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本日、定額給付金が通帳に振り込まれていることを確認いたしました。私と子供二人の12000×3、に母の20000で56000円なりです。 この是非についてのあれこれや、受け取る受け取らない、使う使わない等の議論はかまびすしいようですが、こんなもの、我々庶民にとっては難しいことを考えている場合ではない。本当に不思議なのだが、ちょっとした臨時収入があっても、給料日前にそれが残っていることはまずない。いつの間にか普段の月末と同じように苦しくおわるのである。だから、政治家の先生たち、そんな庶民を相手にしていることを少しはわかったら日本は変るかもね。
2009.04.30
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吉田拓郎のCDを買おうとして、大館市に行きCDショップを全て回ったが、どこにも置いてなかった。秋田が田舎だからなのか、拓郎のニーズがないからなのか、ちょっとがっかりして、ネットで注文することにした。そして3日後の今日、コンビニで入手!なんのことはない、最初からネットで買えば良かったのだ。 今回の拓郎のアルバムは、久々にランクインしており、手作り感の強い内容で、古くからのファンには応えられないものだ。明日から、通勤時間にたっぷり聴こうと楽しみにしている。 タイトルと離れるが、いやはやすごい時代になったものだ。今や、どんなものでもネットで買ってコンビニで受け取れる時代なのだ。利用しながら、半信半疑な自分です。
2009.04.29
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夕張で過ごした子供時代のことで、どうしても書いておきたいことがある。それは、炭鉱の町の子供行事の思い出だ。 小学校低学年の頃、昭和36年から40年ぐらいにかけてだろうか、お盆には浴衣を着て空き缶にロウソクを入れた灯りを手に「ローソクだせ、だせよ、ださないと、かっちゃくぞ」と歌いながら家々を回り、ローソクやお菓子を貰った思い出がある。さらに、盆踊りは、地区ごとに行われており、夕張独特の子供盆踊りの歌が今も耳に残っている。同じ歌なのかどうかもはっきりしないが「シャンコシャンコシャンコ、シャシャンコシャン、手拍子そろえてシャシャンコシャン」というのと、「そろたそろうた、良い子のおどり」というフレーズを覚えている。以前に探してみたことがあったが、CD化されているとの情報も得たが、真偽はさだかではない。こういう文化を保存しておくことこそが、夕張復活のきっかけになるのではと思うのだが。
2009.04.28
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小学校の頃、柔道をやっていた。小学校に入る前は、空前の相撲ブームで、テレビではNHKも民放も全て相撲中継を放送していた。栃錦、若乃花の時代だ。子供の遊びも相撲がもっぱらで、私はそれなりに強かった。さすがに近くに相撲道場はなかったので柔道をやっていたのだった。 同じく当時から絶対の人気だった野球は、からっきしへたくそで、試合に出してもらえなかったし、あの打席の緊張感が苦手だった。それで、野球が苦手な連中が集まって、まだ、流行り始めたばかりのサッカーをやっていたが、それは真似事以下のひどいものだった。 で、中学に入っても柔道をやるつもりだったが、転校先に柔道部がなくて、しょうがなくサッカー部に入った。以来、社会人になるまでサッカーを続けることになる。とにかく、当時の夕張は人であふれており、子供も本当にいっぱいだった。
2009.04.27
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急に騒がれだした豚インフルエンザ。まだ、情報が少なくて、おんなブログでさえうかつなことは言えないのだが、どうも大騒ぎしすぎのような気がしてならない。 私は、毎日豚に接する仕事をしているので、この騒ぎが豚の消費に影響を与えるのが心配である。BSE(狂牛病)騒ぎの時も、そうだったが、牛が原因で危ないという報道ばかりが先んじてしまった。あの時も、国産牛が発症する率は非常に少なく、さらに例え発症した牛を食べたとしても人が発症する可能性は限りなく0であるという説明が必要だった。 鳥インフルエンザは鳥から人へは感染しないとされていたが、感染の可能性があることがわかり危惧されていた。また、豚が人にも感染するインフルエンザウイルスを媒介することは以前から知られており、日常、豚に接している人は真っ先に新しいウイルスタイプのインフルエンザにかかりやすいのではと言われていた。今回はH1型という、豚だけで今までは人に感染しないと思われていたウイルスなので、豚インフルエンザと呼ばれてしまったのだが、どうなんだろうか、この呼び名。
2009.04.26
