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間もなく夜中の2時。まだもう少し仕事しなくちゃいけなくて。しばしの休憩というか現実逃避タイム。 ベルギーのフランボワーズ・ビールを開けて、グラスに注ぐ。夕暮れの色というより、朝焼けの色かな。やれやれ、今日も空が明るくなるまで、机にへばりつくのかも。 昨日の続きについて、考えてみる。「あなたに出会うために、私は生まれてきた」。 恋すると、人はなぜ急に運命論者になるのでしょうか。 ホントは、一生に一度しか言えない言葉なんだろうけれど、神様、二回ぐらいは大目に見てやってくださいまし。ふふ。もう一回ぐらいチャンスがあったっていいよなー。 フランス文学には「ファム・ファタル」(運命の女)という言葉があります。こちらは破滅のムードが色濃く漂う。「お前という女に出会い、俺の運命は狂わされた」と男が叫ぶのです。 せめてなりたや、ファム・ファタルに。しかし、純情・お人よし路線が私の生来のキャラクターかな。 仕事で忙しい人生よりも、恋愛に忙しい人生のほうが、はるかに楽しそうだなあ。今週の「週刊朝日」によると、私の晩年運は、「年をとっても知的な世界に生きて吉。晩年までモテるので、カルチャーセンターで教える、学ぶなどで楽しい人生を」だって。なんだか希望がもてそうだ。 人生80年超。まだまだ先は長いものね。ココロもカラダも若さを保つようにがんばりましょう。
2002年07月31日

人を好きになるのは、とってもステキなこと。 好きな人に「好き」って言われるのは、もっとステキ。 人を許し、すべてを受け入れる気持ちになれる。 同時に、自分自身を許し、 自分の嫌な面も好きな面も、 全てあるがままに受け入れられるから、不思議。 嘘はいけない。自分に対しても、相手に対しても。 だから、好きになるには、 分かり合うことが大切。 たくさんのコミュニケーションが必要。 バーバル、アンド、ノン・バーバルで。 目が口ほどにモノを言うかもしれない。 皮膚が伝える温度はその千倍おしゃべりかも。 そしてお互いを隔てる境界が何もなくなり、 ひとつに溶け合うとき……。 人生、恋をするために生きている。 あなたに会うために私は生まれてきたと、 心の底から信じられるといい。
2002年07月30日

「私、幸せになりたいんです」 はにかみながら、彼女は言った。いいじゃない。誰だって、幸せになりたいと思っているよ。 それまでの話の展開は、結婚のこと。とってもキュートな彼女なのに、カレシがいないんだって。不思議だなあ。引く手あまたで歩くのにジャマで困るんじゃないかと思うぞ。「結婚なんかしなくていいと思っていた時期もあるけれど、いまは、したくてしたくて」 おねえさんもそのキモチ、わかります。私の場合は、今さら手遅れな感もあるけれど、彼女は37歳。まだまだチャンスがあるんじゃないの。「結婚って、何か新しい生活をつくっていく感じがいいですね。このまま独りでいても、何も残らないし」 わかるわかる。仕事も持っているし、持ち家もあって、当面の生活には不自由していないのだけれども、つまるところ、心が今ひとつ満たされていないのでしょうね。私も同じかも。 ただ、本当に結婚するとなると、今までの生活を変えなくてはならない部分も出てくる。それに耐えられるか。 彼女は、結婚することになったら、マンションを売り払って、一から始めるつもりなんだって。すごいね、豪華持参金つき花嫁だよん。 そこまで覚悟を決めてるなら、きっと近いうちに相手が現れるような気もするけれど、私の中の「世話焼きおばさん」な部分が刺激されちゃいました。 よぉし、いい男が集まる飲み会に、おねえさんがじゃんじゃん連れて行くからねー。頭のいい人が好きだって言ってたから、うちのバンドのリーダーなんてどうかな? 美女ふたりで夜の街を徘徊するっていうのもいいかもよー。まともなオトコだったら放っておかないかも。ナンチャッテ。 というわけで、ジム帰りに渋谷の某アイリッシュパブで盛り上がる美女ふたりであった。あはん。 アイリッシュのお兄さん、ギネスの泡にクローバーの模様を描いてくれたけれど、四つ葉じゃなかった。イマイチ、サービス精神が足りないぞよ。幸せもほどほどがよきかなって?
2002年07月29日

大好きだったのは、薔薇そのもののような香りのする香水。残念ながら、廃盤になってしまい、今はもう入手不可能に。 イギリスの「フローリス」という会社のオード・トワレで、「モスローズ」という名前。あの香りをかぐたび、ロンドンのバラ園を訪れたときのことを思い出したもの。視界がすべて薔薇、薔薇、薔薇で埋め尽くされていたゴージャスな庭園。「フローリス」は老舗のはずなのに、古いものを大切にしないのだろうか。残念無念。もっと情報を早くつかんでいれば、ケース買いしたのになあ……ナンチャッテ。 まあ、トワレなので、そんなに高くない。そうたびたび英国へ行けるわけではないから、日本で唯一の芦屋のショップへ行って買ったものだ。通販も有り。 そんな「モスローズ」の代わりになる香水が欲しいのだけれども、さがしあぐねていたのでした。お気に入りの香水がない生活なんて、なんとも寂しい限り。 ひょんなことから、まあ満足できる薔薇の香りを見つけました。シャネルの「ココ・マドモワゼル」。薔薇は薔薇でも、草っぽいフレッシュ感が含まれているのがいい。より植物らしい感じ。 でも、50ml入りで定価1万円と高価だし、まだまだ納得はいきません。もっと薔薇薔薇した香りはないかしらん。ローズウォーターをジャバジャバつけるのもいいかな。 どなたか、薔薇香水情報をくださいませ。ちなみに写真のフローリスのボトルは「オールドヒヤシンス」。「モスローズ」はピンク色のラベルでした。
2002年07月28日

五反田で暴れたぜい!月に一度の楽しい集まり。題して「はしご酒オフ」なのです。 前回は鶴見、その前が目黒、前の前が新橋で、初回が神田だっけ?抜けてる?そして来ましたディープな五反田。 案内役は、若いのにおっさん趣味が渋いrd氏。本業は石油探査って、落合信彦みたいだねー。飲み屋探査のほうが得意だったりして。 私は仕事で遅れて2軒目から参加。いきなりプールに突き落とされたみたいに、ディープな世界へ……。 そこはよさげな焼き鳥屋。1杯目は全員ホッピーで乾杯!私は初ホッピーです。ホッピーは瓶で配られ、ジョッキには甲類焼酎。悪者は氷を入れないんだとか。ワルモノなのにワラナイなんちゃって。私は割りました。で、ジョッキにホッピーを注ぐ。 しかし、悪者が割らないジョッキを回してくる。焼酎をそのまま口に含んでから、瓶のホッピーをラッパ飲みせよと。うむむー、こっちのほうがいいかも。「この、うまくないけど、まずくなさが絶妙でしょう」とrd氏。うまいこというねー。 甲類焼酎じゃなくて、乙類だとどうなるかなーとつぶやいたら、悪者がすかさず麦焼酎のストレートを注文。ホッピーは完全にチェイサーになってる。「ここの泡盛もなかなかいいですよ」 乗せられてイッチャウ。なるほど、いいですねー。やっぱ、酒はストレートに限りますわ。 食べ物は、どれも美味しかった。とくにrd氏絶賛のささみ焼き。「焼き加減がいいでしょう」の言葉どおり、中身が美しいサクラ色。ジューシー!ワサビをつけた塩焼きの串。「ひとりで来ると量が多くて食べきれないので注文しないけど、このスパイシーパスタがいいですよ」 細いパスタ(カッペリーニかな)を折らずにそのままのサイズで揚げてポッキーのようにグラスに立てて持ってくる。味はどうやってつけるのだろう。ピリ辛でソースのコクもあって、なかなか美味しい。 やだねー、隣の酔っ払いが鼻に突き刺して遊んでる。バカボンパパの鼻毛だって。あはは。 左が先週の銀福宴会でも一緒だった「悪者」です。 2軒目は、駅前にある24時間営業の正統派居酒屋。付き出しは、なんと海老フライと枝豆。この組み合わせがディープでしょう。でもって、枝豆は冷凍の激マズ。海老フライは揚げたてパリパリで超絶美味。究極のミスマッチですね。 ご覧の通り、もう、ワケわかんなくなってます。後はどうなったやら。朝まで続きそうだったので、私は途中で逃げてきました。 無事に家に帰ったのですが、気が付いたら仕事机の下で寝てた。あははー。書類の山で足の踏み場もないはずの床なのに、器用に丸くなって眠るものですねー。前世はネコか。 はてさて、楽しいというか恐ろしい仲間に恵まれて(?)私は幸せです。来月もまた会おうねー。今度は川崎に決定したらしい。ディープな旅は果てしなく続くのであった。
2002年07月27日
朝から原稿書きで、日付が変わり、午前4時を過ぎてようやくいま、終わったところ。 1日で400字詰め換算27枚書いた。1ページのエッセイ、4ページの企業事例、3ページの人物インタビュー。1枚5000円とすると、13万5000円。ひゃほー。20日働けば1カ月で270万円……というほど仕事は続かないのでした。 しかも原稿料の単価は、まちまち。単行本だと、1枚1000円ぐらいにしかならないかも。 書く仕事はクリエィティヴですが、あまり効率のいいものではありません。創造性に効率を求めるのは、しょせん、無理な話でしょう。 ただ、最初の構成がしっかりまとまれば、後の作業は、比較的ラクです。推敲に次ぐ推敲で練り上げていく必要はありますが。 今日は集中力を高いレベルで保つことができたのが勝因かな。実は途中、3時間ほどジムで暴れて気分転換したりしました。だから椅子に座りっぱなしじゃなかった。 職業的ライターに求められる能力の大半は、この構成力なんでしょうね。経験や訓練だけで身に付くものではないかもしれない。基本的な資質かも。 取材力、文章力は経験と訓練でいくらでも伸ばすことができるでしょう。やる気があって、センスさえよければね。 20年やっても、まだまだだなあと思います。もっともっと新しいことに挑戦したい。 いままでは受注産業で、出版社の編集部のご依頼があって初めて動き出すスタイルでした。つまり、私の「書きたい」気持ちにかかわらず、あらかじめテーマがあって、それを選ぶかどうか。そのテーマにいかに求心的に迫る質の高い原稿を書けるか。 でも、それだけじゃいけない。自分から商品開発してそれが売れるレベルにならないとなあと思います。 その点、このホームページ作りはブレイクスルーのきっかけになりそう。お金には直接、結びつかないかもしれないけれども、書きたいことが書ける。逆に言えば、書きたいことがなければ書けない(更新できない)。 じかにご感想をいただけるのも嬉しい限りです。できそこないかもしれないけれど、詩や小説といった、新しいジャンルにも挑戦してみたいなーと思う明け方でした。もう空が明るくなってきたなあ。今日も暑いのかしら。少し寝て体力を回復しなくては。
