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2003年度の予算議会は3月4日である。 共産党の代表質問日は7日である。今回は私が担当となった。 市長の政治姿勢や財政、福祉、暮らし、入札、同和問題など多岐にわたる。 答弁は別で質問のみで45分間。 聞き取り調査をはじめていると、いろいろな問題で情報が寄せられる。 東奔西走でこの調査活動が大変忙しい。 介護保険の問題でも、おばあちゃんを在宅で介護している嫁さんが相談とともに、要望も寄せていった。 苦労して在宅で介護して、長生きして欲しいと頑張っているが、夫の収入は少なく、おばあちゃんの介護まで手がまわらない。 また、お金も無く、デケアーで一回でも多く風呂に入れてやりたいが、お金が無く、おばあちゃんがかわいそう。何とかして欲しい。 話を聞くと気持ちがよくわかる。 この議会で要望するつもりである。 質問を書く時間が無くて悩みは山ほどだが、やるしかない。 徹夜でこの大仕事をやる覚悟である。
2003年02月28日
長野市議会合併問題調査研究特別委員会開く。 豊野町との任意合併協議会の報告があった。 すでに私も、出席している協議会の報告である。 あらためて、質問や意見を述べた。 先ず、「合併はそもそも、両住民の福祉の向上が前提である。 後退では合併する意味がない。この問題はしっかりと確認しておきたい。」また、財政問題でも質問。「いま、多くの自治体で合併問題を議論しているが、合併しても、しなくても財政的には困難である。交付税が減らされる。どうせ地方交付税が減額されるなら、合併しないで頑張っていく」という町や村もある。 長野市も交付税は減らされる。そこへ、借金を背負った豊野町がくれば、大変だ。今後の都市計画でのシュミレーションをつくり、しっかりと財政的に検討しておく必要がある。」さらに、「25日に全国の町村会と町村議長会が協同で決起集会を開いた。強制合併は反対。自立できるに相応しい、交付税は保障すること。アメとムチの強制合併には反対」と厳しい対応である。 長野市も学ぶべきである事を主張した。 今後、豊野町のほかに、3つの村が長野市に合併の申し入れに来るという。長野市も地方交付税が減らされるなか、たとえ小さくても、借金を抱えて編入合併として長野に来るわけだ。 多額の借金背負い財政的に、厳しい長野市が、これらの村を背負いこんで、足腰が立つのか。 心配ないほどの体制を作ることが重要だ。 何でも大きくなるから。政令指定都市になるからいいではないか。だけで合併を急ぐことはないと思う。 長野市も、若穂、松代、篠ノ井や小田切、七二会、芋井などが合併したが、小中学校は分校となり、保育園も統合されるなど過疎が進んだ。教訓を生かさないといけない。 合併の歴史に学んでチェック機能を果たしていきたい。
2003年02月27日
今週最初のしんぶん配達、暗いうちに家を出る。 しんぶんも読めない夜明け前、1軒、また1軒と「赤旗しんぶん」を配る。東の山々は時間が刻一刻と過ぎるにつれて、白白と明け、岩菅、横手と稜線が浮き出てくる。 清々しい朝、最高の時を迎える。これこそ、早起きのいいところ。 しんぶんも読める明るい時間帯。 一息入れてしんぶんに目を通す。 3面の、長野県の「革新懇」の記事が目を引く。 冨森啓児弁護士や山口光昭先生を中心にして「イラク戦争反対」の声明を発表した。これに賛同しますと、82銀行会長の「茅野さん」が登場している。『誰彼の別なく、理由を問わず戦争には反対。無差別殺人の点で、テロよりも悪い』との発言。 別に不思議ではないのだろう、が記事を読んで「あっと」した。 県内経済界の中心の人が、このような発言をしてくれたことは励ましになる。 医療費の値上げ反対でも、長野県の医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会など医療4団体が挙げて反対をし、行動に立ち上がった。このこともすごいことである。 イラク戦争反対も医療費値上げ反対も、国民の心からの気持ちである。共産党のこれまでの方針が、多くの諸団体と協同して闘えるときを迎えている。当然といえば当然。これからも元気をだして、世直しで頑張りたい。 それにしても、自民党小泉首相は、まともでない。戦争反対のような「・・・間違ったメッセージは良くない・・・」といい、戦争反対の世界の世論に挑戦している。 公明党も冬柴幹事長いわく。戦争反対は「利敵行為」と言ってのけた。ひとたび戦争になれば、イラクの「子供」「お年より」「女」弱いものが一番の犠牲となる。もし戦争がはじまれば、子供達は100万人以上もも死んでいくという専門家の指摘もある。 それでも戦争か。査察の継続。イラクも国連決議を守れ。平和解決を。この声を国内外に大きく広めることが緊急に求められている。声を広めましょう。
2003年02月26日
春めいてきたのか、少々重い雪の舞う中、長野駅頭での街頭宣伝を行う。 堀内あきら県議と中野早苗さん、そして私である。 午前7時40分音だし開始の時間となった。 まだ弁士が来ていないので、司会役の私が最初にマイクを握る。 ・・・アメリカのイラク戦争反対。この運動は日本や東南アジアから発信され、ヨーロッパへと広がり、イラク攻撃の大本アメリカ本国のニュヨーク、サンフランシスコデ30万人50万人など、全世界600都市の1千万人が戦争反対で行動が起こされた。 ところが、日本では、自民党、公明党連立の小泉内閣の中心、小泉首相は「・・・間違ったメッセージを送ってはいけない。」 公明党の冬芝幹事長は「戦争反対は利敵行為」と言い切りました。政府トップ要人の小泉首相しかり、与党の顔をして戦争を肯定する公明党の冬芝幹事長。みな、情けない限りである。 ドイツ、フランスをはじめさらに、非同盟諸国の国々の要人は明確に、「アメリカのイラク戦争反対」である。日本は孤立の状態だ。 国民的大きな世論をつくり、イラク戦争反対、平和を守れ、の声を大きくしようではありませんか。 日本共産党は戦前から侵略戦争反対、平和と民主主義を守って頑張ってきた唯一の政党。『日本共産党』の大いなる前進。長野市で石坂・堀内両県議の勝利で、田中県政をしっかりと支えて行こうではありませんか。私も全力を尽くして頑張ります。・・・ と訴えた。中野さん・堀内さんも心をこめて国政・県政似ついて、訴えた。