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最近、テレビで映画を何本か見たが、どうにもどれも面白くなかった。今見ている「少林少女」も、なんだかなぁだし、これは、原作を大きく逸脱したテレビ版の時からおかしいと思っていた「アンフェア」も案の定リアリティがなく駄作でしかなかった。「相棒 劇場版」もヒットした割には、どうして劇場版でなければいけなかったのかがわからない作品だった。もっともがっかりしたのは「レッドクリフ」。もともと、ひねくれているので、もてはやされている作品は見ない。「ハリー・ポッター」も見たことが無い。テレビから映画への流れが続き、それなりに邦画が盛況のようだが、こんな作品ばかりでは、また、客は遠のくと、今回は断言する。
2009.04.25
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ホームページとか、ブログというものには当然のように波がある。ウェッブとかけた駄洒落のつもりはないのだが。まぁ、このブログは波が起きるほどの大きさがないので関係ないのだが。 卒業高校のホームページを無理やりお願いしてつくってもらった。不明だった同窓生がみつかったり、同窓会の前後には掲示板が大活躍したりしていたものの、ここ数年は訪れる人もいない惨状だった。管理人でさえ訪れることの無いHPは悲しく忘れ去られるところだった。今回の恩師の訃報で、また、何人かが寄ってくれたようだ。正直、書き込みをしても反応の無いHPには、あきらめ気味だったのだが、やっぱりこのまま自然消滅はさせたくないと思い直した。このブログも同じようなものだが、少しでも覗いてくれる人が増えるように、書き込みしようと思い直す私です。たとえウザイと思われても。
2009.04.24
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今日の世間のブログは、きっと草薙逮捕のネタでいっぱいだろう。そのニュースを、仕事の現場で同僚から聞いた時、スマップ解散、地デジ化延期を思い浮かべた。で、その同僚に地デジはどうなるのだろう?と聞いたところ、答えは「ま、アンテナよし!」ということでだった。自分で「下ネタかよ」と突っ込んでいた。これは笑えた。 私個人は、スマップも草薙も好きなので、いやはや残念というところだが、一番困っているのは、逮捕してしまった警察官ではないだろうか。これほどの大事になろうとは、警察も思っていなかったのではないか。 それと、この事件を起こしたのが、井出らっきょや、江頭や、小島よしおだったら、どうだったろう。多分彼らは、警察に素直にあやまり、逮捕などされなかったのではないだろうか。稲垣吾郎の時もそうだったが、スマップだったから「ごめんなさい」が言えなかったのではないかとも思うのだが、どうでしょうか?
2009.04.23
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午前中に、夕張でガソリンスタンドをやっている友人から電話があった。かけ直して見ると、高校時代の先生が亡くなったという。今日の北海道新聞の夕刊に載ったそうだが、アイヌネギ(行者ニンニク)を採りに行って崖から滑落し亡くなられたらしい。 亡くなられた清水先生は、体育の先生で、私たちの卒業した昭和49年にはD組の担任だった。また、長く夕張北高の男子バスケット部の顧問をされていた。4年ほど前の同窓会にも来ていただいた。 私の知る限りの同級生には連絡をしたが、近くに住む人で可能な人は葬儀に行っていただきたいものだ。ご冥福をお祈りいたします。
2009.04.22
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今月の講談社文庫の新刊に、追跡「夕張」問題というのが出版された。北海道新聞取材班によるこの新刊をさっそく購入し読み始めたところだ。全部読んでいないので感想は書けないが、こんな文庫が、心配していた夕張が忘れられそうな時にタイミングよく大手から出版されたことは大きな意義があると思う。 以前私は、ふるさと納税制度に確定申告が必要だということがネックになっていると考えて改善を求めた投稿をしたが、その問題について朝日新聞の論壇などで意見が交わされている。どちらにしても、夕張に何かしたいと思っている人が、その気持ちを簡単に実現できるような制度が必要だと思うし、そこに頼ることが今の夕張には必須だと考える。
2009.04.21
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なんか、愚痴りたい。築15年たつと家や家具がみんな壊れてくる。ボイラー、ストーブに続き洗濯機が壊れた。昔は子供たちの部活やらで大活躍してくれたものなので、限界なのかもしれないが、問い合わせてみると、ひょっとしたら直る可能性もあるという。今より小さいので同じような機能のものならば、修理代と同じくらいで買えるようだ。ちょっと悩んでしまう。 もう一つ、今日、銀婚式祝い金の3万円が出るので、結婚25年目に該当する職員は申し出るようにとの文書が回った。考えてみると、ちょうどビンゴだったが、妻が生きていればの話だった。なんか納得いかないだよなぁ。
2009.04.20
