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17世紀には、世界の人口は5億人ほどだった。そして急激に増加した。20世紀初頭では3倍にもなった。南北アメリカ大陸とオーストラリアでは増加の速度が加速した。多くのヨーロッパ人が故国を離れ、人がいなくなった。これらの大陸に移住したからだ。併し、にも拘わらず、ヨーロッパの人口は3倍にもなった。アジアの人口も3倍なり、アフリカでも1千万人以上の奴隷船に乗せられて連れ去られたが、人口は増加した。第一次世界大戦の前で、世界の人口は15億人を超えていた。 出生率は殆ど変わらなかったが、子どもが幼いうちに死んでしまうことが多かったので、どこの国も出生率は高かったのだ。人口の急増は出生率が伸びたからではなく、死亡率が下がったからだった。世界の人口増加が始まって数百年の間に、どの大陸よりもヨーロッパ人の人口が多かったのだ。ヨーロッパに住む人びとだけでなく、大陸に移住した人びと、またはその子孫を合わせると、ヨーロッパ人の総人口は5倍に増加したことになる。 人口の急激な増加と産業革命は略同時期だ。二つの事実の相関関係はあると考えるのが普通だろう。それは単に生活が豊かになった事だけもではない。かってペストで数百万人も死んだがその原因が分からなかった。生活が豊かになり、医学が進歩したことが人口が増えた原因だろう。 いまや世界人口は、既に70億人を超えている。打つ手はあるのだろうか。勿論あるにはあるが、それを自分たちの問題として取組まないだけだ。
2013.04.30
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ローマのパルティザンたちにとって、戦いは孤独であった。いつも孤立して戦うしかなかった。全市をドイツ軍に包囲され、外から武器ははいってこなかった。武器を調達するにはドイツ軍から命がけで奪うしかない。その陰で犠牲者も出た。「われわれの愛国心というものは、レジジステンツァ(抵抗)にのみ見出される」とカルテ・カッポーニは言った。 「1944年3月23日午後二時過ぎ、市内中心部のラセッラ街で、大音響とともに爆裂音が轟いた。ナチ親衛隊156人は爆発とともに吹き飛ばされた。血の海になった。道路の両側の建物の窓ガラスは壊れ、親衛隊33人が死んだ。重軽傷は約70人だった。犯人は医学部学生と恋人の女性で、テロリストと多くの事件に関与し、大胆不敵な行動だった。」 激怒したヒットラーは「ドイツ兵一人に対しイタリア人50人処刑せよ」と厳命した。しかも24時間以内に! ゲシュタポも「1人対50人とは!」と絶句した。やがて「1人対10人」の実行命令に修正された。 処刑場は、「アルデアティーネの洞窟」だった。集められた処刑者は一人ずつ後手に縛られた。その時になってはじめて、集められた人々は、ここで何が行なわれようとしているかを知ったのである。やがて五人ずつの一団が次々へと洞窟の中に連行され処刑された。一つの洞窟が一杯になると別の洞窟で同じように処刑された。全員の銃殺が終わったのは、24日夜の8時過ぎであった。洞窟の入口は爆破して塞いだ。それから40日後、ローマに連合軍が到着した。事件発覚は、偶然洞窟の死角で目撃した農夫によって齎された。証拠隠滅は徒労に終わった。痛ましい犠牲者は、335人だった。 親衛隊のカプラー以下76人が処刑したという。犠牲者の最高齢は75歳、一番若い者は14歳の少年だった。一人ひとり脳天に銃弾が入るような角度で発射した。カプラーが指示した通りの方法だった。14歳の少年が引き立てられていく時は、パパガッロ神父が少年に頬ずりして抱きしめた。神父は声を詰まらせながら泣いていた。ほかのひとたちも泣きながら見送った。 ローマ占領司令部は次のような発表をしている。 「パドリオ政府の反ナチ・ファシスト一味がラセッラ街でドイツ軍に対し暴虐無類の事件を起した。ドイツ軍はわが方の死者一人に対して共産主義者十人を処刑するよう命令を受け、これは実施された」 イタリア国民は、この事件にも怯むことなく、反ナチ・ファシズム活動を展開した。そこに抵抗運動と、パルティザン運動というものの真髄がある。その闘争の形式は、まずテロであり、ゲリラであり、さらにはパルティザン闘争だった。戦争は人を狂気にしてしまう。そしてふつうのひとでさえ、とても考えられないようなことをしてしまう。男も女も同じだ。こどもたちも狂ってしまうのだ。ネズミたちの集団暴走が起きてしまう、
2013.04.30
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辛辣な目で国際社会は日本人を見ていることを忘れている。墓穴を掘るようなことばかりしてはいないか。アジア人に何ができるかと思われてもいる。厳しい批判的な目で見られている。好意的だというのは一部のことでしかない。相手に付け込まれるようなことばかりしている能天気が、これまでなんと多かっただろうか。いまだにいる。なぜか。やはり認識の甘さだろう。 ・裏と表を使い分ける世界を渡るためには、それだけの準備も必要だ。安易に出かけてしまう。相手がしくじるのをじっと辛抱強く待っているのが、欧米の戦法なのだ。襤褸を出したものが負ける。あと1%で、いつも負ける。マラソンは35キロ過ぎてからが勝負だという。中国は、中華思想を棄てなければ、世界のリーダーにはなれないだろう。人口で決まるのではない。 ・へ2・・・普遍的論理を世界に示せるかだ。生存競争に勝つために一番必死になっているものの中から次代の道が拓かれるのだろう。日本の政治家たちが恥を晒している。3.11も2年も経過して収束させられないのに。周辺諸国から足元を見られ始めているというのに、まだ大きな顔をしたがっている。国会議員たちの靖国参拝もとんちんかんだ。
2013.04.30
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" Where both deliberate, the love is slight, Who ever loved, that loved not at first sight? " 当事者があれこれと思いわずらうことではない、その恋はとるに足りない。 今まで恋をしたもので、一目惚れでなかった試しがあろうか? 「一目で恋をする」のが伝統的な恋なのだ。シェイクスピア「お気に召すまま」では、男装したロザリンドを一目で愛したフィービーの台詞「死んだ羊飼いさん、やっとわかったわ、あんたのことばが、(まことの恋をするものはみな一目で恋をする)ってことが」。 スペンサーは、「愛というものは、一目見てすぐに燃え上がるような、それほど軽々しいものではない」(「美への讃歌」)というのもあるから、どちらが真実だろうか。恐らくどちらも本当なのだろう。それは「ケース バイ ケース」。 女子大の文学講座ともなると「恋愛』もメインテーマになる。
2013.04.30
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生命が沸き立つ様な自然だと思う。この微風は人工ではできないしできたとしても莫大なコストがかかるだろう。ひとの体もばらばらにしてしまえば何のことはないありふれた物質であり臓器でしかない。併し創造するとなるとそうはいかない。それこそ21世紀の科学をしてもちゃちなロボットしか創れないではないか。 今の自分にはくだらない人生だと思えるとしたら、自分が低俗な観念しか持っていないからだろう。周囲にあるものから作り出してこの社会を造ってきた。今あるものから明日の為になるものが必ずあると信じようではないか。それがたとえ挫折したとしても、それはただ私たちが未熟だからであって次代のものたちがうまく遣るだろう。それだけのことでしかない。自分のものであって自分のものではないのだ。世界はみんなの為にあり、次代は子孫のためにあるだろう。この美しい自然を残したい。何故ならそこから湧いてくるものは未来を指してもいるだろうからだ。 自然の中から生まれた種としてのヒトは、自然の調和を破壊することは自滅に繋がるだろう。植物と昆虫と鳥や動物たちと共存する道を選択すべきだし、ミクロコスモスに棲む無数の微生物を絶滅させては生き残ることなどできはしないのだ。私たちが眼にしている風景や光景はただものではない。数十億年の歴史があって造り上げられたものでもある。 重力に耐えて生きている生命のエネルギーは、まさに芳醇な春を奏でている。
2013.04.30
