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図で、梯子が無限に長くなったら、梯子の高さは、無限と考えがちですが、それは、実はゼロだと、思える人は、世に多いのでは。実は、数学はそうなっている. ある時代からの人は、みんなそうだと思うでしょう。地動説が多くの人が当たり前だと思うように。朝食を頂く直前突然、閃いた:ゼロと算術の発見者が0/0=0 と定義したものが 1300年を越えて間違いだとして、いまでも混乱を起こしているのは、数学関係者が、ゼロを単純に考えて、割り算は 掛け算の逆と決めつけて、ゼロ除算は不可能であると 烙印を押したためではないだろうか。しかし、実はゼロには、算数で捉える以前に 無や空、真空、基準、など深い概念があって、それらの感覚で、ゼロの発見者は、そのように発想できたのでは? 実はそれは正しかった。実際、ゼロの深い意味を、割り算の深い意味を考えると、ゼロ除算は 実は 当たり前だった。6歳の少女がゼロ除算は、除算の意味から当たり前だと 発見を報告したら3週間くらいで、言ってきた例もある。\Tan (\pi/2)=0 と 町内の職人さんが言明された例もある。2016.12.30.10:182016.12.31.05:28The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research我々は、ゼロの深い概念を まだ捉えていないのではないだろうか。
2016.12.31
朝食を頂く直前突然、閃いた:ゼロ除算が ゼロと算術の発見者が0/0=0 と定義したものが 1300年を越えて間違いだとして、いまでも混乱を起こしているのは、数学関係者が、ゼロを単純に考えて、割り算は 掛け算の逆と決めつけて、ゼロ除算は不可能であると 烙印を押した。しかし、実はゼロには、算数で捉える以前に 無や空、真空、基準、など深い概念があって、それらの感覚で、ゼロの発見者は、そのように発想できたのでは? 実は正しかった。実際、ゼロの深い意味を、割り算の深い意味を考えると、ゼロ除算は 実は 当たり前だった。2016.12.30.10:18The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.30
1年前の記録が再現されるのは面白い。 当時考えたことは適切で、論文にも、国際会議でも、学会でも公表されたが、相当に進化している。発展が楽しみで 生きている明確な意味 を与える:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.29
零の発見者は 負の数、算術を知り、0/0 さえ知っていた。しかるに数学界始め 世界では 図のように 未だに混乱が続いている。 おかしいのでは? 1300年を越える誤解と言える。小学校から、学術書まで初歩的な間違いがあると言っている。ゼロで割ることは 自然な意味で可能で、数学の修正が求められている:As well-known, Brahmagupta(598年 – 668年?)discovered 0 and established four arithmetic operations on 628 in(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)and at the same time he defined as 0/0=0. However, our modern mathematics does not accept the result and we have several opinions as in the attached way. These facts will be our shame: The mysterious history of the division by zero over one thousand years is a great shame of mathematicians and human race on the world history, like the Ptolemaic system (geocentric theory). The division by zero will become a typical symbol of foolish human race with long and unceasing struggles. Future people will realize this fact as a definite common sense.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.29
For 0/0 we have several opinions as in the attached way. However, as the number system, as well-known, Brahmagupta(598年 – 668年?)discovered 0 and established four arithmetic operations on 628 in(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)and at the same time he defined as 0/0=0. We showed that the result is right and fundamental and applicable. However, our modern mathematics does not accept the result. These facts will be our shame: The mysterious history of the division by zero over one thousand years is a great shame of mathematicians and human race on the world history, like the Ptolemaic system (geocentric theory). The division by zero will become a typical symbol of foolish human race with long and unceasing struggles. Future people will realize this fact as a definite common sense.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.29
零の発見者は 負の数、算術を知り、0/0 さえ知っていた。しかるに数学界始め 世界では未だに混乱が続いている。 おかしいのでは? 1300年を越える誤解と言える:As well-known, Brahmagupta(598年 – 668年?)discovered 0 and established four arithmetic operations on 628 in(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)and at the same time he defined as 0/0=0. However, our modern mathematics does not accept the result and we have several opinions as in the attached way. These facts will be our shame: The mysterious history of the division by zero over one thousand years is a great shame of mathematicians and human race on the world history, like the Ptolemaic system (geocentric theory). The division by zero will become a typical symbol of foolish human race with long and unceasing struggles. Future people will realize this fact as a definite common sense.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.28
広く意見を求めているので、どうぞ宜しくお願いします。先生、インドの発見は 実は注意すべきだったと、最近気づきました。ゼロ除算はある感覚を持てば、実は当たり前です。創始者は そのような感覚を持っていたのでは。後で、ゆっくり拝見させて頂きます。インドのは 添付のようです。2016.12.28.10:05再生核研究所声明339(2016.12.26)インドの偉大な文化遺産、ゼロ及び算術の発見と仏教世界史と人類の精神の基礎に想いを致したい。ピタゴラスは 万物は数で出来ている、表されるとして、数学の重要性を述べているが、数学は科学の基礎的な言語である。ユークリッド幾何学の大きな意味にも触れている(再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学)。しかしながら、数体系がなければ、空間も幾何学も厳密には 表現することもできないであろう。この数体系の基礎はブラーマグプタ(Brahmagupta、598年 – 668年?)インドの数学者・天文学者によって、628年に、総合的な数理天文書『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)の中で与えられ、ゼロの導入と共に四則演算が確立されていた。ゼロの導入、負の数の導入は数学の基礎中の基礎で、西欧世界がゼロの導入を永い間嫌っていた状況を見れば、これらは世界史上でも顕著な事実であると考えられる。最近ゼロ除算は、拡張された割り算、分数の意味で可能で、ゼロで割ればゼロであることが、その大きな影響とともに明らかにされてきた。しかしながら、 ブラーマグプタはその中で 0 ÷ 0 = 0 と定義していたが、奇妙にも1300年を越えて、現在に至っても 永く間違いであるとしてされている。現在でも0 ÷ 0について、幾つかの説が存在していて、現代数学でもそれは、定説として 不定であるとしている。最近の研究の成果で、ブラーマグプタの考えは 実は正しかった ということになる。 しかしながら、一般の ゼロ除算については触れられておらず、永い間の懸案の問題として、世界を賑わしてきた。現在でも議論されている。ゼロ除算の永い歴史と問題は、次のアインシュタインの言葉に象徴される:Blackholes are where God divided by zero. I don't believe in mathematics. George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist re-marked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as the biggest blunder of his life [1] 1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.他方、人間存在の根本的な問題、四苦八苦(しくはっく)、根本的な苦 生・老・病・死の四苦と• 愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること• 怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと• 求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと• 五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないことの四つの苦に対する人間の在り様の根本を問うた仏教の教えは人類普遍の教えであり、命あるものの共生、共感、共鳴の精神を諭されたと理解される。人生の意義と生きることの基本を真摯に追求された教えと考えられる。アラブや西欧の神の概念に直接基づく宗教とは違った求道者、修行者の昇華された世界を見ることができ、お釈迦様は人類普遍の教えを諭されていると考える。これら2点は、インドの誠に偉大なる、世界史、人類における文化遺産である。我々はそれらの偉大な文化を尊崇し、数理科学にも世界の問題にも大いに活かして行くべきであると考える。 数理科学においては、十分に発展し、生かされているので、仏教の教えの方は、今後世界的に広められるべきであると考える。仏教はアラブや欧米で考えられるような意味での宗教ではなく、 哲学的、学術的、修行的であり、上記宗教とは対立するものではなく、広く活かせる教えであると考える。世界の世相が悪くなっている折り、仏教は世界を救い、世界に活かせる基本的な精神を有していると考える。ちなみに、ゼロは 空や無の概念と通じ、仏教の思想とも深く関わっていることに言及して置きたい。 いみじくも高度に発展した物理学はそのようなレベルに達していると報じられている。この観点で、歴史的に永い間、ゼロ自身の西欧社会への導入が異常に遅れていた事実と経過は 大いに気になるところである。以 上The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.28
再生核研究所声明341(2016.12.28) 日本史の誇り(テレビに写し出される大量の難民の情景に 心を傷められる この頃である。それで、ふっと日本史を振り返り気づいたことである)。日本国の永い歴史で、非戦闘員の大量の殺略や虐殺が見られないことである。名のある武将はおろか、いわゆる盗賊の類の下でも見られない。難民などの情景すら思い当たらない。日本に いわゆる暴君なども見当たらない。これは、素晴らしいことではないだろうか。絶対的な権力を有していた徳川綱吉将軍は 皇室を崇敬し、いわゆる赤穂の討ち入り事件に際しては、法と人間の道の観点から、断罪に対して真摯に悩み、当時の賢人の意見を取り入れて切腹の裁決を下している。その精神は法と人間の道を求めていたと高く評価される。多くは権力の乱用のような状態に陥りやすい状況である。それで、江戸時代の永い治世の時代の基礎がしっかりしていたと判断される。永い戦国の時代にも、非戦闘員を殺略したり、権力志向よりは 天下統一を志向し、朝廷・天皇の下での平穏な国づくりを一貫して求めてきたのが、日本国の歴史ではないだろうか。朝廷・天皇は 永い日本国の伝統と権威、世俗を超えた高い存在で、言わば神に仕える姿勢、存在であると考えられる。そこで、ふと気づいた、いわゆる南京大虐殺や慰安婦問題が繰り返し取り上げられているが、多くの日本人にとっては何のことか、よく理解できないのではないだろうか。心情は天皇の軍隊が、真面に 賊軍以下の悪しきことをすることが起こり得たか 信じられないのではないだろうか。日本史上でも例を見ないから、想像もできない。もちろん、異常時、心ない人たちは何時でもいるものであるから、一部にはそのような不祥事も有ったとは考えられる。しかし、日本国として、なしたとは信じられない。日本人の考えには存在しない概念であると言える。― 多くの戦後生まれの者は、国に不祥事が起きれば、まずはその国が第一に責任を取るのが国家であり、古くはだらしのない国は平定されるべきだという考えが 世界的に存在したと考えるだろう。この文脈では、 東京大空襲や原爆投下など、一般市民の大量殺略を始めから意図した行為も 日本人の戦争概念を超えたものであると言わざるを得ない。日本の長い歴史上でも、一般非戦闘員を始めから狙った攻撃など無かったからである。皇室の長い伝統、天皇に任命された日本国の権力者たちの高い見識は 日本国の歴史の誇るべき姿、在りようであると考える。以 上追記:美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。 多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。2016.12.26.14:54 (朝の散歩中、突然考えが湧いた)。2016.12.26.16:302016.12.26.19:402016.12.27.06:05 良い。2016.12.27.15:00 午後晴れてくる、理髪済ます。2016.12.27.19:272016.12.28.06:05 良い、完成、公表。
