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ポイント好きである。職場で飲んでいるコーヒーのポイントを集めてディズニーのチケットなんかをもらっている。そのメーカーから誕生日プレゼントが届いた。この年齢になると、誕生日にプレゼントをもらうこともなくなり、覚えている人さえほとんどいない。だが、こんな私の誕生日を律儀に祝ってくれるのが、参加しているポイントサイトなどだ。イオンからは割引買い物カードが届くし、その他のサイトからも、ポイントの特別付与などメールが届く。そんなのがうれしいかと笑われそうだが、家族も忘れているような誕生日を祝ってくれるのだからありがたい。 さて、似非ゴールデンウィークも明日で終わり、止めに大好きなラーメンを食べて、GWの終わりと誕生日の前祝いとしよう。
2009.05.31
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ヤボ用で、青森県六ヶ所村へ初めて行ってきた。片道250キロ、往復はさすがに疲れた。ちゃんといろんな施設を見た訳ではないので簡単に言うことはできないが、さすが原発の村だけあって、建物はみんな新しいが、どうも人が少ない。村で最大の店にも人はまばらだった。土曜日でこれなら、平日はどうなんだろうと思ったが、逆に単身赴任が多いからこうなのかもしれないのだが。 これは、本当に私だけが感じることなのかもしれないが、どこか夕張に似ているのだ。エネルギー産業で発展した街は、どこか同じ匂いがすると感じるためか。原子力も国策で応援されている間はいいのだが、急な転換があった場合、どうなるものか。石炭の時と同じようなことが起きないか心配だ。それが人の一生を左右することになり、都道府県単位の地方自治にまで影響することを考えた上の政策でなければならないことを知っている人がどのくらいいるのだろうか。私ごときの短絡的な直感なのだが、ちょっと心配。
2009.05.30
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実は悩んでいなかった。さっそく購入を決めてしまいました。それにしてもデアゴスティーニというのは、収集癖のある者の心を掴んでいる。あれはやっぱり買ってしまう。他にも落語名人選集やら、刑事コロンボ等、買ってしまう寸前までいったものもあった。 この際だから、大金が手に入った場合に買ってしまうだろうリストを発表してしまおう。1.水曜どうでしょう?DVD全部2.旧鉄腕アトムアニメ3.ビートルズCD全部4.吉田拓郎CD全部5.中島みゆきCD全部6.落語名人選集などDVD、CD あぁ、果てしなくあるなぁ。totoに当たったら買います。
2009.05.29
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最近立て続けに、購買欲を誘う出版物が出る。 一つ目は秋田書店の「白土三平選集」全16巻。これはすでに何セットかあり、原稿も変らないので購入しないだろう。 次が小学館の「藤子・F・不二雄大全集」第1期全33巻。未収録の作品が載るというし、第2期には幻の「すすめロボケット」が収録される可能性もあり、これは買いだ。 購入する必要も無いのに何故か買ってしまったのが朝日新聞出版の「火の鳥」。これは内容も装丁も変っていないのだが、手塚ということで意地で購入してしまったが、自分でも何をやっているのかと思う。 そして悩んでいるのがデアゴスティーニの「週刊ウルトラマンオフィシャルフアイル」。最初のウルトラQからリアルタイムで観ている世代の私にとってこれは欲しい。きっと予約してしまうんだろうな。
2009.05.28
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ゴールデンウィークに出勤したため、明日から代休が続き5連休だ。とは言っても、予定は目白押し。ツキイチのアカスリに、休みの日しか行けないラーメン店めぐり、息子の初任地への引越し手伝い、平日限定のストーブ修理、歯医者の予約など、つまらなくも快いやらなければならないコトが続いている。 6月には、これはどうでもいいが誕生日、久しぶりの研修、妻のいとこの結婚式、親父の17回忌法要など、行事が続く。 まあ、忙しいのはいいことなのだろうと思って、こなすしかないのだけれど、なんだかなぁと思ってしまう、似非ゴールデンウィーク前日でした。
2009.05.27
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夕張の観光について書いてきたが、ここで少し整理してみよう。私の言いたいことは次の通りである。1.夕張に一般の観光客を呼び集めるのは、難しいということ。2.財政破綻により、今後の観光施設への設備投資は望めないこと。3.過去の住民に夕張に来てもらうことが夕張観光の基本になると思うこと。4.そのためには、金をかけずに残っている施設を有効利用すべきだということ。5.炭鉱住宅や廃校になった学校の資料を保存すること。6.夕張に関する美術品や写真、VTRなどを収集保存すること。7.在住の市民を歓迎ボランティアとして活用すること。等々であるが、これらは急ぐ必要がある。在住者も過去の住民も高齢なのである。極論すれば、全盛期の夕張で青春時代を過ごした団塊の世代を夕張に呼ばなければ、夕張観光は成功しないのである。ここを考えて欲しい!
