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2013年5月31日 0:17 人間は性悪説論で捉えるとしっくりくるのですが・・・・私は性善説より性悪説のほうが強いと思います。生まれながらに 悪では 何で生まれてきたのか 分からなくなりますね。人間には 神性があって、良心が有るのでは。 共感、共鳴が自然では?ただ、 歪められて 育てられると、 競争意識や闘争心ばかりが 増長して、いわば悪いことを考える人は世に多いですね。 それほどでなくても ー 余裕が無くなれば、 自己中心、 保身、 自己防衛の観点が 強まりますね。
2013.05.31
2013年5月31日 0:18 私と、他人について同じものを見たり、感じたりしてもなぜ、誤解が生じてしまうのでしょうか?世界の認識は、 個人の総合的な背景、性格、 習慣、 学習、 経験、 性格などで 違うので、 解釈が づれるのが 当たり前ですね。逆に、共感、 共鳴が 素晴しいですね。
2013.05.31
2013年5月31日 0:22 「自分」とは何なのでしょうか?ある方の意見から、「自分」とは脳の中にあるもので実態が無いままに存在する観念的存在であるというものには感心させられました。私にとってのあなたは、明らかに他者であるはずです。その要素として、・私の意識や人格をもっていない別の存在である。・私とは物理的に別の肉体をもっている存在である。からと今の時点では考えています。しかし、自己(自分)の中にも他者性というものは備わっていると多くの哲学者は述べ、私自信も甘い考えながらそれは感じています。私とは自分でありながら他者でもある、ならば他者ではない「自分」とはいったい何なのでしょうか。自分とは、 自分と思っている全体ですね。 それは全てを 含んでいて、 世界は自分に映っている全てとも 言えますね。 外なる世界と 生命力から湧いている意識上の 複雑な存在ですが、 意外に 安定性があって、 私は本質的に変わっていないという、 人格に通じるものさえ 有りますね。 心、私、 を大事にしたい。
2013.05.31
2013年5月31日 0:24 形あるものはすべて滅するということで、いずれはこの地球も消滅し、宇宙さえも消滅してしまうわけです、人間も寿命がくれば死んでしまうし、色々蓄えたり、色々考えたり、勉強したりしたって、それらも全部消滅、それなのに生きる意味や勉強したりする意味ってあるのですか?補足私が言ってあげるとすれば、「そうだ、虚しい。その通りだ。それだからそれを知って、一切の努力を放棄し、いますぐここに大の字になって寝ていられる人は確かに偉大だ。君にはそれができるかね?できないだろう。我々は近所迷惑なことと知りつつも、努力くらいしかすることはないのだ。さあ、行きなさい。そして努力をしなさい。私は君に声援を送るよ」こういうアドバイスについてどう思いますか?其の通りですね。 再生核研究所声明では 真剣に取り上げています。 そこで、 それを悟れば、 貴重だから 大事にしたいと 成りますね。 人生 も世界も 仮定が 大事ですね。 感動できるような 人生が 良いのでは。 しかし、みんな同じに 休めるですね。 好きなように、楽しく生きるが 基本ですね。
2013.05.31
2013年5月31日 0:33 2小沢氏「安倍政権は続かない」 3年後の政権復帰に意欲013.5.30 21:42 [小沢一郎]生活の党の小沢一郎代表 生活の党の小沢一郎代表は30日夜、東京都内のホテルで講演し、安倍政権について「そう長く続かない」との見方を示した。理由として「安倍晋三首相の経済政策であるアベノミクスは壁にぶつかり、早晩崩壊する」ためとした。 一方で「自民党はせっかく衆院で多数を取ったので解散しない」と指摘。「次期衆院選は、3年後の参院選とダブル選挙になる。その時に選択肢を用意できれば政権交代は可能だと確信している」と、政権復帰への意欲を強調した。適切な見解ですね。 解散は無く、当分続く、 大きな混乱が起きて、政局が激動、 其の時に きちんと 政権ができる配慮が 準備が必要ですね。自民党内の政権交代か、 野党に移るかは 分からないですね。しかし、安倍氏は 行き過ぎでは?
