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再生核研究所声明リスト:(2013.3.1)再生核研究所声明1: 良い社会を作るには再生核研究所声明2: 中国古代の教育再生核研究所声明3: 最低生活の保障を求める再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に再生核研究所声明5: 靖国神社問題に対する提案再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案再生核研究所声明7: 参議院選挙に当たって再生核研究所声明8: 日本国の防衛の在り方について再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える再生核研究所声明10: 絶対的な世界の平和の為に再生核研究所声明11: 国の構成について再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について 再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと再生核研究所声明14: 日本の政局についての提言再生核研究所声明15: 空虚な日本の社会再生核研究所声明16: 裁判員制度の修正を求める再生核研究所声明17: 教育界の改革を求める再生核研究所声明18: 拉致問題の解決に向けての提案再生核研究所声明19: 超越への道、悟りへの道再生核研究所声明20: 大学入試センター試験の見直しを提案する再生核研究所声明 21: 人口問題についての考察再生核研究所声明 22: 小沢氏の続投による政権交代を求める再生核研究所声明 23: 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則再生核研究所声明 24: 衆議院選挙に当たって - 人心の一新と政権交再生核研究所声明再再生核研究所声明 25: 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて再生核研究所声明 26: 衆議院の解散に当たって再生核研究所声明 27: 政権交代を祝す、配慮と期待再生核研究所声明 28: 鳩山首相と鳩山首相の実母に 情状酌量を求める再生核研究所声明 29: 普天間基地問題 ― いまだ 夜明け前再生核研究所声明 30: 検察庁の暴走と民主主義の危機 - 広い視点再生核研究所声明 31: 法の精神と - 罪と罰再生核研究所声明 32: 夜明け -- ノアの方舟再生核研究所声明 33: 民主主義と衆愚政治再生核研究所声明 34: 日本のビジネス -- 日本料理店の海外展開再生核研究所声明 35: 社会と個人の在りよう -- 細胞の役割再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 再生核研究所声明 37: 金正日氏を世界史の英雄に ― 朝鮮問題に関心を寄せる世界の人々に再生核研究所声明 38: ロッキード事件のもみ消しについて再生核研究所声明39: 普天間基地問題の総括 ― 戦略なき対応と文化力再生核研究所声明 40: 政権交代とその後の政局 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判再生核研究所声明 42: 大失業時代再生核研究所声明 43: 政権交代は半ば、完全なる交代を求める-中途半端は良くない再生核研究所声明 44: 梅の木学問と檜学問-日本の研究者育成についての危惧再生核研究所声明 45: 第2次世界大戦と第3次世界混乱再生核研究所声明 46: 日本国の1つの国家像、あるべき姿について再生核研究所声明 47: 肯定死再生核研究所声明 48: 与謝野氏の大臣就任を是とし、高く評価する再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性再生核研究所声明 50: 日本における 民主主義の脆さ、危うさ再生核研究所声明 51: ツイッターにおける 意義と心得再生核研究所声明 52: 政治家や組織の代表者の選出における留意事項再生核研究所声明 53: 世界の軍隊を 地球防衛軍 に再生核研究所声明 54: リビア軍事介入について 再生核研究所声明 55: 皇族方の 東京避難を求める再生核研究所声明 56: アースデイ の理念再生核研究所声明 57: 人生とは何か、人生如何に生きるべきか再生核研究所声明 58: 日本の政局、民主党最後の決断、自民党の低落再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会再生核研究所声明 61: ビンラディン氏殺害 ― アメリカの名誉と大義を傷つけた オ バマ大統領再生核研究所声明 62: 福島原子力発電所事故と その対応、対策、取り組みについて再生核研究所声明 63 : 解脱; 神、自由、不死への道 - 安らかに終末を迎える心得再生核研究所声明 64: 期待される 日本軍の在り様 ― 情報分析力の向上と災害救助の重視を再生核研究所声明 65: 公務員の給与の段階的な引き下げ と 管理手当てなどの大幅引き下げを再生核研究所声明 66: 言論の自由を篤く保障し、実りある議論のできる社会に再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論再生核研究所声明 68: 生物の本質 ― 生きること、死ぬること再生核研究所声明 69: 単細胞人間 ― 単細胞的思考再生核研究所声明 70: 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず再生核研究所声明 71: 菅 暗黒政権 を総括する再生核研究所声明 72: 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則再生核研究所声明73 (2012.2.6): 日本国首相の役割再生核研究所声明74(2012.2.8): 人生・生命の肯定について再生核研究所声明75(2012.2.10): 政治・経済の在りようについて再生核研究所声明76(2012.2.16): 教育における心得 ― 教育原理再生核研究所声明77(2012.2.18): 人生における心得再生核研究所声明78(2012.2.20): 無責任な 原発反対と増税反対 ― 実状が分からないで意見を表明していないか?再生核研究所声明79(2012.3.11): 福島原発事故 とは 何か再生核研究所声明80(2012.3.20 ): 挑戦 とは 何か再生核研究所声明81(2012.3.14): 最高裁判所 裁判官全員の罷免 を 提案する再生核研究所声明82(2012.3.16): 皇室の在りようについての 一考察再生核研究所声明83(2012.4.11): 再生核研究所声明とは 何か再生核研究所声明84(2012.4.20): 国会審議における心得 - 討論、議論、批判における心得再生核研究所声明85(2012.4.24): 食欲から人間を考える ― 飽きること再生核研究所声明86(2012.4.25): 未だ おめでたい人類 - 先史時代再生核研究所声明87(2012.4.26): 小沢氏の裁判問題 ― 司法界とマスコミ界に断罪を再生核研究所声明88(2012.5.5): 大学教員の退職後の在り様についての一考察再生核研究所声明89(2012.5.11): 失業問題の根本的な解決法と 心の豊かさを求める原理再生核研究所声明90(2012.5.18): 日本の大学受験体制についての一考察再生核研究所声明91(2012.5.20): 創造性についての一考察再生核研究所声明92(2012.5.24): 日本の政局を憂える ― 国論の分裂を避けよ再生核研究所声明 93 (2012.6.14) : 国家とは何か,首相について - 統治機構としての国家について再生核研究所声明 94(2012.9.18): 日本国よ こんなことで良いのか ― あまりにもおかしな 日本国 ― 中国に大義あり、日本国の侵略は歴然再生核研究所声明 95(2012.10.20) 究極離散化法 (ADMmath: Aveiro Discretization Method mathematics)について再生核研究所声明 96(2012.9.20) 小沢氏に期待する、日本の針路と戦略再生核研究所声明 97(2012.9.22) 虚妄、空想、日中戦争の分析と顛末再生核研究所声明 98(2012.9.23) 矛盾、日中は戦争状態にある、― 日本はそんことをしていて良いのか、 原因を取り除け再生核研究所声明 99(2012.9.24) 死の肯定、在りよう、儀式、将来への提案再生核研究所声明 100(2012.9.26 ) 2つの多変数複素解析学について再生核研究所声明 101(2012.10.3) 慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識再生核研究所声明 102(2012.10.10) 成果主義の弊害について再生核研究所声明 103(2012.10.12) 日・中戦争の経過と状況の分析 ― 賢明な終戦と和平 再生核研究所声明 104(2012.10.28) 人事採用、昇任について再生核研究所声明 105(2012.11.06) 人間の愚かさ、弱点について再生核研究所声明 106(2012.11.20) 無限精度 解析センター の設立を求める再生核研究所声明 107(2012.11.22) 悲しい政権交代の挫折と まともな国家を目指して; 総選挙を控えて、政局を評価する。