2016.12.28
零の発見者は、負の数も知っていて、0/0 の意味も知っていた。しかしながら、その後の世界史は、それが間違いだとしてきた。 恥ずかしい、世界史。インドには さらに凄い文化が。 今こそ、学ぶ時では?再生核研究所声明339(2016.12.26)インドの偉大な文化遺産、ゼロ及び算術の発見と仏教世界史と人類の精神の基礎に想いを致したい。ピタゴラスは 万物は数で出来ている、表されるとして、数学の重要性を述べているが、数学は科学の基礎的な言語である。ユークリッド幾何学の大きな意味にも触れている(再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学)。しかしながら、数体系がなければ、空間も幾何学も厳密には 表現することもできないであろう。この数体系の基礎はブラーマグプタ(Brahmagupta、598年 – 668年?)インドの数学者・天文学者によって、628年に、総合的な数理天文書『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)の中で与えられ、ゼロの導入と共に四則演算が確立されていた。ゼロの導入、負の数の導入は数学の基礎中の基礎で、西欧世界がゼロの導入を永い間嫌っていた状況を見れば、これらは世界史上でも顕著な事実であると考えられる。最近ゼロ除算は、拡張された割り算、分数の意味で可能で、ゼロで割ればゼロであることが、その大きな影響とともに明らかにされてきた。しかしながら、 ブラーマグプタはその中で 0 ÷ 0 = 0 と定義していたが、奇妙にも1300年を越えて、現在に至っても 永く間違いであるとしてされている。現在でも0 ÷ 0について、幾つかの説が存在していて、現代数学でもそれは、定説として 不定であるとしている。最近の研究の成果で、ブラーマグプタの考えは 実は正しかった ということになる。 しかしながら、一般の ゼロ除算については触れられておらず、永い間の懸案の問題として、世界を賑わしてきた。現在でも議論されている。ゼロ除算の永い歴史と問題は、次のアインシュタインの言葉に象徴される:Blackholes are where God divided by zero. I don't believe in mathematics. George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist re-marked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as the biggest blunder of his life [1] 1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.他方、人間存在の根本的な問題、四苦八苦(しくはっく)、根本的な苦 生・老・病・死の四苦と• 愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること• 怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと• 求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと• 五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないことの四つの苦に対する人間の在り様の根本を問うた仏教の教えは人類普遍の教えであり、命あるものの共生、共感、共鳴の精神を諭されたと理解される。人生の意義と生きることの基本を真摯に追求された教えと考えられる。アラブや西欧の神の概念に直接基づく宗教とは違った求道者、修行者の昇華された世界を見ることができ、お釈迦様は人類普遍の教えを諭されていると考える。これら2点は、インドの誠に偉大なる、世界史、人類における文化遺産である。我々はそれらの偉大な文化を尊崇し、数理科学にも世界の問題にも大いに活かして行くべきであると考える。 数理科学においては、十分に発展し、生かされているので、仏教の教えの方は、今後世界的に広められるべきであると考える。仏教はアラブや欧米で考えられるような意味での宗教ではなく、 哲学的、学術的、修行的であり、上記宗教とは対立するものではなく、広く活かせる教えであると考える。世界の世相が悪くなっている折り、仏教は世界を救い、世界に活かせる基本的な精神を有していると考える。ちなみに、ゼロは 空や無の概念と通じ、仏教の思想とも深く関わっていることに言及して置きたい。 いみじくも高度に発展した物理学はそのようなレベルに達していると報じられている。この観点で、歴史的に永い間、ゼロ自身の西欧社会への導入が異常に遅れていた事実と経過は 大いに気になるところである。以 上The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.27
267-613図で、ゼロ除算算法は自然で当たり前ですね。 新しい世界も拓く。便利ですね。良かった。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.27
再生核研究所声明340(2016.12.27)絶対絶命、必死 ― 悟りへの道(2016.12.24.13:30 散歩中 独りでに 思いがけない構想が閃いたものである)。絶体絶命とは困難・危険から、どうしても逃れられないさま。追いつめられ、切羽詰まったさま。「絶」は窮まる意。追いつめられ窮地にある立場や状態をいう。世の多くの合戦では命令が下れば、もはや一切の自由意思は働かず、ただ命令によって進軍せざるを得ない。危険を返り見ずに突撃せざるを得ない。入院すれば多くは判断の余地はなく、担当医師の判断に従が わ ざるを得ず、手術室に入り全身麻酔を受けるような時には 是非に及ばず、一切を委ねざるを得ない。上記、発想とは、人間 生を享けたからには、地球上で生活をせざるを得ず、自らの身体から離れることはできず、数日たりとも 食を絶つことができない。数分さえも息を止めることさえできない。― すなわち、人間の存在は強い条件によって支配されている、絶対絶命、必死の場面が多いと言える。晩年同じ様な生活を繰り返していると既にさまざまの経験を積んでいて、多くの事が分かってしまい、改めて経験する魅力を感じない状態が多くなるのではないだろうか。同じドラマを繰り返しは見たくないような心境である。― この背後には、生命力の減退に基づく、意欲の喪失も存在するだろう。いずれにせよ、やりたいことが少なくなる、行動する幅が狭くなるは、逆から見ると自由人に言わばなるという側面があるが、心と環境が調和して妙に安定した理想的な状態とも言える。頭書の発想は絶対絶命の場面では選択の余地はなく、それゆえに逆に自由で、実際はのびのびした安定した状況になるということである。 ― それは強い条件が逆に自由を齎すことを意味する。 後半は心が環境に順応して自由になり安定する状況を述べている。 両極端の状況の一致である。頭書の考えの基本は、人間の定めの絶対性をしっかり観れば、真の自由を得て、1種の悟りに至る心構えができるのではないかと直感したことである。作られた人間の基本的な定めをしっかり、捉えて、人間の心を定めに従って順応させられれば悟りの境地に到れるだろう。人間がどのように作られているかをしっかり捉えること、そして、そのことに順応しようとする努力、 これが修行と言われるものではないだろうか。現実にはさらに、人間関係や社会内での在りようの問題が大きな要素になっていて、我々が生きて行くには複雑な問題があると考えられるが、世の関係の基本は公正の原則で対応すべきであると考える(再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは)。 以 上2016.12.24.15:362016.12.24.19:432016.12.25.06:272016.12.25.10:252016.12.25.14:442016.12.25.19:402016.12.26.06:172016.12.26.16:20 終日曇り。2016.12.26.19:252016.12.27.05:54 良いとする。2016.12.27.06:10完成、公表。
2016.12.27
この件、理由もなく述べている、理由がなければ、小学生の多くも間違ってそう述べる、と軽く考えていたが、零の発見者で、算術を確立された人の言葉として急に、ここ2,3日気になってきた。 数の概念で、正しい感覚を有していたのではないだろうか? どうして、彼の意見が尊重されなかったのだろうか? 割り算は 掛算の逆と言う、考えが入ってしまったからではないだろうか? しかしながら、ゼロには また、割り算には それを超えた、概念がある。As well-known, Brahmagupta(598年 – 668年?)discovered 0 and established four arithmetic operations on 628 in(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)and at the same time he defined as 0/0=0. However, our modern mathematics do not accept the result and we have several opinions as in the attached way. These facts will be our shame: The mysterious history of the division by zero over one thousand years is a great shame of mathematicians and human race on the world history, like the Ptolemaic system (geocentric theory). The division by zero will become a typical symbol of foolish human race with long and unceasing struggles. Future people will realize this fact as a definite common sense.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and researchこの件、理由もなく述べている、理由がなければ、小学生の多くも間違ってそう述べる、と軽く考えていたが、急に零の発見者で、算術を確立された人の言葉として急に、ここ2,3日気になってきた。 数の概念で、正しい感覚を有していたのではないだろうか? どうして、彼の意見が尊重されなかったのだろうか? 割り算は 掛算の逆と言う、考えが入ってしまったからではないだろうか? しかしながら、ゼロには また、割り算には それを超えた、概念がある。
2016.12.26
266-612ゼロとは基準であり、ゼロと算術法則の創始者の 1300年以上前の定義は 実は正しかった。我々の歴史が間違っていた。 恥ずかしい。再生核研究所声明225(2015.4.23) 偉大な数ゼロ ―ゼロの教えThe division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.26
再生核研究所声明339(2016.12.26)インドの偉大な文化遺産、ゼロ及び算術の発見と仏教世界史と人類の精神の基礎に想いを致したい。ピタゴラスは 万物は数で出来ている、表されるとして、数学の重要性を述べているが、数学は科学の基礎的な言語である。ユークリッド幾何学の大きな意味にも触れている(再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学)。しかしながら、数体系がなければ、空間も幾何学も厳密には 表現することもできないであろう。この数体系の基礎はブラーマグプタ(Brahmagupta、598年 – 668年?)インドの数学者・天文学者によって、628年に、総合的な数理天文書『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)の中で与えられ、ゼロの導入と共に四則演算が確立されていた。ゼロの導入、負の数の導入は数学の基礎中の基礎で、西欧世界がゼロの導入を永い間嫌っていた状況を見れば、これらは世界史上でも顕著な事実であると考えられる。最近ゼロ除算は、拡張された割り算、分数の意味で可能で、ゼロで割ればゼロであることが、その大きな影響とともに明らかにされてきた。しかしながら、 ブラーマグプタはその中で 0 ÷ 0 = 0 と定義していたが、奇妙にも1300年を越えて、現在に至っても 永く間違いであるとしてされている。現在でも0 ÷ 0について、幾つかの説が存在していて、現代数学でもそれは、定説として 不定であるとしている。最近の研究の成果で、ブラーマグプタの考えは 実は正しかった ということになる。 しかしながら、一般の ゼロ除算については触れられておらず、永い間の懸案の問題として、世界を賑わしてきた。現在でも議論されている。ゼロ除算の永い歴史と問題は、次のアインシュタインの言葉に象徴される:Blackholes are where God divided by zero. I don't believe in mathematics. George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist re-marked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as the biggest blunder of his life [1] 1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.