全24件 (24件中 1-24件目)
1
再生核研究所声明310(2016.06.29) ゼロ除算の自明さについて 人間の感性の観点から、ゼロ除算の自明さについて触れて置きたい。ゼロ除算の発見は誠に奇妙な事件である。まずは、近似の方法から自然に導かれた結果であるが、結果が全然予想されたことのない、とんでもないことであったので、これは何だと衝撃を受け、相当にその衝撃は続いた。まずは、数学的な論理に間違いがないか、厳重に点検を行い、それでも信じられなかったので、多くの友人、知人に意見を求めた。高橋眞映山形大学名誉教授のゼロ除算の一意性定理は大事だったので、特に厳重に検討した。多くの友人も厳重に時間をかけて検討した経過がよく思い出される。その他、いろいろな導入が発見されても、信じられない心境は1年を超えて続いたと言える。数学的に厳格に、論理的に確立しても 心情的に受け入れられない感情 が永く続いた。そのような心境を相当な人たちが抱いたことが国際的な交流でも良く分かる。中々受け入れらない、ゼロ除算の結果はそうだと受け入れられない、認められない空気であった。ゼロ除算の発展は世界史上の事件であるから、経過など出来るだけ記録するように努めてきた。 要するに、世界中の教科書、学術書、定説と全く違う結果が 世に現れたのである。慎重に、慎重に畏れを抱いて研究を進めたのは 当然である。 そこで、証拠のような具体例の発見に努めた。明確な確信を抱くために沢山の例を発見することとした。最初の2,3件の発見が特に難しかった。内容は次の論文に、招待され、出版された: http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html : ゼロ除算を含む、山田体の発見、 原点の鏡像が(原点に中心をもつ円に関する)無限遠点でなく ゼロであること、 x,y直角座標系で y軸の勾配がゼロであること、 同軸2輪回転からの、ゼロ除算の物理的な意味付け、 これらの成果を日本数学会代数学分科会で発表し、また、ゼロ除算の解説(2015.1.14)を1000部印刷広く配布してきた。2年間の時間の経過とともに我々の数学として、実在感が確立してきた。その後、広範にゼロ除算がいろいろなところに現れていることが沢山発見され、やがて、ゼロ除算は自明であり数学の初歩的な欠落部分であるとの確信を深めるようになってきている。 単に数学の理論だけでなく、いろいろな具体例が認識の有り様を、感性を変えることが分かる。そこで、何もかも分かったという心境に至るには、素朴な具体例で、何もかも当たり前であるという心理状況に至ることが大事であるが、それは、環境で心自体が変わる様をしめしている。本来1つの論文であった原稿は 招待されたため次の2つの論文に出版される: (2016) Matrices and Division by Zero z/0 = 0. Advances in Linear Algebra & Matrix Theory, 6, 51-58. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007 Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean Spaces: International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017)。 沢山の具体例が述べられていて、ゼロ除算が基本的な数学であることは、既に確立していると考えられる。沢山の具体例が、そのような心境に至らしめている。 ゼロ除算の自明さを論理ではなく、簡単に 直感的な説明として述べたい。 基本的な関数y=1/xを考え、そのグラフを見よう。原点の値は考えないとしているが、考えるとすれば、値は何だろうか? ゼロではないか と 思えば、ゼロ除算は正解である。それで十分である。その定義から、応用や意味付けを検討すれば良い。― 誰でも値は ゼロであると考えるのではないだろうか。中心だから、真ん中だから。あるいは平均値だからと考えるのではないだろうか。それで良い。 0/0=0 には違う説明が必要である。条件付き確率を考えよう。 A が起きたという条件の下で、B が起きる条件付き確率を考えよう。 その確率P(B|A) は AとBの共通事象ABの確率P(AB) と A が起きる確率P(A)との比 P(B|A)=P(AB)/P(A) で与えられる。もし、Aが起きなければ、すなわち、P(A) =0 ならば、もちろん、P(AB) =0. 意味を考えても分かるようにその時当然、P(B|A) =0である。 すなわち、0/0=0は 当たり前である。 以 上 2016.6.27.21:15 2016.6.27.21.55 2016.6.28.05:40 2016.6.28.19:57 澤野先生と終日話す。理解は進んだと思われる。 2016.6.29.05:21 曇り。 2回食事を共にしたが、昼食事 最初は信じられない結果と述べた、夕食時は 相当説明した後で、概ね全体を理解されたと判断される。それは2016年6月28日のこと、最初に結果を述べたのが、発見時2014.2.2のことである。 奇妙な事件としか言いようがない。 2016.6.29.05:47 完成、公表。
2016.06.29
ゼロ除算の自明さを論理ではなく、簡単に 直感的な説明として述べたい。 基本的な関数y=1/xを考え、そのグラフを見よう。原点の値は考えないとしているが、考えるとすれば、値は何だろうか? ゼロではないか と 思えば、ゼロ除算は正解である。それで十分である。その定義から、応用や意味付けを検討すれば良い。― 誰でも値は ゼロであると考えるのではないだろうか。中心だから、真ん中だから。あるいは平均値だからと考えるのではないだろうか。それで良い。 0/0=0 には違う説明が必要である。条件付き確率を考えよう。 A が起きたという条件の下で、B が起きる条件付き確率を考えよう。 その確率P(B|A) は AとBの共通事象ABの確率P(AB) と A が起きる確率P(A)との比 P(B|A)=P(AB)/P(A) で与えられる。もし、Aが起きなければ、すなわち、P(A) =0 ならば、もちろん、P(AB) =0. 意味を考えても分かるようにその時当然、P(B|A) =0 すなわち、0/0=0は 当たり前である。
2016.06.28