― 小沢氏の復権、偏狭的な愛国主義と軍国主義の処断、司法界の断罪、憲法の精神への回帰を再生核研究所声明 108(2012.12.8) 敗戦国日本よ、 情けないぞ ― 自主独立を求め、米・中との友好関係を 日本国憲法の精神で進めよ。 アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。再生核研究所声明 109(2013.2.8) 中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相再生核研究所声明 110(2013.2.12) 東京オリンピック開催どころではない、日本の国情 ― 大震災、放射能、原発事故対策、生活・教育・研究基盤などの内実に力を注げ再生核研究所声明 111(2013.2.20) 日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すなhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360
2013.02.28
2013年2月27日 23:23 ダーウィン的な進化論はまだ「仮説」に過ぎないのに、なぜまことしやかにいろいろな発見がこうした進化論に結び付けてあたかも事実のように説明されるのでしょう。進化論は 真実で、 事実ではないでしょうか。 人間が母体の中で成長する過程を 見ると 人間が どのように進化してきたかが 良く分かりますね。面白のは、 人間の進化の先が どうなるかですね: 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと ― 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2013.02.28
2013年2月26日 23:03 哲学・宗教に詳しい方お願いします「私たちの世界の外側には、私たちとは違う世界があって私たちはその世界の人々によって操られている」みたいなことについて述べられた理論はありませんか?これは外では 無く、自分の内部、 遺伝子というもので、人間が活かされている、 これは相当に事実で、人間は 自由な存在ではないですね。典型的な 恋は 性欲から湧いていて、 それによって 制御できないほど、動かされていますね。 遺伝子が 次の乗り物を探して、 暴れているように見えますね。 人間は 遺伝子の 乗り物に過ぎないと 外から見ると 成りかねないですね。
2013.02.27
2013年2月26日 23:13 主君を選べる時代に生まれたかった。そう思うこと、ありませんか? 今の時代が そうでは、しかし、 上手くいかず、 衆愚政治に陥っていますね。
2013.02.27
2013年2月26日 23:14 自分が一番嫌いなタイプは実は一番自分に似てるタイプ、ということを聞きますがこれはどういう心理でしょうか?これは原理的に有りますね。 近親憎悪などとも 表現されますが、生物の多様性の原理が 背後で 働いているのですね。 すなわち、 いろいろな在り様を考えた方が 全体として強いということですね。 社会も同じような人で構成されるより、いろいろな人から 構成された社会の方が それだけ柔軟に対応できる 大きな世界ということに成りますね。 教育のありようを考える大事な原則では。 型にはめた 教育は良くないですね。
2013.02.27
2013年2月25日 23:11 幸福は人それぞれですか?それとも人それぞれではない?それぞれかそれぞれではないかを回答して下さる方はその理由も詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?それぞれですね。 幸福は、 個人の考え方、 感じ方によって違うからですね。いろいろな人が 居るということですね。
2013.02.26
2013年2月25日 23:12 「世の中が滅びたらいい」「地球が滅亡したらいい」って考えてるけどそれは、現実的に 実行不可能だから。自分にとっての世界を滅ぼすんじゃないですかね?なんか、もう死んでやろうかと思ったら、自殺する人の気持ちが、少しわかりました。そうではない、 人生、上手く言った、 良く生きた、 この辺で 幕を閉じたい、 肯定死による 自殺が 有るのでは?:再生核研究所声明 99(2012.9.24) 死の肯定、在りよう、儀式、将来への提案 本声明は概ね60歳を越えた人たち向けであり、若い世代の人には進められない。何でもそうであるが、考え方、感じ方などは 年齢と共に一般には変化するものであるから、学ぶにも、考える題材にも 適齢期というものが有るからである。 死の問題は、生命と人生の基本的な課題であるから、真正面から 死の問題をとり上げ、いろいろな観点から、触れている: 夜明け前 よっちゃんの想い (文芸社)再生核研究所声明19: 超越への道、悟りへの道再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判再生核研究所声明 47: 肯定死再生核研究所声明 63 : 解脱; 神、自由、不死への道 - 安らかに終末を迎える心得再生核研究所声明 68: 生物の本質 - 生きること、死ぬること再生核研究所声明74: 人生・生命の肯定について ここでは 大局的に、人生と死の問題を直接とり上げ、死に対する考え方から、 在るべき 在りようを考察して、将来の在り様、方向性についても具体的な 提案を行いたい。(ここで、ついでに。 再生核研究所における 再生核とは何かという質問が結構、寄せられているが、その明確な意味は、上記、著書の序文に述べられている。それは 死に対する概念、すなわち、再生の原理であると述べて置きたい)人は、死をどのように 捉えるだろう。 もの心はついたが、いわゆる性に目覚める以前、まるで、元祖生命体の本来のように、永遠の命を求め、死を鋭く拒否して、 死に激しく対立する本能、情念が強いのではないだろうか。 激しい、 恋心を擁くころ、 恋の喜びとともに、その背後に死の代償の予感がするだろう - 恋の原理と心得。 子供たちの成長と両親の死を迎えて、 死は避けられない人間の運命である、定めであると予感し、 死を迎える心構えがひとりでに できて来るだろう。 しかしながら、滅すること、空に帰する寂しさ、 苦しさは、そう簡単には克服できず、 あたかも生命力の反作用のように 生に対する情念が人生の終末まで残るのではないだろうか。 ここで、人生をかけて 修行された お釈迦様の最期の情景を想い出したい。- これは定めであって、仕方のないこと、悲しむな とお弟子さんたちに言い残こされて、最後を迎えられました。 ソクラテスの最期も似たような状況であると理解される。上記、再生核研究所声明では、生も死も等価、生きるも良く、死するも良い、同じようなものだと、 捉え、 死を拒否すべき、あしきものとは 捉えず、これ幸いと積極的に評価できるとしている。- 人類が進化すれば、 死を恐れ、拒否する心情はうすれ、それらの心情は人間の未発達な雑念で、進化した人類は、 生きるも良い、死するも同じようだと、感じるだろう -人間を創造された神が、絶対に避けられないことを、 悪しきものに作られるはずはないと信じられる。また、 既に有能な方々で、 死に対して、さらりと お釈迦様のような 心情を持たれている方は 世に多い。人生、苦しくとも、死は解放してくれると、親鸞なども捉えていたのではないだろうか。 日本における 自然な挨拶、おくやみに、 苦が病んで、安らかになられたとの 心情が相当に含まれているのではないだろうか。この声明の趣旨は 死を肯定的に 前向きに捉えて、世界観を変えるように提案することである。いわゆる西洋の教会においては、地上、回廊、身廊、地下に石棺などを配置して、天井には子供たち、女神たちの美しい絵画や像を配置している。 