2009.05.26
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大相撲5月場所が終わった。20年以上続けている相撲トトカルチョだが、今回はなかなかの成績だった。といっても9864人中123位の成績だったのだが。一口4000円で、賞品は役3000円というところか。はっきり言って赤字なのだが、15日間楽しめるという点ではなかなかのものである。あらかじめ、10点から1点までの10人の力士を選び、勝てばその得点が得られる。大関、横綱からは一人だけ選べて、平力士が横綱に勝てば4倍、大関に勝てば2倍という単純なルール。したがって、書いて(登録して)しまった以上は、あとは何もできない。ただ勝てと祈るだけである。私は母と叔母と3人で参加し続けているが、これまでに一番成績が良かったのは7位というのがあり、マウンテンバイクをもらった。叔母は偶然の飛賞で10万円値の電化製品などが当たったことがあった賭博性が高く違法だとの指摘もあるが、止められません。
2009.05.25
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夕張市の65歳以上人口(高齢者人口)は39.7%と全国の市の中では最高率である。これはとりもなおさず、昔の夕張を知る住民が多いということでもあり、これを財産として使わない手はないと思う。実際にシルバー人材的な雇用はあると聞いているが、ボランティアとして活用できないものだろうか。昔の炭鉱や炭鉱住宅の話、学校や先生の話、人車や太陽灯や街の活況があった頃の話など聞いてみたい。ひょっとしたら、私のことはともかく、父のことを知っている方がいるかもしれない。出会いと場所があればという思いが強いのだが、いかがなものだろう?
2009.05.24
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夕張市役所には、過去の住民たちを迎える気持ちが必要だ。忙しいのは理解できるし、観光気分の人たちの相手をしている暇も無いこともわかっている。だが、何らかの方法で夕張を訪ねてくる人々を歓迎しなくてはいけない。 具体的には、ふるさと納税の窓口を市役所に設けることだ。「ふるさと納税制度」については、後で詳しく書くつもりだが、とにかくホームページ上で募集するだけではなく、もっと積極的に募集すべきだ。昨年、市役所に行ったが、ふるさと納税についての窓口も無ければポスターも無かった。これは問題だ。 市役所に場所的、人的余裕が無いなら、廃校になった施設を使いボランティアに活躍してもらえばいい。 私は、本気でこの案を夕張市に提案したいと思っている。
2009.05.23
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30年前に卒業した大学の学長が秋田にいらっしゃるというので、あわてて歓迎会に出席した。今は学長様だが、私の学生当時は研究室の助手に過ぎなかった。行きつけの喫茶店「嵯峨」で、コーヒーを飲みながら、「スカイラインに乗りてー」と言ってた若者が、今や学長。その喫茶店のマスターも昨年亡くなり、私も秋田から相模原日帰り葬儀参列という離れ業をやってしまったのだが、そのマスターもお世話になったので、是非お会いしたかったのだ。で、仕事の後と翌日の前半を休み、参加してきた。本当に参加してお会いできて良かった。 そんな訳で、昨日の書き込みが出来なかったのだが、何かしら油断してしまい、危なく今日の書き込みまで忘れるところだった。なんとか間に合ったかな?
