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土日以外毎日、朝宣伝することを決め始めて三日目。 今朝は、主要幹線、旧北国街道で浅川の橋(他力橋)で行う。雨が降っているので、通行人もドライバーも演説に関心を寄せてはいられないか、あまり振り向いてもくれない。 それで、一人だけ、大きく手を振って激励してくれた人がいた。・・・共産党は元気で頑張っている・・・そんな姿知ってもらえればと、自己満足で終わってはいけないが、さらに、共産党の前進、山口さんを国会へ送るために、連日頑張りたい。産業振興対策特別委員会開催。長野市の農業振興活性化で、委員会として提言しようと議論を重ねている。もうかる農業とか、ブランド化、法人の農業参入など問題点もあり、指摘しつつ長野市の農業人口は専業農家、兼業農家など家族経営,一万二千戸で、人口の12%を占めており、これらの農家の人たちが安心して再生産に見合う経営のできるような政策提言が必要であると強調した。
2009年07月24日
朝から、JA支所や老人保健施設を訪問、あいさつする。 さらに、先日、赤旗しんぶん日曜版の蛍についての取材に応じてくれたM先生宅を山口さんと訪ねた。 蛍の記事掲載の新聞を持っていく。 「山口さんですね、ご苦労様です。がんばってください」と激励された。・・・長い間、蛍を守ってきたおかげで、いっぱい舞いましたね。皆さんの努力のおかげですよ、と評価してくれた。 公園は、作ればいいというものではない。 あるがままの自然を生かした公園こそ必要なもの。蛍も同じこと。これまでいた土着の蛍を育ててこそ、価値がある。原田さんたちが、土京川の蛍を守ってきたことは重要なことで、これからも大事にしてほしいと言われた。 蛍の棲息環境を守るために、川の清掃などこれからも継続しなければと決意。 山口さんとともに、環境守ることの重要性を確認。 先生の期待に応えて、来るべき総選挙で頑張りぬきたい。
2009年07月23日
都議選では、どこの党よりも得票を伸ばしたのに、議席には結びつかず残念な結果に終わった。 しかし、得票を伸ばしたということは、総選挙の比例票を伸ばし議席につながる可能性を作ったわけで元気百倍だ。 今日は、解散がきまった翌日、これから40日間の大奮闘こそ山口押しあげとなる。さっそく、三才駅へ出かけ街頭宣伝。以降、連日告示前まで全力尽くしたい。
2009年07月22日
国民から見放された、自公政権支える麻生首相はようやくきょう解散を表明した。 来月30日投票に向け、各党は41日間の熾烈な戦いに突入した。 長野1区ではさっそく、山口押上で事務所開きを行った。 中野友貴副会長の開会あいさつは、北陸信越比例定数は11議席だが、日本共産党の議席は空席。 なんとしても勝ち取ろうと決意のあいさつ。 解散直後、国会から駆け付けた井上参議院国対委員長が情勢報告と訴え。自公政治への厳しい審判で、自公政治の終焉を・・・。日本共産党は、民主党政権の可能性もあるが、いいことはいい、いけないことはいけないと正し、また積極的に提案し、国民の暮らしを守る防波堤となる。それぞれの後援会や若者が決意表明をした。予定候補者「山口のりひさ」さんも『勝ちに行きます』と堅い決意。比例予定候補者「中野さなえ」さんも、決意を述べた。
2009年07月21日
86歳のKおばちゃんと懇談。91歳のお姉さんという人も同席。Kさんは、「私はまっすぐな性格。曲がったことはきらいだよ。」 そこで、「私も一緒。共産党は国民の願い一筋で頑張ってきた党です。」といい、派遣切りや西松のような金権腐敗とは縁がない。みなさんと同じ清潔な党だと話す。握手を求めてきた。しっかりと86歳のおばちゃんと握手。とてもその年には見えない、若く見える。別れ際に、「いいことしているんだから、健康でなくちゃダメだよ。いいことを広められないからね」と諭された。このおばちゃんは、赤旗しんぶん見本し見て「読んでもいいよ」と購読を約束。はじめての方だ。高齢だが、かしこく、進歩的な大先輩である。