天国と地獄を表わしているようである (コロンブス だけは例外。棺が4人の国王によって担がれている)。日本では 神社と寺、墓を分け、穢れなき神社と忌むべき墓に分けているように見える。民族によっては、死は望ましいものであって、葬儀はお祝い事のように扱うところもあるという。具体的な提案は、これらの感性、扱い方を、段々に改め、 死をそれほど、忌むべきもの、葬式を それほど悲しむべきことと、せず、 より自然に受け入れられるように、死の考え方、捉え方 そして 埋葬や墓の在りようを 永い時間をかけて改めていこうという、 方向性を提案している。 人が激しい悲しみで 死を迎えれば、子供たちは死を、 忌むべきこと、悲しむべきことと学習し、そのような感性を育てるだろう。 全体の対応、環境全体をもっと明るいものと捉えれば、子供たちもそのように学習して、 人生を明るく展望できるようになるのではないだろうか。 墓の在りようも変えて行きたい。 石棺や墓を作っていては 将来地球は 墓や石棺で満ちてしまうは道理である。 墓も、 永続的に永続可能な、楽しい在りように次第に志向して行きたい。いろいろな習慣、慣習なども改善して行きたい。 もちろん、お釈迦様は、無理して長生きしようなどとは、考えられず、自然性を受け入れられたと考えられ、進化した人間は 死をこれ幸いと積極的に受け入れるのではないだろうか: 以 上 付記: 本能寺の変 2/2信長の無念をかみしめて、修行に励みたい。2012.6.8.20:50しかし、地球すら いずれ壊滅するだろう。その時、世界史は結局 空に帰するだろう。そこで、本能寺の変が起きたら、余計なことを続ける必要が無くなった、これ幸いと考えれば 良いですね。2012.6.11.09:45
2013.02.26
2013年2月25日 23:13 徹頭徹尾論理で貫かれた哲学書というのもある?・・・ そう試みたのが、 デカルトの方法序説ですが、 失敗、不可能だと されていると思います。しかし、デカルトの 偉大さは 凄いですね。
2013.02.26
2013年2月25日 23:14 数学的には存在するという言い方は、実在はしないという見なし方でよいのですか?そしてそもそも、実在とは何でしょうか?真剣に問えば 難しいですね。 数学は存在し、実在すると思いますが、それは本当かといえば、 最終的には、 確定的に明確に 感じると成ってしまいますね: 関係者各位: 数学とは何か ― 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb)
2013.02.26
2013年2月25日 23:15芸術派爆発だ?と思うときは・・・・どんな時ですか? なっスイングする時とかも有りますけど?ファイアーな方ですか? それとも、ダイナマイトはですか? それとも、分子移動のような目に見えない爆発ですか?これは 良い言葉ですね。 どんどん生命力から、 情念が湧き、 発想が湧き、活動して行くことを表現されたのですね。 素晴らしいですね。
2013.02.26
2013年2月25日 23:17 悟りとは、すなわち世界の真理を見極める、悩みを持たなくなるということでいいのでしょうか?それはそうですが、それでは 何時になっても 悟れないですね。一応、 概ね、 人生に諦めが付けば、まあまあの悟りと言えるのでは: 再生核研究所声明 19 (2008/09/14): 超越への道、悟りへの道人生如何にいくべきか、人生如何に在るべきかについては、声明12に良く述べられていると考えます。世界とは 個人にとっては 主体的に観れば 帰するところ 自分の感じ、知り、想像する全体であり、それらがより良ければ よい人生と言え、結果的には 良き感動の多い人生ほど豊かな人生であり、またそのような方向に向うことこそ、人生如何にいくべきかの道であると考えます。さらに 生物の1種である人間は あらゆる生物の本能原理である 生きること、子孫を残すこと、そして子孫を育てることに 縛られていると考えられる。実際、それらの各々には深い感動が伴うものである。それ故に それらに真摯に向き会う生き方を 声明13にも述べられているように 人生において否定することは出来ない。しかしながら、超越への道、悟りへの道 においては それらのいずれも否定した生き方を受け入れ、存在する生き方を 人間の在りようとして受け入れる心構えをもつ必要があると考えます。それは人間が希求している 神、自由、不死 を体現し、魂を解放し、悟りへの境地 に達する為にも 修行し続ける必要があると考えます。実際、人生とは 死ぬ事の練習 とも言える。人間ひとりひとりは じんかん としていろいろな関係をもっているものの 1個の精神的に独立した存在であり、夫婦も親子も その意味では独立した存在であり、いつまでも一諸にとはいかず、結局 孤立した存在であり、この意味において 人間の存在は寂しい存在である と言える。人生において 如何に上手くいっても 所詮は儚い存在 であり、帰するところは 幻や儚い夢以上のものではない ことを 真実として深く受け止める事こそ 超越への道、悟りへの道 に通ずる道と考えます。人生においては 帰するところ、存在する以前の状態に戻る と考えることが、それこそ すべての生物を支配している普遍的な原理 であると考えられよう。生命作用そのものが 所詮は儚い営みである と知ることこそ 超越への道、悟りへの道 に通ずる道と考えます。これは 生物を支配している本能原理からの 精神の解放を意味し、より自由な人生の展開を可能ならしめるもの と考えます。これらは 神、自由、不死を 体現せしめる道 でもあると考えます。しかしながら、人間存在の 三身一体の原理; 存在、知、愛、すなわち、存在しなければ何も始まらず、何も知らず、したがって何も求められないは 不変的な人生における原理 であるとして 存在し続けると考えます。神、自由、不死の体現とは 自然と一体となって、自然に溶け込み 自らを失うことと考えます。そのときこそ、大いなるものに 一切の身を委ねるときです。(ここで述べたことは 実は 難しい事ではなくて 当たり前の事 を述べていると考えます:悟ることの原理:お釈迦様も、美空ひばりさんも また多くの人も、みな同じ事を言っていると思います。この地球上には、それこそ、数え切れないほどの生命が生まれては、亡くなってきました。すべての人間も、すべての命あるものは、本質的には、みな同じで、生まれてくる前に、戻るという事になるのではないでしょうか。 すなわち、悟るという事は、この道理を受け入れるという事にあると思います。 悟るという事は、簡単に言えば、生まれてくる前に、戻るという事を認め、受け入れる事ではないでしょうか。これは、すべての人間、すべての生命を支配している原理であって、この点においては、すべての生命は、同じ運命におかれていると思います。これを受け入れることが、悟ることの原理だ と思います。 考えてみると、奇妙なことです。 人間は生まれて、元に戻るという事が、修行で、悟りへの道となると思います。このことは、実際は、理屈では分かっているのですが、気持で受け入れられないというのが、煩悩ということではないでしょうか。(2008/05/30))以上
2013.02.26
013年2月25日 23:21 ケーキなどの2人で平等に分けるには1人が切るなりして分ける、もう1人が分けられたものをどっちにするか選ぶ。これで平等になるとどこかのサイトで見ました。これって本当に平等なのでしょうか?何か納得がいきません;;ケーキや、平等の問題では 無く、考え方として 広範に利用できる 発想があって大いに 利用できますね。 素晴らしい 発想を評価 応用すべきでは?
2013.02.26
2013年2月25日 23:24 ソクラテスの幸福主義ソクラテスは理性に伴った道徳に従って善く生きることこそが最高の幸福であると言いましたがこれは現在でも通じることでしょうか?通じているのであれば幸福に生きるには?の答えは、理性に伴った道徳に従って善く生きることと言うことになるのでしょうか?このまま 読めば、おかしいのでは?人間は そんなに理性的な存在ではなく、また、幸福、善、 良く生きことも 大いに感情に依存して、 理性的な存在ではないのでは。
2013.02.26
2013年2月24日 23:14 結局、鶏と卵はどっちが先なんですか??鶏が先と考えるのが、自然では?これは定義によるので、 決められないのが 真実ですね。鶏とは何か。鶏の卵とは何かですね。鶏の卵を、鶏が産んだものと定義すれば、 卵は 後ですね。鶏とは何か、 定義した時 鶏に成るので、 何か、変な動物が 居る、それを鶏となずけよう、 すると鶏が先で、 鶏が産んだ 卵となって、 卵は後に成りますね。変な 卵がある、それを鶏の卵となずけよう、 すると 卵が先に成りますね。鶏が先と考えるのが、自然では?