2009.05.22
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過去の住人に夕張に来てもらうためには、市役所も変らなくてはならない。何しろ、昔住んでいた住宅は無く、学校も無い、商店街にも昔の面影は無い。 昨年、市役所に行ってみたが、銀行の片隅に窓口があるというかんじで、何か寂しい気持ちにさせられた。市役所に「市民ホール」とかは絶対必要だと思う。前回に述べた、夕張の映像や資料を用意しろとは言わないが、ようこそ夕張への気持ちを窓口で示して欲しい。私のような夕張の過去の住民で夕張好きな者が、頑張れと声をかけられるような場が必要なのだ。この声が藤倉市長以下に届いてくれればと心から思うのだが。
2009.05.20
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夕張で撮影された映画でもっとも有名なのは「幸せの黄色いハンカチ」だろう。今見直しても当時の夕張の映像が懐かしい。最近ではワハハ本舗の「冬の幽霊たち」というDVDを購入したが、古い炭鉱住宅のふすまの模様が、昔の我が家と同じだったことに、言いようの無い感動を覚えた。また、萩原健一主演の「アフリカの光」という映画には、私の住んでいた住ノ江町の家が写っており、大学時代に観たときにはおおいに驚いた。 終着駅というイメージやSLが走っていたことや、映画の街として名をはせたこともあり、夕張で撮影された映画やドラマはかなり多い。CMや炭鉱の廃墟跡で撮影された特撮モノも多いと聞く。さらに、ニュースなどの夕張関連映像を集められないものだろうか。それを夕張に帰ってきた過去の住民に観てもらえるような場が必要だと思う。
2009.05.19
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夕張市長や市職員の皆様は、夕張の情報を正しく知っておられるのだろうか。夕張市の掲示板「想いでの散歩道」はずいぶん前に閉鎖されているし、コンピュータはおろか、新聞、雑誌を購入するのもままならず、たとえ、それらがあったとしても、多忙な業務で目を通す暇がないのではないか。だが、市職員が現状の報道を知らないというのはいかにもまずい。 朝日新聞、読売新聞では夕張に支社を設けているし、道新や読売では夕張関連の本も出版している。他の新聞社や出版社に、夕張関連記事を送ってもらうようにお願いしてみるのはどうだろう。 同じく、テレビ、ラジオ局にも夕張関連報道をまとめて送ってもらえるようにお願いをしたらどうだろう。それらを整理、保存するのにふさわしいのは、やはり図書館だと思うのだが、その復活が難しいのなら、そのための一部屋を市役所内にでも設置できないものだろうか。
2009.05.18
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夕張の図書館も閉館というか廃止されている。少ない娯楽施設としても、情報発信基地としても、図書館は必要だ。図書館そのものの復活が無理ならば、何らかの代わりになる施設を設けるべきだと考える。 まさに、無いものねだりなのだが、図書館にはやってもらいたいことがある。それは、夕張に関係するありとあらゆる記事、出版物、映像を集めることだ。新聞、雑誌、ニュース、ドキュメント、ドラマ、関係ネットサイトなど、全てを集めるのだ。過去の炭鉱事故関連のニュース映像など、負のメディアも含めて全てを収集するのだ。鉛筆1本買うのにも大変な財政再建団体だということはわかっているが、そのことを報道している記事などが夕張市に無いというのは、どう考えてもおかしい。時間と手間がかかる仕事ではあるが、この情報化の世の中、発行元、製作元に協力を呼びかければCD、DVDによる収集は可能なのではないか。
2009.05.17
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「夕張を学ぶ会」(宇都宮大学の田巻松雄代表)の会報「夕張学」に紹介されている畠山哲雄という炭鉱画家がいた。畠山さんは、炭鉱に勤務しながら夕張の風景を描き続け、380点あまりの作品を残した。実は、畠山さんの娘さんと私の妹は親友で、家も同じ福住だった。私にとっても画家というより、○○ちゃんのお父さんという感じだったが、何回か黙々とキャンバスに向かっている姿をみかけた。子供だった私には、そのことの意味も作品もわかっていなかった。しかし、後日絵葉書になった作品を見て衝撃を受けた。写真にも残っていない懐かしい景色が、いや、たとえ写真が残っていたとしても、それ以上にインパクトがあった。 畠山さんの作品は夕張市に寄贈され美術館で保存公開されていたが、財政破綻により美術館は閉鎖され、的確な保存もままならない状態だという。夕張市には、美術館の再開が無理なら、せめて適切な保存をお願いした。これは、夕張市の大きな財産なのだから。
