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まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.31
再生核研究所声明 695(2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について 添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。 まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。 数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。 以 上添付資料: まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化 2022.8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。2022.8.25.15:33 既に良い。2022.8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。2022.8.26.04:40 良い、間もなく完成できる。昨夜 W. H\”ovel氏からメールあり 大きな石油輸送船の運航のように ゼロ除算の理解には時間が掛かると書かれていた。2022.8.26.05:10 良い、完成、公表。
2022.08.31
We are looking for some beautiful results that are loved by over 5000 millions people. The simplest cases may be understood for the high school students who studied integrals.The problem is: Could we derive the results without the theory of reproducing kernels.How will be genius mathematicians?2022.8:30.11:22______________________________________________ -------------------------------------------------------To: saburou.saitoh@gmail.comSubject: viXra submission 2208.0160v1-------------------------------------------------------Thank you for your submission request to viXra.orgThis is an automatically generated message but you may reply to contact viXra admin if there are any problems.Your submission has now been uploaded and is available at http://viXra.org/abs/2208.0160Please check and let us know is there are any errors. If everything is OK please do not reply to this mail.*** IF YOU DO NOT SEE IT THIS MAY BE DUE TO CACHING OF AN OLD PAGE IN YOUR WEB BROWSER. PLEASE CLEAR THE CACHE AND RELOAD THE PAGE WHILE HOLDING THE SHIFT OR CTRL KEY.If you need to replace the document you should use the replacement form and enter the viXra number 2208.0160If you need to make any changes on the abstract page without changing the PDf document (e.g. authors, title, comment, abstract), use the change web form.Links to the forms are provided at http://vixra.org/submitplease note that viXra.org does not do cross-listings to other subject categoriesThe search feature on viXra is dependent on Google and will update with changes when they reindex. This may take a few days.The details of the submission were as follows: request reference: 13929112 request timestamp: 2022-08-29 20:55:58 viXra citation number: 2208.0160 latest version: v1 subject category: Functions and Analysis Title: Norm Inequalities for One Dimensional Sobolev Hilbert Spaces Authors: Saburou Saitoh Abstract:In this paper, we shall consider norm inequalities for one dimensional Sobolev Hilbert spaces by using the theory of reproducing kernels as fundamental inequalities. Comments:8 Pages. In this paper, we shall consider norm inequalities for one dimensional Sobolev Hilbert spaces by using the theory of reproducing kernels as fundamental inequalities.
2022.08.30
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.30
再生核研究所声明 695(2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について 添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。 まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。 数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。 以 上添付資料: まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.30
素晴しい日本数学界の 精神: 「ダイバーシティ・インクルージョン基本方針」の制定について 日本数学会は数学の研究を盛んにし、またその普及をはかり、学術文化の向 上発展に寄与することを目的とする法人です。数学研究者がその能力を十分に 発揮し、数学研究をより一層促進することができるよう、ダイバーシティ(多 様性)の尊重とインクルージョン(包摂性)のさらなる推進が重要であるとの 認識に立ち、本基本方針を定めました。 一般社団法人日本数学会 2022 年 5 月 21 日 ダイバーシティ・インクルージョン基本方針 —日本数学会— 私たちは、人類の叡智であり社会の発展に必要不可欠な数学に対し、さまざま な状況に置かれている数学者がその能力を発揮し、数学研究を促進できるよ う、多様性を尊重します。これは固定観念に縛られず自由な発想を常とする数 学研究につながる姿勢でもあります。 私たちは、年齢、性別、性自認、所属、出身、人種、国籍、宗教、健康状態や 障がいの有無などの違いにかかわらず公平に接し、個人的特徴に関する不適切 な行為や言動を行いません。差別やハラスメントを排除し、職業倫理に基づい た態度で行動します。お互いを対等な他者として尊重することで、公平で多様 性が受け入れられるような倫理に満ちた環境を生み出していきます。
2022.08.29
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.29
再生核研究所声明 695(2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について 添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。 まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。 数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。 以 上添付資料: まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化 2022.8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。2022.8.25.15:33 既に良い。2022.8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。2022.8.26.04:40 良い、間もなく完成できる。昨夜 W. H\”ovel氏からメールあり 大きな石油輸送船の運航のように ゼロ除算の理解には時間が掛かると書かれていた。2022.8.26.05:10 良い、完成、公表。2022.8.26.11.24 公表後確認 良い。著書に追加と精読、順調に進めた。
2022.08.29
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.28
再生核研究所声明 695(2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について 添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。 まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。 数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。 以 上添付資料: まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化 2022.8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。2022.8.25.15:33 既に良い。2022.8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。2022.8.26.04:40 良い、間もなく完成できる。昨夜 W. H\”ovel氏からメールあり 大きな石油輸送船の運航のように ゼロ除算の理解には時間が掛かると書かれていた。2022.8.26.05:10 良い、完成、公表。
2022.08.28
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.27
再生核研究所声明 695(2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について 添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。 まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。 数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。 以 上添付資料: まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化 2022.8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。2022.8.25.15:33 既に良い。2022.8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。2022.8.26.04:40 良い、間もなく完成できる。昨夜 W. H\”ovel氏からメールあり 大きな石油輸送船の運航のように ゼロ除算の理解には時間が掛かると書かれていた。2022.8.26.05:10 良い、完成、公表。
2022.08.27