2013.02.25
2013年2月24日 23:15 生れた瞬間から死に向かって進んでいると或るお坊さんから説教を受けましたが、そこまで考えながら生きた方がよいのはいくつくらいからでしょうか?まさか小学生に教えてもよいか?その通りですね。 それは 個人、個人で 違います。考える必要もありませんね。 考えたい人が考えれば 良いですね。 考えたくない人は 考える必要は有りませんね。
2013.02.25
2013年2月24日 23:16 「頭の良さとは」頭のよしあしって本当にあるのでしょうか?数学の能力、 語学の能力などと 限定すれば、 能力の 差は 歴然ですね。能力、個性の差は 歴然ですから、 それぞれの個性を活かせる社会が 理想では。 1.4 再生核研究所声明 4(2007/3/17): 競争社会から個性を活かせる社会に:2009-02-04 08:27:53カテゴリー: Weblogコメント0Twitter0Facebook0はてなブックマーク0現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25条の精神を高揚させ 最低生活の保障による連帯を確認する事の必要性を訴えている(声明3)。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが 精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。 その理由は:1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで一元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。 スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんたちは それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争の事です。自分のむかないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。4)日本の教育の重点が いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような一元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。 勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、一元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する事になり、社会は不安定になると思います。6)個性を活かせる社会とは 社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考える事が得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もありそれぞれが補完し、助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うという事自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字という事は仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらの背後には学力を付けることばかりに走り、責任感の無い自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因があるのではないでしょうか。8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起す人を抱える社会はどれほど、経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのよう状況では例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。あらゆる所で、厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。それに対して 社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも、憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。皆さん 競争社会から個性を活かせる社会 を目指そうではありませんか。以 上
2013.02.25
2013年2月24日 23:17人を上位下位で見ることが問題になるときとはどんなときですか?過去2回質問させていただきましたが、大変勉強になってます。ありがとうございます。ところで、人を上位下位、優位劣位、有利不利で見るクセがついている、それは劣等感が原因であると回答をいただいて、ちょっと考えてみました。そのような考え方は、 良くないのでは。 共生、共感、共鳴の方向で、個性を活かす、 いろいろな在り様を考える のが良いのでは: 1.4 再生核研究所声明 4(2007/3/17): 競争社会から個性を活かせる社会に:2009-02-04 08:27:53カテゴリー: Weblogコメント0Twitter0Facebook0はてなブックマーク0現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25条の精神を高揚させ 最低生活の保障による連帯を確認する事の必要性を訴えている(声明3)。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが 精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。 その理由は:1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで一元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。 スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんたちは それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争の事です。自分のむかないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。4)日本の教育の重点が いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような一元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。 勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、一元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する事になり、社会は不安定になると思います。6)個性を活かせる社会とは 社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考える事が得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もありそれぞれが補完し、助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うという事自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字という事は仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらの背後には学力を付けることばかりに走り、責任感の無い自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因があるのではないでしょうか。8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起す人を抱える社会はどれほど、経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのよう状況では例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。あらゆる所で、厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。それに対して 社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも、憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。皆さん 競争社会から個性を活かせる社会 を目指そうではありませんか。以 上
2013.02.25
2013年2月24日 23:21 道徳的問題ゲーム感覚ですか。これは 一人を意図的に 死にやることは まずいのでは。 貴方の意図が働くからです。落された人には 罪は無いですね。 巻き込まれては 叶わないのでは?次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために―よっちゃんの想い― から
2013.02.25
2013年2月24日 23:21 何かを勝ち取って人一倍喜ぶ人は落ち込むときも人一倍落ち込む場合が多い気がしました。(私の周りの人をみていて)喜怒哀楽というのは関連してくるものですか?それは言えるのでは? そのような感受性が 強いということですね。
2013.02.25
2013年2月24日 23:23 <無意識内で行われている思考も、意識で行っている思考と同じ形式なんでしょうか?意識で行っている思考は 論理的ですが、 無意識で行っているのは、 感覚的、気分的と言えますね。
2013.02.25