2009.05.16
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たった今、ニュースステーションで夕張市緑陽中学が、修学旅行で東京に行き、夕張メロンの販売をしたとのニュースを見た。夕張には、清水沢と千代田の二つしか中学は無いと認識していたが、もう一つあったのだと知った。しかし、今期限りで小中学校は1校づつになるというのだから同じことか。ニュースの内容は、夕張にとって好意的なものだったが、なにしろ、取り上げてもらえるだけでも本当にありがたい。 職員が大量に減り、一般業務をこなすだけでも大変な夕張市ではあるが、廃校になる、または廃校になった全ての学校の歴史を保存することだけは実施して欲しい。思えば、小学校の時には卒業アルバムなどは無かったが、中学からはちゃんとあった。これらを学校別に保存することは、今からでも可能なのではないか。時間と手間のかかる仕事ではあるが、ボランティアを駆使してでもやるべき仕事だと思うのだが。
2009.05.15
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夕張駅の思い出はたくさんある。駅のキオスクは夢のような場所だった。書店でしか買えなかった、当時まだ40円のサンデーやマガジンが売っていた。家族で旅行する時などにしか、それは買ってもらえなかったが、お年玉をもらった時には駅に走り買ったものだった。 話はちょっとはずれるが、高校の頃汽車通学をしていて、清水沢駅のキオスクで、そこでしか売っていないプロレス専門週刊紙のファイトを買うのが楽しみだった。思わずキオスクで立ち読みしてしまい、おばちゃんに「買わないなら、立ち読みやめろ」と怒られたこともあった。コンビニ全盛の今、夕張だけではなく田舎の駅のキオスクはほとんど全滅状態だが、昔のキオスクは夢のような店だった。それを知らない今の若い人たちは、ちょっと気の毒な気がする。
2009.05.14
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JR(国鉄)夕張駅は、私が知っているだけで2度も場所を代えている。現在は、ホテルマウントレースイの正面にある。記憶は定かではないが、昔の夕鉄の始発夕張駅も、末広のあの辺にあったような気がするのだが。その前は、市民会館裏にあったはずだ。ちらっとだけしか見ていないが。 私の夕張駅は、夕張神社の下にあった。今の黄色いリボンターミナルというより、田中義剛氏がメロン生キャラメルで買い取った場所だ。ここに駅があったのは、すぐそばにあった洗炭機(石炭を洗う場所)の近くだったからで、人(客)より石炭を運ぶための駅だった。しかし、この駅は思い出深い。正真正銘の終着駅として、奥村チヨなんかが、プロモーションに来たりしていた。何より、クルマ社会の以前には、ここが旅の始まりの場だった。 現在、夕張市民病院(かっての炭鉱病院)よりて丁未側には住む人はほとんどいない。だから、駅を必要とする人もいないのだが、わたしにとっての夕張駅は今もここなのだ。(しつこく続く)
2009.05.13
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石勝線新夕張駅は、紅葉山にある。夕張全盛期には、片田舎扱いだった紅葉山が、今や夕張の鉄道の拠点である。ここを夕張列車観光の目玉にできないものか。 もう一つ、ここは道東自動車道の現時点での終点にも近い。道東自動車道は石勝線とは着かず離れずしながら東へ向かうのだが、現在も大夕張地区では盛んに工事が行われている。開通の暁には、かなりの利用者が見込まれるのであろうが、果たしてそれは何時になるのか、たとえ完成したとしても、メロンを売るサービスエリアができるぐらいで、通過地点になってしまうのではないかなど、素人の私には何も判らない。 ただ、新夕張駅と道東自動車道を利用して、そこにレンタカーやバス、観光タクシーを配置して夕張に客を呼び込めるようにする準備が必要なのではないか。そんなことを頭の片隅に置いていてくれる人がいるだけでもいいのだが。
2009.05.12