2013.05.31
2013年5月31日 0:37 夫婦別姓って、賛成ですか?反対ですか?U^ェ^U賛成の方は、夫婦別姓になった場合、お子さんの姓は どちらの姓にするんですか…?賛成です。 如何して結婚したら 姓を変えて一緒にするかは 基本的に 家族制の名残りで、 個の尊重の精神に欠けているのでは。 中国、 イタリア、 ポルトガル結構世界では、 結婚で姓を変えないは 多いですね。 子供はどちらでも自由とするが、 多くは男性の姓を名乗っているようです。ポルトガルでは、 父の姓、母の性を二つ使う、そのような伝統も世界には 結構多いのでは? 多少、 習慣、伝統、が有るので、 急には 馴染めないかもしれませんね
2013.05.31
2013年5月30日 0:09 宗教の尊重について宗教が尊重されるのはなぜですか?宗教上の理由から肉を食べれない、という子供がいた場合、給食で肉が出たら、残す事が許されますよね。ではもし、世の中のピーマン嫌いの人間が集まって、ピーマン嫌い教を作ってそれに子供が入信し、宗教上の理由でピーマンを残しますと言った場合許されるのでしょうか?これは 度合いの問題ですが、 基本的に 人は 人に迷惑を掛けない限り自由にさせる、保証するが良いと考えられますので、 宗教のように信念をもっている場合は、尊重は基本的な考えでは?
2013.05.30
2013年5月30日 0:10 ブログや、ツイッターを書いて公開する心理は、どんな心理なのですか?自身の日常の出来事を、不特定の他人に、見てもらいたがる心理を教えてください。自分の意見や認識にマッチする人と出会い、賛同を求めているという事なのですか?(自己顕示欲の捌け口?)自分の日常をなぜ公開する必要が有るのですか?公開する事で、自分の存在を再確認しているのですか?これは 人間の存在の 本質では。 結局は 自分個人は 滅びるので、 伝えたい、 残したい本能が有るのですね。 共感、共鳴の精神ですね。
2013.05.30
芸術というものは上流階級が楽しむものなのですか。余裕が有る人が 楽しめる面があるので、 そのような面は否定できないのでは?勿論、全てとは言えないですね。
2013.05.30
2013年5月30日 0:13 岡本太郎が言った『芸術は爆発だ』の意味は何ですか?これは 実感としても 良く分かりますね。要するに 生命力の表現だと言うことですね。子供が はしゃいでいると 同じですね。
2013.05.30
2013年5月30日 0:14 天才も時代が進むにつれて、前の時代の天才よりも凄い天才が現れて進化していくと思いますか?時代が経てば、人類としても経験を積み、多様性を尊重すれば、進化すると考えて 良いのでは?
2013.05.30
2013年5月30日 0:16 神様は存在するのですか?人の日頃の行いなどを見てますか??神の定義が問題ですね。そのような感じは 分かりますね。 何か、人間には 良心、 神性があって、 感じるものが有りますね。 そう言う神は、 心の中に存在している、 心に反映している 神性みたいな ものですね。
2013.05.30
2013年5月30日 0:16 神様は存在するのですか?人の日頃の行いなどを見てますか??神の定義が問題ですね。そのような感じは 分かりますね。 何か、人間には 良心、 神性があって、 感じるものが有りますね。 そう言う神は、 心の中に存在している、 心に反映している 神性みたいな ものですね。
2013.05.30
2013年5月30日 0:18 裁判員制(陪審員制)は、民主主義に資する制度?基本的に多くの意見を 取り入れようという精神ですから そう言えるのでは。 ただ日本の制度は悪用に当たるのでは? 再生核研究所声明 16 (2008/05/27): 裁判員制度の修正を求める素人の意見を広く求めることは、古来から行われてきた重要な考え方である。しかしながら、それらを型にはめて、一律に行う制度は、制度として無理があり、社会の混乱と大きな時間的、財政的、行政的な無駄を生み、更に良い結果を生むどころか、大きなマイナスの結果を生むだろう。 幾つかの問題点を具体的に指摘すると(1) 制度を実行し、進めるには大きな行政的な手間と時間が掛かる。特に財政厳しい状況で大きな無駄を生む。(2) 一般の人が裁判に関与することは、はなはだ問題である。その様なことで、時間を費やす事を好まない人や、ふさわしくない人、また希望しない人が相当数現れることが考えられる。多くの人は、そのようなことで時間をとられたり、関与することに、耐え難い苦痛を感じるだろう。(3) 選ばれた少数の人による判断が、全国的なレベルで公正さを維持するのは難しく、また公正な裁判を要求し、期待することには無理があると考えられる。それを要求するには 大きな負担を一般の人たちにかけ過ぎる。(4) 大きな社会で、裁判において、一律一様の考えには、無理があり、ある程度の専門性を取りいれないと、運用上も、無理が生じると考えられる。(5) 戦後60年以上も経っていながら、裁判が遅れることに対する批判はあっても、裁判制度や裁判結果に対する批判が殆どないのは異例であり、この観点からも日本の裁判制度自身は高く評価されるべきであって、改めるべき本質的な問題は生じていないと考えられる。上記のような状況に鑑み、例えば一律の考えを改め、裁判に参加を希望する者を公募して登録しておき、その中から選んで参加して頂く等の修正を速やかに行うべきであると考える。少なくても、裁判に強制的に参加させるべきではなく、参加しない権利を明確に認めるべきであると考える。また裁判制度の問題は別にして、一般の裁判についても、従来は、密室で判決が検討されてきているが、広く意見を聞くことは必要であり、また逆に人々が意見を述べることができるようにしておくのが良いのではないかと考える。ご検討を期待したい。 以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2013.05.30