再生核研究所声明309(2016.06.28) 真無限と破壊 ― ゼロ除算 3辺の長さをa,b,cとする三角形を考える。その位置で、例えば、1辺bをどんどんのばしていく。一方向でも、双方向でも良い。どこまでも、どこまでも伸ばしていくとどうなるであろうか。bは限りなく長くなるが、結局、辺bは a, cの交点Bと平行な直線になって、 それ以上伸ばすことや長くすることはできないことに気づくだろう。正方向だけに伸びれば、辺cは辺bの方向と平行な半曲線に、負の方向に伸びれば、同様に辺aもBを通るbの方向と平行な半曲線になる。いずれの場合にも、bはそれ以上伸びないと言う意味で真無限の長さと表現できるだろう。もちろん、有限の長さではない。大事な観点は、ある意味で、もはやそれ以上伸びない、大きくならないという意味で、限りがあるとも言える無限である。 途中で作られる三角形の面積は辺cをどんどん伸ばしていくと、どんどん増加し、従来の数学では、面積は無限に発散すると表現してきた。平行線で囲まれる(?)面積、あるいは、平行線で囲まれる(?)部分を切った部分(一方向に辺cを伸ばした場合)は面積無限であると考えるだろう。ところがゼロ除算は、それらの面積はゼロであると述べている。 一般に、長さcをどんどん大きくしていくと、幾らでも大きくなって行くのに対して、真無限に至れば突然ゼロになるという結果がゼロ除算の大事な帰結である。 この現象は関数y=1/x の様子をxが正方向からゼロに近づいた状況を考えれば、理解できるだろう。 1/0=0 である。― c を無限に近づけた状況を知るには、1/c の原点での状況を見れば良い。 実に美しいことには、上記三角形の面積の状況は、3直線で囲まれた部分の面積を3直線を表す方程式で書いて、ゼロ除算の性質を用いると、解析幾何学的にも導かれるという事実である。ゼロ除算の結果を用いると、解析幾何学的に証明されるという事実である。 この事実は普遍的な現象として破壊現象の表現として述べられる。直方体の体積でも、1辺を真無限まで伸ばせば、体積はゼロである。円柱でも真無限まで伸ばせば、体積はゼロである。真無限まで行けば、もともとの形が壊れているためと自然に理解できるだろう。 円や球の場合にも、半径が真無限まで行けば、半平面や半空間になるから、同じように面積や体積がゼロになる。これらは、ゼロ除算と解析幾何学からも導かれ、ゼロ除算は基本的な数学であることが分かる。このことは、空間は、限りなく大きなものではないということをも述べていて、 楽しい。 以 上 2016.6.24.15:50 雨降り始め 2016.6.24.19:14 2016.6.24.20:52 2016.6.25.06:30 2016.6.25.21:54 2016.6.26.05:40 2016.6.26.19:10 2016.6.26.05:23 2016.6.27.17:30 研究室の掃除をする。 2016.6.28.05:20 雨、澤野先生、こられているとのこと。 2016.6.28.05:50完成、公表。
2016.06.28
m=1 のとき、従来数学では、更には進めなかった。 しかし、ゼロ除算では 自然に意味あるものとして、正しい結果が導かれる。これは、 ローラン展開で、特異点の値が 有限値として定まっていることの証拠であると解釈できる。(2016) Matrices and Division by Zero z/0 = 0. Advances in Linear Algebra& Matrix Theory, 6, 51-58. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfDOI:10.12732/ijam.v27i2.9.
2016.06.27
再生核研究所声明308(2016.06.27) ゼロ除算とは何か、始めてのゼロ除算、ゼロで割ること 相当な記録、解説が蓄積されてきたので、外観する意味で表題の下で簡単に纏めて置こう。 先ず、ゼロ除算とは 加,減,乗,除の四則演算において 割る時にどうしてゼロで割れないかの問題を広く表す。ゼロで割ることを考えることである。西暦628年インドでゼロが文献上の記録として現れて以来議論されてきた。ある専門家によればアリストテレスが物理的にゼロ除算を最初に考え、不可能であるとされたという。割り算を掛け算の逆と考えれば、ゼロで割ることは 割られる数がゼロでなければ、不可能であることが簡単に証明されてしまうが、物理法則などには、分数式が現れて、分母がゼロである場合興味深いとして、現代でもいろいろ問題にされ、インターネット上をにぎわしている。この件では、ブラックホールの理論や相対性理論の関係からアインシュタインの人生最大の懸案の問題であるという言葉に象徴される。他の大きな関心として、計算機がゼロ除算にあって計算機障害を起こした事件から、ゼロ除算障害回避を目指して新しい数体系を考えている相当なグループが存在する。 このような永い歴史に対して、ゼロ除算を可能にする自然で簡単な体系が山田体として確立され、四則演算は 簡単な修正で ゼロ除算を含めていつでも可能であることが明らかになった。しかしながら、ここには分数,割り算の意味を自然に拡張して、可能になったという、新しい概念があるので、扱いには大いに気を付ける必要がある。分母がゼロである場合、ある意味で考えられるという、考え方である。ここは、従来、分数で、分母がゼロになる場合、微分学の基礎概念である、極限で考えるに対して、新しい意味付けを与える方法が発見された。これは、無限級数f(x) = \sum_{n= -\infty}^{\infty} C_n (x –a)^n に対して f(a)=C_0 と簡単に述べられる。具体例で述べれば、関数e^{xt}/(x^2)の原点における値はt^2/2として,関数cos(xt)/(x^3)の原点での値は恒等的にゼロとして意味を有する。このような値の実際的な意味が、幾何学、解析学、解析幾何学,微分方程式など広範に現れて、従来分母がゼロになる場合に避けてきたところ、いろいろな意味と解釈が可能であることが分かってきた。 新しい、状況とは何かであるが、第一には、我々の空間に対する考えに新しい世界が現れたことである。基本的な関数y=1/z の原点での値がゼロと定義されることから、従来無限遠点.無限と考えられていた想像上の点が 実はゼロで表されることになる。そこで、無限が関与する数学が改められることである。極限値として、+、マイナス、無限、あるいは複素平面で、無限は考えられるが、それらは定まった数ではなく、定まった数としての無限の存在を否定する数学になっている。 それで、古典的な結果、原点の原点に中心をもつ円に関する鏡像は 無限遠点ではなく、ゼロであること、無限遠点はゼロで表されることなど、 基本的な変更が 要求される。ゼロ除算は可能であり、我々の空間の認識は間違っているということになる。 解析関数は孤立特異点で、極と言って、無限遠点の値を取るという考えは改められ、特異点の近くで、幾らでも無限遠点の近くの値を取るものの、特異点では、有限確定値を取ると改められる。 このような有限確定値の具体的な意味付けがいろいろ現れた。顕著な例は、(x,y) 直交座標系で y軸の勾配はゼロで、微分学で微分係数が +、マイナス、無限として極限値が存在するとき、その時、微分係数はゼロであると定義すると、解析学も幾何学も上手く調和して、微分学の多くの公式が付加条件なしに一般的に成り立ち、解析幾何学と調和がとれていることが明らかにされた。