最初に借りたのは『11人いる!』だっただろうか。原則として人類だけがこの宇宙に繁栄するという『クラッシャー・ジョー』などのそれまで読んできたいわゆるスペースオペラの宇宙観とは違う、多種多様な知的種族が存在していて、それが対立するのではなく、共存しているという宇宙観にまず惹かれた。宇宙学園の入試という舞台設定も、今はともかく、当時はなんかすごいと感じたんじゃなかったかな。漂流する宇宙船に乗り込む最初のシーンから、最後の11人目の正体が明かされて、合格が決まる最後まで読み始めたら一気に読ませる緊密なストーリーは、それまで読むことの多かった少年マンガのともすれば冗長になりがちなストーリーと比べて、マンガという媒体の持つ可能性を感じさせた。
少年マンガはあれはあれで面白いと思うし、好きな作品もないわけではないのだが、まじめに読むなら小説を、まあこれも玉石混交なんだけど、読んだほうがましだと思っていたのだ。暇つぶしに読むことはあっても、完全に作品の中に没入して読むようなことはなかったような気がする。いや、高校時代までは、懐が心もとなかったので、マンガ自体を大して読んでいなかったのか。
先輩には、『ポーの一族』と『トーマの心臓』だけは絶対に読むように言われた。先輩が持っているのは実家の物置にしまいこんであるから、すぐには貸せないとも言われて、購入すべきかどうか、悩むことになる。
『ポーの一族』は、詩人で作家でもあったエドガー・アラン・ポーに関係する話だろうと思っていて、先輩に言ったら、当たらずとも遠からずかなと言う答が返ってきた。『トーマの心臓』に関しては、何故だかわからないが、アメリカインディアンの話だと思い込んでいた。トーマという人物の心臓が抉り出されて、洞窟の中の台の上に置かれてそれにナイフが突き刺っている情景が頭に浮かんでいた。もしかしたら、アメリカの原住民の言葉から命名されたというトマホークからの連想だったのかもしれない。
そんなことを口にすると、先輩からは、アホとののしりの言葉を投げられて、ドイツのギムナジウムを舞台にした物語であることを教えられた。『11人いる!』の作家のイメージにそぐわない内容なのか、学園を舞台にしたSFなのか、どちらを想定すればいいのか少し悩んだ。読めばわかるということで、買うことにするんだけど。
結局、古本屋でも新本屋でも、普通の単行本は見つけることができず、書店で見つけたのは愛蔵版と称するハードカバーに近い、ちょっと値のはるものだった。『ポーの一族』は、ピンク色がかった装丁でちょっと自分で買うには気が引けたが、無理して買った甲斐はあった。短編を積み重ねて、話を進めていく手法は、後半は短編と言うよりは中編になるけど、移り変わる時代、人間というものと、変わることなく存在し続けていく「ポーの一族」の対比を浮き彫りにし、時の流れの残酷さと、変われない、死ねないことの悲哀を見事に描き出していた。
最初の予定では、全三巻の愛蔵版を一日一冊ずつ購入して、三日で読み通すはずだったのだが、一冊目を読み終わった時点で、財布を掴んで家を飛び出してしまった。一冊目を買うときにはちょっと恥ずかしいという思いもあったのだが、二冊目三冊目を買うときには、そんな気持ちは吹き飛んで堂々と本屋のレジに乗せたのだった。
『トーマの心臓』のほうは、文学的ないい話だとは思うのだが、いまひとつピンとこない。本の装丁は地味で買いやすかったのだけど、先輩の言うほどすばらしい作品だとは思えなかった。これは多分、最初に出会った『11人いる!』から、萩尾望都にはついついSF的なものを求めてしまっていたからだろう。傑作だからといって自分の読書傾向に合うとは限らないのだ。
SFファンには、むしろ流刑地としての火星に追放された犯罪者たちの末裔が生き延びて、環境に適応するために特別な能力を手に入れるという設定だけで嬉しくなってしまう『スター・レッド』とか、時間軸というものを体内に持つ特別な種族の生き残りを主人公にして、目くるめくような物語が紡ぎあげられる『銀の三角』なんかのほうがはるかに魅力的だった。
だから、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』を萩尾望都が漫画化しているのを知ったときも、当然だと納得した。古本屋で少年チャンピオンコミックス版を購入して一読してさらに納得。しかし、こんなディープなSF作品を、しかも少女マンガ家に連載させるなんて「チャンピオン」という雑誌も思い切ったことをしたものだ。
萩尾望都の作品で、むさぼるように読んだのは七十年代から八十年代初めのものが多い。九十年代の作品で評判も高かった『残酷な神が支配する』は、題名以外にはあまり惹かれず、「学校へ行く薬」のような短編のほうが魅力的だった。終わったのか終わっていないのかよくわからない『ポーの一族』や、SFじゃないけど『メッシュ』なんかの続編が出たら嬉しい。
7月16日17時。
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