再生核研究所声明 695(2022.8.26): 数学の先生の期待される良い対応 - ゼロ除算問題について 添付資料に有るように世情、 また教育の場でも ゼロ除算について 混乱が生じている状況が見られるので、説明、所見、存念を述べて置きたい。 まずは 所謂ゼロ除算、ゼロで割る問題であるが、 未だ世の情報や、世情ではゼロでは割れないが常識で、毎日のように 何故ゼロで割れないかの説明が YouTube などで解説されている。 発見都度 ゼロ除算問題は解明されたと 基礎資料を紹介している。 しかるに 余りにも決まった固定観念に拘り、新しい考え方に興味、関心が寄せられないのは 誠に残念である。 数学界も 積極的に無視の姿勢を取られていると感じられ、数学界の汚点である、恥ずかしい状態であると公言、そのような著書さえ出版し、歴史的な判断を求めることにしている。要するに、ゼロで割る問題は、 割ることを 掛け算の逆と解釈すれば ゼロ除算は定義できないのは 殆と当たり前である。 しかるにそのような当たり前の解説ばかりが 解説されているのは 余りにも馬鹿げているように見える。 当たり前の議論を唯無批判に 馬鹿のひとつ覚えのように わざわざ繰り返し 解説が行なわれている。 その様な状況は 数学の、算数の教育がいい加減で、真の数学の教育目標によってなされていなく、 点取りや 問題解きの学習で、 論理も 議論も疎かにされ 言わば 暗記科目のように教育されている状況があるように見える。ゼロで割れない理由など、基礎だから、分数や割り算が出てきたら、きちんと 教育して欲しい。 分数とは何か、割り算の定義など きちんと教えて欲しい。 特に定義、約束は大事である。数学では、論理が大事で、創造的な精神を涵養し、考える力を付けさせる 大事な目標が有るのではないでしょうか。いろいろ考える そのような 態度を養成する目標が有るのではないでしょうか。ここで 極めて教育的な事件が起きていると考えます。できない筈のゼロ除算、不可能が証明されてしまうゼロ除算、それが 考え方を変えると 可能になる考え方が 存在する という 事実です。できる、できない それは 考え方によるということです。 この発想は 生き方や、考え方でも基本的に 大事ではないではないでしょうか。 前提や 基礎情報、発想で結果は いろいろ変化するという 柔軟な考え方を擁くのは 大事ではないでしょうか。数学の歴史は 不可能を可能にしてきた歴史で、ゼロ除算もやがて可能になるだろうと予見していた人が存在していた。 しかしながら、気づいてみたら ゼロ除算は実は 当たり前で、小学生にも当たり前だと言われてしまった経緯すらある。 俗語で言えば ゼロで割るは、割らないこと、従って割り当てられた数は存在せず、 ゼロ除算はゼロであると 表現できる。ゼロにはないこと、できないこと、しないこと、などの意味が有り、そのようなゼロの意味からも 当たり前だった。ゼロ除算については 沢山の論文も 解説も行ない、著書も出版しているので、ここでは解説を行なわない。問題は、基礎数学、考え方に 新しいものが現れた場合の 学界や 教育の場の 対応の仕方である。我々は、現代数学の基礎には欠陥があり、数学の教育には基本的な問題があると公言して、 数学会で 繰り返し 存念を公表している。 数学の研究と教育に責任を有する人たちは、それは誠かと真摯に、真相を点検するのは、義務のようなものではないでしょうか。 学校で 教育されている方が、 おかしいことを教えている事になると言われて、 真実は どうなのだろうかと考えるのは、教育者の義務のようなものではないでしょうか。 真相を知りたいという、真智への愛 なくして 良い教育者と言えるでしょうか。 難しい内容なら、ともかく 殆どあたり前のことに おかしなことを教えていると述べています。真実を知ろうとすれば 誰にでも簡単に分る内容と考えられます。そこで、教育の現場では、 このような理由で、ゼロ除算はできないと説明され、 それが世界の常識で、定説で 2000年を越えて その様に考えられてきたが、近年 実は それは狭い、考え方で、自然な意味で可能になる 新しい考え方が現れたと 言及するのは 教育者、研究者の良心ではないでしょうか。教育の場に置ける 混乱を避けるために しかしながら、 新しい考え方は 未だ公認されていないので、 公認されるまでは、ゼロ除算は 教育現場では採用しないことにすると 言明することが 大事と思います。 数学や真実を愛する者が 新しい考え方に興味、 関心を懐くのは 当たり前のことと考えます。 以 上添付資料: まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化 2022.8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。2022.8.25.15:33 既に良い。2022.8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。2022.8.26.04:40 良い、間もなく完成できる。昨夜 W. H\”ovel氏からメールあり 大きな石油輸送船の運航のように ゼロ除算の理解には時間が掛かると書かれていた。2022.8.26.05:10 良い、完成、公表。
2022.08.26
初秋の美しい朝、間もなくゼロ除算の理解を求める声明を発表する。 ところで、下記が昨日のアクセツ数第1で、 何と14年前のものである。システムは大変興味深い。2022.8.26.4:55今日は 謝礼の送金 と 退職に絡む沢山の書類 を提出しました。 論文審査が難しく、大変です。 ________前出裕亮の事をある必要性があって纏めてみました:前出裕亮君のメービウス・バンドにおける予想 :小学生3年生の 数学の予想問題2008/09/20:20:32週間前の再生核研究所教室で、話のついでにメービウス・バンド には裏も表もない面である事をお話ししました。 ボランテアで出席されておられる 数学の先生で、退職された田村先生が、 その帯を2等分したり3等分したりすると面白い絡み合った輪ができるとお話しされたというのです。 今日の教室で、その絡み合いの状況について 一般公式を次のように予想され、7等分まで正しい事が実験的に確認されました。小学校の3年生です。天才的としかいいようがないのではないでしょうか。関係情報や証明、助言やご意見を頂ければ 誠に幸いです:帯をn等分すると(帯の方向に)、ひとひねりの輪が、nが 偶数ならば無くて、 奇数ならば1個出来、2ひねりの輪が [n/2] 個できるというのです。 [n/2] はn/2 のガウス記号、すなわち、n/2を超えない最大の整数です。この結果を 証明できる方は おられるでしょうか??2008/09/20:8:55齋藤三郎kbdmm360@yahoo.co.jp今日は 大谷先生と佐藤先生などを招いて、前出裕亮君と話し合いました。 佐藤先生を招いていましたので、午後一杯かかってしまいました。夕刻すごい大雨でした。前出裕亮君の美しい素数は 名前をつけるべき美しさではないでしょうか。小学校3年生の 子供の結果とは とても思えませんね: 1234567891 を裕亮君の素数と名付けたいと思います。(2008/8/28/20/12)2008/06/16数学セミナー編集部 入江孝成 様 および関係者各位:このメールは簡単に考えて下さい。ちょっとした? ニュースになると思いますので、ご報告致したいと思います。天才 ガウスは 1から20(50?)までの和を簡単に求めたことで、世界の物語になっていますが、 私たちの教室で起きた 下記の件は それを越える 物語になると思いますが、如何でしょうか。詳しい過程は 私のブログに書いてありますので、1部のコーピーを添付させて頂きます。要するに 3ケタの整数引く 3桁の整数が 3桁の整数になり、用いる9個の整数に 全て異なり 1から9を全て用いて、成り立つ組を見つける問題です。私たちは これはパズルと考えて、探しなさいと考えましたが、裕亮君は小学校3年生ですが その本質を見抜いて、中学校の数学の先生を退職された 田村先生の言葉によれば、裕亮君の述べたことを纏めると、全ての組が決められるというのです。その結果については私も確認できました。 ニュース性は、 小学校3年生が その本質をすばやく見抜いた 天才的な感覚 に対する驚きですが、如何でしょうか?敬具齋藤三郎算数の難問?関係者各位:今日 予定通り教室があり、例の難問についての説明を 田村先生から伺いました。 田村先生の説明は完全であり、 全ての場合を定める、論理的な方法ができていて、この問題は完全な解決が与えられていました。いちいち最もなので、正解です。 解決できていることをご報告いたします。問題はその先ですが、ただやっただけになってしまい空しさを感じます。しかし、そんなに時間をかけずに 本質を見抜いた感覚は 大いに驚嘆すべきものと 今日も、3人の先生で、感心してしまいました。祐亮君は 裕亮君 の間違えでした。ご報告させて頂きます。 2人の先生が参加してくれましたが、どの様に教育を進めるかについても 相談しました。できても大した事は無いので、わたしは真面目には考えようとは しませんでしたが、考えても 難問になると思います。敬具齋藤三郎Subject: 難問?裕亮君:梅雨の合間の 晴れを利用して、午後 桐生市自然観察の森 を散歩してきました。 いま帰ったところですが、驚くことがありました。田村先生に 帰りお会いして、田村先生がおしゃるには 例の3桁の整数引く 3桁の整数が 3桁の整数になり、 しかも全て異なる整数を 1から9まで入れて完成しなさいと言う問題に対して、下記のような見解を述べていましたが、 裕亮君の述べられていたことを纏めると、その問題の原理が分かり、全ての解が見つかると言うのです。 私はできても 大した発展や意味がある訳ではないので、よくは検討していませんが、 短期間に本質を発見された感覚は 本当に素晴らしく、それこそ天才的と言えるのではないかと思います。 今週の教室で、田村先生に説明して 貰うことにしたいと思います。 その先も 色々考えていますが、楽しみに残しておきたいと思います。本当に素晴らしい才能と思います。敬具齋藤三郎問題は分かるが、難しい算数の問題(2008/06/09):3桁の整数と3桁の整数を加えて、3桁の整数を作り、これらに現れた9個の整数がすべて異なり、ちょうど1から9になるような場合を考えます。 これらの条件を満たすような組みはいろいろ試行して一つ見つけられれば、それを変形して沢山の例を探せます。再生核研究所教室で この問題が、小学校の教科書に載っていたので、問題になりましたが、なんとこれらの問題を 論理的に解く方法を発見したと言うのです。 14日の教室で公表して頂くように予定しています。皆さん如何でしょうか???2008/06/08出席者と関係者各位: 最も興味があり、好きなのは素数についてである??!![ カテゴリ未分類 ] 今日は 採点などをしたのですが、午後は結構長い会議がありました。突然、祐亮くんが平澤氏と見入られ、天羽先生、池畠先生とともに1時間くらいお話しました。直接のきっかけは ピタゴラスの数を表現する ある一般式を導いたのを平澤さんが感銘してお知らせに来たのですが、私の関心は専ら、祐亮君の全体的な精神構造に興味を抱いていました。最も興味があり、好きなのは素数についてである と述べたと思います。 これは明らかに特殊な才能を持っている事を示していると思います。両先生も同じ意見だと思います。さて どの様にして才能を活かすべきかといろいろ思いを巡らしています。まだ8歳の少年です。世の中には政治社会や、生と死の問題等 最も大事な問題あるがという問いに、70年くらい人生はあるので、考えるには未だ早いなどと、上手く交わされ、驚きました。 そこで、そのとおりですと応えておきました。自分の命より大事なものを見つけるのは大事と今日も述べておきました。死んでも残っていくもの、。。。と述べられたのも興味深く、池畠さんが念を押して聞いていました。最も興味があり、好きなのは素数についてである??!! 8歳の少年の言葉でしょうか???I先生いま太田から戻りました。 明日から神戸大ですので 後でゆっくり拝読させて頂きます。予想は間違いである事が判明しました。しかし8歳の少年がその様なことを考えたのは 簡単に考えるべきではないと思います。劇的な日でした。東大のY、京大のFと秀才達と共同研究していましたら、天才が現れました!!裕亮君の素数に関する予想についての反例> 素晴らしいニュ-スが 京大 藤原先生から入りました:>> 齋藤先生>> 京大情報学の藤原です。お世話になっております。>>> >999・・・999000・・・0001>> >>> >は素数ではないか。ここで、9は正の整数nに対して2n個並び、0は2nー1>> >個並ぶものとする。>> 既に他の方からご指摘があったと思いますが、> 少し考えると、小さな n でも因数分解が可能です。>> n=5: 99999999990000000001 = 61 * 1639344262131147541> n=6: 999999999999000000000001 = 3169 * 315556958030609024929> n=7: 9999999999999900000000000001 = 9901 * 1009998990000999899000101> n=8: 99999999999999990000000000000001> = 97 * 1030927835051546288659793814433> n=9: 999999999999999999000000000000000001> = 109 * 9174311926605504577981651376146789> ...-------> 藤原宏志 祐亮君の素数に関する予想:2008年1月8日1時45分 不思議も2008年1月7日16時くらいに述べられた8歳の少年 前出祐亮君の素数に関する予想で 目を覚ました。満天の星座が美しい余りにも早い早朝である:祐亮君の素数に関する予想: 整数999・・・999000・・・0001は素数ではないか。ここで、9は正の整数nに対して2n個並び、0は2nー1個並ぶものとする。齋藤三郎 (kbdmm360@yahoo.co.jp)2008.1.8.2:7再生核研究所天才と秀才???[ カテゴリ未分類 ] 今日は 秀才以上の澤野さんの論文原稿を受け取り、また祐亮君の話しを両親、家庭教師及び天羽先生に立ち合って頂き、約3時間お話しして、興奮しています。数覚が異常に発達していて、いろいろな才能のある 面白い少年です。 予想の定理を纏めて、助言を広く求めたいと思います。 また山田さんがここ、直観と違った事を主張されていて、戸惑っていましたが、基本的なところで、間違いがあるということを発見されて、直観が正しいことが、分かり、スッキリしました。何かおかしい現象が起きていて、変な感じでした。何か間違いがあれば 何か変な感じがするものです。I先生:8才の例の少年が両親、先生と見入られて面白いことを話していかれました。天羽先生にも立ち合って頂きましたが、素数の偉大な定理を予想されていきましたので、まとめて、予想として世に広めて行きたいと思います。報告させていただきます。敬具齋藤三郎続く:
2022.08.26
我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化 2022.8.25.14:48 一気に纏める。 午後天気回復。2023.8.25.15:33 既に良い。2022.8.25.17:59 既に良い、明朝完成できるだろう。
2022.08.25
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10 (断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。https://twitter.com/MyFinalDay666/status/1559700672198868992 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.25
