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フェイスブックで面白いものを見た。「18歳と81歳の違い」というものだった。それは‥「恋に溺れるのが18歳、風呂で溺れるのが81歳」「道路を暴走するのが18歳、道路を逆走するのが81歳」「心がもろいのが18歳、骨がもろいのが81歳」「偏差値が気になるのが18歳、血圧・血糖値が気になるのが81歳」「まだ何も知らないのが18歳、もう何も覚えていないのが81歳」「自分探しをしているのが18歳、皆が自分を探しているのが81歳」「お手入れで虫歯ゼロが18歳、入れ歯だから虫歯ゼロなのが81歳」まぁまぁ次から次へと、よく思いつくものだと思ったのだが、ひとしきり笑った後に、確かにと唸ってしまい見入ってしまった。18歳の時も有ったんだけどなぁ‥。今では81歳のほうが、断然近いときている。親戚の人で、風呂で亡くなった人が一人いる。道路を逆走した人は、身近に居ない。母親は骨がもろかったなぁ‥、咳をしただけで骨折したことがある。私の場合血圧は下が高めだけど、下が高いのを治す薬は無いらしい。う~ん、俳優さんの名前とか、どんどん忘れていくなぁ~。父親が認知症だけど、酷い時は私が誰だか分からない。私はまだ入れ歯じゃないけど、父親は入れ歯だなぁ‥。そんな風に81歳の括りのほうを考えてしまった。まだ62歳の私には当てはまらないが、81歳になったら、当てはまりそうで怖い。笑える内はまだ大丈夫だけど、笑えなくなったら現実だ。世の中には全然当てはまらない81歳も居ることを考えると、81歳になっても笑い飛ばせるような状態で居たい。それも今この時に対策を考えることで、81歳の自分の健康状態が変わってくるだろう。だから今この時から、81歳を見据えて体作りをしようと思う。いや81歳なんて言わないで、100歳を見据えますか!
2018年04月28日
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サラリーマンには定年という括りがある。とはいえ、我が社は途中まで、定年という括りが無い会社だった。なので最初にそれを知った時、引退する時というのは、重い病気になった時なのか?と考えたものである。途中から63歳が定年になって、これでようやく普通のサラリーマンになったと思ったものだ。定年が無い仕事といえば自営業で、自分の体の機能が衰えてきて、仕事を維持できなくなったと感じた時に、引退という選択をする。中には生涯現役といって、死の一歩手前まで働く人もいる。芸能界では去年亡くなった、野際陽子さんのことを思い出す。そういう生き方もあるのだと思う。「91歳の女流棋士」という囲み記事を読んだ。昨今将棋界で若手の活躍が目立つが、その女流棋士は囲碁界のようだ。ご主人も同業者で9段にまで上り詰め、「囲碁の神様」と言われていたが、昨年11月に97歳で亡くなったようである。80年間現役プロであり続けた人だ。夫婦でずーっとお元気で、非常に長い間活躍されてきたようで、奥様はまだ現役である。引退制度が無い囲碁界だからこそだと思うが、こういう特殊な仕事は、頭を使うからこそ健康で長生きするのだと思う。しかし、老いても戦い続けなければならないのも事実である。これはストレスにならないのかなぁ‥。多分勝負事に向いていない私には、ストレスとなって、逆に病気を誘発する可能性が高いだろうと思われる。自営業の人のように、健康が維持できる寸前で引退するか、或いは死の寸前まで現役で働き続けるか、それともサラリーマン人生を全うして、第二の人生を迎えるのか‥。どの場合も人生を謳歌して楽しむことが、一番に違いないと思う。
2018年04月26日
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「こちらは名古屋だと伝えたほうが良いのでしょうか?」新人さんが東京本社からの電話の対応について、私に聞いてきた。ん?どういうこと??暫く考えて、あ~ぁ、そういうことか‥と思い当たった。電話の声が私の声で、なかったからである。本社の人は、名古屋へ電話をかけると、いままで当然のように私の声を聞いてきた。それが全く違う声を聞いてしまったので、電話をかけた相手は慌ててしまったわけである。自分で名古屋へ電話をかけたというのに、名古屋にかけたかどうか疑うなんて‥。まぁ、確かに知らない声を聞いたら、びっくりするよねぇ~。「本社からの電話に、いちいち名古屋だと言う必要は無いよ。