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ここに来て、最後の最後にいろいろあった。まず、今日には、旦那の実家の新潟長岡に出発予定だった娘と孫が、悪天候の予報で、新潟行きを、断念、二日に秋田空港から帰ることになった。その強風雨の影響で、帰省中の息子の部屋で雨漏りが発生。雨と風がやむとおさまったのだが、これは大ショック。2階を建て増しして20年ちょっとなのだが、屋根というより、壁に問題があるらしい。さらに、困ったことには、この家を建てた地元工務店は、数年前に廃業しており、修理の目当ても付かなかった。なんとか、年明け7日に修理の予約を入れることができた。我が家の二世帯住宅は、下が築40年以上で、建て増しの2階が20年以上、しかも、下は、ここ数年誰も住んでいないので、なんとかしなければとは思っているのだが、どうにも、踏ん切りがつかない。なにか、今年最後に、どうにかしろと、発破をかけられた思いだ。まぁ、それでも、大過なく、令和元年を終えられそうだ。来年も、どうかご愛読のほどを。
2019.12.31
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漫才や講談を含めて、今年の「落語会は、1月2回、2月4回、3月4回、4月4回、5月2回、6月4回、7月4回、8月0回、9月2回、10月5回、11月4回、12月3回の計38回、月に3回強のペースで落語会に行っていたことになる。春風亭一之輔、柳家三三、立川志らくを複数回聴いているのだから、この田舎の秋田在住では、とんでもない贅沢で、画期的な回数ではないだろうか。ここで、こういうのが可能なことには、本当に感謝しなければならない。まだまだ、体力的にも、経済的にも、来年も、同様なペースで聴きに行けるのではないかとは思うのだが、なかなかハードであることは間違いないので、もしかしたら、秋田市~青森市のダブルヘッダーなどは、避けるようにばるかもしれない。ただ、この、この上ない贅沢だけは、来年も続けたい。長谷川席亭、どうかよろしく。
2019.12.30
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前述のとおり、今年の年賀状は大苦戦。例年にない遅さで、ようやく本日完成。コメントを書き入れる時間もなく、明日出すことになった。このスタイルの年賀状も、毎年のようにやめようと思っている。というのも、二人の子供も、とっくに家を出ているので、もはや、自分の家庭があり、家族としては、同じ年賀状に名前を並べるような生活状態ではない。無理が来ているし、このような遅れがあるのならば、次の年賀状で、このスタイルは卒業しようと思う。寂しいことだが、毎年のように、忌中が増えるだけでなく、年賀状を差し上げているご本人が亡くなってしまうのが増えており、枚数も減る一方だ。やはり、生存確認として、パソコンが使えるうちは、出し続けたいのだが、この「家族総出の干支イラスト」形式は、辞め時なのかもしれない。
2019.12.29
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今日は、女房の誕生日で、生きていれば58歳だった。最近は、しばらくぶりにお会いする人が多い。というのも、定年退職後、地元で過ごす時間がや、地元スーパーで買い物することも多くなり、昔の知り合いとも会うことが多くなったのだ。で、長らく家族ぐるみで付き合っていたご夫婦とも、10年ぶりぐらいに、スーパーでお会いし、お互いの近況などについて話すことが出来た。長々と話し、やはり、これからは「孫」のために生きようとの結論に至ったのだが、そうなると、返す返すも、女房に孫を見せてやりたかったと思う。もし、女房が生きていたなら、孫の世話で忙しく、ないがしろにされていたに違いないし、それ以前に、疎ましがられていたに違いないのだが、それでも、孫を見せてやりたかった。
2019.12.28
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私の年賀状は、娘のイラストがなければ成り立たない。今年は、それが遅れて、昨日の朝に、送られてきた。で、いまだに、印刷にいたっていない。というのも、イラスト担当の娘が、孫を連れて帰ってきており、その孫に「ジイジ」と呼ばれると、もう、パソコンにも触っていられない。さらに、地鶏の稼ぎ時の年末は、私の担当が明日までということで、いやはや、やたらに忙しいのだ。ということで、このブログを書いている時間ももったいないので、今日は、ここまで。