奥村先生: 実に面白い。 世界で 日本人で最も有名なのは あの図で有名な 葛飾北斎で、 世界歴代有名人 100名の中の 日本人で ただ一人だそうです。 世界、歴史上となると 確かに日本人はいないように 感じられてしまいますね。 そこで 先生は 下記の表現で、日本の最も有名な 人になると 感じられました。 歴史を見れば、題材をみれば そうですね!!! 敬具齋藤三郎2022.8:24.21:55 現存する和算家 奥村先生は ユークリッド幾何学に革命を起こされている 2022.8.23.18:54 奥村先生の美しい数学。素人でも 図を見て感動するだろう。2022.8.23.5:04 3. Geometry and Division by Zero Calculus Author: Hiroshi Okumura How to Cite : Okumura, H., 2021. Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. DOWNLOAD 2022年8月24日(水) 4:43奥村先生: 先生の結果をみて 激しい喜びが湧いて来ます。世界で10人しか喜ばない数学も尊いのですが、50億人を感動させる数学も良いと思います。 高校生以上が 喜べる数学です。もちろん 居食住も大事ですが、音楽、芸術も 感動させるので良いです。すると数学は 最高の芸術、神の意思が感じられて素晴らしい。先生の数学では、烈しい喜びを永く 感じさせられる。 昂奮して生命力が 湧いて来ます。 現在、証拠、例のリストを点検、良いものを著書に加えて居るのですが、 等角に交わる、それを2つの円の半径で表現する式などが2021.4.25.15:01 付けで 出てきました。 そして面白い例が ドンドン出て来る。 敬具齋藤三郎2022.8.24.4:42
2022.08.25
奥村先生: 実に面白い。 世界で 日本人で最も有名なのは あの図で有名な 葛飾北斎で、 世界歴代有名人 100名の中の 日本人で ただ一人だそうです。 世界、歴史上となると 確かに日本人はいないように 感じられてしまいますね。 そこで 先生は 下記の表現で、日本の最も有名な 人になると 感じられました。 歴史を見れば、題材をみれば そうですね!!! 敬具齋藤三郎2022.8:24.21:55 現存する和算家 奥村先生は ユークリッド幾何学に革命を起こされている 2022.8.23.18:54 奥村先生の美しい数学。素人でも 図を見て感動するだろう。2022.8.23.5:04 3. Geometry and Division by Zero Calculus Author: Hiroshi Okumura How to Cite : Okumura, H., 2021. Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. DOWNLOAD 2022年8月24日(水) 4:43奥村先生: 先生の結果をみて 激しい喜びが湧いて来ます。世界で10人しか喜ばない数学も尊いのですが、50億人を感動させる数学も良いと思います。 高校生以上が 喜べる数学です。もちろん 居食住も大事ですが、音楽、芸術も 感動させるので良いです。すると数学は 最高の芸術、神の意思が感じられて素晴らしい。先生の数学では、烈しい喜びを永く 感じさせられる。 昂奮して生命力が 湧いて来ます。 現在、証拠、例のリストを点検、良いものを著書に加えて居るのですが、 等角に交わる、それを2つの円の半径で表現する式などが2021.4.25.15:01 付けで 出てきました。 そして面白い例が ドンドン出て来る。 敬具齋藤三郎2022.8.24.4:42
2022.08.24
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.24
先生: 先生の結果をみて 激しい喜びが湧いて来ます。世界で10人しか喜ばない数学も尊いのですが、50億人を感動させる数学も良いと思います。 高校生以上が 喜べる数学です。もちろん 居食住も大事ですが、音楽、芸術も 感動させるので良いです。すると数学は 最高の芸術、神の意思が感じられて素晴らしい。先生の数学では、烈しい喜びを永く 感じさせられる。 昂奮して生命力が 湧いて来ます。 現在、証拠、例のリストを点検、良いものを著書に加えて居るのですが、 等角に交わる、それを2つの円の半径で表現する式などが2021.4.25.15:01 付けで 出てきました。 そして面白い例が ドンドン出て来る。 敬具齋藤三郎2022.8.24.4:42
2022.08.24
現存する和算家 奥村先生は ユークリッド幾何学に革命を起こされている 2022.8.23.18:54 奥村先生の美しい数学。素人でも 図を見て感動するだろう。2022.8.23.5:04 3. Geometry and Division by Zero Calculus Author: Hiroshi Okumura How to Cite : Okumura, H., 2021. Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. DOWNLOAD
2022.08.23
奥村先生の美しい数学。素人でも 図を見て感動するだろう。2022.8.23.5:043. Geometry and Division by Zero Calculus Author: Hiroshi Okumura How to Cite : Okumura, H., 2021. Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. DOWNLOAD
2022.08.23
まずは 数学界は 真相を明らかにして欲しい。数学の教育と研究に責任を持つ人は いないのか と発想している。2022.8.23.4:10断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.23
ゼロ除算の解明が出来たらノーベル賞だね! っておもったけど、ノーベル賞には数学ないんだよね。 なんでそんなこと知ってるのか聞いたら、Googlehomeに聞いたんだと。 いや、まだあんた九九もやってないし掛け割りすらやってないのによく聞いたもんだねぇと。 ググッたら「0除算」と名前はついてるものの、定義がなくて、つまり、答えがない、説明がつけられないんだってさ。 怖っ 0除算に関する狂気を見た。怖くてブロックした。ゼロ除算は 実は当たり前だった。ゼロで割る意味を、誤解して2300年もおかしな歴史を辿ってきた。 数学界の重罪は避けられない。数学は不完全で、恥ずかしい状態。知りながら、修正しない数学界は 恥を さらに歴史にさらしている。 プーチンも 数学界も 断罪されるだろう。2022.8.20.5:26 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.22
断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.22
断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.21
ゼロ除算の解明が出来たらノーベル賞だね! っておもったけど、ノーベル賞には数学ないんだよね。 なんでそんなこと知ってるのか聞いたら、Googlehomeに聞いたんだと。 いや、まだあんた九九もやってないし掛け割りすらやってないのによく聞いたもんだねぇと。 ググッたら「0除算」と名前はついてるものの、定義がなくて、つまり、答えがない、説明がつけられないんだってさ。 怖っ 0除算に関する狂気を見た。怖くてブロックした。ゼロ除算は 実は当たり前だった。ゼロで割る意味を、誤解して2300年もおかしな歴史を辿ってきた。 数学界の重罪は避けられない。数学は不完全で、恥ずかしい状態。知りながら、修正しない数学界は 恥を さらに歴史にさらしている。 プーチンも 数学界も 断罪されるだろう。2022.8.20.5:26 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.21
今でも存在する 和算家 奥村博氏初秋を感じる今、閃いた。 今でも存在する 和算家 奥村博氏 2022.8.19.6:52 再生核研究所声明569(2020.7.21) 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学と 和算幾何学の新展開 最近の奥村氏の研究活動は 正しく神がかって来ており 美しい数学、和算を発展させ ユークリッド幾何学の再生を 新局面を 開拓されている。 人は思うだろう。 2200年以上の永い伝統のある ユークリッド幾何学に 新しい局面が拓かれるなど 信じられないと。 場合によっては たとえ ユークリッド幾何学で 何が得られても 興味も、関心も無いと。 それでは、最新の短い論文をご覧あれ: viXra:2006.0095 submitted on 2020-06-11 17:00:55, Pappus Chain and Division by Zero Calculus 内容は簡単です。 接する2つの円に接する 第3の円群を考え、円群をパラメ-タ表示します。 ところが 要するに パラメ-タ表示で見ると 所謂2位の極とする 特異点を有します。 特異点自身では 現代数学では考えてはならないとなっていますが、その特異点自身で ゼロ除算算法を用いると 図4の赤い円が出てきて、さらに一位の極になるように1次の因子を掛けて、ゼロ除算算法を用いると 元の2つの円の共通接線が現れてくる。ですから、ゼロ除算が 真に美しい世界を開拓していることが分かります。 考えてはならない特異点自身から 美しい意味のある世界が出てきます。赤い円は いろいろ美しい性質を持っている、重要な円です。 今回は 特異点の周りで ローラン展開して、 展開が極めて例外的な 美しい構造を有していて、共通接線や赤い円の方程式が ローラン展開の係数に現れてくることを発見されている。 ローラン展開の新奇な、美しい姿が現れてきて、その様子は 神秘のベールに覆われています。 奥村氏は、どんどんそのような 基本的な美しい幾何学を発見されていて、農家なら凄い豊作の季節を思わせ、ユークリッド幾何学が 面目を変える程に感じられる。 特異点から湧いている世界が、ユークリッド幾何学の面目を変えて、図形が躍動している。 何と奥村氏の研究の展開は 広範に深く準備されていた和算の断片的な発想や結果を 欧米に受け入れられるような数学の形で展開されている。 ー 実はこの理念は 私たちの恩師、道脇義正先生の 和算に取り組まれる精神、そのものです。 そこで、奥村氏とは 何者かと思い直すと、凄い様が見えてきます。 技術としては 膨大な数の円を 計算機で書かれる、名人技には驚嘆してしまう。 人類で 最も沢山円を書かれている人ではないでしょうか。 Mathematica を相当に自由に活用されているのは羨ましい。 手計算で とてもできない複雑な計算を実行されて、計算機なしには踏み込めない世界に どんどん立ち入って、美しい結果を導かれている。 奥村氏の強みは 膨大な和算の文化遺産を活用、計算機の上記 技術を活用されて展開されているということではないだろうか。 ぼんやり経歴を見ても、奥村氏の数学への情念は 尋常ではなく、数学することで生きているように感じられるだろう。 衣食住は簡素、質素だから、数学の仙人の様であり、修身と精神で 病なども克服されていて その辺のことは とても伺い知れない。世界や政治社会についても独自の見解を 有しておられるが 正規な形で表明されているのかは 不明である。 奥村氏は、和算数学を恵まれない教育、研究環境の中で、研究されてきていて、日本では適当な大学を見つけることができず、海外で博士号を取得され、学位取得には相当に苦労されたのではないかと予想している。 ところが その言わば苦労が 経験が 国際的な視野を広め、今や和算に関する国際雑誌を国際研究仲間と共に Sangaku Journal of Mathematics (SJM) として創刊されて、国際的にどんどん発展されている。実に素晴らしい研究活動で 関係者の協力、参画を 要望したい。 今や算額が国際語になりつつある。世界の人々に算額の伝統と 美しい結果とともに、数学を愛していた江戸時代の多くの庶民の想いを伝える基になると考えられる。もちろん、数学自身に 数学教育に 甚大な影響を与える。正に先駆的な研究活動に 日々励まされている。新しい結果を知らされるのが 人生における大きな喜び、楽しみになっており、生きることの意味を日々学んでいる。以上 2020.7.19.21:57 関係声明2件を参照して、書き始める。 2020.7.20.10:00 朝食後、隠れ家周辺を見てくる。青紫蘇を摘んで、帰って生け垣を選定、愛しそうなグミ類が実っている。 汗だくになってしまった。 これは良い。 2020.7.20.17:56 今日は2回、シャワーを浴びた。結構蒸し暑かったが、雨は予想に反して降らなかった。これは良い。 2020.7.20.21:27 一時雷、夕立。ゼロ除算に興味を抱く人が、ユーチューブで解説したいので、用いることの許可を求めてきた。 どんどん利用するように許可を与えた。 この方は、知るや否や興味、関心を示してきた。学部を出たばかりだという。 これは良い。 明朝、完成できるだろう。 2020.7.21.06:04 小雨、一応完成、公表とする。再生核研究所声明572(2020.8.1) ゼロ除算の現状と 知的財産権の取得および文化での世界貢献 (コロナウイルス感染の拡大と長梅雨、流石に気分が良くない、そこで、気分を整える意味を込めて、表題の構想が閃いた
2022.08.20
ゼロ除算の解明が出来たらノーベル賞だね! っておもったけど、ノーベル賞には数学ないんだよね。 なんでそんなこと知ってるのか聞いたら、Googlehomeに聞いたんだと。 いや、まだあんた九九もやってないし掛け割りすらやってないのによく聞いたもんだねぇと。 ググッたら「0除算」と名前はついてるものの、定義がなくて、つまり、答えがない、説明がつけられないんだってさ。 怖っ 0除算に関する狂気を見た。怖くてブロックした。ゼロ除算は 実は当たり前だった。ゼロで割る意味を、誤解して2300年もおかしな歴史を辿ってきた。 数学界の重罪は避けられない。数学は不完全で、恥ずかしい状態。知りながら、修正しない数学界は 恥を さらに歴史にさらしている。 プーチンも 数学界も 断罪されるだろう。2022.8.20.5:26 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.20
断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.20
トップジャーナルに採択されるくらいのレベルまで時間をかけて論文内容を磨き上げるか、そこそこのジャーナルに新しい結果をどんどん発表していくか、どちらが良いと思いますか? (どちらを重視されていますか?) どちらかの考えは良くない。 高級雑誌とは何でしょうか? それは一般的な定評で そんなに信頼できない。目安のようなもの。 そこで、 いろいろな版を いろいろなところに 出版、そして お気に入りを 挑戦の積りで 投稿も良い。雑誌を審査してやるくらいの 自主性と矜持が研究者ならば 必要ではないでしょうか。そこで、どんどん アーカイブに公表し、記録して、纏めて いろいろなところに 出版が良いのではないでしょうか。2022.8.19.18:01