2009年07月20日
○自民党支持者で、証券会社を辞めたという人懇談。宣伝聞いていたよ。その通りだと思うよ。 会社の関係で、自民党支持だった人は、「もう変わった方がいいですよ。自民党はあきました。」なぜ?と聞く。「ひどすぎますよ。高額な株主への配当をしながら、一番弱い派遣労働者を解雇はないですね」なかなか、辛辣だ。自民党をよしとして、長い間支持してきたのに、未練なく「さよなら」だから。自公政治に何の期待もない。都議選で厳しい審判受けるのも当然だ。午後駒沢団地で街頭宣伝「お茶懇」の仲間がいっぱい来ている。私が演説した後、10人くらいで次の演説場所までみんなで行進。迫力がある。支持者に激励になればいいと思う。
2009年07月19日
解散・総選挙が確定し、いよいよ、ラストスパートである。都議選の教訓生かし、総選挙で日本共産党と山口のりひささん勝利のために開いた決起集会。小雨降る中であり、大勢は来ないかもと少なめに用意した机と椅子が足りなくなり何回も追加しての決起の会場となった。総勢72人で会場がいっぱい。石坂県議が、幹部会声明と第8回中央委員会総会の決定を分かりやすく解明。自公政治への「審判」積極的提案型で具体的な政策実現を目指す。是々非々で行動。積極的野党。わかりやすい話で確信が生まれた。質疑と討論派遣切りされたS君が、決意表明した。派遣切り去れ、寮も追い出された。貯金も底が付き、ホームレス状態。毎日は、食べることばかり、こんな生活は、過ぎたことでしょうがないが、これっきりにしてほしい。お金がなくて、勉強できなければ職に着けない社会は変えたい。共産党については、怖いと思っていたし、勉強していないのでわからないことが多いが、みんなのために誠実の活動している。それで助けられた。選挙で勝つために頑張りたい。感動の発言であった。駒沢団地39回目の「お茶懇」に16人。参加者がちょっと多い今回だ。先日、長野県と懇談した内容を報告し、修繕の要望箇所をまとめる準備をした。7月18日 土京川の蛍情報。10時気温は低くかったが、蛍は数匹舞っていた。まさに、幻想的だ。ゆったりと、大きな光を放っている。源氏ボタルだ。最後の命を振り絞り、悠々と舞う姿は神々しいくらいである。数匹の蛍だが、娘は「すごい、すごい」と感動していた。
2009年07月18日
国の緊急経済対策野交付金は、長野市では約40億円。これまでにない、大形な予算である。しかし、使い勝手が悪く、交付金は国の足かせがあり自由には使えない。特に、一番求められている、緊急の雇用対策には存分には使えないもの。今回は、わずかに22人のみ。それも、半年間の雇用で、今の求職の実態には程遠いもの。派遣切りやハローワークの実態などを示し、今後、改善を求めた。小中学校や公民館への太陽光発電設置や、地デジ対応のテレビ設置、小中学校の耐震補強工事など予算化されたが、地元企業や商店に発注するようになっているのか、質した。基本的には、ご指摘の通り、地域の経済対策なのでそのようにしている、と答えた。7月17日 土京川の蛍情報。雨と風で周辺は寒さを感じる。もういないだろうと思っていたら、なんと、いるいる。ちらほらだが、しっかり光りを放って舞っている。6月の中旬から、約1ヶ月間飛び交っていた「蛍の光」もラストフライトだ。連休利用で帰省している娘が、蛍を期待している。赤旗しんぶん見て、注目している。
2009年07月17日