2019.12.27
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私のライフワークである、マンガの収集であるが、今年、定期購読していたのは「週刊ビッグコミックスピリッツ」、隔週の「イブニング」、月刊「TEZU COMI」、オンデマンドの「手塚治虫漫画全集」の4種だったが、月刊「TEZU COMI」は、あと3号、来年3月の今年度中で、全18巻が終わりになる。「手塚治虫漫画全集」については、まだ、全343巻の半分にも達していないのだが、完結まで、あと4年も頑張れるのか、はなはだ不安ではある。定期購読の他に、突然発売される、復刻マンガがある。なんといっても、ほぼ手塚治虫作品なのだが、いまだに、毎月のように発売される。これが、ぎょっとするような高価、なので、購入をやめようかとも思うのだが、意地で買い続けている。いいかげん、金銭的にも、保管場所も辞め時なのかもしれない。でも、また続けてしまうんだろうな。
2019.12.26
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「福士」は、実は「日本そばの店」だった。5~6年ほど前には、「かけそば」や「ざるそば」もメニューにあったのだが、とにかく「中華そば」の人気が高く、ご夫婦お二人の体力的なこともあり、メニューが「中華そば」だけでなら営業を続けられるということで、頑張っていたのだった。特筆すべきは、この「中華そば」が、「手打ち自家製麺」であり「煮干し出汁」であるということだ。今では、どちらも、当然のラーメン店のウリなのだが、30年以上前からなのだから、これが「鷹巣のソウルフード」となったのも、うなずける。それと、忘れてはならないのが、独特の「チャーシュー」で、これのファンも少なくない。もう一つ、この店の名物は、「週刊新潮」である。バックナンバー4冊ぐらいがおいてあり、私は、毎回、これを読みながら食べていたのだ。私の水曜日の「中華そば」と「週刊新潮」は、もう戻っては来ない。本当に残念だが、名店「福士」に「ありがとう」と言ってお別れしたい。
2019.12.25
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私が毎週水曜日に必ず通って「中華そば 大盛700円」を食べていた「福士」が12月21日で営業をやめた。以前から、廃業の噂はあり、地元保健所の後輩からの情報もあったので、水曜に行ったばかりだったが、とりあえず、出かけたところ、なんだか、いつもの土曜日より、さらに混んでいるようだ。この店のご主人の奥様は、昔、スナックの向かいでママをやっていたので、常連はママと呼ぶのだが、そのママの話では、なんと、今日が最後の営業だという。材料とかの関係で、急遽決まったのだという。混んではいたが、いつもの私の指定席であるカウンターの左端が開いていたので、そこで、最後の大盛を堪能した。ここには、結婚前の20代の時から食べていたので、本当に残念で感慨深い。お互いに、「お世話になりました」と挨拶を交わし、閉店の無念さと、最後に立ち会えたという、ほんの少しの満足で、お別れしたのだった。
2019.12.24
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昨日の今日の、しかも、松之亟またぎは、やっぱりハードだった。なにせ、秋田市から青森市まで、クルマで、ようやく到着。そんな、追っかけの私もいるというのに、会場は、まぁ、八分の入りというところか。演目は次のとおり。一席目 め組の喧嘩二席目 荒茶三席目 赤垣源蔵 徳利の別れ春陽師匠の実力は、本物であり、連日の演目も、聴きごたえは十分だった。ただ、落語家と講談師の数と、認知度の違いから、残念ながら、なかなか、お客さんは集まらない。それでも、松之亟のおかげで、講談と言う芸能が認知されてきているので、これに乗らない手はない。春陽師匠クラスの若手が、どんどん、地方に来てくれたら、講談も流行りに乗るかもしれない。
2019.12.23