2013年2月24日 23:24人間は絶えず価値判断・価値選択を行いながら生きていると言えると思いますが、人間がいないところに「価値」というものはありませんでしょうか?それは分からないというのが結論でしょうか?人間がいないところでは、価値は無い、そのような概念は無いのでは。 人間がいなければ、自然の法則や物理学などの法則が支配する世界では。人類の存在は、 最も大事な ことである 所以に繋がりますね: 再生核研究所声明 13 (2008/05/17): 第1原理 ― 最も大事なこと世界の如何なるものも 環境内の存在であり、孤立した存在は在り得ない。世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して始めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある。よって環境や戦争については 多くの人間の関与すべき重要な問題と考えなければならない。21世紀は、近代科学の進歩によって 地球の有限性が顕わになり、人類絶滅の可能性を感じせしめるようになってきた時代とも言える。国が栄えなければ、地方の栄えは考えられず、県などが栄えなければ 市町村などの発展は望めない。市町村などが健全でなければ 地域は栄えず、住民や家庭の健全な生活は不可能である。しかしながら、現実的な対応としては、逆方向の発展を考えざるを得ない。すなわち私たち個人、および個人の近くから、より良い社会、環境になるように努力していくことである。孤高の存在は所詮空しく、儚いものである。それゆえに われわれは各級のレベルにおける環境と社会に思いを致すことに努力して行こうではありませんか。特に、われなき世界は 存在すれども、何事をも認識できず、知ることもなく感じる事もできない。よって、われ存在して始めて、世界を知ることになるから、健全なる個人の存在は、個人にとっては最も大事な第1原理に考えざるを得ない。これは言い古されてきた、 まず健康ということ、 に他ならない。われなき世界とは 自分が影響を与えない世界のことである。この個人と社会の関わりは、 愛とよばれている、 愛の本質である。それは男女の愛と親子の愛が基本になっている。それはまた じんかん と よばれる人間存在の本質でもある。この声明は 地球環境を限りなく大事にし、世界の平和を確立し、社会を大事に思い、世界の拡大と深化を、 個人を尊重しながら、 積極的に進めることを、各級のレベルで努力することを要請しているものである。その原理は、 人間存在の本質である、 人間存在における三位一体の理存在、知、愛の、存在して、始めて知り、求める事ができる という原理を、いわば当たり前のことを、確認しているに他ならない。(しかしながら、実際にはこの自明な、重要な原理は、解析接続のように必然的に 新しい価値観と考え方を限りなく発展させ、雄大な世界を拓くのであるが、私個人はこの古い世界で生涯を閉じようとしていて、その世界には立ち入らない事にしたいと思う。不思議にも 少年時代に宇宙論と共にその世界を覗いたのですが、怖くなって覗かないようにしました。それはガウスが非ユークリッド幾何学を発見したが、世の反響の大きさを恐れて発表を控えたのと同じ心境です。) 以上。
2013.02.25
2013年2月23日 23:17 感覚を伝えるということ・また自分が分からない感覚・・・想像活動は、 殆ど そのような 状態から、 湧いてくる 微妙なものを はっきりさせ 表現する試みと言えますね。いろいろと 思いめぐらしていると 段々、そして 突然 明確に成って、表現できるように 成るのですね。 想像活動、 みんなそうですね。 生きている事さえ、そうですね。
2013.02.24
2013年2月23日 23:19 精神年齢と矛盾について。そのような面は 確かに有りますね。賢い人、 優秀な人は、 ずるがしこく 発展している面が 相当に有りますね。政治家の先生方も みんな 賢い、優秀な人たちですから、 庶民は 騙されてしまうのが 現実ですね。
2013.02.24
2013年2月23日 23:20 なぜ人には恐れの感情があるのでしょう?なかったらよかったと思いませんか?自己防衛、自己を守るが 本質ですから、 夢や 希望の反対で、無くならないですね。 夢が壊れれば、 恐れを感じますね。
2013.02.24
2013年2月23日 23:24 野生動物の身体能力が優れていても核兵器を上から投下されれば彼らは一瞬で蒸発し消滅してしまう。つまり人間の力とは知性の力だといえる?人間には、 暴力能力が 有るということですから、 責任が重いということですね。罪なきものを 殺傷したりすること、福島原発でも、無数の生物に危害を与え、甚大な 罪をもってしまいましたね。 本当に、苦しい。
2013.02.24
2013年2月23日 23:27 死後の世界はあると考える人に質問です。自分が死んだのだというこは、どうやって分かるのか?お願い致します。この種の間違いが 多いですね。 存在する、あることと、 認識できることは 違いますね。 存在するが、 分からない、認識できないということですね。生まれて来る前 と同じようですね。
2013.02.24
2013年2月23日 23:31 やっぱり文系でも数学は絶対に欠かせないですよね?そんなことは ないですね。 もっと自由に考えるべきですね。 いろいろな有り様が 考えられると考えるべきでは。
2013.02.24
2013年2月23日 23:35 米報道官、尖閣問題で返答に窮し「知らない」 【ワシントン=中島健太郎】沖縄県の尖閣諸島に関する米政府の立場について、カーニー米大統領報道官が22日の記者会見で米記者の質問を理解できず、返答に窮する一幕があった。これは、 一種の嫌がらせかも、 しかし、 アメリカに頼って、 わざわざ 島問題を起こす方が、 可笑しく、 憲法の精神にも反するので、 石原氏と野田氏を断罪、 謝罪して、 話し合いを始めるべきでは。戦争は 避けられないと見るべきでは? あるいは、警備費で お互いに馬鹿げた 経費がかかりますね。
2013.02.24
2013年2月23日 23:47 子供が食事を残したとき「世界にはを食べたくても食べられない人がいるんだからありがたく食べなさい」という親がいますが、これはおかしいと思います。日本では 食べ物を 残すは 悪い習慣とされていますが、 相当の外国では、 どんどん 残して捨てる 習慣が有りますね。 食べ過ぎて、 健康を害するは 確かに良くないと 考えれますね。どうも、 良い気分になれないのは、 食べられないほど とって、わざわざ残し、捨てることが 相当に 普通だということですね。
2013.02.24
圧力に屈しない、 社会正義を貫くは、マスコミの魂、検察、裁判官もそうですね。これ当たり前、 ― 義務教育では しっかり教えているでしょうか?謝罪など、考えるだけでもおかしいですね。過去を繰り返し、反芻している方がおかしい。 当時は 当時の世界情況で動いたのですね。ー 第2次世界大戦と日本の良心、 大谷杉郎先生の 手記が 日本人の心情を 良く述べています。 精魂を込めて書かれた遺言のようなもの首相はオバマ大統領に対し、東アジア情勢の緊迫化を受けて、日本の防衛力を強化するとの方針を伝えた ― アメリカで、 公言したら、儲けさせてやりますと 媚びているようですね。恥ずかしい。日本はアジア最大の侵略国家ですね。歴史の反省を。福田康夫氏の器の大きさ: 日本の首相など大したことはない、- 首相でまえあがって、盟友を裏切った無様な菅氏、ころりと利用された、みじめな石原氏や野田氏; 名君 福田赳夫氏の お父様をも越えていたのでは? 安倍氏は??想えば、 自民党の首相、福田康夫氏には 不満は 辞められたことくらいしかなかった。 期待していたら、議員を辞められてしまった。 残念。 えらい違いですね、80歳を越えて 余計なことで、頑張っている方とは。中国のレーダー照射「騒ぎすぎ」、「日本の空気の方がたち悪い」 丹羽節連発 - 元中国大使の発言が適切、マスコミや政府の考えが おかしいですね。それ常識では?菅氏は 論外としても、 凄い石原氏、人物 野田前首相まで ころりと利用されてしまう現実は、日本の支配構造が よういならざる深刻なものであることを示している。鳩山氏や、小沢氏は 珍しく気骨が有る。小沢氏を守れ、小沢氏の勢力を拡大させよ、世界に誇る日本国憲法を守れ。 歴史の大義は、これに有る。面白い、変な話し、ポルトガルでは 2年前から、同性婚が 法で認められ、フランスでも? 進歩しすぎていて、ついていけない。平和、軍事など とっくにご卒業。いわゆる、内政干渉は、 良くないですね。 世界の常識を確認したい。 しかし、人道上問題をおこす場合は、 国連が適切に 対応するのですね。 強い国が 勝手に、陰気に 内政に干渉すれば、 評判を落としますね。民主党には、期待出来ないと私は思います。小沢氏と鳩山氏が作った政党なのに、2人を姑息な手段で: 同感、共鳴ですね。同志を裏切って、おかしな人たちと手を組んで、 支持者を失望させましたね。しかし、団結しないと、憲法が危ない。ころりと圧力に屈する方も 問題ですね。 ガンジーのような筋金入り、 小沢氏のような方が 国には必要ですね。ころりと圧力に屈する方も 問題ですね。 そのような人は、マスコミ、裁判官、検察、失格ですね。 人事では まずは、そこを抑えて欲しいですね。情けない日本、石原氏など、愛国者かと思ったら、ころりと 利用されている、みじめな人に 成り下がっている。 どうして、日本の政治家は こうもだらしがないのか? ガンジーのような人はいないのか。 いた、小沢氏が、― しっかり応援しよう。 核兵器の処分経費は、 開発した国が 負担するものとする ― 常識、 良かった、日本は マイナス経費を持たないで。 日本の国債などの比でない国も? しかも、危険。平和憲法が守ってくれた。国連常任理事国、第二次世界大戦、戦勝国は しっかり世界の平和を守って。 日本は未だ謹慎中、 出しゃばることはない、 内実と反省を、平和憲法の精神で進めれば良い。 出しゃばって良いことは何もない。本当ですね、ヨーロッパにいるのですが、変な野蛮な国ですね。政治家とマスコミが 良くないのですが、日本の文化は素晴らしいのに、変な現象ですね。日本人は 働きすぎ、真面目すぎ、しかし、政治には弱いですね。マスコミが 衆愚教育をしているのでは?
2013.02.23
2013年2月22日 23:19 皆さんは迷ってる時、どうしますか。まず、健康ですね。 調子が悪いが、 健康状態から来ることが 多いですね。美味しいものを食べると元気が出る。 健康なら、意欲や、希望も湧いてくる。子供が何でもないのに 笑顔を見せたり はしゃぐのは、生命力ですね。 段々好きなことを見つけ、何かに囚われたり、しないで 自分の合ったものを探すのが 良いのでは? 好きなことを、好きなようにするですね。
2013.02.23
2013/2/22 <政治の本質は何ですか。面白いですね。 利益、利害の配分では?
2013.02.23