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福岡市の日照時間と気温 年月日 曜日 日の出 日の入り 気温2013/5/1 水 5;30 19;00 12ウオーキング歩数累計 年月 歩数2008年4月 258,1242008年5月 461,5052008年6月 454,8282008年7月 492,0532008年8月 479,1752008年9月 607,6122008年10月 635,3992008年11月 562,3742008年12月 629,7232009年1月 628,6032009年2月 587,3912009年3月 700,3662009年4月 686,1262009年5月 704,5172009年6月 610,3922009年7月 646,1262009年8月 655,7422009年9月 682,6472009年10月 749,5922009年11月 682,1702009年12月 683,6812010年1月 675,5252010年2月 637,7272010年3月 735,9032010年4月 778,0752010年5月 814,5472010年6月 780,4072010年7月 748,6432010年8月 733,6652010年9月 706,6562010年10月 714,4282010年11月 646,6982010年12月 635,0042011年1月 715,5612011年2月 573,7362011年3月 725,1582011年4月 941,2202011年5月 980,2302011年6月 804,4172011年7月 712,5012011年8月 647,7442011年9月 601,6442011年10月 663,0432011年11月 620,0432011年12月 655,2102012年1月 673,6212012年2月 616,3452012年3月 604,5632012年4月 704,4482012年5月 750,8302012年6月 624,7132012年7月 677,5562012年8月 631,0982012年9月 619,3212012年10月 641,2552012年11月 613,8592012年12月 630,9422013年1月 633,1002013年2月 583,7572013年3月 658,1792013年4月 625,075歩数累計 40,134,593日数 1841日場所もわきまえなず、また東京都知事が失言をした。命がけで戦っているひとびとのまえで「喧嘩」は、あまりにも心無い発言だし、あるまじきことばにきこえる。だから文化の低い日本人として紹介されたのだろう。然も東京都知事だ。あほらしい。Olympicを開催する資格はない。
2013.04.30
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小さな勇気 社会に出れば思いがけないことばかり起きる。自分の常識の範囲だけではない。今度の高速道の居眠りによると思われている大事故も、これだけの死者を出して、あとからでは遅いが、人間だから疲労あるし、病気もあるだろうが、原因はそれこそ色々考えられるが、それが何だとしても、要は起きる前に何ができるかでもある。そうなると分かっていれば、運転などしないだろうが、もし、「どうしても眠いので一時間でも眠らせてくれ」と運転手が言っていたとしたらどうだろうかと思うとそれができたのだろうかと思わないでもない。 ・クビになるかもしれないが、自分が運転したら危ないといえるだろうか。そういうことの言える社会環境があるだろうか。間違いを起こしてから後悔しても遅いのだ。冷静な判断が要求されるときに、まともに行動できるか、それが社会人の責任でもある。長距離のバス運転の600km迄は、一人運転を認めるという根拠は何だろうか。ひとの体調だけではなく、脳のこともある。ひとにはサドンダイもある。 ・へ2・・・危険を回避するためにしなければならないことは多い。山登りの、途中で引返す勇気は、一般の社会の中でもあるだろう。それを社会が理解することではないだろうか。運転手も人間だし、気分が悪いから会社を休みたいと言えば、クビにも為る。この就職難の時代に簡単には退職もできないこともあるが、一つ間違えば他人の命にもかかわる。小さな勇気を持つのは難しいが、やはり必要だと思う。
2013.04.30
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覚悟しておくこと それができるか?が問題ですが、最悪のケースを覚悟して措く、ということは言える。この年齢になってそれができないのは可笑しい。勿論そう思う根拠が問題ではある。中年までであれば、そこまでの必要はないかもしれない。それでもサドンダイもある。若いから大丈夫なのではない。50歳までしか戦前は平均寿命はなかったのだから、その頃の、年齢についての意識は随分違っている。庶民の社会に対する意識もかなり違っている。 ・ドラッガ-が、「最悪のケースを・・・」と云ったのは、「パニック」にならないためだ。ひとが過ちを冒すのは、大抵は、パニックを起こしてしまうからだ。普段は冷静な人も、追い込まれると弱いのだ。保身のためにすることが、世間から非難もされる。みな同じでなければならないのが公平のルールであり、最低限のけじめもある。国家が社会のために死ねと命令されたら、「あなたは死なねばならない」のが社会契約論にある。 ・へ2・・・果たして、どれだけの覚悟があって日々を暮らしているだろうか。その覚悟は、「ある時と、ない時」があるのでも困るが、実はみな、その時次第なのだ。ただ、できるかどうか解からないが、そのつもりでいなければならない。自分の心の油断をしないことでもある。出来ることとできないことがある。それは精神を鍛えておくことでもある。今日死ぬかも知れないと、仏教は教えている。明日から5月になるが、私大の講座の予定も分かったので、カレンダーに予定を入れたが、12月まで、いつものような講座の予定になったようだ。遊びもあるが、学ぼうと思えば、できることもある講座だと思う。どこまで受け入れてくれる社会だろうか。
2013.04.30
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明日から芳しい5月「芳しい5月」を生きることのできる人は幸いだ。「芳しい5月」なのだから、そうしないのは自分たちのこころでしかない。何処を向いても芳しい季節なのだから・・・。春は盛りの5月。誰も反論しようもなく、その時は「芳しい5月」。 子孫を残すという崇高な目的の為に勇気をふりしぼる。その願いは必ず叶えられる。だから今ここに私たちはいる。 猫白血病ウィルス感染症(FeLV)猫は、どっこい運命に耐えている。猫たちにも紛れのない「芳しい5月」だ。 それでもいい。今日は、五月の朔日、どっと暑さが増すだろう。花たちも春の暖かさを待っていた筈だ。動物や昆虫や植物たち、無数の微生物たちがいる。名前さえ知らない生物たちが地球を守り、生物全体を生かしている。 「芳しい5月」は、それに相応しいものたちのためにある。
2013.04.30
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どうも「僕」と言いたくない。「僕」は「しもべ(下僕)」のイメージが強いからだ。何か諂いの意味あいが強いことと、絶対服従の宗教的な感じがする。「世界観」というのも少し大袈裟だろうか。単に物の考えかたでしかない。況や自意識過剰で言うつもりもない。どうも舌足らずの言動は誤解を招き易いだろう。古来日本語は、地位の表白でもあった。封建社会が長かった所為でもある。自分を「朕」ということばは、その人の社会的地位を指していた。そのことばは天皇以外に使ってもならなかったし、同じようなことばはいくつもあり、決まり文句で、ことは進んでいかなければならなかった。議論の余地さえなかったのだ。 民衆に言語が自由になったのは戦後からでしかない。併し、本当に民衆が言語を自分のものとし、多くのスキルを経験しその価値を充分活用しているだろうか。それは甚だもって疑問だ。ひとつひとつの言語の語彙が個々人で概念が違ってもいる。それこそ「バベル」ではないが、同じ日本語でさえ意思の疎通ができないで苦しんでいる人びとが沢山いることだろう。 同じ生活レベルだから人間も同じ意識なのでもない。同じ花をみても受け取り方は様ざまでしかない。どこからみても恵まれた人たちが脆くボロボロと破綻してもいる。経済面だけでなく精神面で人間性を喪失していく現象が顕著でもある。また日本でもスラム街ができるのだろうか。ワーキングプアという人びとが増えることが予想される。格差社会が顕在化するだろう。 子を棄て、親を棄てる人たちは、やがて弱者の切捨てに賛成するだろう。多数決ですべてを進めていけば、少数者を抹殺することにも反対しなくなるだろう。それを繰り返していけば残るのは、世界中で、僅かなひとたちのグループになってしまうに相違ない。そして絶滅するだろう。 私の世界観は、これからも変わっていくに違いなく、・・・ただ、それだけに過ぎない。
2013.04.30
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世の中、「ああぁー、いいやつぁー、早死にする」らしい。日本だけかと思えば、どこの国でもそう思うひとがいるようだ。それは、誰もが抱く想いでもあるのだ。自分の周囲を見回してもそういえることばかりだろう。遠慮し過ぎていたのだろうか。ふてぶてしい連中が長生きするので世間は世知辛くなるばかりだろうか。勿論妄想だろうが・・・。 心の優しい人は、いなくなってしまって我利我利亡者ばかりになってしまったら、どんなにか暮らし難いことだろうか。でもそれを許容する現代社会ではないだろうか。他人よりも好いサービスを望むものが多いのではないか。他人より少しでも好いものを、豪華でいたいと内心思っているのではないか。それを増長する商業主義が闊歩しているではないか。 寧ろ謙虚にあろうとするものが社会の隅に押しやられ悲涙むせんではいないか。太った豚が痩せたソクラテスを虐げてはいないか。そういう社会を世間が黙認してはいないか。 朝から、ヨーロッパの古城のDVDを愉しんでいるがルートヴィヒ二世のノイシュヴァンシュタイン城が出てきたが、彼の遺言は「私の城は神聖であり、私が死んだら破壊して、民衆に見せるな」というものだったらしい。何と傲慢な男だろうか。残った城は美しくても城主がそうとは限らない。そういえば41歳で早死にしたからといって、好い奴とは限らないということか。 他人からよく想われたいと想うことは悪いことではないが、そのために早死にすることはない。遠慮することはないのだ。他人に迷惑をかけてもそれだけの報いはたっぷり払わせられるだろう。ひとは相応な人生を生きることになるからだ。人生には王道はない。たとえルートヴィヒ二世といえども自分に相応しい悲劇的な最期であろう。シンデレラが住んだかも知れないお城も彼は100日か住まなかったし、民衆は、いまでも観光地として世界で最も美しい城として人気がある。「(新しい白鳥の城) 美しいノイシュヴァンシュタイン城」として。