2003年02月25日
浅川ダム建設問題は、20年に及ぶ時間を要して、ようやく住民の思いが通じて、建設中止、契約解除となった。 長い道のりの、また、粘り強い闘いであった。 「危険で無駄な浅川ダム」はいらない、と住民の運動が燎原の火のごとく、燃え広がりついに、建設強行に楔が打ち込まれた。 この間、県当局は一貫して、ダムは必要だ、危険ではない。と住民をだましつづけてきた。この県の言い分を調査資料で後ろから後押ししてきたのが、地質調査のコンサルタント会社だ。 科学的調査を装い、根拠を数値で示して『大丈夫』と太鼓判を押してきた。 しかし、住民運動の側の依頼した「国土研」国土問題研究会の科学者は県の資料を慎重に分析。地すべり・雨量・流量などなど問題点を一つ一つ解明し、ついに科学と住民運動が一つになり、ダム中止へ大きな一歩を進めることになる。この途上で田中知事という、県民の声を代弁して登場し、『浅川ダム中止・契約解除』という勇気ある選択をした。 ところが、このような運動をしている最中に、自民党大物I県議は、浅川ダム地質調査のコンサルタント会社の取締役に座っていた。人事など会社の営業方針などにも口を出していた。 県の発注した明確な公共事業を受ける会社の取締役座っているなど、地方自治法から逸脱ではないか。と厳しい批判の声があがった。当然である。会社もご当人も辞任の手続きをしているというがあたりまえだ。長野市の市議会議員もこの会社の監査役を担当しているとことも発覚した。これも当人は辞任の手続きをしているという。企業と公共事業、お金との関係は何時もきれいでなければいけない。すべて明らかにして欲しいもの。
2003年02月24日
後40日ほどで県議選挙となる。「不信任県議許さず、変わり始めた県政をもっと確かなものに」、そのために大黒柱として頑張ってきた、日本共産党の県議団長『石坂ちほ』さん押上げで、400戸ほどの団地を訪問した。 春めいてはきたが、まだまだ吹く風は冷たい。 手をこすりこすり摩擦で暖めながら、Oさんと組んでの行動だ。 Oさんは小型の分厚い小手帳持参である。面談の際の対話の内容をメモするために用意してきた。 先日も同じ地域を一緒に組ませてもらい、共産党や石坂さんへの期待と注目があり私自身が元気をもらった。今日もそのときのOさん。 相変わらず、「田中知事の県政運営はどうか」と聞くと、「いいんじゃないんですか」と答えが返ってくる。 そこで「そうですね、1兆6千億円もの借金財政で厳しい中、公共事業を4年間で半減させて、福祉や教育など生活密着型の公共事業を増やしている。30人学級も3年生までやり、市町村が協力すればさらに6年生まで応援する。全国的にもすごいことをやろうとしている。この県政を支えて頑張ってきたのが石坂さんです」という。「この人と知っていますよ」と快い返事である。中には「今までは共産党に入れたことは無かった。若穂の人だった。でもね、知事いじめでいやになった。去年のあのときのテレビ(7月5日の不信任決議案の反対討論)見ていて、この人に決めていました。」 おばさんは話す。隣で旦那さんは「俺は違うよ」というので、「誰ですか」と聞く。「田中知事には投票したよ。でもなぁ、S県議の後援会を書いたからなあ」という。「あの人は不信任に賛成した人、ダム賛成で田中知事いじめのひとりですが」というと、奥さんが、「箱を見ている人はいないんだから大丈夫」と声がかかる。 それにしても、この日は、S県議の二人組みがベルを鳴らしての軒並み訪問。学会・公明党も激しい動きである。 この日のこの団地の見える限りの他派の動きは、三つ巴の激しさである。 Kさんは街頭宣伝をやって欲しいというので早速2回の音だしを行った。寒いのに最後まで宣伝カーの前で手を振りながらそばにいてくれた。沢山の人が窓を開け、激励してくれた。元気一杯の訪問活動は昼一杯まで続いた。
2003年02月23日
変わり始めた県政を支えて頑張ってきた、日本共産党の県議団長の石坂さんが、日々の活動等をホームページに「つれづれ日記」として書き込んだもの。 アクセスがなんと48万回。全国の多くの人が見ている「日記」が本意になったわけだ。 私の地元のことも数カ所にわたり書かれており、興味津々で一気に読んだ。いつも書き込んである「日記」を読んではいたが、・・・よくもまあ、すごい文章を書くもんだ・・・と感心してしまう。 お早めにご一読を・・税込みで1680円です。 お申し込みは 石坂ちほ事務所 TEL243-2217 FAX243-2259 書店にも有ります。
2003年02月21日
第2回目の豊野・長野任意合併協議会が開かれた。 会長(鷲沢市長)のあいさつを含めて、午後1時30分からはじまり、約1時間ほどの審議で終了した。 今日の議題は、今後どんな「項目」について協議するかの、「協議項目」と、街づくり・建設計画および財政計画について、どう議論するかの基本方針を確認した。 また、建設計画策定委員会の組織機構も承認した。 4号議案で私は、・・・国はアメとムチで合併を誘導している。全国で批判があるもの。法的には期限はないが、合併期限について、2005年3月までと認識していいのか。・・・と質問。 事務局は「合併により地方交付税や合併債など特例措置があるので有利」なのでそうしたい、との趣旨で答弁。 さらに、・・・豊野町は住民への説明会もやり、アンケートも取って意向調査をしてきた。 しかし、長野市は、合併のメリット・デメリットなど、ほとんど情報が出ていない。期限を決めて進めるのは良しとしない。 期限を前提にしないで進める必要がある。・・・と意見を述べた。 「そんなことできるか」など周りで不規則発言が聞こえてきた。議長(市長)は「期限については、書いてある通り。