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2013年7月31日 8:29資本主義とはつねに新たな需要を生み出しつづけないと健全に機能しないシステムなのでしょうか日欧の不況の原因は、戦争の復興需要のようなものも新たな需要も産まないからだといわれます。逆に中国の好況は、国内にまだ未開発の部分が、新たな投資が必要な部分が多いからだと言われます。アメリカの好況は、ずっと世界をリードする革新的な技術を提供し続けたからだとも言います。従って、日本経済が復活するためには、新たなiPhoneを生みだし提供できるかどうかにかかっている、とそう言うだけですね。この議論について異論はありません。しかし、これを大きな目で見てみましょう。新たな需要を生み出すと言うのは、モノづくりでもサービスでも需要と供給ともに新たな物的社会的資源を使用すると言うことです。それが新たなよきものを人類に付け加えるなら素晴らしいことですが、必ずしもそうとは言えません。例えば、主流がパソコンやガラケーからスマホに、ブログからSNSに変わって本質的に何が変わったのでしょうか。パソコンやガラケーやブログは、どうしようもなく劣るのでしょうか。それにもかかわらず、SNSやスマホは人間を変えてしまったとさえ評されます。かならずしもいいとはばかり言えない方向に。この資本主義の運動は次のことを帰結するのではないでしょうか1)地球資源の浪費(地球は耐えられるか)2)目的のない、方向の見えない、熟慮なき突進3)過去が単に古いというだけで否定すること4)絶えざる労働の強化今までのやり方でこつこつ働き続けたい、もう発展なんか不要だ、そういう希望も多いと思います。経験的には、社会の多くの者がそう考えているのではないでしょうか。しかし資本主義ではそんなことは許されないのかもしれません。資本主義は新たな需要を作り続けないと倒れてしまう。実はこれは過去の経済学で指摘されていたのです。マルクス主義者は過剰生産を必然的に陥るといいつづけましたし、けいんず派は加速度原理(景気は経済の成長に発散的にフィードバックする)と述べていました。これはあまりまともとはおもえないし、早晩頭打ちになると思うのですが。いかがですか。確かに自由な活動を尊重する精神ですから、根本的に地球の環境破壊、資源の枯渇、生態系を乱し、 人類う絶滅の方向にどんどん進んているような 感じでは。そのような観点から、束縛の観点が広まるのでは。何でも野放しは、良くなく、自滅をもたらすのでは?
2013.07.31
2013年7月31日 8:33 自己決定権と死ぬ権利。自己決定権を認めるのに、なぜ「自らの死を主体的に選ぶ」権利は認められないのですか?生きるも死ぬも、究極的には個人の自由なのではないでしょうか?「死ぬ権利」が今後認められる可能性はありますか?人口過剰の問題は、深刻になり、 死の自由の道は 広がるのでは。 肯定死など 再生核研究所声明も 参考にして下さい。死の肯定は どんどん広まるのでは?
2013.07.31
2013年7月31日 8:33 発展途上国における自動車が抱える問題について質問です。現在日本などの先進国で、ハイブリッド自動車や燃料電池自動車といった環境に優しい自動車が次々と開発されていますが、特に中国やインドなどの大規模な発展途上国で大量の排気ガスを放出するような自動車の大気汚染などの環境問題が話題になってきているので、日本などの先進国がこういった国にもっと先端技術を広げたり、上記のような車を輸出して提供していく必要があると考えています。そこでコストが問題になってくると思います。ですので僕は国や企業が、安い費用で技術や製品を発展途上国に提供できるような政策をとるべきなのではないかなと考えています。この問題についてどう思いますか?また、すでに国や企業がすでにこういった政策を行っていたらその内容を教えてほしいです。内容が分かりづらくてすみません。本当に大問題ですね。凄い、公害ですね。 便利だからでどんどん悪化していますね。といって、 自動車を 自分たちは楽しんでいて、使うなとは言えず、深刻な問題ですね。地球が持たないと心配ですね。
2013.07.31
2013年7月31日 8:35 日本の大学の授業料は高いと思いませんか?西欧では、無料の国が多いですよね。ドイツでも無料にすると聞きますが?日本は教育への予算が少なさすぎます。教育こそ将来の日本への投資と思うのですが皆様どう思いますか?そのとうりでは?特に国立大の高さは、教育の機会均等の観点からも大いに問題では?それから、受験勉強に無用の努力がなされ、大きなマイナス、才能を活かせない状態では?若者が犠牲に成っている状況が見えますね。 大学に入ったら、疲れてしまったは多い現象では。本当は、学部より、大学院以降が 大事では?
2013.07.31
2013年7月31日 8:35二大政党制と多党政党制のメリットとデメリットとはなんですか?できるだけ簡潔にお願いします。これは安定した形で政権こうたいができるが2大政党の良いところで、アメリカが典型的に良く言っている例ですね。多党化は、政権交代がうまく行かず、 政府に安定性が無いですね。 ヨーロッパに多く見られて、弱体政権になる可能性が高いですね。 連立が難しく、調整に時間が掛かるですね。
2013.07.31
再生核研究所声明 122 (2013.8.1): 神の存在と究極の信仰 - 人間よ 想い煩うことはない。 神は存在して、一切の存在と非存在を しっかりと支えられておられる、 人は必要なときに必要なだけ、 念じるだけで良い。(2013.7.29.7時半、光り輝く 入り江の美しさに 感銘を受けながら、研究室に向っているとき、声明の原案が電光のように閃いた)数学とは何か ― 数学と人間について国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 No.81, May 2012(pdf 432kb)に公刊したが、その第8節に、ここで、神の定義と神の存在証明ができそうであるが、未だ不十分である と述べている。それ以降も考察は自然に無意識の中でも進んでいたのであるが、究極の信仰:2013.7.27: 7時前ころ、ひらめいた直観である:神は存在し、 存在も、非存在も しっかりと支えておられる。 人間は想い患うことはない。 ただ、必要な時に 一心に念じれば良い。との直観が湧き、上記のように声明に纏める事とした。 これは数学の研究で、永い考察を行なっていたものが ちょっと違った方向から 突然直観的に完全な解に達した時のような、現象である。今回のは 反例の発見や、不可能の証明に近いと言える。そもそも神とは何だろうか、人間とは何だろうか。 動物たちが美しい月をぼんやりと眺めている。 意識はもうろうとしていて、ほんにぼんやりとしか とらえられない。 自らの存在や、ものごとの存在すら明瞭ではない。人間も、殆ど 同じような存在ではないだろうか。 人類よ、人間の能力など 殆ど動物たちと変わらず、 ぼんやりと世界を眺めているような存在ではないだろうか。 神も、一切の存在も観えず、ただかすかに感じているような存在である。 それゆえに、人間は あらゆる生物たちのレべルに戻って 生物たちから学び、 また原始人に戻って、また子供たちのように 存在すれば 良いと言えるのではないだろうか。 - このような精神は、悟りへの道にも通じると考えられる (再生核研究所声明 118: 馬鹿馬鹿しい人生、命失う者は 幸いである、 と言える面もある ― 再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道 をおし進めると ―)。 またこのような精神は、ヨーロッパで 4年以上暮らし、4年2か月、キリスト教の強い影響で目覚めた心情で、 尊敬する仏教の発想から出たものではないと言える。 しかしながら、ここで述べられた精神は あらゆる神と宗教と信仰の 共通の核心 であると考えられる。本声明は、生きとし生けるもの、命あるものの 究極の救済 を求めているものである。 また、人は必要なときに必要なだけ については 再生核研究所声明85: 食欲から人間を考える ― 飽きること を参照。本声明は 宗教の統一 を成し遂げたものであると言える。以 上2013.7.29.08:352013.7.29.11:202013.7.29.11:452013,7.29.13:302013.7.29.15:10再生核研究所は、跪くことによって 神を捉えることが出来た と言える。2013.7.29.16:45 最後の文はどうか??いきとしいけるもの【生きとし生けるもの】の意味 - 国語辞書 - goo辞書dictionary.goo.ne.jp › 国語辞書Traduzir esta páginaいきとしいけるもの【生きとし生けるもの】とは。意味や解説。[連語]《「と」「し」は強めの助詞》この世に生きているすべてのもの。あらゆる生物。→生(い)ける - goo辞書は国語、英和、和英、中国語、百科事典等からまとめて探せる辞書検索サービスです。2013.7.29.17:302013.7.29.18:102013.7.30.08:302013.7.30.11:352013.7.30.13:152013.7.30.13:30 最後の文が 独りでに閃く2013.7.30.15:20 良い。2013.7.30.16:152013.7.30.18:30 素直に心情が表現されているか? ならば良い。2013.7.30。19:002013.7.31.08:40 再生核研究所は 跪くことによって、神を直観し、世界の宗教を統一していると言える。2013.7.31.08:55 完成、公表
2013.07.31
2013年7月31日 0:18 命は何故大切なのですか?参考書には、命が大切な理由は無いと書かれていたのですがどうも腑に落ちません。何らかの論理的で納得のいく回答があれば教えてください。命が大切なのは分かるのですが、その理由を説明出来ないのです。どうか、回答よろしくお願いします。そのような当たり前のことが問題になっているのは、おかしいのでは? 生命の基本定理、 生きて存在しなければ 始まらない、で 当たり前では。 生きて存在は、全ての前提ですね。生きていなければ、 考えるも、悩みも、 相談も 何もないですね。再生核研究所声明では いろいろ基本的なことを纏めているので、参考にして下さい。 人生の意味や、生きる意義、悟る原理、恋の原理など分かり易いですよ。 多様性を重んじる場合、それは多様性を否定するモノの存在も容認すべきだと思いますか?
2013.07.31
2013年7月31日 0:20 多様性を重んじる場合、それは多様性を否定するモノの存在も容認すべきだと思いますか?ご意見をお聞かせください。そのとうりですね。 自由に、いろいろですから、 反対意見も 大事ですね。 少数意見も大事、 悪や、暗いも大事ですね。それで、世界ですね。
2013.07.31
2013/7/31 脳がなくなればすべて消える?記憶から消えますが、 世界は生まれてくる前のように存在するのでは、それは、誰かが 亡くなっても変わらないのと同じですね。
2013.07.31
2013年7月30日 0:10 哲学者および哲学愛好家には、やはり多くの言葉というのが必要なのですよね?(確認)かくいう私自身も、そういうことに興味がない人たちからすれば、一つの事柄にも非常に多くの言葉を尽くします。ゴルフに行けば、ゴルフの魅力を哲学風に語ったり、山に行けば行ったで、やはりそのように語ったり、釣りはやらないが、釣りをやる人に対し、釣りについての哲学みたいなことを問うたり、しかし、よほど相手を見てそういうことをしないと、今後のお誘いも来なくなります。人間関係学を哲学したって、それは所詮「学」であり、それでもって人間関係がうまくいくわけではないという自覚も必要ですよね。語らずして伝えるという手法も人間関係には必要ですよね?どう思いますか?共感、共鳴には いろいろな方法が有ると言うことですね。 芸術、音楽などは ことばと違った表現と思いますが、 表現はいろいろですね。
2013.07.30
2013年7月30日 0:11 芸術を大切なものと認識している人と、そうではない人の違いは、何だと思いますか。豊かな感性があるか ないかということでは?理解できる面での 能力、才能が有るかないかということでは?能力、才能にも いろいろな面が有りますね。
2013.07.30
2013年7月30日 0:12自分に害を成した害虫を殺すのは罪ですか?長い文ですが、 生態系を考えて、 全体的なバランスが 大事だと言うことですね。 殺傷は良くないですが、 食物連鎖の冷厳な事実は 認めざるを得ないですね。大きな視野が大事ですね。共生、共感、共鳴には 生物界全体に有りますね。死はみんな嫌ですね。 同じ運命ですね。
2013.07.30
罪を憎んで人を憎まずと言いますが、そんなこと出来ますか?それに罪を憎むというのがも一つよく理解出来ません。具体的事例でもって説明願えませんか?補足光市母子殺害事件、妻と子を殺された本村洋さんは一審判決後、「司法に絶望した、加害者を社会に早く出してもらいたい、そうすれば私が殺す」と発言してます。どう考えますか?人が人を憎むのは良くないのはよく理解出来ます。しかしそれが出来ますか?いろいろな場合があって、一概には論じられませんね?ただ、基本的には、 罪を犯した場合の 人の背景をしっかり調べると、 憎めない状況は 世に多気有りますね。 上記の場合、 本村さんの心情は 良く分かりますね。人を意図的に 殺せば、処刑は 道理では?殺された人の無念を軽く考えるべきではないのでは?