2013.04.30
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やはりモンゴルの歴史は、壮大だ。中世の暗黒時代を読んで人間の残酷さを思ったが、モンゴル軍の殺戮の遣り方も無残としかいいようがない。それでも強かに生きて来た人類とは何ぞや、といいたくもなる。チンギス・ハーンから、世界制覇のための長い遠征と時間の経過と激しい無数の虐殺があり、長い戦いの果てに、フビライがついにアジアの最強の男になる。 しかし、フビライには各地のハンを招集したクリルタイで公式に大ハンの称号をうけ、正統の大ハンになったのではなかった。それぞれが広大な領土をもつハン国は、独自の道を歩みだしていた。かってのチンギス・ハーンの統合された帝国ではなかった。ペルシャに侵攻したフレグの大遠征が、大ハーンの名においておこなわれた帝国最後の軍事遠征であった。 フビライは、実質には大ハンではなかった。現実にはキプチャク・ハン国とチャガタイ・ハン国は、フビライの手から離れていたのだ。フビライの頭は中国統治で充たされていた。中国におけるモンゴル人は略数十万人で、中国人は数千万人に達していた。非中国人による露骨な人種差別政策によって成立したのだ。 やがてモンゴル帝国の長が世界の大ハンとして君臨する時代は、二度ともどることはなかった。大ハンによる世界制覇の夢は消え去り、東洋は長い眠りの中につくことになるのだ。 そして、やがて農民反乱軍が統一された蜂起軍となり、元朝をつくがえし、モンゴルの中国支配を終わらせた明国が建国された。 モンゴル軍がヨーロッパにのこした最後の遺産のひとつが、1346年、おそるべき悪疫だ。ヨーロッパに黒死病というペストの嵐が吹き荒れたのだ。人口の三分の一が死んだという。同じ悪疫が中国にも襲ってきた、元王朝が終幕をむかえようとしていた、まさにその時だった。歴史は、奇妙な出来事を引き起こすものだ。チンギス・ハンの死も、オゴタイの死も戦略上の劇的な大転換を引き起こしている。
2013.04.30
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今年ももう一つの私大から講座の案内が届いたので、早速メールで申込をした。今年は講座が増えて、私大は5コースになりそう。去年と同じエクササイズもある。近いし、駐車場も広いので、便利でもある。学内カフェでティータイムを楽しめる講座もあるが、これは定員が少ない。1コースで7回の講座があるので、かなり増えそうだ。女子大の講座が減ったのでその分余裕がある。 ・「学ぶ楽しさを見つけよう」というスローガンが書いてある。費用も廉価だ。参加しやすいように考慮されている。この大学のいいところは、現地学習があることだ。今年は、2階で小石原焼きと矯正施設等。気楽に行けるところもいいと思う。 ・へ2・・・勉強をした人には、それなりの場所もあるが、可能性を伸ばせるチャンスを誰に対しても与えてほしいものだ。
2013.04.30
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2013年4月歩数実績 年月日 気温 起床 歩数2013/4/1 月 7 3;15 23,7542013/4/2 火 14 2;55 18,5132013/4/3 水 12 3;45 23,2172013/4/4 木 10 0;47 17,8842013/4/5 金 12 1;35 20,2882013/4/6 土 14 2;59 7,0422013/4/7 日 10 3;55 6,5812013/4/8 月 7 2;25 23,9822013/4/9 火 9 3;25 25,3432013/4/10 水 8 4;11 26,4252013/4/11 木 7 3;35 20,8552013/4/12 金 8 1;44 21,2482013/4/13 土 6 4;10 27,7862013/4/14 日 12 2;40 21,7342013/4/15 月 11 3;00 22,5442013/4/16 火 16 3;10 25,6782013/4/17 水 20 3;25 16,0062013/4/18 木 12 4;45 23,2382013/4/19 金 12 4;15 22,2762013/4/20 土 8 5;10 14,3752013/4/21 日 9 2;50 26,3262013/4/22 月 6 3;40 21,8902013/4/23 火 13 3;45 15,5682013/4/24 水 16 2;30 13,4062013/4/25 木 13 3;50 23,4202013/4/26 金 14 2;45 22,6802013/4/27 土 10 5;05 23,4702013/4/28 日 14 3;00 25,4882013/4/29 月 17 3;30 22,4152013/4/30 火 16 4;00 22,243合計 625,675
2013.04.30
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何かを破壊し、また再生して来た。生き延びてきたからこそ現在がある。それが生命の宿命でもある。その個としての自分のエネルギーもいつか消滅する運命だ。その限界を感じながら生きている。限界を予見しながら生きる生命体は宇宙でどれだけ生存しているだろうか?少なくとも私たちの知っている宇宙ではそれを発見できずにいる。他の種で知的生命体が、この宇宙にどれだけいるのか、知りようがないだろうか? ・個としての私の視野は狭い。知ろうとしなければ益々凋んでしまうだろう。五感は成長し、そして老化していく。自分の持つDNAのプログラムに従って生きている。そして何れタイムオーバーになる。手足の筋肉が衰えていく。頭皮も硬くなり始めた。免疫力も減退している。面白いことも少なくなった。一日は長くもあり、短くもある。その振幅が激しくなりつつあるようだ。庭の手入れをしていて、時間の経過するのを忘れている。時間がとまったように思えるときがある。それが至福の時間でもあるのだろう。 ・へ2・・・人間の遣れることは小さい。何者かであろうとするが、誰もキリストやブッダや、マホメットにはなれはしない。能力には限界があり、生きる時間は短い。何を嘆き、苦しまねばならないだろうか。人間の抱えている苦悩は、自ら創り出したものだ。生きるために創造して来た。そしてそれに住めなくなり、それを破壊し、再生して来た。繰り返しの中に想像する泡のごとき力こそ人の所以でもある。
2013.04.30
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摘心はいつやるか 先日書店で、野菜の育て方という本を探してみていたら、「摘心」のことが書いてあり、サイトで調べていたら、色々勉強になった。知らないというのは怖ろしい。勝手な解釈をしていた。相手を知らなければ、うまく誘導していくことはできない。自由にさせればよいと思っていたが、それが素人の浅はかさだと知った。そういえば政治もどうなのだろうか、赤字ばかり増やすような政策で好いのだろうか。それでは政策ではない。 ・摘心とは「親ヅルをカットして、実が付き易い子ヅルや孫ヅルを伸ばすこと」。をいうらしい。親ヅルの先端をチョン切りする。それと風通しを良くすることも大切らしい。どこか政治に共通する部分があるのではないだろうか。親ヅツは実を付けないらしい。収穫を得るためには時期を遅らせないことだ。優れた戦略がある。因みににがうりのイボイボは、熟した時に割れやすくして種の保存を図っている。 ・へ2・・・ヒントがいくつもある。栽培とはコントロールなのではないだろうか。肥料をやるのも太陽に当てるのもどこか人間社会にも相似している。やはり因果律がある。にがうりでこの夏を涼しく過ごそうと考えている。
2013.04.30
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〈生物多様性条約〉 1992年の地球サミットで日本を含む各国が署名し、93年に発効した。生物多様性の保全と持続可能な利用、遺伝子資源から得られる利益の公正な配分を目的とする。締約国には国家的な戦略や計画の作成、重要な生物の監視などが求められる。日本は95年に国家戦略を初めて策定。07年に第3次戦略を閣議決定した。締約国会議(COP)は隔年で開催される。 ・人類が生きていくのに欠かせない生物の多様性が失われていく速度に歯止めがかからない中、有効な手だてを打ち出せるか、正念場の会議となる。 上記のように、環境問題は、全てが手遅れになるのではないだろうか。人間の手が手が広がっていくだけ、それだけとんでもないことになっていく気がしないでもない。 ・へ2・・・生物の多様性が、地球を豊かにした源泉であり、それないしには種としてのヒトもあり得なかったのだ。それを蔑ろにしてきているという事実は、無視すべき事柄ではないだろう。重大問題としてな関心を持つべきだし、時期を逸してはならない。
2013.04.30