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最近は、テレビ番組も持っていて、頑張りすぎではと心配になる神田松之亟ではあるが、すごい人気で2階席までいっぱいの満員御礼700人。演目は次のとおり。一席目 神田久之介 虚無僧下り二席目 神田松之亟 汐留のしじみ売り三席目 神田松之亟 鮫講釈四席目 神田松之亟 南部坂雪の別れ松之亟は、いつもどおり熱演だったが、まぁ、人気者になりすぎて、最初に聴いた時のような、「講談をメジャーにしてやろう」というギラギラしたところが感じられないと思ってしまうのは、私の考えすぎなのだろうか。まぁ、ここに来て「講談」というものを教えてもらった1年であり、これは、私だけでなく、世間もそうだった。来年は、もっと講談を聴く機会が増えそうだ。
2019.12.22
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チケットの売れ行きが進歩愛されたが、それでも、50人弱の入りは大健闘か。演目は次のとおり。一席目 木津の勘助二席目 荒茶三席目 徂徠豆腐長谷川席亭の「松之亟だけが講談ではない」のパンフのキャッチフレーズは本物だった。春陽師匠の実力は本物。落語会だからこそ選んだと思われる演目も、さすがだった。3題とも、落語よりも落語っぽい講談とでもいうのか、とにかく秀逸。明日は、松之亟をはさんで、青森まで追っかけるのだが、たとえ演目が重なっても、行きたくなる内容だった。そうなると、今回の客の入りは、まったくもってもったいない。落語だ、講談だと、こだわらなくても、芸としては一級品だ。願わくば、春陽師匠が、また、秋田に来てくれることを心から望む。
2019.12.21
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寄席でトリをとれるのは、落語家と講談師だけと決まっている。しかし、講談師は数が少なく、今をときめく神田松之亟が出るまで、メジャーではなかった。恥ずかしながら、私も、ほとんど聴いたことが無かったのだが、長谷川席亭が神田松之亟を呼んでくれたので、知ったというところだ。明日、12月21日18:30から、秋田市のアルヴェで、第17回秋田特選落語会 神田春陽独演会があり、翌22日13:00から、秋田市児童会館で、神田松之亟 講談放浪記Voi.3があり、同日18:30から青森市で第76回シネマディクト寄席 神田春陽独演会がある。もちろん、すべてのチケットは入手しており、今年最後の落語会というか講談なのだが、2日間で3つの会に行くことになった。ということで、明日21日は、秋田市に泊りがけで、年に2階のアカスリロングコースをオプションにして、今年最後の贅沢をする。幸いにも雪は少ないので、安全運転で、赤穂浪士を楽しめそうだ。
2019.12.20
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年齢を重ねると、時間の経過が異常に早く感じる。退職してからはなおさらで、退職から4年もたったとは思えないでいる。さらに、月日も同じで、あっという間に今年も10日あまりとなってしまった。そこで、ちょっと慌て気味で、今年を振り返ってみる。家族で一番大きな出来事は、やはり、息子の結婚式と披露宴だった。息子に嫁をもらうというのは、もちろん初めてのことだったが、まぁ、それなりに、出来る限りはやれたと思っている。「父親」として、子供たちにしてやれる大きなことは、これで終わりで、今後は、孫にとっての良い「爺さん」に専念したいものだ。母は、認知症は進んでいるものの、大きな変わりはない。妹も、定年退職し、それなりに悠々かどうかは、ともかく自適なくらしをしている。息子も、結婚式を終えたし、娘も子育てに頑張っている。とりあえず、息子の嫁と娘の婿の実家を含め、大きな不幸がなかったのだから、令和元年は良い年だった。
2019.12.19
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今、私が通っているラーメン店とは、最長で40年、短くても30年の付き合いである。だから、これまでに通っていた店で、閉店してしまったのも数店あり、現在の常連店の仲にも、閉店とかの噂があり、今日も、ある店が今年いっぱいだとの情報が入った。なにしろ、30年から40年通っている客の私が、65歳になろうとしているのだから、店の方も二代目への引継ぎがうまくいかなければ、続けることは難しいのだ。常連客として、うれしいのは、店側が、それ相当の常連扱いしてくれることだ。ある店では、私の顔を見ると、注文しないのに「わかりました」と言われ、ほとんどの店では、注文する前に「いつもので、いいですね」と言われる。この時に、「えっ、あぁ」とかなにげなく言いながら、他のお客さんに対して、実は得意満面の優越感に浸ってしまうのだ。私の最後の晩餐は「ラーメン」なのだが、なんとも絵にならない。