他方、人間存在の根本的な問題、四苦八苦(しくはっく)、根本的な苦 生・老・病・死の四苦と• 愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること• 怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと• 求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと• 五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないことの四つの苦に対する人間の在り様の根本を問うた仏教の教えは人類普遍の教えであり、命あるものの共生、共感、共鳴の精神を諭されたと理解される。人生の意義と生きることの基本を真摯に追求された教えと考えられる。アラブや西欧の神の概念に直接基づく宗教とは違った求道者、修行者の昇華された世界を見ることができ、お釈迦様は人類普遍の教えを諭されていると考える。これら2点は、インドの誠に偉大なる、世界史、人類における文化遺産である。我々はそれらの偉大な文化を尊崇し、数理科学にも世界の問題にも大いに活かして行くべきであると考える。 数理科学においては、十分に発展し、生かされているので、仏教の教えの方は、今後世界的に広められるべきであると考える。仏教はアラブや欧米で考えられるような意味での宗教ではなく、 哲学的、学術的、修行的であり、上記宗教とは対立するものではなく、広く活かせる教えであると考える。世界の世相が悪くなっている折り、仏教は世界を救い、世界に活かせる基本的な精神を有していると考える。ちなみに、ゼロは 空や無の概念と通じ、仏教の思想とも深く関わっていることに言及して置きたい。 いみじくも高度に発展した物理学はそのようなレベルに達していると報じられている。この観点で、歴史的に永い間、ゼロ自身の西欧社会への導入が異常に遅れていた事実と経過は 大いに気になるところである。以 上The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research2016.12.23.15:192016.12.23.21:492016.12.24.06:402016.12.24.13:382016.12.24.19:352016.12.25.06:142016.12.25.10:052016.12.25.14:34 午後は暖かな良い天気、快晴。2016.12.25.19:222016.12.26.06:08 良い。完成できる。2016.12.26.06:23 完成、公表。
2016.12.26
264-610ゼロ除算算法は 便利で面白いですね。 図のように、有限の式をゼロで割って 意味のある世界が出てくる。こんな簡単なところに新しい計算法が有るとは 想像できたでしょうか。 影響は大きいです。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.25
言わば、ゼロの発見者が、1300年も 前に、0/0=0 としていたものを、それは間違いだと言っている、これは 数学者ばかりではなく、世界史の恥では?しかしながら、数体系がなければ、空間も幾何学も厳密には 表現することもできないであろう。この数体系の基礎はブラーマグプタ(Brahmagupta、598年 – 668年?)インドの数学者・天文学者によって、628年に、総合的な数理天文書『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)の中で与えられ、零の導入と共に四則演算が確立されていた。零の導入、負の数の導入は数学の基礎の中の基礎で、西欧世界が零の導入を嫌っていた状況を見れば、これらは世界史の中でも顕著な事実であると考えられる。最近ゼロ除算は、拡張された割り算、分数の意味で可能で、ゼロで割ればゼロであることが、その大きな影響とともに明らかにされてきた。しかしながら、 ブラーマグプタはその中で 0 ÷ 0 = 0 と定義していたが、奇妙にも1300年を越えて、現在に至っても 永く間違いとしてされている。現在でも0 ÷ 0について、幾つかの説が存在していて、現代数学でもそれは、定説として 不定であるとしている。最近の研究の成果で、ブラーマグプタは 実は正しかった ということになる。 しかしながら、一般の ゼロ除算については触れられておらず、永い間の懸案の問題として、世界を賑わしてきた。ゼロ除算の永い歴史と問題は、次のアインシュタインの言葉に象徴される:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.24
ゼロ除算とは 図のように 無限の彼方が、突然に初めに 戻ることを示しており、それは 両極端に飛ぶことを示しており、それは、存在を永く、豊かに、深くさせたい 神の意志 である と考えられる:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.24
再生核研究所声明 49(2011.2.16): アジアの愚か者、アジアの野蛮性ヨーロッパから、アジアをみると、アジアは愚かで、野蛮地域にみえてくるので、それらの実相について考察し、アジアの民の自覚と進化を期待したい。背景には、EUでは 通貨を統一して、往来を自由にし、ドイツを統一、ヨーロッパ全体が一つの国のようになる方向で進んでいるのに対して、アジアでは未だに朝鮮の統一もできず、同じ民族が対立する愚かさである。 日本国は アジアの大国、中国に対峙させられ、外国軍の基地さえ用意して、小さな国で 世界第二、第三位の軍事費をかけて、平和憲法を有しているなどと勝手に名のっている。 美しい文化を有する日本は、政治においては、EUから見れば、アメリカの属国のようで、自主性も、自立性もなく、やっと政権交代して まともな国を目指すかと期待されたら、逆に、検察、マスコミの大騒ぎで、政権交代の大義がぼけて、政局の混乱を招く有り様である。 財政、経済厳しい折りにも拘らず、国会は党派争い、法も道理も大義も社会正義すら主張できる政治家も少ない。 日本国は アジアではまともな国と評価されるが、それでも マスコミ、検察の 本分を弁えない低落は、アジアの後進性の象徴とも言える。EUでは考えられない後進性、野蛮性である。多くの国民は政治に不満や不信を感じているが、有効な手段が分からず、日常生活に埋没している。 日本国は全体として政治的には衆愚の状態にあると言える。大局からアジアを見てみよう。 まず、なぜ、同じ民族、かつては同じ国家だった朝鮮が 統一できないのであろうか。アジアの民の愚かさの典型的な特徴は、過去のことばかり問題にして、絶えず、過去の事件にかえり、 未来志向ができないという点にあるのではないであろうか。繰り返し過去の問題を掘り起こしては、お互いに行き詰っている。大局的に歴史を見ることができず、視野が狭いのも特徴である。アジア全域がほぼ植民地支配を受けていた、自分たちの反省すらできない有り様である。 植民地支配を受けていた歴史的な事実は、自分たちの国を守れなかったという観点で、大いに反省すべきである。侵略されたのは恥ずべきことである。 敗戦は さらに恥ずべきことで、愚かさゆえに戦争に突入させられ、敗戦しているのである。 日本などは政治的には、いわば今なお敗戦を続けているようであり、戦前以下の見識しかない。 同じ民族が争う愚かさに目覚め、朝鮮の統一を進めるべきである。 再生核研究所はその統一の進め方について、声明37で具体的に提案している。 アジアは一致して、朝鮮の統一を支持して、働きかけるべきである。 賢明なドイツの統一のように。アジアには 領土問題、島の問題があるが、これもアジアの愚か者、アジアの野蛮性の特徴である。 中国の偉大な指導者 とう小平氏は、領土問題は未解決の問題として棚上げして友好関係を進めよう と述べていた。 強欲な人間たちが島に立ち入らなければ、豊かな自然が より豊かな幸を周辺国にもたらすのが理解できないように見える。 いや、領土問題で緊張させたり、 紛争する愚かさに気付かない人はいないはずだから、 結局は アジアに紛争を起こして 漁夫の利を得ようとする人たちの 意図に そそのかされている、それこそ アジア植民地時代のように アジアの愚か者 の特徴ではないだろうか。EUやアメリカから見れば、アジアに紛争が起きて、自滅すればよい、かえって都合がよいと考えられる観点に気付くべきである。アジアには、族意識、村意識、国意識、民族意識の野蛮性が強く残っていて、ことあるごとに噴出している。 さらに、アジアでは 個が 確立しておらず、個人の尊厳と生命さえも おろそかにしている。 これは民族、国家が入り混じり、深い交流のあるヨーロッパでは 理解できない、野蛮な感覚ということになるのではないだろうか。人種が違う、国籍が違う、そのような感覚が EUには存在しないように見える。 内面的には分からないが、アジアとは違って、表面に出すことは 恥ずべきことで できないような状況を 文化が支えているように見える。自由、平等、博愛の精神、そして、キリスト教の文化的な伝統が背後にあるのではないかと感じられる。 人種問題、国籍問題、個人の尊厳などは ヨーロッパから見ると偏狭な、変な見方、アジアの野蛮性とみえるであろう。EUが 一つの国の方向に着実に進んでいるのに、どうして、アジアでは内紛と抗争が続いているのだろうか。 アジアの相当な領域に 仏教と儒教の文化と伝統があり、漢字圏としても共通の文化基盤がある訳であるから、より統一的な友好圏を作るのは 極めて自然であり、歴史をそのような方向で 進めるべきである。 紛争と対立からは何も得ることはなく、逆に友好関係が相互に大きな利益をアジアにもたらすであろう。その骨格の方向を次のように志向したい:1) 朝鮮の統一に協力、配慮する。 当面、南北朝鮮の友好関係に配慮する。(再生核研究所声明 37 : 金正日氏を世界史の英雄に ― 朝鮮問題に関心を寄せる世界の人々に を参照)2) 日本は、アメリカに対して徐々に より自立する姿勢を確立して、日中友好関係に格別の配慮をする。(再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて、再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について 参照)3) 偉大な中国は アジアの指導国として、伝統ある儒教の精神で 友好関係のうちにアジア全域の繁栄のために努力すること。アジアに脅威を与えないように 大人の外交を行うこと。反対側に存在する 超大国アメリカについて 簡単に 上記文脈で触れておきたい。アメリカは 第二次世界大戦後の世界を指導してきた偉大なる超大国であるが、軍事大国の色彩を強くして、軍事でなければやっていけないような国家の佇まいを 今やなしている。 誠に残念である。 あたかも紛争を 世界に輸出していかなければ やっていけないような状況に見える。 自由と民主主義の大国として、軍事を抑え、民生を豊かにする方向で、世界を指導して頂きたい。アメリカは世界史を直接進化させる能力が有るのだから、世界史の進化のために努力して頂きたいと 強い期待を表明しておきたい。(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判 参照)世界の財政、経済が厳しくなる折り、外国のアジア介入を阻止して、耐えながら、苦しい世界状況に耐えていく必要があると考える。アジアは 共生の精神で絶えず、世界とともに友好関係に配慮していくべきである。以 上2011.2.10:16:452011.2.10:18:152011.2.11:10:202011.2.11.11:502011.2.11.14:402011.2.11.17:402011.2.12.9:502011.2.12.11:502011.2.12.12:352011.2.12:18:102011.2.13:11:002011.2.13:15:002011.2.13:17:452011.2.14:10:102011.2.14:14:102011.2.14:17:302011.2.15:9:152011.2.15:9:50
2016.12.23
628年に 既に、0/0=0 は 知られたいたのに、それは間違いとして、今でも 図のように いろいろな説があるのは、恥ずかしいことではないでしょうか?数体系はブラーマグプタ(Brahmagupta、598年 – 668年?)インドの数学者・天文学者によって、628年に、総合的な数理天文書『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(ब्राह्मस्फुटसिद्धान्त Brāhmasphuṭasiddhānta)によって与えられ、零の導入と共に四則演算が確立された。零の導入、負の数の導入は数学の基礎の中の基礎で、西欧世界が零の導入を嫌っていた状況を見れば、世界史の中でも顕著な事実であると考えられる。最近ゼロ除算は、拡張された割り算、分数の意味で、ゼロで割ればゼロであることが、その大きな影響とともに明らかにされたが、特に、ブラーマグプタはその中で 0 ÷ 0 = 0 と定義していた点は、永く間違いとして指摘されてきたが、最近の研究の成果で、実は正しかったということは 特記すべきことである。(一般には ゼロ除算については触れられておらず、永い間懸案の問題として、世界を賑わしてきた。)The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.23
焦点が焦点に対応するは、 式(それを仮定すれば)と光の可逆性を用いると証明されることを注意したい.焦点を除いて、像関係は1対1であることを注意すると、焦点は 焦点に映らざるを得ない。 有名な円に関する鏡像、中心が無限遠点に映るも間違いで、中心は中心に映るも同じように証明される。この結果は、新しい結果です。今日の発見です。262-608図は、レンズの像の有名な公式です。近似式になっているので、具体的な像との関係には曖昧さがありますが、式を基礎にするとゼロ除算の結果、新しい知見が得られますが、何か具体的な考えがあるでしょうか。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.23