2013年5月29日 0:10あなたは、あなたの考えを悉く否定しようとする人に対してはどうしますか?関わらない以外の選択肢として。補足自分でも考えてみました。「あんたが大将」という褒め殺し作戦というにもないでしょうか?あまり意味のある質問とも思えず失礼しました。が、色々と想定外について考えておくのも、大事ではなかろうかとも思っての質問です。深入りせず、 程ほどにですね。ちょうど良いくらいに お互いに 交流が 大事ですね。
2013.05.29
2013年5月29日 0:13 なぜ、この世では全ての人間が幸福になれないのでしょうか?幸福の定義が問題ですが、 生物界の食物連鎖の現実を 深く理解する必要が 有りますね。生物界を、 大きな生命 と考える考え方は 如何でしょうか。例えば、 人を考えて、一部を考えるのですね。
2013.05.29
2013年5月29日 0:14 自分が見えてるものと、他人が見ている物は、本当に同じなのでしょうか?もし、違うとしたらどうなのでしょうか?これは かなり違うと考えるべきですね。 認識は、 もっている基礎的な情報、学習や 個性でも違うので、 同じものでも 感じ方、想い、イマージ 相当違いますね。
2013.05.29
2013年5月29日 0:18 憲法9条と自衛隊憲法9条を擁護する発言があると領土問題や拉致問題中国の脅威などに関連する発言がありますが日本が9条を改訂され軍隊を保有していれば拉致問題や領土問題は解決するでしょうか?これは 解決できず、逆効果では? 軍備などもって、力で相手を動かせるほど 甘くないですね。逆効果で、 緊張関係がまし、 良いことなど 無いですね。無駄な 軍備より、 社会の発展や、文化の向上、 平和活動の方が 良いですね。
2013.05.29
2013年5月29日 0:22悪人正機説の教えって、何で悪いことをした人が救われるんですか?これは 真実ですね。 あの世、死後の世界は 天国ですね。この世が 苦しい人程、天国は 良いのでは。 逆に この世が 幸せな人は、 あわてて、天国に行く 必要もないと言えますね。悪人は 良心の呵責などで 苦しむことが 多いので、天国にいければ、 救われますね。
2013.05.29
2013年5月29日 0:24 「森は太陽です」この言葉の意味を知っている方、教えて下さい。また、意味を答えろと言われたときにあなたはどう答えますか?教えて下さい。これは 素人でも直ぐに分かりますね。森は 大事な役割をしていて、 大事な自然である、 また 憩いや夢の下、太陽のように大事な 存在だ、 大事にしようという 精神ですね。 大賛成です。多くの仲間、動物、植物、 バクテリアなど、生物が 暮らしていますね。
2013.05.29
2013年5月29日 0:27一つ気になった事があるので、お聞きいたします。仏様の遺言があれば、葬式を行わない事も可能ですか?それとも、必ずやらないといけない…と決まってますか?する必要も無いし、 お釈迦様も 大したこと しなさいとは 言っておられないのでは?
2013.05.29
2013年5月29日 0:29 食物連鎖のバランスがとれているのはなぜですか?生物はそれぞれが独立して突然変異を繰り返して進化してきてるのに、食物連鎖のバランスが取れているのはなぜですか?食物連鎖の上位にいる動物が突発的に増えて、なんもかんも全部食べつくして生物大絶滅……なんてことが何度も起こっていないのはなぜですか?逆ですね。 バランスがとれている 生物が 生き残っているのですね。 人類が出すぎると 癌細胞のように 絶滅するのは 時間の問題ですね。 それは 法則のようなものですね。
2013.05.29
2013年5月28日 0:10 これはデカルトの頭に思い浮かばなかったことですか?・・・・想っている、思っている、考えている、こういうことをしている主体は何だと考えたとき、それはここに居るこの者、つまりそれは我であった。こういうことを思っている主体は我というこの者以外には考えられない、だから、この思う、想う、考えるという一点において、我というものは確かに「存在」しているとみなさないではおられない、ということから、デカルトの言葉は発せられたのでしょうか?しかし、意識がある、意識があるがゆえに我があり、その我が、想ったり、思ったり、考えたりするのではなかろうかという考え方というのは、デカルトの頭に思い浮かばなかったのでしょうか?また皆さんは、まず意識がある、この意識があるがゆえに我があり、その我が想ったり、思ったり、考えたりするのではないかというこの発想についてどう思いますか?それは適当では? 生きていて、 脳があって、 意識があって、 そう考えているのは 確かですね。 意識や、我れ、心など 捉えるのは 難しいですね。曖昧さが如何しても残るのが 心や精神、意識では?