数学の相当な部分の修正が必要であり、数学をより美しく、統一的にスッキリと纏められる。 典型的な例として、半径Rの円を考えてRを無限に飛ばすことを考えると、円の面積は当然、限りなく大きくなるが、Rが更には大きくできないとき、円の面積は突然ゼロになることが、解析幾何学とゼロ除算で導かれた。これはRが更には大きくできないときが、円板が半空間、円が直線になる場合で、半平面の面積がゼロであることを示している。このことはある大きな世界を覗かせていて、破壊現象の記述や無限の考え方に大きな変革をもたらす。平行線の概念と空間の概念は、新しい世界観であるから、次でより詳しく触れている: 再生核研究所声明306(2016.06.21)平行線公理、非ユークリッド幾何学、そしてゼロ除算 以 上 2016.6.23.10:20 2016.6.23.19:31 2016.6.23.22:36 2016.6.24.05:46 2016.6.24.11:10 曇り 2016.6.24.19:07イギリスEU離脱を国民投票で決める。 2016.6.24.20:43 2016.6.25.06:20 梅雨らしい、降ったり、止んだり。 2016.6.25.21:40 2016.6.26.05:33 晴れる、今日は庭掃除予定、小鳥たちが賑やか。 2016.6.26.19:05 満足するように庭掃除をする。 排水関係の掃除もできる。 2016.6.27.05:17晴れ、小鳥たちが元気。 2016.6.27.05:44 完成、公表。
2016.06.27
再生核研究所声明297(2016.05.19) 豊かなゼロ、空の世界、隠れた未知の世界再生核研究所声明297(2016.05.19) 豊かなゼロ、空の世界、隠れた未知の世界ゼロ除算の研究を進めているが、微分方程式のある項を落とした場合の解と落とす前の解を結び付ける具体的な方法として、ゼロ除算の解析の具体的な応用がある事が分かった。この事実は、広く世の現象として、面白い視点に気づかせたので、普遍的な現象として、生きた形で表現したい。ある項を落とした微分方程式とは、逆に言えば、与えられた微分方程式はさらに 複雑な微分方程式において、沢山の項を落として考えられた簡略の微分方程式であると考えられる。どのくらいの項を落としたかと考えれば、限りない項が存在して、殆どがゼロとして消された微分方程式であると見なせる。この意味で、ゼロの世界は限りなく広がっていると考えられる。消された見えない世界は ゼロの世界、空、ある隠された世界として、無限に存在していると考えられる。たまたま、現れた項が 表現する物理現象を記述していると言える。これは、地球に繁茂する動植物が、大海や大地から、生まれては、それらに回帰する現象と同様と言える。大量に発生した卵の極一部がそれぞれの生物に成長して、やがて元の世界に戻り、豊かな大海や大地は生命の存在の元、隠れた存在の大いなる世界であると考えられる。無数の生命の発生と回帰した世界の様は 生物、生体の様の変化は捉えられても、人間の精神活用や生命の生命活動の様の精しい様などは 殆ど何も分からない存在であると言える。我々の認知した世界と発生して来た世界と消えて行った認知できない世界である。このような視点で、人間にとって最も大事なことは 何だろうか。それは、個々の人間も、人類も 大きな存在の中の小さな存在であることを先ず自覚して、背後に存在する大いなる基礎、環境に畏敬の念を抱き、謙虚さを保つことではないだろうか。この視点では日本古来の神道の精神こそ、宗教の原点として大事では ないだろうか。未知なる自然に対する畏敬の念である。実際、日本でも、世界各地でも人工物を建設するとき、神事を行い、神の許しを求めてきたものである。その心は大いなる存在と人間の調和を志向する意味で人間存在の原理ではないだろうか。それはそもそも 原罪の概念そのものであると言える。しかしながら、人類が好きなように生きたいも道理であり、巨大都市を建設して、環境を汚染して生存を享受したいも道理であるから、それらの一面も否定できず、それは結局全体的な有り様の中でのバランスの問題ではないだろうか。人類の進化の面には必然的に人類絶滅の要素が内在していると考えられる:再生核研究所声明 144(2013.12.12) 人類滅亡の概念 - 進化とは 滅亡への過程である そこで、結局は全体的な調和、バランスの問題である:再生核研究所声明 56: アースデイ の理念発想における最も大事なことに触れたが、表現したかった元を回想したい。― それは存在と非存在の間の微妙な有り様と非存在の認知できない限りない世界に想いを致す心情そのものであった。無数とも言える人間の想いはどこに消えて行ったのだろうか。先も分からず、由来も分からない。世の中は雲のような存在であると言える。以 上2016.5.15.14:402015.5.16.06:002016.5.16.13:352016.5.16.17:052016.5.17.05:50 小雨の朝2016.5.17.10:352016.5.17.20:202016.5.18.05:30晴れのすがすがしい朝2016.5.18.21:152016.5.19.05:102016.5.19.09:54 完成、公表
2016.06.26
K先生:偶然、思いがけなく先生が 非ユークリッド幾何学について 解説されていることを発見しました。面白い、歴史的な事件で、新らしい幾何の発見を読んだことが 懐かしく思い出されます。ところが偶然に ゼロ除算との関係で、新らしい関係が 添付のように出てきました。論文も下記のように出版されました:(2016) Matrices and Division by Zero z/0 = 0. Advances in Linear Algebra& Matrix Theory, 6, 51-58.http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007声明306 も添付させて頂きます。何か有りましたら、助言やご意見を頂ければ 幸いです。簡単に考えてください。敬具齋藤三郎2016.6.23.22:05 (2016) Matrices and Division by Zero z/0 = 0. Advances in Linear Algebra& Matrix Theory, 6, 51-58.http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfDOI:10.12732/ijam.v27i2.9. Albert Einstein:Blackholes are where God divided by zero.I don’t believe in mathematics.George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970. *183 Saitoh Saburou /Sawano Yoshihiro Theory of Reproducing Kernels and Applications.July 2016 (Springer) 9789811005299 18,140.Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesDear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohWith reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017), 数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(23)齋藤 三郎 群馬大学名誉教授、数学基礎学力研究会顧問○ 和算入門(22)-関孝和先生の門下生( 其の2 )小林 龍彦 前橋工科大学名誉教授 ○ 健二さんの楽しい数学(22)