2002年07月26日

海へ行くぞ! 日がな1日、海を眺めて過ごしたい。傍らには冷えたビールと白ワインがたっぷり。全部で何本、空になるかな。波の音しか聞こえない。波頭のきらめきと青い空しか見えない。磯の香り。ほてった肌を撫でる潮風。脳味噌が洗われる。五感の全てがみずみずしく生き返る。 いいな、いいな。鼻先ニンジンぶーらぶら。さあ、仕事に全力投球。集中して早く仕上げねば。 うふふ。行くときはエトロのかっちょえーパンツがあるし。水着もある。グラムロック風のサングラスもある。サンダルもある。お気に入りのTシャツとタンクトップもある。あとはジーンズの短パンがほしいな。あと、麦藁帽子も。 デジカメと、デュラレックスのワイングラスを忘れずに持っていこう。
2002年07月25日
雲がゆっくりゆっくり流れていった。 鯨のような、牛のような、巨体の群れが進んでいく。 同じ一定のリズムで、ずんずん、ずんずん。 世界の果てまで群れがつながっているようだった。 休むことなく、飽きることなく、ただまっすぐ。 「なぜ、進むの」 「それが宿命だからさ」 雲の群れにも自然の命を感じた。 あの雄大な姿に比べると、人間はなんとちっぽけなんだろう。 見下ろすと、自動車のテイルランプがつながって、イチゴのジェリーみたいだった。 一人ひとりが何を思いながら車を運転しているのかはわからない。いろんな違った個があるはず。それでも整然と並んでいる遠景は実に美しい。 大きな秩序の中に組み込まれている個。 それにしてもこの個は働き者だ。心臓は最後の時を迎えるまで、決して休まず、止まらず、正確に鼓動を刻み続ける。 夕焼けを見ながら、命のリズムを聞いていた。
2002年07月24日
「隠れ家に行きましょう」 お友だち夫妻からメールが届いた。グッドタイミング! エアロビで思いっきり汗をかいて、喉がカラカラ。脳味噌の中にビールの映像だけが浮かんでいる。ぷかぷかぷか。他は何も考えられない。 そこはホンモノの隠れ家だった。お友だちが先導して、住宅街の細い路地に入っていく。昔からあるような一軒家の並ぶ一角に、ちっちゃな看板を発見。アジアンリゾート風にすだれをあしらった門とそれに続く庭を抜けると、やっと入り口が。 普通の家のリビングと台所を改造したとわかる空間。意外に天井は高い。西荻あたりにありそうな店の雰囲気。店主はフラワーチルドレン世代か? 予約の電話を入れておいてくれたので、4人がけの四角いテーブル席が確保されていた。むきだしの裸電球のやさしい明かり。この時期、シェードなしでは暑いけど。 最初はビール。キリンの生でした。小ジョッキ500円は、まあ、普通かな。かんぱーい! やわらかい光線のせいか、やさしい心遣いのオーラが出ているからか、彼女の目がとてもキレイ。キラキラ輝いている。チャーミングなまつげのカール。こんなに間近で見たことはなかったかも。「キレイだね」って言えばよかった。遅れてごめん。ここに書きます。 無国籍料理とのこと。メニューを見ると、「得意の料理をあれこれ並べました」って感じ。焼き餃子、水餃子、玉子焼き、地鶏の塩焼き、オムレツ、パスタ各種、焼きビーフン、チャーハン……。 旬のオススメから、タコのカルパッチョと、フカヒレと海老の生春巻をオーダー。付きだしに、冷やした冬瓜の蟹あんかけが出てきた。翡翠色に仕上げてあって涼感たっぷりの美しい演出。味もいい!タコは軽く火を通してあって、プリプリ。味付けはオリーヴオイルとワインヴィネガーで、まさにイタリアン。ピンクペッパーはいいアイディアです。生春巻は、フカヒレの食感が面白い。ピリ辛のタレも相性ぴったり。 しばらくして彼女のパートナー登場。安心してたっぷりオーダーする。焼き餃子、ゴルゴンゾーラソースのパスタ、あと、海老ちゃんのお料理(詳細は忘れたけれど、美味しかった)。 テーブルはまさに無国籍というか、お料理自慢のお友だちの家に招かれたような雰囲気をかもし出していて面白い。ビールのあとは、白ワイン……結局、2本。 誰だ?お夕飯ついでに軽く飲んで、帰ったら仕事しなくちゃねって言っていたのは? 結局、おごってもらっちゃった。この前の日記を読んでくれて、落ち込んでいた私を慰めるために隠れ家へ誘ってくれたんだって。感激! この世の中に生まれて、いちばんの財産は、やっぱり友だちだよねー。 ありがとう。しみじみしてます。
2002年07月23日
シンデレラの気分というと、カッコつけすぎ。でも、魔法がとけるまでのつかの間のひとときを、存分に楽しみたかった。いつもの隠れ家で。 好きで選んだ仕事も、ときに重荷になる。圧死寸前だ。心の平安をもたらしてくれるはずの安定した生活も、死にそうに退屈になることもある。木っ端微塵に壊したい。 むきだしの傷つきやすい心には避難場所が必要だ。何もかも忘れられる隠れ家。憂いは何もない。 たまにはセルフコントロールのスイッチをオフにしちゃえ。終電まであと3分。急げば間に合うかもしれないけれど、もう1杯、バーボンソーダをオーダーした。「逃げたいね」「うん、逃げたい」 たったひとことでも、分かり合える。彷徨う魂がふたつ、止まり木にしがみついている。明日なんて、このまま永遠に来てほしくないくらいだ。 ビール、ジンリッキー、ジントニック、バーボンソーダ、バーボンソーダ、エレイジャクレイグ・オンザ・ロックス、アンド、アナザーワン。 ひとつ歌詞ができちゃったよ。どうしようもない酒場の歌。逃げたい夜は、なぜか酔いが遅いのだった。
2002年07月22日
今日書いたのは、昨日の話。だから今日の話を昨日の場所に書くことにして。 人はみんな、誰もが自分の居場所を求めている。居場所を間違えると、幸せじゃない。定まった居場所が見つからなければ、ひどく不幸だ。 近所……といっても1キロ近く離れた蕎麦屋で夕食をとった。空席があるのがガラス戸の外から見えたが、入ってみると、残りひとつのテーブルを除き、すべて2人連れ以上の団体が占めている。すでにひとりでは居心地が十分過ぎるほど悪いが、まあ、店の人とは顔見知りだから大丈夫かなと思った。 蕎麦が来るまで、生ビールぷふぁーっ!を楽しんでいたら、2人連れの新規客が入ってきた。店の人に頼まれ、仕方なく常連用のカウンター席へ。挨拶や愛想を言う暇もないほど忙しく立ち働いている戦場のような調理場が見える。本気で暑い。「暑いけど、ガマンしてね」 ガマンするために来たんじゃないぞー。いくら私の父と店主が幼友達だとはいえ、思いやりのない言葉が身に沁みた。裏返しの親密さの表現?と慮るほどの余裕が私にはなかった。 隣でオヤジ2人が盛り上がっている。実に居心地が悪く、うつむき加減で考え事をしていたら、話しかけてきた。 近くのスポーツジムの帰りに寄ったというと、「体育会系か?」だって。で、「オレの手を思いっきり握ってみて」という。 なぜ、見ず知らずのオヤジの手を握らねばならんのだ。くそー。力自慢はアホらしくて嫌いだ。仕方なく、テキトーに握って、「これでもう限界なんです。弱くてごめん」と言ったら、なぜか先方が怒り出した。「拒否権を発動するのか」 参ったねえ。こっちは、腹ペコで、しかも暑苦しいカウンターに押し込まれ、酔っ払いにからまれて。つい、目尻から涙がにじんで来ちゃったよ。 まあ、こっちに余裕があれば、「子どもの頃、同級生の男の子の手を思いっきり握って複雑骨折させた原体験がトラウマになっていて、男のひとの手を握れないんです」って言ってやるんだがな。 ひとりなら地元の酔っ払いオヤジの特権か、あるいは家族連れか、オヤジ団体客か。要はなじまないひとり者が来てはいけない店だったということだろう。不似合いな居場所に迷い込んでしまうような、鈍感な嗅覚の持ち主への当然の報い。 できることなら、冷やしたぬきそばをキャンセルしたいと思った。来る途中で見かけた穴倉のようなバーにしけこむべきであった。アジア風焼きそばって、黒板に書いてあったのが、妙に引っかかってる。ここよりも座り心地の良さそうなカウンター席が空いていた。「場所がない。場所がない」 あれは「鏡の国のアリス」のほうだったけか。中学時代、演劇部に所属していた私が、マッドハッターを演じたことを思い出した。ここ一番、決めのセリフである。 フツーの人がフツーに選ぶようなライフスタイルからはみ出すと、居場所に困るのだなあ。私は誰?奥さんでもないし、お母さんでもないし、二号さんというのともちょっと違う。オールドミスっていう古臭いカテゴリーに入れてもらうしかないか。 居心地のいい酒場は山ほど知っているけれども、美味しいご飯をひとりでも心地よく食べられる場所の持ち札は、ほとんどないといまさら気付いた。 ヨシギュウじゃ情緒がなさ過ぎる。チェーン店は絶対に嫌だ。でもまあ、探せば独身サラリーマン相手の地場の定食屋や居酒屋が見つかるかもしれない。せっせと開拓しよう。 店を出た帰り道、なんだか死にたい気分になってきた。場所がない、場所がない、場所がない……。私の人生は、何だったんだろう。はやくおうちへ帰らないと、途中で死神に魂を奪われ、どこかへ連れて行かれそうだった。 オヤジに握られた手を石鹸でよく洗おう。嫌な記憶は全部洗い流してしまうのだ。