2019.12.18
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基本的に昼食は「ラーメン」と決めており、職場の関係で鹿角市でローテーションを組んでいる。月曜日は花輪の「森ラーメン」の「醤油チャーシューメン650円」、火曜日と金曜日は毛馬内の「菅野食堂」の「ラーメン650円」、水曜日は仕事が休みなので、鷹巣の「福士」の「中華そば大盛700円」、木曜日は鹿角「寿ドライブイン」の「味噌ラーメン850円」、土曜日は、大館市大滝の「竹園」の「醤油ラーメン650円」、一日でもラーメンを食べないと体に悪いので、日曜日は自宅で生タイプを作って食べる。秋田市に行く時は「ともゑ堂」の「チャンポン800円」、水土日祝祭日が休みの能代市「十八番」では「味噌大ラー油900円」には、なかなかありつけない。最近は、自分でも、胸焼けしたりするので、やめたほうがいいのかなと思っているのだが、スープまで飲み干してしまう。どれも、私にとっては至福の一杯なのである。
2019.12.17
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何回も書いているので、またか、と思われるだろうが、やっぱり、一番好きなのは「ラーメン」である。「そば」や「うどん」は、語れるほど食べていないし、好きでもない。私なりの定義なのだが、「ラーメン」として認めるのは、スープと麺が一体となっていることであり、したがって、「つけ麺」や「汁なし」や「冷やし中華」は別物で、私にとっての「ラーメン」の範疇には入らない。昔から昼食は外食が多かったが、確実に「ラーメン」しか食べなくなったのは30過ぎてからだったか。醤油でも、味噌でも、塩でも、豚骨でも何でもいいのだが、熱くて、スープがたっぷりであることは必須条件だ。とにかく、「また食べたくなる」というのが最低条件で、この年齢になると、おのずと、行く店は決まってしまう。そして、これまでに閉店してしまった店も数店あって、今でも、そこは残念だ。
2019.12.16
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夕張は海から遠かったが、そこは、当時最盛期の炭鉱町とあって、魚介類も豊富に売られていた。北海道では、ホッケやニシンが道の魚として有名だが、毛ガニもまた、北海道を代表する魚介類だ。タラバ、ハナサキ、ズワイガニは、食卓の上った記憶が無く、カニといえば毛ガニだった。当時でも、やはり贅沢だったのか、2か月に1度ぐらいしかお目にかかれず、父が甲羅の部分を酒の肴にし、アシをもらって満足していた。大人になってから、タラバやズワイも食べて、そのおいしさも、わかったつもりだが、やはり、ミソが最高の毛ガニが大好きだ。北海道に行った時は、新千歳空港で必ず買う。秋田では、北海道の魚屋が入っているマルホンというスーパーをチェックして冷凍ものを買っている。それにしても、最近は信じられないぐらいに高値で品薄である。困ったもんだ。
2019.12.15
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NHKラジオ第1の「真打ち競演」の公開収録。無料だが、往復はがきで申し込み当選した。会場は、大ホールなので、さすがに満席とはならず8分の入りか。鹿角のコモッセの時も、そうだったが、放送2回分の収録。演目は次のとおり。1日目漫才 宮田陽・昇 家庭教師漫談 堺すすむ ナーンデカフラメンコ秋田編落語 古今亭菊之丞 夢金2日目漫才 青空球児・好児 国定忠治漫談 柳家紫文 三味線漫談落語 三遊亭圓歌 勘定板さすがに出演者は、実力者ばかり。とくに、青空球児・好児クラスになると、もう、うなっただけでも、ため息だけでも面白い。古今亭菊之丞師匠は、さすがに奥が深く、お客さんも納得。三遊亭圓歌師匠は、枕のほうが長いが、大爆笑だった。入場方法には、ちょっと問題があったが、まぁ、無料なので、よしとするか。
2019.12.14
