます。ただいまからこの場所をお借りをして皆さんにご挨拶をさせていただきます。今日は、日本共産党の県議団長石坂ちほ県議団長と衆議員議員1区予定候補者、国会議員事務所長の中野さなえさん、わたし、市会議員の原田のぶゆきが訴えさせていただきます。先の県議選日本共産党は全県で現職4人と新人2人の6人で再び議案提案権を持つ議員団となることができました。さらに、駒ヶ根市では党推薦の林さんが当選し全体で、田中知事与党・支持勢力は17名となり前進できました。 変わり始めた県政をさらに確かなものに前進させるために、要として頑張ってきた日本共産党の団長である石坂県議団長初め6名で公約実現、県民の暮らし第一の県政目指し奮闘する決意であります。そして、引き続き、後半戦の町村議選で大いに奮闘しますのでご支援とご協力をお願いします。」と訴えた。 石坂さんも、6名の議員団になったこと、田中応援団と協力して県政改革を進めるために全力を尽くすと決意を表明した。 中野早苗さんも県議選の結果とイラク問題、小泉内閣の悪政について厳しく告発し国民の暮らしを守ってこれからも頑張ると決意を表明。 最後に、日本共産党の「しんぶん赤旗」の購読を訴えて街頭宣伝を終了する。 後半戦の応援に上田市に行くことになる。これで連続3回目となる。一生懸命応援したい。ちょっぴりでも貢献し、今度こそ勝利したい。 桜のつぼみは、すぐにでも開きそうだ。一つ二つと咲き始めてきた。満開は時間の問題か。応援にいっている最中に咲いてしまうかも。お花見は、「葉っぱ見に」なってしまうかなー。 さくら さくら 弥生の空は 見渡すかぎり・・・
2003年04月15日
開票中の夜半に、民放が『石坂候補当確』の字幕を出すと早速お祝いの花などが届いた。 黄色い見事な水仙やチュウリップの花束、ピンクの紫陽花の鉢植えなど、女性候補の勝利のお祝いに相応しい贈り物だ。闘う選挙事務所を明るくなごやかなものにしてくれた。 広くもない事務所は、何社かのマスコミのカメラマンや記者が、取材で陣取り事務所内はいっぱいである。 午後9時30分予定の当選祝いの万歳は、10分遅れ。 石坂候補が到着、中野早苗さんもお祝いに駆けつけてくれた。 万歳は声えたからかに行われた。 みんな抱き合って喜んだが、2議席必勝の一つ「堀内候補」の当確が出ない。石坂さんの顔も笑顔どころかこわばっている。団長の責任から自らの選挙活動はかなり制限されたが、全県飛び回り応援に行った。全県の躍進と長野市の勝利。・・・ 2議席実現で初めて勝利といえるから。・・・ 文字通り「喜び半減」以下である。 若槻の党の仲間は、事務所で開票速報を聞きながら朗報を待っていた。結果は厳しいことになった。「わずかな票差は自分達の責任でもある。 地域でもっと頑張っていれば堀内さんの当選に必要な環境作りは可能だったはず。申し訳ないことをした。」と反省の弁しきり。 担当地域に、百数十枚も貼ったポスターを一軒一軒尋ねて、御礼を言いはがして歩いた。 お礼のチラシと「赤旗宣伝紙」と書いた日曜版を添えての半日がかりの行動である。 喜びと励ましの言葉が返ってくる。きれいになった街中である。 本日4月14日(月曜日) 投票日翌日の今朝、新聞の報道は長野県知事与党・支持の政党・会派の議員は倍増と報道。 悲しいかな、長野市区の党候補は惜敗だ。 「石坂さん当選してよかったね。でも、もう一人惜しかったね」 どこへ行っても、誰に会っても同じことを言われる。 二人の勝利は県民にとっては、変わり始めた県政の確かな柱、中心的な力であったから。・・・かけがえのない二つの議席。 倦土重来だ。・・・ 我が家のわずかな庭に、一本の薄紫のカタクリの花が咲き、野草のすみれも濃い紫の花を咲かせた。 選挙で忙しく、庭など見るひまもなかったが、久しぶりに観察。 水仙も立派な花を咲かせている。 目の保養となった。 いよいよ、春爛漫の季節だが、後半の町村議選が控えている。 のんびり構えているわけには行かない。前半戦の教訓生かして大いに頑張らないと前進できない。気持ちを引き締めて。・・・