2013.05.28
2013年5月28日 0:13 良い宇宙人は、いつになったら愚かな地球人を助けに来るのか。滅びる様を見ているだけか。誰も助けに来ませんね。人類の責任ですね。 次を参照してください: 再生核研究所声明 119 (2013.5.18): 冷酷な神々、自然 ― 見捨てられた 人類これは 宗教上の神々を意味せず、人類を助け、救ってくれるような存在は無く、人類の生存の可能性は ひとり 人類の努力に任されていると言うことを表現したものである。声明再生核研究所声明86(2012.4.25): 未だ おめでたい人類 - 先史時代:人類は 自然を大事にして行けば、生存を続けて行けると ぼんやりと思っているのではないだろうか。 人類の生存を保証してくれる 何かが存在して、守られていると感じているのではないだろうか。しかしながら、ニュートン以来の 近代科学が明らかにした事実をみれば、人類は物理・化学などの自然法則を越えた存在ではなく、多くの動植物と同じように儚い存在であることを知るだろう。東日本大震災が襲って示しているように、人類を庇護してくれる存在などは無く、人類は自然の法則上に生存している存在である。既に実在したように、いずれ巨大惑星が 地球に激突し、地球上に生命が存在できなくなるのは 時間の問題であると言えよう。もちろん、可能性としては、地球環境の破壊、人口の増大による内紛や生態系の破壊、あるいは巨大事故などによる 人類絶滅の可能性の方が高いであろう。これらについて、十分に起こり得ると警戒すべきである。以下略。次も想起して置きたい:再生核研究所声明 114: ああ 人類最後のとき — 世界史を回想、評価する人類を生み、育くんで来た自然とて、優しい存在では無く、絶えず変化し、環境の破壊や汚染で、自然とともになどとは 言っていられない状況である。食物連鎖の法則や老、死などは 生命の本質として、世界を観なければならない。誠、造物主がおられて、このような厳しい状況を創造されたとすれば、それは極めて非情であるとも考えられる。あらゆる生命を肯定するということは、食物連鎖の法則や老、死などを諒として、受け入れなければならない。 否、生命の存在を肯定できる それらを越えるものが 有るだろうかと思考する。 在ることの意義として、 感動を考えれば (再生核研究所声明 12 : 人生、世界の存在していることの意味について) 愛、学問、芸術、こそ;真、善、美、聖の追究こそ、人間としての生きがいである ということになる。 ここで 特に愛とは、男女の愛、親子の愛から始まって、共生、共感、共鳴を伴う好ましい関係、喜びを与える関係である。学問とは 真理の追究であり、芸術とは、生命の表現である。 聖とは、神性を有する人間が大義に生きることである。広大な宇宙で 地球は極めて孤独な存在であり、宇宙の特異点であると理解できる。宇宙を理解するには この地球に宇宙を反映させる他 手段は無い (再生核研究所声明 116: 宇宙空間、星間交流から人間を考える )。孤独で、哀しい運命を共有する 弱い人類は 団結し、生態系を大事にして、家族のように 共生、共感、共鳴できるようにしようと 訴える。それが この声明の趣旨である。上記 造物者とは、生命にとっては、人間にとっては 真実 両親であり、親ほど有り難いものは 世に無い。以 上
2013.05.28
2013年5月28日 0:14 自分の理解の範囲内のものを凄いというのですか?自分の理解の範囲を超えるものが凄いのではないですか、本当は?凡人画家なりが天才画家をどう評するのか分からない。教えてください。これは 微妙で難しいですね。理解度を越えてしまえば、 凄いも分からないのでは? また、 十分に理解できれば、 凄いとは思いませんね。 ということは 理解の 限度の 限界辺りを 凄いと感じるのでは。 美空ひばり様の歌、お祭りマンボ などなど、本当に 凄いですね。 如何して あのように完璧に 表現できるのか、凄いと感じます。本当に凄いと感じます。
2013.05.28
2013年5月28日 0:16 デカルトの方法的懐疑は疑っている自分自身しか信用におけないということですか?そのような解釈は、的外れですね。 自分の存在は 確かだと 言っているのであって、 信用の問題ではないですね。 疑い得ないものとして、 自分の存在を自覚したのですね。
2013.05.28
2013年5月28日 0:19 死んだことがないと言うなら、どうして「生きている」ということが分かるのですか?・・・自分が死んでいるのかもって思うことありますか?の私がした質問の中で、BAを差し上げた回答者が言われたことは、少し私の感覚に同調的なものでした。この方が言うには、死んだこともないのに、どうして自分が生きていることが分かるのか、というものでした。我思う故に我あり、 私は存在し、 お腹がすいたら 食べたい、 痛いことも楽しいこともある。 生きていますね。 貴方も、私も。 江戸時代、 私たちは何にも分からなかったですね。 死後も 同じように 何にも分からなくなるのでは? それが 死後では?