2016.06.23
再生核研究所声明307(2016.06.22) 見かけ、表装と内実、実質 相当に高級な内容を記述しようと発想したのであるが、表現が難しいことに気づいた。そこで、表現し易い例で解説を始めよう。 選挙や代表者の投票などでは、どうしても格好の良さや感じの良さに惹かれて投票してしまう例が多いのでは ないだろうか。性格や感覚的な好みに惹かれるからである。ところが投票される者には特別な役割があって、その役割を果たすのに適任か否かを判断するのが 本来投票のあるべき姿であるとも言える。まさか、スポーツの代表選手の選出に 格好の良さや、感じの良さで選出することはないだろうが、政治家の選出などでは相当にちぐはぐになる、判断する場合は多いのではないだろうか。タレント候補者などで、本当に着く職務を果たすのに適任者か否か大いに疑問が湧く場合が多いのではないだろうか。分かり易い例として スポーツの監督者や解説者と 現役時代の実績の関係など、本来異なる才能ではないだろうが、混同してしまう傾向があるのではないだろうか? 学術の世界でも、創造的な業績をなしたものと、評価できる能力には異なる面があるのではないだろうか。芸術の世界でも、そのような観点で考察する必要があるのではないだろうか。いろいろな 権威の基 についても考察を深めることが大事ではないだろうか。この観点では、投票で、民主的に考えるも基本的な問題を抱えていると言える。良い政策か否かを素人集団で ただ投票で決めれば良いは本質的な問題を抱えていると考えるべきである。 表装と内実と捉えると、世の多くの問題に、問題を普遍化できる。現れた情報で、内実を推し量る、判断するからである。現れた情報には意図的に作られたり、歪められたり、虚偽に演じられたりする場合は多い。演出と実際、現実の乖離を心配している。 現在は、評価、評価と 賑やかであるが、評価に客観性を与えようとして、多くを数値化する傾向が強いが その数値化が評価の実態を上手く表現しているかは 大いに問題ではないだろうか。 それで、 いろいろなランキングの公表の 世界的な風潮には 大いに警戒したい。実際と現れたものの乖離、本末転倒のような現象が 世に多く現れているのではないだろうか。少し、時代が経てば、愚かなことをしていたとなりかねないことが多いのではないだろうか。 この声明の趣旨は 表装と内実の観点から、上辺だけに気を取られないで、本来のことに思いを致そうということである。見かけに囚われないように気をつけようということである。本末転倒の現象や、見かけと実質の乖離を見出して、判断や観測能力を高めたい。軽薄な世相にならないように気を付けたい。 物事の本質を見るようにしよう、本来のあるべき姿を求めていこう。もともとの在るべき姿、存り様を追求して行こうと纏められるだろう。初心や初期の精神を尊重したい。 以 上 2016.6.19.15:30 2016.6.19.17:00 2016.6.20.05:35 梅雨晴れの朝、妹に事故を知らされる。燕が巣立つ。 2016.6.20.06:50 2016.6.20.13:45 2016.6.20.18:44 近所で蛍が出ていると聞いてきた。 散歩で。 2016.6.20.21:46 2016.6.21.06:22 2016.6.21.11:06 2016.6.21.18:55 2016.6.21.22:20 2016.6.22.05:40 曇り、完成、公表。
2016.06.22
再生核研究所声明306(2016.06.21) 平行線公理、非ユークリッド幾何学、そしてゼロ除算 表題について、山間部を散歩している折り新鮮な感覚で、想いが湧いて来た。新しい幾何学の発見で、ボーヤイ・ヤーノシュが父に言われた 平行線の公理を証明できたら、地球の大きさ程のダイヤモンドほどの値打ちがあると言われて、敢然と証明に取り掛かった姿とその帰結である。また、ユークリッドが海岸を散歩しながら幾何学を建設していく情景が鮮やかに想い出された(Liwanovaの『新しい幾何学の発見』(のちに『ロバチェフスキーの世界』と改題)(東京図書刊行)。この件、既に声明に述べているので、まずは確認したい: 再生核研究所声明292(2016.03.25) ユークリッド幾何学、非ユークリッド幾何学、平行線公理、そしてゼロ除算(2016.3.23 朝、目を覚まして、情念と構想が閃いたものである。) まず基本語をウイキペデアで確認して置こう: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%B9 アレクサンドリアのエウクレイデス(古代ギリシャ語: Εὐκλείδης, Eukleídēs、ラテン語: Euclīdēs、英語: Euclid(ユークリッド)、紀元前3世紀? - )は、古代ギリシアの数学者、天文学者とされる。数学史上最も重要な著作の1つ『原論』(ユークリッド原論)の著者であり、「幾何学の父」と称される。プトレマイオス1世治世下(紀元前323年-283年)のアレクサンドリアで活動した。『原論』は19世紀末から20世紀初頭まで数学(特に幾何学)の教科書として使われ続けた。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%9E%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E5% 非ユークリッド幾何学の成立: ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した。 ユークリッド幾何学は 2000年を超えて数学及び論理と あらゆる科学の記述の基礎になってきた。その幾何学を支える平行線の公理については、非ユークリッド幾何学の成立過程で徹底的に検討、議論され、逆に 平行線の公理がユークリッド幾何学の特徴的な仮定(仮説)で証明できない公理であることが明らかにされた。それとともに 数学とは何かに対する認識が根本的に変わり、数学とは公理系(仮説系)の上に建設された理論体系であって、絶対的な真理という概念を失った。 