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2018年10月26日

なし崩し考(十月廿二日)



「なし崩し」の新しい意味 」が掲載されていた。面白い文章ではあるのだけど、ここで取り上げられている「なし崩し」の使い方が、自分のとは違うので、あれっと思った。
 この記事では、文化庁で昨年行なった「国語に関する世論調査」で、「借金をなし崩しにする」という表現の「なし崩しにする」の意味について、本来の意味である「少しずつ返していく」という意味を選んだ人よりも、「なかったことにする」と答えた人の方がはるかに多かった事実を紹介して、その結果に分析を加えている。

 記事自体は面白く読んだのだけど、読了してどこか腑に落ちないものが残った。その理由を考えてみると、原因は記事にあるのではなく、そもそもの文化庁の調査のほうにあった。「借金をなし崩しにする」という表現自体、自分では使わないのだ。だから、「少しずつ返していく」と「なかったことにする」のどちらの意味が正しいかと聞かれたら、記事にあるように本来の「済す」の意味を考えて前者を選ぶだろう。しかし個人的にはどちらの意味でも使わないし、使いたいとも思わない。
 この「借金」と「なし崩し」を一緒に使うとしたら、「借金をなし崩しに返す」か、「借金をなし崩し的になかったことにする」という形で使うだろう。現実には遣ったことはないけど。「なし崩し」に感じる意味は、「すこしずつ返す」でも「なかったことにする」でもなく、その方法、もしくはそのさまなのである。記事に派生した意味として紹介されている「少しずつ済ませていく」さまだと言ってもいいのだけど、単なる「少しずつ」とは違う。

 「なし崩し」をよく使う状況を考えてみると、何と言っても集団で飲みに出かけたときだろう。きっちりと乾杯で宴が始まるのではなく、めいめいお酒が来た時点で飲み始めたり、集合が三々五々だったりでいつ始まったかもわからないままに、いつの間にか宴会が始まってしまう状況を、「済し崩しで始める」とか、「なし崩しに始まる」と言う。つまり、少しずつ状況が変わっていて気が付いたらその変化が終わってしまっていたなんてときに使うのである。
 だから、酒宴の際の挨拶や、自己紹介なんかがなし崩しに終わってしまうと、拍手するタイミングがつかめないし、酒宴自体がなし崩しに終わって、お別れの挨拶をしそこなうなんてこともある。話し合いの最中に、なし崩しにあれこれ決まっていたり、多数決を取ることになっていたりなんてのはよくありそうな話である。
 日本の政治ってほとんどこれじゃないか。あれやらこれやら、疑惑やらスキャンダルやらが、なし崩し的にあることになっていたり、逆になかったことになっていたりするし、そんなどうでもいいことで騒いでいる間に、重要な決定がなし崩し的になされていたりするような気もする。その辺はチェコも変わらんか。

 話を「なし崩し」に戻すと、「崩し」という言葉のイメージからか、確たる存在が、少しずつ風化していっていつの間にかなくなってしまう様子を想像してしまう。実際には「なくなってしまう」=「変化が完了する」という解釈になって、どちらかというとよくない意味というか、話し手の不満な気持ちがこもった表現だといえそうである。ただ繰り返しになるけれども、「なし崩しに」とともに使う動詞は、「する」ではなく別の動詞を使うことが多い。

 以上が、ってあんまりまとまっていないけど、文化庁の国語に関する世論調査の内容に不満な理由である。調査の性質上仕方がないのだろうけど、AかBかという形のアンケートでは、みえてこない言語意識というものもある気がするんだよなあ。
 よく考えてみれば、我が文章も、なし崩し的に始まって、なし崩しに終わることが多いなあ。無理やり終わりだということを示すために、「これでお仕舞い」的な言葉をおかなければいけないこともあるし。これが「なし崩し」にこだわってしまった理由だったのか。
2018年10月23日23時10分。





日本語、どうでしょう?〜慣用句、どっち編: 辞書編集者を悩ませることばたち (ジャパンナレッジe文庫)












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