再生核研究所声明316(2016.08.19) ゼロ除算における誤解(2016年8月16日夜,風呂で、ゼロ除算の理解の遅れについて 理由を纏める考えが独りでに湧いた。) 6歳の道脇愛羽さんたち親娘が3週間くらいで ゼロ除算は自明であるとの理解を示したのに、近い人や指導的な数学者たちが1年や2年を経過してもスッキリ理解できない状況は 世にも稀なる事件であると考えられる。ゼロ除算の理解を進めるために その原因について、掘り下げて纏めて置きたい。まず、結果を聞いて、とても信じられないと発想する人は極めて多い。割り算の意味を自然に拡張すると1/0=0/0=z/0 となる、関数y=1/xの原点における値がゼロであると結果を表現するのであるが、これらは信じられない、このような結果はダメだと始めから拒否する理由である。先ずは、ゼロでは割れない、割ったことがない、は全ての人の経験で、ゼロの記録Brahmagupta(598– 668?) 以来の定説である。しかも、ゼロ除算について天才、オイラーの1/0を無限大とする間違いや、不可能性についてはライプニッツ、ハルナックなどの言明があり、厳格な近代数学において確立した定説である。さらに、ゼロ除算についてはアインシュタインが最も深く受け止めていたと言える:(George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.)。一様に思われるのは、割り算は掛け算の逆であり、直ぐに不可能性が証明されてしまうことである。ところが、上記道脇親娘は 割り算と掛け算は別であり、割り算は、等分の考えから、掛け算ではなく、引き算の繰り返し、除算で定義されるという、考えで、このような発想から良き理解に達したと言える。ゼロで割ったためしがないので、ゼロ除算は興味も、関心もないと言明される人も多い。また、割り算の(分数の)拡張として得られた。この意味は結構難しく、何と、1/0=0/0=z/0 の正確な意味は分からないというのが 真実である。論文ではこの辺の記述は大事なので、注意して書いているが 真面目に論文を読む者は多いとは言えないないから、とんでもない誤解をして、矛盾だと言ってきている。1/0=0/0=z/0 らが、普通の分数のように掛け算に結びつけると矛盾は直ぐに得られてしまう。したがって、定義された経緯、意味を正確に理解するのが 大事である。数学では、定義をしっかりさせる事は基本である。― ゼロ除算について、情熱をかけて研究している者で、ゼロ除算の定義をしっかりさせないで混乱している者が多い。次に関数y=1/xの原点における値がゼロである は 実は定義であるが、それについて、面白い見解は世に多い。アリストテレス(Aristotelēs、前384年 - 前322年3月7日)の世界観の強い影響である。ゼロ除算の歴史を詳しく調べている研究者の意見では、ゼロ除算を初めて考えたのはアリストテレスで真空、ゼロの比を考え、それは考えられないとしているという。ゼロ除算の不可能性を述べ、アリストテレスは 真空、ゼロと無限の存在を嫌い、物理的な世界は連続であると考えたという。西欧では アリストテレスの影響は大きく、聖書にも反映し、ゼロ除算ばかりではなく、ゼロ自身も受け入れるのに1000年以上もかかったという、歴史解説書がある。ゼロ除算について、始めから国際的に議論しているが、ゼロ除算について異様な様子の背景にはこのようなところにあると考えられる。関数y=1/xの原点における値が無限に行くと考えるのは自然であるが、それがx=0で突然ゼロであるという、強力な不連続性が、感覚的に受け入れられない状況である。解析学における基本概念は 極限の概念であり、連続性の概念である。ゼロ除算は新規な現象であり、なかなか受け入れられない。ゼロ除算について初期から交流、意見を交わしてきた20年来の友人との交流から、極めて基本的な誤解がある事が、2年半を越えて判明した。勿論、繰り返して述べてきたことである。ゼロ除算の運用、応用についての注意である。具体例で注意したい。例えば簡単な関数 y=x/(x -1) において x=1 の値は 形式的にそれを代入して 1/0=0 と考えがちであるが、そのような考えは良くなく、y = 1 + 1/(x -1) からx=1 の値は1であると考える。関数にゼロ除算を適用するときは注意が必要で、ゼロ除算算法に従う必要があるということである。分子がゼロでなくて、分母がゼロである場合でも意味のある広い世界が現れてきた。現在、ゼロ除算算法は広い分野で意味のある算法を提起しているが、詳しい解説はここでは述べないことにしたい。注意だけを指摘して置きたい。ゼロ除算は アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における基礎的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の基礎的な部分の変更は かつて無かった事である。と述べ、大きな数学の改革を提案している:再生核研究所声明312(2016.07.14) ゼロ除算による 平成の数学改革を提案する以 上
2016.12.23
261-607:この例は、零の言わば哲学的な意味を与えるように思われる: ゼロとは真空を表す、 無を表すとして 欧米ではアリストテレス以来畏れを抱いて考えられ、忌み嫌われてきました。真空の比を考えたアリストテレスがゼロ除算を初めて考え、不可能であると述べたという。ところが、ゼロ除算が、拡張された分数の、割り算の意味で ゼロで割れば 解は何時でもゼロであるということが発見された。多くの物理の式で意味があるでしょうか。 図の比重の場合は 図のようにはならないでしょうか。存在すれば必ず、浮力が働いて軽くなります。体積がゼロ、重さもゼロでなければならない。多くの物理の式で、検討して欲しい。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.23
260-605ゼロ除算は 拡張分数、割り算ですが、 掛算の逆ではないので、 表記が大事です。 強力な不連続性が新しい現象で、 無限遠点、無限がゼロで、 接戦が法線に、法線が接線になるなど、 飛びがおきます。 これらは、 最も遠くに飛ぶという、現象と解される。 図を参照:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.21
今日の例は、分かりやすく、人気が高いようです.確かに歴然:ゼロで割るは 拡張された意味ですが、 世の多くの分数は、 この拡張された意味での分数と考えると 良いです。添付は 余りにも 簡単な例ですが、 当然で、当たり前、良い意味すらありますね。例外なく、何時でも成り立つ、式となります。 数学は、完全で、美しくできている。悪くしているのは、 私たちの思い込みに 拘る、悪しき心 ですね。この悪しき心が、世界を悪くしている。 間もなく、世が明けるでしょう。 世界の平和も訪れるでしょう。その時、我々は 野蛮な 暗い世界 に住んでいたと なるでしょう。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.21
259:ゼロで割るは 拡張された意味ですが、 世の多くの分数は、 この拡張された意味での分数と考えると 良いです。添付は 余りにも 簡単な例ですが、 当然で、当たり前、良い意味すらありますね。例外なく、何時でも成り立つ、式となります。 数学は、完全で、美しくできている。悪くしているのは、 私たちの思い込みに 拘る、悪しき心 ですね。この悪しき心が、世界を悪くしている。 間もなく、世が明けるでしょう。 世界の平和も訪れるでしょう。その時、我々は 野蛮な 暗い世界 に住んでいたと なるでしょう。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.21
これは、真実では? また、国々が専守防衛に徹し、軍を出さなければ、相当、良くなるのでは? 再生核研究所声明 111(2013.2.20) 日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな再生核研究所は 日本国の在るべき、基本的な在り様について 次のように提案してきた:再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案再生核研究所声明8: 日本国の防衛の在り方について再生核研究所声明11: 国の構成について再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて再生核研究所声明39:普天間基地問題の総括 ― 戦略なき対応と文化力再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について再生核研究所声明 49:アジアの愚か者、アジアの野蛮性再生核研究所声明 109(2013.2.8)中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相これらを要約すれば、世界に誇るべき、日本国憲法の精神によって、国の在りようを進めていこうということにある。これは、世界の平和は、まずは、国連、すなわち、国連常任理事国、第二次世界大戦戦勝国に任せ、日本は謹慎し、内実を図り、平和憲法の精神で進めれば良い。出過ぎて良いことは何もないと言うことである。いまだ、世界も見えず、庇護を受け、自立心もない、己が 分を弁えよ。― EUや世界は進化しているのに、日本は東西冷戦時代や戦前のような 集団防衛構想など、全般的に古い時代を志向しているように見える。アメリカの傘の中での、国防安全を志向したり、いまさらの軍備増強の風潮である。日本は 高い文化力、経済力で、和の精神を基本に 平和憲法の精神で、世界に展開できると考える。世界は大きく開かれているのだから、優秀な人材を育成し、世界と世界史に誇れる日本国憲法の精神に回帰し、世界に貢献できる国家を志向しようではないか(再生核研究所声明109)。しかるに、NHKを始め、マスコミ、日本の偏狭な政治勢力が 世界的にもおかしいほど、軍事的緊張を喧伝したり、軍備増強を煽ったり、さらに、憲法改悪まで公言してきたのは 狂気的な世相であると嘆かざるを得ない。ただ幸いなのは 戦前とは異なり、日本の軍関係者が 極めて冷静、真摯な態度をとっているように見えることである。マスコミ関係者や、一部の政治家には、何とか、軍事緊張を煽って、日本から戦争を始めたいような 相当 組織的な力が 広範に働いているように感じられる。それは、中国の政権交代期を狙って、永年安定していた、尖閣諸島領有権問題を 自ら引き起こし、挑溌していること、それらを中国の侵略などと言い換える悪質、卑劣な形相に現れている。今や、平和憲法が 日本の侵略を押さえていると解釈できよう:日本国憲法第9条:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。日本国憲法前文(一部):日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。今や、憲法が 日本の兵士と日本国を守っている実状が 良く見えるだろう。平和を憎むように、世界に誇る憲法を何とか改悪して、戦争が できるようにしたいと考えているように見える。戦前なら別であるが、真面目に 慎ましく 世界に経済、文化で貢献しているような国を武力で侵略できるような世界の状況かと考えれば 中国などの脅威などは全くの幻想であることに気付くだろう。実際、中国は 世界中に人を出しており、2000年の歴史上、日本は中国をしばしば侵略してきたが、中国は1度も日本を真面に侵略したこともなく、広大な自分の国を纏めるのに精いっぱいではないだろうか。万里の長城は 何のためにあるのかと考えたい。実際、中国は 小さな北朝鮮さえ 手なづけられないように見える。憲法の改悪は、国の在りようの基本を変えるものである。今こそ、世界に誇れる日本国憲法を 世界の人々と共に守り抜き、世界史の進化を志向しようではないかと訴える。以 上追記美しい国、日本(再生核研究所声明23 付記: 夜明け前 よっちゃんの想い(文芸社):日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です
2016.12.20
再生核研究所声明338(2016.12.20)ロシアとの付き合いについてプーチン大統領の訪日とその成果について、日本国内では戸惑いと評価が分かれているように見える。背景には 安倍首相の古里まで招いて、歓迎、領土問題も少しは進展するのではないかとの期待を膨らましていた世論に対して、何ら明確な進展が見られず、日本の一方的な経済協力が目立つ結果になったと見られているからである。既にこの観点で、日本のマスコミ、言論界の情報分析力と世界情勢の判断能力の甘さを日本国の大きな弱点であると注意を喚起したい。世界情勢の分析、外交姿勢の適切な分析は国家において極めて重要であるからである。マスコミ、言論界の無能力さは 国家を間違った方向に導くからである。この意味で、日本のマスコミは平和志向より、緊張増大、日本の右傾化を宣伝していると考えられ、おかしな世相を作っていると考えられる。この意味では、日本政府もマスコミも無能力さを露呈させていると自戒すべきである。さて領土問題を抱えてのロシアとの関係を如何に考えるべきであろうか。その前に、信じられない事実を取り上げて、ロシア側の自省を促したい。何と、ロシアの大統領が大幅な遅刻をしたという事実である。大統領の役割の大きさを考えれば、大きな遅刻は熱烈に歓迎したいと待機していた多くの人びと、不祥事を決して起こさせてはならないとする警備関係者などに如何に永く苦痛を与えたかを想像すると心が痛む。これでは歓迎の気持ちは歪んでしまうのではないだろうか。ロシア側は相手に迷惑をかけてはならず、そのような基本的なことができない国とはどのような国かと世界中の国々は疑念を抱くことになるだろう。相手の立場を考えるは世の関係の基本であり、公正の原則の基本であり、約束を守るは国家間でも、個人関係でも基本である。この辺がぐらつけば、真面には付き合いないは 道理である。信頼関係などとは言ってはいられない基礎である。大統領の遅刻はよくあることと報じられているが 遅刻は約束違反であり、ロシアの恥であり、プーチン大統領の恥であるから、改めた方が良いと 念を押して置きたい。歴史的な経過から、日本が北方領土の返還を求めるのは当然で、その希望はもちろん良く理解できる。実際、どうして北方領土を占領し続けられるのか、多くの日本人には理解できず、ただ日本国の隙を捉えて、奪い取られたと理解しているだろう。世界的な理解もそうなっていて、ロシアという国は、そのような国だとの評価が定着していて、その感情は至るところにロシア不信を起こし、警戒感を招いていると考えられる。なかなか表には出にくい状況はあると考えられるが、多くのロシアの人も同じ様な気持ちを抱いている現実があると考えられる。さて、日本側の対応であるが、ロシア政府の立場も考えて、領土、領土と発想しないで、領土問題抜きでも経済交流や人的交流を積極的に進めるべきである。上記のような状況を評価して、警戒し、甘い判断をせず、何時でも反故にする国として、実益をしっかり捉えて交流を進めるべきである。ウクライナ問題を抱えて、欧米ではロシアに対する厳しい態度をとっている。日本国は 基本的には欧米の側について、欧米第一に考えるべきであり、欧米の許容範囲内での付き合いに限定すべきである。対中国についてもそうであるが、日本はできれば欧米と中国の橋渡し、あるいは欧米と中国の緩衝地帯の役割をアジアの一員として果たしたいと考えるべきである。しかしながら、いざとなれば、日本はアメリカに付かざるを得ないのは 戦後のアメリカの偉大なる貢献と実績を見れば、歴然である。日米友好関係は日本外交の要である。以 上2016.12.18.15:332016.12.18.20:372016.12.19.06:13 相当良い。2016.12.19.09:582016.12.19.20:152016.12.20.06:02 良い、完成、公表。
2016.12.20