只今の発言はご意見として承っておく」で決まる。 6号議案は建設・財政計画の基本方針である。 財政計画でも、ひとこと発言・・・様々な計画には財政がつき物。しかし、国は自分の都合で地方交付税によって、合併を強行している。全国的には合併してもしなくても、交付税が減らされ厳しい事態に追い込まれている。それでも頑張って合併しないでやろうというところもある。財政問題は重要だ。今後、様々な計画をする際、交付税がどうなるのか問題になる。そこで、全国の市町村では、10年後、15年後の交付税の動向シュミレーションをつくり検討している。長野市も豊野町もそれを行い財政推計を見ながら建設・財政計画を検討する必要があるが、どう考えているか、質問。・・・ またまた、方々から「できっこない」など、幾人もの委員さん(特に長野市の議員)から不規則発言を『頂く』。 議長「今後の問題として数値は必要であり事務局で答弁を」と仕切った。「全国的に交付税についてのシュミレーションを出して検討しているところもある。次回出るかはわからないが、部分的には出したいと思う」と答弁。・・・先日、合併シンポで県まちづくり合併推進室の方が「長野県は市町村がまちづくりとあわせて、財政シュミレーションを出すなら地方課でお手伝いします。 」といっていた。時間がかかるなら協力してもらってもいいのでは・・・と聞いた。 「県も協力してくれることは承知している。検討していきます」 議長は「シュミレーションについては、原田さんもよくはわからないのではないかとおもうが、(一言多いのでは)今後必要に応じて検討しなければ」とまとめた。 7号議案は建設計画策定委員会設置にについてである。 任意協議会の一部門として設置し、まちづくり・建設計画を検討し、案を作る部署。 これはきわめて重要な部門である。構成員25人と提案された。 公募の委員も加えるとの提案である。 ・・・公募の委員は何人くらいにするのか。・・・「豊野・長野合わせて6人です」 ・・・住民の声を聞くことはきわめて重要です。公募することは良いことだが、最大限増やすことが重要・・・と意見。 議長は「私も公募の委員は重要と考えている。」とコメントした。 提案説明と質問意見全体の所要時間は、約1時間。地元から傍聴されていた住民の皆さんも多くいた。 長野市・豊野町双方の福祉、教育など項目のすり合わせの本格議論は、次回からであることは承知している。それにしても、傍聴者の感想を聞いてみたい。
2003年02月20日
2週間ほど前は、ダンボールが布団代わりで、冷え込む地下駐車場で暮らしていた。今、屋根つき、風呂つきで暖かい綿布団で寝起きできることになった。 大家さんや民生委員さんが、ポットや石鹸、食糧が足りなければ、お餅や醤油など用意してくれる。 市役所に買い物にと,市の厚生課が面倒見てもしかるべきなのに、一生懸命である。野宿生活4年の普通でない暮らしが身についているので、なかなか、きちんと1日が送れない。 そこを、周りの人たちがよく支援している。しっかりと自立の道を歩んで欲しいもの。 時には、民生委員さんが地域の老人会の食事会に声をかけてもらったり、それこそ、至れり尽せりの援助だ。 人に頼るは、一時は結構だが、社会の一員として早く人並な生活に戻って欲しい。 住民票も遠く県外から取り寄せて、近ぢか長野市民になれる。 頑張れ、Aさん。 大家さん、民生委員さん心からお礼を申し上げます。ありがとう。
2003年02月19日
にわかに、アメリカのイラク攻撃の危険性が高まり、世界中で『イラク攻撃ノー』の反戦平和の大きなうねりが世界中を走った。 日本やオーストラリヤから始まった、この運動は世界600都市、1千万人の大きな行動となった。 ローマ300万、フランス200万、アメリカ本国のニューヨークでは50万人と史上最大の連帯の行動である。 共産党の若槻支部の女性の皆さんは、「もう我慢できない」「何かしよう」と怒り心頭である。 私も、赤旗の報道に、いても立ってもいられず、翌日早朝、若槻大通りの定置定点の最高の場所で、街頭宣伝をやった。 ・・・「石坂ちほ」の桃太郎旗をかかげて・・・ 『アメリカのイラク攻撃反対。憲法9条の精神にたって、小泉首相はアメリカの戦争に「ノー」をいえ。』公明党は『戦争反対は利敵行為、査察の継続も利敵行為』はとんでもない。情けない限りだ。自民・公明連立与党は何を考えているのか。 思い切り元気に、街頭宣伝を行った。
2003年02月18日
W団地を訪問。寒い日であった。午後の4時過ぎから1軒1軒訪ね歩く。 10数軒訪ね歩いて、本日の最後の訪問先はあまり行ったことのない家。 「こんにちは、市会議員の原田のぶゆきです。石坂ちほをよろしく」と最初のあいさつ。ところがいきなり「田中は嫌いだ、大嫌いだ」ときた。取り付くひまもない。 ・・・どこが嫌いですか・・・精一杯の受け応え。 「大体職員の給与を下げるなどはとんでもない。それで、財政再建できるなら、誰にでもできる」なかなかの剣幕である。 これは、この人は話しても無理と思い、一歩下がったが、ここでひいてはまずいと、発奮。・・・田中知事は財政が厳しい折、3年間で公共事業を半減し、福祉や暮らし応援で頑張ろうとしてきた。 「だめだめ、給与の引き下げは納得いかない」まだ強硬だ。・・・あなたはなら、どういう方法で厳しい財政の中、財政再建できるか教えて欲しい。・・・と聞いてみた。「そんなことは知事のやること、俺のやることではない」と一蹴された。 ・・・そうですよ。だから知事は具体的に再建プログラムを示しているのです。職員の給与を削減したが、その分、30人学級を3年生まで実施するとしたし、特養の増設など福祉や教育にお金を使う計画となっているんですよ。・・・「そうかい、それはいいではないか。」 なんと、ころっと変わっていいことになる。 驚いた。田中知事の手法がいいとなった。「田中知事大嫌い」のKおじさんに握手だ。 一緒に行った仲間は、「今日は大ヒットだねえ。」と顔を見合わせる。今日も元気をもらった。
2003年02月17日