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「もしも・・・」、を考えるのは多細胞生物で、複雑系だからできる。種としてのヒトが手に入れている偉大な成果を私たちは時として無視をしているか、無知でもある。狙い通りにならないのもいい加減に考えるからだろう。精確なデータを以ってすれば事は思い通りになるに相違ない。暮らしを変えることはそれほど難しくはないのかもしれない。それを遣ろうとしないだけだろう。いまの私の暮らしも偶然の結果だ。まじめはまじめな結果を生じ、不真面目は不真面目なものに終わる。 ・胡瓜とゴーヤの苗を、プランターと鉢に植え付け、夕食の用意のために近くのスーパーまで自転車で行って来た。歩きたいが、どうも両手にぶら下げて帰るのは格好がよろしくないし、どうも重い。世間体を気にしているわけではないが、多寡が3,500歩だが、途中で嫌になってくる。それはまあどうでもよいことだが、実は何度か買物をしているときに在職中部下だった女性と出会うが、その人が挨拶をしない。どうしてだろうと思うが思い当たらない。どういうわけだか知らないが、忘れたのだろうか。そんな呑気な女性ではなかった。 ・へ2・・・ひとは様々だ。すれ違いは人の数だけあるに違いない。別に無視されているとも思わないし、何でもないことだが気にはなる。自分はこの社会から軽蔑され無視されている存在だと認識すれば、私はどういう態度をとるだろうか。ふと、そんなことを思った。恐らく、このブログも書かないに違いない。偏屈な女性なのだろうか。どちらが世間に近いか遠いかでもない。こちらから挨拶をする気持ちもないから、まあどちらかがいなくなるまで、会話することはないだろう。 もう十年以上も直接会話したこともないひとではある。まさかアルツハイマーではあるまい。
2013.04.30
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大事なことは 自分にとって重要なことが、他人には莫迦らしいこともある。それを気にしてはおれない。どうしてそう思うのか、一々説明などできはしないし、してもどれだけの意味があるだろうか。是非こうしなければならないと云うことはそれほどあるわけではない。薔薇が好きでも猫が好きでも嫌いでもそれは許された社会秩序の範囲内でもある。誰と結婚しても好いが、社会規範はある。道徳もあるだけだ。何を重要視するか、その時々でも違いもする。咄嗟の判断を誤ることもある。 ・ここ数年の私の体験は、その前の生活と随分違う。恐らく、人間関係も違う角度で視ることになるのだろう。環境が変われば人間も変わる。社会的ステータスが違えば考えも相違してくる。自然に親しんでいたら、それらしい素朴な感情をもつようにもなるのだろう。だから人間嫌いにならないようにしなければならない。厭な世の中だと思えば思えるものが沢山あるからだ。ひとは墓穴を掘り易い。 ・へ2・・・こうして暮らして居れることは、いまが平和な時代だからだろう。これまで日本も戦争ばかりしていたが、第二次世界大戦で敗戦してからの64年間、戦争という体験なしで来れたのは幸福なことといえそうだ。そのために支払ったコストも小さくはないが。自分が払ってきたコストもある。その見返りが無いとは言えない。それがコストといまの暮らしと、パラレルといえるだろうか。それは解からない。然し、満足して生きていたいと云う強い気持はある。自己否定をしたとしても、人生の肯定はしたいのだ。
2013.04.30
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野垂れ死に 同時代人として生きているわけで私の日頃の感情もみな同じでもあるが、個人として感じている疎外の内容も、千差万別にある。愚妻も生涯の不覚と長年思ってきたが、どうやらそれも視点の違いと思えないでもない。自分も何もしていない。得るものがなければそれに報いる気にもならないに違いない。思えば、この社会の人間疎外は遍く大衆の人の側にある。 ・4月の最終日になったが、今月は、歩数は延びなかった。 ・へ2・・・口で言うのは簡単だが、ウオーキングを5年続けて来れたのは、それが出来るだけの環境があったからだろう。これも人間疎外の反射でしかないが、それでも遣る気がなければできなかったに違いない。払ってきたコストもあるが、後悔はない。もう既に後悔のしようもない。妻子からは粗大ゴミのように思われているが、莫迦に付き合うつもりもない。ゴーイング・マイ・ウェイ。野たれ死にの覚悟でいる。それこそ直葬で、旅に死すのが本望だ。
2013.04.30
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発見してこそ どんなに素晴らしい社会で快適な生活をしていようと、感受性や受容性が乏しければ空疎なものになる。ぼんやり眺めている人に視えないものが沢山あるに違いない。知ろうとしなければいつまでも判らないかもしれない。見ていても視ていないからだ。二つの目が正常に物理的作用はしても意味を見出す事が出来なければ、猫や犬の目でしかない。季節の花を視る目も去年とは違うことを感じているだろうか。それほど真剣でいるだろうか。当然のような下らない観念で視てはいないか。 ・ひとは感じて初めて、ものを視るのだ。発見のない日々を暮らすとすれば無為でしかない。ツツジが少しの隙間も惜しんで咲いている。一つだけでもきれいだが、重なり合って咲いている。人の目には同じようにしか見えないが、夫々違うだろう。ひとは自分の世界をもち独立して個性を発揮できる。その有利な形質を活かしているだろうか。世の中は美しいものばかりではないが、美しいと感じるものが溢れてもいる。それはひとには幸福なことだ。 ・へ2・・・ひとのもつ素晴らしい才能を活かしきれずに終わるとすれば残念なことだ。人間の創った社会環境で、ひとびとの暮らしが規制されてもいる。そして、限られた柵の中で潰されていくような感じさえする時がある。そういう中で、よく生きたいと人びとは感じてもいる。いつまでも少年の頃のように新しい発見が日常にあればどれだけ素晴らしいだろうか。暮らしの中で、人生の価値を見出すのは誰でもない自分なのだ。
2013.04.30
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ここまでの切符これからまだ生きていくための命が残っているだろうか。そのための切符は持っているのか。誰にも分らない。トランジットなのかさえ解らないが、遺伝子の設計図がある。これも虫の知らせだろうか。母も胃癌で早死にしたし、父の死んだ年齢に近い。趣味の遺伝とか、親から受け継いだ形質はさまざまあるようだ。父と私の違いは、親の投資の有無だろう。 ・母が早く死んだので、一人暮らしも長かった。男やもめに何とかで、偏った食事だったようだ。最後の10年が健康的ではない。それでも最晩年は私たちと一緒だったので、ゲートボールなどをしていた。好きなタバコは、とめても止めなかった。ひとも紅葉するように、ありたいが、どうだろうか。 ・へ2・・・3.11が身近にあるかもしれないし、災害や災難は生きている限り付き纏うことだが、どんなに環境が良くても、自分の体が、細胞分裂を辞めてしまえば生きてはいけない。食事とか、運動とかどんなに自分では注意しても防ぎようのないことはいくらもある。これまでの切符ではこれからエリアでは使えないかもしれない。お気の毒ですといわれかねない。遣っていることが延命になるのかわからない。
2013.04.30
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「外の自由だった世界の花や小鳥や蝶や林を恋い慕いながら子どもたちは、家族と死にわかれ、ひと りひとり孤独のうちに死んでいった。」 朝日選書のベストセラー物語を読む進む中で、「アンネの日記」にたどりついた。光ほのかに、 「隠れ家」で書かれた25ヶ月とある。家族が打ちひしがれていた中でアンネだけがこの歳月を冒 険と感じとっていたという。アンネが生きつづけていたら、どんな障害を前にしても自由な飛躍を とげたであろう精神が、無残に断ち切られた。大きく目を見開いた14歳の少女のままで。ポーランドのユダヤの少年ダヴッド・ルビーヴィチも「ダヴッドの日記」も迫害を受けて、最後に は命を奪われた。ポーランドの作家イヴァシェキューヴィチは述べている「ダヴィドの迫害者たち は頭をもたげつつある。われわれは、断乎たる「ノー」をもって彼らに応えねばならない。」と。 第二次大戦中に死んだサン・テグジュペリも、「星の王子さま」の中で大人の身勝手な常識を否定して、死と生の問題、精神的な深い愛を描いて、幼さと清純さを通してこころある人びとに問いか けている。
2013.04.30
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日本の科学者が一流だと思っていたが、どうもそうではなかった。然しそれは国際社会でも同じかもしれない。それは神話でしかないからだろう。人の存在とは元来小さい。肥大化した社会でしかない。そして人間の存在でもあるのなのだろう。一撃で町や村が壊滅的に破壊を齎した3.11の大震災も、千年に一度というのは弁解に過ぎない。それは地球の歴史を知らない言動でしかない。それこそ情けない日本だ。惨めな日本だ。そして戦後67年目になったが、敗戦直後もこうした焼跡の中から這い上がってきた。リセットされた世界からスタートしなければならない現実に呆然としている人々がいる。そしてそれは私たちの現実でもある。いつも破壊と建設を繰り返す。それが人間社会の姿でもある。トルコの遺跡をみたが9層の歴史であった。私たちも同じだ。その新たな一つの層でしかない。頑張っている科学者もいる。それは確かだろう。然し、このままでは沈んでしまう。
2013.04.30