2013年2月22日 23:39 アメリカとドイツの憲法が何度も改正されているから日本も改正しなければならないという理由が良くわかりません。勿論、改正は誰も反対しませんが、 おかしい人たちの改正は おかしいのでは。 それから、憲法は 基本法で、それほど改正の必要のない、基本を定めているのでは?再生核研究所声明でいろいろ取り上げています:1.6 再生核研究所声明 6 (2007/4/25): 憲法問題に対する提案: 最近 国の在り様の基本を定める憲法の問題、特にそれを改正すべきか否かの議論が高まってきている。 そこで、声明1の 「公正の原則」 に従ってあるべき姿を提案したい。 始めに 憲法及びその改正問題は、法理論としてあるべき姿を論じるよりは 憲法改正が生きた現在の社会状況や国際社会にどのような影響を与え、どのような働きをするかという現実的な視点から論じられるべきであり、抽象的な論理のための議論を行うべきではないと考える。我々は現在 憲法を変えることには 次のような理由で反対であり、改正は当分見合わせるべきであると考える。 1) 憲法改正の要点は 憲法第9条の所謂 戦争放棄と戦力不保持の条項 であり、他の条項については改正すべき本質的な問題は生じていないと考えられる。2) 憲法第9条の改正の趣旨は 国防の観点からの軍隊の認知と国連などを通した、軍事による国際貢献を可能にする改正である。従って憲法改正の要点は国防力を高め、軍を海外に派遣して国際貢献しようとする意図にあると判断される。3) 日本国の借金が832兆円(歳入の15倍以上)(2006年度末; 地方自治体の借金はおよそ167兆円)もあり、さらに借金が膨らんでいる状況(44.6% 公債費、16年度当初予算)を見れば、何れに対しも有効に対応できないのは明白である。特に軍の派遣となれば国際連合の要請を受けてとなると判断されるが、そもそも国際連合とはどのような組織でしょうか。これは第2次世界大戦後 拒否権を持つ5大国の戦勝国が中心になって作った国際組織であり、日本はあとあと加盟が認められた1つの国に過ぎない。国連は拒否権を持つ5大国が責任を持って運営すべきであり、日本は5大国を越えて国連に貢献する必要はないと考える。 日本の国連分担率は最近の経済力を反映しても16.624%にもなっている。4) もし日米同盟の路線を強めれば 結局 軍事的な負担増を強いられ、イラクでもそうであったように アメリカに追随して 世界の期待に応える事ができないばかりか 悪い方向に巻き込まれる危険性が大きいと考えられる。アメリカの力は認められるが、アメリカの正義は危ういと判断される。5) したがって、3)項の条件 国がやっていける見通し、例えば借金が半減するまで、そして国連が改組し、日本が国際連合の中で正当なる位置が占められるまで、憲法の改正は実質的な意味を成さないので、この改正は行うべきではないと考える。6) 常識的に言えば、国の財政がやっていける見通しが立って、やっと一人前であり、次に国際貢献ではないでしょうか。国の基本に関わる靖国神社問題1つをとってみても解決できない日本は 精神的にも1つの国として自立の道を歩む能力がいまだに備わっていないと判断される。世界の秩序を変えようとして立ちあがった戦前の日本国ほどの気概も自立心もいまだに備わっていないと判断される。さらに国の将来に関わる教育などはいまだに混迷しているとみられる。7) 憲法第9条の改正は、世界的にみても 日本の再軍備を印象付ける事となり、特にアジア諸国の緊張を高め、軍拡競争の機運を高め、内から見ても外から見てもよい事は何もないと判断される。小さな国土と資源の少ない日本は 軍事で国の平和と安全を志向するよりは、文化と世界の信頼と尊敬でそれらを志向した方がよいと判断される。8) 憲法をより時代に合ったものにしたいという考えと、特に現在ある軍隊の位置づけに対する懸念は理解できる。しかしながら、日本は繰り返されてきた選挙によって、また繰り返されてきた裁判によって、現在の状況を作り出してきているのであって、現状を受け入れるのは当然である。およそ社会の多くの在り様の問題は自明なものであり、精神と方向を現在の憲法に基礎をおいて運営していけば十分に対応していけると考える。改正よりも改悪、悪い影響が懸念される。9) 急速な国際化とインターネットの普及により国際交流が進み、国内がしっかり纏まっていれば、核戦争はおろか平常兵器による戦争も最早起きないと考えられる。そのとき 日本国憲法は時代を先取りした素晴らしい憲法として、世界の憲法の模範となる時代が来ると判断される。国民の英明なる判断が 今こそ求められています。このとき、沈黙をまもっていれば、社会の一層の混乱と大きな負担が襲いかかってくる事にはならないでしょうか。 以 上
2013.02.23
2013年2月22日 23:40 生態系の破壊 対策生態系の破壊の対策にはどんなことが必要ですか?またわたしたちにできることはなんですか? 次を参考にしてください: 再生核研究所声明 56(2011.04.06): アースデイ の理念再生核研究所声明 56(2011.04.06): アースデイ の理念先ず、アースデイの概念であるが、グーグルで検索すると、環境関連の会議で、環境問題についての討論集会、環境のかかえる問題に対して人びとに関心をもってもらおう、 地球環境を守る意思表示をする国際連帯行動 などから、地球環境を大事にしようという概念が 鍵となっているようである。そこで、地球について改めて、考察し、かけがいのない地球 に想いを致し、元祖生命体における人類の使命(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判)を自覚するように 訴えます。広大な宇宙空間で、地球のように 生命が繁茂し、人間のような ある程度の精神作用や自由意志を有する高等生物が生息する天体は 未だ見つかっていない。 このことからも、既に 地球が広大な宇宙の中で、かけがいのない存在 であることが分かる。 人類が存在して、初めて、全てのことは始まるから、人類の生存は 最も大事な ことになる(再生核研究所声明13)。 雄大な生態系において、人類はその頂点に位置していて、自由意志と能力によって、地球や生態系に重大な影響を与えている。 実際、人類が望めば、原爆などで地球を破壊し、生命の絶滅も可能であろう。しかしながら、実は、人類の自覚が無ければ、このままでも 生態系が破壊され、少なくとも人類絶滅にいたるのは 物理的にも 容易に想像される。実際、地球外から地球を見れば、人類が如何に自然と生態系を破壊して来たかが、良く理解できる。人類こそ、地球の生態系を蝕む、がん細胞のような存在であることを しっかりと理解する必要がある。がん細胞が増殖すれば、生態系は乱され、やがて がん細胞すら存在しえなくなるのは明らかである。このような観点から、地球環境の保全、特に生態系の保全に特別な想いを致すのが、アースデイの理念 でなければならないと考える。生きている地球が、地震などを起こすのは道理である。 地球と仲良く生きるとは、地震などにも柔軟に対応できる生き方をするということである。母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。生態系の在りようは 多様性によって裏付けられているが、その実体は未だ 人知の及ばない領域とも言えるから、人類は謙虚になって、1) 人類の立ち入らない島や、地域の制定2) あらゆる生物種の保存に努力するように訴える。 人生で確かなこととは 生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) ということであり、生態体系の保存に心すべきであり、元祖生命体の進化を見守りたい。 また、広い存在領域の確保のためにも、地球外への進出も企てたい(再生核研究所声明32) 以 上
2013.02.23
2013年2月21日 23:15 古い芸術は廃れれば良いのでしょうか?相当 変わった方ですね。人生は 好きなことをやるのが 良いですね。 楽しいことを否定されては、 何のための人生かと成りかねないですね。 自分で 嫌いなのは 避けて、 他人の好きなものを 否定するのは、 批判するのは 大いに気を付けるべきでは。社会や、人に迷惑を掛けない限り、 どんどん好きなことを するのが、人生とと考えたい。
2013.02.22
2013年2月21日 23:24 なんで真実を知ろうとすると暗くなるのですか。歴代の哲学者や作家には精神を病んだり自殺する方が多いですね。成るほど、そう言えますね。 真実を求めることが 暗く、 苦しいことの方が多いということですね。 それは 言えるかも知れませんね。 お釈迦様や 親覧なども 苦しい修業をされましたね。 本質的なことが有るのでは? 本質は、死ぬことが 有るのでは?しかし、本能的に 真理の追求は 湧くのでは。 それは、人間の本質的な 本能と言えるのでは?
2013.02.22
2013年2月21日 23:29 延命治療って本当に必要なのですか?生きるは 大事な生物の本能ですが、 ただ生きていれば 良い、所謂 延命処置は 大いに問題では。 全体的な状況の中から、 具体的に 対処すべきであり、 自然性は 尊重されるべきでは。 再生核研究所声明の中でも いろいろ取り上げています。
2013.02.22
菅氏は 論外としても、凄い石原氏、人物 野田前首相まで ころりと利用されてしまう、 現実は、日本の支配構造が ようい成らざる深刻なものであることを示している。鳩山氏や、小沢氏は 珍しく気骨が有るが、世界を動かす軍師に 欠けていると言える。小沢氏を守れ、小沢氏の勢力を拡大させよ、憲法をまもれ。 歴史の大義は、これに有り。 憲法に指一本触れさすな。 ーーー 実に、素晴らしい!!! 大賛成、 政治が嫌いな 私も、義によりて、 立ちあがざるを 得ない。憲法の改悪は、国の在りようの基本を変えるものである。世界に誇れる日本国憲法を 世界の人々と共に守り抜き、世界史の進化を志向しようではないか。 以 上 追記 美しい国、日本(再生核研究所声明23 付記: 夜明け前 よっちゃんの想い(文芸社):内政干渉しないは 大国の器の問題ですが、 へらへら政治家が ご機嫌取りで、 国民を犠牲にする 状況では。 情けない。 平成時代は、 日本の暗黒時代と 世界史で分析記録されるのでは。 検察、マスコミは 支配されていると 世界では見ていますね。―小沢氏の役割が見えますね内政干渉しないは 大国の器の問題ですが、 へらへら政治家が ご機嫌取りで、 国民を犠牲にする 状況では。 情けない。 平成時代は、 日本の暗黒時代と 世界史で分析記録されるのでは。 検察、マスコミは 支配されていると 世界では見ていますね。中国の侵略より、日本の侵略の方が危険、 歴史的にも 何時も 日本が、 侵略してきたでは ないか。
2013.02.21
2013年2月21日 1:00 自分が悪人になるのは怖いですか?多くの人はどうして善人でいたがるんですか?そのような、本能、本質が人間には有るのでは?それは、本能的に、 人間には、良心、神性が有って、それに逆らうと 深い、罪悪感がするのでは?