再生核研究所声明316(2016.08.19) ゼロ除算における誤解(2016年8月16日夜,風呂で、ゼロ除算の理解の遅れについて 理由を纏める考えが独りでに湧いた。) 6歳の道脇愛羽さんたち親娘が3週間くらいで ゼロ除算は自明であるとの理解を示したのに、近い人や指導的な数学者たちが1年や2年を経過してもスッキリ理解できない状況は 世にも稀なる事件であると考えられる。ゼロ除算の理解を進めるために その原因について、掘り下げて纏めて置きたい。まず、結果を聞いて、とても信じられないと発想する人は極めて多い。割り算の意味を自然に拡張すると1/0=0/0=z/0 となる、関数y=1/xの原点における値がゼロであると結果を表現するのであるが、これらは信じられない、このような結果はダメだと始めから拒否する理由である。先ずは、ゼロでは割れない、割ったことがない、は全ての人の経験で、ゼロの記録Brahmagupta(598– 668?) 以来の定説である。しかも、ゼロ除算について天才、オイラーの1/0を無限大とする間違いや、不可能性についてはライプニッツ、ハルナックなどの言明があり、厳格な近代数学において確立した定説である。さらに、ゼロ除算についてはアインシュタインが最も深く受け止めていたと言える:(George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.)。一様に思われるのは、割り算は掛け算の逆であり、直ぐに不可能性が証明されてしまうことである。ところが、上記道脇親娘は 割り算と掛け算は別であり、割り算は、等分の考えから、掛け算ではなく、引き算の繰り返し、除算で定義されるという、考えで、このような発想から良き理解に達したと言える。ゼロで割ったためしがないので、ゼロ除算は興味も、関心もないと言明される人も多い。また、割り算の(分数の)拡張として得られた。この意味は結構難しく、何と、1/0=0/0=z/0 の正確な意味は分からないというのが 真実である。論文ではこの辺の記述は大事なので、注意して書いているが 真面目に論文を読む者は多いとは言えないないから、とんでもない誤解をして、矛盾だと言ってきている。1/0=0/0=z/0 らが、普通の分数のように掛け算に結びつけると矛盾は直ぐに得られてしまう。したがって、定義された経緯、意味を正確に理解するのが 大事である。数学では、定義をしっかりさせる事は基本である。― ゼロ除算について、情熱をかけて研究している者で、ゼロ除算の定義をしっかりさせないで混乱している者が多い。次に関数y=1/xの原点における値がゼロである は 実は定義であるが、それについて、面白い見解は世に多い。アリストテレス(Aristotelēs、前384年 - 前322年3月7日)の世界観の強い影響である。ゼロ除算の歴史を詳しく調べている研究者の意見では、ゼロ除算を初めて考えたのはアリストテレスで真空、ゼロの比を考え、それは考えられないとしているという。ゼロ除算の不可能性を述べ、アリストテレスは 真空、ゼロと無限の存在を嫌い、物理的な世界は連続であると考えたという。西欧では アリストテレスの影響は大きく、聖書にも反映し、ゼロ除算ばかりではなく、ゼロ自身も受け入れるのに1000年以上もかかったという、歴史解説書がある。ゼロ除算について、始めから国際的に議論しているが、ゼロ除算について異様な様子の背景にはこのようなところにあると考えられる。関数y=1/xの原点における値が無限に行くと考えるのは自然であるが、それがx=0で突然ゼロであるという、強力な不連続性が、感覚的に受け入れられない状況である。解析学における基本概念は 極限の概念であり、連続性の概念である。ゼロ除算は新規な現象であり、なかなか受け入れられない。ゼロ除算について初期から交流、意見を交わしてきた20年来の友人との交流から、極めて基本的な誤解がある事が、2年半を越えて判明した。勿論、繰り返して述べてきたことである。ゼロ除算の運用、応用についての注意である。具体例で注意したい。例えば簡単な関数 y=x/(x -1) において x=1 の値は 形式的にそれを代入して 1/0=0 と考えがちであるが、そのような考えは良くなく、y = 1 + 1/(x -1) からx=1 の値は1であると考える。関数にゼロ除算を適用するときは注意が必要で、ゼロ除算算法に従う必要があるということである。分子がゼロでなくて、分母がゼロである場合でも意味のある広い世界が現れてきた。現在、ゼロ除算算法は広い分野で意味のある算法を提起しているが、詳しい解説はここでは述べないことにしたい。注意だけを指摘して置きたい。ゼロ除算は アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における基礎的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の基礎的な部分の変更は かつて無かった事である。と述べ、大きな数学の改革を提案している:再生核研究所声明312(2016.07.14) ゼロ除算による 平成の数学改革を提案する以 上
2016.12.19
再生核研究所声明337(2016.12.19) 人間、人生について物心付いて以来 人生の意味について知りたいと考えてきた。そのために声明でも相当にとりあげてきた:再生核研究所声明304(2016.06.16) いじらしい人間再生核研究所声明291(2016.03.07) 心の微妙さ再生核研究所声明289(2016.02.26) 終末の心得再生核研究所声明288(2016.02.19) 戦友達 ― 共生、共感、共鳴再生核研究所声明 273(2016.01.06): つくられた人間 ― 人間とは何だろうか; 人生とは何か再生核研究所声明 266(2015.12.25): 地球上に繁茂する 愚かな人類再生核研究所声明 265(2015.12.24): 全ての願いが叶えられたとき ー 自由な境地 ― その時人間は再生核研究所声明244(2015.9.4)不完全な人類、恥ずかしい世界史 ― 心得など。最近、ライフワークの研究著書が出版され、いろいろ人生で目指してきたこと、期待されてきたことが実現して、心に変化が起こり、人生全体に対する感じに新しい感覚が湧いてきたので、触れて置きたい。人間の心は変わっていくものである。雑草に覆われた野の一部を見る。コスモスの花たちを見る。人生も 人間も同じ様な存在ではないだろうか。コスモスは年年同じ様な生態を繰り返している。生きることを繰り返し、仲間と共感、共鳴をしたり、争ったりして共生している。人間の家族でも本質は殆ど同じ様なものであると言える。家族が元気で、社会の中で上手く生きていければ 慎ましい幸せを得ることが出来るが、人間社会は相当に厳しい状況が見える。人間が賢いとぼんやり考えてきたが、実際に気づいてみると、人間の知能も、心の程も 大したことはなく、本質的に視野も、考えも、世界も狭く、予断と偏見に満ち、動物や生物と本質的に変わらない様を見ることができる。若い頃、生命力に満ち、憧れや感動,予感から志を立て、人生を生ききっても、結局は始めも、終わりも分からず、歩んでいた時さえも本能で夢中で生きていたということになるだろう。始めも、終わりも、その先も分からず、生きていた時さえも本能のままに生きていたとなれば、人間も動物も、その他の生物もみんな本質的に同じ様な存在であると言える。つくられた人間と発想したが、それはまことで、作られたように、定められたように生きていると言える。それで、いじらしい人間となる。そこで、生命の、人生の基本とは何だろうか。自分の周りの小さな環境に順応して、共感、共鳴して、共生して存在している存在であると言える。順応してとは自己の本能と環境との調和のための戦いが本質的に存在している。実際、生命も、人生も生存のための戦いの要素が本質的で、エントロピー増大の原理にさからう存在として、生命や人生が存在していると言える。生命が環境の中で必死に生きようとしている姿は普遍的であり、本質的であると言える。多くの人にとっては ただ生きることが 人生の殆どであると言える。しかしながら、いわゆる志をもって、日々その志の精神で生き、言わば日々精進している姿も多く見られる。何かに愛を感じ、求めていく姿である。芸術でも、スポーツでも、政治でも、研究でも、その他いろいろな趣味なども、そうであるが 積極的に求めていくものがあれば、それだけ豊かな人生であると言えるのではないだろうか。感動のある人生である。しかしながら、繰り返される生命の営みは、いろいろな感動さえ、やがてポテンシャルが、生命のエネルギーが減少して 大いなる自然との調和を独りでに、自然に受け入れられるようになるだろう。― 山間部の散歩中、上品な90歳を超えたおばさんとよく話してきたが、いろいろ全体的に話していたら、おばさんと周りに咲く花たちも 全く同じ様な存在に映った。この最後の文章がこの声明の書きたかったことであるが、それではもの淋しく終わるだろう。そこで、人間として生きる意義を人生の原点に戻って述べて置きたい。― 人生とは真智への愛であり、真智とは神の意思のことであり、大自然の、万物の、ユニバースのことを知りたい、感知したいということである。以 上2016.12.16.19:552016.12.17.06:50 晴天2016.12.17.10:472016.12.17.19:302016.12.18.06:302016.12.18.20:522016.12.19.06:00 良い完成できる。2016.12.19.06:20完成、公表。
2016.12.19
ゼロ除算は 図のように 素人でも 探せるのでは? 再生核研究所声明253(2015.10.28) 私も探そう ―ゼロ除算z/0=0 の現象(再生核研究所は ゼロ除算の研究を推進している。特に研究は初期段階にあるので ゼロ除算の実在感の観点からの考察を進めている。 最近、素晴らしい事実の発見が寄せられてきたので、 広く世にそのような現象の発見を呼びかけたい。)ゼロ除算1/0=0については 次で、解説したり、再生核研究所声明でも いろいろ取り上げている: 数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku最近、いろいろな具体例が しかも素人にも分かるような例が発見されてきたので、 広く 世にそのような面白い新しい現象の発見を呼びかけたい。まず結果は、分数を拡張して、自然に100割るゼロを考えると、何でもゼロで割れば、ゼロで、面白いのは、どの様に考えを一般化しても、それに限ると言うことが証明されたことである。導入、動機、一意性、すなわち、それ以外の考えが無いこと、それらが、高校レベルの数学で、簡単に証明されたと言う事実である。出版された論文は、高校生にも十分理解できる内容である。具体的な結果は、関数 y = 1/x のグラフは、原点で ゼロであると述べている。すなわち、 1/0=0 である。それらは 既に 数の実体である と言える。― 要点は、上記双曲線は、原点で猛烈な不連続性を有し、爆発や衝突、コマで言えば、 中心の特異性などの現象を記述していることである。複素解析学では、1/0として、無限遠点が存在して、美しい世界であるが、無限遠点は 数値としては ゼロが対応する。現在までに発見されたゼロ除算の実現例を簡単に列挙して置こう:万有引力の法則で、2つの質点が一致すれば、引力はゼロである;一定の角速度で回転している回転体の中心で、角速度はゼロで、中心で不連続性を有している;光の輝度は 光源でゼロであること:円の中心の鏡像は 無限遠点ではなくて、中心そのものであるという強力な不連続性;電柱の微小な左右の揺れから、真っ直ぐに立った電柱の勾配はゼロであり、左右からマイナス無限とプラス無限の傾きの一致として、傾きゼロが存在している; 代数的には ゼロ除算z/0=0を含む簡単な体の構造が明らかにされ、数体系として自然な体系である複素数体より ゼロ除算z/0=0を含むY体 の方が自然であると考えられること; 点の曲率がゼロであること、などである。これらの現象は ゼロ除算が 普遍的に存在する現象を説明するもの と考えられる。そこで、広く いろいろな世界に現れる ゼロ除算の現象の発見 を提案し、ゼロ除算の意味を深く理解したい:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―良い具体例は 再生核研究所声明で取り上げ、永年の記録にしたい。例:再生核研究所声明194(2015.1.2)大きなイプシロン(無限小)、創造性の不思議(道脇裕・愛羽 父・娘 氏たち)再生核研究所声明195(2015.1.3)ゼロ除算に於ける高橋の一意性定理について再生核研究所声明196(2015.1.4)ゼロ除算に於ける山根の解釈100= 0x0についてAnnouncement 237(2015.6.18): A reality of the division by zero $z/0=0$ by geometrical opticsAnnouncement 246: An interpretation of the division by zero $1/0=0$ by the gradients of linesAnnouncement 250(2015.10.20): What are numbers? - the Yamada field containing the division by zero $z/0=0$再生核研究所声明251(2015.10.27) 円と曲率 ―ゼロ除算z/0=0から導かれる道脇裕氏の解釈もちろん、内容は論文その他で、積極的に取り上げ、状況によっては共著としての参加や論文出版を勧めたい。ご提案は 下記宛 メールで お送りください:kbdmm360@yahoo.co.jp学術的な観点については、次を参照:再生核研究所声明189(2014.12.23) ゼロ除算の研究の勧め 以 上
2016.12.18
256-600反発係数から、ゼロ除算0/0=0は 明らかですが、下記の図は、壁にぶつけて元の位置に戻る速度を求めた式です。反発係数がゼロとか角度によっては壁にぶつかってももどらず, 或いは壁に当たりません。そのようなとき、式はどのような意味を持つでしょうか。 無駄だから、神はサボって、やらないのですね。神は 流石に賢い:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.18
255-599多次元のゼロ除算は、図のように難しい。 多変数関係者の研究に期待したい:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.17
快晴の中、美しい山間部を散歩してきたのですが、奥村先生の図の結果、堪らなく楽しい。幾何学の中でも 最も美しい結果になるのでは? ゼロ除算の結果、幾何学が 躍動観を持ってきた:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.17