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現実に今できないことをどれだけ考えても仕方がない。若い時のように夢を見てもそれはそれだけで終わるだろう。出来ることを真剣に考えられるかだろう。真剣になるとは決着を付けることではない。結論を先に出すことでもない。結論は出ないことばかりだ。少なくとも将来に向けて決断することはできない。自分のエリアを間違えないことだ。できることとできないことがある。できることをやらないことが問題だ。与えられた役務を果たすことだ。それは単に職務のことではない。 ・それは知ることでけではなく、判ることでもある。自分の役務とは何かを問うことでもある。天に恥じないことをしなければならないということだ。当り前のことをせよ、でもある。能力のないものが、能力以上のことはできない。自分が何ができるか、問うて見るべきだ。科学的認識を持たねばならないのはそのためでもある。 ・へ2・・・間違えようもない道を迷うことはない。私たちの前には決められた道がある。この社会の出来事くらい理解できるだけの脳を、人間は持って生まれてきた。それを使えばいい。先人たちの造った道がある。然し、その道には実態がない。>志賀海神社
2013.04.30
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手段であって目的ではない ウオーキングは健康になるための手段であって目的ではない。目標はあってもそれだけではない。一つの終わりであり、新たなスタートでもある。ネバー・エンデイングだ。それは寿命が尽きるまで続く。小さな命がより大きいものに脱皮することはあっても、更に大きなものがある。10が終われば、100があるし、更に1000もある。その次は際限がない。どこかで終わる自分の人生がある。それで充分。 ・科学への信頼が、薄らいでしまったが、だから宗教ではない。科学が愚かなのではなく、人間が愚かに過ぎない。幼稚な科学を「科学だ」と思っていた人たちが、自然から反逆されたまでだ。そんなちゃちな防災で守れるものは盲信でしかない。日本列島を不沈戦艦にしても沈む時は沈むだろう。あえなく沈没した戦艦大和だろう。 ・へ2・・・莫迦な政治家を国民はつくっている。政治家が愚かなのは、それは国民の文化がそうさせている。人に向き合うような政治ではない。それはそういう社会システムがあるからだ。直ぐに大震災に対して、速やかに対応するだけの準備さえない。その場限りの活き方をしているからだ。薄い氷の表面で暮らしているに過ぎない。
2013.04.30
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観自在 「観自在菩薩」ということばから始まる「般若心経」は、、思えば子どものころから聞き覚えがある。毎月坊さんが家に来て、先祖の位牌にお経をあげていた。貧しい家だったが、坊さんが来ていたのは、どういう事情だったのかは知らないが、おそらくどこの家庭でもそうだったのだろうし、それだけお寺と門徒との間が密だったのだろう。だから、不思議な言葉だという思いが記憶に残っている。浄土真宗だった。いくつかのフレーズが思い出されるが、それがいくつかの仏典の中にあることを知り、なんとなく懐かしい気持ちがする。 ・なぜ、「観自在」菩薩なのだろうと思っていた。自ら自由に物事を判断する菩薩とは、玄奘三蔵の実在ではなくイメージの菩薩なのだろう。観世音菩薩だという本もある。般若心経は奥が深い。6百卷もある般若経の仏典の整理されたものであるようだ。中村元の「般若心経・金剛般若経」訳注を読んでいると、なぜ日本語ではなく漢文だったのだろうか、日本の学者には昔から漢文コンプレックスがあったようだ。 ・へ2・・・日本語を編み出すほどの国民が、学者の中に漢文コンプレックスを排除できないひとたちがいたのだろう。それは、戦後今度は英語コンプレックスになった土壌があるのではないか。それは自己卑下した卑屈な精神ではないだろうか。日本語を守れないような文化では民族も滅びるだろう。問題の所在を堂々と議論できないでは課題は何も達成できないのではないだろうか。「観自在」のことばの意味は重い。2008,2月の事件があって焼失したが、近く復元した南大門が公開されるらしい。上の写真は、たまたまその前に撮った写真。
2013.04.30
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・ふつう生物は、主観的昼夜を環境の昼夜に同調させている。・人間の場合は、環境とのあいだに社会的時間割りと意志が働く。・研究の趨勢は、根底にある生物時計の実体解明に向かう。・生活リズムの基本的性質が、多くの生物のあいだで共通し、比較ができること。・昼夜の時間的枠組みが、物の考え方に大きな影響を与えていること。・食事・性・物音・時間的夜と空間的夜の関係。・眠りは、決まった場所で取る習性があり、安全な場所であること。・用心棒としての家畜の存在。蚊と野獣への守り。・火の存在。・からだの中にも夜と昼の自転があること。 (千葉「からだの中の夜と昼」より)茶色の猫が帰ってきて一番喜んでいるのは妻で、まるで出来の悪い息子が帰宅したような歓迎ぶりだ。おそらく娘二人に、あと息子でも生まれていたら、偏愛するタイプだ。義母もそうだが、妻の伯母たちもその傾向が強い。そういえば家長制度もあったから、どこもそうなのかもしれない。母と息子の関係は、恋愛以上かもしれない。 ・母もそんなことをいっていた。「父ちゃんは、他人だが、お前は違う」と。男は可哀想だ。どんなに尽くしてやっても女心は変えられないだろう。夜と昼があるように、その時で違う感情がある。女は新しい男を愛することができるようにできている。化粧をしないと外に出れないという女たちの中で暮らしていると、とてもついていけない。 ・へ2・・・湧き水が無くなったので、汲みに行ってきた。太閤水という名水というわけではないが、やはり井戸水で美味しい。拘りがあって暮らしもある。
2013.04.30
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ヒコの愛国心は、当時の一等の見識だった。 神奈川奉行との「問答」より ・偏に古法を守ろうとするは所謂琴柱に膠するの類と申べし。・2,30年の内に船備り、金銀国中に満ち、欧州のイギリス、アジアの日本といはれむこと疑ひなし。・日本は不毛の原野多く、外国に比べれば、物価下直なる故なり、生糸茶の類を作らば忽ち開けて国益の根源をなさぬ。・道理を正さず、勅命を奉じて日本を乱し遂に御門も絶え、わが家をも失はば智なきの至り也。 ・・・ 武は、暴人を攻め打つの道なり。用ゆべき時に用ひざれば、暴人上を侮り、是が為に天下も大乱 とならん。勅命より重きは道理なり。道理を天下に示して征罰するに誰か従わざるものあらぬ。・鎖国を守には、各国戦争に及ばざれば、再び鎖港する事能はず。然れども戦に勝算なし。一度大 敗を取れば支那の如くならぬこと、鏡にかけてみるごとし。・日本の人心一致せざるはの泉源甚だ深くして、如何良将出るとも容易には一致なり難し。其故は 神儒仏三を元とし、三道各流派を建て、芸術もまた流派を建て。己を是とし、彼を非として 互 いに相戻りて、国人親むことなし。ヨーロッパは、万里を隔てるつる外国の人にも隔心なく、究 理学を以って至善を極め皆其の善に移る故に何事にも流派を建てず。物事に秘伝秘密なし。依っ て人心おのづから公平一致にて、政法、兵器、衣類、調度に至るまで各国一致せり。・国体草案・・・憲法私案。わが国最初の憲法草案だ。アメリカ合衆国憲法を下敷きにした労作だ。 何れも、目下、形勢下採用し難いとされた。・日本国益諸案・存寄書・改革箇条書ジョセフ・ヒコは、まれにみる当時一級の日本人であったことに間違いないだろう。飛び出せヒーロー、君がいなければ、日本は沈んでしまう。
2013.04.30
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権力者は、ややもすると暴走する。いい格好しようとする。柄にもないことをするからしくじる。勇気もないのに威張りたがる。人間は愚かで、神仏にはなれない。神風も吹かない。カネがあれば遣わないではおれないのが政治家でもある。一番大事なのは、政治家の教育だが、その教育がされてはいないし、スキルもないのだ。高い木に登りたがる奴にろくなやつはいない。 ・責任も取れない人が、また責任の意味も知らない。天に唾をするようなものだ。予見できるから学問の意味もあるが本末転倒した教育界があり、文科省がある。憲法改正するために96条を改正しようとは、現行憲法の精神を無視した恐れ入った根性だ。蔭でこそこそしたがるのは下心があるからだろう。 ・へ2・・・往還を行け。公明正大でなければならない。政治家では、国家は守れない。平和も国民が願ってこそ実現される。狂った政治家もいる。そのことを忘れてはならない。
2013.04.30
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幸福の時はいつか「無事」とは、「ことがない」。「事」は、何かあるのであって、良いこともあれば悪いこともあるが、大半悪いことが起きると普通思うのだろう。それだけ、人生を彩る様々な出来事は、人びとに喜びを与えなかった。人生は、四苦ともいう。生きることが「苦しみ」でもあるという。好いことより、むしろ悪いことを考えておく方が、起きた時にパニックにならない。世間では、人を見たら泥棒と思えが、世界の常識だと云われもする。最悪のケースを考えておけば、・・・という先人のフレーズもあるくらいだ。 ・朝、起きて、すぐブログを書くことにしている。目が覚めて、タイトルを何にしようかと考える癖が出来てしまった。今日は、「幸福の時は、いつか?」だ。「無事」が幸福の時間かも知れないと思った。それが現在ではないだろうかとも。これまでにも、そういう時が何度もあったに違いない。その時はそれと気づかないでいたかも知れない。目先に大きな苦悩もなく、苦痛もなかった時はあるからだ。昨日も、あちこちに出かけて、行楽地などでは、若い親子連れで、小さな子供たちを見かけたが、天真爛漫の笑顔だった。 ・へ2・・・親たちがどれだけ苦労して子育てをしているかなど関係ない子どもたちの笑顔を視ていると、みているこちらも笑顔になる。幸福な気持ちにさせてくれる。そういう時間を呉れている事を有難いとも思わない頃が、私にもあった。それもある意味幸福な時間でもある。この笑顔をみて親もその反射で幸福感を覚えたりする。人の視点によって、人生も違った感想にもなる。苦しいと思えば苦しい。然し、それを克服するために「たいしたことではない、何でもない」と、思うことも出来ない訳ではない。自分を幸福だと思うことも必要だ。本当に苦しい時もあるからだ。