昨日に続いて、今朝も石坂千穂さんの必勝を期して頑張る。 ここ数日の春を思わす暖かい天気とはうって変わって、思わぬ大雪である。 見る見るうちに、つもり積もって、靴は積もった雪にかぶさることになる。 この雪を押して、こうもりを差し、昨日同様にIさんと歩く。 Hさんご夫妻「ご苦労さんです。もう、当然です。田中さんですよ。支えている石坂さんも決めています。頑張ってください。となりは学会さんだよ。ちょっとうるさいがね。気にしないんだよ。しんぶん読んでもいいよ」と隣りを気にしながらも、日曜版を読んでくれる。 田中知事の県政運営をどう思いますか。必ず聞くことにしている。「いいんじゃないですか。新しい感覚で頑張っていますねえ」 「石坂さんももちろん知っていますよ。あの不信任のときの頑張りは忘れてはいませんよ」といってくれた。 沢山の要望も出してくれた。・知事さんは森林対策を強化するといっていますが、私の裏山は管理がひどい。成長している立派な広葉樹の雑木林があるが手入れが悪くかわいそうです。・「犬の散歩する場所が無くて困っています。昭和の森公園の周りの歩道を犬を連れて歩いているだけで、写真をとられ、家にまで押しかけて文句をいわれます。おかしいんじゃないんですか。飼い主のマナーは絶対ですが、マナーを守っている人もいるのですから考えて欲しいです。また、市としても、必要な啓蒙・宣伝・指導をしっかりやって欲しいですねえ。」 「田中さんはいいことやっていると思います。足を引っ張る人もいますがとんでもないと思います。」「不信任のときの議員の態度は許せません。元県政会顧問さんや団長さんはふつうの人とは思えません。長野県の恥じではないでしょうか。東京からきましたが、友達が言っています。あの人たちどうかしているんじゃないですか。」厳しい指摘は本当にあたっている。 午後は、Oさんと県住を歩いた。 70を超える障害持ちのおじさんは「よく動けない。しかし、頑張って欲しい」と激励。 Iさん「テレビ見て怒っています。石坂さんをよく知っています。知事いじめのとき、わかりやすく話をしていました。共産党に頑張ってもらわないと。」と読者に。 行く先々、歓迎の弁でうれしくなる。 案内をしてくれた、Oさんも声もはつらつ元気が良かった。 それにしても、Oさんはよく読者や元の読者をよく知っている。 行くところ行くところ、「Oです。」といえば、「やあやあ」と歓待してくれる。日頃の丁寧なお付き合いの大切さを教えてくれた。 赤旗しんぶんを幾人もとってくれた。 石坂さんの勝利の力になってくれること疑いなし。 午後は小布施町で、長野県主催の合併シンポジュウムが開かれた。田中知事もあいさつした。 続きはあとで・・・
2003年02月16日
穏やかな、暖かい天気。 夫を亡くして間もないIさんと行動をともにする。 久しぶりだ。長野にいたが夫の仕事の関係で、埼玉に居を移していた。帰ってきたが、夫が病で倒れしばらく家にいた。 その後、古巣に戻ってきた。 今日は、Iさんの住んでいる西三才を1軒づつ訪問した。 どこの家に行っても、田中さんいいですねー。応援していました。昨年の不信任の際は、「この人・・・(石坂ちほさんのリーフを見て)は、一生懸命田中知事をかばって頑張ってくれたよねー。」と千穂さんの頑張りをよく知っていた。 息子が、娘が・・・「県職員で・・・」「マスコミ関係で仕事をしているが・・・みんな田中知事を評価していますよ。」という。 予想以上の田中知事と石坂さんへの暖かい声援に、感激すると同時に、責任の重大さを痛感した。 変わり始めた長野県政をさらに前に進めるためには、不信任賛成県議で知事の足を引っ張る勢力でなく、しっかり支えて頑張った日本共産党の県議団こそ押し上げないといけない。 一緒に訪問をしたIさんは、有権者は本当に田中さんや石坂さんに期待しているんだね。実感しました。元気をもらいました、といって電話をくれた。 気を緩めずに頑張る決意だ。明日も同じ地域を元気に訪問する予定である。
2003年02月15日
小泉首相はアメリカの言うことはしっかり聞いて、抵抗一つしない。アメリカは、イラク戦争は先制攻撃が当然、イラクは誠実でないと一方的に決め付けて、戦争以外にないと勝手な言い分を展開している。 世界中の多くの平和を愛する人々は、絶対に戦争はしてはいけないと主張。ドイツも、イギリスも、フランスも、ロシアも、そして、アメリカ本国の多くの国民も戦争反対を掲げている。 にもかかわらず、日本の自民党、公明党など連立の与党政府は、あくまでも、アメリカの言うことを聞きっぱなし。武力もやむをえないかのようだ。 自らの主張も何もあったものではない。 アメリカの属国化か、または、一つの州かと言われても言い逃れできない。なさけ無いことだ。 憲法があるんだから、戦争はしてはいけないと、言明して当然だ。 年金の話が赤旗新聞に載っていた。 ・・・ここ数年間で年金の基金を流用して利ざやで儲けようと、株や債権に投資をしたが、結局は締めて5兆円の赤字となってしまった。この分を取り戻すために、掛け金を上げられてはたまらない。 そもそも、やっとおさめている年金の掛け金を、他に流用して、もうけようなどはもってのほかだ。 結局儲からず、損をして、年金の掛け金を引き上げる。とんでもないことだ。 大いなる知恵を出して、安心して老後を送れるように、しっかりとした改善が求められる。 年金と医療に金がかかるからと、消費税増税は許されないこと。 2004年度から毎年1%づつ16%まで引き上げるという。 経団連奥田会長の弁。景気はどうなるの。またまた急降下、火を見るより明らかだ。一体庶民の暮らしをなんと心得ているのか。 水戸黄門ではないが、「勝手は許さぬ、この紋所が目に入らぬか」やっぱり庶民の声のとおる世の中造らねば。・・・ 来るべき地方選挙がその早道。 私にも思わぬチョコが 夜の会議で、地域の女性後援会の事務局長を車に乗せて一緒に出かけた。 「これは、共産党の東部女性後援会の皆さんの贈り物ですよ」と、チョコをくれた。 家にもち帰り、フランス製のブランデーの香り良きチョコを賞味する。私にもくれる人がいる。元気百倍、期待にこたえてまた頑張らないと。・・・・