2003年04月14日
定数1名減の9議席を15名が争う、6名落ち、県下一の多数激戦の長野市区。 開票は順調に始まる。 石坂候補は民放で早々当確が出たが、堀内候補は一向に出てこない。 心配で駆けつけている支持者やマスコミの関係もあり、石坂候補の当確、4選を祝って望月後援会長で事務長の音頭で『石坂ちほ当選おめでとう』と盛大な万歳をする。 しかし、2議席目の堀内候補の動向は厳しい状況である。 午後12時から翌日の午前1時ごろまでで、若槻のS候補と650票ほどの差で最後の1議席を、堀内さんが追いかける形で開票が進む。 結局はそのまま追いつくことができずに惜敗。涙をのんだ。 石坂候補は16858票で第二位。堀内候補は8737票、636票差で次点となってしまった。 日本共産党は長野市区で2議席確保が至上命題であったので喜びは半減である。 全県で共産党は堀内・丸山の現職2人落ち、新人が塩尻の備前候補と岡谷の毛利候補の2人が当選を果たし、さらに、駒ヶ根市で党推薦の林候補が当選。田中知事与党・支持県議は17人と倍増したことになる。 変わり始めた県政の一層の改革のため、要として頑張ってきた党の議席は改選期と数では変わらず、交渉会派・議案提案権をもつことができた。 公共事業を見直して福祉や教育など、県民の暮らし応援に税金の使い方を改めてきたが、さらに前進させる確かな力は維持でき増えた。 県民の期待に応えて、逆流は許さない構えで、大いに頑張って欲しいものである。 いよいよ、半年後は県都長野市の市議選である。 今回の県議選を教訓に、新鮮・はつらつ、新進気鋭と味わいのある議員団の経験を活かして、地に付いた活動を今から。・・・ それにしても、昨年7月5日の県議会での不信任決議をだし、賛成した議員達がまたぞろ出てきた。 禊(みそぎ)は終わった、といっていたが有権者が選んでくれたからまた知事いじめか。 それは許されない。議論は大いに結構だが、ダムなど大型開発や公共事業の推進でゼネコン優遇政治はやめてもらいたい。 知事の足を引っ張るようなことは県民は許さない。これからの県議会や県議の態度をしっかりと見ていかなければと思う。
2003年04月13日
あいにくの雨となったが、『石坂候補』最後まで、有権者に自らの思いを訴えつづけた。 カッパとこうもり傘といういでたちで、少々かすれた声となったが、辻々で5分間の最後の訴えをした。 雨の中、外に出てきて聞いてくれる人も多く、次々と固い握手をし車に乗りこみ、次の演説場所へ急ぐ。 普通なら「楽天」を絵に描いたような「候補」だが、さすがに冷静そのもの。 暗い中、すれ違う車から手を振るドライバーを見落とさず、すかさず、「ご支援ありがとう」をアナウンサーに伝える。 手を振り気持ちを伝えてくれる、すべての人に心からのお礼とお願いの思いをお返ししている。 揺るがず、緩るがず最後まで自ら引き締め頑張っている。車中はぴんと張り詰めている。各事務所では最後の追い込みの有権者へのお願いも必死である。・・・いよいよ、明日は投票日。
2003年04月12日