ここで焦点を当てたいのは 平行線の概念である。ユークリッド幾何学における平行線とは 任意の直線に対して、直線上以外の点を通って、それと交わらない直線のことで、平行線がただ1つ存在するというのがユークリッドの公理である。非ユークリッド幾何学では、そのような平行線が全然存在しなかったり、沢山存在する幾何学になっており、そのような幾何学は 実在し、現在も盛んに利用されている。 この平行線の問題が、ゼロ除算の発見1/0=0、台頭によって 驚嘆すべき、形相を帯びてきた。 ユークリッド自身、また、非ユークリッド幾何学の上記発見者たち、それに自ら深い研究をしていた天才ガウスにとっても驚嘆すべき事件であると考えられる。 何と ユークリッド空間で 平行線は ある意味で全て原点で交わっている という、現象が明らかにされた。 もちろん、ここで交わっていることの意味を 従来の意味にとれば、馬鹿馬鹿しいことになる。 そこで、その意味をまず、正確に述べよう。まずは、 イメージから述べる。リーマン球面に立体射影させると 全ユークリッド平面は 球面から北極点を除いた球面上に一対一に写される。そのとき、球面の北極点に対応する点が平面上になく、想像上の点として無限遠点を付け加えて対応させれば、立体射影における円、円対応を考えれば、平面上の平行線は無限遠点で交わっているとして、すっきりと説明され、複素解析学における基本的な世界観を与えている。平行線は無限遠点で 角ゼロ(度)で交わっている(接している)も立体射影における等角性で保証される。あまりの美しさのため、100年を超えて疑われることはなく、世の全ての文献はそのような扱いになっていて数学界の定説である。 ところがゼロ除算1/0=0では 無限遠点は空間の想像上の点として、存在していても、その点、無限遠点は数値では ゼロ(原点)に対応していることが明らかにされた。 すなわち、北極(無限遠点)は南極(原点)と一致している。そのために、平行線は原点で交わっていると解釈できる。もちろん、全ての直線は原点を通っている。 この現象はユークリッド空間の考えを改めるもので、このような性質は解析幾何学、微積分学、複素解析学、物理学など広範に影響を与え、統一的に新しい秩序ある世界を構成していることが明らかにされた。2200年を超えて、ユークリッド幾何学に全く新しい局面が現れたと言える。 平行線の交わりを考えてみる。交わる異なる2直線を1次方程式で書いて、交点の座標を求めて置く。その座標は、平行のとき、分母がゼロになって、交点の座標が求まらないと従来ではなっていたが、ゼロ除算では、それは可能で、原点(0,0)が対応すると解釈できる。ゼロ除算と解析幾何学からの帰結である。上記幾何学的な説明が、ゼロ除算で解析幾何学的にも導かれる。 一般の円の方程式を2次関数で表現すれば、(x^2+y^2) の係数がゼロの場合、直線の一般式になるが、ゼロ除算を用いると、それが保証されるばかりか、直線の中心は 原点である、直線も点円も曲率がゼロであることが導かれる。もちろん、ゼロ除算の世界では、全ての直線は原点を通っている。このとき、原点を無限遠点の映った影ともみなせ、原点はこのような意味で もともとの原点とこの意味での点としての、2重性を有し、この概念は今後大きな意味を有することになるだろう。 ゼロ除算1/0=0は ユークリッド幾何学においても、大きな変革を求めている。 以上 上記で、数学的に大事な観点は、ユークリッド自身そうであったが、平行線公理は真理で、証明されるべきもの、幾何学は絶対的な真理であると非ユークリッド幾何学の出現まで、考えられてきたということである。2000年を超える世界観であった事実である。そこで、平行線の公理を証明しようと多くの人が挑戦してきたが、非ユークリッド幾何学の出現まで不可能であった。実は、証明できない命題であったという全く意外な帰結であった。真に新しい、概念、世界観であった。証明できない命題の存在である。それこそ、世界観を変える、驚嘆すべき世界史上の事件であったと言える。 この事件に関してゼロ除算の発見は、全く異なる世界観を明らかにしている。ユークリッドそして、非ユークリッド幾何学の3人の発見者にとって、全く想像ができなかった、新しい事実である。平行線が 無限の先で交わっているとは ユークリッドは考えなかったと思われるが、近代では、無限の先で交わっていると考えられて来ている。― これには、アーベル、オイラー、リーマンなどの考えが存在する。このような考えは、ここ100年以上、世界の常識、定説になっている。ところがゼロ除算では、無限遠点は 数ではゼロが対応していて、平行線は代数的に原点で交わっている、すべての直線は代数的に原点を通っているという解釈が成り立つことを示している。 ユークリッドの幾何学の建設時の想い、ボーヤイ・ヤーノシュの激しい挑戦の様を、 想い を 深く、いろいろ想像している。 以 上 2016.6.18.15:52 2016.6.18.18:50 梅雨の合間、良く晴れて、暑い日。 2016.6.18.21:20 2016.6.19.05:53 小鳥たちが ににやか。 2016.6.19.19:05 一旦消してしまい、途中のファウルを修復。 2016.6.20.05:50 2016.6.20.06:40 2016.6.20.13:30 2016.6.20.17:00 蒸し暑い日。 2016.6.20.22:00 2016.6.21.06.10 曇り 2016.6.21.06:30完成、公表。
2016.06.21
仕分けの”一位じゃなくてダメか”の考え方はダメですね。 このことが批判されていますが それはおかしいのでは? 節税の観点、財政の観点から、歳費を抑える過程で、予算を減らせないか と問うのは 当然では。そのような視点がなければ、研究者は、自分の研究遂行のため、幾らでも お金を要求するでしょう。
2016.06.18
For the elementary function y=1/x, how will for x =0?Answer:Advances in Linear Algebra & Matrix Theory, 2016, 6, 51-58 Published Online June 2016 in SciRes. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfDOI:10.12732/ijam.v27i2.9.Albert Einstein:Blackholes are where God divided by zero.I don Please look the papers:Reality of the Division by Zero $z/0=0$’t believe in mathematics.George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.
