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2020年02月19日

エルベンの昔話(二月十六日)




 自らもそれらの伝説や民話を基にした作品を発表しており、中でも一番有名なのは、1858年に刊行された詩集『花束(Kytice)』である。詩集とは言っても、われわれ日本人が一般に考える詩とは違って、物語を詩の形で語る「バラダ」と呼ばれる文学形式の作品で、『古事記』を叙事詩などということもあるのと同じか。ちょっと違うなあ。古代ギリシャの『イーリアス』が詩の形式で書かれているヨーロッパ文学の伝統に連なるということにしておこう。

 この難解だと思われる物語詩の『花束』を、すべてのチェコ人が読み通したことがあるとは思えない。日本の『源氏物語』なんかと同じで、作品の題名と内容は知っていても読んだことはないという人が大半なのではないかと疑っている。内容を知っている人が多いのは、学校での勉強のおかげもあるけれども、2000年に公開された映画の影響も大きい。


 これは、昔話が、単に子供たちを楽しませるためだけのものではなく、言うことを聞かない子供たちを怖がらせて、言うことを聞かせるという機能を持っていたことを考えると当然だといえる面もあるのかもしれない。特にモラビアの怪優ボレク・ポリーフカが顔も見せずに演じる「Polednice」には、はっきりとは描かれない結末も含めて怖気が立つ。ポリーフカに限らずロデンとかザーズボルコバーとか出演者も贅沢なのだけど、一回見ただけでは気づけなかった俳優もいる。

 この映画を見て、原作である詩集を読みたいとは思えなかった。以前19世紀にオーストリアで編集されたチェコ語の教科書に載っていたコメンスキーの手紙を訳したことがあるのだけど、表記も現在とは微妙に違っていたし、ほんの短いものでしかなかったのに、えらく大変だった。『花束』も微妙に古いチェコ語で、しかも形式が詩となると自分にどこまで理解できるだろうかと考えてしまう。ある程度は理解できるにしても最後まで読み通せるとは思えない。
 それで思い出したのが、チェコ語関係の知人が日本語訳があるはずだといっていたことだ。国会図書館のオンライン検索で出てきたエルベンの作品は以下の三つ。

 橋本聡訳「婚礼のシャツ(幽霊の花嫁)」
   (『文学の贈物 : 東中欧文学アンソロジー』、未知谷、2000)
 木村有子訳『金色の髪のお姫さま : チェコの昔話集』
                   (岩波書店、2012)
 阿部賢一訳『命の水 : チェコの民話集』
             (西村書店東京出版編集部、2017)

 このうち最初のものだけが『花束』所収の一篇で、映画版にも登場した。『文学の贈物 : 東中欧文学アンソロジー』には、他にも読んだことのないチェコの作家の作品が翻訳されていて、ほしいと思わなくもないのだけど、送料とチェコ以外の作品の方が多いことを考えると、二の足を踏んでしまう。知人が言っていたのは全訳のはずだということで、検索してみると こんなページ がでてきた。
 イラーセクの著作の翻訳で知られる浦井康男氏のチェコ語関係の本を、「STORE」といいながら多くは無料で提供しているサイトのようだ。最初に挙がっている『露語からチェコ語へ』のシリーズは、キリル文字すら読めない人間には使えないけれども、下のほうに柴田匠訳『花束』がある。無料だけど登録が必要なのでちょっと悩んで、登録してダウンロード。

 序文に目を通したら、13編のうち4編をドボジャークが交響詩に仕立て上げて、そのCDのブックレットに関根日出男訳が収録されているという。日本のチェコ音楽関係者には、熱心な人が多くて、オペラなんかの台本だけじゃなくて原作が翻訳されていたりもするのだ。その多くは書籍や雑誌に収録されることなく、音楽ファンの目以外には触れないままになってしまう。もったいないことである。
 この柴田訳の『花束』は、その関根訳4編と、上記の橋本訳のある計5編は既訳のものを収録し、それ以外の8編を新たに翻訳したもののようだ。私家版とはいえこんな形で関根訳が陽の目を見るのは素晴らしいことである。あとはどこかの奇特な出版社が刊行に踏み切ってくれれば言うことはないのだけど……。
2020年2月16日24時。















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