2003年02月14日
朝はかなり厳しい寒さであるが、10時を過ぎると嘘のような暖かい陽気となった。 Kさん・Gさんと団地を訪問。 「共産党さん頑張れよ」「田中知事応援してる共産党さんに期待している」など激励の言葉をかけてくれる家も沢山ある。 30人学級など若い奥さん達からは共感の声が。 しかし、中にはいろいろ話した後、「ご要望など何かありましたら、遠慮しないで言ってください」と声をかけたら、「それじゃ、言わせてもらいます。」と早速厳しい言葉が返ってきた。 「共産党さんは、理屈っぽいことを平気で言うが、やることをやっていない。この間、大雪の日、共産党の事務所のある道路を歩いていたら、雪片付けしてなかった。だめだなあと感じた。言うことを言うなら、きちんとやることもやって欲しいもの」と手厳しいご指摘。弁解の余地なしであった。 私の地元の事務所は、自分の家の片づけをした後、100メートルほど離れている後援会の事務所の片づけもしてきた。 ついでに、バス停や事務所まで通じる歩道も片付けていた。 このおばさんは、おいうちかけるように「この団地はみんなで協力して人のとおるぐらいは片付けているんだよ」と。 立派なことを言うわりにやることがだめでは共産党ではない。 これを機会に、指摘を真剣に受け止め、人の道に外れないように自らを戒めた。事務所の維持管理は自分の責任。重大な反省をさせてもらった。
2003年02月13日
小雪と吹き付ける風の中、若槻の女性の皆さん中心に訪問活動を行う。 iさん宅では、「ご苦労様です。寒いのにねー。ずーと応援していますよ。田中さんもいいですよね、家はお父さんが寝たきりですからね。福祉に力を入れて欲しいです。」・・・田中知事は、ダムを止めたり大きな道路を止めたりするなど、公共事業を減らしてこれまでよりも300億円も福祉や教育予算を上乗せした。県民の暮らし応援で頑張っているんですよ。・・・と話に応じる。 ・・・ニュースも読んで下さい・・とお願いしよい返事を頂く。 多くの人は、田中知事への期待を持っている。 変わり始めた確かな県政の流れを支えて、さらに前進させるために、石坂ちほさんの押し上げのためにがんばらなければ。 夕方、若槻区長会の反省会に出席・・大いに元気をもらう 一年間の労をねぎらい、残された年度を無事にやりきろうと、区長会の反省会が開かれた。湯田中温泉は久しぶりである。 泊まりの会であったが、早朝の配達があり、反省会に参加して帰える。 地元のS県議と市議として私があいさつすることになった。 はじめに、区長会長のKさん区長さんの労をねぎらいつつ「・・・4月の県議選で区長会として、地元のS候補の推薦について議論した。区長会は公的な団体で、いろいろな人で構成されているので特定の党、会派の推薦はいかがなものかと意見もあった。 しかし、他の選挙で地元の方が出れば、自民党でも共産党でも何等でも推薦することにしたら、ということになり、S県議候補を推薦した。・・・」とあいさつ。 S県議は「・・・いよいよ、県議選であります。地域の発展のために力を尽くします。・・・」とあいさつ。 私も一言「・・・2万人の大所帯の若槻区の皆さんの様々な要望を受け、安心して住むことのできるまちづくりのため、ご苦労され心から敬意を表します。さて、3月4日から予算議会がひらかれます。長野市は厳しい財政状況となっています。また、雇用や福祉など市民の暮らしは深刻です。こういうときにこそ、市政が市民の暮らし応援で力を尽くすべきです。市民の暮らし第一で頑張る所存です。・・・」とあいさつ。 懇親会に入るとK区長さんがきて「・・・県議の推薦問題でいろいろあった。公的団体が一党派や会派の候補者の推薦をしてもいいのか。行政にも聞いてみたが、問題はないとの答え。私は最後まで心配したが、地元から選挙に出る候補者は、自民党でも共産党でもどなたでも推薦しよう、となった。・・・」と話してくれた。 W区長さんは「原田さん頑張っているねー。俺は木島日出夫と親戚だぜー。」という。善光寺門前町の老舗で『雨宮仏具店』と親戚で、この店の娘さんが木島国会議員の奥さんなのだ。 なかなか元気で、快活な人。 I区長さん「やあ、先日の志位さんの国会質問は素晴らしかったなあ。共産党はたいしたもんだ。とても、自民党や公明党、民主党も及ばないなあ。」とべた誉めである。 酒を酌み交わす数の重ねるごとに、酔いもまわり、弁舌も声高になってきた。 私も酌に回る。 T区長さん「・・・二人(夫婦)でしんぶん読んでいるよ。 私の気持ちとぴったりですねえ。そういっているんだよ。共産党は立派ですね。好きになりそうです。 石坂さんを応援しますよ。・・・」とうれしい励ましを頂く。 この方は、ごく最近「赤旗日曜版」を購読してくれた。田中応援団と共産党との合同の『知事選勝利・石坂ちほ県政報告会』にも参加した人。 少し気になったこともあった。二人の方から、「共産党は今出番のとき。筋を通している。もっと伸びて欲しい。そのためにも、外国の共産党のイメージが悪いので、払拭するために名前を変えたら。そうすればもっと伸びるよ。」と善意の立場で意見を言ってくれた。意見を言ってくれるなどありがたいことである。 しかし、「共産党は戦前から、一貫して命がけで戦争に反対し、国民の利益を守るために活動してきた党である。間違っていないのに、 名前を変えれば、やっぱり共産党もくるくる変わる党かといいわれる。また、どのように替えようと、一番まともに世直しで頑張っている党であれば、依然と同様に共産党への悪口、反共攻撃をすることは明らかだ。」と多少酔いで気分の言い中、話させてもらった。前日に事務所開きをしたS県議も最後まで席をともにして、酌をしていた。 浅川ダム推進の立場で、田中知事の不信任決議案に賛成した一人だが、地元の県議として、精力的に動いている。 『先手必勝』は、ますます重みを増している。
2003年02月12日