再生核研究所声明336(2016.12.17)オスプレイ事故についての反響について(この声明は書きづらい課題であるが、声明に関心を持つ方のご要望であるので触れてみたい)。書きづらい課題について触れる訳であるから、はじめに再生核研究所声明の趣旨について参照して頂きたい(再生核研究所声明83(2012.4.11): 再生核研究所声明とは 何か)。さらに、社会の問題の基本は 公正の原則を基礎に考えるべきである と述べてきた(再生核研究所声明1(2007.1.27): 良い社会を作るには)。この事故に対する、国内世論、いろいろな意見に対する意見表明に対する見解を述べたい。まず、本来在るべき筋は、日本国憲法による日本の交戦権の放棄に対する補完措置として、アメリカ軍が日本に駐留し、日本の安全を保証するが、アメリカ軍の立場であるから、事故にあえば、日本は協力的な姿勢を取り、いやしくも駐留する兵士たちが不愉快になるような姿勢や言動は厳に慎むべきである。自衛隊の事故以上に丁寧に 敬意を以て対処すべきである。事故を以てアメリカ軍の基地の反対やオスプレイ配備に反対するのは 筋違いの議論であり、基地が存在すれば、いろいろな事故があるのは当然であり、基地の存ようを定めるのは 日・米政府の権限であり、現地の軍人や警察関係者ではないのだから、それらに対する抗議活動も筋違いであると考えるべきである。諸々の抗議は 自国の政府や国会議員たちに働き掛けるべきである。軍人や警察官は命令によって公務上の任務を遂行していることを肝に銘じるべきである。一般に人の不幸や失敗に対して嘲るような言動は卑しい行為である。人にはいろいろな考えや立場があるのだから、批判にはそれなりの丁寧さが求められる。本来の筋の議論を忘れて、事故の機会を捉えて、いろいろな嫌味を言っているような言動は 誠に恥ずかしいものと考える。しかしながら、沖縄県民の、国民の永い、外国軍の軍事基地の存在、或いはそのために、美しい海の汚染や、環境の悪化に対する強い反対の存念は良く理解できる。実際、何時まで軍事的な対立で 地球を汚染し、膨大な経費を軍事費にかけているのかと、人類の愚かさには嘆かざるを得ない。また、日本国の存りようとしても 外国軍の駐留を何時まで続けているのかと大いに疑問を呈してきている(再生核研究所声明243(2015.8.31)日本国の在るべき姿について –現在の世相についての心情;再生核研究所声明 270(2016.1.1): アジアの進化を願って)。 しかしながら、これらの大きな政治課題は 国の最高機関である国会を通して、国政の問題として進めるべきである。 それが民主主義の在り様の原則である。基地反対の多くの運動は 相当に筋違いの運動であると言えるのではないだろうか。基地存在の是非は 多くは国際平和の機運の状況に掛かっており、国際環境の進展と改善に大きな努力が向けられるべきではないだろうか。離れた世界から見ると、日本の右傾化の世論、マスコミや言論界の存りように 批判が向けられるべきではないだろうか。実際、日本が自らアジアの緊張を作り出している現実があると考えられる ― 恥ずかしい、NHK 始め 日本のマスコミ:再生核研究所声明324(2016.10:01) 日本国民の初歩的な誤解―真相を知らされていない:石原元都知事が「中国挑発」 尖閣でクリントン氏発言 /沖縄内部告発サイト「ウィキリークス」が米大統領選候補のクリントン氏が米金融大手で行った非公式の講演会の内容を公開した件で、クリントン氏が尖閣問題について、従来棚上げ状態だったものが「中央政府に行動を強いた日本の国粋主義者によって悪化した」と発言していたことが分かった。石原慎太郎元東京都知事による尖閣諸島購入の動きが中国を挑発したとした。クリントン氏は当時、外交政策を取り仕切る国務長官で、同氏が大統領に就任した場合、尖閣問題については、日本側が緊張を高めたとの認識に基づく対応を取ることが考えられる。 ウィキリークスが公開したのは2013年6月4日に米金融大手ゴールドマン・サックスで行われた講演の記録。 クリントン氏は尖閣を巡る従来の日中の対応は「お互いに何もせず、あまり関心を払わず、そのままにしておこう」という方針だったと説明。しかし「(石原元)東京都知事が個人所有だった尖閣諸島を買おうとし、中国を直接的に挑発した」とした。「その後、日本政府が『東京都知事に買わせてはまずい。中央政府として購入すべきではないか』ということになり、政府が国有化を決断した」と話した。(琉球新報)http://mainichi.jp/articles/20161019/rky/00m/030/008000c尖閣、領有宣言などして良いことはありましたか。近づくこともできず、警戒と緊張、軍拡、アジアに緊張を もたらしている。ぼんやりしていると、戦乱、アジア壊滅に。島は、都のものになったのでしょうか? 購入するなど 馬鹿げたことを考えていた人がいたのでは? 情けない。アジアに内乱が起きたらどうなるかと 真面目に考える必要が。良心的な政治家、カーター大統領は 尖閣は、日本が悪いと言っていましたね。 NHK はじめ、日本のマスコミは、真相を報道せず、一方的に日本の立場しか伝えていない。 なぜ尖閣問題は 起きたか、考えるべきでは?単細胞的に、理論的に考えれば、尖閣問題は 平和憲法の精神に反する日本の一種の挑発行為であると考えられる。日本の賢明な対応は 挑発者の断罪と謝罪では?早いほうが良い。 しかし、中国がサッチャー首相のように軍を出せば、アメリカは出軍せざるをえず、消耗戦になり、中国と日本は 壊滅になるのでは?平和の機運を高めることこそ、 基地問題の根本的な解決と世界史の進化の方向であると考える。ところが日本の方向は逆方向で、苦しい財政にも関わらず、軍事費を増大させている有様である。それでは、基地の拡充の方向になってしまう。以 上2016.12.15.20:292016.12.16.06:27 後半、書き足す。快晴。2,3日前から、急に寒く。2016.12.16.10:172016.12.16.13:432016.12.17.06:172016.12.17.07:07 完成、公表
2016.12.17
254-598:ゼロ除算の発見とは、特異点に近づいて行ったときの値と特異点での値が違うことの発見であるが、皮肉なことには、1/zの場合、近づいて行く値が無限と考えられていたのが、実はゼロだったという驚異的な現象であった。図も、それらの例です。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.16
253-597:図の逆を考えて、2変数関数については、それが孤立特異点を除いて調和関数ならば、解析関数に結びつけて孤立特異点の確定値を定義できる。ここには一般論における相当な理論が存在する:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.16
再生核研究所声明335(2016.11.28) ゼロ除算における状況ゼロ除算における状況をニュース方式に纏めて置きたい。まず、大局は:アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における初歩的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の初歩的な部分の期待される変更は かつて無かった事である。ユークリッドの考えた空間と解析幾何学などで述べられる我々の空間は実は違っていた。いわゆる非ユークリッド幾何学とも違う空間が現れた。不思議な飛び、ワープ現象が起きている世界である。ゼロと無限の不思議な関係を述べている。これが我々の空間であると考えられる。1.ゼロ除算未定義、不可能性は 割り算の意味の自然な拡張で、ゼロで割ることは、ゼロ除算は可能で、任意の複素数zに対してz/0=0であること。もちろん、普通の分数の意味ではないことは 当然である。ところが、数学や物理学などの多くの公式における分数は、拡張された分数の意味を有していることが認められた。ゼロ除算を含む、四則演算が何時でも自由に出来る簡単な体の構造、山田体が確立されている。ゼロ除算の結果の一意性も 充分広い世界で確立されている。2.いわゆる複素解析学で複素平面の立体射影における無限遠点は1/0=0で、無限ではなくて複素数0で表されること。3. 円に関する中心の鏡像は古典的な結果、無限遠点ではなくて、実は中心それ自身であること。球についても同様である。4. 孤立特異点で 解析関数は有限確定値をとること。その値が大事な意味を有する。ゼロ除算算法。5. x,y 直交座標系で y軸の勾配は未定とされているが、実はゼロであること; \tan (\pi/2) =0. ― ゼロ除算算法の典型的な例。6. 直線や平面には、原点を加えて考えるべきこと。平行線は原点を共有する。原点は、直線や平面の中心であること。この議論では座標系を固定して考えることが大事である。7. 無限遠点に関係する図形や公式の変更。ユークリッド空間の構造の変更、修正。8. 接線や法線の考えに新しい知見。曲率についての定義のある変更。9. ゼロ除算算法の導入。分母がゼロになる場合にも、分子がゼロでなくても、ゼロになっても、そこで意味のある世界。いろいろ基本的な応用がある。10.従来微分係数が無限大に発散するとされてきたとき、それは 実はゼロになっていたこと。微分に関する多くの公式の変更。11.微分方程式の特異点についての新しい知見、特異点で微分方程式を満たしているという知見。極で値を有することと、微分係数が意味をもつことからそのような概念が生れる。12.図形の破壊現象の統一的な説明。例えば半径無限の円(半平面)の面積は、実はゼロだった。13.確定された数としての無限大、無限は排斥されるべきこと。14.ゼロ除算による空間、幾何学、世界の構造の統一的な説明。物理学などへの応用。15.解析関数が自然境界を超えた点で定まっている新しい現象が確認された。16.領域上で定義される領域関数を空間次元で微分するという考えが現れた。17.コーシー主値やアダマール有限部分に対する解釈がゼロ除算算法で発見された。18.log 0=0、 及び e^0 が2つの値1,0 を取ることなど。初等関数で、新しい値が発見された。資料:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf*156 Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and Applications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China. (Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177) Sep. 2016 305 pp. (Springer) 9783319419435 25,370.http://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える以 上2016.11.25.10:552016.11.25.15:262016.11.25.16:542016.11.25.06:18 晴天の朝。2016.11.26.10:302016.11.26.15:06 午後遅く、日差しが差す。2016.11.27.06:04 曇り。2016.11.27.11:33 午前中 大沢先生の本 を通読する、凄い。2016.11.27.16:13 小雨2016.11.27.19:252016.11.27.21:14 小雨。2016.11.28.06:02 快晴。2016.11.28.06:42 誤解に満ちたメールを受けとり、回答素案を作成;完成、公表。
2016.12.15
再生核研究所声明316(2016.08.19) ゼロ除算における誤解(2016年8月16日夜,風呂で、ゼロ除算の理解の遅れについて 理由を纏める考えが独りでに湧いた。) 6歳の道脇愛羽さんたち親娘が3週間くらいで ゼロ除算は自明であるとの理解を示したのに、近い人や指導的な数学者たちが1年や2年を経過してもスッキリ理解できない状況は 世にも稀なる事件であると考えられる。ゼロ除算の理解を進めるために その原因について、掘り下げて纏めて置きたい。まず、結果を聞いて、とても信じられないと発想する人は極めて多い。割り算の意味を自然に拡張すると1/0=0/0=z/0 となる、関数y=1/xの原点における値がゼロであると結果を表現するのであるが、これらは信じられない、このような結果はダメだと始めから拒否する理由である。先ずは、ゼロでは割れない、割ったことがない、は全ての人の経験で、ゼロの記録Brahmagupta(598– 668?) 以来の定説である。しかも、ゼロ除算について天才、オイラーの1/0を無限大とする間違いや、不可能性についてはライプニッツ、ハルナックなどの言明があり、厳格な近代数学において確立した定説である。さらに、ゼロ除算についてはアインシュタインが最も深く受け止めていたと言える:(George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.)。一様に思われるのは、割り算は掛け算の逆であり、直ぐに不可能性が証明されてしまうことである。ところが、上記道脇親娘は 割り算と掛け算は別であり、割り算は、等分の考えから、掛け算ではなく、引き算の繰り返し、除算で定義されるという、考えで、このような発想から良き理解に達したと言える。ゼロで割ったためしがないので、ゼロ除算は興味も、関心もないと言明される人も多い。また、割り算の(分数の)拡張として得られた。この意味は結構難しく、何と、1/0=0/0=z/0 の正確な意味は分からないというのが 真実である。論文ではこの辺の記述は大事なので、注意して書いているが 真面目に論文を読む者は多いとは言えないないから、とんでもない誤解をして、矛盾だと言ってきている。1/0=0/0=z/0 らが、普通の分数のように掛け算に結びつけると矛盾は直ぐに得られてしまう。したがって、定義された経緯、意味を正確に理解するのが 大事である。数学では、定義をしっかりさせる事は基本である。― ゼロ除算について、情熱をかけて研究している者で、ゼロ除算の定義をしっかりさせないで混乱している者が多い。次に関数y=1/xの原点における値がゼロである は 実は定義であるが、それについて、面白い見解は世に多い。アリストテレス(Aristotelēs、前384年 - 前322年3月7日)の世界観の強い影響である。ゼロ除算の歴史を詳しく調べている研究者の意見では、ゼロ除算を初めて考えたのはアリストテレスで真空、ゼロの比を考え、それは考えられないとしているという。ゼロ除算の不可能性を述べ、アリストテレスは 真空、ゼロと無限の存在を嫌い、物理的な世界は連続であると考えたという。西欧では アリストテレスの影響は大きく、聖書にも反映し、ゼロ除算ばかりではなく、ゼロ自身も受け入れるのに1000年以上もかかったという、歴史解説書がある。ゼロ除算について、始めから国際的に議論しているが、ゼロ除算について異様な様子の背景にはこのようなところにあると考えられる。関数y=1/xの原点における値が無限に行くと考えるのは自然であるが、それがx=0で突然ゼロであるという、強力な不連続性が、感覚的に受け入れられない状況である。解析学における基本概念は 極限の概念であり、連続性の概念である。ゼロ除算は新規な現象であり、なかなか受け入れられない。ゼロ除算について初期から交流、意見を交わしてきた20年来の友人との交流から、極めて基本的な誤解がある事が、2年半を越えて判明した。勿論、繰り返して述べてきたことである。ゼロ除算の運用、応用についての注意である。具体例で注意したい。例えば簡単な関数 y=x/(x -1) において x=1 の値は 形式的にそれを代入して 1/0=0 と考えがちであるが、そのような考えは良くなく、y = 1 + 1/(x -1) からx=1 の値は1であると考える。関数にゼロ除算を適用するときは注意が必要で、ゼロ除算算法に従う必要があるということである。分子がゼロでなくて、分母がゼロである場合でも意味のある広い世界が現れてきた。現在、ゼロ除算算法は広い分野で意味のある算法を提起しているが、詳しい解説はここでは述べないことにしたい。注意だけを指摘して置きたい。ゼロ除算は アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における基礎的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の基礎的な部分の変更は かつて無かった事である。と述べ、大きな数学の改革を提案している:再生核研究所声明312(2016.07.14) ゼロ除算による 平成の数学改革を提案する以 上2016.8.17.16:442016.8.17.19:002016.8.18.06:302016.8.18.13:352016.8.18.15:002016.8.18.19:272016.8.19.06:15 今朝、ゼロ除算に関する凄いメールが3通来ていて、直ぐに返事を出した。これは完成、公表。
2016.12.15