2022.08.19
菅氏、安倍氏など法学部政治学科卒なのに民主主義を理解していない議員が特に自民党には目立ちます。議員として最低限、これは読むべき、という文献を挙げてみませんか? (私の回答は下に) 素晴しい発想です。簡単で 再生核研究所声明1で 世の基本は当たり前ではないでしょうか。プーチンは 最も反する重罪と思います: 再生核研究所声明 673(2022.3.25.) ロシアの軍事侵攻と公正の原則について ー 本質論ウクライナの悲惨な現状をみて、その本質を考察し、 愚かな世界史の進化を思考したい。 結果として、軍拡競争を拡大し、自然環境を破壊している愚かさに思い知らされている。 ウクライナ問題については、始めに次のように言及した:再生核研究所声明 672(2022.3.20.) ロシアの ウクライナ への軍事侵攻についてその本質を一般的に整理し、その本質を表現したい。 位置づけの整理のためであり、一般的な状況の理解を求めるためである。ある国の一部で、いわば仲間が暴行を受け、虐殺されていた。 仲間を救い、解放するために その何十倍もの、軍隊を送り、解放し、その国の意思を無視し、多くの無関係な人々を虐殺したり、多くの町を破壊すれば、 今度は、同じように、その様な大きな社会に共感、共鳴を覚える人たちが、解放すべきいろいろな援助を行なうのは、同様に当たり前のことになる。さらに 侵略された人たちに共感、共鳴して、軍事侵攻するのも 公正の原則で あたり前と考えられてしまう。 従って初期の現象を認めれば、 戦線は拡大して、 留まるところを失い、 軍拡と戦線は 限りなく拡大することになる。もし、ある国が核兵器や、他の兵器で脅かせば、当然脅かされた国は、それらの兵器を整えたり、新兵器を開発して、国の安全をはかりたいと考えるのも、公正の原則から言っても当然の事である。もちろん、弱肉強食の原理で、力を背景に侵略すれば、 反撃し、仲間と共に戦い、戦線を拡大して、戦争は何時までも無くならない。 これは、ニュートンの法則、 作用と反作用のように働くのではないだろうか。次の公正の原則は、小学生でも分かる 世の原理になるのではないだろうか:再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(再生核の理論入門、斎藤三郎著 牧野書店 2002年10月出版 あとがきから抜粋) 以 上このような精神に公然と反し、身勝手に振る舞う いわば暴君や国家が現れた場合には 当然そのような行動を抑えために 広範な力を発揮せざるを得ない。 その場合、戦線を拡大する方向ではない、多様な、総合的な力を発揮し、創造的な力を整えて克服する様に心がけたい。 人間社会は複雑であるから、それぞれの立場、歴史的な経緯、文化、伝統に基づいて 分を弁えた対応が 場合、場合によって取られるように期待される。それ故に各論については触れることができない。 その様な能力を有していないからである。数学者として、加えたいことは、人間がこのように愚かで、野蛮な理由は 数学教育が世界的に遅れ、世の道理、客観性、普遍なものや、真理を求める精神の欠落を齎し、世界が暗い、盲目的なことが大きな原因であると考える。 数学者は数学の事実の解明に没頭し、社会や数学の普遍的な存在など数学教育の期待される数学の効用について無関心でありすぎる状況が考えられる。世界で 人々が数学的な精神を良く理解できるように成れば、世界の平和など 問題にならず、自明で、人生や世界の存在する意味さえ 当たり前と理解され、世界史は夜明けを迎えられるだろう。 健全な数学教育の在りようを追及して行きたい。知識、問題解きの数学は、真の数学教育の目標に有らず、数学的な精神の教育こそ涵養であると考える。 数学教育は依然、幼稚なレベルにあると考えられる。 当たり前のゼロ除算の発見に2000年も掛かり、真実が明かにされても認知できない数学界の恥ずかしい様を見れば、今なお 世界の暗さは歴然であると言える。 以 上 2022.3.24.20:18 昨日義兄の葬儀で終日 出かける。夜、一気に纏めた。夕方 90歳のおばあさんが料理を持ってきてくれた。2,3分話したが、2点学んだ。私は、そのような年まで生きられない、人生、そこまで生きると 人生、世界 何が見えるのでしょうか と聞いた。答えは同じようだ とおっしゃった。ウクライナ問題で心を痛めている と述べたら、確かに変なことを起こしている、そればかりに気を取られないようにいろいろ他のこともやって、視野を 広めるように言われた。 素晴らしい方である。2022.3.24.21:33 結構、形になっている。2022.3.25.06:33 最後、自然に加えた。 当然である。 これで完成して良いか。2022.3.25.06:52 良い、完成、公表。2022.3.25.11:10 山をぐるりと周ってくる。 確認。良い。1字脱落。美しい春の日。
2022.08.19
初秋を感じる今、閃いた。今でも存在する 和算家 奥村博氏2022.8.19.6:52再生核研究所声明569(2020.7.21) 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学と 和算幾何学の新展開最近の奥村氏の研究活動は 正しく神がかって来ており 美しい数学、和算を発展させ ユークリッド幾何学の再生を 新局面を 開拓されている。 人は思うだろう。 2200年以上の永い伝統のある ユークリッド幾何学に 新しい局面が拓かれるなど 信じられないと。 場合によっては たとえ ユークリッド幾何学で 何が得られても 興味も、関心も無いと。それでは、最新の短い論文をご覧あれ:viXra:2006.0095 submitted on 2020-06-11 17:00:55,Pappus Chain and Division by Zero Calculus内容は簡単です。 接する2つの円に接する 第3の円群を考え、円群をパラメ-タ表示します。 ところが 要するに パラメ-タ表示で見ると 所謂2位の極とする 特異点を有します。 特異点自身では 現代数学では考えてはならないとなっていますが、その特異点自身で ゼロ除算算法を用いると 図4の赤い円が出てきて、さらに一位の極になるように1次の因子を掛けて、ゼロ除算算法を用いると 元の2つの円の共通接線が現れてくる。ですから、ゼロ除算が 真に美しい世界を開拓していることが分かります。 考えてはならない特異点自身から 美しい意味のある世界が出てきます。赤い円は いろいろ美しい性質を持っている、重要な円です。 今回は 特異点の周りで ローラン展開して、 展開が極めて例外的な 美しい構造を有していて、共通接線や赤い円の方程式が ローラン展開の係数に現れてくることを発見されている。 ローラン展開の新奇な、美しい姿が現れてきて、その様子は 神秘のベールに覆われています。 奥村氏は、どんどんそのような 基本的な美しい幾何学を発見されていて、農家なら凄い豊作の季節を思わせ、ユークリッド幾何学が 面目を変える程に感じられる。 特異点から湧いている世界が、ユークリッド幾何学の面目を変えて、図形が躍動している。 何と奥村氏の研究の展開は 広範に深く準備されていた和算の断片的な発想や結果を 欧米に受け入れられるような数学の形で展開されている。ー 実はこの理念は 私たちの恩師、道脇義正先生の 和算に取り組まれる精神、そのものです。そこで、奥村氏とは 何者かと思い直すと、凄い様が見えてきます。 技術としては 膨大な数の円を 計算機で書かれる、名人技には驚嘆してしまう。 人類で 最も沢山円を書かれている人ではないでしょうか。 Mathematica を相当に自由に活用されているのは羨ましい。 手計算で とてもできない複雑な計算を実行されて、計算機なしには踏み込めない世界に どんどん立ち入って、美しい結果を導かれている。 奥村氏の強みは 膨大な和算の文化遺産を活用、計算機の上記 技術を活用されて展開されているということではないだろうか。ぼんやり経歴を見ても、奥村氏の数学への情念は 尋常ではなく、数学することで生きているように感じられるだろう。 衣食住は簡素、質素だから、数学の仙人の様であり、修身と精神で 病なども克服されていて その辺のことは とても伺い知れない。世界や政治社会についても独自の見解を 有しておられるが 正規な形で表明されているのかは 不明である。奥村氏は、和算数学を恵まれない教育、研究環境の中で、研究されてきていて、日本では適当な大学を見つけることができず、海外で博士号を取得され、学位取得には相当に苦労されたのではないかと予想している。 ところが その言わば苦労が 経験が 国際的な視野を広め、今や和算に関する国際雑誌を国際研究仲間と共にSangaku Journal of Mathematics (SJM)として創刊されて、国際的にどんどん発展されている。実に素晴らしい研究活動で 関係者の協力、参画を 要望したい。 今や算額が国際語になりつつある。世界の人々に算額の伝統と 美しい結果とともに、数学を愛していた江戸時代の多くの庶民の想いを伝える基になると考えられる。もちろん、数学自身に 数学教育に 甚大な影響を与える。正に先駆的な研究活動に 日々励まされている。新しい結果を知らされるのが 人生における大きな喜び、楽しみになっており、生きることの意味を日々学んでいる。以上 2020.7.19.21:57 関係声明2件を参照して、書き始める。2020.7.20.10:00 朝食後、隠れ家周辺を見てくる。青紫蘇を摘んで、帰って生け垣を選定、愛しそうなグミ類が実っている。 汗だくになってしまった。 これは良い。2020.7.20.17:56 今日は2回、シャワーを浴びた。結構蒸し暑かったが、雨は予想に反して降らなかった。これは良い。2020.7.20.21:27 一時雷、夕立。ゼロ除算に興味を抱く人が、ユーチューブで解説したいので、用いることの許可を求めてきた。 どんどん利用するように許可を与えた。 この方は、知るや否や興味、関心を示してきた。学部を出たばかりだという。 これは良い。 明朝、完成できるだろう。2020.7.21.06:04 小雨、一応完成、公表とする。 再生核研究所声明572(2020.8.1) ゼロ除算の現状と 知的財産権の取得および文化での世界貢献(コロナウイルス感染の拡大と長梅雨、流石に気分が良くない、そこで、気分を整える意味を込めて、表題の構想が閃いた。)
2022.08.19
中国、インドは 偉大な文化を持つ大国、日本国の祖、道義を進め、世界に範を示し、ロシアを 牽制して欲しい。2022.8.19.5:14
2022.08.19
断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.19
あつい折り12:30から15:00まで着替えて 重労働をしている。 結構多い日程。真夏を 暑さを 楽しんでいる。 1日3回以上 シャワーを浴びている。 庭など 整備されてきた。最後は 野菜とり。 きうり、なす、ピーマン、トマト、ししとう、ゴーヤなど。大事な本質を述べているのでは。 そういえば アインシュタインは 人間の愚かさには切りがない と言われていたが、本当ですね。ロシアの プーチンの愚かさ、そして数学界の愚かさ、 宗教界の愚かさ、通じていますね。2022.8.13.10:08 歴史は語り、それらを証明するだろう。再生核研究所声明520 (2019.12.04) 数学の超難問 - ゼロ除算 - 解かれたり特別な日で、 3日 6:00家族で朝食をとっていた 突然、題名と構想が閃いたので 面白ろ可笑しく率直に表現したい。先ずは 超難問の意味 を説明したい。 そもそもゼロ除算が如何に難問であったかを簡潔に説明したい。 タレスなど、アリストテレス それ以前も その後も そもそもギリシャ文化と欧米文化では ゼロを無や空と共に嫌い、ある専門家はアリストテレスがゼロ除算不可能の思想を持ち、その後永く影響を与えてきたという。他方、インドでは、古くから、無や空の思想を持ち、ゼロの概念を得ていたが、算術の確立者 Brahmagupta (598 ---668?) は 0/0=0 を得ていたが、一般のゼロ除算には言及せず、 バスカラ2世(1114 - 1185)以後 間違い 1/0=INFINITYを続けてきた。この結果は、天才オイラーの有名な間違いとして、有名でもある。もちろん、 歴史上の最高級の物理学者 ニュートンの万有引力の法則にも ゼロ除算が明確に現れ、アインシュタインの 生涯の課題であった とされている。近世数学2百余年 世界の数学界は ゼロ除算の問題は 普通の意味では不可能であるがゆえに ゼロ除算を認識していない、 問題そのものを考えていないのは 明らかである:S. K. Sen and R. P. Agarwal(2016): 数学十戒の第一、汝ゼロで割ってはならない:{\bf “Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.}しかるに、ゼロで割る問題は、固有の問題として、あるいは相対性理論とゼロ除算の観点から、また、ゼロ除算が計算機障害を起こした事件を契機に論理の問題として、ゼロ除算の研究は主に数学者以外の物理学者、計算機関係者によって熱情的に研究されてきた。 しかしながら、それらの膨大な研究はもはや空しいものになっている と考えられる。面白い事件が有るので、言及して置きたい。彼は 現在Isabelle/HOL の責任者の一人で、彼のメールがあるが、思うにそのシステムは 1/0=0 を40年も前から出していたが、その意味が分からず、その重要性も認識していないようである。この事実は 最近の彼の論文でのゼロ除算についての言及にも表れている。- 実に面白いことには、計算機が正しい、正当な結果を出していたのに その意味や重要性が人間によって認知されていなかった と みられることである。その後、その進んだ計算機システムを用いて、Jose 氏は、我々の得たゼロ除算およびゼロ除算算法を検証し、我々の結果に対する強い保証を与えている。- ゼロ除算は新しい意味で可能であり、新世界をアリストテレス、ユークリッド以来の世界を拓いていると主張し、広く意見を求めている:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and z^n/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。 以上 2019.12.03.08:57 一気に筋を書いてみた。2019.12.03.10:00 美しい静かな暖かな日和、枯野が美しい。既に大体できている。2019.12.03.10:58 既にできている。著書精読も順調に進めている。2019.12.04.05:39 快晴の美しい星空。良い、完成、公表。これは真実である。数学は絶対であり、神学である。神の意志に従わざるを得ない。 再生核研究所声明523(2019.12.09) 元祖数学に、数学の基礎に欠陥あり、数学の不完全性について