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あぁ、気持ちよかった。世間ではアカスリのことを誤解している向きが多い。例えばファッションヘルスなんかと勘違いしているのだ。韓国式なんかというと、さらに誤解されるが、ちゃんとした公衆浴場にあるアカスリにはそんな気配はまったくない。店の方でも用心していて、男性客にはほどよいお年の、まぁ早く言えばオバちゃんを向かわせる。だいたい、あの場所で、あの状態でいかがわしいサービスやら、もよおしてしまうことはありえない。 アカスリは韓国ではマッサージ以上のリラクゼーションであり、あの心地よさは、もっと多くの人にもわかっていただきたいものだ。
2009.04.19
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明日は、月に1度の贅沢、アカスリに行く。3年ほど前に、初めてやってから病み付きになった。文字通り一皮むける爽快感がたまらない。 本場韓国では、銭湯並みに店があり、週1回はアカスリをするのが常識だと、アカスリのオバちゃんが言っていたが本当だろうか。秋田県には、秋田市に2件ほどしかなく、県北には無いのが残念だ。やっぱり客が少ないのがその理由だろう。地道にアカスリ仲間を増やすPR活動をしている私です。
2009.04.18
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比内地鶏は今、ピンチである。ブームのピークはどうやら平成19年だったらしい。それでも20年度前半まではなんとかなっていたのだが、原油高騰と世界的不況により発注が激減した。普通の鶏肉より、お高い比内地鶏の売れ行きは激減したのだ。きりたんぽ鍋セットの注文は半減し、比内地鶏専門店は「比内地鶏あります」に看板を替えたのがこの結果である。 打開策は、秋田在住の柳葉敏郎が全国的なCMを打つとか、先日当選した新知事が東国原知事ばりの派手な宣伝活動をするしかない! どの企業も不況で苦しんでいることはわかっているつもりであえて言わせてもらう。実を言えば私の仕事上、この比内地鶏不況は大変なことではあるのだが、ここは純粋に秋田県民として、なんとか比内地鶏の売り上げが上がることを祈るばかりだ。
2009.04.17
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比内地鶏は、薩摩軍鶏、名古屋コーチンと並ぶ日本三大地鶏と俗に称されているが、実はその数は年間100万羽弱しか生産されていない。他の二つに比べると文字通り桁違いの少なさなのである。 そもそも、比内地鶏は3月から4月にかけて雛を導入し、新米のシーズンにきりたんぽ鍋のベースに使うというのが常識だった。秋田県内でも高価なこの鶏を食べるのはなかなかの贅沢とされていたし、今でもそうである。ところが、そんなに旨い鶏ならば、なぜ通年で食べないのかという声があり、マスコミにこれが取り上げられ、マンガ「美味しんぼ」や、キリンビールのCMに取り上げられるなどして、ブームが起きたのが4年ほど前。おととしまでは右肩上がりの上昇で、売れに売れていた比内地鶏だったが、ここに来て大ピンチを迎えている。(続く)
2009.04.16
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拓郎は、コンサートツアーを、この夏で止めると公式に発表した。でも、それを一番悔やんでいるのは本人のようだ。なにしろ残念なのは、東北での公演がないことだ。仙台あたりでやってくれればと、今でも思っている。 2年前に、小ホールツアーというのがあり、私は北上市でのチケットをゲットしホテルの予約までしていたのだが、延期になり、その延期公演も中止になってしまった。 昨年、再結成された猫が、私の住む田舎に来てくれて、最高のライブを楽しむことができました。ツアーを止めた拓郎さんも、何かをやりたいということだったけれど、私のような地方のファンのために、どこかのライブハウスで密かに気まぐれ出演だとか、いきなり地方の会場で気まぐれコンサートだとか、必ずやってください。そんなことを期待しています。
2009.04.15
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昨日のビッグサプライズの「吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド」が、今もショックが続いている。 拓郎との出会いは、中学生の頃だったろうか、当時、北海道のHBCで人気だった白馬康二アナが、HTBに移籍し、若者向けの深夜テレビ番組を始めた時だった。そこにゲストで現れた、ぶっきらぼうな、訳のわからない歌(たしか「マークツー」だったと思う)を歌ったのが拓郎だった。 その時は、「また、変なのがでてきたなぁ」ぐらいにしか思っていなかったが、その後の大ヒットで拓郎は時の人となり、なんやかんやでフォークのプリンスから、日本音楽史上のカリスマとなった。マスコミ(主にラジオだが)を通して、世間や大人やファンに対しても、好き勝手な発言をしながら、それが逆に人気を呼んだ吉田拓郎。私たちファンが、あなたが好きだったのは、その生き様やらなんやらより、あなたの歌が曲が好きだからなのだ。(続く)