本人が名古屋にかけたわけだし、電話のディスプレイにも名古屋と出ているはずだからね。」「丁度良い自己紹介の場になっているんじゃないの?貴女の声を早く覚えてもらえるといいね。」と私は続けて言った。「仕事はやっていけそう?」と聞くと「はい」と言い、仕事が楽しいという返事だった。彼女が入って2週間、私の教えることを一生懸命メモを取っている。こんなに覚えることがあるんだなぁ~と、自分が意識しないでやっている作業の多さに、逆に驚いている。とはいえ、まだ全体の3分の1か4分の1しか、やってもらっていない。覚えてしまえば早いと思うのだが、まだもう少し時間が必要である。女性一人の職場は気楽であるが、同時に責任も多く有る。自分がやっている仕事においては、誰も代わってもらえない。例えば去年12月に私が入院した一週間の間の仕事は、私が復帰した後に自分で処理をしなければならない。かなり緊急性が有るもののみ、なんとか本社を含めてカバーしてもらったのだが、それ以外は一切誰も手を付けないから、自分でするしかないのである。でも私は気楽なほうがいいので、38年間満足をしてきた。新人さんも一人の気楽さと責任を、両方楽しめるようになればいいなぁ~と思っている。
2018年04月24日
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「ランドセル商戦がもう始まっているって、どういうこと?」今は4月で新学期である。しかも始まったばかりだ。それなのにもう来春入学する児童向けのランドセル商戦が、始まっているという。いくらなんでも早過ぎるだろう?と素人考えで思うのだが、どうやらそれが今では当たり前らしい。しかし、ランドセルもカラフルになったなぁ~と思う。昔は女の子が赤、男の子が黒と決まっていたのだが‥。18年前に24色ランドセルが発売されたと聞いて、そこまでカラフルなんだ‥と改めて驚いた。今ではデザインや大きさも多様化されているという。ランドセルの起源が明治20年というから、かれこれ130年以上たっている。今じゃぁ大人の外国人の女性が、ファッションで使っているらしく、ニュースでそれを見たことがあるのだが、違和感満載である。日本人からするとランドセルは小学生が使うものだと、頭にインプットされているので、大の大人がランドセルを背負っているのを見ると、ハァ~?と思ってしまい、冷たい視線で見てしまう。でも、外国人にとってそういう固定観念が無いから、美しくて機能性のある物と受け止められ、ファッションの一部にしてしまうのだろう。文化の違う国の人たちには、日本人と違った視点で、日本に有る様々な物を眺めている。固定観念を取り除いて、違った視点で見ていくと、新感覚の境地になる‥ということだ。日本の常識が、そのまま他国の常識にはならないこともあるわけで、頭を柔らかくして周りを見つめ直すと、きっと違う世界が見えてくるだろう。新しいランドセルを身に着けたフレッシュな児童は、私たちに希望を抱かせてくれる。
2018年04月22日
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「見守り対象外」というサブタイトルの記事が有った。モノには線引きというものがあり、どうしてもその線引きから、はみ出してしまうものがある。洋服のサイズでも、S・M・L等々あり、自分をどこかの大きさに当てはめなければならないことがある。MとLの中間なんだけど‥と思ったところで、気に入った服がその大きさの分け方だとしたら、MかLのどちらかに決めなければならないことになる。新聞の記事はこんな日常の些細なことでなく、親の介護の話しだった。名古屋市によると、市職員や民生委員が住民基本台帳を基に、定期的に家庭を訪問する対象というのが決まっている。その決まり事というのが、65歳以上の独居世帯と75歳以上の高齢者世帯。家庭訪問の対象となる線引きである。働き盛りの子供と同居する高齢者世帯は、対象外になるわけだ。問題にしていた記事は、名古屋市の或るアパートに住む住人だった。そのアパートの一室で、先月71歳の母親と40歳の長男が亡くなっているのが見つかった。母親を介護する40歳の息子は浴室の中で、くも膜下出血急死。息子が急死した次の日に、トイレ付近で母親が、原因不明の内因性疾患で死亡したようである。「新聞がたまり、人の姿が見えない」と近所の人から、アパートの大家さんへ連絡。それですぐに110番通報をして、倒れている二人発見したのだが、すでに遅しで、もう二人共亡くなっていた。40歳の息子は母親の介護で、どうやら休職中。生活費は母親の年金のようだったという。母親が65歳以上でも息子と同居なので、独居世帯ではない。そして介護する息子が40歳となれば問題ないだろう‥、ということになる。介護のため仕事を辞めたかどうかは定かでないらしいが、家に介護を必要とするお年寄りが居るとなると、その線が濃厚だと思う。息子さんは寡黙な人のようだったが、どこかで現状を話して、それをアドバイスしてもらう方法は無かったのだろうか?と残念に思う。線引きされた網目を潜って、こういうケースはどうしても出てきてしまうだろうが、こういった記事を目にすると、悲しい気持ちになってしまう。
