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2017年09月11日

飲み屋の名前——名詞の問題(九月七日)




 オロモウツにも、ドルニー広場に「 U ?erveného volka 」という名前のレストランがあって、お役さんが来たときに、よく使うのだけど建物の前面には赤い牛の木像(?)が前半身を突き出している。黒田師の伝で行けば「赤牛亭」、もしくは「赤べこ亭」とでもなるだろうか。他にも昔、大学でチェコ語を勉強していた頃にしばしば出かけた「 U Huberta 」なんて、お店もある。チェコにはよくある名前の付けかたなのだけど、使われる前置詞は「u」だけではない。

 閉鎖される前は毎月一回は通っていたレストランは「 V Ráji 」で、ホテルは今でもその名前で営業している。これも「天国亭」とか「楽園亭」なんてことになるのだろうか。それにドルニー広場には「Pod Limpou」というレストランがあって、昔広場にザフラートカを出していた頃は、その部分を「Nad Limpou」と称していた。地下にあるお店が「Pod」で、地上にあるのが「Nad」というのはうまいと思ったものだ。名前のもとになっている「Limpa」はチェコ人も知らない言葉で、お店の人によるとビールを醸造するときに使う道具の一つなのだそうだ。
 街の中をレストランや飲み屋の看板を見て歩けば、他にも同じようなつくりの名前のお店を発見することができるだろう。見て回るだけならこれでいいし、日本人と日本語で話す場合にも、「ポド・リンポウに行こう」とか言えばいいから、問題はない。問題はそれをチェコ語で言う場合である。

 チェコ語の前置詞は必ず名詞の前に来る。間に形容詞などが挟まることはあっても名詞節の前につくのは変わらない。だから、前置詞の前に前置詞を使うことはできないのである。この件に関して、日本人でチェコ語を勉強する人が、最初にぶつかるのが、日本語では何の問題もなく言える「百年前まで」という表現であろう。チェコ語では、「前」も「まで」も前置詞で表現するため、文字通りに表現できないのである。「do p?ed stoletím」とかやってしまいたいけど、駄目なのである。
 それで、「20世紀の初めまで」とか、「100年前に」とやって動詞を変えるとかするしかないのだが、自分が言いたいこととは違ってくるような気がして、今ではそんなチェコ語的にややこしいことは言わなくなってしまった。

 レストランの名前も同じで、「Jdeme do V Ráji」なんて言うと、チェコ語としては正しくないと言って怒られてしまう。「V Ráji」で名詞扱いになるのではなく、「V」はあくまで前置詞という扱いになるのである。もちろん、「Jdeme do restaurace V Ráji」と言えば正しい文になるのはわかっている。チェコ語の授業で作文するのだったらこれで不満はない。でも普段しゃべるには、なんともまだるっこしい言い方じゃないか。
 では、チェコ人がどう言うかと言うと、店の名前の前置詞を方向を表すものに変えてしまうのである。即ち「Jdeme do Ráje」となる。同様に「Pod Limpou」も、場所を表す「pod+7格」から、方向を表す「pod+4格」に変えて、「Jdeme pod Limpu」と言う。見てわかるようにお店の名前が変わってしまうのである。「u」の店名だって、「k+3格」に変えることになるだろうし、「ポド・リンポウに行こう」が「ポド・リンプに行こう」ぐらいだったら大した違いじゃないとは言えるけれども、「ブ・ラーイ」が「ド・ラーイェ」じゃ、同じお店の名前だはと思えない。

 そうなると、やはり「jít」ではなく、「být」を使うしかない。「ブ・ラーイに行こう」は、「Budeme V Ráji」で、「ポド・リンポウに行こう」「ウ・フベルタに行こう」は、それぞれ「Budeme Pod Limpou」「Budeme U Huberta」である。それでも、目で見れば前置詞が大文字になっているので店の名前だということがわかるけれども、耳で聞くと店の名前だとわからないこともあって、前置詞が変わるのに比べればましなんだけどねえ、なんだか納得のいかない気持ちになってしまうのである。
 でも、考えてみたら、チェコ語で「行く/来る」よりも、「いる」の未来形を使うことが多いのも、店の名前とは違う形を使わなければいけなくなるのを嫌ったからだとは、考えられないだろうか。そう考えられるのなら、ここに書いた、外国人に対スリ嫌がらせとしか思えないチェコ語のややこしさも少し許せるような気がしてくるのだけど、違うだろうなあ。
9月10日10時。












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