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2020年09月05日

「ぞっとしない」考(九月二日)



日本語、どうでしょう? 」に新しい記事が投稿されていることに気づいたのである。そのテーマが「ぞっとしない」。

 この表現が、一見「ぞっとする」の否定のように見えながら(そういう使い方を否定するつもりはないが)、実は違うということは知っていて、自分でもしばしば使っているのだけど、記事を読んでその使い方が正しかったのかどうか自信が持てなくなってきた。
 明確には書かれていないが、漱石の用例を引いた「いい気持ちがしない」という意味と、文化庁の「国語に関する世論調査」の設問から「面白くない」という2つの意味があると認識されているように読み取れる。自分では、「ぞっとしない」は否定だけれども、肯定形の「ぞっとする」とほぼ同じ意味だと思っていたので驚いた。

 改めて『草枕』から引かれた用例を見ると、「幾日前に汲んだ溜め置きかと考へると、余りぞっとしない」とある。でも、これ「余りぞっとしない」を「ぞっとする」に変えても通用しないか? 何日も前に汲んだ水を使った際に何が起こるか考えると、恐ろしいと理解してもあまり問題はない。そんな用例をたくさん読んで、「ぞっとしない」=「ぞっとする」だと思い込んでいたのである。
 しかも、「いい気持ちがしない」は「気持ちが悪い」と言い換えれば、「ぞっとする」につながる。「面白くない」も、一番よく使う「つまらない」という意味では無理だけど、「気に入らない」という意味でなら、この漱石の用例にも適用可能である。ならば、「ぞっとしない」は、「気に入らない」から「気持ちが悪い」ぐらいまでをカバーする表現で、場合によっては「ぞっとする」と置き換えられると考えていいのではないか。

 なんてことを考えるのは、「国語に関する世論調査」の設問の仕方に不満があるからだ。「今回の映画は、余りぞっとしないものだった」の「ぞっとしない」は、「面白くない」と「恐ろしくない」のどちらの意味だと思うかという問いだったようだが、最初に読んだときには、どちらも選びようがないじゃないかと思ってしまった。「面白くない」=「つまらない」で解釈していたのである。
 それに、「ぞっとする」の否定として使うなら、「映画はぞっとする」というのは変で、むしろ映画の中の一シーンを「あのシーンはぞっとした」という形で使うわけだから、こちらも選べない。「あのシーンにはぞっとしなかった」なら、恐怖を感じなかったという意味で理解して全然問題ないわけである。ならば、「今回の映画には、ぞっとしないシーンが多かった」ぐらいの文にしたほうが、意味の把握の仕方の違いが現れていいのではなかろうか。

 いや、やはり漱石に戻るべきである。このぞっとしないの使い方は、漱石の用例に示されているように、「〜考えると」とか、「〜思うと」のような表現と結びついて、うんざりするような、できれば避けたいという気持ちを表わすのに使われる、というか、個人的にはこの意味で、この形で使用している。そして、それはたいていの場合、「ぞっとする」に置き換え可能である。
 今年はそうでもなかったけど、真夏の朝、すでに暑さを感じさせられているときに、「これからさらに気温が上がるかと思うとぞっとしない」とか、「これから面倒な会議に出なければならないと思うとぞっとしない」とかである。たまに、誰かに何かをしなければならないとか言われたときに、「そいつはぞっとしない」なんて返すこともある。とにかく、原則としてこれから起こることを想定して、それに対して「ぞっとしない」と現在形で評価を与えるのであって、「ぞっとしなかった」と過去の形で使ったことはない。

 なんてことを書いて、「日本語、どうでしょう?」の記事を見直したら、題名が何か変である。

  「ぞっとしない」は怖いわけではない


 これでは本文とあっていなくないか? 本文では「ぞっとしない」を「恐ろしくない」と理解するのを本来の意味からは外れていると説明しているのだから、「怖くないわけではない」とあるのが正しいはずだ。それとも、実はこの記事は、「ぞっとしない」=「ぞっとする」=「恐ろしい」だと思っているこちらのような人間に対して書かれたものだということを題名で暗示しているのだろうか。
 最後に、「ぞっとする」=「ぞっとしない」だけではなく、「気がおける」=「気がおけない」というのも誤解していたことを白状しておく。
2020年9月3日14時。










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