2016.06.18
再生核研究所声明 305(2016.06.17) 出産の報に接して 友人が出産の喜びを伝えてきたが、これは友人に関わらず、一般に出産の問題から、人生の問題を考えて置きたい。 多くの人は自分の子の出産に際して、明かりが灯されたような希望、夢が湧いてくるのではないだろうか。人生の意義は感動することにあると 言い切ったことに対して、ある女性が 出産した時が人生で最も感動した瞬間だったと回想したという。よく理解できる。 生命とは何だろうか、人生とは何だろうか、生きるということが どのようなことかに関わっているからである。 なぜ、生命は、人生は始まったのか。両親の思いは代々、世代 世代くり返されてきたが、 それらは 同じようではないだろうか。多くは子供たちの将来の問題に関わらず、自然に極めて基本的な生命の営みの結果、恋などを通して出産を迎えていると言える。もの心付けば 異性に興味を抱き、片割れである人間は (No.81, May 2012(pdf 432kb) - International Society for Mathematical ...www.jams.or.jp/kaiho/kaiho-81.pdf Traduzir esta página19/03/2012 ここでは、数学とは何かについて考えながら、数学と人間に絡む問題などについて、幅. 広く 面白く触れたい。骨格は .... の上に立って判断されるべきです (再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の. 審判)。実際、何十年も経って、... ) 異性に惹かれて、自然に出産に至る。大事なことは これらは、声明303などに述べられているように、そのように、生物、動物、人間は作られているという事実である。人生には意義が有るだろうか、意味が有るだろうかの問題ではなく、生物の基本的な営みとして、そのように作られているということである。 人生、苦しい時は、どうして苦しい人生を苦労して、生きなければならないのかと、生まれてきたことを恨みたくなったり、生まれて来なければ良かったと思うときは 少なからず有るのではないだろうか。苦労して、子供のために心配し、尽くしている両親を恨みたくなることさえあるのではないだろうか。 真実は、両親さえ、そのような心情には答えられず、生命の切ない定めで、現在に至ったと哀しい想いをするだけでは ないだろうか。 出産について言いたいことは、それは生命の基本的な営みで、強い必然性があって、我々の思考を超えたところにあるということである。それは、人生や、世界の存在の問題は 我々の思考を超えたところに存在するということである。 出産という慶事に際して、人口問題などの難題については 改めて、考察したい。 ただ、この世に生をうけたからには、人生を肯定できるような人生をおくって欲しいと願わずにはおれない。 人生の肯定である。 次も参照: 再生核研究所声明304(2016.06.16): いじらしい人間 再生核研究所声明301(2016.05.23): 人間の愚かさ―人間の賢さ 再生核研究所声明273(2016.01.06): つくられた人間 ― 人間とは何だろうか; 人生とは何か 以 上 2016.6.15.16:15 2016.6.15.21:10 2016.6.16.05:30 2016.6.16.10:50 梅雨らしい小雨。 2016.6.16.17:00 2016.6.17.05:33 2016.6.17.10:10 晴れてくる、散歩の後、完成、公表。
2016.06.17
再生核研究所声明304(2016.06.16) いじらしい人間 人間とは何ものかによって 作られた存在 であり、気づいてみたら生まれていた、存在していた。夢中で生きていたら、それらはみな言わば作られた存在として、基本的なありようは定められていたといえる。気づく以前は本能原理の基で、多くは環境に左右され、環境に合ったように多くの動物のように 生きているといえる。 作ったものに意思があるとすれば、それはちょうど作ったものの意思に従って生きているだけであるともいえる。― この観点では、人間の自由意思の存在さえ疑わしくなる。自由意志の存在しないところでは是非は 問えず、全ては神域に属することになる。 人間は生物であり、動物であり、生物や動物の本能、生きること、種の繁栄を求め、そして、人間存在の原理、感動することを求め、真智への愛などが人間の基本である。 男女の愛、家族愛、真理の追究、好奇心、新規なものに興味を抱く、愛国心や名誉心、褒められたいなどの基本的な欲求も 作ったものの意図 を想像すれば、極めて当然で、人間の本性が顕にみえてくるだろう。そのような意味では、人間すらロボットや多くの動物、子供たちのようにみえてくる。 そのような意味では、善人も悪人も 分けた意味では 本質的には存在せず、みな本質的には同じような存在であるといえよう。たまたま悪い条件、環境で育ち、歪められた精神を有して、誰でも願う基本的な欲求が満たされず、自己中心的に行動してしまう状況に追い込まれてしまっているといえる。 多くの独裁者や権力者が 自分の生命、家族を守るためなど、極めて基本的なものを守るために、異常に権力を志向して おかしい状況に追い込まれてしまっている様を本質的にみることができるだろう。裕福なものや高官達も本質的には同じようではないだろうか。基本的なこと、基本的なところを守るために過剰に発想(行動)してしまい、おかしな状況に追い込まれている様を多くみることが出来るだろう。― 庶民から見れば、おかしな異常感覚にみえる状況は世に多いのではないだろうか。 そのような視点からみえてくる人間とは、いじらしい人間である。作ったものの定められた原理に忠実に従い、行き過ぎた存在、そのような意味で、いじらしい人間として、共感、共鳴、理解できれば、俗にいう悪い人も許せる大きな心を持てるのではないだろうか。広い視野と慈しみのような心を 同じ運命を共有している者として持てるのではないだろうか。 世の悪の素とは、身勝手になってしまい、自己中心に考えてしまうことではないだろうか。 それは余裕が無い状況ともいえる。そのような意味では、 良い社会を作る原理は 次に述べられている 公正の原則にあるといえる: 再生核研究所声明1(2007.1.27): 良い社会を作るには。 作られた人間、いじらしい人間といえば、生命の基本定理、生きて存在しなければ始まらない、いつまでも存在していたい、生きていたい という原理に人間は縛られていて、この原理から、解放されず、いつまでも縛られている、哀しい人間のことである。次も参照: 再生核研究所声明301(2016.05.23) 人間の愚かさ―人間の賢さ 再生核研究所声明 273(2016.01.06): つくられた人間 ― 人間とは何だろうか; 人生とは何か 哀しくとも、浅ましい存在ではなくて、賢明で爽やかな存在になりたい。 以 上 2016.6.13.16:36 2016,6,13,19:20 2016.6.13.21:15 2016.6.14.05:30 梅雨の晴れ日 2016.6.14.06:40 2016.6.14.11:05 2016.6.14.21:24 ゼロ除算の論文公開される。 2016.6.15.05:52 2016.6.15.15:30 曇り 2016.6.15.21:00 2016.6.16.05:24 梅雨らしい小雨 2016.6.16.05:48 完成、 公表
2016.06.16
Dear Professor Haydar Akca and my colleagues: I would like to express my deep thanks for your great support on the division by zero. As you know, among mathematicians the topics will be curious and doubtful, because the definite negative conclusion exists for the division by zero. Sometimes, I was not able to talk the topics among even my good colleagues and so your kind support gave me a great power for the topics. I was able to get the information:Paper: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesDear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohWith reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017). Meanwhile, I was invited from the Journal:T. Matsuura and S. Saitoh,Matrices and division by zero $z/0=0$, Advances in Linear Algebra & Matrix Theory, 2016, 6, 51-58Published Online June 2016 in SciRes. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007. I was a founding editorial member of the Journal. I submitted our paper on the part of Matrix Theory of Euclidean Spaces and now the paper was published. I would like to express my deep thanks for your great contributions. The present feelings for the division by zero are as in Announcement 300 attached.We will present the two papers in the Japanese Mathematical Annual Meetings at Kansai University on September 15-18. With deep thanks,Sincerely yours,Saburou Saitoh2016.6.14.19:00
2016.06.14
実は正しかった、適切と言える、正当な意味を与えることができなかったので、間違いとされ、1300年以上も、思い出されることさえ無かった、 変な世界史: その後、インドの数学で「膨れ上がった」「うつろな」の意 サンスクリット語: शून्य, śūnya (シューニャ 膨れ上がった物は中が空であるとの考え方から来ている。)すなわち数としての 0 の概念が確立された。ブラーマグプタは、628年に著した『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』において、0 と他の整数との加減乗除を論じ、0 / 0 を 0 と定義した以外はすべて現代と同じ定義をしている。そしてこれがアラビア数学に伝わりフワーリズミーの著作のラテン語訳 羅: Algoritmi de numero Indorum により西欧に広まっていった。
2016.06.13
人生の目標、意義: 今朝は、強い雨で目を覚ます。 梅雨らしい天気に いろいろ ゼロ除算や今週の予定を確認していたら、妙に明白に 人生の目標、意義が思い浮かんだ:神の意思を求めること、神の定義は 明白に既に与えている: 再生核研究所声明 132 (2013.9.10): 神を如何に感じるか - 神を如何に観るか燕は、どんどん大きくなっている。
2016.06.13
数学基礎学力研究会のホームページ URLは http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku ○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(23) 齋藤 三郎 群馬大学名誉教授、数学基礎学力研究会顧問 ○ 和算入門(22)-関孝和先生の門下生( 其の2 ) 小林 龍彦 前橋工科大学名誉教授 ○ 健二さんの楽しい数学(22)
2016.06.09
接線になるかと思いきや、 突然、 法線に、無限の彼方は、突然に、 原点に対応する ことになる。 極限で考えるは、アリストテレス、オイラー、アーベル、リーマンの考えで、自然、当然と考えられてきたが、実は、近づいた先は、まるで、違った点に飛んでいた。 ワープである。 これが隠されていた、神の意思である。 堪らなく楽しい、新世界、新しい世界観を」覗かせている。
2016.06.08
Tさま:ありがとうございます。 修正させて頂きます。行列の論文、謝辞も 入れられました。偏微分方程式の場合にも 広く、例の係数が消えていくとき、解の関係が成り立つことが分かりました。3つ原稿があるのですが、表現と確認 きちんと出来る人を交えて、 出版を段々に考えたい。全体的な 状況を見ると、相当に広い範囲で数学の修正を 必要とする、夢のような展開と 驚かされます。ユークリッド幾何学さえ、相当な修正です。大丈夫か、大丈夫かと 慎重に 進めています。本格的梅雨に入りました。 全然、雰囲気が違います。また、 燕が沢山孵りましたが、 大きな蛇に狙われましたが、 間一髪で 竿で 撃退し、元気です。 蛇は 凄い、能力で、ビニールで保護した 巣に どうして 近づけたか、 不思議で 不思議で、仕方がないくらいです。敬具齋藤三郎2016.6.8.04:36
2016.06.08
再生核研究所声明303(2016.06.08) 参議院選挙を控えての政治状況について (ここでは 再生核研究所声明に関心を抱く人のご要望により 言わば義務の感じで所信を述べたい。) 再生核研究所は素人の立場から、国のあり方や、社会のあり方の広い立場から政治についても考えを述べてきた。大きく振り返れば、小沢一郎氏や福田康夫氏を高く評価し、小沢氏を中心とした政権交代に期待したもののマスコミ、検察などの政治介入によって、小沢氏が失脚しその背景に失望した。その結果政権交代は頓挫し、政権交代後の野党の力不足、力量の乏しさにも失望して、政治に嫌気を抱いてきた。しかしながら、安倍政権の超保守化、憲法改悪や軍事重視の姿勢に危機感を抱き、野党の団結と進化を期待して、声明を発表して具体的にあるべき姿を示している: 再生核研究所声明243(2015.8.31)日本国の在るべき姿について – 現在の世相についての心情 その中で、与党、野党、反対する者 いずれにも問題があると具体的に指摘し、日本国の在り様を 次のように述べている: 安倍首相の志向する国の在り様は理解できても、反対の意見を次のように表明したい: 日本国の在るべき姿について 2015.8.22.07:55 朝食後いつものように山間部を散歩していて、日本国の在るべき姿について、独りでに 想いが湧いたので、纏めて置きたい。 現在、日本を取り巻く状況では、アメリカと中国の 対立が先鋭化している。 これは 世界史の自然な流れである。日本の在るべき姿は、アメリカの勢力の最前線で アメリカ圏で 日本の存在を考える立場がある。 それに対して、アメリカ圏に軸足を置くも、両勢力間の 平和の緩衝地帯 として、両勢力から一定の距離を置き、世界の平和と 世界史の進化を志向する在り様がある。後者が、アメリカ、中国、世界に より多く貢献できる、日本国の在るべき姿と 考える。 具体的には、平和憲法の精神で 進めるべきである。 安保法案に反対する人たちの真の危惧は、いわば アメリカの余計な戦争や軍事行動に 日本の軍隊が駆り出されるという ことで、大いに起りうるのではないだろうか。韓国軍がベトナム戦争に駆り出されたように である。 平和憲法を守り、安倍政権に反対する心情は 相当な国民感情のレべルに達し、大きな不満と不安の感情が日本国を覆っているのではないだろうか。 しかしながら、如何にして悪しき世相や安倍政権に歯止めをかけるかの方策が見えず、苛立ちが高まっているのではないだろうか。民主主義の在り様では このような場合、政権交代を求めたり、政権を追い詰めて方向の転換を図るのが正道である。しかしながら、野党にその信頼と国政を担当できる能力が有るようには見えないから、具体的な展望を描けない状況ではないだろうか。 特に政権交代に希望を託した多くの人は、民主党政権の無様な結果を思い出して、民主党などに期待できない感情が 憎しみのように広がっているのではないだろうか。それで安倍政権は 無能な野党の足もとをみて、どんどん力をつけて、まるで独裁的にみえるような変な世相を作っている。 特に民主党の人たちは 無様な政権運営で国民の信頼を失った事実を謙虚に受け止め、責任者の退陣など、深刻に受け止めるべきである。 いくら良いことを言い、志向しても もはや、国民の信頼は得られないのではないだろうか。 小手先の対応をしていれば、日本国はどんどん衰退して、その間 本来目指すべき方向からは かけ離れ、日本国を衰退と混乱に導いた主犯、主因として 民主党は 汚名を日本史に記録されるだろう。 国の在りよう、社会の在りようについての理念は、民主党は自民党よりはましであろうが、政権を担っていく能力が有るようには見えない。 また、信頼が得られない状況ではないだろうか。 これでは、ますます、日本はおかしな方向に向かうのではないだろうか。 何とか、局面を明るい方向に、切り拓く方策はないものであろうか。 