251-595:ゼロ除算算法の応用、k=-3 のとき、意味のある関数が出てくる。 多くの人は、数学者を含めて理解できないのでは?:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research252-596:形式上 0/0 でも 値は周辺の状況によって違います。ゼロ除算算法で 値は決まる:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.14
容再生核研究所声明332(2016.11.17) 再生核の著書: Theory of Reproducing Kernels and Applications, Developments in Mathematics 44 © Springer 2016 について ー 内本書は澤野嘉宏氏の凄い才能と、献身的な努力で8年以上の歳月を掛けて、出版されたので、まず澤野氏に深く感謝したい。さらに、研究と著書に 本質的に貢献された 山田正人、松浦勉、山田陽、藤原宏志 氏に、また本書謝辞欄に挙げられた多くの研究者に、英文や原稿形式について深く検討され、素晴らしい装填で本書を出版されたSpringerの方々に深く感謝したい。幾つかの観点に分けて本書について、触れていきたい。今回は内容について述べたい。本書は再生核の一般論とその応用を広く纏めたもので、本文452ページで大著と言える。大勢であるが、理工系学部程度の知識を前提にすれば、本書の内容を殆ど記述できるのは、既に本書の特徴であると言える。実際、現在殆どの数学の研究学術書が高度化、専門家、細分化して言わば、専門外の人たちには興味、関心を持たれず、また理解できないものが殆どである実情からみれば、本書はそのような観点で特徴的な内容であると言える。実際、本書は学部での、ベクトル解析、微分方程式、複素解析、関数解析、フーリエ解析、ラプラス変換などに続く、多くは新規な研究成果の内容である。再生核の理論の内容よりも、本書を学習するとどのような効果があるのか、何ができるのかという、観点で内容を述べたい。本書の背景に存在する精神はピタゴラスの定理の一般論、展開である。線形変換で、逆変換を確立する方法が広く議論される、微分・積分方程式を含むいろいろな方程式の近似的な解法が議論される。ここで、特に計算機で具体的に解を構成する方法が理論と共に具体的な公式の形で与えられる。ラプラス変換の実逆変換公式が確立されている。藤原宏志氏は藤原氏の無限精度の概念による計算機システムで既に8年以上も前に6000元の一般(密行列)の線形方程式を有効桁数600桁の精度で解かれて、難問とされてきた実ラプラス変換の実際的な解法に成功・可能にされた。その数学的な理論と様々な方程式の計算機による解法が与えられている ― それは、有効な新しい型の離散化法、究極離散化法として、発展、提案されている。その結果、究極と考えられるサンプリングの定理 ― 連続量を可附番無限な量で表現する原理 ― も与えられている。再生核の理論から美しいいろいろ基本的な不等式が導かれるが、具体的な例が与えられ、再生核の一般理論における深い理論の象徴として、山田陽氏の不等式における等号問題を論じている。関数の近似や極値問題 は本書の基本的な課題である。非線形変換を線形変換で捉える原理が再生核の理論で考えられている。非線形システムと線形システムの入力と出力の関係から、システムを定める同定問題が議論されている。一般分数関数の概念・表現は 最近のゼロ除算の概念 に発展させたコンボルーシオン方程式の解法を与える新規な概念で新しい研究課題である。― 特別な帰結として、ゼロで割ること、ゼロ除算はその自然な意味で可能であり、結果自体z/0=0は自明である。― 有限個のデータから、方程式の近似解を構成する方法が、計算機による解法の視点から、多くの具体的な偏微分方程式や特異積分方程式の解について与えられている。再生核に関する最近の話題も広く言及されている; すなわち、いろいろなノルム不等式、関数族の包含関係の特定問題、関数の滑らかさを計算機で判定する方法、偏微分方程式における初期値問題をそれに関係する方程式の固有関数族を用いて具体的に構成する方法、一般的な線形写像の逆写像の表現方法、超関数デルタ関数及びグリーン関数と再生核の関係など。拡張された意味にける再生核は超関数デルタの一般化と考えられ、その結果、関数族からなる可分なヒルベルト空間は一般化再生核空間と見なせることが導かれている。さらに、付録で、任意写像の逆写像を考える非常に一般的で抽象的な理論の発展から導かれた、陰関数の存在定理が保証する陰関数の具体的な陽な表現定理が述べられている。この基本的な結果は特記されるべきであると考えられる。本書は再生核の理論の総合的な著書になるように、歴史や文献が出来るだけ詳しく述べられている。再生核の理論はサポートベクトルマシン、統計的学習理論、データ解析、グラフの理論、ランダムフィールド評価問題、確率過程論、逆問題、素粒子論、量子力学などと深い関係があり、それらの様子にも触れられている。基本的で具体的な応用の豊かさから、再生核の理論は数学関係者を越えて、微積分学や線形代数学と同様に多くの数理科学の関係者に有益な数学であると考えられる。以 上2016.11.12.21:382016.11.13.06:282016.11.13.10:15 晴天、散歩の後。2016.11.13.13:00 暖かな良い日和。2016.11.13.16:062016.11.13.20:512016.11.14.06:04 ほぼ良い。2016.11.14.10:10 曇り。2016.11.14.14:08 曇り。2016.11.15.06:17 昨夜道脇氏のNHKテレビをみる.2016.11.15.10:05 雨上がりの美しい、紅葉を見てくる。2016.11.15.14:40 昼職後、柚の収穫を行う。2016.11.15.19:50 スパームーンの下、山間部を散歩してくる。2016.11.16.06:12 スパームーンの美しい月、快晴、暖かな朝。2016.11.16.09:50 紅葉の進んだ山間部の散歩の後。2016.11.16.13:45 紅葉の中、山奥まで散歩して来る。快晴。2016.11.16.20:00 良い。2016.11.17.05:57 スパームーンの美しい、輝く月、快晴、暖かな朝。2016.11.17.06:37 完成、公表。2016.11.18.06:37 快晴、良い、カストロ教授から、献本謝辞のメール。2016.11.19.05:59 小雨降り出す。2016.11.21.06:52 曇り。2016.12.02.21:47 組み内に不幸が出来る。組長。
2016.12.14
超古典の数学に、新しい計算法、ゼロ除算算法が 有ったとは驚きではないでしょうか。数学者を含む、普通の人は 図の算法、信じられないのでは? a=0 の時、自動的に意味のある式が導かれる。分母がゼロで、分子がゼロでない場合もです。\tan(\pi/2) =0 が 典型的な例ですが、非常に沢山ある。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.14
図は 人生を語っているとも解釈できる。人生は生まれて、どんどんん拡大していき、 大事なことは、突然、元に戻るということである。 突然に回帰するということである。これが、ゼロ除算の拓いた世界であるが、大事なことは、強力な不連続性の現象である:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.13
図で、大きさが変わらない円が、右側に行けば、挟む角はどんどん小さくなります。ゼロ除算は、何と、その挟む角がゼロになったとき、その円がどこにあるかを述べている。堪らなく楽しい現象、無限遠点、無限の彼方で 凄いことが起きている:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.13
再生核研究所声明325(2016.10.14) ゼロ除算の状況について ー 研究・教育活動への参加を求めてアリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における初歩的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の初歩的な部分の期待される変更は かつて無かった事である。ユークリッドの考えた空間と解析幾何学などで述べられる我々の空間は実は違っていた。いわゆる非ユークリッド空間とも違う空間が現れた。不思議な飛び、ワープ現象が起きている世界である。ゼロと無限の不思議な関係を述べている。これが我々の空間であると考えられる。そこで、最近の成果を基に現状における学術書、教科書の変更すべき大勢を外観して置きたい。特に、大学学部までの初等数学において、日本人の寄与は皆無であると言えるから、ゼロ除算の教育、研究は日本人が数学の基礎に貢献できる稀なる好機にもなるので、数学者、教育者など関係者の協力、参加をお願いしたい。先ず、数学の基礎である四則演算において ゼロでは割れない との世の定説を改め、自然に拡張された分数、割り算で、いつでも四則演算は例外なく、可能であるとする。数学はより美しく、完全であった。さらに、数学の奥深い世界を示している。ゼロ除算を含む体の構造、山田体が確立している。その考えは、殆ど当たり前の従来の演算の修正であるが、分数における考え方に新規で重要、面白い、概念がある。その際、小学生から割り算や分数の定義を除算の意味で 繰り返し減法(道脇方式)で定義し、ゼロ除算は自明であるとし 計算機が割り算を行うような算法で 計算方法も指導する。― この方法は割り算の簡明な算法として児童・生徒たちにも歓迎されるだろう。反比例の法則や関数y=1/xの出現の際には、その原点での値はゼロであると 定義する。その広範な応用は 学習過程の進展に従って どんどん触れて行くこととする。応用する。いわゆるユークリッド幾何学の学習においては、立体射影の概念に早期に触れ、ゼロ除算が拓いた新しい空間像を指導する。無限、無限の彼方の概念、平行線の概念、勾配の概念を変える必要がある。どのように、如何に、カリキュラムに取り組むかは、もちろん、慎重な検討が必要で、数学界、教育界などの関係者による国家的取り組み、協議が必要である。重要項目は、直交座標系で y軸の勾配はゼロであること。真無限における破壊現象、接線などの新しい性質、解析幾何学との美しい関係と調和。すべての直線が原点を代数的に通り、平行な2直線は原点で代数的に交わっていること。行列式と破壊現象の美しい関係など。三角関数や初等関数でも考え方を修正、補充する。直線とは、そもそも、従来の直線に原点を加えたもので、平行線の公理は実は成り立たず、我々の世界は、ユークリッド空間でも、いわゆる非ユークリッド幾何学でもない、新しい空間である。原点は、あらゆる直線の中心になっている。大学レベルになれば、微積分、線形代数、微分方程式、複素解析をゼロ除算の発展の成果で修正、補充して行く。複素解析学におけるローラン展開の学習以前でも形式的なローラン展開(負べき項を含む展開)の中心の値をゼロ除算で定義し ― ゼロ除算算法、広範な応用を展開する。最も顕著な例は、tan 90度 の値がゼロであることで、いろいろ幾何学的な説明は、我々の空間の認識を変えるのに教育的で楽しい題材である。特に微分係数が正や負の無限大に収束(発散)する時、微分係数をゼロと修正することによって、微分法の多くの公式や定理の表現が簡素化され、教科書の結構な記述の変更が要求される。媒介変数を含む多くの関数族は、ゼロ除算 算法で統一的な視点が与えられる。多くの公式の記述が簡単になり、修正される。新しい、関数の素性が見えてくる。複素解析学において 無限遠点はゼロで表現されると、コペルニクス的変更(無限とされていたのが実はゼロだった)を行い、極の概念を次のように変更する。極、特異点の定義は そのままであるが、それらの点の近傍で、限りなく無限の値に近づく値を位数まで込めて取るが、特異点自身では、ゼロ除算に言う、有限確定値をとるとする。その有限確定値のいろいろ幾何学的な意味を学ぶ。古典的な鏡像の定説;原点の 原点を中心とする円に関する鏡像は無限遠点であるは、誤りであり、修正し、ゼロであると いろいろな根拠によって説明する。これら、無限遠点の考え方の修正は、ユークリッド以来、我々の空間に対する認識の世界史上における大きな変更であり、数学を越えた世界観の変更を意味している。これはアリストテレスの世界の連続性の概念を変えるもので強力な不連続性を示している。 ― この文脈では天動説が地動説に変わった歴史上の事件が想起される。ゼロ除算は 物理学を始め、広く自然科学や計算機科学への大きな影響があり、さらに哲学、宗教、文化への大きな影響がある。しかしながら、ゼロ除算の研究成果を教科書、学術書に遅滞なく取り入れていくことは、真智への愛、真理の追究の表現であり、四則演算が自由にできないとなれば、数学者ばかりではなく、人類の名誉にも関わることである。実際、ゼロ除算の歴史は 止むことのない闘争の歴史とともに人類の恥ずべき人類の愚かさの象徴となるだろう。世間ではゼロ除算について不適切な情報が溢れていて 今尚奇怪で抽象的な議論によって混乱していると言える。― 美しい世界が拓けているのに、誰がそれを閉ざそうと、隠したいと、無視したいと考えられるだろうか。我々は間違いを含む、不適切な数学を教えていると言える: ― 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判 ―。地動説のように真実は、実体は既に明らかである。 ― 研究と研究成果の活用の推進を 大きな夢を懐きながら 要請したい。 研究課題は基礎的で関与する分野は広い、いろいろな方の研究・教育活動への参加を求めたい。素人でも数学の研究に参加できる新しい初歩的な数学を沢山含んでいる。ゼロ除算は発展中の世界史上の事件、問題であると言える。以 上追記:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf DOI:10.12732/ijam.v27i2.9.Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and Applications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China. (Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177) Sep. 2016 305 pp. (Springer) Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesDear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohWith reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017),数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku2016.10.07。14:372016.10.08。07:04 曇り2016.10.08。12:09 買い物帰り、天気予報に反して、晴れ間も出る。2016.10.08。14:132016.10.08.16:252016.10.08.18:352016.10。09.06:262016.10.09.09:382016.10.09.13:12 ススキが美しい季節2016.10.09.20:40 フーリエ係数にゼロ除算算法の応用を発見する。