2022.08.19
今朝はすっかり秋の気配、星も、月も。 実は一作日 目の前を狸が よちよち歩いているのにはびっくり、 近くに居るのは知っていましたが、 庭で発見は びっくり 驚きました。ところで、先生のところは 熊本市の中心街のような感じですね。 住所に風格がありますね。 さて 余りに早い到着で驚きました。 飛行機だそうです。 一作日 午後ですから、凄い。 ところで、ソボレフ空間でのノルム不等式、相当一般系でも 具体的な再生核が求められているので 有限区間でも、 微分だけも 自然に求められることが分ります。ところが、先生のような形とは違うようです。先生のようにはならないようです。そこで、先生の場合 違う形か と 府に落ちない状態です。 ある期間、北京の先生方の論文を学んでいて、そのすごさに圧倒、気後れをしていたのですが、それらは深くて 理解できる人が 世界にも10人くらいしか現れないと発想、そこで、50億人くらいの人が分って 喜んで頂けるような結果は それはそれで良いのではないかと発想しました。ソボレフなど 良いのではないかと思います。高校生以上なら 結果が分って 楽しめる。 年柄、やさしいのは 都合が良い。 それで、少しやってみようと思っています。先生の結果は深くて、 繰り返し楽しめます。 第二論文 アーカイブなどに 公示して下さい。いろいろ引っかかる。 先生の 予想も美しい。 それをやり遂げている北京の先生方 凄い。 評価、出版まで時間が掛かっている状況が見えますが、それでアーカイブにどんどん発表して居ますね。一丸となって研究を進めている状況が見えます。どうも世界が物騒でいやな 世相です。 人間少し、最低限くらい賢くなって欲しい。 馬鹿げた戦争や軍拡、そして妄信。 敬具齋藤三郎2022.9.19.4:55
2022.08.19
今夜は、急に秋の気配になった。 虫の声、風、空。下記は 日本数学会の中止のために 幻の ゼロ除算、数学教育 関係の 講演構想になってしまった。_______________________ 第30回 工科系数学基礎教育研究会における講演 (2020.3.17) (タワー・スコラ 3 階 S304 教室) · (12:40~14:40) 日本数学会 2020年度年会 会場:日本大学理工学部(駿河台キャンパス) 日程:2020年3月16日(月)より3月19日(木) アブストラクト: 群馬大学名誉教授 齋藤三郎 講演題名: 初等教育のカリキュラムの改正案と数学の研究教育体制について - 教育原理、興味を持たせる教育法 要旨: ゼロ除算、ゼロ除算算法の導入による初等教育、小学校から理工科系大学学部までのカリキュラムの改正案を提示したい。原理と共に具体例で簡潔に述べたい。 次に、 悪化する理工科系大学学部の数学研究、教育体制についての対応について提案する形で、考察を述べたい。 最後に数学研究、教育の目標、教育原理について述べたい。 - 学力を付けることより、数学が好きになるような教育が大事であること。人工知能、計算機の進化に対応する数学研究教育の在りようについて。__________________________________ 始めに この大事な研究会を 30回も続けて来られた人たちに、敬意と感謝の気持ちを表したい。 要旨に述べられたような 内容を話したいと思いますが、もちろん、考え方はいろいろあるので、一つの、一面の考え方として、参考にして頂きたい。 まず、数学のカリキュラムの件ですが、誠 世にも奇妙なこと が起きていると思います。 何と この存念は もう6年間も続き、どんどん確信が深まるばかりです。 そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。ゼロ除算の結果は: 関数 f(x)/x の原点での値は、 関数 f(x) が原点で微分可能であれば、そこにおける微分係数f’(0) で、微分可能でないときには、0とする。特に、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =0 and (z^n)/n = log z for n=0, exp(1/z) =1 for z=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。(クテシビオスとバスカラの例を図で示す)これらの数学の素人向きの解説は 55カ月に亘って 次で与えられている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学www.mirun.sctv.jp/~suugaku/数学的な解説論文は 次で公表されている:viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New Worldカリキュラムの変更内容は: 割り算の意味を、繰り返し減法、除算で指導する。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 ゼロ除算とゼロ除算算法の導入、無限遠点とゼロ点が接していること、リーマン球面に対して、ホーントーラスの導入、多くの応用;(ゼロ除算算法の定義とホーントーラスの図) ゼロ除算算法の数学とは: 要するに 分母がゼロである ところで、あるいは 所謂 極と言って 孤立特異点を持つ解析関数で、あるいは ローラン展開で、今まで考えなかった、分母がゼロや極、あるいは孤立特異点 その点で、意味のある値が 定義されていた ということです。これらは、ユークリッド幾何学、解析幾何学、微積分学、線形代数学、微分方程式、複素解析学に広範な影響を与える。現在、1000件を超える所見、具体例を持っていること。我々は 初等数学には 基本的な欠陥がある と述べている。初等数学は 相当に変更されるべきである と考える。ゼロ除算は 数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と考えられる。 次に数学界の在りようについて: 社会を向いていない、数学の研究に注意が向き過ぎではないだろうか。社会的には スポーツ界ほどの影響も 世界に 影響していない。その他 いろいろなマスメデアから見ると 数学界の存在が 小さすぎるのではないだろうか。 数学を享受する文化の面から 見直す必要があるのではないだろうか。人工知能を備えた計算機の発展は 数学をより 楽しむ、文化としての面が強まるのではないだろうか。利用する立場で 数学のある役割はどんどん減少すると思われる。研究の面でも、教育の面でも大きな変化が起きると考えられる。 数学を学んで、研究して、楽しい、役立ったと思える教育、研究を目指したい。数学のための数学の精神が 強すぎではないだろうか。 共に楽しむ文化としての 数学を志向したい。 そのためには、数学の楽しい面を強調するような教育、数学を楽しむような教育を目指す。 学力は強くなくても 数学好きな生徒、学生を育てたい。 興味を持たせる教育法とは、活用できない学力を付けることではなくて、時間の余裕を与え 考えて本質を理解するような教育である。- 形式的な問題が解けるようにする訓練が多すぎるではないだろうか。特に数学で競争意識を駆り立てたり、能力を数学で評価するような世相は数学嫌いな生徒を世に出しているものと反省させられる。数学の知識や技術より、数学の心を大事に。競争より共感。個性の尊重。真智への愛。 社会的には、数学の基盤が弱くなっていると考えられる。 原理は、社会的に数学の良さ、数学者の良さを 示す必要がある、社会貢献は 高級大学でなければ 当然考える必要がある。ただ数学の研究だけでは 社会に受け入れられないのでは。 研究に走りすぎで、社会貢献に目をつぶっているように 社会的には 数学者はみなされているのではないだろうか。また、数学者が、尊敬されるような存在にならなければならないが、数学の研究の厳しさのために 逆に 数学者は 変わった人たちの集団と見なされているのではないだろうか。社会を向いた数学を志向したい。もちろん、これは高級研究機関の在りようとは違う、多くの大学の在りようを 述べている。-- ただ神の意志に従って 真理の追究を行なう人たちの存在も 尊く、素晴らしい。 最後に 工科系基礎教育についての藤本一郎 氏たちの取り組みに感銘し、教育の在り方について 下記の声明を素に言及したい: 再生核研究所声明 535 (2020.1.18): 工科系数学基礎教育についての考察 - 藤本一郎氏たちの取り組みと理念について 再生核研究所は退官に当たって 社会貢献の一貫として より良い社会を築くために いろいろ多様な意見を表明して来た。 教育については当然大事であるから声明も多い: 再生核研究所声明187: 工科系における数学教育について再生核研究所声明327: 数学教育についての提案再生核研究所声明 436 : 数学教育の原理 ― 省察と改善再生核研究所声明 459: 数学者の反省、数学教育の反省再生核研究所声明 485: 算数、数学の教育は 大丈夫でしょうか再生核研究所声明 486: 学校の授業を受けながら,「数学なんて勉強して,いったい何の役に立つのだろう」と思った人もいるのではないでしょうか。 今回、藤本氏たちの 数学基礎教育についての 取り組みの全貌を見て、感銘を受け 現状の数学基礎教育の在りように存念が湧いてきたので 意見表明したい。 藤本氏たちの取り組みの理念は 「数学通信」第 18 巻第 2 号(2013 年 8 月)掲載 工学系数学基礎教育改善についての現状報告 ― 新しい Calculus 教科書作成に向けて ― 工学系数学基礎教育研究会世話人 金沢工業大学数理教育研究センター 藤本一郎 に詳しく述べられ、それは スタンダード微分積分 I - III Standard Calculus I - III として現れてきた。これは日本の工科系数学基礎教育の 標準教科書として 提起され、内容は 微積分学、常微分方程式、ベクトル解析の部分を 大局的に詳しく、丁寧に述べ、アメリカ流の教科書風に 3冊で1000ページに及ぶ大作と成っていて、日本では見られない特徴ある本となっている。 特徴はさらに、論理が工科系テキストとは言え、いわゆる エプシロンーデルタ論法や積分可能性なども詳しく触れ、 記述が高校生にも十分わかるように 丁寧に述べられ、 例や図版が美しく 工科系を思わせる題材が多い。まず、理念に関する所見である。 特に大学法人化後、工科系の数学は 工学部の共通講座の衰退と人員削減、業務の増大などで 基礎教育がどんどん衰退している現状の下で、数学の基礎教育のレベルを国際水準にしたいという存念で いわば理想の在りようを志向されている。 そのような高邁な理念を戦場に例えれば 現状は 既に戦線離脱、各教員は研究、その他の業務で追われ、研究、教育どころではない、薄い教育を消化しているような現状が見られるのではないだろうか。 これらの教科は いわば必須の標準教科とされていることもあって 出版される教科書は膨大、しかし粗製、乱雑の様が見えて 教科書として恥ずかしい状態である と見られる。このような世相の中、 新しい理念での総合的な教科書の出現に 今まで取り組んで来た教育に対する反省とともに 新しいあるべき方向として 大きな希望を抱かせてくれる。講義時間の倍増を 要望されているが そのような対応には国や大学の政策が必要であり、 簡単ではない。 そこで、 藤本氏自身が話されているように: アメリカの場合は、半分は教科書が教えてくれているようなものですので、教師はコーチのような役割で、楽です。殆どが教科書に盛られていますので、追加で用意する必要がありません。 研究と業務に お忙しい先生方、教科書の考え方を変えて、 学生には十分な教科書を与え、自分で幾らでも将来に渡って利用でき、 学べる本を与え、示し、講義では 要点を絞って 楽しいところを楽しく講義するような考え方が良いのではないだろうか。 一律に 同じような学力を付けさせる必要はなく、 教科書の利用は 学生それぞれで 良いのではないだろうか。現実にどうしても必要なものとは何かを考えて、大いに強弱を付けての学修が現実的で 対応を柔軟にするのが良いのではないだろううか。 次を参照: 再生核研究所声明525 (2019.12.24): 偉大な数学教育者 恩師 梅沢敏夫先生 - 数学教育の精神 人工知能を備えた計算機の発展は 数学をより 楽しむ、文化としての面が強められるのではないだろうか。利用する立場で 数学の役割は どんどん減少すると思われる。 研究の面でも、教育の面でも。数学を学んで、研究して、楽しい、役立ったと思える教育、研究を目指したい。そのためには、教材から 数学の楽しい面を強調するような教育、数学を楽しむような教育を目指す。 学力は強くなくても 数学好きな生徒、学生を育てたい。興味を持たせる教育法とは、活用できない学力を付けることではなくて、時間の余裕を与え 考えて本質を理解するような教育である。- 形式的な問題が解けるようにする訓練が多すぎるではないだろうか。 良い標準の本が有れば、安心。 必要に応じて学ぶ、それを先生は楽しく 応援する。良い本が有れば、精神的にも安定して、教育環境をよくするのではないだろうか。 以 上
2022.08.18