築50年近い市営住宅は障害者と高齢者が多く、7割を超える。今日の「お茶懇」には、この住宅ができた最初から入居していた人『主」のような方が2人参加。 12人のこじんまりとした『集い』。 最初に、要望や意見など寄せてもらった。・年金が心配・・・特別便来ているがよくわからず出してない。・1ヶ月も仕事なく、たいへんです。(大工さん)・浅川ダムはどうなっているの。・息子が派遣会社で働いていたが、心配で長野に呼び寄せ今何とか暮らしているが困った時代 です。などで、これらに基づいて話しはじめるが、話している途中から、どんどん、しゃべるので報告にすこしつまづ(原田)場面もありで和やかな「懇談」であった。石坂県議が国政や県政を語り、原田が市政報告を混ぜて「派遣切り問題など話す。最後に、「日本共産党への支持と、山口のりひささんを国会へ」で閉会となった。
2009年07月16日
JRは三才駅と北長野駅、私鉄は吉田駅と桐原駅で合わせて4か所で、チラシまきと街頭宣伝を18人で行った。 「応援しています。頑張ってください」の一声の激励はうれしい。 投票日までは、40日余り。 総選挙近しで、選挙活動は1年10か月続いた。 いよいよ、直近に迫ってきた。 共産党は、「元気に明るく、さわやかに」でやってほしい、と東京の娘から連絡がきた。 粘っこく頑張りたい。7月15日 10時 土京川の蛍情報。ふた夫婦が見に来ていた。「どうですか」「風と寒さで、下の方に少しいるだけですね」川沿いを下りながら、周辺を見回すも、確かに少ない。50メートル間隔に、4~5匹程度の舞いである。川沿い全体では、50匹もいないくらいに減ってきた。これから、来季に向け子づくりの準備にかかることになる。川にある木の枝や石の上などに、卵をうむ。しっかり観察し、実態を知りたいものだ。わが家のナス、今収穫真っ最中。わが家のナスは、今が最盛期。艶のよい、濃い紫色のナスは漬物、みそ汁の具に最高である。ナス食って選挙で頑張ろう。
2009年07月15日
都議選で日本共産党は、議席を13議席から5議席後退で8議席となった。 どう見ても残念な結果だ。 しかし、得票は70万7602票で、前回68万200票で、2万7千402票増やした。都議選直近の国政選挙である2007年参院選比例票と比較して、日本共産党野得票は各党の中で顕著に伸びている。共産党は比例票55万4601票で、都議選得票はそれを15万3001票上回り127,59%。自民党は減票し94,7%。。民主党は横ばいで100,1%。公明党も横ばいで103,5%である。日本共産党は、得票数で127、6%で貴重な前進・・・善戦・健闘である。市田書記局長のコメント「・・・議席を後退させる残念な結果になったが、得票数、直近の参院の比例票との対比という点では貴重な前進をつくった。この結果を踏まえて教訓を生かして総選挙で頑張りたい・・・」地域の会議でも、自民も民主もどうもといいながら「自公政治のあまりの国民離れのひどさ」が、「まあ一度はいいか」と民主への風が吹いた。落胆するほどでない。なかなか、気合いの入った会議であった。
2009年07月14日
都議選で「政権交代」という強風が吹きまくり、あおりを受けて共産党は苦戦を強いられた。 新人含む8議席は、前回比マイナス5議席である。 逆風だ。「自公政治への失望と怒り、『自公政治はごめんだ』という思いが民主党洗たくへと劇的に流れた」 日本共産党が訴えた政策は、老人パスの有料化、小児病院の統廃合、銀行経営の失敗、30人規模学級ゼロは全国でただ一つ、日本一の福祉は石原都政で最下位となった。一方で1メートル1億円の環状道路建設計画と、都民の納得や合意もない夏のオリンピックに立候補で莫大な税金投資はやめるべき。