2013.07.30
2013年7月30日 0:18「い っそ地球も宇宙も世界全てなにもかもなくなったら悲しいことがなくなっていい!!幸せがあることより不幸をなくすほうがいい」これに反論していただけませんか根本的な 間違いですね。 生命の基本定理、 存在しなければ、始まらない。 生きて存在していなければ 始まらないですね。 そのような 疑問も、幸も不幸もない。
2013.07.30
2013年7月30日 0:21 アメリカの銃規制で銃は悪くない銃を撃つ人間が悪いと言ってますが、核兵器(細菌兵器)を持つ国は悪くない、使う国が悪いという事と同じ事なのでしょうか?それはおかしいですね。 銃が近くに有れば、使ってしまう場面は多いですね。軍拡していれば、 自然にぶつかり、戦争になるのでは。有れば、 使いたくなりますね。 法則のようなものでは?
2013.07.30
2013年7月30日 0:23 一週間前の出来事が一週間前のことに思えない、もっと前の出来事だと感じたり、逆に一週間前の出来事がほんの数日前の出来事だと感じたりすることもあります。これらはなぜ起こるのでしょうかこれはいろいろ起きますね。 50年まえの有ることが 昨日のことのように 昨日のことが 昔のことのように、 能、記憶の構造で、 印象的なこと、大事なことが私たちの中心に近いか、時間的なかいそうもあって 記録され、 よびだされるように成っているのですね。 そののう構造は、心を反映させ 極めて複雑な構造で、詳しくは触れられませんね。
2013.07.30
2013年7月30日 0:25 人を殺したことがある人(仮にAとします)と仲良くできますかそのAさんは何度も人を殺したことがあります。Aさんは今までそのことを悪いとは思っていませんでしたですが、Aさんは最近になって考えを改め、人を殺すことをやめました。そんなAさんとあなたは出会いましたAさんと話してみたところ、良い人で気が合いますあなたはこのAさんに対しどういった対応を取りますか?仲良くできますか?もしもの話です回答お待ちしております人を殺すような人と簡単には 仲良くは慣れないですね。原則は 処刑では?人を殺して生きている方が おかしいのでは。 ただ間違いは 仕方ないですね。 意図的な殺人ですね。
2013.07.30
2013/7/30 進化の終着点はなんだろう?あらゆる生物の生態を見れば、 衰退と死滅では。栄える時が有って、衰退、消滅ですね。
2013.07.30
2013年7月30日 0:27事実の価値について。事実をどっちから見るかによって善にも悪にも成り得るのであれば、事実自体にそれほどの価値を見いだせなくなってくるのですが、わたしはこれまで事実のみが唯一万人共通の物差しそのもの或いは万人共通の尺度で捉えることのできる極めて重要なもの、事実ほど価値ある重要なものは他にないと考えて来ましたが、間違ってましたか?それは大いに問題ですね。 事実が解釈、感じ方で全然違ってきますので、 人間が感覚的に判断するが大きな 大事な要素になりますね。例えば、美空ひばり様の歌、 全く同じように 流れるのですが、 受け止める心は 非常に違ってきますし、人によって全然違いますね。数学の定理ですら、価値は 人によって、 自分にとっても 時間、時によって違ってきますね。大きな問題ですね。 客観的には?
2013.07.30
何と 神は2を愛したもう の内容の正しい特別講演を 夢の中でやっていて 任意方程式の解法に話しを進めていました。 5時ちょっと前 それで、目を覚ましました。指は如何して 2本でなくて 5本かなどや 目は 如何して2つなのかなども 真面目に話していた。建設科学生のような感じで、優秀な学生たちの 喜ぶ顔さえ 結構 印象深く覚えている。国民から選ばれた人からなる 国会へのデモ は 今や大きな意味が無いのでは。それより、偏向報道している マスコミへのデモ、 抗議が大事では。憲法を守り、戦前志向、軍国主義を抑えようが、日本の世論にならないとは、既に日本は相当おかしいのでは? まだ、目覚める時間は 有りますね。良い自民党にするには 谷垣氏の 仲間が 増えるのは 良いことですね。 頑張って。 今回は、 憲法を守り、 軍拡を抑えるために、 安倍首相を 批判せざるを 得ない。 歴史の大義だと 考えています。唖然とさせられ、暫く声も出なかった。 痛切、残念。国民から選ばれた人からなる 国会へのデモ は 今や大きな意味が無いのでは。それより、偏向報道している マスコミへのデモ、 抗議が大事では。残念だ。 日本のマスコミが、 衆愚教育を行っている。関ヶ原の 合戦に それどころでは 無いと考えるべきですね。 国家は、政府が 民主的に 動かすもの。 両院を抑えれば、勝手次第に成りかねない。鳩山氏批判の 様子は、鳩山氏の 高貴さと高い見識が 理解できなくて、批判しているように見えますね。 批判の言葉すら、上品、知性的には 見えませんね? 恥ずかしい。世界史を見ても、今の時代を見ても、 人間は集団で見れば、そうは賢くはなく、 警戒、牽制、バランスを考えないと、 暗い時代に 入ってしまう。両院を抑えたからには、 我々の勝手、負け組は 黙っていろ。 国民は 我々の支配を 受け入れたのだから、重税も自由、勝ち組優先も 勝手次第。軍拡はやる。憲法改正を勧める。逆の立場、怖れ。憲法を守り、 軍拡を抑える 選挙でなければならない。両院を抑えたからには、 我々の勝手、負け組は 黙っていろ。 国民は 我々の支配を 受け入れたのだから、重税も自由、勝ち組優先も 勝手次第。軍拡はやる。憲法改正を勧める。恐怖時代の始まり?若い人の 安倍支持は、もっと苛めてくれと 言っているようで、気の毒ですね。 勝ち組の安倍支持は少し分かりますね。軍需関係は 良いとしても 兵士たちや、候補者は 嫌では?憲法を守り、 軍拡を抑える選挙でなければ ならない。 党には関係なく、アメリカにも 嫌われている 安倍首相の 断罪ですね。ケネディー大使が着任すれば、 野蛮な人たちは追い込まれるでしょう。野党は憲法を掲げ、次を突け: 安倍氏は、日本国の在るべき国是に反して、平和憲法の改悪を公言、敵地攻撃検討、戦前志向を公言して、同盟国アメリカからさえも 批判されている国会議員辞職でないの?!! 変な国、最高機関の先生に 相応しいと考えるのはおかしいのでは? - 佐田玄一郎衆院議院運営委員長(自民)は1日、週刊誌に女性問題を報じられたことの責任を取り、伊吹文明衆院議長に辞表を提出した愚かな日本政府、そんなのは 常識では? 菅官房長官は1日午前の記者会見で、米国家安全保障局が在米日本大使館を通信傍受の対象としていたとの英紙報道について、「我が国も当然、関心を有しており、しかるべく確認したい。外交ルートを通じて真偽のことを強く求めていきたい」と述べ、日本って、正論を言ったら、失言となるの? 変な国、相手の国の気持も理解できなくて、外交が出来るのか? 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず というのでは? 相手も知らず、夢中で強がりを言い、自我をとうそうとすれば、敗北は明らかでは? 経験済みですね。それは死と再生の原理を 象徴的に表現したもので 解釈が間違っていますね。 次のように考えれば、良く分かるのでは?再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 アダムとイヴは死と再生の原理を 象徴的に表現したもので 解釈が間違っていますね。 次のように考えれば、良く分かるのでは?再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 投票率を上げれば の議論は、 少し違うのでは。 政治を真面目に考えられる人に 投票して頂ければ 良いのでは。 政治は 難しいので、 1%でも 十分と考えたい。 皆が政治に関心を持つも おかしいのでは。 ところで ベトナム戦争って 何ダッたのか。美しいベトイナムの自然を破壊し、双方に沢山の戦死者を出し、 膨大な資金を使って。 アメリカには 貧しい人が 沢山溢れていますね。今でも 多くのアメリカ人が 戦死者を悼んでいますね。小沢氏の 多年の努力に報いるためにも、 生活の党の 躍進で 日本も 捨てたものでは ないとの 想いを させたい。民主党、感情的に 嫌気がさしてしまいましたね。 裏切りとか 背信の嫌な感情は 簡単には抜けないですから、 本当に困りました。 小沢氏や生活の党が 躍進して、 日本を明るく して欲しいですね。野党は憲法を掲げ、次を突け: 安倍氏は、日本国の在るべき国是に反して、平和憲法の改悪を公言、敵地攻撃検討、戦前志向を公言して、同盟国アメリカからさえも 批判されている
2013.07.29
政治家も 数学者も 厳しい:何十万の人に支持されても 落ちてしまえば、いわば唯の人、厳しいですね。 多くの数学者、相当 御気に入れの結果を出して、 喜んで 共鳴してくれる人は 数人、 数十年経っても 100人を超えるのは 難しいのでは。 そのような意味で、 数学者の人生も厳しいと言える。上記 政治家は、何万人をも相手に 共感、共鳴していたので、救われるとも 言える。美空ひばり様など そのような観点で考えると、実に 素晴らしいですね。
2013.07.28
2013年7月27日 23:49世界中の人のIQが全員150以上に変わるならどのような変化が予想されますか?多くの無駄が省けて、 時間の進みが早まるのでは?