1200戸の大団地、若槻団地を訪問した。 冷たく小雨降る中、石坂ちほさんへのお願いで、一軒一軒訪問をした。 地元の党K支部長さんとG後援会事務局長さんに同行しての行動となる。それぞれ、地域ではまじめに活動している信頼の厚い面々だ。「変わり始めた田中県政を支えて、頑張ってきた石坂ちほさんへのご支持を」とあいさつをする。多くの人は、マスコミによく登場する「ちほさん」を知らない人はほとんどいない。 また、浅川ダム建設反対で精力的に活動してきた一人でもあるので、好感を持って歓迎してくれる。 しかし、まだ、田中知事の県民への、暮らし応援の具体的な施策を知らない人が結構多い。「1兆6千億円もの借金を受け継いで、県政運営をすることになった。きわめて大変だ。だから、浅川ダムや下諏訪ダムなど、さらに大町の糸魚川への高規格道路5千億円、さらに、県内に7千箇所もの砂防ダムの計画があった。 これを行えば、福祉や教育予算を削減しなければならない。 そこで、3年間で公共事業を半減し、一方で、特養建設、養護学校へのエレベーター設置、30人学級など福祉や教育にこれまでよりも300億円を上乗せし、生活密着型の公共事業や施策を取り入れ具体化してきた。 こうすれば、県内業者にほとんど仕事が回ってくる。ダムや高規格道路はほとんどは東京や大阪のゼネコンへ発注されてしまう。 仕事がきても安く叩かれて割の合わない仕事を引き受けることになる。 田中知事は県民の暮らし応援で頑張ってきたが、この県政を支えてきたのが日本共産党。特に石坂さんは昨年7月5日の県議会では、不信任反対で県民の思いを背負って、堂々と討論をした。 その後、知事は82万票で再選、文句のない勝利であった。 今度の県議選は、不信任賛成の議員への厳しい審判が求められている」と話し、石坂さんへの協力をお願いした。 給与問題で「田中さんに投票したが嫌いになった。内の息子は県庁。給料が下がり知事への疑問をもつようになった」と。 また、「田中知事は入札・談合問題で急激な変化を望んでいるが、無理がある。気持ちはわかるが、急ぎ過ぎ。業界は右往左往で大騒ぎだ。ソフトランディングで無ければだめだ」と厳しい指摘をする業界の人も。 可能な限り、訪ね歩き、面談で何でも聞きながら、深い対話活動が大切と感じた。また、話し合いを通して、仲良くなれることもいいこと。 我が家の庭に積もった雪も、徐々に解け始めてきた。 その傍らから、ふきのとうが芽を覗かせ、すぐとなりでは、福寿草が、ほぼ3センチほどに伸び、まだ固いがつぼみを見せている。 冬きたりなば、春遠からじ。 だが、4月の県議選は、とても春の気配どころではない。ますます、多数激戦の様相である。自然界では、確実に冬の後は春である。能動的に、先手必勝で・・・
2003年02月11日
議会や議員の「政務調査費」の使途について、注目されている。 市民の貴重な税金なので、ムダのないようにきちんと使わないといけない。当然である。これまでも、党市議団は代表者会議や議会運営委員会などで、取り上げ、提案をしてきた。 今回は、議員の活動と政務調査費の扱いについて、全国都道府県議長会の事務局で仕事をしていた、「野村さん」という人の講演があった。 「政務調査費については、議員が市民の要望を実現するために仕事をしているので、議員活動として当然の費用である。 執行機関への提案などで、大きなチェック機能を果たし、無駄を省けば立派なもの。 大いに宣伝してもいいと思う。」と言う。 今、長く続く厳しい不況のもとで、多くの市民は厳しい生活を余儀なくされている。どこの商店街へ行っても、不況のあおりをまともに受けているのである。 放って置けない。地元の中小企業や多くの市民の皆さんが、たとえ、厳しい事態が続いていても、仲間同士、協同・協力のもと安心して生活のできるよう、無駄を省き、暮らし応援で頑張りたい。
2003年02月10日
7日の早朝に、Kさんから電話があった。早い時間なので何事かなと心配していたら、案の定、Sさん今朝なくなった、との知らせであった。 まったく予期しないことで、ただただ驚いた。「まさか、本当かね」と聞き返した。 風邪を引き、肺炎を起こしていたようだ。体調が悪いので、医者に行く予定で会社を休んでいたようだ。 救急車で病院に運び込まれて処置をしてもらったが、よくならず、帰らぬ人となってしまった。 20年来のお付き合いで、選挙ともなれば、時には事務所で疲れを癒すため、一杯飲んで、二人でよく泊まっていった。 議論ずきで、アルコールが少し入ると、ボルテージが上がって、ついつい大きな声で大論争も何回もあった。 会社の重要なポストにいて、仕事を忙しくこなしていた。 一方で、どんなに前日の帰りが遅くてもきちんと、「しんぶん赤旗」日刊紙の配達を引き受けて頑張ってくれていた。 論争は好きだが、けしておごらず、こつこつ、活動をやっていた。 誠実な奥さん仲良く、世直しで力を尽くしてがんばっていた。 大好物は「さけ」と「たばこ」でいつも本当にうまそうに飲んでいた。 まだ若い人生半ばの59歳の生涯である。 私が桐原の駅で、ビラを撒いていると、中野まで電車通勤のためやってくる。 「やあ、おはよう、頑張ってるなあ」と励ましてホームへ入っていく。今でも忘れられない。 『あなたの意思を継いで、4月の県議選で日本共産党の大きな勝利のため奮闘を誓います。」 安らかに
2003年02月09日
自治労連の皆さんを中心に、合併シンポが開かれた。 会場一杯で、さすがに関心の高さを物語っている。 長野県市町村課まちづくり支援室長、栄村、泰阜村、原村、阿智村の4村長さんと都留文科大学の中西先生が講師の大変意義ある集会であった。おらが村長さんが語る、村長さんと合併問題を考えよう 「市町村合併しない、疑問をもっている村長討論集会」それぞれの村長さんの語る、交付税など財政問題、どんな村づくりか、長野県としては合併問題にどんなスタンスで向かおうとしているか。など時間のたつのを忘れての、有意義な集会。 詳しくは後ほど続きを書きます。
2003年02月08日