人の命や健康、暮らしに暖かい光を、安心と希望ある東京を・・・そのために日本共産党を延ばしてほしい、と呼びかけてきた。 政策は間違いなかった。 足立では新人が、厳しいたたかいを制し勝った。 わが党の政策を、多くの有権者に浸透させることができなかったことが悔やまれる。 日本共産党が直近の選挙で、「得票でも得票率でも他のどの党よりも前進したことは、総選挙につながる確信」である。 解散は7月21日、総選挙の投票日は8月30日と決まった。都議選の教訓生かし、比例は「日本共産党」で訴え尽くし前進したい。
2009年07月13日
1メートル一億円の道路建設、一方、福祉は全国最低。訴えたが、多くの有権者に届かず残念。総選挙の教訓にしなければと決意。
2009年07月12日
宣伝の後、訪問対話。「聞いていましたよ。その通りです。」戸を開けてあるので、結構家の中で聞いていることがわかった。90歳のおばあちゃんは、外で、植木にハサミを入れながら聞いていたようだ。赤旗読者のようで「新聞よく読んでいるよ。112歳の人も赤旗新聞読んで元気貰っていたようだね。私もあやかるよ。それより、こんなおばあちゃんにやらせないで、植木にハサミいれっててよ。」と調子よくいわれ、つい手伝うことに・・・。「選挙は大丈夫だからね。また来てやってね。ハサミ隠しておくから。」楽しいやりとりで、懇談となった。若槻支部は、新しい仲間が、事務所に集結。若さをいかして、チラシまきに大奮闘している。チラシを読んで、どうしてこのチラシを入れるのか。読みあって、意義を確認しあう。ほぼ完了だ。先輩たちは、電話掛けで頑張っている。昼の炊き出しは、支部の女性の皆さんの手料理。ご飯、冷や麦と、サラダなど数種類ものおかずがテーブルに並んだ。20代、30の代の若い者たちで、食いっぷりも気持ちいいほどだ。11日 土京川の蛍情報。午後8時日没から、30分くらい経つと蛍があちこちと舞い始める。いつもの2割ぐらいに減っている。それでも、長い川沿いの上流から下流まで、まんべんなく飛び交っている。8時前後、見に来る人の多いこと、驚きである。夫婦で来たというおばさんに、「こんばんは、ご苦労さんです。」と声をかけた。「すごいですね」と返事が返ってきた。どこから来ましたか。「所沢です」「埼玉の?・・・。」「はい」「蛍を見にですか」「そうです。息子が東長野病院に勤務していて、すごいので見に来たらと誘いがあってきました」そこで、これまで20年間、地域の人たちが力を合わせて、蛍を見守ってきたことを詳しく説明をした。「そうですか、それでこんなにいるんですね、大切の守ってください」とお願いされた。今日は、土曜日とあって、家族連れでひっきりなしの観賞者でにぎわっている。100人を下らないのではないか。蛍の名所になった感じだ。ある地域にはいり対話をし、土京川の蛍についてのっている「赤旗日曜版」を見せると、「聞いています。行きたいと思っています」など、結構知れ渡っていることがわかった。まだまだ、続くかもしれない。
2009年07月11日
38回目の「お茶懇」で要望が出た、県住の修繕と建て替え問題で県と懇談会を開いた。 石坂県議、私(市議)と含めて14人参加した。 県道の拡幅に伴い、県住5棟を壊すことになる。これを機会に、棟の建て替えが必要となってきた。平成23年度までに道路拡幅の着手を予定しているとのこと。それまでに、建て替えの住民意向調査と説明会を行うようだ。また、修繕などについては、まとめて提出してくれれば改修工事をするとの答弁をもらう。意義ある懇談となった。午後は7時から、駒団第一団地の2回目の「お茶懇」を開催し、17人が参加。初めての人が5人も来てくれた。地域の要望もたくさん出された。