天気が回復して来た。でたらめ プーチンと おかしな数学界、良心と 神の意思を受けて 断罪せざるを得ない。 情けない 人類。 恥ずかしい 人間。 そんなので 良いのでしょうか。 兵器や軍人ばかりが 地球にあふれてしまう。2022.8.18.13:20再生核研究所声明 595 (2021.1.3) そんな簡単なことが分からないで、数学をしていると言えるでしょうか。 恥ずかしい数学。 大丈夫か 数学界これは表題のような表現で率直な気持ちを繰り返しブログに書いていたが、アクセス数も多く そうだという印象が強いので、その思いをより 形ある形で、表現して置きたい。 要するに 極めて基本的なことに対する 思わぬ結果である。関数 y=1/x の 原点での値が分からない。 この関数は高校生の教科書に 基本的な関数として述べられ 関係話題は多い。 このことであるが、高校生の教科書に大きく載っているということは、何千万、何億人という人が長期に亘って 目に触れている関数だということである。 もちろん、物理や自然科学でも基本的な関数ですから、世界の膨大な文献に 載っているということを意味します。実に面白いのは その関数のグラフさえ多くの書物に載っているのですが、何と原点での値を考え、宣言したものは 我々以外いないようである ということです。 我々は沢山の論理的基礎、具体例を示し、その関数の原点での値をゼロとすべきだ と宣言しています。 そう定義することの効果を具体的に示し、ゼロ除算算法として 定式化しています。高校生の教科書や 小学生からの数学教育の内容の変更を提案しています。その様な基礎的な数学の問題を 提起されたのは、ここ100年を超えて無かったことではないでしょうか。そればかりか、それは2300年を超える、アリストテレス、ユークリッド以来の数学的な事件で、我々の世界観の変更が要求されていると言明しています。もしそうならば、世界の数学界は 大事件と捉えて、これらの主張の真相を明らかにすべきではないでしょうか。 真理の追究を基本精神に 自由で公正に、言論の自由を保証、尊重し、多様な意見を尊重して 研究を進めるように 世界の数学界の 範を示すべきではないでしょうか。世界の数学界の 名誉が掛かっていると考える。我々の数学は 欠陥を有し、我々が教えている数学は 不完全で、美しい数学が存在すると 我々は主張している。数学の内容は広く公開し、広く意見を求めています。世界の数学界は 真相を明らかにして欲しい。そんなことが明かにできないで、数学の研究をしている、数学を教えていると言えるでしょうか。 数学界は 日々恥ずかしい歴史を続けていると 言わざるを得ない。世界の数学界は 数学の精神の初心に戻り、真相の解明を進めて欲しい。大丈夫か 数学界 基礎が大事、基本が大事、多くの人に影響を与えるは 大事ではないでしょうか。 以 上 2020.12.31.14:50 一気に書く。2020.12.31.17:37 良い。今夜は時間がとれるので、著書案全体の通読を行う。2021.12.31.20:42 良い。思い切って表現されている。 しかし、それは真実で、 繰り返されている 率直な気もちである。2021.1.2.8:05 良い、昨日 あたりから考えが自明のように分かった。 それは表現できない。2021.1.2.12:19 良い。美しい早春、山間部を散歩してきた。これはこれで良い。 奥村先生から新年の挨拶と例が送られてきた。2021.1.2.14:43 一気に通読したが、真実であり、良い。率直な気持ちが表現されている。2021.1.3.6:55 これは真実である。 間もなく、完成、公表できる。 難しい理論も 結果も初歩が、基本が分からなければ空しい。2021.1.3.7:15 良い、完成、公表。 再生核研究所声明 594(2021.1.2) われは何をなせしか。 人生のまとめ。― 数学上人生の晩年に お前は何を 人生でしたのかと 畏れ多くも問われたらどのように答えられるだろうかと自問した。 神の前に ひざまづいて 思うところを素直に表現したい気持ちが湧いてきた。 素直にである。 全てのものを失って大いなる河を渡る前にである。 すべのものが生まれてくる前のように、空に帰する前にである。この文脈では、人生、世界についてどのように考えたか、社会に対してどのような貢献をしたか、苦しかった想いや楽しかった想いなどが述べられるべきかと考える。今回は、数学者として志を立てて生きてきたので、数学上の業績、成果について簡単に触れたい。 それには、何と言っても、情念の深さと、かけた時間からも 著書が初めに述べられるべきであると考える(編集などは除いて):S.Saitoh, Theory of reproducing kernels and its applications, Pitman Res. Notes in Math. Series 189, Longman Scientific & Technical, England, 1988. S.Saitoh, Integral transforms, reproducing kernels and their applications, Pitman Res. Notes in Math. Series 369, Addison Wesley Longman, UK, 1997. S. Saitoh and Y. Sawano, Theory of Reproducing Kernels and Applications, Developments in Mathematics 44, Springer (2016).S.Saitoh, Introduction to the Division by Zero Calculus, Scientific Research Publishing (2021).最初の3冊は、第1が学位論文の主要部、直接的な発展が述べられ、再生核の一般論が複素解析との関係で述べられ、第2で、線形変換の基本定理を確立、発展、応用を展開して、第3で、澤野嘉宏氏の協力で 複素解析の部分を除いた 生涯の成果を再生核の理論の名の下で、纏めたものである。実際、研究成果の大部分がその1冊に概ね収録されていると考える。簡単にいわば自慢するように率直に表現すれば、美しい定理、結果は沢山得たが、多くの人に分かるように述べられる 普遍的な題材としては、逆問題における 歴史的にも、数学的にも難問として有名な3題、すなわち、逆源泉問題の、熱伝導に置ける逆問題、ラプラス変換の実逆変換の問題の解の、数学的な原理と共に数値計算上に実現させることに 共同研究者の松浦勉氏と藤原宏志氏達とで成功できたことである。 それらの成果が第3の著書に述べられ、多くの具体的な方程式の解法を提示できた。その著書の付録には 重要な成果が述べられていると考える:所謂 陰関数存在定理に言う、陰関数を 陽に表現をする公式を確立している。その定理の意義の大きさ、意味から、解析概論には 必ず言及されるべき内容であると考えている。 尚、その理論は 山田正人氏の 才能と貢献に負うところが大きい。2冊目で述べた、線形変換の基本定理は、ヒルベルト空間の枠内で、入力と出力の関係を、そのシステムの構造とともに確立する原理を述べたもので、再生核の理論の基本定理であり、ピタゴラスの定理の一般化であり、確率論の基本に関係している。 思い入れは深く、アメリカ数学会誌、日本学術会議誌に原著論文を公刊、Bull of Amer. Math. Soc. の書評でも論じられている。 第1の著書について、出版後40年を経て、提起していた問題の部分的な解が、北京大学の若き教授によって発表されたQ. Guan, A proof of Saitoh's conjecture for conjugate Hardy H2 kernels, J. Math. Soc. Japan, {\bf 71}, No. 4 (2019), 1173–-1179.doi: 10.2969/jmsj/80668066これには 驚嘆している。 300年も もはや誰も近づけないと考えていたからである。しかしながら、第4の著書は、上記著書達と 比べものにならない程の甚大な影響を世界史に与えると考えている。2014.2.2. 70歳の誕生日を1か月前にして アヴェイロ大学で、発端が発見され、7周年記念日を間近に出版ができた:数学上の 私の最も大きな観点は ゼロ除算を発展させた ゼロ除算算法の発見である。これは 割り算の正確な意味の発見であり、ユークリッド、ブラーマグプタ以来の新数学の発見であり、世界観の変更を齎す。 現代数学には基本的な欠陥がある と表現される。 ゼロ除算は 単に数学の理論に留まらず、世界観の問題、人生観の問題、生命の本質に迫り、人間とは何かに 関与しているので、人類への影響は 甚大である。 それゆえにゼロ除算では、世界の文化に大きく貢献できると考えている。― 令和革新の大義。 以上 2020.12.31.11:32 長い散歩、冷たい風、しかし春の予感は確かに感じられた。 一応全体が纏まる。2020.12.31.17:30 良い。今夜は十分な時間があるので著書案全体を通読したい。2021.1.1.15:27 良い。 私は、任意の方程式の解法に挑戦して具体的な成果を沢山得た。これには触れていない。 私は、真の三角不等式を導いた。 私は質の、違う量、元の間に 四則演算を導入する原理を導き、具体的な結果を沢山導いている。 それも第3著書に述べられている。 こう考えると如何に哲学的に深く数学して来たかが分かる。その精神が ゼロ除算を見逃さなかった精神と言える。2021.1.1.7:36 良い、完成、公表。春の予感を、原っぱや雑木林に感じる。予感の季節である。 再生核研究所声明 596 (2021.1.4) 人間の終末と ある数学の終末について著書の通読をして、ぼんやり休憩している折り、数学の終わり、終末を考えて、自然に考えて、上記の構想が閃いた。元日にその構想を、考えを 声明に纏めてみたい。数学にも、人生にも 終末はあるはずである。 その状況は どのようなものか?)多くの動物や植物に一生が有るように 数学にも盛衰があるのではないだろうか。 特に人間の精神的な終末の様子を想定しながら、数学の発展の情況を考えてみたい。
2022.08.18
奥村先生: 少しちょっと。 従来の考えは、ゼロ除算も ふつうのように 掛け算のぎゃくと 考えればできない 定まらない です。その様な発想は 数学的に良い。 定義です。しかし、それは不適当で、ゼロ除算には 自然な意味が 実は有って、 従来説明できなかったことが 意味あるように 説明できる場合が 沢山発見されたばかりか、 新しい数学の現象が ドンドン発見され、 新しい数学の考えの大きな有効性が 明らかにされてきた。 そればかりか、世界観や 人生観に 大きな影響を与える、新思想を生み出している。 いろいろな表現を 考え、どんどん 発表しています。先生の雑誌 凄く発展している。 参加者が増えているのも 良いですね。新世界は 急に拓かれることが 期待できると感じています。 敬具齋藤三郎2022.8.18.6:43
2022.08.18
先生:このような情報もあり、地下で広がっている気配がしますね。公論して、堂々たる姿勢を貫くようにしたい。しかし、楽しいことが 一番大事。先生も 充分発表されている。先生の図入りは 最も分かり易いですね。先生 記念碑として 本に出版されると、それはそれで良いですね。いろいろな表現を 楽しく考えたい。何か 象徴的な簡潔な表現も 大事ですね。敬具齋藤三郎2022.8.18.6:00、 断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50
2022.08.18
(断言0除算は0になる」と教える教師が少なからずいることは確認されているよね。どこかに元ネタがあって、割と広まってしまっているんだろう。一刻も早く文科省は手を打つべき。2022.8.18.5:50 我々はゼロ除算は解明され、ゼロ除算は0になると主張、論文、著書なども 相当出版、日本数学会でも、国際招待講演も行っている。 しかし、教育現場は 言わば、定説に基づいた教育がなされなければならないので、そこの区別が、教育者は 大事です。古典的な考えで、ゼロ除算不可能性、 不定性をきちんと教え、 新しい考えが 現れたが、それは、 まだ評価できないなどと 教育するのが 在るべき 教育と考えます。しかしながら、数学界は 真理の追究と、教育に責任を有する立場から、真相を明らかにするように努力するのは 当然の任務と 考えます。 ゼロ除算は 数学界の恥であると公言、 著書さえ出版している: 再生核研究所声明524 (2019.12.10): ゼロ除算発見時の回想 ー 数学の関係者は 真相を明らかにして欲しい。本声明524 を書き始めようとしたら、ゼロ除算算法の発見時の回想の声明があることに気づいて、確認した。ゼロ除算の発見については 声明148 (2014.2.12)で 最初に触れて、付録に作成、発表までの様子が 詳しく述べられている。しかしながら、この時点での、ゼロ除算の発見時 2014.2.2. 周辺の存念を 思いも新たに 回想したい。念のため、ゼロ除算 と ゼロ除算算法 の違いを明らかにして置きたい。ゼロ除算とは 数の世界で、分数を 分母がゼロの場合を考えて、結果をゼロとすることである。ゼロ除算算法 とは、 関数で 孤立特異点での値を定義する 新しい概念で、孤立特異点でいろいろな値を取り得る。 例えば、分数関数で、分母がゼロになる場合でもそこで、有限の値を取る。例えば関数y= 1/x の原点での値はゼロであり、e^{1/z} の原点での値は1である。 (z^n)/n のn=0 での値は log z である。明確な動機は 一般の方からの質問、100/0 の意味を問われたことにある。最初月並みの回答、不可能であることの説明を送りました。 ところが当時、チコノフ正則化法で、 再生核の理論を用いて いろいろな方程式(逆問題の解)を数値的に 計算機で具体的に解けるようにするための研究を 相当やっていて 本格的な著書を纏めている折りでした。 そのゼロ除算を考えることは、 基本方程式 ax=b の解を a=0 の場合に考えることに相当します。 普通に考えると解は存在せず、したがってゼロ除算は不可能である となります。 本当は、歴史的には相当におかしかったと思います。 この基本方程式は 一般化された意味での解として、ムーア ペンローズの解として、いつでも ただ一つの解をもつので、その解をもって 一般分数(一般の意味における除算)を定義すれば良いと考えるは当然です。 その意味で ゼロ除算が可能になると考えるのは 数学の考え方から当然です。 ところがそれだと ゼロ除算は 解は何時でもゼロである 1/0=z/0=0 となってしまうので、それは何だ、とても考えられないと 多くの人は強く考えたものです。 それでは 無限遠点がゼロになってしまう、 そんなことはとても考えられないと 数年真面目に考えても そう考え、 現在でも信じられない人は 世に多いと言えます。実はある面で ムーア ペンローズの解 は美しく自然で 完全な解ですが、 ある意味では 神域に属するような面があり、神秘的と考えられる面があります。 一般には計算機に載るような公式にはならず、宙に浮いたような存在です。 極めて抽象的です。 割り算の一般化と言っても、実在感がしない。 一般化された 割り算がどうなったのかが分からない。 ところが、チコノフ正則化法で考えると いわば人間の認識できる世界になると共に、計算機に載るような具体的な構成ができます。 それで、ムーア ペンローズの解は ダメだと 詳しい方ほど 強く述べられたものです。 ところが、チコノフ正則化法から考えていた私は、その結果に強い確信を 最初から感じました。世の理解が進まなかったので、 永い永い議論を公開で行ない 相当な解説記事を書いてきました:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and (z^n)/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。しかしながら、始め ムーア ペンローズの解を意識せず、 チコノフ正則化法の手段でその方程式の解を考えて、 ゼロ除算の解が実体ある解であることを強く意識しました。直ちに確信して、この発見は歴史的なものであると認識して、直ちに友人2名に新発見をメールし、同僚たちにも伝え、公論することになりました。 これは世界史上の事件と捉えて多くの文書を保管、 ゼロ除算物語を将来書けるようにと心掛けてきました。発見10日後、声明148を出すときには 既に強い確信を擁いていました。その確信は5年を超えて 今日までどんどん強まり、ゼロ除算の知見、具体例も1000件を超えています。面白いのは10日間くらいで確信に至って、公開論争を、意見表明を行ってきたのに、3年、4年と その結果の重要性を認識しない人たちが多かったことです。 