下水道を早く敷設して欲しいとの陳情を行った。 90%の賛同署名を添えて、公営企業管理者に直接の要請である。 長野市は約60%の普及率であり、県下の進んでいる市と比較して遅れており、大きな課題となっている。 市民アンケートでは社会福祉の充実などに次いで高位に位置している、市民の強い要望の一つである。 20年計画で、平成22年度で全市的に水洗化が普及することになっている。 この計画では、市民の要望には応えていないとして、審議会を開いて、5年間短縮すると、計画の見直しをし、同時に7%強の下水道料金の値上げをしたいとしている。 管理者がとうとうと説明をしていた。 できるだけ早く皆さんのところも、やりたいが、財源が大変である。国は補助金を減らし、一方で53億円も一般会計から繰り入れないとできない。税収入の10%もの投資となる。 もっと、使用料を上げたいが、市民の負担が重くなり、加入しなくなる。現在でも、水道水を節約するため、計画通りに水道使用料が入ってこない。 市民は生活の工夫で水を使わないようにしている。 下水道の普及は当然だが、合併浄化槽なども取り入れ、事業への投資額をできるだけ抑える努力が求められている。 午後は公民館の運営審議会があった。 平成14年度の事業の反省と新年殿事業計画を決める会議である。 成人式について、多くの意見が出された。 10公民館合同で市民会館で開催されている。 1500人近い成人者が一堂に集まる祝いの集いである。 今年は昨年と違い、静かな式典となった。 それは、実行委員会に成人者にも参加してもらって、どんな式にしたらいいか、意見を聞いた。成人者20人ほどの参加で意見を聞いたようだ。「とにかく友だちに会いたい。」「恩師と話したい」 「企画に取り入れて欲しい」という声があり、実行委員会はこの意見を取り入れて、最初に1時間、友だち、恩師と会う時間を取った。その後、式典では、市長のあいさつ一本で後はなし、イベントもなし。この式典は30分で終了した。 静かで良かったと胸をなでおろすのではなく、・・・成人者が自分達の要望が取り入れられたので、要望満たされ、さわやかな成人式となったのではと実感した。 公民館の反省会でも主人公の声が重要であることを確認。 来年にもつなげていきたいと誓い合う。
2003年02月07日
この時間は、まだ暗い。 東の空に、明け残る星が一つ、ひときわ耀いている。 「明けの明星」金星である。我が配達を励ましてくれる。 20分ほど過ぎると、東の空が少しづつ蒼色に変わり、太陽がゆっくりと昇り、日の出の瞬間を迎える。 雲ひとつない、晴れ晴れとした朝である。 こういう朝は、冷え込みも厳しい。 吐く息も白い寒い朝、「世直ししんぶん赤旗」を各家のポストにに丁寧に入れる。 朝げの準備で、家々の電灯もちらほらつき始める。 今日も、赤旗配達で一日がはじまった。
2003年02月06日
厳しい寒さが続いている。 今年は雪も多く異常に厳しい寒さである。 こんなとき、四年前に長野市でリストラされ食うか食わずで、暮らしてきた,Aさん。 冷え込む寒さの連続で、地下駐車場や野宿では生きた心地がしない。死ぬんではないか。死にたくはない、身の震える思いで、日本共産党市議団へ助けを求めて飛び込んできた。 いろいろ経過はあったが、生活保護は可能となった。 知人の不動屋さんと、同じくよく知っている大家さんのご好意で、一間で少し狭いが風呂つきの6畳間をお借りすることができた。 2日ほど忙しくていかれなかったが、今日は行ってきた。 たまたま、徳間の民生児童委員さんが心配で見に来てくれた。 ちょっとした生活必需品持参で生活相談にのってくれた。 しっかりと、4年間のブランクを乗り越えて、ふつうの、あたりまえの、人生を送って欲しいと思う。 民生児童委員さんや大家さんの、様々なご配慮に心から感謝をしている。
2003年02月05日
早朝の7時20分、日陰の雪も解かすような、丸ごと太陽のあったか天気。 今日から、2回目の「私し流」、月初めからの、連続8箇所の定置定点の街頭宣伝をはじめる。 石坂ちほさんのあいさつと「原田のぶゆき市議会報告」を掲載した、『東北部しんぶん』1月号を配布。 今朝の太陽は、丸ごと暖かく日射しのいい日だが、駅頭の日陰は冷え冷えである。 「寒い中、ご苦労様」と次々声をかけてくれる。知り合いは特別に丁寧な激励である。 あまりに寒いので、駅員に「ありがとう、またよろしく」とお礼とあわせて、ホームに捨てられているチラシを拾いに行こうと思い、あいさつに行ったら、「まだ、列車が来るよ。お客さんが降りてくるよ」といわれた。帰るわけには行かなくなり、再びチラシ配布となる。 渡したチラシを、通勤途上の皆さんが、立ち読みしている。 100数十枚配布したが、吸殻入れに入れていった枚数はたったの5枚。 みんな大事にして、読んでくれている。なかには、丁寧に折ってかばんに入れて持っていく人も。 最後に冷たいマイクを持って、あいさつと訴えを行った。
2003年02月04日
田中知事が圧倒的勝利で再選されて以降、県民のほうに顔の向いた、税金の使い方に一歩一歩前進している。 頼もしい限りである。 「ムネオハウス」問題などで、国民が汚い政治にうんざりしているとき、長野県田中知事の任命した、第三者機関の「・・入札等適正委員会」が、浅川ダムの談合問題を告発、知事はこれを受けて、公正取引委員会に報告することとなる。 30人学級も1,2年生から3年生まで引き上げ、市町村の協力も得て、さらに全学年まで広げていきたい、と表明した。 前の知事や、その知事のあとを引き継ごうと立候補したH女性が知事になっていたら、結果はどうなっていただろうか。 おして知るべしか。 大きな声では言わないが、田中知事のやり方がいまだに気に入らないと、陰で文句を言っている県議たちがまだいる。 変わり始めた、県政を正面から支えて頑張ってきた、共産党の議席は実の重い。 ところが、公明党・創価学会はいかなる手段を使ってでも、日本共産党への中傷、誹謗、嘘・偽りで攻撃をしている。 自民党政治の行き詰まりと、日本共産党の路線、立場と国民の思いが合致してきている。いわば、体制の側の危機感の現れである。 ○安保条約なくすべきが、国民の50%以上。○アメリカのイラク攻撃には、国民の60~70%が反対。○税金の使い方も国民本位にと厳しい見方が強まっている。○医療費値上げ反対でも、日本医師会、日本歯科医師会、薬剤師会 看護協会など、自民党の大きな支持母体であった医療4団体は自 民・公明のやり方に「ノー」を突きつけた。 権力者・政権党自民党の凋落は誰が見ても明らかだ。彼らにとっ ても放っておけない事態なのだ。 そこで、連立を組んでいる自民党がだめなら、公明党も一緒。公 明党や創価学会は、危機感をあらわにするのも当然である。 権力者は、やすやす、共産党を大きくするはずが無い。手をこま ねいて見てはいない。 しかし、国民と手を結んで、ここを突破すれば大きな道が開かれ る。 「国民こそ主人公」で世直しの先頭にたって、おおいに、元気に、楽しく、訪問活動を大きく広げて頑張りたい。