2013.04.30
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腸内細菌 腸内細菌は、一人当たり100兆個以上くらい生息しているらしい。重さにすると1.5キロくらいになる。糞便の半分以上は、腸内細菌またはその死骸であると言われている。宿主であるヒトや動物が摂取した栄養分の一部を利用して生活し、他の種類の腸内細菌との間で数のバランスを保ちながら一つの生態系が形成されている。食べないと腸内細菌は生きて行かないし、生きていけなければ、内臓を荒らし回るしかない。普段おとなしい腸内細菌が人体を破滅させてしまう。 ・女子大で「食・健康」に拘った講座が行われるのはそのためでもあろう。それこそ私たちは、知らないで物凄い世界に活きている。何でも知っていると思っている人ほど無知なのだろう。現代医学も多くの誤り冒してきた。そのことを誇ることは出来はしない。愚かな誤りの歴史を繰り返しているからだ。謙虚にその事実を反省すべきであり、これからの研究の糧にしなければならない。輸血だけをしていた治療は、腸内細菌を知らなかったからでもある。共生していくために何すべきか。 ・へ2・・・何を食べるか、からだを正常に維持していくためには、年齢とともに変わっていく免疫力の問題とか、メンテナンスもある。活きるための努力をしなければ、ひとはこの精密機械の人体を維持できはしない。飼い猫のように生きて恥じない人間は軽蔑されるだけだろう。見せかけの社会に安穏としてはいられない筈だ。ここで生きていくしかない。
2013.04.30
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どんなに素晴らしい社会で快適な生活をしていようと、感受性や受容性が乏しければ空疎なものになる。ぼんやり眺めている人に視えないものが沢山あるに違いない。知ろうとしなければいつまでも判らないかもしれない。見ていても視ていないからだ。二つの目が正常に物理的作用はしても意味を見出す事が出来なければ、猫や犬の目でしかない。季節の花を視る目も去年とは違うことを感じているだろうか。それほど真剣でいるだろうか。当然のような下らない観念で視てはいないか。 ・ひとは感じて初めてものを視る。発見のない日々を暮らすとすれば無為でしかない。ツツジが少しの隙間も惜しんで咲いている。一つだけでもきれいだが、重なり合って咲いている。人の目には同じようにしか見えないが、夫々違うだろう。ひとは自分の世界をもち独立して個性を発揮できる。その有利な形質を活かしているだろうか。世の中は美しいものばかりではないが、美しいと感じるものが溢れている。それはひとには幸福なこと。 ・へ2・・・ひとのもつ素晴らしい才能を活かしきれずに終わるとすれば残念。人間の創った社会環境で、ひとびとの暮らしが規制されてもいる。そして、限られた柵の中で潰されていくような感じさえする時がある。そういう中で、よく生きたいと人びとは感じてもいる。いつまでも少年の頃のように新しい発見が日常にあればどれだけ素晴らしいだろうか。暮らしの中で、人生の価値を見出すのは誰でもない自分。したことの報いを受けるだけだ。からだや脳でさえ化学反応でしかない。
2013.04.29
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< 福岡市の日照時間と気温 2013-4> 年月日 曜日 日の出 日の入り 気温2013/4/1 月 6;06 18;38 82013/4/2 火 6;05 18;38 142013/4/3 水 6;04 18;38 122013/4/4 木 6;02 18;40 102013/4/5 金 6;01 18;41 122013/4/6 土 6;00 18;41 142013/4/7 日 5;58 18;42 102013/4/8 月 5;57 18;43 72013/4/9 火 5;56 18;44 92013/4/10 水 5;55 18;44 82013/4/11 木 5;53 18;45 72013/4/12 金 5;52 18;46 82013/4/13 土 5;51 18;47 62013/4/14 日 5;50 18;47 122013/4/15 月 5;48 18;48 112013/4/16 火 5;47 18;49 162013/4/17 水 5;46 18;50 202013/4/18 木 5;45 18;50 122013/4/19 金 5;43 18;51 122013/4/20 土 5;42 18;52 82013/4/21 日 5;41 18;53 92013/4/22 月 5;40 18;53 62013/4/23 火 5;39 18;54 132013/4/24 水 5;38 18;55 162013/4/25 木 5;36 18;56 132013/4/26 金 5;35 18;56 142013/4/27 土 5;34 18;57 122013/4/28 日 5;33 18;58 142013/4/29 月 5;32 18;59 172013/4/30 火 5;31 18;59 16茶色の猫が、窓から逃げ出して帰って来なくなり一日過ぎたら、やっぱり心配になり妻子と、近所を探してみたが見つからなかった。どこに聞いて回るというのではない。あてにはならない気休めでしかないが、妻から命じられるまま、探してみたが出てこなくて諦めて、私は寝てしまったが、真夜中になって、外で物音がしたらしく、起きていた娘が茶色を見つけたようだ。 ・いつも朝は起きてくると、挨拶に来る茶色が、さすがに疲れ切った様子で眠っている。母猫のサビが我が家で産んだ子猫2匹のうちの1匹である。もう2年過ぎたところだ。娘たちも、ここで育ったから、福岡市が故郷になる。産まれたところというのは、格別の意味がその人にはあるが、猫も同じだろう。ダダ記憶が人間とは違うだけだが、それが決定的でもある。 ・へ2・・・私たち夫婦にもここ福岡市が第二の故郷になってしまったが、熊本や、大阪や横浜などとつい比較をしてしまう。田舎でもなく都会でもない。妙に中途半端で、気に入らないところもあるが、云っても仕方がない。人は自分の気に入ったところで住めるわけではない。出ていくか留まるかだ。
2013.04.29
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品格 社会的ステータスがその意識を決定すると言われるが、大抵そうなるが、それでもそのステータスもその時々で違うし、部下が上司になることもある。階級社会は続いており、尊敬できることではないが、盲信している人も多い。職位は必ずしも適正ではない。一々腹を立てていたら身がもたない。 ・人の品格というのは、簡単でもない。威張る人に何故威張るのか訊いてみたいが、それも本当のことは言わないだろう。自分でもわからないでいるかも知れない。30年以上普通の社会人をしたので、色んな経験もした。偶々同じ職場になっただけだが、卑屈な人もいれば、自惚れ屋もいたし、何故そうなのか解らない人もいた。まるでエゴイストを地で行くような人物もいたが、今まで生き延びているのか知らない。 ・へ2・・・社会的弱者を守らない社会は結局衰退してしまう。一日数千のレベルで細胞は傷付きアポトーシスをしているが、自死も生き延びるために必要なのだ。他人に親切にすることは結局自分も他人から親切にされることに繋がっている。心の卑屈さは、行動の卑屈さになる。品格の無さは心から来る。豊かな心が他人を温かく迎え入れるに違いない。それが結局自分の生命を守ることにもなる。
2013.04.29
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内外の対立 政治的動物の存在を日々の中で体験しているが、それだけでも終わらない。自分と云う存在の内と外があるように、あらゆるものには内と外がある。どれだけ国内では威張っていても、それがそこでは絶対だという存在も、外から見れば独裁にもなる。これまで絶対という存在は客観的にはない。或るものが、内に向かっているか、外を向いているかであり、問題は、政治も社会も常に流動的だということだ。・自己満足している時の自分は、外から見れば滑稽でしかないのだろう。それでも自分自身は、それで好いと思っている。裡では満足している。心理的には安定もしている。そういう瞬間もその人には、大切な時間に違いない。然し時間の流れは一瞬も停止はしない。直ぐ違うステージにもなる。いつまでも同じ場所ではない。世界人口は69億人近いが、やがて100億人にもなると予想されている。そうなるだろうか?・へ2・・・物理的な問題は、生存に必要なものを未来は持っているかだろう。資源は枯渇しかけているものがこれからも増え続け、食物連鎖も危機に瀕している。どうも明るい未来を描けなくなっているのは、個人のことばかりではない。個人としての私にとっても、何が重要なのか、その優先順位はどうなのか?ときどき解からない。決定的な間違いを起こしたくはないが、その覚悟はしておくべきだろう。国家も、国際社会もそのリスクはあると思う。