第一と第二団地の交流会にもなり有意義な「お茶懇」であった。10日 土京川の蛍情報。9時 現場へ到着。おや子連れなど、幾人も暗い農道を下り、現場へ向かっている。今晩は、意外と少ない。そろそろ、命に限りが来ているのかもしれないが、それにしても、寒い日だ。そのせいで飛ぶことを遠慮しているかも?。それでも、元気に飛び交っている光景は見ていて飽きない。さすが、源氏ボタルだけあって、数は少ないが放つ光は大きい。百匹ぐらいか。4~500メートル程の川沿いに、まんべんなく舞っているから見事だ。生い茂る高い樹木のおかげで、蛍は安心して高々と舞っている。頑張れ蛍。
2009年07月10日
使用料を収められず、電気・水道が止まっているNは50歳代。周りから、おにぎりなど食べ物をもらって生活していた。あまりにみじめなので、暮らしの面倒を見ているWさんから連絡があり、生活保護の申請に行く。今日で2回目。生保の決定が約束されていたにもかかわらず、連絡もせず約束を破り役所に来なかった。その時の経過を説明し反省。改めて、申請し受理された。9日 土京川の蛍情報。午後9時ごろ現地へ。元区役員など知り合いがいっぱい来ていた。若干、蛍を守ってきた経過などを説明し、帰ろうと思ったらかなり遅くなって、和田県議はじめ党の仲間が見にきた。一緒にお付き合いし、下流まで行く。元気に舞っている、ほたるを見て「すごい、すごい」と感激している。最盛期の5分の1ぐらいに減っていたが、それでも、幻想的で優雅な舞いに「驚き」の声を上げている。中御所から来たという二人の女性も、「こんなにいる蛍は初めて、うれしいです」と俳句作りのため来たと言って喜んでいた。そろそろ、蛍も寿命か。舞いを見るのは、あとわずかかもしれない。
2009年07月09日
産業振興対策特別委員会は、観光、商工業、農業などを担当している。 すでに、商工業分野ではほぼ1年間審議し、委員会として提言を作成し当局へ提出した。 今度は、農業分野で振興策を提言しようと今日から審議に入った。 農地対策、労働力対策、農作物支援対策、農地流動化対策、助成制度の充実などの対策など総合的に議論を重ねた。 農地法改悪問題と、企業参入問題、放棄地が増え農業離れする根本原因の所得や価格保障問題、長野市の主要農作物の米とリンゴについての特別対策、後継者問題、ブランド問題や輸入を増やす問題など議論。長野市は、販売農家が6800世帯あるが、このような農家への支援策が重要だ。徳農家を作り支援することを否定しないが、家族農業など圧倒的農家支援策を講じないと、耕作放棄地は増えてしまう。さまざまな、角度から議論した。今後、4回ほどの委員会が開催予定となっているが、先進地農業や農業振興条例など勉強し、長野市でも、その方向性が打ち出されれば最高である。8日 土京川の蛍情報。午後10時30分 会議後の観察となった数人が橋の上からのぞいている。 8時から9時頃が最高の見どころなので、10時半は遅すぎる。蛍も飛び疲れてか、いつもの3分1程度の舞いである。それでも、繁茂し高く伸びている木々をぬって、光を放って飛んでいる。200匹ぐらいか。 宮崎市議も、「百聞は一見に如かず」と、私の話を本気にしてか、土京川の蛍の現地調査となった。 11時近く、宮崎市議から電話がきた。 「すごいなあ、大したもんだ。一番下流まで行ったがそこがまたすごいよ」と驚いていた。 「知り合いのKさんもグループで見に来ていたぞ」と知らせてくれた。まだまだ、観賞は大丈夫だ。専門家的には7月いっぱいは、いいのではといわれている。御覧ください。浅川の蛍とダム建設。 ある二つの小学校が、浅川に飛び交う蛍の「見る会」を行い、さらに、公民館に「長野蛍の会」の役員さんを招いて、学習会を開いた。 そこで、先生が、この蛍は、上流にダムができれば生息できなくなるかもしれないので、ダムは造らない方がいいのではと言われたという。 PTAでは蛍を守り、子どもたちに受け継いでやりたい。 そこで、ダム建設反対の声が生まれているという。 ダムは、河川の自然環境を壊すことは以前から言われていることだが、浅川の穴あきダムに対して、専門家がダム建設ストップを示唆したことは重い。