2018年04月19日
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日曜日の朝起きると「何の音?」音がバタンバタンとうるさい。2階の部屋で聞いているのだが、どうやら車を入れている簡易車庫のトタンの音のようである。「風が強いんだな」そう思って外に出たのだが、そんなに風が強い感じではない。でもトタンの音がうるさいことには違いない。それで車庫の周りをぐるっと回ってみた。すると南側の車庫のトタンが、風で剥がれかけていた。どうやら風は南風だったらしい。止めている釘が風に追い上げられて、一列全部取れてしまっている。これはマズイ!このままにしておいたら、いつか屋根のトタンが全部剥がれてしまう。台風でもきたら、もう一瞬で崩壊するだろうと思う。それで慌てて弟に報告した。弟もその状態をみて、これは早く補強しなくては‥と言い、有難いことに日曜日だったので、そのまますぐに取り掛かってくれた。トタンを釘で止めている木が、かなり朽ち果てていた。それで釘が木からするりと抜けてしまったわけである。弟はそれを見て新たに釘を打つ場所を変更した。少しでもトタンが長持ちするようにと‥時間の問題かもしれないが‥。元々トタンを支えている木が、雨ざらしの外にむき出しにされているのだから、今度同じことが起こったら、全部取り替えないといけないだろう。私達の体もメンテナンスが必要なように、家もメンテナンスは必要である。その箇所がどんどん増えているのは、家も年老いている証拠なんだなぁ‥とつくづく思った。でも簡単に新しいものにするのではなく、出来るだけ修理して、大事に使いたいと思っている。
2018年04月17日
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筋肉の大切さは、分かっているはずだった。それは歳を重ねていけばいくほど、痛感することである。長時間、硬い椅子に座ることが出来なくなったのは、いつの頃からだったのだろうか?朝起き上がる時に、布団につい手をついてしまう自分が、まったくもって情けない。話し出すとキリが無いほど、筋肉量が落ちていることを感じる。でも、筋肉が減ると糖尿病になりやすいとか、太りやすくなるという情報には驚いた。それは食事から取るブドウ糖の7割が、骨格筋で消費されるためだと言うのだが‥よく分からない。よく分からないが、糖尿病のリスクが大きくなり、尚且つ太りやすくなると言われれば、やっぱり頑張って筋肉を付けなければならない。ある医師が日本人約1万人を対象に行った筋肉量の調査によると、男女共ふとももと、腹筋と背筋を合わせた「体幹」の、筋肉の衰えが目立ったという。体幹‥ということは、体の中心となる部分なわけで、そこの筋肉が、際立って衰えていくわけだ。もう一つがふとももの筋肉で、この2点の筋肉量が、特に目立って衰えているという調査結果。その医者が言うには、「年1%の筋肉萎縮を防ぐには、週3日以上の筋トレが必要」ということだった。ちなみに筋肉は30歳を超えると、年1%ずつ萎縮。そして70歳で全盛期の7割以下、80歳では6割以下に減少すると言われる。何もせずに放っておくと、減少していくのが筋肉。他にも維持出来ずに減少していくものは有るだろうが、筋肉不足で寝たきりになる場合もあるわけだから、やはり最重要と考えて、取り組む必要があるだろうと思う。「貯金」ならぬ「貯筋」とは、言い得て妙である。
2018年04月15日