2013.07.28
2013年7月27日 23:49 「尊厳死」という命名のしかたに対する疑問・・・「尊厳死」という言い方は肉体に対しての精神の優位性というものを力づくで守ろうとしているように見えなくもない。しかしまたかと言って尊厳死に反対というわけではない。その命名のし方に疑問があるだけだ。痛く苦しいのは誰しも嫌である。どう思いますか?名称の感じは、 人間は 唯 長生きしていれば 良いものではない、 表現から来ていると思いますが、 感じは 良く分かりますね。 もっと 先の考えが有るのではないでしょうか? 再生核研究所声明 120 (2013.5.24): 終末の在りようについての 総合的な検討を、遅れている面での 文化を進めよう ― 個人の自由意志の尊重に基づく 肯定死の保証 と 方法の確立を 人間の終末の在りようは、生きたいという生命の本能に抵触するように感じられるから、誰とて、考えたくない課題であると言える。しかしながら、伝統、習慣、宗教などの永い役割は 自然科学的な精神の影響をうけて、大きな変革が起きていると考えられる。これは 社会の在り様の問題であるから、まずは、再生核研究所声明1(良い社会を作るには)における、公正の原則を基本に考えるべきであると考える。他の重要な要素とは 基本的な人権に基づく、個人の自由意志の尊重である。客観状況としては、世界に70億を超える人口を有す地球規模における 人口抑制の視点で 今後大きな問題に発展すると考えられる。もちろん、この世の何事をも 再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと に 抵触、背馳してはならない。再生核研究所は、再生の理念を進める研究所であるから、その原点である死の問題を 再生と一体の問題として 一貫して重要視してきている。生も死も一体のものと 捉えられるようになれば、ただ1日でも、少しでも長く生きれば良いとは考えず、肯定死も肯定できると考える(再生核研究所声明 47: 肯定死)。また、次も参照: 再生核研究所声明 118: 馬鹿馬鹿しい人生、命失う者は 幸いである、 と言える面もある ― 再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道 をおし進めると ― 人間は自分の生命をも選択する自由を有し、自己の全人生に責任を果たすことが出来る 高貴な存在であると考える。ところが 有史以来、肯定死を肯定し、どのように保証し、実現を保証するかという社会制度は、在りようは 検討されたことさえ無いようである。そこで、基本的人権として、肯定死を肯定し、実現させる方法の総合的な検討を提案する。公正の原則と個人の自由意志の尊重を基本に 将来の問題として検討すべきではないだろうか、提案したい。関連問題として、終末医療の在りよう、最期の時を迎える、在りようの検討、葬儀の在りようの検討、墓など その後の在りようについての 総合的な検討。それらは、文化や伝統、習慣、宗教、個人の考え方によって大きな影響を受けるので、上記 公正の原則と個人の自由意志を尊重する形で、慣性の法則(再生核研究所声明 72:慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)なども 参考にして、慎重に しかし、総合的な検討が求められる時代を迎えているのではないだろうか。人生についての総合的な見方については (再生核研究所声明74: 人生・生命の肯定について) を参照。フランスでも同性婚が認められ、ポルトガルでは 既に法律で認められているが、 公正の原則に背馳しない限り、個人の自由意志を尊重し、多様な世界を志向するのが良いのではないだろうか。上記検討課題についても、個人の自由意志の尊重である。 以 上 2013.5.18.15:35 一気に纏める。2013.5.18.16:30 相当形になる。2013.5.18.18:20 完成度高い。数学一つ気づく、修正、追加。2013.5.19.08:50 良いのでは。追加。2013.5.19.10:35 良い、雨が降っては晴れてくる、不安定な天気。2013.5.19.13:35 大丈夫?2013.5.20.08:55 十分に良い、修正なし。2013.5.20.11:35 語句の修正。2013.5.20.17:55 良い。 人間の愚かさ - この課題も良い。2013.5.21.10:20 良い。2013.5.21.18:35 良い。2013.5.22.08: 20 良い、晴天2013.5.22.17:25 著書版を完成させ、急に出版先が気に成りだす。2013.5.22.18:45 良い、完成。2013.5.23.08:30 完成、公表。
2013.07.28
2013年7月27日 23:51殺されるものは神も仏も平等に無慈悲ですか?本当は そうではなくて、生きているのが 苦しみで、 死は天国行きで、 苦悩からの解放では。それでは 生命が持ちませんから、 死を嫌うように 出来ているのでは? 実際は 死ほど良いものは無いのでは?再生核研究所声明で、 いろいろ触れています。
2013.07.28
2013年7月27日 23:53 「未来のために今何事にも耐えよう、」自分の考え方は幼い頃からこのようだったと思うのですが(例えば夏休みの課題は先に終わらせたり、受験勉強は皆の一年以上前から始めたり、人の顔を伺ってばかりいたり)最近、この自分の考え方に疑問を抱くようになりました。だって、これはまるで、今を楽しんで生きることを否定しているようです。今を生きることがまるで苦しいだけのような錯覚に陥ります。そのストレスは、小さい頃から私の体調に現れていたように思います。(現在高2です)小学生の頃は起立性調節障害だと言われ、中学生の頃は原因不明のじんましんと頭痛に悩み、今は自律神経調節障害と診断を受けめまいで悩んでいます。それでも毎日真面目に生きてきました。計画性がある、とか、努力家だ、と考えることもできますが、努力や計画や未来のために使う時間が、窮屈で窮屈で、嫌になるときがあります。今を楽しむ生き方に変えたいと思うときがあります。現在のために現在を過したいと思うようになりました。(それならば努力を、楽しくやりがいのあるものと捉えればいいじゃないか、とも思いましたが、正直とても難しいです。)そもそも、ここで私が言う「未来」には、なんの保証もありません。ですが常に何らかの安定を求めて生きています。こんな私の考えをどう思いますか。そして、どうすべきかヒントを教えていただけませんか。一緒に考えていただけませんか。上手くまとまっていない質問ですみません。中々難しいですね。 まずは 近くから考えるでは如何でしょうか? 再生核研究所声明 72(2011/12/06) 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則まず、 ルネ・デカルト - Wikipedia から慣性の法則を抜粋しよう:(デカルトは、物体の基本的な運動は、直線運動であること、動いている物体は、抵抗がない限り動き続けること(慣性の法則)、一定の運動量が宇宙全体で保存されること(運動量保存則)など、(神によって保持される)法則によって粒子の運動が確定されるとした。この考えは、精神に物体的な風や光を、宇宙に生命を見たルネサンス期の哲学者の感覚的・物活論的世界観とは全く違っており、力学的な法則の支配する客観的世界観を見出した点で重要である。)いわゆる 慣性の法則 は、 ニュートンの運動法則 の第1法則(慣性の法則)で、外力が加わらなければ、質点はその運動(静止)状態を維持する。(力を加えられない質点は等速度運動(等速直線運動)を行う)。 要するに 動いているものは そのまま動き、止まっているものは そのまま止まっているという法則である。 この法則は、 物理法則としてばかりではなく、 人生、社会の人世、精神、生命などの在りように普遍的に存在する いわば、連続性を表す 世の法則 ではないだろうか。 この観点からいくつかの考察を行い、世と上手く付き合っていく心得、人間の在り様としての心得について触れておきたい。人は 人生とは何か、生命とは何か、生きる意味を 繰り返し問う。 この難しい問題を足もとから、現、在から考えてみよう。 今日あれば、 昼には昼食をとり、夕べには 夕食をとるは 相当に大事な 今日の要素である。 ― 実際、 夕食がとれないような状況が有れば、それは人生の意味などを超えて 全ての人間にとって重大であろう。 ― 仕事や予定が有れば、 何時ものようにやり、 少し上手く行けば、 それだけ充実感がするだろう。 在り様は もちろん、 個人にとって、人生そのものである。 人生とは それ以上のものではない。 今日の在り様は 多くは昨日から、 決まっていて大きな変化が有っても 既に準備されているものである。 今日あるから、 明日も 今日のように生活することになる。 このように 人生とは繰り返えされてきたものである。 子供のころの生活も同じように 少しずつ繰り返しながら、 変化してきて、 現在に至ったのである。 それは個人の人生ばかりではなく、 動物としても、生物としても 少しずつ慣性の法則に支配されているように 展開して来ているのである。 それらの背後には 大きな生命の営みが感じられるが その本質は 定かには分からない。 我々の自由意志は 本能原理の上に わずかに存在するが、大きな生命の営み、日常の連続性によって働いており、その大いなる流れの上にあることに想いを致せば、 大きな迷いや不安から、解放されるだろう。 その流れを観、感じ、捉えることが肝要である。 多くの人は両親や近い人の終末から、自分の終末を予感し、覚悟し、 子供たちの終末を予感するだろう。 永い間、代代繰り返えされてきたのだから、 私もそうなるだろうと悟るだろう。 およそ人生とは そのようなものである。 然り 大河の中の一滴のように である。 世の、始めも、終わりも、人生の始めも、終わりも、定かには分からない。 ただ大きな流れの上に生きているということである。 大きな変革も、ちょうど地震のように エネルギーが次第に高まり、 その流れの中で起きたものである。日本社会をみても、大震災による原発事故、増大する膨大な債務、政権交代も同じように考えられる。40年以上も稼働して来たものが、稀有な天災で甚大な被害を受けた、しかしながら、今まで築いてきた膨大な設備を、それでは直ぐに廃止とは行かないのは 当然である(再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論)。どうしようもない膨大な債務と財政難も同様である。大きな船の舵のように、急には財政改善とは行かない、改善は総合的な難問ではないだろうか。政権交代も、自民党の長期政権が疲弊、衰退し瓦解により、政権交代はしたものの、外交、軍事、財政、経済、何れも急には変えられないのは 道理であり、現実の日本の上に 政治を進めるためには、そんなに変えようがないという苦しみを 現政権にみることができる。それは大きな政治社会、大きな国の機構、現実を見れば 当然であり、菅氏が人間性の観点から批判されたのは 当然としても(再生核研究所声明 71:菅 暗黒政権 を総括する)、鳩山氏の過ちは小さく(再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省)、野田首相はしっかり バランス良く賢明に政治を進めていると 高く評価されるべきである。 要するに、現実の日本が有る限り、 そう簡単には 変えられないというのは、 慣性の法則の重要な視点である。永い歴史が有って現在がある、 歴史の流れの上に、 明日からの未来を少しずつみつめて 着実に歩みたい。 歩んで来た過去をしっかりみれば、 明日の在るべきことは 相当に決まっているものである。 それを歴史的必然とも表現できよう。 現在、未来は 過去の歴史から、慣性の法則で、押し出されていくものであり、 自由を行使する判断でさえ、過去の積み重ねられた知識、体験の学習の結果であり、 多くは慣性の法則で 動いていると言える。 我々が創造と呼んでいるものもそうである。 積み重ねられたものから、生命作用として、噴き出ているのである。 それゆえに、歴史を真面目に捉え、飛躍が無いような、総合的な、大きな視点を持つように心がけたい。もちろん、震災、財政危機、政権交代などの社会現象は 世界史で 繰り返し 繰り返し展開されてきたことである。少子高齢化、教育の問題、産業構造と失業問題、環境問題など、何れも局所的対応、単細胞的思考では対応できず、各々の専門性を超えた 総合的、全体的な視点が大事である。 そのような視点を国民が全体的に持ち、 対応する力が無ければ 混乱と破局を早晩迎え、それも1時代の現象と評価されることになるだろう。 実際、我々は沢山の 世紀末的現象を 世界史の中に 見出すことができる。 世界は 大きな流れの中で、成るように成るものであると 半ば悟った様な心持ちは 視野を大きくさせ、賢明な有り様を選択させるだろう。以 上