2002年07月21日
「すごいスペインワインをもらったから、調べておいて。CIRSIONって、ラベルに書いてある」 北国で働いている友人からメールが届いた。今度、東京に来るときに一緒に飲もう。ビストロTOMOJO亭でねというリクエストである。「シルシオン」と読むらしい。ネットで調べたら、こんな紹介文を見つけた。「ぶどうは樹齢80年以上の樹からよく育った房のみを選んでつくられています。出来上がったワインは信じられたいほど凝縮したものとなり、14.5%ものアルコール度数を果実実と力強さで包み込んでいます。1998年がファーストヴィンテージで、世界のワイン市場にベストスパニッシュとして送り出されました」 おお!新生スター誕生というわけだ。1本2万5000円の値が付いている。彼がもらったワインは1999年モノだから、2万円ぐらいの評価になるのだろうか。 産地はリオハ。「グランレゼルヴァの要素を持った新しいコンセプトのワイン」という説明で、何だかよくわからないが、伝統的な原産地呼称統制とは別の道をいく新しいブティックワインの類なのだろうか。「力強い」という形容詞のついたワインに、私は目がない。濃厚、稠密、それを下支えするアルコールの芯の強さ。確かにスペインやイタリアに多いタイプだ。 ぶどうの品種は、もちろんスペインの強烈な個性、テンプラニーヨ100%の赤ワイン。私にはチョコレートっぽい風味が感じられる。 男の人は、意外に気にしないようだけれど、私はフランスや最近のチリに多いカベルネ・ソーヴィニオン種主体の若い赤ワインに口紅や化粧品の香りを見つけてときに閉口することがある。 その点、スペインやイタリアの地のぶどう品種には化粧品臭さが全く感じられないから、安心して飲めていい。 スペインの高級ワインといえば、今年の正月にウニコをフンパツしてしまったけれど、あれも力強く濃厚な世界。 さて、どんな料理を合わせようか。うーん、やっぱり力強いワインには、血の滴るような肉が似合うかも。私の場合、シンプルなビーフステーキというものは、年に1度か2度食べる程度。嫌いじゃないけれど、老いて歯の弱くなった両親が好まないので食べるチャンスを逸しているだけ。 よし、メインはビーフステーキで決まり。彼に焼いてもらおう。ずいぶん前、松阪牛をフンパツして買ってきてくれて、鮮やかな手つきで颯爽と焼いてくれたっけね。 メインに行く前には、ガラリと雰囲気を変え、スペインの居酒屋、バルで出てくる小皿料理(タパス)を何種類か作ってみよう。お酒は辛口の白か、シェリーを用意して。アルマセニスターのアモンティリヤードがいいな。これも濃厚で力強い系。そう、私は「武闘派の酒飲み」と呼ばれているのでした。暴れないけど。 タパス料理の本を本棚から引っ張り出して……百花繚乱、実に多彩。肉類は、ハモンセラーノ、サラミなどの定番以外に、砂肝、レバー、牛の胃袋、脳味噌、豚足、豚耳などの臓物系もある。 魚介類で欠かせないのは、タコ。ゆでだこにパプリカをかけたのがとくに有名。海老のにんにく焼き、タラのトマトソース煮、ムール貝のワイン蒸しも出てくる。 野菜類は、オリーヴの実、ゆでたじゃがいもをにんにくとオリーヴオイルのアイオリソースでからめたもの、マッシュルームのニンニク焼きなどが有名。 サラダは、玉ねぎ、赤と緑のピーマン、トマトをみじん切りにしたものをヴィネガーとオイルであえたものが基本のようだ。 卵料理、スパニッシュオムレツも名物なので外せない。ジャガイモ、ほうれん草、ズッキーニなどが入る。 タパスを一切省略して、卓上パエリアっていう手もある。ホットプレートでも案外上手にできちゃうのだ。サフランの香りがたまらなくイイ。 そして宴を盛り上げるのは、楽しいおしゃべり……だけど、スペインへは行ったことがないので、想像力が働かないぞ。紀行文が本棚に何冊かあるはずだから、暇なときにめくってみよう。 うーむ、いまから楽しみ。まあ、ここまで書いちゃったら、シルシオンが別の人のところに届くことは多分、ないと思うけどね。よろしく!
2002年07月20日
誤解しないでくださいね。石原なんとかさんのように専業主婦が嫌いなのではなく、妻を専業主婦にしている夫が嫌いなんですね。私はいつでも女性の味方です(ぶりっこ)。 でも、それは「理論的に嫌い」「主義主張として相容れない」のであって、実際には、妻を専業主婦にしている夫であるところのボーイフレンドが山のようにいて(大げさ)、とても仲良しです。 基本的には、当事者がそれでいいと思って選んだライフスタイルなんだから、他人がとやかく言うことではないんですが、なんか気に障る。 というか、「この人、根本のところでは何もわかっちゃいないんじゃないだろうか」という疑念が晴れないんだよなあ。でも、実際には目をつぶっています。目を開けていたら、おぞましくてこの日本では生きていけないから。 まあ、若い頃のちょっとした弾みでそうなっちゃって、というか、周囲の世間の常識がそうだから、ごく自然にそうなって、あとは慣性の法則で続いているというケースが大半であろうし。「世間の常識」は恐るべしである。たとえば、うちのイトコに子どもができたとき、母は姪である彼女に対し、「子どもができたら仕事は当然辞めて育児に専念すべき」という「世間の常識」を振りかざした。そうじゃないと、子どもがちゃんと育たないとまで言った。 私は心の中で激しく母を軽蔑したけれども、「その考え方は誤っていると思う」と母に言うのは面倒臭くて、言うには言ったような気がするが、途中でやめてしまった。ある意味で母に対して「どうせ言ってもわからない」と絶望しているのかもしれない。 彼女は専業主婦として育児に専念できなかったというか、育児を「独占」できなかったのを後悔しているフシがある。でも、私は彼女に独占されず、祖父母、年の近い同居のおば、お手伝いさん、近所のおじさん、おばさん、春夏冬の休みのたびに行く田舎の親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんと、大勢のタテヨコナナメの関係の中で育ったことを幸せだったと感じている。 それが母には理解できないらしい。肉親であっても、根本的に全く人生観の違う人間だ。ほんとうには分かり合えないと私の中であらかじめ決め付けているのかもしれない。対決せずに、とにかく母をいたわり、傷つけないようにと自分をコントロールしている。 それと同じように、世の中の男性に対して、あらかじめあきらめがあるのかもしれない。あきらめているだけに、そうじゃない人が現れたら、それはそれは感動するのです。たとえば料理が上手で夫婦共働きを仲良く実践している近所のTくんとかね。荻窪のほうにお住まいのコラムニストMさんとかね。 私から見ると、脱ぎ散らかした靴下を妻に片付けさせて平気な夫とか(どっかのCMでやってるじゃん。最悪!)、パンツまで履かせてもらっていることを得々としゃべる夫を見ると、もうヘンタイとしか思えないんですが、どうでしょう。お互いに履かせっこしているならいいと思うけどさ。あははは。でも、だとしたら、他人の前でそんなことは言わないよねー。もったいなくて。
2002年07月19日

日本のワインだって、美味しいのが色々あります。たとえば、勝沼の甲州品種を使った辛口白ワイン。フランスのシャルドネのような力強さはないのですが、きりっと粋で上品。媚びるところのない味です。 このワインの美味しさを知ったのは、もう10年ぐらい前になるでしょうか。友人と行った「ぶどうの丘」という町営施設の地下のワイン蔵の中。 有料ですが、地元23社の170銘柄のワインをどれでも好きなだけ試飲でき、気に入ったらボトルで買って帰れます。入場料と引き換えにくれるのが、「タートバン」という試飲用の専用の器。 丸いモナカを半分に割ったようなカタチといいますか、手の平サイズの小皿に持ち手が付いています。ここに少量注いで味見するわけ。空気と触れる表面積の大きいほうがいいので、こんな形をしているのでしょう。で、クビからかけておけるように、リボンが付いている。ちょっとソムリエ気分になれますね。 2年前に、露天風呂もできたそうです。甲府盆地を見晴るかす絶景。「天空の湯」だって。他に宿泊施設もあるし、レストランや、バーベキューのできるテラスも。以前、行ったときは、レストランでゾウリのように大きなステーキが出てきて、記念に撮った写真が今でも残っています。懐かしい。 今度行くときは、早起きして、まずはメルシャン勝沼ワイナリーへ行こうかと思います。前にも行ったけれど、土・日・祝の10時半からの見学ツアーは、醸造学を学んだ技術者が案内してくれるとか。最後にここでしか飲めないワインの試飲つき。 敷地内の資料館は、日本最古の醸造施設を使ったもので、暗がりの片隅には、明治時代の空気がそのまま残っているような雰囲気です。 ここには現存する日本最古(1877年)のワインもあり、ちなみに白。明治時代に勝沼町からフランスへ派遣されてワイン醸造技術を持ち帰った2人の若者が、最初に造ったワインだそう。確か、展示物はダミーで、ホンモノは別のところにあると書いてあったような気がします。 この2人の若者の姿が勝沼町のシンボルマークになっています。山高帽をかぶった洋装がなんとなくぎこちないような……。 勝沼から少し離れていますが、サントリーの登美の丘へも行ってみたい。国内最大規模のワイナリーだそうです。登美の名を冠した赤ワインは1本1万円もするのですが、ぜひ一度は味わってみたい。ワイナリーへ行けば、グラスで買えるかな。 赤の貴腐ワイン、限定177本22万円っていうのもあります。宝くじが当たったら買ってみましょうかね。 