2013.04.29
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ヒト脳が、宇宙と比較できるくらい広大な未知のエリアでもある。 生半可に知ったくらいのことで、社会が分かった気がしたりしたが、所詮針の穴からでしかない。自分の二つの目は、見ていても本当に真実を理解しているとは言えない。四書にしろ、これまで一般論で、また少し読んだくらいでもう文化の遺物ではないかと断じたりしたが、今、よく読んでみると含蓄があり学ぶべきことはまだ多くある。 所詮、蒙昧でしかなく、本の蟲になるだけだろうか。それこそ「汝らこころを上げよ」だろう。これまで、まじめに真理を求める先人は迫害されたのだ。過酷な運命を生きてもいる。そうしなけれ ばならなかった。現在でも安易に得られる情報など大したことはない。ヒトの進化は、デッドロックを乗 越えたのであろう。それほど誇り高い種であろう。凡人の平坦な人生など取るに足りない。
2013.04.29
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・光緒26年(1900年)10月、西太后は紫禁城から逃れた。八カ国連合軍が北京に入場した。連合軍の凶行ぶりは想像を絶した。殺戮、放火、強奪、暴行が横行した。火の海となった古城には死骸が折り重なった。このとき西太后の無慈悲な命令で珍妃も井戸に投げ込まれた。 ・へ2・・・ドイツ兵の残虐さは筆舌に尽くしがたかった。悪名高い旧日本兵だけではない。明日死ぬかわからない人間のすることは、檻から放たれた野獣と同じだろう。絶望した人間の所業はおぞましいものでしかない。 ・その能力のないものが、権力を握ると国民は悲惨な目に遭う。北京崩落も一つの例に過ぎない。自業自得で死んでいくものだけではない。それに巻き込まれる人々が如何に厖大に及ぶのだろうか。ここで思うのは、それをさせた者の責任であろう。過去のことばかりではなく、これからも起きる。権力者を増長させてはならない。気付かないうちに手に負えなくなるからだ。それを決して忘れてはならない。怨み呑んで死ぬことにもなる。 ・へ2・・・自分の内にある狂気をひとは甘く見がちだろう。それが膨らんでしまう。その狂気は自分の命だけでは物足らず、多くの人を巻き添えにしてしまう。それはまた伝染し、社会を汚染し汚濁の世界にしてしまうだろう。卑劣な人間が蔓延してしまうことだ。最後の一人まで殺そうとする憎しみがひとにあるのだろうか。誰かが残るとは限らない。長塚節の「土」昔の赤裸々な農民の物語である。
2013.04.29
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毎日生きていても、解らないものにはわからないのが、部分ではなく総体だというアイロニカルな私たちの世界なのだろう。いま自分にとって致命的なミスを冒しかねないというリスクは常にある。それが原因で死ぬこともある。まさかが現実にもなるのだろう。未来は決まっている。人類の未来もあれば、個人の一生もある。そのスケールが違うだけだろう。上ばかり見て活きていると足元が崩れるのは当然の仕儀であろう。 ・電力会社はどこも似たような経営をしている。既得権益を守ろうとして形振り構わないことをする。それは権力者の真似をする。虎の威を借る狐だろうか。彼らの求めている日常は国益のためではない。原発は安全だと公言していたではないか。高配当もしていた。ややもすると光のあたる所にばかり目が行ってしまうものだが、社会や人の蔭の部分を描こうとする作家たちが多いのはあるだろう。 ・へ2・・・だからこそ、心を魅かれる。巧くやった人の真似をしても、巧く遣れるはずはない。成功ゆえに没落する。氷山の一角をみているだけでは現実とは戦えない。なぜ人は上ばかり見ようとするのだろうか。みんながそうするからだろうか。桜の名所に夜桜を観に行ったとき、 人びとが桜を眺めて長い参道を黙ってもくもくと列を成して歩いていた。それが脳裏から離れない。
2013.04.29
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イタリアに発足したファシズムは「ファシズムは輸出せず」というムッソリーニのことばにかかわ らず、世界中に模倣者は現出した。各国民はそれぞれ独自のファシズム運動ないしファシズム体制を生み出した。ウェ-バーのいう多種多様なファシズムの台頭である。換言すれば、この時期に ファシスト政治運動に感染していない国家は稀であろう。ナショナリズムとサンディカリズムとの結合、あるいはナショナリズムとソシアリズムの混合とが特徴的であろう。それは、民主主義の典型といわれた国イギリス、フランスなどにも影響を及ぼし ている。1930年代の世界列国は、まさに格好の研究材料があるといえる。私たちが、これから描く未来像は、減数分裂にあるだろう。それだけの豊かなものを持っているだ ろうか。選択するのは上手くいった例だけを寄せ集めても参考にはならない。寧ろ逆だろう。 確りした分析能力を持ち、メスの使える脳外科の神経がなければならないのではないか。
2013.04.29
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仏教者の寿命 ・梅原猛の「日本仏教をゆく」の略年譜から、 没年齢・場所 <仏教者> <年齢> <場所> ・聖徳太子 49 ・役小角 (72) ・行基 82 菅原寺 ・鑑真 76 ・空海 62 高野山 ・最澄 56 比叡山 ・円仁 71 ・円珍 78 ・空也 70 西光寺 ・源信 76 恵心院 ・覚ぱん 49 円明寺 ・法然 80 東山大谷の禅房 ・親鸞 90 京都 ・一遍 51 兵庫の観音堂 ・明恵 60 高山寺 ・叡尊 90 西大寺 ・忍性 87 極楽寺 ・栄西 75 寿福寺 ・道元 54 京都 ・日蓮 61 武蔵国池上 ・日親 82 本法寺 ・蓮如 85 山科 ・西行 73 弘川寺 ・運慶 73 ・快慶 ? ・円空 64 ・無外如大 49以後 ・夢想疎石 77 ・一休 88 報恩庵 ・雪舟 87 ・千利休 70 切腹 ・天海 108 寛永寺 ・崇伝 73 ・白隠 84 松陰寺 ・隠元 82 ・良寛 74 ・大谷光瑞 73 ・河口彗海 80 ・鈴木大拙 97 ・宮沢賢治 38・当時の平均寿命からすると長生きしているのではないだろうか。どう解釈したらいいのだ ろうか。何かあるのだろうか。厳しい修行をして名を成した人たちだけではないのだろうが、
2013.04.29
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私たちは日ころから「普遍性」について理解していると思っている。そして疑おうとはしないものらしい。周囲の人々がその世界観や価値観をもっているという期待をもってもいるが、それが確信といえるか?ということがどこかで不安もある。常に検証しないと安心できない人間もいる。人々は或る種の共感の上に成り立つ社会の環境を夢想しているのかも知れない。少なくともそれでは挫折するのは目に見えている。 ・然し時々姿を現す現実社会に落胆もする。「普遍性の確信」が途端に崩れてしまうかも知れない。教育システムは「現実」と「理想」の存在を証明しようとはしなからだ。現実は、理想社会ではない。テキストに書かれたものと違う環境にさらされている。 ・へ2・・・幼児教育から「普遍性の確信」についてのスキルを受けていないが、これからでも、学ぶ努力をすべきだ。何が「普遍性」といえるかを検証しなければならない。それは社会と個人の問題でもある。そして国際社会で通用するものかだ。世界から孤立しては意味がない。小国であろうと大国であろうと・・・。
2013.04.29
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<世界史> 1945年・ 1月 5日 トルコ、対日断交・ 1月17日 ソ連軍、ワルシャワ解放・ 1月27日 ソ連軍、アウシュビッツ収容所に到着。生存者約7000人を救出・ 2月 4日 ヤルタ会議。(~2.11)スターリン対日参戦を約束・ 4月12日 ローズベルト死亡(63)。トルーマン昇格。・ 4月23日 ソ連軍 ベルリンに突入・ 4月28日 ムッソリーニ銃殺(61)・ 4月30日 ヒトラー、ベルリンの地下壕で自殺(56)・ 5月 2日 ソ連軍、ベルリン占領・ 5月 7日 独軍、連合軍に無条件降伏・ 5月 8日 トルーマン日本に無条件降伏を勧告・ 6月 1日 米スティムソン委員会、日本への原爆投下をトルーマンに勧告・ 7月16日 米、初の原爆実験に成功・ 7月17日 ポツダム宣言発表・ 8月 8日 ソ連、対日宣戦布告・ 8月15日 日本無条件降伏。(1939~)第二次世界大戦の終結。・ 8月16日 スターリン、ソ連軍の北海道北部の占領を正式発表・ 9月 6日 朝鮮人民共和国樹立の宣言・ 9月 8日 米軍、朝鮮に進駐開始・10月24日 国連正式発足・11月20日 ニュルンベルク国際軍事裁判開廷(~46.10.1)・12月 9日 イタリア、デ=ガスペリ連立内閣成立・12月16日 米英ソ三国モスクワ外相会議(~12.26)・12月27日 重慶、国共正式会談開始
2013.04.29