候補者カーの運行時間は午前8時から午後8時までの12時間である。1日の半分は選挙活動となる。 今日は、朝からいやな天気で、曇ったり、雨が降ったり、強い風であったり、そして夜はかなり冷え込んだ。 今日は24回の辻々での候補者演説が組まれていた。 連日の街頭演説は有権者の評判もよく、他派の候補が名前の連呼に終始しているのに比べて、雲泥の差。 候補者あいさつが始まったら、たまたま、自転車で中学生が通りかかった。いきなり、「ちほちゃあーん」と、大きな声で呼んでいった。同じ場所でさらに、高校生らしき若者が自転車で「千穂さんだよ」と大笑いしながらペタルをグイと漕ぎ走り去った。 中高生の中でも話題になっているのか。有権者でなくてもうれしいもの。 後残すところ2つ日。このわずかな時間を有効に生かして党県議候補の勝利のため頑張らないといけない。責任者をおおせつかった者として当然である。 変わり始めた県政をさらに確かなものに進めるために、筋通す日本共産党の2議席は、びた一文おまけするわけにはいかない。 「大丈夫」も「悲観」も禁物だ。有権者に勝利に必要な声かけ・対話を全力を尽くしてやりきらなければいけない。しっかりと肝に命じた。
2003年04月11日
投票日は3日後。激しさは異常だ。6人落ちの大激戦であるがそれにしても学会、公明党の共産党や候補者への『嘘と偽り』の攻撃、言いがかりは度を越している。これが人間として出きることなのか。 ・・・長野県短期大学幼稚園に「シロアリが巣食い何とかして」と石坂さんに連絡したが何もしてくれなかった。公明党のS県議に連絡したら電池を持ってすぐに来てくれた。議会で取り上げてくれ実現した。それなのに、共産党がやった石坂がやったと街頭でしゃべっていた。チラシにも書いて宣伝している。実績を横取りしている。と・・・ (石坂県議に連絡もなく、ましてやチラシにも書いてない。しゃべってもいない。) こんな調子の内容で宣伝している。しかも、県議選で公明党のS県議候補まで平気で街頭でしゃべった。事実でないので県警に告発した。 なんと、若槻の共産党支部の仲間のところにもきて、「あなたは、共産党に入っているようだが、あんな怖い党へあなたには入って欲しくなかった。ほかの党ならどこへ入ってもいいんだが。」といい、さらに、県短幼稚園のシロアリの話もしていったそうだ。 仲間のKさんは「共産党はそんなところじゃないよ。嘘を言うような人もいないよ。シロアリの話ははじめて聞いたがそれほんとなの。石坂さんは午前中に会ってきたが、嘘を言うような人ではないよ。優しい人だよ。」この学会の人は富士通をリストラされた人なので「富士通のリストラ問題では、中野さん(早苗さん・・国会議員予定候補者)は、一生懸命リストラするな、富士通は全員雇用せよと頑張った人ですよ。共産党や石坂さんも市会議員さんも毎日朝から晩までみんなのために頑張っている人だよ。一度あってみたらどうですか。」といってやった。「またいつかね」といって帰っていった。この人は共産党に入ってまだわずかな人。相手は地域でも有名な学会員。正論を丁寧に述べて優しく反撃した。 嘘は平気でつける。右へといえば何の批判もなく右へ向く。 しかも、幹部もそろってこうなっちゃう。 イラク戦争反対の運動は利敵行為。戦争でいのちを失う犠牲者が続出しても平気。戦争反対をいえない。こんな、宗教も党もない。 こんな党が選挙で伸びては日本の民主主義が危うくなる。 負けられない。しっかりと肝に銘じた。
2003年04月10日