8月23日から10月6日までは、「ぶどう収穫祭り」というイベント開催中で、ぶどうを3箱摘むと、オリジナルラベルつきのワインを1本もらえるとか。面白そう。 大手ワイナリーのほか、地場の小さなワイナリーの中にも、見学に応じてくれるところがあるようです。私が「ぶどうの丘」で試飲した記憶に残っているのは、勝沼酒造の甲州が美味しかったなあ。 あと、試飲用にあったかどうかは定かでないですが、丸藤葡萄酒工業の「ルバイヤート」は、かなり美味しい。このネーミングもロマンチックでいいですね。オマル・ハイヤームの詩集の題名からとったもの。 岩波文庫のHPの解説によると、「過去を思わず未来を怖れず,ただ「この一瞬を愉しめ」と哲学的刹那主義を強調し,生きることの嗟嘆や懐疑,苦悶,望み,憧れを,平明な言葉・流麗な文体で歌った四行詩の数々」ということですから、まさにエピキュリアンですね。「ルバイヤート」ワインは、確か、小田急ハルクか新宿小田急のワイン売り場で買えたような気がします。 書いているうちに、俄然、飲みたくなってきました。日本の白ワイン!ああ、買いに行きたい。現地まで。ごっそり。http://www.suntory.co.jp/wine/tominooka/index.htmlサントリー 登美の丘ワイナリーhttp://www.chateaumercian.com/cm/winery/info/index.htmlメルシャン勝沼ワイナリーhttp://www.mercian.co.jp/numa/muse_01.html同、ワイン資料館http://www.budounooka.com/index.html勝沼町営 ぶどうの丘 興味のある方は、どうぞ。メルシャンのHPでは、バーチャルツアーも楽しめます。
2002年07月18日
主婦向けの再就職セミナーの講師をしていますが、毎回、必ず出る質問です。「小さい子どもがいると、会社が嫌がって採用してくれないと聞きました。どうすればいいでしょうか」 私はいつも、こんなふうに答えています。多くの会社では、小さい子どもがいる女性は「使えない」と見ている。なぜなら、残念ながら、あなたがたの先輩たちが、子どもを理由に急に会社を休み、周囲の人にたくさん迷惑をかけてきた長い長い歴史の積み重ねがあるので、「もう子どものいる女性はウンザリだ」と思われているからだと。 もちろん、それはこれから就職しようとする女性とは何の関係もないかもしれない。けれども、「そういう目で見られている」のは動かしがたい事実だ。 だから、子どものことで職場の仲間たちに迷惑をかけることは決してしません。万一、熱を出したときなどは、ピンチヒッターとして頼れる人がいるので大丈夫です。 また、仕事にはどうしても休んではいけない日というものがあるのだから、自分でスケジュールを調整し、段取りよく進め、決して仕事に穴をあけないように頑張ります……などとアピールし、自分が「使えない主婦」でないことを証明する必要がある。 相手も鬼や意地悪爺ィ(あるいは婆ァ)ばかりじゃないのだから、あなたが本気ならきっと誠意が通じるはず。採用された後も、真面目に働いて「使える主婦」であることを行動をもって証明すれば、「キミも小さい子どもがいて大変なのに、よくやってくれるね。お子さんのことで、どうしても休まなければならないときには、相談してね」なーんて、やさしい言葉をかけてくれるようになるものです。 逆に言えば、非情な鬼ではなく、誠意の通じる人間のいる会社をこちらが見抜くぐらいの力がないとダメ。面接は、選ばれる場であると同時に、こちらが選ぶ場でもある。それを忘れないで下さい……と。 専業主婦の生活から、ワーキング・マザーの生活へ切り替えるには、価値観の大転換が必要です。 家庭とその周辺の狭い世界では、「やりたいこと」と「できること」の境界が未分化であいまい模糊としている。けれども、仕事の世界に入ったら、「やりたいこと」はさておき、現実に目の前の仕事を処理するために「できること」で勝負し、成果を出し、評価を受け、それに見合う対価を得るというサイクルの中に入っていく。 面接で自己PRが重要だと聞いて、それは自分の「やりたいこと」をPRすることだと勘違いしている人が多すぎます。「やりたいこと」を話しても何の説得力もない。「できること」を具体的に証明し、それが会社に対してどのようなメリットをもたらすかを売り込まねばならない。 何年も前に新卒で就職した経験しかない女性は、就職とは「椅子とりゲーム」のようなものだと思っているようです。いい椅子か悪い椅子かの違いはあるけれども、どこかに必ず自分の座れる椅子があると。 いまは新卒採用でさえ、そんな発想はなじまなくなっています。会社側は、いい人がいなければ、いつでも椅子を引っ込めていいと思っている。椅子が1個もないところに割り込んで、自分の席を作るぐらいの覚悟がないと難しい。 厳しい。確かに厳しいけれども、ほんとうに仕事がしたくて、自分の力を試したくて、仕事でやりがいを実感したいなら、体が自然に動いちゃうはず。 目の前に立ちふさがる壁にも、体当たりできるはず。意外とハリボテかもしれないよ。 一生懸命、パソコンやらの技能を習得したら、それまでに投資した時間とお金から利益を得ようと思わなくては、何のためにそれをしたのかわからないじゃない。 ただ、正直言って、履歴書を20枚ぐらい書いてもまだ採用してくれる会社が見つからないなーんていうのはザラです。でも、あきらめちゃいけない。 こんなに一生懸命がんばっているのに、私のほんとうの良さを分かってくれる会社が一社もないなんて!と、ブチ切れる前にもう一度自分を反省し、自分が「使える人間」かどうかをシビアに評価する必要がある。 それでもどうしてもダメなら、自分で会社を起こすというテだってある。税理士や社会保険労務士などの国家資格を取って独立開業の道もある。 最初はパートでも、半年も実績を積めば、次からは「実務経験あり」とアピールできる。イッパツで上手くやろうと思っても無理。少しずつ自分の最終目標に向けて駒を進めればいい。手段や方法はいくらでもあるのです。 いかに生きるか。どのような仕事にやりがいを感ずるか。生きがい、仕事のやりがいを手に入れるために、どのようなステップを踏んで人生を積み重ねていくか。そうしたベースがしっかり固まっていれば、おのずと選ぶべき手段や方法は明らかになってくるはずです。 要は、どこまで自分を信じられるか、自分を愛せるかでしょうね。 それと、蛇足ながらくわえるとしたら、家族、組織、社会、世界、人類……といった他者への貢献、他者への愛とのバランスをいかにとるか。
2002年07月17日
安積雅子さん、64歳。51歳のときに医師になろうと決意し、昨年、63歳で医師国家試験に合格、いま、呼吸器内科の研修医として宮城県の病院で働いているとのこと。 読売新聞で今日の朝刊からしばらく彼女のことを連載するようです。そもそも医師国家試験合格者の最年長記録を塗り替えて話題になった人物です。 人生80年超の時代。健康であれば、70、80でも現役で仕事を続けられるのですから、ああ、私もしっかりしなくてはと思いました。雇われ人では難しいけれども、自分で会社を経営するか、医師のような専門職、そして文筆業にもチャンスはあるはず。 無報酬のボランティアだっていいじゃない。要は社会貢献と自分の生きがい追究を両立できれば、すばらしい。 実は、高校時代に医学部を目指していました。進学校にいて国・数・英が全部得意だったので、どの大学のどの学部でも選べたのです。だったら、頂点を目指そうと。 3年の進路分けに際し理系クラスを選んだものの、春休みに迷いに迷い、やっぱり文系に替えてほしいと2年までの担任に願い出たら、もうタイムリミットでそれはできないから、なんとか独学で頑張りなさいと言われてしまいました。そして、きついひとこと、「キミにとって“医は仁術”じゃなかったんだね」。がーん! 一時は本気だったんだけどな。北杜夫や加賀乙彦、もっというとカール・ヤスパースのような精神科医にしてすぐれた文筆家という途方もない夢を追いかけていたのでした。 確かに青かったし、自分本位の甘ちゃんだった。弱者への貢献という動機の定まらない者には、しょせん、医の道は遠いのでした。 その後、ライターとして独立してからも、どうしても精神科領域への思いを断ちがたく、カウンセラーの資格を取ったりしました。 それをきっかけに、カウンセリングの仕事も入ってくるようになり、また、縁あって医学系の新聞や、看護系の雑誌に寄稿しています。でもまだ決着は付いていないと感じています。 ジャーナリストというのは、結局は野次馬であり、何でも屋。専門家になり得ない傍観者の立場ですが、だからこそ中にどっぷり浸かっている人には見えないものが見える。自己正当化の屁理屈かもしれないけれど、好奇心旺盛で貪欲な私には結局、一番合っている道かなと。なんとかこの道で踏ん張って、自分なりの世界を確立していきたい。 うちは長寿の家系だし、見た目「若作り」の家系でもある。世の平均から十年は余分に時間を稼げるかも。 あと2カ月ほどで誕生日を迎えてまた1つ年をとってしまいますが、これからは「当年とって」じゃなく「十年とって」方式で行こうと決めました。 というわけで、人生まだまだ半分以上残っています。もっといろいろなことにチャレンジしてみよう!さあ、これからが青春だ(ノリすぎ)。
2002年07月16日