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今週の月曜日から、私の仕事を引き継ぐ人が来ている。当たり前だが、人に教えるより自分でやったほうが早い。でもそれでは意味がないので、1から教えているのだが、これが結構面倒くさい。何せ38年やってきた仕事だから、自然にやってしまっているものも有り、言葉に起こすと分からなくなってしまう有り様である。流れ作業のようにやっているので、一つ一つ確認しつつ、説明しながらやっていくと、あれっ?次どうするんだっけ??なんて感じで止まってしまう。流れを止めてしまうと分からなくなってしまうって、私ったらなにさ~。どうやら仕事をパック商品のように考えているようだ。部品だけだとさっぱり分からずに、完成品に辿り着けないわけである。また、パソコンでの作業は指が覚えていて、頭ではない。厳密には頭からの指令で指が動くのだが、同時進行で行なってしまうので、分解すると頭がついていかない、な~んてことが起こってくるのである。でもどうやら聞いているほうも、流れで覚えているようで、前日教えたことの工程の一部が、間、間で抜け落ちてしまっていた。やっぱり覚えるには時間がかかる。逆だとしたら、私のほうが新人さんより時間がかかっているだろう。なにせ新人さんは、まだ20代である。私は‥もう60過ぎている、この差は歴然である。教えるほうも教えることの新人なのだから、どっちもどっち、というところだなぁ‥。時々、イラっとしてしまう自分が情けない。私は結構短気なんだと、改めて思い知らされる。本社の女性に、「監督なの?まだ選手兼監督という立場じゃないの?」と言われた。チョッとは選手のつもりだけど、ほぼ監督という気持ちで教えている。そのほうが覚えるんじゃないの?と思っているけど‥。ダメかしら?(笑)お互いもう少し時間をかけて‥徐々に徐々に‥ですね。
2018年04月13日
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読んだ記事に驚いた。「人命救助中に、なぜ言うのか」というタイトルで、サブタイトルが「土俵上の女性看護師」だった。京都の舞鶴市での、大相撲春巡業でのことだった。市長が土俵上で倒れてしまったのだ。その際、救命処置をした看護師の女性が、土俵から下りるように、場内放送で促されたというのである。女性は看護師で、心臓マッサージができると名乗りを上げ、そのまま心臓マッサージをしている時に、場内放送で土俵から下りるように言われたというのだ。人命と何を天秤にかけているのだろうか?人命に勝るものが有ると考える人たちが、この世の中に居るということに驚いている。「人命救助をしているのに、なぜそういうことを言うのか」一緒に救助に当たった、市職員の言葉である。大相撲の関係者に言わせると、「当たり前のことをしただけなので、静かにしておいてほしい」というコメントだったという。マニュアルとしては、そう言わざるを得ないということなのか。いやいや、それはそれは‥。土俵は神聖な場所で、女性が入るところでない‥。でも今は女性がする相撲も有るわけだが、春巡業で使う土俵には、如何なる状態でも女性が土壌に上がってはいけないのか。何か割り切れないと思うのは、私が女性だからだろうか。市長に万が一のことがあったら、どう考えるのだろうか?むしろ女性とはいえ、看護師が居てくれて良かったと、考えないのだろうか?もし居なかったら、救急救命士が来るまで、市長の命が助かるかどうか、怪しいものである。1分1秒を争う事態だというのに、この場内放送の内容は、全くもって耳を疑う内容である。マニュアルとして言わなければならない内容なら、そのマニュアルの内容自体を、変えるべきだと思う。人命の大切さを伝える内容に、変更してほしいものである。
2018年04月10日
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先日、個人的にある注文を電話でした。注文の際には、相手に商品番号を伝えることになっている。7桁の番号なのだが、その7桁の途中で、私は「3」と言ったが、相手は「6」と聞いたようである。商品確認をして、どうも噛み合わない。オカシイなぁ‥、何を言っているんだろう?と思った。というのも、相手が違う商品を言ったからだ。もう一度番号を言うと、相手が聞き返して「3ですか?6じゃないですね?」と確認してきた。それで違う商品名を言ったんだと分かった。「6じゃないです、3です」と私もすぐに返事したのだが、その後である。「私は6と言われたからこの商品だと思い、言いましたが‥」と、私が6と言ったから自分は違う商品を言ったんだと、相手は強調してきたのである。「すみません、私が言い間違えたのですね?」と私は一応大人の対応をしたが、心の中ではチョッとムッとしている。私の言い間違いかもしれないが、自分の聞き間違いとは全く思っていない態度だったからである。私が逆の立場だったなら、相手が言い間違えたとしても、自分が聞き間違えたと言うだろう。何故なら、相手はお客様だからである。買ってもらうお客様の非を、強調して認める必要が有るのだろうか?別にどちらに問題があるわけでなく、単に言い間違い、聞き間違いで、訂正して進めていけば良い話だと私は思うのだが‥。まぁ、私が間違えなければ良かった話しなのだが、基本的に私も間違ったとは思っていないので、なにか割り切れない気持ちだった。いつもなら商品が届くまでワクワクとして待つのだが、ワクワク感が無くなってしまった。こんなことでもブルーになってしまう自分の心の弱さが、ちょっぴり悲しかった。
