日本人がチェコ語を勉強するときに、一番最初にぶつかる山が、語彙の山である。英語と違って日本語に外来語として取り入れられた言葉がほとんどないチェコ語は、見ても聞いても想像もつかない言葉ばかりである。ただこれは、英語であっても最終的には覚えなければならない言葉は山のように出てくるのだから、何語を学ぶのであれ語学には、避けて通れない道である。
昔、大学でドイツ語をちょっとだけかじったときに、名詞には性があって格変化というものが存在することを知って、どうしてこんな言葉を選んだんだろうと後悔したのだが(他の選択できた言葉、中国語、フランス語を選んでいたとしても別の理由で後悔していたに決まっているが)、チェコ語の名詞には、男性、女性、中性の区別があるのみならず、男性名詞はさらに、生きているもの、いわゆる活動体と、生きていない不活動体に区別されるのである。かつて活動体と不活動体の間違いを何度も指摘されて、自分が悪いのはわかっていながら、「どうして女性名詞には活動体がないの? 女性は生きていないってことなの」などと八つ当たり気味に師匠に質問して、困らせてしまったことがある。
それからよくわからないのが、厳密に男性名詞、女性名詞を区別するのに、本来女性名詞であるはずの名詞が男性の姓として使われることである。有名どころを例としてあげておくと、交響詩『我が祖国』で有名なベドジフ・スメタナの姓、スメタナは本来、クリームを意味する女性名詞である。師匠の話では、まだ名字をもつことが一般的ではなかった時代に、その家で生産している物、売っている物を同名の人物の識別に使ったのが始まりではないかと言う。それで、師匠に、女性形がスメタナだったら、男性形はスメタンじゃないのと聞いたら、アホと怒られてしまった。
もちろん、女性の名字は、原則として「オバー(ová)」で終わることは、チェコ語の勉強を始めてすぐに説明されるのでわかってはいるのである。しかし、これは男性、これは女性と、必死になって名詞の性を覚えようとしているところに、典型的な女性名詞の特徴であるア段でおわる名字が出てきたら、これは女性名詞だから、この人も女性だろうと思うのも無理はないと思う。私自身も、今でこそこんな間違いはしなくなったが、初学のころは名字だけ知らされた人のことをとっさに女性扱いして何度も笑われたものである。男性名詞、女性名詞を厳格に区別するのだったら、女性名詞を男性の名字にするときに、男性形を作り出してくれれば、私のような外国人が苦労せずにすんだのに。
反対の例もある。ボレスラフというのは男の名前である。一番有名なのは、聖バーツラフを暗殺した弟のボレスラフであるが、この人物にちなんで名前の付けられた(と聞いたような気がする)暗殺の地スタラー・ボレスラフも、自動車会社シュコダの工場があるムラダー・ボレスラフも前に付けられた形容詞の形からわかるように女性名詞になっているのである。男性の名前が、地名になると女性名詞になる。何とも不思議な話である。
そして、名詞の性、活動体、不活動体が判別できたからといって、格変化ができるわけではない。それぞれに硬変化、軟変化、特殊変化などいくつかの各変化の種類があって、さらに単数複数の区別があったり、複数でしか使われない名詞というのもあったりして、なかなかに大変なのである。ただ、格変化自体は、日本語で名詞に「てにをは」をつけるようなものだと思えば、それほど抵抗は感じない。覚えるのが大変だという事実が残るだけなのだが、これについては、稿を改めることにする。
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