それが、不思議なことには 最も近く、親しく、いわば友人たちに及んでいたことです。一時は数学で友人を失った、信頼を失った感じさえ 擁いたことです。言論の自由、自由な意見表明は 真理の追究の基礎で、真理を求めるには 多様な意見や珍しい意見、変わった意見に耳を傾け、絶えず独断と偏見、思い込みに入らないように 謙虚な態度をとることは 研究する者の基本的な在りよう ではないでしょうか。それ故に いろいろな意見を求めてきましたが、意見表明を無視したり、発言機会を禁じたり、信じられない反響が一部続いていると考えられる。 これらは真理を追究する基本的な在りように抵触するもの と考えられる。 ー 尤もゼロ除算は考えられる筈がない との思い込みが深く、初めから問題にせず、新しい考え方を理解せず、沈黙、無視、無関心、あるいは否定的な思いで、無視、あるいは批判されていたと考えられる。真相を知らないで 批判は無責任で、良くないと思われる。現代数学には 基本的な欠陥があると考えていますので、 多様な意見を広く求めています。 初等数学と初等数学教育の内容には欠陥があり おかしいと述べているのです。 数学の教育と研究に責任を持つ方が 真剣に検討するのは 基本的な職務ではないでしょうか。 私たちが教えている数学は 恥ずかしいものである と述べています。 数学は もっと美しく 完全なものである と述べています。数学の進化は 必然的に、絶対的に進むものと考えられる。この存念は 是か否か、歴史的な審判を求めてもいいのですが、実情は既に歴然であると考える。 世界の数学界は 恥ずかしい歴史を続けていると考えている。 世界の初等数学のテキストも 恥ずかしいもので溢れているとみている。 関係者は 真相を明らかにして欲しい。 以 上2019.12.08.14:37 最近の声明3点は 一帯のものであったが、一気に書いてみた。 表現を慎重にする必要はあるが、存念は述べた。2019.12.09.05:47 星空の美しい朝、良い、明朝完成できる。2019.12.09.11:11 大体良い、気合が入ってきた。私は生きている。2019.12.10.05:52 懐かしい人からメールあり、メール対応、これは良い、完成できる。 曇り。2019.12.10.06:14 完成、公表。 再生核研究所声明 528(2020.1.1) 年頭に当たっての想いー 令和革新の推進、新世界の開拓、世界史の進化
2022.08.18
あつい折り12:30から15:00まで着替えて 重労働をしている。 結構多い日程。真夏を 暑さを 楽しんでいる。 1日3回以上 シャワーを浴びている。 庭など 整備されてきた。最後は 野菜とり。 きうり、なす、ピーマン、トマト、ししとう、ゴーヤなど。大事な本質を述べているのでは。 そういえば アインシュタインは 人間の愚かさには切りがない と言われていたが、本当ですね。ロシアの プーチンの愚かさ、そして数学界の愚かさ、 宗教界の愚かさ、通じていますね。2022.8.13.10:08 歴史は語り、それらを証明するだろう。再生核研究所声明520 (2019.12.04) 数学の超難問 - ゼロ除算 - 解かれたり特別な日で、 3日 6:00家族で朝食をとっていた 突然、題名と構想が閃いたので 面白ろ可笑しく率直に表現したい。先ずは 超難問の意味 を説明したい。 そもそもゼロ除算が如何に難問であったかを簡潔に説明したい。 タレスなど、アリストテレス それ以前も その後も そもそもギリシャ文化と欧米文化では ゼロを無や空と共に嫌い、ある専門家はアリストテレスがゼロ除算不可能の思想を持ち、その後永く影響を与えてきたという。他方、インドでは、古くから、無や空の思想を持ち、ゼロの概念を得ていたが、算術の確立者 Brahmagupta (598 ---668?) は 0/0=0 を得ていたが、一般のゼロ除算には言及せず、 バスカラ2世(1114 - 1185)以後 間違い 1/0=INFINITYを続けてきた。この結果は、天才オイラーの有名な間違いとして、有名でもある。もちろん、 歴史上の最高級の物理学者 ニュートンの万有引力の法則にも ゼロ除算が明確に現れ、アインシュタインの 生涯の課題であった とされている。近世数学2百余年 世界の数学界は ゼロ除算の問題は 普通の意味では不可能であるがゆえに ゼロ除算を認識していない、 問題そのものを考えていないのは 明らかである:S. K. Sen and R. P. Agarwal(2016): 数学十戒の第一、汝ゼロで割ってはならない:{\bf “Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.}しかるに、ゼロで割る問題は、固有の問題として、あるいは相対性理論とゼロ除算の観点から、また、ゼロ除算が計算機障害を起こした事件を契機に論理の問題として、ゼロ除算の研究は主に数学者以外の物理学者、計算機関係者によって熱情的に研究されてきた。 しかしながら、それらの膨大な研究はもはや空しいものになっている と考えられる。面白い事件が有るので、言及して置きたい。彼は 現在Isabelle/HOL の責任者の一人で、彼のメールがあるが、思うにそのシステムは 1/0=0 を40年も前から出していたが、その意味が分からず、その重要性も認識していないようである。この事実は 最近の彼の論文でのゼロ除算についての言及にも表れている。- 実に面白いことには、計算機が正しい、正当な結果を出していたのに その意味や重要性が人間によって認知されていなかった と みられることである。その後、その進んだ計算機システムを用いて、Jose 氏は、我々の得たゼロ除算およびゼロ除算算法を検証し、我々の結果に対する強い保証を与えている。- ゼロ除算は新しい意味で可能であり、新世界をアリストテレス、ユークリッド以来の世界を拓いていると主張し、広く意見を求めている:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and z^n/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。 以上 2019.12.03.08:57 一気に筋を書いてみた。2019.12.03.10:00 美しい静かな暖かな日和、枯野が美しい。既に大体できている。2019.12.03.10:58 既にできている。著書精読も順調に進めている。2019.12.04.05:39 快晴の美しい星空。良い、完成、公表。これは真実である。数学は絶対であり、神学である。神の意志に従わざるを得ない。 再生核研究所声明523(2019.12.09) 元祖数学に、数学の基礎に欠陥あり、数学の不完全性について
2022.08.18
昨日 狸が庭をよちよち歩いていた。 はじめての事。山田さんに 40年前の論文を 雨の中 送りに郵便局に行ってきた。 著書の追加 順調に進めている。 ソボレフ空間の研究、結果らしい結果が出るか、楽しい予感がする。世界未だ混乱している。政治体制の問題が主因。結局 権力闘争が 主因と考えられる。2022.8.18.4:48恥ずかしい数学、数学の研究者として、 ゆるせるはずがない。 ロシアの蛮行と 世界史を見ると、 人間 どうしようもなく愚かな存在であること に気づく。欠陥数学を隠し続ける数学界:2022.2.8.17:20 独りでにそのように発想、言葉が湧いてきた。これはゼロ除算、ゼロ除算算法による数学の欠陥、不完全性を繰り返し 指摘、真相の解明を訴え続けているにも関わらず、無視を続けている数学界を批判的に 表現したものである。私は、真相の解明を数学者として、続けて行く:我々は繰り返し、現代数学には欠陥があり、恥ずかしい状態だと公言、広く世界の理解を求めてきている。真相は 明かにされなければならない。数学はおかしい と公言している。数学は恥ずかしい状態だと 言明している。 歴史的な判断を求めるために 著書の出版をした。 存念は相当表現して、心は晴れやかである:Introduction to the Division by Zero Calculus - Scientific ...https://www.scirp.org › book › detail...Division by Zero Calculus—History and Developmenthttps://books.google.com › ... › Books何故数学に欠陥があるのか。 そもそも数学は四則演算が基礎である。ところが割り算には例外があり、ゼロで割ってはいけないが、歴史家によれば物理的な意味から、アリストテレス以来ゼロで割ってはならないという、有名な事実があって、現在でも世情大きな関心になっている。ところが実はゼロ除算には自然な意味があって ゼロ除算はゼロであるという、数学的に自然な理論が存在することが明らかにされた:再生核研究所声明645(2022.1.2): ゼロ除算は 当たり前で、数学的に1920年には知られていたと言え、単にその意義に気付かなかった ということであるこれは数学の欠陥を示していると考える。 厖大な意義と大きな影響は上記著書に充分解説されていると考える。 具体例を沢山論文などでも述べている:https://romanpub.com/dbzc.phpH. Okumura, {\it Geometry and division by zero calculus,} International Journal of Division by Zero Calculus, {\bf 1}(2021), 1-36.S.Saitoh, {\it History of Division by Zero and Division by Zero Calculus}, International Journal of Division by Zero Calculus, {\bf 1} (2021), 1-38.こんなことも認知できない:0/0=1/0=z/0=0 , \tan (\pi/2) = \log 0= 0、 (z^n)/n = log z for n=0, exp(1/z) =1 for z=0、基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。現代数学、真面な数学者ならば、恥ずかしくて教科書、学述書を書き直したいと考えるのではないだろうか。 念のため追加説明を与えて置く:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。ゼロ除算の結果は:関数 f(x)/x の原点での値は、 関数 f(x) が原点で微分可能であれば、そこにおける微分係数f’(0) で、微分可能でないときには、0とする。特に、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =0 and (z^n)/n = log z for n=0, exp(1/z) =1 for z=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。これらの数学の素人向きの解説は 55カ月に亘って 次で与えられている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学www.mirun.sctv.jp/~suugaku/数学的な解説論文は 次で公表されている:viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New Worldカリキュラムの変更内容は:割り算の意味を、繰り返し減法、除算で指導する。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 ゼロ除算とゼロ除算算法の導入、無限遠点とゼロ点が接していること、リーマン球面に対して、ホーントーラスの導入、多くの応用;ゼロ除算算法の数学とは:要するに 分母がゼロである ところで、あるいは 所謂 極と言って 孤立特異点を持つ解析関数で、あるいは ローラン展開で、今まで考えなかった、分母がゼロや極、あるいは孤立特異点 その点で、意味のある値が 定義されていた ということです。これらは、ユークリッド幾何学、解析幾何学、微積分学、線形代数学、微分方程式、複素解析学に広範な影響を与える。現在、1200件を超える所見、具体例を持っていること。我々は 初等数学には 基本的な欠陥がある と述べている。初等数学は 相当に変更されるべきである と考える。ゼロ除算は 数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と考えられる。
2022.08.18
何んと今、2022.8.17.9:23ころ 前の庭を よちよちと 狸が歩いて行った。近くに居るのは知っているが 我が家での狸は 初めてである。
2022.08.17