2013.07.28
2013年7月28日 0:01尊厳死はなんでしょうか人間だけに云われますが 生きとし行けるものは全てあてはまるのではないでしょうか 人間だけか? 傲慢では? 利己的的では 死は人間の想念なから」いえば 単なるゴミでは?次を参考にして下さい。人間の自由を主張したい: 再生核研究所声明 47(2011.02.08): 肯定死 (2011年1月5日 9時10分、 浅草に近づき、電車の窓外の空を見たときに電光のように閃いた考えです。 新しい声明の案がひとりでに、わきました。 全構想は瞬時にできていましたが、それを検討し、成文化したものです。 題名は肯定死、という 現代では問題のある思想です。人間の終末に対する新しい考え方です。これは社会的影響が大きいと考えられるので、全文は 当分、公表を差し控えたい。) そもそも人生とは何か、これを内からみれば、人生とは、個人の考え、知り、感じ、予感し、想像する、すなわち、知覚する全体であり、それらが良いと感じられれば、それだけ良い人生であると言える(声明12: 人生における基本定理)。 しかしながら、我々はまず、個々の人間を越えて、存在し、生き続けていく、 元祖生命体の考え (声明36) をしっかりととらえ、 生命の基本定理 (声明42) - 生きて存在しなければ、 何も始まらない - 元祖生命体の生存に心がける、 最も大事なこと(声明13)に思いを致すべきである。しかしながら、個々の人間は、遺伝子の乗り物のように滅びていくのが、事実であり、それはあらゆる生物の運命であると考えられる。 しからば、その人間の終末は如何にあるべきか。 それはちょうどあらゆる生物の終末のように、意識の存在の有る無しに関わらず、生物個体の生命として、人事を尽くして、少しでも生命を長引かせると考える、伝統的な考えは それなりの固有な意義を有するものであると考える。 否定するものではない。(以下 当分非公開)
2013.07.28
2013年7月28日 0:10 被支配者は支配者に抗う自由はあると思いますか?よく、支配からの抵抗で世界じゅうでドンパチやってますよね。そういうのって人間として自然な行動だと思いますが、どう思いますか?永遠に続く真理ですか?なかなか立場が逆転できない社会についてはどう思いますか?(数多くの為政者が永続支配を試みて完璧にしようと思想統制やら言論統制や肉体そのものを支配したり不自由にして、最近ではハイテク使ってあれこれがんばってますね、行きつく先は映画のマトリックスの世界でしょうかw)かんがえてみたけどボクには何の知識もないのでよくわかりません。哲学でおねがいします。まずは次のように考えれば、大かた、解決できるのでは。 上級編も続いています: 次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために―よっちゃんの想い― から
2013.07.28
本当です。 素晴らしい。 卑怯者に成っては、 生き甲斐が無いですね。 大志を抱き、 義に生きてこそ、 人生では。 もっとも いろいろな生き方、立場は ありますが、 信じるところを生きると言うことですね。唖然として声も出ない ― やっと、少し出るようになりました。ひどい日本の世相、マスコミの 衆愚キャンペーン、野党にも 分裂の責任が。人間よ 思い患うな。 神が存在して、一切の存在と非存在を しっかりと支えられている。必要な時に 一心に念じるだけで 十分ですね。 今朝の閃き。日本とは、何と素晴らしい国だろう。重税にも、放射能にも、原発にも耐えてくれると言う。それは 良いとしても、自ら危機をアジアに作り出し、軍拡を勧め、平和憲法を変えることも認める? ここがおかしい。オバマ大統領は軍縮で、首相を嫌っていますね。それは真実では? 圧力、支配は 地方紙まで手が回らない現実が、 普遍的にありますね。憲法を守り、戦前志向、軍国主義を抑えようが、日本の世論にならないとは、既に日本は相当おかしいのでは? まだ、目覚める時間は 有りますね。L. P. CASTRO, K. MURATA, S. SAITOH and M. YAMADA:Explicit integral representations of implicit functions,CARPATHIAN J. MATH.29 (2013), No. 2, 141 - 148.(Online version available at http://carpathian.ubm.ro/PrintEdition: ISSN 1584 - 2851 Online Edition: ISSN 1843 – 4401).山田正人、村田さんの御蔭で、世にも珍しい素晴らしい論文が出来た。問題はお二人とも基礎知識が多くないので、小さな知識で研究できる観点が要求されたのですが、見事に成功し、極めて基本的な成果が、博士論文、修士論文でこの実体が得られたという愉快な事件ですね。― 再生核の理論から生まれた。安倍首相の、重税は、原発は 当分仕方ない、お金のばらまきも 仕方ない、それは 少し分かりますが、アジアに自分で 緊張を作り、軍拡、憲法改悪など、おかしいのでは? 日本だけでは、暗い時代志向は。野党よ、 国民よ、 憲法に 手をかけた者が現れたのに、 団結も、反撃も できないないのか? 日本の良心は どうしたのかと 問う。新潟のみなさん 森ゆうこ参議院で いなくては ならない方ですね。オバマ大統領は やっぱり素晴らしい、安倍首相とは 器が違う。違いが分からないでは 始まりませんね。 視野と知恵を 付けないと 野蛮性は 抜けないのでは?飛んで火に入る夏の虫、 日本人のことでは?野党には 公約など実現できる、能力も、権限もないのだから、 基本的な方向を示して、各論にふれないのが 良いのでは? 安倍氏の基本的な方向に反対で、 野党は団結、協力するのが良いのでは。おらが国の宰相は、中曽根氏にあらず、 福田家、福田氏 である。- 群馬の良心、評価は、伝統的に 何時もそうでしたね。 小渕氏も、良かった。両巨頭の中で、素晴らしいですね。名君たちに言えることは、地元のことより、天下国家を 何時も考えておられましたね。ずる賢い、野心家政治家に苛められ、馬鹿にされるのは、大衆では。その傾向は 否定できない。 若い人など、もっと苛めてと 安倍首相を支持しているようですね。防衛、安全などと 騒いでいる国は もうほとんどないですね。ひとり日本が おかしく狂っている。
2013.07.27
2013/7/27去る者を追わないことは、賢い選択ですか?基本的に 賢明な対応では。 お互いに 自由を尊重し合えば、 そうなるのでは?
2013.07.27
2013年7月27日 8:42 野党再編について「最も大切なことは民主党がその動きの中心になること」と述べ、日本維新の会の橋下共同代表が主張する「新しい野党」構想に否定的な考えを示した。理念を持たない男に、「新しい野党」に入って欲しいと思っている有権者はいますか?民主党も 維新の会も 興味が無いですね。小沢氏 率いる 生活の党の 躍進で 野党を大きくしてほしい。 小沢氏は、世代交代による、次の時代の準備が 必要では?
2013.07.27
宗教による相当な違いを感じますね。日本では、無常観や寂しさが 歌や文化の背後に有りますが、それに対して、西欧では 神が世界を支えているで 結構楽しく世界を捉えていますね。 感性に大きな違いを感じます。日本的思考の形と西洋•キリスト教的思考の違いを、両者が基礎とする立場の違いから説明してください。よろしくお願いします
2013.07.27
究極の信仰:2013.7.27: 7時前ころ、ひらめいた直観である:神は存在し、 存在も、非存在も しっかり支えているので、 人間は想い患うことはない。ただ、必要な時に 一心に念じれば良い。
2013.07.27
2013参議員選挙、 残念で仕方ない、マスコミの衆愚教育が原因?ー 野党の分裂にも 責任が。憲法を守り、戦前志向、軍国主義を抑えようが、日本の世論にならないとは、既に日本は相当おかしいのでは? まだ、目覚める時間は 有りますね。良い自民党にするには 谷垣氏の 仲間が 増えるのは 良いことですね。 頑張って。 今回は、 憲法を守り、 軍拡を抑えるために、 安倍首相を 批判せざるを 得ない。 歴史の大義だと 考えています。残念だ。 日本のマスコミが、 衆愚教育を行っている。関ヶ原の 合戦に それどころでは 無いと考えるべきですね。 国家は、政府が 民主的に 動かすもの。 両院を抑えれば、勝手次第に成りかねない。鳩山氏批判の 様子は、鳩山氏の 高貴さと高い見識が 理解できなくて、批判しているように見えますね。 批判の言葉すら、上品、知性的には 見えませんね? 恥ずかしい。世界史を見ても、今の時代を見ても、 人間は集団で見れば、そうは賢くはなく、 警戒、牽制、バランスを考えないと、 暗い時代に 入ってしまう。憲法を守り、 軍拡を抑える 選挙でなければならない。両院を抑えたからには、 我々の勝手、負け組は 黙っていろ。 国民は 我々の支配を 受け入れたのだから、重税も自由、勝ち組優先も 勝手次第。軍拡はやる。憲法改正を勧める。恐怖時代の始まり?若い人の 安倍支持は、もっと苛めてくれと 言っているようで、気の毒ですね。 勝ち組の安倍支持は少し分かりますね。軍需関係は 良いとしても 兵士たちや、候補者は 嫌では?憲法を守り、 軍拡を抑える選挙でなければ ならない。 党には関係なく、アメリカにも 嫌われている 安倍首相の 断罪ですね。ケネディー大使が着任すれば、 野蛮な人たちは追い込まれるでしょう。野党は憲法を掲げ、次を突け: 安倍氏は、日本国の在るべき国是に反して、平和憲法の改悪を公言、敵地攻撃検討、戦前志向を公言して、同盟国アメリカからさえも 批判されている国会議員辞職でないの?!! 変な国、最高機関の先生に 相応しいと考えるのはおかしいのでは? - 佐田玄一郎衆院議院運営委員長(自民)は1日、週刊誌に女性問題を報じられたことの責任を取り、伊吹文明衆院議長に辞表を提出した日本って、正論を言ったら、失言となるの? 変な国、相手の国の気持も理解できなくて、外交が出来るのか? 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず というのでは? 相手も知らず、夢中で強がりを言い、自我をとうそうとすれば、敗北は明らかでは? 経験済みですね。それは死と再生の原理を 象徴的に表現したもので 解釈が間違っていますね。 次のように考えれば、良く分かるのでは?再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 アダムとイヴは死と再生の原理を 象徴的に表現したもので 解釈が間違っていますね。 次のように考えれば、良く分かるのでは?再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 投票率を上げれば の議論は、 少し違うのでは。 政治を真面目に考えられる人に 投票して頂ければ 良いのでは。 政治は 難しいので、 1%でも 十分と考えたい。 皆が政治に関心を持つも おかしいのでは。 ところで ベトナム戦争って 何ダッたのか。美しいベトイナムの自然を破壊し、双方に沢山の戦死者を出し、 膨大な資金を使って。 アメリカには 貧しい人が 沢山溢れていますね。今でも 多くのアメリカ人が 戦死者を悼んでいますね。民主党、感情的に 嫌気がさしてしまいましたね。 裏切りとか 背信の嫌な感情は 簡単には抜けないですから、 本当に困りました。 小沢氏や生活の党が 躍進して、 日本を明るく して欲しいですね。野党は憲法を掲げ、次を突け: 安倍氏は、日本国の在るべき国是に反して、平和憲法の改悪を公言、敵地攻撃検討、戦前志向を公言して、同盟国アメリカからさえも 批判されている民主党、感情的に 嫌気がさしてしまいましたね。 裏切りとか 背信の嫌な感情は 簡単には抜けないですから、 本当に困りました。 小沢氏や生活の党が 躍進して、 日本を明るく して欲しいですね。デモで政治が 動きすぎると、民主主義の根幹がくづれますね。選挙で選ばれた代表者が政治を行うわけですから、デモより、選挙運動が正攻法では? それで、悪いデモは利敵行為になるのでは? デモはあくまで、意思表示ですね。京都大学の 小出様は、主張の是非は 分からないが、現代の 日本の聖人と 呼ぶにふさわしい、尊敬すべき 人物では。 