池田小事件の詫間被告の報道では、その異常な心理ばかりが強調されているような気がします。 あのような「怪物」を生み出した社会的背景についての考察はほとんどなく、せいぜい成育歴や家庭の事情といった、小さいところへ押し込められていく。「アイツは特別に異常な怪物であって、正常な常識人である我々とは何の関係もない。理解を超えている」。このような受け止め方は、ある意味で「思考停止」ではないだろうか。 私が学生のころは、「犯罪心理学」よりも「犯罪社会学」のほうに説得力がありました。犯罪を生み出す原因の多くは社会にあると。永山則夫が『無知の涙』で語っていたように、貧しさや差別が犯罪を生む温床になる……。 ところが冷戦の終結と一億総中流意識時代を経て、貧困や差別の問題が表舞台から姿を消してから(それは錯覚だと思いますが)、アメリカの「サイコパス」ものに代表される、異常心理の世界を描いた推理小説や心理学の入門書がもてはやされるようになってきた。 とくにキリスト教の国であるアメリカでは、サイコパスが悪魔のイメージと結びつき、絶対悪として説得力を持つようになってきた。 たとえば、ミッキー・ロークvsデ・ニーロによる映画「エンゼルハート」で話題になったウィリアム・ヒョーツバーグ著『堕ちる天使』(ハヤカワNV)は、悪魔の世界を描いた怪奇小説と読むこともできるし、悪魔崇拝の傾向を持つサイコパスの異常心理モノと読むこともできるという読後感を持ちました。 人間の心の暗黒面(スター・ウォーズでも使われている概念ですね)については、まだまだ未解明の部分が多く、慣習的に分かっていても、科学的には明確な管理手法が確立されていない。それだけに、ファンタジーが花開く余地が残されているわけですね。 ただ、社会の中のワナや落とし穴については、解明しようと思えば、いくらでも解明できるし、対策を立てられるはず。それが不十分のような気がしてなりません。 犯罪心理学VS犯罪社会学という対比でみると、どうも最近は社会学の旗色が悪いようですね。 でも、心理学と社会学だけで人間と犯罪の関係を説明するのは難しい。仲を取り持つ哲学にも、もっと頑張ってもらいたいところです。 ……とまあ、薄っぺらい表現しかできなくてお恥ずかしい限りですが、どうも喉につまった魚の小骨のように気になる問題だったので、とりあえず書いてみました。
2002年07月15日

昨日は一日がかりで宴会の準備。冷房病のため、クーラーをつけずに短パンにタンクトップというエアロビの格好で厨房に立つ。首には汗どめのW杯マフラータオル。 夏の料理って、格闘技みたいですね。汗が出るわ、出るわ。お料理のプロはさぞや大変でしょう。それとも、厨房は年中同じ温度? 先日、病院の調理師さんにインタビューしたとき、おっしゃっていましたが、何が大変かって、下ごしらえの野菜の刻み。キャベツの千切りなんて、ひとりで12キロ、40分ぐらいかけてひたすら刻み続けるのだとか。 大量給食用のスライサーもあるけれど、機械を使うと断面が乾きすぎて「うまくない」から、大根おろし以外はすべて包丁仕事なのだそう。頭が下がります。 昨日の料理で一番大変だったのは、やはり野菜料理のラタトゥイユ。刻みが大変だし、ズッキーニとナスは油で素揚げして使うので、その手間もあります。まあ、でも手をかければ美味しいものができますからね。 最高傑作は、ジェノヴァペーストのサラダでした。イカ、ホタテ、海老をさっと湯がき、野菜はジャガイモと田舎から送ってきた太いインゲンでこれも茹でる。 そして、自家製ジェノヴァペースト(バジル、松の実、ニンニク、オリーヴオイルをミキサーにかけてドロドロにし、おろしたパルミジャーノを加え、挽き立ての黒胡椒と塩で味を調える)で和えるだけ。 自家製の場合、パルミジャーノをこれでもか!と、たっぷり使うと美味しいですよ。魚介類は茹ですぎると歯ごたえや風味が落ちるので、刺身で食べられるくらいの鮮度のものを、さっと湯がく感覚です。 では、メニュー一覧。★冷たい前菜★パルマ産生ハムといちじく/謎のキャビア山盛り/こちの刺身のカルパッチョ/まぐろとアヴォカドのサラダ/ラタトゥイユ・ロビュション風/魚介のジェノヴァペーストサラダ★温かい前菜★砂肝のコンフィとプチトマトの串焼き/ムール貝のパセリバター焼き/海老のハーブ焼き★メインディッシュ★仔羊のロースト、カルチョッフィとミント風味 仔羊は焼き加減抜群で、我ながら「料理の天才!」と叫んでしまう仕上がりでした。断面が世にも美しいロゼ色。 温度と時間を忘れないようにメモしておこう。オーブンに入れられるフライパンで仔羊の表面を軽く焦げ目がつくぐらいによく焼いてから、180℃で15分。 仔羊は骨付きロース肉をかたまりで買ってきてそのまま使います。丁寧な店なら、脂やスジをきれいに掃除してくれますが、残っていたらペティナイフで剥がしてね。 ソースは、油漬けのアーティチョーク、ペパーミントの葉、白ワインをミキサーにかけてドロドロにし、塩、胡椒で味を調えます。 仔羊が焼きあがったらアルミホイルにつつんで3分ぐらいおいて休ませます。こうすると、血が流れ出ないから。骨に沿って切り分け、焼き汁が残っているそのフライパンに、あらかじめ炒めておいた玉ねぎスライス、上記のソース、仔羊肉を入れて加熱し、ひと煮立ちさせてからめます。 熱いうちに召し上がれ!ミントの風味が爽やかで、夏にぴったりです。 夏のお料理は、ハーブの使い方が決め手かも。海老のハーブ焼きは、わが家のハーブ園のローズマリーとマージョラム、以下は市販品でタイム、ペパーミント、イタリアンパセリ……をミックス。ミントって、意外と熱に負けず、最後まで風味が残りますね。頼もしいヤツです。もっと仲良くしようっと。 ワインは、最初がよく冷やしたミュスカデ、2本目がバタール(イタリアの白ワインではこれが一番好き!)、赤はゲストが持ってきたバルバレスコ・ガイウンの90年(これも大好き!)。 ガイウンは酸味が力強く、若いときは梅のような香りがします。さすがにこれだけの古酒になると、梅って感じではなかったけれど、深く、そしてまだまだ力強く、飲み応え十分。極楽、極楽。 宴の後、寝室へ上がると、月下美人が双子で咲いていました。ポーズをとっているのは母でございます(あけちゃん、うちのママさん、ますます元気ですよ!これで66歳とはオドロキだよね)。
2002年07月14日

私は彼女を「チビ」と呼んでいる。他に三つ四つ名前があるかもしれない。 言わば「通い猫」で、拙宅へ三度三度、食べ物をねだりに来る。同じ銘柄ばかりを与え続けると飽きて食べなくなってしまう。贅沢なヤツだ。ぐるめ猫。 生まれつきの野良ではなく、かつては飼い猫だったらしい。初めて会ったときから、妙に懐いた。 あれは12年ほど前だろうか。私が近所のアパートの1階に住んでいたとき、ベランダの窓を開け放しておいたら、いつの間にか部屋に上がりこんでいた。 呼ぶと近寄ってきて、なんとヒザの上にちょこんと乗る。猫なんて飼ったことがないので戸惑った。よく言われるように顎を撫でるより、後頭部や背中の真ん中の窪んだあたりを触ってやると、実にキモチよさそうだった。 口の端に匂いを発する腺があるらしい。しきりに私の体になすりつける。そのしぐさが愛らしく、本人にとっては単なるマーキングなんだろうが、される側はますます懐かれているようでうれしい。 毎日エサをやるようになり、冬にはコタツにもぐりこんでくるのも、したいようにさせてやった。夜にはどこかの寝床へ帰っていくが、すっかり相棒のような関係に。 ところがまずいことが起こった。ある夏、蚤が大量に発生。部屋の中をジャンプするのが肉眼で見えるほど。見事な跳躍力だ……なんて感心している場合じゃなくて。 動物の蚤はヒトには付かないというのは大嘘だった。皮膚が弱く、虫に刺されるとかぶれてしまう体質の私の足は、ついに赤の水玉模様になってしまった。 それ以来、部屋に上げるのは止めにして、ベランダがささやかなランデブーの場所に。 やがて現在の家を建て、引っ越してきた。距離にして100メートル弱。彼女はすぐに場所を覚え、いつもの徘徊ルートを変更して通って来てくれるようになった。 二階の仕事場にいると気配がわかるのだろうか、窓の下で鳴いて私を呼ぶ。それがなんとも愛らしい。ご覧の通り、とても美猫といえるような容姿ではないが、声は美しい。高音で、これが媚を含むと、放っておけない気分にさせる。「私が守ってあげなくちゃ」 ところが、アイツにとって、甘えさせてくれるなら、相手は誰でも良かったのである。 あるとき、私が不在の時に母が代わりにエサをやって以来、通う場所は棟続きの実家のほうに変更。ちゃっかりしている。いまでは、父、弟にも猫なで声でモーションかけ、家族4人からとっぷりと愛されているのであった。生きるのがうまいヤツだ。見習いたい。
2002年07月13日

月下美人が咲いたよ。 咲かすのは結構難しいらしい。 丹精を込め、年に一度ようやく見せてもらえるこの艶姿。 育てた人は陶然となるのも当然かな。 しかし、そこまで手をかけないと「美」は実現しないのか。 月下美人と呼ばれるその花の立場に立ってみれば、なんともつらい生涯かもしれない。 美しく咲くことを強いられる人生。 さしずめ俺は月見草って言ったのは、どの野球選手だったっけ。 100人中99人が見逃すような、道端の雑草の小さな花でいいかなと私は思うけれども、 実際のところ、100人中のせめて70番目ぐらいに入っているという自惚れとお世辞がないと、この世の中は生きていくのが難しいかもね。
2002年07月12日