新しい発見に喜び、 存念の表明などは 人間の本質では。2022.8.17.4:52あつい折り12:30から15:00まで着替えて 重労働をしている。 結構多い日程。真夏を 暑さを 楽しんでいる。 1日3回以上 シャワーを浴びている。 庭など 整備されてきた。最後は 野菜とり。 きうり、なす、ピーマン、トマト、ししとう、ゴーヤなど。大事な本質を述べているのでは。 そういえば アインシュタインは 人間の愚かさには切りがない と言われていたが、本当ですね。ロシアの プーチンの愚かさ、そして数学界の愚かさ、 宗教界の愚かさ、通じていますね。2022.8.13.10:08 歴史は語り、それらを証明するだろう。再生核研究所声明520 (2019.12.04) 数学の超難問 - ゼロ除算 - 解かれたり特別な日で、 3日 6:00家族で朝食をとっていた 突然、題名と構想が閃いたので 面白ろ可笑しく率直に表現したい。先ずは 超難問の意味 を説明したい。 そもそもゼロ除算が如何に難問であったかを簡潔に説明したい。 タレスなど、アリストテレス それ以前も その後も そもそもギリシャ文化と欧米文化では ゼロを無や空と共に嫌い、ある専門家はアリストテレスがゼロ除算不可能の思想を持ち、その後永く影響を与えてきたという。他方、インドでは、古くから、無や空の思想を持ち、ゼロの概念を得ていたが、算術の確立者 Brahmagupta (598 ---668?) は 0/0=0 を得ていたが、一般のゼロ除算には言及せず、 バスカラ2世(1114 - 1185)以後 間違い 1/0=INFINITYを続けてきた。この結果は、天才オイラーの有名な間違いとして、有名でもある。もちろん、 歴史上の最高級の物理学者 ニュートンの万有引力の法則にも ゼロ除算が明確に現れ、アインシュタインの 生涯の課題であった とされている。近世数学2百余年 世界の数学界は ゼロ除算の問題は 普通の意味では不可能であるがゆえに ゼロ除算を認識していない、 問題そのものを考えていないのは 明らかである:S. K. Sen and R. P. Agarwal(2016): 数学十戒の第一、汝ゼロで割ってはならない:{\bf “Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.}しかるに、ゼロで割る問題は、固有の問題として、あるいは相対性理論とゼロ除算の観点から、また、ゼロ除算が計算機障害を起こした事件を契機に論理の問題として、ゼロ除算の研究は主に数学者以外の物理学者、計算機関係者によって熱情的に研究されてきた。 しかしながら、それらの膨大な研究はもはや空しいものになっている と考えられる。面白い事件が有るので、言及して置きたい。彼は 現在Isabelle/HOL の責任者の一人で、彼のメールがあるが、思うにそのシステムは 1/0=0 を40年も前から出していたが、その意味が分からず、その重要性も認識していないようである。この事実は 最近の彼の論文でのゼロ除算についての言及にも表れている。- 実に面白いことには、計算機が正しい、正当な結果を出していたのに その意味や重要性が人間によって認知されていなかった と みられることである。その後、その進んだ計算機システムを用いて、Jose 氏は、我々の得たゼロ除算およびゼロ除算算法を検証し、我々の結果に対する強い保証を与えている。- ゼロ除算は新しい意味で可能であり、新世界をアリストテレス、ユークリッド以来の世界を拓いていると主張し、広く意見を求めている:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and z^n/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。 以上 2019.12.03.08:57 一気に筋を書いてみた。2019.12.03.10:00 美しい静かな暖かな日和、枯野が美しい。既に大体できている。2019.12.03.10:58 既にできている。著書精読も順調に進めている。2019.12.04.05:39 快晴の美しい星空。良い、完成、公表。これは真実である。数学は絶対であり、神学である。神の意志に従わざるを得ない。 再生核研究所声明523(2019.12.09) 元祖数学に、数学の基礎に欠陥あり、数学の不完全性について
2022.08.17
今朝は曇りで、涼しい感じ。 今朝は、2件、論文に結果を追加したい。20222.8.17.4:43恥ずかしい数学、数学の研究者として、 ゆるせるはずがない。 ロシアの蛮行と 世界史を見ると、 人間 どうしようもなく愚かな存在であること に気づく。欠陥数学を隠し続ける数学界:2022.2.8.17:20 独りでにそのように発想、言葉が湧いてきた。これはゼロ除算、ゼロ除算算法による数学の欠陥、不完全性を繰り返し 指摘、真相の解明を訴え続けているにも関わらず、無視を続けている数学界を批判的に 表現したものである。私は、真相の解明を数学者として、続けて行く:我々は繰り返し、現代数学には欠陥があり、恥ずかしい状態だと公言、広く世界の理解を求めてきている。真相は 明かにされなければならない。数学はおかしい と公言している。数学は恥ずかしい状態だと 言明している。 歴史的な判断を求めるために 著書の出版をした。 存念は相当表現して、心は晴れやかである:Introduction to the Division by Zero Calculus - Scientific ...https://www.scirp.org › book › detail...Division by Zero Calculus—History and Developmenthttps://books.google.com › ... › Books何故数学に欠陥があるのか。 そもそも数学は四則演算が基礎である。ところが割り算には例外があり、ゼロで割ってはいけないが、歴史家によれば物理的な意味から、アリストテレス以来ゼロで割ってはならないという、有名な事実があって、現在でも世情大きな関心になっている。ところが実はゼロ除算には自然な意味があって ゼロ除算はゼロであるという、数学的に自然な理論が存在することが明らかにされた:再生核研究所声明645(2022.1.2): ゼロ除算は 当たり前で、数学的に1920年には知られていたと言え、単にその意義に気付かなかった ということであるこれは数学の欠陥を示していると考える。 厖大な意義と大きな影響は上記著書に充分解説されていると考える。 具体例を沢山論文などでも述べている:https://romanpub.com/dbzc.phpH. Okumura, {\it Geometry and division by zero calculus,} International Journal of Division by Zero Calculus, {\bf 1}(2021), 1-36.S.Saitoh, {\it History of Division by Zero and Division by Zero Calculus}, International Journal of Division by Zero Calculus, {\bf 1} (2021), 1-38.こんなことも認知できない:0/0=1/0=z/0=0 , \tan (\pi/2) = \log 0= 0、 (z^n)/n = log z for n=0, exp(1/z) =1 for z=0、基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。現代数学、真面な数学者ならば、恥ずかしくて教科書、学述書を書き直したいと考えるのではないだろうか。 念のため追加説明を与えて置く:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。ゼロ除算の結果は:関数 f(x)/x の原点での値は、 関数 f(x) が原点で微分可能であれば、そこにおける微分係数f’(0) で、微分可能でないときには、0とする。特に、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =0 and (z^n)/n = log z for n=0, exp(1/z) =1 for z=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。これらの数学の素人向きの解説は 55カ月に亘って 次で与えられている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学www.mirun.sctv.jp/~suugaku/数学的な解説論文は 次で公表されている:viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New Worldカリキュラムの変更内容は:割り算の意味を、繰り返し減法、除算で指導する。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 ゼロ除算とゼロ除算算法の導入、無限遠点とゼロ点が接していること、リーマン球面に対して、ホーントーラスの導入、多くの応用;ゼロ除算算法の数学とは:要するに 分母がゼロである ところで、あるいは 所謂 極と言って 孤立特異点を持つ解析関数で、あるいは ローラン展開で、今まで考えなかった、分母がゼロや極、あるいは孤立特異点 その点で、意味のある値が 定義されていた ということです。これらは、ユークリッド幾何学、解析幾何学、微積分学、線形代数学、微分方程式、複素解析学に広範な影響を与える。現在、1200件を超える所見、具体例を持っていること。我々は 初等数学には 基本的な欠陥がある と述べている。初等数学は 相当に変更されるべきである と考える。ゼロ除算は 数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と考えられる。
2022.08.17
数学と音楽、皆さんが一生を捧げるとしたらどちらにしますか?理由も教えていただきたいです。 それは好みで、どちらでも素晴らしいですが、私は数学が好きで、神の言語である数学に宗教を神を感じています。数学に対する存念は下記を参照して下さい、後の方です。2022.8.16.18:41
2022.08.16
すべての悲惨さの原因は、ロシアの軍事進攻によるもので、ロシア軍のウクライナ内の存在は 既に 重罪。 これは世界の常識ではないでしょうか。 誰でも祖国防衛は 神聖な任務。 あべこべに、でたらめ プーチンの言明は、 自分だけの立場しか、考えず、相手の立場など 全然考えない。認めない。これは酷い。 どのようにロシアでは教育しているのだろう。 自滅の教育、無秩序の世界を教えている?2022.8.16.12:40
2022.08.16
お国のために亡くなった人をしのびたいのは 当然ですね。これは どこの国でも そうではないでしょうか。 今は 気の毒なロシア兵や ロシア国民のことも 想いが言ってしまいますね。あれでは 気の毒ではないでしょうか。早く悲惨な状況 やめさせてほしい。 できるのは アメリカ、イギリスなど NATO だけでは? 中国、インドは 大国として 世界をリードできる姿勢を示して欲しい。2022.8.16.5:35 2.7 第二次世界大戦と日本の良心(2007/4/12): この感想は、私と同じ年代の人たちには、圧倒的に支持される自信があります。 「声明」は、軽い現代の常識的立場の整理だと思いました。この程度の見解が「第2次世界大戦について、十分な反省」をした結果だかどうか、頼りないようにおもいました。この声明案の基本的な問題は、「第二次世界大戦をどう考えるか」「いわゆる戦犯をどう考えるか」の二つに絞られると思います。 小学校入学が満州事変、中学入学の時が日中戦争、4年の時に第二次大戦、高専卒業の時に終戦。正に戦争とともに大きくなりました。戦中派として「第二次世界大戦をどう考えるか」という問題についての回答は、「声明」が考えている現代の一般的常識とはかなり違います。話を進めるために、是非「世界史」を勉強してください。といっても、私の勉強の中心は、次の資料を折に触れ、繰り返し見て、私の若き日の記憶と照らし合わせるだけです。「総合世界史図表(第一学習社)1987」「総合日本史図表」「コンサイス世界史年表」「世界年表(河出書房)」それに高校の教科書です。今日もこの返事を書くために世界史図表をめくりなおしました。世界史はまさに戦争の歴史です。とったりとられたり、栄枯衰盛、食うか食われるかの争いです。この図表(全240頁)の半分ほどの120頁以降、欧米各国の世界侵略のすさまじさが記録されています。スペイン、イギリス、オランダ、フランス、アメリカ、それにロシアなどいわゆる当時の先進諸国が、インド、アフリカ、カナダ、アメリカ、南米、中央アジア、シベリア、にむけた目に余る身勝手な侵略戦争の歴史です。中国だってその渦のなかで、周辺諸国を侵し、欧米からは侵される、不思議なお混乱のなかにありました。これらの大国は、17世紀から20世紀にわたって、世界各地を恐るべき勢いで、傍若無人に侵略しまくって、植民地にしてしまいました。 20世紀に入った頃、スペインはフィリッピンを、オランダはインドネシアを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島、それにオーストラリアを、フランスはベトナム、カンボジャ、ラオスを、つまり東南アジアの全域を侵略しつくしていました。アメリカも遅ればせながら、スペインからフィリッピンを奪っています。太平洋の島々もイギリス、フランス、アメリカの領地にくみこまれてしまいました。その上、勢いをつけたイギリス、ドイツ、フランス、ロシアなどが、競って中国侵略を着々と実行していました。日本に対しても、中国に対する侵略と同じ手法で、治外法権の外人居留地をもうけたり、不平等条約を押しつけたり、で明治維新以来、侵略の初期段階にあったと思っています。ロシアと中国の清朝も、中国東北地区から韓国へと勢力を拡大すべく圧力を強めていました。このような欧米諸外国からの侵略に対する危機感や対抗意識が、私の若い頃の日本の底流にあったと思っています。諸外国はみんなお行儀がよいのに、日本だけが侵略者でした、などとはどのようにひっくり返っても言えません。第二次世界大戦の本質は、世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。 次に「いわゆる戦犯をどう考えるか」です。第二次大戦を前述のように考えているから、戦争裁判がまともなものであったとはとても考えられません。国際紛争には常に二つの正義が存在します。どちらがより悪い侵略者だったかを考えるべきです。非は明らかに諸外国にあると私は思っています。 どちらがより悪い侵略者だったかを純客観的に考えられる人はいません。非はいつも相手側にあるものです。しかも勝敗がつけば、必ず敗者側に押しつけられるものです。それが正しいなどというわけにはいきません。たった1回の東京大空襲で非戦闘員の一般市民を徹底的に殺戮して10万人の死者を出し、同じ非人道的な殺戮をあちこちの都市でおこないました。その上、1発の原爆で広島20万人の非戦闘員を殺戮したことも許せません。このような桁外れの悪逆非道を犯した犯人を裁かないで、戦争裁判の正当性を主張することなどはとても承伏できません。戦犯問題は茶番です。戦中派の私の第二次世界大戦と戦犯についての基本的な考え方です。靖国問題などは、わたくしにとって、どうでもいいことです。うまく処理してくれることを願うだけです。 第二次世界大戦と日本の良心の返事どうも歴史的事実とズレているようです。第一次大戦終了以降の国際社会は日本も締結した不戦条約に見られるような自衛以外の戦争の違法化に進んでいました。そもそも1920・30年代の日本は、すでに世界有数の軍事力を持った国家であり、1932年の脱退まで国際連盟の常任理事国でした。欧米の侵略におびえた幕末期と同じ危機感で国際情勢を語るのは明らかにおかしいと思います。中国に対する主権侵害を禁じた九カ国条約も締結されており、帝国主義の時代は終焉していました。このような時代に第一次大戦以前の感覚で中国への侵略を行った日本は残念ながら時代錯誤であったとしか言いようがありません。また、太平洋戦争の主な発端は中国への侵略によって経済制裁を受けた日本が、戦争継続のため資源を南方に求めたことです。「ABCD包囲網」というのは日本の自業自得です。1943年の大東亜政略指導大綱では占領地の「マライ」「スマトラ」「ジャワ」「ボルネオ」「セレベス」を帝国領土に編入することが決定されるなど「アジア解放」の大義名分とはまったく異なる実態を見ることができます。要するに太平洋戦争は、東南アジアの欧米植民地を日本の統治下に置き、重要資源産出地にいたっては日本領土とするための侵略戦争であり、そうした意味での「大東亜の新秩序」の樹立です。
2022.08.16
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