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ことばの洪水 「文学は連想」という講師の講義を受講しているが、記憶力の権化のような講師の話に何時も驚く。折角下読みして講義を受けているが、恐らく学生時代より準備しているつもりだが、どうもそれでも講義に付いていけないようだ。頭も硬くなっているし基礎知識もない。文学は遠い存在でしかなかった。知的レベルが違うだろう。毎回詳細な資料や、照会される本も中々読めない。余程真剣さがないと半分も理解できない。 ・学生たちは、卒業するだけが目的ではない筈だし、言われることを理解しなければ学生の意味もない。ことばの奇術師である作家という普通の人間が理解できないようなことを解かり難く書いているものを、他人が理解できるようにまとめないと商売にならないのだから大変だ。言葉の根幹は沈黙だともいう。そのことばの洪水の中で何かを把握しなければならないのだ。 ・へ2・・・それこそ、一から十まで理解しようとすれば、ことばの大海に溺れてしまう。錬金術師のような作家たちの野望に付き合わねばならないのが文学だろう。登山家は、無理と思えば、途中で引き返す。其の潮時を知らなければ命はいくつあっても足りない。ミイラ取りがミイラになる。突き進むだけではなく、引き返すのが解からなければ長生きはできない。
2013.04.29
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自由は活かしてこそ自由を求めて、戦った人たちは大勢いたに違いないが、そのことをすべて知っている人はいない。何らかの容で力を貸した人たちも無数にいたのだろう。それらの努力があって今日もある。不完全ではあるが、できる自由は拡がったが、それをどれだけ生かしきっていると言えるかは疑問だ。与えられたチャンスをものしているといえるだろうか。価値のある教育がされ、必要なスキルとか、教育者やシステムや、そこで学ぶものたちが、自分の行くべき道を理解していたと言えるだろうか。 ・教育は、大量生産されただけの、企業や国家に役立つものでしかなく、法や社会規範を守り、小市民的に生きることを仕組まれたものでしかなかったのではないだろうか。自立した考えを持ち、ひととしてあるべき人格の形成を放棄してはいないだろうか。自由からの逃走をつづけているだけではないか。先人たちの死を懸けても守ろうとした自由があったに違いない。・へ2・・・他人にできない自分にしかできないことをしたいが、何をどうすればいいのかいつも悩んでいる。やっても失敗ばかりする。挫けたらそれまでだ。絶望してもそれまでだ。みつかるまでやればいい。誰かに繋げられるかだ。
2013.04.29
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何が美しく見えるかは簡単ではない。人間の意識は単純ではないことを示している。隣国の韓国でも中国でもないものが、やはりあるのだろう。中国を旅行して水を飲むことができなかった。飲んだら腹痛を起こすだろうとあったからだ。勿論それは中国だけではない。他国も同じだ。日本人が日ごろ飲んでいるものと成分が違うものがあるからだ。 ・へ2・・・ひとがそこの土地の水に適応しているからでもある。だから日本国内でも水が変わるといわれる。旅立つときには水に・・・と言われた。元気な若者の、老人ではまた違うらしい。環境に適応できるレセプターや柔軟性が違うのだろう。 ・富士山をみて美しいと思うのが誰でも同じかというとそうではない。何とも思わない人たちがいるということだ。仏像をみれば手を合わせる日本人は多いだろうが、西欧人から見れば単なる美術品でしかない。或いはその以下でものでしかないかもしれない。異教徒の仏像でしかない。 ・へ2・・・先日出かけた白川水源郷の水辺で何とも言えない水の風景であるが、少なくとも私には癒しの場だが、外国人にはそうは見えないかもしれない。湧水が流れているだけの風景でしかないかもしれない。
2013.04.29
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行動の柔軟性は若者の極めて大きな特質だ。そして年をとることは成熟と伴に新しい行動パターンを受け入れ難くする。即ち本質的にこうし た柔軟性は若い動物が環境に適応する為のなくてはならないものだ。コピー はあらゆる複雑な行動を習得するために不可欠でもある。ロールプレイング も同じ。そして、現代は「遊びこころ」があらたな価値を生むかも知れない。ヒトの幼児化は、複雑系に生まれた現象。未来を定めない戦略は、ヒトをぼろぼろにするかも知れない危険な選択だが、敢えて選択し た賭けであろう。この道を辿らねば明日をみることはできないとしたら、こ の道を行くしかない形質を抱えている。同性愛だろうと何であろうと先に辿り着くものが「ニッチ」を得る。
2013.04.29
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2013年4月歩数実績 年月日 気温 起床 歩数2013/4/1 月 7 3;15 23,7542013/4/2 火 14 2;55 18,5132013/4/3 水 12 3;45 23,2172013/4/4 木 10 0;47 17,8842013/4/5 金 12 1;35 20,2882013/4/6 土 14 2;59 7,0422013/4/7 日 10 3;55 6,5812013/4/8 月 7 2;25 23,9822013/4/9 火 9 3;25 25,3432013/4/10 水 8 4;11 26,4252013/4/11 木 7 3;35 20,8552013/4/12 金 8 1;44 21,2482013/4/13 土 6 4;10 27,7862013/4/14 日 12 2;40 21,7342013/4/15 月 11 3;00 22,5442013/4/16 火 16 3;10 25,6782013/4/17 水 20 3;25 16,0062013/4/18 木 12 4;45 23,2382013/4/19 金 12 4;15 22,2762013/4/20 土 8 5;10 14,3752013/4/21 日 9 2;50 26,3262013/4/22 月 6 3;40 21,8902013/4/23 火 13 3;45 15,5682013/4/24 水 16 2;30 13,4062013/4/25 木 13 3;50 23,4202013/4/26 金 14 2;45 22,6802013/4/27 土 10 5;05 23,4702013/4/28 日 14 3;00 25,4882013/4/29 月 17 3;30 22,415合計 603,432夜に飴になるという予報なので、今日は、早目にウオーキングしてきた。一日2万歩で月度目標60万歩をクリアーしたが、あと一日しか残っていないので、あまりいい記録ではない。月度で100万歩近くまで頑張ったこともあったが、どうもその元気が出ないでいる。
2013.04.29
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ことばの世界 言語が文化だ。日本人は日本語を話すから日本人でもある。話すだけではなく文字もある。自分の国の言語を以って文化を表現もする。自分は何をしたいか他人に伝える。思うように伝わらないのが常だが、それはこの社会がそれだけ複雑化しているから。それこそ的確な翻訳がされないと誤解も生じかねない。同じことばでも受け手の思惑で意味の違うコンセプトになる。それが誤解のもとだ。 ・正義も平和も概念の違いが大き過ぎる。恐らく日本人の社会認識の概念は世界では通用しない。言い切ることはできないが、そう思っていた方がいい。日本人が日本語を軽視するのは、民族の文化を軽視しているのと同じだ。自分に自信が持てないのはそのためでもある。丁髷の侍が威張っていても仕方がないが。 ・へ2・・・科学者の生命でもある客観的事実や理論を政治によって捻じ曲げられてきたのは歴史の示す通りだ。そして今回の3.11の東日本大震災も、原発事故も、日本の科学者の敗北である。それは勿論国民の敗北でもあり、敗戦後最大の社会的危機だ。乗り越えられるかではなく、乗り越えなければ明日はない。
2013.04.29
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ルソーの意味 「社会の基礎を検討した哲学者たちはみな自然状態にまでさかのぼる必要を感じた。しかしだれひとりとして、そこに到達した者はいなかった」(『人間不平等起源論』) 「虚栄心を生む者は理性であり、それを強めるのは反省である。-人間が苦しんでいる人を見て、「おまえは滅びてしまえ、私は安全だ」と密かに教えるのは学問である」 「ある土地に囲いをして、「これは俺のものだ」と宣言することを思いつき、それを信じるおめでたい者たちを見つけた最初の人間が政治社会の真の創立者であった」 「各構成員の身体と財産を共同の力すべてによって保護する結合の一形式を見出すこ と、それにより各人が全員と結びつきながら自分自身にしか服従せず、以前と同じ く自由であること、これこそ根本問題であり、社会契約がそれを解決する」(『社会契 約論』) 「人民が十分に情報を持って審議するとき、市民が相互の意志を伝達しなければ、わ ずかの相違が多く集まってつねに一般意志が生まれる」 「民主制という言葉の意味を厳密に解釈すれば、真の民主制はこれまで存在しなかっ たし、これからも決して存在しないだろう。多数者が統治して少数者が統治されると いうことは自然の秩序に反する」。 「統治者が市民に向かって「おまえの死ぬことが国家に役立つのだ」というとき、市民は死なねばならない。
2013.04.29
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