2009年07月08日
自民党は変えないとだめだな。献金政治はやめさせないと。そこが一番いけない。共産党は清潔だから、一番がんばらないと・・・。期待と、激励をもらった。7日 土京川の蛍情報。 9時過ぎていた。今日も川へ出かけた。どういうわけか、蛍が迎えに来てくれた。いやに元気がいい。川から遠く離れ、高々と舞っている蛍は初めてだ。人間には少し蒸し暑いが、蛍にとっては一番元気の出る陽気なのか。野々村議員が長男夫婦と見に来てくれた。みんな、「すごい、すごい」と感嘆していた。
2009年07月07日
『首都のど真ん中に「派遣村」こんな国は、日本だけ。ヨーロッパではありえません』『弱肉強食、貧困と格差を作りだした財界・大企業中心」政治切りかえる時ではないでしょうか』『日本の進路が問われている選挙です』中略「自分の気持にぴったりのビラだ」と早朝5時からまいてくれた。3日前、議員控室に駆け込んできた59歳の人だ。生保を取り、住宅を確保、蒲団や食べ物を用意し、蒲団にくるまって休んだ。ほっと一息つけた。昨日は、チラシを読み、赤旗新聞を紹介し共産党のことを話した。総選挙で共産党を勝たせたいと、宣伝カーに乗ってもらい宣伝に出かける。 旗を持ち、私の演説を聞き終わった後「その通り、なんだか政治に燃えてきた」と感想を述べる。 明日も、朝からまいてくれるというからうれしい。 しかも、自分の気持とぴったりのビラだから苦労だが頑張れるという。 総選挙で、日本共産党を伸ばし「派遣制度なくし、正規雇用があたり前」の政治にしなければと決意している。6日 午後9時 土京川の蛍情報 4~500匹程飛んでいるか。 活動終了後、事務所で電話掛けしていたMさんと蛍の観察にいく。 風もなく、気温もあがり、蛍の飛び交うには絶好の日和だ。 舞ってる、舞ってる。 今日もすごい。 見に来ている人も、入れ替わり、次々やってくる。じっと見ている御夫婦に話しかけた。 すごいですね。大切にしたいですね。どうしてこんなにいるんですか。と聞いてきた。20年以上、蛍と付き合ってきたこと。絶滅寸前の蛍を守るために力を尽くしてきたこと。土着の蛍であること。などを伝えた。感心しますね。『赤旗』しんぶんに載ったそうですね。それを聞いてきました。もっぱらの評判ですよ。うれしいことを教えてもらった。ふた組の若いカップルがじっと見ている。信濃町から来た二人「近所にも舞っているが所があるが数匹ほど。比べ物にならない。」と感激している。 地元上野の26組から来たという、カップルも「すごいですね。近くにこんな素晴らしい環境の川があるなんて、うれしいです。」と。そこで「毎春に川の清掃をしているので、来ませんか、連絡しますよ。」というと「やりたいですね」と返事を頂く。守ってきてよかったと痛感。蛍よ、頑張れ 元気で長生きしてほしい。土着の蛍よ。
2009年07月06日
選挙勝利目指して、事務所は炊き出しもやり盛況だ。ビオラ折はすべて新人がやってくれた。今日は暑い中のビラ配布。夕方は、街頭宣伝をやり、新人が私の隣で旗もちをしている。生まれてはじめてのこと。内容を聞いていて、「政治に燃えてきたようだ。」と言っていた。5日、蛍情報大雨の後で心配したが、今晩も元気に飛び交っている。ご近所から、大勢来ている。「素晴らしいですね、感動です。守りたいですね」「家にまで蛍が舞ってきたよ」近くで、誰かが「蛍を守って努力して来た人たちがいるんですよ」と話している。うれしい。