2003年02月03日
30年ほど前、冨森啓児さんが衆議員に立候補し、後一歩で当選というところまで頑張った、当時からの事務所。 木造2階建ての古い建物である。耐震には限界があり危険となっていた。 ようやく、事務所に相応しいビルが見つかり、今日が引越しの日となった。 朝から約8時間を要しての引越し作業は、通常の事務ができる程度まで机など運び込み、整理がついた。 いよいよ、明日からは4月の県議選へ向けて、必勝体制である。 長野市で石坂・堀内の現職2議席確保と大岡・上水内郡の佐藤久美子さんの勝利めざし、この事務所を拠点に全力を尽くしたい。 小生も年甲斐も無く(違うかな)、頑張りすぎて普段使わない筋肉を使ったせいか、足腰が痛む。 若槻公民館主催の恒例の、綱引き・ドッジボール・キンボール大会が開催された。 地元の議員も招待されて参加した。 あいさつは、地元の二人の市会議員のうち、今回は私の番である。 「・・・早朝から寒い中、大勢のみなさんのご参加ご苦労様です。不況で大変寒い風が吹いていますが、健康こそ第一。運動、スポーツを通して体を鍛え、厳しさを乗り切っていこうではありませんか。今日は平和を発信した、「オリンピック記念平和の集い」の日です。この大会を通して親睦と交流を深め合いましょう・・・」の趣旨であいさつをした。 幾人かの知人に会ったので、石坂さんをお願いした。 浅川ダムの談合問題が全国の大ニュースとなった。また、ゼネコンや土木建設業界を震撼させた。「しんぶん赤旗」のスクープ記事が大きなきっかけとなって、ここまで追い込んだことになった。 もちろん、長野県政、田中知事の第三者機関「公共工事入札等適正化委員会」がきちんと調査をして、出した結論。心からの拍手を送りたい。 10年近い「危険でムダな浅川ダム」建設反対をかかげ、住民運動と科学者など専門家の協力をへて頑張った、粘り強い闘いのたまもの。 皆さん、良かったですね。
2003年02月02日
午後の4時過ぎ、日は陰り、寒さが一段と厳しくなってきた。 共産党の吉田一支部の皆さんと、「石坂ちほ旋風」をと、前回に続きを訪問した。 前県政会顧問、I県議の影響の強いところである。 ある家では、奥さんが差し出した石坂リーフを見て「もう、この人に決めていました。お父さんも同じです」といってくれた。 「内は小さな商売をしていたが、景気が落ち込み利益が上がらず、店を閉じました。お父さんも建設関係の会社に行っているが、仕事が無く、給料は減りっぱなしです。私も脳梗塞で倒れて、毎月1万円ほどの医療費でたまりません。景気をよくして欲しい」と訴えられた。 前知事の県政時代では、ダムや高規格道路など大型公共事業ではゼネコン優先で、東京、大阪などの企業に税金がいってしまう。 田中知事は、特別養護老人ホームや学校改修など福祉や教育に予算を投入し、地元の企業が潤う入札制度など努力をしている。 と説明し税金の使い方が、県民本位に変わってきているといった。 また、ある家では若い奥さんが「前知事と比べると、まったく県政の進め方が変わっている、いいことですね。共感しています。 応援しています。」 ある年配のTさんは「私は田中知事応援組みです。時代の人ですね。不信任決議提出の際、わかりやすく、しっかりと反対討論していた、石坂さんを知っています。一番道理があっていい方だと思っています」 M宅の若い奥さん「桐原でいつも、チラシを配っていて感心しています。どなたもできる真似ではありませんよね。チラシもきちんと読んでいますよ。」と大変な励ましを頂いた。 厳しい寒さで、指が動かず、ビラも上手く渡せないときもあるが、どこかで誰かが見ていてくれると思うと、元気が出る。 老若男女、年齢も立場も違うが、新しい政治が始まり全国に発信していることを、みんなが実感している。 こんなこともありました。・・・内は自民党員で、家中で一人年間6000円の党費を払っている。業界が丸ごとそうなっているので。・・でも、自民党の政治、景気悪いですね。(原田が聞いてみた)相手の人「困っちゃうな」と一言。・・自民党員でもこの今の政治、とても、肯定できないのだと思う。 今日の訪問で、変わり始めた田中県政への期待、それを支えてきた共産党への熱いエールを実感できた。 行動に参加した面々は、手が凍てつき、我慢がならず、喫茶店に立ち寄り、熱いコーヒーで体を温めて反省会。 昨日のホームレスのことで、早朝、大家さんから電話があった。 「家賃は大丈夫かい」である。心配だと思う。4年間も駅暮らしであったのだから。普通の社会生活には、なかなか、なじめない面もあるかもしれない。あらためて、申し訳ないことではあるが頭を下げてお願いした。 白髪は 七十過ぎの 老い深く 寒風の地下に ダンボール敷く 凍てつきし コンクリートに 紙を敷き 命乞いつつ まどろむ日々は 凍え死が 今日か明日かと 震え来る 命乞いして 眠れぬ日々は これまでか 「死ぬしかないか」 闇の地下 藁にすがれと いのちを党に 青畳 布団枕に 身を静む 七十歳の 老いの生きざま
2003年02月01日
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