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夕張には私が知るだけで4つの鉄道があった。JR(国鉄)夕張線、JR石勝線、夕張鉄道(夕鉄)、三菱大夕張鉄道。残っているのはJRの二つのみ。 三菱大夕張線は、我が家のすぐ横を走っており、大夕張、南部からは通学列車として重要だった。SLが自宅の目の前を通るのだ。鉄にとってはたまらない聖地だったろう。 夕鉄は昭和40年代には廃止されていたように思うが、スイッチバックで有名だった。私たちにとっては錦沢という遊園地に行くための夢の汽車だった。 夕張の鉄道については(前に覗いたことがあるような気がするのだが)、もっと詳しいサイトがあるはずだ。どちらの私鉄も跡地さえ残ってはいないが、夕張関係者ではない鉄道ファンにとっても、これらは重要な観光資源になる可能性がある。
2009.05.11
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夕張の街は大きく変ってしまった。誰もわからないのを承知で書けば、私が最初に住んでいた旭台地区には、建物の残骸さえ残っていないし、そこへ行ける道ももはや無い。次に住んでいた福住一区にも住宅は無く、昨年行こうとしたが、エジジカやクマさえ出そうな雰囲気があり、行けなかった。最後に住んでいた清水沢住ノ江町というところは、ダム工事の影響で埋め立てられ、面影も無い。家のすぐ横を走っていたSLの線路もとっくに無くなっており、場所を確かめるのも難しい。 当時、歩くしかなかった本町への裏道はすべて整備という名で変えられた。母と妹と歩いた国鉄の官舎があった通りは何も無くなり、喫茶富士やミツノ楽器店などがあった炭鉱病院から本町へ至る通りも、あっさり無くなってしまった。 必要があってやった整備や改善だったのだろうが、大切な場所を壊されてしまったような気がしてならない。
2009.05.10
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過去の住民に「夕張に行ってみたい」と思わせるのは昔のままの街並みが一番である。しかし、あれだけ山の斜面にまで建てつづけていた住宅は、ほとんどが集合住宅に集約されてしまい、道路も変えられ、昔ながらの建物は本当に少ない。残念なことである。 現在、小学校も中学校も2校づつしかなく、どちらも市内に1校だけになるという。私の母校の幌南中学校は、閉校記念を実施し学校の歴史資料や校舎も残っているが、他の小中学校では、何も残っていないのが現状である。校舎を保存するのは難しいが、写真や資料を残すことは、今からでも可能な部分があると思うのだが。かっては夕張第二小学校や夕張北高校舎を宿泊施設として使用していた。昨年、母校でもある第二小学校に行ってみたが、もはや再開は不可能なほど破損がすすんでいた。しかし、北高の方はまだ再開可能だと思うのだが、そこを、「夕張の生活博物館」的なカタチで利用できないものだろうか。
2009.05.09
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過去の住民を夕張に呼ぶためには何が必要だろうか。文化遺産としても貴重な石炭の歴史村の模擬坑道は国が金を出しても残すべきだと思うが、あとの現在閉鎖している施設はほとんどいらない。むしろ、「ひまわり」のような格安の宿泊場所を復活させるべきである。「ひまわり」は私たちがほんの数ヶ月しか過ごせなかったが夕張北高の当時の新校舎を利用したもので、ここで同窓会を実施したこともあった。また、後で詳しく書くつもりだが、美術館と図書館は、形を変えても復活させるべきだと思う。 しかし、その目玉となる施設は、炭鉱住宅である。スタンダードな炭鉱住宅を、たった一棟ずつでもいいから、保存しておくことだ。管理が難しければ、人に住んでもらってもいいし、宿泊施設として使用するのもいいだろう。実際に、夕張を訪れる過去の住民は、何もなくなった元の居住地区を何かを探すかのように歩き回る。そこに昔住んでいたのと同じ住宅があればと思うのは私だけではあるまい。
2009.05.08
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それでは夕張の観光のターゲットはだれにするのか?来ていただきたいのは過去の住人である。12万人近くが住んでいた夕張。私のように熱狂的な夕張フリークばかりではないことはわかっている。しかし、夕張に帰って歩いていると、どう見ても住民ではない方々が、クルマを止めて、散策しているのだ。ある時など、夕張関係のネット上でしか知らない方と出会うこともあった。確実に夕張に思いのある方々を夕張に呼ぶことこそ、夕張の観光ではないかと考える。具体的な方法について続けて書いてみたい。
2009.05.07
