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2020年12月13日

ビーチェスラフ・ネズバル(十二月十日)





 詩人、すなわち芸術家の常として、このネズバルも、一つの芸術主義に留まっていたわけではなく、最初はチェコスロバキアで生まれ国境を越えて広がることのなかった文学運動であるポエティズム創設者の一人として活躍し、戦争も近づく30年代になると、シュールレアリズムに活動の軸足を移す。ポエティズムは前衛詩のグループだというから、もともとシュールレアリズムとの親和性は高かったに違いない。
 その第二次世界大戦後には、いわゆる社会主義的リアリズムの枠内で作品を書き始める。すでに戦前に共産党に入党して党員として活動してきたネズバルは共産党政権の成立と共に、社会主義を代表する詩人になったといってもいい。近年は当然この時代の作品の評価は高くなく、2000年代に入っていくつか日本語に翻訳された作品も戦前のものばかりである。
 ただし、国会図書館のオンライン検索で確認できる最初のネズバルの日本語訳は、すでに1960年に発表されているのである。


?@訳者不明「村よ、おまえは・・・ そのときに」(「新日本文学」第15巻8号、1960.8)
 訳者も不明なら原典も不明という不明だらけの作品だが、掲載誌を考えると、戦後の社会主義的リアリズムの作品であろうと思われる。題名もなんかそれっぽいし。戦後になって戦争中の農村の様子を回想したか、農業の集団化の様子を描いたかしたものじゃないかと想像してしまう。
 ネズバルの社会主義的リアリズムの詩作品も日本語に翻訳されて、どこかのアンソロジーに収録されているのではないかと思うのだが、国会図書館のオンライン目録では詩の作品はなかなか発見できないのである。それで、このジャンルもわからない、もしかしたら詩かも知れない作品が、確認できる中ではネズバル最古の日本語訳ということになる。


?A村田真一訳「自転車に乗ったピエロ」(『ポケットのなかの東欧文学 : ルネッサンスから現代まで』、成文社、2006)
 二つ目は一気に飛んで2006年刊行の短編集に収められたこの作品。チェコ語の原題は「Pierot cyklista」。恐らく詩ではなく短編小説だと思われる。ネズバルが短編小説を発表したのは1929年から1934年がほとんどだという。


?B赤塚若樹訳『少女ヴァレリエと不思議な一週間』(風濤社、2014)
 翻訳者の赤塚若樹氏は、1990年代からシュバンクマイエルの作品を翻訳したり編集したりして日本に紹介して来た人。シュバンクマイエルブームの立役者だったといってもいい。ネズバルの作品の紹介に至ったのはシュールレアリズムつながりであろうか。実はこの方も大学書林の石川達夫『チェコ語初級』でチェコ語を勉強されたという話を聞いたことがあって、勝手に親近感を抱いている。
 原典は1932年に発表された「Valérie a týden div?」。1970年には映画化もされていて、以前日本でノバー・ブルナの映画の上映会が行われたときに、一緒に紹介されていた。日本語の題名は「闇のバイブル/聖少女の詩」。うーん。件の上映会で紹介された映画について、特に関係ないことを書き散らした文章を改めて確認してみたが、この映画についてはほとんど何も書いていなかった。ネズバルの原作ということすら書いていないから、ろくに調べもしなかったようだ。

 こんな、チェコというマイナーな国の戦前の前衛的な作品を刊行してくれた風濤社ってのは、どんな本を出しているのだろうと調べてみたら、なんとチェコでも熱狂的な人気を誇るフランス映画の「ファントマ」(チェコ人的にはファントマスと言いたくなるけど)の原作っぽい本や、それに関する評論を出していた。ちょっとほしいと思ってしまった。


?C赤塚若樹訳『性の夜想曲 : チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉』(風濤社、2015)
 この本には、ネズバルの二つの作品が収録されている。一つは1931年に発表された「Sexuální nocturno」の翻訳である「性の夜想曲」。シュールレアリズムに分類される作品である。もう一つは晩年とも言うべき1957年から翌年にかけて雑誌に掲載され没後に刊行された「Z mého ?ivota」の翻訳「私の人生より」。題名からして自伝的なものだと思われるが、流石に自伝的なものにまで社会主義的リアリズムは持ち込まれていないと思う。
 この本には、もう一人のチェコのシュールレアリズムの作家インドジフ・シュティルスキーの作品も収録されているのだが、この人についてはまた稿を改める。


 因みに、ネズバルという動詞の過去形からできた名字を聞くと、つい元サッカー選手が頭に思い浮かんでしまうのだが、あちらはネズマルだった。ネズバルは「Nezval」、ネズマルは「Nezmar」でチェコ人からするとどこが似ているのかと言われそうだが、RとLの区別のつかない日本人の耳には似て響くのである。
2020年12月11日24時。
















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