2013.05.28
2013年5月28日 0:20 知識、経験は浅く広くがいいのか深くじっくりと、がいいのかはい、どちらのほうですか?何となく..浅く広くなのでそこから先、突っ込まれた時に「・・・??」となります。でも浅く広くは、いろんな話に乗れます。補足哲学カテなので哲学カテの方から全体的に見てです。これは 一概に言えず、個性、環境、好みもあるので、全体的な バランスの問題では? 多様性の観点からも いろいろな人が 居た方が 良いですね。大事なのは 自分の個性、心が大事では。 知識、 多ければ 良いとも言えないのでは。 世には 雑知識、 有害の知識も多いのでは?多ければ、 深ければ 良いとも言えないですね。知識に偏り過ぎても 良くないのでは?
2013.05.28
2013年5月28日 0:24 僕には小学1年生の弟がいます。母さんにも話しているのですが、弟が先生に体罰?を受けているようなんですが...体罰なのかはよくわからないんですが...服汚いけど洗ってるの?とか、宿題をよく忘れてしまってほっぺたをつねったり、幼稚園、保育園に通ってなかったため「あいうえお」を書くことが難しく、書けないとよくほっぺたをつねられるそうです。昨日と同じパンツを履いていってしまっていたこともあり怒られた時もあったそうです。次の日もつねられたところが痛いといっています。しかも、かなり強くつねって何回もつねられたりされるそうです。服もきちんと洗濯をしています。幼稚園、保育園に通っていなくて他の生徒より遅れてしまっていると家庭訪問の時に話しておいてあるのですが...忘れ物などは親の責任でもあるのですが強くつねるのはやり過ぎではないのかと思います。まだ先生に報告などはしていあません。本人はつねられたりするので学校に行きたくないといっています。これは報告した方がいいのでしょうか?また、親の責任なのでしょうか? いろいろな人に相談した方が 良いのでは。 弟さんの話しを聞いて、 応援して 欲しいですね。
2013.05.28
2013年5月27日 0:09 波動的なる人間存在はこの世のこともあの世のことも分からぬ存在?・・・・・またまたあの世というものを想定しての話になるのですが、我々人間存在がなにか波動的な存在であるとして、その波動的なる人間存在が、もしこの世とあの世を激しく行き来している存在であるとした場合、我々の目に見え、耳に聞こえているものは、まったくこの世でもない、まったくあの世でもないものということになりますが、それはちょうどまったく色の違う二枚の羽を回した扇風機のような具合になり、どちらの色も完全には見えないということになるといった具合です。そこから考えて、波動的なる人間存在というものは、この世のこともあの世のことも分からない哀れな存在という見方もできなくはないと言えるのではないか。どのように思われますか? これは意味が無いですね。 あの世は 江戸時代の 貴方のように 何にも感じず、何も考えないのですから、 何も無いですね。
2013.05.28
2013年5月27日 0:1あの世で行われる哲学とは・・・・あの世というものを想定してみた上で、このあの世で行われる哲学といったものはどのようなものであると想像ができるか?この世の哲学の何たるかも分からぬ者があの世の哲学について想像するのかと言われそうですが、興味があります。ご見解をお願い致します。これは意味が無いですね。 あの世は 江戸時代の 貴方のように 何にも感じず、何も考えないのですから、 何も無いですね。
2013.05.28
2013年5月27日 0:12 死ぬことと生きること質問です。あなたはこのさき 「死んでしまうこと」と「ずっと生き続けられること」 どちらが特に怖いですか?理由も添えてお願いします。今度創作でこの話を盛りこみたいと思い、意見として聞きたいです。ちなみに「ずっと生き続けられること」はあくまで仮定です。この先、「死」か「永遠の生」かどちらが待ち受けているかわからないものとします。(とはいえ、我々の常識としての死が待ち受けているという前提も考慮してください。それを完全に意識の外に置く必要はないです)大変良い質問ですね。 これで 死ぬことの大事さを知るのでは。ずっと生きるは 大変だからです。悟りの 良い方法とも 言えますね。 再生核研究所声明の中には、そのような問題を論じた声明が結構 あります。 参考にして下さい。
2013.05.28