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財政破綻の元凶のように言われている観光化計画は、最初からターゲットを見誤っていたのだと思う。たとえディズニークラスの施設を造ったとしても、終着駅の代名詞だった夕張にお客さんが来るわけが無い。しかも厳しい冬のことを少しでも考えたならば、大観覧車など、狂気の沙汰だった。私も、子供が小さい頃に一家で一度だけ行ったことがあるが、まあ、一般の地方の遊園地ということで、また訪れたい施設ではなかった。 これは本題には関係ないのだが、あの遊園施設の場所は天竜グランドであり、校舎増築の繰り返しでグランドのなかった母校夕張市立第二小学校の運動会等を実施する場所だった。当時盛んだった草野球のメイングランドでもあった。そんな想いでの場所が、夕張崩壊の象徴的な場所になってしまったことは本当に悲しい。
2009.05.06
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講談社文庫 追跡・「夕張」問題を了読した。つらい現実が記されており、北海道新聞社の冷淡とさえ感じられる報道姿勢が気になった。 また、ふるさと納税制度について、ほとんど触れられていない点も物足りなかった。何度も言うが、過去の住民の力を借りることが、夕張再生の手助けになると私は考える。 昨年訪れた夕張には、観光施設がほとんど無かった。夕張市のために応援グッツを買おうにも、ホテルの売店に少しだけ置いてあるだけで、そこも閉まっていたりする。メロンが終わってしまう季節には市内には観光みやげのカケラもないのである。紅葉山に観光物産センターがあるが、そこでさえ、メロンシーズン以外は閑散としている。どうすれば、夕張に人を呼べるのか、もう一度考えてみたい。
2009.05.05
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帰省した子供二人にかき回され、散々な連休だ。やれ、飯だ、買い物だ、友達と会うなど、自分のことだけをやっていれば良かった日常に比べるとイライラの連続である。母親がいないということもあるのだが、こちらが気を使っているのが彼らには伝わらない。二人とも明後日と明々後日には帰るのだが、どうにも暢気で腹が立つ。 これも、子供たちが自立しつつあるということなのだろう。
2009.05.04
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4月から会社勤めを始めた息子が、研修先からゴールデンウィークで帰省している。大学生の娘もいっしょなので、気ままな一人暮らしは崩壊し、飯の算段や洗濯まで子供たちのペースでやらなくてはいけない。苦痛ではある。 そんな息子も25日には初給料をもらったという。30年前に初給料をもらった時、両親にささやかなプレゼントを贈った。まぁ、それ以後は家に金を入れたわけでもないので偉そうに言えることではないが。息子が何のそぶりもないので、こっちから「今度晩飯をおごれ」とか言ったら、切れられた。なんだかなぁ。
2009.05.03
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高校の同級生の女性3人が、連休にディズニーランドに出かけて旧交を温めたという。うらやましいことだ。男の付き合いでは、何か用事のある時にしか会おうとしないものだが、女性は違うようだ。 昨日、同期で就職した男の同僚に20年ぶりに会った。髪の毛がかなり後退しており、一目ではわからないくらいだったが、驚いたことに8ヶ月になる孫がいるという。そういえば同期で最も早く結婚したはずだった。なんか、自分の年齢をかんじてしまった1日だった。
2009.05.02
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「太田総理・・・秘書田中」という番組で選挙投票に宝くじをというのをやっていた。それで、前から気になっていたことを思い出した。それは、学生の選挙権である。我が家の子供二人も選挙権はあるが、地元で成人式を迎えるため住所を移していない。この場合、選挙は地元で投票することになる。住んでいるところで投票する方法もあるのだが、ただでも投票に関心の無い若者がそんな面倒な手続きをするはずもない。こんな学生有権者はかなりいることだろう。発掘すれば相当な宝の山だと思うのだが。 そもそも投票権というのは有権者個々に与えられるものであり、その居住地により左右されるものではないと思う。本人の証明さえ出来ればどこにいても投票できるようにすべきだと、大きく出た私です。
2009.05.01
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