作品として最も有名なのは、1855年に発表された『Babi?ka』(おばあさん)である。チェコでは何度か映画化もされており、一番有名なのはリブシェ・シャフラーンコバーが主役の女の子を演じたものかな。また舞台となった地域は、「おばあさんの谷」として観光地になっている。
当然というわけではないけれども、日本語にも翻訳されていて、国会図書館のオンライン目録で確認できる範囲では、以下の二つの翻訳が単行本として刊行されている。
言わずと知れたチェコ文学専門の翻訳者栗栖継の翻訳は、当初岩波の少年文庫の一冊として刊行されたようだ。その後、少年文庫を外れて、岩波文庫に収録されたのが国会図書館のオンライン目録によれば、1971年のこと。
念のために、hontoで確認をしたところ、少年文庫版は1979年の版が一番新しいようだが、残念ながら品切れで購入はできない。岩波文庫版は、1977年の版が重版を重ねているようで、今でも手に入るが、1188円という価格になっている。大部の本ではあるので、『R.U.R.』のような薄い本と比べると高くなるのは当然だが、70年代の文庫本の値段ではない。90年代に購入したときには、1000円以下だったと思うのだけど、古本屋で買ったんだったかなあ。
?A源哲麿訳『チェコのお婆さん』(東京、彩流社、2014)
二冊目は、「チェコの」という枕をつけて刊行された。訳者の源哲麿は、専修大学教授でドイツ文学を専門とする方。チェコの民族覚醒の象徴でもあるニェムツォバーの作品を、対立していたと思われるドイツの文学を専門とする人が翻訳したという事実にちょっと驚いてしまった。
事情の一端は、hontoの商品解説のところに書かれていた。「当時、ドイツ語系高等学校の
チェコ語の教科書として使われ」ていたというのである。当時が指すのが、19世紀後半のことなのか、チェコスロバキアが独立した後なのかはわからないが、個人的には、この本でチェコ語の勉強はしたくない。
それで思い出したのが、二年前のサマースクールで『Babi?ka』の一節を読まされたときのこと。知っている言葉でも形が微妙に違ったり、書き方が違ったりするというのも難しいと感じた原因の一つだったのだが、もう一つの問題は、先生の言葉を借りると、ニェムツォバーの時代のチェコ語は、まだまだドイツ語の影響を強く受けており、語順などがかなり現在のものと違うことだった。
ということは、ドイツ語を母語にする学生にとっては、比較的読みやすかったということになるのかもしれない。それで、ドイツが専門の方が、恐らくドイツ語版から翻訳したということなのだろう。でも、あのときのドイツ人の同級生達は、特にそんな感想はもらしていなかったけど。
商品解説には、「カフカの『城』の構想に大きな影響を与えたと見られる」なんてことも書かれているが、プラハに住んでいたカフカならチェコ語版を読んでいてもおかしくないような気もする。この時代のチェコの言語事情というのは、想像もつかないものがあるからなあ。
日本では『おばあさん』の作家として知られるニェムツォバーだが、エルベンと同様に民話を採集して集成するという仕事もしていた。ニェムツォバーの民話集、童話集というのは読んだことはないけれども、子供向けの童話映画の中には、たくさんニェムツォバーの作品を原作にして制作されたものがある。そんな原作、もしくは原案となった童話も翻訳されている。
?B中村和博訳「金の星姫」(『ポケットのなかの東欧文学 : ルネッサンスから現代まで』(成文社、2006)
原題は「O princezna se zlatou hv?zdou」で、同名の映画の原作になっている。同じような童話映画がいくつもあるので、記憶の中でごちゃ混ぜになっているのだけど、お姫様の婿取りの話。婚約者候補を嫌って城から逃げ出すのだったか。姿を変えて他所の国の城の厨房で働いているところを、王子に見出されて結婚したんだと思う。
番外
出久根育『十二の月たち : スラブ民話』(偕成社、2008)
原題は『O dvanácti m?sí?kách』。原作としてニェムツォバーの名前は挙がっているが、翻訳ではなく絵本として刊行されている。文章はついていても翻訳ではないということかな。この作品も映画化されているのだけど、エルベンの「花束」と同じようになかなかこわい作品になっていた。テーマは継子いじめ。
他にも童話や民話のアンソロジーの中にニェムツォバーの作品は入っているとは思うが、現時点では確認できていない。クルダやエルベンの童話のように、作者名を挙げずに翻訳が掲載されている可能性もあるので、著作権切れでデジタルライブラリーで閲覧できる戦前の童話集を探してみようか。発見したらまた報告することにしよう。
2020年12月2日12時。
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