(昨日の日記のつづき)「獺祭」の生酒がタイミングよくあったりするのはなぜだろう。うにの生臭さと拮抗する力強さ。 うにといえば、北海道の「男山」あたりがいいのかもしれないけれど、山口の「獺祭」も案外、いい相性です。要はハードリカー呑みのチョイスなワケね。許してちょ。 つまりは、お酒が好きだからでーす。わはは。楽天のワイン商いで有名な某サイト(I屋さんね)とケンカして以来、一生懸命、その他おいしい日本酒と焼酎とワインを売ってくれる店を探した結果、あるじゃない、あるじゃない!で、買い集めてワイン専用冷蔵庫に入れておいたのでした。 それはさておき、お酒みたいに趣味趣向の世界でも何故か偏見とか差別ってあるんだよねー。 ワインっていうと、「白と赤とどちらが好きですか」っていうアホみたいな質問する人が必ずいるでしょう。これは予定調和として、赤と答えた人すなわちワインに詳しいベテラン、白と答えた人すなわち飲み始めのトーシローっていう構図があるようですが、糞食らえって感じ(あ!江戸弁しつれい)。 こういう風潮があると、アナーキストな私は挑戦的に「白がすっきやねん」と言いたくなりますね。白ワインの目指す旨さは、日本酒と通ずるところがあって、夏はやっぱり白!とくにねー、フランスはいざ知らず、このクソ暑くてじめじめした関東地方では、赤なんて冷やさないと飲めたものじゃないからねー。夏の涼感料理にあわせるなら白! それでも赤がいいなら、チリあたりの安赤ワインを冷やして飲んでろってーの。その間に、私は大好きなムルソーとか、イタリアのバタール堪能しちゃうもんね。うぷぷ。 もしかしたら、世の中の多くの人は、偏見というものの存在を知らなかったり、意識していなかったりするかと思いますが、私は幸いにしてとっぷり味わうことができました。 たとえば、うちは魚屋なんですが、魚屋というと、野卑で無教養で、出自の怪しい家系として差別する人がいるんですね。「魚くさーい!」とかね。子ども時代ならまだしも、会社に入ったとき、同僚というか1つ年上の部下に言われた言葉が耳にこびりついています。「え! お父さんは魚屋のくせに大学出てるの?」 悪かったね。しかも青学だよ。栃木の旧制中学では宇井純先生と一緒だし、青学では柳沢慎一(「奥様は魔女」の初代ダーリンの声の人ね、ジャズシンガーだよーん)と、お友だち。私の弟は高橋ナンタラいう美男俳優と高等部で一緒……って、ミーハー話はこの際、関係なかったね。ごめん。 私は子どものころ、とくに小学校3、4年のころ、ものすごい肥満児だったので、何も知らない人からはアホみたいに思われていたようです。 全然、話したことも何もないそのへんのクソガキ(必ず男の子)に、通りがかりに「デーブ!」とか言われた経験、一生、忘れられるものじゃありません。キズになってる。 思えば偏見と闘う半生というか、4分の1生だったかもしれない。男はみんなライバルで敵。てめェら、いまの世の中、女に比べて下駄履かされていい気になってるんじゃないよ!こっちのほうが、よほどまともなオツム持ってるんだからね。見てみ!……の対抗意識で頑張りすぎちゃったよな、分不相応に。だから恋とは無縁だったのかな。「男」と和解でき、女性としてのアイデンティティを素直に受け入れる気になったのは、ようやく30代半ばになってからだったなあ。 人生って捨てたもんじゃないと思う半面、奇跡と呼べるほどの幸せもないのだなあと(以下、省略)。まだ奇跡募集中だからね(ゴメンよと、北に向かって言ってみる)。 ああ、銘酒「獺祭」について語るはずが失礼しました。 そうねえ、いまではカラダが細くなったのと相反して性格が丸くなったとよく言われます。 それでも、ああ、男って、「優秀ぶる」(と、いちおう妥協的に言っておこう)女が嫌いなんだなあ(つまりは自分よりも優秀だと認めたくないのだ)と、わかってしまうことの多い今日このごろ。 生きにくい……だけど、面白いサ。マゾなのかな。エクストゥローディンリーな自分が結構好きだったりします。
2002年07月11日

今夜の夕飯。礼文島の生うに、超絶美味でした。うしし。魚屋で普通に売っている生うにって、塩水に浸して〆ているので、あんなにくっきりとしたカタチなんだってサ。 で、礼文島みやげクール宅急便の生うに。どろどろの寸前のとろとろ、ぷりぷりよ! 剥きたてのそのまま。塩水に漬けるどころか、塩も何の味もつけていない。天の配剤といいましょうか。すばらしい塩梅。ああ、こんなに素晴らしい食べ物を口にできるなんて、何という幸せ! ダイエットする必要のないのにダイエットしている皆さんが、なんともかわいそうに思える瞬間です。必要かどうかは本人が決めることですが、願わくばその選択が間違っていないことを祈るばかり。 私はいま、この瞬間、この超絶美味に身をゆだねることを選ぶわ。ああん。人間として生まれてきた以上、この快感を知らないで終わるなんて、そんな、もったいないことできやしませんっ!じぇったいに! うーに、うーに、とーろとろ、ほっーぺがおーちるぞー、くーちのなーかが、じゅーわーん、しーあわせーになーるぞー、しーあわせー、しーあわせー。るーんるん、るーんるん♪ きゃー、ノーバディクドゥストップミー わははは。じゃあねえ、ちょっとだけ見せてあげる。うふふ。 このうには、礼文島観光に行った父の友人からのおみやげです。 魚屋にうにを送ってくるなんて、まあ、とんでもない話ですが、「魚屋だって食べたことのないものがあるんだよ」「そうか。じゃあ、今回に限り、お前が魚屋だってことを忘れることにしよう」だってさ。いいお友達関係だね。 うちの父は私と違って人徳のある人で、たくさんの友だちがいてね。まあ、しがない魚屋なんだけど、いちおう大学も出ているし、魚商組合の役員を自ら買って出る世話好きだったりするし、地元商店街でもあれこれ世話焼いているもので、友達がたくさんいるのです。 魚屋ビジネスの才は、まあ、そんなにないみたいですが、人間的には素晴らしい人で、尊敬してやみません。やっぱりユーモアの才かなあ。みんなに好かれるのは。 うーにうーにうにちゃんに合わせたのは、うちのバンドのリーダーの出身の山口県の美味しいお酒です。獺祭! ここの地ビールも美味しいし、山口ってすごいですねー。 とにかく美味しいものさえ食べさせてもらえれば尊敬してしまう単純な人間なのでした。
2002年07月10日

ずっとずっとあなたに逢いたくて逢いたくて逢いたくて、夢にまでみて参りました。 あなたの風情あるそのお姿。他の誰にも真似のできるものではございません。 近ごろめっきり少なくなりましたね、存在そのものが粋を感じさせる、そのたたずまい。 ああ、寝ても覚めても、お近くにいとうございます。すりすりすり。 その爽やかな声色で、私をやさしく夢の世界から連れ戻してくださいまし。 すてきすてきすてき。ずっとずっとお逢いしとうございました。いま、これほど近くでそのお姿に触れることができるとは、ああ、なんという幸せものでございましょうか。すりすりすり。 ああん、あん、あん。(以下、とても文字にはできない) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 画像あり。ああん、本邦初公開! ↓ ↓ ↓ ↓ ねえ、後悔しない?これ以上、先へ行くとちょっとドキドキよん。 ↓ ↓ ↓ ああん、だめー。だめよ。いやーん。見ないで。はずかしー。 ↓ ↓ ↓ その名は「釣り忍ぶ」。 しのぶれどいろにでにけりわがこひはものやおもふとひとのとふまで
2002年07月09日
「すき間ビジネス」という言葉があるけれども、「すき間時間」っていうのもあるんじゃないかと思いました。 平日の午後8時。一般家庭ではテレビの前で家族団らんの時間かな。勤め人は会社の帰りに居酒屋で一杯。サービス残業で頑張る人も決して少数派じゃないかも。 そんな時間に私は温泉をひとりで独占。内風呂はジャクージ、サウナ、水風呂、寝湯、普通の浴槽、そして露天風呂。このひろーいスペースに、人っ子一人いなかった。おお、大臣気分だわ。 サービスのプロの専門用語でいう「アイドルタイム」。この時間を上手に使うと、過密な都市部でもゆったり過ごせますね。 思えば、ピークタイムに多くの人と同じような行動を取る場合、個人の個の部分は剥ぎ取られ、限りなくモノ化されていくような気がします。 たとえば、満員電車の中での所作はおのずと制限され、慣れないオバサンが他とは違う所作をして目立つと、周囲の乗客は激しく軽蔑する。でも、考えてみたら恐ろしく非人間的でくだらない感情ですよね。 檻の中にぎゅう詰めにされた生き物が、なんとかその過酷な環境に適応しようとして、涙ぐましい努力をし、不適応者を排除しようとする。 これはもう個人の価値観の問題なのですが、毎日満員電車に乗る生活を選ばなくて、本当に良かったと思います。 その一方で、夜中、みんなが寝静まった時間に働くことは全然苦になりません。土、日に働くのは、ちょっと嫌だけどね。 そしてたまに自由業ならではの贅沢を楽しもう。平日の昼ひなか、温泉で「極楽、極楽」。 昨日は、午後3時過ぎから温泉の個室を借りて自主缶詰状態。集中できて仕事がはかどりましたが、あんまり快適過ぎて、途中、30分ぐらい気絶するように昼寝しちゃいました。ごめん。風呂上りに生ビールと枝豆を楽しんだのがいけなかったかな。
2002年07月08日