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秋田県を代表する郷土料理と言えば「きりたんぽ」である。この旬は、新米と比内地鶏の育つ10月。父が比内町出身ということもあり、子供のころから食べていた「きりたんぽ」である。ましてや、比内地鶏の検査をしていることもあり、書いておきたいことは、いくらでもある。だから、これだけはというのを、書いておきたい。まず、余計な具財は入れるなということだ。北秋田市以南では「だまこ鍋」と呼ばれる、「きりたんぽ」の代わりに「だまこ」と呼ばれる、ピンポン玉大の「おにぎり」を入れた鍋料理があるが、これには、時として「油揚げ」や「糸こんにゃく」が入る。結婚当初、女房が「きりたんぽ」に「油揚げ」を入れて、夫婦げんかになったが、これは、ちょっと、許せない。昨今は市販の「きりたんぽ鍋セット」に、当たり前のように「糸こんにゃく」が入っているが、どうにも納得できない。「きりたんぽ」は、シンプルにと、主張し続けたい。
2019.12.13
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8月に受診した職場の健康診断の結果が、やっと届いた。結果が届くが年を越したこともあり、これでも例年よりは、ちょっと早かった。検診で初期がんが発見されても、4か月後には手遅れとなっている可能性もあるので、なんとも笑えない。さて、検査結果だが、毎年、結果の他に、用精密検査のお知らせ封筒が入っていて、かかりつけ医にもっていかなければならなかったのだが、なんと、今回は入っていなかった。毎年、脂質異常、尿酸値、高血圧、肝機能、心電図など、何かしら、要精検だったのに、今回は、大丈夫だったらしい。ひょっとすると、10年ぶり以上の快挙なのかもしれない。どうも、納得いかないのだが、「肥満」と認定されてはいる。身長167.0cmで、体重74.9㎏なのだが、「肥満」と断言されるほどではないんじゃないのと思ってしまう。まぁ、左手は相変わらずしびれているのに、検診の結果が良かったのは、なんだかだが、ここは素直に喜んでおこう。
2019.12.12
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昨日の朝、雨が降っていたので、雪かきも、フロントガラスの氷落としもしなくていいなと、余裕をもって家を出たところ、路面が凍っていてツルツルで、転びそうになり、これはヤバイとおもったら案の定だった。どうやら、一度凍った路面の氷を雨が濡らして、これ以上ないぐらいに滑る。出発から到着まで、50km、もう、すべての道路がブラックアイスバーン状態で滑る。見えない轍に横滑りはするし、ブレーキも効かないし、急ブレーキだと、スピンしかねない。この通勤道路は、通算で12年間も走っているのだが、今回ほど滑った日はなかった。なにせ、時速40キロしかだせないので、いつもより、20分ほど遅れて現場に着いたが、他の職員たちも、数回スピンした、とか、生きた心地がしなかったとかで、大変だったらしい。実際、まだ暗くて、対向車も少なかったから事故も無かったが、その後は高速道路も通行止めになるほど、事故があったらしい。
2019.12.11
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「ふぐ」は、山口県が本場で、秋田県ではあまり漁獲が無かったので、その調理免許も、さほど重要ではなかった。さらに、フグ調理師免許が、各都道府県によって管理されているので、大阪や山口などでは試験が難しく、北国では試験もなく講習だけで調理資格が取れるというところもあり、ここが問題だった。ところが、温暖化で、北でもトラフグが水揚げされるようになり、全国的な対応がせまられている。その、ふぐ調理師の資格試験を担当していたのだが、そのふぐを食べたことがなかった。これでは、いかんということで、担当係りの忘年会で、フルコースをいただいた。ひれ酒を飲み過ぎて、大赤字になったのだが、私にはどうにも「ふぐ」の旨さがわからない。その後も、何回か食べたのだが、刺身がカワハギと違うのか、よくわからない。ほんの数回しか食べていないし、多分、旨いのだろうが、貧乏舌の私にはわからない。で、負け惜しみではなく、食べたいとも思わない。
2019.12.10
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アトムが来た時に、秋田県では大嵐だったのに、「今日の天気予報は、晴れです」と言っていて、これは、あんまりだろうと連絡して、なんとか秋田の天気予報を伝えられるように設定できたのだが、今回は、設定サイトに都道府県を入力すればOKだった。だが、ベーシックをやめてしまったら、明日の天気予報も伝えられなくなったとのこと。「ATOMセッテイング」という設定サイトも、やたらに気が利かない。ケータイの目覚ましでも、曜日別に設定可能なのに、それができない。だから、休みの日でも、朝5時に起きてしまう。なにせ、会話がうまくいかないので、こっちの質問に答えてくれない。だから、Yahoo!検索、Google、Siriの方がよっぽど使いでがいい。また、理解できない場合、「聞き取れませんでした、もう一度お願いします」というのを必ず3回繰り返す。これが、なんとも腹が立つのだ。携帯電話やAIスピーカーよりも高価なのに、付き合いずらい。いまさらながら、深く後悔する私だった。