2013年5月27日 0:14 一元論・二元論とは何ですか?--------------------------------------------------概要は調べてみたのですが、話のスケールが大き過ぎてよくわかりません。また、何について語る場合に使われる考え方なのかもよくわかりません。例えば、自分は実存主義に関心があるのですが、実存主義は二元論に近いものですか?レベルの低い質問で申しわけ無いのですが、ご存じの方がいらっしゃいましたら教えて下さい。よろしくお願いいたします。私の2元論を参考にしてください:今朝は楽しい想いで、 シャワーと運動をして来ました。 確率過程の自己分散関数は、 正定値2次形式関数で、それゆえに 確率過程論と再生核の理論には 深い関係が有って相当な理論が展開されています。 ところが、確率論で、ランダム根源事象に再生核を対応させると 事象が関数に変換されることになり、確率論に 再生核の理論が適用できるというのです。 これは素晴らしい、哲学ですね。データーが関数に変換される。再生核についての 京大数理研 研究集会および、その講究碌を拝見しながら、福水先生の素晴らしい研究課題にどうして、感銘を受けて 気づかなかったか、自分の愚かさにあきれました。それにしても、神は 本当に2が お好きですね。 再生核の理論と確率論、2重の交流が有りますが、後で発見された、この考えの方が、 ニュートン、アインシュタインによる 物理学における 2大発見の場合のように、 重大ですね。 神は「2」を愛し給う217 二元論については古来いろいろな人達によって主張され、あるいはそれとはなしに感じるものがあると思う。私も数学の研究や教育の場においてしみじみと感じるものがあるので、その一端を述べてみたい。 まず数学から。基本的な概念である実数は普通10 進法で記述されているが、本質的には2進法で記述される。しかし数としての実数はあまりにも狭く「数」としては2つの実数の組である複素数で考えなければならない(複素解析学─人類の傑作)。解析幾何学は代数と幾何の2つの概念の融合したものであり、射影幾何学は点と直線の2つが全く同等の存在であることを述べている──それには我々は「無限遠点」を観なければならないが。 またそこでは、比の比すなわち複比が重要な不変性をもっている。演算も二重に現れる。 加法と減法、乗法と除法、微分と積分、変換と逆変換、さまざまなoperator に対する“adjoint”operator、鏡像の原理、エルゴート性、さまざまな“duality principles”等々。今世紀における幾何学の方向を与えているガウス・ボンネの美しい定理は曲面の「局所」的な性質と「大域」的な性質の2つの間の関係を述べており、曲率の最大値と最小値を2つ掛けると素晴らしい不変量になるというガウスの「偉大なる発見」に基づいている。 2階の微分方程式は他のものに比べて圧倒的に重要であり、加速度は2階の微分で表わされる。ピタゴラスの定理a2 + b2 = c2でなければならない。私が1982 年に発表した「積分変換の一般論」は、この定理の一般化になっていた。これは線形変換でL2概念が不変に保たれることを述べており──波動や熱伝導等の現象においてもL2概念は保存され、ピタゴラス型の定理が成り立っている!! 次に最も進化(退化)した生物であり神の最も愛する(憎む)我々218 付 録自身に目を向けてみよう。男と女が2つ一緒になって「人」になり、我々は脳、目、耳、鼻、腕、肺、心臓、足、指、いのち等それぞれ2つずつもっている。また遺伝子は二重螺旋構造をもっているという。 二重といえば、二重のドア、鍵、堤防、道、被覆、窓、コード、回路、結合、価格、火山、唱、生活、底、否定等は格別の意義をもっているのであろう。 政治・社会においても2大勢力がモデルになっているのではないかと思う。そうだとすれば、多党化現象や中立政策は好ましいものではないことになろう。 さらに偉大なる発見、進化(退化)は2段階で行われていることにも注目したい。旧約聖書と新約聖書、物理学におけるニュートンとアインシュタインの発見、飛行機とロケット、積分論におけるリーマン積分(横)とルベーグ積分(縦)、超函数の理論におけるシュヴァルツと佐藤幹夫氏の理論等。戦争も進化(退化)の1つとみれば、あのようなハードな世界大戦は、3度は起こら(せ)ないであろうと思われる。 また現在進歩の著しいコンピュータはノイマン型とよばれているという。このような理由から間もなく新しい型のしかも決定的な型のコンピュータが出現するのではないかと予感している。 さらに発見が二重に行われる傾向にあるから論文の発表は急いだ方がよいとヤーノス・ボヤイの父は彼に忠告したものだが、歴史は正にそうであった(非ユークリッド幾何の発見)。 世界を二元論で観るといろいろ気づいたり発見したりすることが多いのではないかと思う。数学においてはこのような見方が研究の指導原理を与えたり、しばしば楽しい想いをさせるのである。(群馬大学広報より
2013.05.27
2013年5月27日 0:15 例えば、自動車とは、原動機の動力によって陸上を走行する車両のうち軌上によらず運転者の操作で進路と速度を変えることができる乗り物である・・とウィキピデアに書いてありますが・自動車を知らない人にとっては何が何だかさっぱりわからないのと同じように予備知識がない人への説明は 比知っている対象物との 比喩以外 にはないのでしょうか?EX:例えはよくないですが、生まれつき盲目なのか、途中なのかで別れますが「空の青さ」の説明はどのようにすればいいのでしょうか。目以外の 五感 を駆使するか、相手が どこまで 知っているのかを聞いて 説明していくしかないのでしょうか?「ゾウを知らない人」への説明は、どこから説明していくのが良いのでしょうか。(絵本や写真以外の言葉だけで・・)それは 本当に難しい、大事な疑問ですね。 非常に難しいと言えますね。理解は、相手の もっている基礎的な 情報や知識などによると言うことですね。