「天の川へ行こう」と彼が言った。「え?」「やっぱり、山の中かなあ」 七夕の夜に天の川見物とは、ロマンチックね。でも、こんな遅い時刻から山へ? 待ってよ。月曜は朝から仕事が詰まっているんだから。海も遠いし、夜景が売りのベイエリアは夜遅くまで明るいみたいだから……山も海もダメなら川があるじゃない。そうだ、川、川がいいよ。「ニコタマの川原とか、どう?」「いいねえ」 天の川でもどこでも行ってしまえ!っていう気分だったんだろう。路上駐車していたクルマに、黄色い違反のフダをつけられてしまったから。ゴールド免許だったのに、これで5年間の功徳(?)が水のアワ。ムシャクシャするキモチもわかります。 オマケにガス欠。この不況で廃業スタンドが相次ぎ、日曜のこんな時間に探すのは至難のワザ。ギリギリセーフで補給が間に合い、警察で手続きするのに付き合ってから、一路、ニコタマへ。「一昨年の11月ごろに行ったきりだけど、とてもいい店があるんだ。まだあるといいが」 停車のスキにメールチェックを始めた彼。突然、車内に「笹の葉、さーらさら」のメロディが流れ始めた。「あ!カミさんからだ」 著作権の切れた楽曲をネットでダウンロードして送ってきたのだとか。 息を殺して黙って二人の会話を聞いていると、最後に「おやすみ」だなんて言ってる。早く帰らなくていいのかなあ。「仕事の付き合いで、昼から何も食べてなくてサ」 というわけで、天の川見物の前に、その目当ての店で食事を付き合うことに。 残念ながら11時閉店で入れず。うらめしげに下から見上げると、最上階と屋上スペースをつなげた構造で、天窓から星が見えそうだった。 仕方なく付近を徘徊し、小奇麗な焼き鳥屋を発見。おそるおそる入ると、「いらっしゃいませ」のとびきり明るい声。閉店はまだまだだな。少しのんびりできるかも。 他に客がひとりもいなかったが、悪い予感に反して、料理は格安の割りに美味しく、シロウトぽかったが、そこが「料理上手の男友達の家」に招かれた感じで肩が凝らずにいい感じ。レモンサワーはレモンを半分に切って、ステンレスの絞り器とともに出してくれる。 私は夕飯を済ませていたので、控えめにご相伴。突き出しのきんぴら、切干大根の煮付け、オーダーした中では切干大根のパリパリサラダ、自家製イカの塩辛、焼き物はししとう、砂肝、ぶたばら、コチュジャンの入った激辛アサリバターも少々。このスープがばかうま! 彼は他におでん盛り合わせ、レバーやシロなど臓物系の串モノをむしゃむしゃ豪快にほおばる。 悲しいことがあったときは、とにかく食べなきゃ。食べれば少しは幸せになれるからね。「またおいでくださいね」と3回くらい言われて店を出る。今日はよほどヒマだったんだな。感謝されるのは悪くない気分だけど。 川原までは歩いてすぐ。先日、女友達と「ドリアン」をメインにピクニックランチを楽しんだ兵庫島公園のあたり。終電が終わり、ホームの照明が落とされたら、東京とは思えないほど星がよく見えた。ひとつ、ふたつ……わあ、十個以上も見える!すごーい。 子どものころから、電線で区切られた夜でも薄明るい空しか知らない私は、星ってリアリティが全然ない。勉強しようという気になれなくて、星座の位置は全然見分けられないまま大人になってしまった。「あれが織姫、こっちが彦星。ははあ。織姫のすぐそばに、ぼんやりと天の川が見えるよ」 あれかなあ。雲の影にしては繊細すぎる粒々模様が見えるような気がする。不思議なもので、暗い空を凝視して、視界に他の明るいものを入れないようにしていると、だんだん目が吸い寄せられるようにして見えてくる。「織姫の星って、あんなに明るいとは知らなかった」「あれが白鳥座のシッポで、羽で、ずーっと先のほうにあるのがクビね。あっちの下のほうでまたたいているのが、さそり座のアンタレス……」「ホントだ!すごいまたたいてる。まるで飛行機のテイルライトみたいだね。あんなに強い光だなんて知らなかった」「瞬きの光が強いことでは、アンタレスは有名なんだよ」「こっち側は柄杓星で、あれが北極星ね。夜空が晴れているときなら、あの星を目安にすれば絶対に迷わないのさ」 こんな天体少年だったなんて、新しい発見。すごいねえ。「郷のすぐ近くに山があってサ、子どものころ、夜、天体望遠鏡をかついで登ったものさ」「えー!星が見えるくらい暗い山道だなんて、危険でしょう」「ちょっとした冒険気分よ。沼にヒザまでつかったり。昼間遊んでる場所だから、見当がつくわけ」 いいなあ。おいおい、そこで花火楽しんでる不良少年少女諸君、下ばっかり見てないで、見上げてごらん、夜の星を。心が澄んでくるような気がするよ。あ、でも、彼らは無色透明に汚れをつけるのに一生懸命なわけで、星の浄化力を必要としているのは他でもない、汚れてしまった心に辟易しているおじさん、おばさんなんだね。 さて、すっかり夜も更けてきたから、そろそろ家まで送ってもらわなくては。 というわけで、バンドのドラマー・卓ちゃんとの思わぬ七夕デエトでした。星のように純粋なカンケイのお友だちです。思わせぶりな描写でしつれいしました。
2002年07月07日
「和」のものに惹かれる今日このごろです。今日は入谷の朝顔市へ行ってきました。 イリヤってぇと、なんだか聖書に出てくる聖人の名前みたいだねえ。西のほうの人は知らねぇだろうが、上野のちょいと先よ。 畏れ入りやの鬼子母神で有名な、あの鬼子母神の周辺一帯、言問通り沿いにずらーっと朝顔の露店が並び、そりゃあ、にぎやかなもんよ。 しかし、どの店も変わり映えがしなくって、迷っちまうね。組合の協定で一鉢一律二千円ってことになってるもんで、だったらなんでこんなに店が並ぶのよって言いたくなる。「ちょっとおねいさん、見てってよ。おねいさんと一緒で、まだつぼみだよー」 なーんて言われちゃうとついその気になるじゃないの。気分いいねえ。最近、「おねいさん」なんて言われる機会がめっぽう少なくなっちまったからさ。 おにいさん、たくさん咲きそうなのを選んどくれよ。咲かなかったら承知しないよ。「よしきた、待ってな。いま、いいの選んでやるからさ」 いいねえ。しっかり閉じた蕾が十くらいついている。身持ちが良さそうだ。私と一緒で、遅咲きの大輪かねえ。あはは。ぽんぽんと咲いてくれそうだ。「1週間は普通の水をやっていいけど、その後は日向水か米のとぎ汁をやってくれ」 あんまり冷たい水は好きじゃないんだね。暑い国の育ちなのかね。 記念にパチリとデジカメで店先を撮っていたら、「おねいさん、撮ったげるよ。貸してごらん」と、そろいの法被着た商店街の役員らしいおじさんが声かけてくれるじゃないの。うれしいね。 おじさん三枚も撮ってくれたけれど、二枚は目をつむっちゃっているよ。残りの一枚はというと……あらら、どうも引っ込み思案なもんで、笑顔が引きつってるね。「2ショットで撮ってもらおうか」とおじさんに誘われたけれど、恥ずかしいのでご勘弁。 午前中は曇っていたのに、さすが晴れ女の真骨頂、お天道様がまぶしいくらいだ。 焼き鳥のひと串でも買って、缶ビールをぷふぁっとやりたいところだったけど、どうもしとりじゃ寂しいので、大人しく帰ることに。とぼとぼとぼ。 せっかく下町のほうへ繰り出したのだから、神田の蕎麦屋で一杯やって、ほろ酔い気分で来ればよかったなあ。 でもって帰りにはまた浅草あたりのバーでしけこむわけよ。例のサイドカーが世界一美味い店で。 浅草のほおずき市のときは、そうだなあ、日の出桟橋から船で隅田川を上り、浅草名物海老天丼でも食べてからおもむろに市をひやかして、「おねいさん」を気分良くしてくれる店でひと鉢買ってから、例のバーへ行ってみよう。楽しみ。 なんだかへんてこりんな江戸弁でゴメン。東京に出てきてからちょうど三代目。ルーツは栃木、茨城、埼玉ミックスなもんで。ではこのへんで。
2002年07月06日
キャリアアップしようと思って、資格を取り、技能を身に付けたとしても、技術革新のスピードが猛烈に速いいまの時代はすぐに陳腐化してしまう。 ある日突然、自分の担当していた事業から会社が撤退することになってリストラされたり、会社そのものが倒産したり、経営者が外国人に変わって事業方針が全く違うものになったために自分の仕事がなくなったり……。 そういった「キャリアショック」あるいは「キャリアクライシス」へのリスクマネジメントとして、会社に頼らず、「自己責任」においてつねに能力を磨き続けよ!っていうメッセージが書かれた本を読みました(高橋俊介著『キャリアショック』)。 でもさ、陳腐化しない技術というか、どんなに古くなっても輝きを失わない技術っていうのもありますよね。 たとえば、料理。新しいメニューの開発や新しい食材への対応も確かに必要ですが、その一方で、和食の伝統はいつまでも大切に守られてほしい。 創造する、安全を守る、人を教える、人を育てる、人と人を結びつける、人に奉仕する、人を喜ばせる、人を楽にさせる、人を幸せにする……。 仕事の基本はいつの時代も変わらないはず。めまぐるしく変化する表面的なことにこだわり過ぎると、基本がおろそかになるような気がします。
2002年07月05日
スポーツクラブで顔見知りの女性と、何とはなしにいつもの雑談。お互いに相手の住んでいる場所はなんとなく知っていて、「ところで、あなたはいまのお家にいつから住んでいるの?」と彼女。「生まれたときからずーっとです(合計6年間ぐらい近所のアパートでひとり暮らししたけど省略)」「ということは、中学は富士中?」「そうです」「何年生まれか訊いてもいい?」「はい。昭和三十ン年です」「ヤダー!うちの弟と同じじゃない。世の中って狭いわね」 なんとその人はコヤタくんのお姉さまだったのです(富士中同期の皆さん、読んでますか?)。 コヤタくんと同じクラスになったことは多分、一度もなかったと記憶していますが、彼のことはよく覚えています。片思いの彼?じゃあないんだけど。向こうも成績が良かったので、ライバル意識のような感じで、さりげなく動静を探っていたとでも言いましょうか。やだねー。 中学生のころ……。うーん、懐かしいような、甘酸っぱいような、変な感じです。親友の女の子と交換日記したり、片思いの男の子にバレンタインのチョコを渡せなかったり、コックリさんで遊んだり(Nさんの家でおやつはいつもキャラメルコーンだったね)、フツーの女の子っぽい思い出も結構、あります。 とにかくビートルズに夢中で、学校から帰ると制服を着替えるヒマも惜しいくらいで、ラジカセをオン!ノーカットで流してくれたFM放送から録音した赤盤、青盤で大声で一緒に歌ったっけ。 ラジオといえば、いちばん好きだったのが、ラジオ関東(!)の「アメリカントップ40」。アメリカの人気DJ番組を再編集したもので、日本版DJは湯川れい子さん。聞き始めたころ、アルバムチャートのナンバーワンでピンクフロイドの「狂気」が記録更新中でした。 当時、私は英語が得意だったので(何せ、6歳の6月6日から習っていたからネ。ネイティブ並みの発音と言われたものサ。