セルビア側との会談の中で、ゼマン首相は、チェコがコソボの独立を承認したのは間違いだったのではないかと述べ、今後チェコでは承認の取り消しの議論が行われるべきだと主張したらしい。セルビア側を喜ばせるための発言という面はあるにしても、大統領が政府の外交上の決定に反対するような発言をするのは大きな問題があるはずである。
隣国のスロバキアは依然としてコソボの独立を承認していないから、この件ではEUも一体化しているわけではないようだが、それは2008年という独立宣言の時期には、まだEUの硬直化、中央集権化が進んでいなかったということだろうか。現在はEUによって、チェコ国家の独立性、唯一性が侵害されていると主張しているゼマン大統領のことだから、承認取り消しを主張することで、EUにゆさぶりをかけているのかもしれない。
ロシアに対する経済制裁で、経済的に打撃を受けている旧東側のEU加盟国では、コソボの承認のときのように、各国で制裁に参加するかどうかを決められるのが望ましかったはずだ。それがEU全体での経済制裁となったのに、ドイツはしれっとロシアと組んで新しいパイプラインの建設にお金を出して、ロシアから天然ガスだか石油だかを輸入すると言っているのだから、不満も高まる。そんな不満を代弁しているのがゼマン大統領だと考えることもできなくはないのだが、現実はどうだろう。
外務大臣はチェコ政府にはコソボの承認を取り消すような考えは現時点ではないと言いながら、ゼマン大統領が帰国したら直接話し合いを持ちたいというようなことを言っていた。問題は、この外務大臣が社会民主党出身であることで、この一件もゼマン大統領による社会民主党潰しの一環にも見えなくはない。大統領と外務大臣が対立しても、バビシュ首相は大統領側に立って仲介役なんてしないだろうから、今後、外務大臣の座を巡ってこの前の文化大臣のような事態が起こらないとも限らない。
今回のゼマン大統領の発言を歴史的に解釈すると、啓蒙主義、もしくは民族覚醒の時代から続く、チェコ民族の将来をめぐる対立の表れの一つと見ることもできる。旧ユーゴスラビア内戦の中心となりEUでは戦犯国家扱いされているセルビアは当然ロシアの支援を求めた。それに対してコソボがEUの支援を求めたのも当然である。言い換えれば、セルビアとコソボの対立は、東のロシアと西のEU、特に中東欧に大きな影響力を持つドイツの対立でもあるのだ。
第一次世界大戦以前の、チェコスロバキアがまだ独立国家として成立していなかったころ、チェコの政界に於いては、二つの相反する主張が存在した。一つは帝政ロシアを中心にスラブ民族を糾合した国の一部となることを目指す汎スラブ主義と呼ばれるもので、もう一つは、ハプスブルク帝国、かつての神聖ローマ帝国領域との結びつきを重視して、ドイツ国家の中でチェコ人国家の独立を確保するという考え方だった。ただしどちらも国家の樹立までは考えていなかったらしい。
この二派の対立を解消したのが、マサリク大統領の登場で、第一次世界大戦とその後のロシア革命を上手く利用して、チェコ民族単独ではなかったとはいえ、チェコスロバキアという形で独立を達成したのである。その後、第二次世界大戦では実質的に西のドイツに併合され、戦後はまた西にも東にも属さない、東西の懸け橋になろうとしたものの、東のソ連に取り込まれてしまった。ソ連崩壊後は、西に、ドイツに近づいて、EUに加盟したというわけである。
チェコ民族のドイツとロシアの間で揺れてきた歴史を考えると、ゼマン大統領は過去の遺物と見られていた汎スラブ主義を、チェコ国内に呼び起こそうとしているのである。なんていうとほめ過ぎになるかな。
最後に付け加えておくとすれば、先日コソボで行われたサッカーの試合に際して、チェコのファンが、ドローンにセルビアの旗と「コソボはセルビアだ」と書かれた垂れ幕を付けて所持していたのをとがめられて警察に逮捕されるという事件が起こった。チェコから出かけたのか、セルビア、もしくはコソボ在住のチェコ人なのかはわからないようだが、ゼマン大統領の主張に賛同するチェコ人もいないわけではないのだ。それが考えなしの迷惑サッカーファンだとしても。
これにゼマン大統領の発言が重なったわけだから、今度チェコで行われるコソボとの試合は、なかなか荒れたものになりそうである。スポーツに政治を、政治にスポーツを持ち込もうとする点でも、朝鮮半島と並んで、バルカンは厄介なのだけど、それをチェコ人がまねしてどうする。こういうのは、容赦なく厳罰に処すに越したことはない。
2019年9月13日23時45分。
【このカテゴリーの最新記事】
- no image
- no image
- no image
- no image
- no image