2016.10.10.06:062016.10.10.16:08 庭掃除、いろいろな木も切る。2016.10.11.06:35 曇り。2016.10.11.10:002016.10.12.06:10 晴れ間2016.10.12.11:15 晴れ、ある英文版を書き始める。買い物に出かける。2016.10.12.16:17 英文の素案は出来る。2016.10.12.19:252016.10.13.06:17 曇り、寒くなって来る。2016.10.13.10:582016.10.13.13:472016.10.13.14:232016.10.13.18:502016.10.13.22:23 良い、寒くなる。2016.10.14.06:20 良い、完成出来る。禁断の演算「ゼロで割る」を古いコンピューターにさせたところパニック状態にhttp://www.gizmodo.jp/2016/04/why_you_should_not_divide_by_z.html?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=201610このような情報を友人が送ってきた。計算機障害の実害に触れるべきだった。2016.10.14.06:40 完成、公表。2016.10.19.06:39 曇り、精読、修正なし。関係者に配布。2016.10.19.10:10 修正すべきことはない。2016.10.20.06:24 良い、修正はない。2016・10.20.14:20 散歩の後2016.10.21.05:43 快晴、美しい月、直線、無限遠点と言っているとき、座標系は導入されていると考える。2人、原点を直線に含めることに違和感を感じて来たので、2016.10.22.06:30 修正なし。2016.10.23.05:06 良い、修正なし。2016.10.24.06:54 快晴、修正なし。2016.10.26.06:36 快晴、修正なし。2016.10.27.07:02 快晴、修正なし。2016.10.29.06:00 雨上がり、美しい朝。2016.10.31.14:33 曇り。2016.11.04.06:10 快晴、良い、修正希望なし。2016.11.06.06:55 暖かな朝2016.11.07.06:36 5日著書到着、晴天。2016.11.09.05:34 快晴、風強い、修正なし。2016.11.13.20:36 良い。2016,11,19.06:09 小雨降り出す。2016.11.20.06:10快晴、輝く月。2016.12.12.06:20
2016.12.12
248-592超古典の数学に、新しい計算法、ゼロ除算算法が 有ったとは驚きではないでしょうか。数学者を含む、普通の人は 図の算法、信じられないのでは?The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.10
246-590:図は 正の世界と負の世界が独立していることを示している。それは、ゼロで対称に なっていることを示している。ここで、気づいたことは、2つの世界が、それぞれに閉じているという、世界観である。しかしながら、この観点で、複素数の世界では もちろん そうは言えず、複素数は完全な姿、構造を有していることが分かる; 2016.12.10.06:23 今朝、ある雄大な構想が閃いた。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.10
245-589:自然を表現するゼロ除算において 一般化分数になっていて、ゼロ除算算法が 広く成り立っていることが認められる。 図は 如何でしょうか。広くゼロ除算を探して欲しい:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.09
2直線 平行でも 原点を共有する ー 直線には 無限遠点の反映として、原点を含めるべきは 明言しましたが、先生の発想は、 新規です。 検討させて頂きます。一般にa/b=0 から、いずれかがゼロが 問題。それから、商の表現に至る過程も 問題です。 ゼロ除算は、拡張された分数ですから、 普通に考えることはできません。2016.12.8.12:16このような精神です。 ゼロ除算は拡張された分数です。しかしながら、物理現象や数学のゼロ除算の表現は、ゼロ除算の結果が広く成り立っている場合が多い。しかしながら、神は、ゼロ除算を作っても良いが、人間は無反省に考えてはいけない。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.08
時期ですので、日本の良心として、第2次世界大戦に巻き込まれた事情を表現された大谷杉郎先生の文章を思い出しておきたいと思います。 靖国神社問題に対する提案、声明5 に対する意見として述べられたものですが、戦争に巻き込まれた時代背景について、これほど真実、事情をよく表現された文章は、それ程ないのではないでしょうか。 語継ぐべき重要文書と考えます。 アジアの人々は特に 冷静に時代背景を考えて頂きたいと考えます。2.6 靖国神社問題、背景、厳しい歴史(2007/4/10):大谷先生: 先ず素直なご意見を頂き大変有難うございます。 追加説明にもありますように、私は先生のご意見をよく理解しており、先生のメール 自然によく分かりました。後で、じっくり読ませていただき、大いに参考にさせていただきます。各論については、先生のメールの中で、具体的に:今回の声明案についての感想を書くべきかどうか、いささか迷いましたが、参考になるかもしれないと考えましたので、私の正直な感想をのべます。この感想は、私と同じ年代の人たちには、圧倒的に支持される自信があります。 「声明5」は、軽い現代の常識的立場の整理だと思いました。この程度の見解が「第2次世界大戦について、十分な反省」をした結果だかどうか、頼りないようにおもいました。この声明案の基本的な問題は、「1.第二次世界大戦をどう考えるか」「2.いわゆる戦犯をどう考えるか」の二つに絞られると思います。 (声明の趣旨は それらにはなく、靖国神社に対する対応の仕方に在ります。 先生の挙げられている問題は 留保して、対応をどうするかが焦点です。 いつも国内で、そして外交で問題になるので、解決案を示しています。)以下略 あの時代の歴史の中で巻き込まれた、多くの国々で、もっとひどいことをやってきた これは歴史的な事実であり、日本だけが悪いというのは、おかしいと思います。2.7 第二次世界大戦と日本の良心(2007/4/12):5:30 ちょうど次のような事を考えて、目を覚ましました。 研究室に座るとなお桃の花があでやかで、桃の花の寿命の長さに驚かされます。鶯が遠くで鳴いています。さて ここ数日 次のようなメールに改めて、日本の良心として触れておくべきではないかと どうしても気になっていたのです。それが今朝 吹き出したたわけです。この感想は、私と同じ年代の人たちには、圧倒的に支持される自信があります。「声明」は、軽い現代の常識的立場の整理だと思いました。この程度の見解が「第2次世界大戦について、十分な反省」をした結果だかどうか、頼りないようにおもいました。この声明案の基本的な問題は、「第二次世界大戦をどう考えるか」「いわゆる戦犯をどう考えるか」の二つに絞られると思います。(声明の趣旨は それらにはなく、それらを留保して、靖国問題の対応の仕方に在ります、外交や、国内で絶えず問題になっているからです)小学校入学が満州事変、中学入学の時が日中戦争、4年の時に第二次大戦、高専卒業の時に終戦。正に戦争とともに大きくなりました。戦中派として「第二次世界大戦をどう考えるか」という問題についての回答は、「声明」が考えている現代の一般的常識とはかなり違います。次の資料を折に触れ、繰り返し見て、私の若き日の記憶と照らし合わせるだけです。「総合世界史図表(第一学習社)1987」「総合日本史図表」「コンサイス世界史年表」「世界年表(河出書房)」それに高校の教科書です。今日もこの返事を書くために世界史図表をめくりなおしました。(歴史的な流れがあったと述べ、一応の理解を示しましたが、具体的に事実を見ると、よく分かります。)世界史はまさに戦争の歴史です。とったりとられたり、栄枯衰盛、食うか食われるかの争いです。この図表(全240頁)の半分ほどの120頁以降、欧米各国の世界侵略のすさまじさが記録されています。スペイン、イギリス、オランダ、フランス、アメリカ、それにロシアなどいわゆる当時の先進諸国が、インド、アフリカ、カナダ、アメリカ、南米、中央アジア、シベリア、にむけた目に余る身勝手な侵略戦争の歴史です。中国だってその渦のなかで、周辺諸国を侵し、欧米からは侵される、不思議なお混乱のなかにありました。これらの大国は、17世紀から20世紀にわたって、世界各地を恐るべき勢いで、傍若無人に侵略しまくって、植民地にしてしまいました。 20世紀に入った頃、スペインはフィリッピンを、オランダはインドネシアを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島、それにオーストリアを、フランスはベトナム、カンボジャ、ラオスを、つまり東南アジアの全域を侵略しつくしていました。アメリカも遅ればせながら、スペインからフィリッピンを奪っています。太平洋の島々もイギリス、フランス、アメリカの領地にくみこまれてしまいました。その上、勢いをつけたイギリス、ドイツ、フランス、ロシアなどが、競って中国侵略を着々と実行していました。日本に対しても、中国に対する侵略と同じ手法で、治外法権の外人居留地をもうけたり、不平等条約を押しつけたり、で明治維新以来、侵略の初期段階にあったと思っています。ロシアと中国の清朝も、中国東北地区から韓国へと勢力を拡大すべく圧力を強めていました。このような欧米諸外国からの侵略に対する危機感や対抗意識が、私の若い頃の日本の底流にあったと思っています。諸外国はみんなお行儀がよいのに、日本だけが侵略者でした、などとはどのようにひっくり返っても言えません。第二次世界大戦の本質は、世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。(この事実を重く受け止めるのは 靖国問題に触れた私たちの良心と思います。)次に「いわゆる戦犯をどう考えるか」です。第二次大戦を前述のように考えているから、戦争裁判がまともなものであったとはとても考えられません。どちらがより悪い侵略者だったかを純客観的に考えられる人はいません。非はいつも相手側にあるものです。 しかも勝敗がつけば、必ず敗者側に押しつけられるものです。それが正しいなどというわけにはいきません。たった1回の東京大空襲で非戦闘員の一般市民を徹底的に殺戮して10万人の死者を出し、同じ非人道的な殺戮をあちこちの都市でおこないました。その上、1発の原爆で広島20万人の非戦闘員を殺戮したことも許せません。このような桁外れの悪逆非道を犯した犯人を裁かないで、戦争裁判の正当性を主張することなどはとても承伏できません。戦犯問題は茶番です。(この辺は 私達は正確に理解していましたが、何か小さな事、慰安婦問題や、連行などでごたごたしているのは誠に変ではないかと、私達は述べてきているのです。そこで逆に 日本が小さな存在であったら、アジアは西欧列強に占領されて、どうなっていたか分からないという考えが 湧いてきました。しかし、声明は靖国問題に対する対応を述べているので、それでよいと思いますが、これらの事を心に止めて、明るい未来を志向し、友好関係を深めて行きたいと思います (2007/4/12)。1.5 再生核研究所声明 5(2007/4/8): 靖国神社問題に対する提案:戦後、60年以上も経た現在においても、機会あるごとに靖国神社問題が取り上げられ、多くの議論が繰り返えされているのは、極めて残念なことである。これでは日本が論理的な思考能力が足りないと言われても仕方がないと考える。声明1の 「公正の原則」 に従ってあるべき姿を提案したい。•1) 先ず、近代に確立した, また確立されなければならない 「政治と宗教の分離の原則」 に 厳格に従うべきであり、よって公人としての参拝は厳格に禁止されるべきである。また同時に 靖国神社に対する国の政策による活動及び補助も当然禁止されるべきである。•2) しかし、国や社会を良くしようと考える公人たる者が 国の為に殉じた人達に敬意を表わしたいと考えるのは極めて自然であるから、私人としての参拝はこれを禁じるべきではなく、参拝に当たっては個人の立場である事を明確にすること。さらに、戦争で傷ついた諸外国の人たちの心情を察し、これらは慎ましく行い、マスコミなどは双方の気持ちを汲んで 報道に当たっては慎重に扱うように期待したい。•3) 靖国神社の宗教法人としての自主性を重んじ、神社は法人としての責任で運営されるが、法人としての神社は 戦死者を祭っている事に鑑み、常に祭られている人やそのご遺族の方々の心情と国民の意思を最大限に尊重していく事が望まれる。しかし、法人は一法人であり、その法人が運営する宗教に対する個人の対応は 全く個人の自由であり、靖国問題は一法人と個人の自由な関係と捉えよう。•4) 3)の観点で、特に所謂戦犯についての合祀については これを疑問視する考えが諸外国ばかりではなく、日本人の間でも起きることは 日本人の心情と日本の歴史に基づいても理解される。戦いを指揮した者は敗戦に至った場合には責任を果して来ていると考えられる。さもなければ、その指揮下で亡くなった者の立場はどのようになるでしょうか。従って、この点については神社の検討の余地があると考える。-- しかし、戦犯とよばれる人たちも同じ犠牲者であるという立場にも正当性があると考えるが、この点については、国民と被害を受けた諸外国の人々の心情に よく配慮する必要があると考える。•5) 第2次世界大戦について、十分な反省と謝罪の気持ちを表明していき、もろもろの各論的な問題についての無用な繰り返しやぶりかえしをせず、明るい未来の友好親善の視点を強めていくように努力していくことが望まれる。特に 多くの戦争はどちらが悪いかの問題ではなく、戦争そのものが悪であり、双方に悲惨な状況を生み出していくものと考えて行きたい。•6) 戦死者のご遺族の方々は 上記第1-2項についてご不満の念を抱かれるのではないかと考えます。 そこで、日本国の首相は新年に当たって伊勢神宮を参拝するという美しい伝統を持っているのに鑑み、同じように靖国神社を参拝するような伝統を自然な形で作られたら如何でしょうか。ご提案致します。 以 上
2016.12.08
いおいろありそうですね。 それに先生の観は すでに凄いのでは?定理、和算家も 先生も よく考えましたね。ただ、現代数学もそうですが、ただ、深く、複雑の方向でなく、世界に大きな影響を与える 方向を優先させるべきだと 思います。 新らしい概念、考え、基本的なことですね。 ゼロ除算は、そのような観点から、世に希な 良い研究課題と 思います。 隣組の職人さん、図の無限に長い梯子の高さはどうなるでしょうか、 と聞きましたら、何と、測れないから、高さはゼロだと言いました。 \tan (\pi/2) =0 を直感していました.敬具齋藤三郎2016.12.8.05:52The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0z/0=0 - its impact to human beings through education and research
2016.12.08
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