誠に立派な人で, 普通の人では 真似は出来ないのでは?基本ですね日本史と世界史の進化のためには、 小沢氏の勢力の 拡大が望まれる。 変な 戦前の亡霊の様な思想は、クラブ活動位にして欲しい。 おもろい人たちですね。日本史と世界史の進化のためには、 小沢氏の勢力の 拡大が望まれる。 変な 戦前の亡霊の様な思想は、クラブ活動位にして欲しい。 おもろい人たちですね。1. おいしいコーヒーを頂いて、閃いた考え: まず、小沢氏の意見の尊重、 安倍氏の影響の排除、そして、個別に候補者を選別。 選挙に臨む精神: 合戦においては大勢の筋道が大事だからである大事なことを過半数で決めるとは、49:51で 進めるですね。教授会では大事なことを、4分の3以上で決定していましたが、何も問題は無く、運用され、教授の権威を高める効果も有った様に。なぜなら、少数の教授の反対でも進められないからです。挑戦を受けたからには、 安倍氏を おい詰めなければ、 憲法が守れない。 どんどんおかしい方向に。聖徳太子様は 和をもって 貴し となすと おしゃっていますね。 ところが 日本は、安定していた 島問題にちょっかいを出して、 緊張感を 自ら 作り出していますね。良い人は 政治家は 世に 沢山いますが、 本当に政治家と言える人は、 小沢氏くらいしか 居ないのでは? ちょっかいを出して、 緊張感を 自ら 作り出していますね。良い人は 政治家は 世に 聖徳太子様は 和をもって 貴し となすと おしゃっていますね。 ところが 日本は、安定していた 島問題に沢山いますが、 本当に政治家と言える人は、 小沢氏くらいしか 居ないのでは? 圧力がかかると言うことですね。取り巻きや文化力が大事で、しっかり、国の在り様をさせるべきですね。 日本ではマスコミが 政府をおかしな方向に 引きずりこんでいますね。 マスコミは世界史の進化を志向すべきが逆におかしな方向に導いている。日本国とは何か? 中国とインドの文化の影響を除いては 語れない。魂の真髄まで影響を受けている。両国は日本の 母なる大国であり、特別の敬意と謝意を持って当たるべきである。大事なことを 基本を 半数近く反対で 進めても良いとは ならないですね。 それ常識では。 アメリカでも、 ドイツでも 憲法改正は 3分の2ですね。 国の在り様ですね。 再生核研究所声明の 形で基本的なことを纏めていますが、 日本の基本的な 状況とは、 敗戦して、 武装解除、 平和国家を世界から期待されている事 が大事では。 国連でも、日本は 敵国扱い、 常任理事国が有るのですから、 謙虚に謹慎して、 世界の平和や紛争は 国連や国連常任理国に任せ、出すぎないのが 良いのでは。 余裕の有るところで、 世界に貢献するのは 良いですね。 日本のマスコミ本当にひどい。 2000年間 しばしば侵略してきたのに、その反省も無く、1度も侵略してきたことのない国に警戒を呼び掛けたり、喧嘩をけしかけて平和を壊そうとしているように見える。憲法の精神などどこに行った。平和の努力をするのが マスコミでは?如何して 過去のことを 掘り返して 問題を作っているのでしょう。 世界史を進化させたいと 如何して 志向しないのでしょう。 戦前の亡霊を 呼び込んでいるようでは。 過去志向、変な日本の世相。憲法を守り、世界史を進化、 リードしよう。日本よ 大丈夫か? 天皇陛下万歳などと 叫んでいる国は、世界に、北朝鮮くらいしかないのでは。 皇室が栄えた、平安時代でも そんな 野蛮な行為は 無かったのでは? 皇室侮辱で 批判すべきでは。 日本のマスコミは、意図的におかしなことをしていますね。 自ら決めている、新聞倫理綱領など、 恥ずかしくて、読めないのでは。 結局、軽薄さと 圧力に屈していて、 魂が抜けているのですね。日本が世界70カ国賛同の「核不使用の共同声明」に賛同しないのは、余りにおかしくないでしょうか?余りにもおかしいですね。 日本には自由が無いことを証明しているようなものですね。 核兵器のない国が 核兵器使用を禁止しようと提案するのは 当たり前ですね。中国には 素敵な日本人女性と そっくり、 心情もそっくりな女性が 沢山いますね。 日本の素敵なおばさんも 同様です。 結局、文化も 民族も 非常に似ていて、さらに、漢字で 感じが分かってしまい、 多くの日本語が そのまま ありますね。アニメは相当世界的に評判が良いですが、日本の文化は 深く、多様、お花、折り紙、歌、料理、ゲームなど いくらでも世界に展開できますね。世界が開かれれば、 日本の文化は どんどん世界に広まるのでは。1. 卑劣な事は すべきではなく、許すべきでは ない。 生き方、在り様は 基本的な人権で 尊重されるべきである。 多様な在り様が、 世界を偉大ならしめる。美味しいコーヒーとジャスミン茶を頂いて、調子を上げてきたのですが、島津亜矢さまの北の漁場 も実に素晴らしいですね。 ひとりでに閃いた。改めて拝見したのですが、実に素晴らしい。世界は広いぞ、 如何して 島などに 拘っている、 世界の国々も やがて、 県のような存在になるだろう。 オバマ大統領にように、 大きな世界に出て、 活躍したい。我々は おおに して 虚像を見ているのではないだろうか。 予断や、作られた情報で現実や実体とずれた 世界を考えているのではないだろうか。確認して、相当に違っていたは 世に多い。島問題など起して、良いことなど無いですね。国際空港や大学、国際観光地を訪れると、みんな仲良しで、 軍事緊張を起こすようなこと、どこの野蛮人が 騒いでいるのか という印象を受けますね。 民族など越えて、 良い感じですね。ドバイ経由で エミレッツで 香港に来たのですが、アラブの文化は 魅力が有りますね。 ドバイ飛行場も 素晴らしかった。 マカオも 良いところですね。 マカオは 食べ物がおいしく、安いですね。本当です。 日本を まともな 国にしたい。 素晴らしい文化と 能力があるのに 政治は遅れていますね。 残念で 仕方がない。 危険な動き、方向も。 飛行機や大きな船、電車でも中にいる時、動いているとは感じませんね。 同じように、 みんなで動いているから、 気づかないですね。 - みんなでおかしいと、 おかしいのが分かりませんから、 原理原則で 論理的に考える必要がある。検察とは 愛国者の集団であり、正義を行う、国家の核では ないのか。裁判所は それを監督する ところでは。共に良心と 法と法の精神を実現させるべく、崇高な任務を持つものではないのか。武力で守るなど、 時代遅れ、憲法の精神で、 文化と友好関係で 和の精神で、 安全を図るのが良い。 武力は 反って危険、 日本は 蒙古襲来以外は、 何時も侵略し、 侵略の危険性の方が高い。
2013.07.27
2013/7/26 数学は哲学から派生した学問なのですか??これは違うのでは? 数学が先では? 関係者各位: 数学とは何か ― 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb) t� l � 1� ;">人生のことは、考えれば考えるほど、わけが分からなくなる、等、であるが、それにも関わらず、人生の方向と限界を知り、夢中で人生を送っているよりは はるかに賢明になったように感じている。(群馬大学工業会報より抜粋)以 上(参考)藤村が遺書として残した「巌頭之感」の本文:悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て比大をはからむとす、ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを價するものぞ、萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。
2013.07.26
2013年7月26日 0:18 人間を始め生物の存在意義は? 僕は目に映るモノは全て素粒子としか認識しません 素粒子が絡み合う事で意識が生まれます 生物の存在意義は意義を生み出す事ですか? では意識には意義がありますか? この疑問を解決したらノーベル賞とれますか?次以上は分からないですね。 1.12 再生核研究所声明 12 (2007/9/17): 人生、世界の存在していることの意味について 天才教育や世界の在りようについて考えていましたら、結局は人生とは何か、存在している意味、目的が大事であると考えました。なぜならば この世の全ての問題は 結局はひとりひとりの心の問題に帰するからです。そこで、次の文章を思い出したので引用して、全ての基礎にしたいと考えます:人生における基本定理・・・ 1995年1月13日朝、目覚めの後、ひとりでに数学のアイディアがうかんだときのように、「人生の意義は、 ・・・・・・ にある」という言葉がわいてきた。私はもの心ついてから: 自分が生きていること、そして死ななければならないことを知って以来、人生そのものの意味について、最も中心的な問題として考えてきた。その核心は、人間は生まれ、生き、死んでいくものであるが、それらがどのような意味があるのか、そして、そのような人生においてどれ程の価値があるのか、という半ば悲観的な見方:実際、人生は何の意味もないのに、人は死にたくないから、そして人並みにあるいは人並み以上になりたいから、或いは人に尊敬されたいから等の漠然とした気持ちで生きているのではないか、と。また、そのような人生、人間の目標はどのようなものか、という基本的な問題への疑問であった。「人間としての存在の究極の意味、価値は」「人類の目指すべき基本的な方向とは」これらの基本的な問いについて、私が、全体的に、直観として得た解は、「人生の意義は、感動すること にある」というものである。「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」というような、人生における真剣な問いについて、これは十分な解答になっていると思われる。 人類の価値: 真、善、美、聖などの基礎を、我々の素朴な「感動させるもの」におき、また同時に生と死を、感動することと感動の止むことに置き換えれば、我々は死を安らかに受容できると思われる。 人類の永遠の課題 神、自由、不死の解決のための確かな道筋を与えるばかりではなく、人間存在における三位一体の理 存在、知、愛を 渾然一体のもの「感動」として捉らえたことになろう。また、藤村 操は、「・・・ 人生は不可解である、 ・・・ 」という遺言を残して自殺したが、彼を何かに真に感動させ、「人生の意義は、感動することにある」として、彼を救うことができたかもしれない。何が「人間を感動させるのか」を問うて行けば、「人生如何に行くべきか」の基本的な方向を捉えることができるし、それは多くの人間が素朴に、或いはぼんやりと抱いていたものと大きな相異はなく、この「人生における基本定理」は 多くの人間によって受け入れられるばかりではなく、新鮮な感動をもって人生の基本的な指針を与えてくれると思われる。謝辞 群馬大学名誉教授の松井弘次先生の本「色にまみれて」を読み、先生の「愛と熱情」に「感動した」と同僚達に述べているうちに、基本定理は自然に思い浮かんだものであり、「魂の解放」に導いて下さった先生には深い感謝の気持ちを表したい。追記 基本定理を自覚した後の心情は、人生はそれ以上のものではないという寂しさ、さまざまな人生の肯定、何か絶対的で永遠的なものを失ったような寂しさ、感動できる人生を送ることは容易ではなく、逆に人生は苦悩に満ちている、人生のことは、考えれば考えるほど、わけが分からなくなる、等、であるが、それにも関わらず、人生の方向と限界を知り、夢中で人生を送っているよりは はるかに賢明になったように感じている。(群馬大学工業会報より抜粋)以 上(参考)藤村が遺書として残した「巌頭之感」の本文:悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て比大をはからむとす、ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを價するものぞ、萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。
2013.07.26