ピンクのスニーカーが似合う「石坂候補」は、初日からエンジン快調でパワー全開。どこへでも飛んで行き握手をしている。 思いは2議席。必死の訴えと行動は胸を打つ。 一日20回近い街頭宣伝をこなし、政策と公約、自らの県議選への思いを有権者に伝えている。 飯綱山をはじめとする、まわりの山々から吹き付ける冷たく強い風は運動員を悩ます。 しかし、「石坂候補」は、この冷たい強く吹く風など関係なく心をこめてあいさつをしている。 次から次へと、そとにでてきいてくれるひと、窓を開けて部屋で聞いてくれる人。周りを気にしながら、うちは大丈夫だからと、そっと指でサインを出してくれる人。 胸にじわりと来るものがある。 「このような今でもイラクでは毎日子ども達を初め罪もない弱い人たちがなくなっています。この戦争に自民党や公明党は何のこだわりもなく支持をしています。許すわけにはいきません。」 「変わり始めたこの県政をさらに確かなものに進めていくために日本共産党と私に大きなご支援を・・・」訴えている。 「寒いでしょう。」と気を使ってくれる方々には本当に感謝で一杯。 候補のあいさつ中に、一軒一軒チャイムを鳴らして尋ね、「お騒がせしています。」とあいさつをする。 W団地では、「去年の不信任問題のとき頑張ってくれた人ですね。あれから、共産党を好きになりました。」といって、うれしい言葉をかけてくれた。 しかし、所によっては、地元から出ているからと気持ちは不信任反対でも、意に反し、回りを気にして後援会に入り役員にされたり、、炊き出しに動員されたり、と地元推薦の悪弊が個人の自由まで奪うようなことも生まれている。 地元の候補が県政を変えるわけではないのに。 「候補者も地元の人も」お互いに見識を高めないといけないのか。民主主義の重要な課題である。特に候補者は勝てればなんでもありはやめてもらいたい。
2003年04月09日
県議選も5日目だ。昨日は好天に恵まれたが、今日はいやな雨だ。こうもり傘に雨合羽姿の石坂候補は相変わらず、元気一杯街頭での立候補の訴えをしている。 「こうしていても、イラクでは毎日子ども達やお年寄りなど罪のない人々が亡くなっている。この戦争に小泉首相や自民党も公明党とも支持をしている、許すわけにはいきません。」 と、切々と訴えている。 公共事業を見直して福祉や教育応援で税金の使い方を変えてきた、田中県政に言うべきことはいい、具体的提案もし支えてきた。 中心的柱である。 再び県議会へ押し上げたい人。 一回の宣伝に4~5人が出てきたり、窓を明けて聞いている。 演説終了後、早速あいさつに行く。 注目と関心度は抜群。結局「石坂さんは大丈夫」などという、大丈夫論を振りまいて、支持を掠め取ろうとしている。とんでもない。地域の皆さんと手を取り合って、良き世の中を築き上げていきたい。
2003年04月08日
今日、石坂ちほ個人演説会が、長野市の東部地域2箇所で行われ、5ヶ所目となった。
2003年04月07日
浅川のある地域で、候補者カーを止めて、石坂候補がマイクを握り、あいさつをはじめた途端に、前方の家から幼子を抱いて、つかつかと候補に向かって歩いてきた。 これは変だと警戒していると、案の定、候補に何かを言おうとしている。 すく様傍に行き、端に寄せ話を聞いた。 まくし立てている。「共産党は嘘を言っている。長野県短のシロアリ駆除は共産党がやったと書いているが、あれは嘘だ。ATHD(他動性障害児)の教員派遣も共産党がやったといっているが、それも嘘だという。 何を言っているのか。と反論してるうちに石坂候補があいさつを終えて、応対した。 公明党、学会のような嘘は言うな、と具体的に明快に反論した。 執拗な共産党攻撃をしてきた。 顔をこわばらせ、何かに取りつかれてでもいるかのような引きつった顔をしていた。 投票日が迫ってくると、ますます激しい「共産党」と「石坂候補」への攻撃が強まってくる。 断固とした態度で臨むと同時に、圧倒的多数の有権者に政策や党を語り、支持を大きく広げなければと痛感した。
2003年04月06日