2009年07月05日
「蛍を見る会」のため、昨日と今日宣伝カーで呼び込みを行い準備をしてきた。ところが、5時頃から土砂降りとなり心配したが、雨は止んでくれた。時間になっても集まりはいまいち7時30分、公園で開会式を行う。徳嵩後援会役員が司会で、会長の中野さんが挨拶石坂県議も駆けつけ、あいさつしてくれた。「・・・集中豪雨で斜面が崩壊し、改修工事が行われることがわかり、蛍の生息できる工事をしてほしいと建設事務所に陳情し、石積み工法で改修された。以来、蛍が守られた・・・」ことを報告してくれた。私も、ひとことあいさつした。「・・・「見る会」は22回を迎えた。この間、年によっては蛍は5匹・6匹と、絶滅の時期もあった。そんなときの平成6・7年、梅雨前線集中豪雨による斜面崩壊があり、土京川の上に建てられていた家が心配となった。そこで、一刻も早く斜面の補強と合わせ、蛍の生息できる改修工事をしてほしいと、石坂県議とともに建設事務所に陳情した。そこで、建設事務所は、上田の蛍を守る会の役員さんに依頼し、職員とともに、党後援会や子どもさんたちといっしょに、蛍の幼虫を捕捉し上流に放流し、改修工事を行った。このことがなければ、絶滅していたかもしれなかった。この時の陳情と県の配慮が今の蛍の原点である。また、4~5年前までは、土京川は、ヘドロで臭くてひどい環境であった。それでも、蛍は一生懸命に生きようと懸命であったと思う。同時に、毎年、川の清掃をしてきた。さらに、下水道が整備され水洗化が始まり、川がきれいになってきたから、蛍の餌であるカワニナが繁殖し、蛍が一気にふえたもの。いまは、全くにおわず、川底も砂利できれい。蛍の生息環境が抜群に良くなってきた。6月19日には5~6匹程が、20日には50~60匹ほど、翌日は差100匹から200匹。7月に入り500~600匹ほどに。蛍の生息環境に欠かせないのは、水・土・空気(酸素)の三要素でこの川はこれがそろいつつあるから蛍が息づいている。みんなで川の環境を守るために力を尽くしたい。今回、区長さんも気遣ってくれ、清掃の協力から、草を刈ったり、車進入禁止の看板を用意してくれるなどしてくれた。みんなでこの川を守ってほしいし、蛍の保護地区にしたい。最後に、赤旗日曜版の「源氏ボタルと共産党」を紹介。黄緑の日本共産党「山口比例」の桃太郎ハタと原田のぶゆきの旗を先頭に現地へ。現地では、すでに参加者もいて200人を大きく超えている。蛍は、最高の舞いをしている。子どもよりも、大人がすごい「初めて、感激だわ」とWさん蛍を守ってきた経過を、ハンドマイクで一言。中野会長は、子どもたちに蛍のクイズを出していた。4日は、大雨であったが、雨も上がり気温も少しづつ上がり、蛍の飛び交う環境が整い500~600ほど。石坂県議は、「ざーと数えて1、000匹はいるんじゃない」と言っていた。
2009年07月04日
野々村議員から緊急の電話が入った。「反貧困ネットの事務局長から、救ってほしい労働者がいるので控室に行ってほしい」と。やれやれ、またかと、手短に忙しい仕事を済ませ、市役所へ向かう。すでに、ある記者と一緒に来ていた。早速、事情を聴いた。生まれたのは長野市の篠ノ井。仕事仲間のために、80万円の保証人になったが、トンずらしてしまい、闇金に300万円むしり取られた。怖くなって、九州にいる友人の会社で働いていたが、倒産。山梨へ行き、さらに長野へ戻ってきたのが6月の28日。以来、必死に就職探ししたが、ままならず、不安になり篠ノ井の厚生課に行くが、ハローワーク行けとけんもほろろ。にっちもさっちもいかず、死ぬことしか考えられなくなってしまったという。