2009.04.14
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私は片道1時間近くのマイカー通勤をしているが、帰りはニッポン放送のラジオを聴いている。なぜ、帰りなのかというと、秋田では、その時間しか聴こえないからなのだが、今日も、何の気なしに聞いていると、いきなり「吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールデン」というのが始まった。 吉田拓郎は私の最も好きな歌い手である。カーラジオから流れる拓郎の声は、ちょっとしわがれており、最初は心配だったが、新アルバムの歌声は昔のままだった。クルマを停め、同い年の拓郎ファンの友人に電話した。 家に着いても、ラジオを聴き続けたが、その内容で驚いたのは、あの陣山俊一氏の死だった。拓郎の深夜放送のほとんどを聴き、東北でのコンサートには何回も通った私にとっても、ショックだった。まとまりのない文になってしまったが、とりあえず陣山さんのご冥福をお祈りしたい。
2009.04.13
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ハタハタは他の県ではほとんど食べられないという、秋田県の県民魚である。北海道で生まれ育った私ではあるが、両親が秋田なので、ハタハタは小さいときから食べていた。秋田県の内陸部では、冬に食べる魚は安くてたくさん獲れたハタハタだけであり、子供の頃のその記憶から今はもう食べたくないという人も少なくない。 10年ほど前、それほど獲れたハタハタが、パタリと数が減った。魚よりもそれを入れる木箱の方が高いといわれたハタハタが食べられなくなり、県民は困り果て、県を挙げて資源回復に努めることとなった。 個人的には、どの魚とも違う味わいのハタハタは好きだが、中でも義父が獲り、義母が漬けてくれるハタハタの鮨が、私の冬から春先までの酒の肴でとっておきのお気に入りだ。
2009.04.12
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秋田で、「なまはげ」についでネーミングに使われるのが、「こまち」である。代表的なのは新幹線「こまち」であり、県産米の「秋田こまち」などだが、その他にもやたらに多く使われている。 小野小町が秋田県湯沢市の出身だというのが、多用される理由なのだが、これが甚だ根拠に乏しい。日本各地に小町伝説が残っており、出生地にも諸説ある。どうやら先に言ったモン勝ちというところらしい。小町塚というのが全国各地に存在し、私も秋田市で見つけたことがあるが、どう考えても大昔に作られたものとは思えなかった。 なまはげよりも実体のはっきりしない小野小町を、自分の県のシンボルにしてしまったバイタリティには秋田県、あっぱれと言いたい。
2009.04.11
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秋田と言えば「なまはげ」である。「なまはげ」のような行事は全国のどこにでもあるが、やはり、インパクトのある鬼の面が、ここまで有名になった理由ではないだろうか。 男鹿にあるなまはげ館は、なかなかだ。水族館GAOとか温泉もあるので、秋田に来られたら男鹿半島に行くことをお勧めする。ここまで、有名になったら、何といわれようと「なまはげ」で押すべきである。サッカーでもバスケでも、秋田県の地元チームが出来るのならば、そのチーム名は「ゲハマーナ秋田」にすべきだと私は思う。商標登録しちゃおうかな。
2009.04.09
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秋田県で有名なものと言えば、1.なまはげ、2.秋田こまち、3.ハタハタ、4.比内地鶏ぐらいなものか。ちょっと寂しいがこれが現実である。1は別として、2~4はすべて食べ物であり、私の仕事にも関係している。特に比内地鶏については、今の仕事に大いに関係があり、他人事ではない。これについては、後でゆっくり書いてみたい。 世界的不況の中、秋田県も例外ではない。今やすっかり秋田県人となった私だが、そこは夕張育ちである分、ちょっと醒めた目線がまだ残っている。で、秋田名物について、私なりの考えを書いてみたい。
2009.04.08
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昨日のフジテレビの特番で、北の国からの名シーンをやっていた。私は当然のようにこのドラマの大ファンである。もう、全てが好きなのだが、三大泣けるシーンを挙げると、第三位は、昨日の番組でも話題になっていた五郎が凍死しそうになるシーン。第二位はトラックに乗せてもらって上京する純が、五郎からの泥のついた1万円札に涙するシーン。そして第一位は、やはり地井武男が妻を亡くするシーンだ。自分も女房に死なれた直後の放送だったため、本当にまいったものだった。また、観直したくなってしまった。
2009.04.07