4月は5日を過ぎたばかりなのに、大雪となった。 べた雪は窓一杯に開けた候補者カーに吹き付ける。 石坂候補は窓から手を一杯に伸ばして、市民の声援に応えている。燃えているとはいえ、寒いはず。 私も、負けずに素手で手を振った。 「変わり始めた県政をさらに確かなものに」「田中県政支える柱、日本共産党2議席で確かな県政を」と元気に訴える「石坂ちほ候補」。 頑張れ、頑張れ。
2003年04月05日
13日投票の県議選は、本日告示となる。 長い前哨戦もあっという間に告示となった。 田中県政を支え、時には厳しい意見もいい、建設的な提案も行い、変わりはじめた県政の中心的柱として奮闘してきた。 日本共産党の県議団現職6名と、挑戦者は全力投球で必勝を期して選挙に突入した。 我が陣営のかけがえのない候補者、吉村県政時代から、公共事業を見直し、福祉・教育・暮らし応援の田中県政を支えて頑張ってきた、日本共産党の県議団長『石坂ちほ』候補の出陣と第一声。 私も責任者として決意表明とお願いした。 午前と夕方から夜の8時まで候補者カーにのり、弁士を務めた。 冷たく小雨降る寒い中、窓一杯に開けて、大きく手を振り支援をお願いする。 石坂候補のいでたちはヒールは止めて、ランニングシューズ。 候補者カーの傍らに人がいれば、軽快に走り握手を求める。 一緒に行動の「うぐいす嬢」もついていくに精一杯。 大変な勢いである。 最後まで、元気に訴え有権者の心をとらえ、なんとしても、再び議会で仕事のできるよう、ご支持を寄せていただきたいと訴えていた。 長野市では堀内さんと千穂さんで2議席確保は、至上命題。 明日も全力で頑張りたい。
2003年04月04日
いよいよ、明日から歴史的な一斉地方選挙。 変わり始めた長野県政を守り、発展させるか。まさに世紀の闘いである。この県議選に、わが党は長野市で二議席確保は至上命題。 川の北側では、石坂千穂さんをなんとしても押し上げないといけない。全県で現有1議席も減らせない、6議席確保とさらに一つでも二つでも上乗せしたい。 しかし、 そん甘い話しではない。必死の形相で闘わないと前進できない。 今日は、告示前最後の日。石坂県議とともに、事務所の周りを70件ほど訪問。直接会えたのは、40人くらい。 快く歓迎してくれる家も何軒も合った。 知っています。頑張ってください。 期待に応えなければいけない。 午後は、古里地域をポスター貼り。 明日は告示であり、心してかからないと大変な事態となる。
2003年04月03日
5千軒、13000人有権者のF地域へ街頭宣伝と訪問をする。 私は6回の街頭宣伝をした。イラクの戦争問題、国政問題、長野県政問題など訴える。
2003年04月02日
石坂ちほ県議の支援をと訪問をする。 田中県政に対する評価がなかなかいい感じ。 ある家では、地元の県議の選挙で、割り当てられて、炊き出しに行っている。 地域の和が大切と思い仕方なくですよ。 「でも、田中知事のやってきたことは正しいんじゃないでしょうかね。応援してきました。影の応援団です。昨年の7月5日は忘れません。新聞は歴史的な出来事ですので、ちゃんととってあるんですよ。」と棚からとって見せてくれた。懐かしい、怒りの報道の瞬間写真だ。 あの時、石坂さんは堂々と反対討論しましたよね。感動でした。 忘れるはずがありません。もう決めていました。 もう一人のおばさん。「田中県政はどうですか」と尋ねると、「私の家はみんな田中フアンです。もちろん私もそうですよ。この人と思っていました。」と石坂さんへの共感を寄せてくれた。 もっと、どんどんと訪問し、一声かけないと申し訳ない。 告示まで後少し。全力投球で頑張ろう。
2003年04月01日
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