2013.02.21
2013年2月21日 1:00 知性と知性の対立としての核兵器による睨みあいといことが生じているのですか?この地球の生態系を幾十個分も完全破壊できるだけの量の大量破壊兵器を持ち合うことの理由と意味を、どなたか分かるように説明して頂けませんか。これは、 愚かさは分かっているが 止められない、身勝手さの表れですね。本当に 馬鹿らしい事ですね。お釈迦様なら、 諭せたのでは?私も、愚かさを諭す、原理を 有しているので、 何時か表現したいと思います。
2013.02.21
2013年2月21日 1:01 何故、人間は生まれてきたの?地球や宇宙、銀河は何故誕生したの?一体、誰が作ったの?それは難しい問いですね。 そこで、足元から、考えると良いのでは。 神についても興味が有るのですが: 再生核研究所声明 105(2012.11.06) 人間の愚かさ、弱点について人間を大きく捉え、人間の愚かさ、人間の弱点の視点から 人間について 触れて置きたい。まず、人生の肯定にかかわる、大事、人間は本能に基づいて、少しでも生きたいと考え、健康に気遣ったり、病との闘い、あるいは生きるために いろいろ苦労している。しかしながら、人生は帰するところ、みな同じで、無駄な努力をして わざわざ苦労しているとも言える。これ、人間の愚かさの最たるものである。(しかし、地球すら いずれ壊滅するだろう。その時、世界史は結局 空に帰するだろう。そこで、本能寺の変が起きたら、余計なことを続ける必要が無くなった、これ幸いと考えれば 良いですね。2012.6.11.09:45)。しかしながら、 人生の基本定理: 生きて存在しなければ 始まらない ― を しっかりと、理解する必要がある。しばしば、恋をしたり、子をもうけ、育児など、することなど、愚かしいことと考えられる面がある。これは、人生そのものを否定するような発想につながる面もあるが、人間の愚かな営みであると考えられる面を否定できず、逆の立場の視点を 有していることは視野を広める意味で、また 本能からの解放で 良いのではないだろうか。人間には、育ち、初期の学習で 大きな影響を受けて、その枠から抜けられないような要素が有るので、大きな弱点として、指摘したい。宗教や文化の強い影響を考えてみれば 深く理解できるだろう。― しばしば、ベジタリアンは おいしい肉を、まるで悪魔を見るような眼差しで見ている。恋でも、学問、芸術、志でも 初期の影響が 永く人生に影響していることは驚くほどである。殆ど、初期に受けた影響から 抜けられないは あたかも 人間そのものがそのように形づけられた面が、要素があると考えられる。― 三つ子の魂 百までも とは よく言ったものである。次に環境、群衆心理に流され易い、状況を指摘したい。人は世論や、環境に左右され易く、 戦時などにおける 異常な群集心理には大いに心したいものである。 上記、少し触れた 本能寺の変でも、途中で 反乱に反対した者がいなかったのは、考えようによっては、不思議なものであるが、群衆心理で、軍隊の流れで、 突入させられているのではないだろうか。それは 基本的にいずれの軍隊、合戦でも同じようではないだろうか。そもそも、人間は大きな流れの中で、流されている面が相当に強く、慣性の法則で 生きている面が強いのではないだろうか(再生核研究所声明 72:慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)。 多くの価値観、感性すらも環境、文化的な背景で、形づくられていると言える。環境の影響で、いわゆる、劣等感の強い影響を 特に指摘したい。相当に偉いとされている成功者でも、 試験に落ちた、 受験に失敗したことの傷を受けているのを知ると、実に驚くほど、劣等感の強い影響を感じる。人にはそれぞれ、個性が有り、得意、苦手はつ きものであるから、大事な個性として、居直る強さを身に付けるべきである。強いもの、良いものだけでは 社会は構成できず、いろいろあって社会である。優越感も同じく、空しいものである。― 人が何でもない様な事で、永く、深く傷ついている場合が 世には多い。個人は、物理的にも、客観的にも小さな存在であるから、原理的にも単細胞的思考、予断と先入観で支配された 盲目的な存在である と絶えず自戒する必要がある(再生核研究所声明 69:単細胞人間 ― 単細胞的思考)。人間は、人間関係の中で生きているという面を有するが、無用な競争意識に 悩まされている場合が多いのではないだろうか。人が、友人が成功したり、幸運を掴むか否かは、本当は、自分には関係がないのに いちいち気にして、人のことに異常に関心をもっている愚かさは 世に多いのではないだろうか。日本における 異常に競争をあおる教育における世相は、人間形成の観点と そのような競争心を異常に高める悪しき在りようであると考える(再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)。現在、日本の政局は混乱していて、さまざまな意見と批判が展開されている。予断、決めつけ、感情むき出し、思い込み、敵、味方に分けての考え方が 強く、真面目な議論の背景が薄く、批判合戦になっているのは、世相ばかりではなく、そうあるまじき、マスコミ、政党、言論界などすらもそうである。 人間の浅ましさ、愚かさの極みと絶えず、自戒し、どうしたら 良い国造り、良い社会を築けるかと、広い視野と公正な精神で考え、前向きに、建設的な立場で議論するように努力したい。人間の愚かさと 弱点は それこそ人間らしい、人間の実相だと達観して、眺める余裕を持てれば、人間の愛おしさを 一層深められるのではないだろうか。以 上
2013.02.21
2013年2月21日 1:07 教育学が、学校の中のことにしか興味を示さないのはなぜでしょう。学校の外のことは、「事件・事故の予防」という見地で語られるだけで、学校の外での子供の実態を専門にしている研究者を私は知りません。そのような 認識が有れば、それは 間違いですね。教育とは何かと問えば、 社会や 世界史の在り様、人間の在り様、 世界の在り様を考えなければ 教育には 成りませんね。 大きな そして、哲学的な 姿勢が必要では?
2013.02.21
2013年2月21日 1:09 もし人の食べます動植物のものが全部毒を持たられましたら人間はどうなられますか。所謂動植物には食べられませんように毒を持たられましたりさられましておられますものもあられます。もし動植物全部が毒を持たられましたと致しましたら人間はどうなられますか.これは、 何でもドクがあると考えると良いのでは。 ですから、 死は 避けられないのですね。 生物は 取り入れたり、 出したりしますので、 存在として、本質的に 限界があり、死は避けられないと考えるのが、高い理解ですね。
2013.02.21
2013年2月21日 1:10 12は3に対して4倍ですよね。その際基本的には割り算をします。何で割り算なのか説明できますか?3に4かけたら12だ、とは考えやすいけど、割り算することの意味を言葉で説明できますか?それは 掛け算の逆と考えると 良く理解出来ますね。式で書いて、 逆に成っている事を 確認すると 楽しいですね。 逆は 大事な 考えです。 関係者各位: 数学とは何か ― 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb)
2013.02.21
2013年2月21日 1:12 時代ごとの〈恋愛〉に対する考え方について時代によって〈恋愛〉に対する考え方が変化していきますが、面白い発想で、世相の変遷にご興味が有るようですね。それは それで 良いのですが、本質は 何か と 問うのも 良いのでは、 次は 如何でしょうか:再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと ― 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2013.02.21
2013年2月21日 1:14 スポーツや格闘技に多くの人々は熱狂する、スポーツとは形を変えた暴力の発現とも言える。つまり人間は本質的に暴力を好む存在といえる?そのような、発想は本質的に 適切な面が 有るのでは。 闘争や 暴力は 生物の本能として 有ることは 認めざるを得ないですね。 そのような本能の 昇華と考えられる面が有りますね。恋愛や芸術にも そのような 昇華の面があり、感動となりますね。
2013.02.21
2013年2月21日 1:16 結局、時間も空間もない”無”とは何でしょうか?自分が生まれる前は”無”だと言いますが、この世は普通に存在してたわけですよね。何も”ない”無とはどういうことでしょうか?存在、有無、 認識と区別が必要では?生まれる前、死後は 存在するが、 認識しないが 適当では?