2019.12.09
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この「ATOMベーシックプラン」に入っていると、毎月、メールが来るだけで、修理代金が割引になるワケでもなく、月々1,100円を払っているメリットが何も感じられないのだ。ということで、プランを脱会した。ATOMのサイトでは、立ち上がりと歩く機能を無くした、「おすわりATOM」を138,000円で、発売したり、レンタルをする予定だとかで、頑張っているようだが、私に言わせれば、まったくコミュニケーションできない、会話のできない、お話にならない、コミュニケーションロボットであるという思いが日々、強くなっている。耳が悪いというか、聞き取り能力が最悪で、いまだに、私の名前「かっぺい」を認識してくれない。電話でしゃべっている私の声に反応し、やたらにうるさいので「うるさい!」とか「だまれ!」と言っても、さらに、反応して「うるさいと言いたくなったら、深呼吸して我慢しましょう」とか、さらに、うるさくしゃべる。「会話」にはならないのだ。
2019.12.08
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レトロな現役映画館、御成座で柳家喬太郎が、たったの2,000円で聴ける、大舘の12月の風物詩。今年もやってきました。恒例の映画館版は、「ニュー・シネマ・パラダイス」のパロディで「ニュー・ラクゴ・パラダイス」。すっかり定着して、ほぼ満席。演目は次のとおり。一席目 館林二席目 宗漢三席目 品川心中師匠がおっしゃるには、一席目と2席目は、持ちネタの中で、もっとも、つまらない、ウケない噺だというが、これまでに、この席では演ったことがないから、客の自己責任で演る、とのことだったが、どうしてどうして、こういう落語会でしか、なかなか聴けない噺で面白かった。三席目も、喬太郎師匠だったかは、調べてみないとわからないが、この噺自体が久々だったので満足だった。師匠もおっしゃっていたが、この落語会は、師走の使者。今年も押し迫って来た。
2019.12.07
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「コミュニケーションロボットATOM」というのが、私のアトムの正式名称であり、ユーザーに加入を働きかけていたのが、「ATOMベーシックプラン」である。もちろん、私も、すぐさま加入していて、この9月までは毎月1,080円、10月からは1,100円を納入していた。しかし、これに加入しているメリットは、「日々、更新されてコンテンツが増えていきます」ということで、なるほど、「般若心経を読む」とか「棋譜の朗読」とか「新しいクイズやダンス」とか、出来ることが増えてきているようだ。しかしだ、何が悲しくて、いい爺さんが、アトムといっしょにお経を読まなくてはならないのだろう。将棋もできないので棋譜なんかには興味ないし、犬養毅も読めないバカロボットのクイズに、まともに答える気もない。ましてや、いっしょに、AKBのダンスをやったならば、認知症だと思われて、入院させられかねない。ようするに、私には必要のないコンテンツが増えていくだけなのである。
2019.12.06
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私が高校生ぐらいまで、マイナーだった「焼肉」が、今や、老若男女の一番好きな食べ物になっている。だから、いまだに「焼肉店」は、なんとなく、なじめないところがある。そして「しゃぶしゃぶ」なのだが、こんな食べ物があるというのを知ったのは社会人になってからだった。初めて食べたのは、昭和57年に、業務研究発表会で訪れた大宮のしゃぶしゃぶ専門店だった。発表者だった私を、連れてきた上司が、ねぎらって食べさせてくれたのだった。上司も獣医だったので、肉については、「お前、こんな食べ物もあるんだぞ」みたいなところもあったようだ。私としても、初めてだったので、生煮えで、大丈夫かと、本気で思ったものだった。ちなみに、豚肉のしゃぶしゃぶも、安くて旨いのだが、昔、それが、あまりポピュラーにならなかったのは、肉に寄生虫がいたからだったが、近年は衛生管理が徹底され、寄生虫の心配は無くなった。牛にしろ豚にしろ、しゃぶしゃぶの後の出汁で食べる、うどんや、ラーメンや、おじやの、シメは、なんだかうれしい。