しかし今は錆びついちゃった)、ヒヤリングして辞書を引き引きスペルを調べ、ヒットチャートをルーズリーフのノート(表紙が半透明で写真などを入れられるようになっているバインダーで、ホワイトアルバムのオマケのジョンの写真を入れていたっけ)にカラーサインペンで書きとったものです。ああ、懐かしいなあ。「デルタ・ドーン」「モーニング・アフター」「幸せの黄色いリボン」「ショー・マスト・ゴー・オン」「ダニエル」「サタディ・ナイト」「迷信」「イエスタディ・ワンス・モア」「シング」「ミッドナイト・トレイン・トゥ・ジョージア」「ファンタジー」「メタルグルー」「フィーリング・ストロンガー・エブリデイ」(ほらね、全部、カタカナと邦題だったりする)。 FM fanって雑誌の表紙が、いつもポップスのアルバムジャケットで、コレクションしていました。勉強机の脇の戸棚に貼っていたっけ。いまでもよく覚えているのは、ポールが薔薇をくわえた「レッド・ローズ・スピードウェイ」、エルトン・ジョンのイラスト画の「グッバイ・イエロー・ブリックロード」とかね。 あれこれ色々懐かしいぞ。当時はディスコ・ブームでアース・ウインド・アンド・ファイヤーなんかが出始めだったかしらん。ベイシティ・ローラーズは、ガチャガチャとうるさいので嫌だなあと思った記憶が。カーペンターズは頂点を極めた時期でしたね。アバもようやくメジャーになったころで、「ウォータールー」って曲が私は気に入っていた。 プロモーション・ビデオなんてものはまだほとんど見る機会がなく、愛川欣也が司会をして、真野響子のダンナがアシスタントしていたCX系「リブヤング」とかいう番組で、ストーンズの「ゴート・ヘッズ・スープ」の「アンジー」のビデオを見たような記憶があります。ミックってなんであんなに口が馬鹿デカイんだろうと。 ジョンは、「マインド・ゲームズ」や「ロックン・ロール」を出した頃だったか。放送委員をしていた私は、勝手にお昼の放送で流しちゃったんだっけなあ(小学校から高校までずっと放送室占拠者でした)。 うー、懐かしいゾ。まさに気分は「イエスタディ・ワンス・モア」な夜です。コヤタくんのお姉さまのおかげです。
2002年07月04日
ご存知の方も多いかもしれませんが、ユニクロが11月からネット通販および会員制のカタログ販売で、野菜、果物のほか米、牛乳、卵などを販売し、順次百種類程度まで増やしていくとのこと。 ちなみに「ユニクロ」の名は使わないそう。「ユニベジ」なんて仮称で準備中です。 ユニクロと聞けば、「どうせ中国あたりから安い野菜を大量に輸入するのだろう」と誰もが思うでしょうが、あにはからんや、国産の食品以外は扱わない。柳井社長は「野菜は海外ではなく、国内で作るべきだと思っている」と会見で明言しています。 安全、安心、高品質で、現在では通常品の2倍くらいの値段で売られている品物を、「ユニクロ」の生産・流通方式の応用で低価格化して通常品と同程度までにするというから、期待しちゃいますね。 目玉となるのが、漫画「美味しんぼ」で取り上げられたことでも有名な「永田農法」の野菜。代表的なトマトは糖度7度以上が8割を占め、小売価格は通常の2倍以上します。 このあま~いトマトで作ったブラディ・メアリーを恵比寿の某バーで呑んだことがありますが、感動して涙が出そうなくらいの美味でしたね。「永田農法」は、水や肥料を極限まで減らし、植物の生命力を生かして健康な根をつくる栽培方法で「緑健農法」とも呼ばれています。 トマトの原産地であるアンデスの土地柄が、乾燥してひどく痩せていることに着目し、生まれた土地に限りなく近づけた農法を開発したのだそうです。 ユニクロのホームページに、この野菜ビジネスについての進行状況が糸井重里氏による産地のルポや、担当者のエッセイ形式で出ていてなかなか読ませます。メルマガ配信中。読者から「早く食わせろー!」という声が続出しているとか。 アクが強くてえぐいほうれん草は肥料のやりすぎで消化不良を起こしているからで、永田農法のほうれん草は全然アクがなく、ナスも切ってから30分は茶色くならないのでサラダにできるとか、玉ねぎを切ると乳色の液がにじみ出て、これが旨さのしるしだとか、パイナップルは芯まで美味しく食べられて全然ピリピリしないとか、ホント、「早く食わせろー!」です。http://www.uniqlo.co.jp/foods/news/ 食品の産地偽装事件が相次ぐ中、私たち消費者は、近所の店で売っている食品が、本当に信頼できるのか不安でたまりませんね。 安売りだからと買っているあの野菜。あれは野菜本来の味なのだろうかと疑いたくなります。ビタミンなどの栄養成分表を数年前に改訂した際、どの野菜も一様に以前に比べてビタミンの含有量が落ちていたという話を聞きました。 ホンモノの野菜の味は、学校では教えてくれません。高価な品物を買える金持ちだけが分かる……なんていう社会はトンでもない! 考えてみれば、ドレッシングや調味料で野菜をベタベタに味付けして誤魔化していたきらいがあるかもしれません。ハダカで丸ごと味わって美味しい野菜って、あるだろうか。 子どものころ、田舎の畑の採れたてのトマトを丸かじりした思い出が蘇ってきました。ところどころ青くて不細工で、決して甘くはなかったけれども、青臭さの中に強烈な酸味があって、なんだか野生の味って感じ。 ほうれん草も、あの子どものオッパイみたいな軸のところが甘かったなあ。いま店で売っている物は、カビ臭くて食えたものじゃありませんよね。 ホンモノの味を取り戻し、ホンモノの味を再発見する時代なのでしょうか。 生産者、流通業者のみなさん、もう決してウソをつかないでくださいね。私たちにホンモノの味を堪能させてください。お願いします。 人間の生命活動の基本は「食」。日本の将来は、「食」のあり方にかかっているといっても過言ではないでしょう。お金より軍備より何よりいちばん大切。
2002年07月03日
仕事でにっちもさっちも行かなくなって、ああ、泣きたい、全て放り出したいっていうこと、ありますよね。 でも、男の人は泣けないんだろうな。そして、まともな人なら放り出せない。それは女の私も同じ。 カウンセリング的に言えば、ひとりで抱え込まず、上手に「ヘルプ・ミー」が言えればいいのです。事態が深刻化する前にね。 でも、自由業の私はそれができないし、沽券とか男のプライドでがんじがらめになっている男性にも難しいでしょう。 会社員の男性がそうなる場合は、人を孤立させる組織、協調的関係をつくれない組織自体に問題があるともいえますが。 ただ、そうした社会科学的処方箋が効き目を発するまでには時間がかかります。実存的な特効薬が欲しいのが、人間。 大きな胸に飛び込んで「えーん」とか、思いっきり泣けたら気持ちいい……と想像してみるのですが、なんかピンとこないなあ。「私が全力であなたをお守りします」とプロポーズされれば、多くの女性は感動するでしょうが、私はよくわからない。だれかに「守ってもらいたい」と思ったことがあまりないから、「守ってあげたい」と名乗り出てくれる人が現れないのだろうか。恋とは引き合う磁石のようなもので。 でも、こんな大人の「おとぎ話」にじーんと来たことがあります。やっぱり私も女の子なのかな。 あれは誰だったか……どこかの会社で初の女性管理職に抜擢されたバリバリのキャリアウーマン。40代くらいである日突然、結婚して周囲を驚かせた。なぜ、いまさら結婚なの? 寂しそうにも見えないし、経済的にも何の心配もないし。 彼女曰く。「だって、彼の言葉にじーんときちゃったのよ。キミみたいな弱い女性がいままでよく頑張ってきたね。ひとりで大変だっただろう。これからはもう安心だよ。ボクが支えになってあげるからって」 自分の弱さを認めるのも強さのうちだなんて言われますが、そんなものなんでしょうか。 私も心のどこかで王子様を求めているのかも。でも逆に、だれかを守ってあげるのもキモチいいかもなんて思う今日このごろです。さあ、おばさんの厚い胸に飛び込んでいらっしゃい!がははは。
2002年07月02日
住宅地を抜ける私鉄電車に乗っている途中、車窓から一瞬、目に飛び込んできた光景があります。 線路際の一戸建ての住宅で、大きな窓沿いのダイニングテーブルに、老夫婦(?)が仲良く向かい合わせでお昼ご飯を食べている。一幅の絵のようでした。 テーブルに向かい合ってご飯を食べる。毎日何気なく繰り返しているごくごくシンプルなことなのに、別の角度から見ると、それは人間ならではの高度な文化の一様式であることに気付かされます。 猫やイヌはテーブルに向かい合わせで食べるなんてことは絶対にできないし、サルだってやらない。 祖母の子ども時代は、家族が向かい合わせで食べることはなかったそうです。家長とその後継者である長男がいちばんえらくて、座敷の上席で足のついたお膳で食べて、次がその他の男子家族と舅、姑、三番目が嫁や女子および使用人で食器は箱膳で場所は一段低い板の間だったそう。 ご飯も100%米か何分か麦入りかで差別があったと、80過ぎても恨みがましく語っていた祖母でした。げに食べ物の恨みは恐ろしい。 家族が、あるいは家族になるかどうかは分からない同棲中の男女が、はたまた単なる同居人でもいいけれど、とにかく、二人以上で食卓を囲むのって、いいですよね。 ひとりじゃあまりにも寂しすぎるし、人数の多すぎる学生食堂や社員食堂じゃ、なんだか「エサ」食わされている養鶏場みたいだし。その点、カウンター式のファーストフード店も一緒だね。 今日のお昼ご飯は、出先でひとり寂しくいただきました。流行のベトナムひもかわうどん「フォー」です。テーブル席だったから、文化度はマアマアかな。 あの人と一緒だったら、あのことについて、あんなふうにおしゃべりしただろうにと、あれこれ空想しながら。 食卓から物語がはじまる。食卓は舞台。
2002年07月01日
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