2013年7月26日 0:20 なんで、死にたいのに尊厳死は日本で認められないのですか?日本は遅れているのですか?オランダは尊厳死を認めてますよね?死ぬ権利を認めるべきだと思います。死は、生命の基本定理に 反しますので、認めるのは心情的に難しいですが、 肯定死を考えるべきですね。 尊厳死は 良いのでは。 再生核研究所声明 いろいろ取り上げています。 参考にしてください。 再生核研究所声明 120 (2013.5.24): 終末の在りようについての 総合的な検討を、遅れている面での 文化を進めよう ― 個人の自由意志の尊重に基づく 肯定死の保証 と 方法の確立を 人間の終末の在りようは、生きたいという生命の本能に抵触するように感じられるから、誰とて、考えたくない課題であると言える。しかしながら、伝統、習慣、宗教などの永い役割は 自然科学的な精神の影響をうけて、大きな変革が起きていると考えられる。これは 社会の在り様の問題であるから、まずは、再生核研究所声明1(良い社会を作るには)における、公正の原則を基本に考えるべきであると考える。他の重要な要素とは 基本的な人権に基づく、個人の自由意志の尊重である。客観状況としては、世界に70億を超える人口を有す地球規模における 人口抑制の視点で 今後大きな問題に発展すると考えられる。もちろん、この世の何事をも 再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと に 抵触、背馳してはならない。再生核研究所は、再生の理念を進める研究所であるから、その原点である死の問題を 再生と一体の問題として 一貫して重要視してきている。生も死も一体のものと 捉えられるようになれば、ただ1日でも、少しでも長く生きれば良いとは考えず、肯定死も肯定できると考える(再生核研究所声明 47: 肯定死)。また、次も参照: 再生核研究所声明 118: 馬鹿馬鹿しい人生、命失う者は 幸いである、 と言える面もある ― 再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道 をおし進めると ― 人間は自分の生命をも選択する自由を有し、自己の全人生に責任を果たすことが出来る 高貴な存在であると考える。ところが 有史以来、肯定死を肯定し、どのように保証し、実現を保証するかという社会制度は、在りようは 検討されたことさえ無いようである。そこで、基本的人権として、肯定死を肯定し、実現させる方法の総合的な検討を提案する。公正の原則と個人の自由意志の尊重を基本に 将来の問題として検討すべきではないだろうか、提案したい。関連問題として、終末医療の在りよう、最期の時を迎える、在りようの検討、葬儀の在りようの検討、墓など その後の在りようについての 総合的な検討。それらは、文化や伝統、習慣、宗教、個人の考え方によって大きな影響を受けるので、上記 公正の原則と個人の自由意志を尊重する形で、慣性の法則(再生核研究所声明 72:慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)なども 参考にして、慎重に しかし、総合的な検討が求められる時代を迎えているのではないだろうか。人生についての総合的な見方については (再生核研究所声明74: 人生・生命の肯定について) を参照。フランスでも同性婚が認められ、ポルトガルでは 既に法律で認められているが、 公正の原則に背馳しない限り、個人の自由意志を尊重し、多様な世界を志向するのが良いのではないだろうか。上記検討課題についても、個人の自由意志の尊重である。 以 上 2013.5.18.15:35 一気に纏める。2013.5.18.16:30 相当形になる。2013.5.18.18:20 完成度高い。数学一つ気づく、修正、追加。2013.5.19.08:50 良いのでは。追加。2013.5.19.10:35 良い、雨が降っては晴れてくる、不安定な天気。2013.5.19.13:35 大丈夫?2013.5.20.08:55 十分に良い、修正なし。2013.5.20.11:35 語句の修正。2013.5.20.17:55 良い。 人間の愚かさ - この課題も良い。2013.5.21.10:20 良い。2013.5.21.18:35 良い。2013.5.22.08: 20 良い、晴天2013.5.22.17:25 著書版を完成させ、急に出版先が気に成りだす。2013.5.22.18:45 良い、完成。2013.5.23.08:30 完成、公表。
2013.07.26
2013年7月26日 0:20 恋愛論を説くソクラテス、なのに、自分は悪妻を選んだのは何故ですか?失敗論も大切ですが、それ以上に成功論を導き出すのが大切だと思いますそれこそが哲学だと思いますまた、人々も、失敗論を導き出す本よりも、成功法を教える書物が欲しいのではないですか?ソクラテスの妻ですね。 あれは間違いでも失敗でも無く、現実で 男性と女性の違いを言っているのでは。 違っていて良いのでは。 失敗と考えるのがおかしいのでは?
2013.07.26
2013年7月26日 0:22 仮説を立てるということをすると、その仮説が間違っているのに、その仮説が正しいと言うことを証明してしまう、いうことが起こってしまう、という問題があるようですね。アメリカで死刑が執行されてからその人が犯人ではないということが分かった例がこの100年間で400人くらいいるそうですが、これなども、こいつが犯人だと、仮説を立てられてしまった結果、犯人だという証明をされてしまったということではないかと思います。認知心理学で言っているようですね。人間は、1度答えを出してしまうと、その答えが間違いである証拠があっても、その証拠が、目に入らなくなってしまう。この問題について何か説明ができる方いましたらお願いします。この問題を回避するためにはどうしたらいいのかという問題設定はされているのでしょうか。その答えは何か出されているのでしょうか。そのような面は有りますね。 絶えず、間違っているかも知れないと、 繰り返して、多面的に考える習慣を身につける必要が有るのでは。
2013.07.26
2013年7月26日 0:25 質問です。アジアは18世紀末に人口増加や生活水準が向上しましたが、それは市場や国家、共同体がどういう仕組みになっていたからですか?経済がよくなってきたからなのでしょうか?自然、 稲作、 御米の力では?
2013.07.26
2013年7月26日 0:26 政界に影響力の無くなった社民党の役目は終わった社民党の福島瑞穂党首が辞めたところで党は解散が妥当と思いませんか社民党は 憲法擁護などの 党是があり、いま大事な時、 野党の再編が大事では。 野党がばらばらで 小さな個人的な政党のような感じになっているのは 困りました。 自民党に反対しても、おけ皿が無くて、 支持できる政党が 無い状態では?
2013.07.26
2013年7月26日 0:27 日本人女性はなぜ物をはっきり言わないんでしょうか?一般に欧米より 自我のめざめが よわく、 協調心、 親などに対する依存心、 家中心の考えが 残っているのでは?
2013.07.26
2013年7月26日 0:29 ヨーロッパ中心史観の特徴と欠点を教えてください。要するに ヨーロッパが 文化と力を持ち、世界をリードしていた現実ですね。 今後は 世界的になるので、 どのように展開するかは分からないですが、 中国の台頭は事実では?ヨーロッパの次、最近はアメリカの影響は 強いですね。
2013.07.26
2013年7月26日 0:31 世界から見た日本人の変なところ世界の人々から見た日本人の変な所ってどんなのがありますか?・医療医学が発達してるのに手遅れになってから治癒する。予防や検査はいい加減。・今まで習ってきた勉強が全然生かせない関係ない職業に就く。・グルメスポットや遊園地やデパート等には行列が出来るが舞台や演劇や演奏会には空席が目立つ。美術館や博物館も同じ。というのが世界から見たらおかしいと言うのは聞いたことがあります。最初はおかしいのでは。 日本は相当に発達している国では。教育は相当におかしいですね。 過熱気味で、 入試の影響を受け過ぎ。食に強い関心があり、 文化面は 遅れている感じも、しかし、お花、 詩やはいくなど、有る面での文化の高さも有りますね。 政治面での遅れは、相当なものでは?: 再生核研究所声明 20(2008/10/01):大学入試センター試験の見直しを提案する センター試験は1988年 共通テストの試行から始められ、いろいろな変遷を経て、現在は大学入試センター試験と改称されて、20年もの歳月を経ている。 発足時のときの議論では、数年で破綻し、結局は元の形に戻るという観測が多かったが、その後 何時も批判的な意見が多く出されているものの 組織が出来てしまったためにか 惰性的に続けられてきている。そこで、次のような状況を考えて、このような入試の在りようを検討し、大学入試センター試験の見直しを行うように提案いたします。 •1) センター試験は 多額の経費と人件費をかけながら、悪い効果を生み、いわば大きなマイナスの仕事を 教育界に課していると考えられる。試験の影響としてはマイナス効果の方が大きいと考えられる。 その最大の理由は 共通テスト開始時にも 既に指摘されていたように そのような試験では パターン化して、知識の積み込み方式になり、考える力を落とす という危惧であった。 実際、このような弊害はいたるところに現れ、数学の教科でさえ、型を沢山覚え、時間内で解く方法の技術ばかりが、学校教育や受験勉強においても重視されていて、本来の教育のあるべき姿からの大きな乖離が見られる。センター試験は 日本の教育を軽薄な教育にさせている元凶である と考えられる。そのような試験結果は 軽いデータぐらいの重さしか果すべきではない。しかるに教育界は そのような試験に対応すべく、多くの無駄、悪い教育をおこなっている。•2) 教育においては本来、多様性と個性を活かす事が大事であるはずなのに、型にはめ、一様な水準を作り、貧しい特色のない大学を一様に育てている弊害が顕わになって来ている。センター試験の目指す教育とは およそ人物たる人間教育や善良な市民を育てる重要な本来の教育とはかけ離れたものであり、日本国を覆っている無責任とモラルの著しい低下の結果を生み出している。教育とは本来何であるかの議論さえ忘れて久しい状態で、魂の抜けた教育であると言える。感性豊かな人間性を高める教育や創造性豊かな教育からは程遠い教育と言える。•3) センター試験の影響は 世に数値化と標準化、規格化を進め、社会の多様な価値や個性を失なわしめ マイナス効果を世に氾濫させている。•4) 永い間 同じような入試制度が続いたため、入試が専門的な技術を要求するような弊害が現れ、不要な特殊な訓練を得た者が有利になるような弊害が現れてきている。その結果、このようなことに柔軟に対応できる特定の学校に人気が集中して、公立高校の人気が落ちてきている。そのために 経済的な豊かさが もろに教育条件に反映するような状況を生み出している。このようなことが進めば、広範な生徒達から多様な才能を引き出せない状況を進めると危惧される。 また、そのような特殊な教育を受ける者が個性を伸ばし、幸せになるとは限らないと考えられる。•5) 2日間にわたって、多くの教職員をいわば ロボットのように 画一的に働かせて、また多額の国費と人件費を費やして、大きなマイナスの仕事を行うのは 好ましくないと考える。•6) センター試験は、世の生徒達にあまりにも細々とした過重な入試対策を要求して、生徒達のみずみずしい才能の開花を疎外し、生徒達の自由な成長を妨げている。 学校教育には、人生や世界や、自然の事をじっくりと想いをいたし、 友情が芽生え、育つような余裕が求められる。 大学入試にはより柔軟に、余裕をもって考えられるような社会へと変革が少しずつ進むことが期待される。 理想としては、個人の個性を活かせるような多様な可能性を広げるような変革である。もちろん、そのうちには、世の秀才達を集めるような所があっても良いが、そこに殺到するような事は望ましく無いと考える。•7) センター試験は、所謂 世の秀才や優秀な人達の才能もわざわざ鈍化させ、活かされていないと考えられる。日本でも秀才教育や天才教育ができるような柔軟な制度の確立が求められる。•8) 共通テスト開始のとき、多くの危惧と問題点が指摘されたものの これで多くの人が 大変な入試業務から解放されると期待されたものであるが、それは空しく、逆に個別入試を行い、また第二次入試や、追試入試、さらに外国人入試や推薦入試、社会人入試、などと多くの入試が始められ、多くの教員は年中入試業務に振り回される状況になっている。大学の法人化の後には、社会貢献や教員評価、受験生確保のために多くの仕事に追われ 教育研究費の大幅減額とともに 悪い、教育、研究環境に陥っていると考えられる。 以上の理由などから、センター試験を見直しする方向での 真剣な検討と対応を求めます。現実的な対応としては、入試そのものが日本国の文化に根ざしている以上、そう簡単ではないと考えて、広範な検討や改革を考えていく事を求めたいと考えます。方向性としては •1) 大学入学資格試験と考える方向で、そのときには センター試験を簡素化し、センター試験に対する特別な対策はしないですむような状況になることが求められる。