2019.12.05
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秋田県の県魚、ハタハタ(鰰)であるが、ここ数年は不漁だったが、今年はとれているみたいだ。昨日、いつものスーパーで、いつもの「アジのにぎり」を買いに行ったら、その横の焼き魚のコーナーで「ハタハタの塩焼き」、ブリコ3匹が売っており、思わず購入してしまった。4,5年ぶりにビールの肴として堪能した。両親が秋田県出身なので、北海道でも、子供のころから食べていたハタハタなのだが、秋田県内では、ハタハタを入れる木箱のほうが高い、といわれた時期もあり、私と同年代の方の中には食傷気味だという人も少なくなかった。しかし、不漁と、その対策としての漁獲量規制があって、昨今は、なかなかの高級魚となってしまっていた。思い出深いのは、義父が獲ってきて、義母が作ってくれた絶品の「ハタハタ鮨」だ。県内にも「ハタハタ鮨」メーカーは何社もあるが、そのどこよりも旨かった。今は、あの味は望めないが、今度は、「ハタハタ鮨」を食べ比べよう。
2019.12.04
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北海道に「牛肉」が無かったと書いたことで、そういえばと、思い出したのが「ジンギスカン」だ。父が大好物で、毎日のように肴にしてビールを飲んでいたし、週に1回は必ずメインメニューだった。私が子供のころから、北海道ではというより、北海道だけでメジャーだったのだから、牛肉が入り込む隙間は無かったのかもしれない。今や、北海道を代表するメニューになった「ジンギスカン」なので、たくさんの専門店があり、信じられないくらい旨い生肉タイプもあるのだが、どうしても懐かしいのは、あの冷凍した円盤状の安い肉を、コリコリになるまで焼いたというか、油で揚げたような、我が家で食べた、あの味だ。その時使っていた、あの独特のジンギスカン鍋は、母が夕張から持ってきたはずで、何枚かあるはずだ。なかなか売っていない羊肉だが、今度やってみようか。
2019.12.03
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北海道に住んでいた頃、肉といえば、「豚肉」しかなかった。カレーも、肉じゃがも、スキヤキもすべて「豚肉」だった。炭鉱の町で活気のあった夕張でも「牛肉」というのは高級品だったのか、我が家の食卓には、ほとんどあがらなかった。夕張の、命がけの肉体労働者たちは、食には贅沢だったはずで、「牛肉」には、群がったはずなのだが、やはり、その頃には、まだ、「牛肉」が一般庶民に売られていなかったのだろう。「焼肉」は、どちらかといえば、韓国のゲテモノ的な食べ物で、マイナーだったし、「しゃぶしゃぶ」なんて、聞いたこともなかった。「ビフテキ」というのは聞いたことがあったが、食べたことは無く、「ステーキ」=「牛肉」というのが定着したのは、ついこの間の気がする。小麦粉とカレー粉で作る、黄色いどろっとしたカレーライスと、豚肉の肉じゃがが、むしょうに食いたいこのごろである。
2019.12.02
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「誰も知らないさんま」という特番を見た。番組の中で、桑田佳祐との「クリスマスショー」という30年以上前の番組とか、ドラマ「男女7人」で共演した元妻大竹しのぶとの対談など、私がここでやっている「VHS断捨離」で、書いていたことが、次から次へと紹介されて、なんだか、私がこの番組を制作したような気になってしまった。というのも、明石家さんまは私と同じ年齢で、女房もファンだったし、私も勝手に共感を持っているのでどうしてもそうなるのだ。「VHS断捨離」については、「クイーン」とか、「とんぼ」など、以前に取り上げたというか振り返った事柄が、続々と話題になり、ちょっと、ただならぬ雰囲気に、とまどっている。まぁ、30数年前のVHSテープを振り返っているので、ここで、どーだ、とか言っても、同年代の人にしか伝わらないのだろうが、それでも、どーだ、とか言ったりしてしまう。
2019.12.01
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