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もう、秋田県は大迷惑。鈴香事件以来の大報道陣。フジ系に出ていた八峰町は、ほんの隣町、女房の実家はそのホントの隣の能代市だったが、気をつけろ、落ち着けったってどうしていいかわからない。で、私は何をしていたかというと、いつもの日曜日のように好きなラーメン屋のテレビでそのニュースを知り、被害が無くてよかったなと思いつつ昼風呂に入ったのでした。 すごく単純な疑問がある。それは、北朝鮮は、自国の領土・領海内で衛生の打ち上げを行うことが不可能だったのかということ。日本や国連はそのことを確認したり、こうした方がいいというアドバイスをできなかったのか。まぁ、会話ももてない国だからこそ、こんなことになったのだとは思うが、ここは、中国やロシアが、「飛距離を誇示したいとかなら、オレの方に向けて撃てよ」ぐらい言えば、丸く収まったのではと、子供っぽく思うのだが。
2009.04.06
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ようやく、もう雪の心配はないのではと思いタイヤ交換をした。職場のある八幡平は、一時的には北海道よりも寒くなることがある。多少の不安も残るが、スタッドレスタイヤの減りを考えると今日が換え時である。 新社会人の長男も無事、入社式を終えたようで明日からは研修だという。実家の自分の部屋を大整理した彼を見習って、古い不用品を処分し始めた。なにせ、女房が亡くなってから7年たったというのに、とくに大掃除はしていないので、衣類などは捨てなければならないものがずいぶん貯まっている。使わなくなったというか使えない家電もかなり出てきた。ここは、ひとつ、土日を利用して大処分に踏み切ろう。
2009.04.05
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ターちゃんは、夕張が大好きで、ご両親をお連れしたりしてこれまでに何回も訪れている。高校まで夕張に居た私に比べ、知人など皆無なのにだ。恥ずかしながら私もそれを真似て、ここ2回ほど、母を連れて北海道に行き、在住の妹と会ったりしている。 これは私の方が勝手に盛り上がっているのだが、なんとかターちゃんといっしょに夕張に行きたいのだ。離れているし、お互いの仕事の都合もあるので、簡単にはいかない。今年は無理かもしれないが、絶対に実現したいものだ。
2009.04.04
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ほとんどの病気は、年齢と不摂生から始まるが、歯の病気ほどそれを痛感し、恥ずかしいものはないのではないか。私も、小学生の頃から歯医者通いしており、ここに来て、また通院中である。治療してもらった後には、今度こそちゃんとして、もう歯医者には世話にならないぞと思うのだが、何度もそれを繰り返してしまう。 今回は、いよいよ年齢から来る歯周病とかで、以前に治療した歯が、次々に根が痛み、立て続けに3本の治療をしているところだ。いや、ほんと、暗くなっちゃいますよね。
2009.04.03
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ターちゃんは、現在茨城県で複数の美容院を経営しおり、ご両親と奥さんと二人の娘さんと2世帯住宅にお住まいだ。お邪魔した際には、おじさんの夕張を離れた理由や、それからの苦労などをお聞きした。 ターちゃんもまた、茨城になかなか馴染めず、大変だったという。私も秋田県は嫌いじゃないが、故郷はあくまでも夕張だけである。夕張を去った方々は、大人も子供も大きなショックに打ちのめされる。そんな同級生に会うたびにそれを思い知らされた。 どんなに過疎になろうとも、故郷に帰れば実家があり、母校があり、残っている友人が居るのが普通だが、夕張にはそのどれもが残っていない。だからこそ故郷への思いがつのるかもしれないのだが。 たかだか12間ぐらいしか夕張に暮らしていなかったのに、ターちゃんの夕張愛は半端ではない。そして、わたしも同じだったからこそ、この奇跡的な出会いが実現したのだとつくづく思う。
2009.04.02
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縁もゆかりも無い秋田の田舎にターちゃんが訪ねてくれた。駅で迎えたがお互いに38年ぶりなので、半信半疑だったが、やはりわかった。秋田の名所を巡り、風呂へ入り、食べて飲んで、ようやく、少しだけ昔に戻れた。行きつけのスナックのママから後で聞いたところによると、ターちゃんも、風呂へ入ってみて、やっと私を昔の私なのだと確信できたとのことだった。 それから、今日まで、ターちゃんはあらゆる機会を利用して何回も秋田に来てくれて、私も出張のついでに茨城のお宅におじゃまし、懐かしいおじさんとおばさんにもお会いすることが出来た。故郷夕張の現状では、そこに帰っても知人・友人はほんの少しで昔の話もなかなかもりあがらないが、茨城では、思う存分夕張について懐かしい話ができた。ネットの発達のおかげで、考えられなかった出会いが生まれ、至福の時間を過ごせたのである。
2009.04.01
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