•2) 逆に個別入試を廃止して、センター試験の一部と他の要素、例えば高校の評価や、推薦状や面接で入試を行う。•3) センター試験を原則廃止して、時々高校生の学力のデータ、状況を得る為やその他いろいろな業務を行うことに センターの組織と機関を使う。 等が検討されるべきであると考えます。教育の在りようについては 絶えず検討を重ねていく事として、教育というと直ぐに学力と考える傾向が強いが、全人的な教育や人物たる人間教育等の面を考えていく必要があると考えます。 以上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/はじめに 次の再生核研究所声明の趣旨に従って より良い社会になるようにとの願いを込めて、いろいろな社会問題について素人の立場から 率直に意見を纏めてきました。これらを素にいろいろなご意見を出し合い 少しでもより良い社会になるように 努力していきたいと思います。情報化と民主主義の世の中では 結局素人の意見が政治を動かし、文化を創造し、発展させ、人々がそれらを享受していくわけですから 多くの人々の努力が不可欠になると考えます。この様な趣旨に参加され、意見を広く交換して行きたいと考えます。積極的な参加をお願いします。ここで纏められた考えは素人の狭い、偏った考えと思いますので、今後の議論のきっかけにして頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。 「みなさん、美しい意見を自由に 世にこだま させ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか。」 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 2007/1/27 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 E-mail: kbdmm360@yahoo.co.jp 再生核研究所声明について: 下記の趣旨で、再生核研究所声明を発表していきたいと思いますので、ご参加して頂ければ幸いです。また、助言やご意見などを頂ければ幸いです。 世の中を良くするための声明を編集して、広く社会に訴えていく。まとまりができたら雑誌のように編集して本の形で出版することを考えています。 研究所で採択されたものは、起案者の名前や所属をつけて(匿名も可) 一般の論文のようにまとめ、インターネットやマスコミなどを通して、広く社会に広めていく。また友人などに積極的に広めて頂く。(このような企画を進める背景については 求めに応じて、メールにて送信するように努力致します) 編集方針: •1)一般の方々から、上記のメール アドレスにて、声明案を受け付けます。•2)再生核研究所で審査し、採択された場合には、声明の著作権は再生核研究所に所属する。•3)世の中を良くするための考え、提案は永い歴史の中で既に述べられていると考えられるので、引用する場合には文献を明瞭にして、著作権に抵触しないように十分配慮して声明を作成して下さい。 また、引用がきちんとしていれば声明は独創的である必要はありません。社会に貢献できる文献は積極的に取り上げていきたい。•4)声明が世の中を良くするために実効のあるものになるように、現実的な問題を積極的に取り上げていきたい。政治、平和、北朝鮮、生命倫理、教育、環境、家族、個人の生き方の問題などで、声明が歴史的な役割を果たすことを目指す。•5)研究所が同意するものではなくても、声明が社会にとって価値ある視点を与えると判断されるものを積極的に取り上げていきたい。•6)発表される声明に対する責任と名誉は一般の学術論文のように考える。すなわち、著名入りの著者と審査した研究所が相当の責任と名誉を持つ。•7)原稿の作成はワードその他編集可能な方法で行い、原稿の形式は日本語で、添付のサンプルに従う(本当は英語で、国際的にやりたいのですが、まだ組織不足のため当分の間は)。しかし形式は個性を活かすために相当の自由が認められる。概ねA4版用紙2ページ以内を基準とする。•8)上記のさまざまな難しい問題に対処するために、研究所は問題を提起して、多くの人に意見を求める。また、逆に問題も広く受け付ける。•9)このような企画は、協力者を求め、規定、審査組織、広報組織、行動組織などを整え、実効力のあるものにしたいので、積極的な参加をお願いします。 以上良い社会のために-よっちゃんの想い- から
2013.07.26
2013年7月26日 0:35 きょうのニュースで 見ず知らずの人たちが力を合わせて ちょっとした救出劇を演じたと言います。 ▲ (http://news.biglobe.ne.jp/trend/0724/nrn_130724_ …) ・・・駅のホームで、30代の女性が電車とホームの間に挟まれる事故があった。駅員と乗客が協力し合って車体を押して間隔を広げ、転落した女性は無事救出された・・・ ☆ のだそうです。 このようなわれら日本人のあいだに見られる協調性は どこから来ているのか? 稲作農耕の経験からだという見方があります。 これについて 我田引水といったことわざもあるように いかにもそうだと思わせるのですが どうもそれだけだとは思えないでいます。 あるいは言い方を変えるなら そういう一般的な説明の仕方にはうたがいを挟みたくなります。 これについて じっさいのところをおしえてください。 * 考えるに 稲作農耕の 経験によって われら日本人が互いのあいだに協調性を獲得しているといった見方は どうも一面的なものではないか。 日本における人びとの《協調性》は ひとり《稲作農耕文化》によってもたらされたとは考えられないのではないか。 ほかに何が要因としてあったかというよりも そもそも人間が互いに社会を成して生活するということにおいて《協調性》を持たないという見方を前提とすることのほうが おかしいのではないか。 つまりたとえば 《人は人に対して狼である。 Homo homini lupus. 》とかあるいは《万人の万人に対する闘い。 Bellum omnium contra omnis.》といった人間観が 一面的であるということだと考えるべきではないか。 そのつてでは 日本人は その日本人という自覚も認識もなく石器や土器を用いて生活していた縄文時代から やがてゆるやかに農耕が現われ弥生時代となるにつれ 稗・黍・粟から陸稲や水稲を主力とするようになって その収穫の量にかんして徐々に格差が現われて来た。 つまりやがて 小さな甕棺墓などから大きな古墳に埋葬するまでになったことなどからその格差という事態は 実証されます。 むろんこの格差をも――人それぞれの自由として――引き受け 精神の胃袋に飲み込み 人びとはさらにあたらしい生活の共同自治の方式を模索して行きます。 つまり議論を端折りますが ひ とり稲作農耕の共同作業のあり方などから影響を受けて 互いの協調性が培われたという見方は およそ狭くちぢこまった人間観であり歴史観であるように考えられます。 いま上で自分から言ったのですが それでも稲作農耕が 家族という枠組みを超えてムラの共同作業だという見方 これが つねに成り立つと言うべきでしょうか? 家として持つ田畑などは それとして社会的に(相対的に)独立した経済的な生活単位体としてあるのではないか。 よろしくお願いします。稲作文化は 相当に強い影響が有るのでは。 それと 仏教ですね。欧米では 個人主義が 強いのですが、 それに 宗教の影響が強いですね。 生活の基礎、環境、そして宗教は基本ですね。
2013.07.26
2013年7月26日 0:37 子供を産まない理由の1位が突出して教育費というアンケートをしばしば見聞きします。(親を見て結婚や出産に絶望する非婚傾向も問題でしょうけど)自分が大学まで行かせて貰ったから、子供も大学まで行かせてあげたい。 でも経済的に難。勉強で躓いたり遅れたりしないよう良い塾などに通わせるのもお金。他の子より不憫な思いをさせる事になるなら産まない。など。もう少し教育の機会の公平化に踏み込んだ事は出来ないのでしょうか?子の自主学習に高い効果があり、社会的コストが低い教育を国が買い上げ、教育機会の底上げ策を講じる など。・子供が興味を持てる=記憶力が上がる様な優秀な授業動画の社会的共有。・子供が興味を持て る=記憶力が上がる様なドリル、ソフトウェアの配布。経済的な余裕など子供に手間を掛けられ無くても教育の機会がより公平に近付く底上げになる様なアプローチは出来ないものなのでしょうか?教育産業で生きる人達が危機感を募らせ抵抗するから不可能でこのままこの問題を抱え続ける社会のままで行くしかないのでしょうか?日本の教育は 既に 過熱気味で、 財政と同じように 行き詰まり おかしくなっているのでは?おかしいのが、分かっているのに 対応できない状況 も 似ているのでは。 具体的な対応が問題ですね。 入試制度の 変更、改革が 良いのでは?再生核研究所声明 20(2008/10/01):大学入試センター試験の見直しを提案する センター試験は1988年 共通テストの試行から始められ、いろいろな変遷を経て、現在は大学入試センター試験と改称されて、20年もの歳月を経ている。 発足時のときの議論では、数年で破綻し、結局は元の形に戻るという観測が多かったが、その後 何時も批判的な意見が多く出されているものの 組織が出来てしまったためにか 惰性的に続けられてきている。そこで、次のような状況を考えて、このような入試の在りようを検討し、大学入試センター試験の見直しを行うように提案いたします。 •1) センター試験は 多額の経費と人件費をかけながら、悪い効果を生み、いわば大きなマイナスの仕事を 教育界に課していると考えられる。試験の影響としてはマイナス効果の方が大きいと考えられる。 その最大の理由は 共通テスト開始時にも 既に指摘されていたように そのような試験では パターン化して、知識の積み込み方式になり、考える力を落とす という危惧であった。 実際、このような弊害はいたるところに現れ、数学の教科でさえ、型を沢山覚え、時間内で解く方法の技術ばかりが、学校教育や受験勉強においても重視されていて、本来の教育のあるべき姿からの大きな乖離が見られる。センター試験は 日本の教育を軽薄な教育にさせている元凶である と考えられる。そのような試験結果は 軽いデータぐらいの重さしか果すべきではない。しかるに教育界は そのような試験に対応すべく、多くの無駄、悪い教育をおこなっている。•2) 教育においては本来、多様性と個性を活かす事が大事であるはずなのに、型にはめ、一様な水準を作り、貧しい特色のない大学を一様に育てている弊害が顕わになって来ている。センター試験の目指す教育とは およそ人物たる人間教育や善良な市民を育てる重要な本来の教育とはかけ離れたものであり、日本国を覆っている無責任とモラルの著しい低下の結果を生み出している。教育とは本来何であるかの議論さえ忘れて久しい状態で、魂の抜けた教育であると言える。感性豊かな人間性を高める教育や創造性豊かな教育からは程遠い教育と言える。•3) センター試験の影響は 世に数値化と標準化、規格化を進め、社会の多様な価値や個性を失なわしめ マイナス効果を世に氾濫させている。•4) 永い間 同じような入試制度が続いたため、入試が専門的な技術を要求するような弊害が現れ、不要な特殊な訓練を得た者が有利になるような弊害が現れてきている。その結果、このようなことに柔軟に対応できる特定の学校に人気が集中して、公立高校の人気が落ちてきている。そのために 経済的な豊かさが もろに教育条件に反映するような状況を生み出している。このようなことが進めば、広範な生徒達から多様な才能を引き出せない状況を進めると危惧される。 また、そのような特殊な教育を受ける者が個性を伸ばし、幸せになるとは限らないと考えられる。•5) 2日間にわたって、多くの教職員をいわば ロボットのように 画一的に働かせて、また多額の国費と人件費を費やして、大きなマイナスの仕事を行うのは 好ましくないと考える。•6) センター試験は、世の生徒達にあまりにも細々とした過重な入試対策を要求して、生徒達のみずみずしい才能の開花を疎外し、生徒達の自由な成長を妨げている。 学校教育には、人生や世界や、自然の事をじっくりと想いをいたし、 友情が芽生え、育つような余裕が求められる。 大学入試にはより柔軟に、余裕をもって考えられるような社会へと変革が少しずつ進むことが期待される。 理想としては、個人の個性を活かせるような多様な可能性を広げるような変革である。