2018年04月08日
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昨日は有給をとって中村日赤に行ってきた。実は一週間前にも行ったのだが、その日は検査だった。昨日はその結果を聞きに行ったのだった。検査は血液検査と呼気検査で、輸血が問題無かったのかと、ピロリ菌が除去されているかの検査で、有難いことにどちらにも問題が無かった。中村日赤には9時20分に着き、診察券を機械に通して受診用紙を受け取り、月を跨いだので、健康保険のチェックを受けて、その後受付に受診用紙を手渡した。受付は予約時間の5分前だった。そして検査結果を先生から聞いて会計をし、全ての行程を終えたのが、20分後だった。(早っ!)しかも支払った受診料が220円って‥安っ!まぁ、1週間前の検査を受けた時には、3千5百円位払ってはいたのだが‥。それにしても220円という安さは、今までどの病院でも払ったことが無かった金額である。受診時間の早さにも、びっくりである。今まで中村日赤に来る度に半日位かかっていたので、その早さにちょっと、信じられなかった。とはいえ、早くて安いなんて最高である。でもこのまま家に真っ直ぐ帰るのは、勿体ないなぁ‥と思い、ちょっとブラブラすることにした。バスも丁度行ってしまった後なので、これはバス停を三つ歩いて中村公園まで出てダイソーにでも行くか!と思って歩き出した。着いたら‥あらっ、店が開くまでに1時間早いじゃんか~。そう思って別の箇所を見ると水曜休みに‥。結局その日は縁が無いと分かった。それで久しぶりにミスタードーナツによって、ドーナツを買った。その後バス停傍のサンドウィッチ屋さんでも買い物をして、どうやら昨日は買い物の日となった。何故か持っているバックは、両側のホックを取れば沢山荷物が入るバックに早変わりするバックで、まるで最初から買い物デーと知っていたかのようなバックだ。検査結果を聞くだけの日だったのだが、思いがけず買い物をする楽しい日に変わった。検査結果も良好だったし、一日中楽しくて、昨日はとても良い日だった。
2018年04月05日
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どうして最近こんなに体調を崩すのだろうか?あまり続くと不安になる。そんな時、ある人が言った言葉に、少し納得がいったのだが、理由の一つに、会社を定年で辞めることがあるのではないか?ということだ。38年勤めてきた会社で病欠が、4ヶ月前の入院で、しかも一週間。病気では、38年間一日も休まなかったというのに、後少しで定年という時になって、初めてなのに長期の入院。別に気を張って生活をしてきたわけでも、仕事をしてきたわけでもないのだが、そこには本人さえも気がつかない緊張が、有ったのかもしれない。よく大きなプロジェクトを達成すると、その間全然病気にならなかったというのに、終わった途端、急に熱を出すことがあると聞く。まるで、ピンと張っていた糸が切れた時のような‥。あぁ、それかもしれないなぁ‥。そんなに緊張して仕事をしていないけど、だからといって、仕事はお金を貰うわけだから責任は有る。それがゆるい緊張として、何十年と根底に流れていて、その緊張が定年を前にして、急に緩んでしまったのかもしれない。もうすぐ生活の中心が、仕事から自分の時間に移ると感じて、体が勝手に開放されて、一遍に緩み過ぎたのかもしれない。緊張していると、体も無理していることに気がつかないが、リラックスすると体の歪みに気づく、というものかもしれない。風邪だって、もう治ったはずなのに、声の一部が裏返って、まだ風邪を引きずっていると感じる。そうだなぁ‥案外心より体のほうが、敏感なのかもしれない。
2018年04月02日
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