2013.05.27
2013年5月27日 0:16 自由を物にするとしたら…なにが思い浮かびますか??これは 簡単ですね。 お金ですね。 お金が有れば、相当自由になりますね。 自由にできますね。
2013.05.27
2013年5月27日 0:17 ノーベル賞を受賞した利根川進さんが、「人生にとって最も大切なのは重要なこと以外は切り捨てること。プライオリティ(優先順位)の決め方を誤ると限りある時間と労力を無駄にすることになる」と言っていました。これは、正しいことなのでしょうか?私は、将来の目標に向かって勉強をずっとしています。勉強ばかりしてあまり人と触れ合わないせいか、実感として人間的成長が遅滞してるのがわかります。ですが、いっぱい勉強しないと目標は叶えられません。この狭間で最近、揺れています。何かの目標に向かって頑張っていれば、人間的成長だとかそんなこと考える必要ないのでしょうか?利根川氏の言っている事は 大事、適当ですが、 貴方の解釈が間違っていますね。 大事なこととは、 勉強ばかりしている事を 意味せず、重要なことの 意味が 実は 大事ですね。大事なこと、大切なことが何かを きちんと判断して することが大事ですね。それは、 自分、個人と環境によりますので、 しっかり、自分にとっていま何が 大事かと考える必要が有りますね。
2013.05.27
1+1=2になる原因をめちゃくちゃ難しくして教えてください。 数学について、凄いことが書いてあるので、 参考にして下さい。suugakuni関係者各位: 数学とは何か ― 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb)
2013.05.27
2013年5月27日 0:19 過失がある事故により人を死なせてしまった場合、そこには道徳的に許される理由がないという点で質問です。電車の運転手が、ホームで突然線路に落ちてしまった人間を引いてしまった場合、電車の運転手が事故で人を死なせてしまったことになると思います。自由の有るところで、責任が、罪、罰が生じますね。自由が利かないところでは、責任は 問えないですね。逆の立場で 考え 再生核研究所 声明1を参照して下さい。
2013.05.27
2013年5月27日 0:22 いじめをしている子の親がPTA会長でも先生に相談するべきでしょうか?子供のクラスでいじめがあります。いじめをしているグループのリーダー格になっている子の親はPTA会長で市役所職員です。先日、うちの子の足をみたら痣があったので子供に聞くと、いじめをしている子に蹴られたと言います。それはうちの子だけではなく、他にも数名いるようです。どんどん訴えるべきですね。 悪を許さず、 義によって 立ち上がり、 苛めを 潰滅させましょう。どんどん、 公表して下さい。
2013.05.27
2013年5月27日 0:26 憲法96条改正は賛成ですか?憲法96条:自民幹事長、改正目指す 民主代表は警戒感毎日新聞 2013年05月25日自民党の石破茂幹事長は25日、佐賀県鹿島市で講演し「現実と憲法を近づけるようにする」と、参院選に勝利し、憲法96条改正などを目指していくことを強調した。一方、民主党の海江田万里代表は同日、福岡市内で街頭演説し「日本の分かれ道。安倍(晋三首相)さんは参院選に勝ったら何をするかわからない」と改憲への警戒感を改めて示した。大事な、ものを簡単に変えるなど、アメリカでもドイツでも そうは成っていないですね。震災、放射、経済、財政 みんな 大変な時 如何して、 憲法を変える必要が有るのでしょうか。 自民党の意図は、戦前の軍事的視点から、 改悪を意図していますね。 時代を 戻そうとする 変な 方向ですね。
2013.05.27
2013年5月27日 0:27 安倍首相の外交を見ていると、政治家というよりセールスマンですね。しかも本当は借金漬けなのに、カードで大盤振る舞いするような自己破産型のセールスマンのように感じます。本当は火の車だから、日本の抱える原子力問題などお構いなしに原発でも、何でも売れそうなものなら何でもおススメするという性質の悪さ。こんな首相が世界から尊敬されますか? ミャンマーに資金援助するよりも、福島県の土地を奪われた人たちにきちん国として代償を払うべきではないでしょうか? 他国民に優しく、自国民に冷たいってどういうこと?確かに 行き過ぎですね。 なんでも バランスが 大事では。 みんな悪いとは言えないですね。しかし、基本精神が おかしいのでは?