一度は、線路の傍らに立ち飛び込もうとしていたところを、運転中の機関士が発見、警笛をうるさいほど鳴らしはっと我に帰る。再び、職探しに専念するが、やはり見つからず。これが最後だと、焼肉弁当を買ったが、食べたられなかった。硫化水素でと洗剤を買い込み、いつものところで宿泊中、記者に救われ党の控室に来たわけだ。早速、住宅確保と生活保護の申請をする。つなぎ資金1万円をもらって、借家に直行した。ふた部屋があり、なかなかきれいな部屋だ。大家さんと仲介屋さんが親切に対応してくれたおかげで、今晩から布団でゆっくりと休める。Nさんと同行してきた記者は「すごいことです。住宅確保まで、たった5時間、今日はできないと思っていたのに、感服です。」驚いていた。それにして、小泉構造改革による、規制緩和のひずみは方々に噴出している。このNさんも、「もっと早く共産党や反貧困ネットを知っていれば、親友の二人は自殺しなくて済んだのに。」と悔やんでいた。まさに、貧困なくし 平和な日本 いまこそ 日本共産党である。総選挙で、日本共産党の必勝へ全力投球である。7月3日 土京川の蛍情報雨の夜10時舞っているはずのないことを承知で、川に出かけた。なんと、多くはないが、それでもざっと数えて200匹前後は飛んでいた。土着の蛍の強みを発揮している。雨のなか、光を放って舞っている蛍は感動ものだ。明日は、「蛍を見る会」だが、天気予報は雨になるらしい。しかし、雨の今宵も蛍が飛び交っているんだから『雨降っても開催』である。宣伝カーで地域をくまなく呼びかけで回った。 「赤旗」しんぶん日曜版3面に「土京川の蛍について」掲載された。源氏蛍と共産党 市役所で職員に配布しながら知らせた。注目してみていた。
2009年07月03日
街頭宣伝をした後、ご近所を訪ねた。宣伝していましたがどうでしたか。 「聞いていました。でも、政治のことよくわかりません・・・。」子育て真っ最中の若いお母さんである。 乳幼児医療費など政治は暮らしに直結しているんですが、と聞いたが、反応はイマイチ。 浅川ダムはどうですか。「どうなるんですか。」地すべり地帯で、活断層も走っている危ないダムですよ。この近くのお母さん達は、最近になってダムの危険性を知り、反対の声を上げ始めているんですよ、というと。「そうですか、ムダなダムに税金使うよりも、福祉や教育にまわしてもらいたいですね」といってくれた。自民党はもちろん、民主党の議員さんも浅川ダム賛成といっている事を伝えると、そうですか。わかりました。との返事が返ってきた。7月2日 土京川の蛍情報今日も昨日と同じで、寒さを感じる。蛍の舞っている数が少ない。多い時の半分。それにしても、友人同士、家族ずれなど40人ほどの人たちが見に来ている。「原田さんかね、すごいですね。驚きです。こんな場所にこれほどの蛍が出るとはねえ」いつもの半分程度だが、想像を超えた蛍の飛び交う様に、ただただ『すごい、すごい』の連発。大人達は、百聞は一見にしかず、この蛍の舞を見て驚嘆、「癒されたよ」と言う。地域以外の遠くから、わざわざ見に来る人も多い。蛍の保護地域にしたい。
2009年07月02日
中野さなえさんと、地元を訪問・対話したが気合いが必要だ。「自公はダメ、今度は民主党だねえ。」結構根強いものがある。時間をかけて、じっくりと聞きながら、話す。手間のかかる、活動である。頑張らないと・・・。土京川の蛍情報 7月1日今日はかなり寒いので、出具合が心配であった。案の定、昨日の半分程しか飛び交っていない。それでも、元気に光を放ち舞っている。
2009年07月01日
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