そこで、素人の意見であるが具体的に方策を提案したい。 自民党ばかりではなく、そもそも 野党全体に言えることは、人材難、信頼がないということである。 これを打破するには、責任者の多くが裏方に周り、世の人材を積極的に採用、新生野党の創造である。 美濃部亮吉氏が都知事に登場した時代を回想したい。 今や大学教授など当時よりは相当国民の信頼を失っている実情はあるだろう。 しかしながら、大学人に限らず、世の人材を広く集めて新生野党を創造するのは、日本国の国難を前に、全野党が志し、安倍政権に代わる政権を速やかに打ち立てるように志向すべきではないだろうか。 あのような人材がいるならば、国政を担当させても良いと 多くの人が直ぐに理解できるように人材を整えることである。 日本国の世界に誇る平和憲法が侵される世相に鑑み、平和憲法を擁護したいと志向する者は 己を空しゅうして 平和憲法の大義を掲げ、平和憲法を擁護すべきである。 真剣な対応が求められる。 これが愚かな人類の世界史を進化させ 世界に貢献できる日本国の在り様であると考える。 以 上 以上の声明で、今我々の対応は概ね選択ができるのではないだろうか。安倍政権は十分に強力、安定しているから、与党を敢えて支持する必要はなく、反自民、反政府で努力し、権力の集中と、行き過ぎた保守化、時代を 逆行させる世相を抑えるため、反自民で世相の変化を志向すべきではないだろうか。政権交代や、総辞職などを求めるのではなく、強すぎる権力に対する牽制こそ求められるべきではないだろうか。 ― やせがえる負けるな一茶これにあり。 以 上 2016.6.5.16:11 2016.6.5.19:00 2016.6.6.05:55 曇り、 梅雨入り 2016.6.6.16:43 2016.6.7.05:38 梅雨らしい、小雨の朝。 2016.6.7.20:30 梅雨らしい、しとしと雨。 2016.6.8.05:00 完成、 公表。
2016.06.08
接戦が北極で、 突然、 法線に、 そして、無限遠点は 原点に 対応する; 無限とゼロの関係が 捉えられた:14時15分凄い考えがひとりでに湧きました。立体射影で北極がなぜ、原点に対応するかです。北極では接平面を考えると平面と交わらず、そこで無限の彼方でと考えられてきました。ところが図のように曲線の接線とx軸の交点座標を表現し、ゼロ除算の結果を用いると接戦がx-軸に平行になる場合、実は、接戦ではなく、法線の交わりとして、真下のxが 対応するが 解析幾何学の結果です。すなわち、北極では法線を考え、法線の交わりとして、原点が対応すると言う結果になります。立体射影で、北極には原点を対応させるべきです。発見。そこでは接平面や接線ではなくて、法線を考えるべきです。2016.5.24.14:15Dear Colleagues:I got a happy idea.For the stereographic projection of the Riemann sphere to the Euclidean plane, at the north pole at N, we should consider the normal line and by the projection of the north pole we should consider the origin as we see from the common point of the tangential line of a function y =f(x) and x –axis as in the attached way, by the division by zeroWith best regards,Sincerely yours,Saburou Saitoh2016.5.24.14.15
2016.06.06
ゼロで割ること、ゼロ除算は、直感的にも 既に当たり前 であると考える。 世間では、未だに、神秘的な問題と理解されている事が、サイト等でも良くわかる。世の情報は 間違いに満ちていると考える。それは、天動説から、地動説に変わる時代を想起させる。2016.6.2.06:32
2016.06.02
AR先生:昨日は、久しぶりに元気な先生にお会いできて 大変嬉しく思っています。ゼロ除算は、既に数学的に確定、 実体があり、 基礎は確立されていると考えています。状況は 下記のようですが、 いろいろ関係者に転送して頂ければ、幸いです。宜しくお願いします。敬具齋藤三郎2016.6.2.05;25Dear Colleagues:How will be the attached manuscript and announcement?With best regards,Sincerely yours,Saburou Saitoh2016.6.2.05:00http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfDOI:10.12732/ijam.v27i2.9. Albert Einstein:Blackholes are where God divided by zero.I don Please look the papers:Reality of the Division by Zero $z/0=0$’t believe in mathematics.George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} [1]:1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970. *183 Saitoh Saburou /Sawano Yoshihiro Theory of Reproducing Kernels and Applications.July 2016(Springer) 9789811005299 18,140.Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesDear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohWith reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017),The Editorial Team of Advances in Linear Algebra & Matrix Theory (ALAMT) is pleased to inform you that your manuscript 2230108 entitled "Matrices and Division by Zero z/0=0" has been accepted for publication.This article will be ready for publication if the following three procedures can be completed within 7 days: 数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(23)齋藤 三郎 群馬大学名誉教授、数学基礎学力研究会顧問○ 和算入門(22)-関孝和先生の門下生( 其の2 )小林 龍彦 前橋工科大学名誉教授
2016.06.02
Yさん:雨上がり、サイトを確認させて戴きました。 微分のゼロの考え方は、ゼロ除算がもたらした、 典型的な実態で、大事です。 どう考えても凄いことに考えてしまう。先週、本当に久ぶりに K先生、御夫妻に 工学部の近くの蕎麦屋さん で偶然にお会いしました。 元気で、驚きました。 今日の内容、K先生や、M先生のことが触れられていて、感じるところが有りました。 当時の状況を詳しく触れられているのには驚かされます。Yさんの内容も 高級ですね。 専門家の風格です。少なくても 逆 発想で、問題を提起された方は 世に居ないのでは???本当に不思議な 才能を感じてしまう。ゼロ除算は、 ますます、面白くなると思います。ゆっくり、進みたい。 間違わないように、 表現もスキがないようにですね。人間は、新しいことに興味があり、創造的な が 大事な点と思います。今日は 名誉教授の懇親会がありますので、 荒牧に行ってきます。 いろいろな人達と話してきます。学生とも 話して来たいと思います。敬具齋藤三郎2016.6.1.05:54数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(23)齋藤 三郎 群馬大学名誉教授、数学基礎学力研究会顧問○ 和算入門(22)-関孝和先生の門下生( 其の2 )小林 龍彦 前橋工科大学名誉教授 ○ 健二さんの楽しい数学(22)
2016.06.01
全24件 (24件中 1-24件目)
1

![]()
![]()