2013.02.21
小沢氏を守れ、小沢氏の勢力を拡大させよ、憲法をまもれ。 歴史の大義は、これに有り。 憲法に指一本触れさすな。 ーーー 実に、素晴らしい!!! 大賛成、 政治が嫌いな 私も、義によりて、 立ちあがざるを 得ない。憲法の改悪は、国の在りようの基本を変えるものである。世界に誇れる日本国憲法を 世界の人々と共に守り抜き、世界史の進化を志向しようではないか。 以 上 追記 美しい国、日本(再生核研究所声明23 付記: 夜明け前 よっちゃんの想い(文芸社):内政干渉しないは 大国の器の問題ですが、 へらへら政治家が ご機嫌取りで、 国民を犠牲にする 状況では。 情けない。 平成時代は、 日本の暗黒時代と 世界史で分析記録されるのでは。 検察、マスコミは 支配されていると 世界では見ていますね。―小沢氏の役割が見えますね内政干渉しないは 大国の器の問題ですが、 へらへら政治家が ご機嫌取りで、 国民を犠牲にする 状況では。 情けない。 平成時代は、 日本の暗黒時代と 世界史で分析記録されるのでは。 検察、マスコミは 支配されていると 世界では見ていますね。中国の侵略より、日本の侵略の方が危険、 歴史的にも 何時も 日本が、 侵略してきたでは ないか。小沢氏の件は、平成暗黒事件、汚点を日本史に残しましたね。今の人は騙せても、世界史は 汚点の事件として 記録するでしょう。 残念。 一貫して批判して来ました。 記録は一連の再生核研究所声明にあります。 とくに声明23 に良く表されていると思います。悪い政治家とは、 国や公の利益より、己が野心を優先させる人では? 悪いマスコミとは、真実や良心に反して、圧力で利用されるものでは? 共に、行動の裏を しっかり、見極めることが 大事では?基地などいやですね。 如何して、そんなに長く 外国軍が 日本にいるのか。 防衛したいなら、 自分で守るのが 当たり前では?私は、最も大事な考え方を 提案しているのですが? みんな纏まった 考え方が無くて ふらふらしているから、 今のように 成っているのでは? 良心と神性が 人間には有ると思うので 呟いているのですが。麻生氏は、 安倍氏より良いのでは? 麻生氏や、自民党内で、憲法擁護を 打ち出せば、 与党内での改革も 選択の内、 憲法が 何よりも大事では? 今の野党だけでは、憲法は守れない 現実。情けない日本、石原氏など、愛国者かと思ったら、ころりと 利用されて、みじめな人に 成り下がっている。どうして、日本の政治家は こうもだらしがないのか? ガンジーのような人はいないのか。いる、小沢氏が、しっかり応援しよう。1. 領有権を議論するのと、 一方的に宣言して 国家関係を悪化させることの違いが大事。 問題が有れば、有りますが、 相談して行こうが、 憲法の精神であって、 軍事力で、武力での 考えを放棄していますね。そこが問題ですね。世界の平和は 国連常任理事国が責任をもって、進めるべきでは? 敗戦国は 謹慎して、内実に努力していれば 良いのでは? でしゃばることはない。
2013.02.21
再生核研究所声明 111(2013.2.20) 日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな再生核研究所は 日本国の在るべき、基本的な在り様について 次のように提案してきた:再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案再生核研究所声明8: 日本国の防衛の在り方について再生核研究所声明11: 国の構成について再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて再生核研究所声明39:普天間基地問題の総括 ― 戦略なき対応と文化力再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について再生核研究所声明 49:アジアの愚か者、アジアの野蛮性再生核研究所声明 109(2013.2.8)中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相これらを要約すれば、世界に誇るべき、日本国憲法の精神によって、国の在りようを進めていこうということにある。これは、世界の平和は、まずは、国連、すなわち、国連常任理事国、第二次世界大戦戦勝国に任せ、日本は謹慎し、内実を図り、平和憲法の精神で進めれば良い。出過ぎて良いことは何もないと言うことである。いまだ、世界も見えず、庇護を受け、自立心もない、己が 分を弁えよ。― EUや世界は進化しているのに、日本は東西冷戦時代や戦前のような 集団防衛構想など、全般的に古い時代を志向しているように見える。アメリカの傘の中での、国防安全を志向したり、いまさらの軍備増強の風潮である。日本は 高い文化力、経済力で、和の精神を基本に 平和憲法の精神で、世界に展開できると考える。世界は大きく開かれているのだから、優秀な人材を育成し、世界と世界史に誇れる日本国憲法の精神に回帰し、世界に貢献できる国家を志向しようではないか(再生核研究所声明109)。しかるに、NHKを始め、マスコミ、日本の偏狭な政治勢力が 世界的にもおかしいほど、軍事的緊張を喧伝したり、軍備増強を煽ったり、さらに、憲法改悪まで公言してきたのは 狂気的な世相であると嘆かざるを得ない。ただ幸いなのは 戦前とは異なり、日本の軍関係者が 極めて冷静、真摯な態度をとっているように見えることである。マスコミ関係者や、一部の政治家には、何とか、軍事緊張を煽って、日本から戦争を始めたいような 相当 組織的な力が 広範に働いているように感じられる。それは、中国の政権交代期を狙って、永年安定していた、尖閣諸島領有権問題を 自ら引き起こし、挑溌していること、それらを中国の侵略などと言い換える悪質、卑劣な形相に現れている。今や、平和憲法が 日本の侵略を押さえていると解釈できよう:日本国憲法第9条:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。日本国憲法前文(一部):日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。今や、憲法が 日本の兵士と日本国を守っている実状が 良く見えるだろう。平和を憎むように、世界に誇る憲法を何とか改悪して、戦争が できるようにしたいと考えているように見える。戦前なら別であるが、真面目に 慎ましく 世界に経済、文化で貢献しているような国を武力で侵略できるような世界の状況かと考えれば 中国などの脅威などは全くの幻想であることに気付くだろう。実際、中国は 世界中に人を出しており、2000年の歴史上、日本は中国をしばしば侵略してきたが、中国は1度も日本を真面に侵略したこともなく、広大な自分の国を纏めるのに精いっぱいではないだろうか。万里の長城は 何のためにあるのかと考えたい。実際、中国は 小さな北朝鮮さえ 手なづけられないように見える。憲法の改悪は、国の在りようの基本を変えるものである。今こそ、世界に誇れる日本国憲法を 世界の人々と共に守り抜き、世界史の進化を志向しようではないかと訴える。以 上追記美しい国、日本(再生核研究所声明23 付記: 夜明け前 よっちゃんの想い(文芸社):日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。2013.2.15。17:00 ここまでできると、後は簡単、夢も希望も湧く、今朝ひとりでに閃く2013.2.16.08:50 意外に完成度が高い。2013.2.16.10:00 良い表現が加えられた。2013.2.16.13:15 研究している数学に矛盾が生じた?2013.2.16.18:15 上記矛盾は直ぐに解決2013.2.17.08:002013.2.17.08:452013.2.17.12:052013.2.17.16:452013.2.18.08:102013.2.18.10:252013.2.18.13:352013.2.18.17:052013.2.19:08:10 付記の付記、言い回し1点修正、完成、公表。
2013.02.19
2013年2月18日 23:17 自然法主義と法実証主義は、どちらの方がいいのでしょうか?ある、映画を元にそれを考えるというテーマを出されました。自分は、自然法の方が悪法も法にならずにすむので、いいのでは?と思ったのですが、実際どうなのでしょうか?ご意見よろしくお願いいたします。この種の問題は、どちらかで無く、 どのように調和させるかの問題で、 複雑ですね。ですから、 法律家や、司法界がある。
2013.02.19
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