2013.05.27
2013年5月27日 0:29 なんで日本とアメリカって大事な地球の資源である食料を廃棄しまくっているのでしょうか?それだけ 余裕のある豊かな国だと言うことですね。 自由に、好きなように するには、 どうしても無駄だと思われる部分が 出て来ますね。 好きなように 頂きたいのですから、 選択する、 選ぶ、 残りは無駄にならざるを得ないですね。
2013.05.27
2013年5月26日 0:03「君は努力する才能があった。」と言われたが、これ馬鹿にされてるのですか35歳・独身・男性。努力の才能は大事な 能力ですね。 努力なしで、 才能で大成は 世にないと言えるのでは。 逆は 世に多いですね。 能力が無いように見える方が 努力して 大成する、成功するは 世に多いですね。 其の努力、 意欲がある、愛が深い、 集中力が続く、拘りが深い、持続力があるなどなど いろいろ大事な 能力から、出ている事が多いですね。 見かけの能力で無いと言うことです。
2013.05.26
2013年5月26日 0:04 平等性の追求は均一性の実現を目差す・・・平等性ということを限りなく細部に渡るまで実現して行こうとすると、結局「均一性の実現」ということを目指すということにならないか?それで、あなたはこの均一性というものが実現したら、それは素晴らしいとこであると思いますか?それは、良くない方向では。 個性を重視し、多様性をもんじるのが 良いのでは?共感、共鳴、共存、多様性、; 均一、平等性は 貧しい世界を表現しているのでは?
2013.05.26
2013年5月26日 0:05 捉われなき自由な思考をするために何を・・・・思っていることと思わされていることの峻別を自分でするというのは大変難しいはずだ。いわゆるマインドコントロールというものがあるが、その通りですね。 数学等は 修業に良いですね。 疑うこと、論理的に考えること、 逆や反対も考える、 広い視野をもつなどですね。修業が必要ですね。
2013.05.26
2013年5月26日 0:06 あの世について 暗黒物質と暗黒エネルギーいまだに解明されてませんが、これはあの世ではないでしょうか?超ひも理論や、ブレーン宇宙など、私は詳しくわかりませんが、なんとなく、そうなんじゃないかと思いました。私は、あの世はあると思っています。これは簡単ですね。在っても分からない世界ですね。ちょうど生まれる前のようですね。 貴方にとって、江戸時代のようですね。
2013.05.26
2013/5/26 何故人間は食べないと死んでしまう?エネルギーがないと 動けなくなりますね。また、消耗品は補充しないと 無くなってしまいますね。
2013.05.26
2013年5月26日 0:1行為と結果の関係が深いほど、その結果の責任が大きくなるのはなぜでしょうか。また、行為と結果に過程を挟むと、なぜ責任が小さくなるのでしょうか。例えば、直接ナイフで人を刺し殺すのと、誰かに頼んで人を殺すのでは、なぜ責任が違うのでしょうか。これは 当然ですね。行為に対する責任ですから、影響力の大小、 責任がとれる度合いで、 罪の大きさが 影響を受けますね。 責任がとれないような 状況では、罪も問えないですね。
2013.05.26
2013年5月26日 0:11 日本は民主主義意識が希薄というが、民主主義って、その気になれば革命で政府を倒せるってことでしょ?革命でなくて、 選挙で 政権を変えることができるのは 当然です。
2013.05.26
2013年5月26日 0:13 あの事象の当事者であるとき、意図した行いでなくても罪悪感が生じるのは、自分が何かしらの道徳原理に反しているからだと聞きました。そこで質問があります。Aさんが駅のホームで電車を待っていると、Bさんに後ろから押された。Aさんの体は前にいるCさんにぶつかり、Cさんが線路に落ちてちょうど電車が来てひかれてしまった。A さんには 罪はなく、当事者とは言えないですね。 私も 交通事故で同じ場面に会いました。 反対車線が 交通事故にあって、 私の車線に飛び出して、全車 破壊、しかし何の責任も問われず、 反って良い車に 交換して頂きました。
2013.05.26
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