もちろん、そのうちには、世の秀才達を集めるような所があっても良いが、そこに殺到するような事は望ましく無いと考える。•7) センター試験は、所謂 世の秀才や優秀な人達の才能もわざわざ鈍化させ、活かされていないと考えられる。日本でも秀才教育や天才教育ができるような柔軟な制度の確立が求められる。•8) 共通テスト開始のとき、多くの危惧と問題点が指摘されたものの これで多くの人が 大変な入試業務から解放されると期待されたものであるが、それは空しく、逆に個別入試を行い、また第二次入試や、追試入試、さらに外国人入試や推薦入試、社会人入試、などと多くの入試が始められ、多くの教員は年中入試業務に振り回される状況になっている。大学の法人化の後には、社会貢献や教員評価、受験生確保のために多くの仕事に追われ 教育研究費の大幅減額とともに 悪い、教育、研究環境に陥っていると考えられる。 以上の理由などから、センター試験を見直しする方向での 真剣な検討と対応を求めます。現実的な対応としては、入試そのものが日本国の文化に根ざしている以上、そう簡単ではないと考えて、広範な検討や改革を考えていく事を求めたいと考えます。方向性としては •1) 大学入学資格試験と考える方向で、そのときには センター試験を簡素化し、センター試験に対する特別な対策はしないですむような状況になることが求められる。•2) 逆に個別入試を廃止して、センター試験の一部と他の要素、例えば高校の評価や、推薦状や面接で入試を行う。•3) センター試験を原則廃止して、時々高校生の学力のデータ、状況を得る為やその他いろいろな業務を行うことに センターの組織と機関を使う。 等が検討されるべきであると考えます。教育の在りようについては 絶えず検討を重ねていく事として、教育というと直ぐに学力と考える傾向が強いが、全人的な教育や人物たる人間教育等の面を考えていく必要があると考えます。 以上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/はじめに 次の再生核研究所声明の趣旨に従って より良い社会になるようにとの願いを込めて、いろいろな社会問題について素人の立場から 率直に意見を纏めてきました。これらを素にいろいろなご意見を出し合い 少しでもより良い社会になるように 努力していきたいと思います。情報化と民主主義の世の中では 結局素人の意見が政治を動かし、文化を創造し、発展させ、人々がそれらを享受していくわけですから 多くの人々の努力が不可欠になると考えます。この様な趣旨に参加され、意見を広く交換して行きたいと考えます。積極的な参加をお願いします。ここで纏められた考えは素人の狭い、偏った考えと思いますので、今後の議論のきっかけにして頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。 「みなさん、美しい意見を自由に 世にこだま させ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか。」 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 2007/1/27 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 E-mail: kbdmm360@yahoo.co.jp 再生核研究所声明について: 下記の趣旨で、再生核研究所声明を発表していきたいと思いますので、ご参加して頂ければ幸いです。また、助言やご意見などを頂ければ幸いです。 世の中を良くするための声明を編集して、広く社会に訴えていく。まとまりができたら雑誌のように編集して本の形で出版することを考えています。 研究所で採択されたものは、起案者の名前や所属をつけて(匿名も可) 一般の論文のようにまとめ、インターネットやマスコミなどを通して、広く社会に広めていく。また友人などに積極的に広めて頂く。(このような企画を進める背景については 求めに応じて、メールにて送信するように努力致します) 編集方針: •1)一般の方々から、上記のメール アドレスにて、声明案を受け付けます。•2)再生核研究所で審査し、採択された場合には、声明の著作権は再生核研究所に所属する。•3)世の中を良くするための考え、提案は永い歴史の中で既に述べられていると考えられるので、引用する場合には文献を明瞭にして、著作権に抵触しないように十分配慮して声明を作成して下さい。 また、引用がきちんとしていれば声明は独創的である必要はありません。社会に貢献できる文献は積極的に取り上げていきたい。•4)声明が世の中を良くするために実効のあるものになるように、現実的な問題を積極的に取り上げていきたい。政治、平和、北朝鮮、生命倫理、教育、環境、家族、個人の生き方の問題などで、声明が歴史的な役割を果たすことを目指す。•5)研究所が同意するものではなくても、声明が社会にとって価値ある視点を与えると判断されるものを積極的に取り上げていきたい。•6)発表される声明に対する責任と名誉は一般の学術論文のように考える。すなわち、著名入りの著者と審査した研究所が相当の責任と名誉を持つ。•7)原稿の作成はワードその他編集可能な方法で行い、原稿の形式は日本語で、添付のサンプルに従う(本当は英語で、国際的にやりたいのですが、まだ組織不足のため当分の間は)。しかし形式は個性を活かすために相当の自由が認められる。概ねA4版用紙2ページ以内を基準とする。•8)上記のさまざまな難しい問題に対処するために、研究所は問題を提起して、多くの人に意見を求める。また、逆に問題も広く受け付ける。•9)このような企画は、協力者を求め、規定、審査組織、広報組織、行動組織などを整え、実効力のあるものにしたいので、積極的な参加をお願いします。 以上良い社会のために-よっちゃんの想い- から
2013.07.26
2013年7月25日 8:13 解脱は、無いと、私も考えています。。> 結論として、私はそもそも解脱なんてものは無いと考えます。この↑お考えは、私もよく理解できます。煩悩が消滅しないと、解脱できない → しかし、食欲・性欲 etc.があるかから、人は生き、人類は生命をつないでいる → だったら、煩悩が無くなる = 死ぬ 。死なないと、解脱できんじゃぁないか!!!> 苦しみや人生を身を律することで、その状態や輪廻転生というものから離れられるものとして作った方便なんじゃないですか?私は、『解脱する=如来になる』 ではなくて、『菩薩をめざす = ひたすら利他行を実践する』 。 これが、仏教徒として歩むべき道なのでは?と考えています。あくまでも、私個人の考えです。利他行とは、「他人に ヘイコラ・ヘイコラ しまくる」 という事でなく、他人とともに、幸福になれるには、どうすべきか?を考えて、それを実践する事だと思っています。たしかに、苦しみ・イヤな事って、たくさんありますが、それを乗り超えて人生を楽しむ道は、苦しみ・イヤな事と、直接に対決するよりも、自分の周囲にいる他人を、喜ばせる・幸福になってもらう。 それじゃぁ ないのか?と考えています。この↑私の考えは、ヘンテコな・突飛な・イーカゲンな思いつき! というのでも、まんざらないと、思います。横山紘一先生の「唯識の哲学」 を読んで、かなり不正確な言い方ですが、阿頼耶識を、清浄にする。それは、阿頼耶識の種子(しゅうじ) を、悪い・汚い種子 を断って、良い・清浄な・きよらかな種子を、伸ばしてゆく。と、大体こんなお話があって、私が勝手に解釈しているのは、過去に ワルいコト、いっぱい・いっぱい・一杯 しちゃったけれど、懺悔して、これから イイ事とします!!だから、お釈迦さま、ゆるして下さいますかぁぁぁ?(天の声) 『・・・・・・まぁったく、しょうがないヤツじゃのう!・・・しかし、本当に、これから真面目に精進するのか?もし、そうしたなら・・・まぁ 許してやらんコトもないかなぁぁ!ガンバルのじゃぞ!じぃぃっと、ちゃぁんと、いつも見ておるからな!』という感じです。> 横山さんの書かれていることが、(残念ながら私はこの本を読んたことがないので、前後の流れがわからないので、部分的にあなたが切り出した部分だけを見てコメントするのなら)あなたが横山さんの考えで納得するならそれでいいじゃないですか?> ※唯識思想の方なんですね、この方。> 私すみません、時間なくなって、あと夜にまた書きますいろいろ考えておられますね。 多くはその通りで、いろいろな面が捉え方があるといことですね。再生核研究所声明でも、死、解脱、悟りの心構え、 生きる意味など簡潔に纏めているので、参考にして下さい。
2013.07.25
2013年7月25日 8:19 人間は、少し不幸そうに見える人のほうが、人に好かれると思いますか。確かに、人間には 競争心、嫉妬心、羨望感があるので そのような一面は 有りますね。他方では、美しいもの、優れたものに対する あこがれや、尊敬の念 も有りますね。
2013.07.25
2013年7月25日 8:21自然と人間の共生は不可能でしょうか?またヤマタノオロチの神話を読んだのですが、スサノオが現れる前はヤマタノオロチに娘を与えて災害を免れる契約関係?を結んでいたが、その契約相手をスサノオに変えましたよね?スサノオはヤマタノオロチを倒しますが、どちらにせよ娘を与えて災害を免れてる訳だから、何の犠牲もなく自然災害を免れるすべはないということですか?砂漠地帯では自然と闘い、自然を変え、水など与えなければ、自然は厳しいものなります。他方、日本のように美しい自然では、 仲よく上手く暮らして行きたいと考えますね。要するに、環境を暮らしやすい様に 考えて行く必要が有ると言いことですね。 生態系や多くの動植物は 環境で大事では?
2013.07.25
言葉に頼るという性向をどう思いますか?・・・自分は「表現」にこだわりを持つ方です。こだわりを持つなら、もう少し分かるように説明しなさいとおそらく言われてしまうのですが、(これまでも実際何度も言われたのですが)、なんとか頑張って今回の質問、分かるように書いてみます。よく思うことですが、言葉が豊富、つまり語彙を豊富に持っているということは、表現において詰まるところが少ないということで、これはたとえばこういう哲学などという場面においては、それは大変便利なことです。しかし、例えば詩作ということにおいてはどうでしょう。知っている言葉に頼ってしまっては良い詩は生まれない、それは確かなことではないでしょうか?非常に表現がし辛いそのことも、同じようなし辛さを抱えながらも一つの単語にしてしまった、それはそれでご苦労なことですが、その人が作ったその単語を借りて、あたかも自分がそのような表現の苦を辿って来たかのようには使うことができないでしょう。つまりそこにおいては表現が軽くなり、従って伝える情感も薄くなる、そういったことがないでしょうか?自身も知識を沢山持つ人、語彙を沢山持っている人を羨ましく思うこともないとは言えないのだが、語彙が少ないなら少ないなりに表現できることがあって、それがまた却って感動を呼んだりすることがあるという風にもよく思うのです。例えば、以下の二つの言い方、このような現象が起こる因果関係についての知識を私は得たい。どうしてこんなことが起こるんだろう?この二つの文章はだいたい同じことを表現しているが、書いたものは、高校生と小学生ほどのレベルの差があるとも考えられる。この表現はうまくなかったが、要するに素朴さが人の心を打つ場合もあるということ。(ここでいう「素朴さ」を語彙の少なさということに即結びつけるのもおかしな話だが、そういう細かなことはおいておいて)「剛毅木訥仁に近し」というのは孔子の言葉だそうだ。ここでも木訥というのを、語彙が少ないこととはもちろんみなせないのであるが、私が言いたいことは分かっていただけるかと。この言葉に頼ってしまうという頭のよい現代人の性向をどのように思いますか?自身は赤シャツにはなりたくないとなぜか思ってしまいます。これは難しい問題ですね。 どのように認識して、表現するか。 言葉や言語で理性的に表現したり、 芸術など 感情で表現したり、それらに表されないで、 感じられる面など、 捉え方は それこそ、個人、個人によって違がいますね。
2013.07.24
2013年7月24日 0:17 人からされて嫌なことは、人にしてはいけないと言われていますが、この考え方は正しいのでしょうか?皆さんの意見をお聞かせください。次のように考えれば 良いのでは? 次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために―よっちゃんの想い― から
2013.07.24
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